ブリーフィングのために、一 同はメンデル内の管制室を選んだ……ライフシステムにより、未だ管制室としての能力を残している大きな集会所にそれぞれの艦の責任者が集まっていた。

エターナルから来たバルト フェルドをムウが出迎え、そのまま通路を進む。

「コイツは確か、開戦前にバ イオハザード起こして破棄されたコロニーだろ?」

「ああ、このメンデルの事故 は俺も記憶にある。結構な騒ぎだった……」

数年前に、L4コロニーの一 つ、メンデルは一度閉鎖されたことがあった。表立った理由は、コロニー内に発生した未知の病原体によるもので、コロニーをX線洗浄したが、このメンデルは 学術研究コロニーであり、そのテーマが遺伝子改革であったためにブルーコスモスの暗躍も裏では囁かれたが、今となっては解からない。

そのために、今は無人ではあ るが、L4の中では比較的損傷がなかった……後に起こったL4宙域の戦闘でも巻き込まれずに済んだので、コロニー内のライフシステムも生きている。

「でもま、そのおかげか一番 損傷は少ないし……取り敢えず、陣取るにはいいんじゃない?」

妙に馬の合いそうなバルト フェルドとムウが、管制室に二人揃って向かう。

ドアを潜ると、そこには既に マリューやキサカ、ダイテツといったそれぞれの艦の艦長やキラ、ラクス、カガリ、メイアらの姿もある。

「ん……嬢ちゃん達は?」

「まだですけど……」

姿が見えないレイナとリンの 所在をムウが尋ね……マリューが首を振ると同時に管制室へのドアが開き、レイナとリンが現われる。

そのまま適当な場所に浮遊す ると、主要メンバーが揃ったので、ブリーフィングが始まる。

管制室の一画を即席のブリー フィングルームにして、大きなモニター画面にラクスが見やると、メイアが頷いて軍服の懐から取り出したディスクをセットする。

「まずはこれを見てくれ…… プラントを出る前にザフトのメインコンピューターから引き出した現在の月基地周辺の映像だ」

モニターには月の地球軍の拠 点:プトレマイオスクレーターとその周辺宙域に漂う艦艇や夥しい数のMSが映し出されている。

そこへ、地球から打ち出され たと思しき補給艦が次々と着艦している。

「当面の問題は、やはり月で しょうか……現在地球軍は、奪還したビクトリアから次々と部隊を送ってきていると聞いています」

ラクスの言葉通り、ビクトリ アを主力宇宙港とした地球軍は地上にある工業地帯をフル稼働させてMSを増産し、弾薬やエネルギー、宇宙艦の資材などとともに次々と宇宙へ上げている。

「無論、ザフト側も補給線の カットのために通商破壊を実施しているが……」

「芳しくない……か…まあ、 ここに来てミリタリーバランスが崩れてきたからね」

言葉を呑み込んだメイアの後 を繋ぐレイナ……地球軍が補給部隊の護衛艦にもMSを配備し始めたことでザフト側にもかなりの損害が出るようになった。おまけに先の地上での大敗での人的 資源の枯渇もそれに拍車をかけている。

「……ざっと確認しただけで も、5個艦隊以上の規模が月基地に配備されているとみるべきか……」

映像を見詰めながらリンが呟 く。

マリューが眉を顰めながら傍 らに浮遊するムウに視線を向けた。

「プラント総攻撃というつも りなのかしらね……」

「元々、それをやりたくて仕 方のない連中がいっぱいいるようだからな……青き清浄なる世界のためにってね」

バルトフェルドは揶揄するよ うな軽い口調でブルーコスモスのお題目を口にすると、マリューが俯いてしまう。

「よせよ」

マリューを気遣い、ムウが苦 虫を踏み潰したようにバルトフェルドを嗜めるが、バルトフェルドは肩を竦めた。

「僕が言ってるわけじゃない よ」

確かに……そう高らかに謳い 上げているのはブルーコスモスや地球軍の上層部だ。だが、自分達が属していた組織のことだと思うと、やはりやり切れないものがある。

「……ま、そうだけどな」

ムウも、それを理解している からこそ溜め息混じりの苦笑いで答えることしかできなかった。

「なんでコーディネイターを 撃つのが青き清浄なる世界のためなんだか……」

バルトフェルドは、その場に 居合わせたナチュラル一人一人の顔を見渡しながら更に言葉を続ける。ここでコーディネイターとしての自分の主張を通しておくのも悪くはないだろう。

「そもそも、その青き清浄な る世界ってのが何なのかは知らんが、プラントとしては、そんな訳の解からん理由で撃たれるのはたまらんさ……」

飄々とした態度で話している と、カガリが徐に表情を顰めて管制室を退出していく……なにか、バルトフェルドの話に感が触ったのかと思い、キラが首を傾げるが、単にここにもう一人いな ければならない人物が欠けているので、探しに行っただけだろうとレイナとリンは思った。

「そんなものは建前で しょ……まあ、トップのバカどもはお互いに相手を異質な者とみているから遠からずというところでしょうけど、結局のところは互いに自分達の私腹のためで しょ」

