アークエンジェルは暫し、エ ンジンの修理のためにこの場所に留まることを余儀なくされたが…それでも、皆思うところがあり、なによりも少し休みたいというのが本音だった。

ブリッジを後にしたキラは、 かつての自室を訪れた……ほんの数日離れていただけなのに、その部屋は何故か他人の部屋のような感覚を持った。

キラがMIAとして認定さ れ、私物の後片付けが行われ、部屋が真新しく見えるからかもしれないが……ふと、ベッドに置かれた箱に眼を留めると苦笑を浮かべた。

その時、踏み出した足で何か を蹴り飛ばし…キラが視線を下に向けると……そこにはフレイが使用していたリップスティックが転がっていた。

屈み込み、それを持ち上げる と……表情が歪む………あの運命の戦いの出撃前……

フレイとした約束……彼女は 何を言おうとしていたのか………間違いであったはずの自分達の関係……最初から傷の舐め合いだけを求めていた関係が真実であるはずがない。

脳裏に、フレイ、ラクス…そ してレイナの顔が過ぎる………自身の優柔不断さが嫌になる。

その時、妙に懐かしい囀りが 聞こえた。

【トリィ】

見慣れた緑のロボット鳥がキ ラの肩に降り、振り向くと…そこにはサイがどこかぎこちない笑みを浮かべて佇んでいた。

「サイ……」

「なんか、俺んとこにいた。 電池切っちゃうのもちょっとな……って思ってさ」

苦笑を浮かべるサイに、キラ はヘリオポリスにいた頃の気持ちを思い出し、胸がやや温かくなる。

「……ありがと」

礼を言うと、サイは気まずそ うに表情を逸らす。

「じゃ……」

「あ、サイ……フレイ…は… 何処に転属になったの……?」

立ち去ろうとするサイを呼び 止めると、キラはやや躊躇いがちに尋ねる。

サイとの話にフレイを持ち出 すのは流石に躊躇いがあるが、それでも言わなければならない…フレイが転属になったことを聞かされた時は、流石にやや気持ちが沈んだ。

逢って、話したいことがあっ た……その上で、偽りの関係を終わらせたいと思っていた。

サイはやや後ろめたい感情に かられながら、視線を逸らす。

「多分…少佐と同じ場所だっ たから、カリフォルニア辺りにいるんじゃないかな………」

その言葉に、手の届かない場 所にいるが、無事なことには安堵を憶えずにはいられない。

「……お前は…なんでお前は そうなんだよ!?」

沈黙の後、サイが苦々しげに 表情を歪めて激情をぶつけてきた……まるで、抑え込んでいたものを吐き出すように………

「違うんだって! 俺なんか とは違うんだって! いつも、いつも、いつも………」

常に冷静でよき纏め役であっ たサイの初めて見るその感情任せに叫ぶ姿に、キラは静かに見入る。

「……だから、僕が憎かっ た………?」

だからこそ、キラも自身を曝 け出す……レイナに言われたことだ。

ちゃんと向かい合い、話し合 い、ぶつからなければ……本当の意味で向き合うことにはならない。

「僕が……死ねばいいと… 思った………?」

真っ直ぐにこちらを見るキラ に、サイはハッと息を呑み……首を振りそうになったが、それをなんとか抑え込み、眼を閉じながら俯いた。

「ごめん……そうだ…俺はお 前が憎かった…死ねばいいと願ったこともあった………お前の代わりにこの艦を護ろうとしたこともあった……だけど……」

そこで一旦言葉を区切り、キ ラを見上げた…同じように真っ直ぐに視線を向けて……

「お前が死んだと思った 時……哀しかった………辛かった……」

「サイ……」

「俺……イージスに乗ってん の、お前の昔の友達だって知ってたのに……お前がそれで苦しんでるって全然気付いてなくて……お前がいなくなって……後悔した………だから……お前が…生 きてて……戻ってきてくれて…本当に嬉しいんだ……だけど、ごめん! ホントなのに…お前を見ていると……やっぱり、自分がどうしても惨めになるん だ……!」

眼鏡の奥に涙を滲ませる…… フレイの関係を挟み、キラとサイは互いに苦しんでいた。

それでも、キラはサイがアス ランのことを話してくれただけで嬉しかった。

誰にも相談できず、一人で抱 え込んでいただけであったことが、どんなに自分を苦しめることか気付いたからだ。

「でも……サイも、僕なんか とは違うだろ?」

不意に呟くと、サイがマジマ ジとキラを見詰める。

「君にできないことを、僕は できるかもしれない……でも、僕にできないことを…君はできるだろ………」

微笑みながら言う……人の生 き方や価値は、自分自身で決めることだ。

他人は他人…自分は自 分………それだけは変わらない……確かに誰もが他人と引き比べる…だが、それは所詮上辺だけだ……人の深淵の価値は皆それぞれ違うのだ。

人はそれに気付かないだ け……自分が決めた道ならば、それは誰にも罵る権利はない。

人に価値があるからこそ…… 人は生きていけるのだ……キラは、そう思った………

勿論、キラ自身もまだハッキ リと自分の生き方を胸を張って言えるかといえばそうではない……だがそれでも、これまでのように闇雲に拒絶し、抱え込むこと……裁かれ、そして安易に終わ らせることをやめただけだ。

たとえ罵られても、前を向い て……真っ直ぐに進まなければならない……途中でまた悩み、躓くこともあるかもしれない……正直、キラは自分があれらのことを乗り越えたのだとは思ってい ない。

殺される恐怖に駆られて人を 殺し、失う恐怖に怯えて他のものを引き換えにし、そのくせ全てを提示することは恐れて、背を向けた。

その結果……延々と人を殺し 続け……護るものを捨て…失い続け……そしてそれらから眼を逸らし続けた。

ただ……流されていただけで あった………キラは苦笑すると、自分の手を見た。

自分の決意が甘いということ も理解している……いや、その決意ももしかしたら自分の独り善がりでしかないということもある……殺さずにどこまで戦えるか、キラにも解からない………

(乗り越えたわけじゃな い……でも、もう後悔はしたくない………君がそう気付かせてくれた……)

