機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-35  裁き(ぎゃ くさつ)の雷

 

 

満身創痍のアークエンジェル は、アラスカを離れ、結局中央アメリカのパナマには向かわず、南下してオーブに身を寄せるという結論に至った。

誰も、その指示に反対する者 はいなかった……原隊に戻ったところで、銃殺刑が確定しているような虚しい場所へと好き好んで戻りたがる者などいはしない。

ブリッジでは、誰もが憔悴し 切った表情でオーブ群島のオノゴノの秘密ドックへと向かっていた。

突然の来訪を、オーブ側は快 く迎え入れてくれた……飛行艇の誘導に従い、アークエンジェルは最初に訪れた時と同じように秘密ドックへとバックで入港していく。

その様子を、管制塔からウズ ミをはじめとしたメンバーが安堵と傷ましさを込めた視線で見やり、脇に控えていたカガリは、そわそわと落ち着かなげにしていた。

それは無理も無いだろう…… アラスカが壊滅したという情報は既にカガリの耳にも入り、アラスカに向かったはずのアークエンジェルが無事ということもだが、それ以上に驚いたのは、アー クエンジェルに死んだと思っていたキラとレイナが同乗していると聞き、さらに焦りを産んでいた。

ドックに繋留され、タラップ が設置されると、待ち焦がれていたカガリは駆け出し、艦内へのドアが開くと同時に飛び込み、内部エレベーターに乗ろうとした瞬間、開いたドアの向こうから 出てきた一団に驚き、それが担架だと知ると、カガリは慌てて飛び退いた。

