スコールが去り、辺りは完全 に夜の闇に包まれてしまい、近くの洞窟に避難したアスランとカガリは、そこで焚き火を焚いていた。

カガリの濡れてしまった服を 火の側で乾かし、今は毛布で包まっている。

ただ揺らめく炎を見詰めるカ ガリの前に、アスランはカップと非常用の固形食を差し出した。

「ほら」

「ん……?」

怪訝そうにアスランを見上げ るカガリだったが、カガリがそのカップと非常食を受け取ろうとしないで、アスランは足元にカップを置いた。

カガリが今包まっている毛布 も、下着のままでは流石にアスランも眼のやり場に困るために彼女に手渡したものだ。

「電波状態が酷い、今夜はこ こで夜明かしになる可能性が高いぞ」

焚き火を挟んで、カガリの向 かい側に座ったアスランは、自分の分の非常食に手をつける。

「電波の状態が悪いのは、お 前達のせいじゃないか」

思わず口を尖らせて反論す る。

「……先に核攻撃を仕掛けた のは地球軍だ」

脳裏に、あの光景が浮かび、 アスランは僅かに表情を顰め、カガリも口を噤んだ。

確かに…核兵器を最初に使用 したのは紛れもない、地球側だ。

もっとも、地球軍ではないカ ガリには、その非はないのだが……

「ザフトのものでも食料は食 料だ。自分の分はパックごと流されたんだろう?」

図星を指され、カガリはムッ とした表情を浮かべるが、身体は正直に反応し、お腹の虫がグゥ〜という音を立て、カガリは気恥ずかしくなり、誤魔化すように…開き直った、ともいうが…… 足元に置かれた非常食に手を伸ばした。

