メンデルの一画……ウォーダ ン=アマデウスという男の研究ラボにて対峙する運命によって交錯せし者達………

(始まり……そう……ここか ら始まった………なにもかも…)

レイナは半ば放心した面持ち の中で…心の中で誰かが囁いたのを聞いた……

「うっ……」

先程からの鈍い痛みがさらに 激しさを増す……レイナは持っていた銃のグリップを頭に叩きつけた。

眼を見開くカムイとやや眉を 顰めるリン……額から微かに流れる血………呼吸を乱しながら、なんとか我に戻したレイナは歯軋りして顔を上げる。

「ウォルフ! 答えろ……こ こは………ここは私の何なんだ!? 私は……何なんだっ!?」

半ば縋るような叫び……それ に対し、闇の奥から嘲笑が聞こえてくる。

「フッフフ……苦しいか、 BA…………さっきも言っただろ…ここは、人の愚と叡智が集積した場所……果てない高みへの挑戦の果てに……破滅の神と…闇を生み出せし場所……そし て………お前が造られた場所さ……BA…いやぁ………」

                       

 

――――MCナンバー 02……REI………!

 

 

刹那、闇の奥底から何かが煌 いた。

それが何か気付いた瞬間には 遅く、レイナは肩に熱さと鋭い傷みが走った。

「うぁっ!」

左肩を掠めた銃弾……血が噴 き出し、レイナは小さな呻き声を上げてその場に蹲る。

あまりに呆然としていたた め、咄嗟に反応できなかった……

「レイナさん!」

カムイが慌ててパイロット スーツのバックルから取り出した布を押し当て、テーピングで固定する。

リンが舌打ちして銃を構えて 応戦する。

「M…C……? ナン バー………っ」

銃弾の応酬が続く中で、無意 識に反芻する……知っている……聞き覚えがあるそのコードナンバー………頭の傷みが強くなってくる。

レイナの苦悩を感じ取ったの か、奥からウォルフとは違った声が聞こえてきた。

「そう………ウォーダン=ア マデウスが望んだコーディネイターを超える存在………いや……それを遥かに上回る神にも近しい存在を生み出そうとした……」

聞き覚えのない声……声色か らして少年のようだが………

「誰だ、貴様!? 01じゃ ないな……っ!」

レイナが疑問に思うより早く リンが叫び、鋭く睨みながら銃口を向ける。

「ほう…勇ましいな、リン= システィ……漆黒の戦乙女………」

そう呼ばれた瞬間、リンの表 情が微かに険しくなる……自分を漆黒の戦乙女と認識しているということは………

「貴様…ザフトの………」

「ああ…ザフトに身を隠して いる者さ………漆黒の戦乙女…いや……MCナンバー03…そう呼んだ方がいいかな?」

嘲笑い、そして小馬鹿にする ような笑い声が木霊する。

だが、その言葉にリンは驚愕 に眼を見開く……自分のことも知られている………何故…何故これ程までに知られているのか……内に浮かぶ疑念に答えるように再び声が響く。

「ガルド=アーレス……ザフ トではそう名乗っているが………こう言った方がいいな……MCナンバー08……テルスと呼んでもらおうか……」

その言葉に、リンは息を呑 む。

脳裏に、プラント内でアッ シュ=グレイと共にいた少年の姿が過ぎる。

だが、それ以上に引っ掛かた のはその言葉………

「ナンバー…08………?」

呆然と呟く…疑念が渦巻く も、銃弾の応酬が激しくなり、リンは舌打ちして身を屈める。

一人ではこの銃火を抑えるこ とは難しい……機を窺いながら隣のレイナを見やると、未だ混乱しているのかどうか解からないが、顔を押さえている。

(無理もないか……記憶が錯 乱している………)

いや……記憶が戻るのを望ん でいたのは自分のはずなのに………無意識に自分はレイナを護ろうとしている……いや…本来なら、それが自分の役目なのだ……

(どんなに憎もうとしても、 私は所詮できないのか……)

やや内心に嘲笑を浮かべなが ら、バックルから球体を取り出す。

(それに…混乱しているのは 私も一緒か)

