機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-27  決別の刃

 

 

モルゲンレーテ地下ドックで は、アークエンジェルの修理が昼夜を問わず続けられ、船体の修復は予想以上に早く進んでいた。

アークエンジェルのブリッジ にて、マリューやナタルの前には、二人のオーブ軍の軍服に身を包んだ人物が立っている。

一人は、カガリの護衛として ここまで同行もしてきたキサカであり、もう一人はキサカよりもやや年輩の…だが、それでいてどこか力強い風貌を携えた男…元オーブ陸軍三佐……現在は、新 たに編成されているMS部隊の指揮官に任命された、グラン=ハーテッド二佐である。

「目下の情勢で、最大の不安 材料はパナマだ」

ブリッジのモニターに映し出 された地図を見詰めながら、キサカが言った。

「近々予定されているザフト のパナマ攻略戦のおかげで、カーペンタリアの動きはかなり慌しい」

ザフトの『オペレーション・ ウロボロス』の最終目標である地球連合の最後の宇宙港、パナマポートへの攻撃は、既に間近に迫っている……ナタルが探るような視線を向ける。

「……どの程度まで、解かっ ているのですか?」

オーブの情報収集能力を問う ているのか…それとも、中立国故に掴んでいるかもしれない情報を欲しているのか………

「悪いが…こちらもおいそれ と情報を渡すわけにはいかないのでね。下手にそちらに情報を流して、オーブの立場を悪くするわけにはいかないのでな…薮蛇はゴメンだ」

どこか、棘のあるような口調 で答えるのは、グランだ……ナタルは顔を顰め、マリューは苦笑を浮かべる……やはり、簡単には手をあかしてはくれないのだろう…だが、少なくともこちらも かなりの便宜をはかってもらっている。

「……だが、アラスカに向か おうという君らには、かえって好都合だろう?」

キサカの問い掛けに、マ リューは頷き返す。

確かにパナマの情勢は気にな るが、自分達が今優先すべきことは、アラスカにまで到達することだ…そのために、現在パナマ侵攻へと戦力を集中させている現状は助かる。

「万が一、追撃があったとし ても…北回帰線を越えればすぐに、アラスカの防空圏ですからね……連中も、そこまでは深追いしてこないでしょう」

同席しているノイマンの口調 も、どこか明るい…降下した当初は、流石に絶望的な状況ではあったが、ようやく目的地までの道が明確に見えてきたのだ……だが、まだアラスカへと辿り着け たわけではない…油断は禁物だ。

「ここまで追ってきた、例の 部隊の動向は?」

不意に尋ね返すと、キサカは 首を振った。

「一昨日から、オーブ近海に 艦影は確認できていない」

「引き上げた……と?」

意外そうに聞き返す…ヘリオ ポリスから始まる執拗な敵の執念を思うと、公式発表を鵜呑みにして引き上げるとは思えなかった。

「おかげで、外交筋ではかな り悶着があったらしい……敵がそれで納得したかはしらんがな……まあ、ぜいぜい気をつけな」

無遠慮な口調で答え、グラン はその場を後にし、ブリッジを退出していく。

なにか、あからさまに自分達 を歓迎していない様子である…いくら、他国の人間とはいえ、どうも横柄な態度に、怪訝そうな表情を浮かべる。

「すまんな…二佐からしてみ れば、君らはあまり迎え入れたくないものだからな」

謝罪するキサカに、マリュー は聞き返す。

「何故……?」

「彼は…グラン二佐は、元々 南アメリカ合衆国の軍人でね……と言えば、君らなら解かるだろう」

そこまで言われて、ハッと気 付いた…南アメリカ合衆国は開戦前、プラント側につく意向を示したことで、武力支配されたのだ…当時の、大西洋連邦……自分達が属する陣営にだ。