アスランも笑みを浮かべなが ら、カップに口をつける。

食事を取りながら、アスラン は洞窟の外に鎮座しているディアクティブモードのイージスを見やる。

月明かりがイージスを照ら し、一枚画のごとき雰囲気を醸し出している。

アスランは弱くなってきた焚 き火に、枯れ枝を放り込み、火を燃やす。

カガリも、不思議と居心地の よさを感じていたが、沈黙に耐えかねたのか、声を張り上げた。

「わっ、私を縛っておかなく ていいのかよっ!」

「ん?」

「隙を見てお前の銃を奪え ば、形勢は逆転だ。そうなったらお前、バカみたいだからな!」

思わず眼を丸くし、キョトン とした表情でカガリを見詰めていたが、やがて堪えきれずに噴出してしまった。

「ぷっ……ぷぷぷぷ」

「なんで笑うんだよ!」

「いや、失礼……懲りない奴 だと思ってね」

心外そうに叫ぶカガリに、ア スランはからかうように呟く。

だが、その笑いもすぐに消 え、眼光を鋭くしながら低く呟く。

「……銃を奪おうとするな ら、殺すしかなくなる。だからよせよ、そんなことは」

息を呑む音が聞こえ、アスラ ンは静かな声で続けた。

「ヘリオポリスでもここで も、せっかく助かった命だろ?」

敵であるなら殺すしかなくな る…だが、少なくとも、アスランはカガリを殺したくはなかった。

いくら彼女がわめこうが、圧 倒的な実力の差があるのだから……

「……フン、ザフトに命の心 配をしてもらうとは思わなかったな」

毒づきながら、カガリは視線 を逸らす。

暫し、二人の間を沈黙が支配 したが、焚き火がパチッと弾けたと同時に、アスランは口を開いた。

「ヘリオポリスは…俺達だっ て、あんなことになるとは思ってなかったさ……」

「え?」

アスランは視線を、イージス へと移す。

「モルゲンレーテが開発した 地球軍のMS……それだけ奪えればよかったはずだった」

カガリには、それが言い訳に しか聞こえず、カッと怒りを覚える。

「何を今更! どう言おう が、コロニーを攻撃して壊したのは事実だろうが!」

ヘリオポリスには、軍施設以 外にも民間人達も大勢暮らしていた。

だが、アスランも冷めた視線 を向ける。

「中立だと言っておきなが ら、オーブがヘリオポリスであんなものを造っていたのも事実だ」

それもまた紛れもない事実 で、カガリは口を噤む。

「俺達はプラントを護るため に戦っているんだ。あんなものを見逃すわけにはいかない」

「そ、それは地球だって同じ だ! 私達だって、お前達が攻めてきて地球をメチャクチャにするから……!」

カガリは必死に反論するが、 どことなく歯切れが悪い。

双方とも、言い分は事実だか らだ…互いに、護るために戦うという信念も……

カガリとアスランの瞳に、炎 が映し出され、互いに相手を睨む。

「………俺の母は、ユニウス セブンにいた」

「え?」

今でも、脳裏に鮮明に甦る… いや、忘れることなどできない。

核ミサイルによって、ユニウ スセブンが崩壊し、あの中にいた何人ものコーディネイターが死んだ……

自分の母も、あそこで犠牲に なった……

「ただの農業プラントだっ た。なんの罪のない人達が、一瞬のうちに死んだんだ……子供まで! それで黙っていられるかっ!?」

怒りと哀しみを思い出したの か、アスランの語尾が自然と強くなる。

だが、カガリも強く反論す る。

「私の友達だってたくさん死 んだよ! お前達の攻撃でなっ!」

ヘリオポリスから地球に戻っ たカガリは、オーブを飛び出し、砂漠へと身を寄せた。

皆、支配に屈しない、誇りを 持って戦っていた…だが、ザフトのMSの前に、何人もの仲間が死んでいくのを目の当たりにした。

互いに、睨みあう中で、アス ランが徐々に落ち着き始め、軽く息を吐いた。

「……よそう、ここでお前と そんな話をしても仕方がない」

どこか、疲れたような口調で 言い、カガリは眼を背け、ゆっくりと立ち上がりながら洞窟の外に出た。

確かに、いくらこの少年と論 争を続けても何の意味も無いとカガリも思ったからだ。

彼女は普段はまったく深く考 えない思考を、悩ませ、洞窟の外に鎮座するイージスを見上げる。

このイージス…いや、地球軍 のXナンバーが開発された経緯を思い出すと、カガリの胸にはどうしようもない怒りがこみ上げてくる。

地球軍とオーブが裏で画策 し、ヘリオポリスで造り上げたMS…自分はあの時、この真意を確かめるためにヘリオポリスに行ったのだ。

そこで見たヘリオポリスの崩 壊……父と衝突し、オーブを飛び出して砂漠の戦いに身を投じた…ザフトに苦しめられる砂漠の民を救うため、自分も戦わなければならないと思い、今まで戦っ てきた。

あの時、砂漠でストライクや ルシファーと邂逅した時、オーブとの逃れられぬ宿命を感じた……だが、いくらカガリが喚こうとも、ユニウスセブンに起きた悲劇を思うと、胸を張って自分が 正しいとはいえない。

以前、レイナがバルトフェル ドに向かって言った言葉が甦る。

 

――――戦争が、人の心を変 えていく…ゲームみたいに、単純に正義か悪かなんて決められたら、どんなに楽かしらね――――

 

あの時のレイナの言葉が、カ ガリには凄く腹立たしく思える。

直情的な性格が災いしてか、 白黒はっきりしないような状況は酷く嫌なのだ。

レイナの言う通り…はっきり と正義か悪かを決められたら、どんなに気がラクか…深く溜め息をつく、振り返ると、アスランは身体を横にし、片腕で頭を支えながら、うつらうつらとしてい た。

「お、おい! 寝ちゃう気か よ!」

「ん……?」

カガリが焦った口調で声を上 げるが、アスランの瞼は今にも閉じそうなほど、眠気が彼を誘っている。

よくよく考えてみれば、初の 地球降下の時からずっと緊張の連続だった…その上、ジブラルタルについた早々、部隊結成でカーペンタリアに移動となった。

輸送機の中で眠ろうとも考え たが、その矢先にカガリの戦闘機との戦闘…この無人島に辿り着いてからは、この状況を作り出した張本人ともいうべきカガリと衝突……

おまけに、この少女に撃たれ た傷を手当てした場所から、鈍い痛みを感じる。

流石のアスランも、疲労が溜 まっていたのだ。

「いや、まさか…寝てない さ……でも…降下してすぐ、移動で………」

声がだんだんと小さくなり、 瞼が耐えかねて閉じ、頭がコロンと落ち、口元から微かな寝息がこぼれる。

言い終えるか終えないかの内 に眠ってしまったアスランに、カガリは溜息をついた。

「…敵を放っておいて寝るな よな」

アスランの寝顔を窺っていた カガリの視線が、無意識に腰のホルスターに収められた銃へと移る。

だが、すぐさま視線を逸ら す。

だが、カガリは毛布を被った まま、ゆっくりと音を立てずにアスランに近づいていく。

たとえ、無防備に眠っていて も、相手はザフトなのだ。

 