そう……なに一つ終わってい ない…なにも乗り越えていない……そう思えるのは、全てが終わった後なのだ……

そのためにも……どんなに甘 い戯言と取られようとも、自分は戦わなければならない……

 

 

 

 

数時間後、二人はオクトーベ ル市を訪れていた。

雨が降りしきる中を、リンの 運転するエレカが市内の打ち捨てられたような小さなホールの前で止まった。

窓越しからでも解かるよう に、ここまた破壊の限りを尽くされていた。

やや憶えた憤りを押し込め、 アスランはエレカを降り、リンも続くように外に出て、眼前の小さなホール:ホワイト・シンフォニーを見上げる。

小さな鉄柱には、破られたラ クスの幕が力なく垂れ下がっている。

アスランは未だ、迷いの中に いた……父の命令に従うのなら、ラクスを撃たねばならない……だが、そんな事はしたくなかった。

義務感に追い詰められながら も、それでもまだ微かな望みを抱いていた……きっと、何かの間違いであると…彼女は誰かに操られているか、脅されているのだと…利用されているのだと…… その決意を胸に、アスランはハロを片手に、怪我をしていない手で懐に収めている銃を確認すると中へ足を進める。

リンもまた、右手に銃を持つ と、揃ってホール内へと進入した。

ホワイト・シンフォニー…… 白いバラが意味していたのは、彼女が初めてコンサートを開いたという、彼女の思い出の場所を意味していた。

アスランとリンは外の街灯か ら差し込む明かりを頼りに、真っ暗なエントランスへと進む。

その時、奥から微かな声が響 き、二人は思わず歩みを止める。

「……歌?」

リンとて、ラクスの歌は何度 か聞いた覚えがある……歌は彼女にとって複雑なものだった……自身を感じさせてくれたものであると同時に、歌を聴くと嫌でも思い出された…歌を教えてくれ た人と、一緒にいたもう一人の自分を……

薄暗い劇場内は、扉を破壊さ れ、噴水は枯れ、床は抉れて建材が見えている。

それに不釣合いな歌声……二 人は二階へと続く階段を昇っていく……近付くに連れて、だんだんと歌声が明瞭になってくる。

ホールへと続く踊り場に到着 すると、足早に防音ドアを小さく開き、隙間からホール内を覗き込む……真っ暗なホール内には、微かに灯されたスポットライトがステージを照らし出し、そこ にセットされた廃墟を浮かび上がらせ、その中央に人影が腰掛けている。

スポットライトの光を浴びな がら歌うのは、紛れもなくラクスの姿であった。

彼女はいつものように髪を背 には流さず、頭の両サイドにツインテールのごとく高く結い上げ、ステージ用のドレスに身を包んでいる。

さながらその光景は、幻想で 儚げな雰囲気を醸し出し、二人は不意に、ここに来るまでに経験した苦い思いが胸を刺す。

ゆっくりと……歌う彼女の邪 魔をしないように静かに足をホール内に踏み入れる。

【ハロ!】 

タイミングを見計らったかの ように、いきなり手の中のピンク色のハロがアスランの手を離れ、前へ飛び出した。

【ハロ、ハロ、ラクス】

飛び跳ねながらステージに近 付くハロに気付いたラクスは歌うのを止めて振り返る。

「まあ、ピンクちゃん」

嬉しそうに名を呼び、薄く煤 けたように汚れているハロを受け止めたラクスは、ハロを連れてきたであろう人物を確信し、前を見据える。

「やはり……貴方が連れてき てくださいましたわね、アスラン…そして、リン様も」

その悪びれない態度に、アス ランは苛立ち、思わず強く呼ぶ。

「ラクス!」

「……はい?」

無邪気に首を傾げるラクスに 対し、じれったさを思ったのか、アスランは早足で客席を過ぎり、ホールに飛び乗った。

「……どういうことですか、 これは?」

声を荒げて答えを求めた相手 は、やんわりと笑んで首を傾げた。

「お聞きになったから、ここ にいらしたのではないのですか?」

ホールの真下まで歩み寄った リンは、ステージを見上げながら眉を顰め、アスランは息を呑んだ。

ラクスが、否定をしなかった ということに……信じていた望みは、完全に絶たれた。

その落ち着いた態度に、憤り が込み上げてくる。

「では、本当なのですか!?  スパイを、手引きしたというのは……!」

「手引き? ああ……確か に、手引きをしたと言えば、そうなりますわね」

指を顎に当て、考える仕草を 見せながら答えるラクスに、アスランは懐から銃を引き抜き、銃口を彼女に向けた。

それに対し、ラクスは笑顔を 消し…それでも落ち着いた様子で静かに銃口とその向こうのアスランを見ている。

ラクスの沈黙を前に、アスラ ンはやりきれない感情に叫んだ。

「何故そんな事を……!」

何故…皆が自分から離れてい くのか……何故、傷付けなければならない場所へ行ってしまうのか……八つ当たりに近い理不尽な口調だったが、ラクスは何も言わず、微かに眉を顰め、口を開 く。

「貴方は……私がスピットブ レイクの目標を地球軍に密告したと……そう思っているのですか?」

淡々と、それでいて恐ろしさ さえ感じさせるほど冷静な口調だった。

彼女の青い瞳が、まるで内に 秘めた想いを感じさせるかのごとく澄んでいる……

「その程度の人間と見られて いたとは、私も見くびられたものですわ」

「では……情報を漏らしたの は、貴方ではないと………ラクス=クライン?」

圧倒されているアスランに代 わり、リンが問い掛ける……その動じぬ口調に、ラクスは微かに微笑む。

「ええ……私達が、評議会に すら承認されていない作戦のことを知りうることができますか? まして、地球軍にそれを漏らすなど……」

その言葉に、アスランはやや 張り詰めていたものが若干ながら薄れ、安堵に息をつきかけた。

「……では、スピットブレイ クの失敗…貴方に責はない、と? ですが貴方には、MS強奪助長罪がかけられています……それについての説明はどうなります?」

冷静な口調で問うリンに、ラ クスは表情を若干ながら顰める。

「………そうですか…ザラ議 長は、スピットブレイクの失敗に疑心暗鬼になられているようですね……それで、私達にその責任を押し付けようと…殺して闇に葬ろうと、貴方方を使ったので すね………」

