プラント群のMS演習宙域 を、その機体は飛んでいた。

蒼いボディを煌かせ……両腰 に二本の刀らしき剣を携えた機体……機体の左肩には、稲妻をイメージしたエンブレムが輝いている………そのコックピットの中には、蒼いパイロットスーツに 身を包んだメイア=ファーエデンの姿があった。

ボディ各所のバーニアと背中 の小型スラスターを駆使し、曲芸のような飛行を行う。

そのGに、メイアも若干眉を 寄せる。

「さっすが……性能がシグー とは桁違いね………」

感嘆した様子で操縦桿を引 き、急停止……方向転換を行う。

ふぅ…と溜め息をついた瞬 間、コックピットに通信が開いた。

《聞こえとる……飛行テスト 項目は取り敢えず終わったから、これから模擬戦に入るで?》

「こっちはいつでも構わな い」

《解かった……ほなら、演習 項目Dに移行すんで》

確認を取ると同時に、通信が 途切れる…それと入れ替わるようにレーダーには敵影のマークが示され、アラートが響く。

蒼い機体の周囲に展開するジ ン5機……手に構えた重突撃機銃を連射してくる。

しかし、メイアは冷静に機体 を捻り、攻撃をかわす……目標を見失った弾が周囲に展開していた残骸に着弾すると、色が飛び散る…模擬戦用のペイント弾だ。

だが、たとえペイント弾とい え、簡単に喰らう気など、メイアにはさらさらない。

銃弾をかわしつつ、両腰に帯 刀した剣を抜く……そして一気にジンに向かって加速する。

一機のジンの前で振り上げ、 突撃機銃を撃ち落す……その瞬間、ジンは撃墜の表示がなされた……身を翻し、次のジンに向かっていく……数分後、ジンは全て撃墜された。

「ふぅ……」

軽く息を吐き出すと、そこに 先程と同じ女性からの通信が入る。

《今日のテストはここまで や……しっかし、流石やなぁ…もう機体をものにしてるやん》

ちゃかす女性に、メイアは若 干顔を顰める。

「…いえ……まだ、ちょっと 反応が少し鈍いな……あとでチェックして」

《OK……ほんなら、帰還し てや》

通信が途切れると、蒼い機体 はバーニアを噴かし、ゆっくりとプラントの工廠に帰還していった。

 

《X8号機……ファーエデン 機、テスト項目終了…第7ドックに帰還……機体固定後、作業員はすぐさま作業を開始せよ》

ゆっくりと進入し、用意され ていた固定フレームに収まる蒼い機体……機体が完全に固定されると色が抜け落ちるように鉄褐色の灰色に変わり、コックピットハッチが開き、メイアが出てき た。

無重力の中を飛び、キャット ウォークに飛び移ると、ヘルメットを取る。

額に浮かんでいた汗を振り落 とすと、そこに出迎えに来ていた整備班の一団に手を振った。

整備班の先頭には、作業用の ツナギを着込み、作業帽を被った薄い茶色の髪を三つ編にした女性が佇んでいる。

「よっし……作業開始や」

女性が指示を出すと、後方に 控えていた整備士達が一斉に散り、蒼い機体に飛びついて整備を始める。

「お疲れさん」

労うように女性が、メイアに 向けて手を上げると、それに応えるようにメイアも手を上げて、互いの掌を叩き合う。

「取り敢えず……ある程度、 完成のメドは立ったようね…ルフォン」

メイアが振り向き、自身に与 えられた機体を見上げている。

「そうやな……メイアがテス トしてくれたおかげで、他の機体も完成が間近やし」

ルフォンと呼ばれた女性も、 キャットウォ−クの手すりに掴まり、機体を見上げている。

「それで……他の機体の状況 は?」

どこか、小声でメイアが尋ね ると、ルフォンも何気ないように応じた。

「…X09、X10…それと EXの1号機と2号機がロールアウトしとる……ほんでもって、遂先日…X11からX13までの開発がスタートしたわ……もっとも、時期までに完成するかは 怪しいけどな……あとそれと…YMF−X000Aは多分無理やわ……でも、YFX−600RAならいけると思うで」

