小さな島の浜に、戦闘機が不時着していた。

コックピットに聞こえてくる 水音に、コックピットで、カガリはハッと眼を開けた。

キャノピー越しに突き刺す太 陽光に、コックピット内はまるでサウナの如き暑さをほこっていた。

未だ覚醒していない頭を振る と、カガリは自分が何故、今の状態になったかを思い出した。

ザフトの輸送機に遭遇し、攻 撃を仕掛けられ、応戦したのだが、こちらも被弾し、墜落してしまったのだ。

カガリはすぐさま計器類に手 を伸ばし、スイッチを押すが、計器類は全て落ちてしまい、全く反応を返さない。

「こちらカガリ! アークエ ンジェル、どうぞ……」

通信機に向かって叫ぶが、う んともすんとも、ノイズさえ返ってこない。

カガリは通信を諦め、取り敢 えず救難信号だけセットすると、眼前に見える島に一度上がることに決めた。

非常用のサバイバルパックを シートの下から取り出すと、キャノピーを開き、コックピットから身を出す。

だが、未だ足元がふらつき、 カガリは海の中に落ちた。

「うわっぷ」

海水に浸かり、急ぎ手足を動 かして顔を海面に出すが、弾みで非常用パックを離してしまい、パックが彼方の方角へ流されていく。

やや呆然とそれを見詰めてい たカガリは軽く溜め息をつくと、島へと向かって泳ぎ出した。

浜に辿り着くと、カガリは島 の奥へと向かって歩き出した。

パックが流された今、食料や 水は自力で調達するしかない。

幸いにも、赤道近くだけあっ て、凍え死ぬようなことはないだろう。

むっとするような緑の匂いと 日差しを感じつつ、暫く歩いていると、やがて反対側の海が見えてきた。

「小さい島なんだな…無人島 か?」

民家どころか、真水の類も無 さそうだ…場所柄、スコールはくるだろうから、雨水でも溜めなければ……

高台に出たカガリは周囲を見 渡し、思わず息を呑んだ。

眼前の岩陰に、巨大な影が鎮 座していた。

特徴的なV字型アンテナを持 つ頭部に、灰色のボディを持つ巨大な四肢……MS。

ザフトのものではない…だ が、カガリにはいやというほど見覚えがある。

ストライクやルシファーと同 じ、Xナンバーの一機……

奪取された機体がここにある ということは…カガリはハッとして眼下を見下ろした。

カガリの立っている場所はや や急な斜面になっていて、低地の広場が見下ろせた。

機体の足元の岩陰から、真紅 のパイロットスーツを身に着けた人影が現れたのを見て、彼女は慌ててホルスターに手をやった。

息を呑んだカガリの気配を察 したのか、少年が素早く顔を上げ、こちらを振り返った。

それに反応して、カガリは銃 を引き抜き、発砲した。

まともに狙いもつけず発砲し たが、銃弾は少年の腕を掠め、少年は身を翻す。

「動くな!」

カガリは斜面を滑るように降 り、利き手で銃を向けたままだ。

だが少年は、傍らの岩棚に身 を隠そうとし、肩にかけていたパックを放り投げた。 

そのまま人影は岩棚を回り込 んで見えなくなった。

カガリはそちらに銃口を向け たまま慎重に、近づいていく。

不意に、視線を先程の少年が 落としたバックに眼を向けると、バックから銃口がのぞいているのが見え、カガリは僅かに安堵する。

 

 

(くっ…油断した、何でこん な所に敵が……)