辛辣な物言いでレイナが鼻を 鳴らす。

地球軍とザフトのトップに居 座る奴は純粋に相手を滅ぼそうとしているだけだが、周囲はそうではない……所詮は自分達の利害問題を巡っているだけに過ぎない。

地球にとってプラントは貴重 な資金源……プラントにとって地球は市場………だがそこに利害問題が絡み、この戦争は起こったのだ。

それに乗じて暴走したバカど もがこの戦争をいいように利用しているだけ。

「ま、否定はしないさ……け ど、別にだからと言って私達はナチュラルを滅ぼしたいわけじゃない……でも、上の方はそうはいかないみたいだ……」

メイアが溜め息をつくように 言葉を続ける……既にパトリックに牛耳られたプラント内でも徹底抗戦の風潮が高まっている。

「ラウ=ル=クルーゼの動向 は?」

リンが窺うように尋ねる。

既に、ここに集っている主要 メンバーにはアラスカでのクルーゼの行動と情報の漏洩についての可能性を話していた。

「詳しくは解からないが…… 少なくとも、ザラ議長の信頼は得ているだろう。厄介ね……」

悪態をついらメイアが溜め息 を漏らす。

得体の知れない部分を持って いるとは思っていたが……ザラ議長に対してもなにか二心があって駒にあまんじているとは薄々感じていたが、いったい何を考えているのか……

「先のスピットブレイクの失 敗とパナマでの戦闘でかなり地上の支配力は激減している……最近は、地上に残っていたほとんどの兵力を宇宙へと上げている……」

もはや地上でのザフトの勢力 はほとんど後退し、徐々にボアズ、ヤキン・ドゥーエ宙域に集結し、臨戦態勢に移っている。

「わしらを取り込んで、士気 向上をはかろうともしたんだろうが……だが、少なくともザラ議長に連合と和平を取ろうという意思は見えない。それに聞いた噂では、なにか対連合用の兵器も 開発が進んでいるとの話がある……」

ダイテツがどこか沈痛な面持 ちで呟く。

対連合用の兵器という言葉に 引っ掛かりを感じ、視線がバルトフェルドやメイアに向けられると、肩を竦め、首を振る。

「生憎と…こっちもそっちま で調べてる余裕がなくてね……」

「だが、これだけは言え る……ザラ議長は、徹底的に叩くつもりだ……二度とそんなことのないように……とな。それがどこまで続くのだろうな………」

「どちらかが滅ぶまで……で しょ」

ダイテツの言葉を続けるよう にレイナが紡ぐ……対立する2つの組織のトップに立つのがもはや互いを敵と認識し、全滅させようと意気込んでいる者……この戦いは、どちらかを滅ぼさなけ れば止まらないところまできている。

トップにバカが据えている以 上、互いにその後のことをなにも考えていない。

「どちらにせよ、その考えが 下にまで浸透してしまえば、もはや手遅れ……最悪、殲滅戦になる……」

憎しみは決して消えない…… そしてそれが果てしなく拡がる………相手を憎み、滅ぼすことを生物の生存本能が突き動かしている。それが真実である限り、免れない………

冷静に述べるレイナに、誰も が表情を俯かせる……マリューはムウに寄り添い俯いた。

「……ひどい時代よね」

ムウの軍服の袖口を掴み、悲 しそうに呟く。

「ああ……」

ムウも表情を顰めて頷く…… 今の時代、虐げられるのは力なき人々………そして、このまま続く争いの連鎖が、双方の未来を…静かに生きたいと願う者達の希望を砕く……

暗くなるその場に、ラクスの 澄んだ声が光のように響く。

「でも……そうしてしまうの も、また止めるのも……私達、人なのです。いつの時代も……人の手で、終わらせなければなりません……私達と同じ想いの人もたくさんいるのです……」

神や悪魔など…この世には存 在しない……いや、人はそれを妄信的に信じ、縋り、振り翳す………自分こそが選ばれた者と信じ、凶行を繰り返す……それが人の歴史だ。

人はそのどちらでもない…… だが、そのどちらでもある………だからこそ、人の愚行を止めるのは結局は人でしかない………

そのために……逆賊の汚名を その身に浴びよう……たとえ、祖国から裏切り者と罵られようとも……一度決意した道を、そう簡単に変えることはできない………

「私自身、矛盾していると思 います……争いを止めるために武器を取り、争う………でも…私は、今は鬼にならなければならない…そう思います……戦争を終わらせるために……今は武器を 取り…後の……私達と…そして、生まれ出る子供達のために……」

決意を感じさせるラクス…… 既に決めたのだ…戦争を終わらせるために、自ら汚れ役を……人の手でしか止められないのなら、その役を自ら……困難で矛盾していることも承知で……微笑を 浮かべるラクスに、キラも温かい眼を向ける。

その考えを聞きながら、レイ ナはやや呆れるように肩を落とした。

確かにラクスの言うとおりだ ろう……誰かが手を汚さなければ、戦いは終わらない………誰かが傷つき、そして手を汚して争いを止め……仮そめの平和を繰り返してきた……戦争・平和・革 新……繰り返されるワルツのごとく……それが人の歴史………

この戦争を終わらせる手っ取 り早い方法は、両軍の頭を潰すこと……すなわち、ムルタ=アズラエルとパトリック=ザラ……今はまだ、この二人が強行しているからこそ、この二人を潰せ ば、一応の終結はみられるだろう……だが、たとえここで戦争が終わっても、人が存在する限り、争いは決してなくならないだろう………

(そう……混沌を…争いを求 めている限り…戦争は決して消えない………)

人は繰り返す……それがたと え、どんなに矛盾で誤りであっても…………

 

 

アスランは独り、港の展望 デッキで浮遊しながら外に見える4隻の艦影を見詰めていた。

実の父親に撃たれたという事 実は、アスランの心情に陰を落とし、取り留めのない思考のループに陥らせていた。

「こんなとこにいたのかよ」

ぶっきらぼうな声が掛けら れ、振り向くと……そこにはカガリがどこか怒った表情で立っており、アスランは視線を逸らす。今は、あまり誰かと話す気にもなれなかったが、そんな拒絶に 関係なくカガリはアスランに近付く。

