「バルトフェルド隊長!」

憤怒を含んだ声がレセップス の格納庫に響き、虎をイメージしたパイロットスーツに身を包んだバルトフェルドが振り返ると、そこには不満を貼り付けたイザークが歩み寄っていた。

その後ろには、ディアッカと リーラの姿もある。

「納得がいきません! どう して我々の配置がレセップス『艦上』なんです!?」

イザークの怒りにもさして気 に留めず、肩を竦める。

「おーやおや、クルーゼ隊で は上官の命令に兵がそうやって異議を唱えてもいいのかね?」

そう切り返えされて、イザー クは言葉に詰まる。

「いえ……しかし! 奴らと の戦闘経験では、俺達の方が………!」

「負けの経験でしょ?」

からかうような口調で訂正す るのは、ピンクのパイロットスーツに身を包んだアイシャだ。

「なにぃ!?」

辛辣な言葉に、思わずイザー クはアイシャを睨む。

「アイシャ」

「失礼」

バルトフェルドに嗜められる が、アイシャは些かも悪びれず、身を翻す。

「……君達の機体は砲戦仕様 だ。高速戦闘を行うバクゥのスピードには、ついてこれんだろう?」

「そんなことは……!」

「イザーク!」

「もうよせ、イザーク! 命 令なんだ」

なおも食い下がろうとするイ ザークを、リーラとディアッカが静止し、ディアッカが向き直り、敬礼を行う。

「失礼致しました」

賢明な判断だ、と…バルト フェルドは思った。どうやら、失点をつけられるのが嫌らしい。

リーラとディアッカはまだ怒 りの収まらないイザークを引っ張りながら、バルトフェルドの前から立ち去る。
奥歯を噛み締めるイザークに、リーラが囁いた。

「イザーク、ちょっと落ち着 いて…気持ちは解かるけど、デュエルじゃ砂漠での戦闘は不利だよ」

その指摘に、イザークは歯噛 みする。

「リーラの言う通りだぜ… なぁに、乱戦になればチャンスはいくらでもあるさ」

「……フン」

ディアッカの言葉に、一応の 納得はしたのか…イザークは不満顔のまま、格納庫を後にする。

イザーク達が消えるのを確認 すると、バルトフェルドは肩を竦めた。

「……彼らのような真似、誰 にでもできる訳でもないだろうしな」

愛機を見上げながら、一人ご ちる。

彼らのように、砂漠に即座に 対応できるのなら、いくらでも勝手な真似をしてくれても構わないと思う。

バルトフェルドの眼に映るの は、アークエンジェルでもなければレジスタンスでもない。

あの二人の少年、少女だけ だ…その意図を知るアイシャ微笑を浮かべる。

「……肩入れしすぎているか な?」

「いいえ…でも敵よ」

「ああ、解っている」

コックピットに収まりなが ら、バルトフェルドは待ちきれない高揚感に震えていた。

操縦席と射撃席の複座式型の コックピットを持つ機体。

 

TMF/A−803 ラゴゥ

 

虎をイメージしたバクゥの発 展型であるバルトフェルドの愛機だ。

2連装ビームサーベルとビー ムキャノンを兼ね備えた獣が今、静かに出撃の時を待つ。

相手を待たせていると言うの に、自分の方が待ちきれない思いでいた。
「じゃ、艦を頼むぞ、ダコスタ君」

《はっ!》

モニターに映るダコスタも苦 い表情をしつつ、嬉しさが滲み出ている。

やはり、バルトフェルドは指 揮官よりもパイロットの方がしっくりくるのだ。

「……バルトフェルド、ラ ゴゥ出る!!」

前方を見据え、ラゴゥはレ セップスより吐き出されるように飛び出す。

クロークモードで砂漠に降り 立つラゴゥの機影を、レセップスの甲板で見詰めていたリンもまた……眼前の戦場にいる己の敵を感じ、抑えられない高揚感が湧き上がる。

リンは静かにヴァルキリーを 起動させる。

モノアイが光り、両腕の灰色 の機体に漆黒のカラーリングが施される。

リンの脳裏に、先程…リーラ から伝えられた言葉が甦る。

 

――――……また、戦場で。

 

リーラがアークエンジェルの 捕虜となっていた時に、レイナが彼女に託した伝言……

気付いているのかもしれな い……自分の存在を………ただ、確証が持てなかったが……

だがこの先に…いる……自身 の倒すべき相手が……

次の瞬間、リンはペダルを踏 み込み、ヴァルキリーがスラスターと両肩のブースターを噴かす。

「リン=システィ、ヴァルキ リー出撃する!」

ヴァルキリーが地球の空に舞 う……

 

 

アークエンジェルは、レセッ プス、駆逐艦2隻と激しい砲撃を繰り返していた。

敵艦より放たれたミサイルを イーゲルシュテルンとコリントスで撃ち落し、バリアントとゴッドフリートの砲身が転回する。

「ゴッドフリート! バリア ント、てぇぇぇっ!!」

ナタルの号令に、アークエン ジェルから攻撃が放たれるが、それでも数は向こうの方が多い。アークエンジェルも先程から船体にダメージが蓄積されている。

さらには群がるようにアジャ イルやインフェストゥスが機銃やミサイルで狙いやすいアークエンジェルの巨体を攻撃してくる。

レジスタンス達のバギーが必 死に援護しているが、焼け石に水だ。

ムウのスカイグラスパーは敵 艦への攻撃に向かい、アルフのスカイグラスパーはディン4機相手に苦戦している。

地上ではバクゥとジン・オー カーの猛攻を、ストライクとルシファーが抑え込んでいる。

爆発の振動が、船体を激しく 揺さぶる。

「ECM及びECCM強度、 17%上がります!」

「バリアント砲身温度、危険 域に近づきつつあります!」

計器を見るサイが叫び、続く ようにパルもまた叫ぶ。

ナタルがマリューに呼び掛け る。

「艦長! ローエングリンの 使用許可を!」

「ダメよ! あれは地表への 汚染被害が大き過ぎるわ!」

宇宙空間と違ってここは地上 だ…リスクの方が大きい……その上、眼下にはレジスタンスのバギーもいるのだ。

「バリアントの出力と、 チャージサイクルで対応して!」

「しかし……!」

「命令です!」

不満げなナタルを一瞥するよ うにマリューは反論を抑え込む。

「……了解しました」

渋々引き下がるが…ナタルは 不満を漂わせたままであった……その間にも攻撃は続く。

 