その時に、南アメリカ合衆国 のパナマボートを接収し、自らの宇宙港にしたのだ。

「彼はその時に、妻と娘を亡 くしている……当然といえば当然だが、君らの陣営に好印象を持てというのも無理な話だ」

マリューやナタルは何も言え ず、俯く……自分達が直接関わったわけではないが、それでもそれを行ったのは自分達の属する陣営だ…思い悩まないはずがない。

「彼もまた、ウズミ様の主張 に賛同している…だからこそ、この艦やMSの存在は、微妙なものがあるのだろう……」

キサカの言葉に…ナタルが唐 突に問い掛けた。

「…アスハ代表は当時、この 艦とGの存在をご存知なかった……という噂は本当ですか?」

「バジルール中尉!」

あけすけな質問に、マリュー が非難するが、キサカが抑え、冷ややかながらも答えた。

「確かに、ウズミ様もご存知 なかったことだ…機械相が、大西洋連邦の圧力に屈しての独断だ……モルゲンレーテとの癒着も発覚した」

初めて聞かされる、自分達の 扱う艦やMSのいきさつに、マリューは表情を顰め、キサカも苦々しく続ける。

「このままではいられぬ、 オーブもつく陣営をはっきりさせるべきだ……という、奴の言い分も解かるんだがな…そうして巻き込まれれば、やがて火の粉を被るのは国民だ……ヘリオポリ スのようにな」

自分達の巻き添えを受け、崩 壊してしまったコロニーの名を出されると、流石のナタルも何も言えなくなる。

「それだけはしたくない、 と…ウズミ様は今も無茶を承知で踏ん張っておられるのさ………君らの眼には、甘く見えるかもしれんがな」

自ら忠誠を誓う者に対する敬 意を表すように述べた後、キサカは穏やかな視線を浮かべる。

「いえ……」

マリューも首を振る…オーブ の理念には正直、共感を示したいのが彼女の本音だ……

「で、修理の状況は?」

気分を切り替え、事務的な態 度で尋ねる。

「明日中には、と連絡を受け ております」

「そうか…後少しだな。頑張 れよ」

キサカが微笑むと、ナタルと ノイマンが敬礼し、マリューも表情を和らげて、背筋をただし、同じく敬礼した。

「キサカ一佐……本当に、い ろいろありがとうございました」

キサカは肩を竦め、照れくさ そうに苦笑を浮かべる。

「いや…こちらも助けても らった。既に家族はないが、私はタッシルの生まれでね」

やや遠くを見るような視線を 浮かべ、感傷に浸るように言葉を紡ぐ。

「……一時の勝利に意味はな いと解かってはいても、見てしまえば見過ごすこともできなくてな……暴れん坊の家出娘を、ようやく連れ帰ることもできた。こちらこそ礼を言うよ」

冗談めかした口調で呟くと、 キサカは静かにブリッジを後にするのであった……

 

 

 

オーブ領海より離れた北回帰 線に近い海上で、アスラン達の母艦・クストーストが接近していた補給艦と接舷され、補給作業が行われていた。

その艦内、イザークの私室で は、ベッドに寝転がったイザークが表情を歪ませ、毒づいた。

「ったく! どういうつもり なんだ、あいつらは!」

部屋を訪れていたディアッカ も、雑誌を捲りながら、呆れたように口調で相槌をついた。

「いいのかねえ……ホント に? 補給まで受けちゃってさぁ」

ベッド上で不機嫌な表情のま ま、イザークはつい数日前のことを思い出した。

 

 

先日のオーブへの潜入の際、 結局のところ、アークエンジェルに関する有力な情報を得られないまま引き上げることになった…元々、タイムリミットは一日だけではあったし、それに関して はイザーク達も文句はない…だが、艦に戻ってから行われたミーティングで、アスランは唐突に唖然とすることを言った。