アスランは大きく息を呑み、 震えたが、彼女の言葉を否定することができない。

「スピットブレイクを私物化 したザラ議長の思惑は、誰かに読まれていたということです……それが誰かは存じませんが……そして、試作MSの手引きをしたことは否定いたしません……… ですが、スパイの手引きはしておりません」

はっきりと言い切ったラクス に、アスランは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「………キラとレイナにお渡 ししただけですわ…新しい剣と翼を」

 

その答は……アスランにとっ て予想外であり、リンも微かに驚きを浮かべながらも、それでもどこかで確信していたのか、眉を顰めている。

「今の二人に必要で……二人 が持つのが相応しいものだから………そう思ったから、お渡ししたのです………あの『自由』と『無限』という名のMSを………」

「……キ…ラ………」

あの果てしない憎悪が甦り、 手が震える……息苦しさがアスランを襲い、それを振り払おうと首を振る。

「何を言ってるんです……キ ラは……あいつは………!」

「……貴方達が殺しました か?」

面と向かって放たれた言葉 が、アスランに突き刺さる。

「あの女が……レイナ=クズ ハが………生きている………?」

壊れた玩具のように片言で呟 くリンに、ラクスが微笑む。

「ええ………キラとレイナは 生きています」

「……う、嘘だ!」

アスランは、萎えかけた腕に 力を込め、ラクスに銃口を向ける。

「いったい、どういう企みな んです、ラクス=クライン!?」

キラが……生きている……何 故そんな…よりにもよってそんな嘘で自分を惑わすのか……

あの時間違いなく殺したはず だ……生きているという希望に縋りたいと思う自分と、それを認めたくない自分が鬩ぎ合う。

「そんなっ、バカな話を!  あいつが……あいつが生きているはずない……!!」

あれ程苦しんでやっと終わら せたというのに………だが、ラクスの言葉を認めてしまえば、またあの苦しみを繰り返さなければならなくなる……そんな事はもう耐えられなかった。

だが、アスランの動揺を見て も、ラクスは落ち着いたまま……やがて、微笑を浮かべる、

「マルキオ様が、二人を私の 許へお連れになりました……貴方方が戦闘を行ったオーブ沖に、マルキオ様の伝導所があり、そこに居合わせたジャンク屋の方が負傷したキラをそこに運び、レ イナは自力で脱出し、近くで倒れているのを助けられたのです」

でまかせだと思っていたアス ランは、またもや衝撃を受けた……具体的な事実に混ぜられた意外な人物に………

「じゃあ、本当に………」

「ええ……キラもレイナも、 そこで貴方達と戦ったと、仰っていましたわ」

リンは胸中に、複雑な思いが 浮かぶ……レイナが生きている……それは、自分に再び生き甲斐が戻ったことだ……自身を殺してくれる相手を……だが……今はそれも、もうどうでもよくなっ ていた。

一度全てを失い、抜け殻と なった時に味わった喪失感……取り残されたという孤独感……それらがリンの思いを迷わせていた。

「……自身の思う通りにいか ないことなど、いくらでもあるでしょう…人は、皆違った思いを胸に生きているからです……キラとレイナが貴方達と戦った思いも、貴方達が感じた思いもまた 意味を持ちます……思いがぶつかること…それは人の本質………」

見透かしたような口調に、リ ンは戸惑う。

ラクスはにこりと、かつての ように無邪気な態度をのぞかせて微笑んだ。

「私のした行いも、他人から 見れば間違っているのかもしれません……もしかしたら、後世において私は非道な行いをした者として罵られるかもしれません…ですが、私自身が覚悟し、決め たこと………それが……生きるということでしょう?」

だが、それでも二人は答えら れない……言葉だけで全てを受け入れられるほど、人は器用にできていない……眼で見、耳で聞き、そして肌で感じ全てを判断する……

「言葉だけでは信じられませ んか? では、ご自分でご覧になったものは?」

静かに促す……自身を問うの は自分自身なのだ………

「地球で……久しぶりにお戻 りになったプラントで、何もご覧になりませんでしたか?」

言われて、アスランとリンは 回想に想いを馳せる………

 

―――――オーブで共に出 逢った相手……

―――――戦場で散った 命……

―――――自分達に与えられ た突然の婚約と忌むべき力……

 

それらが、二人の心を迷わせ る。

アスランは、自身を殺し、た だ勝つためだけになんの疑問も持たずに生きようとしてきた……そうするしかなかった……だが、自身の身勝手さが一人の命を奪った………そして、自分も相手 も赦せなかった……………

リンは額を抑え、唇を噛 む……死に場所を…殺してくれる相手を求めていた自分……だが、それは本当に自分だったのか……それも今でははっきりと解からない……いや、敢えて心に封 じていた……レイナと出逢い、自分は初めて生きる喜びを得たなど………そんな自分を疎ましく思って……そして…最後は死を望んだはずなのに………

「アスラン、リン……貴方達 が戦う理由は何ですか? 何のために戦うのですか? その先にあるものは、本当に貴方達が望むものですか?」

「……ラクス!」

全てを見透かすようなラクス の問い掛けに、アスランは苦しくなる。

だが、それでも追及は止まら ない……彼女の瞳には、厳しさが漂う。

「答えられないのですか?  これから先……もし貴方達が答を出せないまま戦えば、貴方達の前に再びキラとレイナが立ちはだかるでしょう」

アスランはビクッと身を震わ せ、息を呑む。

ラクスは、ステージの下で苦 悩を浮かべているリンに視線を移す。

「リン……レイナは、ご自身 の運命を受け入れ……そして答を出されました……貴方はどうなのです? ただ運命を受け入れるだけですか? 足掻こうとしないのですか? このまま、無為 に戦い続けるというのなら、貴方には未来はありません」

