赤道連合の上方に位置する地球連合の同盟国である東アジア共和国のインドシナ半島において、その部隊があった。

夜の中、野営が築かれ、あち こちに焚き火が立ち込め、この部隊を成す者達の姿が見える。

その一画、テントの中に、一 人の男の姿があった。

30代後半といった風貌の男 で、無精髭を弄りながら、寄り掛かっているテーブルの上に備えられたモニターに向かっていた。

《どうだい? 君のところに 回した機体は?》

モニターに映る、スーツ姿の 青年が問い掛ける。

「悪くはないが……もう少 し、使える奴を寄越してもらいたいものだな。アレでは、ぜいぜい弾除けにしかならん」

男は、部隊に属する者達を卑 下するが、青年は気分を害した様子も見せず、笑い掛ける。

《あははは、まあそう言わな いでくれ……君らの運用データは、これから欠かせないものになるからね》

「ほう…となると、やっと目 処がついたのか?」

《ああ…こちらでも既に量産 体制に移行しているよ。特に、君用にわざわざ102Bを回したんだ……文句は言わないでほしいな》

咎めるような口調だが、男は フッと笑みを浮かべる。

「アレでは、俺が扱うには大 人しすぎる……もう少し、じゃじゃ馬がいいんだがな」

《解かってるよ……こちらで も、君用の機体の完成を急がせてる……コーディネイターを滅ぼし、青き清浄なる世界のためにね》

ニヤリと笑みを浮かべる青年 に、男は、映像にノイズが入りだしたのに気付いた。

「どうやら、電波状況が悪く なったみたいだ……切るぞ」

返事を待たず、無造作に通信 を切ると、男は徐に立ち上がる。

テントから顔を出し、その前 に鎮座する機体を見上げながら、持っていた酒を瓶ごとくいっとあおる。

「フッ……」

酒は美味いが、彼の気持ちを 満足させてはくれない……やはり、戦いだ。

戦い、相手を殺すことだけ が、自分にとっての快楽だ……そして、それを齎してくれる相手は、男の中では決まっている。

「早く逢いたいぜ………な あ、BA」

ニヤつく ように笑い、男:ウォルフ=アスカロトは煙草を咥えた。         

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNES

PHASE-24  追憶

 

 

何処だろう………

闇に感じる浮遊感の中で…… レイナは漂っていた。

やがて……意識がぼんやりと だが、何かを感じ始めた。

 

 

降り注ぐ豪雨……

雷鳴が轟く暗闇の中に、人影 が佇んでいる。

 

 

―――アレは……私…

 

 

雨に打たれながら、眼前に立 てられたいくつもの墓標を見詰めている。

無表情で……

 

 

―――ああ…私だ………あの頃の… 

 

 

雷鳴が響き、影が掛かってい た顔が映える。

その無表情な瞳から……涙が 零れていた………

 

 

―――そう……私はあの時……慟哭()いた―――

―――雨に滲んで出た涙…私はあの瞬間…雨が嫌いになった……

――――私は……私で無くなった………

 

 

 

「んっ……」

微かな声を漏らし、レイナは 眼を覚ました。

何処だろう……首を動かして みると、どうやら医務室のようだ。

消毒液の臭いが鼻につく…… そこで、自分の左脇腹に鈍い痛みを感じるのに気付いた。

その傷を見て思い出した…あ の時、カガリを捜索に出て、そこでヴァルキリーと戦闘に入り、負傷したことを……

そしてその後…確か、格納庫 で意識を失ってしまった。

「……情けない」

思わず、天井を仰ぎながらぼ やく。

よりにもよって、あんな大勢 の前で気を失うという醜態を演じてしまうとは……せめて、自室まで持てばよかったのだが…予想以上に傷が深かったせいもあるだろう……

腕を翳しながら…先程の夢を 思い出す。

「……なんで、今頃」

愚痴るように呟き、憂鬱な気 分で何気に時計を見やると、ほぼ丸一日眠っていたらしい……もう、既に日付が変わっている…にも関わらず、まだ傷は完全に回復せず、体力もいうほど戻って いない……

医務室には人気がなく、レイ ナはまだフラリとする身体にジャケットを羽織り、医務室を後にした。

 

 