―――――銃を奪おうとする なら、殺すしかなくなる。

 

辛そうに呟いた言葉がカガリ の脳裏を駆け巡る。

このまま眼を覚ましてくれ… と、カガリは心の中で叫んでいた。

気配に気付いて眼を覚まして くれれば、何事もなかったかのように終われるのに…誤魔化して笑って、またさっきの不思議と心地よい時間に戻れるというのに……

だが、そんなカガリの葛藤と は裏腹に、アスランの眼が覚める気配はなく、カガリは傍に近づき、膝を落とす。

ゆっくりと、ホルスターに収 められている銃に手を伸ばす……だが、その手が一瞬躊躇われた。

その時、突如として焚き火の 中で、炎が一瞬、強く弾けた。

「……っ!!」

その僅かに響いた音に、寝ぼ けていたアスランは、ハッと意識を覚醒させ、眼前に迫っていたカガリに気付いた。

「お前……!」

カガリは咄嗟に銃を掴み、同 時にアスランに毛布を投げ掛けて飛び退っていた。

覆い被さった毛布を素早く剥 ぎ取り、飛び退いたカガリを捉えると、反射的にナイフを取り出し、眼前でそれを構えた。

「ゴメンっ!」

カガリが震える手と口調で、 銃を握り締め、叫ぶ。

「お前を撃つ気はない…で もっ……! あれはまた、地球を攻撃するんだろっ!?」

その言葉と、僅かに浮かんだ 涙に、アスランも僅かに動揺する。

「造ったオーブが悪いってこ とは解かってる! でも、あれは……あのMSは、地球の人達をたくさん殺すんだろ!?」

砂漠で共に戦い、何の抵抗も できずに死んでいった仲間達…そして、ザフトのMSによって、多くの地球に生きる者達が殺されている……

アスランはカガリの言葉を否 定しなかった…彼女の言う通り、やっているのはザフトであり、自分はザフトのパイロットなのだから……

「…なら撃てよ」

先程の動揺を感じさせる静か な声で呟き、カガリは息を呑む。

「その引き金を引いているの は俺だ…俺はザフトのパイロットだ。機体に手を掛けさせるわけにはいかない。どうしてもやるというのなら……俺はお前を殺す」

淡々と続け、アスランはナイ フを構える。

「はぁっ、はぁっ、 はぁっ……」

呼吸が荒くなる…間近に感じ る死に、動揺が隠せない。

彼女は何も、アスランを殺す つもりで銃を奪ったわけではない。ただ、あのMSを破壊したかっただけなのだ……だが、それで何かが変わるわけではない。

この機体を破壊したところ で、眼の前の少年が生き残っている限り…彼がザフトの人間である限り、戦いをやめるわけではない…それだけで、戦争が終わるわけでもない。

 

――――あのMSのパイロッ トである以上、私と君は敵同士だということだ。

――――やはり、どちらかが 滅びなくてはならんのかね?

 

カガリの耳に、かつての敵将 の言葉が甦る。

眼前にいるのは敵、なのだ… 敵である以上、どちらかが滅びなくては戦争が終わらないのなら、この眼前にいるザフト兵を殺さなくてはならないということだ。

あの時は、当然のことと思え たが、今ではそれが正しいか解からない。

 

――――憎しみが、互いを滅 ぼそうとするまで…戦争は終わらない。

 

あの少女の言葉が、カガリを 迷わせる。

 

