L4へと進路を進むネェル アークエンジェルとクサナギ……

ネェルアークエンジェルの格 納庫では、キラがマリューに事情を説明し、シャトルの使用許可が出たので、一機の小型シャトルが準備されていた。

そこへ、パイロットスーツに 着替えたキラとアスラン…そして、レイナがいた。

キラとレイナが護衛のために 随行することとなった。ただでさえ、プラントのL5とは逆の方向に進んでいるため、通常のバッテリー駆動のMSでは護衛随行が不可能だからだ。

アスランはシャトルの傍に寄 ると、そこにはディアッカ、ニコル、ミゲルの3人がやや複雑そうな表情で佇んでいた。

見送りにきたとは決して口に は言わないが、その態度が嬉しく思えた。アスランは固定されているジャスティスを見上げると、3人に向かって声を掛けた。

「戻らなかったら、誰かが ジャスティスを使ってくれ」

万が一という事態に備えて、 アスランは3人に声を掛けるも、3人は揃って顔を顰めた。

「嫌だね…あんなもんにはお 前が乗れよ」

「アスラン……遺言みたいな ことはよしてください」

「そうそう…縁起でもない ぜ」

素直に帰ってこいと言わない が、その隠された気遣いにアスランは微笑んだ。

「ちょっと待て!」

その時、上から甲高い叫びに も似た声が掛かった……カガリが無重力の中を泳ぐようにアスランに向かってきた。プラントに戻ると聞き、慌ててクサナギからやって来たのだ。

相変わらず行動力だけは凄い と驚く間もなくしがみ付くようにアスランにダイブする。それを受け止めると、慣性にしたがって後ろへと流れる。

「カガリ……」

「アスラン! お前…なん で、どうして! なんでプラントなんかに戻るんだよ!!」

激情混じりに叫ぶカガリにや や辛そうに表情を俯かせる。

「ごめん……」

カガリ自身も今は危うい状態 なのに、さらにそれを助長するような自分の行動に後ろめたさを感じていた。

「ごめんじゃないだろ!?  だってお前…アレ、置いて戻ったりしたら……」

だが、カガリの口から飛び出 したのはアスランを責めるものではなく、その身を案じての言葉だった。

与えられた任務を放棄し、な おかつジャスティスを置いて単身でプラントに戻ることがどんなに危険な行為かカガリにもよく解かっているのだ。

アスランは苦笑を浮かべなが らカガリの肩を掴み、身から引き離す。

「ジャスティスはここにあっ た方がいい……どうにもならなくなった時は、キラ達がなんとかしてくれる……」

「だけど……!」

自分でも無謀だと確かに思 う…だが、たとえジャスティスと共にプラントに戻ったところで、父と道を違えれば、このMSは間違いなく別の誰かに渡されるだろう。この機体の力をみすみ す失うのだけは避けたかった。

「…でも…俺は行かなく ちゃ……」

「アスラン!」

「このままには、できないん だ……」

唇を噛み締め……心の中に渦 巻く葛藤を噛み締める……父の道がどのようなものであれ、それが最悪のものになるのなら、止めなければならない。

なおも言いたげに縋るカガリ であったが、キラが後ろから肩に手を置き、言い聞かせるように呟いた。

「カガリ……解かるだろ?」

カガリがウズミに逆らい、そ して最後まで意地を張っていたために永遠に別れてしまった……アスランもまた、父に逆らおうとはしているが、せめてその意志だけは伝えておきたいという決 意にカガリも何も言えなくなる。

泣き出しそうな表情のまま、 カガリはアスランから離れ……そしてアスランはシャトルに乗り込む。キラもまたフリーダムに向かうと、レイナは傍にいたリンに声を掛けた。

「……留守を頼むわね」

「あら…信じてくれるの?」

試すような口調で肩を竦める リンに、レイナは不適に笑った。

「ええ……少なくとも、ここ でこの艦を墜としてもなんのメリットもないからね」

リンだけが2隻に残ることに なったが、レイナはリンが自分達がいない間に二艦を沈めるようなことはないと確信していた。自分なら、まずしない……無意味だからだ。それを理解している からこそ、リンも苦笑で返した。

レイナもまたインフィニティ へと乗り込み……やがて、カタパルトが開き、アスランの操縦する小型シャトルが飛び出す。

続けてフリーダム、インフィ ニティが発進していく……その離れていく機影を、皆がやや不安な面持ちで見送った……

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-40  歌姫出陣

 

