「なんたるざまだ、これ は!!」

会議室に怒号が響き、騒然と する一同の前では、前日のパナマ陥落の映像が映し出されている。

ここは、グリーンランドに新 しく移動した地球連合軍の新司令部である。島の地下にあたるこの場所は、部屋の一面をほぼ耐圧ガラスで覆っており、その向こう側には、薄っすらとした陽の 光が差し込んで煌き、幻想的な雰囲気を醸し出しているが、それすらも、今の動揺が拡がる連合首脳陣には何の意味も成さない。

「JOSH−Aが成功して も、パナマを陥とされてはなんの意味もないではないか!」

首脳陣の一人が叫び、それに 便乗するようにもう一人が叫ぶ。

「パナマ港の補給路が断たれ れば、月基地は早々に干上がる! それでは反攻作戦どころではないではないか!?」

ヒステリックに喚くしかせ ず、具体的な案さえも出ない首脳会議という名の愚痴の言い合いだが、実質打つ手がないのも事実だった。

パナマ陥落に伴い、地球軍は マスドライバーを全て失い、宇宙への道を閉ざされてしまい、地球に封じ込められてしまった。

もはや、宇宙にある拠点の月 基地に増援を送ることも、物資を補給するのももはや不可能に近い……自給自足などできるはずもない月基地は、補給が断たれれば遠からず自滅する。

「ビクトリアの奪還作戦の立 案も急がせてはおるが……マスドライバーを無傷で取り戻すとなると、やはりそう容易にはいかん………」

言葉を濁す一人に向かい、別 の官僚が何かに気付いたように叫ぶ。

「オーブは! オーブはどう なっておる!?」

そう……彼らに残された打開 策は2つ……既にザフトの占領下にある宇宙港の奪還か、マスドライバーを有する中立国、オーブに徴用を要請するものだった。

徴用と言えば聞こえはいい が、それはオーブを完全に服従させる意味合いであった。

パナマ陥落における兵力の補 充も必要なのだ。

だが、オーブとの交渉を担当 している官僚が苛立たしげに被りを振る。

「再三徴用要請はしておる が、頑固者のウズミ=ナラ=アスハめ! どうあっても首を縦に振らん!」

その忌々しげな言葉に、今迄 耐圧ガラスの向こう、時折通りかかる魚群を見て、傍観していた周囲の官僚達よりも年若い男が振り返った。

「おや……中立だから、です か?」

卓上を指先で叩きながら、い かにも小馬鹿にした口調で呟く。

「いけませんね、それは…… 皆命をかけて戦っているというのに………人類の敵と」

ねっとりとした口調で呟く と、首脳達はこぞって顔を顰め、一人が咎める。

「アズラエル……そういう言 い方はやめてもらえんかね? 我々はブルーコスモスではない」

「おや、これは失礼いたしま した」

芝居がかかった仕草で肩を竦 める男は、ムルタ=アズラエル……アズラエル財閥の若き総帥にして、地球連合軍の兵器運用における軍需産業を一手に担う者であり、反コーディネイター思想 を掲げるブルーコスモスの盟主でもある男だ。

だが、ブルーコスモスの盟主 がこの場にいる時点で、首脳陣達が明らかに責任転嫁をしているかが窺える。

「しかしまたなんだって皆 様、この期に及んでそんな理屈を振り回している国を、優しく認めてやっているんです? もう中立だの何だのって言ってる場合じゃあないでしょう?」

