朝陽が昇ろうかという紫に彩られたオーブの入り江に上陸したザラ隊の面々は、連絡を受けた諜報員から手渡されたモルゲンレーテの作業服に身を包む。

無論、リンとリーラは、岩陰で隠れて着替えていたが……

潜入任務は、以前にヘリオポリスで行ったが、今度はまた勝手が違う……

着替え終わると、袖を直しながら、リンは帽子を深く被る。

リーラは慣れていないのか、悪戦苦闘しているが、イザークが溜め息をつきながら手伝っている。

「それで……行き先の候補は?」

リンが尋ねると、諜報員はやや言葉を濁しながら答えた。

「オノゴノ島…あんたらの探し物は、十中八九あの島にある……あるとしたら、だが」

「他には……?」

足付きに関する情報を、アスランは訊き返す。

「生憎、俺の耳にも入ってこないね……連中、よっぽど念入りに隠しているのか…公式発表が正しいのか、どちらかだ」

アスランは、若干肩を落とす…だが、これからそれを調べるためにここに来たのだ。

アスラン以外は帽子を被り、モルゲンレーテの作業服に身を包むと、諜報員はモルゲンレーテ周辺の見取り図を手渡すが、衛星でも詳しく捉えられないモルゲンレーテの工場区は、所々が空白になっている。

そして、続いて偽造したIDカードを手渡す。

一体いつ撮った写真を使ったのか……IDカードには、全員の顔写真が入れられていた。

「そのIDで工場の第一エリアまでは入れる。だが、その先は完全な個人情報管理システムでね。急にはどうしようもない」

弁解する諜報員の前で、アスラン達はカードを持ち、服装に異常がないかチェックし終わると、ゆっくりと内陸部へと向かって歩き出した。

その後姿に向かって、諜報員は忠告のように呟いた。

「……ま、無茶はしてくれるなよ。騒ぎはゴメンだ……獅子は、眠らせておきたいんでね」

訝しげに、首を一旦傾げるが、短く礼を告げると、アスランを先頭に進み始める。

10メートル先がなんとか見えるくらいの濃い霧の中を六人は進み、やがて徐々に霧が晴れていく。
突き出した少し小高いその場所から、オノロゴの軍事施設が見渡せるのだった。

アスランは、やや不思議な気持ちでそれを見下ろしていた……状況的に、ヘリオポリスでのことが思い出されるが…それよりも、キラやカガリ……オーブに関係する者の顔が過ぎり、胸が少し苦しくなった。

リンは帽子を僅かに上げ、未だ眠りにつく街並みを見詰めながら、静かに息継ぎをした後、全員に振り返った。

「二人ずつペアを組んで、情報を探る……」

その言葉に、全員が注目すると、リンは全員の顔を見渡す。

潜入任務である以上、固まって行動するより、バラバラに行動した方が効果的だ。

「イザークとリーラは街中を…ニコル、ディアッカは軍港施設周辺を……私とアスランはモルゲンレーテを探ってみる」

全員がやや驚愕してパートナーに決まった相手を見やる。

本人達には内緒だが、アスランとイザークがペアを組むのは真っ先に外した……二人きりで行動させようものなら、どんな派手な真似をしでかすか解かったものではない……

能力的に分析しても、これが一番いい分担だと思った。

ディアッカは不了承気味だったが、イザークが異議を唱えなかったので、渋々従った。

「13:00に一度、集合する……場所はモルゲンレーテ周辺よ」

連絡を伝え終わると、アスランは最後の確認として言った。

「いいか、俺達が欲しいのはあくまで確証だ……あまり、目立った行動は控えろ」

その言葉に渋々頷き、一同は三班に分かれ、小高い丘から街中へと降りていった……





機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF DARKNESS

PHASE-26  夕闇






アークエンジェルへの修理と補給の見返りとして、モルゲンレーテへの技術協力を依頼されたキラとレイナは、ストライクとルシファーに乗り、バギーに先導されながら朝の霧の中を進み、岩場に面したゲートへと案内された。

ゲートが開き、その中へと誘導され、入ると、ゲートが閉じ、2機はエレベーターで地下へと降りていく。コックピットの中で、キラは不安げだったが、レイナは冷静に降りていく先を見詰めていた。

(さて……オーブの裏側…鬼が出るか邪が出るか………見せてもらいましょうか)