 

連日に渡るラクスのゲリラ映 像が続く中、国防委員の方では別の動きがあった。

今まで、パトリックの演説が 流されていたが、数日前からラクスの演説の後に被せるように流される映像に映るのはイザークの母であり、評議会の一員でもあるエザリア=ジュールだった。

《ラクス=クラインは利用さ れているだけなのです! その平和を願う心を……そのことも私達は知っています。だから私達は彼女を救いたい! 彼女までも騙し、利用しようとするナチュ ラルどもの手から……!》

エザリアの口から語られるの は今までのパトリックの否定的な意見ではなく、ラクスを擁護するような演説……彼女に罪はない…悪いのは全てナチュラルと……問題を摩り替える路線へと変 更したのだ。

だが、市民はそんな思惑に気 付く者は少ない。

《そのためにも情報を…手掛 かりを! どうか、彼女を愛する人々よ!!》

必死に訴えるエザリア……悪 意ではなく善意に訴えて捜索した方がさらに効率が上がる。

困惑していた市民までもがそ れを鵜呑みにし、ラクスの捜索に眼を光らせば、ますます動きが取り難くなる。

小さな親切、大きなお世 話……この分では、ラクス達が遠からず捕まるのも時間の問題だろう。

そんなエザリアの演説を眺め ていた男が、コーヒーをくいっと煽ると…緊急の呼び出し音が響き、男は手元のスイッチを操作すると、モニターがエザリアの演説画面からパトリックの執務室 に切り替わる。

「どうかされましたか?」

男がやや丁寧な口調で問い返 すと、モニターに映るパトリックは声をやや荒げて呟いた。

《フリーダムとインフィニ ティの行方が解かった…オーブにその機影が確認された》

「オーブ?」

男は意外そうに声を上げ る……だが、内心ではそれも承知しているが、敢えて道化を演じるように男はパトリックの話に耳を傾ける。

《ああ、そうだ…クルーゼが 情報を持ち帰った》

オーブの領海沖で記録した オーブ戦の映像データの中に紛れる地球軍の新型MSと交戦するフリーダムとインフィニティの映像……パトリックとしては地球軍の手に渡っていなかったのは まだ僥倖ではあるが、肝心の2機を保有していたと思われるオーブは既に崩壊し、暫定政府が地球連合の監視下に入っている以上、2機の返還を求めることも奪 還と称してオーブに攻め入ることもできない。

「どういう経路で2機がオー ブになんか渡ったんでしょうね?」

惚けるように男が尋ねると、 パトリックは声をさらに苛立たしげに荒げる。

《そんな事は解からんよ…ア スランとリンが何か掴んだかもしれんが……あのバカどもめ、報告一つ寄越さん》

クルーゼが提示した映像に は、オーブ戦に介入したはずのジャスティスとエヴォリューションの映像が意図的に削除されていた。無論、それはクルーゼの独断だが、自分の忠実な部下が提 示したのだからパトリックは疑いもしなかった。

子供のように癇癪を抱き、項 垂れるパトリックに男は内心呆れながらも、宥めるように言葉を紡ぐ。

「極秘で命じられた任務であ りましょう? 迂闊な通信も、情報漏洩の元ですからな」

その言葉に少しは気を落ち着 けたのか、溜め息をつき、呼吸を整えると、パトリックは忌々しげに呟く。

《調子にのったナチュラルど もが次々と月に上がってきておる……今度こそ、叩き潰さねばならんのだ…徹底的にな!》

そう……ビクトリアを奪還 し、主力宇宙港とした地球連合は次々に部隊や物資を月のプトレマイオスクレーターに送り込み、軍備を増強している。

それに抗するために、ザフト もまた兵力を地上から引き上げさせ、宇宙の拠点、ヤキンドゥーエとボアズに集結させていた。

また、新型のMSや無人機動 兵器もようやく生産ラインが軌道に乗り、順次増産している。

そして、パトリックはさらな る軍備拡張のために眼前の男にもある指示を出していた。

「解かっております……存分 に働かせてもらいますよ。私のような者に、再び生きる場を与えてくださった議長閣下のためにも……」

飄々とした態度であやすよう に話すと、持ち上げられて少しは気分を落ち着けたのか、パトリックが頷く。

《期待しているぞ》

それを最後に通信は、途切 れ……男はやれやれとばかりに肩を竦めて背凭れに身を預ける。

「ふむ……ザラ議長は、かな り神経を尖らせておるな」

通信モニターからは死角に なった場所で、一人の老齢の男が口を挟んだ。

手に持っていたカップを口に 運び、コーヒーを口に含んでいる。

「ええ…ですが、その分だけ こちらも対応は取りやすい……もう一杯いかがですかな?」

「もらおう」

老齢の男は軽く笑みを浮か べ、カップを差し出すと男は手元に置いてあるサイフォンからこげ茶に濁った液体をカップに注ぎ、湯気が立つカップからなんともいえぬ独特の芳香が漂う。

