地球軍側も後退していた……
残存はドミニオンとパワーの2隻のみ……しかも、艦は両艦とも中破。そしてMS隊は全体の約7割に及ぶ損害を被った。
ここまで被害が大きくなるの
は眼に見えていたというのに、それ防げなかったナタルは己の無力さを噛み締めながらアズラエルを睨んでいたが、当のアズラエルは収容した捕虜の到着を待っ
ていた。
エレベーターのドアが開き、
兵士に伴われた少女が入室し、ナタルは振り向いた。
そして、ナタルはフレイがザ
フトの軍服を着ていることにやや驚いた。
そして、フレイが持つ鍵に興
味津々なアズラエルは遠慮もなくフレイに顔を突き出す。
「へぇ、君が?」
その奇異な視線に晒され、フ
レイは思わず竦み上がる。だが、アズラエルはそんなフレイの怯えに気を払うわけでもなく、遠慮なしに訊いた。
「で…鍵って何? ホントに
持ってるの?」
その視線に耐えられなくなっ
たのか……フレイはおずおずと手の中で握り締めていたディスクを差し出すと、アズラエルは乱暴に引っ手繰るように掴み取り、それを凝視する。
「フーン……なんだか、そ
れっぽいじゃない? 誰がくれたのかな?」
まるで詰問するような口調に
フレイは自衛本能が働いたのか、素直に喋る。
「…ク、クルーゼって隊
長……仮面をつけた……」
竦みながら小さい声で囁くフ
レイ……だが、その語られた人物名にナタルは眼を見開く。
「フン…成る程」
意味ありげに笑うと、アズラ
エルはもう用は済んだとばかりにフレイの身体を突き飛ばし、エレベーターに乗ってブリッジを後にした。
その態度にナタルは深々と溜
め息をついた。そして、置いていかれたフレイは不安げに周囲を見渡すと、前に立つナタルに気づいた。
「っ……バジルール中尉」
心底驚いた表情を浮かべるフ
レイに、ナタルはぎこちない笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、フレイ=ア
ルスター……大丈夫か?」
途端……フレイは眼に涙を溢
れさせ、そのままナタルに飛び込み……外聞も関係なく、その場で泣きじゃくった。
幼子のように泣くフレイの背
中をナタルは優しげにさする。見たところ、虐待を受けた形跡は無いが、それでもザフトの…しかも、あのラウ=ル=クルーゼに囚われ、捕虜となっていたとい
うのはさぞ不安なことだったのだろう。
ぎこちない笑みを浮かべたま
ま、ナタルはやや内心に苦笑を浮かべる……タッシルの時もそうだったが、やはりこういったことは苦手だった。
マリューなら恐らくうまくや
れるかもしれないが……かつてのアークエンジェルのクルーの中で、自分とこの少女だけが取り残されてしまった。仲間達は行ってしまい、自分はそれを討たね
ばならない。だが、この少女だけは本当に置いていかれてしまったのだ。
そして……ナタルは内心に微
かな警戒心を抱いていた。あの……戦闘の最中に割り込んだあの白い天使を……いったい何者なのか……戦闘の最中、唐突に現われ…そして唐突に姿を消したア
レは………
何かが起ころうとしてい
る……そんな不安を一抹に感じるのを抑えられなかった。
ドミニオンの照明を落とした
薄暗い私室でアズラエルは手元のコンピューターのモニターに向かっていた。
そして、その手には先程フレ
イから受け取ったディスクをセットし、データをロードする。
――――戦争を終わらせるた
めの鍵…そう形容したデータに興奮を憶えながら、情報が表示されていくのを待つ。
画面に表示されていく膨大な
データ……そのディスクに収められていた情報の数々に、眼は爛々と輝く。それはまるで宝物でも見つけた子供のように無邪気でさえあった。
―――――ZGMF−
X10A:フリーダム・ZGMF−X09A:ジャスティス
アズラエルが欲したあのMS
のデータ……アズラエルは夢中でキーを操作し、さらにデータを表示させていく。機体の構造データから、その動力源の情報が現われた。
―――――Neutron
Gammier Canceller
その単語が画面に大きく表示
された瞬間、アズラエルの瞳が見開かれ、やがてその口元が歪み、笑い声が漏れ始めた。
「ふ…ッ、くくくくく……!
