地球……オーブ沖の伝導所の
屋内でマルキオは椅子に腰掛け…ただジッと、盲目の眼で虚空を見詰めていた。
地球も今は深夜……マルキオ
が預かる子供達も今は深い眠りに就いている。
静かに瞑目していたマルキオ
だったが、子供達の寝言がふと耳に聞こえ……口元を微かに緩め、微笑を浮かべる。
やがて……マルキオは手に握
られていた杖が振動し、表情を引き締め、ゆっくりと身を起こし、子供達を起こさないように静かに隣の部屋へと移動する。
盲目の彼にとって部屋を移動
するだけでも大変なことである……だが、慣れたような足取りで移動し、マルキオは小さなモニター画面の前に備えられた椅子に腰掛けると、手探りでモニター
の横の壁をなぞり、ボタンを押した。
刹那、モニターに光が灯
り……モニターには一人の壮年の男が映し出された。
《夜分遅くにすまぬな……マ
ルキオ導師》
低い声で詫びる男に、マルキ
オは被りを振る。
「いえ…構いません……しか
し、ようやく貴方と連絡が取れて私もホッとしているところです」
肩を竦めるマルキオに男は苦
笑じみた笑みを浮かべる。
《こちらもいろいろと忙しく
てな……最近、組織内でも随分慌しい動きがあるのでね》
やや疲れと苦悩を感じさせる
物言いにマルキオが不審そうに問う。
「なにか、そちらに動き
が……」
《ああ……ここ最近、強硬派
の構成員が次々と招集され、宇宙へと上がっている……盟主に招集された以上は仕方ないが、それでも数が異常だ。既に強硬派の5割近い人員が宇宙へと上げら
れている》
「なにかを企てている……
と」
《その可能性は高い……ま
あ、おかげでこちらは必要以上に警戒されなくなったので、動きは取りやすくなった…皮肉なものだがな》
自嘲めいた笑みを浮かべ、肩
を竦める。
「他の動きは?」
《ユーラシアも東アジアもほ
ぼ上層部の一致で大西洋連邦の意向に賛同する動きを見せている……まあ、勝ち馬にのるというやつだな》
連合内で中核を担い、もはや
地球上では最大の支配国である大西洋連邦に同盟関係にあるユーラシアや東アジア共和国は頭を下げるのは屈辱であろうが、ここで彼らに逆らっても無益である
ことは彼ら自身が重々承知している。ゆえに、ここは耐え忍び、戦後の世界で発言力を有するようになんとか大西洋連邦に媚を売るしかないのだ。
その言葉に眉を寄せていたマ
ルキオではあったが、やや間を置いた後、口を開いた。
「それで……以前、貴方にお
話したことに関しては………」
本題を切り出すと、男は考え
込むように表情を引き締める。
《確かに…我々としても戦力
が増えるのはありがたい……今現在の我らの戦力はまさに微々たるものでしかないからな》
やや苦々しげに表情を顰めて
呟く。
《だが、逆に不審に感じるこ
ともある……我々のことを知っていたこともだが、貴方を通じてダイレクトに私に連絡を取り付けたいとは………しかも、その相手はただの一介の少女と
は……》
驚きを含んだ口調で呆れたよ
うにぼやく。男と…男の属する組織にマルキオから連絡が入ったのが数ヶ月前……だが、その内容に当初男は当惑した。
マルキオは、男の属する組織
に連絡を取りたいと考えている人物からの話を持ち出した……マルキオが連絡を取り付けられるパイプ役であるということも驚いたが、なによりそれを依頼した
相手というのがまだほんの少女だというのだ。
驚愕と同時に困惑があっ
た……マルキオが冗談でそんな話を切り出すことがないのは男は重々理解している。
真意を確かめようとしたが、
男はなかなか自由に動ける身でもないのですぐに連絡を取るのが難しかったことに加えて、その話に関して逡巡していたからだ。
散々迷った結果、まずはマル
キオに連絡を取り、それから改めて考えようとしていた。
「ええ……それが事実です。
ですが、彼女はまた運命に導かれし子………話だけでも聞いてはどうです? それだけなら、別に問題はありますまい? 彼女は、貴方方のことを知っていて私
に仲介を頼んだ……聞く価値はあると思いますが……」
試すような物言いで呟くマル
キオに、男は不適に笑う。