「相変わらず、君の淹れる コーヒーは独特の風味があるな……」

コーヒーを飲みながら苦笑を 浮かべると、男は愛想のいい笑みで頷き返す。

「褒め言葉としてもらってお きますよ……ですが、こちらは対応は取りやすいですがこの状況では歌姫様方の方は辛いですな」

「うむ……ああいう言い回し をされては、市民には効果が強い………ザラ議長もクルーゼを呼び戻したところをみると、周囲をかなり取り囲むつもりのようだ」

権力者というのは常に自身に 従順な者を求める……より高みに昇り、他を圧倒しながらも心の奥底では自身の能力に不安を感じるからこそ、自身に卑屈な者を必要とし、気を許す。

パトリックの思惑は既に歯車 を狂い出し始めている……独断で進めたアラスカのスピットブレイクの失敗に続き、フリーダムとインフィニティの奪取、ビクトリアの奪還……そして、巧妙に 地下活動を続行するクライン派と神経を過敏にすり減らし、また精神を揺さぶっている。

「クラインを亡くしたのは確 かに痛い……だが、このままではいずれ動きを抑制されよう。そろそろ、動く刻なのかもしれん」

重々しく呟く老齢の男に、男 も頷き返す。

「ええ…議長閣下には悪いで すが、今が絶好のチャンスですしな……」

後はタイミングだけだ……一 人ごち、再度自らが入れたコーヒーを飲み干すと、薄暗い私室のドアが開き、外明かりが差し込む。

「まったく……薄暗い部屋で いると身体に毒よ」

外明かりの奥から、一人の女 性が髪を揺らしながら呆れたように苦笑を浮かべる。

「彼女から伝言よ……『平和 の歌を歌うため、コンサートに向かう』ですって」

女性が伝えると、部屋の中に いた二人は互いに頷き、立ち上がった……

 

 

 

久方ぶりのプラントへと帰国 したイザークだったが、クルーゼの言われた通りに素直に家族に会う気にはなれなかった。あまりにいろいろなことがあり過ぎたのだ……アラスカでの地球軍の 非道とパナマでの同胞の残虐性…そしてオーブの陥落……もはや、プラントは世界から孤立していっているに等しい状況だった。

イザークの中には説明の付か ないもやもやとしたものが降り積もって気分は晴れない。

まずは軍事ステーションで久 方ぶりに搭乗するクルーゼ隊の母艦:ヴェサリウスを訪れていた。先にプラントに帰国したはずのアスランとリンに連絡を取ろうとも思ったが、二人は現在極秘 任務に従事していて連絡が不可であった。ラクスの反乱というアクシデントに続き、ビクトリアが再び奪還されてしまい、ザフトのパナマ侵攻は結局無駄骨とな り、まったく戦いの先が見えてこない現状にイザーク自身も内心に不安を抱いていた。

そしてなにより驚いたのは、 リーラが反逆者として処分されたと伝えられたことだった。ラクス=クラインに近しい者として拘束され、処分された……イザークは足元が抜けるような感覚に 襲われた。そして、慌てて彼女の実家の方も当たってみたが、ブラッド家の邸が全焼し、主のジークマル=ブラッドの遺体が見つかったという情報だけであっ た。

イザークも開戦前のパー ティーで何度かジークマルと会ったことはあるが、いけ好かない男だと思っていた。権力に取り入ろうとし、また弱い者には高圧的になる…そんな姿勢に酷く嫌 悪した。だが、その娘と出会い、惹かれ合ったのはイザーク自身にも予想しえなかったことだろう。

そのリーラが……もういな い………その事実がイザークを打ちのめし、とてもではないが休息を取る気になれなかったのだ。

(リーラ……っ!)

