既に半時間は飛び続けただろうか……下には山脈が連なり、聳え立っている。

ムウは内心、レイナが何処へ 向かっているのか、皆目見当がつかなかった。

すると突然、ルシファーが高 度を下げ出した。

ムウも操縦桿を操り、スカイ グラスパーを降下させていく。

山々の間にできた谷に降りて いくと、その先に、小さな集落が見え始めた。

(おいおい…まさか、あそこ に行くってのか)

呆れ顔でルシファーを見やる と、肯定するようにその集落に向かっていく。

溜め息をつき、谷にぶつけな いよう、慎重にスカイグラスパーを降下させる。

そして……煙を上げながら、 ルシファーが着地する。

膝をつき、コックピットを地 面に近づけるように鎮座させると、ハッチを開き、レイナは躊躇うことなく外へと飛び降りた。

地面に着地し、ヘルメットを 取る。

軽く息を吐き、ゆっくりと… 視線を集落へと向ける。

そこへ、砂煙を上げながら、 スカイグラスパーが着地し、レイナがそちらに振り向く。

キャノピーが開き、同じく メットを取りながらムウが降りてくる。

「何でついてきたんです か?」

「いやなに……個人的興味 さ」

はぐらかすムウに、レイナは ジト眼で見やり、毒づいた。

「……悪趣味」

呟くと同時に歩き出し、ムウ は、流石にグサリときたのか、引き攣った笑みを浮かべるが、気を取り直し、後を追う。

二人は集落へと近づいていく が、家屋が見えてくるにつれて、ムウは怪訝そうになる。

風が吹き、扉が揺れる音が響 くが、人の気配がまったくない。

集落内へと入ると、何処もか しこも荒れ果て、人が住まなくなってから既に数年が経っているぐらい、集落内は荒れ果てていた。

家屋の一部が崩れたり、焼け 落ちたりしている。

荒廃と静けさが、不気味さを 漂わせる。

「なあ、何なんだ……こ こ?」

今度ばかりは、真面目な面持 ちで、前を歩くレイナに尋ねる。

こんな、荒れ果てた場所に、 いったいどういう意図があって訪れたか……

「………ここは、昔、私がい た場所ですよ」

間をあけた後に、静かに答え た。

ムウは僅かに驚愕し、眼を細 める。

「ここは数年前まで、一つの 傭兵団が拠点にしていたんです」

「へぇ……んで、ここにいた 連中はどうしたんだ?」

「この先にいますよ」

レイナが眼で指すのは、ちょ うど谷の壁面だった。

真っ直ぐに谷の下まで歩いて いくと、そこには、木で立てられた棒がいくつも無造作に並んでいた。

「……こいつは」

並び立つそれは……墓標で あった………

「ここにいた……傭兵仲間 や、その親類達ですよ。皆殺しにされたんです………老若男女関係なく、ね」

ゾッとするような冷たい声で 呟き、レイナは僅かに表情を歪ませ、唇を噛んでいる。

なんと答えていいか解から ず、ムウが答えあぐねていると、レイナは振り向かずに声を掛けた。

「少し……一人にしてもらえ ますか」

「あ、ああ」

とてもではないが、掛ける言 葉が見つからず、ムウは上擦った口調で答え、その場を離れた。

レイナは無言のまま、手前の 墓標に手を掛ける。

「……ウェラード………父、 さん………」

言い慣れていないのか、それ とも気恥ずかしさか……レイナは片言で告げると、口を噤む。

「キョウ……皆………あの男 が生きていた…………殺したと思っていたのに………」

ギリリと奥歯を噛み締める。

「ホントなら…二度とここに は来ないつもりだった………だけど、けじめをつけておきたいから………今度こそ、あの男を……」

手を置いた木を握り締め、レ イナは表情を俯かせた……

やはりここは……自分にとっ て思い入れが強すぎる………

 

 