《貴方にそこまで言わせると
はな……解かった。話を聞くだけ聞いてみよう……だが、我らはまだ表立って動けない。連絡を取るためには、周囲の動きに眼を光らせなければなるまい》
男の属する組織はまだ存在を
表に出すわけにはいかない……事は慎重を要するだけに慎重に慎重を重ねて動かねば、全てが水泡に帰す。
「解かっています…彼女の持
つ秘匿の連絡コードをそちらへと送っておきます。彼らは今、宇宙にいるようですから」
《解かった……では、そろそ
ろ連絡を終える。あまり長く貴方と話していると、余計な疑いをかけられるかもしれないのでね》
「ええ……では、シオン殿」
マルキオが一礼すると、モニ
ター画面は途切れ……部屋が再び暗闇に包まれる。
暫し、その場で沈黙していた
が……マルキオは徐に立ち上がり…部屋に月光が差し込む唯一の窓の前に立ち、盲目の眼で窓の外に見える月を見上げた。
「運命に導かれし子達よ……
貴方方の進むべき道が、貴方方の信じるものであらんことを………」
祈るような思いで、マルキオ
は静かに呟き……その場に佇むのであった。
招集が掛かって一時間後……
オーディーンのブリーフィングルームに、フィリアとダイテツが呼んだメンバーが揃っていた。
レイナ、リン…そしてキラと
ラクス……アスランとカガリ…カムイ、ムウとマリュー、最後にリーラ……これから語る真実を知るべき人間を集めた。
レイナとリンの二人はやや真
剣な面持ちで見詰めている……知ることへの不安もある…だが、それ以上に知らなければならない奇妙な義務感のようなものも感じていた。
「で……俺達をここへと呼ん
だってことは…話してくれる気になった…と取っていいのか?」
怪我がまだ塞がっておらず、
上半身を包帯で包み、その上から軍服の上着を羽織っただけのムウがダイテツとフィリアに問い掛ける。以前は、その刻が来るまで待ってほしいと言われた疑
問……そして、あのメンデルのことも………ここの集められたメンバーの顔を見れば、嫌でも察せられる。
その問い掛けに、フィリアは
重々しく頷き…そして……一同を見渡す。
「全てを話そうと思いま
す……メンデルで貴方達が見た、あの白い機体……そして、貴方達に関する…私が知る限りにおいての全てを………」
その言葉に、キラが眼を瞬
き…息を呑む。
真実を知りたいという欲求と
恐怖……クルーゼの言葉が脳裏を過ぎり、身体が小刻みに震える。そんなキラを気遣って、ラクスは手を握る。
それで少しは落ち着いたの
か……キラは苦笑を浮かべてラクスを見やる。
見れば、アスランやカガリも
不安げにこちらを覗き込んでいる。
「……これから話すことは、
貴方達にとって知らなくてもいいこと。辛いものがあるかもしれない……それでもなお、真実を知りたいのなら……」
その様子を見たフィリアが、
眼を伏せて告げる。その言葉には、聞きたくないのなら、ここを出ろという意味が込められていた。世の中には知らずにいた方が幸せなこともある。キラにはそ
れがよく理解できたが……それでも、キラは気丈に頷いた。
確かに自分の衝撃的な出生を
知らされた…だが、それでも……やはりもっと深く知りたい……自分の本当の父と母がどのような人物であったかを………それはカガリにも言えることであっ
た。
ウズミの遺した言葉の意味
を……真実を知りたいという欲求が、直情的な彼女を突き動かしていた。
フィリアは最後にレイナとリ
ンを見やると……もう、確認を取るまでもなく覚悟が感じ取れ………フィリアは一呼吸置いたあと…静かに……語り出した………
―――――人の闇が引き起こ
した……あくなきエゴの業を………
「事の起こりは……今から
30年以上前になります……ジョージ=グレンが残した遺伝子変革の技術を基に……地球で、第一世代コーディネイター達がその能力を開花させ始めた頃にま
で……」
そう……C.E.40年
代……遺伝子ブームによって誕生した第一世代コーディネイター達が成長し、その与えられた能力を使い、優越性を示し…それに続く第二世代コーディネイター