運び出されてきたのは、重症 の兵だが、見覚えのある顔ではない…その姿に息を呑むも、カガリは改めて艦内へ入る。

艦内の構造データは元々頭に 入っていたし、以前は同乗もした艦……勝手しったるといった様子で艦内をあちこち見回しながら居住区を目指す。

通り過ぎた通路に、探してい た相手を見つけた瞬間、カガリは叫んだ。

「キラ!」

その声にハッと振り返ったキ ラは、次の瞬間駆け寄ってきたカガリに飛びつかれた。

「カガ……うわっ!?」

勢いのついたカガリの突進に 近い飛びつきに、流石のキラも支えきれず、後ろ向きに倒れ込む。倒れた時に後頭部でも打ったのか、キラは痛みを噛み締めて見上げる。

「このバカぁ………っ!!」

キラの上に跨ったカガリは、 泣き喚く。

「カガリ………」

「お前……お前! 死んだと 思ってたぞっ! この野郎!!」

眼にいっぱいの涙を浮かべ、 眼を伏せながら泣いているのか怒っているのか解からない表情で、キラの胸を叩く。

「………ごめん」

苦笑を浮かべてされるがまま になっているキラを見詰めながら、確認するように問い掛ける。

「ホントに……ホントに生き てるんだな………!?」

「生きてるよ……戻ってきた んだ…………」

夢だと思っているカガリに向 かって、フッと小さく微笑む。

暫しそのままの体勢で見詰め 合う二人に。無遠慮な声が掛けられた。

「あーあんた達、前にも言っ たけど、そんなに逢引きがしたいんだったら……少しは場所を弁えなさいね」

呆れたような声を掛けられ、 キラとカガリが反射的にそちらを振り向くと、大きく肩を落としたレイナが佇んでいた。

「レ、レイナ…! あ、い や…これは………」

今更ながら自分の体勢に気付 いたカガリが慌ててキラから飛び退く……これではまるで、キラを自分が押し倒したような構図だったからだ。

だが、そんなカガリの肩をポ ンポンと叩き、首を振る。

「いいって…言わなく て………私は別にあんた達の馴れ初めに口を挟むつもりはないから……でもね、そういった行為に及びたいんだったら、せめて人がいないところで……」

混乱しているカガリに、さ らっととんでもないことを口走るレイナに、カガリが被り振る。

「だから違うって言ってるだ ろ!!」

怒鳴りながらも、カガリは一 抹の懐かしさを感じた。

どうも、レイナ相手だと喧嘩 ごしになってしまう……レイナが生きていたことが嬉しいはずなのに、そういう言葉が出てこない。

「レイナさん!」

唐突に掛けられた声に振り返 ると、そこにはカムイが佇んでいる……急いで来たのか、息切れしている。

「無事だったんですね……」

安堵のこもった視線を向ける と、レイナは苦笑を浮かべた。

「まあね……生憎と、死神に 嫌われたみたいだから………」

冗談めいた口調で返しなが ら、レイナは肩を竦めた。

 

 

 

その頃、アークエンジェルの ブリッジを、ウズミとキサカが訪れていた。

「私どもの身勝手なお願い、 受け入れてくださってありがとうございます」

マリューが深々と頭を下げ る……

「ことがことゆえ、クルーの 方々にはまたしばらく不自由を強いるが、それはご了承いただきたい。ともあれ、ゆっくりと休むことはできよう」

ウズミは穏やかな表情と深い 声で労わるように呟く。

「地球軍本部壊滅の報から、 再び世界は大きく動こうとしている。見聞きし、それからゆっくりと考えられるがよろしかろう……貴殿らの着ている、その軍服の意味もな」

その問い掛けに、マリューは 表情を歪めながら、自身の軍服を見やる。

もはや、この軍服に袖を通し た時に決意は無残に踏み躙られ、今は恥じる思いしか浮かばなかった。

 

 

食堂で休憩を取っていたサイ 達は、ようやく落ち着いたようだった。

オーブに来た以上、当分は戦 闘の可能性もなく、ようやくホッと息をつけるのだから。

「ねぇ……これで…これから どうなんの?」

「え?」

隣に座っていたカズィがおず おずと躊躇いがちに尋ねる。

「俺達、もう軍人じゃないん だよね?」

どこか、期待を込めて縋るカ ズィに、サイは大きく溜め息をついた。

「なんで?」

ウンザリした面持ちで尋ねる と、カズィは喜色を浮かべて意気込むように主張する。

「だって、軍から離れちゃっ たんでしょ、アークエンジェル……だったら」

「敵前逃亡は軍法では重罪… 時効なし」

無情に言い切るサイに、カ ズィは泣きそうな表情を浮かべるも、慌ててポケットに手を突っ込み、何かを急々と取り出した。

「俺さ、実はこれ持ってるん だけどさ……前の、除隊許可書………」

取り出して見せたのは、地球 に降りる前に渡され、そして皆で破り捨てた除隊許可証であった……カズィは、その破ったものを几帳面にテープで張り合わせ、後生に持っていたらしい。

その様子に呆れ果てたサイは そのまま無言で立ち上がる。

「あ…ねぇ、サイ」

「トイレ」

これ以上、会話をするつもり はなかったのか、素っ気なく呟くと食堂を出て行く。

カズィは泣きそうな表情でミ リアリアを見やるも、ミリアリアもそんないじましいカズィの姿に呆れたのか、無視して立ち去ろうとする。

トレーをカウンターに戻そう とし、ふと置かれた一人分のトレーに気が付いた……だが、食堂にいるのは自分達だけで、誰も食事を取る者はいないはずだ。

「あの…これ、どうしてここ にずっと置いてあるんですか?」

首を傾げ、不審に思って尋ね 返すと、厨房の奥にいた調理師が困ったように表情を顰めた。

「あ……捕虜のメシ、頼むっ て言っといたのに………」

どうやら……このトレーは捕 虜であるあの少年のもののようだった……もっとも、クルーの皆もようやく落ち着いたということですっかり捕虜のことを忘れていたのだろう。

ミリアリアは、不意に息苦し さを憶えた……殺そうとした相手と、その時の自分の顔が脳裏を過ぎり、頭を振ってその記憶を振り捨て……そのまま食堂を後にしようとしたが……次の瞬間、 踵を返してトレーを取りに戻った。