「足付きはオーブにいる…間 違いない。出てくれば北上するはずだ……ここで網を張る」

当然ながら、その発言に他の メンバーは怪訝そうな表情を浮かべる。

「ああ? おいちょっと待て よ、何を根拠に言ってる話だそりゃ……」

イザークでなくても不思議に 思うだろう…何を根拠にそういう発言をするのか。

「一度カーペンタリアに戻っ て、情報を洗い直した方がいいのではありませんか?」

普段はアスランに対して反対 意見を言わないニコルも、遠慮がちに進言する。

「いや……いるんだ」

だが、アスランは決して自身 の言葉を覆そうとはせず、埒があかないと思ったのか、イザークが壁に寄り掛かり、先程から無言のままのリンを見やった。

「おい、副隊長殿…副隊長殿 の意見を聞かせてもらいたいんだがな……」

睨むような視線を向けるが、 リンは冷静な表情で、全員が驚愕する意見を出した。

「……私は反対はしない…足 付きは間違いなく今もオーブにいる……私もザラ隊長と同意見よ」

イザーク達はさらに表情を顰 め、アスランも、まさかリンが自分に同調するとは思っていなかったらしく、眼を白黒させている。

「おいおい、けどな…なんの 確証もなく網張るなんて、バカげてるとしか……」

ディアッカが嗜めるが、リン は肩を竦める。

「ここでカーペンタリアに引 き上げれば、それこそチャンスを逃す……それに、今この隊の隊長はアスラン=ザラよ……私達は従う義務がある」

有無を言わせないリンの言葉 に、一同は渋々従い、結果…クストーストはこの海域に待ち伏せをし、網を張った。

 

 

あれから既に数日……オーブ からアークエンジェルが出てくる気配はなく、イザークの苛立ちも限界に来ていた。元々、短気な性格の彼である…こうやってただ待つというのは性分に合わな い。

「これでここにもう二日だ!  もし違ってたら、足付きは遥か彼方だぞ!!」

ベッドから跳ねるように起き 上がり、ディアッカに苛立ちを込めて怒鳴るが、ディアッカは肩を竦めて眼線を雑誌から上げる。

「のしちゃう気なら、手ェ貸 すよ?」

楽しげに返された露骨な提案 に、イザークは一瞬毒気を抜かれて言葉に詰まる。

「どうする? クーデターや る?」

ただ単に、この現状に退屈し ているだけのディアッカからしてみれば、イザークの反乱を手伝った方が面白いと思ってるのかもしれない。

いかにも愉快そうに喉を鳴ら すディアッカに顔を顰め、イザークは勢いよくベッドに倒れ込んだ。

「生憎と、それほど単純な頭 でもないんでね」

イザークは両手を組んで頭の 後ろに敷くと、天井を見上げる。

しかしながら、どう考えても 納得がいかないのはアスランやリンのあの頑なな態度……不本意だが、両者の能力の高さはイザーク自身も認めている。それ故に、今回のように根拠もなくただ カンに頼ったような作戦の提案に、正直疑念を感じる……そこまで考えて、イザークは思考を止めるように寝返りを打つ。

今現在の自分達の指揮官はあ の二人だ……指示には従うしかない…仮に今回の件が徒労に終われば、あの二人の失脚が見られるという楽しみもあるのだと、イザークは考え直すことにした。

「退屈なら、リーラに誘われ た時に甲板に出りゃよかったのに……」

何気にポツリと呟いたディ アッカの余計な一言に、イザークは先程まで考えていたことを思考の端にやり、ディアッカに怒鳴り散らした……

 

 

