太平洋の洋上において、TFの潜水母艦:ポセイドンが静かに沈黙を保っている。

ブリッジでは、艦長のキョウ が難しい表情でシートに腰掛けている。

遂先程、地球連合がオーブに 対し最後通告を行ったという報告を聞いたばかりだ。

そして、彼の正面のメインモ ニターには、一人の人物が映し出されている。見立てのいいスーツに近い服を着込んだ初老の女性……だが、その整った風貌から、若かりし頃の凛とした雰囲気 を想像するのは難しくない。

《そうかい……地球連合が オーブに宣戦布告したのかい……》

やや呆れたような声で呟く女 性……ジャンク屋組合のトップを務めるフォルテ=ライラックだ。

《それで…あんた達はどうす るんだい?》

探るような視線を向ける…… キョウも、誤魔化しがきかない相手だからこそ、無言で見据える。

その視線から意図を感じ取っ たのか、フォルテは大きく息を吐き出した。

《ま、あんた達の人生だ…あ たしがとやかく言うつもりはないよ……若い頃ってのは、真っ直ぐ突き進んで、そして何度も躓いていくもんだよ……まあ、あたしからの手向け金だ。そっちに 寄越したレイスタは譲ってあげるよ》

「……ありがとうございま す」

《感謝する必要なんてない さ……あんたがオーブから持ってきたMSのデータのおかげでできたんだからね……これから先、うちもMSの貸出と販売を主眼にしておかないとね》

計算高い笑みを浮かべる…… この強かさと狡猾さで、女ながらジャンク屋組のトップにまで上り詰めたのだ……苦笑を浮かべる。

《うちは基本的に戦争には非 介入だ……壊れたものを直し、生かすのがあたしらの仕事だ……でもま、今はそんな奇麗事に拘ってたら商売もあがったりだしね……あんたらへの物資の補給の 件は根回ししておくよ…ただし、きくのはこれっきりだよ》

念を押すように呟く……キョ ウも強く頷き返す。

《じゃ、通信は終わるよ》

「あ…ギガフロートの方はど うなりましたか?」

《9割方完成したさ……あん た達が抜けた後は、傭兵の坊や達がしっかり護ってくれたしね…うちの組の連中もあれしきでヘコたれるようなやわな奴らじゃないしね……》

先のゴールドフレームの介入 以来、破壊・接収にくる部隊との戦闘に対し緊張感が増した。

地球軍側の武力を推した介入 は流石に少なかったが、ザフト側が何度かギガフロートの破壊に部隊を派遣してきた。

だが、サーペントテールと TFのメンバーによってそれらを撃退していた。

《最近は特にちょっかいをか けてくることは無くなったよ……それに聞いた話だと、ザフト側もかなり消耗してるらしいしね……余分な戦力が無くなったんだろうさ。それと未確認だけど、 ここのところ部隊のいくつかが宇宙へと上げられているって話さ》

その言葉に、キョウも表情を 顰める。

「宇宙に戦力を集結させてい る、と……?」

《そこまでハッキリとはしな いけどね……アズラエルの坊やもしつこいぐらいギガフロートを寄越せって言ってきたし……まったく、何でも自分の思い通りにいかないと満足しないガキと一 緒だね》

呆れたように吐き捨てると、 フォルテは今一度キョウ達を見やる。

《あとはあんた達次第さ…… ま、頑張りな》

したり顔で笑みを浮かべる と、改めて通信を切った。

通信を終えると、暫し瞑目し ていたキョウが眼を開いた時、徐にオペレーターを見やった。

「……マリア君。艦内全域に 放送を開いてくれ」

「解かりました」

マリアと呼ばれたオペレー ターの女性が素早く返答し、コンソールを操作する。

通信がオープンになると、 キョウは通信機を持ち、シートから立ち上がった。

「キョウ=クズハより、ポセ イドンに乗艦する全クルーに、今から重大な発表がある。各員、ただちに作業を中断し、最寄の通信に耳を傾けてほしい」

一呼吸置くと、ポセイドン艦 内にいた全てのクルーが行っていた作業を中断し、近くの艦内スピーカーに耳を傾ける。

「たった今、地球連合軍が オーブに対し、最後通告に出たという情報が入った」

その言葉に、艦内の各所から どよめきが起こる。

「48時間後……つまり、明 後日までにオーブが与さない場合は、地球軍は武力による侵攻に出る……恐らく、戦闘回避は不可能に近い。そして、このポセイドンは本来の在るべき場所へと 戻らねばならない。オーブの危機に際し、ポセイドンはオーブに加勢する……また、この後はオーブと共に行動することになる。当然…地球軍、ザフトとも敵対 する可能性があるだろう……なお、この方針は自分の独断だ…君達に強制するつもりはない。故に、この決定に意のある者は、今よりただちに退艦準備に入って くれ……その際に必要とする物があるのなら、できる限り手は打とう……今迄、自分に付いてきてくれて、心から感謝を述べる………以上だ」

