凄まじい轟音と閃光はアーク エンジェルからも確認できた。

損傷した機体とともに回収さ れたムウ、アルフ……ブリッジにいる者にもその閃光に呆然となった。

その時、ミリアリアが見詰め るモニターの中で、二つの画面が乱れた。

「え……?」

ポカンとした様子で彼女は認 識できないように呟いた。

消えたのは、ストライクとル シファーの通信回線……先程のインフェストゥスと同じく、『SIGNAL LOST』という文字に置き換わった………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-29  慟哭

 

 

「キラ?…キラ…レイナさ ん? レイナさん、トール、聞こえますか?」

震えるような口調で、ミリア リアは通信の途絶えた3機に向かって呼び掛ける。

「応答してください、キラ?  レイナさん?……トール!」

シンと静まり返るブリッジ に、最初は不思議がっていたミリアリアの声が不安げな色を帯びてくるのを響かせる。クルー達は呆然となり…マリューもどこか茫然自失したまま天を焦がすか のような爆発があった場所を見入っていた………

彼女の思考は、何も考えられ ない……逡巡を繰り返す彼女の耳に、手元のモニターに通信が入った。

《おい、今の爆発音は!?》

《……何があった? 坊主や 嬢ちゃん達はどうした?》

回収されたスカイグラスパー から降りたムウとアルフだ…アルフの方は、墜落時の負傷か、頭に包帯を巻いている。

マリューはハッと我に返る。

「爆発は……解かりません… ですが………現在、ストライク、ルシファー、インフェストゥス…共に、全ての交信が途絶です………」

一瞬迷った後、彼女はなんと かその事実を口にする。

天にまで届くかのような爆 発…そして通信と識別反応が途絶えた機体………それの意味することを悟り、ムウやアルフの表情が強張る。

ブリッジにいる者達は、皆同 じ結論に至ろうとしていた。

「キラ? キラ、応答して!  レイナさん、トール!」

ミリアリアだけは未だに必死 に呼び掛けを続けているが、その声色は恐怖に満ち始めている。

それを遮るように腕が伸び、 通信OFFのボタンを押す。

ミリアリアが顔を上げると、 苦い表情のナタルが覗き込んでいた。

「もう止めろ」

抑揚のない声で言われ、ミリ アリアは何を言われたのか解からずに頭を捻る。

だが、そんなミリアリアから 視線を逸らし、ナタルはマリューに振り向く。

「艦長、艦の被害状況は?  ここで、呆けていても、どうにもなりません」

ナタルの叱咤に、マリューは 何かに気付いたように顔を上げた。

慌てて手元の通信機で、機関 室のマードックに呼び掛ける。

「マードック曹長?」

《そう酷くはねえです、航枢 部ラケットの応急処置さえ終われば飛べまさあ》

甲高いマードックの声が響 く。

マリューが素早く先程の爆心 地に向かおうと指示を出そうとするが、それよりも早くカズィが怯えた声を上げた。

「ろ、6時の方向! レー ダーに機影! 数、3!」

「ディンです! 会敵予測、 15分後!」

トノムラの叫びに、クルー達 の表情が恐怖に歪む。

艦載機の全てが既に迎撃不能 に陥っているのだ。

「迎撃用意!」

マリューは毅然と指示する が、ナタルが厳しい口調で反論する。

「無茶です! 現在半数以上 の火器が使用不能です! これではディン3機に対し、10分と保ちません!」

ミリアリアが、表情を変えて 再び通信スイッチを入れ、声を張り上げた。

「キラ! キラ、聞こえ る!? レイナさん! 応答して、ディンが……」

必死に呼び掛ける彼女を制す るようにナタルが再びスイッチを切り、驚いて顔を上げるミリアリアに、ナタルが冷徹に言った。

「いい加減にしろ! クズハ 特務中尉、ヤマト少尉、ケーニヒ二等兵は、3人ともMIAだ! 解かるだろう!?」

その言葉を聞いた瞬間、ミリ アリアは息を呑み…顔が蒼白になっていく。

他のクルーも、身を硬くして 無言となる。

 

MIA――――ミッシング・ イン・アクション……戦闘中行方不明……

 