岩陰に身を隠しながら、アスランは混乱する思考をなんとか落ち着かせる。 

輸送機からパージされ、海上 に不時着したイージスで、アスランは付近にあったこの小島に一時身を寄せる事にした。

だが、無人島かと思いきや、 いきなり発砲されてしまった。

対抗しようにも、銃は先程放 り投げてしまったパックの中だ。

その間もこちらに回り込んで こようとする相手から身を隠すためにジリジリと移動しながら、アスランは小さく腰を落とした。

パイロットスーツの足首辺り から、すっと光る刃を取り出した。 

戦闘用ナイフを構え、岩越し に相手の様子を窺う。

銃を両手で構えた相手が、ち らりと足元にあるアスランのパックを見下ろしてこちらから眼を離した瞬間、アスランは岩陰を飛び出した。

慌てたように相手が照準を合 わせてくるのに構いもせず、アスランは岩を一気に駆け上がった。

岩の上に一旦、身を隠し、相 手を見下ろすと、相手がアスランの銃を拾い上げようと手を伸ばしたところで、アスランは岩を蹴って飛び掛かる。

速度と角度、それに伴う慣性 と全体重をもって、アスランは振り上げた足で銃を持つ相手の手首を蹴り上げた。

「うわっ!」

相手が悲鳴とともに体勢を崩 すと同時に左手で相手の手首を捕らえ、放り投げた。

倒れ込んだ相手の腹に乗り掛 かり、片腕を胸に押し付けて動きを封じる。

そのまま、ナイフを振り下ろ そうとした瞬間……

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

響いた甲高い悲鳴に、アスラ ンは思わず眼前で振り下ろそうとした腕を止めた。

よく見ると、押さえつけた相 手は涙を眼元に浮かべている。

「……女?」

戸惑うアスランに少女が恐る 恐る眼を開け、涙を溜めたままアスランの事を睨みつけると、叫んだ。

「い…いい加減にしろよっ、 お前らぁぁぁぁっ!」

以前、女と見てもらえなかっ たことを思い出したのか…カガリは泣くように叫んだ。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-23  出逢い

 

 

夕暮れが近い中、海上を航行 するアークエンジェルに、カガリ機が未帰投との報告が届き、帰還したムウやアルフは顔を顰める。

あの時、被弾こそしていたも のの、帰投には差し支えないと思い、先に帰還させたのだが、まさか行方不明とは思わなかった。

「ロストしたのは何処なの?  無線は?」

「ダメです、応答ありませ ん」

ミリアリアが不安げな表情で マリューに報告する。

「レーダーも撹乱酷く、戦闘 空域を離脱したところまでしか……」

当惑と不安が漂う中、押し黙 るマリューにナタルが淡々とした口調で問い掛けた。

「艦長、MIAと認定されま すか?」

その言葉に、マリューの眉が ひそまる。

「……何です、それ?」

小声で尋ねるザイに、トノム ラの押し殺したように小声で呟いた。

「戦闘中行方不明…まあ、 『確認してないけど、戦死でしょう』ってことだな」

サイとミリアリアが眼を見開 いて、互いを見合う。

「それは早計ね、バジルール 中尉…撃墜されたとは限らないのよ」

ややムッとした表情で言う と、パルに振り向く。

「日没までの時間は?」

「約、1時間です」

「捜索されるおつもりです か、ここはザフトの勢力圏ですよ!」

心外そうに叫ぶナタルを無視 し、マリュー淡々と続ける。

「上空からはもう辛いわね… 簡単な整備と補給がすんだら、ストライクやルシファーに海中から探してもらうしかないわ」

「艦長!」

声を荒げるナタルに向かっ て、マリューは睨みつけるように遮った。

「報告でも記録にでも好きに 書きなさい!」

はっきりと言い切ったマ リューに、さしものナタルも唖然となってしまった。

マリューにしてみれば、今更 失点が増えようが別に構わない。

 

