プラントの宇宙ステーショ ン……プラントが管理する唯一の玄関口:出島。

戦時中の今、ジャンク屋とい う仕事は実に多様な役割があり、中立であるジャンク屋組合はプラントにとっても大事な補給源であるのだ。

戦闘で大破した戦艦の部品や MSなどをサルベージし、それを買い取る。または地球や宇宙各地からの希少金属や鉱山物資を運ぶ運搬的な役割もある。

だが、中立とはいえ、部外者 をプラント内に招くわけにはいかず、こうして設けた港である出島において、厳重なセキュリティチェックを行って出島への入港を許可する。

そして、この出島に今、一隻 のジャンク屋の艦が停泊していた。

アークエンジェルと似た外観 を持つ両舷ブレード……地球軍の補給艦:コーネリアス級を基にした艦、リ・ホーム……ロウ=ギュールの乗る艦であった。

停泊するリ・ホーム内に物資 が次々に運び込まれていく。

レッドフレームは両腰部に刀 を帯刀していた……左腰に差すのはガーベラ・ストレート…そして、右腰に差すのはロウにとって剣術の師であり、刀匠技術を教えた蘊・奥の形見でもあるガー ベラ・ストレートの兄弟刀:タイガーピアスである。

地上での仕事を終え、宇宙へ と上がったロウは再びコールドフレームと対決し、劾とブルーフレームの介入のおかげでなんとか退けたものの、ガーベラを折られてしまい、修復のためにグレ イブヤードを訪れ、そこで蘊・奥の最後を看取り、タイガーピアスを託された。

そして、その2本の刀を腰に 帯刀させている。

レッドフレームでコンテナを 運びながら、ロウは近くに聳えるプラントの砂時計型コロニーを複雑な思いで見詰める。

以前……地球に降りる前に一 度、彼はプラントを訪れていた。

彼はそこで、モンドと名乗る 老人と出逢い…そして、G・Gユニットを受け取った。

(モンドのおっさん……あん たが残したG・Gユニットは、今すげえ役立ってるぜ)

託されたG・Gユニットに は、あるものが冷凍保存されていた。それは今、リ・ホームの中枢コンピューターに組み込まれている。

ロウ達の新たな仲間とし て………

物思いに耽っていたが、そこ へ通信が開いた。

《ロウ、積み込み作業は完了 した。担当者にサインを頼む》

モニターに映ったのは、艦長 服に身を包んだ金髪の青年……リ・ホーム艦長のキャプテンジョージ……その正体は、ファーストコーディネイター:ジョージ=グレンであった。

かつて、暗殺によって死亡し た彼ではあったが、その後一部の者達に遺体から脳を取り除かれ、今までG・Gユニット内に冷凍保存されていた。そのG・Gユニットをリ・ホームの中枢コン ピューターと直結することで、艦の自律制御を可能にした。

「ああ、解かったぜ、ジョー ジ!」

《キャプテンと呼びたまえ》

聡明と謳われた彼も、復活し てからは『笑い』という要素を追及するようになり、彼に憧れていた樹里が衝撃を受けている。

ロウは苦笑を浮かべながら、 頷き…レッドフレームから降りて作業責任者の元へ向かう。

作業服を着込んだザフト兵の 差し出したリストにサインをする。

「んじゃ、確かに」

作業兵が敬礼して離れてい く……ロウも渡された補給物資の移送先を確認しながらリ・ホームへ戻ろうとした時、唐突に声を掛けられた。

「少し、待ってくれない か……」

「ん?」

ロウが首を傾げながら振り返 ると、そこにはザフトの補佐官服を着込んだ壮年の男が立っていた。

MS開発を受け持つ評議会議 員:ユーリ=アマルフィだ。

「何か俺に用か?」

生来の性格か、評議会議員に 対しても無遠慮な口調で問い掛ける…ユーリは徐に懐から一枚のディスクを差し出し、ロウは怪訝そうに受け取る。

「なんだい、これ?」

ディスクの両面を見ながら尋 ねる…見た目は普通の記録ディスク……これがいったい何なのか……

「君がこれから向かう先…… ザフト内で報告された移送先と違うのだろう?」

そう呟かれた瞬間、ロウはや や眼を細めた……だが、ジャンク屋においても依頼された仕事にはある程度の秘匿性があり、おいそれと答えるわけにはいかなく、ロウは惚ける。

「生憎だけど、それは教えら れねえな」

警戒した面持ちで告げると、 ユーリは苦笑を浮かべて手を振る。

「いや…別に私はそれを詮索 しているわけじゃない。君に頼みがある…そのディスクを、君が向かった先にいる者の誰かに渡してほしい。ユーリ=アマルフィと言えば、解かるはずだ……頼 む」