 

そんな中、アルフのスカイグ ラスパーはディン4機の集中砲火に晒されていた。

「ちぃぃっ!!」

歯噛みしながら、ビームライ フルとミサイルで応戦するが、ディンのフォーメーションは崩れない。

その時、別方向からビームが 走り、ディンは慌てて回避する。

そのために注意が逸れ…その 隙を逃さず、アルフは照準を合わせる。

「もらった……!」

放たれるビームがディン一機 の腕をライフルごと撃ち抜き、体勢の崩れたディンを先程援護したルシファーがビームサーベルでボディを両断する。

爆発に消えるディンを気にも 留めず、すぐさま地上のMS隊の迎撃に向かう。

残り3機となったディンに、 アルフのスカイグラスパーが再度突撃していく。

そして…アジャイルやイン フェストゥスを振り切り、対空砲火を掻い潜りながら、ムウのスカイグラスパーが駆逐艦の一隻に急接近していた。

「くぉぉぉぉぉぉっ!!」

雄叫びを上げながら、ムウは トリガーを引く。

アグニが火を噴き、甲板上の ザウート一機ごと駆逐艦にダメージを与える。

誘爆が起こり、駆逐艦の速度 が鈍る。

地上では、ストライク、ルシ ファーがバクゥとジン・オーカーを相手に迎撃している。

バクゥのレールガンを回避し つつ、急降下するストライクとバクゥが交錯する。

次の瞬間、砂漠に降り立った ストライクの両腕には、二刀の対艦刀が握られ、バクゥは四肢を斬り裂かれ、爆発する。だが、キラは息つく間もなく、右手に持った対艦刀を投擲する。

対艦刀が突進してきたバクゥ のモノアイに突き刺さり、動きの鈍ったバクゥ目掛けてビームライフルを放つ。機体を貫かれ、爆発するバクゥ……だが、ストライク目掛けてジン・オーカー3 機がビーム砲やミサイルで狙撃してくる。

ストライクの周囲に着弾し、 コックピットが激しい振動と閃光に包まれる。

「くっ……!」

怯まず、ストライクは上昇す る…空中へと逃れたストライク目掛けてミサイルが襲い掛かる。

キラは105ミリ単装砲と左 腕のシールドに装着された30ミリガトリング砲で撃ち落す。

そして、115ミリレールガ ンでジン・オーカーを狙撃する。

ボディを撃ち抜かれ、ジン・ オーカー2機が爆発に消える。

その横で、ルシファーは先程 のアルフの援護から地上へと急降下し、ビームサーベルを抜き、降下先にいたバクゥのボディを貫く。

そのまま踏み台にし、跳躍す ると同時にバクゥが爆発する。

だが、瞬時に意識を切り替 え、跳躍して跳び掛かってきたバクゥを殴り飛ばす。

吹き飛ばされたバクゥはその ままライフルを手に狙撃してくるジン・オーカーへと激突し、そこへビームライフルで狙撃する…バクゥとジン・オーカーが爆発に消える。

「次……!」

素早く次の目標へと意識を向 け、ルシファーは加速する。

砂漠の地表スレスレで飛行 し、ジン・オーカー5機へと向かっていく。

加速する中で、背中のビーム キャノンが火を噴き、2機を撃ち抜く。至近距離での爆発に、残りのジン・オーカーは怯むが、それを逃さず、ミサイルを発射する。

ミサイルの直撃を受け、一機 が爆発し、ルシファーは残りの2機の眼前に降り立つ。

ビームサーベルを抜き、重斬 刀を抜くジン・オーカーの腕ごと切断し、手首を返して両脚を斬り裂き、ジン・オーカーが砂漠に沈む…振り返りざまに、ビームサーベルを一閃し、最後の一機 の右肩から上を吹き飛ばした。

「残り、3機……!」

残存のバクゥ3機に向かおう とするレイナだったが、突如として駆け抜けた感覚に眼を見開く。

「この感じ……リン=シス ティ!」

振り向いた先には…自身の感 覚が示すとおり、漆黒のMSが舞い降りてきた。

 

 

「ゴッドフリート照準! 撃 てぇぇぇっ!!」

ゴッドフリートから放たれる ビームが駆逐艦一隻の船体を貫き、激しい爆発が包み込む。

駆逐艦一隻が戦線離脱し、ブ リッジに歓声が沸くが、それを打ち消すように激しい振動が後方から襲い掛かった。

「ろ、6時の方向に艦影!  敵艦です!」

「何ですって!?」

マリューは思わずCICに振 り向く。

「もう一隻、伏せていたの か…!?」

ナタルも歯噛みする…やは り、一筋縄でいく相手ではない。

岩山から姿を現わす駆逐艦の 砲撃が容赦なくアークエンジェルを襲う。

「艦砲、直撃コース!」

「かわして!」

「撃ち落せ!!」

マリューとナタルが同時に叫 ぶが、どちらもかなわず、直撃する。

激しい振動が襲い、クルー達 は身体を揺さぶられる。

被弾したアークエンジェル は、大きく蛇行し、タルパティア工場跡地に突っ込み、船体をめり込ませる。

「しまっ…!!」

「くそっ! やってくれる じゃないの、虎さんよ!!」

ムウとアルフが毒づくが、自 分達も今は敵機の相手で手一杯で、とてもではないが援護に回れない。

「アークエンジェルがっ!」

廃工場に突っ込んだまま、身 動きの取れなくなったアークエンジェルに気付き、カガリとキサカの乗るバギーが停止する。

「エンジンをやられたのか… これでは狙い撃ちだぞ! ストライクとルシファーは……!」

キサカが2機の姿を探して周 囲を見渡すが、その隙を突いてカガリがバギーから飛び降り、アークエンジェルに向かって駆け出した。

「カガリ!」

遅れて気付いたキサカが後を 追おうとするが、爆発が襲い、距離が開いてします。

その間に、カガリはアークエ ンジェル内へと駆け込んでいった。

 