あまりにこちらに情報が無さ すぎる……向こうはこちらの情報をほぼ知りえているようだが、こちらは相手の正体すら定かでない。

記憶を頼りに部屋の周囲を見 渡す…すぐ横に、別の部屋へと続く道が見える。

「…一度下がるぞ…このまま じゃ分が悪い」

リンが小声で囁くと、カムイ が頷いてレイナに声を掛ける。

「レイナさん…立てます か?」

「あ、ああ……」

歯切れの悪い返答を返しなが らなんとか身を起こす……リンが眼で隣の部屋へと続くドアに眼を向けると、その意図を察したレイナとカムイは頷く。

刹那、リンは持っていた球体 を上へと放り投げた……球体が弧を描き、割れたガラスを超えて隣のシリンダー室へと放り込まれ……次の瞬間、強烈な閃光が薄暗い研究所内に煌いた。

眼晦ましようの閃光弾だ…… 瞬時に身を起こし、リンは先頭に立ってドアへと駆け、レイナとカムイがそれを追った……

 

 

やがて閃光がやみ……闇の中 でウォルフとガルドは笑みを浮かべた。

「フン……流石に状況判断は いいな………03…02の剣として生まれし者………」

ほくそ笑み、くぐもった声を 上げる。

「………追いますか?」

サイレンサー装備の暗視ライ フルを構えたイリューシアが問い掛けると、ウォルフは鼻を鳴らして頷く。

「まだまだ…お前には知って もらわなくちゃならないよな、BA……いや……最高のマシンチルドレンの一人………ナンバー02」

 

 

闇への扉が開かれる………全 ての運命の始まりの記憶とともに………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNES

PHASE-43  暴かれた真実

 

 

時を同じくしてメンデルの一 画……研究施設の中でクルーゼと対峙するキラとムウ……負傷したムウを庇って銃を構えるキラに対し、クルーゼが仮面の下でほくそ笑みながら囁く。

その物言いに、キラは困惑し た面持ちを浮かべる。

「ここは…禁断の聖域……神 を気取った、愚か者達の夢の跡…………」

クルーゼは淡々と言葉を紡ぎ ながら、まるで懐かしむように周囲を見渡す。

だが、キラはそんなクルーゼ の様子に戸惑うばかりだ……ムウやアスランから聞いた敵将としてのイメージが噛み合わない。冷酷でなおかつ的確な作戦立案能力を持ち、狙った獲物を決して 逃さないという逸話とはあまりにかけ離れすぎている……先程から、クルーゼの言っていることは意味不明なことばかりだ。

だが、そんなキラも次に発せ られた言葉には流石に眼を見開いた。

「キラ君…君は知っているの かな? 今のご両親が、君の本当の両親ではないということを……」

「なっ……!?」

愕然と身を強張らせるキ ラ……

「貴様、何を……っ!?」

呻きながらムウが反論しよう とした瞬間、銃声が轟き、掻き消される……それで我に返ったキラは、再び銃を構え直す。

だが、無防備に正面に身を晒 して佇むクルーゼに対し、キラはトリガーを引けない……いや、無意識にトリガーを引くことを躊躇っていた。

その様子にクルーゼは口元を 薄く歪める。

「………だろうな…知ってい れば、そんなふうに育つはずもない……何の陰も持たぬ……そんな普通の子供に………」

キラの中にもやっとした不安 と欲求が生まれる……脳裏に、両親の姿が鮮明に思い出される。温和で自分を支えた父としっかり者でよく自分を叱りつけた母の顔……だが、カガリから以前見 せられた写真からして、その可能性を無いとは言い切れなかった。

ウズミの言葉が真実なら…… 自分とカガリが本当のきょうだいなら、どちらかの親が…いや、あるいは両方が血の繋がらない親ということになる。そうでなくては、ウズミの言葉と写真の意 味が解けない……眼前の男は、自分の知らない真相を知っているというのだろうか………