あーっはっはっはっはっは!!」
まるで、狂信者のように歪ん
だ笑みを浮かべ、笑い上げる。
自分が……このムルタ=アズ
ラエルが遂に偉業を行う時が来た………これで戦争が終わる。
摂理に逆らい、そして汚らわ
しいあの宇宙の化物どもを一掃できる……自分の復讐が…長年の望みが叶う………
「いぃぃやっ
たぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
拳を握り締め歓喜の叫び声を
上げた。
けたたましい笑い声が薄暗い
部屋に響き渡る………狂ったように笑い上げるアズラエルの姿を、ドアの奥から見詰める人影………
(そう……開くのです……最
後の扉が………是非開き…そして闇へと誘ってください……アズラエル様……全ては………あの方の望みのままに……)
イリューシアはアズラエルを
一瞥し、一礼すると……静かにその場を離れる。
足音が小さく響く……禁断
の…闇へと続く扉の鍵は……死を司る天使の名を持つ男の手に委ねられた………
全ては……神の望みのまま
に……破滅への扉が、最悪の形で開かれてしまうことを………
地球軍に甚大な被害を…そし
てザフトも旗艦とMSを半数損耗させるという被害を与えたが、彼らの受けた被害も決して低くはなかった。
MS隊の損耗…艦のダメー
ジ……さらにはせっかく得た拠点も失ってしまった。なにより深刻なのは、機動兵器群の主力であるフリーダムとインフィニティの大破だろう。
4隻は戦闘宙域を離脱し、そ
のままL4宙域を離脱して身を隠す場所としてL1のデブリベルトへと向かっていた。そして……各艦にMSが着艦する。
片腕を失い、さらには機体本
体にも損傷が大きいインフィニティを伴ってエヴォリューションがオーディーンに着艦する。
格納庫内では被弾したイン
フィニティの消火作業が始まる…メンテナンスベッドに固定されたエヴォリューションの横で、インフィニティは全身を冷却され…煙を上げている。
リンはそのままヘルメットを
脱ぎ捨てると…コックピットを飛び出してインフィニティへと飛んだ。
整備班が集まる中を掻き分け
て、コックピットへと近づき……ハッチを開放する。
ハッチを開放した瞬間……
漂ってきたのは濃厚な血の臭い………無重力のコックピット内には、鮮血が浮遊し、計器やモニターにも多数付着してコックピット内を紅く染め上げている。
眼を覆いたくなるような光景
の中心に……その人物はいた………シートに固定されたまま……全身に破損した破片が突き刺さり、そして左肩にはナイフが突き刺さっている。
全身を覆う黒のパイロット
スーツを鮮血に染めながら眼を閉じるレイナ……それは、死の美を表わしているようにも見える。
リンは顔を顰めながらコック
ピットに身を乗り入れ、シートベルトを外してレイナの身体をコックピットから引き摺り寄せる。
「姉さんっ! しっかりし
てっ!!」
引き寄せたレイナにリンが呼
び掛ける。
「おいっ、担架だ! 急
げ!!」
オーディーンを訪れていたト
ウベエが声を張り上げる。
レイナの身体を抱きながら移
動するリン……その時、レイナの瞳が薄っすらと開かれた。
「姉さん、気がついたの?」
だが、レイナははリンの言葉
に答えないまま……微笑を浮かべ…口が動く。
「……ありが…と………」
弱々しい声そう囁いた瞬
間……首がカクンと俯き、レイナの意識は再び闇へと落ちていき……その身体をリンに預けた………
受け止めたリンはそのまま浮
遊する感覚に身を委ねる……血と…微かに響く鼓動を感じながら………姉と呼ぶ少女を傷ましげに…そして、哀しげに見やった………
その頃……エターナルに着艦
したアスランは、フリーダムのコクピットから引き摺り出したキラを控え室のソファーへと降ろす。
格納庫ではフリーダムの整備
が進められている……あのダメージでは、当分は使えないだろう。
ヘルメットを取りながら格納
庫を一瞥し、アスランはキラに言葉を掛ける。
「キラ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……ゴメ
ン………」
随分と憔悴しきったキラのい
たたまれない姿に、アスランは掛ける言葉もなく、ただキラを心配そうに見る。
控え室には、同じく着艦した
メイアとリーラの姿もある。
皆が見詰めるなか、控え室の
扉が開き、ラクスが姿を現した。彼女も、どこか心配そうな面持ちでその場に立っている。
「キラ」
不安そうに名を呼びながらラ
クスはキラの傍に立つと、様子を窺うように彼を覗き込んだ。
ふと脇に立たれた感覚に、キ
ラがそちらに眼を向けると……覗き込むラクスの姿が、赤い髪の少女とだぶるようにその眼に映り……眼が不安げに揺れる。
護ると約束したのに、護るこ
とができなかった少女……
「ご…めん………」
胸を刺す罪悪感から、キラは
眼に映る彼女に向かって謝り、そのまま意識を手放した。
「「キラ!」」
ラクスとアスランは驚いて名
を呼ぶ……そこへメイアが駆け寄り…キラの状態を確認する。
身体を診察してみるが、傷ら
