降り注ぐ水滴……突き刺さっ たランサーダート………

その光景を、キラとアスラン は呆然と見詰めている………

そこへ、先程海中に落とされ たデュエル、バスター、リベレーションがやっとのことでイージスやストライクのいる小島まで這い上がってきた。

だが、三人はその光景にまさ かという思いを抱いた……『X207 BLITZ』の信号の途絶………

イザーク、ディアッカ、リー ラはメインモニターに映るその光景に同時に息を呑み、身を強張らせた。

そんなはずはないと思いつつ も、何処を探してもブリッツの反応はない。

フェイズシフトのとけたイー ジス…その前に佇むストライク……二機の間に突き刺さったランサーダート………その光景から、三人は最悪の結果に至った。

「ニコル……」

ディアッカが、半ば上擦った 声を上げる。

「そ、そんな……」

リーラも半ば信じられないと いった面持ちで、震える口調で呟く。

「バカな………」

搾り出されたようなイザーク の言葉。

 

ブリッツを弾き飛ばした対艦 刀をぶら下げたまま、呆然と立ち尽くすストライク……

キラの手が震える……ストラ イクの手から対艦刀が離れ、大地に転がる。

眼前の光景に、驚愕の表情か ら鋭い視線に変わるアスラン。

眼に漂うは…狂気……そして 憎しみ………

「くっそぉぉっ!! ストラ イクゥゥ!!!!」

「アスランっ!」

「うわぁぁぁぁ!!」

デュエルとリベレーションは ストライクを、バスターはフェイズシフトダウンしたイージスを庇うかのようにそれぞれビームを放つが、ストライクはそれをなんとかかわす。

《ヤマト少尉、何をやってい る!》

ナタルの叱咤とともにアーク エンジェルが上空に覆い被さるように近付き、底部イーゲルシュテルンが三機目掛けて放たれ、地面着弾時に黒い煙が舞い上がりそれはそのまま煙幕となり三機 の視界を覆い隠す。

 

そして…上空で見詰めていた リンも、ハッと我に返る。

ルシファーが加速し、こちら にビームサーベルを振り下ろしてきた。

「ちっ!」

舌打ちしながら、対艦刀で受 け止める。

《……引きなさい、今の貴方 達に勝ち目はないわよ》

「っ!!」

唐突にコックピットに響き 渡った声に、リンは思わず眼を見開き、息を呑んだ。

ルシファーが接触回線で通信 を繋げてきたのだ。

いきなりのことに多少驚いた が、この状況では仕方ない……僚機の撃破に浮き足立っている以上、不利なのは明らかだ。

ルシファーを弾き飛ばすと、 ヴァルキリーも小島へと降下する。

 

《ストライク、ルシファー戻 れ! 深追いする必要はないと言ったはずだ!》

キラはその言葉に、後悔の念 を押し寄せた……唇を噛み、上昇する。

「逃がすかぁぁぁ!!」

怒りにかられ、イザークはス トライク目掛けてビームを放とうとするが、再びアークエンジェルのイーゲルシュテルンに阻まれる。

「ぐっ!!」

雨のように降り注ぐイーゲル シュテルンに、PS装甲のエネルギーが削られていく。

その時、ヴァルキリーの放っ たビームマシンガンが底部イーゲルシュテルンに着弾し、爆発と同時に弾丸の雨が和らぐ。

「全機、後退する」

抑揚のないリンの声が響き、 イザークが怒鳴る。

「何だとぉ!?」

「よせイザーク! 今は下が るんだ!」

ディアッカの静止が、今のイ ザークの怒りを煽り、奥歯を噛み締める。

バスターはビームでアークエ ンジェルを牽制しつつ、動けないでいるイージス を急かす。

「アスラン! 早く!

ディアクティブモードになっ たとはいえ、イージスはまだ動ける。

操縦桿を握り締め、歯噛みし ながら…イージスも海に向かって撤退していく仲間を追い、撤退していった……

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-28  閃光の死闘

 

 

 

《戦闘空域を離脱する! 推 力最大!!》

ストライクとルシファーが着 艦すると同時にアークエンジェルが加速し、高度を上げて離脱していく。

キラは未だ、茫然自失とした まま、コックピットで震えていた。

 

―――――――ニコル

 