訝しげだったロウだったが、 真剣な面持ちで頭を下げるユーリに、ロウは笑みを浮かべて頷いた。

「解かったよ……必ず渡して おいてやるよ」

そう告げると、ロウは踵を返 してリ・ホーム内へと消えていった。

その背中を見届けると、ユー リはやや寂しげな笑みを浮かべた。

 

 

ステーションとのドッキング を解除し、リ・ホームが出島から発艦する。

ゆっくりと加速し、周囲を警 備MSが随行しながらプラント制空圏を離れていく。

「今回は、プラントからの補 給要請なんでしょう? なんで、移送先がデブリベルト周辺なの?」

今回の依頼の詳細を知らない 樹里が不思議そうに尋ねる。

「ええ…今回はどうやら、特 殊なものらしいですから」

「ああ、フォルテの婆さんか らの連絡だと、あいつからだしな」

ロウは笑みを浮かべて、今回 の補給連絡を寄越した相手を思い浮かべる。

フォルテからの経由で今回ロ ウ達に回された仕事は、ザフトからの補給物資の運搬であったが、その依頼主はロウ達がよく知る人物であった。

「積荷は電子パーツにMS用 の資材…それに、ヴェルヌ開発局からモジュールパーツが積み込まれているわね」

艦長シートに座るジョージの 横で積載された物資の確認を行うプロフェッサーと名乗る女性……

受け取った補給物資は格納庫 をほぼ埋め尽くさんばかりの量であり、そのほとんどが既存のジンやシグーの構成パーツとは打って変わった専用パーツが多い。

「んじゃ、行くか!」

「リ・ホーム! 発進!!」

ロウの掛け声とジョージの出 航指示に従い、リ・ホームはゆっくりと加速していった。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-45  呪縛の運命(さ だめ)

 

 

地球軍、ザフトからの追撃か らL4宙域を逃れ……4隻の艦は僅かな身を隠す場所としてデブリベルト周辺を航行していた。多数のデブリのなかは、身を隠すには打ってつけであった。

ラクスの予想通り、ザフトも 地球軍も追撃はしてこなかったが、やはり状況的には良いとは言えないのも事実であった。

そして、各艦はリンクを繋 ぎ、今後の対策を練っていた。

「とにかく、今は下手に動か ん方がいいな……」

バルトフェルドが苦い表情で 告げる。ラクスは今、キラについているためブリッジにはいない。

リンクで繋がるマリュー、キ サカ、ダイテツも頷き返す。

《とにかく、先の戦闘での被 害をなんとかしましょう》

《だが、予想以上の被害で物 資…特に一部はかなり深刻な状態だな》

マリューの言葉にキサカが苦 い口調で呟き、全員が顔を顰める。

先の2度に渡る地球軍との戦 闘とザフトとの攻勢で、エターナルとオーディーンが運んできた物資の3割近くを消費し、またMS用の電子パーツもかなり必要となっているが、それ以上にメ ンデルを拠点に構えようとした矢先に頓挫し、今現在水の問題がやや陰りを帯び始め、すぐにでも補給を受けなければ、この先切実な問題となる。

「ああ、その事だが……」

沈む表情のなか、バルトフェ ルドがやや明るく振舞うような口調で話し掛ける。

「ダコスタがジャンク屋組合 を通じて補給要請をしたらしい…なんでも、ライラック女史が積極的に動いてくれたらしい」

バルトフェルドの発した人名 に、ダイテツとキョウがやや眼を瞬き…そしてキョウが笑みを浮かべてモニターに映るダイテツに頷く。

愚息の手回しのよさに、ダイ テツはやや呆れたような笑みを浮かべ、シートに身を沈める。

《それは ありがたいですけど……》       

やや懸念を感じさせるマ リュー……ジャンク屋組合は基本的に中立とはいえ、補給物資を自分達へと届けて連合とザフトからマークされる心配はないのか、不安なのであろう。

「ああ、なんとかうまくやる だろうさ……到着予定時刻は今から約18時間後だそうだ。取り敢えず、始めるとこから始めておこう…ここも長く留まるにはあまり安全とは言えんしな」

その提案に全員が頷き、取り 敢えずは船体の損傷の大きい部分からの補修作業に入り、稼動可能なMSは周辺の警戒にあたることになった。

 

 

 

 

(何処……?)

