ラボ内で対峙し……そし て………ルンの口から語られた自身の出生に隠された秘密を垣間見たレイナは暗い闇に覆われていた。

自分が……ナチュラル と………エヴィデンス………この未知の生命体の遺伝子を融合させて造り出された存在………

「わ、私…が………」

呆然とした口調で呟き……焦 点の定まらない視線で自分の手を見る…………その様子に満足したのか、ルンは笑みを噛み殺す。

「フフフ……そう………貴方 は、この世界に生み出された瞬間から…既に呪われた運命を背負った忌み子………そして…私達もね…」

半ば自嘲し、そして歪んだ表 情を浮かべるルン達……その表情にレイナはやや我に返って顔を上げる。

「造られ…そして生を受けた 時からこの身に架せられた呪われた運命………ただの絶望の中で…闇の中でしか生きられない私達の………私達はどう生きればよかった………だが、その答をあ の人が与えてくれた………」

歪んでいた表情が微かに穏や かに緩む……まるで、愛する……そして敬う者を想うように………瞳を閉じ、胸元に手をあわせるルンの姿にレイナ達は怪訝そうになる。

「あの…人………?」

「どういうこと? お前達以 外にも…私達に関係する者がいるのかっ!?」

途切れそうな口調で反芻し、 リンが緊張の入り混じった声で問い掛ける。

だが、それに対しルン達は愉 悦と優位性を示すように笑みを浮かべるだけだ。

「それを知る必要などな い……だが、おかげで私達には生きる………戦う理由ができた………ウォーダン=アマデウスが私達を新たな人類にしようと望んだことを……私達がナチュラル とコーディネイター……この世界に生きる全ての人類を滅ぼすことで叶えてやろうとね………」

ルンが口にした内容に……レ イナ、リン、カムイは絶句する。

人類を……全て滅ぼす……… その言葉の意味を理解し、そしてあまりに非現実的な内容に言葉が出ない。

「信じられない? 残念だけ ど……それはもう既に始まっているのよ………破滅への輪舞が………奴らは互いに争い、そして滅ぶ………私達の望みのままにね…」

冷笑を浮かべるルン……そし て…レイナはようやく合点がいった。

連合軍とザフト……その中に おいて何故殲滅戦へと変わったのかを………こいつらが…眼の前に立つ自分の……きょうだい達がそう仕向けたのだ………

アクイラは地球軍に……アズ ラエルに近づき…そしてアズラエルが地球軍を支配できるように根回しを……テルスはザフトに………クルーゼを…パトリックを通じて殲滅を望む連中に覇権を 握らせた………

「ウォルフ……お前が何故、 地球軍にいるのかは解かった…だが、お前は何故……っ!?」

だが、唯一腑に落ちない点が あった……ウォルフは少なくとも関係ないはず………自分達には……対し、ウォルフは意味ありげに低く笑うと肩を竦める。

「悪いが……それは言う必要 がないだろう? だが、それはそれで愉しいじゃないか? 弱い奴は死に、強い奴が生き残る……実に解かりやすいシンプルな定義じゃないか…そういった弱肉 強食の混沌の世界こそが、相応しいと思わないか? 俺も…お前にもな……BA………」

はぐらかし……そして発され た言葉にレイナは微かに歯噛みする。

自分は今まで、その世界で生 き抜いてきた……その定義こそが真実であるかぎり…ウォルフの言葉も一概に否定できない。

「人類がコーディネイターを 望み……そして私達の存在を望み…造り出した………だからこそ、敬意を表して……その幕引きは私達の手でしてやるわ………」

暗い…そして……全てへの狂 気と憎悪を漂わせながら歪んだ笑みを浮かべる。

だが、レイナは自らを覆う闇 を振り払うように叫ぶ。

「ほざくなっ!」

「必然なんですよ……全て は………もっとも、僕らから見ればナチュラルもコーディネイターも愚かで哀れな蟲けらですよ……蟲が飛んでいたら殺すでしょう? 鬱陶しいと…僕らにとっ ては人類など、その程度の存在なんですよ」

