プラント内部で……いや、パ トリックは最高潮に荒れていた。

アスランを取り逃がしたばか りか、続けて最新鋭の戦艦2隻に、最新型のMSを3機以上も奪われたのだ。

「おのれっ……ラクス=クラ インめ……っ」

親子で自分の邪魔をするか… と、地を這うような怨念がこもった声で仇敵の名を呟き……傍に控えていた議員や報告した兵士達は竦み上がっている。

「すぐに追撃隊を出せ! 奪 われたMSはなんとしても奪還せよ! 最悪の場合は破壊しても構わん!!」

顔を上げ、怒鳴るように命令 を飛ばす。

「すぐにクルーゼに指示を出 せ! 部隊の選抜は奴に任せる!! よいなっ!!」

矢継ぎのように出される指示 に、兵士達は上擦った声で応じ、敬礼しながら退出していく。

「衛兵! ただちにマックス ウェル議員を拘束しろ! 奴の息子がクライン派に参加していたと報告がある、その父もクライン派に通じているやもしれん!!」

ステーション内で確認された ラスティから、その親も通じているかもしれないと同じ強硬派路線に属するジュレミーも疑い、拘束の指示を出す。

「はっ、いえですが……」

言い募ろうとした補佐官を鋭 い視線で睨み、黙らせる……

「し、失礼しました! ただ ちに!!」

慌てて敬礼し、補佐官は逃げ るように議長室を後にする。

なおも怒りが収まらないの か……握り締めた拳をドンと執務机に叩きつけながら無言のプレッシャーを発するパトリックに、ユーリがどこか気まずげに視線を逸らすと、議長室から退室し ていく議員に気付き、静かに後を追う。

「待ってくれ、エルスマン議 員」

外に出たユーリが呼び止める と、中立派の評議会議員、タッド=エルスマンは無骨な顔を向ける。

「私に何かな……正直、今の ザラのやり方は気に入らん…私は別に穏健派を擁護するわけではないが、強硬派のお前達にも与するつもりはないぞ」

静かに答える……無論、タッ ドとて息子であったディアッカがMIAと聞き、落ち込んだものだが、それでもユーリのように強硬派に移ることはなかった。馬鹿な息子であったが、息子は息 子、自分は自分と既に割り切っているのだ。

そして、タッドの予感通り、 プラントはパトリックに実質支配され始めている……パトリックのやり口も日に日に激しくなっているのは明白であり、とても支持する気になれなかった。

だが、タッドの考えていたこ とではなく、ユーリは静かに首を振る。

「いや……実は………」

ユーリは、懐から一通の手紙 を取り出す………それは、愛息からの手紙であり、ユーリだけでなく、これを読んだタッドをも驚かせる内容であった………

この影響が、後々にプラント にどう影響するのか、今はまだ解からなかった……

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-41  螺旋の激闘

 

 

地球軍の宇宙での最前線基 地:プトレマイオスクレーターにはビクトリア基地から打ち上げられた物資やMS、人員が次々と搬入され、多数の250m標準戦艦や駆逐艦、アガメムノン級 が順次ロールアウトし、また艦の一部をMS運用用に改修している。元々はMA運用のためであるので、未だに多くのMSを運用する手段を既存の艦は確保でき ていないのだ。

多数のストライクダガーの配 備が進む中、プトレマイオスクレーターよりやや離れた月の軌道上で、一隻のダークグレーを思わせるカラーリングの艦が航行していた。

「センサーに感! 距離 500、オレンジ14、マーク233αに大型の熱量、接近しつつあり! 戦艦クラスと思われます!」

唐突にオペレーターの声が響 き、ブリッジに緊張が走る。

「対艦、対MS戦闘用意!」

そして、艦長シートに就く女 性士官が声を上げる。艦長シートに就くのは、かつてのアークエンジェル副長のナタル=バジルールであった。

「面舵10、艦首下げピッチ 角15! イーゲルシュテルン起動、バリアント照準、敵戦艦! ミサイル発射管1番から4番、コリントス装填……」

戦艦のイーゲルシュテルンが 起動し、バリアントの砲身が出現する。

艦首を変えながら艦尾のミサ イルハッチが開く……

「バリアント、撃てぇ!」

ナタルの鋭い指示が飛ぶも、 CICにいるクルー達が慣れない操作にもたつき、コントロールがし切れず、その間にモニター画面に敵艦からの攻撃が迫り……警告音が点灯する自艦へと吸い 込まれるように伸び……『MISSON FAILED』という文字とともにシミュレーション失敗の文字がモニターに浮かび上がった。

