大西洋連邦を中心とした洋上艦隊がオーブ攻防戦を開始した刻と同じくして、アフリカ大陸の南端……

地球連合の所属であった南ア フリカ統一機構の宇宙港:ビクリトリア基地に向けて地球連合のMS部隊が襲い掛かった。

ユーラシア・東アジア共和国 を中心とした攻撃部隊が連合内での立場をなんとしても巻き返すために必死の攻勢に出た。

特にユーラシア連邦は大西洋 連邦をライバル視しているだけに、先のアラスカ戦での不審感を抱えたままだが、背に腹は変えられなかった。

なにしろ、ユーラシアはMS の実戦投入というアドバンテージを得ている大西洋連邦に対してどうしてもMSの譲渡を得なければならなかった。

ユーラシア内部でも極秘裏に CAT1−XシリーズというMSの開発を進めていたが、未だ量産化にも至っておらず、結局それは頓挫している。

多数のストライクダガー隊が ザフトのMS部隊に襲い掛かる。

先のアラスカ戦、及びパナマ 戦において戦力を消耗させているザフト軍にはこの大軍を抑え切れる程の兵力は残されていない。

ほとんどの部隊が主要基地の ジブラルタル、カーペンタリアへと配属され、このビクトリア基地も近々放棄される予定であったため、ろくな戦力を残していなかった。

さらに連合は、ストライクダ ガーだけでなく多数の試作試験機を実戦に導入していた。

一部隊の中で、ストライクダ ガーに混じって2体のストライクダガーとは明らかに違う外観を持つ機体が戦闘を行っている。

その機体形状は、GAT− X131:カラミティと酷似しているが、カラーリングは炎のような赤……そして火力を誇ったカラミティとは違い、二本の対艦刀:シュベルトゲーベルを振り 回している。

 

GAT−X133:ソードカ ラミティ

 

カラミティをベースに多様な 戦術シチュエーションに対応可能を目指した『リビルド1416プログラム』の一環とした開発された機体の一つだ。

2体のソードカラミティが縦 横無尽にシュベルトゲーベルを振り回し、ジンやシグーを両断していく。

ソードカラミティの内一機、 2号機の肩には薔薇に二本の剣をクロスさせたエンブレムをつけられている。

パイロットシートに座るの は、連合軍の『切り裂きエド』という異名をもつエースパイロット、エドワード=ハレルソン少尉だ。

《少尉…君はダガー隊を率い て第8エリアの掃討をしてくれたまえ》

通信機から、エドが属する部 隊の指揮官の声が響く。

「了解しました、指揮官殿」

軽い口調で答え返すと、指揮 下のストライクダガー隊を率いていく。

《少尉……敵は一人も生かす 必要はない…全て殲滅しろ……これが最優先指示だ》

やや見下すような物言いにエ ドはヤレヤレとばかりに肩を竦めると、シュベルトゲーベルを振り被ってジンを2機、一気に両断する。

体勢を崩したMS隊にストラ イクダガーがビームライフルで狙撃し、撃ち抜いていく。

一体のバクゥが跳躍し、ミサ イルを放ってくる。

だが、エドは口元を軽く薄 め、左肩のマイダスメッサーを飛ばす。

ビームの刃が回転し、バクゥ の頭部に突き刺さり、爆発する。

降り注ぐオイルが機体を黒く 濡らす……シュベルトゲーベルを構えると、残っているジン部隊はもはや戦意を喪失したように後ずさる。

その様子を見て、エドは苦笑 を浮かべながら全周波通信を開く。

「死にたくなかったら投降し ろ…コーディネイター相手に手加減してやれるほど、ナチュラルの俺は器用じゃないんでね」

やや皮肉った降伏勧告を述べ ると、ジン部隊は歯噛みしながら武器を捨てて膝をつき、コックピットからパイロットが両手を挙げて出てくる。

《小隊長! 指揮官からの命 令は敵の殲滅です!!》

部下の一人が叫ぶが、エドは 溜め息をつく。

「いいんだよ」

本来なら、命令不服従で軍罰 ものだが、エドは差して気に掛けた様子も見せない。

《しかし!》

なおも食い下がる部下に、や やウンザリした口調で告げる。

「お前…『死ぬ』ってのは痛 いんだぞ………」

《は?》

訳が解からず首を傾げる部下 にエドは笑みを浮かべて自分の頭をコツコツ小突く。

「俺は何度も死にかけたこと がある……だがら、痛いのを見るのはそれが他人でも嫌なんだよ」

《ですが、兵士たるもの、い つでも死ねる覚悟が……!》

言い終わる前に、シュッと シュベルトゲーベルの刃がストライクダガーの首元に突き付けられる。

「お前……本当にその覚悟が できているのか?」

睨むような口調に、その部下 は息を呑み、言葉を詰まらせる。

《止めてください、小隊 長!!》

「ハッハハ、ジョークだよ、 ジョーク」

その光景を見た他のストライ クダガーが止めに入ると、エドは軽快に笑ってシュベルトゲーベルを戻す。

《わ、解かりました…我々は 別行動を取らせていただきます……命令通り、敵を殲滅に向かいます! 我々、ユーラシア連邦の兵は、ここでの活躍が連合内での立場に関係してくるのです!  失礼します!!》