「未来など……私に は……!」

思わず反論しかけたリンに、 ラクスはやんわりと微笑む。

「……貴方がどのような運命 の下に生きているか、私は存じません…ですが、未来は誰にでもあるのです……それを掴もうとすれば」

深い声で囁くと、リンは口を 噤み、視線を落とす。

ラクスは微かに微笑み、唖然 となっていたアスランに視線を戻し、ゆったりと立ち上がる。

そして……ドレスを揺らしな がらアスランに近寄り、問い掛ける。

「敵だというのなら……私を 撃ちますか………ザフトのアスラン=ザラ?」

その問い掛けに、アスランは 答えられない……これまで何度も直視してきた問い掛けだ。

「俺……俺、は………」

震えるような口調で逡巡する アスランを静かに見詰めるラクス……その時、何処からかステージに微かに抑えた声が響いた。

「ラクス様」

聞き覚えのない男の声にアス ランはハッと身を固め、リンも瞬時に身構えた。

それと同時に、劇場内のホー ルへと続く全ての扉が一斉に開かれ、何人もの黒服の男達がホール内に駆け込み、ステージを取り囲むようにして、包囲してくる。

アスランはラクスを咄嗟に背 後に庇い、男達に銃を向けた。リンも懐から銃を取り出し、振り返った。

だが、黒服の男達は自分達に 向けられている銃口など気にも留めず、慇懃に話し掛けてくる。

「ご苦労様でした、アスラン =ザラ」

その労いに、アスランは眉を 顰めた。

「何だと……?」

事態を呑み込めないアスラン を嘲笑うように、リーダーらしき男はなおも丁寧に言葉を続ける。

「流石は婚約者ですな。こち らの手間を省いてくださって、助かりましたよ………」

事態を理解したアスランは愕 然となる……自分は、ずっと尾けられていたということに。

父は、決してアスランを信頼 してこの件を任せたのではなく、彼女に親しい者として泳がせておいただけなのだ。

利用されていたという思い が、アスランを酷く苛める。

ラクスを庇うアスランに対 し、侮るように促す。

「さ、お退きください……国 家反逆の逃亡犯です。やむを得ぬ場合は射殺……と命令も出ているのですよ。それを庇うおつもりですか?」

「そんなバカな……!」

驚愕と憤りが内に込み上げて くる……リンは半ば、軽蔑したように男達を一瞥する。

責任を押し付けて闇に葬ろう という魂胆が見え見えだ……リンは素早くこの状況を切り抜ける手段を探す。

アスランはまだ傷が癒えてい ない…戦力としては数えられない………どうしたものか、と視線を彷徨わせていると、それが暗闇に動く者を捉えた。

そして、アスランがラクスを 庇ったまま一歩を下がり、せめて彼女が物陰に隠れ込む時間だけでも稼ごうとした瞬間、銃声が響き渡った。

反響する銃声……だが、それ はアスランやリンのものでも、まして男達のものでもなかった。客席にいた一人が頭を撃ち抜かれて吹き飛び、座席の間に倒れ込んだ。

「アスラン!」

その瞬間、リンは叫ぶ……意 図を瞬時に察したアスランは銃を捨て、片手でラクスの腰を抱え上げると、そのまま跳躍し、セットの瓦礫の陰に飛び込む。

それに連続するように銃声が 響く……リンもバックステップでステージ上に飛び乗ると、銃を構えてステージにいた男達に発砲した。

ホール内のパトリックの配下 達は、照明器や客席に身を隠していると思しき者達に次々と撃ち抜かれていく。

「くそっ!」

残ったリーダーの男がセット に身を隠しながらアスランとラクスを狙うも…次の瞬間には、後頭部に冷たい銃口が突き付けられ、硬直した。

「………消えろ」

冷たく言い放ち、リンはトリ ガーを引いた……刹那、男の額から銃弾が飛び出し、血が飛び散り、男は絶命した。

横たわった死体を無機質に見 ていると、先程銃撃戦を繰り広げていた第三者らしき者達がゆっくりと近付いてきた。

「ラクス様」

先程、警告のような声を発し たらしき男が彼女の名を呼び、ラクスがゆっくりとアスランから離れ、微笑んだ。

「ありがとう、アスラン。そ れにリンも」

今しがたの銃撃戦に動揺した 様子も見せないラクスに、アスランは困惑するが、リンはフンと視線を逸らす。

「もう宜しいでしょうか?  我らも行かねば……」

「ええ、もう話は終わりまし た。ありがとうございました」

ウンザリした口調で呟く男に 悪びれもせずに礼を言うラクスに、男はさらに肩を落とす。

だが、もう慣れているのかす ぐに表情を引き締める。

リンはその顔を見た瞬間、 ハッと思い出した……確か、地上で一度だけ逢った顔だ。

砂漠の……バルトフェルド隊 の副官を務めていて男、マーチン=ダコスタだ。

しかし……この少女の影響力 と洞察力には驚かされる。

「マルキオ様は?」

「無事、お発ちになりまし た」

その言葉にやや安堵したよう に微笑むと、もう一度アスランとリンの方に振り向く。

「では、アスラン…ピンク ちゃんをありがとうございました」

【マイドマイド】

間の抜けた返事を返すハロを 抱き、ラクスが一礼するも、アスランは未だ呆然としたままだ。

「キラは地球です」

唐突に放たれた言葉に、ハッ と我に返った。

「お話されてはいかがです か…お友達とも………」

薄く笑うと、ラクスは視線を リンへと移す。

「……レイナは翼を得て、再 び戦場へお戻りになられました………一度、話をされてはどうですか……お姉さんと……銃を向けずに」

リンが息を呑む……その事実 を知っているのは、今ではもうほとんどいないと思っていただけに、リンの驚きも大きかった。

「……答は、ご自身で見つけ てください」 

それきり、ラクスは振り返ら ず、その場を去っていった……何も求めようとせず……ただ望んだのは、自分達自身で答を探せというメッセージのみ………

残されたアスランとリンの心 は、既に決まっていた………地球へと向かうことを……もう一度、それぞれの相手と向き合うために………

 

 

 

 

 