どんよりした黒雲が空を覆 い、雷鳴が響く中を、アークエンジェルは航行していた。

インド洋を抜け、中立国であ る赤道連合の島々が点在する海域を航行していた。

カーペンタリア基地から近い ものの、流石にザフトも迂闊には手出しをしてこない。

その時、落雷がアークエン ジェルに襲い掛かった。

電子機器が一瞬、ショート し、計器類が全てブラックアウトした。

刹那、支えを失ったかのごと く、アークエンジェルは急降下していく。

ミリアリアが悲鳴を上げる。

「落ち着け! 非常電源に切 り換えろ!」

ナタルの号令に、一同は慌て て非常電源に切り換える。

一拍置いて、計器類に光が灯 り、ノイマンは急ぎ操縦桿を引く。

エンジンが火を噴き、なんと か海面への激突は避けられ、アークエンジェルは姿勢を戻す。

「ふぅ……状況は?」

安堵の息をつくと、マリュー は素早く尋ね返す。

「主電源からサブ回線に切り 換え……」

「艦の航行に支障はありませ ん」

だが、アークエンジェルも連 日に渡る戦闘で、船体の各所にダメージを負っている。

そのせいで、先程の落雷にも 影響を受けたのだ。

溜め息をつくと同時に、アー クエンジェルのエンジンから火が上がった。

「何!?」

「敵か!?」

モニターを見るが、少なくと もセンサー範囲内に敵影は見られない。

その時、手元の通信機から呼 び出し音が響き、マリューは回線を開く。

《艦長、大変でさ! 2番エ ンジンで火災が起きたんすよ!》

「何ですって!?」

マリューだけでなく、クルー 達の間にも動揺が走る。

《今、消火作業中ですが…こ のままだと、他のエンジンも危ねえかもしれねえです。一旦、どこかに降りてエンジンを修理しないと!》

その言葉を受け、マリューは すぐさま操舵席のノイマンを見る。

「ノイマン少尉! どこか、 無人島にアークエンジェルを着陸させて!」

「りょ、了解!」

黒い煙を上げながら、アーク エンジェルは高度を下げ、近くに点在する無人島へ着陸していった……

 

島に隠れるように身を潜める アークエンジェル。

「それで…状況の方は?」

マリューは、機関室にいる マードックに連絡を取る。

《結構、時間掛かりそうです ね…なんせ、ここに来るまでほとんど応急処置だけで対処してきやしたから……》

苦い顔で報告するマードック に、マリューも表情を顰める。

《なんとか飛べるようにはし ますが、やっぱり一度、どっかで機関部の本格的な点検をしないと、何時エンジンが壊れるか解かりやせんぜ》

とは言うものの、アラスカと はコンタクトが取れず、補給のあてもない現状では、なんとかだましだまし行くしかないだろう

「修理にはどれぐらい掛か る?」

《最低でも丸一日は掛かりま すね》

「もっと早くならないの か?」

ナタルも苛立ちを隠せない。

いくら中立国の領土が近いと はいえ、ここはカーペンタリア基地からもさほど離れていない。

今、敵襲を受ければ、ひとた まりもない。

《無理なもんは無理っすよ、 無茶して飛ばしたら、他のエンジンにも負担が掛かりますから……》

重い溜め息をつき、ナタルは 俯く。

「解かったわ…とにかく、修 理を急いで」

通信を切ると、マリューは CICに振り向いた。

「パイロット達を至急、ブ リッジに集めて…とにかく、修理が終わるまでの間の艦の防衛を考えないと」

「了解」

ミリアリアが頷き、艦内放送 を行った。

 

数分後、パイロット達がブ リッジに集合し、ミーティングを行おうとした時、ブリッジへと続くドアが開き、入室した人物に、一同は驚愕した。

「レ、レイナさん…!」

「……何? まるで幽霊を見 たような顔して」

気だるげに話し掛けるレイナ は、何故周囲が怪訝そうな表情をしているか、一瞬解からなかったが…すぐにその理由を思い当たる。

「レイナ、もう怪我は平気な の?」

「問題はないわ…それより、 パイロット集合って艦内放送があったわよね? まあ、大方…さっき着陸したとこから、修理の間の艦の護衛についてかしらね」

冷静な口調で、的をえた言葉 に、呆気に取られる一同。

「私の方は大丈夫だから…早 いとこ、話始めて」

「あ、はい……」

呆然となる中で、マリューが 逸早く覚醒し、皆に作戦の概要を説明する。

「既に知っていると思います が…アークエンジェルは現在、エンジン不調により、本日0800に不時着……マードック曹長以下、整備班が修理を急いでいますが…修理には約一日は掛かる と見ています」