戦場ではよく使われる言葉 だ。

その意味は…『戦死』以外の なにものでもない……戦場に身を置く者にとって、他人も自分自身も、いつその言葉でくくられる日が来るか解からない。

「そ……んな………」

認められないとでも言いたげ にかぶりを振るが、彼女は厳しい口調で言い募った。

「受け止めろ! 割り切れな ければ次に死ぬのは自分だぞ!」

その言葉が、ミリアリアだけ でなく、マリューにも辛く響く。

「ディン接近! 会敵まで 11分!!」

尚も追い詰めるような報告が 響く。

ミリアリアは蒼白な表情で、 フラフラと立ち上がり、ブリッジを出て行く…誰も、声を掛けることができない。その時、操舵席のコンソールにグリーンのランプが灯る。

「パワー、戻ります!」

ノイマンがやや安堵のこもっ た声を上げる。

「離床する! 推力最 大!!」

エンジンが唸りを上げ、艦が 再び浮上すると、マリューは後方に振り返った。

「3機の最後の確認地点 は!?」

「7時方向の小島です!」

パルが答え返すが、その意図 を察したナタルが心外そうに叫ぶ。

「この状況で戻ることなどで きません!」

ナタルの正論に、マリューは 唇を噛む……マリューは素早く格納庫へと通信を繋ぐ。

「少佐、大尉! スカイグラ スパーは!?」

《ダメだ! まだ出られ ん!》

《こっちもだ!》

モニター越しに、ムウやアル フの苦悩の混じった声が響く。

マリューは叩き付けるように シートに拳を入れる。

「ディンの射程に入りま す!」

「艦長!」

ナタルが急かすように叫ぶ。

「離脱しなければやられま す!」

「でも……もしかして、キラ もレイナもトールも…脱出しているかもしれないじゃないですか!」

サイが必死に訴えるも、ナタ ルは苛立たしげに一瞥する。

「アラスカ本部とのコンタク トは!?」

「応答ありません!」

一抹の希望を託して尋ねる も、カズィはかぶりを振る。

援軍も呼べず、留まることも できない……だが、ここまで必死に戦ってきた子供達を…今、この瞬間にも助けを待っているかもしれない者を見捨てるなどマリューにはできない。

逡巡するマリューに、ナタル が遂に怒りの声を上げる。

「艦長! クルー全員に、死 ねと仰るつもりですか!?」

マリューはハッとする…爪が 喰い込むほど強く握り締める……そして、血を流すような思いで決断した。

「……打電を続けて。それ と、島の位置と救援要請信号をオーブに!」

「オーブ!?」

「人命救助よ! オーブは受 けてくれる!」

同盟関係でもない国に頼める 義理ではないが、ここは頼るしかない。

だが、ナタルは不服だとでも 言いたげに反論する。

「しかし、あの国に……」

「責任は私が取りますっ!」

反論を遮り、怒鳴るように叫 ぶマリューに、さしものナタルも気圧される。

「ディン接近! 距離 8000!」

マリューは泣きたいような思 いで前に振り向き、必死の思いで叫んだ。

「機関最大! この空域から の離脱を最優先とする!!」

傷付いた船体を上げ、アーク エンジェルは浮上していった………

 

 

浮上する前……被弾し、墜落 したバスターは駆動系統をやられ、動けずに投降した。

メンテナンスベッドに固定さ れ、トレーラーで艦内へと運ばれていく。

「回収したんですか?」

「元々こっちのもんだ。置い てって、また敵にでも使われたら癪だろうが」

苦い口調で話す整備士達を横 に、ムウやアルフも複雑な表情でその機体を見詰める。

確かに…最初は自軍の機体で あったはずが、幾度に渡ってこちらにその銃口を向けてきた機体が艦内にあるという事実に当惑する。

その時、急な振動と動力音に 顔を上げた。

「離脱するのか………」

口に出す必要もないこと だ……機動兵器を欠き、迎撃すらもできない艦では、敵襲に対応できるはずもない。だが、その決断に至ったマリューの心情を思うと、痛々しい思いしか浮かば ない。

整備士達が行き交う中……ム ウとアルフはフラフラと歩く人影に気付いた。

機動兵器の管制を担当してい るミリアリアだ…当然、ムウやアルフにも見覚えがある。

少女はおぼつかない足取り で、フラフラと格納庫の隅に設置されたシミュレーターに歩み寄っていく。

シミュレーターの中を覗き込 んだ後……落胆した様子でその場で項垂れ、ムウとアルフは慌てて近付いた。

「お嬢ちゃん……」

どう声を掛けていいか解から ない……言葉に詰まる二人の前で、ミリアリアは潤んだ瞳で振り向き、震える口調で呟いた。

「…トールは………?」

視線には感情の色がない。

その言葉は…ムウやアルフに 深く突き刺さる。

「そんなはずないんです…そ んなはず………」

焦点が合っていないような視 線で呟く……受け入れがたい事実を否定するように………

「MIAだなんて……そんな はず……だから………」

不意に顔を歪ませ、ミリアリ アは俯いた。

そのまま腰が砕けたようにそ の場に座り込み……髪に隠れて陰になった眼元から、雫が零れ始めた。

嗚咽交じりの声にムウは慰め ようと思わず手が伸びるが……彼女の肩に手を置きかけ、途中でその手が止まる。

脳裏に……レイナの顔が過 ぎったからだ。

 