ウェンドが右眼のインター フェイスを持ち上げ、慇懃な物言いで囁く。

「だけど……お前達にはその 資格は………いや…もはやその様を見ることさえできないのだからね………」

腰に携える剣を抜き構えるル ン……レイナ達はハッとして身構えた瞬間、テルスとアクイラが発砲し、レイナ達は物陰に身を隠す。レイナは先程銃を落として離れた場所へ転がってしまっ た。

身を隠すレイナ達を狙撃する 中……アディンだけがどこか夢見心地のような呆然とした面持ちのまま、ただ無言でその光景を見据えていた。

(フン…所詮は失敗作のナン バー……あてにはならないか)

その様子にルンは慇懃な態度 で鼻を鳴らし、前方を向いて歩み出す。

銃撃にさらされ、レイナが舌 打ちする……その間にもルンは一歩一歩歩み寄ってくる……死神のごとき冷たい笑みを浮かべて………

「破滅への輪舞は間もなく終 わる……そして…闇への扉が開かれる…………」

呪文のように呟くルンに対 し、レイナは物陰に身を潜めながら周囲を見渡す……リンやカムイも銃撃が激しく動けない。その時、割れたガラス片が眼に入った……意を決してその破片を掴 むとともに右腕の裾に隠してあったナイフを抜き出し、逆手に構える。

「愚かな人類が滅び……そし て…破滅と混沌の世界がねっ!!」

ルンが高らかに叫び上げた瞬 間……レイナは物陰から身を飛び出させた………手に握り締めたガラス片を投げ飛ばす。

真っ直ぐに鋭く飛んでくるガ ラス片をルンは咄嗟に剣を抜いて弾き返す……弾かれたガラス片は真っ直ぐにレイナへと戻っていく……だが、レイナはそのガラス片を直前で腕を引き上げて弾 き返した。

腕に掠り、鮮血が飛ぶ……レ イナは痛みなど気にも留めず、そのままナイフを構えてルンに向かって振り下ろした。

流石のルンも抜き、剣を振り 払った状態では二撃目に対応できなかった……身を捻り、顔に向かってきたナイフをよけるも……刃が頬を掠め…ルンの左頬に紅の一線が走る。

息を切らし、舌打ちするレイ ナ……そして、頬を傷つけられ呆然となるルン………頬から鮮血が飛び……それを見た瞬間………ルンの表情が怒りに染まる。

「このっ……できそこないがっ!

憤慨したルンがレイナに向 かって脚を振り上げた。膝がレイナに腹部に抉り込む。

「がっ……」

無防備な態勢でまともに喰 らった一撃に呻き声を上げる。ルンはそのまま剣を振り下ろす。

真っ直ぐに頭頂に向かってく る刃……だが、レイナは瞬時にナイフを振り上げて刃を受け止める。

「ぐっ…ぐぅぅ」

刃の短いナイフで受け止め、 耐えるレイナ……その胸元からペンダントが飛び出し、胸で揺れている。

それを視界に入れ……ルンの 表情が侮蔑に歪み、鼻を鳴らす。

「フン……ヴィア=ヒビキの ペンダント……そんなものをずっと持ち続けるとはね………」

ルンが漏らした名に思わず眉 を顰める。

(ヴィア…ヒビキ……っ)