自分達の出生を……写真に映 る女性が誰なのかを………真実を知りたいという欲求とそれによって負うであろう不安がキラの中で鬩ぎ合う。

「アスランから名を聞いた時 は、思いもしなかったのだがな……君が、彼だとは………」

かつて、ヴェサリウスでアス ランが語ったストライクのパイロットの名……その名を聞いた時はクルーゼは引っ掛かった。だが、その時はさして気には留めなかった……後に、ストライクの パイロットの詳細を知るまでは……

「…てっきり死んだものだと 思っていたよ。あの双子……特に君はね………」

焦らすように囁くクルー ゼ……双子………あの写真に映った同い年の赤ん坊二人が自分とカガリであるのなら………ならば……

逡巡するキラの思考を断ち切 るようにクルーゼの揶揄する声が響く。

「その生みの親であるヒビキ 博士とともに、当時のブルーコスモスの最大の標的だったのだからな……」

「な…にを………」

キラは言葉を紡ごうとしてい るようだが、喉から出るのは怯えからくる掠れ声……その反応を愉しむようにクルーゼは愉悦に口元を歪める。

「だが、君は生き延び、成長 し、戦火に身を投じてからもなお存在し続けている。何故かな……? それでは私のような者でもつい信じたくなってしまうじゃないか………彼らの見た狂気の 夢をね………!」

口調に熱がこもり、声色が大 きくなる……自嘲めいた笑みを浮かべるクルーゼに対し、キラは怯えを振り払うように叫ぶ。

「僕が……僕が何なんだって いうんです!? 貴方は何を言ってるんだ!?」

堪りかねたキラが激しく問い ただす……クルーゼ言葉の意味がまったく掴めない……生みの親…そしてブルーコスモスの最大の標的………まるで、自分の存在が最初から間違っているように 聞こえる。

クルーゼはそんな彼の震える 様子を愉しむかのように笑みを浮かべながら、その問いに答えた。

「君は……人類の夢…最高の コーディネイター………」

最高のコーディネイター…… その言葉がキラに圧し掛かり、息を呑む……嘲るように囁くクルーゼの冷たい口調……

「そんな願いのもとに開発さ れた、ヒビキ博士の人工子宮……それによって生み出された唯一の成功体…彼の息子………棄てられた失敗作…数多の兄弟達の犠牲の果てにね………」

残忍な笑みを浮かべるクルー ゼ……だが、発せられた事実にキラは極度の緊張と恐怖によって既に押し潰されそうに呆然としていた。

 

――――――人類の夢……最 高のコーディネイター……唯一の成功体……犠牲となったきょうだい……

 

クルーゼの言葉が真実だとす れば……脳裏に、ここへ来る前に見た隣室の冷却槽に浸かっていた装置が過ぎる……アレが………アレが自分を生み出したもの………?

そして棚に物のように打ち捨 てられた標本となっている幾人もの胎児が…自分のきょうだい……もしかしたら、自分もあの中の一つになっていたかもしれないという怯え……ぐるぐるとク ルーゼの言葉が頭の中を巡る……吐き気と鼓動が激しくなる。

「キラ!」

キラが呆然としていると、ム ウはキラの身体を突き飛ばし、床に伏せさせる。

刹那、銃声が轟き……ムウは 歯噛みしながらキラが落とした銃を拾い上げ、すかさず身を起こして撃ち返した。

クルーゼは銃弾を物陰に隠れ ながらやり過ごす……キラはのろのろと焦点の定まらない視線で立ち上がり、自分の身を護ろうともせず無防備に背中を晒している。

ムウは傷に呻きながらも無反 応なキラの腕を取り、奥にあった階段を駆け下りながらキラに向かって怒鳴る。

「しっかりしろ、バカ! 奴 の与太話に呑まれてどうする!?」

二人はそのまま地下の研究施 設へと降りていった……その後を、クルーゼは愉悦で残虐な笑みを浮かべたままゆっくりと追った。

 

 

 

 