トーンの落ちた、暗い口調と 表情を顰めるマリュー。

「よって、各パイロットに は、艦の修理中…付近の偵察、及び哨戒任務にあたってもらいます」

モニターに、地図が浮かび上 がり、それが拡大され、アークエンジェルの映像が浮かび、周囲に円が描かれる。

「アークエンジェルを中心と した、半径数キロに渡って、任務にあたってもらう…なお、この作戦については、二人一組…3時間交代であたってもらう」

概要を説明するナタルは、パ イロット4人に向き直る。

「開始は今から一時間後…… では、編成を発表する。A班はクオルド大尉とヤマト少尉、B班はフラガ少佐とクズハ特務中尉に担当してもらう」

パイロットの間に動揺が走 り、視線がレイナに集中する。

だが、レイナはいつもの無表 情で作戦を聞き入っている。

「偵察中…ザフトと接触した 場合、なるべくなら戦闘は回避するように臨んでくれ。艦がこれでは、敵に発見された場合、対応が難しくなる」

「やむを得ぬ場合は?」

レイナは静かに尋ね返す。

「……その場合は、速やかに 敵部隊を排除してもらう。無論、他の班も救援に向かわせる」

一拍置いて、ナタルは淡々と 答えた。

「貴方達には負担を掛けてし まうけど……お願いするわ」

マリューに向かって、4人は 一斉に敬礼する。

「じゃあ、各パイロットはす ぐに搭乗機にてスタンバイ……クオルド大尉とヤマト少尉、先にお願いします……フラガ少佐とクズハ特務中尉は、速やかに搭乗できるよう、待機してくださ い……艦内には、第2種非常警戒態勢を発令」

マリューの指示に、ブリッジ が慌しくなる。

先に出撃が決まったキラとア ルフは、ブリッジから駆け出していく。

そして、後を追うようにブ リッジを退出しようとするレイナに向かってムウが声を掛けた。

「嬢ちゃん……ホントに大丈 夫なのか?」

「……ご心配は無用ですよ、 少佐」

微笑を浮かべたまま、レイナ はブリッジを後にした。

その後姿を見送りながら、ム ウは険しい表情で考え込む。

あの時に見た傷は、少なくと も一日で回復するような浅いものではなかった。

最前線で戦うムウは、負傷し た仲間を何度も見てきている……傷の深さを測るぐらいは、自分のような素人でも十分過ぎるほど経験している。

だが、経験から言えば…あの 時に見た傷と、出血量から考えれば……少なくとも数週間は動けないほどの重症だった……

そこでムウは、以前から彼女 に感じていた違和感を思い出した……これまでにも、幾度となく彼女が深く負傷することはあった…だが、彼女はすぐに戦場に戻ってきた。

考えれば考えるほど……ムウ は困惑するが、その答えが出るには、まだ至らなかった。

 

 

警戒・偵察は滞りなく進み、 三時間における交代も既に三度目となるキラとアルフのペアが出て既に2時間が経過している。

その間も、敵の気配も見え ず…艦内は静けさに包まれている。

できることなら、このまま艦 の修理が終わるまで、何事もなくいってもらいたいものである。

「少佐〜もうすぐ少佐達の番 なんで、嬢ちゃんを探してきてくださいー!」

「ああ? いないのか?」

アラートから出てきたムウが 首を傾げる。

「さっき帰ってきたらすぐに 格納庫から出たもんで……お願いしまさ」

生返事で答え返し、ムウは艦 内に向かっていった。

だが、当のレイナは自室には おらず、ムウは頭を掻きながら艦内を走った。

 