約束したはずなのに……互い に相手を置いて遠くへいかないと……なのに…と、ギリッと奥歯を噛み締める。

(戦うだけではだめなの か……俺は……どうすればいい……)

様々な人の思惑が絡み合うの が戦争だと、クルーゼが言った……自分は自分の意志でここにいるはずなのに、それすらも誰かの思惑だというのだろうか……リーラが消えたのも、誰かの思惑 のせいなのかと…ぶつけどころのない怒りを纏わせながらイザークはヴェサリウスの格納庫を訪れていた。

MSデッキには自身のデュエ ルと並んでシグー・ディープアームズが既に搬入され、宇宙用のセッティングに変更を行っている。

その金ピカのカラーリングに イザークは目立ちたがり屋めと内心でヴァネッサに毒づいた。

そして、新たなMSが搬入さ れているのに気付いた。

一機はクルーゼ用に搬入され た新型の次期主力MSと新開発された無人人型機動兵器……

「これが新型のゲイツとバル ファスか……」

思わず声に出して呟いた。

「あ…ええ、MMIの最新鋭 主力機ですよ」

その声に気付いた整備兵の一 人がゲイツのコックピットから顔を出し、答え返した。

ZGMF−600:ゲイツと ZGMF−M800:バルファス……共にザフトの次世代型主力MS……いや、片方は語弊がある。

両機共にザフトのMSの流れ を組むデザインではあるが、その武装面は地球軍から奪取したGATシリーズから得た技術も使用されている。

ゲイツはビーム兵装を施し、 機動性を高めたデザインであるに対し、バルファスはパイロットを必要としない無人兵器だ。人的資源の乏しいザフトが進めていた人工知能を搭載したMS…い や、MM(モビル・マシン)プロジェクトの第一号機。先のアラスカ戦での熟練パイロットの多失がこの機体の完成をより早めたとは皮肉なことである。バル ファスはゲイツと違い鈍重そうなデザインだが、この機体に自分達が攻略したアルテミスより奪取した光波防御帯のリフレクターとザフトで完成度の高まった量 子通信技術を応用したエネルギーフィールドを展開できる防御に特化した機体だ。だが、最大の特徴は頭部に埋め込まれた人工知能で設定された敵機を何の躊躇 いもなくまたパイロットが搭乗していては不可能な機動で実行もできる。既存のジンやシグーも一部がコックピットブロックを取り外し、この人工知能搭載型に 変更されているらしい。

(フン、人形などどこまで役 に立つ……)

理由は解かるが、それでもパ イロットがもう必要ないと思われているようでイザークには面白くもない。

だが、整備兵はそんなイザー クの心持ちも知らず、並び立つ両機をほれぼれと見上げる。

「今、この2機がどんどんラ インに乗ってますからね…配備が進めば、ナチュラルどもなんかあっという間に宇宙からいなくなるんでしょ?」

安易な希望を抱く年若い整備 兵が何気に漏らした一言にイザークは顔を顰めた。

それがどういうことなのか、 この整備兵は知っているのだろうか……アラスカとパナマで見た両者の残虐性……無論、イザークとて自軍の勝利を望んではいるが、しれはナチュラルを滅ぼす という単純なものではない。

だが、戦いを終わらせるのに 敵を滅ぼす以外に選択肢があるのだろうか、と……イザークは思い悩む。

ラクスがいくら市民へ戦う意 味を説いたとて、それが変わるはずもない……それぞれの正義を信じ続ける限り、戦いは決して終わらない………堂々巡りに陥っていたイザークは視線をゲイツ から逸らしてバルファスを見やると……コックピットブロックのハッチが開いていることに気付いた。