耳に響くは、アスランの悲痛 な叫び。

鮮明に蘇る……ブリッツを自 ら弾き飛ばした瞬間と、そのパイロットの断末魔の声……そしてアスランの叫び………

どうしようもない震えがキラ を襲い、 項垂れたままラダーを使いコックピットから降り立つキラ。

そんなキラを、歓声を上げた 整備士達が迎えてくれた。

「よっしゃあ、お疲れさ ん!」

帰還したキラを一番最初に迎 えてくれるのはマードックだ。キラの肩を叩きながら、賛辞を送るも、今のキラには嫌悪感しか沸かない。

「遂に1機やったって!?」
「ブリッツだってな!」
「すげえよ、よくやった!」
キラの周囲を取り囲み、マードックに続くように整備士達が次々と賞賛の声をキラに浴びせる。

自分達で開発しながら、敵に 奪取され、今日まで宇宙から散々追い掛け回してきたあのXナンバーの1機が撃破されたのだ。

整備士達にとってはまさに祝 うべきことなのだ。

「ホント、ここんとこ凄い じゃねぇかよ坊主……じゃねぇか、少尉はよっ!」

「この調子でこれからも頼む ぜ!」

「もう向かう所敵ナシだ ぜ!」

聞こえる賞賛の全てが煩わし く、吐き気がした……自分は、そんな立派なことをやっていない……むしろ、最低なことをしているのに……どうして、褒められているのか……

ヘルメットを持つ手に力がこ もり、キラは上擦った声を吐き出した。

「……やめてくださ い………!」

喜びに沸いていた整備士達の 声が意表を衝かれたようにピタリと止み、戸惑う。
キラは、ただ眉を寄せて自分の言葉を続けた。

「人を殺してきて……そん な…よくやっただなんて………」

場が水をかけられたように静 まり返る。

キラの心情を察したマードッ クは思わず額を押さえるが、不満を隠せない整備士の一人がポツリと呟いた。

「なんでぇ、今までだって散 々やってきたクセに………」

その言葉を聞いた瞬間、キラ は眼を見開き…震え出す。

それは、現実であり真実 だ……ここに至るまで、自分は数多くのMSを倒し、戦艦を落としてきた。それらを意識しなかったわけではない。

だが……キラの脳裏には、未 だにブリッツのパイロットの死の叫びが離れない。

キラは更に歯を食い縛る。

場の緊張が高まるが、そこへ スカイグラスパーから降りたムウとアルフが仲裁に入る。

「ほらほら、皆も嬉しいの解 かったが、今は落ち着けって……」

「キラも疲れてるんだ……ほ ら、キラ」

アルフは整備士を掻き分け、 ムウが庇うようにキラに手を差し出すが、キラは余計なお世話だと言わんばかりに嫌悪感とともに差し出された手を振り払い、一人でドッグを出て行く。

そんなキラの背中を見送りな がら、整備士達は『感じが悪い』というようにヒソヒソと小声で言葉を交わす。

ムウとアルフがチラリとマー ドックにアイコンタクトを送ると、マードックは頷き、二人はキラの後を追った。

「おらぁ、作業開始だ! ま だ油断できねぇからな、急げよっ!!」

場の空気を読んだマードック が、わざとらしく大声で指示を出す。

整備士とパイロットには、 『信頼』という絆がなければならないのだから……整備士達はぶつくさぼやきながらも作業を開始し始めた……

 

行き場のない怒りを抱えたま ま一人廊下を歩くキラに、ムウとアルフが追いついた。

「悪気はないんだ」

後ろから声を掛けながら、ム ウがキラに並び言葉を続ける。

キラの面持ちに同情しながら も、それでもそこで止まるわけにはいかなかった。

キラは鬱陶しそうに歩みを早 める。

「皆……お前を仲間だと信じ てる」

「………解かっています」

そう…自分はそれを望んでい たはずだ……ナチュラルだらけの地球軍に居続けるために……答えつつも立ち止まろうとも振り向こうともしないキラに、ムウが顔を顰め、アルフが肩を掴み、 立ち止まらせる。