アスランは補給を済ませ離れ ていく補給艦を眺めて、浮上した潜水母艦:クストーストの甲板上に立っていた。

「補給は終わったようね」

そこへ、補給手続きを終えた リンが書類を手に連絡に来た。

アスランが頷き返すと、傍に 控えていた艦長のモンローが難しい表情でこちらに近付いてきた。

「しかし……」

モンローは、内に感じている 不満や疑問を顔に出すことなく、若すぎる指揮官達に告げた。

「…勝算はあってのことか ね? スピットブレイクの発動も近い…ここで我が隊だけが手つかずでは、兵達の不満は募るぞ」

建前としては、アスランやリ ンの指揮下に組み入れられたわけだが、流石に今回の命令には、年長者として一言意見すべきだと考えたのだろう。

アスランは真っ直ぐにモン ローを見やり、頷き返した。

「そのつもりです」

揺るぎない自信を漂わせた様 子に、モンローは溜め息をつき、リンを見やるが、聞くだけ無駄だと言わんばかりに肩を竦める。

「……まあいい、お手並み拝 見といこうか、ザラ隊長、システィ副隊長」

意見をするだけはしたという ことだろう…やや呆れた口調で立ち去った。

確かに勝算はある……だが、 その根拠を語ることができない。

甲板上から、視線を海に向 け……遥か彼方にある平和の国へと向ける。

言えるはずがない…敵を…… ストライクのパイロットを確認したなどと。キラがあの場にいたということは、それはイコールアークエンジェルが未だオーブに留まり続けているという事実に 他ならない…そして、その敵MSのパイロットは、自分の親友で、同胞を裏切ったコーディネイターだと、誰に言えるだろう………

彼はグッと両手を握り締め、 眼線を落としてその手を見る…3年ぶりに、自身の手で造り、手渡したロボット鳥に触れた…それを改めて手渡した時、キラは泣き出しそうだった……あの3年 前の別れの時とまったく同じと言っていいほどのシチュエーション……アスラン自身も思わず涙が溢れそうになったが、それを堪え、無理に笑って見せた。

「だがお前は、フェンスの向 こう側だ……」

何気にポツリと呟いた言葉… 自分自身の言い聞かせるような口調……キラはもはや、こちらに来る意思がないことも疑いない。彼自身がその道を選んだのだ……

「……何か言った?」

アスランの独り言を聞いたの か、リンが声を掛けてきたので、アスランはハッと我に返った。

「いや……なんでもない」

慌てて取り繕うように誤魔化 す…すっかり感傷に浸っていたようで、周りに注意が向いていなかったらしい。

そして……アスランは、不意 に疑問に思ったことを口にしていた。

「リン……リンはなんで、俺 の提案に賛成してくれたんだ?」

あの時、自分がここで網を張 るという指示を提案した時、リンだけが自分の提案を支持してくれた……根拠も明確に示さなかった自分の指示にだ。

「……逆に問うわ。じゃあ何 故、貴方は足付きがまだオーブにいるという確証が持てたの?」

そう切り返されて、アスラン は口を噤む。

「お互い……根拠の詮索は無 用ね…まあ、しいて言うなら……私も確証が持てたから」

アスランがハッと顔を上げる と、リンの視線もまた、自分と同じく…遥か彼方にある平和の国へと向けられていた。

「………一つ、聞いてもいい か?」

「何?」

一瞬言葉を呑み込むが、やが て意を決したようにアスランは口を開いた。

「もし…リンは、敵に自分の 大切な者がいたら……どうする?」

何故こんなことを口走ってい るのか、自分でも解からない……だが、なんとなく聞いてみたくなったのだ……

「………倒すわ」

冷たく言い放たれた言葉に、 アスランは身を竦める。

「親、兄弟、親友……言い方 はいくらでもあるけど、互いに信念が違えば、それは敵よ………仮にアスラン、貴方が私の敵に回れば、私は迷うことなく貴方を殺せる」

ギョッとした表情で、アスラ ンはリンを見やるが、その瞳には、一片の迷いもない。

「戦場で己を殺そうとするの は、敵以外のなにものでもない…それが戦争よ……アスラン、貴方が何故そんなことを聞くのか、詮索はしない…けど、戦場での迷いは、己や周りを即、死へと 招くことを忘れないで」