数分後、機体の調整が終わ り、戦闘の疲れを取っていたキラとレイナはパイロット控え室でマリュー達からの連絡を受けていた。

《疲れてるところ悪いけ ど……頼むわね》

「いえ…僕は大丈夫です」

やや表情を顰めて言うマ リューにキラは答える。

《救難信号も出ているはずだ が、こう電波状態が悪くてはなんの役にも立たん…予想されているエリアには小さな無人島も多い。案外、そっちに落ちているかもしれん》

ナタルから送られてきた地図 を見やりながら、確認する。

「島にいなきゃ…今頃魚の餌 ね」

何気にポツリと漏らしたレイ ナの呟きに、キラは不謹慎だとばかりにやや睨むような視線を向けるが、レイナは肩を竦めるだけだ。

《もし、何の手掛かりも得ら れなくても、二時間経ったら、一度帰投して…別の策を考えます》

「大丈夫です」

心外そうに答え返すキラに、 レイナは軽く溜め息をついた。

「そういう意味じゃないわ よ…私達の身体より、艦の安全の問題よ。なんたって、この艦の重要な戦力を、何時間も捜索に回すわけにはいかないしね」

レイナの辛辣な言葉に、マ リューは表情を顰め、キラの表情が強張る。

《…とにかく、二時間で必ず 戻って》

硬い口調で念を押すと、通信 は途切れた。

「そういうことよ…時間を無 視して捜索を続けないことね。この艦が大切なら」

レイナが先立って控え室を出 ようとすると、ドアが開き、キサカが現れた。

「キサカ…さん……」

キラが声を掛けると、キサカ は黙々としたまま、頭を軽く下げた。

「カガリを頼む」

短く告げられた言葉に、キラ は一瞬黙り込むが、やがて強く頷き返した。

「……はい!」

決意を胸にキラが先立って控 え室を後にし、レイナはヤレヤレとばかりに肩を竦めた。

「まったく……とことん厄介 事を持ち込むのが好きなお姫様ね…連れ戻したら、今度はちゃんと見張っておいてよ……紐で縛っておいてやろうかしら」

物騒なことを呟きながら、レ イナも控え室を後にした。

数分後、バズーカとシールド を装備したストライクと、魚雷をセットしたミサイルポッド、アーマーシュナイダーを装着したルシファーが海中へと潜行していった。

 

 

 

オーストラリア大陸に位置す るザフト軍・カーペンタリア基地。

大洋州連合の協力で設置され たこの基地には、ジブラルタルを出発したアスランを除くザラ隊のメンバーが既に到着していた。

夕焼けで、朱に染まるカーペ ンタリアの一室に、沈黙が漂っていた。

窓から夕闇に彩られる基地を 眺めるリーラと、ソファに腰掛け、雑誌を読むディアッカ、そして…ニコルが不安げに部屋内を歩き回っていた。

彼らがこのカーペンタリア基 地に到着したのは午後に入っての時間だったが、マシントラブルで出発が遅れたアスランのみが、一時間遅れで出発したと聞いたが、何時まで経っても、アスラ ンを乗せた輸送機は到着しなかった。