の誕生が、よりナチュラルとの確執を強めていた時代………
フィリアは、地球のあるカ
レッジにいた……コーディネイターとナチュラルの共存というお題目を掲げられたそのカレッジにおいても、やはりコーディネイターの優秀さは秀でており、カ
レッジに属するナチュラルとの仲も決して良好とは言えなかった。
だが、フィリアは違った……
ナチュラルながら、生まれ持った才能を示し、遺伝子工学とナノマシン工学において著しい才能を示し、コーディネイターからも一目置かれていた。
そこでフィリアは、知り合っ
た……同じように優秀な能力を持つ仲間達と………
「地球のカレッジにいた頃…
私は、6人の友人達を持った………ナチュラルとコーディネイターという差はあったけど……皆、それぞれの才能に溢れていた」
能力の優秀な者同士…気が
あったのだろう……能力的に優秀であれば、ナチュラルだろうがコーディネイターだろうが関係ない……少なくとも、そう考えていた。
フィリアが出逢ったのは6
人……同じように遺伝子工学を修めるユーレン=ヒビキ、ヴィア=セラ=アスハ、人工義体などの生体工学やエネルギー工学のセシル=クズハ、物理学のアリシ
ア=エルフィーナ、機械工学のマルス=フォーシア…そして、遺伝子工学とナノマシン工学…生物学を修めるウォーダン=アマデウス……それが、かつてのフィ
リアの友人達であった。
「アリシア…マルス……」
フィリアの語った内容に出て
きた人名にリーラが驚いたように口を開く。そして、脳裏にプラントで母が最後に伝えた内容が過ぎる。
母は、父と地球で出逢い…そ
して、メンデルへと行ったと……
キラもまた驚きのなかにあっ
た……ユーレン=ヒビキの名に驚いたのもあるが、やはりそれ以上にヴィアの本名……アスハと名乗っていた以上は、アスハ家に深い繋がりを持つということ
だ。
そして、それが事実なら…カ
ガリも決してウズミと他人ではないという可能性に思い至り、やや安堵する思いもあった。
「私達は、そのままカレッジ
を卒業し……当時、最先端の設備と知識が収束された学術都市……L4のメンデルへと召還された」
カレッジ卒業後……それぞれ
の専攻分野で著しい結果を出していた7人は、当時の遺伝子変革を産業とする一大企業:GARM
R&DにA級研究員として迎えられ、皆それぞれの夢と希望を持ってメンデルへと渡った。
「私は、遺伝子工学の知識を
かわれて……メンデルの副主任を任されたウォーダン博士の助手として働いていた」
遺伝子工学の論文において、
主席になったのはユーレン=ヒビキ…次席がウォーダン=アマデウスだった。ナチュラルのユーレンとコーディネイターのウォーダン……それは、コーディネイ
ターの優越性を覆すような出来事であったが……二人はそれ以上によきライバルとして互いを認め合っていた……少なくとも、フィリアや他の仲間…そして周囲
はそう認識していた……だが、それは後に誤りであったことを知る。
この結果、主任研究員として
ユーレンが…副主任としてウォーダンが迎えられることになった。
―――私は、自らの手で新た
な子供達を生み出したいのだよ………
ウォーダンはフィリアを助手
として迎えたとき…そう言った………だが、当時のフィリアはその意図をはかりかねていた。
その時に深く考えるべきだっ
たのかもしれない……自分達の犯してしまった罪を………
「そこで……遺伝子に関する
当時の問題点の克服をしていたとは聞いていますが……」
アスランがプラントで常識と
なっている情報を口にする。
ジョージ=グレンの公開した
遺伝子変革の方法は、あまりに不透明な点が多すぎた。だが、誰もその欠点に気づくことなく、誰もが我もと先に自らの遺伝子を継ぐ者達をコーディネイトする
ことを求めた。その結果は、ゆうまでもないだろう……死産、流産、早産…誕生時における母体への悪影響……誕生しても、事前に望んだ容姿を持たない……言
わば、イレギュラーが多々起こった。
当時の第一世代出産におい
て、コーディネイトを施された者の半数にも匹敵する胎児が死亡…もしくは誕生後に処分された………
