その頃、潜水母艦へと帰還したアスラン達は、回収されていたデュエル、ブリッツの横へ機体を固定し、急ピッチで進められるメンテナンスを脇目に、それぞれ の機体から降り立つと視線を交わす。

アスランとリンは互いに同じ 事を考えていた。

こうなった以上、今後の作戦 を練り直さなければならない。

アークエンジェルのことも、 オーブからの回答待ちだ……なにしろ、相手は地球の独立国家なのだ。

下手に動いてはまずい……

「……平和の国、か………滑 稽なことね」

リンはオーブに対して皮肉る と、アスランもやや苛立った口調で告げる。

「とにかく、オーブからの回 答を待つしかない。それまでは待機するしかないな」

「……そうね」

リンも短く答え返すと、格納 庫を後にした。

 

「こんな発表、素直に信じ ろって言うのか!?」

帰還してから一時間後…… カーペンタリア経由でオーブからの公式発表が届き、ブリーフィングルームに集合した面々の中で、イザークが怒鳴りながら、テーブルの上に置かれた文書を、 叩き付けた。

ソファに腰掛けたディアッカ も、イザークに同調するように独特の口調でこの状況を皮肉る。

「足付きは既にオーブから離 脱しました……なぁんて本気で言ってんの? それで済むって? 俺達、バカにされてんのかね? やっぱ、隊長が若いからかな?」

「ディアッカ!」

小馬鹿に揶揄するディアッカ に、隣に腰掛けていたニコルが、咎めるように名を呼ぶが、彼はさして気にも留めない。

「でも……やっぱり、納得い かないですよね」

イザークの隣で、叩き付けら れた文章を取り出し、眼を通しながら、リーラもまた不満げな表情を浮かべる。

リーラも、あの時のアークエ ンジェルの損傷は目の当たりにしている…少なくとも、エンジンをやられた状態で、こちらの監視を潜り抜けて離脱したとは到底思えない。

しかも、アークエンジェルは 彼らが離脱した時、オーブ艦から激しい攻撃を受けていた……実際に沈める気であったならば、だ。

しかし、そもそものアークエ ンジェルとXナンバーはオーブが中立国を隠れ蓑に開発していたものだけに、不信感は拭えないのも仕方がないが……

窺うように隊長であるアスラ ンに視線が集中すると、アスランはやや考えて口を開いた。

「そんなことはどうでもい い」

おもむろに呟き、テーブルの 文章に眼を落とし、内心の苛立ちを抑えつつ、冷静に言葉を出す。

「だが、これがオーブの正式 回答だという以上、ここで俺達がいくら嘘だと騒いだ所で、どうにもならないということは確かだろう」

「何を……っ!」

納得がいかなく、イザークが アスランに詰め寄る。

「少しは落ち着きなさ い……」

だが、リンが手を伸ばし、イ ザークを牽制するように見やる。

「仮にも相手は地球の一国 家……前線で私達が表立って派手な行動を起こせば、本国を巻き込む外交問題に発展しかねない」

その言葉に更に怒鳴り返そう とも思ったが、流石に正論であったため、言葉を詰まらせ、隣で心配そうに見詰めているリーラの視線に気付き、イザークは芝居がかったかのようにその怒りの 矛を収め、腰に手を当てて嘲笑するように改めて視線を向けた。