内に巣食う奇妙なもどかしさ と傷み……それがレイナを苦しめる。

「姉さんっ!」

そこへリンが発砲し、ルンは 舌打ちして距離を取る。次の瞬間、リンが通路の壁を形成していたカプセルの機器に向かってトリガーを引いた。

機器のパネルや計器類が銃弾 に撃ち抜かれ……カプセルが火を噴き上げた。

即座に周囲が紅蓮の炎に包ま れ……両者の間に炎の壁が立ち昇り、行動を遮られた。

予想外の事態にルン達は歯噛 みする……レイナはややフラつき、機器に腕を置いて身を預けながら倒れるのを堪えてその炎を……炎の向こう側に立つ者達を見詰める。

炎を挟んで対峙するきょうだ い達の……全てに対する憎悪と歪んだ狂気がレイナにも伝わる………この炎のごとく…決して消えない………

「はっ……もうなにもかも遅 い………既に闇への扉は開かれた………」

侮るように笑みを浮かべ…… 嘲笑を浮かべる。

「破滅と混沌への道は既に指 し示された……決して止められない………全ては神の赴くままになっ!」

勝ち誇った笑みを吐き捨てる と……ルン達は踵を返す。

「それじゃ……もし縁があれ ばまた逢いましょう…………愚かな姉さん達……だけど……その時こそ…その身を私が滅ぼす……フフフ………アハハハハハハハハッ!!!

歪んだ嘲笑を上げ……彼らは 炎の中に消えていく。

「ま…て………っ」

苦悶に歪む表情でレイナが手 を伸ばそうとするが………炎の中へと消えていく彼らに届くはずがなかった………

まるで……地獄の業火の中で 彷徨う鬼のごとく………その姿は掻き消えた………呆然としていたレイナはその場に崩れる。

呼吸を乱しながら顔を俯かせ る……自身の衝撃的な出生を垣間見………流石のレイナも極度の疲労と絶望を味わっていた………そこへゆっくりと近づくリンとカムイ………

「姉さん……」

リンがどこか躊躇いがちに声 を掛けると……レイナは自嘲めいた笑みを浮かべる。

「………まったく…滑稽よ ね……覚悟はしていたけど………イザ眼の前に突きつけられて…こんなにショックを受けるなんてね………」

どんな過去が秘められていよ うとも覚悟はしていた……だが、自分の覚悟すら上回る事実………自分自身が滑稽だと言わずしてなんと呼べばいい………

 

 

―――――ナチュラルとエ ヴィデンスの遺伝子の融合体?

―――――人のエゴの産物?

―――――呪われた忌み子?

 

 

ルンの言葉が脳裏を掠め、レ イナはその眼を伏せる。

人の身でありながら……い や………自分は人ですらない……………正真正銘の……化物なのだ…………

「………自分の存在が禍がい ものだと思うのなら…ここで死ぬ?」

唐突にリンが問い掛ける。リ ンには優しい言葉をかけるつもりも手を伸ばすつもりもない……レイナがその程度で潰れるなら………いや…自分の記憶にあるレイナはその程度で潰れるような 弱い奴ではない………

カムイはどこか不安げに両者 を見詰めていたが……レイナはややリンの顔を見上げていたが、やがて苦笑を浮かべて肩を竦める。

「そうね……私は………まだ 死ねないのよね…………死は赦されないのよね…」

そう……安易に死を選ぶこと は赦されない…………この身が呪われているというのなら……その業を背負い……戦場で散ろう………それがレイナの意志だ。

憔悴していた身体を鞭打ち、 レイナは身を起こすが……よろめき、態勢が整わずにいると…そこをリンが肩を貸して受け止める。

「リン……」

「勘違いしないで…私だっ て、まだ混乱してる……だけど、今はまだ」

そう言い捨てると、顔を逸ら す……レイナは微笑を浮かべて肩を預け、立ち上がると……周囲を見渡す。

「さて…まずはどうやってこ の場を切り抜けようか……?」

緊迫感のない口調でぼや く……既に周囲を炎に囲まれ、脱出するのは困難だ………リンやカムイも周囲を見渡しながらこの場から脱出する方法を思案する。

その時、炎が燃え移り、天井 からエヴィデンスのレプリカを吊っていたワイヤーが途切れ……レプリカが落下してきた。3人は咄嗟に身を捻るように跳ぶ…床に崩れ落ちたレプリカの破片が 飛び散り……それが壁に密接していた薬品棚に当たり、薬品棚が倒れる。

