突き出したような岩場に着陸したアークエンジェル……数週間ぶりに踏む大地を噛み締めるのでもなく、外に出たクルー達は、皆一様に自分達が先程までいた場 所を呆然と凝視していた………

そして、彼らの注意が、丘の MS2機に向けられる。

ディアクティブモードとなっ たフリーダムとインフィニティ……そして、その足元から歩み寄ってくるのは、間違いなくキラ=ヤマトとレイナ=クズハであった。

そちらに向かって歩いている と、キラは妙な懐かしさに捉われたが、クルー達は戸惑いを浮かべている。

それは、単にキラとレイナが ザフトの赤いパイロットスーツを纏っていることだろう……当然のことながら、工廠で機体に乗り込む時に拝借したのだ。

キラの心持ちは変わってい た……仲間を拒絶し、一人で苦しむことを望んだ…心の中では、誰かに縋りたいという衝動を抱えて………しかし、それを口に、行動にしなければ誰もそれに気 付いてくれない……だからこそ、伝えよう……今の自分の思いを………

キラとは対照のようにレイナ は以前と同じように冷静だった……いや、何かを吹っ切ったように心の中は少し晴れ晴れとしている。

自身を求める戦いは、まだ終 わっていない……だが、そのために戦う相手が変わっただけであり、ただけじめをつけたいからだ……この戦争に関わった者として………決して変わらぬ覚悟を 持ち、レイナはこの戦場に戻ってきたのだ。

眼前で佇む二人……その姿に 掛ける言葉が出ず、ただ沈黙が続く。

「マリューさん……間に合っ て…よかったです」

ぎこちなく笑みを浮かべるキ ラに、マリューはなんとも言えない表情で、口を開く。

「本当に……キラ君、レイナ さん…なの……?」

訊かれて、キラは頷く……以 前とは違った大人びた笑みに………レイナはやや呆れたように頭を掻く。

その様子に、クルー達の間か ら泣き笑いのような声が上がった。

「キラァァ………」

涙声と共に飛びついてきたの は、ミリアリアだった。

そのミリアリアの表情に、キ ラは心が痛んだ……自分を助けて死んでしまった親友を思い出せる………だが、それに続くようにクルー達が生還したキラを取り囲む。

胸の底が、痺れるように熱く なる。

その思いは、キラを取り囲ん だ人垣を遠巻きに見ているカズイとサイを見ても変わらなかった。

「サイ…カズィ……」

人垣から抜け、歩み寄ると、 サイの顔が歪んだ……泣きそうな、それでいて喜んでいるのか怒っているのか判別し難い複雑な表情。

「……よく生きてた…お 前………」

だがそれでも、震える声で答 え、俯く。

「うん……ゴメン…ありがと う………」

サイが自分に抱いている思い は複雑なものがある……キラもそれを理解している。

その原因をつくったのは紛れ もない自分自身だからだ。

だがそれでも……今は素直に この言葉を言いたかった……近寄りざまに、サイの肩に触れた。

そんな様子を見詰めながら佇 むレイナだったが、近付いてきたムウとアルフに気付き、微笑を浮かべる。

「お久しぶり……この場合 は、そう言えばいいのかしらね……少佐、大尉」

「ああ……よく生きてたな」

揶揄するような口調ではな く、心からその無事を喜ぶムウに、苦笑を浮かべる。

「あやうく、死の一歩手前は 経験しましたけど………」

軽い口調で答えると、アルフ が肩を竦める。

「そりゃお互い様だって」

「………そうね。互いに死に 損なっただけですからね」

その態度に、ムウとアルフが レイナの変化に気付いた……以前は、すぐに崩れそうなぐらい危うい砂のような感じであったが、今は薄いクリスタルガラスのような感覚を持つ。

そして、二人の視線が後方で 鎮座する2機のMSに向けられる。

「気になります?」

見透かしたようなレイナの言 葉に、歩み寄っていたキラが気付き、声を出す。

「……お話ししなくちゃいけない事が、たくさんありますね」

「ええ」

「僕も、お訊きしたいことが たくさんあります……」

静かに言うと、ラミアスは素 直に辛そうな表情を浮かべた……確かに無理もないだろう。

自分達が切り捨てられたこ と……地球軍の真意………そして、今のキラやレイナのことも。

「ザフトにいたのか?」

ムウが尋ねると、レイナは苦 笑を浮かべ、キラは頷いた。

沈みかけた場で、こういった 話題を口にするのは年長者である自分の役割と認識しているのだろう……そう言われ、クルー達の誰もが二人の赤いザフトのパイロットスーツに注目する。

「そうですけど、僕らはザフ トではありません」

ザフトにも組さない……そし て………

「……そしてもう、地球軍で もないです」

続けて発せられた言葉に、クルー達の顔が一様に強張り、彼らを冷静に見返し、キラは自分の思いを反芻する。

ザフトも連合も、互いを滅ぼ そうとすることに目的が摩り替わっている……そして、自分はもうそのどちらに組しても戦えない。

自分の望む未来は……それで は得られないから………相手を殺さずに、護るだけの戦いがどれだけ甘く、また困難であるかは重々承知している。

ひょっとしたら、そのやり方 もまた間違いかもしれない……だが、それでも自分自身で決めたことだ……もう、逃げることはできない。

そして……万が一の時には、 フリーダムとともに自身を消えさせる………それだけ、託されたものは叶わぬと逃げてしまうには、あまりに大きい。

キラとは違い、レイナは元々 どちらに組しているつもりなど毛頭ない……自分は組織というものには馴染めない……ひたすらに命令に従うことに嫌悪しているからだ。

自分は機械ではない……何の ために戦うかは自身で決める………自分の道を、誰にも邪魔されたくない……だからレイナは、自由に生きることを選んだ………『レイナ=クズハ』として生き 始めた時に……

だからこそ、レイナは自分が 正しいとは思わない……思ったら、その時点で自分を赦せなくなる……自身が生きるために殺した者達への最大の侮辱となる………

「……解かったわ。取り敢えず、話をしましょう。あの機体は? どうすればいいの?」

意志を宿した瞳を見返しつ つ、マリューは答える……その口調にはもう、部下に対する思いやりも子供に対する甘やかしもなかった。

対等の者として接するため の……マリューの問い掛けにも、キラは信頼した様子で自身の機体にある秘密を語る。

「整備や補給の事を仰ってい るのなら、今のところは不要です……アレには、Nジャマーキャンセラーが搭載されています」

その言葉を理解するまでに、 暫く時間が掛かった……そして、次の瞬間誰からともなく上擦った声が上がった。

「Nジャマーキャンセ ラー!?」

その名の通り、Nジャマーの 影響をまったく受け付けないシステム…その意味するところは……

「核で動いてるってこ と……!?」

「そうよ」

震える口調で問い掛けるチャ ンドラに、レイナが答え、視線をインフィニティへと向ける。

「もっとも、私の機体は違う みたいだけど……」

「どういうことだ?」

何気にポツリと呟いたレイナ に、アルフが反応する。

「一応、あの機体にもNジャ マーキャンセラーは搭載されているけど、あくまでそれは補助システム…あの機体……インフィニティには、核融合エンジンの小型機が搭載されている」