大仰に呆れた声を上げるアズ ラエルに、全員が苦々しい表情を浮かべる。

「オーブとてれっきとした主 権国家のひとつなのだ、仕方あるまい」

首脳陣の一人が投げやりな口 調で呟く……この場にいる誰もが、地球の国家である以上、オーブが連合に与さない今の状況を歯痒く思っている。

所詮は、自己本位の傲慢な考 え方しかできない…政治家としては二流だ。現実を見ずに自身の都合のいい事態になどなるはずもない。

「地球の一国家であるのな ら、オーブだって連合に協力すべきですよ。違いますか?」

さも当然とばかりに言い放 ち、首脳陣達は表情を顰める。

そして、その煮え切らない態 度をじれったく思ったのか、ウンザリした態度でアズラエルは徐に立ち上がる。

「……なんでしたら、ボクの 方でオーブとの交渉、お引き受けしましょうか?」

「なんだと?」

突然の申し出に、虚を衝かれ たように驚きを隠せない首脳陣に、アズラエルはまるで交渉でもするように話を進めていく。

「今はともかく、マスドライ バーが必要になるんでしょう、早急に? どちらか、あるいは両方」

「それはそうだが……」

「だが、確か君はジャンク屋 組合にマスドライバーの建造を依頼していなかったかね? そちらはどうなったのだ?」

一人の首脳が思い出したよう に尋ねると、アズラエルはやや表情を渋くした。

「ええ……ですが、完成直前 になって雲隠れされましたよ……流石はライラック女史」

そう……ギガフロート建設に は、アズラエル財閥も出資したのだが、ギガフロート完成直前にこちらの思惑を察知したフォルテが移動施設ということを利用し、姿を消した。

当然ながら、アズラエルは フォルテに批判をぶつけたが、フォルテの民間施設という名目で建造依頼を請け負ったという契約を持ち出し、これを破る行為に出た以上、相当の処置をすると 逆に言い返してきたのだ。

流石のアズラエルも老成で得 たフォルテとの口論に勝てず、結局見過ごすはめになってしまった。

Nジャマーの影響でレーダー 探査や監視衛星も使えない今の情勢では、早急な発見と強制接収は無理であった。

「そんな事よりも、まずは眼 の前にあるマスドライバーを手に入れましょう……皆様にはビクトリアの作戦もあるんだし、分担した方が効率はいいでしょう」

商談を強引に推し進める…… このやり方で、アズラエルはこの若さで今の地位にまで上り詰めたのだ……反論が上がらないのを認めると、楽しげに笑みを浮かべる。

「もしかしたら、アレのテス トもできるかもしれませんしね……」

まるで、自らの玩具を楽しみ にするような口調だが、首脳達はこぞって困惑した。

「あの機体を投入するつもり かね、君は!?」

アズラエルの言う『アレ』と は、初期のGATシリーズ奪取からその対抗策の一環として開発が進められていた次世代型の新型GATシリーズしかない。

それを持ち出す時点で既に交 渉ではなく脅迫に近い。だが、アズラエルはそんなことを気にも留めず、肩を竦める。

「それは、向こうの出方次第 ですけど……そのアスハさんとやらが、噂通りの頑固者なら………」

言葉を区切り、会議室を退出 していこうとするアズラエル。

「ちょっと、凄い事になるか もしれませんね……」

出ようとした瞬間、振り返 り……無邪気とも取れる笑みを浮かべ、その笑みの下に隠された冷たい思惑に、首脳達は戦慄するのであった。

 

 

会議室を退出したアズラエル は、内心微かな苛立ちを憶えていた。

せっかく自分が全てお膳立て したというのに、相変わらず自身の保身を考えて尻込みばかりする連中の卑屈さに……アズラエルは今迄、無茶と思える事業に何度も手を出し、その度に成功し て富を築いた。