無限に拡がる闇のなかで…… レイナは独り…浮遊するような感覚のなかに漂っていた。

何も聞こえない……何も感じ ない………闇と静寂……………

まるで……闇の奥底へと堕ち ていく感覚………

そして、その虚ろな視界 に……闇の中に浮かび上がる影を捉えた。

(誰………?)

声が出ない……眼も見えてい るのか知覚できない………息が苦しい……まるで、身体だけが自分のものではないような感覚………

人影には闇が掛かり、顔も見 えない……だが…知っている気がした………遠い過去に忘れてしまったような既視感………それらが胸を圧迫する………

その時、レイナは背中に気配 を感じ……ゆっくりと振り返ると……そこには、白い影が覆うように佇み………影が手に構える鎌を振り上げる。

レイナがそれを避けようとす るが、身体が動かない……まるで、金縛りにでもあったように………

なにも感じられない感覚のな かで……影が鎌を振り下ろした………

 

―――――斬り裂かれる身 体………噴出す鮮血……………

 

夥しい血が、自分が斬られた ということを知覚させたが……傷みはなかった………ただ…身体中の感覚が抜け落ちていく感覚だけを感じていた………

そのまま後ろにのめり……堕 ちていきそうになる感覚のなかで、先程の人影がこちらへと近づく。

人影が自分を抱き締め……闇 のなかで覗かせた顔は………

 

 

 

「っ」

そこでレイナの意識が覚醒 し……レイナは呼吸をやや乱しながら、周囲を窺うように見やる。そこは、療養しているはずのオーディーンの医務室で……レイナは無重力の中を浮遊してい た。

あの戦闘から既に一日が経 ち、ある程度の傷は回復したので、既にいつもの黒服のズボンを履き、上はまだ包帯姿だが、その上にジャケットを羽織っている。

レイナは先程の夢を脳裏に反 芻させる。

(あれ、は………)

闇のなかで見た白い影……そ れが振り下ろす死神の鎌……リアルな感覚に、夢だというのに斬りつけられたような傷みが今になって胸に疼く。

そっと、夢で斬りつけられた 傷跡をなぞる……無論、斬られた跡も血が噴出したという跡もない……だが、鋭い傷みと息苦しさが身体を襲う。

そして……最後に見たあの顔 は…………

額を押さえ…その場に俯 く……どれだけそうしていただろう………腕に何かがコツンと当たり…無意識に顔を上げると……そこには、メンデルから持ち帰った自分達とヴィア=ヒビキが 映る写真が漂っていた。

浮遊したまま……ただジッ と……写真のなかで微笑む女性を見詰める………

ヴィア=ヒビキと呼ばれる女 性を………

脳裏に、メンデルで邂逅した 自分のクローン…オルタナティブと自嘲した少女…ルンと名乗った少女の言葉が過ぎる………

 

―――――ナチュラルと…エ ヴィデンスの遺伝子を融合させて誕生した生命体…………

 

その言葉から導き出される結 論……

(この人が……私の母親…… いえ…遺伝子提供者………)

自分は母の胎内で生を受けた わけではない……冷たい試験官のなかで…人のエゴが生み出した異端者………

だが、断片的に過ぎる過去の 記憶のなかで、彼女は自分を娘と呼び接してくれた……

彼女は…なにを自分に望んだ のだ……こんな……呪われた運命を架せられた忌み子の自分に………

思考のループに陥っている と……ドアが開き、振り向くと…そこにはリンが姿を見せた。

「インフィニティの修理は、 軽く見積もっても数週間は掛かるそうよ」

先程、格納庫を訪れて…トウ ベエからインフィニティとエヴォリューションの状態を確認した。エヴォリューションの方は武装と疲労部品の交換で終わるが、問題はインフィニティだった。