その言葉に、誰もが言葉を失 う……核融合エンジンは水素などを使用したものであり、戦艦などの動力源として使用されるもので、原子炉を使用する核エネルギー分裂を抑制するNジャマー の影響を受けないものだが、当然ながら安全面では不安定なものがあり、今はまだそれを制御するシステムが戦艦などの大型クラスにしか搭載できず、まだ市場 に出回れるほど余裕のないものなのだ。

地球上のどの国家も、Nジャ マーキャンセラーの開発や核融合の小型化・安定化に躍起になっている。

それによって、地球のエネル ギー問題を緩和しようとしているも、それは諸刃の剣だ。

クルーの誰もが、その機体に 秘められた可能性に………期待と恐怖…発展と破滅の相反す る可能性に息を呑む。

キラは、冷ややかに念を押し た。

「データを取りたいと仰るの なら、お断りして僕はここを離れます」

誰もがハッとこちらを見 る……キラは微かに感じ取っていた…皆の心の中に浮かんだ誘惑を……人は、大きな力に惑わされる生き物なのだ……だが、それでも譲れないものがある。

「……奪おうとされるのなら………敵対してでも護ります…………」

穏やかな表情の中に、以前か らは考えられないような冷たさが過ぎる。

その気配に、誰もが息を呑み 圧倒される。

「アレを託された、僕の責任 です……」

そう……ラクスに認められて 渡された力………力を持った者の覚悟と責任……それがキラの決意だった。

マリューは視線を逸らし、レ イナを見詰めると……レイナは肩を竦める。

レイナとて、自身の駆る機体 の危険性は熟知している……いや…この機体自体が、レイナの翼であると同時に死へと誘う死神でもあるのだ……この機体に使用されている技術は、今の人類の 手には余る……過ぎた力は人を惑わす………

マリューは二人の決意を感じ取ったのか、不意に背筋を伸ばしてキラを見返した。

「解かりました。機体には一 切手を触れないことを約束します……いいわね?」

クルー達に向かって念を押 し、キラも肩の力が抜けたように微笑を浮かべる。 

「……ありがとうございます」

安堵した表情を浮かべるキラ に、ムウが歩み寄り、丘の方角を見やる。

「あのザフト兵……」

「間に合いませんでした…… 僕には、助けられなかった………」

苦い口調で答えるキラの眼を 凝視し…今一度、その意志を確認するように問い掛けた。

「お前は何故……俺達を助け た?」

キラの答は……今は決まって いた。

「……そうしたかったからです」

その瞳は、今迄以上に澄んだ ものだった………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNES

PHASE-34  迷える進化と正義

 

 

プラント、国防委員会の本部 のロビーで、ラクスのスパイの手引きを聞かされたアスランは未だ呆然となっていた。

「そんな……ラクス が………」

アスランはその声にハッとし て後ろを振り向いた。

そう……リーラはラクスとも 交流があった……イザークの件に加えて今回のラクスの容疑にリーラの心は既に不安定な状態にあった。

(イザークが……嘘……嘘だ よね………約束したのにっ)

心の中で噛み締める……別れ 際に約束したイザークの顔が過ぎる……

嫌だ……そんなの嫌だと、 リーラの心が悲鳴を上げる………

そして……ラクスの行動…… 自分を助けてくれたあの少女が、プラントを裏切った……信じたくないと、心が軋む……

どう声を掛けていいか解から ずに、アスランとユウキが立ち尽くしていると、リンが逸早く周囲の状況に気付き、顔を強張らせる。

突如としてロビーから駆け込 んできた武装衛兵達が4人を取り囲む。

「お前がリフェーラ=シリウ スか……」

衛兵の壁を掻き分けるよう に、一人の男が現われる。

顔に妙なタトゥやアクセサ リーを身に付けた男……その顔を見た瞬間、リンが眼を細めた。

「アッシュ=グレイ……」

ザフト軍特殊工作隊に属する 男:アッシュ=グレイだ……リンも何度か顔を見たことはある……だが、そのあまりに常軌を逸した感性をもつだけに、ザフト内部でも危険視されている存在 だ。

「リン、生憎お前には関係な い……俺らが用があるのは、そこの小娘だからな」

ニヤついた笑みを浮かべ、 アッシュは不安げな表情を浮かべているリーラを見……アスランが咄嗟に後ろに庇った。

「リフェーラ=シリウス…… お前の身柄の確保が、国防委員会より発令された…よって、お前を拘束する」

その言葉に、リーラは怯えた ように顔を上げる。

「どういうことだ!?」

アスランが思わず声を張り上 げる。

「そう噛み付かないでいただ きたい……容疑は、スパイを手引きしたラクス=クラインと通じていたことだ」

口調は丁寧だが、舐め回すよ うな視線にアスランは嫌悪感を憶える。

「抵抗はしてくれるなよ…… 拘束しろ」

「待て! リーラには関係な いことだろ!!」

庇うようにアスランが佇む が……アッシュが不意に銃を抜き、銃口をアスランの額に突き付けた。

「邪魔はいただけません な……アスラン=ザラ」

慇懃な口調で銃口を突き付け るアッシュに、アスランは息を呑み……リーラは意思を振り絞ってアスランをどかす。

「アスランは関係ありませ ん!」

「リーラ!!」

庇い合う姿に毒気を抜かれた か……アッシュは銃口を下ろし、肩を竦める。

「おい、ガルド……連れてい け」

「はっ」

アッシュの後ろから現われた 少年……その顔を見た瞬間、リーラは眼を見開く。

「ガルド……」

アカデミーで研修を受けた時 に同期だった少年の登場に、リーラは息を呑む。

ひたひたと歩み寄るガルド は、リーラの身体に手に持ったものを叩き付けた。

刹那、バチッという感覚が リーラの身体を駆け巡り……リーラは意識を手放した。

「リーラ!」

ドサッと倒れ込むリーラにア スランが駆け寄ろうとするも、そこに兵が立ち塞がり、二人が気絶したリーラの両腕を抱え、連れて行く。

それを見送るガルドの右手に は、未だに電流を放電するスタンガンが握られていた。

連れて行かれるリーラを、ガ ルドは口元の端を歪ませて罵った。

「貴様!」

アスランがガルドに掴み掛か ろうとするも、それは身体の前に差し出されたリンの腕によって止められた。

ガバッとリンを見るも……リ ンは首を振る……ここで問題を起こせば、アスランの身にも危険が及ぶと考えたからだ。

アスランは歯噛みしたまま、 引き摺られていくリーラを見詰めるしかなかった。

「さて……二人には、議長よ りお呼びが掛かっている……執務室へ向かってもらいましょう」

人を喰ったように笑うアッ シュをアスランが睨み付けるも、アッシュは何処吹く風とばかりに口笛を鳴らし、ガルドを伴って騒然とするロビーから出て行った。

その後姿を、リンもどこか睨 むように眼を細めていた……あの男は危険すぎる、と直感しているのだ……もしあの時、アッシュが発砲すれば、リンは間違いなくアッシュに向かって銃を向け ていただろう。