「ん? なに……?」

思わずその棚が倒れた場所を 見やると……薬品棚の後ろに隠れていた壁から端末のようなものが姿を見せた。

3人は無意識にそこへ近づ く……端末には、カバーとその下になにかを嵌め込む穴が見える。その嵌め込むべきモノの形を見た瞬間……レイナはハッとする。

「まさか……」

半信半疑で肌蹴た胸元から飛 び出ているペンダントを右手で掴み……それをゆっくりと近付ける。

長く感じる時間……戸惑いな がらペンダントに取り付けられていたクリスタルを穴に嵌め込んだ。測ったようにフィットし、クリスタルを嵌め込んだ場所からエネルギーラインが伸びる。刹 那……微かに駆動音が響く。

警戒した面持ちで周囲を見詰 めていると……端末の横の壁に線が走り、それが左右に拡がっていく。ドアが開いた中に見えたのは小さな空間……エレベーターのようなものがそこに開かれ た。

「何がなんだか解からないけ ど……行くしかないわね」

この際、何故ペンダントでこ の扉が開いたのかはどうでもいい…そんな詮索は後だ。

ペンダントを再び取り外し、 右手に握り締めると……3人はエレベーターの中へと乗り込んでいく。

カムイが端末を操作し、ドア が閉じられていく……完全に閉じる前に…レイナは今一度、崩れ落ちて砕けたエヴィデンスのレプリカを見やる。

アレが……自分の父であり、 母であるもの………複雑な心境で見詰めるレイナの前で、レプリカは炎に包まれた…そして……ドアが閉じられ…3人を乗せたエレベーターは動き出していっ た………

 

 

 

 

メンデル周辺の戦闘は熾烈を 極めていた。

例の新型特機3機をジャス ティス、スペリオル、ヴァリアブルの3機が抑え込んでくれているのがせめてもの救いだが、連合側の3機は同士討ちも恐れないような攻撃を繰り出してくるた め、アスラン達も戸惑い、なかなか決定打ができない。

苦戦する3機の援護に向かう エターナル……迫る駆逐艦をミサイルの全弾発射の応酬で轟沈させ、ラクスは眼前のMSの交錯する軌跡を見やりながら指示を出す。

「ジャスティス達の援護を!  ミーティアはまだ使えませんか?」

バルトフェルドに向かって問 い掛けると、やや苦い表情で答え返す。

「起動完了まで、あと1分 30秒! 急げよ!!」

エターナルの最大の特徴たる ミーティア……これが使えれば、少なくとも有利にはなる。

ラクスはやや不安が入り混 じった表情で戦闘を見守る。

 

オーディーンはパワーへと向 かい、そしてネェルアークエンジェルとクサナギはドミニオンを含めた残存艦艇と激しいビームの応酬を続けていた。

「デブリを盾に回り込んで!  ナスカ級は!?」

問い掛けると、サイが計器を 見詰めながら先程と同じ答を返す。

「依然、動きありません!」

ザフト側の動きも常に注意し ておかなければならない……あちらは戦力的には無傷の状態で地球軍よりも脅威なのだ。地球軍側との戦闘はなるべくなら早く決着をつけたい。

「ゴッドフリート発射! 同 時にコリントス発射!!」

キョウの指示に従い、ゴッド フリートが火を噴き、ドミニオンに迫るも向こうもスラスターを駆使して砲撃をかわす。そして迫るミサイルをイーゲルシュテルンで撃ち落とし、なかなかダ メージを与えさせてくれない。

主力の大半が不在の今、やは り苦戦するのは避けられなかったが……その時、レーダーを見詰めていたミリアリアが弾んだ声を上げた。

「艦長! フリーダムです!  ストライクとバスター、ブリッツの反応もあります!!」

モニターにはメンデル内部か ら飛び出すフリーダムとそれに抱えられるディアクティブモードのストライク、そしてその後方にバスターとブリッツビルガーの機影も確認でき、クルー達はや や安堵したように肩の力を抜いた。