「お前、頭ハツカネズミみた いになってないか?」

呆れた口調で意味不明なこと を説かれ、アスランは思わず首を傾げる。

「答の出ないことを延々と悩 んで、深みに嵌ってくタイプってことだよ……一人でぐるぐる考えてたって何にもならないだろ!」

馬鹿にされているのか慰めて いるのか解からない言葉に、アスランは軽く苦笑する。

「そういう時は、一人で考え 込まないで皆のとこにこいよな」

咎めるカガリにアスランは気 だるげに頷き、また表情を俯かせる……カガリは軽く溜め息をつきながら、アスランの横に立つとその吊られた右腕に視線を落とす。

「痛むか……」

「あ、いや……」

被りを振る前にカガリは言葉 を紡いだ。

「痛いよな……お父さんに撃 たれたんじゃ………」

その言葉に、アスランの表情 が強張る……敵を見るような鋭い視線で自分に銃を向けた父の姿が今も瞼に妬きついている。もう、あの光景を忘れることは二度とできないだろう。

「俺は……父を止めることも できなかった…………何も解かっていなかったのだと、今更ながら解かるよ……」

肉親、親子……そう思ってい たからこそ、父を止められるのは自分だけだと思ってプラントへと戻った…だが、父は最初から自分の考え以外を認めようとはしなかった。だからこそ、躊躇う ことなく自分を撃てたのだ…血の繋がった息子を………だが、アスランには父を間違っているからといって撃つことなどできないだろう……パトリックにはたと え子のように思われていなくとも、アスランにはたった一人の肉親だ………

頭の中では父をどんな手段で も止めなければならないと理解していても、心はそれを拒否している……

「アスラン……」

苦しげに表情を歪めるアスラ ンを励ますように、カガリは怒鳴るように言った。

「そんなの…皆同じさ! 解 かった気になってる方がおかしい!」

「カガリ……」

呆然とした面持ちでカガリを 見やる……人の深淵など、決して誰にも解かりはしない。皆、それぞれに違った思いや考えを持っている…それを解かった気になっているのは、勘違いでしかな い。だが、完全に分かり合えなくても、互いに少しずつ歩み寄ることはできる。

「お父さんのことだって…… 諦めるのは早いだろ! まだこれから…ちゃんと話せるかもしれないじゃないか………」

どこか、泣き出しそうになる 表情で訴えるカガリに、アスランはハッとウズミの存在を思い出した。もう、ウズミとカガリは分かり合うことが永遠にできない……その事実を改めて思い出 し、配慮が欠けた自分が情けなくなる。

「だから、こんなとこで独り でうじうじしてないで……」

自分のことだけでも大変だと いうのに、アスランを気遣うその優しさと強さに、アスランは嬉しくなり……思わず、左腕をカガリの身体へと伸ばし、その身体を抱き寄せた。

「え……」

突然の行為に、戸惑い…そし て顔を赤くするカガリ……混乱するカガリにアスランが囁く。

「ゴメン……」

「ご、ゴメンって…お、お 前………?」

あまりに突然のことにどう反 応していいか解からず、慌てふためき、手足をばたばたさせるが、アスランは構わず強く抱き締めた。

「いや……その…ゴメ ン……」

迷ってばかりではいられな い……たとえ、今は苦しもうとも…できることからやっていこう……過ちを繰り返さないために………

 

 

ブリーフィングを終え、解散 となりそれぞれの艦へと戻ろうとする中……ダイテツは、一度ネェルアークエンジェルの医務室を訪れていた。

そこには、キョウが上半身の 素肌を晒した状態で、右腕の義腕の調整を椅子に腰掛けた状態で行い、それをどこか不安げに見守るマリアと調整と検査を行うフィリアがいた。

ダイテツの来訪に、キョウが 顔を上げ……ダイテツは頷くとフィリアに向かう。

「どうかな……愚息の腕 は?」

「ええ…神経系の伝達率は 98%前後で許容範囲内……消耗していたパーツも交換しておきましたから、よほどのことが無い限り、数年は大丈夫です」

その言葉に、マリアは眼に見 えてホッと肩の力を落とし…ダイテツは表情を微かに緩めながらその様子を見ていた。

そっと目配せでフィリアを部 屋の外へと促すと……フィリアは意図を察して席を外す。

二人が医務室を後にすると、 マリアはキョウの傍に座る。

「心配掛けさせないでくださ い……貴方はいつも……」

不安げに覗き込むと…キョウ は苦笑を浮かべて首を振る。

「大丈夫だ……この腕も、僕 の母が遺してくれたものだ………」

これを付けていると、ほとん ど顔も覚えていなかった母が近くで見守っているような気がすると……キョウは思っていた。

そんなキョウの義腕に愛おし いように手を這わせ……マリアは強く握る。

キョウがこんな身体になって しまった責任の一端は、自分にもあるのだと……たとえ、キョウがそうは思ってはいなくとも……

 

 

「まったく……あ奴のあの朴 念仁は誰に似たのだろうな?」

肩を竦めるダイテツに、フィ リアは苦笑を浮かべながら通路の窓に立つ。

「あの…アリシアは……?」

窺うようにダイテツを見やる と……僅かに表情を顰める。

「ジークマル=ブラッドに撃 たれた……なんとか命を取り留めはしたが、意識不明だ……」

その言葉に、息を呑む。

「わしとしても彼女をプラン トへと置いてくることは不本意ではあったが…我々のこれからを考えると、ここも療養するには決して安全とは言えん……」

「あの、それで……」

「プラントの田舎町の小さな 病院へとカプセルを搬送した……あそこならば、特務隊の手も及ばんし、そこの医者は信用に足る…少なくともな」

ややホッとしたように息を吐 き出すと、肩を落とす……確かに、戦場に身を置いている以上、最悪の事態も想定される。意識が戻った後、アリシアが生き残ったことを嘆かないでいてくれる のがせめてもの願いだった。