朝から立ち込めていた黒雲 は、雷雲に代わり、アークエンジェルが着陸している島周辺は雨に見舞われていた。

そのアークエンジェルのデッ キで、レイナは一人……雨に濡れながら…空を見上げていた。

ほぼ艦内を一周したムウが、 僅かに開いているデッキへと続く扉の隙間から彼女を見かけたのは偶然だった。

すぐに声を掛けようと思った のだが……雨の中、切なげな表情で佇む彼女の姿に、一瞬言葉をなくし、呆然と見詰めていた。

遠くを儚げに見詰める真紅の 瞳と、降り注ぐ雨が、幻想的な雰囲気を醸し出している。

「……私に用ですか、少 佐?」

ポツリと掛けられた言葉に、 ムウは気付かれていたと思い、バツが悪そうな表情で、頭を掻きながら雨が降り注ぐデッキに出た。

「風邪引くぞ……俺達は、直 に出るんだ」

「……解かっていますよ」

体温が通っていないような… まるで死人のような白い肌の顔で言われるが、ムウは咎めても、無駄だろうと口を噤む。

「少佐……雨、お好きです か?」

唐突に囁かれた言葉に、訳が 解からず、口をポカンと開ける。

「私……雨は嫌いなんです よ」

自嘲気味に笑い、肩を竦め る。

「何でだ?」

自然に思った疑念を口に出す と……レイナは、一瞬考え込むが……遠くを見詰めながら答え返した。

「……雨は、私が…自分自身 を嫌悪する記憶を思い出させるからですよ」

過去を逡巡するように…眼を 閉じる。

「私が……心を持ったため に………私でなくなったから………」

抽象的な物言いに、ムウは怪 訝そうな表情でレイナを見る。

「心があるから……私は、非 情になりきれない…………死を肯定できない……」

やるせないような口調で呟 き、レイナは踵を返す。

「私には……心は…いえ…… 『レイナ=クズハ』としての心は必要ないんですよ………その方が……過去に拘る必要もなくなるのに…

最後の方が小声であったた め、ムウは聞き取れなかった。

「ん……最後、何て言ったん だ?」

「……何でもありませんよ。 でも、私自身に心は必要ないんです…心なんてなければ………他人の死に…心を悼める必要なんてないんですから………」

何かを悟り切ったような…… 切なげな表情で呟き、デッキを去っていく。

ムウは、そんなレイナが酷く 傷ましげに見える…キラとは違い、彼女は強いと感じたが…彼女自身も、やはり弱いのかもしれないと、ムウは思った……

 

 

キラとアルフが帰還してすぐ に、レイナの乗るオーバーハングパック装備のルシファーとムウのランチャー装備のスカイグラスパーが飛び立つ。

2機は、そのままアークエン ジェルから北上していく。

島々を越え、ユーラシア大陸 の一部であるインドシナ半島に近づく。

レーダーを監視しているが、 付近には敵影は全く見られない。

《やれやれ…今んとこ、異常 はなしだな。できることなら、このまま何事もなくいってもらいたいものだぜ……》

溜め息混じりの愚痴が通信か ら聞こえてくるが、レイナは答えようともせず、モニターに映る地図を見詰めていた。

地図の一点に眼が留まる。

(ここからなら、行けなくは ないか……)

あの夢を見た……偶然とは思 えない。

思案していたが、やがて、意 を決したように通信を開いた。

「少佐」

《ん、何だ?》

「少し……索敵範囲を拡大さ せてもらいますね」

《はあ?》

「少々、寄りたい所があるも ので」

伝え終わると、返事も待たず に通信を切り、ルシファーは反転し、インドシナ半島を北上していく。

 

「お、おい!」

通信で呼び掛けるが、返事は 返ってこず、ルシファーとの距離が開く。

「…しゃあねえな」

軽く溜め息をつき、ムウもス カイグラスパーを同じ方角に向けて進ませる。

《フラガ少佐、どうしたので すか? 予定範囲より遠ざかっていますが……》

そこへ、絶妙のタイミングで ナタルからの通信が入った。

「ああ、わりい。今、少し レーダーの調子が悪い……よって、今から少しの間、通信を遮断する」

《は? 少佐、いった い……》

したり顔で手元のスイッチを 押し、通信をオフにする。

「やれやれ……帰ったら、バ ジルール中尉にどやされるな」

苦笑を浮かべつつ、ムウは、 レイナが向かった先に、少しばかりの好奇心を覚えずにはいられなかった。

見失うまいと、エンジンを噴 かし、追い縋る。

そんな飛行する2機を、遠巻 きに見詰める機体……バイザーで覆ったような頭部のカメラが、不気味に輝いた。

 

 

 

「ほう……?」

その報告を聞いた時、ウォル フは興味深げな声を漏らした。

「ええ……偵察に出ていた、 ダガー8号機が偶然、発見しました」

テントの中でウォルフに話し 掛ける青年が、偵察機から送られてきた映像をプリントアウトしたものを手渡す。

受け取った写真を、見詰めな がら、ウォルフは無精髭をさする。

「恐らく、アークエンジェル 所属の機体…GAT−X000と、P.M.P.のFX−550と思われます」

「ああ、お偉いさんが煙た がっている連中か。で……こいつらは、何処に向かってるんだ?」

青年は徐に地図を取り出し、 送られてきたデータから、進行方向を割り出す。

「恐らく、この方向に向かっ ているものと」

地図を覗き込み、青年が指差 した進路に、一瞬眉を顰め、次の瞬間、何かに気付いたように声を上げた。

「ほう……この方角とは。偶 然と思うか?」

「いえ……ここの事を知るの は、今では我々と彼女のみです」

「成る程……これはまた、面 白いことになりそうだ」

笑みを噛み殺しながら、ウォ ルフは写真を握り潰し、それを放り投げ、その上に持っていた酒を垂らす。

そして、取り出したマッチに 火をつけ、無造作に落とした。

酒のアルコールに火が引火 し、写真は燃え上がる。

「すぐに連中を準備させろ、 ザフトの偵察部隊をやるより、面白いことになりそうだ」

「はっ!」

敬礼し、青年はテントから出 て行く。

「クックク……早く逢いたい ぜ。なあ、BA……」

眼を細め、笑うウォルフの前 で、炎が小さく燃え続けた。




BACK  BACK  BACK




inserted by FC2 system