だが、そこへ入ったキラから の通信にマリューは身を硬くした。

《ムウさんが負傷していま す!》

息を呑むマリュー…よく見て みれば、ストライクは右腕を欠損しており、また機体にもかなりの損傷があるのを確認し、マリューは不安な面持ちを浮かべる。

《キラさん、僕がストライク をネェルアークエンジェルへ運びます! ディアッカと一緒に先に行ってください!》

フリーダムが曳航していたス トライクをブリッツビルガーに託すと、フリーダムは翼を拡げて前線へ向かう。

《おいおっさん、大丈夫か よ?》

《馬鹿やろう! 年寄り扱い すんな!!》

《それだけ叩けりゃ大丈夫だ な…ニコル、おっさんを頼んだぜ!》

《だからおっさんじゃないっ て……っ》

ディアッカの軽口に怒鳴りな がら答え返すと、バスターはブースターを噴かして戦場へ向かう。言い返す元気があるなら、少なくとも大丈夫だろう、とマリューは息を吐いた。

だが、損傷の状態からメンデ ル内で何かがあったのは確かだ……だが、今は眼前の戦闘に集中しなければならない。

着艦したブリッツビルガーが ストライクを降ろすと、再び戦場に向かって飛び出していった。

 

 

 

メンデルの反対側の港口付近 のデブリ帯では、刻々と過ぎる時間に誰もが焦れる思いでいた。

《まだ、クルーゼ隊長から何 もありませんの?》

ヘルダーリンからタリアが表 情を顰めてアデスに問い掛ける。

「ああ……まだ何も連絡がな い」

アデスも顰めた表情で腕時計 を確認しながらイライラしていた。

《もう既に数時間以上経って います……地球軍も戦闘を再開したようですし…連絡がないということは最悪の事態も考えておかなければないしょう?》

正論を説くタリアにアデスも 押し黙る……確かに、数時間以上も音信不通というのはおかしい。内部でなにかがあったと考えた方が自然だ。

だが、あのクルーゼがそう簡 単に不覚をとるとも思えなかった……このままの状態が続くようなら、最悪こちらの判断で動かざるをえなくなる。

逡巡していたアデスだった が……そこへメンデル内から帰還の通信が入った。

 

メンデル内部から大破したゲ イツを抱えてデュエルが帰還してくる。

ハッチの開いたヴェサリウス 格納庫内へと着艦すると、イザークは飛び出さんばかりの勢いでコックピットを出、そのままゲイツのコックピットへと向かった。

「隊長!!」

機体の回収に向かった時には 既にゲイツのコックピットにクルーゼが収まっており、急いで帰還しろと指示を出したが、その口調はどこか苦しむようにいつもと違っていたため、もしかした ら、負傷しているのではないかとやや不安にかられて、ゲイツに駆け寄るイザーク。

だが、コックピットは既に蛻 の殻となっていた。

イザークはやや呆然となり… 首を傾げ、当惑した面持ちで周囲を見渡す。着艦と同時にコックピットを飛び出したのか、クルーゼの姿は格納庫内には見えない。

指揮を執るためにブリッジに 向かうとしてもなにかおかしい……上官のらしくない行動に違和感を憶えずにはいられなかったが、少なくとも動けるのならさほど負傷したわけではないだろう と安堵する。

「ジュール先輩!」

そこへ格納庫を訪れたシホが 無重力の中を近づいてきた。

「隊長はご無事なのです か?」

ゲイツの破損状態からクルー ゼの身を案じてシホが尋ねるが、イザークは憮然とした表情で視線を逸らす。

「解からん…だが、ここにい ないということは恐らく大丈夫だろう」

その言葉にホッとしたのか、 息を吐き出す……そして、なにかに気付いたように声を上げた。

「そう言えば、ガルドはどう しました?」

その名を出され、イザークが ビクっと身を強張らせる。

「戻っていないのか?」

クルーゼが帰還しろと指示を 出したものだから、てっきりガルドも戻っているとばかり思っていたイザークは驚きを隠せない。

「はい……まだ、戻っていま せん」

躊躇いがちに答えるシホにイ ザークは舌打ちする……ということは、恐らくまだメンデル内にいるのだろう。いけ好かない男ではあるが、一応は同僚である以上見過ごすのは不本意だ。

