アークエンジェルが航行する海域の近くに、その艦影はあった。

浅い海中を、潜行航行するザ フトの水中艦・ボスゴロフ級潜水艦クストー。

クストー内で、カーペンタリ ア所属のモラシム隊を率いる隊長のマルコ=モラシムは、自室で宇宙からのメッセージを聞いていた。

《バルトフェルド隊長が MIAとの報に、私も大変驚いております。地球に足付きを降ろしてしまったのは、もとより私の失態…複雑な思いです》

モニターには、仮面の男:ラ ウ=ル=クルーゼの姿が浮かんでいる。

内容を聞きながら、コーヒー を淹れるモラシムは、フンと鼻を鳴らす。

どこまでが本音やら、と…… 内心で毒づく。

《オペレーション・スピット ブレイクで私も近いうちに地球に降りますが、その折にはどうかモラシム隊長にもいろいろとお力をお貸しいただきたく思っておりま……》

最後まで言い終わる前に、モ ラシムはモニターのスイッチを叩きつけ、切断した。

「フン…クルーゼめ、こんな 通信を送ってくること自体が下手な挑発だぞ」

要は…自分の失態をカバーし ろと言いたいのだろう。

そのために…自分達に攻撃を 仕掛けろと、言いたいのだろう。

モラシムは、部屋の地図に眼 を向ける。

「……まあ、よかろう。乗っ てやろうじゃないか…その足付きとやら、インド洋に沈めてやる……フン」

アークエンジェルの航行路は おおよそだが、ある程度は予想できる。

数分後、モラシムは部隊に出 撃命令を出した。

 

 

 

「違うよ、そうじゃないって ば! パッシブソナーは基本的に……」

「いや、そんなことないっ て!」

CICの狭い空間内にパルと チャンドラの議論の声が上がっている。

音波探知機担当のトノムラ は、うんざり顔で、仕様書と手引書を手に悪戦苦闘している。

元々、宇宙戦を考慮に入れて 開発されたアークエンジェルのクルー達は、これらの作業に慣れていない……おまけに、これは元々ザフト製だ。勝手が違うのであろう。

ミリアリアとサイは苦笑し、 ナタルは苦々しい表情だ。

「レ、レーダーに反応!」

その時、カズィが声を荒げた ので、マリューはサッと振り向く。

「また民間機じゃないの か?」

駆け上がったパルが席に着 き、チャンドラがレーダーを覗き込む。

「速い! これは……撹乱酷 く、特定できませんが、これは民間機ではありません!」

「総員、第2戦闘配備!」

マリューが矢継ぎに指示を飛 ばし、アークエンジェル艦内にアラートが響く。

デッキにいたキラはフレイを 振り払い、格納庫へと急ぐ。

ルシファーのコックピットに いたレイナもアラートに眼を細め、ムウやアルフも急ぎパイロットスーツに着替えに走った。

 

 

海面ギリギリで飛行してくる 機影が3機。

ザフト軍の空戦MS:ディ ン…その内の一機のコックピットには、モラシムの姿があった。

モニターに、アークエンジェ ルの姿が映し出される。

「よーし! 足付きを確認し た…グーン隊、発進準備!」

モラシムはクストーに指示を 飛ばす。

離れた場所の海中に潜むクス トーの先端ハッチが開き、中から奇妙な形をした機影がセンサーを光らせる。

刹那…まるでイカを思わせる 流線型のボディを持つMSが発進していく。

『UMF−4A グーン』

ザフト軍の有する水中専用の MSだ。

2機のグーンは、真っ直ぐに アークエンジェル向かって水中を潜行していった。

 

 

接近してくる機影の機種特定 を行っていたサイが声を上げる。

「ライブラリ照合…ザフト軍 大気圏内用MS、ディンと思われます!」

「総員、第1戦闘配備! フ ラガ少佐、クオルド大尉、クズハ特務中尉、ヤマト少尉は搭乗機にてスタンバイ!」

奥歯を噛み締め、マリューが 命令を下す。

自分達は果たして運がいいの か悪いのか…それが試されているようだ。

「ディン接近! 10時、4 時の方向!」

「ミサイル発射管、7番から 10番…ウォンバット装填!」

アークエンジェルの艦尾ミサ イル発射管が開かれる。

「撃てぇぇぇ!!」

アークエンジェルの周囲を飛 び交う3機のディンに向かってミサイルが放たれるが、ディンは76mm重突撃機銃でミサイルを撃ち落す。

だが、接近しようとしたもの の、イーゲルシュテルンの弾幕を張られ、阻まれる。

 