 

「アークエンジェル が……!」

砲撃に晒されるアークエン ジェルの援護に向かおうとするが、突如として放たれたビームに、慌てて回避する。

振り向いた先には、バクゥと 似通ったオレンジ色の機体…ラゴゥが佇んでいた。

「君の相手は私だよ…少年」

コックピット内でバルトフェ ルドは不適に笑い、ラゴゥが駆け出す。

駆けながら、跳躍し、ビーム キャノンを放つ。

ビームコーティングシールド を持たない今のストライクでは、ビームを受け止める手段は無く、IWSPのバーニアを噴かして飛行する。

砂上ギリギリでラゴゥに向 かってビームライフルを放つ。

だが、砂漠を滑るようにラ ゴゥはかわし、逆にビームキャノンで応戦してくる。

その機体性能と機敏な動き に、キラの脳裏にある人物が浮かぶ。

「バクゥとは違う……隊長 機!?……あの人か!」

キラの脳裏に、先日出逢った 敵将の姿が浮かび上がる。

容赦なく降り掛かるビームを 回避しつつ、ビームライフルで応戦する。

 

 

地上でストライクとラゴゥが 激しい攻防を繰り返す中…空中では、ルシファーとヴァルキリーが同じく激戦を繰り広げていた。

照準が合わさった瞬間、レイ ナはトリガーを引く。

ビームキャノンが火を噴く が、ヴァルキリーはスラスターとブースターを駆使し、軽やかに回避する。

「ちっ……!」

レイナは舌打ちする…以前、 宇宙で戦った時よりも機動性が上がっている。

ビームマシンガンを撃ちなが ら接近してくるヴァルキリーにイーゲルシュテルンとマシンキャノンで応戦するが、ヴァルキリーは片腕のシールドで受け止めつつ、一気に近接し、腰に装備し ていた対艦刀を抜き取り、刃にビームが展開され、斬り掛かる。

咄嗟に、レイナもビームサー ベルを抜き、応戦する。

両機のビームの刃がぶつかり 合い、エネルギーがスパークする。

弾き合い、銃撃戦を繰り広げ る。

「……そうでなくちゃ、倒し がいがない…!」

ヴァルキリーは可変ブース ターを駆使し、小刻みに動きながらビームマシンガンで狙撃する。

シールドで受け止めながら、 レイナは歯軋りする。

「くっ…両腕を改修したの ね……反応が前よりも早い!」

おまけに、さっきのバルカン が、さほど腕にはダメージを与えていないのを確認し、この腕にはPS装甲が使用されていることを悟る。

あちらの機動性は上がってい ても、こっちはただでさえパワーパックを背負い、どうしても敏捷性に欠けているのだ。

 

 

未だ、座礁から立ち上がれな いアークエンジェルは、必死に抗戦している。

レセップスや駆逐艦に加え、 まだバクゥが3機残り、アークエンジェルに攻撃している。

その時、敵艦の情報を分析し ていたトノムラが眼を見開く。

「こ、これは……レセップス の甲板上に、デュエル、バスター、リベレーションを確認!!」
「何!?」

クルー達は、眼を驚愕に見開 く。

こんな所にまで追い縋ってく る相手の執念に………

「スラスター全開! 上 昇!! これではゴッドフリートの射線が取れない!!」

「やってます! しかし船体 が何かに引っかかって……!」

ノイマンは苛立ちつつ、必死 に操艦する。

墜落した時、複雑に絡み合っ た工場の骨組みに、アークエンジェルの翼が入り込んでしまい、身動きが取れなくなってしまい、動くことも反撃をすることも容易ではない。

またもや艦砲が着弾し、凄ま じい轟音と衝撃が襲い、クルー達は冷たい感覚に襲われた。

 

レセップスの甲板上から、ザ ウートと共にデュエル、バスター、リベレーションの3機は動けないアークエンジェルに向かって砲撃していたが、ビームの射線がずれ、思うように攻撃できず にいる。

「くそっ! ビームの減衰率 が高過ぎる…大気圏内じゃこんなかよ!」

苛立ちを隠せず、ディアッカ が叫ぶが、傍らのイザークは既に我慢の限界である。

「くそっ、この状況でこんな ことしていられるか!」

このままでは、ストライクを 討つどころではない。

思い切ったように、デュエル はブースターを噴かし、甲板から飛び上がる。

「イザーク…無茶だよ!」

その意図に気付いたリーラが 叫ぶが、既に聞こえておらず、デュエルは砂漠に降りていった。

 

 

その頃、振動に揺れるアーク エンジェル格納庫内ではまた一つの騒ぎが起こっていた。

アークエンジェルへと駆け込 んだカガリは、そのまま格納庫に直進し、突然現れた彼女の姿にマードックは驚く。

「おい、何だ、お嬢ちゃ ん!」

マードックの怒鳴りも聞こえ ず、カガリは一気に格納庫に固定されたジンのコックピットへと続くタラップに飛び乗る。

「おい、やめろ! 何する気 だ!?」

「機体を遊ばせていられる状 況か!?」

咎めるマードックに怒鳴り返 し、カガリはジンのコックピットに乗り込み、ハッチを閉じる。

「私がこいつで出る!」

「何だってぇぇ!!?」

驚くマードック達を横に、ジ ンが起動し、ぎこちなく動き出す。

「早くハッチを開けろ!」

「バカ野郎! お嬢ちゃんに 操縦できるわけねえだろう!」

「やらなきゃやられる ぞっ!!」

もはや聞く耳持たずといった カガリに、マードックは仕方なしにハッチを開放させる。

だが、次の瞬間…彼の眼はま たもや大きく見開かれる。

カガリのジンは、なんとスト ライク用のビームライフルを持ち出していったのだ。

「あのバカ娘……!!」

マードックは急ぎ、ブリッジ へと通信を入れた。

 