内心に、微かな警戒心を抱き、エレベーターが止まると、ドアが開き、眼前に広大な工場区が拡がった。

《……そちらのゲージへ》

通信機からの声に、足元を見やると、そこには数人が立っており、一人の女性が手を振って合図している。

キラとレイナは指示に従い、傍に置かれていたメンテナンスベッドへ機体を固定すると、ラダーを使って降りる。

近づいていくと、キラは若干戸惑った。

先の一団の中に、自分とほとんど変わらない年恰好の少年が、モルゲンレーテの作業服に身を包んでいた。

だが、その少年を視界に入れた瞬間、レイナは僅かに眼を見張った。

黒に若干の藍色が混じった髪…そして……瞳の色は、真紅に輝いていた。



……自分と同じ眼………



レイナは戸惑いと緊張が入り混じった感情の中で、平静を保ちながら近づいていく。

「初めまして……キラ=ヤマト君に、レイナ=クズハさんね」

30代くらいのジャケットにジーンズの背格好の女性が、二人に微笑みながら声を掛けた。

もっとも、呼び出すぐらいだから…最初から名前ぐらい、知っているのかもしれないが…今のも、単なる形式上のものだろう。

「私はエリカ=シモンズ…… ここの技術主任を担当しているわ。で、こっちが……」

エリカと名乗った女性が、後ろに控えていた同年代の女性と少年を見やる。

「……初めまして。私はフィリア=ノクターン……一応、ここに所属している技術者よ。よろしくね」

金髪のロングに、眼鏡をかけた知的な感じのする女性は、軽く会釈する。

「僕は、カムイ=クロフォードです……モルゲンレーテで、MS開発部門に属しています」

「貴方達と近い年だけど、この子は結構優秀よ」

エリカがちゃかすように言うと、カムイは照れたように顔を逸らす。

だが、レイナは未だ警戒を解かぬ表情で、カムイを見詰めていた。

「さ、ついてきて」

挨拶もそこそこに、エリカが2人を促し、フィリアとカムイも共に連れ立っていく。

後に続こうとしたレイナが、不意に視線を感じると、そこにはカムイが自分を凝視していた。

「……何?」

思わず、声に警戒が篭るが………

「あ、いえ……」

慌てて眼を逸らし、エリカの後を追っていく…その姿に、やや不審感を覚えながらも、レイナは後に続いた。

「ここなら、ストライクやルシファーも完璧な修理ができるわよ。言わば、お母さんの実家みたいなものだから……」

「はぁ……」

未だ、困惑している二人の緊張をほぐすようにエリカが声を掛けながら、先導していく。

「貴方達に見てもらいたいものはこっちよ。面白いものをお見せできると思うわ」

一方的に話を進めながら、薄暗い通路を抜け、区画を隔てる壁に備えられているゲートを潜り、隣の区画に足を踏み込んだ時、キラとレイナは、眼前に拡がる光景に息を呑んだ。

垂直に伸びる工場区に、メンテナンスベッドに収まったMSがいくつも立ち並んでいた。

その出で立ちを見た瞬間…… キラは思わず呟いた。

「……ガンダム?」

その言葉に、エリカがやや興味を引かれた表情で振り返った。

「あら…連合のMSは『G』という呼称で呼ばれていたと思ったけど……『ガンダム』とも呼ぶの?」

「あ、いえ……」

まさか、自分でそう呼んでいるだけとは言えず、キラは言葉を濁す。

レイナは改めて、その機体を見上げる。

形状こそ、自分達が乗る連合のMSと酷似している……

「そう、驚くことでもないでしょう? ストライクやルシファーだって、ヘリオポリスにあったんだから……あそこもオーブじゃない」

面白がるような口調でエリカが説明する。

「成る程……量産を前提とした機体ね………」

レイナがポツリと呟く。

メインカラーは白で統一され、各所の駆動部分には赤が施されている…PS装甲は使われておらず、しかも機体形状は機動性を重視したのか、随分とスマートだ。バックパックには、フライトユニットらしきものに、ビームサーベルの筒が2本備わっている。

「これが、中立国オーブという国の、本当の姿だ」

聞き覚えのある声に、振り返ると、そこには先日のドレス姿ではなく、以前と同じラフな服装に戻ったカガリが佇んでいた。

「カガリ……」

キラが思わず眼を見張る…カガリの、赤く腫れた頬に……

「カガリ様、戻られていたんですね」

「ああ」

カムイに素っ気なく答えつつ、カガリは歩み寄ってくる。

「これはM1アストレイ…… モルゲンレーテ社製、オーブ軍の機体よ」

そんなカガリに気にも留めず、エリカは話を続ける。

「アストレイ…? はぐれ者………皮肉かしら?」

苦笑を浮かべながら、レイナが肩を竦めると、エリカは愛想のいい笑みで答えた。

「これを…オーブはどうするつもりなんですか?」

内心のショックを隠せず、キラは尋ねる。

「どうって?」

尋ねられたエリカは、キョトンとした表情を浮かべる。

「少なくとも…お飾りでこんなものを、これだけ造る必要はないでしょう」

レイナは、今一度M1アストレイを見上げながら、呟いた。

今の情勢では、MSという兵器は力を誇示する上で、必要不可欠なものになっている。

だが、ここに並ぶM1アストレイの数から考えても、かなり前からこの計画は始まっていたと見るべきだろう……ひょっとしたら、連合のGをオーブ本国では製作せず、わざわざ宇宙のヘリオポリスに建造拠点を置いたのも、案外ザフトと連合の眼を逸らす目的もあったかもしれない……

「これはオーブの護りだ」

カガリが答えながら、M1アストレイを睨むように見詰める。

「以前から、自国防衛用に力を欲していたオーブ首脳部が、連合から渡されたMSのデータを流用して造り上げた機体……貴方達のGのデータや、先に開発した試作アストレイのPシリーズのデータから、量産化に移行したの」

カガリの説明を補足するように、フィリアが口を挟む。

Pシリーズという単語は解からなかったが、恐らく、このM1アストレイの試作機であろう……いくらなんでも、連合のデータだけで量産機を造るのは無理であろう。

「だが、ヘリオポリスで開発していたGは半数以上をザフトに奪われ、おまけにPシリーズも01は行方不明! 02や03に至っては、訳が解かんない連中の手に渡ってしまった…隠れてこんなことをやるから、そういうことになっちまうんだよ!」

罵声を浴びせるように怒鳴りながら、カガリはこちらを睨む。

「オーブは他国を侵略しない、他国の侵略を許さない。そして他国の争いに介入しない……その意志を貫くための力だ……オーブはそういう国だ。いや…そういう国のはずだった。父上が裏切るまではな!」

「え?」

カガリが吐き捨てた言葉に、キラは驚く。

「……どういうこと?」

実情をよく知らないレイナが、カムイに話を振る。

「あ、いえ……その………」

答えていいものかどうか、答えあぐねていると、エリカが呆れた声で嗜めた。

「あーら、まだ仰ってるんですか、カガリ様? そうではないと、何度も申し上げましたでしょ? ヘリオポリスが地球連合軍のMSの開発に手を貸していた……なんてこと、ウズミ様はご存知なかった……」

「黙れ!」

ウズミを弁護するエリカを、わめくように遮る。

「そんな言い訳、通ると思うか!? 国の最高責任者が……!」

「ですが、あの件は、機械相のサハク家が大西洋連邦の圧力に屈しての独断です。ウズミ様のあずかり知らぬところでのことです」

フィリアも加勢するが、それでもカガリは止まらない。

「知らなかったと言ったところで、それも罪だ! だいいち、そのデータを盗用してこんなものを造るのを認可していれば、同じことだ!」

実の父に対する暴言に、キラは呆然となっていた。

厳しい言葉だが、指導者である以上、知らなかったではすまされないだろう……身内に対する厳しさであろうか……ヘリオポリスで、カガリがあの時に叫んだ言葉の意味が、今ようやく解かった。

「だから、責任はおとりになったじゃありませんか」

「辞任して叔父上に地位を譲ったところで、常にああだこうだと口を出して! 結局、何も変わってないじゃないか!」

ここまであくまで弁護に徹していたエリカとフィリアはいよいよ本格的に呆れ果てたのか、軽く溜め息をついた。

「……まったく、こんな政治的駆け引きを何にも解かっていない小娘が次期、オーブの未来を担う者とは…ウズミ=ナラ=アスハは、後継者に恵まれていないようね」

レイナもまた、呆れ果てた口調で、皮肉気に嘲笑を浮かべるが、それに対し、エリカとフィリアは苦笑いを浮かべ、カガリはカチンときたのか、レイナに突っ掛かった。

「何だと! じゃあ、お前は父上が正しいっていうのか!?」

「……政治に、善も悪も無いでしょ…ようは、如何にして自分の国を護るかよ」

冷たい眼差しを向けられ、カガリは息を詰まらせる。

「…いい? 人が大勢集まれば、当然意見の喰い違いが出てくる…バラバラの意見を纏めるために、指導者が必要となる…だけど、指導者が決めたことに、全員が内心で従っているはずがない……中には、指導者のあずかり知らぬところで、虎視眈々と己の私欲を満たそうとする者が当然出てくる…そして……指導者となった者には、当然自分に従う者達…言わば、国を護る責務がある……それを成すためには、当然汚いことも必要となってくる…それが政治というものよ、カガリ……真っ直ぐなだけじゃ、国は護れないのよ」

反論したいが、言い返せる要素が見つからず、カガリは言葉を詰まらせている。

「フフフ、貴方はよく解かっているわね…カガリ様より、よっぽどこの国のことを考えてるわ」

カガリを説き伏せたのが、余程面白かったのか、笑顔を浮かべている。

「それより……私達を呼んだ理由を早く聞かせてほしいんだけど? まさか、このMSを見せびらかすために呼んだわけではないでしょう?」

棘があるような口調だが、エリカは肩を竦め、踵を返す。

「そうね…こんなお馬鹿さんは放っておいて……来て」

いかにもカガリに対する当てつけのように呟くと、エリカが先導して歩き出し、カガリはブスッとした表情で後を追い、レイナ達も続いていくが、キラだけは、不意に、今一度並び立つM1アストレイを見やった。