4体のストライクダガーが別 の戦闘エリアに向かって駆けていく。

「……好きにしろ」

その様子を見やりながら、エ ドは溜め息をこぼしながら呟いた。

ユーラシアの兵士で固められ た今回の作戦において、ユーラシア兵達の執念は凄まじかった。

祖国のために戦うというのは 確かに美談だ……だが…エドの表情は微かに曇る。

「祖国のため……か………バ カな奴らだ…手柄を立てたからって何が変わる………」

やや憤りを感じさせる口調で 吐き捨てる。

エドは大西洋連邦の軍人だ が、前身は南アメリカ合衆国の軍人で戦闘機乗りであった。

「グラン隊長……今の俺を見 たら、あんたは何て言うかな………」

遠い祖国の空……自分が所属 していた部隊の指揮官だった男の顔を思い浮かべた。

やや遠くを見詰めていたが、 先程のストライクダガー隊が向かったエリアから爆発の火が上がった。

「やれやれ…バカは俺の方だ な……そんな仲間でも見捨ててはおけん……」

それに気付いたエドは自身を 嗜めるように、かつて上官だった男の言葉を漏らし、ソードカラミティを駆った。

バーニアを噴かし、被弾した ストライクダガー隊の上を跳び、降下すると同時にジンを真っ二つに両断する。瞬時に左腕のパンツァーアイゼンで離れていた場所のジンの頭部を掴み、引き千 切る。

その時、警告音がコックピッ トに響いた。

「ロックされた!? 上 か……!」

だが、気付いた時には遅く、 既にソードカラミティのほぼ真上にディンの機影が現われた。

だが、そのディンが突撃銃を 発射する前に、別の方角から放たれた3本の槍が機体を貫き、ディンは爆発し、失速していく。

《油断だな、少尉………》

揶揄するような口調とともに 近くの雨林が薙ぎ倒されていく……だが、その薙ぎ倒す者の姿は見えない。

次の瞬間……周囲の風景から 抜き出るようにMSの輪郭が浮かび出す。

《お前のような者がくだらん 部下を助けようとして、命を落とすなど愚かなことだぞ》

その言葉にエドは微かに笑 い、皮肉めいた返事を返した。

「これはこれは指揮官殿、助 かりました……貴方こそ、私のようなくだらない部下のために命を落とさずに良かったですな」

遂今しがた、自分が言った言 葉をそのまま返された男は僅かに表情を緩めた。

《ほう……エドワード=ハレ ルソン…面白い男だ………》

完全に姿を見せたのは、 MBF−P01:アストレイ・ゴールドフレーム天……コックピットに座るのは、大西洋連邦と密談を交わし、この作戦に参加をしたロンド=ギナ=サハクだ。

「それはどうも……」

肩を竦め、エドは笑みを浮か べるままだ。

見えない緊張感のようなもの が漂うが……そこへ、もう一機のソードカラミティが近付いてきた。

《ロンド様、このエリアの敵 は掃討されました》

コックピットには、まだ少年 と思しき人影……連合の造り出した人工の戦闘コーディネイター……ナチュラルに対し絶対の服従を誓う兵士…ソキウスシリーズの一人……フォー=ソキウス だ。

《そうか……戦闘も間もなく 終わるようだな……引き上げるぞ》

ゴールドフレーム天が身を翻 し、ソードカラミティが続く。

それを見やりながら、エドは 悪態をつくと被弾したストライクダガーに手を貸す。

「大丈夫か……命を粗末には するなよ…死んだら元も子もないぞ……」

《申し訳ありません……》

「なぁに、いいってこと よ……」

陽気な口調で答えながら、エ ドは既に陽が落ちかけ、夕焼けに染まる空を見上げた。

オイルに濡れるボディが、ま るで血のように見えた………

 

 

 

戦いは圧倒的な物量をもって 攻めた連合側の勝利に終わった……ザフトの残存部隊はそれぞれジブラルタル、カーペンタリアへと後退していく。

破棄用として準備されていた 自爆装置は、寸前で突入した特殊部隊によって解除され、連合はビクトリア基地を奪還した。

だが、勿論ユーラシアや東ア ジア共和国の部隊にも大きな損害が出、結局のところ両陣営の力を弱体化させた。

「そうか……オーブが降伏し たか……」

作戦終了後……ギナはオーブ が大西洋連邦の侵攻を受け、崩壊……そして下院より選出された暫定政府が無条件降伏をしたという情報を受け取った。

オーブのマスドライバーに手 を出さないという条件で今回のビクトリアの奪還作戦への参加をアズラエルに申し出たのは他でもないギナ自身であった。

アズラエルは契約を破ったこ とになるが、ギナの心持ちは特になんの感慨も沸かない…いや、むしろ中立という甘い戯言にしがみ付き、国を放棄したウズミに対して鼻を鳴らした。

「ウズミめ……大きな口を叩 いた結果がこれか…まあいい、古いオーブも共に消え去ってくれた……その点は感謝しよう………」

ギナは内に新たな野望を抱き ながら、小さくほくそ笑む。

 

 

 

こうして……第3次ビクトリ ア攻防戦と呼ばれた戦いは終結した………

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-39  錯綜する想い

 

 