 

 

 

その頃……キラ、カガリ、レ イナ、カムイの4人は格納庫のキャットウォークに立ち、並び立つフリーダムとインフィニティを眺めていた。

話はいつのまにか、あの孤島 での戦いにまで及び……そして、キラとレイナが共に行方不明となった後の事態へと繋がっていった。

「……とまあ、こんなとこ」

自分が死にそうになったこと すら、まるで他人事のように淡々と語るレイナに、キラは苦笑を浮かべ、カガリは言葉を失くし…カムイは唖然となる。

「しかし……本当によく助か りましたね」

カムイ自身、レイナ本人から 話を聞かされても、未だに半信半疑だ。

なにしろ……串刺しになった ルシファーのコックピットをイの一番に確認したのは他ならぬカムイ本人なのだから……あの状態では、生存はほぼ絶望だと思っていた。

「まったく……こっちは大変 だったんだぞ、キラの親友とお前の妹ってやつを見つけて……」

その言葉に……レイナは眼を 細め、キラは息を呑んだ。

キラ自身……レイナがヴァル キリーのパイロットを知っていることを聞かされていたが、それが妹とは流石に聞かされておらず、困惑を隠せない。

「……そう……妹、か」

レイナ自身も、見た目ほど冷 静ではなかった……表情に鉄仮面を貼り付けているが、内心はかなり動揺していた。

自分と無関係とは思わなかっ たが……妹とは思わなかった……いや……単純に妹だけでないような気もする………だが、今はその疑念を心の中に押し隠す。

「それより……逢ったんだ、 彼女と」

「アスランとも……?」

キラもレイナも……感慨深げ に呟く。

あの戦いは、二人にとって忘 れようとしても忘れられない戦いだ……自身をかなぐり捨て、ひたすら相手と戦うことを求めたのだから……

だがカガリはそんなにほのぼ のと過去を懐かしむことはできない。

ちらっと二人の顔を覗き込 む……キラは物静かな微笑を浮かべ、レイナは落ち着いた表情で眼を閉じている……そこから、相手への憎しみは感じられず、ホッとしたような意外なような気 分になった。

「お二人は、カガリ様が見て いたのですが……凄く喧嘩越しに言い寄ったらしいですよ……キサカさんが怒鳴り声が響いていたと言ってましたから」

余計なことをとばかりにカガ リが睨む……キラが苦笑を浮かべる。

その場面が、容易に想像でき たからだ……

「めちゃくちゃ落ちこんでた ぞ、アスランの奴…自分が殺したって泣いてた……」

チラリとキラを見やりながら 呟き……視線をレイナへと逸らす。

「あいつは……リンの奴は、 半分自殺ぐらいしそうな勢いだったぞ……」

あの時の……自分の命にすら 興味がないように…下手をしたら、その場で自殺しかねないぐらいに危うかったリン……だが、という不安がある。

もし……レイナが生きている ことを知ったら…彼女はまたレイナを狙うのだろうか……姉妹で殺し合いを再び繰り返すのか………だが、それを聞いたレイナの反応は特に無い。

「そっか……」

静かに呟き…視線を逸ら す………同じだったのだろう………あの時の自分と………

 

―――――『相手の死』と 『己の死』……

 

その二つを求めて戦い合っ た……あの時の自分は、間違いなく昔の自分に立ち戻っていた。

ひたすらに相手を殺そう と……死を求める獣のように………あの時、死んでも構わないと思った……だが、それでもなお自分は生き残った。

「あの時………私達は、お互 いに相手を憎んだ……いえ……純粋に敵と判断した……」

淡々と語りながら……視線を インフィニティへと移す。

「……相手の死と…自身の 死………それだけを求めて………互いに戦うことを…殺し合うことを望んだ………だけど、それが間違っているとは言わない」

面を喰らったようで、全員が 息を呑む。

「……それも、私自身だった んだから……あの時の自分も、間違いなく私………自身を知りたいと思うことなんか、まったく残っていなかった…純粋に、殺すことを…戦うことに悦びを求め ていた……」