左腕は欠損…本体にも深刻な ダメージが拡がっており、完全な修復には時間が掛かる。

「そう……」

さして落胆したようにも見え ず、視線を再び写真に戻す。

その視線の先をリンも見や り……徐に近づく。

「……彼女は…私になにを望 んだのかしらね………」

ポツリと呟く言葉に反応し、 リンはレイナを見やると……憂いを漂わせた瞳で写真を見詰めている。

「……レイ………あの人は私 をそう呼んだ……でも、それは(レイナ=クズハ)じゃない」

そう……彼女が娘と呼んで接 したのは自分じゃない………レイ=ヒビキ…いや…MCナンバー02と呼ばれるもう一人の…いや……本来のこの身体の人格………

レイナ=クズハも…そし て……BAも……その人格の代替わりでしかない………記憶は共有していても、向けられた想いは違う………

「今……ハッキリと感じる… 私の内に……別の自分が眼醒めかけている………」

闇のなかで見た……黒い髪と 真紅の瞳を持つ自分……

カイン=アマデウスとのあの 感応が……自分の内の奥底に眠っていた人格を呼び覚ました………ずっと…眠りについていた本来の人格を………

「なんで……私はできてし まったんだろう………」

何故記憶を失い…そして…… BA、レイナ=クズハという人格が誕生したのか………

思い悩むレイナに…リンは表 情を変えず、冷静な口調で囁く。

「……生憎だけど、私にはそ れに答えられる答はない…それに……優しくされるのは余計なお世話でしょ……答は、自分で探せ……それが、貴方の生き方でしょう? レイナ=クズハ」

突き放すような物言いだ が……その中に込められた励ましに、レイナは苦笑する。

確かに……答は自分で見つけ るべきだろう………そして…その答を得るために手掛かりを知る者は………彼女しかいない。

「……」

レイナは無言で写真立ての裏 に固定されていた記録ディスクを取り出し…それをジャケットのポケットにしまう。

最初はずっと混乱してい た……自分の出生を知ったこと以上に…それに秘められた人の闇……無論、まだ迷いのなかにある。

だが……自分はまだ、レイナ =クズハだ…そして……レイナ=クズハとして生きている以上、立ち止まることは赦されない。

たとえ、進む先が破滅への道 だとしても……進み続けるしかない。

「……行こう…ノクターン博 士のもとへ」

全てを知る者のもとへ…… DEM…カイン=アマデウス……ヴィア=ヒビキ……そして自分達の出生に秘められた闇……それらを全て知るために……なにより、この先に拡がる道を進むた めにも……

レイナは先立って医務室を後 にし…リンもそれに応じて後を追う。

リンもまた真実を知ることを 欲していた……自分が知る以上に深い闇……そして…自分と同じオルタナティブと名乗った少女のことも………

闇へと続く回廊に、その一歩 を踏み出した。

 

 

 

 

オーディーンの修理を進める 中、ダイテツは自室にてシートに深く腰掛け、天井を仰ぎながらパイプを噴かしていた。

深く被った帽子に眼元が隠 れ、その表情は窺えないが……同じく部屋にいたフィリアがやや沈痛な面持ちで座っていた。

オーディーンだけでなく、エ ターナルの艦内にも言えることだが……暗然とした雰囲気が漂っている。

先のアークエンジェルのク ルー達も感じたことだが……覚悟したつもりでも、やはり裏切り者として追われるというのは予想もできない圧迫感と後ろめたさを憶えさせる。

かつての同胞達と敵対し、ま た裏切り者と罵られるのはなかなか耐えられるものでもない。

だが、アークエンジェルのク ルー達との違いは、裏切られたか裏切ったかの違いだ……彼らは上層部に裏切られて脱走したが、こちらは自ら裏切って脱走した身だ。

いくら自らの信じるもののた めに覚悟し、決意したとはいえ、その事実が消えるわけでもない……その事実が、艦内に小さな禍根として燻っている。

ダイテツは、理想を持つこと を咎めはしない……人はなにかを信じて戦うからだ。理由も持たず、ただ無為に戦い続けては、それは破壊者であり、殺戮者でしかない。

だが、この定義も人によって 様々だ。

純粋に戦うことを愉しむ者も いるだろう……それが自らの欲望を満たすための手段だと…ダイテツやラクス達がやろうとしていることも、理想としては聞こえはいいが、客観的に見ればそれ はテロリズムだ。