「……パイロットの選定 は?」

「聞いた話やと……X09が 議長の息子はんに…EXの2号機がシスティはんに受け渡しになるそうやで」

「……そう」

短く答えると……視線を逸ら し…彼女のツナギの肩につけられたエンブレムに眼を向ける。

髑髏を模ったそのエンブレム は、もう既に存在しないパイロットがかつて使っていたもの。

「ところで……どうする の?」

メイアはつい数時間前に話し たことを尋ねた。

それを聞いた瞬間、ルフォン はどこかビクッと身を震えさせ、掴んでいた手すりを握り締める力が強まる。

「正直……怖いんや……… 会った時、冷静でいられるか………」

震える口調で答えながら、 そっと肩のエンブレムをなぞる。

「でも……会ってみた い………後悔、しとうないから………」

メイアは静かに頷き返し、そ の肩を叩いた。

――――ルフォン=バーネッ ト………元クルーゼ隊整備士にして…黄昏の魔弾……ミゲル=アイマンの恋人であった………

 

 

 

アラスカ近海の海中を深く潜 行するクストースト……この艦内には、真のオペレーション・スピットブレイクのための任を受けたラウ=ル=クルーゼが乗船していた。

「アラスカは、核の直撃にも 耐えうる構造をもつと言われる……」

ブリーフィングルームにて、 クルーゼはパネルに映し出されたアラスカ…JOSH−Aの地形に手に持つ差し棒で、眼前に座る兵士達に説明していた。

「もっとも、今は使えないの だが……どの道、ザフトは使うつもりもないしな……」

戦略パネルには、JOSH− A周辺の防衛設備や突入路が表示され、赤く点灯している。

「叩くには、グランドホロー と呼ばれる内部に侵入するしかないが……それもまた、至難の業だ。不用意に手は出せぬところだが、アラスカの情報は、我らは常に手にしておかねばならな い」

滑らかに説明するクルーゼの 言葉を、兵士達には真剣に聞き入っている。

「が、今回の偵察も特務ゆ え、守秘義務が課せられている……誰かに冒険譚を聞かせたくとも、戦後まで待てよ」

冗談めかしたクルーゼの締め 括りに、兵士達は苦笑混じりに強く頷いた。

その様子を見やりながら、ク ルーゼは表情を逸らす。

「……情報というものは、ど こから漏れるか解かったものではないのでね………」

意味ありげに口の端を微かに 持ち上げた笑みを浮かべ、小さく呟いた。

 

 

 

 

JOSH−Aに到着してはや 数日……艦の修理作業は始まったものの、クルー達には変わらずの艦内待機を命じられていた。

未だ上陸許可の下りないアー クエンジェルの処遇に対し、マリューが業を煮やして司令本部へと連絡を取った。

《統合作戦室》

「第8艦隊所属艦:アークエ ンジェル……当艦への指示についてお伺いしたい」

尋ねると、担当官は表情を顰 め、面倒くさそうに答える。

《貴艦への指示は、全てサ ザーランド大佐より発令されます》

淡々と同じ返答を突き付けら れるが、マリューは唇を噛み締めて言葉を繋ぐ。

「では、大佐に繋いでいただ きたい」

《大佐は現在、会議中です… 通信はお繋ぎできません》

またも拒絶の言葉に、マ リューは内心に憤りを覚える。

パナマ侵攻が噂されている 今、本部内も忙しいということは解かってはいるが、それでもこの処置は異様である。

クルーに本部の地すら踏ませ ないとは……さらに、問題はまだある。

「こちらには、ザフト軍パイ ロットの捕虜がいる旨も報告してあるはずです…それに対してすらまだ……!」

アラスカへ到着前に起こった 戦闘で捕獲したバスターと、拘束したパイロットの処遇すらまったく指示してこない……これ程、おかしいと思うことはない。

《貴艦への指示は依然、現状 のまま、艦内待機です…現在は、それ以上申し上げられません》

だが、担当官は反論を封じる ように呟くと、そのまま通信を切った。

切れたモニターを睨みなが ら、マリューは苛立ちを覚えるのであった。

 

 

アークエンジェル内の食堂 で、サイがミリアリアを連れ立って食事に訪れていたが、当のミリアリアは変わらずの虚脱した様子で眼の前に置かれた食事のトレーを見詰めるだけである。

