頭部を失いながら…そして、 未知の機体が出現してもなおキラは気づかず、ひたすらポッドのみを追っていた。

補助カメラに切り替わり、カ ラミティに抱えられたポッドが遠ざかっていく。

「フレイ…フレイっ! く そ……っ!」

焦燥感にかられながらも、通 信周波数を必死に合わせながら呼び掛ける。

「フレ イィィィィィィィ!!」

悲痛な叫びを上げるキラ…… それをアスランが追う。

恐らく、今のキラには自機の 状況など頭に入っていない……周りも見えていないはず。

懸命に追うジャスティス… リーラもスペリオルで後を追おうとするも、なにかに気づいたようにハッとした瞬間、ビームが降り注ぎ…リーラは反射的に機体を翻してビームをかわす。

発射された方角を見やると… そこには鈍重な形状のMS……プラント脱出時に見たバルファスが佇んでいた。

だが…そのバルファスを見た 瞬間……リーラはなにか怯えにも似た悪寒が背中に走った。

機体から感じるこの悪寒 は……バカな、という思いが駆け巡る………

この悪寒を感じさせる相手 は…この世に一人だけ……いや…だけだった………その相手はもういないはずなのに……

その時、通信機からくぐもっ た嘲笑が響いてきた。

《フフフ…ククク……久しぶ りだな…リーラ……いや、それとも…リスティアと呼んだ方がいいかな……》

見下すような慇懃な物言い… その声には聞き覚えがある。

「ガ、ガルド……」

動揺した声が出る……アカデ ミー時代の同期………冷たい眼と気配…なにより、自分以外を見下すような眼にリーラはあの男との錯覚を覚えた。

父と呼んだ……あの男と の………そんなはずがない…と必死に頭を振って恐怖を振り払おうとするも、悪寒はおさまってくれない。

《さあて…ここで死んでもら おうか……道具が意思を持つのはあってはならないからな》

その言葉があの男と重な り……リーラは竦むように硬直した。

刹那、バルファスのビーム キャノンが火を噴き、スペリオルに着弾した。

「きゃぁぁぁっ!」

ほぼ無防備に近い形で直撃を 受け、左腕が吹き飛ばされた。

衝撃にリーラは我に返り、な んとか防御しようとするも……テルスの言葉があの男と重なり、身体が言うことをきかない。

《そうら……お前は所詮、な にもできない…なにをしても変わらない…無力な奴なのさ》

嘲笑うかのようにビームキャ ノンを連射し、スペリオルの右肩、脚部が次々に損傷する。

損傷し、煙を噴き出すスペリ オル……コックピット内でリーラは恐怖に顔を歪ませながら、震える。

《ハハハ…まったく呆気ない な……俺が受けた命令はその機体の奪還か破壊………パイロットなどどうでもいいからな………》

ゆっくりと……砲口をスペリ オルのコックピットにセットする。動かなければ…殺られる………だが、身体が言うことを聞いてくれない。

砲口にエネルギーが収束 し……臨界を越えた瞬間………

《消えろ……規格外の出来損 ない》

吐き捨てるような言葉ととも にビームが放たれ……真っ直ぐにスペリオルへと伸びる。

リーラは思わず胸元のペンダ ントを握り締め、眼を閉じる。

ビームがスペリオルのコック ピットを貫こうと迫る…だが、そこへ影が割り込んだ。

スペリオルの前に立ち塞がっ た機体がシールドを翳し……そのビームを受け止める。

ビームの熱がシールドの表面 を融解させるも……なんとか耐え切り、ビームが周囲に拡散する。

「……えっ?」

恐る恐る眼を開け……自機の 前に佇む機体を確認した瞬間、リーラは驚愕に眼を見開いた。

スペリオルの前に護るように 佇んでいたのは……デュエル……リーラの大切な者の駆る機体だった………

 

 

 

見知らぬMSにポッドを抱え られたフレイは遠ざかっていくネェルアークエンジェルの艦影のモニターに手を伸ばすように縋りついた。

嗚咽を漏らしていたその耳 に……雑音に混じって聞こえてきた聞き覚えのある声に、ハッと顔を上げる。

「……キ…ラ………?」

幻聴かと思った……キラの声 が聞こえるはずなどない……キラはアラスカに着く前に死んだと聞かされていたのだから………

だが、頭でそう思いつつもフ レイは無意識に耳を澄まして通信機から聞こえる声を聞き入る。

《フレイ……フレ イィィィ!》

「キラ……嘘………っ」

はっきりと聞こえたキラの 声……それはモニターに映る白いMSから発せられていた。

アレにキラが乗っている…… キラが自分を呼んでいる………

恐怖に歪んでいたフレイの眼 に喜びにも似た嬉しさと涙が浮かび上がる。

キラが生きている……その事 実がフレイに希望を与えた。

だが……無情にも距離がどん どん拡がっていく………フリーダムはフォビドゥンとレイダーの集中攻撃を受け、身動きが取れなくなり…その間にカラミティはドミニオンへと後退していく。

「キラ……っ!」

やっと再会できたのに……謝 りたいこと、伝えたいことがたくさんあるのに……フレイは、離れていくモニター画面に縋り、キラの名を呼び続けた。

「キラっ……キ ラァァァァァッ!!」

ドミニオンのハッチが閉じら れ……その姿が消えるまで、フレイはその名を呼び続けた。

 

 

 