レイナと分かれたムウは、集 落内を見て周り、一つの民家へと入った。

電気も通っていなく、薄暗い 家内には、吊るされた灯り用のランプが力なく垂れ下がっている。

廊下を抜け、一つの部屋に入 ると、至る所に使い古されたライフルや薬莢が転がり、埃まみれになり、壊れかけた家具が捨て置かれていた。

……酷いものだ、とムウは 思った。

皆殺しにされた……レイナは そう言った。

では誰に…連合か、それとも ザフト………

いや、それ以前に、レイナは こことどういう関係があるのか…ここにいたと言っていた。

では、ここが、彼女の故郷な のだろうか……そう考えれば、あの年齢であそこまで戦闘経験があるのは頷けるが……しかし、よくよく考えれば、自分は…いや、アークエンジェルにいる者達 は、彼女のことを知らなさ過ぎる………

部屋を見渡していると…壁面 に備えられた執務机のようなものが見えた。

何気に近づくと、机の正面の 壁には、いくつかの写真が貼り付けられていた。

その中の一つ……大勢の人数 が写った写真にムウは手をやり、剥がした。

一人の……40代に入るか否 かといった、それでいて威厳と強さを併せ持ったような風貌の男が中心に立ち、その周りに荒くれ男達が笑みを浮かべて映っている。

どうやら、この場所にいたと いう傭兵団の集合写真といったところだろう……

写真を見詰めていると……そ の視線が止まった。

写真の端……一人の少年が、 2つ3つ年下と思しき少女の肩に手を置き、写っている。

少年はにこやかな表情だが… 少女の方は無表情だ。

だが、その無愛想な無表情に は、どことなく面影がある。

「嬢ちゃん、か……」

戸惑いを隠せず、ムウはポツ リと呟く。

写真に写る少女は、銀色の髪 に真紅の瞳を持っている…なにより、その面影は残っている。

だが…その写る眼が、酷く醒 めた……いや、冷たげだった………まるで、人形のように……

写真から眼を離すと、机の上 に置かれた一冊の本が眼に入った。

本の表紙には、 『DIARY』と書かれていた。

徐に、手に取り…ページを 捲っていく………どうやら、この傭兵団のリーダーであった人物『ウェラード=クズハ』の日記のようだ。

パラパラとページを捲ってい く。

 

『C.E.63 5月 地球 理事国側がプラントに対しMA部隊を派遣。この強攻策に反対するも、拒否。軍内部での私の立場もどうやら疎まれるようになってきた。そろそろ、軍を抜ける 時なのかもしれん』

 

C.E.63年と言えば、プ ラントでの独立運動が高まった頃だ。

それに、この人物はどうや ら、連合軍の前身である宇宙軍に属していたということか。

 

『C.E.65 9月 軍を 抜けた私は、未だに地上で続く紛争を少しでも終わらせようと、傭兵団を組織した。戦いでしか終わらせられない…矛盾しているが、私にはこれしか早期に紛争 を止める手は思いつかない……地上においても、ナチュラルとコーディネイターの軋轢は日に日に強まっている……このままでは、そう遠くない未来において、 両者の間に紛争が起こりうる可能性もある。両者の軋轢の原因は、やはり互いの理解力の違いであろう……この要因がある限り、両者に対等を持ちかけるのは難 しいかもしれない。今、プラントのシーゲルや軍に残ったハルバートン達の手腕に期待するしかない』

 

(ハルバートン!…それに、 シーゲル=クライン……)

知っている名が出てきたこと に驚きを隠せない。

何かに取り憑かれたように、 ページを捲っていく。

 

『C.E.67 7月 ここ 最近、ユーラシア内部での紛争で必ず聞く、凄腕の傭兵『BA』の情報を手に入れた。私は、接触しようと思い、情報を頼りにその場所を訪れた。岩陰に隠れな がら、様子を窺っていると、私は驚きを感じた…恐らく、これ程驚いたのは、自分の生きてきた中でも、そうないだろう。火を静かに見詰めていたのは、まだ キョウよりも年下の少女だった……半信半疑だった私は、次の瞬間、一層確信を強めた。何時取り出したのか…少女の手には銃が握られ、その銃口は、寸分の狂 いもなく私を狙っていた……私は、抵抗は無駄だと即座に悟った。情けないことだが、抵抗したところで、この少女には敵いそうもないと思わせる恐怖を感じ た。私は抵抗の意志がないことを表し、少女の前に出た……少女の瞳は、酷く印象的だった。まるで、何も宿さないような虚無しかない……今まで、数々の死地 を経験してきた私は、初めて恐怖を刻んでいた。これが…『Bloody Angel』と呼ばれる少女と、私の出逢いだった』