「ミリアリア……」

隣に座るサイが気掛かりそう に声を掛ける……アラスカに到着して以来、ミリアリアは満足に食事も取らず、日に日にやつれていくのが眼に見えて解かる。

「ほら、ヨーグルト好きだっ たろう? せめてこれだけでも……」

少しでも元気付けようと振る 舞うが、ミリアリアは無反応であり、サイは内心かなり冷や冷やしている。

「夜とかちゃんと……寝られ るわけないか………」

眼の下にできた隈を見れば、 一目瞭然である。

そこへ、整備士達がぼやくよ うに入ってきた。

「しっかし…いつになったら 出るのかねえ、上陸許可?」

「本部基地内で5日も出な いってのは、珍しいな」

外に出ることもできず、ずっ と艦内に缶詰では、クルー達のストレスも溜まる……愚痴が多くなっても仕方ない。

その会話を聞きながら、サイ も言い知れぬ苛立ちを感じていた。

「でも仕事しろって言われて もな……スカイグラスパーしかねえんじゃあな………」

何気に発せられた言葉に、ミ リアリアはビクッと身を硬直させた。

「回収したバスターでも直す かい? 暇潰しに……」

冗談めかしていう一人に、肩 を竦め返す。

「敵機直してどうすんだ よ?」

「でも、元々アレはこっちの もんじゃねえか」

「はは、ちげえねえ」

「けど、どうせコーディネイ ターにしか動かせねえんだろ………」

「もう、乗れる奴いねえん じゃねえの………」

遠慮なしに続く会話に、居心 地の悪くなったサイは、トレーを戻し、震えるミリアリアを立たせる。

「ミリィ、行こう……」

フラフラと立ち上がり、おぼ つかない足取りで歩くミリアリアを促しつつ、無神経な会話を繰り広げる整備士達を一瞥する。

通路を沈んだ表情で進むサイ とミリアリア……キラやトール…そしてレイナまでがいなくなってしまったという事実は、彼らに深刻なほどの衝撃を与えていた。

「サイ…あの………」

その時、後ろからおずおずと した…それでいて縋るような声に、サイは身を強張らせた。

だが、揺さぶられる心をなん とか自制させ、振り返ると…不安げな表情のフレイが佇んでいた。

手を伸ばすフレイ……かつて の婚約者であった頃の自分なら、その手を取っただろうが……今のサイには、そんな真似はできなかった。

「……何?」

まるで、他人に接するような サイの口調に、フレイは身をビクッと硬直させる。

その時……通路の奥を飛んで きたトリィがフレイを横切り、サイの肩に留まった。

その姿が、キラと重なり…… フレイは眼を見開いた。

【トリィ】

呆然となるフレイに向かって 飛んでくるトリィ。

「あぁっ……いやぁっ!」

何かに怯えるように払いの け、叩き落そうとする。

今迄は、拒まなかったという のに……今のフレイには、恐怖を掻き立てるものでしかない。

「……やめなよ」

哀れむような視線で、サイが 制すると、トリィは飛び上がり、またもや別の場所に向かって通路に消えていった。

フレイは呼吸を乱しながら、 その飛び去っていく姿に、まるで悪夢でも見たような青ざめた表情を浮かべている。

俯き肩で息をするフレイ、サ イは突き放すように素っ気なく呟いた。

「……急ぐんじゃないんだっ たら、後にしてくれない?」

フレイは驚愕に眼を見開く が、サイはそれを無視し、未だ茫然自失となっているミリアリアに付き添い、再びゆっくりと歩き出す。

「サイ!!」

離れていくサイに向かって、 フレイは叫ぶ。

一人ぼっちにされるのが嫌 で……自分を慰めてくれる相手を求めて、必死にサイの名を呼ぶ。

流石に、無視するわけにはい かないと踏んだのか、サイは医務室の前で立ち止まり、ドアを開くと、ミリアリアに優しく言った。

「中で待ってて……先生にな んか薬でも貰おう。少しは眠らないとさ………ね?」

サイはミリアリアの肩を優し く叩き、入室させると、ドアを閉めた。

そして……サイは今一度フレ イに振り向いた。

「……俺に、何?」

以前までの自分を気遣ってい た時とは……いや…ミリアリアとはまったく正反対の声に、フレイは息を呑む。

「……何……って………」

冷ややかな言葉に、フレイは 戸惑い、俯く。

サイもまた、視線を合わせま いと逸らし…沈痛な表情を浮かべる。

「トールがいなくて……キラ やレイナがいなくて………皆悲しいんだ………俺も、悲しい」

「え……っ」

その言葉に、フレイはさらに 戸惑いを強めた……少なくとも、サイはキラを憎んでいたと考えていた。自らの思惑でキラに自分を寝取らせたのだから……しかし、そんなフレイの思惑を覆す ように、サイは唇を噛み締めている。

