差し込む夕陽に、アスランは 微かに身じろぎし、ゆっくりと眼を覚ます。

……ここは、何処だ?

未だ覚醒しない頭を使い、ア スランは眼に見える天井を見上げる……視線を動かすと…下方には手当てされている自身の左腕……ゆっくりと身を起こすと、軋むような痛みが身体を襲い、歯 を食い縛る。

「ぐっ……」

痛みが未だ引かないが…ゆっ くりと視線を横にすると……隣に設置されたベッドには、自身の知る人物が寝かされていた……

「………リン?」

思わず声に出す……何故、リ ンがここにいるのか…思考が上手く纏まらない。

次の瞬間…リンの瞼が微かに 動き…小さな呻き声を漏らした後……ゆっくりと眼を開いた。

「……ぅっ……ぅん………ア スラン…?」

顔を逸らし、小さく呟く と……状況を確認するように周囲を見渡す。

見慣れない部屋……そして、 頭に巻かれた包帯と、身体中に走る鈍い痛み………そして、右腕に巻かれた包帯……

…………生きているの…私は…

細々と呟くリンの言葉を、ア スランは聞き取れず怪訝そうな表情を浮かべる。

「…気が付いたか?」

そんな二人に向かって掛けら れる冷たい少女の声。

その声を聞き留めたアスラン が振り向き、リンも反射的に身体を起こす……ぼんやりとする視界…部屋の陰から姿を見せたのは、アスランがよく知る人物であった。

低い声で話し掛けたカガリ は、右手に持った銃口を向けるが…アスランとリンはさして懸念した様子も見せず、カガリはギリギリの位置まで歩み寄る。

「……誰、あんた? それに ここは何処なの?」

リンが愛想のない口調で問う と…カガリはビクッと身を一瞬硬直させるが、それを抑え込む。

「……ここはオーブの飛行艇 の中だ。我々は浜に倒れていたお前らを発見し、収容した」

簡潔に述べられた状況に、ア スランは僅かに反応を示す。

「……オーブ?」

「そうか……思い出したわ。 貴方…あの時、戦闘に割って入ったオーブのお姫様ね」

その声に聞き覚えのあったリ ンは、嘲笑を浮かべる。

「……中立国が俺達に何の用 だ?」

カガリに視線を移し、口元に 冷たい……そして皮肉の込められた笑みを浮かべる。

自分達の命を救ってくれたの は確かにオーブなのだろうが、それでも今はその厚意を素直に受け入れられる気分ではなかった。

「それとも……今は地球軍 か?」

気だるげに呟く痛烈な皮肉 に、カガリの眉が顰まる。

アスランは自分の腕に刺され ていた点滴の針を勝手に外すと、その箇所を労わるようにさすり、リンもゆっくりと身体を起こし、包帯の巻かれた右腕を持ち上げようとするが、鈍い痛みが 走って腕が硬直したように動かなくなる。

出撃前にテーピングをした が、完全に修復していなかったのだろう……先の戦闘でどうやらまた傷口が拡がったみたいだ…右手を開いたり握り締めたりして、感覚を確かめていると、カガ リの視線に気付いたのか、顔を上げる。

「お前……誰だ?」

表情に漂う戸惑いと困 惑………カガリは、この眼前の少女がレイナではないと思ってはいたが、それでもあまりに相似の少女にどうしても冷静ではいられない。

「……リン=システィ。誰と 間違えているか…大方予想はつくけど」

心内を見透かされたみたい に、カガリは一瞬驚愕の表情を浮かべるも…その言葉で決心したように先程から尋ねたかったことを口にした。

「……訊きたいことがある」

震えるような口調で言葉を紡 ぐカガリを、アスランとリンは半ば無視するかのように視線を合わせようとはしない。

だがそれでも、カガリは言葉 を続けた。

「ストライクとルシファーを やったのは……お前らだな?」

カガリのその言葉に、今まで 皮肉めいた笑みを浮かべていたアスランの表情が一変する。

リンも一瞬、身を硬直させる が……すぐに何でもないと言わんばかりの無表情を浮かべた。

「……ああ」

突き付けられた現実を否定す ることもなく……低く答え返した。

視線を逸らすと……リンは無 言のまま、答えようとはしない…そんなところも、レイナに似ていて…カガリは身の内に苛立ちと言い知れぬ恐怖が拡がるのを感じ、憤りを抑えるようにグリッ プをより強く握り締め、尋ね続ける。

「パイロットはどうした!?  お前らのように脱出したのか!? それとも……」

一瞬、言葉を呑み込むが…な んとかそれを絞り出す。

「見つからないんだっ! キ ラとレイナが………」

まるで縋るように呟く……信 じたくはない……だが、アスランもリンも答えようとはせず、それがさらにカガリの感情を苛立たせる。

「なんとか言えよ!!」

憤慨し、二人に銃を向けるカ ガリ。

窓から差し込む夕焼けの炎が カガリの怒りをより一層際立たせるが……アスランが虚脱した様子で宙を見詰める。

「あいつは……」

泣きそうなほど悲しそうな表 情で顔を上げたアスランだったがそれも一瞬で、すぐに再び俯き口元に自嘲的とでもいうような皮肉な笑みを浮かべる。

これを皮肉と言わずしてなん というのか……今迄、キラのことを散々心配していたのは自分であったのに……だが、あの時…キラは敵であった………そして……

「…俺が殺した」

「っ!」

息を呑む音が響いた……い や、既に島に上陸して、横たわるストライクとルシファーを見た時からその結論に至っていたはずだった…だが、カガリはそれを頑なに拒んでいた。

「殺した……俺が………」

カガリの願望を打ち砕くよう に…そして自分自身に突き付けるように再度呟く。

「アスランの言う通りよ…… イージスでストライクに組み付いて…自爆したのよね……私達もそれに巻き込まれたけど……」

アスランの言葉を補足するよ うにリンが呟く……あの光景は、きっと忘れることができない十字架になるだろう……

「じゃあ! ルシファー は……!」

「……殺ったのは…私 よ……」

激昂するカガリに、リンが自 嘲気味な笑みを浮かべて答える。

「…コックピットを…私が貫 いてやったわ………助かったとは…思えないわね………」

そう……あの時、自身の繰り 出した刃は間違いなく相手のコックピットを貫いた………あの状況で助かる見込みはほとんどない……

淡々と述べられる事実に、カ ガリは爆発的な怒りを込み上がらせ、ぶつけるようにアスランに掴み掛かった……レイナと似ているリンに掴み掛かるのは、彼女が無意識に避けたのだ。