悔しげに見詰めていたが、ア スランは踵を返し、父であるパトリックの元へ急いだ……リーラのことを嘆願するために…そして、ラクスのこともなにかの間違いであることを……二人とも、 プラントのために…いや、平和を求める二人が反逆者のはずなどない……中枢へと続く通路を向かい、リンもその後を追った。

 

 

オペレーションルームを通る と、かなり切迫した事態になっていた。

「何をしている! ジブラル タルからも応援を出させろっ!」

「無人偵察機じゃダメだ!  今ほしいのは詳細な報告なんだよ!」

「そんな話は聞いていない ぞ! 何処からの情報だ、それは!?」

情報はかなり錯綜してい る……混乱は大きくなり、周囲の喧騒はより酷くなる。

それは、確かに尋常ではない 雰囲気を感じさせる……足早にその場を通り過ぎる。

国防委員長執務室の前に立つ と、秘書官に敬礼する。

「認識番号139000、リ ン=システィ」

「同じく、認識番号 285002、アスラン=ザラ…議長の命令より出頭しました」

それを見届けると、秘書官は 促し、ドアが開く。

はやるように入室するが、そ れに気付いた者はいない……薄暗い議長室では、パトリックを前に何人もの補佐官や兵士が報告を行っている。

ピリピリした空気が伝わり、 アスランは緊張感に呑まれそうになる。

「使用されたのはサイクロプ スのようです…基地の地下に、かなりの規模のアレイが……」

「攻撃部隊の半数近くがそれ に呑み込まれたようです…」

「クルーゼは?」

部下たちの慌しい報告にパト リックは怒鳴るように尋ねる。

「まだコンタクトが取れてお りませんが、無事との報告を受けております」

その話が聞き取れたアスラン は、少しながら肩の力を抜いた……クルーゼは無事らしい…ならば、イザークも無事の可能性が高い…しかし、それでも部隊の半数以上が犠牲になったというの は事実のようだ。

「アレから詳細な報告を上げ させろ」

その時、またしてもアスラン の後ろでドアが開き、別の補佐官が入室してきた。

「アイリーン=カナーバ以下 数名の議員が、事態の説明を求めて議場に詰め掛けております……恐らく、臨時最高評議会の招集を要請するものと思われますが……」

窺うように尋ねる補佐官に、 パトリックは歯噛みする……JOSH−A陥落の際には、世論の支持を得て穏健派の意見を封じるつもりであったのが、完全に裏目に出た。

このままでは、議長の椅子す ら危うい……それを悟ったように、パトリックは矢継ぎ早に指示を出す。

「ともかく残存部隊の確認を カーペンタリアに急がせろ! 浮き足立つな! 欲しいのは冷静かつ客観的な報告だ!!」

その剣幕に圧倒されたのか、 兵士達は慌てて敬礼し、駆け出していく。

「クラインらの行方は?」

「まだです。かなり周到に ルートを作っていたようで……思ったよりも時間が掛かるかもしれません……」

言葉を濁す補佐官に、アスラ ンはまたもや嫌な予感に襲われる……それの意味するところは、最新鋭機を奪取した直後に行方をくらましたということだ…それも、国防委員会の眼を掻い潜っ ての素早さで……

呆然となるアスランとは逆 に、リンは冷静に状況を分析していた。

ラクスとはヴェサリウスで少 し話をした程度しか接触はないが、それでもあの少女の底の深さは薄々感じ取っていた……ならば、これもまた彼女の思惑が働いている可能性が高い。少なくと も、地球軍とはあまり関係がないような気がすると、リンは思った……タイミングがよすぎるのは事実だが……それでも2つの事象の関係が掴めない。

「くっ……司法局を動かせ!  カナーバら以下、クラインと親交の深かった議員は全て拘束だっ!」

仇敵を取り逃がしたように忌 々しげに吐き捨てるパトリックに、アスランが息を呑み、言われた補佐官も戸惑う。

それ程、パトリックが命令し たことは常軌を逸していたからだ。

「はぁ…しかし……」

異議を申し立てようとする補 佐官に、パトリックはその手をデスクに強く叩き付けた。

「スパイを手引きしたラクス =クライン! 共に逃亡し、行方の解からぬその父! 漏洩していたスピットブレイクの攻撃目標……子供でも解かる簡単な図式だぞ!!!」

その言葉に、誰もが戦慄す る。

「クラインが裏切り者なの だ! なのに、この私を追及しようというのかっ! カナーバ達は! 奴らの方こそ……いや、奴らこそが匿っているのだ! そうとしか考えられん!!」

怒鳴り散らすのパトリックの 言葉を、アスランは唖然とし、リンは冷めた眼で聞き入っていた。

あまりに自分の都合のいいよ うに解釈しているからだ……そもそものスピットブレイクの攻撃目標の変更を、議会の承認なしに発動し、その失敗を他人へと押し付ける…漏洩していた事実か ら、確かに内部に裏切り者はいる可能性は高いが、それを他の評議員にすら明かさなかった情報を、既に議長職を退いていたシーゲルが掴んでいたというのも信 憑性に欠けるとリンは思った。

(……見苦しいわね)

心の中でリンは吐き捨てた。

「わ、解かりました!」

パトリックの檄に、これ以上 の刺激を恐れたのか、部下達は敬礼すると、急ぎ足で議長室を退室した。

アスランはそれを横目で見送 り、静けさの戻った議長室で椅子に深く腰掛ける父に歩み寄った。だが、アスランの心は落ち着かない。

指示を出し終えたパトリック はそのまま息を吐き出し、椅子に座り込む……その仕草は、酷く年老いたものに感じられた。

思わず、アスランはすぐに聞 こうと思っていた事も忘れ、気の毒そうに歩み寄る。

「父上……」

気遣うように発した言葉…… だが、それに対する親の反応は冷たかった。

「何だ、それは?」

厳しい口調で一蹴すると、睨 むように視線を向ける。

「はっ、失礼しました…ザラ 議長閣下!」

アスランは慌てて背筋を伸ば すと改めて敬礼する。

リンも無言で同じように敬礼 を返す。

「状況は認識したな?」

素っ気ない口調で問い掛け る。

「は……いえ、しかし……私 には信じられません、ラクスがスパイを手引きしたなどと……それに、リーラを何故……!?」

「リーラ……? ああ、リ フェーラ=シリウスか……奴はクラインが推薦した人材だ。当然ながら、クラインと関係が深い…故に拘束した」

淡々と語るパトリックに、ア スランは愕然となる。

「疑わしきは罰せよ……そう 言いたいのですか、議長?」

「口を慎め、リン!」

皮肉げに呟いたリンに、パト リックは怒鳴り付けるも、リンは子供の癇癪のように聞き流していた……その態度にウンザリした様子で溜め息をつき、時間が惜しいのか…モニターに顎をしゃ くる。