その言葉は、戒めだったの か……今も、迷いを抱く自分への………

「リンは、強いんだな……」

冗談めかして言った言葉に、 リンは微笑を浮かべ、肩を竦める。

「私の強さは、所詮まがいも の………私自身の強さは、何なのかな……?」

自嘲気味な笑みを浮かべ、遠 くを見るリンの見たこともない憂いを漂わせた表情に、アスランは暫し呆然と見入っていた……

何故、それ程までに…自身を 否定するのか………

そんな思考のループに入ろう としていたアスランは、後ろから聞こえてきた声に、ハッと我に返った。

「アスラン!」

振り返ると、駆け寄ってきた のはニコルとリーラだ。

「補給、終わったんです ね?」

「ああ」

「向こうでトビウオが飛んで たんですよ、凄くたくさん!」

「海も透明で、下で泳いでい るのもはっきりと見えたんです! お二人も身に行きませんか?」

まるで、小さな子供のように はしゃぐ二人に、アスランは苦笑を浮かべた。

プラントには人工の湖や運河 ぐらいはあるが、その構造上、海などは造れない。

ニコルやリーラにとっては資 料映像の中だけのものだったあらゆるものが、新鮮な刺激として映っているようだった。その様子は、見てて微笑ましい。

「いや、いいよ」

苦笑しながら、アスランは申 し出を断った……今は、とてもそんな気分にはなれなかった。

「やっぱり、不安なんです か?」

リーラが気遣うような視線でア スランを見やり、言葉に詰まった。

「大丈夫ですよ。僕もリーラ も、アスラン…いえ、ザラ隊長やシスティ副隊長のことを信頼してますから 」

力強く語るニコルに、リーラ もしきりに頷いている。

こういう風に、他人を気遣う ところがこの二人の長所であり、自分とは違うところだろうな、とアスランは思っている。

冷静な判断と的確な指示なら ともかく、アスランには対人関係という純粋な気配りというものが苦手だ…それはリンも同様だ。

そういう意味では、相手の感 情を良く汲むニコルや純粋に相手を心配し、気遣えるリーラは軍内においては珍しいタイプかもしれない。

そこまで考えた時、アスラン はふと思った疑問を口にした。

「三人とも……どうして軍に志願したんだ?」

尋ねられた三人は、思わず キョトンとそた表情を浮かべ、アスランは自分があまりにも 唐突に抽象的なことを聞いていたことに気付き、慌てて説明を言い添える。

「いや、その……自分以外の 戦う理由というものを知らなくて…それでどうなんだろうな、と思ったんだが、可笑しな事を聞いて、すまない」

「いえ、構いませんよ。僕 は…そうですね、僕も戦わなきゃいけないなって思ったんです。ユニウスセブンのニュースを見たときに……」

アスランは、不意にニコルの 考えに感心した…自分は、あの時に母を喪い、軍へと入る道を選んだが…ニコルは、義務感から護る立場へと回った……似つかわしくない銃を取る立場へと……

「リーラは…?」

ニコルが尋ねると、リーラは 困ったような表情を浮かべた。

「私は…ニコルみたいに立派 な理由じゃないんだ。詳しくは言えないけど……」

「あ、無理に言わなくて も……」

無神経なことを聞いたと思っ たのか、ニコルが慌てて手を振るが、リーラは首を振る。

「ううん……でも、今は…大 切な人を護りたいって思うの………私の手で、護れるものがあるなら、頑張って護ろうって………」

何か、決意を感じさせるよう な瞳で語るリーラ…無意識のうちに、右手が胸元のペンダントへと伸びていた。

「そうか…強いんだな、ニコ ルやリーラは」

思わず呟くと、ニコルは苦笑を浮かべる。

「アスラン…その言葉、イ ザークの前では言わない方がいいですよ」

意味が解からず、首を傾げて いるアスランと、意味を理解したリンは疲れたように肩を竦め、リーラは苦笑いを浮かべた。

「アスランは…どうなの?」

リーラが遠慮がちに尋ねてきたので、聞いた本人が返答に困ってしまった。

「俺は……俺も、同じだよ。 ユニウスセブンの惨状を見て……戦わなければ、プラントを……皆を護れないと思った…そして、この戦争に勝てれば、コーディネイターの自立が果たせると 思った」