メンデル港口では、既に戦艦 の大まかな整備を終え、現在は待機に就いている。

だが、前方を地球軍、後方を ザフトに挟まれたこの状況に誰もが緊張と不安に神経を尖らせて見守っている。

動くのはどちらが先か…ある いは両方か……それに付け加えて、メンデルに突入したメンバーが未だに戻らなく、また通信さえ無いというのが拍車をかけていた。

エターナルの格納庫で待機す るジャスティスとスペリオル……だが、コックピット内でアスランはやや落ち着かなく操縦桿を指で叩いていた。

「キラまで……遅すぎる!」

苛立ちを募らせていたアスラ ンは、堪りかねてヘルメットのバイザーを閉じ、ブリッジへと通信を繋げた。

「ジャスティス、出るぞ!」

機体を起動させようとした瞬 間、そこへラクスからの通信が繋がる。

《認めません。アスランはそ のまま待機してください》

ラクスの思い掛けない返事を 聞き、アスランは息を呑むが、ラクスが有無を言わせない瞳でこちらを見ていた。

「しかし! キラ達だけでな くリン達まで戻らないというのは……」

明らかに異常な事態に不満を 言い放つが、ラクスは表情を変えず、冷静な口調で首を振る。

《ならばなおのことです。こ れ以上、迂闊に戦力は割けません》

その言葉にアスランは唇を噛 み、なおも言い募ろうとしたが、別の通信画面が開く。

《アスラン》

「リーラ……」

隣のメンテナンスベッドに収 まるスペリオルからの通信だった。リーラがやや暗い表情で俯きながら呟く。

《心配なのは解かるよ……私 も、できるのなら行きたい……もし、イザークが来ているのなら……》

やや哀しげに苦い表情で呟く リーラに、アスランはハッと思い出した。

リーラとイザークの関係…… 考えてみれば、二人は話し合うこともできなかった…そのまま反する道を選んでしまった。自分だって勿論、イザークと戦うことは辛い…だが、リーラにとって はそれが最悪の事態なのだ。本当なら、自分よりも飛び出していきたいのだろう……だが、それを必死に抑え込んでいるリーラの姿にアスランは何も言えなくな る。

《私達にはやらなきゃならな いことがある……だから…》

《たとえ、キラやレイナ達が 戻らなくても…私達は戦わねばならないのですから………》

リーラとラクスは悲壮に表情 を歪めながらも、はっきりと告げた。

その毅然な様子にアスランも 口を噤み、グッと拳を握り締め、小さく頷く。

「解かった……すまん」

忘れるところだった。今もっ ともキラやレイナ達の身を案じているのはラクスやリーラ達のはずなのに……自分が真っ先に冷静さを失ってどうする、と短慮さを悔やんだ。

信じるしかない……そして、 そのためにも自分達が今は耐え、護らねばならないのだと……アスランやリーラ、そしてラクスはモニターに映るメンデル内部へと続く通路へと視線を向けた。

 

 

 

 

互いに呼吸を乱しながら、薄 暗い通路を進むリン、レイナ、カムイ……敵がどこから狙っているか解からない以上、油断はできない。

先頭を進むリンは内心に疑念 を渦巻かせていた。

(どういうことだ……08?  テルス……?)

自分の前に現われたテルスと 名乗った少年……そして…MCナンバーの08という番号を持つ者……困惑はますます強まる。

(何故だ……ナンバーは04 までしか存在しないはずなのに…っ!)

内心に毒づきながら、リンは チラリと後ろを見やると、レイナがやや苦悶を浮かべる表情で後をついてきている。

レイナ自身も困惑と戸惑い、 疑念の中にあった……ウォルフの言った言葉……MCナンバー……02………自分が造られた場所……それらの言葉が脳裏を駆け巡り、それに伴い頭痛とある人 物の顔が過ぎる。

(また、だ……っ)

額を押さえながら歯噛みす る……脳裏に浮かぶ茶色の髪にアメジストの紫の瞳を持った女性が微笑む姿が浮かぶ………誰なのだ…自分とそっくりな顔を持つあの女性は……

苦悩が続く中……通路を抜 け、一つの部屋へと入った。

そこには、また異様な光景が 拡がっている……各種身体の動きをチェックするコードとモニタリング……射撃用のインターフェイス………周囲を見渡していると…奥に小さなデスクが見え る。