「何をやっているか! 貴様 ら!!」

ナタルが思わずシートから立 ち上がり、怒鳴りつける。

「対応が遅すぎる! これで は初陣で沈められるぞ、解かっているのか!?」

容赦のない鋭い叱咤にクルー 達は一様に表情を沈ませて萎縮する……以前の艦では、クルー達は満足にシミュレーションすら行わず実戦に入りながらも皆、よくやっていたと今になって思 う。

「艦長、艦隊司令部より入電 です……」

通信席のクルーがおずおずと 声を掛けると、ナタルは首を傾げる……そして、軌道上に静止するドミニオンに向かって一機のランチを取り囲んだMS部隊が近付きつつあった。

ストライクダガー数機に混 じっているゲイル、カラミティ、フォビドゥン、レイダー、ヴァニシング……そして、もう一機…見慣れぬMSが加わっていた。

 

―――――GAT− X366:ディスピィア……

 

白いボディに走る赤のポイン トカラー…真紅のカメラアイを煌かせる鳥のような翼を備えたX300系統の最新鋭機……コックピットには、イリューシア=ソキウスの姿がある。

この機体は、彼女の搭乗機と して開発が進められていたが、オーブ戦には間に合わず、プトレマイオスクレーターで完成し、ようやく実戦への投入が可能となった。

十数機のMSというものもの しい護衛に護られたランチがドミニオンへと収容されていく。

数分後……ブリッジへのドア が開き、月艦隊総司令部よりやって来た将校が、一人のスール姿の男を連れ立って現われた。

「すまんな、バジルール少 佐…気合いの入っているところ……」

「いえ…」

将校が建前とばかりに詫びの 言葉を口にすると、それに沿って機械的に答え返す。

補給と増員があるとは聞いて いたが、流石に上官が立ち寄るとは思っていなかったので、やや戸惑いもある。

「紹介する…こちらは、国防 産業連合理事のムルタ=アズラエル氏だ。君も、お名前ぐらいは聞いているだろう?」

「あ、はあ……」

媚びるような口調で紹介する 上官に戸惑いながら、先程からブリッジを見回しているアズラエルを見やり、当惑する。

ナタルも、アズラエルの噂は 耳にしている……軍需産業を営み、国防産業連合理事にまでこの若さで上り詰め、現在配備が進んでいるMSの開発にも一役買い、そして地球連合軍の上層部に おいて大きな発言力を有するが、もう一つの顔はコーディネイター排斥を掲げるブルーコスモスの盟主であることも……そんな男が、何故ここに来るのか……

単に新型艦に興味を持ち、そ の見学を申し出た……一瞬、そんな考えが過ぎるが、それを遮るように上官がナタルに予想外の言葉を掛けた。

「アズラエル氏は、この艦に 配属される6機の最新鋭MSのオブザーバーとして、ともに乗艦される」

「え……?」

面を喰らったように眼を見開 く……戸惑う彼女の顔を覗き込むように、軽薄な口調で話し掛ける。

「よろしく、艦長さん」

「あ…はっ! ナタル=バジ ルールであります…しかし……」

慌てて敬礼するが、オブザー バーなどという厄介なものを預かるのは流石に不本意なのか、否定の意を口にしようとするが、アズラエルがナタルをジッと観察するように見る。

「しかし、ボクらの乗る艦の 艦長さんが、こんなに若くて美人な方だってのは……イキな計らいってやつですか?」

侮るように、揶揄する口調で 将校を一瞥すると、将校は胸を張って答える。

「ご心配なく…彼女は優秀で すよ。代々続く、軍人家系の出でね……」

「いえ、それは……」

家柄を持ち出され、ナタルは 不快感を感じながら上官の言葉に萎縮する。

「それに、ここに配属になる 前は、あのアークエンジェルで副長の任に就いていました」

「おや…じゃ、勝手知った る……ってやつですね?」

含みのある口調でうそぶく将 校に、アズラエルが無邪気な笑みを浮かべる。

それには理由がある……アー クエンジェルは軍上層部において厄介者扱いにされ、アズラエルもオーブ戦で煮え湯を呑まされた。

だが、ナタルはその報告を受 けた時、どこかホッとした面持ちだった……アラスカでの転属後、彼女はアラスカ壊滅の報を聞き、激しい喪失感に襲われた。同時に転属になったはずのムウ、 アルフ、フレイの3人は転属先に現われず、搭乗予定だった艦に乗り込まなかったことが確認され、3人もまたアラスカ基地消滅と運命をともにした。