その後だった…アスランの 乗った輸送機がインド洋周辺で消息を断ったという報告が届いたのは……

「ニコル…気持ちは解かるけ ど、少し落ち着いて」

リーラが気遣うように声を掛 ける。

「ええ、すみません」

「大丈夫だって。一応、こち らの制空圏内でだし……」

精一杯励まそうとするリーラ に、ニコルも幾分か表情が和らぐ。

その時、不意にドアが開き、 3人の視線が向く。

そこには、司令部に情報の確 認を取りにいった副官のリンとイザークがいた。

「あ、リン、イザーク……」

「イザーク、アスランの消息 は……」

同時に尋ねるニコルとリーラ に、イザークは思いのほか落ち着いた態度で、後ろ手に手を組み、やや芝居がかった口調で告げた。

「ザラ隊の諸君! さて、栄 えある我が隊、初任務の内容を伝える」

敢えて間を置くかのように僅 かに一呼吸入れて言葉を続ける。

「それは、これ以上ないとい うほど重要な……隊長の捜索である」

イザークが言い終わると、 ディアッカがつられたように笑い上げた。

「イザーク…!」

ニコルがムッと表情を顰め、 リーラもやや非難するような視線を向ける。

とてもではないが、笑い事で は済まされない。

アスランだけでなく、彼の 乗っていた輸送機もまた行方不明なのだ。

Nジャマーの影響で、地上の 電波状態は酷く、制空圏内であっても救難信号を拾うことが難しい。

「ま、輸送機が落っこちまっ たんじゃしょうがないが、本部も色々と忙しいとのことでな。自分達の隊長は自分達で探せとさ」

ジブラルタルだけでなく、 カーペンタリアでも直に控えているオペレーション・スピットブレイクの準備のために、余分な人手がないのだ。

だからこそ、クルーゼはザラ 隊を結成したのだが……

「やーれやれ、なかなか幸先 のいいスタートだね」

皮肉るように厭味を呟くディ アッカ。

「とは言っても、もう陽が落 ちる……捜索は明日かな」

「そんなっ」

ニコルが抗議の声を上げる が、それはディアッカの言葉によって制される。

「イージスに乗ってるんだ。 落ちたって言ったってそう心配する事はないさ。大気圏に落ちたって訳でもないし」

ディアッカの言う通り、なに も生身でそのまま放り出されたわけでもあるまい。

実際に大気圏突入をやった ディアッカ達からしてみれば、さして心配することではないかもしれない。

だが、ニコルにしてみれば、 不安のたねは拭えない。

「……いい加減にしなさい」

すると、今まで黙っていたリ ンが口を挟んだ。

「イザーク、ディアッカ…少 しは口を慎みなさい……隊を結成早々、隊長がMIAというレッテルを貼られたいの」

その物言いに、イザークが噛 み付きかけたが、ぐっと堪える。

確かに、アスランの失態を 笑ってはいるが、肝心のアスランは今、自分達の隊の隊長であり、いうなれば、隊長のMIAというのは隊全体の失態に繋がってしまい、今後の評価にも響く。

「ニコル……貴方もパイロッ トなら、動揺は隠しなさい。少なくとも、イージスと一緒にパージはされたらしいから、恐らく近くの島に身を寄せている可能性が高い。なら、特に問題じゃな い……陽も傾き始めた現状で、海に捜索に出れば、逆にこっちの危険が増す……明日になれば母艦の手配も終わる……捜索は明日の夜明けとともに開始する…… それまでは、各自身を休めておくこと。くれぐれも、勝手な行動は起こさないことね」

伝え終わると、リンは踵を返 す。

やはり、実戦を潜り抜けてい る分、リンはこの隊の誰よりも冷静な判断が下せる。

イザークやディアッカも、皮 肉ることすらできなかった。

ニコルは、溜め息をつくと、 今一度…夕焼けを見やった。

 

 

その頃、無人島に身を寄せて いたアスランは、カガリを縛ると、持っていた銃を取り上げ、弾倉と銃を海に向かって放り投げた。

「お前、本当に兵士か? 認 識票も無いようだし…俺は戦場で、ああいう悲鳴は聞いたことがないぞ」

やや呆れた口調で問い掛け る。

生身で実戦に参加したのはヘ リオポリスが最初だが、少なくとも、殺されそうになって悲鳴を上げる敵兵はいなかった。

「……悪かったな!」

縛られた状態で、カガリは自 らの醜態に頬を赤く染めてそっぽを向いた。

「俺達の輸送機を墜としたの はお前だな? 向こうの浜にあった機体…鹵獲されたものだな、少なくともザフトの人間じゃない」

パックから応急手当用キット を取り出し、先程、弾が掠めた場所に止血用のパッドを貼る。

「私を墜としたのはそっちだ ろうがっ!」

言い返すカガリに、アスラン は軽く溜め息をついた。

「所属部隊は? 何故あんな ところを単機で飛んでいた?」

「私は軍人じゃない! 所属 部隊なんかないさ! こんなところ来たくて……うわっ!」

心外そうに怒鳴り、身を起こ そうとしたが、手足を縛られているため、バランスを崩して転がってしまい、うつ伏せになったままじたばたしている様に、アスランは笑いを抑えながら、イー ジスの方に向き直る。