アスランの胸元を掴み上げ、 銃口を向ける。

「それしか……もう手がな かった…あいつを倒すには………」

告白するアスランの声が軋 み…微かに上げた顔の 翡翠色をした瞳から、儚げに涙が溢れて零れ落ちる。

その涙にカガリはビクッと一 瞬身を竦めるが……やがて力任せにアスランをベッドに押し倒し、鼻先に銃口を突き付けた。

「貴様 らぁぁぁぁぁぁ!!!」

涙混じりの叫び……だが、そ の叫びにもアスランとリンは動じなかった。

アスランは抵抗もせず…リン はそんなアスランを助けようともせず、表情を俯かせるだけだ。

抵抗もしないアスランに銃口 を向けるカガリの手が震える……殺せ、と心が叫ぶ。

だが……ただ涙を流すだけの アスランに対して、どうしても引き金を引けない。

抵抗すれば…いっそのこと、 暴言でも吐けば自分は迷うことなくこの二人を殺せるのに……二人とも、抵抗すらしようとはせず、まるで殺してくれと言わんばかりの態度だ。

怒りを…哀しみを…憎しみを ぶつける先のいないカガリは乱暴にアスランを解放すると、そのままの勢いでハッチを思い切り殴り付けた。

「くっ そぉぉぉぉぉぉっっ!!」

カガリも頭では解かってい た……この二人を殺しても何も変わらない…キラとレイナが生き返るわけでもないのだ。

やるせない怒りと哀しみに、 涙が溢れる。

アスランはそんなカガリを他 所にゆっくりと身体を起こすと、自分の身体を不思議そうに見詰めながら小さく呟いた。

「でも………なんで俺は生き てるんだ……」

あの時……キラを殺して、自 分も死ぬはずだったのに………

「あの時脱出しちゃったから か………」

子供のように現状を理解でき ていない問い掛け……脱出するのは最初から頭にはなかった。

だが、兵士として訓練された 習性が、アスランの身体を無意識に動かし、脱出させたのだ。

だが、アスランとキラの関係 を知らないカガリにとってアスランの言葉は痛烈な皮肉にしか聞こえない。

その言葉に再び怒りを燃え上 がらせ、振り向くと同時に銃口を向ける。

アスランは変わらずの虚脱し た眼でこちらを見やり……納得したかのような自嘲気味な笑みを浮かべた。

「……お前が………俺を撃つ からか…………」

落ち着いた……それでいて投 げやりな悲観した表情があまりにも憎らしかった。

キラやレイナは死んでしまっ たのに……自分達は生きているというのに……その命すら執着を持たない……腹立たしい思いでカガリは叫んだ。

「あいつらはっ……キラは、 危なっかしくて、訳解かんなくて、すぐ泣いてっ! それにレイナはっ…少し嫌味な奴で、何考えてんのか解からんくて…でもっ優しい……いい奴らだったんだ ぞ!!」