あの時の自分は……間違いな くBAだった………

死を求め……血と硝煙が纏わ り付く………それがBAという自分だった………

「それが、私達の関係だっ た……外野は知らないけど………」

視線をキラへと移す……あの 時……互いに相手のコックピットを狙った瞬間、自分達は爆発に巻き込まれたのだ。

キラとイージスのパイロッ ト、アスランの関係は薄々感じ取っていたが……互いに、戦争を甘く見ていることに内心憤りを憶えたこともあった。

キラは、そんな昔の自分を恥 じるように……視線を落とす。

「そうだね……レイナの言う とおり…僕もアスランも……お互いに周りがガラリと変わって……でも、それを受け入れている余裕もなくて…だけど、周りはどんどん変わって…互いに殺さな きゃいけないところまできても、それでも本気になれなくて……」

苦い思いがキラの胸に拡が る………

「……理由をつけて、結局肝 心な事を見ないようにして……そんな中途半端なままでずっと、大勢殺して………そして…僕は、アスランの仲間を殺して……アスランが、トールを死なせる一 端を担って……最後は…お互いに憎み合う結果になった……」

親しい者の死……それは時に 人を感情に走らせる……それはカガリにも理解できたが、それでもぎこちなく尋ねる。

「小さい時からの友達…だっ たんだろ………?」

躊躇いがちに尋ねると、キラ は薄く笑う。

「うん……アスランは、昔か ら凄くしっかりしててさ…僕は、いつも助けてもらってた」

そんなキラの態度に、カガリ はいたたまれなくなり……思い切って尋ねてしまう。

「だけど……なんで、そんな 奴と戦ってまで、地球軍に味方してたんだよ?」

「え?」

カガリは食って掛かるよう に、言葉を捜しながら叫ぶ。

「いや、だってさ……お前、 コーディネイターなんだし……そんな、友達と戦ってまで……なんて………それにさ…」

視線が、レイナを捉える。

本心では、キラやレイナがこ ちらにいてくれたおかげで助かったこともある……だがそれでも、地球軍にさえいなければ…キラやレイナ、アスランやリンは戦わずに済んだのではないかと思 わずにはいられない。

それに対し……キラは、その 時の自身の甘かった決断を思い出し…遠くを見るように視線を彷徨わせる……

「……僕がやらなきゃ、皆死 んじゃうと思ったから……」

できるだけの力があるなら、 できることをやれ……その言葉に強く共感し…そして、残った友人達を護りたいがために戦いに残ることを決めた…だが、それが浅はかな決断であったことのツ ケが、最悪の形で返ってきたのだ。

「……僕、コーディネイター だし」

カガリがハッとしてキラを見 ると、彼の横顔にもう寂しさはない。

「でもホントは……ホントの ホントは…僕もアスランも……互いに本気で殺し合うなんて事にはならないと………思ってたんだと思う……でも、僕がアスランの仲間を殺して……トールが死 んで………そんな思いも吹き飛んで……ただ許せなくて憎くて……お互いを殺そうとした。でもそれでも、事情はどうあれ、最後の最後に踏み切ったのは、僕達 だったんだから。他の誰のせいでもないんだ」

そう……互いへの甘さが…あ の悲劇を生んだ……寂しげに呟くキラ……だが、カガリには言葉を掛けることができない。

「そうね……時には、感情は 理屈を凌駕する………」

キラの言葉を肯定するよう に、レイナが相槌をうつ。

実際……あの時は、記憶のこ となどどうでもよくなった………自身の中に潜むもう一人の自分が、血と狂気を求めて……ただただ戦いだけを欲して……

「あの子……何か言って た?」

唐突に、カムイは問い掛けら れ……口ごもる。

言ってしまっていいのか…… 逡巡するも、それをレイナが望まないと悟ったのか、一部だけを伝える。

「生き恥をさらす……そう 言ってました」

「……そう」

敢えて追求しようともせず、 レイナは微笑を浮かべる。

「……私は、彼女が私とどう いった関係があるのか…解からなかった………当然よね。自分自身でさえよく解かっていないことなのに……でも私には、戦うしかできないから……それしか知 らないから……だから私は…戦う道を選んだ」