エターナルとクサナギが集中 砲火でナスカ級のビームを弾きながらヴェサリウスに火線を集中させる。

そして、MS部隊は徐々に艦 へと帰還していく。

M1部隊やジン、シグーがク サナギ、ネェルアークエンジェルに着艦していく。

しんがりを務めるグランの M2はソードカラミティと一進一退の攻防を繰り返す。

ソードカラミティのシュベル トゲーベルをキリサメで受け止め、左手のビームライフルで狙撃する。

その一射を身を捻ってかわ し、スキュラを放つ。

ビームの奔流がM2のシール ドを半壊させる……グランは舌打ちする。このままでは離脱できない。

「グラン隊長…これで、終わ りにさせてもらいますよっ!」

エドも流石にこれ以上時間を 掛けられないのか、2本のシュベルトゲーベルを振り上げて加速する。

グランは全神経をシュベルト ゲーベルの動きに集中させる……振り下ろされる軌跡を読み…グランはM2の左腕を突き出してシュベルトゲーベルを受け止めた。

2本のビームの刃が左腕に喰 い込む…だが、その行動に眼を見開くエド。

「前にも言ったはずだぞ…… お前は直情的な動きが長所でもあり、短所でもあるとな!」

そのまま左腕をパージし、左 腕が爆発する…喰い込んだシュベルトゲーベルの刃ごと吹き飛び、ソードカラミティのシュベルトゲーベルが折られた。

武器を失ったソードカラミ ティに向かい、M2はキリサメを引き…そして突き出した。

先端から飛び出すビームが ソードカラミティの右肩を貫き、そのまま刃にビームを渡らせ、振り下ろす。

右肩から胸部のスキュラまで ビームの斬撃の後が刻み込まれ、ソードカラミティは被弾する。

爆発の衝撃がソードカラミ ティを揺さぶり、エドは歯噛みする……トドメを刺そうとキリサメを振り被る……だが、グランの表情に一瞬の迷いが生じる。

その一瞬の隙を狙ったかのよ うにビームが飛来し、M2のキリサメを撃ち抜いた。

「何っ!?」

グランが驚いて顔を上げる と、そこにはミゲルのゲイツ改との戦闘で被弾したモーガンのダガーがいた。

牽制するようにビームを放 ち、M2を引き離す。

「無事か、ハレルソン中 尉!」

「なんとか大丈夫っすよ… シュバリエ大尉殿! 派手に大尉殿もやられましたね」

苦い表情ながらも、軽薄な口 調で答えるエド…モーガンは呆れたように苦笑を浮かべ、そのままソードカラミティを促す。

「それはお互いさまだ……そ れよりも、退くぞ…この戦闘もそろそろ見切りだ!」

そのままビームライフルを投 げ…残ったグレネード弾をビームライフルに向かって投げ、それが爆発する。

閃光に眼を遮られ、思わず視 界を覆うグラン……その隙に、ソードカラミティとダガーは離脱していった。

閃光が収まり…それを見届け たグランは苦い表情で吐き捨てた。

「俺も……まだあまいなっ」

自身を諌めるように、グラン は傷ついた機体をクサナギに向かって帰還させた。

 

 

《突破する! ラミアス艦 長、ダイテツ艦長!》

ヴァサリウスを被弾させ、態 勢を崩しながら突き進むエターナルとクサナギ…そして、バルトフェルドからの通信にマリューはハッとなる。

フレイの声にマリューはおろ か、サイやミリアリアでさえも呆然となりこの突然の邂逅に面を喰らっていた。

マリューはキラの様子からや やこの場を離れることを躊躇うが、それを察したムウがマリューの肩に手を置き、促した。

「彼女は、ドミニオンが保護 した…マリュー……バジルール中尉なら、悪いようにはしないさ」

励ますような言葉に、マ リューも暫し逡巡していたが、やがて頷き返した。

ドミニオンにはナタルがい る……ならば、大丈夫だろう。少なくとも、このまま撃ち落とされるか、遺棄されるかよりはマシだ。こんな状況下においても、マリューにはナタルへの強い信 頼感があった。

「撤退します! 各機に電 文! 信号弾も!!」

矢継ぎのように指示を出し、 呆然となっていたクルー達が実行する。

その時、艦内異常を告げるア ラートが響いた。

「っ!? どうしたの?」

マリューがCICに振り向く と、キョウが通信を繋げる。

「格納庫、何だ!?」

《大変じゃ! あのシンって 坊主がゼロで出おったぞ!!》

通信からは切羽詰ったトウベ エの声……そして、その内容に一同は驚きに眼を見張り、息を呑む。

「よりにもよってあの坊 主……ゼロは普通の奴には使えないぞ!」

ムウが苦い表情で呟く……以 前の自身の愛機…地上に降りてからは使う必要がなく、そのまま格納庫の隅に放りっ放しであった。

しかし、通常の量産型メビウ スならいざ知らず……メビウス・ゼロはある種の能力がないと使いこなせない兵装を持つ機体だ。それがコーディネイターとはいえ、民間人だった少年に使える はずがない。

だが、止めようにも遅く…… ネェルアークエンジェルのカタパルトハッチが開き、そこから馴染みあるオレンジのMA:メビウス・ゼロが飛び出していった。

「っ…まずい……ミゲル、彼 のサポートに回ってくれ!」

キョウは慌ててミゲルに通信 を繋ぐが、通信機からはミゲルの上擦った声が響く。

《無茶言うな! こっちも手 一杯なんだぞ!!》

キラ達の援護に回っているミ ゲルは敵MSの牽制で動けない。

キョウは歯噛みしながらアー ムレストを叩きつけた。

 

 

「ぐっ…くっ、くそ…言うこ ときけよっ!」

発進したメビウス・ゼロの コックピットでシンは焦燥感にかられながら操縦していた。

自身のダガーは被弾して修理 中…出撃できる機体もなく、ただ待機していたが……モニターに映る戦闘を見詰めながら……そして、あの白い天使が戦場に現われた瞬間、慄然にも似た悪寒が 全身を駆け巡った。