「ふぅん…流石に冷静な判断 だな、アスラン……いや、ザラ隊長にシスティ副隊長」

皮肉にしか聞こえないが、ア スランは何も言い返さず、壁に凭れ掛かったままであったリンは改めて背を壁に預け、腕を組みながら眼を閉じる。

「だから? はいそうです かって帰るわけ?」

反論するディアッカに、アス ランは変わらずの冷静な口調で答える。

「一応、カーペンタリアから 圧力をかけてもらうが、すぐに解決しないようなら……潜入する」

到底口にしそうにない提案 に、一同は意表を衝かれ、リンさえも閉じていた眼を開き、視線を向ける。

「……本気?」

確認するように問い掛ける と、アスランは頷き返す。

リンはそれを確認すると、身 体を起こし、同席していた艦長を見やる。

「オーブに潜入している諜報 員に連絡をつけて……明朝、陽が昇る前に行動する」

その言葉に、我に返った艦長 は、急ぎ控えていた部下に指示を飛ばす。

「……それでいいか?」

リンの素早い対応に、アスラ ンは確認するように問い掛ける。

「足付きの動向を探るんです ね?」

ニコルが賛同するかのように 乗る。

「でも、どうやって……?」

リーラがおずおずと声を掛け る。

オーブに潜入するのはともか くとして、アークエンジェルの所在をどうやって確認するのであろう……

その疑問に答えるように、リ ンが口を挟む。

「足付きがあの時に受けたダ メージはかなり大きい……それにあの時、オーブ艦はわざと攻撃を外していた可能性が高い……」

「何だと!? ならば何故 オーブに対して抗議しなかった!」

イザークが喰って掛かるが、 リンはさして気にも留めず、答え返す。

「あの状況では、確固たる確 証が持てなかった……それにどちらにしろ、あの状態ではアラスカ防空圏まで辿り着くのは無理…ならば、オーブで補給を受けている可能性が高い…オーブに潜 入している諜報員と連絡を取って、内部を探れるように手配してもらうわ」

「仮にも相手は地球の一国家 だ…確証も無いまま、俺達が独断で不用意なことはできない」

「突破していきゃ足付きがい るさ! それでいいじゃない?」

「……コロニーであったヘリ オポリスとは違うぞ」

アスランがやや厳しい声音で 窘める。

脳裏に、崩壊していくヘリオ ポリス…そして、キラやカガリ達…オーブに関する者達の顔が過ぎる。

「……軍の規模もな」

皆、一瞬息を呑む。

確かに、宇宙に浮かんだコロ ニー対し、ここは地球連合からもザフトからも軽視できない地球の独立国家だ。

「そうね……私は参加してい ないから、戯言と思われるかもしれないけど、宇宙に浮かんだコロニーとは違う…ここはオーブの本拠よ…下手に動けば、今度こそ、オーブが表立ってザフトと 敵対してくる可能性もあるわ」

「最初から、オーブは敵じゃ んかよ」

ディアッカが反論するが、リ ンは軽く溜め息をつく。

「オーブは少なくとも、地球 連合ともザフトとも裏で繋がりがある…だけど、表立ってどちらかが過失を起こせば、片方の陣営に回る可能性も高い……オーブと地球軍に組まれては厄介よ… それに、オーブの軍事技術の高さは、貴方達は少なくとも理解していると思うけど……」

皮肉るような言葉に、全員が 口を噤む。

彼らが搭乗する、地球軍から 奪取したXナンバーは、元を正せばオーブのモルゲンレーテで開発されたものだ。

オーブの裏で、何が行われて いるかを窺うことはできない。

「……ふん。OK、従おう」

黙り込んでいたイザークが皮 肉めいた笑みを浮かべて答える。

流石に、正論を説かれては、 イザークとて従うしかない…だが、それでも相手を皮肉ることは忘れない。

「俺なら突っ込んでますけど ね。流石、ザラ委員長閣下のご子息だ」

ディアッカは不満そうであっ たが、イザークが作戦にのったので、渋々といった形で頷いた。

「ま、潜入ってのも面白そう だし……」

出て行く前、イザークは揶揄 するように言葉を紡いだ。

「案外、奴らの……あのスト ライクやルシファーのパイロットの顔を拝めるかもしれないぜ?」

最後に、アスランが僅かに動 揺を見せる。

そんな些細な心の動きを、ニ コルが見逃すはずなかった。

リーラもまた、怪訝そうな表 情でアスランを見ていたが、ふと、何かを思いつき、リンを見やると、リンは何時もの無表情で壁に寄り掛かっていたが、その瞳だけは、どこか暗い影が漂って いた………

 

 

 