「それが、コーディネイター
人工の増加に歯止めをかけたのか……」
冷めた口調で語るリン……今
をもって100万人単位でしかないプラントのコーディネイター国家……その主たる理由の一つとして…第三世代の出生率低下以上に、第一世代の数の少なさ
だ……男女がいなければ子供はつくれない………圧倒的に第一世代の数が少なかったことが、第二世代の誕生にも響き、それがコーディネイターの増加に歯止め
をかけた。
それ以上に、第一世代コー
ディネイター同士の婚姻も全てがうまくいくわけではなかった。遺伝子変革によって、遺伝子の一部を解放し、不要な部分を切り捨ててしまったため、互いの遺
伝子が受け入れられる余裕がなくなってしまい、第二世代出産にも響いた。
そして……そのイレギュラー
解消を求められたのだ。
あの当時はコーディネイト技
術はまさに高額であり、選ばれた人間であるという象徴であった……それが失敗するというのは、優秀な後継者を望む権力者や有力者には到底受け入れられない
事実であり、その技術の精度を求めていた。
「ええ……私達は、その遺伝
子変革におけるイレギュラーの解消法を模索した……来る日も来る日も」
過去に思いを馳せ……なにも
疑問を持たず、ただ純粋にひたすら研究に打ち込むだけでよかった日々が甦る。
ユーレン、ウォーダンともに
必死にそのイレギュラー解消法を模索し、試行錯誤した…だが、それが解決することは難しかった。
遺伝子変革におけるミスはほ
ぼ解消されていた…だが、問題はそれではどうにもならない部分にあった。遺伝子変更を施した胎児が育つ環境であった。
遺伝子変更を行ったために、
より過敏に周囲の環境に反応する胎児は、常に不安定な母体ではその変革した遺伝子を維持できるだけの能力がない。
先天的に変革された遺伝子が
それによって崩壊し、受精卵の段階からの死産…運良く成長しても胎児の段階で早産、死産が待ち受けていた。
だが、原因は突き止められて
も、それを解決する手段がなかったのだ……母体は常に不安定なもの……いくら薬や摂取物を制限し、妊娠中の行動に注意を配っても、母体が機械のように安定
などするはずがない。
母体での誕生は不確定要素が
常に付き纏う……もはや、それは決して揺るがせない事実となり……ユーレンとウォーダンは徐々に焦りを抱いていった。
「成果を出せずにいた二人
を、GARM
R&Dの役員達は徐々に冷遇するようになり…一時期は研究資金の打ち切りという提案まで出たそうです……ですが、そこへある日突然、莫大な資金が投資され
たのです」
そう言い、フィリアはムウを
見やると……思案していたムウがなにかに気づいたように眼を見開いた。
クルーゼは言った……自分は
ムウの父親:アル=ダ=フラガのクローンだと……ならば、当然そのクローニングを行った者がいるはずだ。それを行ったのが、ユーレンとウォーダンだとすれ
ば、投資をしたというのはアルに間違いない。
ムウは内心、苦い思いで歯軋
りした。
「思わぬ投資で……二人は再
び研究を再開し…それぞれ、別の方法で新たなコーディネイト技術を、自身の手で確立させようと動き出しました」
妊娠中の母体の問題はもはや
解決策が無いという結論に至り、二人は違った方法でイレギュラーを解消…いや、排除する手段を模索し始めた。
だがそれは……神と驕った愚
かな行為だった………
「ユーレンの研究の詳細は私
にも詳しくは解かりません……解かっているのは、生身の母体ではなく……人工の子宮を造り、その中で胎児を誕生させようとしたものでした」
その内容に…キラは再び震え
に襲われる。
脳裏に…メンデルで見た光景
が過ぎる……冷却槽に浸かったカプセル…打ち棄てられた胎児達の成れの果て………
「スーパーコーディネイ
ター……ユーレンは、そう呼称しました。コーディネイターを超える…コーディネイターとして……」
「コーディネイターを…超え
る……? なんだよそれ、全然解かんないぞ」
苛立ったようにカガリが身を
乗り出す。
あまりに抽象的すぎて、彼女