静かに通信をOFFにする と、キョウは静かにシートに腰を下ろした。

艦長という立場に身を置いて はいるが、それでもキョウ自身はクルー達を部下としてではなく対等の仲間として扱ってきた。

自分の生き方を他人に強制す るつもりもない……自らが望んだ道を選んでほしいと思っている。

だからこそ、自分もまた赴か ねばならない……自らの思いを果たすために。

徐に眼を上げると、ブリッジ クルー達は、誰もが皆キョウの方に振り向き、微笑を浮かべている。

彼らもまた、キョウと共にあ る道を選んでくれたことが、キョウには嬉しくもあり、頼もしく感じるのであった。

 

 

格納庫にて、先程のキョウの 艦内放送を耳にした一同は、皆困惑を浮かべている。

「お前達、よーく聞け」

唐突に、トウベエが口を開 き、格納庫にいた整備士達が一様に静まり返る。

「さっきの艦長の話を誰もが 聞き、困惑していると思う……無論、わしはここに残る。だが、お前さん達の選ぶ道は自由だ。ここを離れるもよし、残るもよしだ…だが、最後にこれだけを 言っておく……わしは、お前さん達のような整備士と共に今日までやってこれたことを誇りに思う! たとえ離れようとも、わしは忘れん!」

父親のような温かみのある声 に、整備士の中には涙する者もいる。

整備士達の意志は決まってい た……そして、その言葉を聞いていたモラシムもまた、軽く笑みを浮かべ、残る意志を決意した。

 

 

「おうおう……随分とまたた んかを切ったな、あいつ」

同じく、医務室で通信を聞い ていたミゲルがうんうんと頷き、ニコルは考え込むように無言だった。

「ミゲルは……その、どうす るんですか?」

「あん……俺は既に決まって るぜ」

当然とばかりに答えるミゲル に、ニコルはまたもや表情を俯かせる。

「もう怪我はいいはずだ ろ……悩む時間も、それなりにあった筈だ……さっきの話から、この艦は直にオーブに移動となる。相手は連合だが、その先はどうなるかは解からん。ザフトと 敵対する可能性も無いとは言えない……だがそれでも、俺はここに残って戦う。アレを見ちまった後で、今更ザフトに戻ったところで、やれねえしよ」

先のパナマ戦において、ミゲ ルのディンレイヴンが記録したザフト兵達の虐殺に酔う光景……ニコルも見たときは、信じられない思いでいっぱいだった。

確かにアラスカ戦の地球軍の やり方は赦せないが、自分達も同じことをやり返しては結局同じでしかない……この先、もしザフトに戻れば、自分もあんな風になってしまうかと思うと、ニコ ルは怖かった。

「ニコル……お前は、何のた めに戦うんだ?」

「何の……ため……?」

唐突な問い掛けに、ニコルは 思わず反芻する。

「そうだ……お前は、何で戦 う道を選んだんだ……そして、これから先、どうすればお前が望む未来を得られる……ナチュラルを滅ぼすことか? それがお前の望む道なのか?」

「……っ」

反論しようとしたが、ニコル はミゲルの視線に圧倒され、言葉を呑み込む。

「ニコル……お前はお前だ ろ、お前が望む道を選べば、誰も文句は言わねえよ。どんな道だろうとな……なーんて、カッコいいこと言ったが、これはあいつの受け売りだしな」

意地の悪そうな笑みを浮かべ るミゲル……この問いは、ミゲルが最初にキョウに問い掛けられたものだ……その答を出したからこそ、今のミゲルがある。

「んじゃな……もし旅立つん だったら早くしろよ。バスはいつまでも待ってくれないんだからな」

冗談めかした口調で呟き、ミ ゲルは退出していった。

残されたニコルは、今一度 ベッドから外の風景を見やる………のどかな光景だが、今の自分には遠い光景に見える。

このままザフトに戻っても、 もう以前のように戦うことはできない……瞑目するように眼を閉じ、これまでの戦闘を思い巡る。

「………父さん、母さん…僕 は、僕の信じる道を…行こうと思います」

懺悔するように、この場には いない遠く離れたプラントにいる両親に向かって囁き、ニコルは眼を開く……その顔は、何かを決意したように強い意志を感じさせた………

 

 

 

プラントを発ったリンとアス ランは、エヴォリューションとジャスティスを駆り、巡礼するようにまずはアラスカの大地に降り立っていた。

アラスカの空から見下ろして 見えるのは、巨大なクレーターとその中に溜まった、濁った水……だが、それはアラスカの空を映し出し、蒼く色付いている。

そこにはもはや、遂先日は激 しい激戦が繰り広げられたことを物語るものはなにもない……それも当然だろう。

この場所にかつてあった地球 連合軍の最高本部:JOSH−Aを狙って発動されたオペレーション・スピットブレイクで、地球軍は基地もろともサイクロプスを発動させて、全てを吹き飛ば したのだ。

サイクロプスという単語に は、リンも聞き覚えがあった……開戦初期、リン自身は参戦していないが、月のグリマルディ戦線…エンデュミオンクレーターにおいて、融解用に採掘基地に設 置されていたサイクロプスを発動させてザフトを月から撤退させたという逸話は有名だ。