思わず首を傾げる……バル ファスはMMとして生産されているが、パイロットが搭乗できるように一部が改修されているとは聞いているが……

「あの機体は、俺のだ……」

後ろから掛かった低い声にイ ザークが反射的に身構えて振り向くと……そこには自分と同じ赤服を着た同年代の少年が立っていた。

「初めまして……イザーク= ジュール…ガルド=アーレス……クルーゼ隊に配属された。以後、よろしく」

年恰好の少年には似つかない 含みのある笑みを浮かべるガルドに、イザークは内心の警戒心を解かない。

「ああ、それと伝えておくこ とがあったな……リフェーラ=シリウスを拘束したのは俺だ」

「なっ!?」

不適な笑みを浮かべてガルド が漏らしたのはイザークから冷静さを奪うには充分だった。

イザークはそのまま責めるよ うにガルドに掴み掛かった。

「貴様ぁぁぁ、リーラをどう した!?」

胸元を締め上げながら鬼気迫 る表情でガルドに叫ぶが、ガルドは動揺した様子も見せず嫌な笑みを貼り付けたままだ。

「何をそんなに怒る……俺は 反逆者を捕らえただけだ。彼女へのスパイ容疑はお前も聞いているはずだ」

あやすように肩を竦めながら 説くガルドに、イザークはクッと言葉を詰まらせ……侮るように鼻を鳴らしながら戒めを解く。

「リーラは…リーラはどうし たんだ?」

それでもなお、縋るように尋 ねると…ガルドは視線を細め、慇懃な態度で鼻を鳴らす。

「そんなに気になるのか…… あの娘なら、あの後拷問にかけられたさ…今頃は廃人か…それとも死体処理場かな………」

挑発するように嘲笑を浮かべ るガルド……その瞬間、イザークは我を忘れてガルドに殴り掛かりそうになったが、それより早く後ろから伸びた腕に身体を拘束された。

「や、止めてください!  ジュール先輩!」

イザークを後ろから抑え付け ているのは同じ赤服を着た黒髪の少女……ガルドと同じくクルーゼ隊に配属された新人パイロットのシホ=ハーネンフースだ。

「お、落ち着いてださい!  お願いします、ジュール先輩!!」

シホが必死に呼び掛けると、 それで少しは熱を冷ましたのか……イザークは歯噛みしたまま振り上げた拳を下ろす。その様子につまらなさげに舌打ちするガルド。

「ガルド、貴方も口を慎ん で! 申し訳ありません、ジュール先輩…私は、本日付けでクルーゼ隊に配属されたシホ=ハーネンフースです。よろしくお願いします」

敬礼するシホだったが、イ ザークは胸中に渦巻く憤怒の感情を抑制するのに必死で答えようともせず、踵を返す。

だが、去っていく後姿にガル ドが駄目押しすように囁いた。

「あまり奴のことに関わって いると、お前にまで要らぬ疑いが及ぶことを忘れるな……」

「ガルド!」

再度、シホが叱咤するもイ ザークは拳を握り締め、歯軋りしながら格納庫を後にした。

 

 

 

同じくヴェサリウスの私室に 戻ったクルーゼは、シートに腰掛けると執務机の抽斗から薬の詰まったケースを取り出すと、その動作に応じてクルーゼの私室にまで付き添うフレイが徐に水の 入ったグラスを差し出す。こちらの機嫌を損なわないように必死に尽くすその姿にクルーゼは使い勝手のいいメイドを置いた気分になり薄く笑った。

この少女には大役を任せなけ ればならないのだから……頭の中でシナリオを組み立てながらクルーゼは遂先程、自身の情報源から極秘に得たメディアを手元のコンピューターに読み込ませ、 モニターウィンドウに極秘裏に設計された試作型MSのスペックデータが表示されている。

 

―――――ZGMF− X09A:ジャスティス・ZGMF−X10A:フリーダム……

 

オーブ沖で見た地球連合と オーブの戦闘で確認されたMSのデータだった。内一機のジャスティスがアスランへと受領されたのは既に彼の知るところとなっていた。故にパトリックに提示 した映像データからは故意にジャスティスの映像を削除した。別にアスランの行動を鑑みた訳ではない。だが、フリーダムがラクスの手引きで奪取されたのは知 りえたものの、それが何故オーブに居たのかは流石の彼でも掴めなかった。

そして、同時期に両機と共に あったはずのインフィニティとエヴォリューションのデータだけは手に入らなかった。これは両機のEXナンバーが明らかにスタンドアローンを前提としている のと、フリーダムとジャスティスが後の量産用に設計されているために情報が出回ったせいでもある。

だが、表示されているデータ を見詰めていたクルーゼがある単語を眼に留めた時、頭の中に渦巻いていた疑念は消えた。

「…Nジャマーキャンセ ラー……これはまた……」

仮面の下で口元が歪み、歓喜 にも狂喜にも似た笑みを浮かべる。

遂に手にしたのだ……破滅へ の鍵を…………

 

 

 

アプリリウス市街の寂れた一 画の打ち捨てられたビル群の中をダコスタが周囲に気を配りながら一つのビルの外壁の階段を駆け上がると、2階へと入るドアが中から開かれ、ダコスタは素早 く中に入り込むと、間髪入れずドアが閉じられる。