そして、機体に乗り込んだム ウとアルフのスカイグラスパーが発進位置へと移動する。

《スカイグラスパー1号、2 号…発進位置へ》

発進カタパルトが開き、スカ イグラスパーのエンジンが唸りを上げる。

《進路クリア…フラガ機、ク オルド機、発進どうぞ!》

「よっしゃ…いくぜ!」

「出るぞ!」

先の戦闘と同じ、それぞれ 『ランチャー』と『エール』を装備したスカイグラスパーが勢いよく飛び出していく。

格納庫内では続けてルシ ファーが発進スタンバイに移行している。

「どうして、出られないんで すか!?」

それを横に、キラがマードッ クに怒鳴っていた。

ストライクで発進しようとし たキラは、マードックに止められたのだ。

「まだ修理が完全じゃねえん だ! 今回は無理だ!」

先の戦闘で受けた機体ダメー ジも完全に修理できず、おまけに先程ようやく損傷した右腕の取り付け作業が終了したばかりで、肝心の本体との電子系統が繋がっておらず、この状態で出て も、右腕は使い物にならない。

「でも…!」

「何と言っても今回はダメ だ! お前のあの嬢ちゃんと一緒にどっかでジッとしてろ!」

なおも言い募ろうとしたキラ を、マードックは一蹴する。

先程、武装も積み終わってい ないインフェストゥスに乗り込もうとしたカガリを推し留めたばかりだ。

キラは、歯噛みしながら…発 進していくルシファーを見送った。

 

 

アークエンジェルは、イーゲ ルシュテルンやウォンバット、バリアントを駆使して対空防御を行っていた。

3機のディンは完全に阻まれ る。

「足付き…この私が……!」

強行突破しようとしたモラシ ムは、敵機接近のアラートを聞き、即座に機体を旋廻させる。

突入してきた2機のスカイグ ラスパーが、機銃で狙ってくる。

飛行する2機に向かって、 ディンは重突撃機銃を発射する。

銃弾の中を掻い潜りながら、 2機は回避する。

「ええい、カーペンタリアの 奴か!」

「やらせるかっ!」

 

 