憎んでいるのか…いや違 う……眼の前の少年を憎んでいるわけではない。

こうして解かり合えるの に……敵だから、相手を殺さなければならないのか……そうしなければ、戦争は終わらないのか……

解からない……解からない… 何故、自分はこの銃を握り、彼に向けているのか……

「くそぉぉぉっ!!!」

錯乱する頭の中で、カガリは 耐え切れなくなり、銃を思い切り地面に叩きつけようとした。

「っ!!!」
アスランが驚愕に眼を見開き、カガリに向かって飛び掛かる。

刹那、乾いた銃声が響き、カ ガリはアスランに覆い被さられていた。

そして、自分の叩きつけた銃 が暴発したという事態を悟る。

僅かに噛み締めた声を漏らし ながら身体を起こすと、アスランはカガリに向けて怒鳴った。

「オープンボルトの銃を投げ る奴があるか!!」

「ゴ…ゴメン………」

厳しい剣幕で迫るアスラン に、カガリは呆然と、幼子のように謝った。

軽く息を吐き出し、身体を起 こすと、呆れた視線で見やる。

「ったく……どういう奴なん だよ…お前は………」

「いや…だから、そ の………」

バツが悪そうに歯切れを悪く する。

普段であれば絶対にオープン ボルトの銃を放り投げる事などしないだろう……自ら演じた失態にカガリは俯いた。

だが、彼女の眼に、赤いパイ ロットスーツの脇腹部分に裂け目と滲み出る赤い液体に気付く。

「それ、今ので……!」

まさか…銃の暴発から自分を 庇ってくれたのだろうか……カガリは、本来の性格からか、先程のことも忘れ、申し訳ないという気持ちにかられる。

「たいしたことはない」

チラリと傷を見やると、アス ランは立ち上がる。

「手当てしなきゃ!」

「気にしなくていい」

構うことなく、置いてあった バッグに歩み寄り、紐を掴む。

それを無造作に持ち上げよう とする彼の行動を、駆け寄ったカガリが制した。

「貸して、私が……」

アスランからバッグを取り上 げようとするカガリに、アスランは不審げな視線を向ける。

「自分でできる」
アスランはバッグの紐を引き寄せるが、カガリはムキになったのかそれ以上に強い力でバッグを再び引っ張り寄せた。

「やってやるってば!」
カガリの様子に、アスランも僅かに強引にバッグを引き寄せる。

「いいって」

「いいからやらせろ よっ!!」

カガリがバッグを奪い取る と、そのまま自分の腕の中に抱き締めてしまった。

「このままじゃ私、借りの作 りっぱなしじゃないか! 少しは返させろよ!!」

眼に涙を浮かべて、抗議する カガリに、アスランは思わずキョトンとしてしまう。

アスランは思わず苦笑した が、ふと視線を逸らす。

「その前に…服、着てくれな いか………」

言われてはじめて、カガリは 自分がアンダーの姿でいることに気付き、アスランのバッグを抱き締めたまま、その場に座り込んでしまった。

「もう、渇いていると思 う……」

頬を染めて視線を逸らすアス ランの姿は、さっきまでの殺し屋のような冷たい表情とも、ユニウスセブンの事を話す苦しそうな表情とも違うものだった。

服を身に着けながら、カガリ は思った。

何故……彼は、敵なのだろう と。

それが、カガリが初めて目の 当たりにした生身の…そして等身大の『敵』だった。

 

 

夜明けも近いカーペンタリア 基地で、ニコルは一人、輸送ヘリの前に立っていた。

やはり、母艦の手配が終わる まで待てなかったというのが現状だ。

だからこそ、陽が昇ると同時 に出発しようとし、輸送ヘリに近づくと、発進口に人影が見えた。

「あ、リン……」

「……勝手な行動は控えなさ い、と言っておいたはずだけど」

僅かにジト眼で見やるが、そ う言いつつ、リンはパイロットスーツに身を纏っていた。

「制空圏内とはいえ、前回の 件もある……私がヴァルキリーで護衛につく」

静かにそう呟くと、ニコルは 嬉しそうに表情を明るくする。

「……早くしなさい」

ニコルは急ぎ、輸送ヘリに乗 り込み、リンはヴァルキリーの下へ向かった。

数分後、ヴァルキリーが随行 し、輸送ヘリがカーペンタリアから飛び立った。

 

 

同じ頃、アークエンジェルの 格納庫内でも、レイナが一人早く…スカイグラスパーに乗り込んでいた。

ルシファーで出るより、こち らの方が捜索には適任だ。

キャノピーを閉じ、コック ピットに収まると、操縦桿を引いた。

刹那…エンジンが唸りを上 げ、スカイグラスパーが飛び立っていった……

 