宇宙の闇に浮かぶ星々の 光……その中で一際大きく美しい輝きを放つ地球………

生命という争いしかできない 種を生み出し、そして育んできた母………その地球の衛星軌道上に浮かぶ2隻の戦艦……

ネェルアークエンジェルと オーブのイズモ級2番艦:クサナギである。

成層圏を突破し、宇宙へと出 た2隻は、まずクサナギの船体パーツとのランデブー場所へと向かった。

《ハルB、距離200…ハル C、距離230……軸線よし、ランデブークリア……》

打ち上げられた中心パーツに 向かって4つのパーツが分離し、クサナギに向かってくる。

それを誘導するM1隊…ドッ キングシークエンスの間の警護のために打ち上げ時から共に大気圏を突破してきたインフィニティとエヴォリューション…そして、ネェルアークエンジェルから カガリを心配してフリーダムとジャスティスも発進していた。

《アプローチそのまま…ナブ コムリンク……》

クサナギは本体単体でも航行 が可能ではあるが、残りのパーツとドッキングすることによって火力・推進力ともに飛躍的に向上する。

ネェルアークエンジェルに ドッキングされたポセイドンも、そういった効率性を重視して開発されたのだ。

《アプローチ、ファイナル フェイズ……ローカライズ…確認……》

《全ステーション、結合完 了……》

後部両舷に陽電子破壊砲: ローエングリンとスラスター、及びブースターノズルを有するパーツが接合される。

前部には、上下にゴッドフ リートを主砲とするパーツが挟み込むようにドッキングする。

先端には、MS発進用のリニ アカタパルトハッチが設けられている。

ハッチが一つのため、MSの 発進時のロスはあるが、元々MSを運用するために開発されたのではないので、仕方がない。

だが、それでもクサナギは小 型艦ではあるが、AA級に匹敵する戦闘能力を有した戦艦だ。

そのドッキング状況を見詰め ながら……レイナは、不意に自分の手を見やる………

(何だったんだ……あの感 じ…?)

宇宙に上がる前……マスドラ イバー付近での攻防で感じた不思議な感覚………機体と一体化するような融合感……あの瞬間、自分の反応速度と動体視力が異常なほど上がり、ウォルフ達の機 体を抑え込んだ。

だが、何故急にあんな感覚に 陥ったのかよく解からない……

「こいつには……まだ、私の 知らない何かが秘められているのか………」

『∞』という名の通り……こ のMSには、未だレイナ自身が知りえていない能力を秘めているのか……逡巡しながら、レイナは機体のモニターをコツンと叩いた。

 

 

《クサナギのドッキング作 業、完了した……》

ネェルアークエンジェルのブ リッジに、クサナギの艦長を務めることになったキサカから通信が入る。

「カガリさんは……?」

マリューが傷ましげな表情で 躊躇いがちに尋ねると、キサカも表情を苦くする。

《だいぶ落ち着きはした が……いろいろあってな……ヘリオポリスの件が起こるまでは、傍も呆れる父親っ子であったのでな………》

表情を落とし、沈痛な面持ち を浮かべる。

《泣くな……とは言えんよ… 今はな………》

自ら、国と共に散った男…ウ ズミ=ナラ=アスハのことを思うと、マリューも熱いものとやり切れない感情が込み上げてくる。

そして…託された未来への灯 の重さをひしひしと感じる。

《とにかく…一度、これから 先のことについて話し合いたい……悪いが、こちらまで来てもらえるか?》

「ええ…解かりました」

頷き返すと、通信が切れ…… マリューは徐に立ち上がる………

「ムウ、一緒に付いて来て」

「あいよ」

少しでも嫌な空気を緩和しよ うとムウはいつもの軽薄な返事を返す。

その態度に苦笑を憶えなが ら、マリューはCICのキョウを見やった。

「キョウ君、暫くの間、お願 いね」

「解かりました」

返事に頷くと、マリューはム ウを伴ってブリッジを後にする……格納庫にあるランチでクサナギへと向かえるように既にマードックに手配している。

「しかし…問題はこれからだ な………」

何気にポツリと呟いたムウ に、マリューも複雑そうに表情を顰めた。

 

 

 

ドッキング作業を終え、航行 モードに切り替わったクサナギにM1部隊が帰還し、メンテナンスベッドに収まっていく。

そして、フリーダムとジャス ティス、インフィニティとエヴォリューションが着艦するが、そのまま移動用の通路に置くだけだ。

なにしろ、規定容量ギリギリ まで物資とMSが積載されているため、4機が入るメンテナンスベッドがないのだ。

コックピットから出ると、地 球軍の軍服に着替えたキラとモルゲンレーテの作業服に身を包んだアスランは矢のようにクサナギの艦内をある場所へと向かって駆け出した。

クサナギには、カガリがいる からだ。

オーブの崩壊……父親の 死……あまりに辛すぎることがあり過ぎた………キサカからカガリの部屋の場所を聞き、そこに向かった。

その様子を見届けるレイナと リン……レイナはいつもの漆黒の服装にリンはエヴォリューションに積み込んでいたザフトの漆黒の軍服だ。

「行かなくていいの?」

どこか、探るような視線を向 けるリンに、レイナは肩を竦める。

「慰めならあの二人がやって くれる……酷なようだけど、いつまでもウジウジしていられちゃたまらないからね………ここで潰れるなら、それはウズミ=ナラ=アスハの眼力が間違っていた というだけよ」

親は子より先に逝く宿命 だ……だが、子はその親の想いを継いで生きていかねばならない……たとえ、親の屍を踏み台にしてでも進まねばならない……それに報いることができないよう なら、カガリはウズミの遺志を継ぐ資格がなかったということだけ。