淡々と呟きながら表情を俯か せる。

「そしてあの時……お互いに 死を得たと思った………だけど……運命は、まだ私達を生かしておきたいのね……」

意味深な言葉で呟き……レイ ナはそっとペンダントを握り締めた………

 

 

 

ミリアリアはトレーを抱えた まま、静かに独房へと向かっていた。

別に同情していたわけではな いが、なにか哀れに思えた……なにしろ、自分がアークエンジェルとともにサイクロプスで吹き飛ぶ寸前だということも知らないかもしれない。

まあ、敢えて黙っておいとい てやるのがある意味親切かもしれないが……それに、飢え死にでもされたら寝覚めも悪い。

独房に入ると……気配を感じ たディアッカは寝転がったまま寝返りを打つ。

「……食事」

差し入れ口から静かにトレー を中に入れると……ミリアリアに気付いたディアッカは思わず身を起こす。

「ゴタゴタしてたの……遅れ てゴメン」

むっつりした顔でぶっきらぼ うに呟くと、当のディアッカは鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに困惑した顔を浮かべた。

その表情に思わず笑いそうに なったが、なんとかそれを抑え込み、尖った口調で話し掛ける。

「……何よ?」

「あ、いや……まさか、お前 が持ってくるとは思わなかったからさ………」

慌てて答えるディアッカ…ど こか図々しい物言いに、ミリアリアは睨む。

「お前ぇ……?」

「すみません、貴方様」

あっさりと頭を下げるディ アッカに、先日のどこか死に恐怖していた面影が浮かび、そのギャップに思わず噴出しそうになる。

「……ミリアリア」

それを隠すように敢えてむっ つりした物言いで答えるが、それが意外だったのか…ディアッカは口をポカンと開ける。

そのまま立ち去ろうとする が、ディアッカは慌てて身を起こす。

「あ、お、おい! ちょっと 待てよ!」

鉄格子に張り付き、ディアッ カが叫ぶと、ミリアリアも足を止める。

「何よ?」

「どうなってんだよ、この 艦! なんで俺は乗っけられたままなんだよ! そのうえそのまま戦闘なんて、まともじゃないぜ!」

ここぞとばかりに訴える…少 なくとも、アラスカ本部に着けばプラントと交渉なりなんなりあると思ってばかりいたディアッカは自分の周りの事態の異常さに流石に不安を隠せなかった。

「解かってるわよ…でも、 しょうがないじゃない」

内心、微かにディアッカの境 遇に同情しつつも、それを億尾にも出さずに冷たくあしらう。

「ここは何処だよ!? 俺は いつ、ここから出られるんだよ」

自分の周りの状況が掴めない というのは確かに不安だろうが……少なくとも、味方と逢えば銃殺が確定している自分達に比べれば幾分もマシだと思う。

「オーブよ。でも、私達だっ て降りられないんだもん、あんたのことなんか知らないわよ」

素っ気なく答えるミリアリア に、ディアッカは怪訝そうな表情を浮かべた。

「ああ? おい、アラスカに 行ったんだろ? それがなんでとんぼ返りで、今はオーブなんだよ?」

「知らないわよ」

ミリアリア自身も、未だに自 分の周りの状況が掴めずに混乱している……他人に答えられる余裕はない…そのまま振り返りもせずに出ていく後姿に、ディアッカは首を傾げるだけであった。

 

 

 