あの……少女が駆る機体にな にか嫌な予感が走り、半ば感情の赴くままに格納庫に駆け込み、出撃できる機体を見渡していると、格納庫の隅で置かれていたMA2機を見つけた。

ムウとアルフのメビウス・ゼ ロとメビウス・インフィニート……シンはこの際、出撃できるのならなんでもいいとばかりにメビウス・ゼロに乗り込み、機体を起動させてカタパルトまで固定 台を移動させた。

あまりに突然の展開に整備班 も大慌てだったらしい……てっきりムウが乗っているかと思ったが、乗ったのがシンだと解かるやいなやなんとか静止させようとするが、少し遅く既にカタパル トハッチの奥へと消え、発進体勢に移行してしまったのだ。

発進シークエンスを進め、そ して電磁パネルがONになると同時に戦場へ打ち出されるメビウス・ゼロ……だが、MAなど操縦したこともなく、また特殊機であるメビウス・ゼロの操縦に悪 戦苦闘する。

だが、必死に操縦桿を握り、 計器を操作しながら姿勢を保ち…そして、自身の感覚が導く方向へと向かって機体を飛ばした。

 

 

 

ネェルアークエンジェルから 撤退の信号弾が打ち上げられ、そして電文が届く。

だが、それすらもキラは気づ いていないらしく、もはや満身創痍の状態で敵艦へと向かっている。

アスランは懸命に追い縋ろう とするフリーダムを狙っていたレイダーに気づき、機体を加速させて割り込む。レイダーからツォーンが放たれ、フリーダムの背後に迫る。

だが、割り込んだジャスティ スがツォーンのビームをシールドで防ぐ。

「下がれ、キラ!」

時間稼ぎのためにパッセルを 投げ飛ばす。ビームブーメランが回転しながらレイダーに迫るが、それを捻ってかわし、ミョルニルを構えるも……ビームブーメランは弧を描き、旋廻して迫 り、レイダーの右脚を削ぎ落とす。

「その状態で、一人で敵艦へ 突っ込む気か!?」

「アスラン、上!!」

叱咤すると同時にニコルの叫 びとアラートが響く……ハッとしたアスランは、上方から振り下ろされたフォビドゥンのニーズヘグを、損傷の著しいフリーダムの腕を掴んで回避する。そのま ま離脱すると、援護するようにバスターとイージスディープが牽制の対装甲散弾砲とビームライフルを連射し、フォビドゥンを弾くと同時にブリッツビルガー、 バスター、イージスディープも離脱する。

もはや、先程までの我武者羅 な勢いは何処に行ったのか、フリーダムはジャスティスを振り解こうともせず、ただ運ばれるままになっていた。

「僕が傷つけた……僕が護っ てあげなくちゃならない人なんだ……・っ!」

啜り泣くようなキラの言葉 に、アスランは息の詰まる思いになる。

あのポッドに乗っていた少女 は、キラにとってそれほど大切に思っていた人なのだろう。

だが、今はこの場を離脱する 方が先であった。

 

 

 

「イ、イザーク……」

リーラは呆然と庇った機体の パイロットの名を呼ぶ……まさか、庇われるとは思っていなかった。

だが、安堵すると同時に嬉し さがこみ上げてくるのを抑えることができない。

やはり……自分はこの人を愛 しているのだ………そこに、無慈悲な声が響く。

《なんの真似だ、イザーク= ジュール……? そいつは反逆者だ……俺達の任務はそいつの抹殺……裏切り者には死だ》

冷たく告げるテルスに、イ ザークは歯噛みする。

そんなこと、言われずとも理 解している……だが、身体が無意識に動いてしまった。いや…どうしても、リーラと戦うことがイザークにはできなかったのだ。

《やはり、お前は甘ちゃんだ な……だが、裏切り者を庇った以上…お前も邪魔をするなら、一緒に排除する……もう戻れなくなるぞ、ザフトに?》

イザークの葛藤を揺さぶるよ うにテルスは慇懃に囁く……リーラは護りたい…死なせたはない……だが、ザフトを裏切れるかと問われると答えられない。

葛藤し、思い悩むイザー ク……どうすればいい……自分はどうすれば………

「イザーク………っ?」

デュエルの背中にイザークの 葛藤を感じ取ったリーラは表情が苦しくなり、胸が締めつけられる。

彼がザフトに対して強い忠誠 心を持っていることと、それに対してプライドを持っていることも……そんなイザークにとって、ザフトを裏切らせるという行為は天命に背くことにも等しい。

その時、スペリオルのコック ピットに撤退の電文が入った……離脱しなければならない。

だが……イザークとは戦いた くはない…もう離れ離れになりたくはない………それでも、イザークの立場を考えれば……リーラは、唇を噛み……血を流しながら、決断した。

「イザーク……」

ザフトの周波数でデュエルに 通信を繋ぐ。

《リーラ……俺は………》

上擦り、戸惑うイザークの 声……もう、長い間聞いていなかったように感じる愛しい人の声………リーラは、眼を伏せ…低い声で呟いた。

「ごめん……ごめんね………イザークゥゥゥゥ!!!