レイナの眼にある光景が浮か ぶ……シートに腰掛け、デスクに向かう女性の横顔……無意識のままそのデスクに歩み寄る。

徐々に近づくと……椅子に座 る女性が振り返り………そのまま屈み込んでくるが…近くに立つと…主のいない椅子が揺れるだけ。

レイナはやや表情を顰めたま まデスクに触れる……

「レイナさん……」

カムイが気遣うように声を掛 けるが……レイナは無言のまま、顔を上げる。

「教えて……リン………ここ は………私は………」

縋るように声を出す……幾つ もの脳裏を過ぎる光景……だが、未だにはっきりと認識できない。何かが拒むように……まるで、自分の中で別の誰かが記憶を知ることを拒んでいる……リンは 無言のまま、表情を逸らし………モニタリングの端末のスイッチを徐に起動させた。

刹那……部屋の中で生きてい るモニターの一部が起動し、映像とデータを映し出す。

表示されていく膨大なデー タ……その中には遺伝子情報やそれにまつわる処置やナノマシンを応用した理論が表示されている。

 

 

―――――ProjectMachine Children―――――

 

 

表示されたデータには、そう 記されていた……

「プロジェクト…マシン…… チルドレン………?」

呆然とレイナが呟くと……リ ンはコクリと頷く。

「そう………通称、MCプロ ジェクト…………ことの発端は20年以上前に遡る……当時問題になっていた第一世代コーディネイター誕生時における遺伝子調整の不都合によるエラー……そ れを解消するため…そして………自分達が神と驕った者達が新たな人類を生み出そうとした………それが…全ての運命の発端だった……」

静かに語り始めるリン……や や苦い表情で俯き……そして、モニターにはプロジェクトの大まかな内容が表示されていく。

受精卵の段階からの遺伝子変 革……受精後間もない胎児への様々な実験………試験官の中での遺伝子構造の書き換え……ありとあらゆる実験の記録が表示されていく。

「……そして…その不確定要 素を克服すために着手した一人が………当時のメンデルのGARM R&Dの副主任研究員であったウォーダン=アマデウス……私を…いえ………私達、MCナンバーを造り出した男……っ」

忌々しげに吐き捨てた瞬 間……モニターの一部が砕け散る。

3人がハッと身構える……射 撃場の奥からその銃声が轟いた……モニターが次々と砕け散り、周囲に破片が煌く。

そのまま破片を避け、身を屈 めて周囲に気を向ける。

「そうさ…BA………お前も 薄々勘付いていただろう………自分が……人ならざる存在であることも……人として生を受けたわけではない、と」

闇から響く揶揄するような口 調……嘲る声にレイナは歯軋りする。

言われるまでもなかった…… ナチュラルにあるまじき能力……だが、それはコーディネイターという枠組みすら超える異質なもの……

そして……自分自身の生がま ともではないことに……呪われたものだと悟るのに時間など掛からなかった。

だが……それなら……あの女 性は誰なのだ………自分を娘と呼んだあの女性は………思考のループに陥るレイナ。

「っ!」

銃を構えた瞬間……背筋が凍 りつくような冷たい気配を感じ、反射的に身を捻った。

刹那、銃弾が足元に撃ち込ま れていた。

「私も最初は驚きまし た………まさか、貴方が生きていたとは………」

意外にも聞こえてきたのは少 女のようなか細い声……だが、闇の奥から暗視用の赤外線レーザーを構えるのはそれを感じさせない。

「てっきりあの時に死んだと ばかり思っていました………ナンバー02…そして03……貴方達二人は……」

内容がいまいち実感しえない レイナ……だが、リンは苦虫を踏み潰したように歯噛みする。

「……あの時……6年前のブ ルーコスモスの…いえ、私達の策謀で………アマデウス博士とともに……」

「お前達がアレを……!?  あの男も…!」

驚きの声を上げるリン……対 し、少女の肯定するような声が返ってくる。

「はい……あの襲撃を仕組ん だのは私達…いえ………言う必要はありませんね………」

冷静な口調のまま、言葉を切 る…そして、再度銃弾が撃ち込んでくる。

舌打ちと苛立ちに歯噛みしな がらリンは身を隠す……レイナは陰から窺いながら…瞳を閉じ……周囲の気配を探る。

闇の中で動く気配……その数 を確認する。

(全部で4……いや…まだあ と……ぐっ、ダメだ気配が弱すぎて掴めない……っ)

