「独り……冷たい闇の中へ捨 てられた…か」

独りごちるようにレイナは囁 く。

「ウォーダン博士は、一度エ ヴィデンスの遺伝子を活用することを諦め……次は、ナチュラルの胎児を使っての実験に踏み切りました」

流石のウォーダンもカインの 暴走に勇み足を止めたのだろう……エヴィデンスの遺伝子を融合させる手段を一度は思い止まり、次は再び元の胎児を使っての実験を行った。

そして…その結果……肉体的 にはイレギュラーが少ない被験体が完成した。

「MCナンバー01…個体 名、アディン……だったかな…確か、壱を意味する名だ」

補足するようにリンが呟 く……カインについては知りえなかった部分は多いが…それでもリンは多少は知りえている。自身の出生と意味も………フィリアは頷く。

だが……アディンと名づけら れ、誕生した少年は身体能力においては確かにイレギュラーは少なかった。だが、その代償として極端に自我が不安定であった。記憶混乱や欠如、情緒不安定な ど、とてもではないが、ウォーダンにとっては認められない結果であった。

ウォーダンは焦りを抱い た……このままでは、自分の理論が決して成り立たないと……ユーレンに劣るわけにはいかないと……

「そして……ウォーダン博士 は、もう一度……エヴィデンスの遺伝子の融合を試みました。今度は…自身の遺伝子ではなく……別の存在を………そう…頓挫したカインの対……アダムに対し てのイヴを生み出そうとした………」

言葉を聞き入りながら、レイ ナの鼓動が激しくなる……小さな不安と葛藤………それらが胸を締め付けるが、それを抑え込み、耳を向ける。

「……ヴィア=ヒビキと…… エヴィデンスの遺伝子を融合させて誕生させた…MCナンバー02………REI……」

フィリアの視線がレイナに向 けられ……弾かれたように、一斉にレイナに視線が向き…そして、その意図するものを理解した瞬間、誰もが一際大きな衝撃を受けた。

その視線を受け止めなが ら……レイナは一瞬瞑目し……やがて静かに呟いた。

「そう……私が…そのMCナ ンバー02というナンバーをもつ被験体………」

エヴィデンスという生命体の 遺伝子を内に持ち……身体細胞の約3割近くをナノマシンによって分子分解、再構築された身体を持つ……人にして、人にあらざる存在………呪われた忌み 子………

コーディネイターの遺伝子を 用いて誕生したカインの遺伝子構造には、かなりの負荷があった。一対の染色体の遺伝子と無駄を排除した遺伝子…ともに、どちらもが余分なスペースを持た ず、両者の遺伝子を受け入れることができなかった。言わば、2杯のコップの水を1.5杯のコップに注ぐようなものだ。だからこそ、遺伝子的に受け入れる余 裕のあるナチュラルの遺伝子を用いることで、その問題をクリアした。

だからこそ……レイナは… 02というナンバーを与えられた少女は成功作であり、ウォーダンにとって最高の被験体であったのだろう。

自嘲するような笑みを浮か べ、肩を竦める……だが、誰もが驚きに眼を見張って声が出ない。特に、キラとカガリの衝撃が大きい……

(そ、それじゃ……レイナ は…僕と…カガリの………)

(レ、レイナが……私とキラ の………)