 

固有名詞こそ書かれていない が、ムウはその『BA』と呼ばれる少女がレイナであると直感した。

 

『C.E.67 8月 私 は、BAという少女を自分の傭兵団へと連れ帰ることにした。だが、仲間達に余計な混乱を与えたくはなかった。そこで私は、彼女が身に付けていたペンダント のクリスタルに刻まれた『REI』という文字を使い、レイナ=クズハと名付けた。喜怒哀楽のまったくないレイナに、流石に皆は困惑した。だが、キョウの フォローでなんとか受け入れられたと思う。年頃の少女とは思えぬその虚無しか持たないレイナを、私はアイツが遺したキョウ共々、自分の子として育てる決意 をした……そう言えば、アイツは娘を欲しがっていたな』

『C.E.67 11月 レ イナは、私の想像を遥かに超える存在だ。この数ヶ月の間に、銃火器の扱いだけでなく、あらゆる機械方面、物理面、戦闘機や戦車の操縦技術において、著しい 結果を出している。さらには、私が構築した戦術を瞬く間に吸収し、自分のモノとしている。この吸収性と順応性は、驚愕に値する……アイザックでも、ここま で早くはモノにできないであろう。だが、やはりまだ、感情面では希薄な部分がある。いや…この感情が欠落した部分こそが、彼女をBAと呼ぶ要因であるのか もしれない……彼女は少なくとも、殺すことに躊躇いを感じていない……感情がないから、人の死に何の悼みも感じないのだ……だが、これは戦士としては優秀 でも、人としてはダメだ。やはり、彼女にはもっと人間としての感情を学んで欲しいと思う』

 

日記に綴られるウェラードと いう人物に、ムウは魅せられていた。

まさか、これ程早くから地球 連合とザフトの戦争を予期していた人物がいたとは……この日記の内容と、人柄を照らし合わせ、写真に写る中央の人物を、尊敬の眼差しを向ける。

だが、それと同時に……レイ ナに対する疑念は尽きない。

 

――――私に、心は要らない んですよ……

――――虚無しかもたな い……

 

レイナの言葉と、ウェラード の言葉が頭を駆け巡る。

あの時…レイナが言いたかっ たのはこれの事だったのか……少なくとも、ウェラードはレイナを実の娘のように育てている。

そのおかげで…今のレイナ= クズハという人物があるのかもしれない。

だが、肝心のレイナはそれを 否定したがっている……思い出したくないからか………ここで何があったかは解からないが…少なくとも、想像を絶するような凄惨な何かがあったのだけは確か だろう。

視線を日記に戻し、ページを 捲ると、ページの隙間から一つの写真がハラリと落ちた。

訝しげに、写真を持ち上げ る。

写真には、医者か研究員と いった感じを思わせる白衣を纏った茶髪の長い女性が、屈み込み、笑顔を浮かべている。女性が屈み込み、前にいる二人の小さな女の子の肩に手を置いている。

女の子達は、それぞれ、銀と 青みの銀の髪を持っていた。

ムウは首を傾げながら、女の 子の顔を眼に入れた瞬間、思わず声を張り上げた。

「嬢ちゃん!」

写真に写る女の子の顔立ち は、先程見た写真のレイナとほぼ一致している。なにより、その紅い瞳が決定的だ。だが、さらに驚いたのはレイナと思しき女の子の隣に写っているもう一人の 方だ。

……同じ顔だった。

「双子……?」

絞り出すような声で呟く。

髪の色こそ違えど、その顔立 ちに、瞳の色はまったく同じものだ。

また、笑顔を浮かべる女性に 対し、二人は醒めた眼で無表情を浮かべている。

「こっちは嬢ちゃんだとして も……こっちの子は双子か。それに、この一緒に写っている女性は……」

唸りながら、何気に写真を裏 返した。

そこには、3つの名前が書か れていた。

 

 

『ヴィア=ヒビキ』

『レイ=ヒビキ』

『ルイ=ヒビキ』

 

 

ムウは我が眼を疑うようにそ の名を凝視した。

 

レイ=ヒビキ…レイ…… REI………レイナ……レイナ=クズハ………

 