 

 

冷んやりとした風が吹き、鳥 の囀りでアスランは眼を覚ました。

いや…これは鳥の囀りではな い……呼び出しの電子音だ。

その瞬間、アスランは弾かれ たようにイージスに駆け寄り、ラダーを伝ってコックピットに飛び込むと、発進されてる電波に波長を合わせる。

通信機から呼び出し音が鳴 り、無線のスイッチを押す。

《…ラン……アスラン…聞こ え………応答……》

ノイズ混じりに、聞き覚えの ある声が聞こえてくる。

「ニコルか!?」

《アスラン! よかった… 今、電波から位置を………》

弾んだ声がすぐさま戻り、ア スランもやや安堵の表情を浮かべる。

「どうしたー!?」

眼をこすりながら、カガリが イージスの足元で叫んでいた。

「無線が回復した」

叫び返すが、同時に、沖に投 下したソノブイが、島の反対側から接近してくる熱源を捉えた。

それを確認すると、もう一度 ラダーを伝って下へと降りる。

「こっちは救援が来る…他に も何かこの島へ向かってきているぞ…お前の機体がある方角だ」

カガリは不安そうに、背後を 見やる。

「俺はコイツを隠さなきゃな らない」

「え?」

「できればこんなところで戦 闘にはなりたくないからな……」

首を傾げていたカガリは、改 めて自分達の状況を思い出したのか、頷いた。

「ん……私も機体のところへ 戻るよ。どっか隠れて様子を見る」

複雑そうな表情でイージスを 見やった後、カガリは苦笑を浮かべて踵を返した。

「じゃ……」

去っていく姿に…まるで、夢 を見ていたかのような錯覚に陥る。

不意に、名残惜しくなったの か、アスランはカガリの後姿に向かって叫んだ。

「お前、地球軍じゃないんだ な!」

「ち、が、うー!!」

アスランの問い掛けに、彼女 は振り返りながら、子供のような返事を返した。

それに苦笑を浮かべつつ…胸 中には苦いものが拡がった。

 

――――軍人でもないくせに、皆……

 

脳裏に、キラの顔が過ぎる。

それと同時に…仲間達の顔が 甦る。

軍人であっても、覚悟がなけ れば苦しいだけなのに……何故、そこへわざわざ身を投じるのであろう……

「カガリだ! お前は…!」

思考に耽っていたアスランが ハッと顔を上げる。

そう言えば…互いに名乗りも しなかったと改めて思う。

「……アスラン!」

答え返すと、満足したのか… 頷き、森の奥へと走り去ってしまった……

まるで、夢のような出来事 に…アスランは穏やかな笑みを浮かべた……

だが、そんな穏やかな雰囲気 で終わらないのは…外で戦闘が始まったからだ。

 

 

輸送ヘリの護衛で随行してい たヴァルキリーのコックピットに、ニコルの声が届く。

《発信源を確認しました…そ ちらへ向かいます》

どうやら…無事に発見できた ようだ。

不意に、モニターを見やって いると、何かが感覚に引っ掛かり、リンは思わずヴァルキリーを静止させる。

《リン、どうしたんです か……?》

不審そうに、ニコルが問い掛 ける。

「貴方はそのままアスランの 回収に……」

短く告げると、返事を待た ず、ヴァルキリーはブースターを噴かし、加速した。

「まさか、こんな所で逢える とはね……姉さん」

まるで、愛しい者を待ち焦が れるかのごとき笑みを浮かべ、リンは忘れられない感覚の導くままに進んだ。

 

 