アークエンジェルのカタパル トが開き、そこからジンが射出される。

「ジンが…発進……!」

ミリアリアが困惑した様子で 伝えると、マリュー達は当惑する。

「何…?」

「誰が……!」

マリューの疑問に答えるよう に、タイミングよく格納庫からの通信が届いた。

《艦長!》

「マードック曹長、誰がジン で……」

《あの、カガリって嬢ちゃん だ!》

ブリッジが衝撃に包まれる。

いったい、何時の間に……

《それより大変なんだ! あ の嬢ちゃん、よりにもよってビームライフルを持ち出しやがった……!》

「何ですって!?」

マリューは今度こそ、驚愕に 眼を見開いた。

 

意気込んで発進したカガリで はあったが、それはいきなりの壁にぶつかった。

砂漠に降りたジンは、一歩も 動かないうちに、砂に足を取られ、身動きが取れなくなった。

「な、何……?」

砂漠の悪条件はカガリも知っ ていたが、キラやレイナはMSで難なく動けていたので、自分にもできると思っていたが…それはすぐさま打ち破られた。

ただでさえ、OSの変更も行 われておらず、砂漠用にチューニングさえされていないノーマルのジンは、ナチュラルであるカガリには満足に動かせるものではなかった。

だが、敵はそんなことに構っ てくれない。

突然、敵艦から自軍のMSが 射出されたのには一瞬戸惑ったが、鹵獲されたものと解かるや否や、身動きの取れないジンにバクゥが襲い掛かってきた。

「…くっ、くそっ!」

慌てふためき、とにかく応戦 しようと無茶苦茶にパネルを操作し、操縦桿を握る。

ジンはぎこちない動きでビー ムライフルを構えるが、それが放たれることはなかった。

訳が解からずにカガリはトリ ガーを何度も引くが、ビームライフルは静寂を保ったままだ。

ビームライフルは、G専用兵 装として開発され、接続端末を持つ武器である。

扱うMSのデータを照合し、 機体と接続される故に、Gにしか扱えない兵装なのである。

だが、今のカガリにはそんな ことを考える余裕はなく、バクゥの砲火に晒され、恐怖に顔を歪めた。

 

「援護を…!」

砂漠で身動きの取れなくなっ ているジンを援護しようと、敵艦へ応戦しているミサイルの一部がバクゥを牽制する。

だが、それは当然のごとく、 敵艦への弾幕を緩める結果となり、アークエンジェルはさらに激しい振動に包まれた。

「くっ…ハウ二等兵! 誰か を呼び戻して!!」

ミリアリアは急ぎ、通信回線 を開き、パイロット達に呼び掛ける。

「フラガ少佐! クオルド大 尉! レイナさん、キラ…戻って! カガリさんがジンで……!!」

 

 

ミリアリアの切羽詰った通信 は、展開中の4機のコックピットに響く。

「何だって!? あのお嬢 ちゃんがそんなこと……!」

「こんな時に…!!」

救援に向かいたいが、アルフ は残ったディン一機とアジャイル相手に動けず、ムウも未だ、敵駆逐艦への攻撃で動けない。

「ちっ! あのバカ が……!」

レイナは軽く舌打ちし、眼前 のヴァルキリーに向かってビームキャノンを放つ。

息つく間もなく放たれるビー ムの雨に、ヴァルキリーは回避に徹する。

その隙をつき、ルシファーは ヴァルキリーに近接し、ビームライフルを持った手ごと、殴りつけた。

流石にその攻撃は予想外だっ たのか、ヴァルキリーは体勢を崩し、それだけに留まらず、ルシファーは加速したままヴァルキリーに蹴りを叩き込み、その反動を使って離脱する。

弾き飛ばされたヴァルキリー は、大きく離されてしまい、離脱したルシファーはそのままアークエンジェルへと向かう。

同じく、キラもまた、後方か らのビームに晒されながらも、必死にアークエンジェルへと後退していた。

先に戻ったレイナがバクゥ3 機に翻弄されるジンを視界に入れる。

既に、右腕を吹き飛ばされ、 動きもおぼつかない…レイナはバクゥを引き離そうと、ミサイルを発射する。

降り注ぐミサイルに気付いた バクゥは慌てて後退し、ジンの眼前に降りたルシファーは、ビームライフルとビームキャノンで狙撃する。

ビームを掻い潜り、跳躍した バクゥ目掛けて飛び上がる。

ビームサーベルを抜き、バ クゥの機体を真っ二つに両断する。

爆発するバクゥ…残りの2機 はフォーメーションを組んで、攻撃してくる。

一機がミサイルランチャーで 砲撃し、ルシファーに着弾し、僅かに怯む。

その隙をついて残りの一機が ビームサーベルを展開して斬り掛かろうとするが、ルシファーは上半身を折り曲げ、攻撃をかわし、同時に左腕を振り上げた。

シールドで弾かれ、バクゥは 仰向けに倒れ込む…四本脚のバクゥは、仰向けに転んでしまえば、起き上がれない…レイナはそのまま加速し、ビームサーベルでバクゥの片方の前後の脚を斬り 裂き、動きを奪う。

続けて加速し、ミサイルの中 を掻い潜りながら、バクゥに近接し、上昇すると共に脚を振り上げ、バクゥを蹴り上げた……無防備となったバクゥの頭部目掛けてビームを放ち、頭部が貫か れ、爆発したバクゥは大地に沈む。

「はぁはぁ……」

流石に集中力が切れかけてき たのか、レイナの呼吸は荒くなる。

 