「キラ!」

やや強めの口調で呼び掛け、 肩越しにキラが振り返るが、その表情は硬い。

「俺達は軍人だ……俺達は戦 争をしているんだ!」

現実を突きつけられ、キラが 顔を背ける。

アルフの言い分は正論だが、 所詮は理由に過ぎない……

「撃たなければ撃たれる。俺 達も、お前も、皆!!」

「解かっています!」

半ば、ヤケになったように吐 き捨てるキラ……戦わなければ護れない……アークエンジェルの仲間達も、自分の命も………

「解かっていないから…迷う んでしょう」

激昂するキラに向かって掛け られる辛辣な言葉……三人が振り返ると、そこにはパイロットスーツを着たままのレイナが佇んでいた。

無言のまま、ムウとアルフの 間を抜け、キラの前に立つ。

「…………っ!」

次の瞬間、右手を振り上げて キラに平手打ちをした。

乾いた音が響き……叩かれた キラは呆然と頬を押さえ、ムウとアルフも半ば唖然とした面持ちでそれを見詰めていた。

「キラ……貴方は結局、何が したいの? 何のために戦うの?」

真っ直ぐにこちらを見るレイ ナの視線と問い掛け……キラは思わず、視線を逸らす。

「友達を護りたい……貴方は だから戦うんでしょう? それともなに……今更、怖くなったの…殺すことに………ふざけないでっ!」

ビクッと身が震える。

「怖いんだったら……どうし てMSに乗ったの!? どうして戦うことを選んだの!? 今更、後悔しても遅いのよ…それともなに……あんた達は戦争ゴッコがしたいの? 周りを自分達に 巻き込んで…そんなに周りを殺したいの!?」

レイナの言葉に、ムウとアル フは一瞬疑念を浮かべた。

――――達……レイナは確か にそう言った………どういう意味なのか…二人には、答えが出ない。

「私は言ったはずよ……殺す 覚悟と、殺される覚悟………戦いに身を投じるなら、この二つの覚悟を持ちなさいってね………それが持てないままこのまま戦うというなら、貴方は最低よ」

吐き捨てるように言い放つ と、レイナはその場を去ろうと歩いていく。

「それとも…死にたいの?  死にたいんだったら……いつでも殺してあげるわ………」

キラの横を通り抜ける……キ ラは何も言い返すことができず、唇を噛み締める。

解かってはいる……解かって はいる……だが、敵はアスランであり、 キラにとって、大切な人なのだ。

戦わないと護れないのは解 かっている……だが、護るために戦って、撃たなければならないのは、護りたい人達と同じくらい……いや、もしかしたらそれ以上に大切な人達なのだ。

仲間を守るために大切な人を 殺して、一体その先に何が残る………

キラは俯いたまま、怒りと哀 しみに拳を震わせていた。

 

 

 

「くそっ!」

両隣で黙ったまま着替えてい るアスランとディアッカを横に、イザークはパイロットスーツのままロッカーを殴り付けていた。

「くそっ! くそっ! く そぉぉぉぉぉっ!!!」

怒り任せに何度も殴り、蹴り 付けた……弾みで、ロッカーの扉が開き、中に吊られた赤い軍服がのぞく。

「イザーク!」

ディアッカが咎めるようにイ ザークの肩を掴む……イザークが先程まで殴り付けていたのはニコルのロッカーだ……もはや主のいない軍服を見詰めたまま、イザークは拳を震わせる。

「何故アイツが死ななきゃな らない!?」

イザークの悲痛な声が響き、 アスランに詰め寄る。

「こんな所で!! え え!?」

やるせない怒りをアスランに ぶつけていると、今まで無言で聞き入っていたアスランが突如イザークの襟首を掴み、その身体をロッカーに叩き付けた。

「言いたきゃ言えばいいだろ う!?」

アスランは怒りに満ちた表情 でイザークを睨み、叫ぶ。

「俺のせいだと……俺を助け ようとして死んだと!!」

今まで見たこともないアスラ ンの悲痛な表情……イザークは、自分以上にニコルの死に衝撃を受けているのだと、知った……アスランを責めるわけではない。

だが…ではどうすればい い……誰にこの怒りをぶつければいい………微かに眼元に涙を滲ませ、イザークもアスランを睨む。

「アスラン! イザークもや めろ!!」

険悪な雰囲気の漂う二人の仲 裁に入るディアッカ……それすらも、以前はニコルの役割のはずであった。だが、もうその仲裁をする者はいない…ディアッカ自身にも、辛い現実を突き付けて いた。

「ここでお前らがやり合っ たって、しょうがないだろ! 俺達が討たなきゃならないのは何だ? ストライクやルシファー…地球軍のMSだ!!」

イザークが奥歯を噛み締め、 アスランの腕を振り払う。

「解かっている…そんなこと は………!」

涙を振り捨てるように、イ ザークは震えた口調で……それでも何かを誓うように叫んだ。

「ミゲルもアイツらにやられ た! 俺も傷をもらった! 次は必ずアイツらを討つ!!」

討たなければ……次はこの中 の誰かが死ぬ…ニコルのように…………

自分……もしかしたら別の 者…だが、イザークは大切な者の顔を思い浮かべ、頭を振る。

あの少女を……あの少女だけ は誰にも奪わせない…いや、もう誰も死なせない………

「俺がこの手で討つ!!」

イザークは手を強く握り締め て、ロッカールームを着替えもせず飛び出した。

ディアッカも、唇を噛み、ニ コルの軍服を一瞥すると、静かにロッカールームを後にした。

イザークやディアッカが、ニ コルの死に大きく動揺している…そして、哀しんでいる。

アカデミー時代、誰がこんな 姿を想像できただろうか……?