キラにとってMSの存在は、かなり微妙なものだ……もしかしたら、こんなモノがあるから、ヘリオポリスの崩壊のように、災いを呼び寄せてしまうのではなかろうかとさえ錯覚する……しかも、これから自分が協力するのは、そのMSに関してのことだ………キラは、息苦しさを抑え、後を追った…自分の肩には、アークエンジェルがかかっていると、自分を偽って……

さらに進むと、次はエレベータに乗せられ、またもや下層へと向かい、ドアが開くと、そこには前面に強化ガラスが拡がった訓練施設に面したデータ収集用ブースであった。

階段状のコンソールが並び、強化ガラスの向こうは広大な実験場のような場所には、先程のM1アストレイが三機待機していた。

エリカとフィリアが強化ガラスの前に立ち、それに続いて横にキラ、レイナ、カムイとカガリが立った。

周囲には、せわしなく立ち回るメカニックやオペレーター達がおり、何かの実験の途中なのか……徐に、エリカはインカムを操作して、向こうのM1アストレイ三機に通信を繋いだ。

「アサギ、ジュリ、マユラ」

《《《はーい!》》》

エリカが名を呼んだ途端、スピーカーから返ってきた返事に、キラはギョッとし、レイナは面を喰らったようで、やや怪訝そうな表情を浮かべる。

恐らくは、三機のパイロットであろうが…パイロットらしからぬその能天気な返答に……

《ん? あ、カガリ様じゃない》

《えーあ、ホント? 帰ってきてたんだ》

《死にそうな目にあったって聞いたのにぃ、全然元気そうじゃない!》

「悪かったな!」

憮然と言い返すカガリだが、キラは未だに呆然となり、レイナに至っては頭痛に頭を抱えそうになっていた……

《あー隣の子、何ですかぁ? ちょっと可愛いじゃない》

自分を指名されたのか、キラはビクッと反応して身を強張らせた。

《カガリ様ったら、何時そんな彼氏を見つけたんですかぁ? 以外に隅におけないですね〜〜♪》

《家出したって聞いてたけど、実は駆け落ち……?》

「バカ! そんなんじゃない!」

心外なのか、僅かに頬を赤くしたカガリが言い返すが、3人の少女達は聞く耳を持たず、嬌声を上げている。

《ん? ああ、カムイ君! 隣にいる綺麗な娘、誰?》

わめくカガリの横を見やった時、カムイと並びながら呆れた表情を浮かべているレイナを見つけ、声が掛かる。

「あ、いえ…彼女は……」

《なになに、カムイ君…何時、そんな彼女つくってたの?》

《私達がモーションをかけても全然のってこないと思ったら、既に彼女もちだったんだぁ》

「あ、いや…そうじゃなくて…僕と彼女は………」

顔を赤くして、慌てふためくカムイの横で、レイナは重い溜め息をついた後、エリカに向き直った。

「ちょっと……ここって、ホントにオーブが誇るモルゲンレーテ? アイドル養成校の間違いじゃないの?」

レイナの批評にエリカは苦笑を浮かべ、フィリアは小さく溜め息をついた。

「3人とも、私語はそれぐらいにして…この2人は、お客様なんだから」

嗜めるようにフィリアが声を掛けると、少女達は眼をパチクリさせる。

《えー、お客様って、その2人だったんだ?》

《なぁんだ…あたしはてっきり、物好きにもカガリ様みたいな野蛮な女の子をもらってくれる人が現れたとばかり……》

《でも、考えてみたらそれは絶対ないか……あはは》

笑い上げる少女達に、カガリは癇癪を起こしそうになるぐらい拳を強く握り締め、怒りに震わせている。

「………お前ら、後で絶対泣かせてやる!」

地を這うような憤怒を感じさせる口調でカガリが叫ぶが、それをさくっと無視し、エリカは指示を出した。

「三人とも、始めて」

《《《はぁいー》》》

また揃った声が返り、それは始まった。

だが、始まって暫くの間は、キラもレイナも怪訝そうに首を傾げて見ていた。

三機のM1アストレイは、ギシギシと腕を突き出し、足を踏み出して移動し、振り向く……驚くべきのろさで。

怪訝そうな表情を浮かべていたキラとレイナは、それがMSのデモンストレーションだと気付いた時、思わず絶句してしまった。

あまりののろさに、最初は何をしているのか逆に解からなかったのだ……はっきり言って、これでは、単なる役立たずだ。

カガリはあからさまに肩を落とし、溜め息をついた。

「……相変わらずだな」

「これでも、倍近くは速くなったんです。あれからOSに新しいデータを入れましたから」

とても冗談には聞こえないエリカの言葉に、二人はますます言葉を失くした。

「……マジ?」

思わず、隣にいたカムイに問い掛けると、カムイは苦笑いを浮かべ、小さく頷いた。

レイナは目眩を起こしそうになり、ぎくしゃく動く3機を見やる。

……これで倍とは………ということは、以前はこの倍遅かったということだろう。

もはや、それはMSではなく、単なるハリボテだ……カメの方が早い。

「けど、これじゃあっという間にやられるぞ。何の役にも立ちゃしない、単なる的じゃないか」

カガリの無慈悲な言葉だが、レイナは思わず頷きそうになった。

《ひっどーい!》

《人の苦労も知らないくせに!》

スピーカーから悪戦苦闘している少女達の声が返ってくる。

「敵だって知っちゃくれないさ、そんなもん!」

《カガリ様なんて、M1に乗れもしないくせに!》

「言ったな!?」

舌戦を繰り広げるカガリ達を横に、レイナは溜め息をつき、エリカに話し掛けた。

「あの子に同調するわけじゃないけど、確かにこれじゃ単なる的どころか、ハリボテね」

辛辣な言葉を掛けるが、エリカやフィリアは事実であるために何も言い返さない。

「少なくとも、対MS戦どころか、これじゃあ戦車や戦闘機にだってやられるわよ……MS…ましてや、私達の乗るXナンバーの相手をするなんて、夢のまた夢ね」

キラもまた、レイナの言葉を聞きながら、以前ムウが、Gのパイロット候補生達が、ノロクサ動かすだけでも四苦八苦していたと言っていたのを思い出し…やはり、MSの操縦はナチュラルの手には余るものであると再認識した。

これでは、アスラン達のXナンバーを倒すどころか、ジン相手でも、攻撃を掠ることもできず、一撃でやられると考えるのが当然だ。

「はいはい、そこまで。そうね……貴方達の言うことも事実だわ」

舌戦を繰り広げるカガリ達に割って入り、呆れ顔を浮かべるも、M1アストレイを見やりながら、溜め息を一つつくと、キラに向かって微笑みかけた。

「だから私達は、アレをもっと強くしたいのよ……貴方達のストライクやルシファーのように」

キラが不意に話を振られ、ハッとしてエリカを見ると、彼女は意味ありげに微笑んでいる。

「キラ君…貴方に技術協力をお願いしたいのは、あのM1のサポートシステムのOS開発よ」

そう言われ、キラはやっと理解した…このデモンストレーションも、M1の存在も、言わばオーブの国家機密に属するものだ。それをわざわざ地球連合の兵士に見せているということは、それだけの期待と見返りを求めているのであろう。