同時刻……プラント内・ディ センベル市の一画の邸宅……

そこは、プラント内でも有数 の資産家であり、また今現在軍部に対する出資No.1を誇るジークマル=ブラッドの邸でもあった。

敷地内には優美な庭園に似つ かぬ、隠されるように張り巡らされら監視カメラ……そして……邸の一画……窓を鉄格子で覆われた部屋のベッドには、ジークマルに拘束されたブラッド家の令 嬢…リスティア=ブラッド……いや、リフェーラ=シリウスが寝かされていた。

黒い髪ではなく、鮮やかな赤 いショートカットの髪が枕に舞い、静かに眠りに就く顔の頬には、まだ殴られた痣が残っている。

「ん……」

唐突に眉が動き、瞼が薄っす らと開かれる。

「……あれ………?」

真紅に輝く瞳のぼやけた視界 に飛び込んできた天井……吊られたシャンデリア………未だに状況が呑み込めないリーラは、半ば半覚醒のまま上体を起こす。

「……っ」

頬に走った鈍い痛みに、リー ラは思わず呻き声を上げ、頬を押さえる……その痛みが、リーラの記憶を呼び覚ます。

思い出した……自分は確か、 父親に殴られて……改めて周りを見渡すと、そこは見覚えがある……いや、見覚えがあって当然だ。今自分がいるのは、自分の部屋だったからだ……もう何ヶ月 も戻らず……いや、二度と戻らないと思ったリスティア=ブラッドの部屋……いや、牢獄だった。

「また……戻ってきちゃった のか………」

落胆した様子で表情を俯かせ る……その時、ドアを開く音が響いた。

咄嗟に身構えるリーラだ が……部屋に入ってきたのは予想していたジークマルではなく、赤い髪を揺らす優しげな女性だった。

「あら、眼が覚めた?」

起き上がっているリーラに微 笑み掛けるのは、紛れもなくリーラがこの邸内で唯一心を許していた存在……リーラの母、アリシア=ブラッドであった。

「お母……さん………?」

髪の色こそ同じだが、瞳の色 はエメラルドのような輝きを放つ翠……優しげな表情を浮かべ、ゆっくりとベッドに近付くと、傍に置いてあった椅子に腰掛け、手に持っていた水が入った容器 を置くと、そこに浸けてあった布を取り出し、強く絞る。

そして、どこか放心状態に なっているリーラの腫れた頬を優しく押さえる。

「無理はしちゃダメよ……」

冷んやりした感触だが、それ を通じて伝わってくる温かさに、リーラは張り詰めていたものが切れたのか、眼に薄っすらと涙を浮かべる。

「うっ…うぅぅぅ…… うぁぁぁぁぁぁっ」

泣き崩れ、アリシアに寄り掛 かる。

胸に顔を埋めて泣くリーラ を、アリシアは微笑み慰めるようにその背中を擦る。

少し落ち着いたのか、リーラ がアリシアの顔を覗き込むと、いつになく真剣な瞳を向けているので、思わず言葉を失くす。

「お母…さん……?」

「リスティア……これから話 すことを、よく聞いて」

肩を掴み、凝視する母親の瞳 に、リーラは一抹の不安を憶えた。

「貴方は………貴方は本当 は、あのジークマル=ブラッドの娘ではないのよ」

躊躇いがちに呟かれた言 葉……だが、リーラの思考は一瞬止まった。

何を言われたのか、一瞬理解 できなかったからだ……父の……ジークマルの娘ではない。

「貴方は……私と………私が 本当に愛した人との間に生まれた子………」

告白しながら、アリシアは唇 を噛む……只隠しにしていた事実を打ち明ける時が来た……そんな苦悩を感じさせる。

「そ……そんな………」

未だに舌が回らない……な ら、本当の父親は………

「……マルス=フォーシ ア………それが、貴方の本当の父親であり、私が唯一愛した人……貴方は、本当にあの人の面影を遺しているわ」

愛おしそうにリーラの頬を撫 でる。

「マルス……フォーシ ア………?」

聞き覚えのまったくない名 に、思わず反芻する。

「………そうよ……私があの 人と出逢ったのは、私が地球にいた時だった」

過去に思いを馳せるよう に……遠くを見詰めるアリシア………

まだ、地球でも遺伝子ブーム が盛んだった頃………アリシアは地球の大学にいた。

親の期待を受けて第一世代 コーディネイターとして誕生したアリシアは、そこで出逢った……運命の相手と。

「あの人は、本当に夢見がち な人だった……いつも遠い宇宙の彼方へと思いを馳せていて……あの頃が一番幸せだった……あの人がいて、そして……他にもたくさん友人がいて……」

アリシアやマルスを含めた7 人グループ……互いに学生同士で、専攻分野も違えば中にはナチュラルとコーディネイターの差もあったが、それでも気が合い、いつも一緒だった。

「……じゃあ、本当に…」

「ええ……それに、この事実 は、ジークマルは知らないわ」

反コーディネイター思想が高 まり、アリシアの両親はアリシアを連れてプラントへと移った……元々、ナチュラルの中でも有数の資産家であったアリシアの両親は、その出資金をもとにプラ ントへの居住を許可されたようなものだ。

そして……ブラッド家との政 略結婚を強要され、アリシアは自由を失った。

そんな彼女の唯一の抵抗が、 マルスとの間に生まれた娘であった……受精卵の段階で凍結していたものを密かに持ち出し、それをもう一度自身の中に戻した。

ジークマルとの関係を持った 時に重ねたため、ジークマルも疑いはしなかった。

だが、どうしてそこまでして 隠す必要があったのか解からない……あの男が父親でないと知った時、リーラは内心安堵した……あんな父親の血が、自分の中にも流れていることに嫌悪し た……今の話が事実なら、嬉しくはあるが……納得できないのも確かだ。

リフェーラ=シリウスとして 生きてきた自分も、リスティア=ブラッドとして生きてきた自分さえも否定され、リーラの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