アークエンジェルの食堂に て、トール、サイ、ミリアリア、カズィの4人は休憩を取っていた。

「……こんな風にオーブに来 るなんてなぁ………」

「……うん」

ドックに繋留された状況で、 トールが感慨深げに呟き、ミリアリアも頷いた。

祖国に帰ってきたものの、今 現在の彼らの身分を考えると、どうしても違和感を拭えず、まるで知らない国に来たような錯覚すら覚える。

「ねえ…さあ、こういう場 合ってどうなんのかな?」

一抹の希望に縋るように、カ ズィがおずおずと話し出す。

「やっぱり、降りたり……っ てできないのかな?」

「降りるって……」

ややうんざりした、というか 呆れたようにサイが口を挟む。

既にお馴染みとなったカズィ の女々しさに…だが、カズィは慌てて言い換えた。

いや、作戦行動中は除隊できないってのは解かってるけどさ。けどさ、休暇とか……」

「可能性ゼロ……とは言わな いがね」

カズィの疑問に答えたのは、 カウンターで休憩を取っていたノイマンであった。

「どの道、艦を修理する時間 も必要だし」

その言葉に対して、途端にカ ズィは表情を明るくしてぱっと食いついた。

「ですよね!?」

「でもまあ、ここは難しい国 でね。こうして入港させてくれただけでも結構驚きものだからな……オーブ側次第ってところだ。それは、艦長達が戻らないと解からんよ」

安易な希望を持たせようとは せず、しっかりと釘を指す。

その時、キラが食堂に入り、 会話に耳を傾けていた。

「父さんや母さん……いるん だもんね」

ヘリオポリス崩壊時に、救命 ボート脱出した他のオーブ国民達は、あの後無事にオーブ本国に戻ったはずだ。

いくら志願したとはいえ、彼 らも親が恋しくなる年頃なのだろう……それを察したノイマンの声色にも、やや同情が混じる。

「……逢いたいか?」

物憂げな独り言に答えるよう に呟いたが、誰も答えない…だが、その表情が物語っていた。

「……逢えるといいな」

ノイマンの優しげな声に、キ ラは無言のまま、食堂を出た。

自身の両親もまた、この国に いるのであろう……そう考えると、何か不思議で仕方がなかった。

だが、トール達と違い…今、 両親に逢っても、キラの中には微妙な感情が入り混じっている……勿論、逢いたいと思う気持ちはある。だが……

そこまで考えていた時、通路 の先に、レイナが一人、窓から外に映るドックを眺めていた。

そう言えば……レイナの両親 も、この国にいるのだろうか…よくよく考えてみれば、自分は彼女をよく知らない……

「……ん」

キラに気付いたらしいレイナ がこちらを振り返った。

「あ……レイナもやっぱり、 降りたいの? 両親に逢いたいとか」

言葉が纏まらず、どこが歯切 れが悪いが、レイナは視線を逸らす。

「……別に。いもしない人間 に逢いたいなんて思わないでしょう」

一瞬、何を言われたか解から ず、頭が思考を停止する。

「………前にも言ったで しょ。私は所詮、この世界では孤独でしかいられないよ……」

意味ありげに呟き、レイナは その場を後にした。

その背中を、キラは呆然と見 送った………

 

 

オノゴノに上陸したマリュー 達は、オーブ軍司令本部の一室で、非公式の会談を行っていた。

アークエンジェル側はマ リュー、ナタル、ムウ、アルフの4人に対し、オーブ側から会見したのは前代表のウズミ一人だ。

「ご存知の通り、我がオーブ は中立だ」

「はい」

ウズミから発せられる静かな 威圧感に、マリューはやや硬くなりながら答える。

静かな物腰の中に、圧倒的な 威圧感を覚える、『オーブの獅子』と呼ばれるウズミを見やる。

「公式的には、貴艦は我が軍 に追われ、領海から離脱した……ということになっておる」

「はい……」

ウズミの…ひいては、オーブ の意図を計るように、マリューは警戒しながら答え返す。

「助けてくださったのは…ま さか、お嬢様が乗っていたから……ではないですよね?」

不意に、ムウが横から口を挟 むと、ウズミは苦笑する。

「国の命運と、甘ったれた馬 鹿娘一人の命……秤にかけるとお思いか?」

「失礼いたしました」

本当にそう思っているのか怪 しいほど、飄々とした態度で頭を下げるが、ウズミはさして気分を害した様子も見せず、苦笑を浮かべていた表情を引き締めた。

「…そうであったなら、いっ そ解かりやすくていいがな……」

独り言のように呟くと、静か に語り出す。

「ヘリオポリスの件……巻き 込まれ、志願兵となったという、この国の子供達…聞き及ぶ戦場でのXナンバーの活躍………」

マリューの中に、苦いものが 浮かぶ。

ヘリオポリスでXナンバーを 開発し、さらには機密に触れた子供達を脅し、同行させてしまった……そして、コーディネイターであった子供達をMSに乗せ、予想を上回る活躍を見せてき た……