キラは、未だにぎくしゃく動くM1を見やり、この動きをよりシャープなものにするのに、どれぐらいの修正が必要なのか皆目見当もつかない。

だが、やらなければならない…自分には、アークエンジェルの命運がかかっているのだから……自分が、ただの『キラ=ヤマト』に戻れる日は来るのか…思考の片隅で、キラは寂しく思った。

呆然となっているキラの横で、レイナは不意に視線を感じ、周りに察知されないように微かに首を傾け、肩越しに後方を見やる。

視線の先には、ブースの片隅に備えられている監視カメラがある……レイナは、一瞬眼を細め、何事もなかったように振り向いた。

「……キラには、って言ったわよね。じゃあ、私を呼んだ理由は何?」

レイナが問い掛けると、それに気付いたフィリアが答えた。

「貴方には、他に見てもらいたいものがあるの……エリカ、ここお願いね」

「ええ…あ、あとで今朝到着したジャンク屋が行くと思うから」

頷くと、フィリアはレイナに向き直る。

「さ、来て」

フィリアが先導し、カムイも続く……レイナは、無言でその後を追った。





その頃、オノゴノに潜入したアスラン達一行は、三手に分かれ、街中を散策していた。

イザークとリーラは、オノゴノの繁華街を歩いていた。

モルゲンレーテのような作業服に身を包んでいなければ、二人の姿はごくありふれたカップルに見えたことだろう。

「……平和だね」

街並みを見やりながら、リーラはポツリと呟いた。

「フン、こいつらは、外で俺達が戦争をしていることを知らないだけだ」

鼻を鳴らすイザークに、リーラは苦笑を浮かべる。

確かに平和な街並みだ……だが、それすらもリーラにとってはなにか眩しい光景だ。

幼い頃から、徹底とした父の監視のような生活の中、パーティー以外では碌に屋敷の外に出ることも叶わなかったリーラには、このような日常の光景が凄く眩しい。

視界に、同い年ぐらいの制服を着た少女達が映る。

自分も…普通に学校に通っていたら、あんな風に友達と何気ない会話を楽しめたのだろうか……羨ましそうに見ていたリーラは、突然後頭部を小突かれ、ハッと我に返った。

「おい、あんまりキョロキョロするな…不審がられるぞ」

嗜められ、リーラはバツが悪そうに表情を顰める。

そうだ……もう、戻ることのできない過去に思いを巡らせても仕方ない。

今の自分は、ザフトの兵士… リフェーラ=シリウスなのだから……もう、昔には戻らない。

人形にはならない…自分の意志で生き……そして…出逢った大切な者達を護るために、自分は今、戦わなければならないのだから……

表情を引き締め…歩き出す。

行き交う人々の会話や、映像などのメディアに注意を向けても、アークエンジェルと関係した情報は入ってこない。

「……そろそろ、集合時間だな。合流場所へ急ごう」

チラリと時間を確認したイザークが声を掛けるが、リーラの返事が無い。

不審がって、周囲を見渡すと…リーラの注意は、すぐ眼の前のショーウィンドウに向けられていた。

イザークも覗き込むと、そこには色々な宝石類が煌びやかに並んでいた。

リーラとて、年頃の女の子だ……こういったものに憧れを抱いても仕方がないのかもしれない。

何かを決意したイザークは、無言で店へと入っていく。

「え、イザーク……?」

その行動に驚いたリーラが止める暇もなく、イザークの姿は店内へと消えていく。

そのまま、やや不安げに店の扉を見詰めていたが、5分ぐらい経つと、イザークが店から出てきた。

「……ほら」

やや、ムスッとした表情で、顔を逸らしながらリーラの前に、小さな箱を差し出す。

「え…ええっ!」

その箱を見た瞬間、リーラは意識が飛びそうになった。

「……開けてみろ」

リーラに箱を持たすと、リーラは震える手で、箱を開く。

箱の中には、赤く輝くルビーがついたリングが入っていた。

「イ、イザーク……これ………?」

未だ、口がうまく回らないリーラ。

「金の心配ならするな、俺は仮にもプラント評議会議員の息子だぞ……お前の誕生石だったろ」

「憶えてて、くれたんだ……」

口を押さえ、嬉しさがこみ上げてくる。

「貸せ……本当なら、指にはめるべきなんだろうが…今は、我慢してくれ」

ルビーのリングを持ち上げると、リーラの首にかけられていたペンダントの紐を掴む。

見間違えるはずも無い…あの時も、こうして自分で首にかけてやったのだ。

紐を外し、その中へとリングを通す…ペンダントとリングが対となり、輝く。

それをまたリーラの首にかけてやる。

「イザーク……私、私…………」

瞳に涙を浮かべ、微かな嗚咽がもれる。

「バカ、こんなとこで泣く奴があるか」

「だって……嬉しくて…………」

眼元の涙を拭いながら、顔を真っ赤に染めたリーラはイザークに微笑む。

「……いくぞ」

「うん」

そっぽを向いて歩き出すイザークの後を追い、リーラはその手を取った。

その姿は…幸せそうな恋人そのものだった……





その頃、アスランとリンはモルゲンレーテに潜入し、情報を探っていたが、諜報員が手渡してくれたIDでは、第一エリアまでしか入れず、また端末を使うための個人情報も所持していないので、調べられるのはたかが知れている。

結局、めぼしい情報を手に入れられなかった2人は、一度合流場所を目指してモルゲンレーテを後にした。

モルゲンレーテ周辺の道を歩いていると、行き交う人々が見える。

「昨日、自国の領海であれだけの騒ぎがあったっていうのに……」

昨日の自分達の戦闘など、まるでなかったかのように人々の顔が日常を楽しんでいる……もっとも、宇宙に浮かぶコロニーと違い、ここでは外壁に穴が開けば即、死ということもないだろう……