アスランはロッカーに近付 き、おぼつかない手で軍服に触れると、何かが零れ落ちた。

ハッと顔を上げ、反射的に床 に視線を移すと、そこには手書きの楽譜が散らばっていた……それを眼に留めた瞬間、表情が苦痛に歪む。

「くっ……ぅぅうう うっ………ぅあああぁ……!」

嗚咽がこもれ、アスランは拳 をロッカーに叩き付けた……眼元から涙が次々に溢れ、床を濡らす。

自分が無性に赦せなかっ た……いつも、心配そうにこちらを気遣ってくれた者を顧みず…頭にあったのは傍にいない親友のことだけ………悔やんでももうなにもかも遅い。

「撃たれるのは、俺の……俺 のはずだった………!」

あの時……あの刃を受けるの は自分のはずだったのに………

「ニコル………」

どれだけ悔やんでも悔やみ切 れない……自分の甘さか…非情になり切れなかった自分自身への甘えが、ニコルを殺してしまった………

「俺が……っ!」

脳裏を過ぎるのは、3年前に 別れたキラの……あの泣きそうな顔……そして、オーブで出逢ったあの時と変わらぬ姿………

「……今までアイツを撃てな かった……俺の甘さが……お前を殺した………っ!!」

自身の半端な覚悟が周りを巻 き込み、ニコルを死に追いやってしまった………まだ、これから未来があった15歳の少年なのに……

アスランは力なく座り込み、 ニコルの軍服を抱き締める。

 

――――ストライク、次に撃 たねば撃たれるのは君かもしれんぞ……

 

宇宙でクルーゼに囁かれた言 葉…今でこそ、予言めいた忠告が、なんと皮肉に思えるのか。

俯いていたアスランの眼に浮 かぶ涙……ゆっくりと顔を上げ、床に散らばった楽譜に視線を落とす。

悲しみに暮れるアスランの表 情が一変する。

それは、憎しみというよりも 殺意に満ちた表情……

ニコルは殺された……親友 だった少年に………キラ=ヤマトに………

「…キラを撃つ………今度こ そ……必ず………」

凄惨な眼で、アスランは己自 身に向かって呟いた…それこそが、己の犯した罪への罰だとでもいうように………

 

 

アスラン達が言い合うロッ カールームの壁を隔ててある女性用のロッカールームで、リンとリーラがいた。

リンはパイロットスーツを脱 ぎ捨て、微かに痛みの走る右腕を持ち上げる……右腕が、微かに腫れ上がっていた…恐らく、先程の戦闘で負傷したのだ。

ロッカーから取り出した軍服 のスカートを穿き、続けて取り出したテーピングを右腕に巻き付けていく………

「リンさんは……どうして、 平然としていられるんですか………」

黙々と作業を行っていたリン は、ベンチに腰掛け、俯いたままだったリーラの涙混じりの声に一瞬、動きを止める。

「………慣れてるからかし ら…人の死に……」

素っ気なく答えると、テーピ ングを終え、軍服の上着を無造作に羽織る。

「私を冷たいと思う? でも ね……泣いても、死んだ人間は生き返りはしないわ」

現実を突き付けるリンに、 リーラは言葉に詰まり、更に涙を浮かべる。

恐らく……この部隊の中でこ ういった経験が豊富なのはリンだけだろう………彼女は、戦争の初期から最前線で戦ってきた……漆黒の戦乙女………そう呼ばれるまでに、多くの連合軍の軍人 を殺し…また多くのザフトのメンバーの死を見てきた………

彼女にとって、他人の死に哀 しむなど自身の戦いを迷わせるだけでしかない……

「死に動揺するのは解からな くもない……だけど、それに拘っていては、次は自分自身が死ぬわよ………」

……自身の死…それを考えた 途端、リーラは訳も解からない恐怖に身体が震え出す。

「泣きたいなら泣けばい い……」

いつもよりは優しげに声を掛 けるリンに、リーラは涙を堪えきれずに縋り付き、リンの胸に顔を埋めて泣きじゃくった……初めて感じた親しい者の死…自分の死……そして…大切な者の 死……言い知れぬ悪寒を止める術を、彼女はまだ知らなかった。

「……恐らく、次が最後にな る…私が、姉さんを殺すか………それとも、私が姉さんに殺されるか………」

独り言のように囁くリンに、 リーラは眼を見開き、思わず顔を上げる。

 

………誰ガ……誰ヲ…殺 ス…………

 