――――覚悟………

 

レイナはいつも、その言葉を 口にしていた。

殺す覚悟と殺される覚悟…… そして、遺されたものに対する覚悟だ………

だが、ムウは唇を噛む……戦 争とは無関係の場所で平和に暮らしていた彼らを戦場へと追い遣ったのは紛れもない自分自身だ。

レイナは覚悟ができてい た……死んでしまっても、それは自分の責任だと言うだろう……

キラもまた、戦争の恐ろしさ を肌で感じていた……幾度も死地を潜り抜けてきた経験が、戦場の無常さを過剰なほどに知らしめていた……だが、トールは覚悟も恐怖も持たずに戦闘に出 た……だからこそ、慢心が生まれたかもしれない……しかし…それを助長したのは自分自身だ……結果…三人は戻らない………  

戦場で幾度となく仲間の死を 見てきたムウは、やるせない怒りに叫ぶ。

「くっそおおおおっ!!!」

ムウは拳を固め、思いきりシ ミュレーターを殴り付けた。

そうすることでしか、感情を 発散することができなかった。

アルフもまた……苦い表情で 俯き、口を噤んだ…………

 

 

 

降り注ぐ雨………大きく抉ら れた大地………まだ、所々から爆発の熱が漂っている。

その爆心地からやや離れた場 所で、一体の赤いMSが横たわっていた。

「ぐっ……」

MSのコックピットで微かな 呻き声を上げ、パイロットである男は眼を覚ました。

オーブ製MS……MBF− P02:アストレイ・レッドフレームのパイロット、ロウ=ギュールは、ゆっくりと身を起こした。

仕事の依頼を請け、オーブで 改修したフライトユニットの試験飛行も兼ねてこの辺りの群島に住まうマルキオ導師のもとへと向かっていた彼は、そこで偶然にも戦闘に出くわしたのだ。

白と赤……黒と黒……4機が 醸し出す殺気と狂気に圧倒され…呆然と見入ってしまった。

ジャンク家業を生業とする彼 は、そういった戦闘を目の当たりにすることは滅多にない…だからこそ余計に、眼前の戦闘には度肝を抜かれたというべきだろう。

呆然と見入っていたロウの前 で、突如赤い機体が変形し、白い機体に掴み掛かり…次の瞬間には突然カラーリングが変わったと不審に思った瞬間……モニターに赤い機体のパイロットが離脱 する姿が映った。

次の瞬間、掴み付いた機体か ら光が放たれ……瞬時に危険を察したロウはガーベラ・ストレートを使って防御の体勢を取ったのだ。

だが……その凄まじい衝撃 に、僅かばかり意識を失ってしまったようだ。

「ガーベラのおかげで助かっ たか……ありがとよ」

ゆっくりと起き上がるレッド フレームのコックピットで、ロウは自機の前に突き刺さった巨大な日本刀:ガーベラ・ストレートに礼を述べると…ゆっくりとコックピットから這い上がった。

「ちくしょう…こんな戦い、 何の意味があるってんだよ……」

眼の前の惨状に憤りを覚えな がら、降り注ぐ豪雨の中に立ち、爆心地へと歩み寄っていく。

どうやら…先程の閃光は自爆 の光だったようだ……その証拠に、赤い機体は原型を留めないほどバラバラに吹き飛び、周囲に細かなパーツとして転がっている。

そして……肝心の自爆に巻き 込まれた方の機体は大地に倒れ込んでいる……しかし、とロウは不審に思った。

あれ程の爆発をほぼ零距離で 受けたにしては、この機体は原型を留めすぎていると思う。

自身のレッドフレームも、 ガーベラ・ストレートがなければ、衝撃波に吹き飛ばされてバラバラになっていたかもしれない。

爆発と雨でぬかるむ大地を歩 き、ゆっくりと横たわる機体に近付いていく。

雨に濡れるその様は…まるで 泣いているようだった。

「……マシンが泣いてやがる ぜ」

愚痴っぽく呟くと、ロウは機 体をよじ登り、コックピットに取り付いた。モニター越しでははっきりと解からなかったが…機体のコックピットハッチには大きな裂け目が付けられ、さらに顔 を顰めた。

「なんてこった……コック ピットハッチまでぐっさりやられてやがる…」

見た程度……傷の裂け目はか ない深いところまでつけられている……恐らく、自爆時にはコックピットの中まで露出していたはずだが…今はコックピットの中身が見えず、ジャンク家業を営 むロウにはすぐさま解かった。