「……中立国故、ね」

リンも皮肉るように呟く。

「……平和の国、か」

「…だけど、平和ボケで、己の剣を錆びらせるのであれば、国の意志などたかが知れている……もっとも、ここは違うようね」

怪訝そうな表情で、リンを見やる。

「…こういう国に限って、内側に獣を飼っているものよ」

不適な笑みを浮かべるリンだったが、不意に風が吹き、帽子が吹き飛ばされた。

帽子は風にのって飛び、僅かに離れた場所に落ちた。

その前には、3人組がいる… 自分達よりやや年下と思しき少年に女の子二人組だ。そして帽子を拾い上げると、女の子二人がこちらへとてくてく歩いてきた。

「はぁい、帽子」

大きめの帽子を被った女の子が笑みを浮かべて帽子を差し出すのを、アスランが小さく微笑んで受け取る。

その隣で付き添っていた女の子の眼が隣のリンに移ったとき、眼を大きく輝かせた。

「あ、お姉ちゃん」

リンは、突然声を掛けられ戸惑う…中立国に……ましてや、こんな小さな子供に知り合いなどいない。

「お姉ちゃん、無事だったんだぁ、よかった…私ね、ずっと心配だったんだよ。お姉ちゃんがあの時、私達を助けてくれたから……」

内容に、まったく心当たりがない……ひょっとして、誰かと勘違いしているのか……

「……お姉ちゃん?」

不審に思ったのか、首を傾げて尋ね返す女の子に、リンは屈み込む。

「ゴメンね……人違いよ」

「そうなんだぁ…ごめんなさい」

ちょこんと頭を下げると、後ろから呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーい、二人とも……」

少年が駆けて来て、女の子二人の後ろに立つ。

「あ…この二人が何かしましたか?」

謝っていたのを見たため、なにか失礼なことをしたのかと思い、やや気後れするように尋ねる。

「ぶぅ、お兄ちゃん酷いよ!」

「そうだよ、シンお兄ちゃん」

女の子二人に嗜められ……少年は情けないような表情で俯く。

その様子に、思わずアスランはプッと噴出した。

「い、いや……なにもないから安心してくれ…君達は兄妹なのか?」

リラックスさせるように話し掛けると、その気遣いに気付いたのか、少年の方も苦笑を浮かべる。

「あ…はい、僕はシン=アスカです。こっちが妹のマユ…それで、こっちがマユの友達のエルちゃんです」

「よろしく」

女の子二人が頭を下げ、アスランの微笑んで挨拶しようとするが、それをリンに遮られる。

驚いた顔でリンを見やるが、リンはそのままシン達に話し掛ける。

「ゴメンなさいね……私達、少し急いでるから」

「あ、こちらこそ気付かないで…」

軽く会釈し、シン達が離れていくと…リンは咎めるようにアスランを見た。

「私達の目的を忘れないで」

そう嗜められ、アスランは気まずそうに視線を落とす……そうだった。名前を明かして、そこから下手をしたら大騒ぎになる可能性もある。アスランのファミリーネームは、それなりの知名度を持っているのだから。

溜め息をつき、二人はそのまま歩き出す。

リンは、アスランから帽子を受け取ると、深く被り直す…そして、ふとアスランは疑念に思ったことを尋ねた。

「誰かと間違えられたのか?」

「………かもね」

アスランの問いに、小さく答え返すと、リンは踵を返す。

何かを拒絶するような雰囲気に、アスランもかける言葉を失くす。

(この顔は……私自身の顔じゃない………)

小さく己に向かって吐き捨て、2人はそのまま合流場所へと急いだ。

そして…人通りの多い通路に差し掛かり、歩きながら…アスランは何気に人の流れを見ていた。

だが、その瞳に一人の人物が過ぎった瞬間…思わず足を止めて、振り返った。

「どうしたの?」

不審そうにリンが声を掛ける前に、アスランは駆け出した。

(まさか、まさか……)