そんなルシファーに向かっ て、体勢を立て直したヴァルキリーが突撃してきた。

だが、ヴァルキリーにアーク エンジェルからの攻撃が遮る。

「くっ……足付き…!」

自分の邪魔をされたことに苛 立ったリンは、目標をアークエンジェルに変える。

上昇し、アークエンジェルの ブリッジ目掛けて突撃する。

「留散弾頭弾、撃 てぇぇ!!」

即座に放たれたミサイルか ら、無数の弾頭が拡がり、弾幕となるが…ヴァルキリーはそれを掻い潜ってブリッジの上空で対艦刀を抜く。

次の瞬間、ビームの刃を光ら せ、対艦刀を振り下してくるヴァルキリーにブリッジのメンバーの思考が停止しそうになる。

だが、その振り下ろされた対 艦刀は、下から突き上げられたストライクの対艦刀によって止められた。

「ストライク……!」

「アークエンジェルは、やら せない……!」

2機はそのまま縺れ合うよう に空中移動する。

 

「キラ……!」

ストライクとヴァルキリーが 戦闘に入ったのを見たレイナは、急ぎ向かおうとしたが、放たれたビームに注意が逸れる。

シールドを掲げ、ビームを受 け止める。

砂漠を疾走しながら、ラゴゥ がビームキャノンを放ってきた。

シールドで受け止め続けるル シファーに向かって、ビームサーベルを展開し、突っ込んでくる。

「ぐっ……!」

咄嗟に操縦桿を引き、機体を 捻る。

刹那…シールドの上部が斬り 裂かれ、ラゴゥはルシファーをすり抜け、動きを止める。

《流石……やるねぇ、堕天使 のお姫様》

からかうような…それでいて 楽しげな声がコックピットに響いた。

「その声……アンドリュー= バルトフェルド!」

《以前のカリを返させてもら うぞっ!》

ラゴゥが跳躍し、ビームキャ ノンが火を噴く。

ルシファーはその場から離脱 し、着地の瞬間を狙ってミサイルを放つ。

空中爆発し、体勢の崩れたラ ゴゥに向かってビームを放つが、バルトフェルドもエースの名を持つパイロットだ。

空中で姿勢を変え、ビームを かわし、ビームキャノンで逆に砲戦してくる。

レイナは攻撃をよけつつ、ラ ゴゥの動きに奇妙な違和感に捉われた。

砲撃と駆動が、それぞれバラ バラになっている…だが、それでいて息があったような連動……

「複座………あの人も乗って るの!?」

レイナの脳裏に、バルトフェ ルドと共にいたアイシャの姿がよぎる。

 

「成る程……さっきの子と同 じように、いい腕ね」

射撃用のスコープ越しにルシ ファーを見ながら、アイシャは淡々と答えた。

だろう? 今日はまだ冷静に戦っているようだが、この間はもっと凄かった」

声を弾ませるバルトフェルド に、アイシャはクスリと笑みを浮かべる。

「……なんで嬉しそうな の?」

沈黙するバルトフェルドに、 アイシャは微笑を苦笑に変えて呟く。

「辛いわね、アンディ……あ あいう子、好きでしょうに」

バルトフェルドは虚を衝かれ たようで、一瞬言葉を詰まらせる。

脳裏に…哀しみに彩られた、 それでいて何かを覚悟している紅の瞳が過ぎる。

「……投降すると思うか?」

それは、微かな願望であった かもしれないが…アイシャは即答した。

「いいえ」

バルトフェルドは笑った…… ルシファーのビーム攻撃を掻い潜り、突っ込んでいく。

そのまま体当たりし、前肢を ルシファーに向かって叩きつけた。

「ぐぅぅぅっ!」

砂漠に叩き落されるルシ ファーのコックピットで、激しいGを噛み締めながら、レイナはブースターを噴かし、激突を防ぐが、既に長時間の戦闘で、予備バッテリーが切れ、本体のエネ ルギーももはやレッドゾーンに達しようとしていた。

 

 

最後のディンを、ムウのスカ イグラスパーが撃ち落し、既に航空隊もほぼ一掃した2機のスカイグラスパーは、一気に敵艦へと向かっていく。

2機は対空砲火を掻い潜り、 連携してアグニとビームライフルを放ち、駆逐艦を沈黙させる。

駆逐艦はこれで全て沈黙させ たが、まだレセップスが残っている。

度重なる砲撃に、アークエン ジェルの電気系統がショートし、コンソールから電圧がこもれる。これまでかと思った時、バスターが放ったビームが逸れ、偶然にも翼を引っ掛けていた建物の 残骸を吹き飛ばした。

「……外れた!」

ノイマンは即座に操縦桿を引 き、絡む破片を振り落としながら、アークエンジェルは上昇する。

「面舵60度! ナタル!」

「ゴッドフリート照準!」

開けた視界から、砲身が敵艦 にセットされる。

「撃 てぇぇぇぇぇぇっ!!!」

満身創痍のアークエンジェル からゴッドフリートのエネルギーが放たれ、レセップスへと伸びていき、甲板上にいたバスターとリベレーションは跳び上がるが、エネルギーは同じく甲板にい たザウートごと、主砲を貫いた。

レセップスは煙を上げ、砂の 海に座礁する。

 

 

空中戦を繰り広げるストライ クとヴァルキリー。

………強い、キラはそう思わ ずにはいられない。

今、自分と戦っているヴァル キリーに、キラは焦りと不安を覚える。

ヴァルキリーは鋭い動きでこ ちらを狙ってくる…今まで戦ってきたXナンバーやザフトのMSとは明らかに違う。

電磁レールガンを放つが、 ヴァルキリーはかわし、ストライクの懐へ飛び込む。

振り下ろされる対艦刀に、キ ラは操縦桿を引く。

ストライクの身体が後方へと 逃れるが、完全にかわせず、レールガンの砲身を斬り落とされた。

小規模な爆発が襲い、ストラ イクは弾き飛ばされる。

「くぅぅぅ!」

怯むストライクに向かって、 ビームマシンガンを放ってくる。

「これで……終わり!」

爆発に晒されるストライクに 向かって、リンは冷たい眼光を向ける。

刹那……キラの視界がクリア にかわる。

あの時に味わった感覚が、今 またキラの中で何かが弾ける。

敵のビームマシンガンの弾道 が、はっきりと見て取れ、キラはレバーを押し、ペダルを踏み込んだ。

ストライクのブースターと バーニアが火を噴き、ストライクはヴァルキリーに向かって急上昇する。

「何…!?」

驚く間もなく、ストライクは ヴァルキリーに体当たりし、左腕のガトリングシールドを向ける。

リンは咄嗟にPS装甲の腕を 上げ、コックピットを庇うが、ほぼ零距離から放たれる実体弾が、ヴァルキリーを弾き飛ばす。

だが、それだけに留まらず、 ストライクはビームライフルで追い討ちしてくる。

(何だ…さっきと動きが違 う……!)