には今ひとつピンとこないようだ。だが、フィリアは沈痛な面持ちを浮かべ、懐から取り出した写真を見せる。
怪訝そうに受け取り…アスラ
ンも横から覗き込むようにカガリの手に収まった写真を見やる。
男女7人が映った写真……そ
の中央で微笑む茶髪の女性を視界に入れた瞬間……カガリとアスランは眼を見開いた。
「この人……っ!?」
ウズミから手渡された写真に
映っていた…自分の母かもしれない女性……やや年若いが、その優しげな微笑は間違いなく同じものだ。
「ヴィア=セラ=アス
ハ………ウズミ様の従姉妹であり、後にユーレンと籍を入れ…ヴィア=ヒビキとなり、双子の命をその身に宿した」
静かに語るフィリアに、カガ
リの動悸が激しくなる。
知りたいという欲求と聞いて
はいけないという葛藤が、彼女の胸を締め付けるも、彼女は決して耳を塞ごうとはしない。
「双子の名は……カガリ=ヒ
ビキ、キラ=ヒビキ………」
最初の扉が開かれる……アス
ランとラクスは驚愕に声を上げ、カガリは硬直し……キラは眼を伏せた。
「そして……ユーレンは、
ヴィアの子宮内にあった双子の内の一つを取り出し……自らの研究の完成体として誕生させた……スーパーコーディネイターの……自らの研究の完成というよう
に………」
唇を噛み、表情を逸らすフィ
リア……カガリは弾かれたようにキラを見やり…アスランとラクスも傷ましげな視線を浮かべる。
キラは唇を噛み、拳を握り締
め…震わせる……内に沸き上がってくる哀しみと怒り…そして恐怖を抑えることができない。
最高の能力…それが本当に幸
せを齎すのか……そして、そのために犠牲になった命が正当化されるのか……キラの耳に、冷却槽に浸かり、もはや打ち棄てられたカプセルの中で生き続ける胎
児達の悲痛な叫びと罵りが聞こえてくるようであった。
震えそうになる身体を抱き締
める……隣に座るラクスがそれを和らげるようにキラの肩を抱く。
レイナもまた、やや驚いた視
線を浮かべていた……キラと最初から戦ってきたのは他でもない彼女自身だ。確かに、コーディネイターとはいえ、初めて乗ったMSでアレだけの動きを見せた
ことといい……あの、時折見せた異常な戦闘能力には、そんな秘密が隠されていたのかと………
(この子もまた……エゴの犠
牲者ってわけか………)
自分を生み出すために犠牲に
なった幾人もの被験体達の末路を思い出し、表情が苦くなる。
だが、その表情を消して……
フィリアに向き直る。
「ノクターン博士……話し
て…ウォーダン=アマデウスの望んだ闇を………その闇から生まれた、私達のことを……ヴィア=ヒビキが…私達になにを望んだのかを」
レイナの言葉に、一同は驚い
てレイナに向き直る。
キラ達のことは知った…恐ら
く、キラ達にもまた告げるべき真実であったのだろう……ウズミが伝えようとした真実を……それに潰されず、乗り越えろと………そして、ヴィア=ヒビキに関
係することだからこそ、自分達にも話したのだろう……だからこそ、自分達もまた知らねばならない……自分達が…いかな闇から生み出されたのかを………
その意図を察し、フィリアは
頷く……逡巡するように眼を閉じ……数秒間、そうしていだろうか……瞑目から眼を開け……口を開く。
「私は、ウォーダン博士とと
もに……コーディネイト技術そのものを変革させて、新たなコーディネイト技術を造り上げようとした」
ユーレンのように、人工子宮
を造るのではなく……最初からイレギュラーそのものを胎児自ら排除させる技術を造り出せばいいと………
「そのために……私達は、多
くの犠牲を出した………っ」
自らの罪を悔いるように…歯
噛みし、手を握り締め、自身に向かって吐き捨てるように呟く。
そう……ウォーダンが着手し
た方法とは、子宮から取り出した胎児…そして、試験官の中で受精させた胎児……それらに向けて、脳内細胞を活性化させる特殊なパルスを用い、人間の内に本
来は眠っている潜在能力を極限にまで引き出そうとしたのだ。
コーディネイターは、あくま
で遺伝子の一部だけしか変更されておらず、言わば潜在能力の一端を解放されただけに過ぎない。