ありえない人物の姿を見たために、アスランは胸中に疑念を憶えながら、後を追うが…その人物が歩いていった方向を見渡しても、それらしい人影はない。

「ちょっと…どうしたの?」

後を追ってきたリンが問い掛けると、アスランはやや肩を落とした様子で、微かな切なさを帯びた声で答えた。

「いや…すまない、見覚えのある顔を見たと思ったんだが…俺の勘違いだったようだ」

そうだ……あいつが、生きているわけがない…あいつはあの時に………

「……いくわよ」

表情を沈ませるアスランに、それ以上問おうとはせず、リンは踵を返した。

アスランもまた、暗い表情で後を追った。





「……危ねえ危ねえ。もうちょっとで気づかれるとこだったぜ…やっぱ、いいカンしてるなぁ、アスランの奴」

建物の陰から、去っていくアスランとリンの後姿を見詰める青年。

「でも、気付かれなくてよかった」

青年の傍らには、青年よりやや年上と思える黒髪の男が立っていた。

「ああ、ヒヤッとしたけどな」

苦笑を浮かべる青年に、男は視線を、去っていく2人に向ける。

「彼らが……」

「ああ…まあ、頼りある後輩ってとこだな。一人は違うみたいだけどな」

自慢げに、そして誇らしげに語る。

「補給でオーブに来たが…ザフトは、アークエンジェルの所在を探っているようだ」

「ああ…あいつがいるってことは、他の連中も来てると思うけど……そう言えば、モラシムの旦那は?」

「怪我はもうほとんど良いそうだ……もっとも、こちらも補給やらなんやらで、出発はもう少し延びそうだが……」

「別にいいんじゃないか…最近、艦内に缶詰だったし……息抜きも必要だって」

軽い笑みを浮かべつつ、青年が背中を叩く。

それに対し、男は苦笑を浮かべるが…青年は、何かを思いついたように唐突に問い掛けた。

「そういやぁ、以前あんたが話してた奴がここに来てるんだろ。逢わなくていいのか…?」

先程までの軽い態度ではなく、やや神妙な面持ちで尋ねるが、男は表情を固くし、眼を伏せる。

「今はまだ……逢わない方がいい。彼女には……」

男の苦悩と葛藤を感じ取ったのか、青年はそれ以上問おうとはせず、二人はその場を静かに去った……







工場区のフェンスに面した場所には、既に全員が集まっていた。

「あ、アスラン…そちらはどうでした?」

「いや…ニコル達はどうだ?」

首を振り、問い返すと、ディアッカがぼやくように呟いた。

「そりゃ……軍港に堂々と置いてあるとは思ってないけど…」

「こっちも似たようなものだったよ…街中じゃ、昨日の事件もほとんど取り上げられてませんでしたから……」

リーラも僅かに顔を顰める。

「あのクラスの艦だ…そう易々と隠せるわけが………」

焦りを感じさせながら、イザークは軍港を睨む。

「まーさーか、ホントにいないってことはないよね……どうする?」

うんざりとした調子で告げるディアッカに、全員が指示を求めてアスランとリンを見やる。

「……欲しいのは確証だ。ここに足付きがいるならいる、いないならいない……」

アスランが答えると、全員が神妙な表情で頷く。

「おーい、第2ドックってどっちかなぁ?」

その時、モルゲンレーテ施設のフェンス側から、外来者らしい四人組が、アスラン達のモルゲンレーテの作業服に眼を留め、道を尋ねてきた。

思わず、ビクッと身震いする。

「いや……その……」

「やばいぜ」

「チッ…やるか……」

「ダメだよ」

「……騒ぎを起こすのはまずい」

小声で囁き合い、アスランが一歩前に出て、ぎこちない笑みを浮かべた。

「すいません、俺達新人なもんで……誰か、他の人に聞いてください」

「あ、そう……変なの。自分の会社だろ」

四人組は不審そうな表情で首を傾げながら、その場を去った……流石に、自分達の会社を答えられないのであれば、不審がられても仕方ないだろう。

「……場所を変えた方がよさそうね」

リンがポツリと呟き、チャーターしたエレカ二台のうち、一つの運転席に乗る。

「ったく…どいつもこいつものどかそうな顔しやがって」

「でも、いいじゃないですか」

毒づくイザークに、ニコルが宥めるように呟く。

「イザークの気持ちも解かるよ……だけど、平和に暮らしている人達に、私達の意見を押し付けるのはよくないよ」

リーラにまで宥められては、流石のイザークも反論できない。

「そうそう…平和はいいよなぁ。女の子は可愛いし……」

「何の関係があるんだ?」

「いや、ナチュラルの女の子にも可愛い奴は多いぜ」

「お前は女にしか興味がないのか?」

呆れた口調で、ディアッカを嗜める。

「移動しよう…これ以上ここにいて、不審に思われたらまずい」

アスランが低い口調で言い、六人はエレカに乗って、海沿いに走らせた。







キラ達と分かれ、レイナはフィリアとカムイに連れられ、さらに施設の奥へと案内された。

これ程奥にまで案内させるとは…いったい、何をやらせるつもりなのか……不審そうに、通路を見渡し、通路の窓に何気に眼をやる。

ガラス越しに見えるのは、地下ドックであった。

そこに停泊している戦艦に視線を向けた時、レイナは思わず歩みを止めた。

(アレ…あの艦、確か………)

ドックに停泊している一隻の陸上艦…だが、その形には見覚えがある。

「アレは…アンドリュー=バルトフェルドの……」

思わず、声が出てしまった。

間違いなく…数ヶ月前に、アフリカで戦ったアンドリュー=バルトフェルドの母艦、レセップスだ。

だが、何故レセップスがここに……

疑念を浮かばせていたレイナに気付いたカムイが近づいてくる。

「どうしたんですか?」

「あの艦……」

「え……ああ」

視線を追ったカムイが、停泊しているレセップスに停まり、意図を知る。

「あれは、今朝方オーブにやって来たジャンク屋の艦ですよ」

「ジャンク屋……?」

首を傾げ、頭を捻りながらもう一度、艦をよく見てみると…確かに、船体にはジャンク屋組合のマークが入れられている。

「ジャンク屋がなんであの艦を…」

「なんでも、砂漠に放置されていたあの艦を、そのジャンク屋が買い取って、地上での移動手段にしたらしいです」

そこまで言われ、レイナは納得した…詳しい経緯は知らないが、レセップスはあの時、少なくともかなりの被害を船体に受けていた…放棄されても仕方がないだろう。

「2人とも……早く、こっちへ」

何時まで経っても来ない2人にフィリアが声を掛け、カムイが後を追い、レイナも後を追おうとする…不意に、今一度…かつて敵対した男の艦に視線を送った。

そう言えば、あの男はどうしただろう……どこか、懐かしむ思いにかられながら、レイナはその場を後にした。

だが、流石のレイナもこの時は、何時もの注意深い洞察力を霞ませていたらしい…レセップスの横に、隠れるように停泊している潜水艦に気付かなかった……





通路を歩き、やがてゲートが現われ、その中へと入っていく。

「……ここよ」

フィリアが促し、ゲートを潜ると、レイナは微かに怪訝そうな表情を浮かべた。

その場所は、天井が高い開発室のような一室……その部屋の壁際に、メンテナンスベッドに固定された三機のMS……全体的な外見こそ、先程見たM1と同じだが、細部やバックパックが違い、また機体色は灰色であった……

「これは……?」

「この三機は、MBF−M2アストレイ…先のM1の発展型です」

カムイが答えると、今一度視線を向ける。

「…M1の能力を各分野で特化させた機体です。1号機は近接戦闘能力を…2号機は様々なオプション兵器をテストする能力を…3号機は、機動性をそれぞれ重視しています」

機体説明を聞きながら、M2と呼ばれる機体を見るが、まだ開発途中のせいか、見た目からではどこが特化しているのか見分けがつきにくい。

「ねぇ、この機体は、PS装甲を採用しているの?」

三機とも、機体色が灰色なのを疑問に思い、尋ね返す。

「ちょっと違いますね…この機体には、PS装甲から発展させた装甲を一部に使用しているんです」

カムイの説明によると、この機体のコックピットや駆動部分などの内面にPS装甲のような位相転移が作動するようにセッティングされているらしい。

確かに、機体全体を包むよりは、効率がいい。

「この素材も、宇宙のアメノミシハラで生成されてますからね……M1の宇宙用の開発もそこで進められてますし……」

元々、PS装甲に関してはオーブは地球軍に遅れていた……宇宙でしか生成できず、またその技術もXナンバー開発時にはオーブの技術陣はシャットアウトされていた。

故に、アストレイ試作型のPシリーズは発泡金属を使用した装甲を持たせたのだ。

「で……私にこれを見せて、何をさせたいの?」

この機体をわざわざ見せたということは、恐らくこの機体に関する何かをさせたいのだろう。

「それは……」

「おう、ここかぁ!」

フィリアが説明しようとした瞬間、突如として部屋に声が響き渡った。

レイナ達が驚いて、ゲートの方に眼を向けると、そこには男二人に女一人、女の子一人の四人組が佇んでいた。

「すっげー! さっき見たM1とはまた違った機体だな!」

四人組の中で、一際眼を輝かせながら歓声を上げている男。

「もう、ロウったら……」

「まったく、メカのことになったら見境がありませんね……」

残りの二人は呆れた口調で呟くと、こちらへと歩み寄ってくる。

「おう、エリカさんに、こっちへ来てくれって言われたんだけどよ……」

先程、歓喜の声を上げていた男が、手を挙げて挨拶をしてくる。

「…ちょっと、誰?」

未だに状況が呑み込めていないレイナが小声でカムイに問い掛ける。

「あ、さっき言った、ジャンク屋の人達ですよ」

「フーン……」

「俺はロウ=ギュールってんだ、ヨロシクな!」

ロウと名乗った男は、ニカッと笑みを浮かべて挨拶を交わす。

「私は山吹樹里、よろしくね」

「リーアム=ガーフィールドです」

「レイナ=クズハ……こちらこそ、貴方は?」

視線を、先程からこちらを見上げている女の子に向ける……女の子は、ベストの裏側を捲り、自己紹介をする。

「傭兵部隊、サーペントテールの風花・アジャーです」

「…サーペントテール?」

かつて傭兵家業に属していたレイナは、今でも裏世界に通じている…サーペントテールと言えば、傭兵の筋では、かなり有名な屈指の部隊だ。

だが、眼前の女の子はどう見ても10歳にも満たない……しかしながら、ベストの裏側にある海蛇を模したマークは、間違いなくサーペントテールのものだ。

それに、この女の子のこちらを探るような視線は本物だ。

「そう……よろしくね」

「はいっ!」

軽く笑みを浮かべ、手を差し出すと、認められたように感じたのか、風花は笑顔を浮かべて手を握る。

……この辺はまだ子供ね、とレイナは思った。

軽く挨拶を交わすと、ロウが何かを思い至ったように手を叩いた。

「ひょっとしてあんた、ドックにあった白い戦艦…何てたっけ?」

「もう、アークエンジェルだよ」

「そうそう、そのアークなんたらってやつの乗員か?」

「そうだけど……」

別に黙っているほどのことでもないので、頷き返す。

「いやぁ、やっぱ新造戦艦はいいよなぁ…修理にも力が入ったぜ!」

拳を握り締めて熱く語るロウに、レイナは…変わった男……という第一印象を持った。

「実は、先に言ったM1の試作機…Pシリーズの一機を、彼らがヘリオポリスで拾ったのがきっかけで、この国に呼ばれたんです」

「ヘリオポリスで…?」

意外な事実を聞き、思わず尋ね返す。

「おうよ! 残骸の中に埋もれていたレッドフレームとブルーフレームを見つけたんだぜ!」

「だけど、ブルーフレームは傭兵さんにあげちゃったじゃない」

樹里の突っ込みに、ロウは言葉を詰まらせる。

……ということは、ヘリオポリスで、連合にも極秘裏に自国用のMSを開発していたということか…まあ、連合という隠れ蓑があったから、ザフトにも察知されずにすんだのだろう。