「だから…俺……今、君を慰 めてやることなんか、できないよ………」

突き放すような口調……フレ イが言葉を出す前に、サイは決定的な断絶の言葉を言った。

「…ごめんな……そういうこ となら…誰か、他の奴に言って……」

低い口調ではっきりと囁かれ た断絶……フレイは愕然と立ち尽くす。

だが…サイの意志は変わらな い……既に、フレイの考えなど解かり切っているからだ……ただ単に、慰める相手が欲しくて…自分を頼っただけ…縋れるのなら……結局、誰でも構わないの だ……そして…キラがいなくなって…すぐさま自分のところにやって来ることに、サイの怒りは掻き立てられていた……渦巻く負の感情を、これ以上表に出した くないとばかりに、サイは背を向けるが、フレイは声を荒げた。

「サイ!! けど、私……ホ ントは………!」

「フレイ!!!」

背中を向けたままフレイの言 葉を遮る。

フレイの口から出ようとした 言葉を察したサイが叫ぶが、今のフレイにはそんなサイの考えも届かない。

ひたすらに…自分とサイを繋 ぎ止めるために、言い募る。

「貴方、解かってたじゃな いっ! 私……ホントはキラのことなんか………っ」

遂に口から出てしまった醜悪 な言葉に……サイも憤りを覚え、叫び上げた。

「いい加減にしろよ!!」

サイがとうとう振り向いて怒 鳴る。

フレイが身を一瞬竦ませる が……その涙を浮かべた眼を凝視する。

「君はキラのことが好きなん だろっ!?」

「違うわっ!!」

「違わないさ!!」

金切り声で言い返すも、サイ は倍近い声で怒鳴り返す……認めたくはなかった。

キラが好きだったという自分 を……自分はサイのことを想っていたはずなのに……だが…最初に裏切られたサイから見れば……それはあまりに身勝手な想いだった。

「最初はどうだったか知らな いけど………あいつ…優しくて………」

ヘリオポリスでの友人だった キラ……だが…地球に降りてからは、何も話そうともしなかった……ただ傷付けられた怒りと敵わない妬みが……キラとの距離を拡げた。

「だから……そういう奴だか ら………」

敵わないと思いつつ……それ でも優しかったキラ……それならば…フレイの心が惹かれていっても、半ば仕方ないと思っていた……だが…キラもまた、フレイの思惑に気付いていたかもしれ ない……それでも…フレイを護ろうと必死で戦って………

「違うっ!……違う、違 うっ!!!」

泣き喚き、首を横に振って、 身体全体で否定しようとするフレイ。

その頑なな態度に……サイは やり切れない思いを浮かべ、拳を握り締める。

フレイはキラに惹かれていた はずなのに……なのに…その想いを必死に否定しようとする……これではキラがあまりに報われない……命を懸けてフレイを護ろうとしたのに…そのひたむきな 想いさえ踏み躙られて……だが、サイもその言葉をはっきりと口に出す資格もなかった……そんなフレイの思惑に気付きつつも……放置したのは自分自身なのだ から。

クルー達は既に戦場という環 境での当たり前の事項とばかりにキラやレイナ、トールの死を受け入れ、既に過去のものとしようとしている……カズィに至っては哀しむどころか、3人の死に 怖気づいて艦を降りたいとばかりに逃げ腰になっている……

あの3人の命の方が……自分 達よりももっと価値があっただろうに……

その時……背後の医務室か ら、大きな音が響いてきた。

それにハッと気付いたサイ は、医務室の連れ込んだミリアリアのことを思い出し、慌てて中へと駆け込んだ。

 

 

 

サイに医務室に残されたミリ アリアは、ゆっくりとした動作で丸椅子に腰掛ける。

「なぁ、先生よぉ」

背後のベッドから掛かったぞ んざいで見下したような声……ミリアリアは聞き覚えのある声に、怯えるように振り向く。

カーテンが微かに開いた診察 ベッドに、両手を後ろで拘束されたディアッカが横たわっていた。

捕虜として医務室に入れられ ていたディアッカは、かなり退屈であった……医務室に連れ込まれてからというもの…特になにかをするわけでもされたわけでもない。

普通なら、尋問なり交渉なり あるはずだ……ディアッカはこれでもプラント評議会議員に名を連ねるエルスマン家の人間だ……交渉的なカードとしてはかなり使える。

だが、そういった類のものが 一つもこず、寝るだけであったので、かなりの暇を持て余し、暇潰しにでも軍医をからかおうとしたのだが、入ってきたのは予想外の人物であり、一瞬眼を丸く した。