たとえ意味のないことだと解 かっていても叫ばずにはいられなかった。

そんなカガリから視線を逸ら すと、アスランは今までとは違う優しい…そして哀しい笑みを浮かべた。

「……知ってる」

壁にコツンと頭を寄り掛から せると、まるで遠い昔を懐かしむかのように眼を細める。

「やっぱり変わってないんだ な……昔からそうだ…あいつは………」

「お前……」

カガリは銃を下ろすと、唖然 としたままアスランの話に耳を傾ける。

「泣き虫で甘ったれで……優 秀なのにいい加減な奴で………」

懐かしむような…それでいて 切なげな哀しみを漂わせた表情を浮かべる。

「……キラを、知ってるの かっ?」

信じ難い思いでカガリはアス ランに詰め寄ると……アスランは静かに頷いた。

「…知ってるよ……よ く………」

その言葉に…カガリは先程よ りも冷たい悪寒が背筋を襲うのを感じた………

「小さい頃から……ずっと、 友達だったんだ………仲良かったよ…」

自嘲気味な笑みを浮かべて語 る……たった3年前の出来事だというのに…もう、まるで遥か遠い過去のように思える………

カガリは足元がフラつき、震 えるような口調で呟く。

「それで…何で………っ」

カガリは再びアスランの胸倉 を掴む。

「それで何で……お前がアイ ツを殺すんだよっ!!」

激昂するカガリの口調に、ア スランは表情を顰める……

「解からない……」

首を振り……声を絞り出す。

自分自身でも理解できな い……親友だったキラの死を求めた自分が、まるで他人のように思える……

「解からないさっ、俺に も!!」

苦悩を感じさせるアスランの 叫びに、カガリは彼の胸倉を掴んでいた手を僅かに緩める。

脳裏に、3年前の別れの情景 が駆け巡り……堪え切れずに嗚咽を漏らし始めた。

「……別れて………次に会っ た時には敵だったんだ!!」

「敵……?」

激情混じりに叫ぶアスランの 言葉を、呆然と反芻する。

「一緒に来いと何度も言っ た!……アイツはコーディネイターだ! 俺達の仲間なんだっ! 地球軍にいることの方がおかしい!!」

無気力だった先程とは違い、 まるで子供のように喚く。

「お前……」

「なのに、アイツは聞かなく て……俺達と戦って仲間を傷付けて………」

「……ニコルを…殺し た…………!」

今でも瞼に焼き付いてい る……自分を庇ってストライクに斬り飛ばされ、海に水没していくブリッツを………

悲痛に叫ぶアスランの口調に 感じる憎悪……カガリはそれに呑まれそうになるが、なんとか抑え込む。

「だから……キラを…殺した のか………お前が………?」

震えるような口調で呟く…… それ程までにして親友を手にかけたのか…自身の機体を自爆させてまで………

「敵なんだ! 今のアイツは もう……ならっ、倒すしかないじゃないか!」

「バカヤロウ!!」

泣き叫ぶアスランの胸倉を掴 み、カガリは怒りを爆発させて、そのまま彼の背中を強く壁側に押し付けた。

「なんでそんな事になるっ!  なんでそんなことしなきゃならないんだよ!!!」

やるせない怒りが胸中を駆け 巡る。

だが、アスランも激しく言い 返した。

「アイツはニコルを殺した!  ピアノが好きで、まだ15で……それでもプラントを守るために戦っていたアイツを………!!」

アスランの中に、抑えていた はずの怒りが再び込み上げる。

「キラ だって護りたいもののために戦っただけだ! なのに、何で殺されなきゃならない!!」

カガリは一段とアスランの胸 倉を強く掴むと、その瞳に怒りと哀しみの光を携えてアスランを睨み付ける。

「それも、友達のお前 に!!!!」

アスランの顔が歪み、顔を背 ける。

 

「………殺らなきゃ…殺られ るからよ」

 

横からポツリと呟かれた言葉 に……アスランとカガリはビクッと身を震わせ、振り向く。

リンは嘲笑を浮かべているよ うな口の端を微かに吊り上げていた。

「成る程……それで、ストラ イクにあれ程執着を見せたわけ……ねぇ、アスラン?」

黙っていたことを咎められる と思ったのか……アスランにはそれでも構わないと思ったが、リンの言葉は違った。

「…親友を殺して……悲劇の 主人公でも気取るつもり………滑稽ね」

吐き捨てるように囁くリン に、アスランは息を呑み……カガリは睨み付けた。

「なんだとっ!?」

アスランの胸倉を掴んでいた 手を離し、リンの胸倉を掴み上げ、銃口を向ける。

「滑稽だと言ったのよ……戦 場で自分を殺そうとするなら、それは敵よ………だから…私も……姉さんも…互いに殺し合った………」

「姉…さん……?」

聞こえてきた言葉を反芻す る……そして…その意味を悟り切れずに呆然となる。

「レイナ=クズハ………私 の……姉…よ………」

視線を微かに逸らし……自嘲 気味に呟くリン………刹那、カガリは背筋に冷たいものが走り、アスランも呆然となった。

リンがルシファーにやや固執 していたのは薄々感じていたが、そのパイロットと姉妹だということは流石に知らなかった……

「姉さんって…お前ら、姉 妹………?」

「向こうは……妹だって事に はっきりと気付いていなかったようだけど……」

詰め寄り、銃口を向けるカガ リを、リンは冷ややかな視線を浮かべて見やる。

「……私を撃ってくれるの?  構わないわよ………」

己の命すら、まるで価値のな いように空虚で満ちた瞳を向ける。

その眼に僅かに気圧され、カ ガリは後ずさる………

「撃てないの? 銃は脅す道 具じゃない……命を奪う道具…覚悟もないくせに、銃を持とうなんて思わないことね」

こちらの心を見透かしたよう に呟いた瞬間…カガリは言い知れぬ怒りを覚え、リンの身体を揺さぶった。

「なんでっ!? 姉妹なんだ ろっ! なんで姉妹で殺し合うんだよっ!!」

「……姉妹だから…よ」

一瞬、言葉に詰まり……握り 締める手が緩まる。

「貴方には解からないかもし れない……いいえ、誰にも解かりはしない………私達は、互いにあってはならない存在なのよ………私も…姉さんも……お互いに相手に『死』を求めた………」

手を突き離し、握り締める右 手が震える。

「あの時……私も…姉さん も………お互いに死ぬはずだったのに……なのに…なんで………なんでっ、私は生きてるのよっ!!!」

今迄の冷静だった態度が一変 し、リンは叫び上げた。

「なんでっ……私は殺してく れなかったの…………生き恥を晒せっていうの……」

これ程滑稽なことがあるだろ うか……互いに『相手の死』と『己の死』を欲し、あの瞬間にそれは果たされるはずであった………

なのに……レイナは死に…… 自分は生き延びた…………

「なんでっ……なんでっ!  お前がそんな事言うんだよ!!」

今迄気圧されていたカガリ は、怒りを含ませた口調で再度詰め寄った。

「せっかく助かったのに…… なんで死にたいなんて言うんだよっ!!」

レイナは死んでしまったの に……妹の手に掛かって……キラもレイナも………なんて惨い死に方をしたんだと憤りを覚える。

なのに…この二人はせっかく 助かった命すらどうでもいいように感じている…それが赦せなかった。

「……死にたかったからよ」

取り乱していたかと思った が、顔を手で覆い…微かに覗く真紅の瞳が鈍く輝いている。

「私は……ずっと死を求めて いた………私は存在自体が禍がいもの……戦いの中でしか生きられず……自分を殺してくれる者をずっと求めていた……なのにっ、誰も私を殺してくれなかっ た……!」

ギリリと奥歯を噛み締め…… 募るように呟く。

「私はこの世界に絶望してい た……私をこの世界に捨てたものに………そんな時だった…あの女と……姉さんと再会したのは………」

あの時……永遠に袂を別った 姉と戦場で再会した………その時は、自身の運命を皮肉った。

だが…それは同時に悦びを得 た瞬間でもあった………自身を殺してくれる者を遂に得たのだから…まるで……失った半身を取り戻したような錯覚………

そして…それはレイナにも同 じだったのか………自分達は幾度となくぶつかり合った。

そして……互いに死を得たは ずだった……

「そうよ……あの時、私は死 んだはずだった………なのに…なんで、私は今も生きてるの……いえ…もう、以前の私は死んだのね………ただの抜け殻として…生き恥を晒すのが…私が遺され た理由なの………」