自分達のすぐ間近で殺気を放 つ4つの気配……だが…それだけでなく別の気配も僅かながら感じる……まだ他にも誰かいるのか………そんな疑念が一瞬頭に浮かびかけるが、すぐさま否定す る。

いるはずがない……ここはX 線で洗浄されたコロニー内だ………普通なら生きていられるはずがない……レイナはそのまま殺気を放つ方角に向かって銃口を構える。

いくら闇の中に身を隠そうと も……放つ殺気を隠すまでには至らない。

「っ!」

刹那……レイナが眼を見開い た瞬間、銃のトリガーを引いた。

最初に放たれた方角から次い で別の方角に向かって銃口を向けて再度トリガーを引く。次の瞬間、銃弾が放たれた方角から微かに息を呑む音が聞こえた。

通路の奥で狙撃用のサイレン サー付きのライフルを構えていたイリューシアは暗視スコープを撃ち抜かれ、射撃場の奥の障害物の陰で機関銃と銃を構えていたウォルフ、アディンもまた武器 に着弾させられ、武器を損傷していた。

この暗闇でしかも相手の武器 だけを正確に狙ったレイナの射撃能力は驚愕に値する。

ウォルフはフフンと鼻を鳴ら し、テルスは口笛を吹く。

「ひゅう……やるねえ…この 視界条件で」

揶揄するような物言いで相手 を皮肉るが、レイナはそれには答えずカートリッジを交換し、再度撃鉄を起こす。

「御託はいい……ウォルフ、 そしてお前達にはまだ訊きたいことがある………」

内心の動揺を押し隠しながら 冷静な口調で問い掛ける。

「私が……ここで造られ た……そう言ったな………なら、私を造ったのは……っ」

やや焦燥と困惑を浮かべなが ら言葉を紡ぐ……ウォーダン=アマデウス……リンは確かにそう口にした。その名はこのラボの入口のプレートにも記されていた……なら…その男が……自分の 出生に関わりを持つ者なのか………

「クックク……いいぜ…答え てやるよ………お前の言うとおり…お前はここでウォーダン=アマデウスによって造り出された披験体……そう……奴が追い求めた狂気の夢の産物………」

「だが…奴の存在が疎ましく なってね………奴を抹殺するために……ここへブルーコスモスを招いたのさ……遺伝子研究を行っている研究所の一つだとね」

心底可笑しそうに笑い上げる テルスの嘲笑……レイナは嫌悪しながらその内容に戸惑いを憶えずにはいられない。

「……十数年前……自身の才 能に驕ったアマデウス博士がコーディネイターを超える存在を生み出そうとした……いや……奴はこの世界に神の子を誕生させようとしたのさ……自らを神と 驕ってね……ッククク…俺達を造り出してくれた……」

卑下た笑みを噛み殺しながら 肩を震わせるテルス……だが、レイナだけでなくリンやカムイも困惑した面持ちを浮かべるばかりだ。

その表情と困惑から察したの か……やや蔑さむような視線が向けられる。

「本当に……全てを知らない のですね………02…………私達のことも…貴方達を造り出すまでに幾つもの人体実験を繰り返し……そして造り出されたということも……」

「っ!」

息を呑むレイナ……脳裏に、 先程見た標本として無造作に飾られた異形化した胎児達の姿が過ぎる。

アレが……自分達を生み出す ために犠牲になった命………唖然となるレイナを制するようにリンが叫ぶ。

「姉さんは知らないっ……だ が、私は覚えている………あの男が私達を…己の自己満足のためだけに生み出したということも…っ!」

歯軋りし、忌々しげに吐き捨 てるリン。

今でも憶えている……自分を 見るあの男の眼を………自身の自己満足とくだらない敵対心で身勝手に命を弄んだあの男の顔を……できるのなら、この手で殺したかった者の顔を………

 

「そう……だから殺してやっ たのよ……私がねっ!