その彼の何よりの愉しみは、 現在開発された自慢のMSであった。

「アズラエル様……」

不意に、声を掛けられ、振り 返ると……そこには連合軍のピンクの制服を着用した黒髪を首筋でまとめた少女が佇み、アズラエルに向かって一礼した。

「ああ、イリューシア……君 らの出撃が決まったよ」

その言葉に、少女:イリュー シア=ソキウスは微かに虚ろな青の瞳を上げた。

「では……」

「連中の出番ということ さ……これから愉しくなるよ」

待ちきれないとばかりにス キップをするかのごとく軽快に歩き出すアズラエルの後を、イリューシアは従者のように追った。

数分後、二人はある部屋の前 に立ち、ドアが開くと中へと入室する。

入室に気付いた部屋の中にい た5人が振り向く。

4人はイリューシアと年近い 少年に、もう一人は無精髭を弄んでいる中年の男だ。

「君達……いよいよアレのテ ストをすることになりましたよ」

その言葉に過剰に反応する3 人……小説を読み耽っていた少年に、携帯ゲームに興じていた少年、イヤホンをつけて音楽鑑賞をしていた少年だ。

「アズラエルのおっさん…そ れホントだろうな? 最近はずっと何もないから身体が疼いて仕方がねえ」

「そういうこと……いい加減 ストレスが溜まるよ」

赤毛の少年はさも不満げに声 を張り上げる。

「まあ、落ち着きなさい…… 今度は今迄の模擬戦と違って実戦です……君らの満足いくものになるでしょう」

まるで、子供に言い聞かせる ようにアズラエルが笑みを浮かべる。

「ほう……目標はオーブ か?」

今迄、壁に背を預けていた 男……ウォルフ=アスカロトが確認を込めて尋ねる。

「ええ……頑固者がいるので ね、ちょっと懲らしめてさしあげようとね………」

実戦が味わえるという感覚 に、少年達は楽しそうに笑い、無言で佇むもう一人の少年は無反応だ。

紺色の髪に、前髪に隠れるよ うにして、薄っすらとした眼を上げると、その瞳は真紅に色付いている。

相変わらずの反応が薄いこの 少年に、アズラエルはやれやれとばかりに肩を竦める。

「フッ……俺は構わん…だ が、雑魚ばかりというのは少しガッカリだがな」

好敵手とする者がいないのが 不満なのか、ウォルフは鼻を鳴らす。

「まあそう言わないでく れ……君の機体のテストと思えばいい……期待しているよ」

そう言うと、アズラエルはイ リューシアに振り向く。

「イリューシア」

「はい」

「君の機体は恐らく間に合わ ないだろうから、333の2号機を使ってくれて構わないよ」

「ご配慮、ありがとうござい ます」

恭しく一礼するイリューシ ア。

「さて……期待してますよ、 君達」

ウォルフ=アスカロト、オル ガ=サブナック、クロト=ブエル、シャニ=アンドラス、アディン=ルーツ、イリューシア=ソキウス……アズラエルが自負する玩具のパイロットであっ た………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-36  決意

 

 

オーブ行政府の会議室には、 地球軍から送られた文書に対し、緊急会議が行われていた。

「最後通告だと!?」

思わず声を張り上げ、ウズミ が立ち上がる。

文書の冒頭を聞かされ、他の 首長達も一様に唖然としている中、現代表のホムラが強張った表情で読み上げる。

「『現状の世界情勢を鑑み ず、地球の一国家としての責務を放棄し、頑なに自国の安寧のみを追求し、あまつさえ、再三の協力要請にも拒否の姿勢を崩さぬオーブ連合首長国に対し、地球 連合軍はその構成国を代表して、以下の要求を通告する……』」

読み上げられる脅迫じみた内 容に、誰もが表情を顰める。

「『一、オーブ連合首長国現 政権の即時退陣、二、国軍の武装解除及び解体、三、マスドライバーの徴用………』」

その条件に、どよめきが起こ る。

「『……48時間以内にこれ らの要求の受け入れなき場合、地球連合軍構成国は、オーブ連合首長国をザフト支援国とみなし、武力を持って対峙するものである』……」

読み上げたホムラ自身も、言 葉を失う。

これは最後通告というより も……むしろ、降伏勧告……そして、宣戦布告だ。

静まり返る一同の前で、ウズ ミが激昂する。

「どういう茶番だ、それ は!」

長々と連ねた糾弾は、明らか に自分達の正当性だけを主張するものでしかない。

「パナマを陥とされ、もはや 体裁を取り繕う余裕すらなくしたか、大西洋連邦め!」

吐き捨てるように呟くウズミ に対し、先程入った情報を、一人が口にする。

「既に、太平洋を連合艦隊が 南下中です」

そう……この通告文と同時 に、連合軍の一個大隊以上の規模の部隊がオーブ目指して南下しているのが報告された。

「欲しいのはマスドライバー とモルゲンレーテですな」

「が……いかにこれが筋の通 らぬことと声高に叫んでも、もはや大西洋連邦に逆らえる国もない……」

諦め切った口調で誰もが表情 を落とす。

「ユーラシアは既に疲弊し、 赤道連合、スカンジナビア王国など最後まで中立を貫いてきた国々も既に連合じゃ………」

東アジアに続き、ユーラシア は先のアラスカ戦で多くの兵力を喪失し、もはや大西洋連邦の暴挙を止める抑止力もない……オーブと同じように中立を貫いていた他の中立国は、圧力に屈して 連合の傘下に組み入れられてしまった。