表向きにはアークエンジェル の入港は非公開であるため、軍本部が会合の場に選ばれた。

オーブ軍本部の一室にて、マ リュー、ムウ、アルフ、ノイマンがウズミとキサカが会合に参加し、そこにキラ、レイナ、カガリが参加していた。

マリューがテーブルを挟んで ウズミと向き合い、キラ達はマリューの後に参列して、レイナは一人、壁際に身を預けて腕を組みながらこの会合を見守っている。

レイナは中立的な立場だ…… どちらかの観点につくことを彼女は善しとしない。常に客観的な立場から物事を判断するため、こういった態度を取るが、誰もそれを咎めない。

アラスカでの一連の出来事 を、マリューが痛感な思いで話すと、次第にウズミの表情が険しくなる。

「サイクロプス…まさか、そ のようなものを………」

静かな怒りを感じ取らせる言 葉にマリューは自分が属していた組織を恥じ、表情を俯かせた。

「しかし…いくら情報の漏洩 があったとて、そのような策、常軌を逸してるとしか思えん」

苦々しく呟くウズミに、レイ ナが鼻を鳴らした。

「フン……常識が通用しない から、厄介なのよ。連中にとって、末端の兵は使い捨ての道具程度しか認識されていないんだから」

嘲笑を浮かべるレイナに、全 員が沈痛な面持ちを浮かべる。

レイナの言うとおり、連合軍 の上層部は部下や同盟国の兵士をなんの躊躇いもなく敵と共に切って捨てた……否定しようにも否定できない。

「勝つためには、生き残るた めには手段は選ばない……私達は皆そうなのよ…私達が宇宙でした事も、生き残るために必要なこと…そして、今回のことも連中にとっては生き残るために必要 なことだった……ただそれだけよ」

自分達が被害者という甘い考 えを嗜める。

アークエンジェルは、宇宙で 生き残るために墓荒らしをした……その行為自体も、正しいとは言わないが、間違っているとも言わない。

結局のところ、そうなの だ……何が間違いで何が正しいかなど、絶対に解からないのだ。

「アラスカは確かにそれで、 ザフト攻撃軍の八割近くの戦力を奪いました」

場の空気を鎮静するために、 ウズミの後ろに控えるキサカが一応その作戦の理を提示したが、その口調はあくまで否定的で、彼は顔を歪めて吐き捨てる。

「立案者に都合の良い犠牲の 上に……机上の冷たい計算ですな」

「そして……これか」

ウズミは呟き、スクリーンに 映像を呼び出した。

そこから不意に響いた声に、 誰もが身を硬くした。

《……守備軍は最後の一兵士 まで勇敢に戦った。我々はこのJOSH−A崩壊の日を、大いなる哀しみと共に、歴史に刻まなければならない》

壁面に浮かぶ映像には、地球 軍司令部の報道官が熱弁を振るい、映像が切り替わり、巨大なクレーターが映し出された。

何千何万という人が命を奪わ れた戦場の跡……それは、巨大なクレーターを作り、湖を形成している。

青く映る湖面が、マリューの 眼には鮮血のように映った。

沈痛な面持ちで、報道官はさ らに煽るように言葉を歌う。

《が! 我らは決して屈しな い! 我々が生きる平和な大地を、安全な空を奪う権利が、コーディネイターのどこにあるというのか!?》

滑稽だ……と、レイナは内心 で吐き捨てた。

ならば……そのコーディネイ ターの生きる大地を滅ぼす権利が、ナチュラルであろうと、敵なら滅ぼす権利が連合軍に…いや、大西洋連邦にあるというのか………

政治に善悪を言うつもりはな いが、死を侮辱し、利用するやり方は気に喰わない。

「思い上がるな……クズども が………」

思わず声に出たが、映像に集 中していた一同の耳には聞こえなかった。

《この犠牲は大きい。だが我 々はそれを乗り越え、立ち向かわねばならない! 地球の安全と平和、そして未来を護るために……今こそ、力を結集させ、思いあがったコーディネイター達と 戦うのだ!》