部屋の中には、情報収集のた めの端末機器とコード類が散乱する場所にラクスと数名の同志がいた。

「ご苦労様です……どうです か、街は?」

ダコスタの姿を確認すると、 ラクスが立ち上がって歩み寄る。

父であるシーゲル=クライン が無残に殺され、浮き足立つ同志の中で彼女だけが取り乱さず冷静にその衝撃を受け止め、また纏め上げていた。その意志の強さには敬服する。

「上手くないですね……エザ リア=ジュールの演説で、市民はかなり困惑しています」

ダコスタも苦い表情で報告す る……ここ最近は、隠れ家を移動する回数が確実に増していた。

「そうですか……」

「シーゲル様のことも、まだ 公表されてませんから……」

その言葉に同志達にざわめき が漏れる……状況は明らかに不利であった。

最初はあれだけラクスを非難 し、民衆の怒りを煽って情報を得ようとしていたのが、なかなか効果が現れないと見るやそれを一変させた。人の悪意ではなく情に訴える作戦に出たのである。 プラントの市民達に深く愛されているラクスだからこそ、この作戦の効果は大きいだろう。愛は敵意よりも強く…時には厄介なのだ。

市民達にはシーゲルが射殺さ れた事実は伝わっておらず、ラクスを救おうと動き出す市民が増えれば、それだけで致命的だ。

機械の眼やデータは誤魔化せ るが、人の眼はそう簡単に欺けない……この間にも、僅かな目撃情報から彼らの居場所を突き止めた特務隊が、この隠れ家に迫っているかもしれない。

プラント内での地下活動もそ ろそろ限界が近い。それを痛感したラクスはダコスタに確認をするように見やる。

「……では?」

「はい……両艦とも、既に乗 艦したそうです。『コンサート会場への足は用意した』と……予定より少し早いですが……動かれた方がいいだろうと………」

その言葉に、ラクスは静かに 頷いた。

「解かりました……各方面に 連絡を…『ラクス=クラインがコンサートに出向きます…是非お越しください』と」

躊躇うことなく同意し、指示 を出すと、同志達は一斉に各市や軍部に散っている同志に連絡を取り合う。

「『刻』なのでしょうね…… 私達も行かねばならない……」

穏やかな微笑を浮かべる…だ が、それは儚さではなく決意を感じさせた。

【ミトメタクナイ!】

それに応えるようにハロがパ タパタとカバーを振りながら飛び跳ねた。

 

 

 

ザフト軍の宿舎……メイアの 私室で、メイアはルフォンから連絡を受けていた。

無論、通常の回線ではなく秘 匿回線を使っての会話だ……表立った通信は全てログがザフトのマザーコンピューターに記録されるので危険が大きい。

《……あちらさんから誘いが 来たで。『ラクス=クラインがコンサートに出向きます…是非お越しください』やって》

その通信に、メイアは若干眉 を寄せる。

「予定より少し早いな……」

《しゃあない……上層部が捜 索の路線変更したさかい…こっちの分が悪いわ》

その言葉には苦く頷く……プ ラントの市民が今なおラクスを愛しているのは確かに喜ばしいことだが、現状では厄介なことこの上ない。

自分がいくら特務隊の動きを 察しても伝えるのは限られてくる…あまり目立った動きを起こせば、それだけで眼をつけられる。

「解かった…そっちはどう だ? 艦の状態と機体は?」

《両艦とも、既に物資は積み 込んだし…新しく開発されたゲイツの改修タイプも数機搬入するようにデータは改竄しておいたわ…せやけど、行動の開始が早まったからX12号機はまだ持ち 出されへん…おまけにX11号機も2番機が既に特殊工作隊に配備されてもうたから無理やわ》

心底悔しそうに呟くルフォン にメイアが苦笑を浮かべる。

本来の予定通りなら、決起の 時までにXシリーズも12号機までは完成をみ、同時に持ち出す算段であったが、予定が早まったために未だ組立作業中の12号機は諦めるしかない。11号機 の2番機も既に別部隊に配備されていて手が出せない。

「済んでしまったことは仕方 ないさ…それに、1号機は一応残っているんだろ?」

宥めるように声を掛け、確認 を取る。

《せやけど……パイロットに 心当たりはあるん? あの機体は普通のパイロットには動かされへんで?》

「ああ……」

メイアは答えながら部屋のソ ファに座る少女に眼を向ける。

「とにかく、私の機体と後2 機は持ち出せるんだな?」

《多分いけるはずや…問題 は、配備場所や。第6ステーション……ちょうど今、ヴェサリウスが停泊しとる》

メイアの表情が微かに強張 る……確かにそれは厄介だ。クルーゼが既にプラントに帰国しているのはメイアも聞き及んでいる。クルーゼの眼を掻い潜りながら機体を奪取しなければならな い。時間との勝負だ。