「姉…さん………?」

自分が何を喋ったのか……理 解するまで、数秒掛かった………

地球降下時、アークエンジェ ルの捕虜になった時に出逢い、自分を助けてくれた少女…そして……先のオーブ潜入時に垣間見た少女の顔が脳裏を過ぎる。

眼の前の…リンと鏡合せのよ うに相似の少女………

「…レイナ=クズハ……確 か、今はそう名乗っていたかしら………私の姉……私が殺すべき者……そして…私を殺してくれる相手………」

静かに……どこか哀愁を漂わ せた表情で呟く。

「そんな……そんなっ!」

リーラは先程までの涙を拭 い、憤りを感じて叫ぶ。

「どうして……どうして姉妹 で………っ!」

今まで……知っていて戦って いたのか………姉妹で…そんな事が赦されるはずがない。

姉妹で殺し合うなど………

「私が望んだこと……それも 次で終わる…いえ……終わらせる…………」

ゾッとするような冷たい瞳で 呟くリンに、ビクッと身を竦める……

リンは眼を閉じ、虚空を見や る。

 

(所詮私は…まがいも の………私達は…共に死を宿命づけられた存在……だから…………私を……殺して…………レイ…………)

 

 

 

既に夜も更け、直に陽が昇ろ うという時間……海上を静かに北上するアークエンジェル。

マリューが微かに欠伸を噛み 殺したとの同時にブリッジへのドアが開き、ナタルが入室してきた。

マリューも慌てて背筋を正 し、首を振り向かせる。

「代わります」

「ありがと」

短く返事をすると、マリュー が立ち上がり、入れ代わるようにナタルが艦長シートに着く。

しかし……交代時間ピッタリ にブリッジに現われるとは……もしかして、時間を計っているのではないだろうかとマリューは苦笑を浮かべる。

「アラスカとのコンタクト は?」

腰掛けると通信席のカズィに 尋ねる。

「電波状況酷く、まだ取れま せん」

変わらない状況に、マリュー とナタルは顔を見合わせて軽く溜め息をついた。

「……このまま行けば、明日 の夕刻には北回帰線を越えられるわ。そうなれば連絡もつくでしょう」

気休めのようにマリューが呟 くと、計器類を操作しながら、ナタルが苦い表情で応じる。

「ボズゴロフ級は高速艦で す。あの後、こちらをロストしてくれていればいいのですが……」

それも、ささやかな願望では あるが、相手はアークエンジェルがオーブに身を隠していると予測した上で網を張っていた程の執念深い相手だ。こちらも高速艦ではあるが、それも宇宙でのこ と……地上においては向こうの方が遥かに足が速く、またこのまま引き下がるとも思えない。

ブリッツ一機を墜としたとは いえ、向こうにはまだ油断できない戦力が残っている。

「因縁の隊ね…確かにしつこ いわ………」

ぼやくように、以前ムウが評 した言葉を口にするが、ナタルが微かに戸惑うように答えた。

「フラガ少佐は、アレはク ルーゼ隊ではないようなことを言っておられましたが………?」

「え? だってアレ は………」

ヘリオポリスから執拗に追い 回してきた…自分達で造り上げたMSを見間違うはずもない……ナタルは困惑したように答え返す。

「私は解かりません…ただ、 少佐がそう言っておられたのを耳にしただけで………」

どういうことだろう……MS のパイロットが替わったのか…それとも、部隊を指揮する者が替わったのか………だが、何故ムウはそんな事が解かったのか。

マリューはどことなく腑に落 ちない気分でブリッジを後にした。

 

 