「緊急シャッターは作動した のか……けどこれじゃ、中は蒸し焼きだぞ………」

亀裂のさらに内側を、耐衝 撃・耐熱用の緊急シャッターが覆っているのだ。

だが、それでもどこまで通用 したのか……機体装甲には、未だ爆発の余熱が残り、ロウは手に微かな火傷を負いながら、雨で霞む視界の中で強制解放スイッチを探り当てると、それを操作し た。

ロックは解除したが…シャッ ターを上げるシステムが故障しているらしく、シャッターが開かない。仕方なく亀裂の隙間に突っ込んだ両腕で、シャッターをこじ開け、なんとか奥にいるパイ ロットを引っ張り出す。

「おい! 生きてるか!?」

ズルズルと身体を引きずり出 す……パイロットは地球軍のスーツに身を包んでいる。

それでも、スーツは高熱を帯 び、雨が触れると、ジュウという音を立てる。

ロウはパイロットの呼吸を楽 にさせようとヘルメットを外し、曝け出された顔に眼を見開いた。

「なんてこった…まだ子供 じゃねえか」

見た目…まだ十代の子供 だ……こんな子供が、あんな殺し合いをやっていたかと思うと、微かに身震いした。

流石にこのまま放っておくこ とはできず、ロウは用事で訪れるはずであったマルキオ導師の所に連れて行くという結論に至った。

オーブで、サーペントテール の風花・アジャーが、マルキオ導師は戦災孤児を引き取ったり、和平交渉に尽力したりしていると聞いた。

ならば、怪我人の手当てぐら いはしてくれるだろう。

ロウが抱え上げると…意外な 重さを感じる……だが、これがこの少年の命の重みだと思うと、しっかり腕に力を込める。

その時……まるで安心したよ うに、それまで白に色付いていた機体が、突如灰色へと変わった……先程の自爆した赤い機体と同じように……ロウには、それが何を意味するのか解からなかっ たが、フッと笑みを浮かべた。

「そうか……お前も最期まで 自分の主人を護ったんだな」

壊れたMSは答えない……だ が、ロウは人間に話すような口調で言葉を続ける。

「お前の主人は必ず俺が助け てやる。だから今はゆっくり休んでな………戦いを忘れてな…………」

まるで全てを洗い流すように 雨が降り続く中……ロウは少年を担ぎ、レッドフレームの元まで駆けた。

ロウは知る由もなかった が……レッドフレームも…自分が今話し掛けた機体も……兄弟に近いMSであることを………

 

 

爆心地よりもやや離れた場所 に横たわるルシファー………コックピットを突き破り、背中まで貫通した刃が大地に刺さり、上体を前のめりにして擱座している。

その時…微かに開いた亀裂か ら、腕が伸びた。

「………ぅぅ」

押し殺すような呻き声を上 げ、ハッチの亀裂から顔を出すレイナ……

そのまま這い上がるように コックピットを出ると、足元がおぼつかず、転げ落ちた。

そのまま大地にまで転がり… 仰向けになると……顔に降り注ぐ雨に、虚ろな瞳を開けた。

「……ぁ、はぁ………」

呼吸を乱しながら、ヨロヨロ と立ち上がる。

「………ったく、悪運が良い のか悪いのか……」

愚痴りながら、バイザーにヒ ビの入ったヘルメットを脱ぎ捨てる……あの瞬間………対艦刀がコックピットに迫った時……無意識に身体がコックピットの端に避けた………そして、理由は解 からないが、対艦刀も微かに中心からずれていた……まさに偶然が重なっただけに過ぎない……だがそれでも、対艦刀のビームによって右腕は火傷と深い傷を負 い…さらには下部から起こった爆発に吹き飛ばされた影響で、身体がガタガタだ。

垂れ下がる右腕を抑えなが ら…レイナは雨が降り注ぐ中を、虚ろな眼で歩く。

額から流れる鮮血が視界をよ り紅く染め上げる……血をポタポタと落としながら、まるで墓場から這い上がった死者のごとく……

……助かったとはいえないか もしれない…予想以上に傷が深い。いくら、自身には並外れた自己治癒能力があるといっても、これは深すぎる………

「私の命も……これまで…… か…な………」

自嘲気味な笑みを一瞬浮かべ ると……身体が前のめりになり、そのまま倒れ伏した。

降り注ぐ雨が、レイナの周囲 に拡がり……そこに紅い色が混ざり合い、大きく拡がっていく……

 

 

 