自立できれば、ナチュラルも コーディネイターの存在を対等に認めてくれるかもしれない…そんな淡い期待があった。

そうなれば、コーディネイ ターが今までそれだけのものを喪ってきたか、解かってもらえるような気がした……それが、決して安易なものではないと解かってはいるが。

「リンさんは……その、どう してですか?」

「差支えがなければ……」

アスランも耳を傾ける……リ ンは、何のために戦っているのだろう………

「……忘れたわ」

視線を逸らし、遠くを見なが らポツリと呟くリンに、一同は怪訝そうな表情を浮かべる。

「少なくとも、貴方達とは違 う……そんなご大層な理由なんかない。もっとも、戦い続けていると、そんな信念も歪んでしまうものよ」

苦笑を浮かべる。

「長く戦い続けていると…… じきに感覚が麻痺する…人を殺すことに慣れてしまうと、それにさえ罪悪感が浮かばなくなる…今の私は、戦うことでしか己の存在価値を見出せないか ら………」

そう…そして……あの女を倒 さなければ、自分は前に進めないのだ………

それとも……望んでいるの は………自身の死か………

(貴方は……私を殺してくれ るの…………姉さん……?)

リンの言葉に、三人はどう答 えていいか解からず、言葉を濁す。

秘めたる決意…そして……彼 女を戦場へ駆り立てる哀しみ………それらを垣間見たような気がした………

やや重苦しい沈黙が漂う中で、リンは不 意に微笑を浮かべた……三人は呆気に取られ、リンの視線を追うと、そこには海面を跳ねるように泳ぐ小さな影がいくつも連続で現われ、泳いでいく。

まるで、水面に投げられた小 石が水の上を切って跳ぶように……

「……それでも、地球は私に 安らぎをくれる。自分自身が血に酔うなかで、ほんの微かな変化が、私を留める…それが幸いなのか、それとも邪魔なのか…私には解からないけど」

自身は果たしてどちらを望ん でいるのか……自嘲気味な笑みを浮かべ、肩を竦めた。

それから数時間後……クス トースト内に警報が鳴り響き、一時の休息は終わりを告げるのであった。

 

 

 

オーブ内にある邸内で、カガ リは朝から慌しく旅の準備を進めていた。

昨日まで着させられていた鬱 陶しいドレスを脱ぎ捨て、身軽な服装に着替え、その上から砂漠で愛用していた防弾ジャケットを着込む。

戦場とは無縁な祖国……何不 自由なく、平和に穏やかに暮らせる場所……だが、カガリには必要ない場所だ。

必要な最低限のもの……非常 食や弾薬、医療キットなどをバッグに詰め込む。

モルゲンレーテが総力をあげ た修理作業は昨夜遅くに完了し、今日はいよいよアークエンジェル出航の日だ。もっとも、カガリは正規のクルーではないので、準備が終わるのを待ってくれる わけではない……だからこそ、急ぎ準備を進める。

準備を進めながら、カガリは つい先日のことを思い出していた……モルゲンレーテの敷地内フェンスでキラと一緒にいたのは間違いなくあの孤島で一夜を共に過ごした相手、アスランであっ た。

どうしてここにいるのか…そ して、何故キラと共にいるのか………カガリは不安になって二人に近付いたのだが、自分に気付いたアスランはすぐさま離れていき、キラも何も話そうとはせ ず、ただトリィを捕まえてくれただけだと言った。