「あの…彼女にはまだ……」

「伝えてはおらん…後で恨ま れるかもしれんが、今はな……」

苦い表情で被りを振る…… リーラにはまだ、アリシアが無事であることを伝えていない。予断を許さない容態であることもあるが、なにより今はこの情勢で共に同行することもできなかっ たからだ。

嫌なものだと、ダイテツは自 嘲して表情を俯かせる。

そして……フィリアはやや表 情を伏せて視線を窓の外へと向ける。

「やはり、気にせずにはおれ んか……ここは、君にとっては二度と訪れたくはない場所だろうからな……」

ダイテツも窓から外を見やり ながら苦い口調で告げる……フィリアも若干表情を顰める。

「……そうですね」

フィリアは徐に懐から一枚の 写真を取り出す……そして、写真に映るかつての友人達の顔をなぞる。

「ここで……私達の仲は狂っ た…そして……多くの犠牲を出した………っ」

唇を噛み、写真を握る手が震 える。

「なのに……私だけ が……っ」

左手を窓へと叩きつける…… その手を、ダイテツが止め……フィリアはやや涙眼で見やる。

「これ以上、自分を傷つける のはよしたまえ…君は十分に苦しんだ……償いはしたとわしは思うよ。それに、君がいてくれたからわしもキョウも今こうしてここにいる……」

「でもっ…私のせいで、セ シ…」

言い募ろうとしたフィリアの 前でダイテツは静かに首を振る。

「あいつは最期まで君を恨み はしなかっただろう………君がそこまで責任を感じることはない。君が、わしとキョウの所在を知り、アスハに救出を依頼してくれたおかげでわしらは生き延び られたのだ……」

遠くを見るように、ダイテツ は記憶の彼方に思いを馳せる………あの日……

アイザックの裏切りと手引き によって、ダイテツことウェラード達が拠点にしていた集落がウォルフ率いるブルーコスモスの襲撃を受けた。

後で知ったことだが、ブース テッドマン計画のための被験体を探し、多くのナチュラルやコーディネイターを攫っていたらしい。自分の傭兵団も眼をつけられ、子供や何人かが捕まった。そ の中には、ウェラードやキョウも含まれていた。ウェラードの妻、セシル=クズハとの間に生まれた子……ウェラードはコーディネイターだが、セシルはナチュ ラルだった。キョウもまたナチュラルではあったが、コーディネイターにも引けを取らぬ才能と身体能力を持っていたために付け込まれたのだろう。

連れ去られた彼らはブルーコ スモスのブーステッドマン計画のための身体調整や投与する薬物の被験体として、連れてこられたナチュラルやコーディネイターを次々に人体実験を行った。次 々に死ぬ、または発狂していく中でいつ自分の番が来るのかで被験体とされた者達は常に恐怖し、怯えていた。ウェラード達、戦闘経験を持つコーディネイター 達は常に両手足を拘束され、しかも神経麻痺の薬を常に投与されて動きを抑え込まれていた。

そんなある日……一人の少女 が次の被験体として運ばれそうになった時、キョウが咄嗟にその少女を庇い、自分を先にしろと反抗した。研究所員達も順番が変わるだけでなんの意味も持たな いキョウの愚行に肩を竦め、むしろその強靭な精神力に興味を持たれ、順番がキョウに早まった。その時に庇われた少女がマリアであった。

キョウは度重なる身体改造と 薬物投与で身体の全神経を麻痺させられ、その意思も徐々に殺ぎ取られていった……その時だった。傭兵部隊、サーペントテールを伴ってオーブの特殊戦術隊が この研究所を強襲…被験体とされた人々の救出に当たった。

その結果、ウェラードを含め た数人が無事に保護されるも、被験体とされた者の2割にも満たなかった。キョウは自我崩壊の寸前であり、その後オーブで治療に当たったが、全身の神経系の 麻痺…特に右腕はもはや絶望的であった。そこで、その当時のフィリアがセシルの進めていた人口義体の技術を使い、キョウの右腕を義腕に変え、手術した。

無論、カウンセリングとリハ ビリには時間が掛かったが、そんなキョウをマリアが必死に支えていた。

「あのまま、普通に暮らすこ ともできたのに……」

フィリアがやや切ない表情で 呟く…それから数ヵ月後……治療とリハビリを終え、なんとか普通の生活が送れるようにまで回復したキョウであったが、ウェラードとともに再び戦いに身を投 じると言い出したのだ。

流石のフィリアもこれを止め ようとした……だが、二人は頑なに拒み……ウズミがその意志を尊重し、ウェラードをプラントに渡れるようにシーゲル=クラインに密かに打診し、ダイテツ= ライガと名を変えて身を隠し、キョウはもう少しの回復を待ってから、マリアや救出され賛同した同志を伴い、TFを結成し、志をともにする者達の探索の旅に 出た。

恐らく、この二人もまたこの 戦争の行く末を感じ取っていたのだろう……その先見力には驚く。

フィリアは再び視線を窓の外 へと向けると、ダイテツに話し掛けた。

「ルイ…いえ、リンもカムイ も……ここがどういう場所か知っている…憶えていないのはあの子だけ……でも、いつかは知ることに…いえ、思い出すのでしょうね………忌まわしい…過去の 記憶を………」

唇を噛む……人に死以外の絶 対などあり得ない………彼女が記憶を取り戻さないことなど………それが、彼女自身を縛り続ける運命であるのなら、なおさら……

「……それもまた、避けえぬ 運命なら…だが、今はまだ知る必要はない。やがて避けえない運命なら、せめて今だけはな……あの子自身の生き方を、できるなら選ばせてやりたかっ た………」