「見ろ」

パトリックはデスク上のス イッチを押すと、壁面に大型モニターを出した。

「工廠の監視カメラの映像 だ……」

映し出された映像には、工廠 内のMSデッキが映し出され、2体のMSの上半身の前に設置されたキャットウォークに佇む人影……二人はザフトの赤い軍服を身に包んだ人物だが、こちらに 背を向けているため、顔を確認できない……だが、残った一人は、ピンク色の髪を靡かせている。微かに向けられた横顔は、紛れもなくラクスのものだった。

アスランは僅かに表情を顰め る……反逆者の汚名を着させまいとしていたアスランの決意は、脆くも崩れ去る。

リンも、やや眼を細めて人影 の一人を凝視する……銀に近い髪を首筋で束ねた後姿……それが、奇妙な錯覚を引き起こす。

「フリーダムとインフィニ ティの奪取は、この直後に行われた……証拠がなければ、誰が彼女に嫌疑をかける? お前が何と言おうと、これは事実なのだ」

映像がまたもやリピートさ れ、アスランは俯く。

「ラクス=クラインは既にお 前の婚約者ではない、まだ非公開だが、国家反逆罪で指名手配中の逃亡犯だぞ」

低く呟くパトリックの言葉 に、アスランは一抹の寂しさを憶えた……大切なものが、どんどんと零れていくような錯覚に項垂れていたが、再び現実に引き戻された。

「アスラン、リン」

声を掛けられた二人は揃って パトリックに振り向く。

「今をもって、お前達二人に 婚約を言い渡す!」

その言葉に、アスランとリン は驚愕に眼を見開いた。

「父上!?」

「どういうことですか……納 得のいく説明をお聞かせください」

アスランが声を張り上げ、リ ンも問い詰めるように尋ねる。

ラクス=クラインの反逆、オ ペレーション・スピットブレイクの失敗……こんな時に婚約を言い渡すなど、正気とは思えない。

「こんな時だからこそだ!  ラクス=クラインという歌姫の反逆、さらにはフリーダムとインフィニティという希望まで我らは失ったのだ!」

疑念を募らせていた二人に叫 ぶ。

「プラントには新たな光が必 要なのだ!」

共に地球軍のMSを撃破した 英雄……その二人の婚約……それをプロパガンダとしようというのがパトリックの狙いだった。

遺伝子による符号はまだ確認 していないが、パトリックはそれすらも無視し、二人の関係を公表し、市民の眼を逸らさねばならなかった。

「公式発表は後日行う……お 前達二人には、新たな任務に就いてもらう。この奪取されたX10A:フリーダム、EX000AT:インフィニティの奪還…パイロット、及び接触したと思わ れる人物、施設、全ての排除にあたれ」

そのあまりに極端な命令に、 アスランは眼を見開き、リンは怪訝そうな表情を浮かべた。

「工廠でアスランは X09A:ジャスティス、リンはEX000AU:エヴォリューションを受領し、準備が終わり次第任務に就くのだ……奪還が不可能な場合は、フリーダムとイ ンフィニティは完全に破壊しろ!」

話を一方的に終わらせたパト リックはデスク上のスイッチを押す。

「待ってください…接触した と思われる人物、施設までも全て排除、ですか?」

命じられた内容が信じられ ず、思わず身を乗り出すアスランに、パトリックは底冷えする瞳を向ける。

その時、ドアが開き、ユーリ =アマルフィが入室してきた。

「X10A:フリーダム、及 びX09A:ジャスティス…EX000AT:インフィニティ、EX000AU:エヴォリューション……それだけではない…今現在開発が進められているXナ ンバーは、Nジャマーキャンセラーを搭載した機体なのだ」

「Nジャマーキャンセ ラー……そんな………っ!」

パトリックの漏らした言葉の 意味が一瞬掴めず、それが頭に染み渡った瞬間、アスランは声を張り上げた。

「……つまり…核動力を持つ 機体……そう仰るのですか?」

リンの問い掛けに無言で答え るも、それは肯定を意味していた。

「何故そんなモノを! プラ ントは全ての核を放棄すると!」

忘れるはずもない……アスラ ンの母にしてパトリックの妻、レノア=ザラの命を奪った核……その悲劇を哀しみ、プラントは全ての核を放棄することを決めた…パトリックとてそれを支持し たはずなのに…憤りが込み上げ、アスランは身を乗り出す。

「そのためのNジャマーだっ たのではないですか!?」

「勝つために必要となったの だ! あのエネルギーが! お前達の任務は重大だぞ、心してかかれっ!!」

愕然となる……勝つために必 要だから再び核を用いるというパトリックの言葉に……

だが、疑問を挟むことはでき なかった……自分は軍人なのだから……命令に従うしかないのだ……父の命令に………

 

 

執務室を後にしたアスランと リンは、ユーリにそれぞれが搭乗する機体のマニュアルとスペックが記載されたものを手渡され、工廠へと連れ立った。

工廠内のMSデッキには、2 機の灰色のMSが佇み、それに作業員達が張り付き、作業を行っている。

ZGMF−X09A:ジャス ティスとZGMF−EX000AU:エヴォリューションだ。

開けたエンジン部には、核を 示す独特のマークが浮かんでいる。

アスランは未だに、何故こん なものをという憤りを感じていた。

ひたすらに脳裏を過ぎるの は、特務隊として自分が受けた初めての、しかしあまりにも重荷に過ぎる任務のことだ。

自分達は、この搭乗機となる 機体の同系の機体に関わった全ての抹消を命じられた。

ジャスティスは、どことなく 以前搭乗していたイージスを思わせ、エヴォリューションはルシファーを思わせる機体形状を持っている。

だが、この機体に使用されて いる技術は地球軍のMSから得たデータが大きい……しかし、それに使用されている動力源は、忌むべきものなのだ。

アスランが葛藤している横 で、リンは手渡されたマニュアルを確認しながら、機体を見上げる……ジャスティスは形状こそイージスと酷似しているが、その能力は違う…詳細は解からない が、背部にセットされた巨大なバックパックにスラスターやバーニアが装備され、かなりの高速戦闘を主眼とした設計だ……そして…自分の搭乗機となる機体を 見上げる。

核融合エンジンの小型試作機 を搭載し、さらにはプラズマ変換ブースターを装備されたこの機体は、以前搭乗していたヴァルキリーとは桁違いの出力を誇っている。

注目すべきはその武装だ…… 基本的な能力こそヴァルキリーとさして差はないが、量子通信システムを採用した分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステム:ドラグーン……遠隔操 作によって独立した兵装として使用できるも、これを扱うにはかなりの空間認識能力を必要とするため、パイロットがかなり選ばれる……多くの兵装を装備され る上で、それらの火器を扱うには高度な空間認識能力を必要とする……EXナンバーはまさにそれだった。

奪取されたXナンバーを参考 に、ZGMF−X05から始まり、YFM−000Aを経て完成された機体……X08から核エンジンの搭載が開始され、今現在ロールアウトしたのは5機…… うち2機:フリーダムとインフィニティは奪取された。

