オーブ国防総省の執務室内で、ウズミは一人…沈痛な面持ちで眼前の資料を見詰めていた。

「キラ=ヤマト……名を聞いた時はもしやと思ったが……」

資料には、キラの顔写真が添付され、それだけでなく、両親の写真も添付されていた。

(まさか、この子が……)

ウズミは、逃れられぬ運命のようなものを感じ、またもや大きく息をついた。

その時、ノックが響き、返事を待たずして扉が開かれた。

「…失礼します」

入室してきたのは、フィリアであった。

「……彼女はどうだ?」

「やはり……記憶を失っているようです…私や、カムイ君の顔を見ても、さして驚いた様子は見せませんでした」

沈痛な…それでいて、どこか安堵が混ざったような表情を浮かべる。

「そうか……だが、まさか彼女があの二人と出逢ってしまうとは………」

「……やはり、彼らは切れぬ繋がりがあるのですね」

互いに視線を逸らし、部屋には沈黙が漂う。

ウズミは、徐に懐から写真を取り出す。

それは…女性が、二人の小さな双子の女の子と映った写真……ムウがあの集落で見つけたものと同じ写真であった。

「やはり……よく似ている…」

写真に映る女性と、手元に寄せられたレイナのデータの顔写真を見比べ、小さく呟いた。

「……ヴィアが遺し…そしてセシルの名を継ぐ………あの子は、逃れられない辛い運命に縛られ続けています……」

辛い口調で語るフィリアに、ウズミも重々しく頷いた。

「……そうか。あの男が唯一心残りとしていた事だ…彼女がヘリオポリスにいたという事実には、流石に驚いたが…」

「ですが、彼女はよりにもよって地球軍に…」

「今更言っても仕方があるまい…一応、彼女を我がオーブにて引き取りたいという旨は伝えておいた…本人はまだ知らぬと思うが……」

その言葉に、フィリアは歪めていた表情を微かに和らげる。

「……私の方から、尋ねてみます。ヤマト夫妻の件は、お願いします」

深々と頭を下げるフィリアに、ウズミは穏やかな表情で頷いた。





秘密ドックに収容されたアークエンジェルと同じく、モルゲンレーテに移送されたストライクとルシファーも、急ピッチで点検修理が行われていた。

何十人ものメカニックが、普段は行えない各消耗パーツの交換や、駆動炉のチェックなどを行うため、装甲パーツを外し、同時進行で進めている。

その中で、キラはコックピットでOSや計器類のチェックを行いながら、各ブロックの消耗度を調査していた。

「うわっ、速いなか、お前… キーボード……」

上から、遠慮の欠片もない声が掛かり、キラは思わず手を止めて顔を上げる。

「あ、なんだキラか。誰が乗ってんのかと思った」

「ああ」

キラは、何時もの軍服ではなく、モルゲンレーテの作業服に身を包み、裾を掴んだ。

「工場の中、軍服でうろついちゃ、まずいって」

「成る程ね」

キラは、カガリを見上げながら思う…彼女はこのモルゲンレーテの施設内を、まさに勝手知ったるといった顔で歩き回っている…あまりにもその身分とは違う行動に、キラは思わず噴出しそうになる。

「何だよ、急に笑ったりして」

「いや、君も変なお姫様だね。こんなとこばっかりにいて」

カガリはムッとして口を尖らせた。

「悪かったな。姫とか言うなよ、思ってもいないくせに。そう呼ばれるの本当に嫌いなんだ」

「……けど、やっと解かったよ。あの時、カガリがモルゲンレーテにいたわけ」

キラがその話題を出すと、カガリは表情を硬くした。

「まあな…モルゲンレーテが、ヘリオポリスで地球連合軍のMS開発に手を貸してるって噂聞いて…父に聞いても、まるで相手にもしないし、誰に訊いても教えてくれないから頭に来て、自分で確かめに行ったんだ……」

「それで…カトウ教授のラボに……」

頷きながら、キラはカガリの行動の早さに感心する…疑惑を持っただけで、すぐさま現地へ向かう辺り、ヘリオポリスが戦火に巻き込まれるのを防ぐために自身で行動を起こしたのだろう。

はねっかえりだが、流石は首長家の人間と言うべきか…自分は、あの時まで戦争なんて別世界のこととしか考えていなかったのに……

「でも…知らなかったことなんだろ? お父さん…というか、アスハ代表は……」

「公式にはな…父上自身は否定も肯定もしなかったが……」

カガリは僅かに憤怒を感じさせる低い口調で呟く。

「ただ、全ての責任は自分にある。それだけだと……」

どちらとも取れる言葉だが、潔く辞任しただけでも立派な人柄だとキラは思う。

「……父を、信じていたのに………」

辛そうに語るカガリに、キラは父親を嫌っているわけではない…むしろ、尊敬しているからこそ、今回の事件が許せないのであろう。

沈黙が続くと、外で作業を行っているメカニック達の会話が聞こえてきた。

「電磁流体ソケットの磨耗が酷いな……」

「二機とも、駆動系はどこもかしこも同じですよ」

「こっちはスラスターの稼働率が限界ギリギリまで引き上げられている…これじゃあ、遠からずスラスターの方がダメになりそうですよ」

「限界ギリギリで、二機とも機体が悲鳴を上げているようだぜ……」

メカニックが去った後、カガリは肩を竦めて呟いた。

「……だってさ」

キラは無言でキーボードをしまい、ハッチからカガリのいる正面のキャットウォークに登り、横たわるストライクやルシファーを見詰める。

本来は、二機ともナチュラルが操縦するために製造された機体だ…それを、キラやレイナという優秀なパイロットが乗り手となり、その機体性能の潜在能力ギリギリまで引き出してきたが、それももう限界に近い…いくらOSを対応させても、もうハードの方が耐え切れなくなってきているのだ…機体にも、各所に細かな傷が残されている。

ビームを掠られたことも数え切れない…加えて、機体パーツを斬り落とされたこともある。

「……それでも、護りたいと思っても、何もできなかったことがたくさんある…僕は、レイナみたいに強くはなれない」

どこか、悔しげに呟き、キラは歩き出す。



一休みしようと、休憩所を訪れたキラとカガリは、先客がいることに気付いた。

「あ、あんた達も休憩?」

モルゲンレーテ内だというのに、何時も黒ずくめの服を着込んだレイナが、手に持ったコーヒーカップを持ち上げながら、声を掛けた。

「うん……レイナの方も?」

「私はまだこれから、MSの稼動テスト……」

ぼやくように呟き、コーヒーを啜る。

「キラさん、どうでしたか… ストライクやルシファーは……?」

レイナの隣に座っていたカムイが声を掛ける。

「あ、うん…メカニックの人達が、結構苦労してたけど…」

「大丈夫ですよ…必ず、完璧に修理しますから」

笑顔を浮かべて言うカムイに、キラは俯いたまま、販売機に移動する。

その後を、カガリがまだ話足りないのか、ついてくる。

販売機からコーヒーを取り出すと、カガリに手渡し、自分もまたコーヒーを選択する。

一口飲むと、先程の話の続きを再開する。

「それで…レジスタンスに入っちゃったの? 頭きて飛び出して?」

レイナやカムイも、会話を聞き入りながら、視線を向ける。

「父に、お前は世界を知らないと言われた。だから見に行ったのさ」

あっさりと言ったカガリに、耳を傾けていたレイナは心底呆れ果て、カムイは苦笑いを浮かべ、キラは感心していた。

「…聞いていい? 何で砂漠なの?」

父親と喧嘩して…それで国を飛び出して……なんでまたその先が砂漠でMSと戦うような選択になるのだろう…全然、そういった風に見えないが…一応、首長の令嬢だろうに……

「……私の護衛役兼教育係だったキサカが、タッシルの出身だったんだ…それで、そのツテを使って、砂漠に行ったのさ」

コーヒーを啜り、言葉に熱がこもる。

「砂漠では皆、必死に戦っていた……あんな砂ばかりで、決して住むのにも楽じゃない土地でも……それでも、その土地を護るために必死で……」

脳裏に、砂漠での明けの砂漠達との戦い……そして、散っていった命……決して安易な選択を選ばず、自ら戦いに身を投じるカガリの姿に、キラは共感し、カムイも感心を抱くが、レイナは無機質に聞いていた。