しい傷といえば肩の銃弾による掠り傷程度…意識を手放したのは、恐らく精神的なものからだろう。
「外傷は…掠り傷か……かな
り、疲労を負っている………取り敢えず、休ませよう。部屋に運んで」
「ああ、解かった」
「そうですわね……」
キラに肩を貸し…アスランは
そのまま控え室を出ていく……ラクスも連れ立つようにその後を追う。
その背中を見届けながら……
メイアはリーラに向き直った。
「もういい……」
そう言葉を掛けられた瞬
間……リーラはビクっと身を震わせた。
「もう我慢する必要はな
い……なにか、辛いことがあったんでしょ………」
メイアはリーラの状態がおか
しいのを既に察していた……だが、あまりに人前では晒したくないのか、気丈にしており、だからこそキラ達が退出するのを待った。
優しく言葉を掛けられ……
リーラは肩を震わせながら、眼に涙を浮かべる。
「うっ…うぅぅ………う
あぁぁぁぁっ」
リーラはメイアの胸に縋りつ
き、胸の中で泣きじゃくった。
辛かった……愛しい人と戦わ
なければならないことが………そしてなにより…その人を自分が傷つけてしまった………あまりの罪に身が切り裂かれそうな思いだった。
どんなに決意しても……どん
なに覚悟しても………やはり、リーラはまだ16歳の少女……その重荷に耐えられるはずもなかった………
メイアは泣きじゃくるリーラ
の背中を優しく撫で……そして彼女の気の済むまで泣かせてやった………
こんな子供達に頼らなければ
ならない状況に…本来なら、戦場に立たせるべきではない者達への罪悪感と…己への無力感にメイアは苦い思いだった。
ネェルアークエンジェルでは
被弾したMSの修理と補給…そして、負傷者の手当てに負われていた。
ヴァリアブルから手渡された
メビウス・ゼロのボディとイージスコマンドのボディを抱えて着艦するインフィニート……
そして、整備班が2機からパ
イロットを救出し、二人をそのまま医務室へと運んでいく。
「あっちの機体から助け出さ
れたのも坊主らと同じぐらいの年でさあ」
「そうか……」
ドリンクを片手に息を出すア
ルフはマードックから話を聞きながら疲労に表情を落とした。
「少佐と艦長は?」
「今は、少佐の部屋にいや
す……」
「そうか……」
格納庫の壁に背を預け……ア
ルフは天井を見やりながら、戦闘の疲れと傷を癒すように眼を閉じた。
ムウの自室で点滴に繋がれて
ベッドに横たわるムウ……少しは落ち着いたのか、荒れていた心も少しは穏やかになっていた。
だが、どんよりと曇る心情だ
けはどうしても消えない。
部屋のドアの付近では、マ
リューが端末を使ってブリッジのキョウと会話を交わしていた。
「そう……解かったわ。え
え………皆疲れてると思うけど…ごめんなさいね。貴方も早く妹さんの方に行きたいはずなのに……」
キョウの心情を汲むマリュー
だったが、通信機の向こうでキョウは首を振った。
《いえ…構いません。僕が
行ったところで、今はなにもできませんし……それよりも、艦長こそ今は休んでください。連戦でお疲れでしょうし……警戒は僕らの方でやっておきますから》
「そう? ありがとう…
じゃ、お願いね………」
キョウの気遣いに感謝し、マ
リューは通信を切る。そして、ベッドの傍らに置かれていた椅子の上に載せられていたファイルを手に取り、腰掛ける。
「キラ君…倒れたそうよ…エ
ターナルに着艦してすぐ………」
言葉を濁すマリューにムウは
沈痛な面持ちを浮かべる。
「戦闘で負傷したわけじゃな
い…ということだけど………」
眼を伏せながら、膝元のファ
イルに眼を落とす。その言葉にムウは苦い表情を浮かべずにはいられない。
「……無理もないな」
キラにとってはあまりに辛い
ことが連続で起きすぎた。決して触れるべきではなかった自身の出生の秘密をもっとも残酷な形で突きつけられ、そしてフレイ=アルスターとの離別……ムウで
さえも辛いことが多々あった。キラには到底耐えられないだろう。
「嬢ちゃんは?」
ムウはもう一人……先の戦闘
で負傷したレイナの状態を尋ねると、マリューは沈痛な面持ちを浮かべ、眼を逸らす。
「重症…だそうよ。今はオー
ディーンで恐らく治療中だと思うけど………」
先程、オーディーンから受け
た連絡を伝える。大破したインフィニティのコックピットから救助されたレイナは意識不明の重態……傷もかなり深いらしい。
「でも…どうしたのかしら、
彼女……」
マリューに引っ掛かっている
のは……何故、レイナはあれ程無防備な形であのMSの攻撃を受けたのか………
「嬢ちゃんも…メンデルに
入ったんだって……?」
「え、ええ……貴方達がメン
デルに入った後すぐ………」
その言葉を聞きながら、ムウ
はぼんやりと天井を眺めて思考を巡らす。自分達と同じように……彼女もメンデルでなにか起こったのだろうか……それも…衝撃的ななにかが……
確かに、あの時の彼女の様子
は少しおかしかった……あれ程無防備を晒すなど、今までの彼女からは考えられない。
「それに…あの機体……いっ
たい、何だったのかしら………」
今、一番の疑問はそれであっ