そして現在、X11シリーズ から始まる建造も進められている……だが、各機は全く違ったコンセプトで開発されている……

(…量産でもする気……それ とも、単に旗頭にしたいのかしら………)

EXの2機はともかく、フ リーダムとジャスティスはどちらかというと量産を前提にされて設計されている…多種な火力を有する機体は、使い勝手がいい…だが、これ程の機体では、扱え るパイロットもまた限られてくる……そして、現在新たな量産主力機も順次生産を開始しているらしいこともリンは知っている。

…そんな思考を巡らせている リンの横で、アスランは未だ沈痛な面持ちで見詰めていた。

こんな物を持ち出しても、余 計に自分の首を絞める結果となるのではないか、という危惧がある……砂を噛むような苦々しさに、アスランは顔を曇らせる。

そんな二人に、傍らに立った ユーリが声を掛けた。

「最終調整にはあと8時間は 掛かる。それまでにマニュアルを頭に叩き込んでおいてくれ」

ロボット工学の権威でもあ り、MSの開発を受け持っているマイウス市の代表でもあるユーリ=アマルフィ…そして、ニコルの父親でもある。

この核エンジン搭載型のXナ ンバーも、彼が中心となっている……愛息の死が穏健派だった彼をそこまで追い詰めるほどのものだったのだと思えば、さらに身の置き場が無くなる。

唐突に、ユーリが溜め息をつ き、表情を曇らせた。

「信じられないよ…ニコル も、彼女の歌は好きだったというのに………」

その名に、アスランは身が硬 くなり、いたたまれない気持ちになる。 

「……ニコルのことは、本当 に…………」

自分のせいで死なせてしまっ た若い命……まだこれから未来があったのに…そう思うと、口調が硬くなり、視線を逸らすアスランに、ユーリが被りを振る。

「いや、いいんだ……すまな い…解かっているのだがな…戦争なのだから………」

取り繕うように謝罪した後、 ユーリもアスランに背を向ける……そんな風に、謝られる資格などないのに……

「仇は、君らに討ってもらっ た……」

「……いえ」

反射的に身がビクッとする も、アスランはなんとか答え返す。

ユーリにとって、アスランと リンは息子を殺した地球軍のMSを討った英雄なのだから……その肩書きが、今は酷く重かった。

だが、ユーリの言葉は続 く……理不尽に対する憤慨を感じさせて。

「だが、ニコルや君らや…… 多くの若者が、戦場でその身を犠牲にしてまで戦っているというのに、何故それを裏切るような真似をする者がいるんだ!? 私はそれが悔しくてならん よ!……犠牲はもうたくさんだ。だからこそ、Nジャマーキャンセラーの搭載にも踏み切ったというのに……!」

感情を露に声を荒げるユーリ に、アスランは複雑な思いを浮かべた。

いつから…この戦争は『勝 つ』ために変わったのだろう……ただ自由を求めただけの戦いであったはずなのに……戦争は、そんな信念すら狂わせるのか………

ユーリの言う通り、眼前の機 体はプラントにとって希望となるべき機体……だが、それに込められたのは勝つために手段を問わない……もっとも嫌悪するものを内に抱えたもの。

「あれが地球軍の手に落ちれ ば、奴らは大喜びで再び核を使うだろう……それだけは、なんとしても食い止めねばならん………」

そう……その通りに動くしか ない……血のバレンタインの悲劇を繰り返すわけにはいかない……そのためにも、奪取された2機を奪還し、その関係者を全て抹消しなければならない。

それ以外、自分に何ができ る……戦うことでしか…傷付けることでしか何も得られない自分に………たとえ、その対象にあの少女が含まれていても………

「頼むぞ…アスラン、リン」

縋るような視線で懇願する ユーリを、断れるはずもなかった……

そして……アスランは工廠を 後にし、リンもそれに付いた………互いに、答の一片を得るために……ラクス=クラインと会うために………

 

 

 

 

「う……うん…………」

昏倒していたリーラは、ゆっ くりと意識を覚醒させた。

ガルドに突き出されたスタン ガンのショックがまだ残っているのか、身体が麻痺してうまく動けない。

「気が付いたか?」

唐突に低い…それでいて野太 い男の声が掛けられ……リーラはビクッと身を震えさせた。

この声は、忘れるはずもな い……だがそれでも、自分の聞き間違いという思いを強く浮かべ、顔を上げるも…その願いは脆くも崩れた。

「あ……」

思わず声が上がる……眼前に 立つ久しぶりに見る父親:ジークマル:ブラッドの姿に、リーラは恐怖に表情を顰める。

軍人として訓練を摘んではい るが、長年に渡って身体に染み付いた恐怖は完全には拭えない。

そのまるで自分以外を道具と しか見ていないような無機質な眼に、リーラは悪寒を感じ、身体がその場から逃げ出そうとするも、痺れの影響か、無慈悲にも身体は言うことをきかない。

「フン……逃げようなどと思 うな。久しぶりだな、リスティア…この愚か者が」

父親とは思えぬその冷たい口 調……リーラ……いや、本当の名はリスティア=ブラッド…だが、二度と名乗りたくはない名だった。

「突然蒸発したと思ったら、 まさか軍にいようとはな……流石の私も気付かなかった……」

鼻を鳴らし、冷ややかに見る 父に、リーラは身が竦む。

「だ、誰から……」

震えるような口調で呟く…… 戸籍は完全に誤魔化していたはずだ…いったい何処から情報が漏れたのか……次の瞬間、驚愕する。

「お前の上官だよ…ラウ=ル =クルーゼが、お前が負傷した時の遺伝子データを本国に送ってくれた……それがお前の遺伝子データと適合したのだ」

そこまで言われ、ハッと気付 く……あの時…オーブ沖での戦闘で負傷した時、カーペンタリアで治療を受けた。当然、その診察データをクルーゼも眼を通したはずだ。

……それで自分が本国に送り 返されたのだ…迂闊だったと、悔しさから歯噛みする。

「まあ、タイミングよくラク ス=クラインのスパイの手引きが起きたからな……お前への綿密な調査が表立って行えたということだ」

クラインが推薦した人材を表 立って調査・処分などおいそれとできないが、その肩書きが消えた今、リーラの素性が司法局によって完全に調べつくされたのだ。

「勝手に私の元から消えおっ て……そんな小賢しい入れ知恵……あのラクス=クラインの小娘にでも吹き込まれたか……以前は私に逆らおうともしなかったお前が、私にそのような反抗をす るとはな」

そのままリーラの髪を無造作 に掴み、その顔を持ち上げる。

「忘れるな…お前は私の娘 だ……私の道具だ……道具に意思などいらん……」

吐き捨てるように呟く…自分 の道具が自分の思う通りに動かないと気に喰わない……そんな顔だった。それがたまらなく悔しく、リーラは唇を噛み締める。

「私は…私はリフェーラ=シ リウスだ!……リスティア=ブラッドじゃない……貴方の人形じゃない!」

睨むような視線を向けるリー ラに、ジークマルは鼻を鳴らし、徐に懐から銃を取り出した。

リーラは息を呑み込む……銃 口は真っ直ぐにリーラに突き付けられる。

「……一つ言っておく…ク ルーゼ隊所属、リフェーラ=シリウスは、国家反逆罪で指名手配中のラクス=クラインに近しい者として、拘束…やむを得ぬ場合は射殺の許可も下りてい る………よって、リフェーラ=シリウスをこの場で射殺する」