「なのにオーブは……」

不意にカガリは表情を曇らせ、休憩所の正面から見えるガラスの前に移動し、そこから見えるストライクやルシファー、そして並ぶM1を見下ろすように見詰める。

「これだけの力を持ち、あんな事までしたくせに、未だに地球軍にもプラントにも、どっちにもいい顔をしようとする……ずるくないか、それって!?」

まるで、こちらを咎めるように挑むように叫ぶ。

「いいのかよ、それで! こんな中途半端で!?」

あまりに真っ直ぐ過ぎるカガリの言葉に、どう答えていいか解からず、キラやカムイは口を噤む。カガリの言っていることは正論だが…それも所詮は彼女の独善でしかない。レイナからしてみれば、現実を知らない小娘の青臭い理想論にしか聞こえない。

「……貴方、砂漠で何を見たの? 何を感じたの?」

唐突にレイナが立ち上がり、カガリへと歩み寄り、問い掛ける。

「…MSに…ザフトに苦しめられている哀れな砂漠の人達……ただそれだけ?」

「何が言いたいんだよ!?」

「…わざわざ砂漠まで行って見てきたのは、ザフトが悪ということだけ? 貴方が考えてた通りの…MSという圧倒的な力に虐げられるナチュラル…悪いのはザフト……貴方が砂漠で感じたのはそれだけなの?」

カガリは、ウッと言葉を詰まらせる。

砂漠で最初に感じたのは、自分が今まで考えていた通りの現状だった…だから、その思い込みのままに戦った…砂漠の皆は、気のいい奴ばかりで……だから、支配するザフトが許せなかった……

「……彼らが自由を取り戻すために戦うというなら、それはザフトも同じよ。地球から追い出されたコーディネイター達を縛り、挙句の果てには核を撃つ地球軍…だからプラントは自由を求めて戦争に至った……どう違うの?」

……答えられない。

同じだ…明けの砂漠も、ザフトも……共に自分達の自由のために戦っているのだ…どっちが悪いなんて言えない…カガリは、今まで自分の考えていたことが、いかに浅はかであったかを突きつけられたような気がした。

「……カガリ…貴方は戦いたいの、そんなに?」

冷静な口調で問い掛けられ、カガリは大きく動悸する鼓動を抑え、言葉を出した。

「せ、戦争を終わらせたいだけだっ、私は!?」

必死に叫んだ言葉も、レイナからしてみればただの虚勢にしか聞こえない。

「……じゃあ、戦争を終わらせるために、オーブが地球軍につけばいいと思ってるの、貴方は?」

答えられないカガリに対し、レイナはさらに畳み掛ける。

「…なに、それともプラントにつけばいいの? どっちなのよ?」

重ねるように問い掛けられるが、頷くことも否定することもできずに、カガリは唸り声を上げるだけだ。

「どっちつかず…それが嫌だから、オーブが介入すればいいと思ってるんでしょ、貴方は。じゃあ、どっちにつけばいいの…どっちにつけば、この戦争は終わるの? なに…それともまさか、両方を相手にする気?」

ずっと無言のままのカガリに、レイナは溜め息をついた。

いくらオーブが高い技術力を誇るとはいえ、所詮は地球の一国家…大国である地球軍やザフトを……しかも、その両方を相手にして戦うなど、無理無茶無謀どころの話ではない…

「前にも言ったはずよ…戦争は、単純なゲームじゃない……どっちが正しくて、どっちが間違ってるかなんて、誰にも解からない…だけど、地球軍もプラントも、それぞれの正義と信念をかけて、互いに種の存亡をかけて戦っているのよ…貴方は、そんな血生臭い世界に、このオーブを巻き込みたいの?」

口調が責めるようなキツイものに変わり、カガリは息を呑む。

キラやカムイも、その雰囲気に圧倒され、言葉が出せないでいた。

「貴方の父…ウズミ=ナラ=アスハが中立を維持し続けようとしているのは何のため? この国で平和に暮らしている人達を護りたいからでしょ? この国に生きる人達は、平和に暮らしたいと願っている…貴方は、それが許せないの? 平和を貪る、この国が…貴方個人の正義のために…この国の人達に犠牲になれと言いたいの?」

戦争で、一番ツケを回されるのは国でも軍でもない…力を持たない、民間人達だ……

「ち、違う…私は、そんなつもりじゃ………」

否定しようとする…だが、自分が今さっきまで叫んでいたのは、まさにそれだ。

どうしても、言葉が濁り、口の中で彷徨ってしまう。

「…いい? 人はね、決して平等じゃないのよ……誰かが幸せになれば、当然誰かが不幸になる……私も…そして貴方も今、ここに生きているのは、そういった犠牲の上のことよ」

レイナは、生きるために相手を殺し…カガリもまた、砂漠で仲間を失い、生き延びた……

……それが世界だ…皆が幸せになる……あまりに夢物語過ぎて、笑ってしまう。

「M1アストレイ……確かに、いい機体よ。純粋に性能だけで言えば、ジンやシグーを上回るだけのスペックはある………でもね、どんなに機体が良くても、半端な覚悟で外の争いに介入したって、無駄な犠牲を出すだけよ」

淡々とした口調で、ガラスの向こうに映るM1を見詰めながら呟く。

「……そういった犠牲を出したくないから、アスハ代表は責められても、裏で汚い取引をやってでも、この国を護ろうとしている……戦争をやるよりは、マシな方法ね」

コーヒーを啜り終わると、レイナは持っていたカップを、力を込めてグシャッと握り潰した。三人は眼を見開き、息を呑む。

(そう……戦う道しかない私には、到底無縁の道よね………)

内心で自身を嘲笑うと、カガリに向き直る。

「カガリ…貴方が戦って、戦争が終わるというなら、いくらでも戦って……いえ、むしろ戦ってもらいたいわね…それで戦争が終わるのならね……貴方が戦いたいと言うなら、止めはしないわ…それで死んでも、それは貴方自身の責任だからね……でもね、自分の価値観を他人にまで押し付けるのはやめて。この国に生きる人達を、巻き込まないで」

握り潰したカップを屑籠に放り投げた。

「貴方一人がいきがって戦っても……戦争が終わるわけじゃない」

最後に冷たく言い放つと、レイナはその場をゆっくり去っていった。

「あ……僕も、失礼します」

頭を下げ、カムイも慌てて後を追った。

残されたカガリは、悔しげに拳を握り締め、ワナワナと震えさせ、キラもまた、何かを考え込むように思考を巡らせていた。





「少し……キツイ言い方だったんじゃないですか? カガリ様も、この戦争を憂いているからこそ、ああいう態度を取られているんです」

カムイの擁護にも、レイナは鼻を鳴らすだけだ。

「……フン。考えはご立派よ…でもね、所詮は世間知らずのお嬢様の考えよ……戦争のホントの醜さを知らない、ね…これで潰れるようなら、所詮はその程度ってことよ」

冷たく辛辣な言葉を呟く…… だが、カガリを嗜めるためにあの場はああ言ったが、レイナは元々ウズミの政策を支持してはいない……中立という考えは立派だが、戦時中でそれが通用するとは思っていない……恐らく、戦火に巻き込まれようとも中立を貫くだろう…だがそれはウズミだけの意志だ…国民全てがそれに従うとも思えない。