た……あの戦闘の最中、突如姿を見せたインフィニティやエヴォリューションと酷似した機体形状をほこる8枚の翼を持つ白銀の天使……見るもの全てを圧倒
し、また恐怖させるような威圧感を感じた。
ムウにも答えられない……あ
の機体がなんなのか……それに、レイナ達がどう関わっているかなど………
黙り込むムウ……マリューは
そのまま膝のファイルに眼を落とし、ファイルを開く。
そこには、研究所の写真や被
験体となった者の写真がいくつも載せられている。マリューは眼を細めながら読み進める。
既にムウはファイルに眼を通
していた……クルーゼが放り投げたファイルは、あの研究所の主任であったユーレン=ヒビキと名乗る遺伝子工学者の研究レポートであった。
そこには、クルーゼが語った
内容をさらに詳細に知らしめる内容が記されていた。
ムウの父であったアル=ダ=
フラガ……代々続く名家であったフラガ家第50代目当主。
フラガ家は資金投機や商売に
関して一種の天才的な才覚を持つ一族だった。そのために、フラガ家は代々の投資で成功し、莫大な財産を蓄え、成長していった。
そして、その当主であったア
ルはその財産を託す者…つまりは後継者の問題で妻と…正妻であり、ムウの母親であった女性:クレア=ル=フラガと意見を衝突させていた。
クレアは正妻としてフラガ家
に入ったとはいえ、決して流されない…厳しくも他者を思いやる心を持った女性であった。だからこそ、反りが合わなかったのだろう……アルはムウに英才教育
を施そうとしたが、それをクレアは勝手にムウを普通のミドルスクールへと入学させた。しかし、ムウに不満はなかった……普通に友人をつくり、また取っ組み
合いをして伸び伸びと楽しく幼年時代を過ごした。だが、そんなクレアの影響を受けて育つムウに対し、アルは不満しか抱かなかった。
そして……アルはムウを自分
の後継者としては論外…いや、自身の血を引く者としては失格という結論を出し…さらには、自分以上に後継者に相応しい者がいないという結論に至った。
「……俺の親父ってさぁ」
ボソッとムウが声を絞り出し
た。
それに反応して、マリューは
ムウを見やる。
「傲慢で…横暴で…疑り深く
て……俺がガキの頃に死んだけど、そんな印象しかなくてな……」
半ば吐き捨てるような口調で
父を評する……子供心に感じていた……父親は自分を愛していない…そして……子供の眼から見ても、最低な父だと。
その父は、ムウが幼い頃に死
んだ……今でも覚えている………屋敷全てを覆うような火事……その火に焼かれて父と…母は死んだ。出火の原因は不明だった……事故だったのか放火だったの
か……だが、今なら確信できる……クルーゼだ……あいつがやったのだ。
「テロメアが生まれつき短
いって……それで老化が早い? なんだよ、それ……!」
やり切れない思いでムウが吐
き捨てる。
自分以外に後継者を思い描け
なかったアルは、同じように優秀な子を望むユーレン=ヒビキに働きかけた。そして、研究資金の出資と引き換えに自身のクローンの作成を依頼したのだ。ク
ローンは違法だった……だからこそ、表立った記録には残されていない。
そして生み出されたのが……
アルのクローンであるクルーゼだった。
決して自分の思い通りになら
ないムウに見切りをつけ、クルーゼを理想の跡取りとすることでクレアを見下そうという小心的な野心もあったのかもしれない。
どのような教育が施されたか
は知る由もないが……少なくとも、自分とはまったく正反対の教育を施されたのだけは間違いない。
ムウは、マリューの膝に乗せ
られているファイルに添付された一枚の写真を見やる。
父が幼い金髪の子供を肩車し
ている写真……ごくありふれた家族の写真だろうが、ムウは父とこんな写真を撮った覚えがない。いや…そもそも、肩車どころか手を繋いでもらった記憶すらな
いのだ。
ということは……この写真に
映る金髪の少年は、クルーゼということになる。
一度だけ逢ったことがあ
る……クルーゼはそう言った……ムウはその言葉に過去に思いを馳せ……記憶を手繰り寄せていた。
そう言われて思い出した光景
がある……いつだったか…あれは、火事が起こる少し前……家の中で、ムウは同世代…もしかしたら年下かもしれない少年と逢ったことがある。自分を同じ金髪
の髪と蒼い瞳を持つ少年……だが、その少年は無表情でムウを見詰めていた…その表情に、幼い自分は言い知れぬ悪寒を憶えた……だが、その少年と逢ったのは
その時だけ……ムウ自身にもあまりにはっきりしない出来事だった。
「だから、出来損ないだ
と……捨てられた……だと!?」
顔を背けて、自虐的な笑みを
浮かべる。
クルーゼは…いや、アルが望
み……そして後継者となるべく生まれたラウ=ラ=フラガは、捨てられたのだ………失敗作と罵られて…………
人の遺伝子情報を表わす
DNA……その二重螺旋を構成するテロメア……細胞を分裂複製し、その度に短くなり、不活性であるためにすり減らしたテロメアは二度と元には戻らない。こ