眼に涙を浮かべながら、スペ リオルは右手にビームサーベルを抜き、それを振り被ってデュエルの左腕を斬り落とした。

あまりに唐突な事態にイザー クは呆然となる。

左腕を失い、爆発して態勢を 崩すデュエルをスペリオルが支える。

「ごめんね……ごめん ね………」

啜り泣きながら、リーラは コックピットで涙を流した。

《ジュール先輩!》

そこへシホのゲイツハイマ ニューバが現われる……被弾したデュエルを支えるスペリオルに、デュエルを盾としているのかと考えたが…次の瞬間、シホは眼を丸くする。

スペリオルがデュエルを抱え たまま、ゲイツハイマニューバに接近し…構えるシホに向かって通信が開いた。

「待って……この人を…お願 い」

その機体に見覚えのあった リーラは、泣きじゃくる声を押し殺しながら接近し、抱えていたデュエルをゲイツハイマニューバへと手渡す。

その展開にシホは困惑す る……だが、眼前の機体から響く少女の嗚咽混じりの声に戦意が薄れる。

そして……慣性に従って手渡 されたデュエルを受け止める。

《リ、リーラ……》

通信機からは、未だ事態を呑 み込めないイザークの声……それが辛かった。

「ごめん……ごめん………ご めん………ううっ」

これ以上、声を聞きたくな かった……胸を刺す傷みと辛さを噛み締め、スペリオルは身を翻してその場を離脱していく。

何度も、心の中で愛しい人に 謝罪しながら………そして…自らの罪に苦しむために………

 

 

《逃がすか》

離脱していくスペリオルを追 撃しようとするが、シホが止める。

《待って、ガルド…今は、 ジュール先輩の援護をしないと………》

周囲には未だ、地球軍のMS 隊も布陣しているのだ。被弾したデュエル一機だけでは危険が大きい。

《ジュール先輩、大丈夫です か?》

不安げに尋ねるシホ……だ が、今のイザークは激しい喪失感のなかにあった。

リーラが……自分の愛しい者 が攻撃した………無論、イザークにもリーラの考えは解かっている。反逆者を庇えば、自分もまた負われる身になると……それを防ぐために、リーラはわざと自 分に攻撃したのだと……

だが、頭では理解していて も…たとえそれが、イザークためであっても……心が傷かった……

《ジュール先輩…? 一度、 ヴェサリウスに戻ります》

イザークの様子に不安そうに 呟き、ゲイツハイマニューバに曳航されて、デュエルはゆっくりと戻っていく。

イザークの心に、苦い傷みを 残して………

 

 

 

「おいおい…ったく、何なん だ、アレは!?」

ネオも困惑を隠せず、クルー ゼのシグーと距離を取る……あんな機体の出現はまったく予想の範囲外だ。

《大佐、どうします?》

イアンも戸惑いながら通信を 送る。

「潮時だな……全機に撤退を 指示しろ! それと、ローエングリンでブラックワンを撃て! その隙に戻る!!」

《はっ!》

通信が切れると同時にネオは 眼前のシグーを見やる。

「悪いねぇ、これ以上付き 合ってる暇はなくてね……じゃあな、変態仮面さん!」

ネオは機体のコンソールを叩 き、それに連動してストライクファントムのエールストライカーがドッキングアウトし、そのままエールストライカーのスラスターが火を噴き、真っ直ぐにシ グーに向けて加速する。

「ちぃっ!」

あまりに異端な攻撃にクルー ゼは舌打ちしてビームライフルを連射する。

ビームがエールストライカー を幾状にも貫き、エールストライカーが爆散する。

その爆発に乗じて、ストライ クファントムは宙域を離脱し、パワーへと向かって帰還していった。

その背中を見届けながら、ク ルーゼは鼻を鳴らす。

「フン……まあいい。奴が何 者かは知らんが…私の邪魔だけはさせん」

一人ごちると、クルーゼは残 存の地球軍側のMSの掃討に向かった。

 

 

パワーの艦首ノズルが開き、 そこから砲口が出現する。

エネルギーゲージラインに光 が灯り、砲口にエネルギーが溢れる。

その光芒に気づいたオペレー ターが声を荒げる。

「敵艦、陽電子砲の発射体勢 です!」

その報告にダイテツは眼を細 める……そして、敵艦の動きを読む。

「構うなっ! これは威嚇 だ、無視しろ…回頭180! 出力全開! 現宙域を離脱する!!」

ダイテツの怒号に近い渇にク ルー達は勇気づけられたように反応し、指示を実行する。

刹那、パワーからローエング リンが放たれた。

進路上のデブリを吹き飛ばし ながら伸びる光状は、ダイテツの言葉通り、オーディーンの左舷を大きく掠める。

そして、放つと同時にパワー がスラスターを逆噴射させて後退していく。

その様子に、ダイテツは小さ く息を吐いた。

敵艦の状況、そして現在の戦 場の状況からの敵の行動判断ではあったが、可能性が無いとは言い切れなかった。

艦長の動揺はクルー全体の士 気に関わる……だからこそ、艦長は決して弱腰になってはならない。

改めて自身を奮い立たせる と、オーディーンが反転し、そのまま先行するエターナルとクサナギを追う。

追撃があるとは思えないが、 用心に越したことはなかった。

(レイナ……)

そして……もう一つの不安で ある娘の安否を気に掛けるのであった。

 

 

 

「ちっ…なかなか豪胆な艦長 さんだね…こっちの思惑が読まれてたかな…いや、こっちが相手を甘く見すぎてたってことかな……こりゃ確かに、俺らのミスかな」

内心に苦笑を浮かべ、敵艦へ の敬意を表しながら、ストライクファントムはパワーの甲板に着艦する。

「リー、状況は!?」

《現在、微速後退中…MSも ほぼ収容しましたが、D−15のイージスコマンドがまだ戻っていません》

「ステラが……何やってん だ、ったく!」

内心に毒づく。

だが、これ以上戦闘宙域に留 まることは危険が大きい。

《大佐、これ以上はもう保ち ません……バジルール少佐もこれ以上は無理でしょう……ステラ=ルーシェに関しては損失と認定するしか………》

イアンが冷静に告げる……艦 を預かる艦長として、クルーの命を最優先にせねばならない。一人のために全員を死なせるのは艦長としてあってはならない選択だ。

だが、イアンにとってそれは あくまでクルーであってパイロットのことではない。ゆえに、ステラを『MIA』ではなく『損失』と言い切った。

「損失、か……仕方ない…… ここは、命を捨てるステージじゃないしな!」

やや逡巡したネオだったが、 冷酷に言い捨てた。

(すまんな、ステラ……お前 独りのために全てを無駄にはできないんだ)