トンと通路の床を蹴り、レイ ナはブリッジへの道を向かった……その様子に失笑し、リンも後を追った。

 

 

クサナギの居住区の一室で、 カガリはベッドに座り込んで頭を抱えて泣きじゃくっていた。

離れていく父の姿……炎に包 まれるカグヤの光景がありありと瞼に焼き付いている。

温かな最後の微笑みと、撫で られた手の大きさが今でも残っている……改めて、自分は父を愛していたという思いと、その父に独り善がりな反抗心で反発していた自分を酷く憎んだ。

嗚咽を漏らしながらまたもや 頭を擡げる……無論、父の遺志は理解している……理解しているが、今は溢れる涙を止められない。

その時、部屋の呼び出し音が 響き…カガリはハッと顔を上げる。

《カガリ》

通信機から聞こえてきた声 に、カガリは思考の片隅でウズミの最後の言葉を思い出す。

呼び掛けても全く反応がない ことに、キラとアスランは互いに顔を見合わせると、外から部屋のドアを開けた。

力なくベッドに座り込んでい たカガリが、二人に気付いてゆっくりと視線を向ける。

だが、またすぐに視線を逸ら し……顔を俯かせる…勝気を絵に描いたような性格の彼女のこんな痛々しい姿を見るのは初めてだ。

それ程のショックであったこ とは容易に窺えた。

キラが思わずカガリに近付 く……周囲には、未だ浮遊する彼女の瞳から零れた雫が漂っている。

「……カガリ」

キラが優しい口調で彼女の名 を呼ぶと、見上げたカガリは収まりかけていた涙が再び溢れ出してきた。

「うっ……うぅぅ…………」

涙を零しながら、顔を悲壮に 歪ませ、キラの胸に飛び込むカガリ。

軽重力空間でキラはカガリを 抱いたままフワリと浮かび上がったが、キラは優しくカガリを受け止め、髪を撫でた。

その仕草が、やはり父の最後 を思い出させて……胸に顔を埋めて泣きじゃくる……キラは、何も言わず、ただカガリの気の済むようにさせていた。そんな光景を傷ましげな視線でアスランが 黙って見詰めていた。

どれ程そうしていただろ う……内に巣食っていた悲壮感が少しだが薄れたような気がした。単に、泣き疲れただけかもしれないが、少なくともウズミの遺志を受け入れるだけの余裕が出 てきたのだろう……カガリは涙で濡らしたキラの胸から顔を上げ、心配げにこちらを覗き込むキラに答える。

「……大丈夫…ちょっと、顔 洗ってくる…」

泣きすぎて赤く腫れた眼を擦 りながら、カガリは部屋の洗面所へと向かう。離れていくキラとアスランの気遣うような視線に、カガリは少しだが元気付けられた。

そのまま洗面所で流れる水で 顔を洗い…意志を改めるように顔を一心不乱に洗う……そして、徐にタオルを取って顔を拭きながら鏡に映る自分の顔を見る。

暫し、凝視していたカガリが やや緊張した仕草でポケットに手を入れ……脱出前にウズミから渡された写真を取り出し、マジマジと見詰めた。

淡い茶色の髪をもった女性が 出産後と思われる赤ん坊を二人、その腕に抱いた写真……無論、それだけなら極ありふれたものだが…カガリは腕の中で抱き締められる双子と思しき赤ん坊を見 やりながら、それを裏返す。

 

―――――キラ・カガ リ………

 

やはり、見間違いではな い……この写真の裏に書かれた名がこの二人の赤ん坊のものだとしたら……向こうにいる少年が自分の兄弟ということになる…カガリは困惑しながら脳裏に、ウ ズミの言葉を反芻させる。

 

―――――お前は独りではな い……姉弟もおる…………

 

父はあの時、確かにそう言っ た。ウズミがカガリに対し、そんなことを冗談で話すようなこととは思えない。むしろ、あの場面だからこそ今までひた隠しにしていた真実を話してくれたと考 えた方がしっくりくる。

もう一度表を向け……赤ん坊 を見やる……片方は自分と同じ映えるような金…カガリは鏡に映る顔を見詰める…確かに、自分は父とは似ていないと思っていた。カガリは母親を知らない…… 小さい時に死んだとウズミから聞かされ、それをずっと信じてきた。

だとしたら……この写真に映 る女性が自分の母親なのだろうか……母親と思しき女性は優しげな視線を浮かべている……その表情に、奇妙な既視感を憶えた。この顔は、何処かで見た覚えが ある………カガリは記憶を手繰り寄せ……その髪を銀に置き換え…そして…眼の色を紅くして、眼をもう少し吊り上げて頭の中に浮かべてみると……その違和感 に気付いた。

(似てる! レイナと…リン に………)

そう……写真の女性は。レイ ナとリンの未来の成長した姿とも取れる容姿だ……だが、カガリは首を振る。

そんなはずはない……ただの 空似だと………だが、この人が自身の母親だとすると、ウズミとはどういった関係だったのか……逡巡するカガリの耳に、キラの声が聞こえてきた。