自虐的な笑みを浮かべ……そ の場に俯く。

その様子を…アスランはどこ か呆然とした思いで見詰めていた……いつも憮然としていたリンが、凄く弱々しい存在に見えた。

「だったら……生き続けろ よっ!!」

吐き捨てるような口調でカガ リがリンに向かって言い放ち、怒りと哀しみを秘めた瞳にリンはされるがままに見入った。

そう……もはや、それしかカ ガリには言えなかった…生きていることが罪だというのなら、生き続けることこそが、この二人に課せられた償いであり、罰なのだ。苦い思いが全身に拡が り……やるせない憤りが膨れ上がる。

友が友を手に掛け……妹が姉 を殺す………そんな非情なことも戦争の前では通用しない。

父とレイナの言った言葉の意 味が、ようやく解かった……大切なものを護るためには、誰かを殺さなければならず、大切なものを失ったものが復讐のためにその相手を殺す。

果てしなく続く憎しみの連 鎖……それが戦争という名のメビウス………

「お前らは生きてるんだ ろっ! だったら……殺された奴の分も……殺した奴の分も………生きて、足掻いてみせろよぉぉぉぉ!!

涙を零しながら、決然とした 思いでカガリは叫んだ。

アスランは身を縮め、嗚咽を 漏らし……リンは表情を俯かせた………

カガリは、この二人への憎し みを己の内へと必死に抑え込んだ……死の代価を…この二人に求めないために…この憎しみの輪を……これ以上拡げないために……血を流すような思いで……カ ガリは拳を握り締めた………

 

夕闇が島を包み込む…ストラ イクとルシファーがアルバトロスの機内へと移送されていく。

その指揮を取っているカムイ は、なにかを振り払うように打ち込んでいる。

「大丈夫か?」

無理な様子を見抜いたの か……キサカが声を掛けるが、カムイは被りを振る。

「大丈夫です……あ、イージ スはブラックボックスを回収しておいてくれ」

軽く答え返し、カムイは作業 を行っている兵士のもとへと向かう。

その姿を…キサカは傷ましげ に見詰めていた。

 

 

同じ頃……救助に向かったア ルバトロスからの通信を聞かされたフィリアは、目眩が起こり、倒れそうになるが、それをなんと堪える。

伝令官が去ると、一人残った 私室で、フィリアはその場に腰が砕けたように座り込んだ。

「……なんてこと」

声が震える……よりにもよっ て、あの二人が戦うなど………

無意識に、手が懐へと伸 び……一枚の写真が取り出される。

そこには、学生らしき男女が 7人、映っている……その中には、若かりし頃のフィリア自身も映っている。

「ヴィア……貴方のした事 は、何だったの………無意味だったの………いえ…」

被りを振り、写真を思わず握 り締める。

「結局……私のせいなの ね………あの子達に、辛い運命を背負わせてしまった………」

懺悔とも取れる言葉を呟きな がら、フィリアはすすり泣いた………

 

 

 

陽が傾き……カーペンタリア 基地も夕闇に彩られていく………

夕陽が差し込む病棟の一室 で……リーラはゆっくりと眼を覚ました。

ぼやけた視界に飛び込んでき たのは……こちらを心配そうに覗き込んでいるイザークの姿だった。

「………イザーク?」

「気が付いたか?」

リーラが焦点の定まらない瞳 で呆然と呟くと、イザークは肩の力が抜け、隣の椅子に座り込んだ。

あの後……手術が終了後、病 室に運ばれたリーラに付き添い、面会謝絶のところを無理を言って許可をもらい、麻酔が効いて眠っているリーラの様子をずっと見守っていたので、リーラが意 識を取り戻した瞬間、流石のイザークも緊張が解れた。

未だ、状況が呑み込めていな いリーラが手を動かそうと力を込めた瞬間……手が握り締められていた。

視線を向けると……イザーク の手が自身の手を握っていた。

「あ……え……?」

頭が混乱し、起き上がろうと するリーラをイザークが制する。

「バカ、無茶するな……!」

いつもよりはトーンの落とし た口調で叱咤し、リーラの肩を掴んで、もう一度寝かしつける。

「まったく…お前、数時間前 までは絶対安静だったんだぞ……」

「ご、ごめん……」

申し訳ないような表情を浮か べ、眼を伏せる。

「その……イザーク、その怪 我は………?」

話題を逸らそうと思ったの か、イザークの頭に巻かれている包帯が眼に入り、イザークの状態を尋ねる。

「大したことはない」

憮然と言い放つが、この傷が またもやイザークの怒りを掻き立てる要因になっている。

リーラは苦笑を浮かべ……そ して、改めて気付いたように尋ねた。

「ねぇ……ここは?」

「ここはカーペンタリアだ。 俺達には帰還命令が出て、お前は捜索隊が直接ここに搬送したんだ……憶えてないのか?」

リーラはおずおずと頷き返 す……憶えているのは、こちらを不安そうに覗き込むイザークの顔だけだったのだ。

「あっ……そうだ、皆 は!?」

イザーク以外の面々がいない ことに気付いたリーラが声を上げると……イザークは唇を噛み、視線を逸らした。

まるで何かに耐えるように苦 悩を浮かべている。

「……俺以外は、行方はまだ 掴めていない」

血を吐くような思いでイザー クは小さく呟いた。

その言葉の意味が最初は解か らずに、キョトンとしていたが……やがて、恐怖を帯びたように歪んできた。

「ディアッカもリンもアスラ ンも………まだ、安否が確認されていない………」

モンローから伝えられたその 時の状況を説明する。

バスター…そしてリーラのリ ベレーションとの交信が途切れた後……大きな爆発音とともにイージスとヴァルキリーとの交信も途絶えたことを、苦い口調で告げた。

それを聞いたリーラは……記 憶を手繰り寄せ……そして、思い出した。

意識を失う瞬間に見た、壮絶 で凄惨な光景を………

身体に悪寒が走り…両手で身 体を抱き締める。

「おい…どうした!?」

その様子にイザークが顔を近 付けると……リーラは震える口調で呟いた。

「私………見たの。アスラン とリンさんは……イージスが自爆して…ヴァルキリーは…貫かれて………」

ボソボソと語る内容に、イ ザークは眼を見開く。

「ディアッカは…バスターが どうなったのはよく解からない……でも、イージスはストライクに取り付いて……ヴァルキリーはルシファーと互いにボディを貫いて………それで…イージスが 自爆して………っ」