クレーターの周囲には、無数 のMSの残骸が無残な姿で転がっている……アスランは、息苦しさを憶えた。

この光景を……多くの同胞の 命を奪ったのは、自分達の中にいるかもしれないからだ。

ラクスではなかったことには 確かに安堵したが、それでも内部にザフトを裏切る真似をする者がいるというのは耐え難い事実だ。

「……次は、何処へ行く?」

不意に、リンが問い掛ける と……アスランは無言のままジャスティスを飛び立たせ、エヴォリューションもそれに続く。

特務隊というザフト軍内部に おける最高位の部隊に籍を置くという状況を利用し、アスランとリンは地球に降下後、友軍と連絡も取らず、まったくの単独行動を取っていた。

自分達が帯びた任務の重要性 もあるが、なにより二人は見て回りたかったのだ……戦いの傷痕を……未だ見えぬ答を得るために………

その後、パナマでの惨状を 見、それを行った友軍の残虐性を感じたアスランは、その光景がアラスカと重なり、またもや胸が傷んだ。

物言わぬ戦場を後にし、二人 が最終に向かったのは、あの場所であった………

太平洋を南下し、彼らが向 かったのは、あの凄惨な戦いを繰り広げた南海の孤島であった。

島に降り立ったジャスティス とエヴォリューションから降りたアスランとリンは、その島を見やる。

周囲には、イージスの破片が 散らばり、丘の上には破損したヴァルキリーの残骸もそのままに置かれている……ストライクやルシファーの姿はない。恐らく、オーブによって回収されたので あろう……取り残され、そしてこのまま朽ちていくのをただ待ち続けるかつての愛機を見ると、何故か一抹の寂しさを感じる。

穏やかな光景が拡がるその島 の雰囲気からは、以前ここで死闘が繰り広げられたとはとても考えられなかった。

かろうじて原型を留めるイー ジスの頭部を、波が洗う様は、あの時の息苦しさを感じさせず、なにか懐かしさと切なさを感じさせる。

ゴロンと転がるヴァルキリー の上半身に近付き、リンは不意に手を触れさせた……この機体を駆り、ただひたすら死を求めていた自分が、今では遠く感じる……だが、その戦いすらも、他人 によって勝手に利用されてしまった……微かな憤りを憶えながら、リンは焦げた外装に頭をコツンとぶつける。

その時、視線を感じてリンは ハッと顔を上げ、無意識に手が腰のホルスターへと伸びる。

アスランも視線を感じたよう で振り向くと、残骸の陰から数人の子供が顔を見せた。

「どうしましたか?」

訝しむ二人の前に、穏やかな 声が掛けられた……杖をつき、子供に手を引かれながらゆったりとした様子で歩み寄ってくる男が姿を見せた。

「マルキオ様」

子供達が駆け寄っていく…… そこで、ラクスから聞かされた話を思い出した。

確か、この近くにマルキオ導 師の伝導所があると……ここで逢ったのは偶然ではあるが、ある意味ではこの場所を示唆したラクスの導きであったといえるのかもしれない。

マルキオは、顔を二人の方に 振り向かせると……アスランとリンは静かに歩み寄り、一礼した。

その気配を悟ったのか、マル キオは穏やかな笑みを浮かべ、二人を促した。

 

 

 

アークエンジェルの格納庫 に、全クルーが集合させられたのは、オーブ行政府の緊急報道があった時間と同じであった。

規定数に満たない乗員ではあ るが、それでもこの格納庫に多く並ぶクルー達は、皆一様に戸惑った面持ちを浮かべながら、召集をかけたマリューを見据えている。

そんな彼らを見渡した後、マ リューは厳しい表情を浮かべ、硬い声で口を開いた。

「現在、このオーブに向け、 地球連合艦隊が侵攻中です……」

静かに語り出すマリューの言 葉に、クルー達の顔が強張る。

「地球軍に与し、共にプラン トを討つ道を取らぬというならば、ザフト支援国と見なす……それが理由です………」

自身の属していた組織の暴挙 に、クルー達はざわめく。

マリューの隣でその反応を見 ていたカガリもまた表情を沈痛に顰めている。

「オーブ政府はあくまで中立 の立場を貫くとし、現在も外交努力を継続中ですが……残念ながら、現在の地球軍の対応を見る限り、戦闘回避の可能性は非常に低いもの……と、言わざるを得 ません」

怒りを堪えるようなマリュー に対し、クルー達は自らが籍を置いていた組織への不信と憤りを募らせる。

「オーブは全国民に対し、都 市部及び軍関係施設周辺からの退去を命じ、不測の事態に備えて、防衛態勢に入るとのことです……我々もまた、道を選ばねばなりません……」

その言葉に対し、クルー達は 一瞬息を呑む。

「現在、アークエンジェルは 脱走艦であり、私達自身の立場すら定かでない状況にあります。オーブのこの事態に際し、我々はどうするべきなのか……命ずるものもなく、また私も、その権 限を持ち得ません……回避不能となれば、明後日09:00、戦闘は開始されます。オーブを護るべく、これと戦うべきなのか、そうではないのか……我々は、 自身で望む道を選び、進む決断をせねばならないのです」