のテロメアが遺伝子の衰退を促進すると考えられているが、未だ明らかになっていない。だが、このテロメアは人の一生で既に長さが決まっている。つまり、こ
のテロメアを調整しなければ完全なクローンは誕生しない。
クローン技術自体は既に
100年近くも前に確立された技術でありながら、未だに問題を抱えているのはこのテロメア問題であった。この問題を、ヒビキ博士も解決はできなかった。ア
ル=ダ=フラガの細胞から生み出されたラウ=ラ=フラガには、誕生した時から既にアルと同じテロメアしか持っていない。つまりは、新陳代謝の衰退が早く起
こり、加速度的に肉体は老化していく。既に高齢であり、後継者を欲していたアルは、自分と同じ余命しか持たない後継者を得た……なんたる皮肉だろう…い
や…まるで奇劇だ。
だから…ラウは捨てられ
た……そのことを知った父に……己のオリジナルに…己をこの世に生み出した相手に……身勝手な欲望で生み出され、その欠陥を生自体に背負ったラウは、どう
生きればよかったのだ……そう思うと、同情する気が起きないわけではない。
だから……あいつは復讐に
狂った……憎悪を糧に………
仮面の下から現われた素顔
は、ムウに父親を錯覚させるほどの老人のものであった。
ムウよりも年下のはずが……
生まれ持ったテロメアのために加速度的に肉体が老化するその顔は、もはや老人と言ってもおかしくないほど深い皺を刻んでいた。
だが……その眼だけは狂気に
爛々とぎらついていた。そして……その眼を見た瞬間、ムウは父の犯した業とその業によって生み出された者の憎しみを垣間見た。
あの仮面は……老化を隠す以
上に、自らの憎しみを決して逃さないために付けているのだと……生まれた時には既に未来のなかった存在……あの顔以上に、もはや老化は身体から指先に至る
まで拡がっているのだろう……そして、ラウがどういう経緯でプラントへと渡り、コーディネイターのように振る舞っていたかは解からない。
だが…名を変え、そして自分
を偽ってでもそうしなければ……いや、そうする以外に生きる道を選べなかったのだろう……狂気以上に世界を呪う意志を支えにして………
「……貴方のせいではないの
よ…ムウ………」
マリューが握り締めるムウの
手に手を合わせ、そして髪を撫でる。
荒んでいたムウの心が少し救
われる思いだった。
「あいつには…過去も、未来
も……ひょっとしたら、自分さえないんだ………」
クローンとして生まれても…
その個体には別の人格が宿る……だが、アルはラウ=ラ=フラガという名をクローンに与えながらも、自身であることを強要し、それ以外を否定した。
生まれたときには既に未来が
無く…そして自身の過去すらない………縋るものさえないクルーゼは、最後には強要されたアル=ダ=フラガさえも否定された。
もはや……彼にはなにも残っ
ていなかった………せめて、彼に差し伸べる手があれば…救いがあれば……もしかしたら、違う未来が選べたかもしれない………だが、それはもう今さら言って
も仕方がないことだ。
「だから……世界を道連れに
すると………?」
マリューは恐怖よりも哀れみ
を感じさせるように呟く……ムウは苦しげに顔を背けた。
「そんなことはさせねぇ
よ……俺が…っ!」
そう……たとえ、自分に直接
関係なくとも……クルーゼを止めるのは自分がやるしかない……使命以上に自分に課せられた義務だ。恐るべき災いの種を生み出した者の息子として………
(そして……奴も……っ)
ムウは内心に、もう一つの決
意を固めていた……対峙した地球連合に属する謎のパイロット……奴との決着も避けては通れない………その決着を果たし、宿命を断ち切るまで…ムウには死は
赦されないのだ………
倒れたキラはアスランに担が
れ、そのままエターナルの一室に運ばれて寝かされた。
それを見詰めるアスランとラ
クス……そこへ、ドアが開く音が響き、アスランが振り向くと、そこにはクサナギから心配して飛んできたカガリがいた。
「カガリ…その……彼女の方
は……?」
大破したインフィニティのパ
イロットであるレイナの容態を尋ねると…カガリは表情を俯かせる。
「まだ、手術中だって……リ
ンが付いててくれてる」
そう答えると、カガリは浮遊
しながらベッドに横たわるキラの姿を確認すると、詰め寄るように尋ねる。
「キラは?」
「大丈夫です。気を失っただ
けですから……」
「そ、そうか……」
ラクスの言葉にホッとしたよ
うに息を吐くと、カガリはふと手前のデスクに置かれた写真立てが眼に入り……そこに収められていた写真に眼を見開く。
「ど、どうして……?」
どうしてこれがここに……カ
ガリは慌ててポケットの中から写真を取り出した。
それを照らし合わせると……
まったく同じもの………カガリの様子に気づいたアスランとラクスもそれを覗き込みながら、怪訝そうな表情を浮かべる。
その時、キラの呻き声が聞こ
え、一同の視線はベッドに横になっているキラへと向けられる。
「うっ……」
「キラ……」
ゆっくりと眼を開いたキラの
視界に、ラクスが心配そうにキラを覗き込む。
柔らかな呼び掛けに反応して