だが、デュエルも補給が必要 な以上、すぐに再出撃は無理だろうしまず許可されないだろう。

「奴のことは後回しだ…ク ルーゼ隊長からまた別の指示が出るかもしれん……お前もすぐに出れるように待機しておけ」

「はっ!」

敬礼すると、シホは跳び…… 格納庫内を移動して愛機へと向かう。

その後姿を見送りながら…イ ザークは先程の邂逅を思い出し、苦々しげに逡巡した。

もはやディアッカやニコルは ザフトに戻るつもりはない……その意志をはっきりと告げられた……それが意味するのは…彼らが敵だということに他ならない。

その事実に改めて歯噛みす る……何故………何故こうまで自分の仲間や大切な者が自分から離れていくのか……久方ぶりに見たディアッカとニコルは以前は感じさせなかった決意を身にま とっていた…それが、酷く二人を遠く感じさせる。

取り残されたような寂しさと 空虚感をイザークはその身に感じていた…だが、イザークには彼らのように別の戦い方を選ぶことはできない。自分はプラントを護るためにザフトにいるの だ……それを今さら放棄することなどできない。

地球軍からプラントを護るた めに…戦わねばならないのだ………たとえ独りでも………拳を握り締め、イザークはその場に悪態をついた。

 

 

 

 

呻き声を押し殺して唐突に部 屋へ飛び込んできたクルーゼに、フレイは息を呑んだ。

それが自分の見慣れた男だと 気付き、フレイは困惑する……だが、そんなフレイに構うことなくクルーゼは苦しみながら一目散にデスクに飛びつき、片手で顔を押さえながらもう片方の手で デスクの抽斗を乱暴に開け、中を掻き回す。やがて、目的のものを掴むと、それを取り出す。常に常用しているピルケースを取り出すや否や、クルーゼは中のカ プセルを手に投げ、それを貪るように噛み砕き、飲み干す。狂った呻き声とその貪り方はまるで飢えた獣が眼の前の血肉に喰らいついている様を思わせ、フレイ は底知れぬ恐怖に怯えて後すざる。いつもの冷静で無機質な雰囲気のクルーゼがこれ程までに取り乱している姿は異様なものを思わせる。

汗を浮かべて呼吸を乱し…… 乱れた金髪が顔を覆っている……フレイはそこで、クルーゼの顔にいつもの仮面がないことに気付いた。常に仮面で顔を隠し、また寝る時でさえ外さない……ク ルーゼに拾われてから一度もその素顔を見たことがなかったフレイは幾分かの好奇心に突き動かされ、その表情を窺うように覗き込もうと近づく。

だが……薬を飲んで落ち着い たのか、クルーゼは今度は抽斗の奥に備えてあった予備の仮面を取り出し、荒々しい仕草で顔に装着する。

そして顔を上げ……獣のよう に血走った感情を纏わせながらブリッジに通信を繋げた。

「アデス!」

《隊長!? どうなさ……》

尋常でない口調にアデスが驚 いて問い掛けようとしたが、それを遮るようにクルーゼが荒い口調で命じた。

「ヴェサリウス発進する!  MS隊出撃用意! ホイジンガーとヘルダーリンにも打電しろ!!」

《し、しかし……》

冷静な上官らしくない焦った 口調にアデスが不審そうに尋ねようとするが、クルーゼは喚くように怒鳴った。

「このまま見物してるわけに もいかんだろう! あの機体…地球軍の手に渡すわけにはいかんのだからなっ!」

アデスは唖然と上官の命令を 聞いていた……ここまで感情を剥き出しにすることはなかっただけに無理もない。

「私も出る! シグーを用意 させろ! すぐブリッジに上がる!!」

躊躇するアデスを怒鳴りつけ て指示を下した後、有無を言わせずに通信を切り、身体を起こすと肩で荒い呼吸を繰り返す。不安げに見詰めるフレイに向かって唐突に振り向き、歪んだ笑みを 浮かべる。