「マルキオ様! 向こうにも 人が倒れてる!」

自身の詰め所の前に倒れる少 年を子供達が運んでいると、他の子供が声を上げたので、そちらを振り向いた。

「何所だい?」

盲目の導師…マルキオは子供 達に手を引かれながら雨の中を歩いていく。

「あっち!」

子供達が眼前にまで連れてい くと、マルキオはしゃがみ込んで、横たわる者の身体に触れた。ヌルッとした感触、冷え切った身体……微かに響く鼓動に、マルキオは息を呑んだ。

「子供達……この人も運び入 れておくれ」

「はいっ、マルキオ様!」

子供達は数人掛りで身体を持 ち上げ、詰め所の中へと運んでいく。

マルキオもその後を追う。

 

「レイナ!?」

「ええっ!?」

運び込まれたレイナを見た瞬 間、ロウと…手当てをしていた樹里が驚きの声を張り上げた。

「知り合いの方で?」

怪訝そうにマルキオが尋ね る。

「ああ…レイナ=クズハって 言って、オーブで会った奴だ」

眉を顰めるマルキオ……知り 合いという事よりも、彼女の名前に反応したようだ。

「マルキオさん、助けてやっ てくれよ…頼むぜ」

必死に訴えるロウに、マルキ オはハッと我に返る。

「ええ…最善は尽くします。 子供達、君達は彼女を……」

多少の応急手当の知識がある 者をレイナの手当てに向かわせ、マルキオは先に運び込まれたもう一人の方に歩み寄った。

子供達の指示に従いながら、 パイロットスーツの胸元を緩めると…指に首からかけていた地球軍の認識ペンダントが触れる…それに彫られた名前の文字をなぞり……少年の名を知ると、マル キオは息を呑んだ。

(キラ……ヤマト…………)

マルキオは、思わず手当ての 手を止める。

 

―――――レイナ=クズハと キラ=ヤマト………

 

マルキオは、この二人の名前 をある人物から聞かされていた。

(この方達がラクス様の仰っ ていた……これも運命の導きなのでしょうか………)

 

 

 

海中を息を潜めて潜行するク ストースト………艦内の医務室から、鬼気迫る表情でイザークが飛び出した。

「イザークさん、まだ動いて はダメです!」

頭に包帯を巻き付け、まだ安 静にしていなくてはならないはずのイザークは軍医を睨み付ける。

「煩い!!」

鋭い視線で怒鳴られ、軍医は 思わず萎縮する。

そんな軍医を一瞥すると、一 目散にブリッジに向かい早足で歩き出す。

先程から、誰とも会わな い……格納庫で回収されたのも海に落とされた自分の機体だけだ。

沸き上がりそうになる不安を 抑え込み、イザークはブリッジに駆け込んだ。

「艦長!」

艦長であるモンローに向かっ て怒鳴るイザークの方を振り向くと、チラリと頭に巻かれた白い包帯が眼に入り、話を逸らすように尋ねた。

「もう、いいのかね?」

ストライクにやられ、海に落 とされた時の衝撃で受けた傷だ……またもや煮え湯を飲まされたという思いにかられたが、今はそんな事はどうでもよかった。

「アスランやリン、リーラや ディアッカは!? 艦が動いているな?」

モニターに眼をやると、クス トーストは確かに戦闘のあった地域から移動しているの察知できる。

「状況はどうなってい るっ!? あいつらは帰還したのか!?」

詰め寄るイザークに対し、モ ンローは眼を細める。

「………4人は不明だ」

一瞬、何を言われたか解から ず…やがて、驚愕に眼を見開いた。

「不明?……不明とはどうい うことだ!」

「詳しい状況は解からん…… まずバスターとの交信が途切れ、それに続くようにリベレーションとの交信も途切れた…やがて大きな爆発を確認した後……イージス、ヴァルキリーとの 交信もほぼ同時に途切れた」

イザークは息を呑み、暫し呆 然となるが…ハッと我に返り、咳き込むように尋ねた。

「エマージェンシーは!?」

一抹の期待を込めて尋ねる が……モンローは視線を逸らす。

「…4つのどれからも出てい ない」

聞く必要もなかった……それ ならば、引き返すわけがないだろう。

つまり……最悪の考えが頭に 浮かびかけるが、イザークは頭を振って無意識にその考えを打ち消した。

「ストライクとルシファー、 足付きは!?」

「…足付きは、ボズマン隊が 追撃している……我々には、クルーゼ隊長から帰投命令が出た」

モンローの静かな言葉に、イ ザークは逆に頭に血を昇らせた。

「そんなバカな!」

全てが納得いかず、イザーク は怒鳴る……ここまで追ってきた獲物を遂に取り逃がしてしまったことも気に喰わないが……彼の怒りを掻き立てているのは、自分が唯一人取り残されてしまっ ているという事実だろう……イザークは自身が認めない『恐怖』という感情を無意識に抑え込んだのだ。