振り向くと……不安そうに覗きこむラクスの姿が、次の瞬間自分に覆い被さる別の少女のものへと変わり、キラは蘇った胸の痛みに、きつく眼を閉じて顔を背け
た。
頭が酷く痛む……憎悪に満ち
た男の顔と声…そして自分の名を呼ぶ少女の切ない声がキラの中を駆け巡る。胸を刺す傷みに耐え……再び眼を開けると、心配そうに覗き込むラクスの後ろに、
カガリとアスランの姿も見受けられる。
その存在がキラの心を少しは
落ち着けさせてくれた。心配させまいと身体を起こそうとすると、ラクスが手を添えてくれる。
「ゴメン……ありがと
う………」
ぎこちなく笑うと……視界の
隅にカガリが物問いたげな視線を浮かべているのに気づいた。
「キラ……」
カガリから声を掛けられ、そ
ちらに視線を向けたキラは、彼女の手にある2枚の写真に表情を強張らせ、顔を背ける。
耳を塞ぎたい……答えたくは
ない…その双子は自分達であること……母の胎内で同じ生を受けたにも関わらず引き離され…そして、自分はその片割れで父親の実験の素体にされた……人工子
宮から生まれた最高のコーディネイターだと……
そのために…父と母はブルー
コスモスに狙われ……そして殺されたということを……とても話せる内容ではない………言えない………
キラの表情から何かを悟った
ラクスは、アスランに視線を向け、その意味を悟ったアスランは彼女にこの場を任せることにし、カガリの腕を掴むと共に部屋を出る。
「お、おいっ」
部屋から連れ出されたカガリ
は、訳が解からずにアスランに喰って掛かる。
「何するんだよ!」
カガリの態度に、アスランは
苦笑を浮かべ……そして、視線を俯かせる。
「今は……ちょっと待ってや
れよ………」
その言葉に、カガリは面を喰
らったように息を呑んだ。
「なんだかあいつ……ボロボ
ロだ……訊きたいことはたくさんあるかもしれないけど……今は…そっとしておいてやれよ………」
アスランにそう嗜められ、カ
ガリは自分の迂闊さを恥じた。
自分のことだけ気になって…
肝心のキラの今の状態を完全に忘れていた……
「……うん」
何故、同じ写真があの部屋に
あったのか……自分達の関係は何なのか……訊きたいことは山ほどあるが……今のキラの状態で、それを問うのは酷にも思えた。
そう考えているカガリに、ふ
とアスランが疑問を口に出した。
「…あの声……知ってる
か?」
唐突に問われ……カガリは首
を傾げる。
「声? ああ…フレイのこと
か……前、アークエンジェルに乗ってた……キラ達の仲間だ……」
その答に、アスランは驚きつ
つも納得する思いだった。
「そうか……」
あのキラがあれ程までに必死
に追いかけた人物……護ってあげなければならなかった存在……それと再会できなかったのは、大きな痛みだろう。
「皆……ボロボロだ
な………」
ポツリとアスランが呟く……
あの戦いは、ここにいる者達全てに大なり小なり衝撃を与えた……そして…皆が今は傷ついている………
カガリはそっと、アスランの
肩に頭を乗せ……二人はそのまま廊下を浮遊し続けた……
この傷みを決して忘れない
と…そして……それに報いらねばならないという決意を胸に……
残されたラクスはキラの手に
手を添えたまま、静かに見守った。
何も訊かず…何も求めず……
ただ傍にいるだけ……そして、レイナと同じようにただ事実を……自分がすべきことを指し示してくれる………
だが、今はそんなラクスの存
在も辛かった……結局…自分はただ傍に温もりがなければ戦えない存在なのではないだろうか……なにかに縋ってしか戦えない……決意したつもりでも、弱いま
まではないのか……誰かを不幸にするだけではないのだろうか……と。
ならば……自分の存在は最初
から間違っていたのではないだろうか……だが、レイナの顔が過ぎる。
もう甘えるなと……逃げるこ
とは赦されないと……そう嗜めたレイナ……自分はそれに誓ったはずだ。だから、決してここで潰れてはいけない。
深い絶望にとらわれながら
も、キラは懸命に笑い掛けようとした。
「…大丈夫……僕…もう、泣
かないって…決めたから………」
絞り出すように呟く……だ
が、ラクスはふわりと微笑んだ。
「……泣いて、いいのです
よ」
優しく語り掛け、そしてキラ
の頭を抱き寄せる。
「人は泣けるのです……それ
に、レイナが言っていました………本当に泣きたい時は、泣けばいいと……涙を見せるのは、決して恥ずかしいことではないと……」
その言葉が心の傷に染み渡
る……温かく包み込まれるような感覚に、キラは枷が外れたように涙を浮かべ、軋むような声を上げてラクスに縋りついた。
幼子のように泣きじゃくるキ
ラを、ラクスは愛しそうに抱き締めた。自分の温かさが、少しでも伝わるように………
「キラには…哀しい夢が多す
ぎます………」
哀しい運命を背負って生まれ
た者……だが、たとえ誰であっても救いは平等にある。
ラクスはそう思いたかった。
「でも……今、ここにある貴
方が、全てですわ………自分を、決して殺さないで……」
ラクスの存在が、キラを優し
く包む……剣を収めるためにある鞘のように………