それらを全て解放させる手段
を確立させられれば、それはコーディネイターをも超える新たな人類の革命になるとウォーダンは自らの行いを新たな人類の革新と称し、狂気に驕った。そし
て……当時のフィリアもそれに疑問を抱きはしなかった……確かに、自分達の行為が褒められるものではないのは痛感しているが、それでもその先に新たな可能
性があると信じ、フィリアはウォーダンの凶行に協力し続けた。
「思えば……あの時の私も…
どこか狂っていたのかもしれない………」
人類の新たな可能性……さら
なる人の革新……未来へと続く夢……そんなお題目や理想に踊らされ、それを疑いもせずにいた自分は大馬鹿者だと自虐的に罵る。
実験は困難を極めて……細胞
を活性化させるパルスの発見と安定………胎児への処置後の影響………それら実験の果ての業が、あの研究所の奥深くで見たカプセルに並べられた多くの人で
あったもの………
「ですが、やはり能力全てを
解放すれば……その先に待っているのは肉体の崩壊でした」
人間の肉体には、無意識に
セーブが掛けられる……自らの肉体を破壊しないため、その能力を規制し、限界をつくる。だが、その能力全てを解放させれば、当然肉体の方が保たなくなるの
だ。
成長途中における自我崩壊…
驚異的な数値を示しながらも、能力の急激な変化に対応できず、身体が異質化するもの……それらのイレギュラーを克服するために、数多の胎児や子供達が犠牲
になった。
そして……遂にその方法は確
立された。
能力に肉体が耐えられないの
なら、その肉体そのものも強化すればいいと……潜在遺伝子を活性化させるパルスは既に確立され、胎児における身体細胞を成長とともに強化させるために、
ウォーダンは自分の専攻分野であったナノマシン技術を応用した。
身体細胞を媒体に、遺伝子を
分子レベルで分解…再構築させる生体変換ナノマシンを投与する。
「そして……プロジェクトは
ほぼ完成をし……私達はこう呼んだ…Machine Childrenと」
誰もが息を呑む……コーディ
ネイターという存在とは別の新たな人類の誕生……そのために犠牲になった命……
「そのプロジェクトによって
誕生した子供達は、MCナンバーと呼ばれ……真紅の瞳を持っていた」
弾かれたように全員の視線が
レイナ達に向けられる。
「そう……この血の輝きの瞳
が……私達を生み出すために犠牲になったきょうだい達の流された血…そして……呪われた証」
視線を受け止めながら、レイ
ナは自嘲するように言葉を紡ぐ。
この瞳の色には、犠牲になっ
たきょうだい達の呪いが込められている……闇に喰われ…闇のなかで殺され……そして今なお闇に苦しみ、呻くきょうだい達の呪い………それがMCナンバーと
いう呪縛に縛られた者の証………
「だけど……ウォーダン博士
はそれで満足しなかった………」
そう……ウォーダンは更なる
先を目指した………いくら肉体を強化しようとも、その身は脆弱な人のもの……新人類と呼ぶには、まだ完璧ではなかった。
「ユーレンに対する対抗意識
もあったのかもしれない……コーディネイターが、ナチュラルに負けてはならない…と」
やや苦い口調で呟く……自身
も学生時代に、ナチュラルらしからぬ才覚にコーディネイターではないかと同じナチュラルからは異質な眼で見られ…コーディネイターからは恐れの対象になっ
た。
いくら能力を得ようとも、人
の心までは変わらない……どんな時でも、自分とは違う存在を否定する。
それは、種族という集団を維
持し、また社会を継続していくために必要な防衛本能だ。
ユーレンは確かにナチュラル
だった…だが、才能ではコーディネイターに勝るものがあった。それを、コーディネイターとしての……選ばれた才能を与えられた者として誇りが赦さなかった
のだろう。
ウォーダンはユーレンの進め
るスーパーコーディネイター以上のものを求めたのだ。自分の手で……命を弄ぶ行為とも気づかず…自らを神と驕り……天命とでもいうように研究を重ねた。
「あの男……天使のなかに感