もはや、現状でオーブは地球 上で唯一つの中立国であり、孤立無援となってしまった。

その事実が、その考えを強固 で動かしがたいものにしていく。

「我らも、選ばねばならぬ 時……ということですかな」

 

―――――ナチュラルか、 コーディネイターか………

 

絶望に沈む首長達の一人、外 交方面を受け持つストラウス家の当主:シラギ=ストラウスが、苦い口調でもう一つの連絡を呟く。

「事態を知ったザフト…カー ペンタリア基地からも、会談の申し入れが来ておりますが……」

「フン! 敵の敵は味方か」

この状況は、ザフト側にとっ ても無視できる状況ではない。

アラスカ戦での大敗を推し て、苦労してパナマを陥落させたというのに、オーブに連合につかれては、その苦労も徒労となる。

地球上でも数少ないコーディ ネイターの受け入れがある国家だけに、それを背景にした高い技術力も連合に渡るのはザフトにとっては痛いことだ。

なにせ、現在地球連合とザフ トの両方において使用されている技術は、元々オーブが形にしたものだからだ。

「どうあっても世界を二分し たいか、大西洋連邦は!!」

激昂して吐き捨てたウズミ は、居並ぶ首長達を見渡した。

「敵か味方かと……そして オーブは、その理念と法を捨て、命じられたままに、与えられた敵と戦う国になるのか!?」

首長達は、冷水をかけられた ように静まり返る……確かに内心では、このやり方に反発はしているが、それでも問題は国全体のことだ。

民の安寧のことを考えると、 選択の余地はない……だが、続けて発せられた言葉にまたもや迷いが増す。

「連合と組めばプラントは 敵、プラントと組めば連合は敵……たとえ連合に下り、今日の争いを避けられたとしても、明日にはパナマの二の舞ぞ! 陣営を定めれば、どの道戦火は免れ ぬ!!」

その通りだった……陣営を定 めれば、間違いなくどちらかから必ず攻撃を受ける。

そうなれば、自国の安寧どこ ろではない……連合に下らねば連合が敵となり、下ればプラントが敵となり、プラントに与せばやはり連合が敵になる。中立を貫いても、戦いが避けられるわけ ではない。

どの道を選ぼうとも、その先 にあるのは破滅しかない……押し黙る首長達の前で、ホムラが重苦しい声を発した。

「……ともあれ、避難命令 を」

「ホムラ代表……」

国家元首に就いての日は浅い が、それでもウズミに劣らぬほどオーブの未来を憂えての決断だ。

その言葉にかぶせるようにし て、首長の一人が呟いた。

「子供らが時代に殺されるよ うなことだけは……避けたいものじゃな………」

 

 

 