「すぐに艦を戻せ! あの4 人がそう簡単にやられるか!!」

掴み掛からんばかりの勢いで イザークは詰め寄る。

「伊達に特務隊のパイロット や『赤』を着ているわけじゃないんだぞ!!」

そうだ……気に喰わないが、 リンは特務隊の一員で、『漆黒の戦乙女』……そして、アスランもディアッカもリーラも…自分と同じ『赤』を纏うことを許されたエースなのだ。

ニコルに続いて皆が……そし て…リーラが死ぬはずがない………

食い下がるイザークを、モン ローは冷ややかに嗜める。

「……ならば、状況判断も冷 静にできるはずだがね。我々は帰投を命じられたのだ」

皮肉るような口調で嗜めなが ら…モンローは視線を落とす。

まるで哀れまれているよう な……それが余計にイザークの神経を逆撫でる。

どうして……そんな、まるで 全滅した隊の生き残りのような眼で見るのか……

「捜索には別部隊が出る」

「だが!」

なおも食い下がろうとするイ ザークに、硬い口調で宥めるように答えた。

「オーブが動いているという 報告もあるのだ……解かってもらえるかな?」

尋ねるような口調だったが、 イザークは歯を喰い縛り、抑え切れない怒りを露にしながらブリッジを飛び出した。

「……よろしいのですか?」

二人のやり取りを聞いていた 部下の一人が尋ねると…モンローは重々しい口調で答えた。

「……解かってもらわねば困 る……」

そうだ…軍に籍を置く以 上……同僚の死は決して避けて通れない…それは、自身であじわい、自身で乗り越えてももらわねばならないのだ……ブリッジの面々は、表情を沈痛に俯かせ た。

 

ブリッジを飛び出したイザー クは、ズカズカと通路を歩いていたが……やがて、沸き上がる怒りをぶつけるように拳を壁に叩き付けた。

「くっそぉぉぉぉぉ!!!」

その怒りは……不甲斐ない自 分自身に向けられていた。

傷を負わせたストライクを討 つこともできず……散っていった仲間達の仇も討てず……さらには自分以外の面々は安否すら定かでない。

「……リーラっ!」

自身の大切な者の顔が脳裏を 過ぎる……護ってやると約束したのに……それなのに、自分はなにもできず、ただここで安否が確認されるのを待つだけ……できることなら、今すぐにでも飛び 出していきたいのに………またもや壁を叩き付ける。

何度も何度も壁に拳を叩き付 けた……手に血が滲む。

感じる痛み……だが、それす らもイザークの慰めにはならない………己を傷付けるイザーク……そのままその場に座り込み……呆然と虚空を見詰めていた。

そんなイザークのもとに…… 捜索に出た部隊が、一人を救助したという報告が入ったのは、数時間後のことであった。

 

 

黒雲が途切れ……微かな陽の 光が差し込む島に、一隻の輸送機が降り立つ。

そして……輸送機の面々は、 波打ち際に打ち上げられているボディを発見した。

「急げっ!」

指揮者らしき人物の指示に、 すぐさま救出チームが飛び出し、機体のボディに飛び付く。

彼らはザフトの捜索部隊…要 請を受け、この島周辺で連絡を絶った部隊の捜索に来た…そして、波打ち際に打ち上げられたリベレーションの半壊を発見した。

あの時……イージスが自爆し た瞬間、リーラのリベレーションも吹き飛ばされ、抉られた島の浜に落ちた。

そのおかげで、すぐに発見に 至ったのだ。

救助班がコックピットハッチ を開くと……中で意識を失っているリーラを発見した。

「まだ息がある! すぐに医 療班に連絡を入れろ!!」

「急げ! オーブの輸送機が 接近している! これ以上ここにいると厄介だ!」

苦い口調で告げるリーダー に、メンバーはせめてこの少女だけでも救おうと少女を輸送機の中へと運んでいく。

戦場で散っていく命は少なく ない……だがそれでも、眼の前で命が消えそうになっている者を見捨てることはできない……彼らもまた必死の思いで、少女を救おうと奔走する。

リベレーションはもはや回収 しても修復は難しいという判断で、データの回収後、この場で破棄が決定された……

そして…輸送機は飛び立 ち……カーペンタリアへと向かって飛行し始めた………

 

 

 