どれもが、マリュー自身が関 わっているだけに、耳が痛い。

だが、ウズミは淡々と、責め るのでもなく言葉を続ける。

「人名のみを救い、あの艦と MSは、このまま沈めてしまった方が良いのではないかと、大分迷った………」

マリュー達は意表を衝かれ、 ナタルに至っては衝撃の大きさに身じろぎしている。

「……今でも、これで良かっ たものなのか…解からん」

いたたまれなくなり、マ リューは思わず頭を下げた。

「申し訳ありません……ヘリ オポリスや子供達のこと…私などが申し上げる言葉でもありませんが…一個人としては、本当に申し訳なく思っております」

ナタルはやや咎めるような視 線をマリューに向けるが、マリューは構うことなく頭を下げる。

「よい…あれはこちらにも非 のあること。国の内部の問題でもあるのでな……」

口調の中に微かに穏やかなも のが入り混じり、表情が曇った。

「我らが中立を保つのは…ナ チュラル、コーディネイター、どちらも敵にしたくないからだ……が、力なくばその意志を押し通すことはできず、かといって力を持てば、それもまた狙われ る……」

ウズミの言葉に、納得できる ものが響く……今の世界情勢において、自身の立場を堅持するにも、相応の軍事力と経済力を有する…そして、その富を虎視眈々と狙う者達もいる……自分達の 所属している地球軍がいい例だ。

「……軍人である君らには、 いらぬ話であろうがな」

「いえ…ウズミ様のお言葉も 解かります………」

だが、言いかけた言葉をマ リューは呑み込む。

以前、ハルバートンが語った ように、前線で戦う友軍の兵達は、次々にザフトにやられ、また核を封じ込まれた地球はエネルギーが枯渇している。

今の情勢では…ウズミの思想 は、夢物語でしかない……どれだけ、それに理解を示したくても……

「ですが、我々は……」

口を噤むマリューに、僅かな 沈黙の後、ウズミは微かな笑みを浮かべ、姿勢を正して言った。

「ともあれ……こちらも、貴 艦を沈めなかった最大の理由を、お話せねばならん」

さり気に切り出された内容 に、マリュー達はハッと眼を見張る。

先程までの温和な笑みが消 え、油断できないような鋭い視線を浮かべている。

「『ストライク』と『ルシ ファー』の戦闘データ、それとパイロットであるキラ=ヤマトとレイナ=クズハのモルゲンレーテへの技術協力を、我が国は希望している……」

その内容に、一同は息を呑 む。だが、ウズミの話はまだ終わっていなかった。

「そして…これが一番重要な ことだ……ルシファーのパイロット、レイナ=クズハの身柄を、我がオーブにて引き取りたい」

流石に、それは眉を寄せ る……いや、そもそも、娘の命でさえ、国とははかれないというのに、何故レイナを……

「訳をお聞きしてよろしいで しょうか……?」

アルフが逸早く口を開く。

「既にご存知と思うが…レイ ナ=クズハという人物のIDは、我が国には存在しない……にも関わらず、彼女はヘリオポリスにいた…その解明もある…だが、それ以上に、私は彼女を探して いた」

怪訝そうな表情を浮かべ る……先の云々は恐らく建前だと思うが……

「……彼女は、今は亡き私の 親友の娘だ」

眼を見開き、驚愕する中、ム ウだけは表情を僅かに顰める。

「また、彼女のことを知る人 物が、この国にいる……」

「ですが、彼女は……」

思わず反論しようとしたマ リューを、ウズミは見やる。

「彼女は正規の軍人ではな い……確か、そうでしたな」

グッと詰まり、マリューも勢 いをなくす……そうなのだ。すっかり忘れかけていたが、レイナはキラ達のように志願兵とは違い、ハルバートンに雇われた傭兵的な身分なのだ。

何時何処で軍を抜けても、問 題ではない………

「こちらからの話は以上だ… 受け入れてもらえれば、相応の便宜をはかれると思うが……」

「では、断った場合に は……」

聞くまでもないことかもしれ ないが、ムウの問い掛けに、ウズミは当然のごとく答えた。

「ならば、今すぐに貴艦には 出ていってもらうしかありませんな……」

あのダメージで、修理と補給 もなしにアラスカにいけるはずがない……

話を終えたウズミは立ち上が り、部屋を後にしようとする。

「良い返事を期待してい る……」

静かにそう告げ、部屋を出た 後、マリュー達は重苦しい溜め息をついた……

 

 