その時の光景が脳裏に浮か び、リーラは顔を押さえる。

「アスランとリンさんがどう なったか、私も解からない………」

「そうか……」

震えるリーラの肩を抱きなが ら、イザークもまた表情を俯かせた。

話を聞く限り……どうやら、 アスランの方から自爆を仕掛けたのは確かのようだ。

あの爆発は、自爆の閃光だっ たのだろう……ならば、脱出した可能性も高い。

だが、リーラは二人の生存に 半信半疑であった……アスラン が脱出した瞬間はリーラも確認しておらず、リンもまたボディを貫かれた瞬間までしか見ていない。

戦闘に出る前の……リンの全 てを捨て切ったような表情が過ぎる。

「あいつらの捜索は引き続き 続行する……お前は  とにかく、傷を治せ」

リーラを寝かし付けると…… イザークは念を押し、部屋を後にした。

扉が閉まると、リーラは天井 を見上げた。

生き残ったのは……イザーク と自分だけなのではないかという錯覚に陥る。

最初にニコルが死に……そし て…続くようにディアッカもリンもアスランも……帰ってこない………改めて、残されたという思いが襲ってくる。

これが戦場なのだ……死と隣 り合わせ………軍に身を置く限り、明日は我が身かもしれない………自分の死……不意にそんな考えが過ぎる………だが、リーラは首を振ってその考えを打ち消 した。

自分は死ねない……愛しい人 を遺して………

「……死ねない………私は… 絶対に、死ねない………」

首元のペンダントを握り締め る……自分を愛してくれる人………自分の居場所をくれた人…………

「死ねない……」

リーラは、呪いのようにその 言葉を繰り返した。

 

 

 

陽も落ち、アークエンジェル は静かな夜の海を航行していた。

艦内には、重い空気が満 ち……また、誰もが疲れ切ったような表情を浮かべていた。

永い夜が明け……朝陽が差す と、アークエンジェルの周囲を飛び交っていた戦闘機部隊が離脱していく。

「守備隊、ブルーリーダーよ り入電……『我、これより離脱する』」

もはや、疲れも緊張も頂点に 達し、半ば虚脱していたマリューは、パルの報告に背筋を直した。

モニターには、アラスカ守備 軍の航空部隊が、翼端灯を点滅させ、翼を振るように離脱していく。

「『援護を感謝する』と伝え て」

疲れを滲ませるような声で答 える。

「あ……第18レーダーサイ トより、船籍照合」

カズィの慣れないやり取り に、マリューは苦笑を浮かべた。

「アラスカへは初入港ですも のね……データを送って、問題はないと思うわ」

ブリッジのクルー達は緊張が ほぐれたように肩の力を抜き、息をついた。

制空圏ギリギリまで追撃さ れ、そこでやっとアラスカ守備軍と合流できたのだ。

「助かったぁ…あとちょっと 守備隊が遅かったらやられてたな」

「でも…随分あっさり退いて くれましたね、ディン」

意外そうに尋ねるサイに、 チャンドラは笑みを浮かべる。

「3機で防空圏突っ込んで、 アラスカとやろうって気はないだろ、向こうも」

「アラスカってそんな に……?」

「いつまで喋っている、まだ 第2戦闘配備だぞ」

咎めるように遮るナタルの言 葉に、マリューも気付いたように声を上げた。

「あ…ごめんなさい、もう大 丈夫よね……半げん休息とします」

マリュー自身も、無事に安全 圏に辿り着けたという実感が持てずにいたせいで、失念していた。

「第2戦闘配備解除…半舷休 息」

パルがマリューの旨を艦内へ と通達し、ナタルも若干呆れた様子ながら、溜め息をついた。

マリューも深くシートに身を 沈めていると…そこへ通信が入った。

怪訝そうな表情を浮かべ、モ ニターに映ったマードックを見ると…マードックが疲れ切ったような表情で呟いた。

《艦長…艦長から止めてくだ さいよ。フラガ少佐とクオルド大尉、とにかく機体を修理しろって……》

「え……?」

困惑した表情を浮かべる…… もう、味方の制空圏に入った以上、出撃はないはずなのに……それに対し、マードックは苦い口調で答えた。

《増槽つけて、坊主や嬢ちゃ ん達の捜索に戻るって聞かねえんっすよ!》

マリューは息を呑み……すぐ さま格納庫に向けて駆け出した。

 

「ほら、頼むよ!」

疲労困憊といった整備士達を 急かしながらも、軍服の上着を軽く羽織っただけのムウとアルフは拡く感じる格納庫でスカイグラスパーの調整をしていた。

一機だけでも出せれば、どう にかなると考え……ムウは機外の修理箇所に取り付き、アルフはコックピットに入り込んでいる。

「少佐! 大尉!」

普段であればこのような場所 に来る立場ではないであろうマリューが、小走りにムウの元に駆け寄る。

「発進は許可いたしませ んっ!」

マリューの言葉にムウはやや 冷ややかな視線を肩越しに向けたが、すぐさま修理箇所に視線を向ける。

「整備班を、もう休ませて下 さい」

アークエンジェルの応急修理 を行い、不調のエンジンをだましだまし修理しながら来たため、整備班には疲労の色が濃く漂っているのを見て取れる。

「……オーブからは、まだ何 も言ってきてないんだろ?」

「ええ……でも」

普段とは違う冷たい口調と視 線に、マリューは心を締め付けられる。

それが意味するところは、3 人の生死が未だ確認されていないことに他ならない。

真っ直ぐにマリューを見よう ともせず、作業する手を休めずに、そして冷たい口調と冷たい視線で応えるムウに、マリューも苦い思いしか浮かばない。

「艦はもう大丈夫なんだ…… ならいいじゃねえか」

「いえ、認めません!」

あくまで意固地になるムウ に、マリューは毅然とした態度で言い、ムウはとうとうこちらを振り向くと苛立たしげに抗議した。

「けどっ、アイツらもし脱出 してたら………!」

キラやトール……彼らをこの 戦争へと巻き込んだのは自分自身だ。

それをレイナに指摘されて も、ムウには反論する余地はなかった……だからこそ、彼らを生き延びらせるために必死に戦おうとは思った……だが結局は自分だけがおめおめと生き延びただ けであった。