容赦のない攻撃はさることな がら、動きが先程よりも機敏になっている……リンは歯噛みし、ストライクを睨む。

だが、ビームがシールドに着 弾し、シールドが破壊される。

激しい振動がコックピットを 襲い、リンは思わず眼を閉じる。

 

負ける……私が………ま だ………まだだ……私は………

 

「負けられない………姉さん を…あの女を倒すまで……!!」

瞬間、リンの眼が見開かれ、 真紅の瞳が輝く。

操縦桿を引き、ペダルを踏み 込む。

ヴァルキリーのスラスターと ブースターが火を噴き、ストライクに向かって急上昇していく。ストライクはビームを放つが、ヴァルキリーはまるでこちらの弾道をよんでいるかのごとく、身 を少しずらすだけで全てのビームを紙一重でかわしつつ、接近してくる。

ストライクより上に上昇し、 対艦刀を振り上げる。

キラが顔を上げるが、その 時…太陽の光がヴァルキリーの後方から差し、僅かに注意が逸れる……それだけあれば、リンには十分だった。

急降下し、ストライク目掛け て対艦刀を振り下ろす。

ビームライフルごと、ストラ イクの右腕を切断し、ストライクは激しい爆発に包まれる。

弾き飛ばされるストライクに トドメを刺そうと向かっていく。

キラは残った左腕のシールド を外し、左手でシールドに装備されたマイダスメッサーを抜き、投げ放つ。

マイダスメッサーは回転しな がらヴァルキリーに襲い掛かるが、ヴァルキリーは身を捻り、かわす。手持ちを失ったストライクに対艦刀を振り下ろそうとするが、不意に、背中に気配を感じ 取る。

マイダスメッサーは旋廻し、 再度ヴァルキリーに襲い掛かってきた。

機体をずらすが、僅かに遅 く、左腕を斬り飛ばされた。

だが、リンはそのまま対艦刀 を振り下ろす。

ビームの刃がストライクの IWSPに傷を与え、小規模な爆発を起こし、ストライクはIWSPをパージし、地上へと落下していく。

リンは追撃しようとはしな い……こちらも、機体の状態を示すランプが、ほとんどレッドを表示している。

モニターの中で、レセップス が黒煙を上げているのも確認し、この戦闘も既に引き際だと悟ると、ヴァルキリーを反転させた。

砂漠に降りたストライクの PS装甲はダウンし、灰色へと戻る。

呼吸が乱れる中で、キラは ヴァルキリーが去っていった方向を見詰めていた……

 

 

一方で、レセップスが黒煙を 上げているのに、アイシャが気付く。

バルトフェルドも舌打ちし た。

「足付きめ! あれだけの砲撃を受けてもまだ……!」

「まずいわよ、アンディ」

アイシャの口調から、余裕が 消えた。

撃沈されるのは既に時間の問 題と思っていたアークエンジェルはしぶとく耐え、遂には自分達の艦に反撃してきた。

駆逐艦3隻も航行不能に陥 り、こちらにはもはやMSは残っておらず、デュエル、バスター、リベレーションの3機は砂漠に降り、デュエルとバスターは砂に足を取られ、リベレーション が必死に2機を支えている。

ヴァルキリーは、被弾が大き いのか、後退していくのを確認した。

何時の間にか、完全に戦況が 逆転し、バルトフェルドは歯噛みしながらラゴゥを駆る。

だが、動揺は大きく、ルシ ファーを捉えることができない。

ビームキャノンのトリガーを 引くアイシャは、相手を見据えながら僅かに身震いする。

あの機体に乗っているのは、 まだほんの少女だというのに……恐ろしいほど、相手は腕が立つ。

「………綺麗な薔薇には棘が ある…末恐ろしい子ね」

呟くと同時に、激しい衝撃が コックピット内を揺らす。

ビームがラゴゥの前肢を撃ち 抜き、即座に被弾箇所をパージする。

「熱くならないで、負けるわ!」

「解かっている!」

叫び返し、ラゴゥを走らせ る。

アイシャが呼応してトリガー を引き、ビームがルシファーのライフルを捉え、ライフルが爆発するが、ルシファーは寸でのところでライフルを捨て、シールドで爆発を防ぐ。

その隙を狙って、アイシャは トリガーを引いた。

矢のように何発も放たれる ビームが、ルシファーのシールドや周囲に着弾し、激しい閃光と爆発に包まれる。

「やった!?」

「いや…上だ!」

バルトフェルドが瞬時に否定 し、見上げると…空中へと逃れたルシファーがビームサーベルを抜き、急降下してきた。

呼応するようにバルトフェル ドもラゴゥを跳躍させる。

ルシファーとラゴゥが交錯す る。

咥えられたサーベルがルシ ファーのオーバーハングパックを…振り下ろされたサーベルがラゴゥのビームキャノンを斬り裂いた。

互いの視線が交差したと思わ れた瞬間、両機とも武装をパージし、一拍おいて爆発する。

砂漠に対峙し合う2機……

「アンディ!」

「奴は既にかなりの時間を 戦っている…エネルギーはほとんど残っていないはず……!」

だが、バルトフェルドは別の 考えも浮かび上がらせていた。

(コックピットをやろうと思 えばやれたものを……キャノン砲だけに留めるとは…砂漠の虎と呼ばれた私も、舐められたものだな……)