偶然とは思えない…この女の 子は、レイナということだろう。

ムウは急ぎ、先程開いた日記 のページに眼を走らせた。

 

『C.E.68 10月 レ イナがここに来て既に一年……当初、心配していた感情面でも少しずつではあるが、発露を見せている。だが、そんな折に、彼女に対し、重大なことが解かっ た。彼女のペンダントに取り付けられていたクリスタルを透かしたところ、内部に何かが埋め込まれているのに気付いた。詳しいことは解からないが、何かの チップであると判明した。だが、真に驚いたのはそんなことではない…ペンダントに隠されていたメモリーチップ……それを再現した結果…小さな写真が出てき た。その写真を見た瞬間、私は全身が震えた。まさか、レイナが『あの子』であったとは……私は、彼女との切れぬ運命を感じた………彼女が遺した希望……私 は、彼女を………』

 

文章はそこで途切れ、次の ページからは既に白紙であった。

「くそっ、何なんだ!」

毒づきながら、ムウは苛立た しげに日記を閉じた。

そしてもう一度、写真を見詰 めた……この一緒に写っている女性……どことなく、今のレイナがもう少し年をとったら、恐らくこうなるであろうという予想を駆り立てる。

ならば…この女性は、レイナ の母親なのだろうか……堂々巡りに陥り、未だ納得しない表情で、日記と…写真を持ち出し、その場を後にした……

 

 

 

墓標の前で、近況の報告を済 ませたレイナは、ルシファーの下で休んでいた。

そこへ、ムウが険しい表情で 戻ってきた。

「……どうしたの、恐い顔し て?」

「い、いや……」

視線を逸らし、誤魔化すムウ は、先程のことを尋ねるべきかどうか迷っていた。

「そろそろ戻った方が……」

言い掛けた言葉を呑み込み、 レイナは顔を谷の上に向けた。

「伏せてっ!」

次の瞬間、叫ぶと同時に身を 伏せる。

ムウも反射的に伏せた。

刹那、銃弾が二人の近くに撃 ち込まれ、砂煙が上がる。

「ちっ!」

舌打ちし、レイナとムウは急 ぎ機体の陰に隠れる。

 

「はっはっは、相変わらずい いカンと反射神経をしてるなぁ」

 