信念だけに旬じず、国を護るために手段を尽くすのが、指導者に必要なものだとレイナは考えている……やがて思考を中断し、レイナとカムイは一つの部屋へと入った。

そこは、広大な室内演習場で、壁際に一体のM1が佇んでいる。

「お、来たな!」

M1のコックピットから、作業をしていたロウが顔を出し、近づいてくるレイナとカムイに声を掛ける。

「どうですか?」

「ええ…頼まれていたOSのコピーは、この機体にインストールしておきました」

足元で、端末作業を行っていたリーアムが答えると、ロウがラダーを使って降りてきた。

「しっかし、やっぱ新型はいいよな…発泡金属もレッドフレームより良くなってるし」

装甲を叩きながら、笑みを浮かべる。

「レイナさん、じゃあ準備はできましたんで……それと、ホントにパイロットスーツを着なくていいんですか?」

これからテストパイロットを務めるレイナは、必要ないと言わんばかりに手を振る。

「……別にいらないわよ。それに…あんなパイロットスーツ、私の性に合わない」

愚痴るように呟くと、ラダーを使い、コックピットへと昇っていく。

余談ながら…レイナは、用意されたオーブ軍用の赤いパイロットスーツが、気に入らなく、結局パイロットスーツなしで稼動テストを行うことに決めた。

「じゃあ、僕らは管制室へ」

カムイの促しに、ロウ達は頷き、演習場を見渡せる管制ブースへと移動した。



M1のコックピットに乗り込んだレイナは、ルシファーと寸分違わぬコックピット周りに、何もここまで同じに再現しなくてもいいだろうに、と悪態をついた。

《レイナさん、どうですか?》

そこへ、管制ブースからカムイの声が通信を通して聞こえてきた。

「操作系統はほとんど変わらない…問題ないわ」

機器を操作し、システムを立ち上げていく……それに連動して、M1の瞳に光が灯る。

《OSに、ルシファーのコピーを載せてあります…では、いいですね?》

「……了解」

《テスト項目…パターンAの3から……》

最初に指示されたのは、基本動作のテストだ。

レイナは操縦桿を握り、ペダルを踏み込んだ。

M1は鋭い動きで、演習場内を駆け、そして…踏み込んだと同時にスラスターを噴かし、跳躍する。ジャンプすると同時に、拳を突き出し、さらには空中で態勢を変え、蹴りを出す。次の瞬間、素早く着地すると、今度はブースターを駆使し、横向きに疾走する。

どの動きを取っても、先に行われたデモンストレーションのM1とは比べ物にならない機動性と運動性を示している。

《次は、パターンDの6を》

カムイの指示に従い、次に装備の火器運用テストに移行する。

バックパックのスラスターに装備されているビームサーベルを抜き、ビームの刃が展開する。

刹那、仮想のジンの映像が映し出され、レイナはM1を操り、ビームサーベルで両断する。

映像がぶれるように消え、続けて表示されるのは、無数に浮かぶ的…素早く腰部に装着されたビームライフルを取り、目標に向かってトリガーを引くと、仮想のビームが放たれ、的を打ち砕いていく。

的が撃ち抜かれると同時に、レイナは次の目標を探して周囲の気配を探る…横からジンが飛び出してきた瞬間、ビームサーベルを薙ごうとしたが、M1の反応が遅れる。

(っ…M1にルシファーのOSじゃ、反応が鈍すぎる!)

舌打ちし、内心で毒づくと、なんとか返した手首で、ジンの映像を斬り裂いた。





M1の稼動データは、順調に取れていた。

「凄ぉい…」

「私達が乗った時と、全然違うね」

「悔しいけどね……」

このテストを見学に来ていたアサギ、マユラ、ジュリの三人は、眼前で繰り広げられているM1の動きに、眼を見開いていた。とても、自分達と同じ機体を操っているとは思えないその俊敏な動きに……

「あの子、凄いね」

「劾にも劣りませんね……」

同じく、見学していた樹里が素直に驚きの声を上げ、風花は自分達のリーダーとの実力を推し量っていた。

「どうやら、彼女のMS操縦技術は、私達の予想を遥かに超えていますね……」

リーアムが評価しつつ、ロウに話し掛けるが、ロウは顎に手をやりながら唸り声を上げていた。

「ロウ…? どうかしたのですか?」

「いやな……レイナの操縦は確かにすげーけどよ、肝心の機体の方に無理が掛かってるぜ」

視線を、演習場のM1…その駆動系統に向ける。

ジャンク屋として、数多くの機械の修理を手掛けてきたロウだからこそ、機械の微かな異常にも気付けたのだ。

「流石ですね、ロウさん…… 仰る通り、彼女の反応速度に、M1の機体そのものがついていけていなんです」

端末を操作しながら、カムイはM1の各駆動部分のデータを表示する。

駆動系統の至るところから、限界値を超える反応が表示されている…単純にOSが適合していないのではない……そもそも、彼女の能力をカバーできる性能ではないのだ。

カムイは考え込みながら、ルシファーの機体状況におけるレポートに眼を通す。

扱いが困難とされていたルシファーも、徐々にだが彼女の反応速度や動体視力についていけなくなっている…今はまだいいが、近い将来……彼女がルシファーの限界を超えた瞬間、機体がバラバラになってもおかしくない………新たな力が必要なのだ、彼女には。

それも、彼女の成長速度に対応できる程のものが………

カムイは、やや表情を俯かせて、演習場のM1を見やるのであった。



同じく、そのテストを演習場の監視カメラから見詰める眼………

薄暗い一室で、眼前のM1の稼動テストを目視している二人の男女……

「成る程……確かに、動きはいいな」

長身に長髪の男が呟くと、隣に立っていた女性…フィリアは頷き返す。

「そう言えば聞いたが……ウズミは、彼女をオーブに引き込みたいと言ったそうだな」

「……はい」

静かに頷き返すと、男は今一度モニターのM1を見やる。

「………ウズミの眼力、どれ程のものか、試してみるか?」

その言葉に、フィリアはハッとして眼を見開いた。

「まさか……彼女と戦われる気ですか?」

「……我がオーブの剣に相応しいかどうかを確かめるだけだ」

「しかし、P01はまだ……」

言い募るフィリアに、男は手を上げて落ち着かせる。

「P01は使わん…お前達が造ったM1を、コーディネイターの私が使わせてもらうだけだ……」

男は静かに呟くと、身を翻す。

「……ロンド様」

フィリアは、出て行った男の名を呟く。

ロンド=ギナ=サハク…… オーブ五大首長家の一つ、サハク家の後継者。それが、男の名であった。





テストを続けるM1の前で、突然演習場のゲートが開き、一体のM1が入ってきた。

怪訝そうな表情を浮かべるレイナ。

同じく、管制ブースでも、スケジュールにない事態に、一同は首を傾げていた。

「おい、何だ、あいつは?」

「解かりません……」

カムイが首を振ると、そこへフィリアが入室してきた。

「あ、フィリアさん……」

「カムイ君、少し…テスト項目を変更させてもらうわね」

言うや否や、フィリアは通信機を持ち上げ、レイナのM1へと通信を入れた。



首を傾げていたレイナは、コックピットに呼び出し音が響き、回線を繋げる。

《聞こえる、レイナ…》

「ちょっと…これってどういうこと? 事前のスケジュールで聞いてないんだけど……」

《少し、テストを変更させてもらいたいの……今から、M1の戦闘データを収集したいの……それで、貴方達に戦ってもらいたいの》

レイナは微かに眉を顰め、出てきたM1を見やる。

「……大丈夫なの?」

少なくとも、眼前のM1が、前に見た程度の動きしかできないのであれば、テストも何もあったものではない……そんなレイナの意図を理解したフィリアは、答える。

《ええ……気にしなくていいわ》

「……了解」

まだ、納得はし切れていないが、レイナは操縦桿を操り、M1を眼前の同型機へと向けた。

相手のM1は、片方にシールドを装備してある以外は、さして自分の乗っているM1と違いはない。

《あくまで室内での戦闘データの収集だから、火器の使用は禁止。使用兵装はビームサーベルのみ……それじゃ、始めて!》

フィリアの注意と号令が響き、レイナは操縦桿を握り締め、もう一機のM1のパイロットであるロンドはほくそ笑んだ。

「……踊れ」

呟くやいなや、ロンドのM1が加速し、迫ってくる。

流石に驚いたのか、レイナはペダルを踏み込み、M1を飛び上がらせ、攻撃をかわす。

着地と同時に、真横にいた相手に向かって蹴りを放つが、相手はシールドで受け止める。

その機敏な動きに、レイナはますますある確信を強めた。

(このパイロット……コーディネイターね)

少なくとも、ナチュラルの操縦で、ここまで機敏に反応できるとは思えない。まあ、中立国なのだから、コーディネイターがいてもおかしくはないが……

退屈だった稼動テストよりは、少なくともやる気が出てきたのか、レイナは蹴りを受け止められたと同時に、バーニアを噴かし、機体を跳躍させると同時にもう片方の脚を上方から叩き落した。