こんな苦い思いを経験したの は開戦以来だ……ムウは月面のグリマルディ戦線で同僚であったメビウス・ゼロ隊のメンバーを失い、さらには自分は英雄扱いに持ち上げられた。

あの時ほど、自身を呪ったこ とはなかった……あの時と同じ…いや、それ以上に苦い思いを感じているからこそ、敢えて戦闘空域に戻るという決断にも至らせた。

「解かりますっ! 私だって できることなら今すぐ助けに飛んでいきたいわっ! でも、それはできないんです!」

涙声混じりのマリューの剣幕 に、ムウは思わず言葉を失ってしまう。

「艦長……」

決して、人前では涙を見せよ うとはしないマリューが涙を浮かべている……それがムウの心に響いた。

「……今の状況で少佐達を出 すようなこともできませんっ! それでもし、貴方まで戻ってこなかったら私はっ……」

昂ぶる感情をコントロールで きず、つい心の奥底に隠していた感情が思わず出そうになり、マリューは慌てて息の呑み……眼を逸らすように俯いた。

ムウは虚を衝かれたように眼 を見開いていた。

「……今は……オーブと、キ ラ君やレイナさん達を信じて………留まってください」

二人の名を出すのが辛かっ た……生きているとは思いたいが、マリューは半ば彼らの死を受け入れかけていた。だが、必死の思いで護ってくれた彼らを置き去りにし、おめおめと生き延び てしまった自分自身もまた腹立たしい……だからこそ、ムウやアルフも普段の冷静さをかなぐり捨てて探しに行こうとしたのだろう。

だが……クルーをこれ以上失 うわけにはいかない…自分は、この艦の艦長なのだ。

ムウは視線をアルフに向ける と……アルフも眼を閉じ、表情を俯かせ、首を振る。

無力さを噛み締めるマリュー の肩に、ムウはそっと自分の手を肩に乗せた。

「………ラジャー」

短く告げたムウに、マリュー は泣き出したい衝動を必死に抑えるのであった………

 

 

ブリッジを後にしたサイが通 路を居住区へと向かって進んでいると、背後から声を掛けられた。

「アーガイル二等兵」

振り向くと、ナタルが手に二 つの箱を持って歩み寄り、サイに手渡した。

「ケーニヒ二等兵とヤマト少 尉の遺品を整理しろ」

その言葉に、サイは身が凍る ように硬くなる。

「遺品!? だって、ま だ……」

未だ死亡が確認されていない 二人に対しての対応に、サイが抗議するが、ナタルはいつもの淡白な口調で応じる。

「艦長がMIAと認定したん だ……これが決まりだ。後で、ハウ二等兵にもクズハ特務中尉の遺品の整理を伝えてくれ」

呆然と聞き入るサイに、微か にトーンの落ちた口調で……無情に告げる。

「よすがを見詰めて哀しんで いては、次は自分がやられる……戦場とは、そういうところだ」

立ち去っていくナタルの後姿 を見送りながら……サイは手に持った箱を放心した様子で見詰めていた……

遂この間まで、ごく普通の学 生であったのに……まるで現実を受け入れられないように…サイはその場に立ち尽くした……

 

 

フレイはどこかフラフラした 足取りで艦内を歩いていた。

いくら待ってもキラが部屋に 帰ってこず、じれったくなったフレイはキラの姿を探し回っていた…その時、食堂の中から聞こえてきた話が耳に飛び込んできた。

「…けど、ストライクやルシ ファーなしでアラスカ入ってもなあ……」

「まさかヤマトやクズハがや られるとはね……」

その内容に思わず聞き耳を立 て、小走りに食堂の入り口に近付く。

食堂内で整備士が数人で話し ているが、面識がない者に話し掛けるのはフレイにはできない……その時、ブリッジの方角から馴染みのある顔が歩いてきた。

「カズィ……ね、キラ?」

尋ねると…カズィは戸惑った ように視線を逸らした。

「……MIA」

「え?」

ボソッと呟いた言葉の意味が 理解できず、首を傾げる。

「戦闘中行方不明……未確認 の戦死のことだって。軍じゃ、そういう言い方をするんだ」

フレイはさらに困惑を浮かべ た……何のことを言ってるのか、さっぱり理解できなかったからだ。

「レイナとトールもね……詳 しいことは他の奴に聞いてよ。俺が知ってるのはそれだけだから」

これ以上話したくなかったの か、簡潔に伝えると、フレイを無視して食堂に入ろうとするが、フレイはそんな態度に苛立ち、カズィの肩を掴んで声を荒げた。

「ちょっと待ってよ! だか ら、キラは何処?」

カズィは振り払うようにフレ イの手を払いのけ、睨むように視線を向ける。

「だからわかんないんだよ!  生きてるのかどうかさえ!」

「ちょっと……なによ、それ は!?」

あまりに抽象的でいい加減な 答えにフレイはさらに表情を困惑させる。

「……多分死んだんだ よ………もういいだろっ!」

吐き捨て…怯えるように視線 を逸らし、もはや関わりあいたくないとでも言いたげにカズィは食堂に入っていった…フレイは唖然としたままその場に立ち尽くした……

「死んだ……キラ が…………?」

今一度、カズィの言葉が信じ られないように反芻する……だが、それが自身の望であったはず……しかし、今のフレイにはその現実を受け入れることができず、ただ呆然と立ち尽くした…… まるで、帰る場所を失った迷子のように………