その声に、レイナはビクッと 身を強張らせる。

この人を喰ったような物言い は、忘れるはずもない。

「逢えて嬉しいぜ……… なぁっ、BA!」

レイナが陰から覗き込むと、 崖の上から、取り囲むようにいくつもの機影がこちらを見下ろしていた。

「何だ……ストライク…い や、違う!」

同じく顔を上げたムウは、周 囲を取り囲んでいるMSに眼を見張った。

取り囲むように展開している 10近いMSの形状は、何処となくストライクに近いものがあるが……簡易化された機体形状に統一性がある。

「……量産機。それ に………」

レイナは舌打ちしつつ、眼を 向ける。

その先には、予想通り、ウォ ルフが立っていた。

だが、その隣に立っていた人 物に、レイナも僅かに眼を見張った。

「アイザック……!」

思わず叫んだレイナに、アイ ザックと呼ばれた青年はニヤリと笑みを浮かべた。

「クックク……懐かしいよ な、BA。まさかここでお前とやれるなんてな……」

笑みを噛み殺しながら、ウォ ルフは指示を飛ばした。

「ダガー隊、やれ!」

ダガーと呼ばれた機体が動き 出す。

「少佐!」

間髪入れず叫び、レイナはル シファーのコックピットへと入り込む。

ムウもスカイグラスパーの コックピットに飛び込み、キャノピーを閉じる。

動き出したルシファーに向 かって、ダガー部隊はビームライフルで攻撃してくる。

スカイグラスパーが離陸する まで、ルシファーがシールドを翳し、盾となる。

その隙に、離陸したスカイグ ラスパーは空中へと舞い上がり、アグニを放った。

岩場が崩れ、ダガー部隊は怯 む。

同じくルシファーも飛行し、 空中に展開する2機に向かって、ダガーは攻撃してくる。

「くそっ、何なんだ、こいつ ら……!」

操縦桿を操り、回避しつつム ウは毒づく。

少なくとも、眼前のMSは明 らかにザフトのMSとは系統が違いすぎる……それに、どちらかと言えば、連合の開発したGに近い………

「どうやら……アークエン ジェルの航海も、徒労でしかないようね………」

小さく呟くと、レイナは照準 を一機のダガーに合わせる。

トリガーを引き、ビームが放 たれ、ダガーのボディを貫き、爆発した。

「少佐……やらなきゃ、こち らが殺られますよ」

冷たい口調で冷静に呟くと、 ムウは思わず息を呑んだ……脳裏に、先程の日記で読んだウェラードの評が甦る。

だが、それを遮るようにダ ガーはさらに容赦なく攻撃してくる。

「ちっ……やるしかない か!」

確かに…このままではこちら がやられてしまう……ムウも照準をセットし、アグニとビーム砲を放った。

ビームライフル、腕、頭部を 吹き飛ばされ、ダガー二機が爆発する。

(この機体…装甲面に何の手 も加えられていない……それに、この動きの悪さ………)

ダガーは、単機では全くと いっていいほど脅威にならない……まだジンの方がマシだ。

恐らく、量産を急いだ結果だ ろう……それに加えて、OSが不完全なのか、動きがどこか鈍い。まあ、ナチュラルがMSを動かす際、その操作のほとんどをOSのサポートに頼る以上、その サポートOSが不完全では、機敏な動きなど到底不可能であろうが……

さして、相手にもならないと 踏んだのか、レイナはエネルギーを喰うビームライフルではなく、両脚のミサイルでダガーを攻撃していく。

だが、不意に、殺気を感じ、 機体を捻った。

刹那、ビームが鋭く横を通り 抜けた。

「くっ!」

ビームが放たれた方向を瞬時 に見やると、そこには、2機のMSが佇んでいた。

一機は、機体形状はダガーと 同じだが、カラーリングは迷彩カラーに、バックパックには、大容量エネルギーパックと思しきバックパックと、両腕にはバスターと同じ350ミリガンラン チャーと94ミリ高エネルギー収束火線ライフルを抱えている。

そして、その横に立つ機体 は、レイナにとっても見覚えのある機体だ。

灰色のボディに、シンプルな 機体形状……頭部には、V字型アンテナとカメラアイがある。

「……デュエル?」

眼前に立ち塞がる機体は、 バックパックこそ違うが、紛れもなく、ザフトに奪取されたGAT−X102:デュエルとほぼ同型の機体だった。

レイナはますます、ある事実 の確信を強めた。

(大西洋連邦は、既にMSの 量産化に成功しているようね……)

思案していると、デュエルに カラーリングが施されていく。

PS装甲を展開したようだ が、そのカラーリングは、馴染みのあるデュエルとは違い、全身を真紅に染め上げた。

その真紅のカラーリングと、 機体の左肩にマーキングされたエンブレムを見た瞬間、レイナはパイロットが誰かを知った。

「……ウォルフっ!」

口調に憎悪が混じる……間違 いない、真紅のパーソナルカラーに、双頭の竜のエンブレムはウォルフのパーソナルマークだ……鮮血の双竜:ウォルフ=アスカロト。

なら、デュエルの隣に立つ迷 彩ダガーのパイロットも、自然に特定できる。

《レイナ…いや、BAと呼ん だ方がいいかな……嬉しいですよ、まさかMSで君と戦えるとは……》

その時、通信機から聞き覚え のある声が響き、レイナは眼を鋭く細める。

「アイザック……まさか、あ んたが裏切り者だったとはね」

声が低くなり、殺気が篭る。

レイナの脳裏に…あの日の出 来事が鮮明に甦る。

 

 

あの日…レイナはウェラード の指示で、付近の偵察に出ていた。

数時間後……傭兵団の住処に 戻ったレイナは、見た……手当たり次第に殺戮を行う、紅い戦闘機を……最後にミサイルで残った人間を吹き飛ばすと、戦闘機は離脱していった。

そのコックピットにいた者 を…レイナは眼に焼き付けた。

レイナは、この世の地獄を見 た。

無残に殺された、仲間達の死 体を………死体はあちこちが吹き飛ばされ、もはや誰かを判別することさえ難しかった。

そして……冷たい雨が襲っ た………

 

 