理想を実現するために戦うこ とを手段とした時点で……それは決して断ち切れぬ事実だ。

今一度、小さく溜め息を漏ら す…だが今は、時間を置くしかない……やはり、少し考える時間が必要であろう。

クルー達にも……そして、自 分達にも………シートの向きを変え、デスクの前で座るフィリアに向き直る。

「レイナ達はどうしてい る?」

徐にダイテツが問うと…… フィリアは眼を伏せたまま、苦い口調で答える。

「今は、リンが付いていま す……でも…あの子は知ってしまった………自分の出生を…そして……あの天使の存在も………」

解かっていた……いつか、彼 女の前に彼とあの天使が現われると……それが彼女を呪縛し続ける運命なのだから……決して避けえないと………

だが、それでも……まだ知っ てほしくなかった………言葉を噛み締めながら、フィリアは拳を握り締め、膝の上に置くファイルの上で震わせた。

ファイルを確認しながら…… レイナ達がこれを見た以上、もはや隠し通すことは無理であろう。

「彼と天使が眼醒めてしまっ た以上……彼らは…いえ……既に、20年前のあの時からもう始まっていたのかもしれません……全ては………」

フィリアは唇を噛み、胸の前 で手を握り締める。

全てはもう……あの刻から始 まっていたのだ………ウォーダン=アマデウスが、神と呼んだあの生命体の遺伝子を手にし、そして自らを神と驕った刻に………

そして……それに気づきもせ ず、手を貸した自分の責任だと…………

「6年前のあの襲撃から、も う彼らは水面下で動いていた……全てを終焉へと導くために……」

「嵐の前の静けさ……か」

パイプを離し……ダイテツは 天井を仰ぎながら、ポツリと呟く。

破滅の足音は、もうすぐそこ まで迫っている……だが、それに気づいている者は少ない………

「刻、なのでしょうね……結 局、最後はあの子達に頼ってしまうことになる………でも、この先彼らに対して、彼女達が私達に残された最後の希望………」

自らの心を刺すようにフィリ アは言葉を紡ぐ。

心苦しいなどでは言い表せな い胸を締め上げるような苦しみ……最後の最後で、やはり彼女達に頼るほかない自身への無力さ……そんなフィリアをダイテツは傷ましく見やる。

ダイテツとて、娘同然…い や、本当の娘のようにレイナを育てた。その身を案じないはずがない。

「彼女達のためにも……過去 の全てを話す刻なのかもしれません………あの子達は、ずっと傷ついて…そして、呪われた運命に縛られている……でも、その運命すら知らず…あの子達はずっ と苦しんでいる………」

自らを縛る運命すら知ら ず……ただひたすら傷つき、そして苦しんできた少女達………今度の一件で、それはより確実に、そして大きくなっただろう。

もう、話さずにはいられない だろう……でなければ………

「たとえ、どんなに恨まれよ うとも…そして、その結果私が殺されても……全てを伝えないと………このまま真実を知らずにいれば…やがて、その不安と架せられた運命に…押し潰されてし まうかもしれない………」

悲壮さと決意を感じさせる表 情で告げるフィリア……静かに見詰めていたダイテツであったが…その時、なにかに気づいたように顔を上げた。

そして、やや落ち着いた口調 で呟く。

「いや……あの子達は、それ 程弱い存在ではないようだ」

「え?」

ドアに向かって呟いたダイテ ツを不審に思い、フィリアが振り返ると……ドアが開き、そこにはレイナとリンが佇んでいた。

覚悟と決意を感じさせる瞳と 表情で………

「ノクターン博士…父さ ん……私達に全てを話して………あのメンデルで何があったのか…そして…私達の過去を………」

言葉を区切り……レイナが一 瞬眼を伏せ…そして、強固な意志を漂わせるように言い放った。

「全てに……決着をつけるた めに………」

そう……自らの運命と向き合 うために………その意志を感じ取ったダイテツはフィリアに目配せすると、驚いていたフィリアが決然と頷く。

「解かった……全てを話しま す………貴方達の過去を…そして……彼らのことを」

重々しい口調でフィリアが告 げ、ダイテツはこの話を聞くべき人間をオーディーンへと呼ぶように指示を出した。

 

 

 