苦い口調で告げるダイテツ に、フィリアがクスリと微笑を浮かべ、からかうように話し掛ける。

「父親みたいなセリフです ね」

「……わしとしては、父親の つもりなのだがな」

軽く笑みを零し……その瞳に 子を思う親の温かさが宿る。

「あの子は…レイナはわし の……そして、『彼女』の子だ……『道標』になることを運命づけられた子だ。いずれは、自身の呪われた運命と向き合わねばならぬだろう……せめてそれまで は………」

フィリアは改めて、彼女とこ の人がレイナを育み、そして愛してくれたのだと心から思い、感謝していた。

「話されないのですか……あ の子には…?」

懸念を口にすると、ダイテツ は持っていたパイプを口に咥え……徐に火をつけ、一吸いし、白い息を吐き出すと…軽く溜め息をついた。

「あの子は少なくとも公私の 区別はつく……それに…話す方にも聞く方にも愉快な昔話ではないしな………」

苦笑を浮かべながらもう一度 パイプを吸うと……その眼が遠くを見やる。

「それに……どのような理由 であれ、わしやキョウがあの子を見捨てたことに変わりはない」

思わず否定しようとするフィ リアが、口を噤む……誰かの気配を感じたからだ。

「貴方は……フラガ少佐」

振り返ると、そこにはムウが どこか真剣な面持ちで佇んでいる。

「フィリア君、どうやら彼は わしに用があるらしい……」

フィリアの前に出て、ムウと 対峙する……老成のよって経た眼力と底知れぬ威圧感を感じさせながら、ムウは持っていた物を差し出す。

「あんたに…これを渡してお こうと思ってな………」

ムウが差し出した物を視界に 入れた瞬間……ダイテツは眼を微かに顰め、表情を強張らせた。ムウが差し出したのは、自分が書いた日記であった……日記の表紙には、指に挟まれた写真があ る。

「何処でこれを……?」

やや探るような鋭い視線を向 けると……ムウは気まずげに切り出した。

以前…地球でレイナと共に彼 女がかつていた故郷を訪れ、そこでこれを見つけたこと。レイナに渡そうと思ってはいたが、なかなか渡せずにいたことを伝えた。

「そうか……」

ホッとしたように大きく肩を 落とす……レイナにはまだ、知らせるには早いと思っていたからこそ、幸いであった。

「あんたに訊きたいことがあ る……その写真に映ってる双子……あの嬢ちゃん達だろ?」

ダイテツの手に握られる写真 に映る双子……オーブでレイナとリンを見たとき、無意識に直感したのだ。

探るような視線で指摘するム ウに、ダイテツは表情を顰め、フィリアは視線を逸らす。

「あの嬢ちゃん達は、いった い何者なんだ……無論、俺は疑いたくはないが、それでもな……これから先のことを考えるとな…」

得体の知れない部分を内に抱 えるレイナとリン……あの二人はそれぞれ別の思惑で動いている。そして、その年格好には不釣合いな老成した眼力と判断力……今まで不審に思ったことは多々 ある…アレは単に経験を積むだけではああはならない。あの二人の力は今の自分達には重要なものだ…だが、それ以上に不確定要素が多いからこそ不安もある。

「………すまんが、今はまだ 語れん」

眼を閉じ、表情を伏せて首を 振る。

「だが……いずれ、話すこと になろう……あの子らに課せられた運命が交錯する時にな…」

意図が掴めない言い回しにム ウは困惑するが……ダイテツの表情がそれ以上の追求を許さなかった。

「解かった……最後にこれだ け訊かせてくれ。その一緒に映っているのは、嬢ちゃんの母親なのか?」

軽く溜め息をつきながら…… 最後の問い掛けに、ダイテツは写真を持ち上げ……映る女性に眼を向ける。

「………そうだ」

やや間を置いたのち、静かに 答え返した………

フィリアは胸の前で腕を掴 み……苦悩に歯噛みした。

 

 

 

 

プトレマイオスクレーターの 上空演習場では、数機のMSが交錯する光が見える。

「ちっ……やっぱ地上と宇宙 じゃ感覚が違うな」

軽く舌打ちしながらもやや興 奮した面持ちで操縦桿を操るエド…そして、真紅のボディに2本の対艦刀:シュベルトゲーベルを構えるエドの愛機、ソードカラミティ……

先のビクトリア戦で戦果を上 げたエドは中尉に昇進…『切り裂きエド』の異名とともにソードカラミティを正式な搭乗機として与えられ、ビクトリアから宇宙へと上がり、ソードカラミティ の宇宙空間での運用に入っていた。

だが、エドは今まで無重力下 での戦闘経験はなく…流石に最初は慣れていなかったが、数度目になる模擬戦で既に感覚を掴んでいた。

その時、ソードカラミティに 向かってシミュレーションの仮想ビームが飛来する。

「おっと!」

それを軽やかにかわすと、エ ドは注意を上へと向ける。

そこには、一機のMSが滞空 している……GAT−01A1:ダガー……俗に105ダガーと呼ばれるストライクダガーの上位機種でこの機体の原型となったX105型のストライクと同じ ストライカーパックを装備できるコネクターを持つ機体。

月に吼える犬のエンブレムを 機体のボディ中央部につけ、エールストライカーを装備し、ビームライフルを構えるエールダガーのコックピット内で壮年の男が不適に笑う。

「流石に切り裂きエドと呼ば れるだけのことはあるな……なかなか筋がいい」

「お褒めに預かり光栄です よ、シュバリエ大尉殿」

揶揄するような口調で告げる エドに壮年のパイロット……モーガン=シュバリエは不適な笑みを浮かべたままだ。

元ユーラシア連邦の兵士で、 別名:月下の狂犬……ユーラシアの大戦車部隊を指揮していたが、バルトフェルドのバクゥ隊の前にスエズ運河の攻防で敗退……その後、MSの早期開発と運用 をユーラシア上層部に訴えるも厄介払いされ、大西洋連邦へと異動となった。もし、モーガンの提案を早期に受け入れていれば、ユーラシア連邦もここまで大西 洋連邦に遅れを取ることはなかっただろうに………