「巧妙にカモフラージュして いたはずの私達の隠れ家があっさり見つかった……その理由がようやく解かったわ……」

《気付くのが遅かったな…… そして、そいつは俺のとこに情報を持ってきたって訳さ》

通信機から、同じくウォルフ の卑下た笑い声が聞こえる。

弾かれたように、デュエルは ビームライフルを、迷彩ダガーはガンランチャーとライフルを撃ってくる。

ルシファーはスラスターを噴 かし、空中へと逃れる。

だが、それを追うようにデュ エルのスラスターが火を噴き、機体を飛び上がらせた。

バックパックからビームサー ベルを抜き、振り上げてくる。

レイナは舌打ちし、シールド で弾き、下方に向けてバルカンを放つ。

だが、PS装甲に護られた デュエルにはまるで効果がない。

《どうしたぁ、BA!》

嘲笑うように、デュエルの バックパックから何かが伸びてきた。

「ちっ!」

咄嗟にスラスターを噴射させ て機体の重心をずらす。

デュエルのバックパックから 伸びたクローが、先端にビームを煌かせながら虚空を裂く。

だが、回避したルシファーが 後方から攻撃を受けた。

「ぐぅぅ!」

激しい振動に、思わず歯噛み する。

地上には、迷彩ダガーがこち らへと照準を合わせている。

《僕を忘れないでもらいたい ですね……レイナ………》

「アイザック……何で、私達 を…皆を裏切った!」

咎めるような口調で、叫ぶ。

《何故、ですと……君のせい だからですよっ!》

丁寧だった口調から、感情が 弾けたように2本の銃を合体させ、対装甲散弾砲にして放つ。

空中に爆発の華が咲き乱れ、 ルシファーはシールドで受け止めながら、レイナは怪訝そうな表情を浮かべる。

「私の……?」

《そうです! 君が……君の せいで、僕のプライドは大きく傷つけられたんですよ! 僕は傭兵団の中でも、常に最強でした! 射撃も操縦技術も、対人戦でさえ、コーディネイターを遥か に上回っていました! ナチュラルでありながら、僕は選ばれた天才だった……なのに、君が現れてから……君は僕を嘲笑うように力を見せ付けた! 君のよう な小娘に負け、僕のプライドはズタズタにされたんですよっ……!》