独り、生き残った…いえ、生 き残らされたという事実は本人にも意外なほどショックを与えたが、ほどなくしてオーブ戦にアークエンジェルの艦影が確認され、しかも地球軍に対して叛旗を 翻したという報告がナタルの耳に入り、彼女が最初に感じたのはやはり安堵だった。それは彼女自身も、味方もろとも何も知らされずに切り捨てられたことを裏 切りと感じ、上層部に不審感を持ったからだった。

その後、彼女はプトレマイオ スクレーターで建造が進んでいたAA級2番艦:ドミニオンの艦長に2階級特進という異例の大抜擢を受け、任命されたのだ。無論、これ程早く艦長という役職 に就いたのは栄えある経歴であろうが、かつて乗艦していた艦と寸分違わぬ艦にただ独りでいることが予想以上に孤独感を知らしめた。

そんな感傷を抱いていたナタ ルだったが、改めて意識を切り替える。軍人である以上、上からの命令ならそれが邪魔にしかならないオブザーバーのお守りでも大事な任務だ。

割り切っていたナタルだった が、アズラエルが次に放った言葉に身を強張らせた。

「期待しますよ…ボクらはこ れから、そのアークエンジェルを討ちに行くんですから」

ブリッジへのドアが開き、配 備された6機のGのパイロット達が入ってくる。誰もが一癖も二癖もありそうな連中ばかりだ。

そしてなによりも、アークエ ンジェル討伐という任が、彼女に重く圧し掛かった………

 

 

 

パトリックの命令を受け、 ヴェサリウスは急遽任務に就くこととなった。

おかげで、ろくに休む間もな く慌しく出撃したのだ……その後、ヤキン・ドゥーエにて他の部隊と合流し、ヤキン・ドゥーエから観測されたエターナルとオーディーンの航路データを受け 取ったが、まさか彼らもヤキンの防衛網を突破できるとは思わなかった。

ヤキン・ドゥーエはプラント 防衛の最終ラインのため、強固な防衛網が築かれ、MSの配備数も多い。いくら最新鋭艦とはいえ、その戦闘時にはMSが一機しか発進していない状況であった にも関わらず、突破した。しかも。迎撃に出たMS部隊も半数以上が生存していた。そして、戦闘時のデータからフリーダムとインフィニティが二艦の援護に現 われたことを知った。

ヤキンの格納庫には、その戦 争で戦闘力を奪われたMSが収容されており、イザークはアラスカ戦と同じ状況にさらに表情を顰めた。

そして、ヴェサリウスは同型 艦のヘルダーリン、ホイジンガーを伴い、三隻のナスカ級がエターナル、オーディーンの追撃の任に就いた。

そして、主要メンバーが旗艦 のヴェサリウスブリッジへと集合していた。

「ヤキン・ドゥーエの追跡 データから割り出した、エターナルとオーディーンの予測針路です」

戦略パネルに表示される航宙 図上に表示される予測針路に、アデスは表情を顰めた。

「L4コロニー群ですか、や はり……」

航路を解析されるのを恐れ て、カムフラージュはしたようだが、ザフトの追跡網はやはりそれで蒔けるほどあまくはなかった。

「十中八九そうでしょう ね……月基地へと向かうかと思いましたが……」

口を挟むのは、ナスカ級:ヘ ルダーリンの艦長を務める女性士官、タリア=グラディス。女性でありながら、クルーゼと同じ一部隊の指揮官に任命される程の器量を持った人物で、白い軍服 を着ている。

その周囲では、イザークや ヴァネッサ、ライルだけでなく新たに配属されたシホやガルドの姿もある。

「……困ったものですな、ア レにも。妙な連中が根城にしたり、今度のように使われたりで……」

ここがかつて、遺伝子研究を 盛んにしていた場所であるというのはコーディネイターならある程度は知っており、また感慨深い場所でもある。

やや苦い声で呟くアデスに、 クルーゼの隣で同じようにパネルを覗き込んでいたフレイも相変わらず怯えた表情で窺うようにクルーゼを見やるが、クルーゼが予想の範囲だとでも言うように せせら笑う。

「クライン派もさほどの規模 とは思えんが……厭戦気分というやつからかな………」

鼻を鳴らしながらパネルを覗 き込む。

「軍内部もだいぶ切り崩され ていたようだ……何が出るやら、だな………」

エターナルとオーディーンの 反乱の首謀者はラクス=クライン。さらに、両艦の艦長に任命されていたバルトフェルドもダイテツも既にクライン派だったことになる。そして、メイア= ファーエデンがステーションに配備されていた最新鋭のMSを奪取し、それに加わったこと……さらに同時にプラントに戻っていたアスランが反逆罪で脱走。そ して、プラント脱出にクライン派の関与が確認され、恐らくアスランもそれに同行しているという報告……イザークはバカな、という思いでいっぱいだった。