じた相手………カイン=アマデウス…そう名乗ったあいつは……あいつは、私のなんなの? あいつも……私達と同じなの?」
乗り出すようにレイナはフィ
リアを問い詰める。
自身の前に現われた白銀の天
使……そのなかから感じた相手……自分を求めた少年………
懐かしさにも似た奇妙な既視
感を味わった……あの相手も………
そう……リンやカムイ…そし
てあのルンと名乗った同じMCナンバーとはなにかが違った……もし、自分の考えが正しければ……あのカインと名乗った少年は………
レイナのその可能性を肯定す
るように……フィリアは真剣な表情で重く頷く。
そして……自身の考えが正し
かったことに、レイナは黙り込む。
「どういう…ことですか?」
訝しげな一同のなかで、マ
リューが要点を得ない表情で問い掛ける。
「……あの子は………あの…
天使に乗っていたパイロットの名は、カイン=アマデウス………試作MCナンバーの最初の完成体…そして……全てを破滅へと導く忌み子のアダム………」
抽象的な物言いに、一同はま
すます不審そうに表情を顰める。
「あの子は……カイン
は………ウォーダン=アマデウスと……エヴィデンスの遺伝子を融合させて誕生させた……MCナンバー00のナンバーを持つ…人の闇が生み出した呪われた忌
み子………っ」
言い捨てるように表情を逸ら
すフィリア……だが、それ以上に発せられた内容に大きな衝撃を受けていた。
旧約聖書に登場するアダムの
子……人類最初の罪人………その名を冠する少年………
レイナやリンは、眼を細
め……カムイも驚きを浮かべてはいたが、どこか納得した面持ちであった。既に、心のどこかでその可能性を確信していたのかもしれない。
「エヴィデンス……あのエ
ヴィデンスのことかっ!?」
切羽詰り、到底信じられない
といった表情でムウが咳き込むように問い返す。
エヴィデンスと言えば、知ら
ぬ者の方が少ない……ファーストコーディネイター:ジョージ=グレンが木星探査によって発見…そして持ち帰った未確認の生命体の痕跡を示す生物の化石……
コーディネイターにとってシンボルとでも言うべきものだ。
プラントで実際に何度もエ
ヴィデンス01の化石を見たアスランやラクス、リーラも二の句が次げない程、絶句している。
あのエヴィデンスの遺伝子を
融合させた存在……だが、そこで根本的な問題にぶつかった。
「ですが、エヴィデンス01
は化石で発見されたのですよ……何故、遺伝子情報などが……」
腑に落ちないといった表情で
ラクスが眉を寄せる。
木星から地球に持ち帰られた
エヴィデンス01の化石は、そのまま当時開発が進められていたL5コロニー群…つまりはプラントの中枢都市:アプリリウスに貯蔵され、そのままシンボルと
なった。
だが、詳しい調査を開始する
前にジョージ=グレンが暗殺され、それらの研究は活動停止を余儀なくされた。あれから、エヴィデンス01の生体調査が再開されたという話は父であり、最高
評議会議長でもあったシーゲルからも聞いた覚えがない。
「ジョージ=グレンが持ち
帰ったエヴィデンスは……あの化石だけではなかったということです」
ポツリと呟いたフィリアの言
葉に、一同はまた首を傾げる。
「ジョージ=グレンは、木星
で二つの発見をしました……一つは、木星の地表から発見したエヴィデンス01の化石……そして、もう一つは……木星の衛星軌道上で漂っていた…エヴィデン
スと呼ばれる生命体の死骸………」
次なる扉が開かれる……告げ
られた内容に、レイナやリンも眉を顰め、息を呑む。
木星探査船で木星を訪れた
ジョージ=グレンは、エヴィデンスの化石を木星の地表から…そして、死骸を衛星軌道上で漂うのを発見したのだ。
その二つの発見は、ジョージ
=グレン本人にも衝撃的なことであったのだろう……化石と死骸……彼はこの二つを同時に公表するのはまだ時期ではないと考え、化石のみを帰還時に公表し…
死骸を厳重に冷凍保存させ、極秘裏に研究を行うようにメンデルへと送った。
そこで、その死骸の研究を
行っていた者達はエヴィデンスと呼ばれる生命体の生態を知ることになった。
恐らく、この生命体はこの太