会談が行われている頃、アー クエンジェルの一室にて、カガリと、意気込んで乗り込んできた女性の熾烈な言い合いが響いていた。

「いいってっ、このまま で!」

「なりません! そのような 格好で、国民の前に出ることは、このマーナの眼の黒いうちは許しません!」

「だからって、なんでそんな 鬱陶しい格好しなきゃいけないんだよ!?」

「どこが鬱陶しいんです!  姫様の社会的地位に見合った服装にございます!」

カガリに負けないほどの怒声 と、何かを引っ掻き回すような騒音が響き、通路にも漏れ、クルー達は何事かと思わず立ち止まり、部屋を窺っている。

やがて、騒音がやみ、ドアが 開き、現れたカガリの姿に、クルー達は眼を点にし、口をポカンと開けたまま呆然と佇んだ。

上品なドレスに、髪を整えら れ。化粧を施されたその姿は、今までの野性味溢れた彼女の印象と大きくかけ離れていた。

クルー達が呆然と見る中を、 侍女のマーナに手を引かれ、カガリはむっつしとした表情で手を振り払った。

「一人で歩ける!」

「ダメでございます!!」

頭越しに叱りつけられ、流石 のカガリもそれ以上反論できず、手を取られて渋々と歩き始める。艦内待機しているクルー達は、その姿に眼を見張り、通路にはたちまち人垣ができ、丁度そこ へ、食堂に行くために自室を出たキラとフレイが歩いてきた。

「うわ、マジ?」

「ホントにお姫様だよ……」

クルー達がひそひそと囁き交 わす中を、キラとフレイが覗き込むと、人垣を掻き分けてくるように歩いてくるカガリに気付く。

前にバナディーヤでカガリの ドレス姿を見ただけに、ショックはまだマシであったが、隣のフレイはそうもいかなく、一瞬呆然となった後、悔しそうに唇を噛んだ。

しおらしく歩いているカガリ はキラに気付き、ますます憮然と顔を顰めた。

マーナがいなければ、またも や怒鳴っていたかもしれないが……そのまま顔を逸らし、歩いていく姿に、思わず噴出しそうになるが、フレイの呟きを聞いた瞬間、ギョッとしてそちらを振り 向いた。

「ふん…なによ、あんな の……」

吐き捨てるように呟き、まる で仇敵でも見るように、フレイがカガリの後姿を睨んでいた。

自分は、他の者から、卑しい 女と陰で罵られているのに…何故、あんながさつな女が姫君なのか……と。

キラは、そんなフレイに困惑 する…もっとも、キラに女同士の張り合いの心情など、理解できようもないが……それだけでなく、カガリの方もフレイを気にも留めていないから、さらに彼女 の敵意を煽ってしまうのであろう……

彼女は嫉妬を宿した眼で睨み つけながら、その後姿を見送り、キラはどこか、一抹の寂しさを感じていた……

まるで、自身の半身を引き裂 かれるような……

 

出口へと続く通路に差し掛か ると、流石に人気がなくなり、カガリは見世物にされたような気分からやっと解放されたように溜め息をつくが、そこへレイナが通り掛った。

もっとも、見られたくないと 思っていた相手と出くわし、カガリが眼を見張るが、カガリに気付いたレイナはカガリをジィーっと見詰め……噴出しそうになり、口を手で押さえたが、それで も耐えれないのか、くぐもった笑い声が聞こえてきた。

「な、何が可笑しい!」

今まで我慢してきたカガリは 遂に耐え切れず、怒声を上げる…マーナが注意しても構わない勢いだ。

「ククク……馬子にも衣装っ て言葉は、貴方のためにある言葉よね…カガリ」

さも馬鹿にされたようで、カ ガリは拳を握り締める。

「……まあ、からかうのはこ れくらいにして………」

シレっと流し、やや厳しげな 視線を浮かべるレイナに、カガリは言葉を詰まらせる。

「これだけは言っておく わ……アスハの名を出した以上、自分の行動にはちゃんと責任を持ちなさい」

眉を顰めるカガリに、レイナ は言葉を続ける。

「貴方がどう思っているかは 知らないけど、アスハの名を持つ以上、貴方の行動一つで、周りが変わるわ……『カガリ=ユラ』であったなら構わないことも、『カガリ=ユラ=アスハ』では そうはいかないのよ…今の貴方は、貴方個人の考えだけで動くことは許されないよ…オーブの獅子の娘である以上ね」