激昂するアイザックとは逆 に、レイナの心は醒めていく。

「どんな理由かと思った ら……そんなくだらない理由で、皆を死に追いやったなんて……」

《フン、僕を認めない連中な ど……》

「だけど……おかげで、私も 何の躊躇いもなく………あんたを殺せるわ」

ゾッとするような…通信機越 しからでも感じるような冷たい声に、アイザックは息を呑んだ。

「アイザック……あんたも忘 れてはいないはずよね? 反逆を企てた者……裏切り者には…死………それが私達の間の掟よ」

冷たく言い放ち、レイナは迷 彩ダガーに向かってビームライフルを連射する。

容赦なく降り注ぐビームと、 機体越しからでも感じるレイナの殺気に、今まで余裕の笑みを浮かべていたアイザックの表情がどんどん焦燥に駆られていく。

《う、うわぁぁぁっ! ぼ、 僕は最強なんですっ! 最強のナチュラルなんだ……!》

我武者羅に連射するが、狙い をまったくつけない攻撃など、レイナにとっては眼を瞑っていても避けられる。

ルシファーはビームサーベル を抜き、一気に加速する。

連射の中を掻い潜り、一気に 迷彩ダガーに近接し、ビームサーベルを振るう。ガンランチャーとライフルの砲身が斬り落とされる。

それだけに留まらず、レイナ はルシファーの左拳を迷彩ダガーのコックピット目掛けて打ち込んだ。

グシャッという鈍い音ととも にコックピットが押し潰され、中にいたアイザックはコックピットの中で挟み込まれた。

《ごぷっ…な、なんで…… ぼ、僕は…最強の………》

自身を押し潰す破片に沿っ て、血を吐き出す。

「その驕りが…他人を見下す しかできないあんたの敗因よ……」

《ば、バカな…み、認めな い……認めないぃぃぃ!!》

哀れな断末魔の叫びととも に、ルシファーが離れると、コックピットが爆発し、誘爆によって、迷彩ダガーは炎に包まれた………

その光景に、何の感慨も感じ ないレイナは、その視線を先程からずっと上空で滞空しているデュエルに向ける。

《フッ……所詮は自意識過剰 の奴か…役に立たん奴だな》

仲間の死を悼みもせず、ウォ ルフはやれやれといった様子で溜め息をつく。

《まあ、これで邪魔者はいな くなった……やっと、お互いに何の気兼ねもなしに戦えるな……BA》

この男にとっても、自分以外 は利用するための道具でしかないのだろう……あれ程、憎悪を抱いていても……この男と自分には共通点が多過ぎる………

微かに自嘲気味な笑みを浮か べ、レイナは操縦桿を引く。

デュエルが静止する空中へと 舞い上がり、対峙する。

互いに身構えたまま…相手の 出方を窺う。

その時……遠くで爆発音が響 いた。

それに弾かれるように動き出 す……空中を舞いながら、ルシファーはミサイルを放つ。

PS装甲があるものの、直撃 弾を的確によけ、爆煙から姿を見せるデュエルはビームライフルを放つ。

シールドで受け止め、ビーム キャノンで狙撃する。

互いに相手の出方を窺うよう に攻撃し合う。

《ははははっ! これだっ、 この感覚だっ! やはり、この俺を愉しませてくれるのはお前だけだよ、BA!》

「……減らず口が!」

心底笑うウォルフに毒づき、 レイナは照準を合わせながら、トリガーに指を掛ける。

《こうしてお前と命のやり取 りをしていると……お前に殺されそうになったあの頃を思い出すよなぁ……》

一瞬、ピクッとし、トリガー を引く指が止まる。

 

 

傭兵団を全滅させた紅い戦闘 機のパイロットの顔……

それを焼き付けたレイナは、 復讐に走った……

以前までなら、決して復讐と いうような感覚は感じなかっただろう……

だが…ウェラード達との中で 僅かに育った感情が、彼女を走らせた。

ウォルフを誘き出し、その周 辺を爆破し、ウォルフを土砂の中に生き埋めにした………

その後感じたのは……虚しさ だけだった………

 

 

「あの時…死体を確認しな かったのは、私のミスね」

僅かに唇を噛み、ビームキャ ノンとビームライフルを放つ。

《おかげで俺は助かった さ……まあ、それでも死に掛けたがな………》

攻撃をかわしつつ、愉しげに 笑みを浮かべる。

「そのミス……今、清算す る!!」

ビームライフルを捨て、ビー ムサーベルを抜いて、デュエルに斬り掛かる。

それに応戦するようにデュエ ルもビームサーベルを抜き、振る。

ビームの刃がぶつかり合い、 エネルギーがスパークする。

レイナは瞬時に左手にシール ドの裏側に装着したアーマーシュナイダーを取り、至近距離から突き刺す。

だが、それを呼んでいたよう にデュエルのバックパックのストライククローが動き、アーマーシュナイダーをクローで掴む。

膠着状態に陥るが、もう片方 のストライククローが迫り、レイナは巻き込まれるのも覚悟でビームキャノンを放つ。

刹那、膠着が解け、2機は離 れるが、デュエルは一度下がっただけで、すぐさま加速し、態勢の戻っていないルシファーにビームサーベルで斬り掛かった。

だが、レイナは持ち前の反射 神経で振り下ろされるデュエルのビームサーベルが握られた右腕を掴む。

だが、間髪入れずに左拳が迫 り、ルシファーは右手に持ったビームサーベルを捨て、右手で受け止めた。

《クックク…流石だな、 BA。この俺とここまで殺り合える奴はそうはいない……!》

「フン、あんたに遅れを取る ようなら……私は今まで生きてこれなかったわよ」

皮肉るように呟くと、ウォル フは笑みを噛み殺しながら、言葉を漏らした。

《ははは、やはり…お前は、 あの男の最高傑作だな! なぁ……BA…いやぁ……『神殺しの天使』………》

揶揄するような口調で囁かれ た言葉に、レイナの眼が僅かに顰まる。

何を言っているの………

 

 

…最高傑作…………神殺しの 天使…………

 

 

(ぐっ……)