そして、彼は少数生産された 105ダガーの運用を任され、MSパイロットの育成に当たっていた。鬼教官として知られるモーガンに、かなりの新兵達が参っている。

その様に、エドはかつての上 官の姿を思い浮かべた…その時、近くの演習場で一際大きな爆発が轟いた……

「何だ? アレは模擬戦の爆 発にしちゃ大きすぎませんか?」

確かに、模擬戦では仮想ビー ムを使用し、緊張を増すために火器を使用することはあるが、あれはどちらかと言うとMSの仕様火器だ。

「あいつらか……っ」

軽く毒づき、モーガンはエー ルダガーをそちらへと向ける。

「なんなんすか、アレは?」

「問題児だ!」

愚痴るように怒鳴ると、エー ルダガーとソードカラミティは演習宙域に向かって飛び立った。

 

 

演習宙域内で一際激しい爆発 を繰り広げる一画では、二機のMSが交錯し合っている。

同型のボディを誇るが、機体 カラーが青と緑に分かれている……形状は、どこかイージスに似通ったものを思わせる。

「スティング、どうし たぁっ! そんなヘボい腕じゃ、デブリにだってあたらねえぞ!」

小馬鹿にするように叫ぶ青髪 の少年の操縦するMSのビームライフルが火を噴く……だが、相手の機体は前面に両肩に装備されたリフターを展開すると、ビームを偏屈させる。それは、フォ ビドゥンのゲシュマイディッヒ・パンツァーを連想させる。

「へっ、お前の方こそ飛び道 具にばかり頼って情けないぜ! アウル!!」

先程の少年に言い返すように 毒づくと、機体を変形させる。ボディ上部が屈み込むようにくの字に曲がり、バックパックからリフターを頭部に被り、バーニアが火を噴くMA形態へと変形し たMSが急加速しながら相手の機体に向かって突進する。ビームを撃つが、全てリフターに偏屈させられる……そのまま弾き飛ばされ、青髪の少年は歯噛みす る。

「やったなっ!!」

アウルと呼ばれた少年の駆る MSの胸部にエネルギーが集中する……380mm複列位相 エネルギー砲:スキュラだ。対し、スティングと呼ばれた少年の駆るMSも転進し、再度加速してくる。

互いに相手へと狙いをつけた 瞬間……何処からともなく四方から降り注いだビームが両機を掠め、二機は思わず動きを止める。

「おいおい、君達……実戦さ ながらの演習は結構だが、それで熱くなってどうする」

嗜めるように軽薄な男の声が 二機のコックピットに響く。

二機の前で宇宙空間の一部が 歪み……はっきりとした輪郭の透明な人型が形成され、透明な全身に赤紫のカラーリングが現われる。完全に姿を見せたのは、一体のMS……ストライクであっ た。

だが、その形状はムウのスト ライクとは違う……赤紫のカラーリングにバックパックにはメビウス・ゼロのガンバレルを示唆させるガンバレルポッドを4基装着したガンバレルストライカー を装備している。

「ちっ、いいとこだったのに よ……」

「ホント……もうちょっとで 俺の方が上だってことを証明できたのによ」

鼻を鳴らすアウルに、スティ ングの視線が鋭くなる。

「なんだと!?」

「ほーらほら、喧嘩はする な……直に二人には暴れてもらう……お前さんらもその機体もジブリールから預かった大事なものなんだからな」

揶揄するような口調で仲裁す る……この二人、スティング=オークレーとアウル=ニーダはジブリールの研究所で調整されたブーステッドマンであった。そして、二人が乗る機体は、GAT/A−03C:イージスコマンド……その名が示すとおり、X303:イージスの流れ を組む量産型である。指揮官機として設計されたイージスではあったが、その能力のデメリットさから量産計画は破棄され、それをジブリールが買収…複雑な変 形機構を排除して、簡易変形とX252で実証されたゲシュマイディッヒ・パンツァーを装備し、通信・索敵センサー類を強化して完成した105ダガーの発展 型にも当たる機体だが、そのコスト故に増産には至っておらず、この二人のために特別に誂えたものであった。

「スティング! アウル!  またお前達か!!」

そこへ、怒鳴り声が響き、ス ティングとアウルはこぞって顔を顰めた。

「げっ……」

「やべ……」

二人の宇宙戦の訓練を受け 持っているモーガンの怒声……そこへ、エールダガーとソードカラミティが到着する。

「お前達はまた規定された装 備以外を使いおって!」

怒鳴るモーガン……この二人 が訓練で規定されている仮想兵器以外の実弾や機体装備を使用して模擬戦どころか実戦さながらの戦闘を繰り広げるのだから、最初の模擬戦時はそれで訓練に参 加した兵士が数人巻き込まれて負傷した。実戦で負傷するならともかく、模擬戦で酷い負傷をされてはたまったものではない。