だが、その攻撃を読んでいたのか、相手は後方へと下がる。

着地と同時に駆け出し、拳を突き出す。

相手は横へとかわすが、それも既に予測済みだ……片足を振り上げ、振り子のように相手へと叩きつけた。

ジャンプスピードと蹴りの威力が加わり、相手のM1は吹き飛ばされた。





「すっごー!」

「あのロンド様とここまでやり合えるなんて……」

アサギやマユラはキャーキャーと叫んでいる。

その横で、ロウがジュリに話し掛けた。

「なぁ…あの向こうのM1に乗ってる奴って誰だ?」

「ああ、ロンド様よ… ASTRAYプロジェクトの責任者なんだけど……詳しいことは、よく知らないんだ……」

言葉を濁すジュリの横で、その声に聞き耳を立てていたカムイが、小さな声でフィリアに話し掛けた。

「どういうつもりなんですか……?」

「……ロンド様が、彼女の実力を試したがっているのよ…このオーブの剣に相応しいか、どうかを……」

こういう言い方があまり好きではないのか、フィリアは言葉を濁す。

そんな会話に気付かず、ロウは演習場で戦う2機のM1を見やる。

だが、何かに気付いたように眉を顰め、歯噛みした。

「…マズイ、な。あいつの機体…そろそろ駆動系統がヤバイぞ」





コックピット内で、レイナも内心、焦っていた。

相手のM1は、かなりMS戦に慣れている……加えて、こちらの機体の状態もマズイ。

度重なるレイナの操縦で、M1の機体が反応速度についていけず、各駆動部分が悲鳴を上げかけている。

これはテストなのだから、機体が悪くなればテストを中止させるように言えばいいだけかもしれないが…レイナは、相手のコックピットから感じる、こちらを挑発するような敵意を感じていた……まるで、こちらを誘っているような………

どちらにしろ、向こうはただのテストで終わらせる気はなさそうだ…ならば、これ以上付き合うわけにはいかない…長引けば、こちらが不利だ。

レイナは、M1を加速させ、突撃し、拳を突き出す。

「…確かに腕はいいようだが、所詮は小娘か」

相手のワンパターンの攻撃に、ロンドは呆れ、突き出された拳を、機体を屈ませてかわし、右腕で絡み取る。

「これで……終わりだ」

そして、そのままM1を壁へと向かって投げ飛ばす。

だが、投げ飛ばされたコックピット内で、レイナはフッと笑みを浮かべる…こうなることは予想済みだった…いや、わざ(・・)と(・)こうさせる(・・・・)ため(・・)に(・)わざわざあんな単調な攻撃を繰り出したのだ。

操縦桿とレバーを引き、態勢を立て戻す…刹那、M1は態勢を変え、壁際に足をつけ、そのまま勢いよく反射させた。

「……何だとっ!?」

流石に予想外の動きだったのか、ロンドの反応が遅れた。

レイナは肩のビームサーベルを抜き、相手に向かって斬りつけた。

ビームの刃がシールドを斬り裂く。

「ぐっ……おのれっ!」

自尊心を傷つけられたのか、怒りに我を忘れたロンドは、同じくビームサーベルを抜き、斬りつける…刃の向かう先は……胸部コックピット…だが、レイナは持ち前の反射神経で機体の重心をずらす。刃は僅かに胸部を斬り裂いたが、コックピットまでは届いていない。

レイナは重心をずらすと同時にもう片方の手でビームサーベルを抜き、手首を返して斬り上げた。

ビームの刃が、相手のM1の右腕を斬り飛ばし、突き出された刃が頭部を貫いた。

一瞬の刻を置き……刃が消え、頭部が爆発した。

M1はヨロヨロと後退していく……

「……私の勝ちね」

短くそう告げると、それが相手の癪に障ったのか、相手は言葉も交わそうとはせず、そのまま踵を返し、ゲートの向こう側へと消えていった……

その後姿を見送ると、レイナは軽く息を吐き出し、シートに凭れた。

もう少し、勝負が長引いていたら…恐らくこっちの負けだったかもしれない。

今の攻撃で、両腕の駆動系統が完全に麻痺し、もう使いものにならなくなっていた。

(あのパイロット……)

あの時…相手は間違いなくこちらを殺す気で斬りつけてきた。

まったく、オーブの裏は楽しませてくれる…と、レイナは苦笑を浮かべた。





「な、何が起こったの…?」

「わ、わかんないわよ…私にも何がなんだか……」

「いったい、何がどうなったの…?」

ブース内で、アサギ達は今の一部始終に口をポカンと開けていた。

「……相手に斬りつけられたと同時に機体をずらし、すぐさま左手は逆手で振り上げて、右腕を…もう片方は態勢が崩れた瞬間を狙って頭部を突き刺した……」

コンソールを操作し、先程の一部始終をスローで再生する。

驚いたことに、あの一瞬でレイナはそこまでの反応を示し、またいくつもの動作を行ってみせたのだ。

「……あのままやってたら、勝敗は解らなかったけどな」

顎に手をやりながら、ロウはレイナのM1を見やる……ここから見る限り、両腕の駆動回路はほとんど麻痺しているだろうし、機体の電子系統にも異常が出ているかもしれない。

これでは、この機体を修理するのに時間が掛かるだろうな、と…ロウは思った。

多少のアクシデントはあったものの、M1の稼動テストは概ね、良好な結果を出してくれ、そのまま終了となった。







その頃…フレイは一人、アークエンジェルに残り、雑用を行っていた。

ミリアリア達と違い、工学の知識を持たないフレイには、当然ながらそういった機械関係の仕事はできず、必然的に周囲の雑用を任されていた。

リネン類を洗面所の棚にそれぞれ仕舞いながらも、憂鬱な顔で作業を続けた。

フレイは不満であった……元々、お嬢様育ちの彼女は、碌に家事を経験したこともない。

そういうのは、大抵家にいた誰かがやってくれた…こんなメイドのような仕事をするために軍に入隊したわけではないが、そもそもの入隊動機がキラを戦場に縛ることであったので、軍というものに確固たる希望があったわけでもない。

作業を終えると、彼女は人気がほとんど感じられない艦内を歩く…クルーの大半は休息を取るか、修理作業などに加わっている。

サイ達は、親と面会を許され、軍施設へと行ってしまった…嬉しそうにはしゃぐ彼らに、いっそ怒鳴りつけたい気分であった……恐らく、キラやレイナも同じであろう。

そして、さらに彼女を苛立たせているのは、カガリの存在である。

先程見た、カガリのドレス姿……ああいう姿は、あんながさつな女ではなく、自分にこそ相応しいものなのだ……外務事務次官の娘である自分にこそ…だが、その肩書きももはや何の意味も成さない。

母はフレイが幼い頃に死に、そして父は先の戦闘の時に死んでしまった…その瞬間から、フレイは一人ぼっちになってしまった…だからこそ、自分の世界を壊したコーディネイターに復讐をしたいがために軍に志願した。だが、今のフレイには何故自分がこんなところにいるのかさえ、認識できずにいた。

憂鬱な表情のまま、部屋に入ると、何時もの優しい声がかけられた。

「……お帰り」

その声に驚き、振り向くと、そこには作業服のままのキラがコンピュータ画面に向き合っていた。

「…キラ……どうして………?」

呆然と問う…キラにも両親が会いにきているはずなのに……どうして、ここにいるのだろう……だが、フレイの視線に構うことなく、キラは視線を眼前のモニターに戻し、作業を再開する。

「あ、ゴメン。すぐ終わるから待っててくれる? それとも、先に食堂行く?」

何時もと変わらないキラの口調に、最初はただ戸惑い、呆然としていたフレイだったが、徐々に眉を寄せてキラに厳しい視線を向ける。

「……何で、行かないの?」

硬い口調と、厳しい視線を向ける。

「え?」
「キラも、家族来てるんでしょ? 何で会いに行かないのよ」

腹立たしげに問い詰めてくるフレイに、キラはやや視線を落とし、沈んだ表情を浮かべるが、やがてウンザリした表情を浮かべる。

「これ、思ったよりかかりそうでさ…やらないと、アークエンジェルの出港までに……」

キラの言葉を、フレイはデスクを強く叩く事によって遮った。

「ウソ! そんなの嘘よ!」

……キラは、自分のために残ったのだ。

フレイは怒りに表情を歪めながらも、その厳しくて悲しい視線をキラに向けた。

「何よ! 同情してんの!? あんたが!? 私に!?」

「フレイ……?」

彼女の反応に驚き、表情を辛そうに歪める…それが、逆にフレイの怒りを煽る。

「私には誰も会いに来ないから…だから可哀想って……そういうこと!?」

「フレイ、そんな……」

気遣うように視線を向けるが、それすらフレイの神経を逆撫で、彼女はますます怒りを募らせていく。

「冗談じゃないわ! やめてよね、そんなの! なんで……なんで私が、アンタなんかに同情されなきゃなんないのよっ!」

両親がいない…惨めで哀れな自分……だが、そもそも自分をこんな目に合わせたのは誰だ……理不尽としか言いようがない怒りに、キラは辛そうな表情のまま、フレイを見るが、彼女はますますイライラを募らせ、喚き散らした。