頭の中に鈍い痛みが走る…… 何かが記憶の奥底に引っ掛かるような………

「ウォルフ! あんた…私の 過去を知っているのっ!?」

堪らず、レイナは叫んだ。

《……さあな?》

だが、はぐらかすように惚け ると同時に、バックパックのストライククローが伸び、それぞれ両脚を掴む。

「なっ……!」

一瞬、注意が逸れると、デュ エルは掴まれていた手首を捻り、拘束から抜け、逆にルシファーの両腕を掴み、そのままブースターを噴かし、大地へと叩き付けた。

「うあっ!」

激しい衝撃がコックピットを 襲い、レイナは呻き声を上げる。

《…今度は俺が聞こう。護る べきものもなく……何も信じないお前が………いったい、何のために戦う、BA!!?》

通信機越しに問うウォルフ に……レイナは、フッと苦笑を浮かべる。

「そうね……確かに私は、天 涯孤独の身…護るべきものなどない………だから、私が戦う理由は………」

言葉を区切ると共に、ある一 点に狙いをつける。

「自分自身を知るのみ……!!」

叫ぶと同時にトリガーを引い た。

頭部と胸部のバルカンが火を 噴き、それはデュエルの頭部に襲い掛かった。

咄嗟のことに流石のウォルフ も反応が遅れ、頭部に集中攻撃を受け、PS装甲の展開が薄い隙間から、僅かながら破損した。

そのために、拘束の力が弱ま り……その隙を逃さず、レイナはルシファーのスラスターを全開にした。

一気に拘束を抜け出すと同時 に、デュエルに接近する。

そして、もう一本のビーム サーベルを抜き、デュエルに振り下ろした。

ビームの刃がデュエルの右腕 とストライククローの一つを斬り裂き、デュエルは爆発した。

だが、咄嗟に斬り落とされた パーツから離脱し、本体まで誘爆が訪れるのは防いだ。

《ちっ、潮時か……BA、勝 負はまたの機会だ!》

やられたというのに、愉しげ に告げると、デュエルはスラスターを噴かし、離脱していった………

その姿を見送りながら……レ イナは、僅かに表情を切なげに歪めていた………

 

《嬢ちゃん!》

そこへ、ムウのスカイグラス パーが近づいてきた。

どうやら、ダガー隊との戦い も終わっていたようだ。

周囲には、被弾したダガーが 転がっている。

「……帰還しましょう」

《あ、ああ……》

返事を待たず、ルシファーは アークエンジェルに向かって帰還していく………

 

 

「……少佐」

《ん、何だ?》

帰還航路の途中で、唐突にレ イナは声を掛けた。

「今回の戦闘は、ザフトの偵 察部隊と報告しておいてください」

その言葉に、怪訝そうに、疑 念を浮かべる。

「…アラスカを目指している 現時点で、正体不明の敵と戦闘を行ったなどと報告すれば、艦内にも不安が漂いますよ」

したり顔で正当な理由を述べ るが、ムウは思わずポツリと呟いた。

《なぁ…ひょっとして、あい つらは……》

「余計なことは慎んだ方がい いですよ」

続きを遮るように、レイナが 言葉を挟んだ。

「軍人を続けたいのであれ ば…余計なことはかんぐらない方が懸命ですよ……世の中には、知らずにいた方がいいこともあるんです……」

その言葉に、流石に押し黙 り、ムウはふと、コックピットに放り込んでいた日記と写真に眼をやった。

《なぁ……》

「はい?」

《…いや、何でもない……》

今は聞くべきではない……ム ウはそう思い、自身が手にした記録を自分の中に閉まい込んだ。

 

 

「ウォルフ=アスカロト…… そして…リン=システィ………」

自身を知ると思しき者 達………

 

自分はいったい……何者だろ う…………

いつか…その答えに巡り逢え るのだろうか………

 

そこまで考え、レイナは首を 振った。

 

 

 

いや…必ず知らなければなら ない……私はそのために…今を生きているのだから…………

 

 

 

 

《次回予告》

 

再び襲い掛かる親友…そし て……妹………

徐々に追い詰めれていく大天 使に、少女は遂に感情を爆発させる……

 

そして…平和の国へと、大天 使は招かれる………

その真意とは……

 

次回、「平和の国」

 

偽りの平和…駆け抜けろ、ガ ンダム。




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