何度注意をしてもこの二人は まったく聞き入れないのだからさらに性質が悪い。

「へいへい……」

「次は気をつけますよ」

お決まりの言葉を呟きなが ら、モーガンはさらに溜め息をつく。

「まあまあ、大尉……それぐ らいにしておいてやってくれないか? こいつらも早く実戦に出たくてしょうがないんだろう」

ストライクに乗る男が通信を 開くと、モニターに映ったその顔に思わずエドはギョッとし、モーガンは眼を細めた。

「うわっ、何だあんた…その 趣味の悪いマスクは……」

エドが正直な感想を述べ る……モニターに映る男は顔の半分以上を黒い異形のマスクで覆っており、不気味さを感じさせる。

「はははっ、随分な言い草だ な…ハレルソン中尉……このマスクはまあ…そうだな……醜い傷跡を隠すためとでも言っておこうかな」

エドの批評にもさして気分を 害した様子を見せず、マスクの男は冗談じみた返答を返す。

「……貴様、何処の所属だ?  それにその機体は…X105か?」

モーガンが鋭い視線と低い声 で問うと、男は肩を竦める。

「これは失礼したな……俺は ネオ=ロアノーク…地球連合特殊諜報部隊:ファントムペイン所属の者だ…階級は大佐……そしてこいつが、俺の乗機、X105Vだ」

異形の仮面の男……ネオ=ロ アノークは口元を不適に歪ませた。GAT−X105V…通称、タイプVと呼ばれる初期GATシリーズの改修型……ミラージュコロイドやTP装甲とうの特殊 機能を装備した機体、ストライクファントムであった。

「ファントムペイン……?」

聞かない部隊名に、モーガン は眉を寄せる。

その疑問を察したネオが答え るように言葉を紡ぐ。

「ああ…まあ、まだ設立され て日が浅いからな……大尉が存じないのは仕方ない…ああ、それと統合本部から伝令を預かっている……モーガン=シュバリエ大尉とエドワード=ハレルソン中 尉は本日14:00をもって第7機動艦隊所属となる。ただちにポイント3Ωにて所属艦に合流せよ」

事務的な口調で告げると、エ ドは表情をポカンとさせた。

「いきなりだな……まあ、構 わないが……」

だが、モーガンは無言のまま だ……

「なにか、不都合な点でもお ありかな……大尉?」

「いや……了解した」

内心、ネオへの不審感を拭え なかったが……モーガンは命令である以上、従うしかない。

機体を翻し、合流ポイントに 指定された宙域に向かって飛び…その後をエドのソードカラミティが軽く挨拶すると、後を追った。

「ふむ……流石は月下の狂犬 と謳われるだけのことはある…それに、パイロットとしても優秀なようだ……」

口元に笑みを浮かべながら、 飛び去っていく様を見詰める。

「おい、ネオ! それより俺 らはいつ戦闘に出させてくれんだよ!」

「そうだぜ…もう、このバカ との模擬戦は飽き飽きだ」

「スティング、てめえ!」

何気に入れられた言葉にアウ ルが表情を顰め、スティングのイージスコマンドに掴み掛かろうとして、ネオがやれやれとばかりに割って入る。

「おいおい、だから仲良くし ろって……心配しなくても、すぐに出させてやるさ……お前達にも出撃命令が出されたからな」

「ホントかよ!」

ネオの言葉に、スティングと アウルは嬉々とした笑みを浮かべる。

「ああ……命令は、反乱艦に してアラスカ事変の唯一の生き残り……アークエンジェルの討伐だ」

静かに底冷えするような冷た い笑みを浮かべると……その時、彼らの背後に巨大な艦影が現われる。

ダークカラーにレッドのポイ ントカラーを施された両舷のブレードが特徴的な戦艦……

「アレは……?」

「アレが俺達の母艦、パワー だ」

ネオが不適に笑い、その戦艦 の艦影を見やる……AA級4番艦:パワー……それがこの戦艦の名称であった。従来のAA級よりも火力と隠密性を重視された戦艦で、両舷ブレードにはゴッド フリートの開閉ハッチが合計4門にイーゲルシュテルン、ミサイル発射管なども多く装備し、またミラージュコロイドも船体に張り巡らせられる特殊ステルス性 を併せ持つ特殊任務用に主にジブリール財団の出資で建造された。

《大佐、お迎えにあがりまし た》

ストライクファントムのコッ クピットにパワーからの通信が開く……一人の男が映り、ネオに恭しく話し掛ける。

「ああ、ご苦労だったな、 リー…早速で悪いが、ハッチを開いて俺達を回収後、ポイント3Ωに移動だ。そこに集結中の部隊と合流し、任務に就く」

《はっ!》

ネオの素早い指示に、パワー の艦長であるイアン=リーはきびきびと敬礼で答える。

「さあ君達、あの艦に乗車す るぞ……君らの同僚となる連中も待ってるからな」

ネオが子供をあやすような口 調で告げる。

「けっ、アウルみたいに突っ 走る奴だけは勘弁してほしいぜ」

「俺だって、スティングみた いな口煩い奴がこれ以上増えるのは御免だね」

互いに悪態をつき、睨み合い ながら二機のイージスコマンドが開かれたカタパルトハッチへと向かい、ネオは苦笑を浮かべながらパワー内部へと移動していく。

格納庫には、ファントムペイ ンに配備された次世代型量産試作機の新型量産ダガーが並ぶ。

GAT−01A2:105ダ ガー弐式とGAT/A−02E:ブリッツダガーだ。前者は 105ダガーの簡易量産機…頭部とボディパーツを105ダガー、そして両腕や両脚とうのパーツをストライクダガーのものと交換し、新たに再設計されている 次世代型量産試作機。ストライクダガーの量産性と105ダガーの汎用性を併せ持つ機体であり、現在これの実戦での運用データからさらにコストを下げた量産 化計画も進められている。後者は105ダガーのバリエーション機の一つであり、原型となったのはX207:ブリッツである。ミラージュコロイドを標準装備 した特殊任務用に設計されたMSであり、高い隠密性を持つが、その開発コストと武装面ゆえに増産には至っておらず、まだ一部の部隊でしか運用されていな い。ともに数体単位で並ぶダガーと既にパワーへと配備され たトライ・スレイヤーのストライククラッシャー…そして、ステラ用に用意されたイージスコマンドが固定されており、その隣に設置されているメンテナンス ベッドへと二機のイージスコマンドとストライクファントムを固定すると、パワーは合流地点へと向かって動き始めた。