「辛いのはアンタの方でしょ!? 可哀想なのはアンタの方でしょ!?」

キラが眼を見開くが、フレイの罵倒は止まらない。

憎いはずなのに…その眼に涙を浮かべながら………

自分が、可哀想なキラに同情されている…いつも、辛そうに泣いていたキラを自分の身体で抱き締め、慰めていた自分が……それはフレイの心に響いていた。

「可哀想なキラ! 一人ぼっちのキラ! 戦って辛くて、護れなくて辛くて、すぐ泣いて! そうじゃない!」

なじりながらも、フレイの声には悲痛な叫びが混じり、キラの胸に縋りながら、腕を叩きつける。

そうだ…いつも、泣いてばかり………



ザフトにいるっていう友達と戦いなくて泣いているキラ……

パパを死なせてしまい、激しくなじった……

シャトルを護ろうとして、結局自分自身じゃ護れなくて泣いて……

女の子がくれた花を利用して抱かせて……

ナチュラルだけの連合軍で、孤独なキラ……

サイ達とも孤立させて……

キラを利用するのに邪魔なレイナやカガリを遠ざけて……



キラが…惹かれているレイナを……殺そうとしたのに………

彼女を、ナイフで突き刺して傷付けたのに……

なのに、どうしてキラは自分に優しくするの……

こみ上げてくる苛立ちをぶつけるしか、フレイにはしようがなかった。

「なのに……なのに、なんで私がアンタに同情されなきゃなんないのよ!!」

「フレイ…もう、やめて………」

震えるように搾り出されたキラの言葉が、フレイを更に追い詰める。

どうしてこんなことになってしまったのだろう……キラに戦わせて…コーディネイター同士を殺し合わせて…親友が乗っているっていうMSを墜とさせて…そして、あの女も殺して…最期にキラを手酷く傷付ける………それだけが、フレイの望であったはずなのに……

「間違った…間違ったよね、僕達………」

震える手でフレイの身体を引き離す。

互いに可哀想な二人……互いにぬくもりを求め合うだけの関係……

護ることすらできなくて、それでも大切な友を傷付けるしかできないキラ……

父親を失い一人ぼっちになってしまったフレイ……

互いにぬくもりを…縋るものを求め、傷を舐め合うだけの関係……

こんな関係が、許されるはずもない……最初から間違っていたのだ………

「なによ……」

キラの身体から引き離されたフレイが、行き場のない感情をぶつけるように叫んだ。

「なによ、そんなの!!」

涙を振り払い、キラを一瞬睨むと、そのまま突き飛ばし、部屋を飛び出していった……

残されたキラは、追いかけることもできず、頭を強く押さえ、歯を食い縛りながら、佇む。

どうして、こんなことになってしまったのだろう……何処で、間違ってしまったのだろう

両親に逢わなかったのは、確かにフレイへの負い目もあるが、本音は別のところにあった…だが、それをフレイに話す気にはならなかった。

たとえ、嫌われていても…互いにいたわり合っているうちに、何時かは本当に解かりあえるかもしれない……キラは、儚い夢を抱いていたが、それは言い訳だったのかもしれない。

サイを傷付けてでも、フレイと一緒にいることを選択したのに、フレイは自分を完全に拒絶した……いくら、彼女を愛していようとも、もう関係を続けていくことなどできない。

……いや、違う…自分は、最初からフレイを愛していたわけではないのだ。

たまたま、縋る相手を探していた時に、フレイが受け入れてくれたからだ…温もりを与えてくれる相手が彼女だったから、キラはフレイに縋ったのだ…だが結局は、誰でもよかったのだ…… 現に、自分はあの時レイナに縋ろうとした……

最初から間違っていたのだ… 間違いは、決して真実には繋がらない……

……胸に染みる切なさに、キラは項垂れた……







オーブ軍本部の一室に、二人の中年の男女が座っていた。

その表情は、どこか沈んでいたが…部屋の扉が開き、入室してきた男:ウズミ=ナラ=アスハの存在に気付き、顔を上げる。

「ヤマトご夫妻……ですな?」

確認するように歩み寄ると、夫婦は立ち上がり、小さく頭を下げた。

彼らは、キラの両親…ハルマ=ヤマトとカリダ=ヤマトであった。

「ウズミ様……二度と御目にかからないというお約束でしたのに……」

どこか、憤りを感じさせる硬い口調でカリダが呟き、ウズミは深く溜め息をついた。

「運命の悪戯か……ヒビキの子達が出逢ってしまったのです…致し方ありますまい……」

やるせない怒りを一瞬、ウズミに向けそうになるが、それが無意味であることを悟り、沈痛な面持ちで俯く。

「…まさか、こんなことになってしまうとは……ヘリオポリスが崩壊、あの子はよりにもよって地球軍に入ってしまい、彼女の娘とも出逢ってしまった………そして、今度はこれだ……」

ハルマもまた、微かな怒りを感じさせる口調で呟く。

「だからあの時、レノア達と一緒にプラントへ移っていれば………」

「よしなさい、そんな話を今更」

涙混じりに口にすると、ハルマが諌めた…そう、今更後悔しても遅いのだ。

「ヘリオポリスの件は……申し訳ない。アレはこちらに非のあること」

ウズミが頭を深々と下げるが、カリダは静かに首を振る。

「ウズミ様のせいではありません……それに、詫びてくださっても、それこそ今更どうしようもないことです」

「そう…問題は、これからのこと……」

ウズミもまた、沈鬱な表情で二人を見る。

「そのために…今日は、お呼びしたのです……」

ウズミの問い掛けに、夫婦はアイコンタクトを交わすが、既に結論は決まっており、カリダははっきりと答えた。

「どんなことがあろうと…絶対に、私達があの子に真実を話すことはありません……」

「……姉弟のこと…そして… 彼女のことも………ですな?」

探るような視線を向け、カリダは視線を逸らす……

「はい…ヴィア姉さんや、セシルさんには申し訳ありませんが……あの子の…あの子達のことだけは………」

震えるような口調で囁くが、語尾が途切れ、震える肩をハルマが押さえ、落ち着かせる。

「可哀想な気もしますが…… その方が二人のためです」

ウズミも重々しい表情で頷き、重い沈黙が漂うが、やがてカリダが静かな口調で、決意を感じさせる意志を込めて告げた。

「全ては最初のお約束どおりに……ウズミ様にこうして御目にかかるのも、これが本当に最後でしょう……」

「……解かりました。しかし、知らぬというのも恐ろしい気がします。現に、子供達は知らぬまま、出逢ってしまった」

どこか躊躇いがちに呟かれた言葉に、夫婦は戸惑い、カリダは不安げにハルマを見やるが、首を振り返した。

「因縁めいて考えるのはやめましょう…私達が動揺すれば、子供達にもそれが伝わります」

穏やかな笑みを浮かべ、子供達を想う父親としての表情に、ウズミも笑みを浮かべた。

「……ですかな。しかし、どうして彼は、今日………?」

ふと問い掛けると、カリダは、まるで旅に出た子を心配する母親の表情を浮かべた。

「…今は、逢いたくないとしか…悩んでも、一人で抱え込んでしまう子なので、気になるのですが………」

震える手を握り締め、母親としての懸念を口にするカリダに、ハルマが優しい視線を向け、答え返す。

「今日は、私達も落ち着きませんでしたしね。また、出航前に逢えないか、聞いてみます」

ウズミは頷き、温かい瞳で、夫婦を見送った……







日付が変わり、昨日と同じモルゲンレーテの試験場では、同じようにM1のデモンストレーションが行われていた。

キラはコンソールとモニターに向き合い、デモンストレーションを見詰めているのは、レイナやカムイ、そして今回は搭乗していないマユラとジュリ…そして、何故かムウとアルフの姿もある……律儀に、モルゲンレーテの作業服に身を包んで……恐らく、単に興味をそそられたか、冷やかしに来たのであろう………