二人は共に同じ考えを内に浮 かばせる………レイナは………自分達の………母親の遺伝子を持った………母親のクローンであると同時に…姉に近い存在であることを………

キラとカガリの衝撃に、フィ リアは沈痛に表情を顰める……時間の流れが解からなくなるぐらい…呆然となる。

やがて、我に返ったラクス が、やや戸惑うようにフィリアに向き直る。

「ホ、ホントなのです かっ?」

思わず声が上擦る……それも 仕方がないといえばそうだろう。

レイナが、キラやカガリの母 親の遺伝子を持つなどと……あまりに現実離れ過ぎてて、実感が無い。

だが、それを否定するよう に……フィリアは首を振る。

「レイ…ナ………」

半ば、掠れるような声で言葉 を掛けるキラ……だが、レイナは別にその事実に悲観しているようには見えない。

悲観したところで、どうにも ならないからだ……もう、今ここに自分が存在する以上、結果でしかない。

一度、息を吐き出すと……も う一つ、疑問に思ったことを口に出す。

「何故……何故、ヴィア=ヒ ビキの遺伝子を使って私を造ったの?」

感情のこもっていないような 無機質な声……その気配に呑まれるように周囲は息を呑み、言葉を噤む。

何故……わざわざヴィア=ヒ ビキの遺伝子を使って再挑戦しようとしたのか…それだけが腑に落ちなかった。

問い掛けられたフィリアは、 躊躇うように言葉を呑み込む。だが、レイナの視線を向けられ……やがて、決意したように真っ直ぐに見やる。

「それは……ウォーダン博 士…いえ、ウォーダンは……ヴィアを愛していたからなのよ」

その言葉に、レイナは眼が顰 まり……キラ達はやや思考が混乱する。

「私見だけど……彼はヴィア を…ずっと好いていた……でも、ヴィアはユーレンを選んだ……それが、ウォーダンには赦せなかったのかもしれない」

切なげに漏らすフィリア…… カレッジ時代から密かに感じていた……ウォーダンがヴィアを想っていたことを……だが、そのヴィアはユーレンを……よりにもよって、自らのライバルとでも いうべき相手に奪われた。

それがウォーダンには、計り 知れない苦痛と絶望を味あわせ……彼を狂気へと走らせる一端にもなったかもしれない。

だからこそ……ユーレンに対 する当てつけもあったのだろう。

ヴィア=ヒビキの遺伝子とエ ヴィデンスの遺伝子を融合させ……そして、遺伝子変革を施して誕生した生命体……MCナンバー02のナンバーを持つ少女………それが、レイナ=クズハと名 乗る存在だった。

「ウォーダン博士は、あわよ くば…レイナにカインの制御が可能かもしれないと考えた……アダムを制御し…後の新たな人類の祖とするためのイヴを………」

そう……ウォーダンは、自身 が得られなかった愛しい者を……自らのクローンとその愛しい者のクローンに行わせることで自己満足しようとした。

ただ、自らの欲のために…… ヴィア=ヒビキの遺伝子を使い、レイナを生み出した……

アダムとイヴ……新たな人類 の祖とし………自らの優秀さと正しさを証明するために……

フィリアの口から語られた内 容に、誰もが眼を剥くなか……レイナは、眼を伏せ…落ち着いた素振りで黙り込む。

内容は、既にルンから聞いた 内容の補足程度だから……さして、そこまで取り乱しはなかった。だが、それでも心の奥底では平静とはしていられない……

「ん……ちょ、ちょっと待っ てくれ! じゃあ、リンは……リンは何なんだ!?」

何かに気づいたアスラン声を 張り上げる。

「その…彼女が……今、貴方 の言った存在だとしたら………リンは、何なんですか?」

やや躊躇いがちに、言葉を濁 しながらも問い返すアスランに、皆はようやくハッとしたように疑問に気づいた。

レイナが、そうやって生み出 された存在なら……彼女の妹と名乗るリンは何者なのだという疑問………

「そ、それは……」

ここに来て、フィリアは言葉 を尻込みさせる……だが、そんなフィリアに対し、意外な助けが入った。

「それは私から説明す る……」

口を挟んだのは……リン本人 であった。フィリアは驚いて…そして、傷ましげに見やるが……リンは首を振る。

「私は構わない…それに、こ のまま黙っていてもすっきりしないでしょう……なら、私の口から直接話す」

そう、確固たる決意を漂わせ ながら……リンは一度、レイナを見やると………そのまま一瞬瞑目し、息継ぎをしてから眼を開いた。

「私は……正確には、姉さ ん…レイナ=クズハの妹という存在じゃない………」

その言葉に、キラやアスラン 達は怪訝そうに息を呑む。

「私のこの顔……瓜二つ過ぎ ないと思わないか?」

自身の顔をなぞりながら…… そう問い掛けるリンに、一同は改めて思った。確かに……髪の色を除けば、レイナとリンの顔はあまりに瓜二つ過ぎる。双子以上に…いや、まるでコピーでもし たような程、顔が同じなのだ。

そして……ムウがある可能性 に思い至った。

「ま、まさか……」

震えるような声を絞り出 す……脳裏に、父のクローンであった男の顔が過ぎる………

そんなムウの考えに、ご名答 とばかりに自嘲めいた笑みを浮かべ、苦笑した。

「そう……私は………MCナ ンバー02…つまりは、レイナ=クズハのオルタナティブとして……成功した02のクローン体の試作として生み出された………」

脳裏に……過去の情景が過ぎ る。

レイナは……MCナンバー 02は、ウォーダンにとって最高といっていい被験体であった。

そして……ウォーダンは、 02のクローン計画を進めた。ユーレンとともに取り組んだアル=ダ=フラガでのクローンのテロメア欠陥の不備を補うために……クローニングした遺伝子細胞 に、ナノマシンを投与した……ナノマシンが分子レベルで分解…遺伝子を成すテロメアと融合し、それによってテロメアの欠陥を人為的に補おうとした。