飛び立つザフトの輸送機と入 れ代わりに、オーブの飛行艇:アルバトロスが島へと差し掛かった。その中には、落ち着かなげにカガリが舷窓から覗いていた…アークエンジェルから発信され た救援要請……行方を絶ったパイロット達の消息………

カガリの脳裏に、オーブを発 つ前に見たキラの寂しげな笑顔と、レイナの無愛想な顔が過ぎる……別れたのはほんの数日前だというのに………

アルバトロスが指定された島 へと近付き、海岸に着水する。

ハッチが開くのももどかしく 感じながら、開くと同時にカガリは船外へと飛び出す。

その後を同行していたカムイ とキサカが追う……だが、降り立つと…眼の前に拡がる光景に息を呑む。

爆発によって島の一部が抉ら れ、木々は無残に薙ぎ倒され、砂はビームで溶けて固まっている……その周囲には焼け焦げた灰色の鉄屑が転がり、波打ち際に落ちたパーツを海水が洗ってい る。

広範囲にも及んだと思われる 爆心地の中心には、ストライクが無残な姿で擱座していた。

眼を横に逸らすと……やや離 れた内陸には、腹部を貫かれ…片眼を抉られたルシファーが上体を前のめりにして膝をついていた………

そこで行われた戦闘の凄まじ さを物語るような惨状に…カガリは暫し息を呑んで立ち尽くした。

「どうやら……赤い機体が自 爆したようですね」

カムイが独り言のように小さ く呟く。

「……イージスか?」

「恐らく……バラバラになっ ているパーツは、X303のものです」

カムイ自身も内心の動揺を押 し隠すように冷静に振る舞っていた……彼女とは、まだ話したいことが山程あるというのに……カムイは小走りで周辺で残骸の調査を行っている作業員に指示を 出しながら、ルシファーへと歩み寄っていく。

カガリもまた、呆然と周囲を 見渡していた……カムイの言う通り、周囲に飛び散った破片や、波打ち際に転がる頭部は、間違いなくイージスのものだ。

そして……その機体のパイ ロットであるはずの少年の顔が脳裏を過ぎる。

「……あいつが………?」

震えるような口調で呟きなが ら、おぼつかない足取りでフラフラとストライクに近付く。

コックピット周辺には、作業 員が表情を顰めて覗き込んでいる…カガリは胸に走る思いを振り切るように、弾かれたように駆け出した。

「……キラ!」

そうだ…パイロットは……キ ラはどうなった………イージスのパイロットのことも気にはなったが、今彼女の気掛かりはキラであった。

「よせ、カガリ!」

キサカは推し止めるように叫 ぶが、カガリは無視し、そのままストライクに飛び乗ると、コックピットを覗き込んでいた作業員を押し退け、コックピットを覗き込んだ。

「キラ……!」

名を呼ぶが、返事はない…… そして…コックピットの無残な惨状に息を呑んだ。

シートや計器類…コックピッ ト内部はドロドロに焼け爛れ、見る影もなかった……だが、最も恐れていたものの姿は無かった……

「キラ……?」

呆然と今一度、パイロットの 名を呼ぶ……そこにキラの死体があることを予期していたキサカも、そのコックピットの惨状に言葉を失くし、傷ましげに声を掛ける。

「カガリ……」

「くそっ!」

キサカを振り切り、カガリは ストライクから飛び降りると、次は一目散にルシファーの方に向かって駆け出した。

「カガリ!」

キサカの静止も聞こえず…… カガリは我武者羅にルシファーに駆け寄った。

だが…左腕を失い、翼も片翼 をもぎ取られ、右眼を深く抉られた堕天使の惨状に、カガリは思わず立ち尽くす。

「カガリ様……」

先にルシファーの方に来てい たカムイも、コックピット周辺で振り返り、こちらを俯いた表情で見詰めている。

「レイナ……レイナッ!」

弾かれたようにコックピット に駆け寄る……刃で貫かれた無残なコックピット……助かる見込みはほとんどない。だがそれでも…カガリにはレイナが死んだとは思えない。

あの…出発する前に見た苦笑 が過ぎる……カムイを押し退け、変形したハッチの隙間からコックピットを覗き込む。

そこはストライクよりもさら に酷かった……内部の半分以上を刃が占め、ビームの余熱か、計器類は溶け……周辺の機器に赤黒い何かが多数付着している…それが血であることは、カガリに は容易に想像できた。しかし…そこにレイナの姿はない……刃に貫かれ…肉片を残すことなく消滅してしまったのか……息を呑み……立ち尽くすカガリに、慌て て駆け寄ってきたキサカとカムイが声を掛ける。