「お前…あの時、ヘリオポリ スを襲った奴らの一人か?」

唐突に掛けられた言葉に、ア スランは虚を衝かれ、思わずカガリに振り向くと、カガリは鋭い眼でアスランを睨んでいた。

「私もあの時あそこにい た……お前達がぶっ壊した、あのヘリオポリスの中にな!」

アスランは無言のまま、イー ジスに向かって歩き出した。

また奇妙な話だ…こんな地球 の南の島で、あのコロニーの名を聞くことになるとは……

『ヘリオポリス』…それはア スランにとっても印象深いコロニーだ……そう、全てはあそこから始まったと思えるほど……

中立コロニーで開発された地 球軍のMSを奪取するために潜入し…初の実戦を経験し……そして……キラと再会した……

ヘリオポリスを崩壊させるつ もりはなかった…もっとも、そんな事を言っても弁解にもなりはしないが……

アスランはイージスのコック ピットに収まると、計器類を操作し、通信を試みるが、やはり返ってくるのはノイズのみだ。

核を封じるために撃ち込んだ Nジャマーが、これ程恨めしいと思ったことは初めてだろう。

「どのチャンネルも拾わない な……」

ぼやくように呟き、イージス を操作する。

刹那、イージスの左腕から、 何かが発射され、それは大きく弧を描き、海へと落ちる。

それは、救難信号を発する装 置だ。

その時、コックピットハッチ を開いたまま作業をしていたアスランの耳に、雷鳴が轟いた。

湿った風が吹いたかと思った ら、あっという間に島を覆うように厚い雲が覆い、雨が降り注いだ。

「……スコールか?」

宇宙で生まれ、宇宙育ちのア スランには、その光景は物珍しい。

完全に気象監理されたプラン トでは、雨も降ることは降るが、これ程激しく降ることはない。

アスランは改めて、今自分が 踏み締めている大地に対し、感慨が沸く。

アスランが感慨に耽っている 頃、カガリは縛られたまま、シャクトリ虫の如く身体を上下に動かしてなんとか逃げようとしていたが、雷鳴が響いた瞬間、それに気を取られ、そのまま転がり 落ちた。