一人のために部隊を危険に晒 すわけにはいかないという指揮官としての責任もあるが、撤退を指示したのに従わないのであれば、既にエクステンデッドとしては不良品だ。

仮面の奥で冷たい無表情を浮 かべ、ストライクファントムは艦内へと着艦していった。

 

 

 

そして……未だ、白銀の天 使…メタトロンと対峙したまま、微動だにしないインフィニティ……

(こいつが…メタトロ ン………インフィニティの…兄弟機……)

あのファイルに記録されてい たことが事実なら、この眼前の機体はDEM…デウス・エクス・マキナと呼ばれる人造の神を模した最初のプロトタイプ………

だが、それ以上に感じるこの 禍々しい気配……機体越しでも感じる……その汚れなき純白のボディからは想像もできないほどの全ての生命を否定するかのような純粋な敵意……

それらがまるでオーラのよう にレイナには感じる。

操縦桿を握る手に汗が滲む。

『レイナ=クズハ……』

その時、レイナの耳に声が聞 こえてきた……いや…耳で聞いたというよりも、直接頭に響いたような声だった。

『MC−02……俺の半身た る存在………』

半身?

いったい、何を言ってい る……困惑するレイナ………

(誰……お前は 誰……っ!?)

内心に渦巻く苛立ちと言い知 れぬ悪寒……レイナがこれまで感じることの少なかった恐怖という感情がレイナを焦らせる。

メタトロンを凝視した瞬 間……そのボディの奥に潜む者の顔が脳裏を過ぎる………

黒髪を靡かせる少年とも青年 とも取れる顔立ちの人物……そして…真紅に輝く……自分と同じ瞳の色………

(お前は……)

その姿に呆然となるレイナの 頭の中に、重々しい声が響いた。

 

―――――……カイン…俺の 名は……カイン=アマデウス…………

 

その名を聞いた瞬間、レイナ は驚愕に眼を見開く。

「っ! カイン…アマデウ ス………」

ファイルを記録したマルス= フォーシアが恐れた少年……この感じる異様な気配はそいつが発しているのか………

声がより鮮明に聞こえるのに 比例して、頭の傷みもだんだん酷くなってくる。

『さあ……来い………俺の下 に………』

「? なに……来い…私 に……? 何のために……っ!」

相手の意図がまったく理解で きない……何故、自分を呼ぶ………激しい傷みと嘔吐感がこみ上げてくるのを抑えられない。

『…刻が来た……全ての終わ りと新たなる再生の刻を告げる鐘の音が鳴る………破滅と再生の刻………』

あまりに抽象的すぎ、しかも 支離滅裂な内容にさらに顔を顰める。

「何を言っているの……お前 の言っていることが解からない………っ…うぅぅ……けど…私は、お前の思い通りに動く必要なんて………」

苦悶を浮かべながら必死にそ の声に抗おうとするが…それに対し、カインは子供をあやすような微笑を浮かべた。

『動くさ……君は…俺の半身 なのだから………』

そう呟いた瞬間……今まで以 上に鋭い傷みが頭に突き刺さった。

「うぅぅっ! ぐっ…がぁぁぁぁぁっ!!

尋常でない傷みにレイナは頭 を押さえて苦しむ……

(あ、頭が……っ…う あぁぁぁっ!)

頭が…いや……まるで全てを 壊すかのような鋭い衝撃が頭の中を駆け巡る……まるで、頭の内で何かが暴れ狂っているような感覚だった………

そして…さらに驚くべきこと が起こった……苦悶を浮かべ、頭を押さえるレイナの銀の髪が……黒く変色する…だが、次の瞬間にはまた銀に戻る。

交互に入れ替わる髪の色…… レイナは苦しみ、呻く……まるで、自身が消え入りそうな感覚に必死に抗うように………

 

 

 

「………レイナ…君は俺と共 にあるべき存在…抗うな………受け入れろ」

静かに語り掛けるカイン…… メタトロンのコックピットで、真っ直ぐに眼前のインフィニティを見詰めるカイン……そして、その複座型のコックピットの下部には、ルンが座していた。