応戦するアークエンジェル艦 内で、慣れないソナーを担当していたトノムラが、ハッと息を呑んだ。

「ソナーに感あり! 4…い や2!」

「何!?」

ナタルも驚いて振り向く。

「…このスピード……推進 音…MSです!」

トノムラの報告に全員が息を 呑む。

「水中用MS…!?」

目視できない敵の姿に、全員 が恐怖を覚える中…トノムラがまたもやヘッドホンを強く握り締め、叫んだ。

「ソナーに突発音! 今度は 魚雷です!」

「回避!」

マリューがすぐさま叫ぶが、 ノイマンは上擦った声で答える。

「間に合いません!」

一瞬、言葉を詰まらせるが、 すぐさま次の指示を飛ばす。

「推力最大! 離水!!」

ノイマンはあらん限りの力 で、操縦桿を引く。

それに連動し、アークエン ジェルの巨体は艦首を上げていくが、身体に掛かるGにクルー達は歯噛みする。

水面から浮上し、滝のような 水しぶきとともに巨体が持ち上がると、下の水中を魚雷が駆け抜けた。

だが、息つく間もなく、海面 から姿を晒したグーンは、両腕の533ミリ7連装魚雷を放ってくる。

イーゲルシュテルンやバリア ントで魚雷を撃ち落し、グーンを狙うものの、素早く水中に身を隠す。

そして…思いもよらぬ場所か ら攻撃を繰り返してくる。

海という盾に護られたグーン に向かって、艦艇下部を飛行しながら、ルシファーがビームライフルを放つが、グーンは海中へと潜り、ビームが水上で蒸発する。

「くっ…!」

海中探査用のレーダーを持た ないルシファーでは、海中を動き回るグーンの動きが補足できない。

ならば…取るべき方法は一 つ。

「マードック曹長!」

レイナは素早く格納庫へと通 信を繋ぐ。

《何だ!?》

「アーマーシュナイダーを用 意して…海に降りる!」

その言葉に、マードックは一 瞬、眼を見張るが、意味を理解するやいなや声を張り上げた。

《降りる!? 降りるったっ て、ルシファーは……》

「宇宙用の機体…って言いた いんでしょ。でもこの状況じゃ仕方ないわ…やらなきゃやられるわよ!」

通信を切るや否や、ルシ ファーはアークエンジェルに帰還する。

発進デッキに到着すると、既 に用意されていたアーマーシュナイダーが二刀マウントされた固定具を左腕に装着する。

近接戦しかできないが、水中 で、シールドやバズーカなどを担いでいては余計に動きが鈍る。

バッテリーを再充電し、ルシ ファーはカタパルトデッキ入り口に立つ。

刹那…スラスターを噴かし、 海面へと向かって降下していった。

水しぶきを上げて潜行したル シファー。

予想通り、水中では、動きが 鈍い。

レイナは周囲に拡がる水中の 闇に注意を向けつつ、キーボードを取り出し、OS変更と併せて計器類に修正を加える。

大気圏内では、空気を取り込 んで推進力に変換する『超伝導電磁推進システム』が使われているルシファーのウイングスラスター制御を、逆に水を取り込んで推進力に変換するようにシステ ムを書き換える。

僅か10数秒で変更したレイ ナは、向かってくる敵機に気付いた。

グーンは魚のような鋭い動き で、ルシファーに体当たりを喰らわしてきた。

機体が激しく揺れる。

「くっ!」

左腕のアーマーシュナイダー を構えるが、刃を突き立てる前にグーンは離脱していく。

やはり、水中下での運用を考 慮されていないルシファーでは、水の抵抗がありすぎる。

そうこうしている間に、二機 目のグーンが今度は背中から体当たりしてきた。

「フン、宇宙用の機体で…」

「水中のグーンに勝てるもの か!」

2機のグーンはルシファーを いいように翻弄する。

態勢の崩れたルシファーに向 かって魚雷を放つ。

PS装甲のおかげで、致命傷 には至らないが、それでも機体に受ける衝撃は中和できない。

ルシファーを翻弄し、魚雷を 叩き込んでくる。

レイナはチャンスを待ち、今 は耐え抜く。

その時、一機が後方から突撃 してきた。

レイナは身構え、機体を旋廻 させる。

脇を過ぎるグーンを掴み、そ のまま引っ張られるが、水の抵抗に耐えつつ、グーンのボディにアーマーシュナイダーを突き刺した。

エンジンをやられたグーンは 蛇行し、水圧に耐えられず…爆発する。

 

 

海上では、モラシムのディン を2機のスカイグラスパーが翻弄していた。

「イーゲルシュテルン、バリ アント…てぇぇぇっ!!」

ナタルの号令に、イーゲル シュテルンが弾幕を張り、火線に晒されたディンは片腕を損傷し、離脱しようとしたところバリアントが直撃し、爆発した。

「ええい! グーン隊は何を やっている!」

モラシムが毒づく間もなく、 またもや隊列していたディンが、スカイグラスパーにボディを貫かれ、爆発する。

 

 

仲間をやられたグーンは、魚 雷を連発してくる。

ルシファーは回避するが、全 てをかわせず、機体に着弾する。

その瞬間、左腕に装着してい たもう一本のアーマーシュナイダーをマウントした固定具を破壊され、アーマーシュナイダーが海底へと落とされた。

舌打ちする間もなく、正面か らグーンが突撃し、弾き飛ばされる。

姿勢を保ち、弧を描きながら 再度突撃してくるグーンを受け止める。

刹那、レイナはビームサーベ ルを取り出し、グーンの機体に直接触れさせた瞬間、ビームを展開した。

接触によって発生したビーム は、グーンのモノアイを貫き、グーンは力尽きたように、海底へと落下していった……

 

 

友軍の反応が全て消失したモ ラシムは舌打ちする。

「ハンスのグーンもやられた か……!?」

逡巡する間もなく、突撃して くるエールグラスパーが機銃で攻撃してくる。

ディンは回避しようと上昇す るが、さらに上に回り込んでいたランチャーグラスパーが急降下しながらアグニを放った。

アグニのエネルギーがディン の右翼を撃ち落し、バランスが崩れる。

「ぐぅぅ…いったん引く!」

歯噛みしながら、モラシムは 高度の下がるディンを引き上げる。

黒い煙の緒を引きながら、 ディンは離脱していった。

 