「どうして!?」

「貴方を……貴方に、辛い運 命を背負わせたくはなかった………」

意味が解からずに、怪訝な表 情を浮かべる。

「……私がプラントに移る 前……私は、皆とメンデルというコロニーにいた……私達は、そこで研究生活を過ごしていた」

メンデルというコロニーの名 は、リーラにも聞き覚えがある……確か、開戦前にバイオハザードを起こして破棄されたコロニーのはずだ。

何故、母がそんな所に………

「……大学を出た私達7人 は、そのまま工学の道に進み、私達は当時最先端の研究施設が集まったメンデルへと行ったの……そこで、私は遺伝子工学に携わり、あの人は機械工学の知識を 買われて、私達の内、二人が起こした研究チームへと入った……でもそれが、始まりだった……私達、7人がバラバラになる………」

言葉を呑み込み、逡巡する も……やがて意を決したように言葉を続ける。

「7人の内、二人が別々にプ ロジェクトを起こした……共に、当時の問題だったコーディネイター誕生における不確定要素の克服を…まったく違った角度から進め始めた……一人は、人工子 宮による母体外の遺伝子操作による誕生………そしてもう一人が、受精卵の段階において、通常の遺伝子操作と特殊なパルスを使用して、あらゆる細胞を活性化 させ、不確定要素を排除する手段を取った………」

「………!」

語られた内容の非人道的な行 い……それらは容易に察せた。

(そして………彼女が、一番 辛い思いをすることになった………)

その実験の一番の被害者…… 利用された者の姿を思い浮かべ、アリシアは唇を噛んだ。

「あの人は、その内の一つに 関わっていた……そして聞かされた……その行いの非道さを……人間を…生まれてきた子達を作品としか見ようとしない……そして、その子達は呪われた運命を 背負って生まれた……あの人はきっと、それを察していたのね……だからあの人は、その研究の一部を使って……貴方をコーディネイトした……彼らを止めるた めに……」

「わ、私が……そんな…そん なの!!?」

リーラからしてみれば身勝手 としか言いようがない……そんな理由で、自分を産んだのか……ならば、その父も同じではないか。

ジークマルと同じ、人の意思 も無視して……道具のように扱って………憤りを憶えるリーラに、アリシアは眼を伏せる。

「……貴方には、赦してもら えるとは思っていない…でも、これだけは解かって……貴方をコーディネイトしたことは、あの人にとって苦渋の選択だったということも」

「勝手だよ……勝手すぎる よ、そんなの!!」

詰め寄り、罵るリーラに、ア リシアは何も言い返さない……

「そうね………確かに勝手 だった。私を遺して……逝って………」

アリシアは眼元を微かに潤ま せ、顔を手で覆う……その瞬間、リーラは冷水をかけられたように言葉を呑み込んだ。

アリシアの啜り泣くような押 し殺した声が響き、沈黙が続く……リーラが声を掛けようとした瞬間、部屋の呼び出し音が鳴った。

ビクッと身を震えさせるリー ラと、ハッと顔を上げるアリシア。

「いけない……あの男が帰っ てきた…きっと、貴方を始末するために」

「え……?」

「貴方の治療データが渡った ら……きっと、DNAの調査データも一緒に入るはずだから……」

そこでハッと気付いた……そ うなれば、自分の遺伝子が自分の娘に無いということを知れば、当然ジークマルは……その先に想像は容易にでき、身が震えた。

アリシアはすぐに部屋の端に 駆け出し、そこに纏めておいたものを取り出す。

それを持ち、リーラの元まで 来ると、それを手渡した。

「早くこれに着替えて」

切羽詰った表情で手渡された のは、リーラの赤服……そして小さなトランク。

リーラはまだ鈍い身体に鞭打 ち、着ていたパジャマを乱暴に脱ぎ捨て、その上からズボンを吐き、そしてダンクトップの上に上着を羽織った。

そして、アリシアは有無を言 わせずにリーラの腕を掴み、部屋の隅へと向かい、リーラは困惑する。

「お母さん?」

いったい、どうするのかとい う疑問を横に、アリシアは壁を手探りで触り……刹那、壁の一部が開き、その下からスイッチらしきものが現われた。

驚愕するリーラの前で、アリ シアがそのスイッチを押すと、機械の音が何処からか響き、突如…壁の一部が動き、小さな穴が姿を見せる。

「こ、これって……」

この邸で生活して長いが、こ んな仕掛けがあるとは思わなかった。

「この邸には、こういった仕 掛けがいくつかあるの……さあ、早く」

促すアリシアに、何かを思い 出したように踏み止まる。

「ま、待って! お母さん は……お母さんはどうするの!?」

自分の出生を黙っていたアリ シアも、ジークマルにとっては憎むべき者でしかない……だが、アリシアは寂しげに微笑む。

「私は、ここでジークマルを 抑えるわ……この先は、邸の外に通じている…そこに貴方のことを頼んだ人物が来るはずだから」

「そんな……いやっ、お母さ んも一緒に………!」

縋るような思いで見やるも、 アリシアは首を振る。

「私は……もういいの…も う、私は疲れてしまったの………あの人が逝ってしまった時も、本当は後を追いたかった……でも、貴方を思ってここまで生きてきたけど、もうダメなの……」

「お母さん……」

疲れを見せる母の顔に、呆然 となる……ここまで、十年以上も苦しんで生きてきた母親……愛する人もいなくなり、ただ無為に生きていくことに、もはやアリシアは疲れ果てていた。

「……そんな顔をしないで… 貴方が生きてくれることが、私の…そして、あの人の望みなの……」

頬を優しげに撫で、そし て……最後にこれだけは伝えておかなければならないことを伝える。

「最後にこれだけを伝えてお くわ……あの人が関わったプロジェクト……コード:MC……9つの凶星の下に生まれた子達………だけど、内4つが堕ちた……それは、あの人にとっても、そ して…彼女にとっても唯一の希望………」

「何……何を言ってるの、お 母さん!?」

訳が解からずに詰め寄るも、 アリシアは話を止めない。

「そのために……あの人は3 つの希望を遺した………一つは貴方…そして、もう二つは……堕ちた4つの内二つのために………彼女達と共に、貴方も自分の運命に負けないことを忘れない で………」