きっぱりと言い切ったマ リューに対し、動揺は拡がる……自身で判断するということは、軍人の…しかも、下士官である彼らにはほとんど無い状況……そして、その判断の先には、自分 達が所属していた組織と戦う道……戸惑うなという方が無理であろう。

無論、マリューが艦長権限を 使えば、皆従うだろう……先日まではそれが当然だったが、今の状況で権力を振り翳せば、それは自分達を切り捨てた上層部と同じになってしまう……だからこ そ、マリューは皆に問い掛けるのだ。

「……よって、これを機に艦 を離れようとする者は、今より速やかに退艦し、オーブ政府の指示に従って避難してください」

さわめくクルー達に対し、マ リューは穏やかな笑みを浮かべる。

「私のような頼りない艦長に ここまでついてきてくれて……ありがとう………」

微かに涙ぐみながら、マ リューが頭を下げると、その場は解散となった。

クルー達は数人で相談を始め るものもあれば、一人で考えようとするものもいる……だが、それでいいのだとキラは思う。

クルー達がどの道を選ぶも自 由だ……迷い、悩み…そして答を出すことが、人が生きていくうえで大切なことだ。

無論……自分も悩みぬいて答 を出した……だがそれでも、キラは自分の決めた道が必ずしも正しいとは思っていない……いや、どのような道を選んだとて正解というものは決してあり得な い……それが、生きるということなのだ。

解かり合えなくてもいい…… キラはもう、自分の全てを他人に解かってもらいたいとは考えない……それは、卑怯に思えるからだ。

「キラ!」

居住区へと向かうキラは、後 ろから声が掛かり、振り返った。

カガリが、息を切らしながら 駆け寄ってくる……追いついても、カガリはどこか落ち着きがないように挙動不審だ。

「あのっ……ええと……そ の……」

そんな様子に苦笑を浮かべ る。

「ちょっと落ち着きなよ…… 今、君が動揺したら、周りにも不安が拡がるよ?」

「あ…そっか……そうだよ な……いや、でも!」

指摘されて慌てて自身の服装 の重要さに気付いたようだが、それでも不安が拭えず、縋るような視線を向ける。

「オーブが……オーブが戦場 になるんだ! こんな、こんなこと……っ!」

髪を掻き毟るようにくしゃっ とさせる……かつては、自国の参戦を望んでいた彼女だったが、それは目的と手段を履き違えていた。

歯痒いオーブの参戦を目的と し、彼女は戦争を終わらせるという意志を手段とした……それがいざ現実のものとなると、やはりカガリは自身の考えは浅はかだったことを思い知った。

レイナの言う通り……参戦す れば、それに巻き込まれるのは国の人々なのだ。

ジリジリと迫る不安に怯える カガリに、キラは優しい声を掛ける。

「でも、僕はオーブの取った 道……間違っているとは言わないよ……確かに大変な道だと思うけど………」

キラは決して、オーブが取っ た道を正義とは称さない……正義なんて陳腐なものは誰もが持っている……それを振り翳しているからこそ、人は争い合う。

だから正義とは言わない…… キラも自身を正義とは称さない……そんな定義自体が間違っているからだ…ただ、間違っているとも言わないだけ……ウズミが悩んだ上に決断したことだという ことはとても解かる。そして、道が少しでも重なり合うなら、キラは戦う。

「キラ……」

少しは落ち着いたのか、カガ リは顔に生気を戻す。

「僕の力で、どれだけ手助け できるかは解からないけど……それでも、護るよ……カガリのお父さんが護ろうとしてる、オーブって国を」

静かな決意を込めて言うキラ に、カガリは眼が潤み、感極まって抱き付いた。

「キ……キラぁぁぁぁっ」

「いや、だからさ……落ち着 いて……ね?」

毎度の如く抱き付く彼女に、 キラは慌てながら、宥めるように背中を叩く。

それでも、やはり気軽に抱き 付くのはやめてほしいと……キラは心の片隅で思った。

 

 

 