その表情は、また落ち込んで いたと簡単に思わせるような表情であった。

アークエンジェルの行く末も 気にはなるが、それよりも今は、キラのことが心配であった。

その時、ドアがノックされ、 返事を待たずしてドアが開かれた。

振り向くと、現われたのは案 の定、ウズミであった。

ウズミは厳しげな視線を浮か べ、カガリを一瞥した後、静かに問い掛けた。

「あの艦と共に行くつもり か?」
「はい」

変わらずの尊大な口調にカガ リは眉を寄せ手元のバッグに視線を戻し、中断していた作業を再開する。

母親がいないカガリにとっ て、父であるウズミの存在は、尊敬と誇りであった。だが、ヘリオポリスの一件以来、彼女の眼には、そのイメージが激変した。

そして、同時に手強い相手で あると考えるに至った。

「……では、地球軍の兵とし てプラントと戦うのか。お前はそれほどまでに戦いたいか?」

皮肉るような言葉に、カガリ はカッとなり、振り向くと反論した。

「違います! 戦いたいわけ ではない!」

地球軍の兵としてではない… ザフトと戦うためにいくわけではない。

「では、何だ?」

静かに問うウズミに、カガリは臆することなく荒く答えた。

「彼らを助けたいのです!  そして早く終わらせたい、こんな戦争はっ!」

戦って、苦しんでいるキ ラ……敵でも撃てなかったアスラン………

皆が苦しむ戦争を……多くの 人が死んでいくこの戦争を、早く終わらせたい。
カガリの強い想いに、ウズミがやや厳しい視線と口調で更に問う。

「お前が戦えば終わるの か?」

「………っ!」

即座に言い返せず、カガリは 言葉に詰まる。

 

―――――貴方一人がいき がって戦っても……戦争が終わるわけじゃない…

 

ウズミの言葉が、モルゲン レーテで言われたレイナの言葉と重なる………

自分の考えていることなど、 まるであまいと言わんばかりの嘲笑……だが、その冷めた瞳には、言い知れぬ哀しみが漂っていた……彼女はとうに気付いていたのだろうか…自身が未だ理解で きないなにかを……

 

―――――ならどうやって勝 ち負けを決める?……敵である者を全て滅ぼしてかね?

 

未だに脳裏から離れない砂漠 での敵将の言葉が、カガリを苛立たせる。

「私一人の力では……で もっ!」

答えがはっきり出ないこの状 況が、カガリには歯痒く、奥歯を噛み締める。

彼女にとって、考えるという ことは苦手だ……ただ、眼の前のことのみを受け入れて進むが故に………気持ちばかりが先走って、何も考えられない。

「お前が誰かの夫を撃てば、 その妻はお前を恨むだろう……」

静かに語るウズミに、カガリ の心臓が止まりそうになる。

「お前が誰かの息子を撃て ば、その母はお前を憎むだろう……そして、お前が誰かに撃たれれば、私はそいつを憎むだろう……こんな簡単な連鎖が、何故解からんっ!」

それは、決して終わることの ない連鎖……愛するが故に憎む………

愛と憎しみは裏表……決して 離れることはできない。

解かっている…頭では解かっ ていても、カガリの心は納得しない……懇願するようなウズミの口調に抗うように声を荒げる。

「解かっています! しか し……この国で自分だけのうのうとして………」

なおも言い募るカガリを、ウ ズミは一喝した。

「そんな安っぽい、一人よが りな自己満足の正義感で何ができるか!?」

カガリはハッとして身を竦め た……以前レイナにも言われた。

自己満足の正義で大局を見れ ない小娘……その時は、意味も考えずに怒鳴ったが、今は考え込んでしまう……ウズミはカガリの両肩に手を置き、その眼を見る。

「銃を取るばかりが戦いでは ない。戦争の根を学べ、カガリ」

ウズミから眼を逸らし、ホル スターに納められたままの銃が無造作にベッドに置かれているのが視界に入った。

この銃を……自分は何のため に撃つのであろう……誰かを護るため…それとも……誰かを殺し、終わりのない哀しみと憎しみの連鎖を繋げるため……

カガリにははっきりとした答 えが出ない…だが、彼女はあの孤島で気付きかけたのだ。

この戦争は、銃を撃ち合うだ けでは終わらないということを……

「お父様……」

カガリが顔を上げると、ウズ ミは深い瞳で彼女を見返し、呟いた。

「撃ち合っていては、何も終 わらん……」

撃ち合わなくても、この戦争 を終わらせることができるのだろうか……できるのならば、自分はそうしたい……同胞と戦い続けるキラがこれ以上泣かずにすむように…孤島で出逢ったアスラ ンと戦う苦しみをあじあわないために………

カガリは、静かな決意を胸 に、ウズミを見るのであった……

 

 

 

出航直前のアークエンジェル 格納庫では、修理と点検を終えて戻ったルシファーのコックピットで、レイナが淡々とOSの変換を行っていた。

彼女の脳裏からは、先日出 逢った少女の顔が離れない。

 