オノゴノ島の奥地にある屋外 演習場においては、M1の演習が行われていた。

3機のM1が寄り合うように 纏まって行動している。

「ジュリ……相手の位置、解 かる?」

「ダメ……レーダーにも反応 なし」

「油断しちゃダメよ、マユ ラ、ジュリ」

アサギ、マユラ、ジュリの3 人が全身の感覚を周囲に張り巡らせ……刹那、警告音が響いた。

「え!?」

その瞬間、アサギ機は横から 軽い衝撃を受け、バランスを崩した。

機体には、赤いペイントが付 着している。

「ど、何処……!?」

慌てて、周囲を見渡した瞬間 にはマユラ機も後方から衝撃を受けて倒れ込む。

「きゃぁぁ!」

「マユラ! くっ!!」

ジュリは冷静に放たれたペイ ント弾をシールドで受け止める。

「えーい!!」

お返しとばかりにペイント弾 を放つも、相手は空中に舞い…頭上を取る………逆光に当てられ、ジュリの視界が奪われた瞬間、ペイント弾を浴び、ジュリ機も沈黙した。

その場に漆黒の機体、ルシ ファーが舞い降りる。

「どうしたの……転倒するよ うなダメージじゃないでしょう? もっとしっかりしなさい」

叱咤するのは、レイナだ…… オーブ軍における臨時教官を頼まれ、渋々了承した。

「うぅぅ……強すぎですよ」

「あっさり私達を倒すんだも ん」

「しかも3対1なのに……悔 しい」

口だけはまだ達者だな…… と、レイナは溜め息をついた。

機体性能を考え、改修された ルシファーで一対多数の相手をしているのだが、如何せん…実戦経験の差があり過ぎである。

戦闘において一番左右するの は扱う武器の差ではなく、経験だ……そのうえ、オーブは中立国であるため、実戦経験は愚か、MSの運用ノウハウにおいても練度が低い。

レイナは正直な気持ち、これ はどうかと思った。

地球軍もこの辺りの分野に関 してはオーブとどっこいどっこいだろうが、物量では圧倒的に上なのだ。

《レイナさん、聞こえます か?》

そこへ、管制塔からの通信が 入り、レイナは思考を中断させた。

《今から、ハーテッド二佐の 部隊が演習に向かいます……お相手、よろしくお願いします》

通信越しのシルフィの声に、 軽く答え返す。

「OK」

操縦桿を引き、機体を軽く飛 び上がらせる……確かに改修されただけあって、以前よりも反応は上がっているが、それでもなお、インフィニティに比べればレイナの能力をカバーはできな い。地上を静かに低空飛行しながら、相手の位置を探る。

索敵レーダーも強化されてる らしく、この周囲にはNジャマーの影響もさほどないため、すぐに相手の反応をキャッチした。

ルシファーが身を隠し、接近 していくと、そこには4機ほどの機影がある。

先頭を進むのは、M1とやや 形状を違える機体だ。

重力下での高機動戦闘を意識 したのか、機体脚部にバーニアを装備し、バックパックもかなりシンプルに設計されている…メインカラーは白だが、細部はグリーンで彩られ、アンテナも同じ 着色を使用しており、リーダー機であることは明白だ。

後方の3機はM1だ……レイ ナが一体に向かって、ライフルを構えると………

「後ろだ!!」

だが、相手の気配を感じ取っ たM2のパイロット、グラン=ハーテッドが叫び、僚機のM1も素早く反応した。

M2がペイント弾を連射し、 それにやや遅れてM1二機が発泡してくる。

「バリー、お前は回り込 め!」

「了解」

一体のM1が僚機と離れ、ル シファーの後方に回り込んでいく。

岩陰に身を隠すルシファーの コックピットで、レイナは微かに感嘆した。

「へぇ……オーブにも少しは つかえる奴がいたか………」

少なくとも、これは実戦で磨 かれた戦士としての感覚だ……グランは以前、南アメリカ合衆国において戦闘機部隊を指揮していた…伊達にオーブ軍のMS隊を任されていない。

ならば、手加減は要らな い……操縦桿を引き、ペダルを踏み込む。

刹那、スラスターが火を噴 き、ルシファーは高く上昇する。

M1のパイロットの二人は慌 てて銃の軌道を追わせるが………

「バカもん! 動揺する な!!」

グランの叱咤が飛ぶも、既に 遅い……軌道を避けながら、レイナは持っていたシールドを投げた。シールドに視界を遮られ…そのシールドにペイント弾の軌道が集中する。

軌道を一ヶ所に集中させ、相 手の隙を衝く……相手の注意を引き付けるのが、戦術の初歩だ。レイナはそのままシールドの後方からペイント弾を放ち、それは見事にピンポイントでM1の頭 部に着弾し、M1二機が行動不能となる。