「カガリ……?」

いつまでも洗面所に閉じ篭っ てまた泣いているのかと心配そうに声を掛けるキラに、カガリは慌てる。

「大丈夫?」

「あ、ああ! すぐ行く!」

上擦った声で答え返し、カガ リは写真をジャケットのポケットに入れると、カーテンを開く。その際に、キラと視線がかち合い、気まずそうに逸らす。

「レイナやリンさん達もブ リッジに行ったし、マリューさん達も来てるみたいだから、僕らもこれからブリッジに行くけど……カガリも来る?」

「あ……う、うん…」

視線を合わせようとはせず、 気遣いに緊張する……キラはそのまま部屋を後にするが、ずっと表情を伏せて黙り込むカガリをアスランが怪訝そうに見やった。

 

 

 

発進デッキへとマリューとム ウを迎えに行ったキサカと、途中レイナとリンが合流し、クサナギのブリッジへと続く通路を進んでいた。

「オーブの宇宙運搬用に開発 されたイズモ級……確か、軌道エレベーターのステーションを経由にしていたはずよね?」

レイナがそう尋ね返すと、相 変わらずこの少女の情報収集能力の高さに苦笑を浮かべる。

「ああ……クサナギはイズモ 級の2番艦にあたってね…開戦以前からヘリオポリスとの連絡・物資運搬用に使われていた艦艇だ」

無重力の中、先頭を進むキサ カが説明する。

「MSの運用システムも武装 も…それなりに備えてはいるが、今のアークエンジェルには及ばない……」

「SS級は、元々イズモ級の 強化用に用意されていたものらしいからね……まあ、仕方ないと言えば仕方ないか」

情勢の膠着化に伴い、ヘリオ ポリスと行き来するクサナギにもそれなりに強化案が出され、連合側から出されたAA級のデータを合わせてMSの運搬システムを備えた潜水母艦を開発した。 それを、地上でTFが実戦でデータ収集にあたっていた訳だが……本来ならクサナギを含むイズモ級に装着されるはずが、アークエンジェルへと強化した方がよ り効率がいいという理由もあった。それに、今更言っても仕方ないだろう……クサナギにパーツを移動させるにしても、最初のドッキングを行うにはやはりそれ なりの設備が整った場所でなければ………

「5つの区画に分けて、中心 部だけを行き来させているのか……効率のいいやり方だな」

クサナギの構造をそう評した ムウ……そのままブリッジへと続くハッチを通り、一同はブリッジに入る。

そのブリッジ構造を見て、マ リューは思わず呟いた。

「アークエンジェルと似てい るわ……」

クサナギのブリッジは、 CICの場所が無い以外はさしてアークエンジェルのブリッジと配置に相違点はない。

「アークエンジェルが似てい るのだ……親は同じモルゲンレーテだからな」

キサカが軽く笑って答える。

「そういうこと……元々、 AA級はイズモ級を発展させて開発されたものだしね」

だからこそ、共通の武装も多 い……改めて言われると、納得してしまう。

「宙域図を出してもらえる か?」

「はい」

キサカがオペレーター席を見 やりながら呟くと、きびきびとした返事が返り、そちらを向くと、女性が軽く一瞥した。

「エリカ=シモンズ主任?」

思わずムウが声に出し、マ リューも驚いて見やる。

「こんにちは、少佐」

いくらモルゲンレーテの技術 主任とはいえ、民間人の立場の彼女がクサナギに乗っていることに戸惑いを隠せない。

「慣れない宇宙でのM1運用 ですもの……私がいなくちゃ、しょうがないでしょ?」

彼女はそんな戸惑いを他所に 笑い、パネルを操作する……無論、彼女なりの考えがあるのだろうが……技術者としての興味もあるのだろう。

M1は現在、全機が宇宙用の ブースターユニット装備に換装を開始している。

この装備もまたカムイとエリ カが共同で開発したものだが、これよりもさらに宇宙用に適したM1の局地戦用機、MBF−M1Aも現在、クサナギに搭載した部品の組立作業を開始してい る。

その時、ブリッジの扉が開 き、カガリとキラ、アスランが入室してきた……カガリの少しは落ち着いた姿にマリューは安堵を浮かべるが、その眼に赤く腫らしたものがあり、やはり傷まし い思いを抱かずにはいられない。しかし、とマリューは思った。レイナやキラと先程から一緒にいる者達をさして誰も気に留めていないが、長く軍属にあった感 覚がやはり困惑を抱かずにはいられない。

キサカもカガリの様子を窺っ ていたが、やがて視線を宙域図に戻した。

「現在、我々がいるのはここ だな……」

地球の衛星軌道上に表示され る2つの光点……ネェルアークエンジェルとクサナギだ。

地上での場所を失い、宇宙へ と逃れたまではよかったが、それでも拠点を得ずに無為に宇宙を動き回るわけにはいかない。

「知っての通り、L5にはプ ラント、L3にはアルテミス………」

地球の重力圏内を考慮して開 拓された人類の宇宙での居住ポイント……ラグランジュ……月の軌道上よりもやや内側に建造されたL1:世界樹は既に崩壊し、今ではデブリベルトと化してい る……L2は月のほぼ裏側に位置しているが、地球連合の支配が強い………残ったのは月と同じ軌道上に位置するL3〜5のみ。