「解かった……そっちはなん とかする。お前も早く搭乗しておけよ」

《おおきに……んじゃ、幸運 を》

通信が切れると、メイアは部 屋のソファに俯いている少女…リーラに歩み寄る。

あの後……ブラッド家の邸の 近くから逃げた後、メイアはリーラを宿舎の私室に匿っていた。特務隊の一員であるメイアには個人部屋が与えられていたのも幸いした。この部屋の監視カメラ はルフォンが無効化してくれているから隠すのには打ってつけだった。

ラクスと行動を共にさせよう とも思ったが、なかなか接触する機会も持てずじまいだった。

「……行くんですか?」

確認をするようにリーラが顔 を上げて問い掛ける。

「ああ……君はどうする?  少なくとも、考える時間はあったはずだ」

メイアが問い返すと……リー ラはまた表情を俯かせる……未だ、答は出ない。

あまりにいろいろあり過ぎ た……自身の出生…本当の父……母の死………その間にも世界は大きく動いていた。

アラスカでの地球軍の非道 さ、パナマでの同胞の残虐さ……そして、オーブの崩壊を聞かされたリーラはその事実に圧し掛かられ、さらに迷いの渦中にいた。

解からない……どうすればい い………自分にはあまりに荷が重すぎる……それに……自分の力など、本当に何の役にも立たないのではないのか…と、リーラは疑心暗鬼に陥っていた。ジーク マルの言った通り…自分はこの戦争で……何ができた………何もできていない……ただ、自分が傷つき…そして、戦火を拡げただけではないか………と自身に問 い掛ける……だが、運命はそんな迷う時間さえ許してくれない。

メイアは間もなく行動を起こ し、ザフトから離れる……だが、自分がどうしたらいいのか…どうしたいのかがまだ出ない。

「私は行く……自分が信じた 道をな……だが、これは誰かに言われたからでも共感したからでもない。私自身で決めたことだ。勿論、これが正しいとは思わないさ…もしかしたら間違ってい るかもしれない…だがそれでも、自分自身で決めたことだ。後悔はしたくないしな」

微笑を浮かべるメイアに、 リーラは呆然と見入る。

「このまま答を出さずに逃げ 続けるのも道の一つだ……だが、道は自分自身で決めろ…後悔が少ない道を選べ……ラクス嬢からの伝言だ」

「ラクスの……?」

発された名に眼を見開く…… 自分に生き方を指し示してくれた存在……軍に属し、そして世界を見、聞いた……そして決意したはずだ……大切なものを護る……

(もう、何も喪いたくな い……っ)

内心では既にリーラの心持ち は決まっていたかもしれない…だが、それに踏み切れないのはイザークの存在だった。イザークが無事だというのは既に聞かされ、安堵したが…自分が信じる道 を選べば、それはイザークと敵対することに他ならない。

それが苦しかった……大切な ものを敵にして戦わなければならないことに………戦争の前では、そんなことも通用しないのも理解はしている。だが、感情が納得しない。

大切な決断を迫られる時はい つとて時間は足りないのだ……脳裏に、欲に溺れたかつて父と呼んだ男の顔が過ぎる。あの男は言った……ナチュラルを滅ぼすと……このままザフトに留まれ ば、自分もそれに加担することになる。

だが、ここでなにもせずにた だ見ていることなど……もうリーラにはできない。

撃たれては撃ち返し…そして また撃ち返しては撃たれる……その連鎖が繰り返される…できない……そんな事………心の中で血を吐くような思いでリーラは顔を上げる。

「………私も、行きます。ま だ、はっきりと答は見つけられないけど…でも、このまま何もしなかったら、多分自分を一生赦せなくなる……」

そう告げると、メイアは薄く 笑った。

「それでいいさ……迷いなが らでも、進むのが人の生き方だ。たとえ、どんなに道が険しく、また不確かでも…一歩を踏み出さないと何も始まらない…変わらない……一つの道に縛られる必 要はない…いくぞ……」

「はいっ」

強く意志のこもった…それで もまだ微かに儚さを帯びる瞳を携え……少女は再び立ち上がった。

 

 

 

 

ネェルアークエンジェルを飛 び立ったアスランの乗る小型シャトルがフリーダムとインフィニティの随行を受けながらザフトの前線基地、宇宙要塞ボアズを迂回して最終防衛ライン上に存在 する宇宙要塞:ヤキン・ドゥーエの宙域にまで近付いていた。