だが、グランは素早くM2を 跳躍させ、ルシファーの上を取る……銃口を眼下へと向け、レイナは瞬時に機体を逆噴射させて後退させた。

そのまま地上へと降下したル シファー……レイナは、その時になって一機足りないことに気付いた……次の瞬間、岩陰からM1が飛び出してくる。

それもなんと……拳で向かっ てきた……なんともMS戦のセオリーを無視した戦い方だ。

紙一重でその一撃をかわす と、脚を蹴り上げるが、M1はその一撃をかわした。

その反応の良さに、レイナは 思わず眉を顰める……ナチュラルにしては随分と反応がいい。

それもその筈だ……相手の M1に搭乗するのは、オーブ軍に民間から志願した流浪の格闘家:バリー=ホーだ。

その優れた動体視力はコー ディネイターにも劣らない。

「やるな……」

バリーがやや感心したように 通信越しに呟く。

「フッ……そっちもね」

微笑を浮かべ、答え返す と………

「お、お……」

上擦った声が聞こえ……M1 の動きが鈍った。

その隙を衝き、レイナは至近 距離からペイント弾を放つ……動きの鈍ったM1はよける動作もせず、直撃を受けた。

急に動きが鈍ったことに、レ イナは怪訝そうに首を傾げた……バリー=ホー……格闘家としては一流だが、極度に女性に免疫がなかった。

頬をポリポリ掻くレイナだっ たが、相手はまだ残っている。

瞬時に機体を捻り、ペイント 弾をかわす……そのままライフルを引き上げ、撃ち返すが、向こうはシールドで受け止め、また地形を利用してかわす。

グランはナチュラルだが、こ ういった戦闘経験に関しては少なくともオーブ軍の中では眼を見張るものがある。こういった地形を利用したゲリラ的な戦法は、彼がもっとも得意とした分野 だ。

M2が加速し、ルシファーに 接近してくる…グランの搭乗する1号機は近接用にチューニングされた機体故に、接近戦で効果を発揮する。

眼前で跳躍し、ルシファーに 向けてペイント弾を連射する。ルシファーは何を思ったか、演習では使用禁止のバルカンを地面に向かって放ち、砂煙を巻き起こす。

「むっ!」

視界を遮られ、着地したM2 はルシファーの姿を見失う。

周囲に神経を張り巡らし、相 手の気配を探る……刹那、僅かに離れた場所で物音が響いた。

「そこか!」

物音がした方角に向けてトリ ガーを引く……ペイント弾が確かに着弾した音が響いたが……砂煙が晴れると………そこには、ルシファーが先程捨てたシールドが大地に突き刺さるだけであっ た。

裏をかかれたと気付いた時に は遅く、後方から銃口がM2に向けられた。

「………私の勝ちね」

レイナが小さく呟く……実戦 なら、これでグランの命はない。

「ああ……私の完敗だ」

軽く肩を竦め、グランは苦笑 を浮かべた。

「よし、全機撤収……君のお かげで、徐々にだが皆の動きも良くなっている……感謝する」

「礼を言われることじゃな い……まあ、一朝一夕でここまでレベルUPすれば大したもんだけど」

実際、レイナの強さを目の当 たりにし、グランが連日にも増してよりハードな訓練をMSパイロットに課していた……一対多数でボコボコにされ、流石にオーブ軍のパイロット達もプライド が傷付いたのだろう。

そして、今日の演習を終えた M2とルシファーも帰還していった。

 

格納庫にペイントに塗れた M1が固定され、そこにM2とルシファーもメンテナンスベッドに収まる。

ここ最近は、緊張の高まる外 の情勢に合わせて演習も実戦さながらに項目が組まれたが、問題はその相手であった。

遂最近までは、エリカが雇っ た傭兵にM1のパイロットの相手をしてもらっていたのだが、彼らとて長く留まれるはずもなく、データが足りない状況であったので、レイナの模擬戦参加は僥 倖だった。