だが、L5はプラント群、 L3はヘリオポリスが崩壊、アルテミスも陥落している以上、向かうのは得策ではない。

「向かうとしたら、ここ ね……」

レイナが指差すのは、L4の コロニー群跡……

「L4のコロニー群へ……」

月を挟み、プラントと対極の 位置にあるコロニー群……

「ええ……ヘリオポリスにい た時に、少し調べたことがあってね。開戦時にかなりのコロニーが戦闘に巻き込まれたけど、当面の身を隠す場としてはうってつけね」

L4コロニー群は開戦時に地 球軍とザフトの戦闘に巻き込まれ、いくつかのコロニーが破壊され、デブリが多く漂う場所でもある。その後、コロニーの住人は別のコロニーや地球へと逃れ、 完全なゴーストポイントになっている。

「確かに…クサナギもネェル アークエンジェルも当面の物資に不安はないが…無限ではない。特に水は、すぐに問題になる」

オーブ出発の際に双方の艦に 積めるだけの物資は積載されたが、今後は補給の当てもない……全て自力で調達しなければならず、それが孤立しているという現実をひしひしと感じ取らせた。 しかも、今度は明確な目標すらないのだ。

「彼女の言うとおり、L4の コロニー群は、開戦の頃の影響で次々と放棄されて、今では無人地帯だ。水場としては使えよう……」

「なんだか、思い出しちゃう わね……」

キサカの言葉にマリューは僅 かに眉を顰め、苦い表情で呟いた。先の宇宙でのユニウスセブンでのことを思い出したからだ。ヘリオポリスを発ち、クルーゼ隊からの追撃を逃れていたあの 頃、すぐに水は問題になった。あの時の解決策は、今でもマリューの心の奥底に影を落としている。

今度もそれに近い行為をせね ばならないということに、やはり気が進まないのであろう…そんな弱音を漏らすマリューに対し、ムウがいつもの飄々とした態度で声を掛ける。

「大丈夫さ。ユニウスセブン とは違うよ」

その言葉にやや表情を緩ませ るマリューだが、対照的に、アスランは眉を寄せる。

ユニウスセブンは、地球軍の 核攻撃で崩壊した、アスランの母がいたプラント……そこで補給をしたという話はラクスを通じて既に聞いていたが、やはり複雑な思いがある。

だが、キラがこちらを覗いた ので、次の瞬間にはアスランは動揺を押し隠し、いつもの冷静な口調で言葉を発していた。

「L4には、まだ稼動してい るコロニーも幾つかある」

アスランの発言に、その場に いた一同が彼に注目する。

無論、彼がザフトの兵士であ り、この集まりの中ではまだ異端めいた存在であるということが払拭されたわけでもない。

そんなアスランに助言するよ うにリンが、意見を発した。

「アスランの言うとおり…… 私が地上に降りる前だけど、不審な一団がこの辺り一帯を根城にしているという情報があって、ザフトは調査隊を派遣したことがある。私もそれに護衛で加わっ ていた」

華南基地攻略前にリンはL4 の調査を命じられ、調査隊の一員としてL4に向かったことがある。

軍において厄介なのは脱走兵 の存在だ……ザフトの赤の伝説を創り上げた英雄:グゥド=ヴェイアのようにMSごとの脱走兵が出て、それが海賊にでもなれば厄介なことこの上ない。特に、 ザフトは軍とはいえ民間組織…しかも、設立されてからの日が浅く、確固たる指揮系統や階級制度があるわけではないため、長く続く膠着で組織内にも亀裂が生 じ、軍を脱走する兵士も戦争中期の頃からチラホラと出始めている。

「だけど、調査した結果は まったくの徒労だったけどね……」

肩を竦めながらリンが溜め息 をつく。

結局のところ、ただの噂だっ たのか既に移動した後だったのかは解からないが、怪しい一団というのは発見できなかった。

「ほとんどのコロニーは既に 破棄されていたけど、生命維持装置を含んだライフシステムの生きているコロニーもまだ数基あるはずよ…少なくとも、調査を終えた時点ではね」

今はどうなっているかは知ら ないと、念を押して年齢にそぐわない落ち着いた様子で答える。

「じゃあ決まりですね」

キラがやわらかく微笑んでア スランとリンの意見に賛同する。

「うん」

そしてそれに続くように、カ ガリも頷いた。

レイナは特に意見を挟まな かったが、ここで情報を偽ってもこの二人に何のメリットもないことを見抜いていたからこそ、反対の意も示さず、無言でいた。

彼らはすっかりこの異邦人と 馴染んでいる……この二人が、かつて執拗に自分達を襲ってきた敵だと思うと、なんとも言えない奇妙な感じを憶える。

だが、ムウは表情をやや顰め たままだ。

「しかし……本当にいいの か、君らは?」

唐突の言葉に、アスランは表 情を硬く強張らせるが、リンはさして表情に変化はない。その本質の強固さは、やはりレイナに通じるものがあり、ムウは以前見た写真の双子を思い出す。

写真に映った双子……『レイ =ヒビキ』、『ルイ=ヒビキ』と名付けられた少女達………

二人の関係が単なる双子では ないのも薄々感じている……だが、それよりも気になるのはこの二人の意思だ。

「無論、君らだけじゃない… あっちにいる彼らもだが………」

脳裏に、こちらに来る前に格 納庫で各々の機体の整備を行っているディアッカやニコル、そしてミゲル…新たにブリッジに配属されたモラシムなど、元ザフトのメンバーも多く今はネェル アークエンジェルには乗っている。