解散の後、ミリアリアは独房 を訪れていた……その姿に、ディアッカは内心喜びを憶えていた……なにせ、ずっとこんな薄暗い場所に閉じ込められていては、気分も参る。

だが、そんなディアッカの前 で、ミリアリアは牢の電子ロックに解除カードを差し込み、ロックを解除した。

その様子に首を傾げる。

「尋問? 移送?」

ようやくこの牢から出られる かと思ったが、それでもディアッカは内心でこれっきりミリアリアと離れる可能性を思うと、一抹の寂しさを感じていた。

だが、ディアッカのそんな懸 念は根底から覆された。

「この艦、また戦闘に出る の……オーブに地球軍が攻めてくるから……」

「え……?」

素っ気なく呟かれた言葉に、 ディアッカは思わず耳を疑った。

そんな戸惑うディアッカに向 かって、ミリアリアは持っていた彼のパイロットスーツを無造作に放り投げる。

「だから、あんたもういいっ て。まあ……釈放…になるのかな?」

「……って! ちょ、ちょっ と待てよ!」

それっきり、踵を返すミリア リアに、鳩が豆鉄砲を受けたみたいに固まっていたディアッカは慌ててスーツを抱えて後を追う。

「どういうことだよ、それ は!?」

「だから今言ったでしょ」

ズカズカと歩いていくミリア リアから、なにやら緊張が漂い、ディアッカは言葉を呑み込む。

「地球軍が攻撃してくるか ら、アークエンジェルは戦うの……それに、アンタ乗っけてたってしょうがないじゃない。だから釈放だって」

根本的な答になっておらず、 ディアッカはますます困惑する。

「いや、だからなんでお前ら が地球軍と戦うの!?」

少なくとも、ディアッカの認 識では、アークエンジェルは連合軍の所属のはずだが、何故その属しているはずの組織と敵対するのか……疑問に溢れかえるディアッカに、ミリアリアは簡潔に 答え返す。

「オーブが地球軍に味方しな いからよ」

「はぁ?」

思わず足を止め、ディアッカ は間抜けな声を上げる。

「なんだそりゃ? ナチュラ ルってやっぱバカ?」

「悪かったわね!」

ジロリと睨まれ、一瞬身を竦 めるが……それでも、ナチュラルとナチュラルが敵対するなど、バカげてるとしか思えない……同胞意識の強いコーディネイターから見れば、確かに理解しがた い状況だが……ミリアリアもそれ以上言い返そうとせず、つっけんどんに言う。

「戦闘が始まったら大混乱 よ。悪いけど、後は自分で何とかしてね」

「って言われたってよ…… あ、おい! バスターは!?」

回収されたはずの愛機の行方 を尋ねると、無慈悲な答が返ってきた。

「アレはもともとこっちのも んよ……モルゲンレーテが持ってったわ」

「げっ」

正論だが、ディアッカは表情 をゲンナリさせる……捕虜になってからもう随分と経つが、今更、どの面を下げて帰れるだろう……肩を落とすディアッカに、微かに同情を憶えたミリアリア は、微笑を浮かべる。

「こんなことになっちゃっ て…ゴメンね」

立ち去ろうとするミリアリア を、ディアッカは慌てて引き止めた。

「お、お前も戦うのかよ?」

「私はアークエンジェルの CIC担当よ!」

その手を振り払いながら、さ も当然のごとく言い放つ。

「それに……オーブは私の国 なんだから」

決意を秘めた瞳でそう呟くミ リアリアに、ディアッカは息を呑み……そのまま立ち去っていく後姿を、どこか羨望するように見送るのであった……

 

 

 

 

オーブの領海沖に展開する地 球軍の太平洋艦隊……旗艦であるパウエルを中心に、海を埋め尽くさんばかりに艦が集結している。

そのパウエルの船上ヘリポー トにて、アズラエルは軍艦に不似合いなスーツ姿で海風を受けながら、朝日が昇る空を見上げていると、地平線から何かの影が見え出した。

それは、一機の軍用ヘリ…そ して、その後方からは、MSの海上運搬艦が向かってくる。

「やれやれ……ようやくご登 場ですか」

肩を竦めながら、アズラエル はパウエルに真っ直ぐ向かってくるヘリを見やる。

「あのジブリールがまさかボ クに人材を派遣するとは……さてさて、どのような人材が乗っているのやら……」

不敵な笑みを浮かべながら、 アズラエルは昨夜の出来事を思い出していた。

 

 

グリーンランドを出発したパ ウエルに自室を持ったアズラエルの許に、その通信が入ったのは突然だった。

備え付けの通信モニターのス イッチを押すと、そこには貴族風の服に身を包んだアズラエルとさして年齢の差はない男が映る。

「おや……ジブリール、君が ボクに連絡なんて、珍しいね」

やや驚愕したように、おどけ て答える……画面に映ったのは、ロード=ジブリール……アズラエルと同じブルーコスモスであり、強硬派内部でもサザーランドと並んでNo.2の位置に居る 男だ。

ブルーコスモスも一枚岩では ない……当然、中には強硬派と穏健派が存在する。

盟主であるアズラエルを筆頭 に、強硬派のロード=ジブリール、そして穏健派のシオン=ルーズベルト=シュタイン……当然ながら、穏健派のシオンは今回のオーブ侵攻の強行についてアズ ラエルに抗議したが、アズラエルはそれを無視した。盟主であるアズラエルが強硬論を支持するために、ブルーコスモス内部でも穏健派はかなり勢力を削がれて いた。

だが、アズラエルとジブリー ルの関係は、同じブルーコスモスとはいえ、ビジネス関係の方が強い……共に、軍需産業を営んでおり、また共にコーディネイターを超えるナチュラルの違法強 化にも着手している。