その笑みが暗い……常軌を逸 したものに見えて、フレイは思わず背筋を凍らせる。

「さて……君にも手伝っても らおう………」

その言葉にフレイは疑念を浮 かべて口を噤む……いったい自分に何を手伝わせようというのか……戸惑うフレイに向かってクルーゼは意味ありげに薄い笑みを浮かべ、一枚のディスクを取り 出した。

それにはフレイも見覚えがあ る……『鍵』とクルーゼがいつも意味ありげに玩んでいた。

戦争を終わらせる鍵……いっ たい、なにが記されているのか………興味を引かれ、食い入る世にように見詰めるフレイに向かってクルーゼは憔悴し切った自嘲を浮かべる。

「私も疲れた……だから…届 けておくれ………最後の鍵を…………」

クルーゼは徐にフレイの手を 取り、そのディスクをフレイの手の中に握らせた。

その行為にフレイは眼を見開 いてクルーゼを見上げる。

「それが地球軍の手に渡れ ば…戦争は終わる………」

弱々しい声で囁くクルーゼの 言葉は甘い誘惑のように聞こえる……戸惑っていたフレイはその時初めてクルーゼが疲れきった…陰りを表情に浮かべているのに気付いた。

フレイの胸にクルーゼへの同 情と奇妙な義務感が生まれる……それに突き動かされ……ディスクを両手でしっかりと握り締め、コクリと頷いた……それが破滅への道とも知らず………その様 子に…クルーゼは安堵したかのように笑みを浮かべた。

暗い陰りをその口元に微かに 浮かべながら………

 

 

 

 

苦戦するジャスティスら3 機……カラミティがシュラークを連射しながら3機を狙い撃っていると、そこへビームが轟き、オルガ思わず機体を飛びすさった。

飛来してくるフリーダム…… 翼のビーム砲を展開しながら迫る。

「アスラン!」

「キラ!」

友の無事にアスランの声が弾 む……リーラやメイアもやや表情を緩ませる。

数の上では上回り、なんとか 優位には立った……カラミティがシュラークを連射してフリーダムを狙い撃つも、フリーダムはビームサーベルを抜き、ビームを斬り裂きながらカラミティに迫 る。

レイダーが機関砲を放ちなが らスペリオルを追う……互いに高機動で宇宙を飛ぶ。上昇するように飛行するなか、互いにMS形態に戻ると同時にレイダーはツォーンで、スペリオルはシヴァ で撃ち合う。

フォビドゥンは執拗にジャス ティスを狙う……フレスベルグを放ち、弧を描きながら迫るビームをかわしながら狙撃するも、リフターに阻まれる。そこへヴァリアブルがレーヴァティンを振 り上げ、フォビドゥンに振り下ろす。フォビドゥンは後方に飛びすさってそれをかわす。

混迷を極める戦いの中、トリ ガーを引きながらキラの中には葛藤が渦巻いていた。

自分を生み出した父に…エゴ の果てに生み出された男の言葉が脳裏を過ぎる。

人は所詮、欲深き生き物なの だろうか……争うことを欲しているのか………妬み、憎み、殺し合う………そんなものが人の本質なのか………

自分達の望む未来がどうしよ うもなく甘いものだと知りえていても……困難であっても進むと決めたはずなのに………

押し寄せる絶望と決意に迷 い、圧倒されながらもキラは必死にトリガーを引く。

たとえ父の……エゴの産物だ としても………自分は戦わねばならない…そう決めたのだから………

 

 

 

 

エレベーターで降りていたレ イナ達はそれが止まるのを待った。

どちらにしろ、もうここに長 居をするつもりはない……そして…エレベーターがようやく終着したのか、駆動音が止まる。

警戒した面持ちでドアが開く のを待つ……そして…ドアがゆっくりと開いていく………

開かれたドアの先に見えたの は……薄暗い…巨大な空間…………

周囲を窺うように身を出し、 空間を見渡す。

高い天井に広い空間……なに かの工場のような…………空間に足を踏み入れ、一歩一歩歩んでいく。

歩く道すがら……右手には鉄 格子が設置され、その向こうには全てを呑み込むような闇が拡がっている。

警戒した面持ちでその鉄格子 の方へと近づいていく……ようやくこの暗闇に眼が慣れてきたのか、少しずつ周囲の輪郭が認識でき始めた。

鉄格子の前に立ち……その眼 前の深い闇を見詰める………下ははっきりとは見えないが、かなり深い。そして……十数メートル開けて向こう側の壁に見えるのはMS用のハンガーのようだっ た。