相手の力量に敬意を表しつ つ、ここいらが潮時と思ったバルトフェルドは、レセップスへ通信回線を開いた。

「ダコスタ君」

《隊長!》

被弾したレセップス内で、ダ コスタは声を弾ませる。

だが、もはやバルトフェルド には、それに応えてやれる術がなかった。

「退艦命令を出せ」

《隊長!?》

信じられないといった表情 で、ダコスタは息を呑む。

「勝敗は決した。残存兵をま とめてバナディーヤに帰投し、ジブラルタルと連絡を取れ」

《隊ちょ……!》

指示を一方的に告げた後、ダ コスタが呼び掛けるのも構わず、通信を切る…もはや、彼の眼には、眼前のルシファーしか映っていないのだから。

彼は下方に座るアイシャにも 呼び掛けた。

「君も脱出しろ、アイシャ」

アイシャは振り返りもせずに 答えた。

「そんなことをするくらいな ら、死んだほうがマシね」

どうやら…バルトフェルドの 考えなど、お見通しだったようだ。

伊達に砂漠の虎のパートナー ではない。

死に対する恐怖も、秘めた覚 悟すらも感じさせない、透き通ったような声だった。

思わず、バルトフェルドも微 笑む。

「……君もバカだな」

「なんとでも」

こちらを振り返り、嫣然と笑 う愛しい者の笑顔を焼きつけ、バルトフェルドは前方を見据えた。

「では……付き合ってく れ!」

ラゴゥは最後の力を振り絞 り、駆け出す。

 

佇むルシファーのコックピッ トで、レイナはゲージに眼をやる……もう、エネルギーも残り少ない。

邪魔なミサイルポッドをパー ジし、前を見据えると、ラゴゥが突進してきた。

もう、武器もビームサーベル だけだというのに……

「まだやる気なの……もう勝 負はついたはずよ!」

全周波数通信で呼び掛け る……

《的確な状況判断だな……だ が、まだだぞ!!》

吼えるように叫び、ラゴゥは 向かってくる。

「これ以上戦ったって…無意 味なだけよ!」

レイナの叫びを掻き消すよう に、眼前で跳躍し、ビームサーベルで斬り掛かってくる。

シールドで受け止め、機体を 弾き返す。

《言ったはずだぞ…戦争に明 確な終わりのルールなどないと!!》

弾かれたラゴゥは距離を取り つつ、こちらを狙う。

《君が言った通り…人類は戦 わずにはいられない生き物なのかもしれん……だが、この戦争はもはや、ナチュラルとコーディネイターのどちらかが滅びなければ終わらない!》

「嘘ね!」

バルトフェルドの言葉を否定 する。

「ならどうして……貴方はバ ナディーヤの人々を生かしているの!?」

バルトフェルドは虚を衝かれ たように、言葉を詰まらせ、アイシャは楽しそうに笑う。

「貴方が本当にナチュラルを 滅ぼそうと…そう思っているなら、あの街の人々を生かしておく理由なんかない……そんなことをしても無意味だと…貴方自身が思ってるんじゃないの!!?」

レイナの言葉に、アイシャの 声が通信を通して聞こえてきた。

《あの子の言う通りね》

《アイシャ》

嗜めるようなバルトフェルド の声が聞こえてくる。

《ならば答えよう…私にはも う、その事はどうでもいい……私は…君と戦いたいだけだ!》

何かを振り切ったようにラ ゴゥは周囲を走り続ける。

《一人の戦士として…強い者 と戦いたい……それだけだ!》

十分に加速をつけ、ラゴゥは 一際高く跳躍する。

《これは……私個人の私闘 だ!!》

「また……傍迷惑ねっ!!」

急降下してくるラゴゥに向 かってビームサーベルを振り上げる。

交錯した瞬間、ラゴゥはビー ムサーベルの片方と、翼の一部を斬り落とされ、ルシファーは左翼を失った。

その瞬間……PS装甲が落ち た。

ビームの刃が消え、灰色のボ ディへと戻る。

着地し、ターンしながら動き を止めるラゴゥ。

だが、ラゴゥも背中から激し い爆発が起き、既に満身創痍といった状態にも関わらず、最後の攻撃に出た。

《これで終わりだ…少女 よ!!》

駆け出してくるラゴゥに、ル シファーはビームサーベルを捨て、シールドの裏に忍ばせておいたアーマーシュナイダーを持ち、シールドを捨てて駆け出す。

目前に迫ったラゴゥは最後の 力で体当たりしてくる……ルシファーは全身で受け止め、レイナは機体限界も無視してレバーを前へと押した。

ルシファーはラゴゥのボディ を掴んだまま、押し返し、ラゴゥを砂漠に叩き付けた。

仰向けになったラゴゥに向 かって、アーマーシュナイダーを振り上げる。

勢いよく振り下ろされた刃 は…コックピットではなく、ラゴゥの頭部を貫いた。

ショートした瞬間、頭部が落 とされ、爆発する。

それがコックピットにまで連 動し、コンソールの一部が破損し、爆発がバルトフェルドに襲い掛かる……刹那、全ての計器は光を失い、ラゴゥは完全に沈黙した。

爆発の余波で、ヘルメットの バイザーが破損したバルトフェルドは、顔の半分に傷を負いながらも、生きてはいた。

下を確認すると…どうやらア イシャも無事のようだ。

「……私の勝ちね」

バルトフェルドは、全ての計 器が消えた中で、唯一残った通信機から、レイナの声を聞いた。

だが、その声は…勝利に満ち た歓喜のものではなく、酷く疲れ果てていた。

《……何故、トドメを刺さな い?》

情けをかけているのか……だ としたら、バルトフェルドにとっては屈辱でしかない。

自分は死を覚悟して臨んだの に……それさえもできないのか。

だが、紡がれたレイナの言葉 に、口を噤む。

「ホント……バカね。死ん で…どうするのよ………無意味なだけじゃない」

呆れるような口調……

「私が嫌いなものを教えてあ げよっか……無意味なことをする奴………死んだ方がマシ…確か、以前貴方はそう問い掛けたわよね……確かに、勝負に敗れ、生き恥をさらすぐらいなら…死ん だ方がマシと思うかもしれない……でもね、そんなのは無意味なだけじゃない」