追撃はせず、スカイグラス パー2機がアークエンジェルに帰還していく。

海中での戦いを終えたルシ ファーも、ゆっくりと浮上してくる。

コックピット内で、レイナは 不意に、ヘルメットを取った。

……静かだ、とモニターに映 る海の中を見詰めながら小さく呟く。

とても…先程まで戦闘が行わ れていたとは思えないほどの静けさだ。

宇宙や海の静かさを感じてい ると…争い続ける人間達がくだらく思えてくる。

この静かさと…全てを包み込 むような拡さに比べれば……人の争いなど、ちっぽけなものに過ぎないと……思わずにはいられなかった………

 

 

 

宇宙に浮かぶプラント。

その周囲に展開する軍事ス テーションに格納されるヴェサリウス。

「では」

ヴェサリウスへと続く搭乗 ゲートで、小さなトランクを抱えていたニコルがそれを足元に置き、改めて見送りにきた両親に向けて敬礼を行う。

「うむ」

息子の旅立ちに、ユーリ=ア マルフィが小さく頷く。

息子を軍人に持つ親の心境は 複雑である…この瞬間が、息子の姿を見る最後かもしれないと思うと、やはり穏やかではいられない。

「今度も無事で……」

ユーリの隣に並ぶ、ロミナ も、取り繕ったような笑顔で、言葉を掛ける。

愛しい我が子が、また必ず自 分達の元に戻ってきてくれるように、と。
「はい、行ってまいります」

軍人の顔で再び両親に向かっ て敬礼し、踵を返すとトンと床を蹴ってそのままヴェサリウスのゲートへと向かっていく。

その後ろ姿を…ユーリとロミ ナは寂しげに見送るのであった………

 

アスランが廊下に沿って慣性 の法則に身を任せていると、自分よりも数メートル先にニコルの姿を捉える。
「ニコル」

「ああ、アスラン」

背後から掛けられた声に、ニ コルが嬉しそうに笑顔を浮かべながら振り返る。

アスランが拳をポンと差し出 すと、ニコルが掌で受け止める。

アスランと向き合う形で、慣 性の法則で廊下沿いに進んでいくと、ニコルが思い出したように話し掛けた。

「この間は、ありがとうござ いました」

この休暇中に行われた、ニコ ルのピアノのリサイタルにアスランを招待したニコルは、とりあえず礼儀としてアスランに礼を述べる。

アスランも、記憶を手繰り寄 せ、答え返す。

「いや、いいコンサートだっ たね」

ニコルは、悪戯っぽい視線を 浮かべる。

「……寝てませんでした?」

図星をさされ、思わずアスラ ンは顔を引き攣らせる。

音楽方面には疎いアスラン は、ニコルの演奏中に失礼ながら熟睡してしまったのだ。

「え……そんなことはない よ」

慌てて誤魔化すが、ニコルの 表情は変わらない。

「そうですか? あそこの椅 子は多分、座り心地が良かったですから……」

「…まあ、そうだったな」

「さぞ気持ちよく眠れただろ うと……」

「うん…って、ね、寝てない よ。ちゃんと聴いてたさ」

ムキになって言い逃れをする かのように自分からチラリと視線を逸らすアスランに微笑んだ。

だが、その視線も寂しげに先 へと向けられる。

「ホントは、もっとちゃんと したのをやりたいんですけどね……」

「今はな……」

アスランも思わず表情を顰め る。

オペレーション・スピットブ レイクという大規模な作戦が控えている今、アスラン達も地球に向かい、作戦に参加しなければならない。

「このオペレーション・ス ピットブレイクが終われば情勢も変わるだろうから……」

「ですね…でも、今回は結構 ゆっくりできましたね」

「ああ」

アスラン自身もそう思う。

これだけ緊迫した状況の中 で、ラクスの屋敷を訪れるほど時間が取れたのは久しぶりだ。
「僕、降下作戦は初めてなんです」

「俺だってそうだよ」

「ああ、そっか」

第二世代コーディネイターで ある彼らは、当然ながら宇宙生まれの宇宙育ちだ。

まだ見ぬ大地に、二人は思い を馳せた。

 

一時間後…ヴェサリウスは地 球目指して発進していった………

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

海を進む大天使に、再び戦い の嵐が舞い降りる……

熾烈を極める猛攻…電磁の罠 によって、大天使はかつてない危機に見舞われる。

 

そして、金色の獣が堕天使に 襲い掛かる……

砕け散る戦士の死に様に…何 を思うのか………

 

次回、「暁の挽歌」

 

噛み砕く牙を打ち砕け、ガン ダム。




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