「うあぁぁっ!」

転がり落ちる先には、溝が拡 がり、運悪く嵌り込んでしまった。

「くそっ、うっ……」

なんとか立ち上がろうとした が、紐が岩に絡まったらしく、身動きが全く取れない。

悪戦苦闘していると、そこへ スコールによって降り注いだ雨が、濁流となって流れ込み、溺れそうになる。

その様子があまりに可笑し く、噴出しそうになるのを堪え、アスランはイージスのシールドを上に掲げてやった。

「おい、何やってるんだ…お 前?」

コックピットから降りたアス ランは、カガリを覗き込むが、それがカガリの気に障ったのか、ムッとした表情で怒鳴り返す。

「見て解かんないのかよ!  動けないんだよ!」

偉そうな口調で叫ぶが、溺れ まいと必死にジタバタしている姿があまりにギャップの違いを呼び、アスランは怒りを通り越して笑みが浮かぶ。

「何やってんだよ、突っ立て ないで早く助けろよ!」

敵である自分に対して助けを 求めるのに、遂に笑を堪えきれなくなり、笑いながら手を伸ばす。

「……威張って言える立場 か?」

「いいから早くしろって ば!」

いい加減、我慢ができなく なったのか、やや悲鳴混じりにきゃんきゃんと喚くカガリを引き上げる。

すっかり泥まみれになったカ ガリを立たせる。

「大丈夫か?」

助けてもらったにも関わら ず、憮然とした表情で睨むカガリの髪の中から、小さなカニが這い出し、アスランの手を伝って地面へと落ちた。

思わず、アスランは噴出し た。

「カニがそんなに可笑しいの かよ!」

憤慨して叫ぶカガリに、腹を 抱えてなんとか笑いを抑え込む。

「いや失礼、あまり経験がな いんでね。こういうことは」

「プラントにカニはいないの か」

顔を背け、カガリはピョン ピョンと飛び跳ねながら、また雨の中に出て行く。

「おい、何処へ行く?」

またこけて、溝に嵌ってしま うかもしれないと思ったアスランが尋ねる。

「ちょうどいいから洗うんだ よ! 泥だらけなんだから…わぁ〜気持ちいい〜〜」

仰ぎ、天然のシャワーを浴び るカガリの姿に、アスランは暫し、眼を奪われる。

そして、アスランは彼女に歩 み寄ると、ナイフで手足を拘束していた縄を切り、カガリは驚いた表情で見詰めた。

「…武器のないお前が暴れた ところで、たいしたことはない」

「なんだと!?」

バカにされたようで、突っ掛 かるカガリに、アスランはまた噴出しそうになる。

「服の中にもカニがいるよう だぞ?」

「ええ!」

慌てて服を捲り上げると、カ ニがポロリと零れ落ちた。

同時に、カガリの肌が露にな り、アスランはどぎまぎして顔を逸らした。

真っ赤になり、ぎこちなく歩 き出したアスランは、足を滑らせて溝に落ちた。

 

 

 

陽も完全に落ち、夜の闇と静 寂が海上にも訪れ、アークエンジェルは航行する。

格納庫では、争いの声が聞こ えてきた。

「だから、僕は大丈夫ですっ てば! 言われた通り、ちゃんと休みましたし……」

ストライクへと続くタラップ で、乗り込もうとしたキラを、ムウとアルフが引き止めていた。

「何が大丈夫だ! 休んだっ て言ったって、アラートで二時間転がってたってだけじゃないか、艦長が指示した時間にだって戻ってこなかったくせに!!」

「でもっ……」

そう、レイナは指示通り、2 時間でアークエンジェルに帰投したが、キラはカガリのことを心配するあまり、ストライクのバッテリーが切れる寸前まで海上の捜索を続けていたのだ。