―――――リン=システィ

 

今まで、何度も銃を向け合っ た相手…自身の失われた記憶を呼び覚ますかもしれない相手……だが、この胸に走る鈍い痛みは何なのだろう………

このままでは、自分はダメ だ……戦場での迷いは、自身を破滅へと導く………別に、死が恐いわけではない……それでも…『レイナ=クズハ』では、もう非情になり切れないかもしれない という危惧もある。

(また…『BA』に戻る、 か………)

自身の中に押し込めているも う一人の自分……何を思うのでもなく、ただ殺すことのみに生き続けた自分………あの頃の自分に戻るか…そうすれば、この甘さを断ち切れるのか……だが、 ウェラードの言葉が彼女を思い留ませる。

 

―――――二度と、BAには なるな。

 

あの時は、何を言っているの かも理解していなかった…いや、理解しようとも思わなかった………胸元のペンダントを握り締め、レイナは葛藤に思い悩む。

そして…もう一つの懸 念………自分は、記憶を知った時…果たして何でいられるのだろう。

 

レイナ=クズハとしての自 分………

BAとしての自分………

それとも…まったく別の自 分………

 

自分はその時、何を思い、望 んでいるのだろう……コックピット内で物思いに耽っていたが…その時、下方から何かを言い合う声が聞こえてきた。

モニターを見やると、スカイ グラスパーの横に並ぶインフェストゥスの前で起こっているようだ。

「大丈夫ですってば! シ ミュレーションだってもうバッチリ、やれますよ。

白いカラーリングに塗り替え られたインフェストゥスのコックピットに座るのは、地球軍標準のパイロットスーツに着替えたトールであった。

懸命に訴えるトールの意気込 みに、マードックやムウ、アルフは表情を顰め、キラも不安げに見詰めている。

「まあ……支援機が増え りゃ、確かに戦闘はラクになりますが……」

マードックが難しい表情で、 渋々と話す。

「ストライクやルシファーの 支援と、上空監視だけですよ! やれますって!」

自信ありげに語るトールに、 ムウやアルフは押し黙ったままだ……シミュレーションと実戦は違う……それこそ、相手が相手だ。生半可な腕では、生き残れない。

「それ、バジルール中尉の命 令?」

確認するように問い掛ける。

「志願したんですよ!」

心外そうに叫ぶと、ムウやア ルフはヤレヤレと言わんばかりに溜め息をつく。

「支援だけだぞ……それ以外 はするな」

マードックは表情を顰め、 トールは眼を輝かせるが、キラの表情は晴れない。

「トール……」

「だーから、心配いらないっ て! キラやレイナ、フラガ少佐やクオルド大尉も頑張ってんだもん、俺もちょっとはやんなきゃっ!」

だが、それでも前回のカガリ の失踪の件があるだけに、不安は拭えない…そんなキラの肩を叩きながら、トールが笑う。

「こういうことになったんだ しさ、俺も頑張らなきゃ。お前もいろいろ大変なのは解かってるけど……知ってるか? サイの奴、軍事関係のこと、今凄い勉強してる」

「え?」

眼を丸くするキラに、トール はしたり顔で笑う。

「自分で志願したんだもんな あ」

語るトールに、何か眩しいも のを感じ、キラはどこか寂しげに苦笑を浮かべた。

そんな様子を聞いていたレイ ナは、あからさまに表情を顰めた。

シミュレーションでは撃墜さ れても命を落とすことはないが、実戦は生きるか死ぬかだ……それ以前に、技量の低いパイロットには出て欲しくない。

艦載機が増えるのはともか く、増えすぎるのも考えものだ……パイロット全体の腕が揃っているならともかく、差があり過ぎると逆に足枷にしかならない。

また厄介なお荷物を抱えた と、レイナは溜め息をついた………

だが、すぐさま苦笑を浮かべ た。

こうして、他人を気遣うな ど、前までの自分なら、決して考えられなかったこと………これもまた、自分が変わったからだろうか……と、シートに身を深め、コックピットの天井を仰い だ。

 


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