下を向いているために見えな いが…その表情は怒りに染まっている。

その怒りと嫉妬に歪んだ表情 でモニターを見やると……すぐ近くで呆然と制止している機影に気づく。

それは、メタトロンの白銀の 姿に呆然となったまま静止していたステラのイージスコマンドだった。

ザフトのMSを墜としていた が、かなり先行したために通信の範囲外へと出たため、撤退の指示にも気づかなかった。

そして、ステラはその白銀の 天使に眼を奪われた……メタトロンがゆっくりとこちらを振り向く。

白いその姿とは裏腹に冷たく 輝く真紅の瞳……それに見入られた瞬間、ステラのなかに魅入られるよりも恐怖の感情が生まれた。

怖い……怖い………だが、身 体が硬直したように動けず、逃げることができない。

メタトロンはそのまま翼を羽 ばたかせ……次の瞬間、瞬きする間に一気にイージスコマンドとの距離を詰め、右手でイージスコマンドの首を掴み上げた。

「うっ…あぁぁあぁ……」

声にならない悲鳴が漏れ る……機体を揺らす振動と眼前に迫るその畏怖の姿………

その恐怖を喰らうように、ル ンが笑みを浮かべた。

「さあ、感じろ……恐怖を な………」

メタトロンはイージスコマン ドの右腕を掴み…それを力任せに強引にねじ切った。

爆発が起こるが、メタトロン は意にも返さない…そして、左腕…脚部……ボディ装甲を次々と剥ぎ切った。

ボロボロになるイージスコマ ンド……まるで、人が絶望に堕ちていく様を愉しむようだった。

「死ね……蟲けら………」

その命を滅そうと……首に握 り締める力を込める……軋む音とフレームのコードが切れ、火花が散っている。

コックピット内にもそれに よって電圧が火花を散らせ、コンソールが破損する。

「いやぁぁっ…助けてネ オ………スティング…アウル………」

消え入りそうな弱々しい声で 仲間の名を呼ぶが……誰も答えない。

「死ぬのはいや…死ぬのはい や………シン……シィィィンンンン!!!」

涙を浮かべながら名を呼んだ 瞬間、メタトロンに衝撃が響き、やや態勢を崩す。

ルンが驚いて顔を上げる と……彼方から飛来する飛行体……シンの駆るメビウス・ゼロが迫ってきた。

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

吼えながら、リニアガンを連 射し…メタトロンを引き離そうとするが、それを意にも返さないメタトロン……シンは歯噛みする。

「こんのぉぉぉぉっ!!」

乱暴に叩きつけるようにコン ソールを操作し……メビウス・ゼロのガンバレルが展開されるが……展開したままシンはメビウス・ゼロをメタトロンに突撃させた。

伸びた有線ワイヤーがメタト ロンに絡み、シンは本体を操作してワイヤーを絡ませ、動きを拘束させようとする。

その衝撃でメタトロンはイー ジスコマンドを手離し……そして、周囲を周るように飛んだメビウス・ゼロの有線ワイヤーが機体を拘束する。

そのままシンはワイヤーを本 体から切断する。

「どうだっ!」

一瞥すると、慣性に漂うボロ ボロのイージスコマンドに通信を入れる。

「おい、大丈夫か!?」

呼び掛けるが……通信機から はノイズ混じりの震える声が聞こえるのみ。

シンはなんとか機体を連れて ネェルアークエンジェルへと戻ろうとするが……背中に悪寒が走り…振り向くと、メタトロンが拘束しているワイヤーを力任せに引き千切った。

「この雑魚が……っ!」

メタトロンの胸部ハッチが開 放し…その下から巨大な砲口が出現する……シンが反射的に回避行動を取った瞬間、強大なエネルギーが解き放たれた。

エネルギーの奔流はメビウ ス・ゼロの右を掠め…直撃は避けられたが、その威力に機体装甲表面が融解する。

そして、その余波で吹き飛ば される。

「うおわぁぁっ!!」

身体をコックピットに強か打 ちつけ、本体がそのままイージスコマンドに流され、2機は絡み合うように漂う。

トドメを刺そうとするル ン……だが、それを静止させるカイン。

「ルン……それ以上は構わ ん」

「しかし…」

「今は……彼女を手に入れる 方が先だ」

カインの視線が再びインフィ ニティに向けられ……ルンは表情を伏せ、無言で従った。

 

 

 

今なお、苦しむレイナ……顔 を押さえながら……だが…徐々に頭のなかが靄のように消えていきそうな感覚に陥る………

『レイナ=クズハ……我が半 身よ………抗うな………』

「うっ…ぐっ………っ」

誘うような声に…レイナの感 覚が次第に従っていく………眼が霞み……そして……まるで、糸の切れた操り人形のように………レイナはモニターに向かって手を伸ばす。

それに連動するようにイン フィニティもまた右腕を伸ばす……愛しい者の手を取るように………

そして……メタトロンもその 手を差し出す………

だが、それに気づいたリンは 息を呑む。

(まずい……っ!)

あの機体がなんであれ…あの 手を取れば、間違いなくレイナは消える………そんな予感が胸中に過ぎる。だが、援護に向かいたいが、ヴァニシングとディスピィアがそれを許してくれない。

「くっ……エヴォリューショ ン、お前の力…私に貸せっ! 姉さんを…(オリジナル)を護るためにっ!」

その叫びに呼応するように、 リンのなかで鼓動が大きく脈打つ。

 

―――――ドックン……

 

オーブで感じたあの感覚が再 びリンの内に駆け巡る。

刹那……エヴォリューション の瞳が真紅に煌き……リンの感覚があの時と同じように機体と融合するような一体感に包まれた。

ドラグーンブレイカーが分離 し、先端にビーム刃を形成してエヴォリューションの周囲を覆うように展開する。

迂闊に近寄れないヴァニシン グとディスピィアはビーム兵器で狙撃するが、リンは即座にドラグーンブレイカーに意識を飛ばし、ビームを放ち、相殺させる。

ヴァニシングに向かって突進 し…スコーピオンを飛ばす……アンカークローがヴァニシングの頭部を掴み取り、そのまま引き寄せる。

引き寄せられ、態勢を崩した ヴァニシングに向けてインフェルノを抜き、振り上げる。

ビームの刃がヴァニシングの 右腕をガトリング砲ごと斬り飛ばす。だが、エヴォリューションはそのままスコーピオンを振り被り、ヴァニシングの機体をディスピィアへと向けて投げ飛ばし た。

高速で迫るヴァニシングと激 突するディスピィア……無重力の宇宙空間では高速で移動する質量物体はそれ自体が強力な武器になる。TP装甲で物理的な破壊は防げても、中のパイロットに かかる衝撃までは防げない。

そのまま折り重なるように流 れる2機に眼もくれず、リンは必死にインフィニティに追い縋る。

「姉さんっ! 自分を 見失うなっ、レイナ=クズハっ!!!」

 

 

刹那…ピクッとレイナの伸ば しかけていた腕が止まった。

虚ろになっていたレイナの脳 裏に……リンの叫びが聞こえ……レイナの意識が微かに戻った。

だが、逆に傷みはまた強くな る。

差し出されるメタトロンの 手……だが、レイナは気力を振り絞り、右手にナイフを掴み……それを自分の左肩に突き刺した。

「ぐっ」

微かな呻き声と鈍い痛みが感 覚を覚醒させる……肩から流れる鮮血………だが、その痛みが意識を覚醒させてくれた。

 

「わ、私は……私は、お前の思い通りにならないっ!!