陽系が生成された数十億年以上前……まだ、太陽系には地球を含めた惑星すらなく、ガスとチリだけが漂う言わば生命の素となる灼熱の海を形成し、そのなかか
ら誕生した生命体ではないかという仮設が立てられた。
「原始太陽系内に誕生した最
初の生命……それが、エヴィデンスと私達が呼ぶ生命体であったというのが、彼らの仮設でした。さらに驚いたことに、その死骸から検出された遺伝子情報に
あった染色体は、彼らには一対しか存在していなかった」
「一対……っ?」
その事実にレイナは疑念を憶
えずにはいられない。遺伝子のなかに存在する染色体とは、いわば生命を形成する核……だが、それが一対というのは明らかに異常だ。
人ですら、数十対という染色
体を内に抱えて形成されている……他の生物でも同じだ。
「そう……これは、生物とし
ての進化形ではなく、エヴィデンスは既に誕生した時からあの形で完成していたのよ」
進化の過程を経て今に至る生
命体の遺伝子には、必ず進化の過程で抱えてきた無駄が生じる。だが、エヴィデンスにはその無駄な遺伝子情報が最初から存在していなかった。
これは、恐らく原始太陽系内
が変化のないほぼ安定した環境を常に継続していたために、そのなかから誕生した彼らには進化・適応する必要がなかったのだ。いわば、原始太陽系の環境が偶
然に生んだ突然変異の究極の生命体………
だが、それも刻を経て、太陽
系内が冷え…ガスとチリが惑星を形成し始め、その急激な変化に長きに渡って変化しなかったエヴィデンス達は適応できず、滅びてしまったのだろう。
「恐らく、ジョージ=グレン
が発見した化石は、木星の惑星を形成した構成物質のなかに、エヴィデンスの死骸が取り込まれてしまったから、化石と化したのでしょう」
完成した灼熱の岩塊が冷
え……取り込まれたエヴィデンスの死骸を圧迫し、化石と化した。
だが、宇宙という真空の空間
を漂っていた死骸は、半ば半永久冷凍状態に陥り、それが木星の衛星のように安定した軌道にのり、それが長き刻を漂っていたのだろう。
当然、研究者達はこの学説を
発表する時期を見極めるまでは公表を控えたが……だが、生物学においても秀でていたウォーダンはその研究の意見交換に呼ばれ、それを知り、密かに死骸の一
部を自らのラボへと持ち込んだ。
染色体を一対しか持たない生
物としての完成形と、自らの遺伝子を融合させ……それによって誕生した胎児を自ら確立させた遺伝子変革を用い……新人類…ニュータイプをこの世に誕生させ
ようとした……自らの遺伝子と理論を次ぐ…優秀な後継者を………
幾度も失敗を重ねた……遺伝
子融合による片方の細胞の崩壊…融合後の時間差崩壊、誕生時における自我崩壊や肉体変異……多くの失敗を経て……そして誕生したのが……MCナンバー00
というナンバーと真紅の瞳を持つ少年……カイン=アマデウスであった。
カインはまさにジョージ=グ
レンさえも凌ぐほどの能力を示した……だが………
「カインは……あの子は、
狂って…いえ……最初から、あの子には破滅が運命づけられていた………」
そう……エヴィデンスの遺伝
子を融合した結果…進化した肉体と脳を持った少年…だが、その思考には最初から闇が漂っていた。
カインは人間を知り…そし
て……人間を…全てを滅ぼそうという意志に徐々に傾いていった……コーディネイターとエヴィデンスという、ともに無駄な遺伝子を持たない両者の遺伝子の不
適合による意思の混乱か……それとも…融合させたエヴィデンスの意志なのかは解からなかった。ただ解かっていたのは、カインはもはやウォーダンにも…そし
て、フィリアにももう制御できる存在ではなくなりかけていたということだ。
その名の由来通り……まさに
全てを滅ぼす破滅の子と変わった………
ウォーダンはカインの存在に
恐怖したのか…それとも、失敗作と認めたくはなかったのか……カインを処分しようとはせず、その身をコールドスリープにかけた。いつか、その存在を自ら操
作できるまで……もしくは、眠りに就かせることで内に抱える恐怖を抑え込んだのかもしれない。