意表を衝かれ、バルトフェル ドは息を呑み込む。

「死ぬより……生きることの 方が、自身の価値を見出せるんじゃない……だから私は、貴方から『死』を奪うわ………」

自分から死を肯定しておきな がら…自分自身はこんな偽善なことをしている………

……滑稽だ。

自分自身が、酷く矛盾してい る……だから、私には必要ないのに……

 

死を悼む心なんか……

 

そんな心の葛藤を押し殺し、 レイナは……相手を生かす。

「……ここで暫く大人しくし ておけば、救援が来るでしょう。私も戻るわ」

ゆっくりと機体を反転させ、 ヨロヨロと歩き出す。

「また……機会があったら、 貴方のコーヒーを飲ませてもらうわ………」

その言葉を最後に……レイナ はバルトフェルドの前から去っていった。

 

 

「……負けたわね」

去っていくルシファーの足音 を聞きながら、アイシャは軽く息を吐き出して、呟いた。

「ああ……まったくだ」

大怪我をしているにも関わら ず、バルトフェルドは笑いながら、頭を凭れさせる。

完璧に負けてしまった…技術 でも……そして、心でも。

だが、バルトフェルドの心は 晴れやかであった。

「よかったわね……アン ディ」

シートベルトを外し、上方の シートを覗き込んだアイシャは、愛おしいように、バルトフェルドの傷に触れた。

共に死んでもいいと思ってい た自分自身に苦笑し、バルトフェルドは愛する者を抱き締めた……人生は何が起こるか解からない…だから楽しいのだ。

 

 

 

残存部隊は後退し、ムウ、ア ルフ、キラが先に帰還し、遅れてレイナのルシファーも帰還した。

帰還したレイナは、ボロボロ となったルシファーから降りると、ゆっくりと歩き出す。

先には…勝手な行動を起こし たカガリのジンが回収され、カガリがきまずそうな表情で佇んでいた。

レイナは無言のまま、カガリ の前に歩み出る。

レイナの姿を見た瞬間、カガ リはビクッと身を強張らせる。

「あ、あのさ……」

何かを言いかけようとしたカ ガリだったが、その前に…振り上げた腕から、レイナは勢いよく振り下ろした。

カガリの頬に、鋭い痛みが走 り、カガリは吹き飛ばされる。

レイナは…殴った……平手で はない…拳を握り締めてだ。

吹き飛ばされ、蹲るカガリの 胸元を掴み上げる。

「レ、レイナ…!」

流石に驚いたキラが止めよう とするが、逆に…冷たい眼で睨まれ、萎縮する。

周囲の整備班も、近寄れずに いた。

「……何で止めるの、キ ラ?」

「な、何でって……」

「この子が何をしたか解かっ てるの? 勝手に戦場にしゃしゃり出て…挙句の果てには、この艦を沈めようとしたのよ……貴方のお友達が乗ってるこの艦をね」

ジンを勝手に持ち出し、さら にはアークエンジェルを危険に晒し……こちらに余計な手間までかけさせて……

そう指摘され、キラは口を噤 む。

レイナは掴み上げているカガ リを睨む。

「以前言ったはずよ……自身 の力も見極められず、自惚れるなとね………まだ解かっていなかったようね……今度は、身体に直接教えてあげるわ…」

一オクターブ低い口調で呟 き、手に力を込める。

「嬢ちゃん、それぐらいにし ておいてやれ」

誰もが声を掛けあぐねている と、ムウとアルフが真剣な面持ちで近づいてきた。

「まあ、言いたいことは解か るが…その辺で勘弁してやれ」

「フン」

肩を竦め、カガリの身体を乱 暴に下ろす。

「ゲホッゲホッ」

咳き込むカガリにレイナは冷 たく見下ろす。

「今度…また同じような真似 をしてみなさい……その時は、容赦しないから」

一瞥し、レイナは踵を返 し……格納庫から出て行った。

 

残されたカガリは、頬を押さ えたまま、呆然となっている…だが、その眼には悔しさが滲み出ている。

キラも声を掛けられず、ムウ とアルフに呟く。

「いくらなんでも…女の子な んですよ」

キラがカガリを弁護するよう な言葉を出すと、ムウとアルフが顰めっ面で唸る。

「だが、今回は…嬢ちゃんの 方が正しいさ……」

「もしあの時、あの子が出な くても…戦況に変化は無かった……」

そう言われ、キラも口を噤 む。

もしあの時…ムウ達が止めね ば、彼女はカガリを殺してもおかしくないぐらい、殺気を醸し出していた……それこそ、声を掛けたムウやアルフでさえも気圧されるぐらいに……

微かな震えを未だに残す手を 握り締める。

「だが、本来なら…彼女は銃 殺になってもおかしくないんだぞ」

その言葉に、キラはギョッと する。

「民間人が軍の兵器を勝手に 持ち出したんだ……当然ながらな」

「で、でも…僕も……」

「今のお前は軍人だ…それ に、最初の時はこっちからお前に頼んだんだ……状況が違うぜ」

改めて……自分は今、軍とい う組織の中に組み込まれていることを悟るキラだった。

 

 

格納庫を出たレイナは、見 知った顔…キサカを見かけた。

キサカは腕を組んだまま、眼 を閉じている。

「なんで助けにこなかった の……一応、お守りなんでしょ?」

問い掛けても、キサカは無言 のままだ。

「あの子は、はっきり言って 厄介よ……一人よがりの大義で、こっちまで危険にさらしてほしくないわ……もし、次にやったら…容赦しないから……たとえ、オーブを敵に回しても、ね」

レイナは歩き去っていき、キ サカはやや眼を細めたまま、レイナを見詰めていた……

 

 

こうして……砂漠の虎との戦 いは終わりを告げた………

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

砂漠を抜け…大天使は海へと 進む……

少年の胸に染みるのは…敵将 との言葉か…現実か……

 

少女は唄い…静かに過去を思 う……

 

 

思い悩む時間すらなく…海に 潜む罠が、襲い掛かる……

 

次回、「海の罠」

蒼き海を駆けろ、ガンダム。



BACK  BACK  BACK



inserted by FC2 system