《ご機嫌麗しゅう……盟主。 此度は、突然のご連絡、お許しいただきたい》

恭しく優雅に一礼する。

「挨拶はいいよ……で、君が わざわざボクに連絡をくれた理由は何かな?」

商談をするかのごとく、早々 と本題を切り出す……余計な言い回しを他人からされるのはアズラエルからしてみれば面白くもない。

《いえ……この度、盟主が自 らオーブ侵攻に参加されると聞き及び……微力ながら、お力添えをと思いまして………》

その言葉に、眉を顰める。

だが、そんなアズラエルの態 度に対しても、ジブリールはまったく気にも留めない。

《お気に障りましたかな?  盟主のこと……抜かりはないと思いますが、万全を期するため、私の方で研究を進めていた強化ナチュラルを派遣しようと思いまして………》

「へぇぇ……確か、君のとこ ろはうちと違った方向で進めてたんだっけ?」

内心の動揺を相手に隠すよう にアズラエルは不敵な笑みを浮かべる。

《いえいえ…盟主の作品に比 べれば……ですが、私も自分の作品のできを是非とも知りたいと思いましてね……此度のオーブ戦に参加させていただこうかと思いまして……勿論、派遣する人 材はそちらの指示で扱ってくれて構いませんよ》

要は、人材を派遣するから、 その代わりにデータ収集に協力しろということか。

やや考え込むアズラエル…… メリットとデメリットを引き比べ、最適の答を見つける。

「人数は?」

《強化タイプの試験体が一 人…あと、こちらで雇った傭兵が3人ほどです……無論、機体はこちらで用意させていただきますよ……これぐらいで、盟主の手を煩わせるわけにはいきません からね》

なんとも手回しのいい……や がて、アズラエルはほくそ笑み、答え返す。

「……いいよ。そちらの人 材、こちらで扱わせてもらうよ」

《おお、感謝いたします…… では、明後日の日の出とともにそちらに送りましょう……それでは》

通信がOFFになると、アズ ラエルはフンと鼻を鳴らす。

自分の存在を敬っていない態 度はバレバレで、気に喰わないが、アズラエルはせいぜい送られてくる者をこき使ってやるつもりであった。

 

 

そして、某所でもアズラエル との会話を終えたジブリールは、同じくアズラエルに対し侮蔑した。

「せいぜい粋がるがいい…… ムルタ=アズラエル……お前は、ブルーコスモスの盟主の器ではない……」

通信を終えるジブリールの私 室は、薄暗く周囲の状況さえ視認できない。

その時、不意に足音が響い た……ジブリールが足音の方角に振り向くと、闇の中から抜け出るように一人の男が姿を見せる。

男は黒い連合の軍服に身を包 んでいる……だが、異質なのは顔であった。

顔全体が黒いマスクのような ものに覆われ、そこから金色の髪がはみ出ている。

「……言われた通り、例の試 験体のうち一つを送ったが…いいのか、まだまだ連中も試作段階だぜ……特にD15は、ブロックキーワードが際どい……精神的に不安定さもある……俺は気乗 りしないね」

おどけて言う男に、ジブリー ルはフッと口の端を歪める。

「構わん……私としても成果 を見ておきたいのでね…成果がなければ何の意味も成さん」

「そうかい? ま、慎ましく いきたいものだがね……あ、そうそう…取り敢えず、あとの二人は直に刷り込み強化が完了する……」

「そうか……恐らくオーブは 陥ちる……これから先、戦場は宇宙へと移る……あのアズラエルのことだ……自らも前線に出向くだろう……」

アズラエルの性情を熟知して いるジブリールにはアズラエルの今後の行動を予測するなど容易い……常に自分が上にいなければ満足しない強欲な男だ。

「お前には後に宇宙へと上 がってもらう……既に例の艦は完成している……お前にはその指揮官を務めてもらう……そのために、X105型を一機とAQM−Eの4号機を搬入してあ る……取り敢えず、宇宙に出てからは、アズラエルの指示で動いておけ」

その言葉に、男は仮面の奥の 眉を顰める。

「いいのか?」

「…今は奴の方が権力が強 い…今しばらくは泳がせておいてやるさ……だが、奴にはいずれ舞台から退場してもらうさ」

今はまだ、アズラエルに媚を 売っておく。

後の基盤固めのためには、試 験体の一体ぐらい惜しくはない……ロード=ジブリール……アズラエルに劣らず、功名心の強い男であった。

 

 

 

回想を終え、アズラエルはヘ リポートに着陸したヘリの巻き起こす突風に、現実に引き戻された。

見詰める彼の前で、ヘリのド アが開き、何人かの人間が降りてきた。

最初に降りてきたのは、どこ かフリルがついた服を着込んだ髪をカールにした長髪の男…右手には薔薇を持ち、流麗に振る舞う。次に現われたのは、角刈りの筋肉質の男……ラフな格好で、 かなり大柄だ。その後ろに隠れていたのは、顔をほぼ隠すように髪を無造作に伸ばし、隠れる顔から大渕の眼鏡を覗かせている眼を隠した男…3人の服には、共 通のエンブレムが取り付けられている。

デルタの三角が3つ、絡み 合ったエンブレム……傭兵:トライ・スレイヤーの紋章だ。

サーペントテールには劣る が、それでも傭兵の世界ではそれなりの知名度を持つ3人組の傭兵だ。そして、最後にヘリから降りてきたのは、ピンクの地球軍の軍服を、かなり改造した特殊 なものを着用し、肩口で切り揃えた金色に近い髪が印象的の少女だ。