そして、それはその場にいる タリアやシホにも同じように思えたのだろう……彼らがプラントを裏切るなどと……だが、唯一ガルドだけが表情を変えずに佇んでいる。

「バルトフェルド隊長やダイ テツ艦長には私もお会いしたことがありますが、よもや彼らだとは……」

アデスが半ばその場にいるほ とんどの者の面持ちを代弁するように呟く。だが、クルーゼは鼻で笑いながら肩を竦める。

「口の上手い陽気な男に油断 のならない女狐さ。ザラ議長もまんまとそれにいっぱい喰わされたのだろう…共に奇跡の生還のヒーローだしな。ダイテツ艦長にしても、あまりザラ議長の方策 には好意的ではなかったしな」

「砂漠の虎、鋼鉄の狼、蒼の 稲妻…そして漆黒の戦乙女………我が軍からここまで多くの離反者が出るとは………」

アデスの口調が苦々しくな る……イザークも、バルトフェルドとダイテツのことは知っていた。なにせ、後者はアカデミー時代に戦術の講座で嫌というほど戦術の基礎を叩き込まれたの だ。だが、イザークはほとんど真面目に授業を聞いていなかった。たかがナチュラル相手にそんな回りくどい事をしなくても簡単に叩き潰せるという自信があっ たからだ。だが、ダイテツの自分は決してナチュラルが憎いから戦うわけではないという言葉だけはよく覚えていた。当時はなにをバカなと鼻で嘲笑った……低 脳なナチュラルのせいでこの戦争が起こったのだとイザークは考えてばかりいた。既に年輩でありながら、大部隊を指揮する器量と豪胆さ…巧みに艦隊を操るこ とからその様は狼の群のように思われ、ダイテツは『鋼鉄の狼』という二つ名を与えられ、ザフトの広告塔として宣伝されていたが、ダイテツ本人はどちらかと いうと穏健派の人間であり、強硬派にはやや眼の上の瘤であった。前者はそれ程詳しいわけではないが、一度はイザーク自身が指揮下に入ったこともあり、ク ルーゼの批評通り、イザーク自身も軽薄でいい加減な男だと第一印象では感じた。

だが、まさか彼がここまで大 胆な行動に出るとは思わなかった。プラントを裏切るような男とは思えなかったからだ。

なにより、バルトフェルドも ダイテツも部下に慕われているとの話は聞いている…だが、今のイザークは自分が属する隊を指揮する男に対する見方が変わりつつあった。

「フッ……仕方なかろう。物 事はそうそう頭の中で書いた図面通りにはいかないものさ……ましてや、人が胸の内に秘めた思惑など容易に解かるものではない……」

口元に微かに浮かべる笑み に、隣に立つフレイが僅かに反応する。

「イザーク」

パネルを見詰め、思考の迷路 に入りかけていたイザークに、クルーゼが声を掛ける。

「今度出会えば、アスランは 敵だぞ。そして、恐らくリンやラスティもな……」

クルーゼの淡白な言葉に、イ ザークが眉を寄せる。

「……撃てるかな?」

揶揄するような口調で試すよ うに尋ねる……イザークは返答に詰まる。

そう……アスランは最新鋭機 を奪い、父親であるザラ議長を襲ったばかりか、プラントを裏切った。そして、アスランと共に任務に就いたはずのリンもまた行方を晦ましている。そして、例 のステーションでメイアに連れられて最新鋭機を奪取したメンバーの中にかつての同僚のラスティの姿も確認された。

イザークには到底信じられな かった……だが、事実3人は最新鋭機を奪取し、プラントを裏切った……クルーゼの言うとおり、人が深淵に秘める思いまで、はっきりと解かるわけがない。

「無論です……裏切り者な ど……っ!」

イザークは吐き捨てるように 叫んだ。

最初は気に喰わない相手で あったが、長く戦ううちにその実力を認め、イザークが戦友と誇りに感じたアスランとリン……クルーゼ隊に入隊して以来、よく揉め事を起こす自分達の中で常 に仲裁役に回り、お気楽ながらもチームのムードメーカー的存在だったラスティ……彼らまでがイザークを裏切ったのだ。

だが、なによりイザークの心 を絞めつけるのは別の存在であった。

バルトフェルドやダイテツの ことは多少は冷静に感じられた……だが、アスランやリン達…そして、自分の大切な者がプラントを裏切った事実は、イザークを苛め、苦悩のこもった瞳でその 航路を一瞥した。