「キラ、レイナ……」

フリーダムとケーブルで繋 がっているシャトルから、接触回線でキラに呼び掛けるアスラン。

「そろそろヤキン・ドューエ の防衛網に引っ掛かる。戻ってくれ」

奪取されたインフィニティと フリーダムを伴って戻れば、ヤキンの防衛軍との戦闘はまず避けられないだろう……今はまだ、騒ぎを大きくはしたくない。

それに、万が一にでも両機を 拿捕されるわけにはいかない……やや硬いアスランの声に、キラが応える。

「解かった…じゃ、この辺で 待機するね」

その言葉にアスランはやや眉 を寄せる……この周辺はデブリや浮遊岩も多いとはいえ、ヤキン防衛軍の守備領域にも近い。それに、自分がすぐに戻れるとは限らないのだ。

「いや…ここでいい…先に ネェルアークエンジェルへ戻ってくれ」

申し出を断りながら、アスラ ンは内心に強い決意を示す……それをモニターの向こうで察したキラが、静かに口を開いた。

「アスラン……」

「ん?」

穏やかなキラの声と表情が、 モニター越しにでもアスランに伝わってくる。

「君は…まだ、死ねな い………解かってるよね?」

穏やかな口調だが、その中に は強い覚悟と意志が込められていた。

「……キラ…………」

「君も僕も…まだ、死ねない んだ………」

アスランの覚悟や決意など、 いとも簡単に見透かしてしまっているキラの言葉にアスランが眼を丸くする。やはり、幼馴染みは伊達ではない……悲壮感を纏わせるアスランを戒める必要も あったのだろう。

キラらしくないストレートな 物言いだが、その中に込められた熱い思いにアスランは苦笑を浮かべた。

「まだ……か…?」

「うん……まだ、だよ…僕達 には、護らなきゃいけない人達がいる……僕達を待ってくれている人達がいる………だからだよ」

戦っているのは自分独りでは ない……信じて共に戦う者や信じて待ち続ける者がいる限り、安易に死など選べないのだ…キラはそれを身を以って知っている……死ぬのはまさに最後の手段 だ………

自分達が望む未来のために 奪った命の価値を無駄にしないためにも……自分達はまだ生き続けなければならない……哀しく…そして熱い想いだった………

「……解かった…憶えてお く」

そんなアスランの胸元には、 カガリから託されたハウメアの護り石が光っていた。

生きて欲しいと願って託され た物……護ってもらうほどの価値が自分にあるとは思っていなかったが、今はその想いが頼もしく思える。

「忘れないで」

念を押すような言葉を最後 に、キラはシャトルと繋いでいたケーブルを解除し、フリーダムの腕部に回収する。

フリーダムとインフィニティ が制動をかけ、速度を落とす……

《キラ……パッシブソナーに でも感知されるとまずいから、非常電源に切り替えてライフシステムだけに留めなさい》

この宙域に留まる以上、ヤキ ンの警備部隊も周辺に動いている……余計な戦闘を回避するためにもメインエンジンは切っておく必要がある。

「解かった」

レイナの言葉に答えながら、 フリーダムとインフィニティはそのまま浮遊する岩塊に取り付くと、メインエンジンを切り、非常電源に切り替える。PS装甲が落ち、灰色に戻る両機はそのま ま岩陰に身を潜めた。

「アスラン……気をつけて」

既にレーダーからも反応の消 えた友のシャトルの方角を見やりながら、キラは祈るような思いで呟いた。

 

 

2機と別れたアスランの操縦 する小型シャトルがゆっくりと進むと……行く先にY字に見える巨大な岩塊の衛星が肉眼でも見え始めた。

ザフトの宇宙要塞:ヤキン・ ドゥーエだ……要塞の周囲には何十隻というナスカ級・ローラシア級戦艦が布陣し、周囲をMS隊が警戒に眼を光らせている。

「こちら、国防委員会直属、 特務隊アスラン・ザラ…認識番号285002……ヤキン・ドューエ防衛軍、応答願う……」

ザフトの通信回線に繋ぎ、呼 び掛けながら無意識に片手が胸元のペンダントへと伸びていた……数分後、通信を受けたMS隊が警戒するように周囲を随行しながら、戦艦へと格納され…ヤキ ン・ドゥーエへとアスランは誘われていった……

 


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