最後にもう一度、リーラの身 体を抱き締める。

「……貴方は生きて…そし て、大切な人を見つけて………幸せになって………」

懇願するような口調で呟 き……次の瞬間、リーラは身体をドンと後ろへ押された。

あまりに突然のことに…… リーラは眼を見開いたまま、緩やかな傾斜となっている穴の中へと落ちていった………

それを見届けると、アリシア は笑った………

「これでいい……これでいい のよね…………フィリア……貴方に全てを押し付けてしまうけど……ごめんなさい」

ここにはいない……かつての 友人の名を呼ぶ。

「ヴィア…セシル………私 も……もうすぐ、そっちに………ホントなら、あの子が大切な人と結ばれるまで見届けたかった……貴方達はそれもできなかったのに……卑しい女よね……私 は」

微かに自虐的に笑うと、ドン という音が響き、アリシアが振り返ると……そこには醜く顔を歪めたジークマルが佇んでいた。

「……あの小娘は何処 だ!?」

地を這うような声……だが、 アリシアはキッと睨み、毅然と答える。

「あの子は旅立ちました…… もう、貴方の人形であったリスティア=ブラッドはいません」

呟くと同時に、アリシアは殴 り付けられ、その場に蹲る。

「生意気な口を…よくもこの 私今迄謀ってくれたな……!」

癇癪のように叫び、アリシア の身体を蹴り付ける。

「あぁっ……」

呼吸が息苦しくなり、声を発 せないアリシアを一瞥すると……視線をアリシアの影に隠れていた穴へと向ける。

「……緊急用シュートか…ま あいい、すぐに追手を放ち、始末してやる……お前はその後で辱めて、殺してやる」

忌々しげに吐き捨てると、 ジークマルは部屋を出て行こうとするが……それより早く、アリシアは手に持っていたスイッチを押した。

刹那……邸内の送電施設が暴 走し……放電した。

爆発が邸を大きく揺らし、 ジークマルは思わず膝を付く……次の瞬間、地下送電施設からの爆発の炎が燃え広がり、凄い勢いで邸内を火に包んでいく。

「貴様ぁぁぁぁ、何をし たぁぁぁぁ!!」

「あ……貴方も……私も…… ここで、死ぬ……んです……よ………」

ジークマルと自分を連れて行 くこと……そのために、アリシアが決断したのが自爆だった。

弱々しい声呟くと、ジークマ ルは懐から取り出した銃でアリシアを討った。

凶弾が身体を貫き、アリシア は呻き声を上げる。

「よくも……よくもぉぉぉ!  私は、こんなところで終わる人間ではないぃぃぃ!!!」

もはや周りを認識できないの か、憤怒の口調でトリガーを引き、銃弾が再度アリシアに突き刺さり、血が噴出す。

「あ……ぁぁ………リ… ティ…ア………」

薄れゆく意識の中で、最愛の 娘の名を呼ぶ……銃声が響いた…………

 

 

 

「ふぅ…間に合ったか!」

オレンジに近い髪を靡かせ た、赤い軍服を着込んだ少年が息を吐き出し、肩を落とす。

手には、硝煙を上げる銃…… 眼前には、心臓を撃ち抜かれ、絶命したジークマルの死体が転がっている。

「ラスティはん!」

少年……元クルーゼ隊のメン バーであったラスティ=マックスウェルが振り返ると、そこには切羽詰った表情のルフォンが駆けつけて来た。

「アリシアはんは……?」

「急いだ方がいい……かなり 傷が深い!」

倒れているアリシアに駆け寄 り、ラスティがそっと身体を起こし、ルフォンも反対側からその身体を支える。

「ラクス嬢の言う通り、様子 を見に来てよかった……!」

「ホンマや!」

そう……ラスティとルフォン は、ラクスからの頼みを受け、密かに入手したこの邸の見取り図を使い、潜入した……まさに、紙一重のタイミングだった。

「急いだ方がええ……すぐに 特務隊がやってくる……医療カプセルを仲間が用意してあるはずや」

「了解!」

二人は燃え落ちていく邸内か ら、急ぎ脱出するのだった………

 

 

 

 

緊急の脱出シュートを落ちて いたリーラが落ちたのは、プラントの生命維持を司る地下の機関部……薄暗さと機械音だけが響く中……リーラはフラフラと立ち上がる。

「お…お母……さん………」

呆然と呟き、急ぎ地上部へと 向かって駆ける。

機関室のタラップを見つけ、 それを飛び出すような勢いで掴まり、よじ登っていく……やがて、地上部へと続くハッチが見え、それを開く。

這い出るように地上に出る と、急いで邸へと向かって駆けた……だが、その視界に赤く燃えるものが飛び込んでくると、リーラは思わず足を止めた。

「あ……ああ…………」

燃え落ちていく邸を、緊急 シュートから地下機関室に脱出したリーラは、急ぎ地上部へと駆け……見たのは、炎に包まれる邸だけであった。

「お母……さん…………」

母は、最初からこうするつも りだったのだ……自分を逃がした後に、ジークマルを道連れに死ぬことを………リーラは、本当の意味でかつての場所を失くした………

その時、近付く足音に、リー ラは振り返った。

「お前か……アリシア殿の 言っていた奴は………」

暗闇の中から姿を見せたの は、青いザフト軍の軍服を着用したメイアだった。

「お母さんが……お母さん が…………」

片言のように呟き、その場に 座り込む。

メイアはリーラに近付くと、 その腕を取り…無理矢理立たせた。

「しっかりしろっ!! お 前、何のためにアリシア殿が逃がしたのか…解からないのか!!?」

キツイ口調だが、この状況で 慰めている余裕はない……その叱咤にビクッとし、リーラは息を呑む。

その時、けたたましいサイレ ンが響いてきた。

「ちっ……行くぞ! いい か、今は生き延びることだけを考えろ!」

手を取ったまま、メイアが走 り出す。

やがて、火災沈静用のウェ ザーレインがプラント内に降り注ぐ……

腕を引っ張られ、冷たい雨に 濡れながら、リーラは今一度……燃え落ちていく邸を見やる………その光景は、新たな旅立ちを……皮肉にも感じ取らせた…………

不意に、瞳から涙が零れるの であった………

 