その姿に見覚えがあり……軽 き気持ちで眼前で立ち竦む少女:ミリアリアに声を掛けた。

「何だよ、そのツラは?」

最初に見た時と同じく、ミリ アリアは泣きそうな表情で、足を震えさせている。

相手はコーディネイターであ りザフト兵なのだ……何をされるか、それが恐ろしい。

そんなミリアリアの心情を見 透かしたように、ディアッカは鼻を鳴らした。

「俺が怖い? 珍しい? 大 丈夫だよ、ちゃんと繋がれてっから」

嘲笑い、見せ付けるように後 ろの拘束された両手首を向ける……戦争とはいえ、その大半はMAやMA…そして戦艦による戦闘だ……歩兵でもない限り、直接敵と面を合わせることなど、こ ういった状況でもなければあるまい……

「つーか……お前、また泣い てんの?」

ディアッカは再びベッド上に 寝転び、いつものように慣れた皮肉を呟く。

「何でそんな奴がこの艦に 乗ってんだか」

呆れたような口調で言い募 る……泣いてばっかりの軍人など、何故地球軍にいるのか……身近にいたリンやリーラは、こちらでも圧倒されるぐらいに覚悟を持った奴らだったのに…と、内 心で毒づく。

一方のミリアリアは徐々に呼 吸が荒くなり、肩で息をするようになっている。

「そんなに怖いんなら、兵隊 なんかやってんじゃねぇっつーの」

恐怖に竦んでいたミリアリア の感情が、歪み…その涙を滲ませた視界の中に、診察デスク上に置かれたペーパーナイフが映り……その鈍く光る刃に吸い寄せられるように掴み取る。