「アデス、L4への到達予測 時間は?」

「後、数時間は掛かりま す……」

「ふむ…では、L4へと到着 次第、作戦に入ろう…それまでは各自休んでくれたまえ」

クルーゼの言葉に、パイロッ ト達が先立ってブリッジを後にし……タリアも自艦へと戻ろうとするが、その背中にクルーゼが言葉を掛けた。

「ああ、グラディス艦長…… 君は確か、ダイテツ艦長の部下でもあったな………」

どこか、慇懃な口調でその事 実を持ち出され、タリアの顔が微かに強張る。

タリアはかつて、ダイテツの 下で戦っていたことがあり、またその指揮能力の高さに眼をかけられ、指導してもらい、瞬く間に頭角を現わし、この若さで艦長という地位にまで上り詰めた。

その慕っていたダイテツが裏 切ったという事実は、常に冷静であるタリアの心情に深く刻まれており、それをなんとか気丈に鉄仮面で覆っている。それを逆撫でるような物言いにタリアも以 前から感じていたクルーゼへの不快感をよりいっそう高める。

「ご心配なく……私はその前 に艦長でもありますから………」

「おやっ、それは要らぬ心配 を……」

侮るような口調に、タリアは 表情を落とし、皮肉げに呟く。

「そちらこそ、妙な噂が立た ぬように身の回りを気をつけた方がよろしいかと……」

痛烈な皮肉を、クルーゼの傍 らに立つフレイを見やりながら言い捨てると、タリアはブリッジを後にし、クルーゼは肩を竦めるが、アデスはややハラハラした面持ちでそのやり取りを見てい た。

 

 

ミーティングを終え、通路に 出たパイロットの中で、ヴァネッサは苛立ちから壁を殴りつけた。

「た、隊長……」

ライルが不安げに見ると… ヴァネッサは歯噛みし、拳を震わせていた。

ヴァネッサが荒れているの は、リンが裏切ったという事実だ……いつも無愛想で透かしたような態度ばかり取り、そのくせ自分の功績など別にどうでもいいと言いたげにしているがまた劣 等感を煽らせ、気に喰わなかったが、それでもヴァネッサはリンに一定の敬意は持っていた。その操縦技術の高さと戦闘スタイルに……そして、自分が目標とし ライバルと認めた相手だというのに……

「ちっくしょっ! あんのバ カ野郎がっ……」

怒りを滲ませた口調で漏ら し、荒れながらヴァネッサは踵を返す。

不機嫌さを振り撒きながら進 むヴァネッサの後を、ライルが慌てて後を追った。

そんなヴァネッサの態度を見 ながら、イザークは鬱陶しいとは思わなかった…いや、むしろ自分と同じように信じていた者に裏切られたという怒りが大きいのだろうと思った。

イザークも拳を壁に叩きつけ ながら、大切な者の顔を思い浮かべる。

「リーラ……っ」

脳裏に、カーペンタリアで交 わした約束が甦る。

 

――――私を置いて、遠くへいかないで……

 

そう涙ぐんで縋り、そして感 じた愛しさと親近さ……あの時は、あんなに近くに感じたのに、今は果てしなく遠く感じる………

「何があったんだ……っ」

いったい、プラントに戻って からリーラの身に何があったのか……だが、あの時ステーションで見た彼女は確かに自分に言った……『ゴ・メ・ン……』と……何故、謝るのか…あの時に感じ た距離が、さらに遠くに離れてしまったように感じる。

イザークも苦悩を浮かべなが ら自室に向かおうとすると、背後から名を呼ばれた。

「あの……ジュール先輩」

「………シホ=ハーネンフー スか」

イザークに追い縋るように、 シホが後ろに立ち、背後からの声に不機嫌そうに答えたイザークは、立ち止まりもせずに肩越しに振り向くだけだった。

「何か用か?」

無愛想な口調で話し掛けてく るイザークに、シホが一瞬躊躇った後、顔を上げて尋ねた。

「あの……ジュール先輩は、 どうお考えなんですか?」

「何が言いたい?」

質問の意味が解からずに問い 返すと、シホがはっきりと告げた。

「先程、クルーゼ隊長の前で 仰っていた…裏切り者なら、撃てると……アスラン=ザラやリン=システィのお二方の噂は、私も聞き及んでいます。彼らが共に、地球軍の新型MSを撃破し、 そして婚約後…任務に就いて、叛旗を翻したことも………」

やや言い辛そうではあった が、それでもシホは話を続けた。

イザーク自身も二人が極秘任 務に就いたことはある程度察していたが、まさか婚約したとは思わなかった。共に無愛想で何を考えているのか解からない二人だが……その婚約が、市民の眼を 逸らすためのプロパガンダであることも見抜いたが、それが完全に裏目に出たようだ。