「カガリ……」

「カガリ様……」

そんな二人の声が聞こえてい るのかいないのか…暫し佇んでいたカガリは唐突に叫んだ。

「あいつら……いないっ!  もぬけの殻だ!」

その言葉にハッとする二 人……確かに、死体が完全に消え去っているという事態に不審に思い至った。

「飛ばされたのかもしれな い…いや、脱出したのか!」

僅かな希望に縋るようにカガ リはコックピットから飛び降り、周辺を見渡す。

キサカとカムイも打って変 わったように周囲に指示を出す。

カガリは必死に辺りを二人の 名を呼びながら捜し回っていた。

そして……海岸の方角から何 かを発見したらしい兵士の声が上がる。

「キサカ一佐! 向こうの浜 に!」

「キラ!?」

それともレイナか……カガリ は息を荒げながら必死にその場所に走った。波打ち際に倒れている人影を取り囲む兵士達を掻き分け、その人影を見やる。

だが……そこに倒れていたの は彼女の懸念を掻き立てる人物であった。

赤いパイロットスーツを纏 い…片腕は折れ曲がり……割れたバイザーのヘルメットを海水が洗っている…そのヘルメット越しに見える顔は、以前に見た顔だった。

 

――――アスラン……

 

戸惑う表情でカガリが立ち尽 くしていると…後方から別の声が上がった。

「こちらにも一人…息があり ますっ!」

弾かれたようにカガリがハッ と顔を上げる。

爆発によって抉られてできた 丘の上に見える漆黒の機体……左上半身を吹き飛ばされ、頭部も右側を深く抉られ、モノアイの消えた横一線カメラアイのMS…ヴァルキリーの周辺から、兵士 達が漆黒のパイロットスーツを纏った者に肩を貸しながら降りてくる。

「担架だ!」

慌てて駆け寄ってきた救護兵 の担架に乗せられる人物……

「おい、ヘルメットを外せ」

兵士の一人が呼吸をさせよう とヘルメットを外す……ゆっくりと歩み寄ってきたカガリとカムイがその曝け出された顔を見た瞬間……驚愕に眼を見開いた。

ヘルメットの下から現れた顔 は……髪の色こそ違えど…その顔立ちはレイナと瓜二つであった。

一瞬…レイナかという考えが 過ぎるが……この少女の纏っているパイロットスーツや、救出された経緯を考えても、レイナであるはずがない…では、誰だ……自分の眼の前で横たわるこの少 女は……

言葉を失くし佇むカガリを他 所に…二人はそのままアルバトロスの中へと移送されていった。

収容されていく少女を見なが ら……カムイは唇を噛み、拳を震わせた………

 

 

 

カーペンタリアに帰還したイ ザークは、先程伝えられた情報に、不安と期待を感じながら滑走路近くで佇んでいた。

捜索に向かった部隊が、一人 を救出したというのだ……その一人は、いったい誰なのか……イザークは輸送機が到着するのを万感の思いで待ちわびていた。

その時……雲の切れ目から輸 送機が姿を現わし、着陸コースに乗る。

機体を着陸させ、停止する と…すぐに担架を移送する兵士達がハッチから飛び出し、イザークもそれに急ぎ駆け寄った。

「……リーラ!」

担架に乗せられている者の顔 が見えると、イザークは叫んだ。

自分の大切な者が生きていた という事実に、喜びに満ちた気分を味わったのも束の間、彼女が生死の境を彷徨うほどの大怪我をしていると聞き、イザ―クは慌てた。

「急げ!」

待機していた医師団が担架の 移送を変わり、すぐさま施設内へと運び入れていく。

「リーラ! しっかりし ろ!!」

イザークもそれに追従し、横 たわるリーラに必死に呼び掛ける。

微かに意識を保っていたリー ラは、イザークの叫びに薄っすらと瞳を開け……その不安げに揺れる瞳を見上げた。  

「死ぬな!! お前まで死ぬ んじゃない!!」

その言葉が届いたのか…… リーラの瞳が微かに嬉しそうに瞬き、唇が動いた。

声は聞こえなかったが……そ の口は、『大丈夫』と確かに呟いていた。イザークは安堵に眼元が緩み掛ける。

それ以上は危険と判断したの か、呼吸器がリーラの口に付けられ……医師がイザークを制する。

「さあ、後は我々に任せて」

そして…担架は緊急治療室へ と入り、ドアが閉まり…『手術中』と書かれたランプが灯る。

イザークは待つしかできな かった……そのランプが消えるまでの間、イザークは治療室の前でひたすら待ち続けた…待つ時間が、これ程辛く苦しいものだと思ったのは、この時が初めてで あった……永遠に続くかと思われた時間が終わったのは、数時間後のことであった……




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