偽善的な言葉が耐え難いもの に変わり、ウズミが映像を切った。

それと同時に、拍手が上が る。

全員がそちらを反射的に振り 向くと…レイナがククと口の端を吊り上げ、手を叩いていた。

「……フフ。まったく…大し た茶番を見せてくれる………最高の偽善文句ね」

罵るように呟く……傍から見 れば、確かにザフトが大量破壊兵器を持ち出したように見える…これで、もはや地球はほぼ完全に反コーディネイター思想に荒れ狂う。

だが、マリュー達からしてみ れば、笑い事では済ませられない。

マリューは額を押さえ…ノイ マンは拳を硬く握り締め…アルフは怒りと悔しさに唇を噛み……ムウはやるせない声で呟いた。

「解かっちゃいるけど…やっ ぱ、たまらんね………」

憤りを憶えずにはいられな い……自らの行為を自分達のいいように馬脚し、プロバガンダに利用されて、気分は最悪だ。

「アラスカで多くのユーラシ アの兵力を失い、地球連合軍は大西洋連邦を中心に再編されたという情報も、既に入っている……」

「真実は闇の中……世論は疑 いやしない」

ウズミの言葉を補足するよう にレイナが呟いた。

大西洋連邦にとって、自分達 以外は全て敵なのだ……ユーラシアも東アジアも……恐らく、プラントと同じにしか見ていないから、あっさりと切り捨てられたということは容易に察しでき る。

東アジア共和国は、華南基地 陥落に伴い、兵力を低下させていた…ここで、地球連合内で実質No.2のユーラシアが弱体化すれば、連合内での大西洋連邦の地位は確固たるものになる。

敵と味方……世界をそう塗り 変えようとしている意図が見え見えだ。

「大西洋連邦は、中立を護る 国々にも一層強い圧力をかけてきておる。連合軍として参戦せぬ場合は敵対国とみなす、とまでな」

静かな怒りを感じさせる口調 に、マリューは愕然となり、それを肯定するように頷き返す。

「無論……我がオーブも例外 ではない」

あまりに身勝手な言い分に、 マリューは釈然としないものを憶える……もはや、大義すら見失ってしまったのか………

「奴らはオーブの力が欲しい のさ」

吐き捨てるカガリを諌めよう ともせず、ウズミは静かに語り出す。

「ご存知と思うが、わが国は コーディネイターを拒否しない……オーブの理念と法を護る者ならば、誰でも入国、居住を許可する数少ない国だ。遺伝子操作の是非の問題ではない。ただコー ディネイターだから、ナチュラルだからと互いを見る……そんな思想こそが、一層の軋轢を生むと考えるからだ」

『自分』と『それ以外』…… 決して無くならない図式……それが全ての争いの根源だ。

それに塗り潰されては、互い を理解するということなど、まったく意味を成さない。

壁際に並んで立つキラとカガ リにウズミが視線を向ける。

「カガリがナチュラルなの も、キラ君がコーディネイターなのも、無論自身で望んでそうなったわけではない。当の自分にはどうにもできぬ、ただの事実でしかないだろう」

その言葉に、カガリはキラを 見やり…すぐに照れたように顔を逸らし、キラは苦笑を浮かべる。

だが、世界はこの二人のよう に甘くはない。

「なのに、コーディネイター 全てをただ悪とし、敵として攻撃させようとする大西洋連邦のやり方に、私は同調することができん」

そこで息をつき、ウズミは思 案深い眼で一同を見渡した。

「……いったい、誰と誰が、 何のために戦っているのだ?」

核心を突くような言葉に、一 同は考え込む。

戦うのは自分としても、彼ら はコーディネイターを滅ぼすために戦っているわけではない。

あくまで戦うのは護るものが あるからだ……だが、反論する者がいた。

「しかし…仰ることはよく解 かりますが……失礼ですが、それはただの理想論に過ぎないのではありませんか? それが理想だとしても、コーディネイターはナチュラルを見下すし、ナチュ ラルはコーディネイターを妬みます……それが現実です」