全員の注目が集まる中、試験場のM1はキラが構築した新たなOSを導入され、機敏な動きを見せていた…とても、つい先日と同じ機体、同じパイロットとは思えないほどの動きだ。それを見詰める者達の間から、感嘆の声が漏れる。

レイナ自身も、やや感心していた…キラのプログラミング技術の高さは知っていたが、この短期間で、ここまでのOSを組み上げるとは……

操作のほとんどをOSに頼ってしまう以上、イレギュラーな動きには反応ができないだろうが、少なくとも、これならMS戦で戦う程度には申し分ないだろう……まあ、あとはパイロットの腕次第だろう……

「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代謝速度を40%向上させ、一般的なナチュラルの神経接合に適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました」

改良点を述べるキラに、エリカが心底、感嘆したという表情で話し掛けた。

「よくそんなことをこの短時間で! 凄いわね、ホント」

キラのOSとレイナの稼動データにより、M1は今まで以上の完成度に仕上がり、エリカは上機嫌だが、キラの表情はどこか硬い。

賞賛されても、あまり嬉しくないのが本音だ。

デモンストレーションを見詰めていたムウが、興味津々の表情で尋ねた。

「俺らが乗っても…あれくらい動くってこと?」

ムウやアルフも、ナチュラルでも動かせるようになったMSに興味があるのだろう。

二人は少なくとも、戦闘機乗りとしてMSを相手に戦い抜いてきたのだ…対MS戦の経験は豊富だ。

「ええ、そうですわ、少佐、大尉…お試しになります?」

「え、いいんすか?」

アルフが驚きの声を上げる。

このテストも、MSの存在もオーブの最高機密のはずなのに、それを他国の軍人に触れされるというのは少し問題があると思うが、エリカは屈託なく笑い、気にした様子も見せない。ただ単に、自分の専門にしか興味がないのだろう。

その後、テストを終え、一同は管制ブースを出る。

「それじゃ、僕はストライクの方に」

「ええ、じゃあね」

エリカが会釈し、カムイ達とともに去っていき、キラとレイナは自分達のMSの最終調整を行おうと、踵を返す。

その後を、ムウやアルフが付いてくる。

「おい、キラ」

ムウが声を掛けると、キラは鬱陶しげに振り返った。

「……なんですか?」

その不機嫌そうな表情に、ムウは肩を竦め、アルフも苦笑を浮かべる。

「君こそ、その不機嫌面は何ですか?」

「そんな顔…してません」

「してますって」

毎度の如くちゃかすような口調に、キラは顔を背け、そのまま工場区内を歩いていくが、ムウは追うように歩く。

レイナは溜め息をつき、アルフもやれやれと言わんばかりに後を追う。

「キラ……お前、家族との面会を断ったって聞いたが、どうしてだ?」

会話に加わってきたアルフの問い掛けにも、キラはむっつりとした表情のまま押し黙っている。

「……キーラ?」

ムウがしつこく聞いてくるので、キラは諦めたように溜め息をつき、ボソッと呟いた。

「今、逢ったって…僕、軍人ですから」

硬い声で呟かれたので、ムウやアルフは一瞬、戸惑う。

「……本人が逢いたくないって言ってるんだから、別にいいじゃない」

後ろを歩いていたレイナが、擁護の言葉を呟き、一同は一瞬歩みを止める。

「無理して逢っても、ぎこちなくなるだけよ」

素っ気なく言うと、レイナはそのままスタスタと歩いていく。

キラもその背中を追い、そう言えば…レイナは両親と逢ったのだろうか…と思ってしまったが、ここに来るまでも、彼女からそういった類の話を聞いた覚えもない。

四人がストライクとルシファーのメンテナンスベッド付近に近づくと、モルゲンレーテの作業服に着替えたマードックが気付いた。

「お、来たな…坊主、スラスターの推力を18%上げたんで、モーメント制御のパラメータ見ておいてくれ」

「はい」

マードックの指示に従い、キラはコックピットに向かう。

「あ、嬢ちゃん…駆動系統のチェック、やっておいてくれ」

「OK」

軽く手を挙げて答え、ルシファーの方へと向かう。

ストライクのコックピットに入ったキラは、キーボードを引き出し、新たに追加されたデータを設定するために、OSのフォルダを開き、データを変更していく。

無言のままモニターを見詰めるキラに、ムウが顰め面で覗き込む。

「軍人でも、お前はお前だろうが…ご両親、逢いたがってるぞ、きっと」

先輩パイロットとして、キラ達のことを気に掛けていてくれるのはありがたいが、今のキラにとってはそれすらも余計なお節介でしかない…それも所詮、重要なストライクのパイロットとしての配慮と思えて……

「こんなことばっかりやってます……僕………」

キーを叩く手を止めることもなく、キラはポツリと呟く。

「MSの戦って…その開発やメンテナンス手伝って………」

ムウやアルフは言葉に詰まる。

「……できるから…」

そう…他に進んでやってくれる者がいるなら、キラは喜んで今の仕事を明け渡す……だが、今の状況では、それは叶わないことだ。

「オーブを出れば、すぐまたザフトと戦闘になる……」

恐らく、このまますんなりとアラスカまで行くのを見逃してくれはしないだろう……そうなれば、また戦わなければならない……

アスランとも……

「いや、それは……」

返答に詰まるムウやアルフを横に、下で作業をしていたマードックの叫び声が聞こえてきた。

「おおっと、アグニの遮蔽の方もEV質バレルの量子スパッタリング待ちで、30分ってとこだ…後でシェイクダウンするから用意しておけよ」

「…はい」

やや大きい声で答え返すと、マードックは他の整備員と歩き去り、ムウやアルフは溜め息をつく。

「今逢うと…言っちゃいそうで……嫌なんですよ……」

震えるように呟かれた言葉に、二人は怪訝そうにコックピットを覗き込む。

「何を?」

キーを叩く手が止まり、キラは視線を俯かせる。

「なんで僕を…コーディネイターにしたの……って」

今度こそ、二人は言葉を失ってしまう。

そうなのだ…両親に逢わなかった理由はそれだった……今更、どうしようもないことを理由に、両親を酷く傷付けそうで……

押し黙るムウやアルフ…沈黙が続いていたが、唐突にキラの肩に留まっていたトリィが羽ばたき、飛び出していった。

「トリィ?」

怪訝そうにキラが呼ぶが、トリィは反応せず、そのまま工場区内に飛んでいく。

「トリィ!」

キラは慌てて後を追っていく。

残されたムウやアルフが、どこか呆然とした面持ちでそれを見詰めていたが、そこへ明らかに軽蔑した声が掛けられた。

「まったく……少佐達は、とことんあの子を追い込みたいんですね」

二人が驚いて振り返ると、何時の間にやら、ストライクのコックピット周辺に上がってきていたレイナがいた…冷たい視線を向けて………

「そんなに…あの子を壊したいんですか?」

睨むような視線を向けられ、二人はその気配に圧倒され、僅かに竦む。

「……少佐、大尉…貴方達も、仮にも軍に属している者…軍が何故、『兵士』という型に兵を押し込めて固めてしまうか、解からないわけではないでしょう?」

一瞬、何を言いたいのか解からず、眉を顰める。

「……そうしなければ、耐えられないからですよ…戦いに……いえ…正確には、『殺すこと』に、と言った方がいいですか」

人間の世界は、他の生物と違い、『人を殺すこと』を禁忌としている……それは、人間社会という世界を維持し、また乱さないために必要な一種の洗脳だ………だからこそ、多少の価値観の違いこそあれ、人を殺せば当然裁かれる……

だが…軍にはそういった概念が当て嵌まらない……それは、合法的に『人を殺すこと』を認めているからだ……禁忌を破り、戦わせることで兵の心を麻痺させ、慣れさせていく。

そして命令への絶対服従は、兵士の自我を保たせるために必要なもの……だからこそ、軍人になった者には覚悟が必要とされるのだ……

殺す覚悟と…殺される覚悟が………

しかしながら、その覚悟を持つまでに全ての兵士が耐えられるかといわれるとそうではない…『人を殺すこと』に慣れず、禁忌と狭間の矛盾に耐え切れず壊れる人間も当然出てくる…今のキラは、まさにそれだ………

「あの子の心は、今危うい状態にある…それこそ、ちょっとしたことで自我のタガが壊れるぐらい……少佐、大尉…いくら正当な理由や御託を並べられても、軍人は所詮人殺しなんですよ… MSを一機墜とす度に、それは一個の命を奪っているんですから……」