「私には、お二人がザフトを 裏切ったとはとても思えません……いえ、仮にそうだとしても、何か考えがあるのではないかと……」

「フン! そんな事俺は知ら ん! あいつらが何を考えているかなど……」

そう……解かった気でいたつ もりでも、人の深淵などはっきりとは解からないのではないか、と先程のクルーゼの言葉を反芻させ、言い募る。

「そんなにあいつらが気にな るんだったら、お前も裏切るか?」

睨むような視線を向ける…… シホは首を振る。

「いえ……私には、私の生き 方があります。ですが、ジュール先輩は撃てるのですか…本当に……私には、ジュール先輩が苦しんでいるように見えます」

葛藤する内心を見透かされた みたいで、イザークは思わず激昂しそうになるが、それをなんとか自制する。

イザークとて、内心では敵対 したくないのだ……かつての戦友…そして、大切な者と……

(お前まで、俺に銃を向ける のか………)

リーラまで、俺に銃を向け、 敵対するというのか……いや、そんなはずはないとイザークは首を振る。

(あいつが、俺を裏切るはず がない……!)

あいつがリーラのはずがない と必死に自分に言い聞かせる。

「ジュール先輩……?」

不安げにイザークを覗き込も うとする……その時、嘲笑するような声が掛かった。

「そりゃ、かつてのお仲間が いちゃ戦えないよな……」

慇懃な口調で発せられた声 に、イザークは不快感を感じ振り向くと…そこにはガルドが嫌な笑みを浮かべていた。

「ガルド……」

嗜めるようにシホが声を掛け る前に……ガルドは手の中に持っていた一枚の写真を放り投げた。

それがイザークとシホの眼下 に落ち……写真には、スペリオルのコックピットに乗り込もうとしているリーラの姿が映っている。ステーション内のMSデッキに設置された監視カメラが捉え た写真だったが、それでも顔は半分しか映っていないが、その顔は確かにイザークの記憶にある顔だ……先程までの暗示が崩れ落ちる。

「そいつ……どっかで見たよ うな顔だと思ったが、あの小娘か…生きていたとはな………」

口元を歪ませ、肩を竦める… そして、横眼でイザークを見やる。

「無理もないよな……自分の 女に逃げられちゃ………」

何気に漏らした一言に、イ ザークはガバッと顔を上げてガルドを見る……リーラとの関係は、ほとんど誰も知らないはずなのに………

だが、ガルドは相変わらず嫌 な笑みを浮かべまま……

「撃てるのかな……お前 に………」

揶揄するような……見透かし た表情に悪態をつき、イザークは踵を返してその場を離れていく。

どんなに苦悩しようが……た とえ、相手がリーラであっても………自分に銃を向けるのなら……プラントに敵対するなら、自分は撃たねばならない。

自分は、イザーク=ジュール 個人である前に、ザフトのイザーク=ジュールなのだと……必死に自分に言い聞かせて………

「ジュール先輩!」

そんなイザークを心配してシ ホが後を追う……そんな背中を見送りながら、ガルドは内心で嘲笑う。

(そう……せいぜい、あのま がいモノに悩んでくれ……全ては、もう既に始まっている……お前も、ザフトも……なにもかもな………)

クククとくぐもった笑い声を 浮かべ、ガルドは愉悦に歪んだ顔を浮かべると……先程まで黒であった瞳が紅く鈍い光を放っていた……

だが、誰もそれに気付くこと はなかった………

 

 

 

ブリーフィングを終え、ク ルーゼは自室へと戻る…フレイもそれに付き従う。

自室に戻ると、深く呼吸し、 息を大きく吐き出すと、備え付けのシートに深く身を預ける。

そんなクルーゼの側に、フレ イが近寄る。

「疲れてるんですね……」

心配そうに呟くフレイの言葉 に、クルーゼが仮面に隠れていない口元に微かに笑みを浮かべる。

「私とて、生身の人間 さ……」

やや疲れを滲ませる声……フ レイはどこか、意外に思った。

常に顔を覆う銀のマスクと見 透かすような冷たい声…フレイは当初抱いていた恐怖感を拭うような、疲れきった表情と身体……それが、人間味を持たせる。

「戦場から戦場へ……ずっと そんな暮らしだ。軍人なのだから…と言われてしまってはそれまでなのだがな……我らとて、なにも初めから軍人だったわけではない……」

囁かれる言葉に、奇妙な共感 を抱く……自分も、最初から軍人であったわけではない……軍に志願する前は、ヘリオポリスで極普通の生活を満喫していた。

何も知らず……ただ、安穏と していた生活………今更ながら、あの頃に戻れたらと思わずにはいられない………この眼前の男も、そういう過去に思いを馳せているのだろうか、と思うと今ま で抱いていた恐れや嫌悪感が薄らいでいく………