「彼のP02には、ナチュラル用の改良型OSが搭載されていまして…それを参考に、さっきのM1のOSを組んだんですが……」

語尾が濁るカムイに、レイナは疑問符を浮かべる。

さっき見たM1の動きは、とてもではないが実戦に投入できるレベルではない……

「貴方…ナチュラルよね? どうしてMSを動かせるの?」

「ああ、こいつのおかげさ」

尋ねるレイナに、ロウは片手に持っていた四角いボードを持ち上げる。

【初メマシテ…私ハ8】

コンピュータが喋ったので、流石のレイナも面を喰らい、驚く。

「こいつが、俺の操縦のサポートをしてくれてんだ」

「凄いわね…自律したAIなんて、まだザフトでも実用化されていないのに……」

「へっへー、すげーだろ!」

褒められて、誇らしげに胸を張りながら鼻を擦る。

「…私達は、シモンズ主任にこちらのカムイという方に、M1の強化プランの手伝いを頼まれたのですが……」

何時まで経っても話が進まないと思ったのか、リーアムが話し掛けてくる。

「ああ、カムイは僕です」

「貴方が…?」

「ウソーっ!」

リーアムが眼をパチクリさせ、樹里が驚きの声を上げる…まさか、自分達より年下の少年が、MSの開発部門に属しているとは思わなかったのだろう。

「ははっ、よく言われますよ……」

既に慣れているのか、苦笑いを浮かべてカムイは答える。

「でも、彼は本当にMSの開発に関しては、このモルゲンレーテでも有数よ。現に、ここにあるM2シリーズは彼が手掛けたものだし、それにM1用の強化プランも一任されているから」

フィリアが説明するように答えると、ロウが眼を輝かせる。

「すっげーな! お前がこれを設計したのかよ!」

「え、ええ」

詰め寄るロウに、苦笑を浮かべる。

「それより、早く私を呼んだ理由を聞かせて」

さっきから、話が脱線ばかりするなので、流石にウンザリしてきたのか、レイナが呆れた口調で尋ねる。

「ああ、すいません…実は、レイナさんには、M1の稼動データの収集をお願いしたいんです」

話された内容に、怪訝そうな表情を浮かべる。

「このM2は、M1の機体データを基に強化設計されていますが、肝心のM1のデータがほとんど無い状態で、機体バランスを設定する際の誤差の調整がまだできていないんです」

確かに……肝心のM1でさえ、実戦に投入できるレベルではない。おまけに、オーブは中立国だ…外の争いに介入しない故に、実戦すらも碌に行えないのだろう。

しかし…ソフト面も組み上がっていない状態で、ハード面だけを先々アップさせてどうするのだ…と、やや呆れた思いもある。

「……いいわよ。オーブのMSってのにも興味があるし」

「ありがとう」

「別に…それにこっちは、断れる立場じゃないしね」

皮肉げに返し、肩を竦める。

「じゃあ、私は設備とM1の使用許可を取りにいくから…カムイ君、彼らを隣のラボに案内してあげて」

「……はい、皆さん、こっちです」

カムイが先導し、全員が隣の部屋へと続くゲートへと向かう。

フィリアは、その後姿を見送り…若干ながら表情を歪めると、その場を後にした。

ゲートを潜ると、そこは何かの研究室のようで、技術者達が走り回っている。

「なぁ、なんだここ?」

ロウが開口一番に尋ねる。

「ここは、M1用の強化プランを作成するラボなんです」

モニターには、M1の概要が映し出され、各所のデータが表示され、強化案が進められている。

連合から盗用したデータは、主にビーム兵器を主軸とするものが多かったが、ビーム兵器はかなりのエネルギーを消費する武装であるため、エネルギー消費の縮小や小型化を進めているが、それに代わる武装も考慮されている。

「今現在、強化プランとしてできあがっているのは、これなんです」

カムイがモニターの前に立ち、コンソールを操作すると、モニターに全身を鎧で固めたようなM1が表示される。

「おおっ、何だ、これ!?」

「これは、随分と装甲面を強化しているようですが…これでは逆に動きが鈍くなるのでは?」

リーアムの指摘通り、M1は機動性を重視した機体設計になっている…だが、この全身に装甲を張り巡らせたようなタイプは、逆に長所を殺してしまうのではなかろうか。

モニターを覗き込んでいたレイナは、その設計図に眼を通すと、ポツリと呟いた。

「これ……全部ミサイルポッドね」

装甲面の各所に見える開閉用のハッチ……全部合わせると、百はゆうに越えるミサイルが装備されている。

「ええ…援護・砲撃用のM1、『アーマード・M1』です」

支援砲撃用のミサイルポッドを内蔵した追加装甲によるM1の強化タイプ。元々は、ザフトの拠点攻撃用のD装備を参考にし、またミサイルを撃ちつくした際には、脱着による眼晦ましも可能で、これは奪取されたデュエルに搭載されたアサルトシュラウドが参考なっている。

「他にも、ビームを利用した長距離狙撃ライフルに、実弾用のバズーカ砲なども開発が進められています」

表示される武装の詳細データに、ロウの眼が輝く。

「すっげー! やっぱいいとこだなぁ、ここは!」

ジャンク屋を営むロウにとって、こういったものは正に興味津々のものだ。

「クロフォード博士、シルフィアさんから先程連絡が入ったのですが……」

盛り上がっている面々に、室内にいた研究員の一人がカムイに話し掛けてきた。

「こちらに来るそうです」

「シルフィが? 彼女には、確かGBMの方を任せておいたはずだけど……」

「ええ、それの報告に……」

言い終わる前に、扉が開き、一人の白衣を纏った長い黒髪を後ろで束ねた少女が入ってきた。

「あ、シルフィ……」

「カムイさん、報告に……」

踏み出した足が引っ掛かり、少女は手をばたばたさせながら前にのめり込んだ。

「いっ!」

そのまま…こけた……全員が思わず眼を閉じ、派手な音が響く。

「うぅぅぅ……いたたっ、またやっちゃいましたぁ〜」

打った鼻を押さえながら、少し涙眼で立ち上がる。

「ごめんなさい、私ドジばっかりで……」

シュンと項垂れる少女に、カムイが笑顔で声を掛ける。

「いいよ、それより怪我がなくてよかった……」

「鼻を打ったんじゃない? 大丈夫?」

樹里が近寄り、心配そうに覗き込むが、少女は『何時ものことですから』と、頭を下げる。

(……いつも?)