釘を刺されたようにカガリは 口を噤む、レイナは肩を竦めながら横を通り過ぎていく。

「…少しは、自重しなさい」

忠告のように呟き、レイナは カガリの肩をポンと叩くと、その場を後にした……

 

 

その頃、アークエンジェルに 戻ったマリュー達は、艦長室で先程のウズミとの会見の議論を行っていた。

「流石はオーブの獅子…噂に 違わぬ曲者のようっすね」

苦笑を浮かべつつ、相手を評 するアルフ。

「私は反対です! この国は 危険だ!」

露骨に顔を顰めて反論するナ タルに、マリューはウンザリと視線を移す。

今のナタルの発言は、とても ではないが、容認できるものではない。

「そう言われたってな…… じゃ、どうする? ここで艦降りて、皆でアラスカまで泳ぐ?」

「そういうことを言っている のではありません」

冗談めいた口調で問い返すム ウを、ピシャリと遮る。

「修理に対しては代価を、と いうことです」

「バジルール中尉の意見も もっともだけど……この状況じゃな…」

ナタルの言い分ももっともだ が、この件はそれでなくてもややこしい……

オーブが求めているMSの データは、地球連合…ひいては、大西洋連邦の軍事機密であるが、そもそものMSを開発した国を考えると、これまた微妙な問題になってしまう。

「でも、代価を払って…それ ですむかしら」

マリューは顎を手のせ、考え 込む。

「なにも言われなかったけ ど…ザフトからの圧力も、もう当然あるはずよ。それでも庇ってくれている理由は……解かるでしょう?」

金では代えられないもの、こ ちらが持っているからだ…それでなくても、中立国である以上、どちらか片方の陣営につくことはできない…しかし、ヘリオポリスでの件が明るみに出た直後 で、ザフトを刺激するようなことは本来避けるべきだというのに、こちらを庇うというリスクを負う以上は、相応の『代価』を要求されて当然だろう。

ナタルにしてみれば、そんな 当然のことも、彼女の基準から考えれば当て嵌まらないのかもしれない……

「しかし、クズハ特務中尉を 引き渡すというのは……」

「だが、彼女は…」

ムウが口を挟もうとしたが、 ナタルはムッと睨む。

正規の軍人でない以上、彼女 がここでアークエンジェルを降りても問題にはならない…だが、まだ防空圏内に入れていない以上、重要な戦力である彼女を降ろすのは避けたい。

「その件については、本人に 聞かせてから、本人に判断してもらいます……少なくとも、私達の判断で処理していい問題ではないわ」

そう嗜められ、ナタルはそれ 以上反論しようとしなかったが、背筋を立て、見下すようにマリューを見ながら、慇懃な態度で告げた。

「艦長がそう仰るのなら、私 には反対する権限はありませんが……この件に関しましては、アラスカに着いた折に、問題にさせていただきます」

敬礼すると、そのままズカズ カと不満を隠そうともせず、艦長室を出て行った。

「……この件も、だろ?」

ムウがポツリと呟くと、マ リューも苦笑を浮かべた。

「まあ、技術協力の件は仕方 がないな……」

マリューは気を滅入らせる… 言うなれば、艦の修理と引き換えに、キラとレイナを利用するようなものなのだから……

「んじゃ、俺はこの事を二人 に伝えます」

アルフは、厄介ごとを引き受 けたと言わんばかりに苦笑を浮かべながら、部屋を後にし、ムウは、ウズミの出した条件について考えていた。

何故、レイナを必要とするの か…レイナの父……脳裏に、先日の件を思い出す。

あの傭兵団のリーダーであっ たウェラード=クズハ…オーブとどういった関係だというのか……思考のループに入りそうになったムウは、デスクにうつ伏せているマリューに気付いた。

毎度の事ながら、艦長として 自分には想像できないような重圧を感じているのだろう…ムウが慰めるように背中をポンポンと叩く。

「…やめてください、少 佐……セクハラです」

突っ伏したまま、ボソッと呟 くと、ムウは、タジっとなり、手を離す。

「え……そう?」

キョトンとし、自分の手を見 詰めるのであった………

そう言えば…以前宇宙でも、 レイナに対しセクハラだと言われたことを思い出し、ムウはどこか落胆した様子で溜め息をついた。

 

 

 