「ぷはぁ〜〜汗ビッショリ 〜〜」

「ホントホント」

「早くシャワー浴びよ〜〜」

アサギ達はすっかり参ってい る…他のパイロット達も同様だ。だがそこに、グランの檄が飛ぶ。

「バカもん! まだこれから 敷地内をランニングだ! いくら機体が良くても、パイロットがざるではせっかくの機体も宝の持ち腐れだぞ!!」

熱血気質のグランが怒鳴り散 らすと、年若いパイロット達は一斉に駆け出していく。

その様子を、やや呆れた面持 ちで見詰めていたレイナは、軽く溜め息をついた。

「レイナさん、お疲れ様で す」

そこへ、カムイがドリンクを 片手に現われ、それを受け取ると答え返す。

「サンキュ……気合い入って るわね……二佐は」

格納庫から駆け出していくパ イロット達の先頭に立ち、ランニングを開始する姿に、カムイも苦笑を浮かべた。

「あんたはいいの? 参加し なくて?」

「もう……十分過ぎる程体験 しましたから………」

率直に思ったことを尋ねる と、やや疲れた表情で答えた。

 

 

(カムイさん……やっぱりレ イナさんのこと…………)

レイナとカムイの会話を遠眼 から見詰めてたシルフィは、胸が痛んだ。自分の想い人が、別の女性と親しそうにしていれば、当然だろう。

なにより、レイナと会った時 からカムイはレイナに惹かれているように取れた。

カムイを想い続けているシル フィには、辛い光景だが、それでも相手がレイナだと思うと対抗意識よりも諦めが強くなる。

ドジばっかりしている自分よ りも、強く役に立っている……コンプレックスを抱かずにはいられないが、それでも無理矢理笑顔をつくって二人に近付いた。

「カムイさん、さっきの戦闘 でのM1の稼動データです…後でチェックしてください」

「ああ」

書類を手渡すと、カムイが受 け取る。

データチェックを行っている と、不意に胸元に入れておいた通信インカムが鳴り、カムイは首を傾げながら受信スイッチを押し、耳元に当てる。

「はい、カムイです……… えっ!」

顔色が変わったことに、レイ ナとシルフィがカムイに視線を向ける。

「はい……はい、解かりまし た」

通信をOFFにすると、沈痛 な面持ちを浮かべる。

「カムイさん、何かあったん ですか……?」

気遣うようにシルフィが声を 掛けると、カムイはそのままの表情で頷き、レイナに振り向く。

「先程、オーブ行政府に地球 連合からの通告が届きました」

その言葉から、その先の内容 は容易に想像できた。

「中立を主張するオーブを、 ザフト支援国家として武力侵攻する……と」

「そんなっ!」

眼を細めるレイナに対し、シ ルフィは声を上げる。

「アスハ代表は、何と?」

この状況における方針を尋ね る……カムイは一瞬、言葉を濁す。

「……オーブは、中立を維持 し続ける…と。そして、防衛体制に入ると…」

「………成る程。オーブの力 をみすみすくれてやるわけにはいかない、と」

パナマが陥落したという話 は、昨日聞かされたばかりだが、その後の地球連合の取る方策など、容易に察知できる。

失ったマスドライバーと、パ ナマで失った人的資源とこれからの軍備面を考えれば、その条件を現在の時点で満たしているオーブを自軍に加えようとするのは火を見るより明らかだ。降伏か 反逆か……二つに一つしか選択肢が与えられていない……圧倒的な力を見せ付けているからこそ、そういった無茶な選択肢が突き付けられるのだろうが……ウズ ミ=ナラ=アスハはそれを拒んだ………ならば、この国が戦いに身を投じるということに他ならない。

だが問題は……戦闘になって もオーブは絶対に勝てないということだ。

中立を謳歌し、安穏とした国 風は、危機感を削ぐ……シミュレーションと実戦が必ずしも符合するとは言えない……戦術面での不利は否めない。

技術面では確かにザフトに劣 らずの優秀だが、軍備面において、全体的にパイロットの技量もまだ低く、なにより物量に関しては圧倒的に劣る。

レイナは、以前交戦した連合 軍の量産型MSの能力と、M1の能力を頭の中で比較した……あれから多少の改良はしただろうが、あまりに能力が複雑化すれば一般のパイロットでは扱いきれ ない。