そう…そしてキラは今、その矛盾に苦しんでいる……友人を護りたいがために命を奪い続けるという行為に……もっとも、地球軍もザフトも、前線で戦う兵士にはその理念は当て嵌まらないかもしれないが……

ナチュラルはコーディネイターを宇宙の化物と呼び、コーディネイターはナチュラルを低脳なサルと蔑さむ。

「そんな危険な状態のキラに、人間らしく両親に逢えと? それであの子が耐えられると思っているんですか? その瞬間、自我を保てなくなり、壊れてしまいますよ…あの子は……そうなってから後悔しても、遅いんですよ」

語尾に、やや切なげな響きが混じる。

「……私みたいになってからじゃ、もう後のまつりですよ…」

自虐的に笑い、苦笑を浮かべる。

そうだ…自分のようになってからでは既に手遅れだ………戦うしかできない、愚かな存在……そんな道は、自分一人で十分だ……

「……少し、言い過ぎましたね。すいません…私はこれで失礼します」

表情を顰めていたムウやアルフに軽く会釈し、レイナはその場を後にする。

神妙な面持ちで、その後姿を見送る。

「彼女……余程、辛いもんを背負ってるんすね……」

どこか、憂いを感じさせる口調に、ムウは無言のまま、以前レイナが言っていたことを思い出す。

(心は必要ない、か……もう、壊れちまってるからなのか……嬢ちゃん?)

ムウの自問自答に、答えるものはなく…二人は暫し、その場に立ち尽くした……







西の空が茜色に染まり始め、オノゴノもまた夕焼けに包まれ始めている。

モルゲンレーテ周辺の湾岸道路に、アスラン、イザーク、ディアッカ、ニコルの四人がタ佇み、フェンスに仕切られたモルゲンレーテを見詰めていた。

もう、あまり時間がない…タイムリミットが近付いていた。

オーブにいられる時間もあと僅か……あと少しすれば、今朝方の場所で諜報員と接触し、引き上げなければならない。

「チッ、軍港より警戒が厳しいな…チェックシステムの撹乱は?」

やや苛立ちを感じさせる口調で問い掛けると、アスランは手元の端末でデータを表示する。

「何層にもなっていて、結構時間が掛かりそうだ…物理的には難しいな………通れる人間を捕まえた方が早いかもしれない」

リンと共にモルゲンレーテの調査をしてきたアスランは、内部への潜入はかなり難しいと判断していた……なにより、徹底された個人チェックシステムが、かなりややこしいものになっている。

時間を掛ければ、解除できないことはないかもしれないが、それではあっという間に監視システムに見つかり、動きが取れなくなる。

…となれば、内部へと入ることのできる人間を捕まえて、そのIDを使えばいいだけのこと。

「でもさぁ、誰が通れるか解かるのかよ?」

ディアッカの皮肉に、アスランは僅かに眉を寄せた。

そうなのだ…肝心の、内部へと入れる人間が解からないから、未だに内部へと潜入もできないのだ…まさか、一人一人捕まえて調べていくわけにもいかない。

「……とにかく、一度リン達とも合流した方がいいな。向こうで何か掴んでいるかもしれない」

あれから新たに班分けし、リンはリーラと別行動を取り、モルゲンレーテを探っている。

「まさに、羊の皮を被った狼ですね」

ニコルの皮肉めいた言い回しに、アスランが考え込んでいると、なにか聞き覚えのある声が微かに聞こえ、アスランは周囲を見渡したが、刹那…頭上に舞った影に気付いた。

【トリィ……】

空耳だと思っていたアスランは、グリーンとイエローを主体としたそのメタリックボディに翼を羽ばたかせる影が眼に入り、アスランは表情が強張り、眼を見開く。

……まさか…そんなはず………

一歩前に歩き、手を翳すと、それに気付いた鳥形のロボットが舞い降り、さも当然であるかのように彼の腕で羽根を休めるのだった。

カシャンカシャンとバネの音をさせながら僅かに羽根を動かし首を傾げる。

【トリィ】

間違いない…いや、見間違うはずもない……この囀りも、形も、この構造も……全て自分が手掛けたものだ。

イザーク、ディアッカ、ニコルが興味津々にアスランに詰め寄った。

「ん? 何だそりゃ」

「へぇ……ロボット鳥だ」

イザークとニコルがそれぞれに思ったことを口にし、ディアッカもアスランの肩越しにその『ロボット鳥』を覗き込む。

だがアスランは、彼らに答える事はなかった。

呆然とそれを見詰めながら……このロボット鳥を渡したのは自分自身だ…そして、このトリィの持ち主は一人しかいないはず…



――――――キラ様も、大事にしてらっしゃるようでしたわ……



不意に、ラクスの言葉が脳裏を過ぎる。

これが、ここにあるということは……アスランがゆっくり顔を上げると、作業服を着た少年が姿を現した。

「トリィーっ!」

…よく知っている者の声………ゆっくりと視線を合わせると、アスランは息を呑みそうになった。

まるで耳が聞こえなくなったみたいに周囲の音も景色も感じず、ただ心臓が激しく脈打つ。

思わず、口から零れそうになったその名前を、喉から先に出してやる事ができなかった。

……キラ………

まるで、自分が作ったトリィが二人を導いてくれたように感じる…アスランは、無意識に歩み出した。

「ああ、あの人のかな?」
ニコルがアスランの視線の先にいる人物を捕らえて僅かに笑みをつくる。

だがアスランはそんなニコルの言葉に応えることもなく、ただ足を進める。



トリィを追い駆けるうちに、キラは明かりが差し込むゲート付近にまで来てしまった。

何処を探してもトリィは見当たらない。

もし、外にでも出てしまっていたら探しにいけない……自分達は既にオーブから離脱したことになっているため、外出は禁止となっている。

もしトリィがアークエンジェルの出港までに戻ってこなかったら、トリィを諦めなくてはいけなくなる。

「ああもう、どこに行っちゃったんだ……?」

困った表情で、敷地内の空を見上げていたキラが、フェンスの向こう側にいる少年が、こちら側に向かって歩いてくるのに気付いた。

遠目からでも解かるぐらい、その姿を見た瞬間、表情がみるみるうちに強張る。

ありえない存在を目の当たりにするが、自分がその姿を見間違うはずがない。

まるで正当なる持ち主のようにトリィを携えてこちらに歩いてくるアスランに、僕は声を失った。

(ア、アスラン……)

口に出てしまいそうになった名を呑み込み、キラもまたフェンスに向かって歩み寄っていく。近付くにつれて、その懐かしい顔が見える……久しぶりに見る、その顔は懐かしく……キラは激しく脈打つ動悸を抑えながら近付いていく。

どうして……何故アスランがここにいる? 中立国のオーブに…まさか、アークエンジェルを探しに来たのか………渦巻く疑念を抑えながら、キラは背後にいたアスランと同じ格好をした三人にも眼をやった。自分達とほとんど変わらない年恰好の少年達…彼らも、ザフトのパイロットなのだろうか………だが、恐らく彼らは気付いていないのだろう。

眼前にいる自分が、今まで幾度となく銃を向けあったストライクのパイロットであることに……

フェンス越しに、ほとんど手が届きそうな位置にまで近付いたアスランは、ゆっくりとした動作で手を差し出す。

「…君……の?」

どことなくぎこちない口調… キラは、瞬時にアスランの意図を悟った。恐らく、背後にいる仲間達を憚っているのだろう…少なくとも、アスランにオーブの……モルゲンレーテに知り合いがいるはずがない…そしてまた、キラ自身も知り合いであることを悟られるわけにはいかない…唇を強く噛み、小さく頷き返した。

「うん…ありがと………」

他人行儀な態度で調子を合わせ、手を伸ばす。

まるで…本当の他人になってしまったようで、キラは涙が溢れそうになるが、それを必死に抑え込む。

トリィをその手に持ち、フェンスの網目を通して差し出され、キラが手を近付けると、トリィが渡るように飛び乗る…それは、初めてこれを受け取った時の光景が、二人の中に否応なしに思い出される。