「いやもう! 最初はホント にびびったよ!!」

大仰に話すトールの声が通路 にまで響き、フレイは思わず歩みを止めて聞こえてきた食堂を覗き込む。

「…発進してすぐ、一発目の ビームがきたときはさぁ!」

自分がスカイグラスパーで出 撃した時の興奮や武勇伝を得意げに語るトールの周りには、ミリアリアらや整備士達が座り、聞き入っている。

「けど、ああいうのもシミュ レーションでやってたからさ! もう、咄嗟に操縦桿引いて……」

「いやいや、たいしたもんだ ぜ。初陣であそこまで乗れりゃな」

整備士達の賞賛に、トールは 誇らしげに眼を輝かせる。

だが、逆にフレイは鼻を鳴ら し、一瞥するだけだ。

「いや、でも凄かったよ、ア レはホント。何時の間にあんな事、できるようになったんだか」

「随分やってたもんね、シ ミュレーション」

呆れた口調でからかうサイ に、ミリアリアが答え返す。

「サイだって、いろいろ勉強 してるじゃないか。ミリィもカズィも凄いできるようになったし」

「まあな、俺達だってもう、 お客さんじゃないんだから」

落ち着いた口調で答えると、 ミリアリアも頷く。

何時の間にか、この艦のク ルーであることに違和感を抱かなくなってしまっている自分がいる……それが良い事なのか悪い事なのかは解からないが………

「でもトール、ちょっと調子 に乗りすぎ! 凄く心配だったんだから! トールが出るって聞いた時は!」

睨み付けるように小言を言う ミリアリアにトールは苦笑いを浮かべる。

「大丈夫だって、支援だけな んだからさ。ミリィは心配しすぎ」

辟易した様子を装いつつ、恋 人を優しげに見るトール。

そんな、なんの屈託もなく笑 い合う二人の姿を見ているうちに、フレイはイライラとした感情に唇を噛み、踵を返す。

もはや、自分の存在が完全に 艦内部で切り離されていることに気付き、愕然となる。

それも仕方がないことかもし れない…地上に降りて以来、彼女はほとんどキラの部屋から出てはいないのだから…彼女を知っているクルーの数も少ない。

その間にサイ達はクルー達と 馴染み、既にフレイのことなど忘れたかのように振る舞う。

自分の婚約者だったくせに… 自分は、キラを利用するためにキラに近付いたのに…そんな事も気付いてくれないサイに、身勝手な憤りを覚える。

そして……さらに自分を苛立 たせるのは、オーブでのキラとのやり取り……

 

――――…間違った……間 違ったよね………

 

あの時の切なげなキラの思い 詰めた声が胸を締め付ける。

だが、その度に頭を振ってそ の表情を打ち消す……間違ってなんかいない、キラはコーディネイターだから利用した………苦しむ姿に可哀想だなんて思っていない………

身体を、言い知れぬ寒気が襲 い、フレイは身震いする……キラを苦しめる道へと追い遣ったのは他でもない自分自身だ。

フレイは必死に頭を振り、震 えを抑えるように身体を抱き締めた。

違う……自分のせいじゃない と何度も心に叫びながら………悪いのはキラやあの女だ。

父を護ってくれなかった彼ら が悪いのだ…自分は悪くないと……子供のように叫んでいた。

彼女は無意識のうちに格納庫 の前に行き着き、未だはっきりとしない思考でキャットウォークを見下ろした…そして、そこに佇むキラを見た……

 

 

無人の格納庫で、キラはスト ライクを見上げていた。

脳裏には、先程の光景が鮮明 に焼き付いている。

自分とアスランとの間に割り 込んできたブリッツ……コックピット目掛けて振り下ろされる剣……弾き飛ばされ、水没していくブリッツ……そしてアスランの絶叫………

ニコル……確かにそう聞こえ た。あの時…オノゴノで見たアスランの仲間達の一人………自分は、アスランの仲間を殺してしまったのだ。

またもや、悪寒が身体を襲 い、唇を強く噛みながら拳を握り締める。

【トリィ】

俯くキラを慰めるように格納 庫を飛び回っていたトリィが肩にとまり、キラの頬に擦り寄る。

微かに笑みを浮かべ、指でト リィの顎をしゃくる。

3年前……これを手渡してく れたアスラン…そして、オーブでフェンス越しにトリィを手渡してくれたアスラン………

たった3年の間に、自分達は 遠く離れてしまった………

 

―――――信念が違えば、そ れは敵よ……

 

一人の少女の言葉がキラの胸 を締め付ける。

……敵。

声には出ず、口の中でその言 葉を呟く……肩から飛び立つトリィを眼で追う。

離れていく様は、まるで離れ ていくアスランとの絆を連想させる。

「僕は……君の…敵………」

その言葉は、自身の耳に響き 渡り、自身が誰かの敵であるという事実をはじめてキラに突き付けた。

苦しい……逃げれるのならこ んな場所から逃げ出したい……しかし、もはやそれは叶わぬことだ。

自分の手はもはや血に汚れす ぎている……そして、仲間を殺されたアスランは今度こそ『友』としてではなく、『敵』としてキラを討ちにくるだろう………

「……そうだね…アスラ ン………」

諦め切った表情……戦って も、敵がいる限り戦いは終わらない……ならば、戦いが終わった後には、もはや敵の屍しか残っていないのか………

キラは沈んだ表情で、その場 に深く座り込んだ。

 

 

 

薄暗い周囲……僅かに見える は機械……そして微かな機械音………

息苦しいのは相変わらず だ……いや、液体の中にいれば苦しいのは当たり前だが………

自分の周りにはられた水…… それを隔てて横に並ぶのは、細長いカプセル……

カプセルの周りで、誰かが言 い争っている……声からして男と女だ。

言い争いが続き、男の方が近 付いてきた。

顔ははっきりとは見えない… だがそれでも、自分はこの男に一片の好意も持っていないのは確かだ…いや、そういう風に認知する心すら、今の自分には無いのかもしれない。

 