 

 

月軌道上に一つの部隊が集結 しつつあった。

地球軍の標準250m級戦艦 が5隻、そして駆逐艦が10隻……250m級戦艦にはストライクダガーが8機単位で艦載され、駆逐艦にはストライクダガーが2機、MAであるメビウスと新 たに連合の制宙戦闘機、FXet−565:コスモグラスパーがそれぞれ4機単位の合計8機単位で艦載されており、そこへドミニオンが合流しており、その様 はまさにこれまでの一個艦隊規模に相当するものであった。

滞空する艦艇に接近するエー ルダガーとソードカラミティ……二機は、250m級戦艦の一つに着艦していく。

「シュバリエ大尉とハレルソ ン中尉の搭乗を確認……」

この艦隊の旗艦となっている ドミニオンのブリッジに、通信士の声が響く。

「艦長、グリーンα81より 大型の熱量の接近を確認……戦艦クラスです」

「艦の特定は?」

「ライブラリ照合……ありま した、AA級4番艦:パワーと確認」

「パワー……?」

聞き覚えのない艦名とAA級 という単語に引っ掛かりを憶え、ナタルは思わずCICに振り向く。

「光学映像、メインモニター に映します」

正面モニターに映し出された のは、ドミニオンと同型を思わせる艦影ながら、畏怖を感じさせるダークカラーとより強固になったような装甲に息を呑む。

「やっと合流してくれました ね……」

ブリッジをスーツ姿で気まま に浮遊するアズラエルが、楽しげにモニターに映るパワーを見る。

「アズラエル理事、アレ は……?」

「ああ、アレですか…アレは うちとは別の財団から出た出資金を基にして建造されたAA級の4番艦ですが、実質は別系統の艦になりますね」

パワーの存在を知らなかった ナタル……月基地で建造されていたAA級は2番艦であるドミニオンを除けば、現在進水を控えている3番艦のみだ。

AA級は性能こそ従来の連合 製戦艦やザフトの戦艦を上回るが、如何せん建造費用がかかりすぎ、量産は困難であるため、同時期に建造された輸送艦であるコーネリアス級をMS運搬用戦艦 とし、AA級の武装を施す準AA級の建造も進められている。

「艦長、パワーより通信で す」

通信士が伝えると同時にメイ ンモニターが切り替わり、パワーのブリッジ風景が映し出される。だが、その場にいた者達は息を呑んだ。

画面には、艦長シートに座る 艦長らしき人物とその傍らに立つ黒いマスクで顔を覆い隠した黒の連合軍服を着込んだ金髪の男が立っていた。

「き、貴公の所属と階級を報 告していただきたい」

ナタルもその奇異な出で立ち に一瞬唖然となり、反応が遅れる……上擦った口調で尋ねると、画面の向こうの黒いマスクの男がフッと口元を緩めた。その様子が、ナタルに奇妙な既視感を憶 えさせた。

《地球軍、特殊諜報部隊: ファントムペイン指揮官、ネオ=ロアノーク大佐だ……で、こっちが…》

ネオと名乗った男が傍らの艦 長シートに座る男に視線を向けると、男はすくっと立ち上がり敬礼する。

《同じくファントムペイン旗 艦、パワー艦長のイアン=リー少佐であります》

軍人気質を感じさせる敬礼 に、ナタルはどこか息を吐いた。

「君達が、ジブリールの言っ てた部隊かい?」

アズラエルが確認を取るよう に尋ねると、ネオは頷き返す。

《ああ、そうだ…一応、俺達 には独自の行動権があるが、今は貴公の命令に従うように命令を受けている》

その返答に満足したように、 アズラエルは頷く。

「では、君達にはこれからボ クらとともに任務に就いてもらいます…行き先はL4宙域です」

《了解した》

軽く敬礼すると、ナタルはモ ニターに映るネオに向かって先程から感じていた疑問をぶつけた。

「あの…ロアノーク大佐…… 一つ、お訊きしてもよろしいでしょうか?」

《ん……何かな、バジルール 少佐?》

そのマスク越しに見られ、ナ タルはやや戸惑いながらも、疑問を口に出した。

「あの……以前、お会いした ことがありませんか…?」

《いんや……俺は少佐と会う のはこれが初めてだ。しかし、何故そんなことを…ははーん、さては俺に惚れたな?》

飄々とした態度と口調に、ナ タルはますます困惑する。

「ご冗談はよしていただきた い」

やや上擦った口調で答えなが ら視線を逸らすと、ネオは軽く笑う。

《ははっ、これは失礼した な……それじゃ、出向こうかね……あ、あと……》

ナタルが、それに反応して顔 を上げると……ネオは不適な笑みを浮かべた。

《この任務が終わったら、お 茶でもご一緒してもらえるかな……お美しい少佐殿》

からかうような口調とともに 言われた誘いに、ナタルがやや顔を赤くすると同時に通信が切れ……ナタルはやや呆けているクルー達の視線に気付き、渇を入れるように怒鳴る。

「これより、作戦行動に入 る! ドミニオン、進路をL4へ! 他の艦にもそう打電しろ!!」

怒号に近い指示に、クルー達 は慌てて答え、実行していく。

やや疲れたようにシートに身 を座り込ませ……ナタルは額を押さえながらネオのことを思い浮かべていた。

(やはり…似ている……フラ ガ少佐と………)

そう……ネオのあの声と態度 が……アラスカで別れたムウに重なったのだ……だが、そんなはずはないと被りを振り、ナタルは発進のGを感じながら、その意識を前方の虚空へと向けた。

 


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