淡々と語るジークマルに、 リーラは死への恐怖を感じ、頬を冷たい汗が伝う。

だが、それでも気丈にそれを 抑え込み、睨む……怯えては、自分が負けたのを認めたことになる……たとえ死んでも、この男に負けを認めるのだけは赦せなかった。

引き金を引く指に力が込めら れ……永い時間が過ぎる………リーラが眼を閉じた瞬間、銃声が響いた。

微かに漂う硝煙……だが、 まったく傷みがこないことに…リーラは不審そうに恐る恐る眼を開けると…煙を出す銃口が、微かに逸らされていた。

「リフェーラ=シリウスは死 んだ………お前は今から、リスティア=ブラッドだ」

「な、何を…!」

意味が解からずに身を乗り出 そうとするリーラ…いや、リスティアは叫ぶ。

「リフェーラ=シリウスはも はや用済み……だが、リスティア=ブラッドにはまだ価値がある……私には、まだお前が必要なのだよ」

その言いようが気に入らな かった……道具扱いされて……ただこの父の欲望を満たすための道具とされるようで……

「嫌……絶対に嫌! 私はも う、リスティア=ブラッドじゃない! 私はもうその名は捨てたのよ!!」

被りを振り、リーラは必死に 抵抗を示す。

だが、それすらもジークマル は嘲笑う。

「捨てた? 笑わせるな…… 捨てられるものか…お前が私の娘である以上……決して捨てられない………私の言う通りに従って生きていればいいものを…反抗などと、生意気な真似……」

忌々しげに吐き捨てるジーク マルに、リーラはキッと睨み付ける。

「私はもう昔の私じゃない!  自分の意思で生き、自分の意思で死んでいく! 貴方のために生きたくない!」

言われた通り……リスティア は父に逆らわない……いや、逆らえない少女だった。

父の眼が怖くて……いつも震 えて従うしかなかった…人形のように生きるしかなかった……でも今は違う……リフェーラ=シリウスとして生き、大切な仲間を得て、自分のいるべき場所を見 つけた……もう、誰かに自分の道を決めさせない。

ここにいるのはいくつもの戦 いを仲間と共に乗り越えてきたリフェーラ=シリウスだ。

その眼に、多少はジークマル も動揺するも、平静を装う。

「フン……反抗心だけは一人 前になったということか……ならば聞こう? お前は軍で何ができた?」

その言葉に、リーラは一瞬眼 を見開いた。

「何もできなかっただろ う……仲間を死なせ、自分も傷付いて……何を知った? 自分の無力さとこの戦争の愚かしさだけであろう!?」

そう問い掛けられ……リーラ は冷水をかけられたように言葉を失い、表情を歪めた。

胸が苦しくなる……自分 は……結局、何もできていない……仲間を死なせ……止めたいと思った戦いさえも、ただ見ていただけ……自分は何もできなかった………愕然と表情を歪める。

「わ、私は……」

「そう……お前は何もできな かった…だが、この戦争の愚かしさを知ったはずだ…早くこの戦争を終結させたいと思うのなら、私に手を貸せ」

一瞬、その意味が理解でき ず……リーラは呆然となった。

戦争を終わらせる……確かに そう言った……そんな事をこの男が考えているとは夢にも思わなかった。

己の欲のみを満たすことを欲 し、娘でさえも自身の道具とし、他人を見下すような男の言葉とは思えなかった。

「これ以上、戦場で血を流さ せるわけにはいかない……だからこそ、私は戦いを終わらせたいのだ……」

ジークマルの言葉に、リーラ は表情を俯かせる。

そう……この瞬間にも、前線 にいるザフト兵達は死んでいる者もいる……その中には、もしかしたら自分の愛しい人もいるかもしれないのだ。

(イザーク……)

溢れそうになる涙を必死に堪 え、ペンダントを握り締める。

戦争のために、戦わなければ ならなくなった者達……哀しみを拡げているのは戦争だ…それを終わらせるというのは、確かに正しいことだ。

父親の言っている事は正論 だった。

「戦いを終わらせるために、 私に手を貸せ……リスティア」

甘い誘惑のような言葉……戦 争が終われば、もうこんな哀しい思いをしなくても済む。

それができるのなら…自分 は………

だが、次の瞬間……リーラは 衝撃的な言葉を聞かされ、その誘いに堕ちようとしていた思考を止めた。

「お前が手を貸し……戦争を 終わらせる……ナチュラルを全て滅ぼしてな」

ピクッと身が震え、またもや 思考が混乱する。

「な、何を………」

それ程までに、父が発した言 葉は恐ろしいものだった。

「ザラ議長閣下の仰る通り、 戦争は勝って終わらねば意味がない……そう…ナチュラルを滅ぼせば、戦争など終わる……」

まるで悪魔のような形相と内 容を口にするジークマルにリーラは戦慄する。

「お前とて、ナチュラルが憎 いだろう?」

そう問われても、リーラは頷 けない……確かに、これまでも地球軍と戦ったことはあった。

だが、それでもナチュラル全 てが憎いとは思っていない……心に思うは、その戦争によって戦わなければならなくなった姉妹……

「命など安いものだ……奴ら はそれを証明してくれた……だからこそ、我らも滅ぼすのだよ……そのための兵器の開発も進んでいる…コーディネイターの輝かしい未来のためにな」

脳裏に浮かんだのは、血のバ レンタイン……まさか、あのような悲劇を再び引き起こすというのか……次は、自分達が………二度と、あのような悲劇は起こしてはならない。

たとえそれが、ナチュラル相 手だとしても……

「そんな……そんな事は赦さ れない!! ナチュラルだって全てが悪い人じゃない! そこには力も持たず、ひたすら戦争が終わるのを待っている人だっている!」

ナチュラルであることにも、 コーディネイターであることにも罪はない……中には静かに平和に生きたいと願っている人達が大勢いる……そんな人々を巻き込むなど、赦されるはずがない。

「ふん! 既に旧人類など、 もはや生きている価値さえないのだ! そして…新たに創られるコーディネイターの社会は、私が必ずものにしてみせる……ザラ議長に代わり、私が新たな指導 者としてな!」