誘拐された者は、己の自衛本 能に従って無意識に誘拐犯に近付く……フレイにとっては、クルーゼの声が亡き父と瓜二つであることも、それを助長しているのかもしれない。

「早く終わらせたいと思うの だがね……こんなことは。君もそう思うだろう?」

その問いに、フレイは改めて クルーゼをマジマジと見詰める。その仮面の奥の表情を想像しながら……この男も平和を望んでいるのだと……自分と同じように…フレイの心は、そう錯覚し始 めていた。

「そのための最後の鍵は手に したが……」

クルーゼは微笑を浮かべなが ら、無重力に浮かばせるディスクを玩ぶ。

「ここにあったのではまだ扉 は開かんな……」

何処から入手してきたか、中 に何が入っているのかもフレイには解からない……これが、何の鍵なのか……クルーゼは視線をフレイへと移す。

「早く開けてやりたいものだ がね」

意味ありげに見るクルーゼ に、フレイはマジマジとクルーゼの手の中でゆっくりと回るディスクに、視線を奪われていた。

戦争を終わらせるための 鍵……このディスクが……注意をすっかりディスクに奪われたフレイは、クルーゼの口元が微かに歪んでいることに気付かなかった。

(そう……鍵だよ…だが、そ れは君のことでもあるのだよ……フレイ………)

この鍵で最後の扉が開く…… 私が、君を使って………暗いクルーゼの心の声は、フレイには届かなかった………

 

 

 

 

L4コロニー群のメンデルで は、戦艦4隻とMSの補給・整備が行われている。

そして、その内の一隻、ネェ ルアークエンジェルの艦内でレイナは不機嫌さを隠せず展望室に立っていた。

その主たる原因は、合流した ダイテツ……いや、それは偽名だ。本当の名はウェラード=クズハ……自分を引き取り、育て…勝手に遺して逝ったはずの男だった。キョウが生きていたことに も驚いたが、まさかウェラードまで生き残っていたとは……滑稽を通り越して道化だ……あの日…全てを失ったと思った日に感じたことが全てバカバカしく思え てきた。

二人して、何故生きていたか を黙秘したままだ…無論、それなりに理由があったのだろうが……またもや、溜め息をつく。

「なにやってんだろ、 私……」

こんな事で悩むなど、本当に 自分らしくない……それは、レイナ本人も気付いていない親しい者への怒りという感情……他人なら、レイナはそこまでこだわりはしないだろう……

「ん……」

思考の中に沈んでいる時、展 望室に人が入ってきたのに気付き、顔を上げると……そこにはマユがどこか驚いた表情で立っていた。

「あ………あの……」

しろどもに口ごもるマユに、 レイナは微笑を浮かべ……

「よかったら、隣に座っても いいわよ」

自分の横に視線を送ると、マ ユはやや表情を輝かせ、おずおずと隣に座る……マユは座ると、俯き…黙り込む。レイナは話し掛けようとはせず、相手の反応を待つ……暫し無言が続いた 後……やがて、マユがポツリと話し始めた。

「あの……その……」

「…ゆっくりでいい」

話し辛いことを無理に話させ ようとはせず、ゆっくり優しく論する。

「はい……あの、お兄ちゃん の………」

「お兄さんのこと?」

「はい……お兄ちゃんのこと で、少し相談にのってくれませんか………」

勇気を振り絞ったように、両 手を身体の前で掴み、顔をレイナへと向ける。

この子の……マユの兄である シンは、レイナもよく印象に覚えている。

オーブでの攻防でウォルフの 駆るゲイルに両親を殺された兄妹……だが、それだけならレイナもさほど記憶には留めないだろう。そのシンは大胆にも自分の国の国家元首に喰って掛かり…さ らにその後、なにを思ったか戦うと言い出す始末……しかし、MSの搭乗経験も戦闘経験もない素人にしてはオーブの正規パイロットなみの腕は持っている。そ れがレイナを驚かせたものだが……

「お兄ちゃん……最近、ずっ と部屋にも戻ってこなくて……ずっと、格納庫でMSの整備やシミュレーションばっかりやってて……」

ネェルアークエンジェルに乗 艦となった二人には、士官用の部屋が与えられ、そこに二人で生活していたが、マユは食事以外はほとんど艦内を出歩かない。対し、シンはパイロット……当 然、やる事は多々ある。