 

 

 

工廠へと戻ったアスランとリ ンは、既に整備が完了していたそれぞれの機体へと乗り込んでいた。

コックピット周りは、自分達 が以前搭乗していた機体とほぼ変わっており、二人は静かにシステムを立ち上げていく。

《A55警報発令》

《進路クリア……全ステー ション発進を承認》

《カウントダウン、T− 200よりスタート》

管制室の指示に従い、二人は スペックデータを表示していく。

『正義』という、今の自分に もっとも似つかわしくない名を冠した機体のコックピットで、アスランはスペックに眼を通す。

ZGMF−X09A:ジャス ティス……武装は、頭部にMMI−GAU1 20mm近接防御用機関砲:サジットゥス、胸部にGAU5 フォルクリス機関砲、肩パーツにはRQM51ビー ムブーメラン:パッセルを2基装備……フリーダムと共通のMA−MO1 ラケルタビームサーベルを腰部に、右手にはMA−M20 ルプスビームライフルを 保持している…また、バックパックに装着されたのはリフター型の飛行支援メカ:ファトゥム−OOであり、M9M9ケルフス旋廻砲塔機関砲に、MA−4B  フォルティスビーム砲を内蔵している。

アスランは、駆動音を聞きな がら、キラのことを思い浮かべていた……キラが何を思い、戦っていたのか…そして、何を決意して戦場へと戻ったのか……それを知るために…また、自身の道 を決めるために………

 

同じく、その隣に佇む ZGMF−EX000AU:エヴォリューションに乗り込んだリンも、ヘルメットのバイザーを下ろすと、機体を立ち上げていた。計器類に光が灯り、全周囲モ ニターがONになり、駆動音を響かせる。

立ち上がるOS画面……セッ トアップの文字が浮かぶ。

 

 

 

G‐eneration

U‐nsubdued

N‐uclear

D‐rive

A‐ssault

M‐odule

 

 

 

ZGMF−EX000AU   EVOLUTION

 

 

 

ザフトのシンボルマークを背 に浮かび上がるOSのセット文字と、機体のコードネーム。

「エヴォリューション…ガン ダム………進化………」

なんとも、自分に対してこれ 程の皮肉で滑稽な言葉があろうかと思い、自虐的に笑う。

機体スペックが表示され、眼 を通す。インフィニティと共通のボディを持つこの機体は、共通の武器も多い……頭部武装のMMI−GAU 76ミリ近接防御機関砲:ピクウス、ボディに MG−80ミリマシンキャノン、腰部にはMG−MA ハイデバイスビームハルバートブレード:インフェルノを2本装備、左手にはMMI−V1 13連装 ビーム砲内蔵型ビームコーティングシールド:デザイアがそれぞれ持たされている。

違いは、この機体には近接装 備と乱戦時の武装が多く装備されているという点だ……右手に持つのは、インフィニティが保持するMG−M00 ツインビームライフル:ダークネスではな く、MMI−M01 88ミリビームマシンガン:ヴィサリオン…腰部にMMI−M08 クスィフィアスレールガンを2門装備、左腕には有線アンカー、ク ラッシャーファングアイゼン:スコーピオン…腰背部にはスクリューウィップ……そして、最大の特徴である分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステ ム:ドラグーンを利用したドラグーンブレイカーが6基……

装備にも驚かされるが、この 機体には高機動を得るために、インフィニティと共通の核融合エンジンにNジャマーキャンセラー、プラズマ変換ブースターと合わせて装甲面にマグネットコー ティング処理が施され、ビームコーティングを僅かな時間ながら施せる。

その時、OSがピピピと音を 発した。

顔を上げたリンの前で…… OSに入力画面が現われる。

【パイロット名ヲ登録シテク ダサイ】

やや息を呑むも……一瞬、言 葉を呑み込んだ後、呟いた。

「………私は……リン=シス ティ」

音声を認識したコンピュー ターが応答音を発し、エヴォリューションの瞳が一瞬、紅く煌く。

【了解……登録完了………マ スター、ゴ命令ヲ】

リンは躊躇うように一つのス イッチを押した。

モニターの先にあるものを見 詰めながら、リンは曇った眼を向ける………自分は今、何を望んでいるのか………そして…レイナが今、再び戦場へと戻った理由は何なのか……その答を得るた めに、リンは決意を固める。

 

 

並び立つジャスティスとエ ヴォリューションの瞳に光が灯り、機体に繋がれていたコードが外れていく。

それと同時に灰色の装甲にカ ラーリングが施される。

ジャスティスは真紅に色付 き、エヴォリューションは漆黒に彩られ、右肩にマークされた黒い兜に剣をあしらったエンブレムが映える。

《T−55……A55進行 中……》

《X09A、EX000A U…コンジット離脱を確認……発進スタンバイ》

アスランとリンは、ゆっくり とペダルを踏み込み、レバーを押す。

刹那……2機のブースターが 粒子を吐き出し、バーニアに光が灯る。

《T−5……我らの正義に、 惑星の加護を》

管制官の激励に近い言葉とと もに、二人は視線を頭上の漆黒の闇へと向けた………

「アスラン=ザラ…ジャス ティス、出る!」

「リン=システィ…エヴォ リューション、出撃する!!」

二人の意思に呼応し、最高潮 に達したバーニアが火を噴き、機体を飛び上がらせる。

ゲートを潜り、『正義』と 『進化』の名を与えられしMSが宇宙へと飛び出す………

 

 

迷いを抱き……そして答を見 つけるため、少年と少女は再び戦場へと旅立った…………

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

怒りが…憎しみが……再び砲 火を轟かせる………

痛みを…喪失を……代償を求 めて…………

 

裁きの雷が齎すのは…光明 か……それとも………

 

狂気渦巻く世界で……それぞ れが望む道は………

 

次回、「裁き(ぎゃくさつ)の雷」

 

運命を打ち砕け、ガンダム。



BACK  BACK  BACK



inserted by FC2 system