同じく、カガリの機体から発 信された救難信号を受信し、レイナの操縦するスカイグラスパーも島へ近づきつつあった。

その時、レイナの脳裏にあの 感覚が駆け巡った。

「っ……なんで、こんな場所 で………」

既に馴染みとなった感覚が示 すとおり、モニターに、敵機を知らせる反応が映り、コックピットにアラートが響いた。

そして…モニターには、こち らへと加速してくる漆黒の機体が映る。

「ちぃ!」

舌打ちし、操縦桿を引く。

刹那……ヴァルキリーとスカ イグラスパーがすれ違った………

だが、ヴァルキリーは即座に 反転し、シールドの機銃で狙撃してくる。

急旋回で機銃をかわし、スカ イグラスパーの高度を上げる。

ルシファーでは、海上捜索に 目立ちすぎると思ったから、飛行能力の高いスカイグラスパーで出たが…まさか、それが完全に裏目に出るとは。

だが、別段レイナはそんな事 を気にしない…機体性能より、自分自身の迂闊さが恨めしかっただけだ。

レイナはスカイグラスパーを 駆り、ヴァルキリーに向かって急降下しながら機銃とビーム砲で攻撃する。

ヴァルキリーはスラスターを 噴かし、攻撃をかわしながら飛行する。

バレルロールで機首を変え、 スカイグラスパーが後を追う。

操縦桿を握り締め…前方を飛 ぶヴァルキリーに照準がロックされる……瞬間、操縦桿のトリガーを引いた。

ミサイルが放たれ、白い尾を 引いてヴァルキリーに向かっていく。

だが、ヴァルキリーは機体を 僅かに傾け、ミサイルを横切り、機銃で撃ち落す。

爆発が起こり、ヴァルキリー の姿が消える。

「……上!」

気付いた時には遅く、上空か ら急降下してきたヴァルキリーは、対艦刀を振り下ろす。

機体を傾けるが、ビーム刃が 右翼を斬り落とし、爆発に包まれたスカイグラスパーはバランスを崩して海面へ失速していく。

「ぐっ……!」

操縦桿を目一杯引き戻し、機 首を上げて、なんとか海面に着水する。

トドメを刺そうと、ヴァルキ リーが迫ろうとした瞬間、横から気配を感じ、機体を旋廻させる。

刹那、2つの火線が過ぎる。

彼方から、IWSP装備のス トライクと、エール装備スカイグラスパーが迫ってきた。

舌打ちした時、通信が飛び込 んできた。

《リン! アスランの救出は 完了しました、この空域から離脱します!》

ニコルからの通信を受け、海 面に着水したスカイグラスパーを見やる。

あまりにもあっけなかったの で…決着は次にと思い、ヴァルキリーは反転していった……

 

 

一時間後……被弾した戦闘機 2機を抱え、ストライクとエールグラスパーがアークエンジェルに帰還した。

被弾した2機を見た瞬間、 マードックは大きく肩を落とした。

スカイグラスパーは、まあ仕 方がないとして……インフェストゥスはやはり、懸念していた通りになってしまった。

そして、インフェストゥスか ら降りたカガリは、マードックに怒鳴られ、キサカには無言の圧力を受け、泣き出さんばかりの勢いだった。

そんな中、被弾したスカイグ ラスパーからレイナが降りる。

「おい、嬢ちゃん…大丈夫 か?」

フラフラ歩くレイナに声を掛 けるが、レイナは無言のまま歩いていく。

頭を掻きながら、コックピッ トを見やった瞬間、マードックの眼が驚愕に見開かれた。

コックピットに、べっちょり と赤黒い液体が付着していた。

 

「お、嬢ちゃん……俺の1号 機、壊してくれるなよ〜」

声を掛けるムウに向かって、 レイナは苦笑した。

「それは……すいません、 ね………」

フラッと倒れそうになったレ イナの身体をムウが慌てて受け止める。

「お、おい! どうし た……!」

抱えた瞬間、ムウの手に、ヌ ルッとした感触が伝わった。

手を挙げてみると、赤黒いも のが付着し……それは、ムウにとっても馴染みあるもの……血であった。

しかし、自分のものではな い…となれば、この今抱えているレイナしかいない。

「しょ、少佐……その子、凄 い出血ですよ!」

アルフも慌てて駆け寄る。

黒いパイロットスーツの上か らでもはっきりと解かるほど、赤く染まっている。

「バカ野郎! 何で、言わな いんだよ……!」

叫ぶと同時に、救護班を呼 ぶ。

 

格納庫が慌しくなる中……レ イナの意識は深く落ちていった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

冷たく降る雨…

それは、少女を過去へと誘う ものであった……

 

少女は、かつての戦場に足を 踏み入れる。

そこで味わった哀しみ……そ して…怒り………

 

赤き双頭の龍が、襲い掛かる……

 

 

次回、「追憶」

 

過去の哀しみ…撃ち砕け、ガンダム。




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