――――……前達………最 高…作……2……I……3………R…………

 

何を言っている…耳が聞こえ ない。

開いているのかも解からない 瞳で、視線を横へとずらす……水を隔てた先に見えたのは…………自分だった………

 

 

 

「………っ」

ハッと眼を開けると、レイナ は周囲を見渡す。

夜の闇が包み込む海上……静 寂だけが支配する夜………そこで思い出した。

確か、夜風に当たろうとデッ キに出て、そのまま壁に身を預けて寝てしまったのだ。

「………また…あの夢、か」

右手で額を押さえ、顔を俯か せる。

地球に降下して以来、毎夜の ように見る夢………考えてみれば、降りてからぐっすり眠ったことなど一度もないような気がする………

悪夢……一瞬、そんな考えが 過ぎると、自嘲気味な苦笑を浮かべた。

「それだったら……まだ可愛 気があるか………」

背を壁に預け、夜空に輝く星 を見上げる。

アレは単なる夢ではない…… 自分の………いや、自身の過去の記憶だ………

レイナ=クズハでも…BAで もない………過去の自分自身……………

そして……夢に出てくる光 景…………

最近は特に鮮明になってきて いる…以前は、視界がぼやけてほとんど認識できない程であったのに………そう…リンと戦い続けて………彼女との戦いが、記憶をより鮮明にしてくれている。

なにより……夢で見た……… 自身と同じ顔の者…………

そこまで考えて、レイナは徐 に立ち上がり、突然頭を壁に打ち付けた。

鈍い音………額から微かに流 れる鮮血…………

ゆっくりと頭を上げ、壁に身 を預ける………

自分が自分でなくなりそう で、気が狂いそうになる……いや、既に狂っているから、もう狂いようがないかもしれないが…………

だが、それも…もうすぐ終わ るような気がする………リン達がこちらに仕掛けるチャンスは恐らくあと一度………夜明けと同時に仕掛けてくる可能性が高い。

僚機を撃破された以上、今度 は全力で襲い掛かってくるだろう…リンとの戦い……自身の記憶を知る戦いも、それで終わるかもしれない………記憶を知れば、少なくともいつ死のうが構わな いと思っていた………だが、今は違う……リンとの決着を着ける前に、殺しておかなければならない相手もいる………その後は………

「……死…何を今更………」

最初から解かっていたこ と……いや、それが自身の終着であることは既に決まっている。

苦笑を浮かべ、額から流れる 血を拭う………そう…自分は、血で汚れている………だが、だからといってそれに悲観しているわけでもない。

こうしなければ……自分は生 きてこれなかったのだから………自身を殺そうとする他人を殺し、生き延びてきた…自身の記憶だけを求めて…今更、生き方を変えるつもりもない。

どれだけ血で汚れようとも… どれだけ血に濡れようとも……自分は進み続けるしかない…そうやって生きてきたのだから………

「………貴方が…私を裁いて くれるの…………」

薄っすらと地平線の彼方から 昇り始めた陽によって淡い紫に彩られる夜空を見上げながら、レイナは呟いた…………

 

 

 

満月が夜空に輝き、微かな月 光が海中を照らす。

その月光に彩られる静かな夜 の海を、クストーストは静かに進んでいた。

ブリッジ内には緊迫した雰囲 気が漂い、同じく構えているパイロットの面々……

「センサーに艦影!」

オペレーターの声に、アスラ ン達は反射的に振り返った……パネルには、動く光点が点滅している……素早くデータを照合すると、それは全員が待ち望んでいた答えだった。

「艦照合……足付きです!」

「間違いないか!?」
「ありません!」

艦長の慎重な言葉に、部下が 確信を持って答える。

皮肉なことに、年少のパイ ロットを失ったことは、それまで不満を持っていたクルー達に強い結束力を齎していた。

アスランは眉を寄せ、モニ ターに映し出されたアークエンジェルの予想航路を睨み付ける。

「小島だらけの海域だな。陽 の出も近い……仕掛ける には有利か」

「潜水空母では動きが規制さ れるけど……MSで攻めるには地形的に有利か」

艦長の言葉に、リンが便乗す る。

「先の戦闘で足付きも相当な ダメージを負っているはずですよね……」

リーラも、どこか上擦った口 調で告げる。それが単なる武者震いと思ったイザークは、リーラの肩に手を置きながら、パネルを睨む。

「今日でカタだ! ストライ クめ!!」

憎しみと怒りがこもったイ ザークの言葉に、ディアッカも同意するように声を上げる。

「ニコルの仇もお前の傷の礼 も、俺がまとめて取ってやるぜっ!」

そして……もはや殺意と狂気 に染まった瞳で、アスランは静かに告げた。

「出撃するっ!」

もはや、冷たい氷のようにア スランの心情は冷静だった……ストライクを…キラを討つために、彼は今……非情という名の仮面を被ったのだ………

 