高らかに自分の夢想に笑い上 げるジークマル……その権力を欲する姿に、リーラは悔しくて涙が溢れる。

「私は……絶対に貴方の思う 通りにはならない…ナチュラルでもコーディネイターでも、命は命……それを知ろうともしない貴方なんかに……!」

失われていく命の尊さ……遺 される者の哀しみと怒り……それを理解しようともしない男を、もはや父とは思わなかった、

だが、頬に鋭い衝撃が走り、 リーラは膝をつく。

「口の減らぬ娘だ……下らぬ ことをラクス=クラインに吹き込まれおって!」

拳を握り締めてリーラの頬を 殴り付けたジークマルはやや呼吸を荒くしている。

痛みに耐えながら、リーラは ラクスを思い浮かべた……そうか…彼女もまた、プラントの在り方に疑問を持ったからこそ、反逆紛いの行動に出たのだ…それが正しいかは解からないが、リー ラはラクスを信じたかった……彼女を強くするキッカケを与えてくれたのは、他ならぬ彼女なのだから……

「お前の意思など必要な い……お前はこれからラクス=クラインに代わり、プラントを導くのだからな!」

ジークマルは、リーラをラク スの代わりにプラントのアイドルにしようと画策していた……戦場へ導くためのプロパガンダに利用しようとしていた。

リーラが反論しかけるも、再 度殴り付けられ、リーラの意識は昏倒した……

 

 

 

 

着陸しているアークエンジェ ルの格納庫に収められたフリーダムとインフィニティ……その機体が秘める可能性に、整備班は複雑そうな面持ちを浮かべている。

そして、ブリッジでは以前の 地球軍の軍服に着替えたキラと、部屋に残っていた自身の黒いジャケットを羽織り、黒いズボンとアンダーシャツに着替えたレイナを聞き手に、マリュー達がア ラスカでの事のいきさつを話していた。

地球軍の上層部は必死に防衛 線を築く兵士達を餌とし、JOSH−A内部へと誘い込み、自爆するという手段を取ったこと……守備隊には、まったく何も知らされていなかったことを告げ る。連合側に生き残りを出さないため……口封じとしてザフトもろとも守備軍をサイクロプスで吹き飛ばす算段であったこと……半径十キロもあれば、生き残れ るはずはないと踏んだらしい……レイナの機転で威力は数キロに縮小できたが、それでも連合側で脱出できたのはアークエンジェルだけであろう。

爆発によって、敵もろとも証 人も証拠も吹き飛ぶ……だが、傍から見ればいかにもザフトが何かの殲滅兵器を使用したと見える……それを上手く操作すれば、地球での反コーディネイター思 想はますます高まる。

「……敵と激しい戦いの末、 戦死した勇敢な兵達………滑稽ね」

壁に背を預けていたレイナが ポツリと吐き捨て、マリュー達は沈痛な面持ちを浮かべた。

「それが……作戦だったんで すか?」

キラは前面の窓に寄り掛か り、腕を組みながら話が一段楽したところで口を挟んだ。

「恐らくな……」

いつになく、ムウが苦々しい 口調で答えた。

「私達には……何も知らされ ていなかったわ」

マリューは俯きながら、硬い 声で呟く……切り捨てられた者を囮にして、敵とともに味方に殺される……考えただけで悪寒が走る。

「……知る必要なんてな い……か。それが軍というものでしょう?」

レイナがそう問うと、マ リュー達は反論できず口を噤む……そうなのだ…兵士が、上層部の決定に異議を挟むことはできず、ただ命令をきくことのみだけを求められる……それが軍とい う組織だ。

「本部はザフトの攻撃目標が アラスカだってこと、はじめから知っていたんだろうさ。それもかなり以前から……でなきゃ、地下にサイクロプスなんて仕掛け、できるはずがない」

暗くなってきた雰囲気を逸ら すようにムウが口を開く。

「違いますよ、少佐……サイ クロプスは、最初からあそこにあったんです……仕掛けてなんていません」

口を挟むレイナに、皆の視線 が集中する。

「どういうことだ?」

アルフの問い掛けに、レイナ は答える。

「言葉通りです……サイクロ プスは後から設置されたのではなく、最初からJOSH−Aの地下に設置されていたんですよ……基地制圧時における自爆用として」

その内容に、誰もが眼を見開 く。

「恐らく、JOSH−Aはも う本部としては用済みだった……そこへザフトの侵攻の情報の入手……二つの事象が重なり、地球軍にとってはまさに僥倖だった。JOSH−Aは元々大西洋連 邦が支配していた……だから、ユーラシアの部隊が囮に残された…まあ、ユーラシアだけでは不審に思われると思ったからこそ、アークエンジェルもあの場に残 したのでしょうけど……」

レイナの意見には、誰も反論 する余地はない……事実、あの場に展開していた部隊は8割近くがユーラシア所属の艦であった。

大西洋連邦内で必要と思われ る人材のみを脱出させ、あとは用済みだったということだろう。

「そして……少佐や大尉達 は、役に立つから転属となった」

自分達が、そんな形で特別視 されたことが気に喰わなく、忌々しげに舌打ちする。

「ああ……嬢ちゃんの言う通 りだ…俺らが向かった地下ドックには、移動する兵が溢れていた……つまるところの、上層部の連中にとって必要な人間が脱出する最後の便だったんだろうよ」

その内容に、キラは思わず憤 りを憶え、組む腕に力がこもる。

レイナは一人、淡々として聞 いている……冷静に…そして客観的に内容を纏め、それを処理しなければならない……感情だけで判断するのは間違いだからだ。

ザフトの攻勢を知ってこその 作戦……客観的に見れば、それは戦略上ではかなり地球軍にとって大きな反撃となり、勝利となっただろう……多くの犠牲を出して……

今頃、作戦の成功を祝ってい るのかと思うと、虫唾が走り、言い知れぬ殺気が増す……

「……プラントも同じだ」

キラが思わずぽつりと呟く と、視線が集中する。

「貴方達……プラントにいた の?」

マリューの問い掛けに、レイ ナが苦笑を浮かべて応じた。

「まあ、ね……詳細は後で話 すわ……それより…あのザフトの攻勢も、プラントには予想外だったのよ」

その言葉に、誰もが怪訝そう な表情を浮かべる。

「私は機体から自力で脱出 し、キラもさる人物によって撃破された機体から助け出され、あの戦場のすぐ近くに伝導所を構えていたマルキオ導師の許へ運ばれたわ……その後、プラントへ と治療のために移送され、私達は遂先程までプラント内のクライン邸に匿ってもらっていた」

「クライン……クライン議長 か?」

ムウの問い掛けに、レイナは 首を振る。

「今は議長ではないみた い……現在の議長は、国防委員長も兼ねているパトリック=ザラらしいわ……話はここから………クライン低にいた私達の許に一つの連絡が入った。評議会議 員…確か、アイリーン=カナーバと言ったかしら……彼女が発した言葉はこうだった………発動されたスピットブレイクの目標はパナマではない、アラスカ だ………と」

「何?……ちょっと待て よ!」

あまりにも重要な発言に、ア ルフが咄嗟に割って入った。

「ひょっとして、あのアラス カ侵攻は直前で変更されたっていうのか!?」

「恐らくね……少なくとも直 前までは、評議会議員すら知らなかったようだから、パナマだとほとんどの人間が思っていたはずよ」

「じゃあ、司令部は何故そん な情報を……」

新たな疑念が浮かぶ……直前 で変更されたのなら、何故その情報を逸早く司令部は掴んだのか………

「ザフトの上層部も、まさか 基地内にサイクロプスがあるとは思ってなかったでしょうから、少なくとも騙した、ということはないでしょう……となれば、考えられる可能性は一つ……」