 

どこからともなく反響した聞 き慣れない声……身構えた瞬間、天井のダクトが弾かれ……そこから飛び出した影がレイナに襲い掛かった。

「姉さんっ!」

「レイナさんっ!!」

リンとカムイが叫ぶ……落下 しながら纏うローブの下から鈍く銀色に光る刃が煌く。

レイナは眼を見開き……その まま一緒に落ちたダクトから粉塵が周囲に舞う。

視界を奪われ…眼を覆いなが ら確認するように粉塵の中心に眼を向ける。

「ぐっ……うぅ!」

後ろに手をつき、倒れ込みな がらも銃で振り下ろされる刃を受け止めるレイナ……銃を右手で支えるが、銃身に刃がめり込み、相手はそのまま押し切ろうとする。

ローブで顔を隠す相手の歯噛 みし、苛立つ感覚と身震いするほどの殺気が伝わる……レイナも歯噛みしたまま右脚を突き上げた。

身体に抉り込み、相手はその ままバックに跳躍して下がる。

即座に立ち上がり、壊れた銃 を相手に向かって投げ飛ばした……真っ直ぐに勢いよく迫るが…相手は眼前で手に持っていた刀を煌かせ……剣閃が煌いた瞬間、銃が真っ二つに割れる。

噴煙が周囲に立ち込め……そ れらが晴れると………レイナ達の姿はなかった。

「さらに奥へと向かった か……」

侮るように慇懃な物言いで刀 を鞘へと収めるローブを纏った影……そこへ歩み寄るように姿を見せるウォルフ、テルス……そして…イリューシア………

「相変わらずやることが派手 だな……05…」

揶揄するような口調で話し掛 けると、ローブを纏った人影は鼻を鳴らしながら視線を隠す。

「フン……私はお前を認めた 覚えはない…それに……何故そいつを連れている……そいつはもう役立たずのはずよ」

顔をウォルフへと向け…その 後方に隠れるように佇むアディンに向ける。

無言のまま表情をまったく変 えないアディンに対し、ウォルフは肩を竦める。

「まあそう言うな……使える 奴は使う………それが俺のやり方さ」

「そいつは所詮、私達を生み 出すためのただの被検体……01から04ナンバーまでは所詮、試験体に過ぎない…あの人とは違う」

見下すように吐き捨てる人影 に対し、ウォルフはやれやれと肩を竦める。

「まったく……奴を持ち上げ るか………けどな…お前も所詮…BA…02のコピーでしかないだろ………ルン?」

眼を細め、愉しむような視線 を浮かべると……次の瞬間…ウォルフの喉元に鈍く光る刃が突きつけられていた。

「……二度と、その名を口に するな…私をその名で呼んでいいのは……あの人だけだっ」

人を殺せるぐらいの殺気を込 めた視線を向け……低い声で刀を握る少女…ルンと呼ばれた少女はローブの下で唇を噛んでいた。

一触触発の状況ではあった が、そこへテルスが割り込み、仲裁する。

「お前達、今は争っている場 合ではないだろう?……奴らは既に奥へと向かった…そこがある意味、俺達と奴らの関係を示すステージとしては打ってつけじゃないか?」

人を喰ったような笑みを浮か べるテルスにルンは鼻を鳴らして刀を鞘へと収め、ウォルフは手をひらひらさせている。

「この奥は……私達の領 域………彼らが知らない………」

イリューシアが一人ごち、ラ イフルを構える。

ルンは今一度ウォルフを一瞥 し、視線を変える。

「……まあいい…今は奴らの ことだ。記憶を失っているのね………02……いえ……レイ……姉さん…………」

ローブの下で、ルンは口元を 微かに歪めた。

闇への回廊は……まだ晴れな い…………


BACK  BACK  BACK


 

inserted by FC2 system