ということは、いつもこんなドジを踏んでいるのか……と、レイナはやや呆れた。

「…あ、紹介します。彼女はシルフィア=ストラウス…通信技術者の一人です」

「初めまして…シルフィア=ストラウスです。シルフィって呼んでください」

ファミリーネームを聞いた瞬間、レイナは思考に引っ掛かった……

(ストラウス……確か、五大氏族の中で、外交方面を受け持っていたのが、そうだったような……)

オーブ政権の中心を成すのは、五大氏族と呼ばれる者達……そして、その中心に位置するのがアスハ家であり、主に政治を取り仕切っている…それに続くのが、軍備面を司るサハク家、そして外交面を受け持つストラウス家だ……サハク家とアスハ家は関係にあまりいい噂を聞かないが、ストラウス家はアスハ家に対し、確執はさしてないはずだ……そう考えていると、シルフィが会釈しながら、頭を勢いよく下げる…そして、その先にあったデスクに額を思いっきりぶつけてしまった。

「いたぁっ!」

ゴンという音が響き、またもや涙眼で額を押さえている。

………この娘は、天然だ… と、その場にいた全員が思った。

「だ、大丈夫?」

「は、はぃぃ…ずびませぇん……ああ、カムイさん。頼まれてたGBMのデータを持ってきましたぁ」

慌てて、持っていた資料を手渡す。

「なぁなぁ、さっきから言ってるGBMって何だ?」

ロウが資料を覗き込みながら、カムイに尋ねると、やや苦笑を浮かべた。

「すいません…これはちょっと極秘なんで……」

困った表情で、片手を前に出して謝るカムイに、ロウは引き下がる。

「そうか…弐号機までは残すところ、最終調整だけか…」

「はい…現在は、参号機の中枢システムの調整中です……ただ、やはり時間的な問題から、方法をかなり変更したんですが……」

資料に眼を通しながら尋ねるカムイに、シルフィは答える。

「仕方ない…多少、強引だけど……」

その時、突如として部屋に警報が鳴り響いた。

「どうしたっ!?」

「た、大変です! 第2実験室で、調整中だったGBM参号機の素体が逃げ出そうとしています!」

慌てて報告するオペレーターに、カムイとシルフィは眼を見開き、残りのメンバーは怪訝そうな表情を浮かべる。

「僕は第2実験室へ向かいます! シルフィはここで指示を! 皆さんはここにいてください、第2周辺の隔壁を緊急閉鎖! 職員を急遽退避させてくださいっ!」

言うや否やカムイは駆け出していく。

「ねぇ、ロウ…なんかやばい雰囲気だね……」

脅えた様子で、樹里がロウの腕を掴む。

「何か、トラブルがあったようですね……」

「っぽいな」

風花の言葉に頷き返す。

「……気になるわね。私も行ってみるわ」

ロウ達が止める間もなく、レイナはカムイの後を追い、駆け出していった。



「ん、レイナさん…あそこでいてくださいって言ったはずですよ!」

咎めるような口調で嗜めるが、レイナは肩を竦める。

「…人を呼んでおいて、何か異常があったら困るでしょ……何があったの?」

誤魔化しを許さないような鋭い眼光を向けられ、同じ真紅の瞳が微かに怯んだ。

「……実は、GBMというシリーズの機体に使用される中枢パーツには、動物のデータが使用されているんです」

その言葉に、若干眉を顰める。

「弐号機までは、データでなんとか間に合わせたんですが…流石に参号機を調整する時間がこれ以上取れなくて…そこで、強硬手段として、参号機には動物自体の本能を刷り込ませようとして……」

「まさか……本物を…?」

半信半疑で尋ねるが……カムイは無言で頷き返す。

冗談とは思えないその神妙な表情に…何をやろうとしていたかは知らないが……レイナは、溜め息をついた。そして、二人が目的のエリアまで辿り着くと、既に武装した警備員達が集結し、カムイの到着を待っていた。

「状況は?」

「ここより2ブロック向こうの部屋に……」

「麻酔弾は?」

「既に用意が完了しています」

素早く返ってくる返答に、カムイは頷くと、麻酔銃を構えた警備員を先頭に、隔壁の解除を命じる。

研究員が、固唾を呑みながら、隔壁の解除操作を行い、隔壁がせり上がり、やがて……部屋の片隅に、獰猛な唸り声を上げている獅子を視界に入れた。

獅子はこちらを威嚇するように唸り、警備員達が一斉に銃を構える。

「よしっ…う」

「待って」

指示を出そうとしたカムイを遮るようにレイナが手を出す。

「……撃つ必要はないわ」

小さく呟くと、レイナは警備員達をすり抜け、獅子に向かって歩み寄っていく。

「レ、レイナさん! 危険です! 早く下がって!」

カムイの焦り声も聞こえていないのか…いや、無視しているのだろう…悠然とした足取りで、臆することもなく獅子に歩み寄っていく。

レイナは、ここまでの人生で、何度も死線の修羅場を潜ってきた……今更、何であろうと恐れるものなどさしてない。

今にも飛びかからんとする獅子の眼前に立ち、レイナは獅子の瞳をジッと凝視する。

その真紅に輝く眼光に、何かを感じたのか…獰猛だった獅子は、その感情を沈めていく。

レイナはフッと軽く笑みを浮かべ、手を差し出す…すると、獅子はまるで甘えるような仕草でレイナの手に顔を頬擦りさせる。

「どうしたの…何故、そんなに気を立てているの?」

あやすように、優しい口調で語り掛け、獅子は猫のような声で応える。

「そう…不安だったのね。こんな所へ連れてこられて……」

頭を撫で、怒りを静めるように囁く。

「………」

その様子に、カムイを含めた一同は唖然となり…レイナは首だけを振り返らせ、言った。

「ボケッとしてないで、早いとここの子をここから出す用意をしてくれる」

その言葉に覚醒したカムイは、慌てて指示を出した。



一時間後、麻酔を打たれた獅子は、穏やかな寝顔を浮かべたまま、コンテナに運ばれ、近くの島に放されることが決まった。

「レイナさん……大丈夫でしたか?」

怪我などしようはずがない… 軽く肩を竦めると、やや睨むように視線を鋭くする。

「何をしようとしていたかは知らないけど……あまり無茶なことは控えるべきよ」

咎められ、カムイは視線を逸らす。

「まあいいわ…あの子も無事に放して、怪我人もなかったことだし」

踵を返し、流石に疲れたのか、午後からの作業に備えて休もうとその場を後にしようとする。

「何故あの時…無防備に近づいたんですか?」

案内をしながら隣を歩くカムイは、不意に尋ねた。

「……あの子に殺気は感じなかった…敵意のないものに牙は向けない……獣は素直ね」

皮肉るよな口調で返し、レイナは不適な笑みを浮かべた。



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