陽が昇り始める数時間前、 オーブに潜入している諜報員と連絡を取ったザラ隊は、オーブ近海の近くに潜水艦を止め、アスラン達は海中からダイバーで向かうことが決定した。

そろそろ潜行時間となり、未 だ姿が見えていないリンを探して、アスランは艦内を彷徨っていた。

その時、浮上している艦の デッキから、透き通ったような歌声が聞こえてきた……

 

 

黄昏の天使は

黒き月に眠る

 

 

その声の主を察した瞬間、ア スランは若干戸惑った。

「……リン?」

予想もできなかったことに、 アスランはまるで引き寄せられるようにデッキを覗いた。

そこには…デッキに腰掛け、 夜と朝陽が昇り始める紫のような空を見上げながら、リンが歌い上げていた。

 

 

幻の未来は 虚しき幻想

二人 翼休め 闇に彷徨う

 

 

ラクスの歌とはまた違う…… なにか、彼女の中にある切なさと哀しみを表すような歌声……アスランは思わず聞き入っていた……

 

 

夢 闇に果て 翼 折られた心の死

 

 

幻想的な光が彼女の髪を煌か せ、リンは眼を閉じたまま、歌を奏でる……

 

 

天使は命ず

神を捨てよ

儚き 消ゆる想い 神を捨てよ

 

 

歌い終わったのか…リンは一 息ついた後、背を向けたまま、声を出した。

「……私に用?」

掛けられた言葉に驚愕し、ア スランは心臓が止まりそうになるほど鼓動が激しくなり、そのままバツが悪そうにデッキに出た。

「すまない…立ち聞きするつ もりはなかったんだが……」

言い訳のように聞こえるが、 リンは気にもしなかった。

「構わないわ……そろそろ、 出発の時間ね」

静かに呟き、リンは今一度、 薄紫に染まる空を見詰める。

無意識に、リンの横へと立っ たアスランも、その空を見詰める……

「さっきの歌……その、綺麗 だった」

正直、アスランには、歌のこ とはよくは解からないが、それでも先程の歌には、惹かれる何かがあった…ラクスの歌とは違う……何かが……

褒めたつもりだが、リンはそ れに対し、自嘲気味な笑みを浮かべる。

「……あの歌は、昔…ある人 に教えてもらっただけよ………良いか悪いかなんて、私には解からないわ……」

「ある人……」

聞き返そうと思ったが、リン の横顔を見た瞬間…それも呑み込まれる。

どこか…遠くを見るように、 寂しげな視線を浮かべていた……

不意に、ラクスの言葉が脳裏 に甦る……

 

―――あの方は、優しさを殺 しているのです。

 

最初に会った時は、どこか冷 たい感じがすると思っていた少女が、今は酷く儚げに見える…まるで、このまま朝焼けとともに消えてしまいそうな……

沈黙が続いた後、リンは踵を 返し、艦内へと向かっていき、アスランも後を追った。

 

 

一時間後……朝陽が水平線か ら顔を出さない時間に、灯台の光が回る海岸にて、数人の釣り人の姿が見える。

釣り人は時折腕時計を確認し ながらも、ただ仕掛けた釣竿を無造作に触りながら、また時計を確認する。

やがて、波に紛れて水面から 黒い手が伸びてくる。

釣り人たちはチラリと腕時計 に視線を移してから口元にニヤリと笑みを浮かべると、その黒い手を掴み引き上げてやるのだった。

引き上げられたのは、ダイ バー用のウェットスーツに身を包んだ6人。

全員が、スキューバに手を掛 け、キャップを脱ぐと、その下からは、アスラン、リン、イザーク、ディアッカ、ニコル、リーラの顔が現れる。

「クルーゼ隊、アスラン=ザ ラだ」

正確には、ザラ隊であるが、 クルーゼの名の方が、何かと都合がいいし、動きも取り易い。

釣り人に偽装したザフトの諜 報員は、不適な笑みを浮かべ、差し出されたアスランの手に握手を交わした。

「……ようこそ、平和の国 へ」

 

それは……既に周知の事実と なっている皮肉の言葉だった………

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

平和に彩られた国の裏側……

それに触れるとき、彼らは何 を思うのか……

 

そこでレイナは自身の記憶の 断片を知る人物と出逢う……

 

 

そして…今、二人の黒き少女 は巡り合う……

夕闇に照らされた地で……

 

 

次回、「夕闇」

 

邂逅に、何を思うのか、ガン ダム。

 


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