 

 

ミリアリアは依然と薄暗い自 分達の部屋のベッドで膝を抱え込むように蹲っていた。

あの戦闘から半日が経った が、たったそれだけの時間で、ミリアリアは指先を動かすのも億劫なほど憔悴していた。

だが自分が憔悴しているとい う感覚も、ミリアリアにはない。

その時、足音が近付いてくる のが聞こえ、ミリアリアはハッと顔を上げる。

だが、入ってきたのは自分の 予期した人物ではなかった。

「ミリアリア……」

傷ましげにミリアリアを見や りながら、入ってきたサイは慌てて手に持っていた箱を自分の後ろに隠した。

だが、ミリアリアにとっては そんな箱は眼に入らなかった。

「……トールから連絡 は……?」

掠れたような声で問われ…… サイは一瞬言葉に詰まる。

「まだ……で、でも艦長が オーブに捜索を頼んでるし、本部に行けば何か連絡入ってるかもしれないし……」

偽善めいた言葉を掛けなが ら、サイは自身に空虚さが満ちていくのを感じたが……ミリアリアはそんな希望に縋るように微かに微笑む。

「そう…そうよね………そん なはず…ないもの………」

頑なに現実を拒むミリアリア に、サイは傷ましげに見詰め……誤魔化すように明るい声で話し掛けた。

「ミリィ……食堂にでも行こ う。こんな所に一人でいちゃダメだ」

サイの言葉の意味も解から ず、ミリアリアは引かれるままにサイに連れ出された。

その時進行方向で何かの騒ぎ が起こり、そちらに注意を引かれサイとミリアリアは歩みを止めた。

「なんだよっ、そう突っつく なよ!!」

聞き慣れない声が響き、通路 の奥から拘束された少年が銃を突き付けられて歩いてきた。

「怪我人だぞ、俺は! った く、いつまで放っておく気だったんだよ!」

毒づきながら歩いてくる少年 を不審に思ったのか、それを見詰めるクルー達の中に見知ったノイマンを見つけ、尋ねた。

「なんですか?」

「……バスターのパイロット だ」

小声で呟くノイマンに、サイ がハッと眼を向け、ミリアリアもまたやや驚きの入り混じった視線を浮かべた。

「……若いな」

ノイマンの評通り、引っ立て られて歩いてくる少年は、浅黒い肌に金の髪をもった自分達と同じくらいの年恰好の少年にしか見えない。

頭に包帯を巻いた彼は、自分 を引っ立てる人間を横目で睨みながら、腹に据えかねたように喚き散らしている。

しかし…ザフトの兵士である 以上……コーディネイターのはずだ。

同じコーディネイターであっ たキラともそれ程離れていない少年が今迄自分達を執拗に追撃してきた者だと思うと、奇妙な冷や汗が流れた。

その時、少年:ディアッカは 前方に隠れるように立っていたミリアリアに視線を定め、不意に足を止めた。

「へえ…この艦って、こんな 女の子も乗ってんだ……」

ミリアリアはビクッとし、サ イは庇うように前に出るが、ディアッカは皮肉げに毒づいた。

「バッカみてえ、なに泣いて んだよ…リンやリーラとは全然違うな……それに、泣きたいのはこっちだっつうの」

苛立たしげに吐き捨て、明ら かに見下したような態度にサイは怒りにかられる。

離れていくディアッカに向け て殴り掛かろうとしたサイを慌ててノイマンが押し止めた。

「よせ! 捕虜への暴行は禁 止されている」

サイはギリリと奥歯を噛み締 め、せめてもとばかりに去っていくディアッカの後姿を睨み付ける。そんな憤るサイの腕が、不意に掴まれた。

振り向くと……ミリアリアが 震える手で掴み、赤く腫れた瞳をディアッカへと向けていた。

「あの……人………」

「ミリィ、見ちゃいけない」

サイが慌てて遮り、その手を 引っ張っていくが……その視線はなおも去っていった背中に向けられていた。

そして……ミリアリアだけで はなく、通路の奥から覗いていたフレイもまた、青ざめた表情と……どこか狂気を漂わせた瞳で見詰めていた……

 

 

 

長い夜が明け……日差しが差 し込むアルバトロスの一室で、カガリはアスランとリンの様子を窺っていた。だが、アスランは放心したように黙り込んだまま、リンは視線を合わせようともせ ず、ただ無言で唯一ある窓から外を見詰めていた……