 

レイナの叫びに呼応するよう にインフィニティの瞳が煌き……バルカンが火を噴いた。

それがメタトロンの頭部を掠 める。

その拒絶に、カインは怪訝そ うな表情を浮かべる。

だが、それとは逆にルンは憤 怒に染まる。

(私は…奴の…オルタナティ ブじゃない………っ!)

刹那……メタトロンの胸部 ハッチが再び開放され………砲口にエネルギーが収束し、臨界を越えた瞬間、メタトロンの胸部からエネルギー波が発射された。

既に意識が朦朧としていたレ イナにそれは回避できない……だが、インフィニティの瞳が煌き、スラスターを噴かし、そのエネルギーの奔流をかわす。

だが…完全にかわせず、イン フィニティの左腕をエネルギーに焼き切られた。

エネルギーが完全に過ぎる と……インフィニティは左腕を捥ぎ取られ……駆動部分から火花が散り、機体が爆発に包まれた。

機体が完全に誘爆するのだけ は防げたものの……その爆発の衝撃はコックピットにまで響き、コックピット内の計器類が爆発し、破片がレイナに突き刺さる。

「うっ………」

そして……レイナの意識は暗 転した……………

 

 

その事態に誰もが眼を見開 き、信じられない思いでいた……インフィニティのダメージは、はっきりとは解からないが、それでも深刻なのは一目瞭然。そして、慣性に従ったまま流れてい ることからパイロットも無傷ではないことも………

接近するエヴォリューション に気づいたメタトロンがこちらを振り向く……刹那、リンの脳裏に奇妙な感覚が駆け巡った。

「この感じ……奴かっ」

メンデルで邂逅した…自分と 同じ存在である少女の顔が過ぎる。

メタトロンはそのまま胸部の 砲口にエネルギーを集中させ……次の瞬間、膨大なエネルギーの奔流が襲い掛かった。

「っ!」

舌打ちし、エヴォリューショ ンの機体を捻り、ビームをかわすも装甲が微かに蒸発する。

リンはそのまま加速し、エ ヴォリューションのレールガンが火を噴いた。

光弾が真っ直ぐに伸び……そ れらがメタトロンを掠める……僅かに注意を逸らしたリンは焦燥感に歯噛みし、流されるインフィニティの腕を掴むと同時にエヴォリューションは撤退していく 戦艦に追い縋る。

「離脱するっ!」

リンはネェルアークエンジェ ルにそう通信機で怒鳴ると、そのまま加速する。

だが…させまいと、メタトロ ンは再度エネルギーを放とうとするが……そこへ、ビームが降り注ぎ、メタトロンは態勢を崩す。

リンがハッと顔を上げると、 そこには火器を構えるインフィニートの姿があった。

「援護する! 急げっ!」

アルフはインフィニートの全 火器をフルオープンしてメタトロンを牽制する。

その隙にエヴォリューション と、大破したイージスコマンドとメビウス・ゼロを抱えたヴァリアブルが最大加速で離脱する。

そして、インフィニティの大 破にやや呆然となっていたアスラン達もリンの声に我に返り、必死に先行する母艦に加速する。

だが、エヴォリューションの 前にゲイルが立ち塞がる。

「おっと! 逃げるなんてつ れないぜっ」

陽気に嘲笑を浮かべながら、 ゲイルはベルフェゴールで狙撃する。

「っ!!」

リンは歯噛みしてデザイアで 受け止める……大破したインフィニティを抱えている以上、回避行動は取れない。

だが、そんな状態に獲物をい たぶるかのような暗い笑みを浮かべ、ゲイルがファーブニルを飛ばす……エヴォリューションはバーニアとスラスターを噴かし、なんとか回避するも間髪入れず もう片方を飛ばそうと構えるゲイル……そこへ、ビームが降り注ぎ、ゲイルのバックパックが半壊した。

「リンさん! 今のうち に!!」

援護に入ったスペリオル…… リーラの叫びにリンは頷き…エヴォリューションが加速する。

逃すまいとゲイルが態勢を立 て直し、ファーブニルを放つ。

だが、リンはその軌跡を見切 り…ファーブニルを捌くように避け、デザイアのトリガーを引きながらそれをファーブニルに向かって振り下ろした。

ビームの渦がファーブニルの 腕を斬り裂き、ゲイルは爆発に包まれる。

舌打ちするウォルフを横に離 脱するエヴォリューションとスペリオル……そこへフォビドゥン、レイダー、ヴァニシングが逃すまいと追い縋ってくる。

ビームを乱射し、行く手を遮 ろうとするが、バスター、ゲイツ改が狙撃して牽制する。

そこへネェルアークエンジェ ルからの援護射撃が割り込む。バリアントの光弾が機体を掠め、3機は動きを抑制される。

そして……先行するエターナ ルの主砲とクサナギのゴッドフリートがヴェサリウスを掠め、船体に幾状ものビームが突き刺さり、外装が吹き飛び、隊列から脱落していく。

その空いた隙間を縫うように エターナルとクサナギが対空砲で隊列を組む他の艦艇を牽制しながら最大船速で駆け抜け、その後を追うようにオーディーン、ネェルアークエンジェルが進んでいく。