人は涙を流せる…その涙を得
て、人は成長していく………キラは、ひたすらに泣き続けた………
オーディーンの医務室で点滴
に繋がれ、身体を包帯で巻かれた痛々しい姿で横になるレイナ……その顔にも、白い包帯が巻かれている。
その様子を、傍らのシートに
腰掛けて見守るリン……徐に、脇に置いたファイルと写真立てを見やる。あの工場デッキから持ち出したもの……あの白銀の天使を模したMS……いったい、ア
レは何なのだ……あんなものは、自分の知る限りにおいてない。
「ヴィア=ヒビキ……貴方
は、私達に何を望んだの……」
写真に映る双子と微笑むヴィ
ア……彼女は、どんな思いで自分達に接し、また望んだのか……今となっては知る由もない。
その時、医務室のドアが開い
て入室してきた人物に振り返ると、リンは微かに息を呑んだ。
「ノクターン博士……」
負傷者の手当てなどでなかな
か動けずにいたフィリアが、先程ようやく一段落がつき、オーディーンを訪れた。
「レイナの容態は……?」
躊躇いがちに尋ねるフィリア
に、リンは憮然とした表情と硬い声で告げる。
「取り敢えず、治療は終わっ
た…けど、かなりの出血をしたみたいだから、まだ意識は戻らないそうよ」
治療を担当した軍医の診察に
よると、全身刺し傷に、特に左肩の刺傷が酷く…もし下手をしたら、神経系が傷つき、左腕が一生使えなくなるところだったらしい。
「そう……」
フィリアも表情を落とす……
そして、リンは無造作にファイルを掴むと…フィリアに向かって差し出した。
突然差し出されたファイルに
戸惑うフィリアだったが……ふと上げた視線の先に入った写真立てに気づき、眼を見開いた。
「そ、それを何処
で……っ?」
震えるような…切羽詰った口
調に……リンは確信したように眼を細める。
「ウォーダン=アマデウスの
研究ラボの奥深く……マルス=フォーシアの工場デッキにあったもの……このファイルの内容…貴方は知っているはず……」
ファイルを手に取り……フィ
リアがページを捲って内容を確認すると……表情がみるみる変わる。
―――――メンデルの奥深く
に隠された工場デッキ……
―――――存在しないはずの
MCナンバー……
―――――DEMフレー
ム……
―――――カイン=アマデウ
スとメタトロン………
―――――ヴィア=ヒビ
キ………
訊きたいことは山ほどある。
「ノクターン博士…貴方はな
にを隠しているのっ? まだ、私が…いや……私達が知らないことを……いったい、あのMSは何!? それに……」
責めるような視線を浮かべて
いたリンが、チラリと横に眠るレイナを見やる。
「何故、姉さんはあの時……
あんな無防備な真似を晒したの………」
あのレイナが無警戒にあの
MSへと近づこうとした……常に警戒心が強く、また隙を見せないレイナらしくない………
フィリアは答えられず、眼を
逸らして黙り込む…その態度にリンは苛立つ。
「貴方はいつもそうだ! 結
局、自分では何もしないっ…いつだってそうやって勝手に手を汚して…偽善めいた真似ばかりしてっ……!」
罵るリンに、フィリアはなに
も言い返さない……
「……ごめんなさい……そう
ね…結局、私も逃げていただけなのかもしれないわね……過去から………」
沈痛な面持ちを浮かべ、項垂
れる……いくら自分の行いに悔いていようとも…結局は、過去の自分の罪から逃れたがっていただけなのかもしれない……内心に嘲笑を浮かべる。
「でも……アレが眼醒めてし
まった以上、もう隠すことも避けることもできないのね……」
話す刻なのかもしれない……
全てを………できることなら、一生知らずにいてくれた方が幸せだったのかもしれない……彼女にとっては。
「……今は、その子の傍にい
てあげて…レイナにとって……貴方は必要な存在なのよ」
そう言い残すと、フィリアは
ファイルを手に医務室を後にした。
その背中を見送りながら、リ
ンは今一度……ベッドで眠りに就くレイナを見やった。
自分と同じ顔を……自分はこ
の少女のクローン……オルタナティブ………だが、以前はあれ程憎んだ相手だというのに……今こうして、心が静かでいられることが不思議でならない。
(ヴィアの…あの人のおかげ
なのかな……私は……私………)
片言のように、心のなかでか
つて自分を娘と呼んで育ててくれた人物の言葉が甦る。
―――――たとえなにがあろ
うとも…貴方は貴方よ……それ以外にはないわ………
そう言って抱き締めてくれ
た……リンは無意識に胸元のペンダントを握り締めた。
深い闇へと沈むレイナの意識
は闇の中を彷徨い……そのなかで夢を見ていた……過去の…哀しみと……温かさを持った………
夢のなかの自分が一人の女性
を…ヴィア=ヒビキと呼ぶ女性を見上げている。
『貴方は貴方よ…レイ………
貴方は、貴方の意思で生きなさい……』
―――何故? 博士は私に人
形で…機械になれと言った………
夢のなかで、自分は無機質に
そう答えた。
その答に、ヴィアは苦笑を…
そのなかにやや哀しげな眼差しを浮かべる。
『貴方は……どう在りたい
の?』
――――?