「少佐……」

マリューがやや嗜めるような 口調で呟くも、声は弱々しい……ハッキリさせておきたいのはムウだけではないのだろう。

確かに彼らは、オーブで共に 戦い、ネェルアークエンジェルとクサナギが宇宙に飛び立つ時の援護まで買って出た……その行動が無論、偽りだとは思っていない。一人がキラと親友であり、 もう一人がレイナと姉妹であることも理解している。

だが、この問題はそれで解決 し、納得できるほど単純なものではない。

改めて大人というのは嫌なも のだと思いつつも、ムウは言葉を続けた。

「オーブでの戦闘は俺だって 見てるし……状況が状況だしな。着ている軍服に拘る気はないが………」

ここにいるのはもはやそんな 組織の柵に属さない者だが、それでもだった。だからこそ、ムウも、普段にはない真剣で厳しい口調で続ける。

「だが俺達はこの先、状況次 第ではザフトと戦闘になることもあるんだぜ? オーブの時とは違う」

ムウの懸念も至極当然だっ た……オーブで戦ったのは地球連合軍……アスランやリン、ザフトのメンバー達にとってはこれまでも戦ってきた相手だからこそ、さして抵抗も感じなかっただ ろう……だが、この先はどうなるか解からない。

もはや所属する組織を持たな い今の自分達の立場は、どちらの陣営からも追われる身…ザフトとの戦闘も当然回避できないだろう。そうなった時に、かつての仲間や同胞達と戦えるのかどう か………中途半端な覚悟では困るのだ。

「そこまでの覚悟はあるの か? 特に、君はパトリック=ザラの息子なんだろ?」

その厳しい問いに反射的にア スランの顔が微かに苦悩に歪むが、それより早くカガリがムウに噛み付いた。

一緒に……共に戦ってくれた だけで彼女はアスランを信じた…彼女にはそれで十分だった。

以前もこうしてムウに噛み付 いたことがあったが、あの時よりもその眼差しは厳しい。

「誰の子だって関係ないじゃ ないか、アスランは……」

口を挟んだカガリに、ムウは 今まで以上に厳しい視線をカガリに向けた。その視線に思わずカガリは萎縮してしまう。

「カガリ、貴方は少し軍とい う組織を甘く考えすぎよ……軍人が、自軍を抜けるっていうのは、想像以上に覚悟がいることなのよ……自分の信念が変わってしまうんだからね」

それを諌めるようにレイナが 口を挟む。

両者からの非難にカガリは ウッと息を呑む……カガリとて理解しているはずなのに、どうしても眼の前のことだけで反応してしまう。

そんな相変わらずの考え方に 溜め息をつきながらレイナはアスランを見やる。

「まして……そのトップに立 つのは父親でしょう……それを敵に回してでも戦える覚悟なんて、なかなか持てるものじゃない……」

その言葉に、アスランは思わ ず視線を逸らし俯いてしまう。

頭では解かっていても、やは り現実を突き付けられるのは辛いものがある……だが、それでもレイナは言葉を止めない。

国家元首であり、またザフト の最高責任者でもある父と敵対し、肉親同士で戦わせるなど、本人から見ても周りから見てもよいものではない。また、これが単なる父親への子供じみた反抗心 なら、とてもではないが肩を並べて戦うなどできない。

その覚悟を試し、また問うか のような口調にアスランは押し黙り、キラも複雑そうにアスランを見詰めている。自身もまた、その理想と現実の狭間で今も迷い、葛藤し続けているからだ。

「戦争をするには大義名分が 必ず必要になる……自分以外の悪が必要になり、自分は絶対の正義を信じて戦う……互いに正義と自称しているからこそ、戦争は起こる……だけど、そのために 命を懸ける…それを変えるというのは、どんなに覚悟がいることなのか、カガリには解かるの?」

そう睨まれ、カガリは言葉を 呑む……父に反することを…自分とは正反対に立場にいるアスランの葛藤が解かるのか、とレイナは視線で問い詰めるが、カガリにアスランの苦悩が理解できる はずもない。

「ましてや……貴方は、ザフ トの正規兵でしょ…そう簡単に割り切れるとは思えないわね」

自らその信念に殉じ、軍に志 願した以上それなりの覚悟はあったはずだ。

それを自ら裏切る行為ができ るのか……再びアスランに視線が集中する。

「ここにいる以上、貴方の力 は必要なのよ……だけど…戦えるの……貴方に……今まで信じてきたものを敵にして戦える覚悟が……」

真剣な表情でなお問うレイ ナ……半端な覚悟や迷い、後悔でここにいるのなら、ここにいても邪魔なだけだ……まして、そんな相手に頼ることもできない。

アスランはやや俯き加減では あったが、慎重に言葉を選びながら顔を上げ、自分を見詰める一同を真っ直ぐに見返して口を開く。

「オーブで……いえ、プラン トでも地球でも……多くのことを見て、聞きました…それに思い悩んだことはたくさんあります……」

ラクスの言葉……勝つために 禁忌の力を手にした父……そして、自分に憎しみを向けた幼い子………憎しみと哀しみをこれ以上拡げないために戦いに身を投じたはずなのに、それが何時の間 にか反対の道へと流されていた事実……自分の信じる道を選んだ親友や戦友達………