4人はヘリから降りると、ア ズラエルのもとまで歩み寄ると、先頭に立つ男が薔薇を振りながら、挨拶した。

「ボンジュール……Mr.ア ズラエル。御目にかかれて光栄です……僕は、トライ・スレイヤーのリーダー、カミュ=ノルスタンです。以後、お見知りおきを……」

動作の一つ一つに優雅さを見 せながら、カミュと名乗った男が一礼する。

「俺は、ワイズマン=メネ ス……ワイズと呼んでくれ!」

見た目と同じく暑苦しささえ 感じさせるように、詰め寄るワイズ。

「自分は、クルツ=シュナイ ダー」

淡々と答え、クルツと名乗っ た無口な男は、そのまま眼鏡を持ち上げる。

「僕ら3人が、トライ・スレ イヤー隊……此度のオーブ戦に、参加せていただきたく参上いたしました。どうぞよしなに……」

カミュが礼儀を添えて恭しく 挨拶する。

「ジブリールから聞いていま す……期待していますよ。では、君がジブリールの推薦者かな?」

先程から黙ったままの少女に 確認を取るように、アズラエルが視線を向ける。

「……試験体ナンバー、 D15…固体名、ステラ=ルーシェ」

機械的な反応で返す少女、ス テラ……アズラエルが進めたのは、薬物と肉体改造によるナチュラルの強化だが、この少女はまた別の方法が使われているようだが、そこまで詮索するほど、ア ズラエルには関心はない。

その時、アズラエルの胸元に 忍ばせていた通信機が鳴り、慣れた仕草でそれを取り出す。

「はい、何かありました か?」

《……アズラエル殿、オーブ からの回答文が届いた。ブリッジにお越しいただきたい》

相手は幾分か気分を害してい たが、アズラエルは解かりましたと答え、通信を切る。

「ボクはブリッジに戻るの で、君達は、開始時刻まで待機しててください」

4人に指示を出すと、アズラ エルは身を翻して船内へと消えていく。

その後姿を見送りながら、カ ミュは顎を押える。

「ふむ……流石はブルーコス モスの盟主だけはある。ジブリール殿が気に掛ける理由も解かる」

雇い主のジブリールから、ア ズラエルの動向の注意を極秘に任されたカミュは、油断できない相手だと認識した。

「俺はどうでもいいぜ! 早 いとこ戦いたくてしょうがねえ!!」

そんな思惑などどうでもいい と言いたげに、ワイズははやる気持ちを抑え切れないように拳を振り上げる。

「直に出撃となる…それまで はジッとしておけ」

クルツが嗜めると、3人はそ のまま自分達に与えられた機体が格納されている艦に戻ろうとヘリに乗り込み……ステラは、どこか薄っすらとした表情で遥か向こうのオーブを見詰めていた が、やがてヘリに無言で乗り込み、ヘリはパウエルを離れていった……

 

 

パウエルのブリッジに入った アズラエルに、艦隊長のダーレスがオーブからの回答文を渡すと、アズラエルはドカッとシートに腰を下ろし、それに眼を通す。

随分と無遠慮な態度だが、ブ リッジの誰もそれを咎めようとはしない。

「『要求は不当なものであ り、従うことはできない。オーブ連合首長国は、今後も中立を貫く意志に変わりはない……』……いやぁ、流石はオーブの獅子、ウズミ=ナラ=アスハ前代表。 期待を裏切らない人ですねぇ」

期待していた事態に、アズラ エルは笑みが抑えられない。

だが、その様子をダーレスは 不満げな表情を浮かべていた……彼からしてみれば、オーブが降伏してくれた方が、余計な損害も犠牲も出ずに済むと考えていた。

ただでさえ、その軍事技術は 地球連合だけでなく、ザフトからも一目置かれている国なのだ……無論、この任務の重要性は理解しているが、眼の前の傍若無人なオブザーバーのために部下を 死なせるということには、やはりやり切れない思いが浮かぶ。

だが、アズラエルはそんな不 満などまったく気にも留めず、楽しげに笑う。

「ホントのところ、回避され ちゃったらどうしようかなあって思ってたんですよ……アレのテスト……是非とも最後まで頑張り通していただきたいものですがねえ」

これから起こるであろう事態 を夢想し、アズラエルは暗い笑みを浮かべるのであった。

 

オーブからの回答後、連合艦 隊は戦闘準備に入り、慌しくなる。

強襲揚陸艦には、夥しい数の ストライクダガーが搭載されている。

そして、その内の一隻には、 特殊部隊が使用するMSが搭載されている。

ロングダガーの上位機種に当 たる機体、GAT−01D1:デュエルダガー……カラーリングと外装を、ほぼデュエルに合致させた機体だ。その横に並ぶのは、水中専用MS、GAT− X255:フォビドゥンブルーと、それを基にした制式機、GAT−706S:ディープフォビドゥンが数体並んでいる。