私は怪訝そうになる……言っ
ている意味が解からない……私を成す個体に宿る人格など…博士は不要だと言った……
その意図を察したヴィアは優
しげに微笑む。
『誰に言われてじゃない……
貴方はどう在りたいの? あの人の言うとおり、人形で…機械でありたいの? それとも…貴方個人の…人として在りたいの?』
―――――人としての…
私……解からない………
『今はまだ…解からなくても
いい……でも…貴方は、貴方よ……たとえ、世界が貴方の存在を否定しても……貴方はレイ……私の………子よ』
眼に涙を浮かべながら、ヴィ
アは私を抱き締めた。
そして、耳元で啜り泣く声が
聞こえる。
――――何故、泣くの……?
解からない……何故、泣く
の……解からない………困惑するレイナに、ヴィアが囁く。
『……人だからよ…だから、
泣けるの………護ってみせる……貴方は…いえ…貴方もルイも………それが私にできる唯一のこと……愛してあげられなかった…あの子達の分まで』
消え入りそうな声で呟き、抱
き締める力が強くなる……だが、痛みよりもヴィアから感じる温かさが私を包む。
『忘れないで……貴方は貴方
よ……全てを受け入れて……そして…生きて………貴方自身として………』
―――――ヴィア……母…さ
ん………
夢のなかで……私は泣いてい
た………そして…意識が暗転した………
「うっ……ぅ………」
微かに呻きながら……レイナ
は薄っすらと眼を開けた。
霞む視界……身体に感じる鈍
い痛み………やや呆けた状態でぼんやりと天井を見上げていると……声が掛けられた。
「気がついた?」
その声に振り返ると……そこ
には、リンが佇んでいた。
「リン……私………」
「覚えてないの? あの白い
MSに機体を大破させられて…その後、ここに運ばれたんだけど」
その言葉に…レイナは記憶を
手繰り寄せ……そして…意識を失う前に起こったことを思い出す。
そうだ……確か、あのメタト
ロンの中から聞こえた声に……自分は…引き込まれそうになった……そして…それを断ち切るために…自分の肩にナイフを突き刺したことも……
その後は…よく覚えていな
い………身体を起こそうとするが、全身に鈍い痛みが走り、レイナは苦悶を漏らす。
「うっ……」
「無理はするな……かなりの
重症なんだ……泣いて、たのか…?」
唐突な問い掛けに、レイナは
訝しげに表情を顰める。
泣いてた…自分が……眼元を
拭うと……そこには僅かに熱を持つ雫が………
夢のなかで……自分は泣いて
いた………
「私は……私………」
無意識に……視線が脇のデス
クに置かれる写真立てに向けられ……そのなかで微笑むヴィア=ヒビキの顔に、レイナは唇を噛み……顔を俯かせた。
「なによ…それ………」
吐き捨てるように呟く……拳
を握り締め……震わせる。
その瞳に涙が溢れる……優し
くなんてしないでほしかった………
「なんで……なにを望んで…
私に……心なんてもたせたのよ………母さん………っ」
心なんて……自分なんてなけ
れば………こんなに…心を傷めることもなかったのに………
そんなレイナをリンは無言の
まま腕を取り……その身を抱き寄せた。
突然の行為に呆然となるレイ
ナ………
「あの人が……ヴィアが言っ
た……人は泣けると………そして…その涙で…人は変わると……」
小さく囁く言葉が……夢のな
かのヴィアの言葉と重なる………
レイナは涙を零す……決し
て…人前では見せなかった自分の弱さを………初めて……
宇宙は静寂を保つ……傷つ
き…そして彷徨う魂達を見守るように…………
《次回予告》
傷つき…そして彷徨う魂
達………
自らに課せられた運命と向き
合うため…過去へと思いを馳せる………
明かされる人の闇の記憶……
果てなき業の果てに生み出さ
れた運命の命………
闇へと続く回廊の始まり……
それらを知った時…彼らの進
む道は………
次回、「呪縛の運命」
呪われた鎖…断ち切れ、ガン
ダム。