気まずげではあったが、ムウ の言葉は正論だった。

「そうね……」

それを肯定したのは、レイナ だった。

「人は、臆病な存在なの よ……自分と違う存在を拒絶する……コーディネイターというものが生まれる以前から、それは変わらない…人種、イデオロギーの違い……言い方は多々あるけ ど……結局は、疑心暗鬼にかられ、他人を恐れ、疎み…時には妬む……そして、争いを繰り返してきた…『人』が存在し続ける限り、争いは決してなくならな い……そして、『争い』がなくならないから『力』が必要になる………それが『人』という歴史よ……まして、今や完全に二つに分別されてしまった………ウズ ミ=ナラ=アスハ…貴方の理想は立派よ。でもね、外の世界ではそんな理想は笑い話にしかならない」

兵器や軍があるから争いが起 こり、また争いを呼び寄せるとも言う人はいるが、それは間違いだ……人は高い知性を持つことで霊長類の頂点に立ったが、その知性も所詮は争いをより大きく 拡大するためのものでしかない……話し合うよりも、暴力で解決する方が早いからだ……手段として暴力が存在する以上は、それが生物の本質である以上は…争 いは決してなくならない………

辛辣な物言いに、思わずカガ リが噛み付き掛かろうとしたが、それをウズミは視線で制し、徐に立ち上がる。

部屋を歩み…視線を、窓から 見える街並みに……いや、自分が護ろうとしている国を見詰める。

「解かっておる……君の言葉 が、今の真実であり現実だ」

事実、このオーブでも日に日 に両者の軋轢の問題は悪化している。

ナチュラルの子供が通う学校 にコーディネイターの子供がいれば、それだけ周りより当然秀でて、周囲の反感をかう。また、能力的に身体的に優秀なコーディネイターはナチュラルの仕事を 奪い、ナチュラルの失業者も増加傾向にある。それらを防ぐため、ウズミはコーディネイター達の多くにモルゲンレーテでの技術革新に従事してもらい、なんと か抑え込んでいるが、それもいずれは問題となろう。

理想だけでは国が立ち行かな いとは嫌というほど解かっているが、それでもそれを放棄しては、まさしく世界は最悪の方角へと向かう。ならば、たとえ理想論者と罵られようとも今の自身の 理念を捨てるわけにはいかない。

表情を顰め、遠くを見や る……誰もが、自分よりも上の存在を見れば、自分と引き比べ、羨望と嫉妬を抱かずにはいられない……それが『人間』という生き物だ。

「無論、我が国とて全てが上 手くいっているわけではない……が、それが現実、と諦めては、やがて我らは本当に互いを滅ぼし合うしかなくなるぞ」

その言葉に、誰もが衝撃を受 け、その遠くを見詰める男の背中を見やる。

「そうなってから悔やんだと て、全てが遅い。それとも……それが世界というなら、黙って従うか?」

振り返ったウズミに、マ リューは眼を大きく見開く。

未来を見ることは誰にでもで きる……だが、それを諦めてしまえば、それは夢でしかない。

無論…その未来に向かうこと は困難であろう……そして、未来に確実に起こりうるであろう最悪の可能性を止めるのは、もっと困難を極めるだろう。

「どの道を選ぶも、君達の自 由だ。その軍服を裏切れぬというなら手も尽くそう……」

以前のマリュー達の立場を尊 重し、穏やかに言う。

「君らは若く、力もある…… 見極められよ、真に望む未来をな……まだ時間はあろう」

天井を仰ぐウズミに、キラが 声を発した。

「ウズミ様は……どうお考え なんですか?」

壁際に控えていたキラが、静 かな口調で問うと……オーブの獅子と呼ばれる男は、しばし考え込み…やがて深い声で答えた。

「ただ剣を飾っておける状況 ではなくなった……そうは、思っておる」

その言葉に、満足げに頷くキ ラに対し、カガリはやや呆然と見入り……レイナは軽く溜め息をついた、肩を竦めた。



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