性能的な差は、1:1.5と いったところか……だが、物量的な差は実質5:2ぐらいはある……はっきり言って、勝負になどならない。

おまけに防衛体制……言うな れば護りを固めるだけか……まあ、相手が海上である以上、MSでの戦闘には向かない。なにより、オーブ軍は海中戦力も有せず、空軍戦力も乏しい……せめ て、海上から仕掛けられれば、それなりに勝機はあるが……グゥルのような飛行体をオーブは保持していない……フライトユニットは長時間飛行に耐えられな い。

考えれば考えるほど八方塞 だ。

「一つ聞くけど……ザフトに 支援は……求めるはずがないか」

一人で結論を締め括ると、カ ムイもそれが答と言わんばかりに無言を浮かべる。

徹底した中立主義のウズミ が、ザフトに支援を求めるなど考えられない。

ザフトの兵力が加われば、少 なくとも互角以上には持ち越せるが、それはザフト側に就くということに他ならない。

理不尽な相手と戦うというの は確かに美談だが……現実はそんなに甘くない。

中立を貫く以上、オーブはも はや世界から孤立するということに他ならない……なんとも滑稽だと思う。

理念と法を護りたいとウズミ は言うが、それはあくまでウズミ個人の言い分ではなかろうか……国民は、命を懸けてまでオーブという国の在り方に殉じねばならないのか…答は否だ。

ウズミの考え方は半ば独裁者 の思想に近い……言葉でこそ美化されているが、国民を自分の独り善がりの正義に賛同させようとするやり方は一緒だ。

そんなに国が大事なら、ザフ トにでも頭を下げて援護してもらえばいい……面子で国が助かれば、安いものだろう。ザフトがオーブを傀儡にしようとするなら、そこはお得意の政治的手腕で 勝ち取ればいい………あちらとて、食糧を中立国からも輸入している以上、自らの生命線を絞めるような迂闊な真似はおいそれとできないだろう………

(中立が正義であり、真実 か……潔癖も程々にしときなさいよ、ウズミ=ナラ=アスハ)

内心で罵ると、レイナは軽く 息を吐き出した。

まあ、ザフトに支援求めれ ば、自分はここにはいられないだろう……なにせ、そのザフトから最新鋭機を奪った強奪犯なのだから……どちらにしろ、否定しながらも、結局のところ手を貸 す自分は甘いのかもしれない、と………主義主張でレイナは動かない……今の自分は…戦いしか知らない自分には、あくまで自身を求める戦いをするだけなの だ。

「で……実際、どうなの?  こちらの戦力は?」

「それが……M1をかなりの 数を生産していたんですが、3分の1ぐらいを、サハク家がアメノミハシラにここ最近移送したらしいんです」

その言葉に、思わず眉を顰め る。

サハク家が地球連合と内通 し、Xナンバーを開発していたことは聞いたが、それは妙な話だと思った……

(サハク家、か……裏で妙な 動きをしてなきゃいいけど………)

連合の動きを察知して、ある 程度の戦力を宇宙へと移動させただけならいいのだが……

「それはいいわ……残ってる 保有戦力は?」

「艦隊が数十……M1も数十 機を実戦投入できます。内3分の1が、特殊兵装タイプ……それとグラン二佐のM2です。後は……」

シルフィの方に振り向くと、 その意図を察したシルフィが頷き返す。

「GBMの3機は取り敢えず 実戦に投入できるレベルにはなりました……でも、まだM1とのタクティカル機構はテストしてません」

「それは仕方ない……いざと なったら、タクティカル機構は使わない。実戦で試すのはリスクが大きすぎる」

シルフィが苦い表情で頷く。

オーブ戦力にあとプラスされ るとしたら、他にはアークエンジェルが一隻……フリーダム、ストライク、アルフのM2の2号機:インフィニート、ルシファー…そして自身のインフィニ ティ………これだけの戦力で、地球軍を抑え切れるか……敵が量産機だけなら可能かもしれないが……問題は………

(あんたも来るの……ウォル フ……)

宿敵の姿を思い浮かべ、レイ ナは天井を仰ぐのであった。



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