天井を見上げれば、天井部か ら作業用のアーム類が見える。

「ここは……MSデッ キ…?」

こんな研究所の地下にMSの 工場デッキがあるなど……普通なら考えられない。

「姉さん、こっち……!」

リンがやや上擦った声を上 げ…レイナがそちらへと駆け寄る。

「何?」

尋ねるレイナに答えるように リンが指差す……その先を追うと………レイナの眼が驚愕に見開く。

「イン…フィニティ……?」

天井部から吊られたMSの頭 部らしきパーツ……アンテナもなく、まだ作業途中なのか外装の類も取り付けられておらず、内部機器が露出している。

だが、その形状は紛れもなく 自身の愛機でありリンの愛機でもあるインフィニティとエヴォリューションに酷似した頭部であった。

「どういうこと……?」

リンが首を傾げ、思わず口に 出すが、レイナにも答えられるはずがない。

その時、唐突にこの空間内に 残った僅かな照明に灯が灯り、空間が微かに照らし出された。

ハッとして振り返ると…カム イがこの施設の電源をONにしていた。

やや溜め息をついて視線を戻 すと……先程までは闇に覆われて見えなかった底が見えた。

だが、驚いたのはその底に拡 がるものだ……幾つものMSのパーツや残骸……いや…開発中に破棄された試作品の類らしきものも多数その場には打ち捨てられている。

その様は、まるで墓場のよう だった………

「偶像の墓場…ってところか しらね」

何気にポツリと漏らすレイ ナ……いったい、ここは何なのだ?

インフィニティやエボリュー ションと酷似したMSのパーツにこの工場……ここはいったい、何のために造られたのか…そして……何故ここへ続く通路が隠されるようになっていたのか…… 何故レイナのペンダントでここへの扉が開いたのか………疑問はつきない。

周囲を見渡していたレイナ は、近くに作業用アームを操作するための端末とモニター席を見つけた。

無意識にそこへと歩み寄 る………コンソールを見やると…そこには2つの写真立てが置かれていた。

一つは7人の男女が映った写 真……そしてもう一つは…………

「…っ」

レイナはその写真を視界に入 れた瞬間、息を呑んだ。

一枚は、茶色の髪の女性が微 笑み、屈み込んで眼前の二人の女の子の肩に手を置いて映る写真……先程、ウォルフに砕かれた写真と同じものだ……その女性の顔を見た瞬間……レイナの脳裏 に記憶がフラッシュバックする。

 

 

――――――貴方は……何を 求めているの………

 

 

「……っ」

傷みが頭を刺す。

頭を押さえ…苦悶を浮かべな がら、写真に映る人物を見詰める。

「ヴィア……ヒビ キ…………」

無意識に呟き……その視線が 二人の女の子へと移る………それは…自分自身だった。

思わず手を伸ばし……写真立 てを掴み上げると…なにかの感触が手に当たった。

不審そうに写真立てを裏返す と……裏には一枚のディスクが固定されていた。

 

 

 

墓場と呼ぶべき場所で遂に自 らの出生を知ったレイナ………

彼女を覆う闇は……より混迷 を深めるのであった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

闇の中で知った記憶……

それは彼女らをさらなる混沌 へと誘う道標………

 

決して逃れえぬ呪縛……

闇に蠢く者達がその闇を解き 放つ………

そしてその時……白き影が闇 のなかより飛翔する…………

 

 

神の名を冠する滅びの天使 が………

 

 

次回、「滅びの神天使(メタトロン)

 

闇よりの白き天使、打ち払 え、ガンダム。


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