そして、整備が行われるその 機体を壁際のキャットウォークから見詰める人影……ともに女性士官だ。

レナ=イメリア中尉とジェー ン=ヒューストン少尉……後に、『乱れ桜』、『白鯨』と呼ばれることになるパイロットだ。

「レナ教……いえ、中尉は、 今回のオーブ戦について、どう思うんですか?」

唐突に問い掛けてきたジェー ンに、レナは一瞬驚いた視線を浮かべる。

「どうしたの……急に?」

「いえ……今回の作戦の重要 性は理解していますが、やはり中立国に攻め入るというのは……」

従わない者達を、力ずくで屈 服させようとしているのだ……無論、軍人である以上上からの命令は絶対だが、それでもやはり戸惑いを憶えずにはいられない。

「この子達の初陣が、ザフト ではなくオーブとは……」

どこか、同情するような視線 を並び立つ機体に向ける……ジェーンはかつて、海軍に属した経歴を持ち、その海軍の部隊がザフトの水中MS部隊によって壊滅させられたため、ザフトへの復 讐を誓い、水中MSの開発スタッフに自ら加わり、試験機のフォビドゥンブルーを経て、制式量産機のディープフォビドゥンまでこぎ付けたが、その初に投入さ れるのがオーブ侵攻とは、やはりやり切れないものがあるのだろう。

そんなジェーンの葛藤を感じ 取ったのか、レナも難しい表情を浮かべる。

「そうね……貴方の言うこと も解からなくはないわ……でも、今の私達には手段を選んでいる余裕もないのよ…このまま宇宙への道が閉ざされたままでは、月基地は自滅へと追い込まれ る……同胞のためにも、今は鬼になるしかないのよ」

自分に言い聞かせるようにレ ナは表情を俯かせる。

(アルフ……あんたが今の私 を見たら、軽蔑するかしら……でも、私はあの子達を殺したザフトを赦せない)

レナは、かつてナチュラルと コーディネイターの衝突で弟を亡くし、コーディネイターに対して強い憎しみを抱いていた。そして、地球軍に入隊後は、カリフォルニアの士官学校へ教官とし て配属され、初期のGATシリーズのパイロット候補生を育て上げた人物だ。自信を持って行かせた教え子達がヘリオポリスで戦死したと聞き、上層部に無理を 言って前線への配属を希望し、その結果、ダガー系列の最新鋭機を与えられた……そして、彼女はアルフと同期であった。

アルフが、アラスカ戦で死亡 したと聞き、酷く落ち込んだ……だが、哀しみを何時までも引き摺るまいと自身を奮い立たせ、このオーブ戦にも参加しているのだ。

その時、微かにヤニ臭い煙が 漂ってきた……その異臭に反応し、ジェーンとレナが振り向くと、そこには煙草を噴かすウォルフが歩み寄ってきた。

「ほう……こんな美人の方々 がこの艦に乗っているとは………」

侵攻作戦までは暇なウォルフ は、周りを冷やかしに他の艦を訪れていた……無造作に軍の上着を羽織っているが、そこに刻まれている階級は大尉……おまけに、実質この連合艦隊の指揮官で あるアズラエルの私兵だけに誰も咎めはしない。

不衛生なウォルフに二人は顔 を顰めるが、ウォルフは何処吹く風といった様子だ。

無遠慮に近寄り、品定めをす るように二人を見下ろす……200近い大柄なウォルフは、間近に立たれると、異様な圧倒感を感じさせる。

「どうかな……作戦開始ま で、俺と付き合わないか? いい思いをさせてやるぜ」

「何ですって!!?」

卑下た物言いに、男勝りな ジェーンが噛み付き、同時に手が振り上げられる……だが、ウォルフはその繰り出された拳を受け止め、腕を引っ張り上げる。

「……っ!」

腕に走る痛みに顔を顰める が、ジェーンは気丈にもウォルフを睨み付ける。

だが、そんな態度にウォルフ はますます笑みを強める。

「いいねぇ……その眼…俺が 一番好きな眼だ……そういう女を屈服させてやるのが、俺の愉しみなんだよ」

クククと笑みを噛み殺す。

「ふざけないでよっ!」

「止めなさい、ジェーン…… フザケは止していただきたい、アスカロト大尉」

庇うようにレナが前に出る と、ウォルフは鼻を鳴らして握っていたジェーンの腕を離す。

その場に尻餅をつくジェーン に、レナが気遣うように寄る。

「けっ……麗しい友情かよ… とんだ三文芝居を見せられたな……興冷めだ」

踵を返し、去っていくウォル フの背中をジェーンが睨む。

「なんなのよ…あいつっ!」

「ウォルフ=アスカロト特務 大尉……この作戦を提唱したムルタ=アズラエルの私兵らしいわ……アズラエル氏が、私達のMSの開発計画を推し進めているらしいし……下手な真似はできな いわ」

毒づくジェーンをレナが嗜め るが、それでも拳がワナワナと震えていた。

仇敵として恨んでいた相手と 同じほど、憎悪と怒りがこもった視線をジェーンは浮かべていた……


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