無論、強くなりたいと…護り たいと必死にMSの運用方法とシミュレーションをこなしているのだろうが……

「……お兄さんが構ってくれ ないから、寂しいの?」

だが、その問いにマユは首を 振る。

「寂しいっていうより……怖 いんです…お兄ちゃん、マユを護るために戦争をやって…人を、殺してるんですよね………」

流石に口に出すのは躊躇うだ ろう……この子の年齢で戦災孤児になるのは今のご時世ではそう珍しいことではないが、今まで経験したこともない体験をしたのだ。それなりにショックも残っ ているし、トラウマにもなるだろう。

そのショックが冷め切らぬう ちに兄が戦争へと身を投じ、その身を心配すると同時に責任を感じているのだろう。

「お兄さんは少なくとも、自 分の意思で戦うと決めたのよ……それについては、貴方に責はないわ」

「でも……お兄ちゃんが、戦 うたびに遠くへ行っちゃうような気がして………怖いんです……マユを置いて、どっか遠くへ行っちゃうなんて……そんなの、イヤだよぉぉぉ」

涙混じりの声で呟くマユの頭 を、レイナがそっと撫でる……その優しい仕草にマユはレイナを見上げる。

「だったら、貴方もお兄さん を信じなさい……絶対に死なない、絶対に遠くへ行かないと…そして、貴方も護られている以上、お兄さんの戦いを見守る義務があるのよ」

論するように囁きながら、 そっと微笑を浮かべる。

「でも……辛いのなら、今は 泣けばいい…涙を見せるのは、決して恥ずかしいことじゃないから」

その言葉に、堪えていたもの の枷が外れたのか……マユは眼に涙を浮かべてレイナの膝に縋り、泣きじゃくった。両親が死んで…生き残った肉親もまたいつ死ぬか解からない戦場にいて、不 安だったのだろう………レイナは、無意識にマユの髪を撫で、泣くままにさせた。

その時、記憶が脳裏にちらつ く……自分は、ずっと昔にもこんな風に慰めたことがある……記憶に浮かぶ小さな子供………誰……と、内心に問い掛ける。

だが、マユがレイナに縋りつ いて……言葉を発したため、ハッと我に返った。

「レイナさん……温かい…… まるで、お母さんみたい………」

(お母さん……?)

その言葉に引っ掛かりを感じ ながらも……レイナは苦笑を浮かべた。

「私は子持ちになった覚えは ないんだけどな………」

だが、その軽口に答えること なく……マユは泣き疲れたのか、レイナの膝に頭を乗せたまま、静かな寝息を立てていた。

その髪をそっと撫で……レイ ナは優しい眼でマユを見た。

その眼は、子を思う母親に近 い眼差しであった………

それから暫く間を置き……リ ンが展望室を訪れた。

「お邪魔かしらね……」

含みのある口調で問うと…… レイナは憮然とした表情を浮かべる。

そのまま視線を展望室のガラ スへと向け……やや表情が曇る。

「何を考えているの……?」

近くに立ったリンも視線を同 じ方角へと向ける……すると、レイナはやや溜め息をつく。

「いや……あの男、何故ブ ルーコスモスに加わっているのか……とちょっと思ってね」

やや苦い声で呟くと……リン の脳裏に、オーブで戦闘を繰り広げたゲイルの姿が過ぎる………

「知り合い?」

確認を取るように窺うように 問い掛けると、レイナはやや苦笑を浮かべる。

「そうね……まあ、しいて言 うなら、互いに似た者同士だってこと」

そう……似ているのだ……互 いに相手を…敵を滅し、そして他人を振り落としながら生きてきた……互いに相手への果てない戦意を持つ相手………だからこそ、引っ掛かる……

「……あの男は、少なくとも 主義主張で動くようなタイプじゃない」

これだけは言える……自分は 別に主義や主張…ましてや、正義なんて陳腐なもののために戦ったことなど一度もない……だからこそ、同じ感性を持ちながらウォルフが大西洋連邦に……ブ ルーコスモスに属しているのかが解からない。

(単にブルーコスモスの力を 利用しているだけか…それとも……)

なにか、別の思惑があるの か……逡巡していたが、リンが不意に腕の時計を見やり……

「………そろそろ、管制室の 第3ブロックに集合よ」

やや無言でその様を見ていた リンが、静かに声を掛ける……レイナは頷くと、寝ているマユを起こさないようにそっと抱き抱える。

「この子を部屋に送ってか ら、そっちに出向くわ……」

「別に…」

そのまま無重力の中を進 み……リンはレイナの背中を見やりながら、確信にも似た思いを抱く。

(やはり、記憶の中に無意識 に潜在するのね……ヴィア=ヒビキの記憶が………)

二人はそのままマユとシンの 部屋へとマユを運び、ベッドに寝かせてから、ブリーフィングを行うために、メンデル内の管制室へと向かった。

 


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