エターナルのあてがわれた自 室で、キラは沈んだ表情で写真立てを見詰めていた。

デスクに置かれた写真立ての 中で微笑む双子の赤ん坊を抱く優しげな女性……この人が、自分の本当の母親だと………

傍らには、キラが啜り泣くの をただずっと慰めていたラクスがそっと近づく。

「優しく笑っていらっしゃい ますね……」

ラクスが呟くと…キラは曖昧 に、そして歯切れが悪く頷き返す。

「それに…どことなく、レイ ナやリンに似ていますわ………」

その言葉に、キラは以前カガ リにこの写真を見せられた時のことを思い出した。

あの時も……この写真に映る 女性が自分の母親かもしれないという可能性を知った時、衝撃は大きかった。だが、それ以上にレイナやリンに似ていることが気に掛かった……

「ヴィアって名前だっ て……」

何気にポツリと呟くと……ラ クスがハッと顔を上げる。

「父親はユーレン……ユーレ ン=ヒビキ………」

あの研究所から持ち帰った ファイルに記されていた事実……実の父親であったユーレンが、自分の研究を完成させるために…そして、自分の血を継ぐ者に全てを与えるために……最高の コーディネイトを施して自分を誕生させたと……そこには、歪んでいながらも、確かに愛情があったかもしれない………

だが、父の望がどうであ れ……自分を生み出すために、多くの命を弄び、犠牲にして…最愛の妻さえも哀しませて……その果てに誕生した自分は…果たして望まれた子であったのだろう か………

「僕は……なんだったのか な………?」

自身に問い掛けるように自問 する……自分は、何のために生まれたのだ………ただ、哀しみを拡げるため………それしかできない自分が、本当に望まれているのだろうか。

「生まれてきちゃ……いけな かったのかな………?」

自虐めいた考えが脳裏を過ぎ る……ラクスは、黙り込み……そして、無意識に指が右手の薬指に嵌められた、彼女の母親の形見である指輪に触れる。

「昔……母に言われまし た………」

唐突に語り出したラクスに、 キラは振り向く。

昔を思い出し…慈しむように ラクスは微笑を浮かべる……今は亡き、母との記憶が………

「世界は貴方のものだと…… そしてまた…貴方も世界のものだと………」

キラは半ば、放心したような 面持ちでラクスの話に聞き入る。

「生まれ出て……この世界に あるなら、と」

その言葉に、ハッとしたよう にキラが眼を見開く。

どのような過程があろうと も…どのような過去があろうとも……命はこの世界に生まれ出た瞬間に、その世界に在るのだ……世界を成す一部として………

それは、世界に必要されてい るからだと……生きている以上は………

「貴方を見つけて……私は幸 せでした」

顔を上げ、精一杯の笑顔を浮 かべるラクス……その笑顔に、荒んでいたキラの心は静かになっていくのを感じた。

ラクスはそっと……キラの肩 に頭をのせるように寄り添う………

「私は……レイナのようには なれません………でも…私は……貴方に…いてほしい………他の誰でもない…貴方に………」

やや切なさを帯びた声……愛 しい人に自分を見てもらえないというのは、言い知れぬ苦痛であろう……キラにもそれはよく解かる。

キラは……ずっと…レイナに 惹かれていた……惹かれるなにかがレイナから感じられた。

懐かしさにも…温かさにも似 た……不思議な既視感………それをずっと感じていた。

だから、キラはレイナに惹か れた……だが、レイナは自分を…いや……誰も見ようとしない……他人と距離を置き…決して心へと干渉させない……

なにが彼女をそこまで厳しく 追い立てるのか……キラには解からない。

そして……レイナとは違った 優しさと温かさを持つラクス………プラントにいた時から、常に一緒に…なにも言わず……なにも求めず………ただ、ずっと一緒にいてくれた。誰かが傍でいて くれる……それはキラにとって孤独を感じさせぬ安らぎだった。

レイナは厳しく突き放す…… ラクスは穏やかに包み込む……まったく正反対の二人だが……根本に秘めるものは同じなのであろう……だから…キラは二人に惹かれた………

今も…その迷いに答を出せず にいる自分を歯痒く…また、嫌悪する。

キラは、ただ表情を顰めて… ラクスのするままにさせた……

静かで…穏やかな時間の流れ る彼らのもとに、バルトフェルドからの通信が入り、オーディーンへと来てほしい連絡があったのは、数十分後のことであった。

 


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