独断で捜索を続けたにも関わ らず、カガリを発見するどころか、消息不明となった原因さえ掴めなかった。

実際のところ、キラは焦って いた。

近くでカガリが助けを待って いるかもしれない…そう思うと、どうしても戻れなかった。

「大丈夫です! 僕はコー ディネイターだから、まだ動けますから……」

「そういう問題じゃないだ ろ!」

アルフが必死に引き止めよう とする。

「僕は…!」

「…僕はコーディネイ ター……ナチュラルとは違います……ナチュラルと違って、優秀だから……丈夫な身体だから……」

キラの言葉を紡ぐように、掛 けられた言葉に、3人が振り返ると、そこにはレイナが歩み寄っていた。

「まったく、自己管理もでき ないなんて…ホント、立派なパイロットね」

皮肉るように呟くレイナに、 キラは視線を逸らす。

何がいけないのだ……自分は コーディネイターで、パイロット………今、カガリを助けにいける力があるのは自分だけだ…できるだけの力があるのだから……

「いいか、ナチュラルもコー ディネイターも関係ない…艦長の命令は無視する、体調の自己管理もできない……それじゃ、パイロットとしては失格だぜ」

溜め息をつくアルフに、自分 の非を突きつけられて、キラは口を噤む。

「あと5時間もすれば陽も昇 る。そうすりゃ、俺らも出られる……情けねえよ、俺らだって」

悔しそうに呟くムウに、キラ はハッと気付いた。

ストライクやルシファーと違 い、スカイグラスパーでは、夜間の捜索には向かない。

探しにいける自分と違って、 彼らは探しに行こうと思っても不可能だったのに。

だがそれでも、5時間も待つ などできない…現実にカガリが無事なら、あと5時間ぐらいは耐えられるだろう…もし、最悪の事態が考えられるなら、今急いでも無駄なのだ。

だが、キラはその可能性を頭 の中で否定し、振り払うようにストライクに向かおうとする。

しかし、肩を掴まれ、振り 返った瞬間……ドゴッという鈍い音とともに、キラの意識は途切れた。

「じょ、嬢ちゃん……」

ムウはどこか上擦った声を掛 け、アルフも半ば呆然となっている。

レイナはキラの肩を掴んだ瞬 間、腹に向けて思いっきりに拳を叩き込んだのだ。

いくらコーディネイターとは いえ、正規の訓練をなにも受けていないキラの腹は、見事なまでに拳が喰い込んだ。

「まったく……あの子と同じ で、世話を焼かせるわね」

ぼやくように呟き、キラの身 体を支えると、アルフへと手渡す。

「数時間は絶対に眼を覚まし ませんよ…今のうちに、手足を縛って部屋にでも放り込んでおいて」

「あ、ああ…」

呆気に取られたまま、アルフ はキラの身体を抱えたまま、格納庫を後にする。

「やれやれ……情けねえよ、 俺は………」

頭を掻きながら、ぼやくよう に呟くムウに、レイナは冷ややかな視線を向ける。

「今更……何言ってるんです か」

冷たく掛けられた言葉に、ム ウは振り返る。

「宇宙で、彼に戦争を強要し た時から、情けないとは思わなかったんですか……」

そう…そもそも、キラがMS に乗る……そして、戦争に身を投じた理由………

「キラは今…孤立していま す……仲間からも、そして…護りたいと思ってる友達からも」

キラは決して己の苦悩を語ら ない…黙ってさえいれば、余計なことを勘ぐられずにすむ。

だから見ようともしない…… 現実を…眼を背けて戦い続けなければ、ここにはいられないと自分の中で既に位置づけられている。

地球軍のコーディネイターの パイロット、キラ=ヤマト少尉として……それ以外には、ここでは彼は必要とされていない。

敵と戦い…敵を傷つけ…敵を 殺し……偽りの友人を護るために艦に残る……

滑稽だ……吐き気がするほ ど………

それ以外には許されない…そ うでなければ、地球軍にコーディネイターがいることなど、決して黙殺できるものではないのだから………

「できるだけの力があるな ら…できるだけのことをやれ……」

その言葉は、ムウ自身にも深 く突き刺さる。

かつて、キラに自分が言って 聞かせた言葉だ。

「いい言葉ですよね……で も、覚悟がない人間には、単なる重荷にしかなりません」

皮肉るように…そして、責め るように呟く。

あの時、自分が言って聞かせ た言葉が、今のキラの行動理念となってしまっているのではなかろうか…あの時は、仕方がなかった……そう言ってしまえば、言い訳にしか聞こえないが、ムウ は自分の迂闊さに歯噛みする。

「殺す覚悟も…殺される覚悟 もできていないパイロットほど、傲慢なものはありません……それは、相手への最低限の礼儀さえできていない、最低なものよ」

少なくとも、戦場に身を投じ るなら…その二つの覚悟くらいはできていないと困る。

自分が生き残るために相手を 殺し続ければ…いつかはそれが自分にも返ってくるかもしれないということを……

「……私、貴方ほど軽蔑する人はいませんよ」

レイナはそのままムウの横を 通り抜けようとする。

「4時間後、私が出ます…少 佐のスカイグラスパーを借りますね。ルシファーじゃ、海上からの捜索は目立ちますから」

小さく掛けられた声に、ムウ は振り向くが、レイナはもはや振り返りもせず、通路の奥へと消えていった……

軽蔑されても仕方ない、とムウは自虐的に思い、格納庫の壁にもたれ掛かった。

 



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