話を切ったレイナに、全員の 視線が注目する。

一呼吸置くと、レイナは言葉 を発した。

「誰かが故意に地球軍にその 情報を漏らした……最高評議会の承認すら受けずに発動するぐらいだから、かなりの機密よね? いくらなんでもトップの一言だけで目標を変更してすぐに対応 できるはずがない……ある程度の人間には知らされていたはずよ」

ハッと気付いたようにムウと アルフが顔を上げた。

「確かにな……あれだけの規 模の部隊を動かすとなると、直前での発言じゃ現場は対応できない……ある程度の人間には知らされていなきゃ………まさか…」

「まさか? 何ですの、少 佐?」

隣に立つムウの顔を覗き込む ようにマリューが問うと、ムウがどこか沈痛な面持ちで答える。

「本部内にザフト兵の侵入が あった……俺がアルフと合流する前だ。相手はラウ=ル=クルーゼ………あいつが蛻の殻だった司令部にいたんだ」

その内容に、誰もが息を呑 み、レイナは眼を細めた。

「ラウ=ル=クルーゼ……パ トリック=ザラの側近か………十中八九、そいつね……ザフト内部のユダは……」

マリューが戸惑うようにムウ とレイナを見比べていたが、積極的に反論できる論理も見出せなかったらしく、すぐに視線を俯けた。

「それで、アークエンジェ ル……マリューさん達は、これからどうするんですか?」

やや間を置いて発された言葉 に、一同は改めてこれからのことを思い付き、戸惑う。

「どうって……」

どう答えていいか解からずに マリューが口を噤むと、何時もの習慣か、トノムラが事務的に報告した。

「Nジャマーと地場の影響 で、今のところ通信はまったく……」

「応急処置で、自力でパナマ まで行くんですか?」

肩を竦めながら尋ねるノイマ ンに、ムウがやれやれとばかりに答える。

「歓迎してくれんのかね え……いろいろ知っちゃってる俺達をさ………」

その言葉に、マリューは気を 滅入らせる。

「命令なく戦列を離れた当艦 は、敵前逃亡艦……ということになるんでしょうね……」

自分に言い聞かせかのごとく 呟くと、誰もがウンザリした表情を浮かべる。

「原隊に復帰しても軍法会議 か……」

「また罪状が追加されるわけ ね……」

苦難の果てに辿り着いた場所 で待っていたのは糾弾と裏切り……命令に反して生き残ったことを裁かれるためにまた友軍を目指すというのは、彼らでなくても虚しくなるだろう。

ぐったりと疲れたような虚脱 したような表情で、唇を開く。

「なんだか……何のために 戦っているか、解からなくなってくるわ……」

以前は確かに明確に見えてい たものが、もはや見えなくなってしまった……最前線で戦う兵士の死が、上層部の人間にとってはまさに数字上でしかないことを身を持って痛感した。

いや……もっと早く気付くべ きであった……上層部の歪みに……

「………こんなことを終わら せるためには何と戦わなくちゃいけないと、マリューさんは思いますか?」

キラの問い掛けに、マリュー は息を呑む……それに答えることができない。

確かに、地球軍は勝利を収め た……だが、それで死んでしまった兵士の死の責任を負うべき者達の罪は消えない……明確な言葉にはならなくとも、マリューの中にはおぼろげながら既に答が あったかもしれない。

キラは相変わらず窓から差し 込む逆光を背に、そこに立っているが、今ここで答えを強いる気もないのか、キラは独り言のように呟いた。

「僕達……僕は、それと戦わ なくちゃいけないんだと思っています」

 

 

 

 

 

人工の夕闇に彩られるプラン ト……その一画には、見るも無残に荒らし尽くされたクライン邸があり、その庭でアスランは呆然と立ち尽くしていた。

庭の芝生も抉れ、観葉植物は 鉢ごと倒され、ガラス張りのテラスは一枚残らずガラスを割られ、壁も崩れている場所が多々ある……捜索のためとはいえ、その破壊の限りを尽くしたような悪 意の有様に、アスランは言い知れぬ怒りを憶える。

その時、微かな物音が後方か ら響き、アスランがハッと振り返る……そこには、邸内を探索していたリンが中庭のテラスへと出ていた。

「………酷いものね」

淡々と呟く……リンはクライ ン邸を訪れるのはこれが初めてだが、とてもここが以前は最高評議会議長の邸であり、プラントの歌姫の住まいとは思えなかった。

アスランはラクスに真意を尋 ねるべく……リンもまた、自身の中に芽生えた疑問の答を得るためにラクスに会おうとしていた。

「ラクス……」

婚約者でありながら、彼女と ほとんど接しきれなかった不器用な自分自身が酷く悔やまれる。

その時、不意に近くの茂みが ガサガサと乾いた音を立て、アスランが振り返り、リンも微かに警戒した面持ちを浮かべ、背後からの物音にアスランとリンは軍人として過剰反応し、懐から普 段持ち歩いている銃を構えようと手を入れる。

そのまま音の正体を見極める べく、鋭く視線を走らせた。

【テヤンデーイ!!】

だが、茂みから飛び出してき たのは、今迄の緊張感を吹き飛ばすようなピンクの球体であった。

【ミトメタクナーイ!】

飛び跳ねるピンクのハロを、 アスランは思わず追いかけた。

【マイド! ハロハロ!!】

鬼ごっこのように飛び跳ねる ハロを、ただでさえ負傷しているアスランは思いのほか捕まえられずに梃子摺っている。

しかし、ある場所に来るとハ ロは突如方向転換し、アスランに飛びついた。

あわや顔面直撃というハロを なんとか受け止め、アスランは周囲を見渡す。

そこはかつて、白いバラが咲 き誇っていた花壇であった。

 

―――――この花は、私が初 めて歌った劇場ですの。

 

脳裏に、この花壇の前で交わ したラクスとの会話が甦る……

 

―――――記念のお花なんで すの。

 

今でも脳裏に焼き付く愛くる しいような笑顔……だが、その思い出も、眼前の荒れ果てた花壇の前に、過去の光景と思わされる。

そんなアスランの背中に、リ ンが声を掛けた。

「アスラン……」

振り返ったアスランに対し、 リンが確かめるように問い掛ける。

「貴方は…ラクス=クライン の何を見ていたの…何を知っていたの……貴方は、少なくとも私よりは彼女に近い存在だった……それとも、本当に何も知らずにきたの………婚約者というの は、ホントに肩書きでしかなかったの……?」

辛辣な問い掛けだが、アスラ ンは反論できずに黙り込む。

不意に…アスランは今一度ハ ロを見やり……花壇を交互に見やると……そこに隠されたメッセージを察した瞬間、何かを思い出したように走り出した……

その後を、リンも遅れまいと 追った。


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