―――――待っていろ……ニ コル………

 

ブリッジを出、格納庫へと向 かうアスランは散ったニコルに静かに決意を誓った。

 

 

全員がブリッジを飛び出し、 パイロットスーツに身を纏い、自機へと乗り込んでいく。

そんな中、ヴァルキリーに近 付いていたリンに、リーラが声を掛けた。

「リンさん」

無言で振り向くと、リーラが どこか不安げな表情を浮かべていた。

「あ、あの……」

自分でも上手く言葉が纏まら ない……数時間前に聞かされたリンとレイナとの関係………できるのなら止めたい…いくら敵でも、姉妹で戦うのは間違っている。

「………貴方には関係ないこ と。これは私と…姉さんの問題なんだから」

だが、そんなリーラの思惑を 察していたのか、リンは素っ気なく答えると、身を翻す。

「他人の心配より…自分が生 き残ることに執着しなさい………迷いは、即座に死を招くわよ」

ビクッと身を一瞬竦めると、 リンはそのままラダーを使ってヴァルキリーのコックピットに乗り込んだ……モノアイに光が灯り、ヴァルキリーが起動する。

リーラは、己の無力さと、死 ぬわけにはいかないという決意をごちゃ混ぜに、リベレーションへと乗り込んでいった。

パイロットが全員搭乗を完了 し、艦の浮上するのを待つ。

《トリムそのまま、海面まで 20!》

格納庫にはMSが5機……昨 日までは、ここに6機のMSがあった……しかし、それは欠けてしまった。

3つしかない射出口……以前 は、イージス、ヴァルキリー、デュエルなどの近接戦闘を主眼とする3機が先に出撃後、ブリッツ、バスター、リベレーションの援護・後方支援型の3機が出撃 するという手順だった……改めて、失ってしまったものの大きさを痛感するパイロット達………

《対空防御スタンバイ! 射 出管制オンライン!》
《警報発令!》

《浮上します!》

朝日を受けて淡く染まる海面 を割り、クストーストが浮かび上がり、デッキのハッチが開いていく。

出撃すれば、もはや後戻りは できない………

「後戻り……何を今更」

今迄、幾度となく銃を向け合 い、殺し合ってきたというのに………リンは内心で嘲笑う。

相手を殺すか…自分が殺され るか……自分達にはそれしか赦されないというのに………互いに、異端者である自分達には…………

射出されるイージス、ヴァル キリー、デュエル、バスター、リベレーション……続けて射出されたグゥルにヴァルキリー以外の機体が飛び乗り、エンジンを噴かし、真っ直ぐにアークエン ジェルに向かって飛び立った。

 

 

 

アラートが鳴り響くアークエ ンジェル艦内。

「ソナーに感! ボズゴロフ 級潜水空母です!!」

トノムラの叫びが響き、艦長 シートに座っていたナタルは顔を顰めた。

 

《総員第1戦闘配備! 繰り 返す、総員第1戦闘配備!!》

突然の警報に、眠りについて いたクルー達が慌てて飛び起き、それぞれの配置に向かって駆け出す。

ストライクの足元で蹲ってい たキラも、心の中で嘆きつつも、それでも護りたい者のために戦うために廊下を全力で走る。

「キラ!」

パイロットロッカーに向かっ ていたキラは、その声に驚いて立ち止まる。

「キラ……キラ、 私…………」

フレイの中に、どうしようも ないに罪悪感が沸き上がる……何を言っていいのか解からない。

謝らなければならない……今 迄騙し、利用していたこと…気遣いを振り払ったこと……

うまく言葉が纏まらないでい ると……キラは僅かに眉を寄せると、フレイから視線を逸らした。

「ゴメン……後で…」

鳴り響く警報がキラを急き立 て…追い縋ろうとするフレイに、キラは微笑を浮かべた。

「……帰ってから」

辛そうに微笑むキラに、フレ イは何も言えず、胸を突き刺されたような感覚に陥る。

立ち竦むフレイを置いて、キ ラは走り去った……フレイはそれを、ただ見送ることしかできない。

フレイは願った…キラが帰っ てくることを……そして、全てを謝ろうと………

偽りの関係に、終止符を打と うと………

 


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