その時、二回程ノックの音が 響き、キサカが顔を出した。

「迎えが到着した」

その言葉に頷き、カガリは憮 然としたままリンに近付く。

「おい、迎えが来たぞ……」

声を掛けられたリンが振り返 ると、カガリは先を促した。

「ほら……着替えてこいよ」

尊大な物言いに、リンは苦笑 を浮かべ、部屋を出ようとするが、その背中にカガリが声を掛けた。

「お前! もう死のうなんて 思うなよっ!」

怒鳴りつけるように叫ぶと、 リンは答えはしなかったものの、そのままドアを潜り…出たところで立っていたカムイに気付いた。

カムイはこちらを複雑そうな 表情で見詰めていたが……リンは一瞬、驚きに眼を見張ったものの、それを抑え込み、横をすり抜けていく。

「………貴方まで、生き残っ ていたとはね」

ボソッと呟く言葉に、カムイ は身を微かに竦める。

「オリジナルは死んだ……… だったら、私は禍がいものらしく……生き恥を曝すわ…」

自嘲気味な笑みを浮かべたま ま、リンは通路の奥へと消えていき……カムイは声を掛けることもできず、ただ見送った……

そんな外のやり取りを知ら ず、カガリは残ったアスランにも声を掛けた。

「アスラン……ほら、迎え だ」

小さく告げても……アスラン はなんの反応も示さず、ただただ呆然としていた 。

じれったくなり、軽く肩を揺 すり呼び掛けると、ようやくカガリに視線を向ける。

「ザフトの軍人では、オーブ には連れて行けないんだ」

だが、相変わらずアスランの 頭はぼうっとしたままであり、カガリは顔を顰める。

「くそっ、お前…大丈夫 か?」

乱暴にカガリは包帯を巻いて いない方の腕を引っ張り上げてアスランを立たせる。

こちらを不安そうに覗き込む カガリに顔に、不意に笑みがこぼれた。

「……やっぱり、変な奴だ な…お前は」

無人島でのことを思い出した のか……それとも、こちらを乱暴に扱うカガリに苦笑したのか……

「…ありがとう……って言う べきなのかな……今はよく解からないが………」

生き延びたことを悲観すべき か…それとも……答えは出ない。

おぼつかない足取りで歩き出 したアスランに向かって、カガリが声を掛けた。

「ちょっと待て!」

アスランがその声に振り向く と…駆け寄ったカガリは首から下げていたペンダントを外し、それを無造作にアスランの首にかけた。

意図が解からずに首を傾げる アスランに、カガリは無骨な物言いで言った。

「ハウメアの護り石だ…お前 ら、危なっかしいからな……護ってもらえ」

口調に混じる気遣いに、アス ランは表情を硬くする。

「…キラを殺したのに…… か………?」

「もう……誰にも死んでほし くない………」

そう……キラとレイナは死ん でしまった………だからこそ、この二人にはせめて生き延びてもらいたい………

キッとアスランを見上げ、意 志のこもった視線を向ける…その真っ直ぐな視線に、アスランの中を覆っていた靄が微かに薄れたような気がした………

 

 

 

ザフトの小型飛空艇がアルバ トロスの隣に着水する。

ハッチに向かって、アルバト ロスから出たボートがゆっくりと向かう。

ボートには、コートを掛けら れたアスランとリンが座り、その姿を 医療班と共にイザークがハッチ付近でこちらに近付いてくるボートに乗る二人を視線で捉えた。

「貴様ら! どの面下げて 戻ってきやがったっ!」

いきなりの怒鳴り口調に…ア スランとリンは互いに苦笑を浮かべた。

本気で心配していたからこそ の怒声であることはすぐに察したので、敢えてなにも言い返さなかった。

医療班に手を貸してもらいな がら、リンとアスランは飛行艇のハッチへと飛び乗る。

「……怒鳴らないでよね、 こっちは怪我人なんだから」

小さく言い返し、リンが先に 入っていくと、アスランがすれ違いざまに疲れた声で囁いた。

「……ストライクとルシ ファーは俺達が討ったさ」

文句の一つでも言うかと思っ たが、イザークは微かに賞賛に近いような笑みを一瞬浮かべた。

そして……痛み止めの麻酔が 効いているのか、アスランは深い眠りにとらわれていった……まるで、なにもかもが夢ならいいとでもいうように………

 

 

 

 

 

「……ぅ…ぅうん………」

微かに瞼を動かし、少年が ゆっくりと眼を覚ました。

「あ……気が付きました か?」

ぼうっとする頭で声のした方 を振り向くと……見知らぬ女性がこちらを覗き込んでいた。

「……ここは…僕は……」

「無理はしないでください… 貴方は、もう3日も意識不明だったんですから…でも、もう大丈夫ですね」

女性はニコリと微笑むと、 ゆっくりと立ち上がり、離れていく。

少年は未だ、状況を認識でき ないようにぼうっとする頭で周囲を見渡していると、唐突にドアの開く音が響き、そちらに眼を向けた。

「おーっす! ニコル、眼覚 めたかー?」

呑気そうな口調で声を掛けて くる青年に、少年はまともな思考が働かず……無意識に口が動いた。

「……ここは天国ですか…ミ ゲル先輩………?」

先程の女性は天使だろうか… そして、唐突に死んだはずの人間が現われたので、少年はそう考えてしまった。

女性は楽しげに微笑むが…… 青年は思わずズッコケ………

「違うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

怒声が遠く離れた場所まで響 き、薄暗い格納庫のような場所にいた3人は思わず顔を顰めた。

「……なんなんだ、今の叫び は?」

「気にするな……あいつらの 軽いスキンシップだろう……それよりどうなんだ、トウベエのおやっさん」

整備よろしくの格好に身を包 んだ初老の男:トウベエ=タチバナに、ザフトの軍服に身を包んだ男:マルコ=モラシムは視線を自分達の後ろに並ぶMS群に向けた。

ハンガーには、ジン・ワスプ をはじめとし、グーンやゾノ…ディンやシグーなどの機体が揃っている。

そして…その中で一際目立つ 灰色のMS……右腕を失い、胸部にも歪みを持つ破損した機体にこの場にいた3人が眼を向けている。

「ふむ……まあ、機体設計自 体ザフトのものとは違うからの……時間は掛かるぞ」

「それでも構いません…取り 敢えずは、ギガフロートに向かいますし…あそこには今、ジャンク屋組合のメンバーがかなり集まっているはずですし……」

最後の青年が事務的に答え る。

「そうか……しかし、このま ま直すよりも、いっそ改造した方がいいかもしれんな」

ニヤリと笑みを浮かべるトウ ベエに、青年は苦笑いを浮かべた。

「どうだ……この機体、わし に任せんか? 幸いにも、オーブでプランデータをいくつか貰っておるしな」

「止めても聞かないんで しょ……構いませんよ」

それを待っていたかのように トウベエは親指を立て、機体に歩み寄っていった。

「しかし……あの小僧、また これに乗ると思うか?」

「……それは、本人の意思次 第です」

神妙なモラシムの問いに…… 青年もまた考え込むように答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

それぞれに抱えた傷……

迷った信念が沈み……闇に彷 徨う………

 

安らぎが齎すのは癒しか……

荒れ狂う闇が時代を…人を揺 さぶる……

そして…暴走という名の波が 時代を呑み込む………

 

 

次回、「蠢き」

 

荒れ狂う時代を斬り裂け、ガ ンダム。

 



BACK  BACK  BACK



inserted by FC2 system