「ああ…それとも、バカで役 立たずなナチュラルの彼氏でも死んだかぁ?」

侮蔑を込めたディアッカに とっての退屈凌ぎの皮肉……それは今のミリアリアにとって、怒りを掻き立てる引き金であった。

ミリアリアが息を殺して忍び 寄る……殺気を感じたディアッカが、ミリアリアに視線を移すと、そこにはペーパーナイフを構えた姿があった。

「うぁぁっっっ!!!!」

激情の憎悪のままに、ナイフ を振り下ろすミリアリアにディアッカは飛び起き、間一髪でかわした。

「くっ! なにすんだよっ!  コイツ!!!」

捕虜への暴行は禁止されてい るはずなのに……だが、枕に深く突き刺さったナイフと、涙を溜めながらも殺気に満ちているミリアリアの瞳に冷や汗をかく。

「はぁっ…はぁっ……っ」

ギラギラ輝かせた瞳と荒れる 呼吸……再びナイフを構え、ディアッカに襲い掛かる。

「うあぁぁ あぁぁぁっっ!!!」

「くぅっ!!!」

ベッドから転がり落ちるミリ アリアとディアッカだったが、拘束されているディアッカは拘束具で肩がムリな角度に軋むのを感じた。

ベッドと繋がっているディ アッカはそのまま不自然な体勢で背中をぶつけ、その際に頭部をぶつける……額から血が滴り落ち、シーツに滲む。

その時、内部の異変に感づい たサイが医務室に駆け込み……その状況に驚いた。

「ミリアリア!!!」

なおもナイフを振り上げて、 ディアッカに襲い掛かろうとするミリアリアを後ろから押し止めるが、彼女はそれでも狂ったように泣き叫んだ。

遅れて入室したフレイも、そ の惨状に眼を見開いている。

「放してぇぇっ!!」

「落ち着くんだ、ミリィ!」

「トールがっ……トールがい ないのにっ! なんでこんな奴……こんな奴がここにいるのよぉぉっ!!」

華奢な彼女からは想像できな いような力で暴れるミリアリアを、サイは必死に押し止める。

その怒りと憎悪に……ディ アッカもどこか呆然とした面持ちで見上げていた。

「なんで……トールが…… トールがいないのに……なんで………」

手からナイフが零れ落ち…… そのまま腰が砕けたように座り込み……泣きじゃくった。

サイはそんなミリアリアの肩 に手を置き、慰めるように抱く。

その時……呆然と見詰めてい たフレイの視界に、診察デスクの半開きになった引出しに入れられた銃が飛び込んでくる。

それを認識した瞬間……フレ イは躊躇いなく掴み取った。

そのまま銃口をディアッカへ と向け……憎悪を宿した瞳で睨み付ける。

父親をコーディネイターに殺 され……そしてキラもまたコーディネイターに殺された……

最初は確かにキラを利用する ために近付いた……だが、キラは優しかった………だから…偽りの関係を終わらせようと……伝えようとしたのに………それすらも奪われた。

安全装置を外す、無機質な音 が医務室に響く。

「っ!」

ディアッカは瞳を見開き、背 筋を駆け抜ける悪寒を感じ、サイやミリアリアもフレイの行動に息を呑んだ。

「フレイ……!」

サイが名を搾り出すように叫 ぶが、フレイは憎悪に歪んだ表情で……引き金に力を込める。

「コーディネイターなん て……」

滲む涙……震える手……

「コーディネイターなん てっ、皆死んじゃえばいいのよぉっ!!」

「っ!!」

喚くように叫び……引き金を 引こうとした瞬間……ミリアリアが弾かれたようにフレイに飛びついた。

響く銃声……弾丸はそのまま 天井のガラスを割り……破片が微かにディアッカに降り注いだ。

フレイはミリアリアに押し倒 され、ただ呆然となり……ミリアリアはフレイの身体の上で泣きじゃくっていた。

「なにすんのよ……っ!」

のろのろと身を起こしたミリ アリアは、フレイから離れていく……我に返ったフレイが、ミリアリアに喚き散らす。

「何で邪魔するの!! 自分 だって殺そうとしてたじゃない!!」

怒りに歪んだ表情で、ミリア リアを糾弾する……先程、自分と同じようにディアッカを殺そうとしたのに、何故止めるのか……敵であるコーディネイターを………

「アンタだって憎いんで しょっ!? こいつがっ!!」

ミリアリアは潤んだ瞳を見開 き……眼をキツク閉じて、首を横に振る。

「トールを殺した、コーディ ネイターが!!」

自分と同じはずなのに…… コーディネイターに親しい者を殺された者同士なのに……だが、ミリアリアは涙を流しながらも、フレイの鋭い視線を凝視する……否定の意を込めて……

それが癪に障ったのか……フ レイは立ち上がり、険しい剣幕でミリアリアを罵る。

「なによ……あんただって、 同じじゃない!!」

フレイの罵倒がミリアリアに 突き刺さる……だが、彼女はフレイの表情に愕然としたのだ。

憎悪に歪んだ……醜い顔 を……自分が遂今しがたまでしていたであろう顔を……

「あんただって私と同じじゃ ない!!」

子供のように癇癪を喚き散ら すフレイ。

「フレイ!!」

これ以上、ミリアリアを追い 詰めるのはまずいと踏んだのか、サイがフレイを押し止める。

「違う………」

サイがフレイを嗜めようとす る中で、ミリアリアは弱々しい声で呟き、必死に首を振る。

「違う………私…違 うっ!!」

確かにトールはコーディネイ ターに殺された……それでこのザフト兵を憎んだが……自分はコーディネイターが憎いわけではない。

キラもコーディネイターだっ た……だけど、キラは友達で…トールの親友だった……フレイの言葉を受け入れてしまえば…それは彼女と同じになってしまう。

父親を殺されて……人が変 わってしまったフレイ……ミリアリアは、彼女の思惑を感じ取っていた……だが、それだけだ。

決して……自分からなにをし ようとしたわけでもない……あのイージスに乗っているのは、キラの昔の親友だと知っていたのに……それでも、自分はその事について何も話し掛けたこともな い……都合の悪いことを見ないようにして……キラが望んで戦っていると誤解した。

その結果これなのだ……結局 は…自分達の身勝手さが招いてしまった結果なのだ……なのに……フレイはそれすらもコーディネイターのせいにして、憎もうとしている。

そんなのは間違っている…… ミリアリアは今一度……呆然となっているディアッカを見やる。

額から流れる赤い血……それ は自分達と同じものであり……その傷をつくったのは自分自身だ……殺されたから…だから相手を殺しても……なにも変わらない…なにも終わらない……その事 実に気付くのが遅すぎたのだ。

「………ごめんなさい」

静かに謝罪する……それ は……何に対して向けられたものなのか………

その時、医務室のドアが開い た。

「おいっ! なんだこれ は!?」

銃声を聞きつけ、駆けつけた アルフが叫ぶ。

表面的には収まったかに見え たこの騒ぎ……だが……波紋は確実に拡がり始めていた……

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

生きようとした……

ただその思いのみで駆け抜け てきた戦場………

 

だが…傷だらけの身に差し示 めさせられたのは、冷たい恫喝……

 

果てない憎しみが渦巻く 時……歪みは静かに鼓動する………

全てを巻き込んで……

 

 

次回、「悪意」

 

思いの果て…何を思うのか、 ガンダム。




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