「それが間違っているのかそ れとも正しいのか……何が解かったのか解かっていないのか……それすらも今はまだはっきりとは言えません……」

戦ってでも護らなければなら ないという決意…だがそれも、未だ迷いの中にある。

自身が信じて戦うもの……そ の先にある望む未来………少なくともそれは、父の目指すものとは違うと思っていた。

「ただ……自分が願っている 世界は、貴方方と同じだと……今はそう感じています」

無論、この道ももしかしたら 間違っているかもしれない……だがそれでも、僅かに想いが重なるのなら、それをよりよいレールへと乗せたい。

それがアスランの決意だっ た……透き通ったような、逡巡を含んだ口調……だが、それが今の本心であることは誰にも理解できた。

「……だ、そうよ」

レイナが苦笑を浮かべながら 肩を竦める。

それに周囲の空気が緩和さ れ、話を切ったムウも軽く笑みを浮かべる。

「しっかりしてるねぇ、君 は……キラとは大違いだ」

引き合いに出されたキラは一 瞬、ムッとしたような表情を浮かべる。

だが、それはこの場にいたキ ラを知る者ほとんどが思ったことだった……ムウは苦笑混じりにリンの方を見やった。

「で……あんたはどうなん だ、漆黒の戦乙女?」

敢えて異名を使い、探るよう な視線を向ける。

「……私の決意のほどは既に 伝えたわ…ねぇ、姉さん?」

肩を竦め、意味ありげに視線 をレイナに向ける……レイナもやや溜め息混じりに答える。

「ええ……あんまりペラペラ 喋るのは不本意だろうから話さないけど……少なくとも、信用はできるわ…今はね」

敢えて最後に付け足した言葉 に、一同はやや息を呑む。

「……言葉の通りよ。私も別 に、全てを信じてくれとは言わない……ただ今、この場にいることは私自身の意思……無論、これは貴方達から見れば異端じみているかもしれない……」

理想を持っていることを別に 咎めはしない……だが、その理想も全員が全て同じとは限らない。少なくとも、リンがここにいるのはあくまで個人的な理由……御大層なお題目や使命感もな い。

「だから……もし、少しでも 不審と思える行動を取れば、後ろから撃ってくれても構わない……それぐらいの覚悟はある」

そう言い切ったリン……自身 の命を持ち出し、そしてそれを危険に晒すことに、彼女の意思の強さが窺えた。

その恐怖を感じさせない、意 思の込められた瞳……それはやはり、レイナと通じるものがある。

「ふぅ……まったく、そう いったところはホント似てるよな……」

頭を掻きながら飄々とした調 子で話すムウに、レイナとリンは互いを見合わせ、自嘲気味に低く笑った。

そんな様子に周囲の緊張も微 かにほぐれる。

「俺達がオーブから託された ものは大きいぜ」

改めて言うムウに一同は神妙 な面持ちで見やる。

「こんなたった2隻で…… はっきり言って、ほとんど不可能に近い……」

「……そうね」

マリューも同意するが、それ でもその表情は穏やかだ……信頼しているのだろう……幾度となく自分を助けてくれた…支えてくれた存在なのだから……

マリューの信頼の眼差しが、 ムウを見やるが…ムウは周囲をグルリと見渡すと、最後にマリューに視線を向けた。

「でも……いいんだな?」

最後の確認をするような問い 掛けに、全員が各々の仕草で同意を示した。

たとえ、その深淵は違おうと も……今は、この場にいるのだ………

「信じましょう……小さくて も強い灯は消えないんでしょう?」

キラの頼もしい言葉に、ムウ とマリューが笑顔になった。

確かに先が見えない道だが、 それでも一歩を踏み出さねば、何も変わらない……託されたものを背負い、そして進まねばならない……自分達が最良だと思う道を探して………

その時、アスランの表情が何 かを思いついたように顰め、重い口を開く。

「プラントにも同じように考 えている人はいる……」

ポツリと呟かれた言葉に、再 びアスランに視線が集中する中で、キラが問う。

「……ラクス?」

自身の危険を顧みず、剣を託 してくれたラクスの姿を連想し、尋ねると、アスランがやはり重い表情で頷くとムウがやや驚いた表情を浮かべる。

「あの、ピンクのお姫様 が……?」

マリューもラクスのことはよ く覚えている…なにせ、あの時が初めてナタルと正面から意見をぶつけたからだ。あの少女がキラとレイナに新型MSを託したとは聞かされていたが、それでも やはり改めて思うとあの時に見た物腰の柔らかそうで穏やか態度とあまりにかけ離れていてギャップがある。

「アスランの婚約者だ」

キラの言葉に、一番過敏に反 応したのはカガリだった。

何かが、心の何処かで引っ掛 かったような……そんな曖昧な不安がカガリを襲うが、今はそれが何なのか、カガリには解からなかった。

「……彼女は今、追われてい る。反逆者として…俺の父に………」

沈痛な面持ちで呟くアスラン に、キラも内心に微かに動揺を浮かべる。

レイナがリンを見やると、事 実だとでも言いたげに頷く……だが、レイナはさして驚かなかった。

あの時……自分達にあのMS を託した時点で既にラクスは追われる身だったのだ。敢えて反逆者の汚名をきる覚悟があったからこそ、その行動に踏み切ったのであろう。

 

――――人は容易く敵とな る……

 

そう……異端の考えを持つ以 上は、プラントからも追われるという覚悟も………

ならばレイナはなにも言わな い……どんな想いにせよ、彼女が自身の意思で決意したことなら………

 


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