ネェルアークエンジェルの デッキに着艦するフリーダムを掴んだジャスティス、インフィニティを掴むエヴォリューション、そしてバスター、ブリッツビルガー、イージスディープ、ゲイ ツ改、スペリオル、インフィニートとヴァリアブルが最後に着艦し、全機の収容を完了した。

アスランは複雑な思いでかつ ての母艦を見詰めていた……ヴェサリウスは既に数ヶ所が被弾しており、機関部の損傷も大きい。もはや、沈むのも時間の問題だろう。

すれ違い様に、ブリッジに立 つ人影が視界に入った。

その姿にハッと眼を凝ら す……ブリッジに立っていたのは艦長のアデスだ。脱出しようという素振りも見せず、炎に包まれるブリッジに残っている。

アスランは慌てて周波数を合 わせて叫んだ。

「アデス艦長! 早く脱出 を!!」

たとえ、敵対していようとも かつての仲間を見殺しにすることはできない…だが、通信機からはアデスの静かな声が響いた。

《アスランか……? 艦長 は、艦と運命をともにするものだ………》

悲壮感も無念も感じさせない 凛とした声……自分達が尊敬した艦長の言葉に一同は息を呑む。

《アスラン…リン、そしてお 前達………お前達は若い……自分の信じる道を行くがいい……》

フッと激励するような言葉と ともに、ブリッジに立ったアデスはすれ違うネェルアークエンジェルのデッキに立つMS達に向かって直立不動の姿勢で、敬意を表するように敬礼した。

《サラバだっ! 幸運を祈 るっ!!!》

最後の最後まで自分達を信 じ、そして送り出してくれたアデスに、アスラン、リン、リーラ、ディアッカ、ニコル、ラスティ、ミゲル、メイアは敬礼で返した。

そして……完全にすれ違 い……そのまま後方に流れ去るヴェサリウス……刹那、闇を裂くような閃光が煌き、宇宙を彩る。

爆散したヴァサリウスに向 かって、アスラン達は最後まで敬礼し続けた。

もう、後戻りも立ち止まるこ とも赦されない……かつての同胞を死に追いやってしまった自分達には、その死に報いるために……今はかつての同胞の血に手を染め、その屍を乗り越えていか ねばならない……それまで、彼らは死ぬことすら赦されないのだから………

 

 

 

 

《ヴェサリウスが!!》

ゲイツハイマニューバに曳航 され、帰還しようとしていたイザークだったが、シホの悲痛な叫びにモニターを見やる。エターナルとクサナギの集中砲火に晒されていたヴェサリウスが、まず 左舷前方で大きな爆発を起こす。続いて右舷前方にも敵の攻撃が直撃し、煙を上げながら船体を傾かせた。

デュエルのモニターに映る無 残なヴェサリウスの姿に、イザークは瞳を見開く。

ガモフに引き続き、ヴェサリ ウスまで失うのか…呆然とする思考のなかで浮かぶ結末。

傾いたヴェサリウスの脇を、 エターナルとクサナギはなおも砲撃を続けつつ突破していく。

爆発の閃光がヴェサリウスを 包み、直後、大きな爆発の中でヴェサリウスはその船体を四散させた。

その光芒は、デュエルのモニ ターの中でイザークにも確認できた。

その光景が、かつて散った母 艦:ガモフと重なる……アデスも…共に戦ってきた仲間達も、あの閃光のなかに消えた……だが、ヴェサリウスを墜としたのはかつての自分の仲間達………怒り と哀しみ…そして葛藤をごちゃ混ぜにイザークは歯噛みした。

旗艦の撃沈に僚艦も友軍の MS隊も混乱に陥る。

浮き足立つ兵士達の耳に、ク ルーゼの冷静すぎる指示が入ってくる。

《こちらも撤退する…残存部 隊は座標デルタ0に集結しろ》

あまりに落ち着いた声と、追 撃するのでもなく地球軍と戦闘を続行するでもない指示にイザークが眉を寄せる。

何故、隊長は同胞の死になに も感じていない……何故、そこまで冷静にいられるのだと。

《ここで地球軍とやり合って も何にもならんよ》

動揺も感じさせないいつもの 含んだ笑みを浮かべる滑らかな口調……それがイザークの神経を逆撫でる。

確かにクルーゼの判断は正し い。旗艦を失い、またMS隊の損耗も大きい現状では追撃をするのも難しいだろう。だがそれでも、この隊長の言葉はあまりにも冷静すぎるのではないだろう か。

尊敬の対象だったラウ=ル= クルーゼに対する、初めての不信感だった。

《ジュール先輩、退きます ね》

シホが告げ、そのままデュエ ルを曳航して後退していく。残存のMS隊もそれを追う。

先行するクルーゼのシグーが 後退していくナスカ級に向かっていく……その背中を見届けながら、イザークは去っていった仲間達のことを考える。

いったい……自分はどうすれ ばいいのか………憎しみと義務感、そして疑惑に葛藤しながらイザークは揺れ続ける心の中で自身に問い掛けた。

 

「艦長、クルーゼ隊長はホイ ジンガーに着艦するようです。その後、コンディションイエローにてボアズまで撤退すると」

「そう……艦内にコンディ ションイエローを発令、MSは損傷の小さいものから修理と補給を優先させて」

オペレーターの報告に頷き、 指示を出すと、タリアは深く息を吐き出してシートに身を沈めた。

(ダイテツ艦長…貴方はなに を考えておいでなのですか?)

仲間を、そして部下を第一に 考えていたダイテツの離反……そして、味方を失いながらも冷静に…そして無感動で指示を出すクルーゼ……いったい、自分はどっちが正しいと思うのだろう と……タリアは葛藤し続けた。

 


BACK  BACK  BACK



inserted by FC2 system