桜の花弁が舞う月で、このトリィを受け取った……マイクロユニットの課題で作ろうと思っていた小鳥のロボットを、アスランは別れ前にキラに手渡してくれた。

あの時から、二人は遠く離れてしまったように感じる……受け取ったトリィを両腕に持ち、抱き締めるように抱え込み、俯いてしまう。

その手を掴み、言葉を交わしたい……だが、それは許されない…渦巻く葛藤に、キラは声を押し殺す。

「…おい、行くぞ!」

その時、二人の間の空気に割って入るようにイザークの声が掛けられ、二人はハッとする。

仲間に呼ばれ、アスランは表情を俯かせたまま、踵を返す…その視線は、どこまでも他所他所しい……自分達は、ただの『モルゲンレーテの作業員』であり、そして互いに今回が『初対面』なのだから……あまり長い時間こうして向き合っているのは不自然だ。

次に逢ったときは、また殺し合わねばならない……思わず、キラはアスランの背中に向かって声を掛けた。

「昔、友達に……!」

フェンスの向こう側から紡がれた言葉に、アスランは弾かれたように振り向き、キラの顔を見る……まさか、これ以上何かを言うとは思っていなかった。

キラは、切なそうな視線で見詰め、震える口調で言った。

「…大事な友達に貰った…… 大事なモノなんだ………」

言いたいことはもっと多くある…それこそ、数え切れないぐらいに……だが、言えない…アスランも、表情を歪ませる。

この二人を隔てるフェンスが、まるで果てしない距離に錯覚する……

「…そう………」

アスランは哀しげな微笑を浮かべて、呟く…その表情は、まるで3年前のあの時のようだ。

もう…あの時に戻ることはできないのだろうか……共に、生きることはもう叶わないことなのか……何故、二人は見知らぬ場所へと来てしまったのだろう………

「キラー!」

その時、逡巡するキラは、背後から掛けられた声にハッと振り返った。

向こうから、カガリが慌てたように駆け寄ってくる…カガリの存在に気付いたアスランは、逃げるようにその場を後にする……

キラは、足が凍りついたまま、その去っていく後姿を見詰めていた。

離れていく距離が、途方もなく長く…遠く感じる………キラは身を引き裂かれるような思いで、去っていく背中を見送った……

アスランは振り返ることなく、仲間達の下へと歩み寄っていく。

もう戻れない…次に逢った時は、また敵同士なのだ……その事実が、キラの胸を締め付けるのであった……







何気なく、外の空気を吸いたくなったレイナは、一人……工場区内の外へと出ていた。

空は既に赤く染まり、夕焼けが、紅い瞳に反射する。

空を仰いでいたレイナは、不意に何かを感じ取った……今まで、何度も感じたことのあるこの感覚……ここ最近では、既に馴染みとなった感覚は、忘れるはずもない。

「まさか…リン=システィ……」

近くにいるのか……レイナは、表情を引き締め、その感覚が導く方向へと向かって歩み出した。



アスラン達と別行動を取っていたリンとリーラは合流地点から僅かに離れた軍港が見える湾岸線にエレカを停まらせていた。

「やっぱり、どの人が通れるか解からないと、IDを奪うのも難しいですね」

助手席に座っているリーラが、曇らせた表情で呟く。リンも、無言で返す……手に持った端末に表示される見取り図を見やりながら、思考を巡らせる。

「衛星写真で確認はしたけど、地上からの侵入路はほぼ皆無……物理的にも難しいな…だが、足付きがいるとしたら、地下の可能性が高い……」

アークエンジェルサイズの戦艦を格納できるとなれば、自然隠し場所は絞れるが、それでもそこへ至るまでのルートを検索するのは骨である。

それ程の重要施設なら、入れる人間はもっと限られてくる……だが、個人情報で管理されたシステムである以上、迂闊にシステムに介入するのもリスクが高い。

なにより…欲しいのは確証だ………

「どうします……一度、皆と合流しますか?」

ここで考えていても埒があかないと踏んだのか、リンも無造作に端末を後部シートに放り投げる。その際に、僅かに開いていた胸元からペンダントが浮かび上がった。

「あれ……リンさん、そのペンダント……」

リーラの視線に気付いたリンが、胸元の紅いクリスタルが先端についたペンダントを見やる。

「綺麗ですね……ひょっとして、大切な人からのプレゼントとか?」

興味津々の表情で尋ねてくるリーラに、リンは自嘲気味な笑みを浮かべる。

「そんなものじゃない……単なる未練と戒めよ」

……自分自身への…心の中でそう付け加える………意味が掴めず、逡巡しているリーラを横に、運転席につこうとした瞬間、リンの脳裏に何かが走った。

「……っ!」

思わず、手で額を押さえる。

「リンさん、どうしたんですか?」

リーラが心配そうに覗き込んでくるが、今のリンにその言葉は聞こえない。

この感覚は、忘れるはずもない……自分と…あの女を引き寄せるたった一つの絆なのだから………

リンは思わず、その引きがする方角へと振り向いた。

リーラもやや驚いた面持ちで、リンの振り向いた先に視線を向ける。

二人が向けた視線の先…… フェンスで区切られたモルゲンレーテ内の建物の陰から、人影が姿を現した。

その人影を見た瞬間、リーラは眼を見開き、リンを見やる。

リンは、視線を細め、息を呑み込んだ……まさかまた…こうして直に顔を見る時が来ようとは………その時、一際強い風が吹き、リンの帽子が飛ばされ、それは風にのってフェンスを越えていった………帽子はそのまま、姿を見せた少女の足元に落ちた。

運命とやらは、つくづく皮肉なものだと…リンは内心で罵り、静かに歩み出した。





感覚が導くままに工場区の裏手へとやって来たレイナは、フェンスの向こう側に眼を向けた瞬間、息を呑んだ…これ程驚愕したのは、記憶にある限り、ないだろう………

フェンスを隔てた先に立つ蒼銀の髪を持つ一人の少女……



自分と同じ真紅の瞳……そして…同じ顔………リン=システィ……



刹那、鈍い痛みが頭を刺したように走り、レイナは無意識に頭を押さえる。

呆然となっていたレイナは、風が吹き、リンの帽子が飛ばされ、自分の足元まで運ばれてきたのに気付いた……レイナは意を決し、帽子を手に取ると、フェンスに向かって歩み出した。

近付くにつれて、互いの顔がはっきりと見えてくる……まるで、互いに鏡に向かって歩み寄っているかのような錯覚にも陥る……

フェンスを挟んで、互いに立ち止まったレイナとリンは、互いに困惑した視線を向けていた…レイナにとっても、リンにとってもこの邂逅は予想外のことであったのだろう……

それとも、運命が二人を引き合わせたのだろうか……逃れられない、呪われた運命が……

互いに幾度となく銃を向け合い、相手の存在を狂おしいほど求め合う存在……

自分と同じ顔を見ながら、レイナは逡巡する。





……知っている…自分は、眼前に立つこの少女を………そう、失われた遥か記憶の彼方で……自分達は出逢っていたはずだ………





「……これ」

硬い声で、帽子を差し出す。

「………すまない」

相手もまた、硬い口調で手を差し出し、フェンスを越えて、帽子が手渡された。

帽子を受け取ったリンは、そのまま無造作に深く被る。

その際に、胸元のペンダントが揺れ、紅く輝くペンダントにレイナは眼を見張った。



「…貴方………誰………?」



思わず、口から言葉が漏れた……

……誰なのだ…この少女は………知っているはずなのに……自分と、決して千切れない絆があるはずなのに………それでも答えは出てこない。

「…………」

レイナの問い掛けに、リンは無言で答える…その表情は、どこか困惑と微かな怒りを混じらせている………

そのまま、二人の間に暫し静寂が続いたが……リンは踵を返し、去っていこうとする。

その離れていく後姿に…レイナは声を掛けることができない。

自分達は、互いに鏡に映る影……決して離れられない影……そして、交わることのできない半身………

互いに呪われた瞳を持ち、互いに孤独にしか生きられない存在なのだ………

……また、彼女とは出逢う… 戦場で………

自分達は所詮、相容れることのできない存在なのかもしれない………殺すことでしか、自分の求めるものを手に入れられない存在なのだから………









夕闇に傾く陽は…レイナとリンの瞳の如く、紅く煌いていた………



















《次回予告》



望まぬ邂逅……

過ぎ去った過去には戻れず… 互いに銃を向け合う………

闇に霞む未来を求め………





砲火が海を赤く染める時…… 新たな哀しみが決別を導く………

それが齎すものは……





次回、「決別の(やいば)



覆う闇を越えろ、ガンダム。


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