だが、それはあまりに無謀と いえば無謀な試みであった。下手をすれば、ナノマシンによってテロメアどころか、遺伝子そのものを変更させられ、最悪遺伝子の崩壊という可能性すらはらん でいたが、神の悪戯か…それとも悪魔が微笑んだのか……試みは成功した……テロメアの欠陥を持たない、完全なクローン生命体の誕生………まったくの奇跡と しか形容できない確立の成功だった。

実験は成功し……誕生した試 作クローン・ファーストが…MCナンバー03…RUIと名づけられた被験体だった。

「私達の名前の意味……解か るか?」

唐突に問い掛けるリン…… REI、RUI………それは、ウォーダンが名づけた。

 

―――――REI……零…… 全てを無に帰し………祖まりとなる者………

―――――RUI…… RUIN…破滅という意味を冠し、全てを排除する02の剣となる者………

 

それが、レイナとリンに与え られた名だった。

リンはレイナを護るための剣 であり、盾……オリジナルを護るための代用品……故に、オルタナティブというコードネームが与えられた。

なんとも皮肉めいた言い方だ が……そんな自分の役割にリンは疑問を持たなかった。

それが、自身の存在理由なの だから……それに逆らおうなどという考えはなかった。

「だけど……私と姉さん…い や……私達に自我を与えてくれた人がいた………」

過去に思いを馳せ……やや懐 かしむような苦笑を浮かべる。

レイナはキラとカガリを見や り……その人物の名を口に出した。

「ヴィア=ヒビキ……私達の 遺伝子を提供した人物………彼女が、私達を育ててくれた」

ここに来るまでに何度も見た 記憶の夢……ヴィアが自分達を本当の娘のように愛そうとしてくれた記憶………

レイナとリン…レイとルイに は、感情がなかった………そうやって、自我を持つことにウォーダンはカインの失敗を繰り返すまいと、決して感情を持たせるようなことはしなかった。

感情を持たせないために…… ウォーダンはレイとルイにありとあらゆる知識と訓練を課した。自身の知りえる工学知識や学術…そして、体術や銃器の扱い……戦術分野など、多種に渡って課 し、レイとルイは疑問を抱くことなくそれらを吸収し、自身のものへとしていった。

そうしなければ…生きていけ なかったからだ………たとえ、自我が薄くとも…遺伝子の根源に秘められた生命の本能が彼女達を突き動かし、彼女らは失敗作として破棄されたきょうだい達を 相手に自らを高めるため殺し合った……血で血を洗う日々に明け暮れた………

レイナは、半ば遠い過去のよ うに微かに過ぎる記憶に自身の手を見詰める……少しずつ思い出す記憶……そのなかで、自分は無表情にきょうだいだったものを殺した………

血で染まる手に……自分はな にも感じなかった………殺らなければ…殺られる………そう…教えられていたのだから…………

そこまで聞き、ようやくムウ やマリューはレイナやリンのあの異常なほどの戦闘能力や知識に納得がいった。まさか、そんな物心つく前からありあとあらゆる知識や戦闘訓練を受け…そし て……そのために多くの血で手を汚し、その身に浴びていたという事実に……傷ましい思いが胸を駆け巡る。

キラも……自分以上に過酷な 運命を定められ……そして、血まみれで生きるレイナとリンに驚愕し…また、傷ましい思いだった。

「で、でも…どうして……そ の、わ、私達の………母親が…………」

戸惑い、言い馴れない呼び方 にカガリの声が上擦る。

「私が……呼んだので す………彼女を……ヴィアを」

口を噤んでいたフィリアが呟 く…………フィリアは、徐々に自分のしている事に罪悪感を憶えていった。

こんな事が、本当に未来をつ くることへと繋がるのかと……自問し…気づいた時には、もう手遅れだった。

ウォーダンはもはや自身の欲 を満たすためだけに……自己満足のためだけにMCナンバーの子供を機械に…人ではなく道具として扱った。それが、フィリアにはもう耐えられなくなったの だ……自分が奪ってしまった命の重さに………フィリアは押し潰されそうになった。

だからこそ、ウォーダンが4 人目であるカムイを誕生させた時……もうプロジェクトを中止しようと直訴した。だが、ウォーダンは決して聞き入れなかった……逆に、愚か者とフィリアを 罵った。

だが、フィリアにはもう逃げ 出せなかった……逃げたところで、自身の罪が消えるわけでもない……フィリアは残り…そして、せめて生きているレイナ達4人だけでも人として育てようとし た。そのために……自らの罪を悔いるために、ヴィアを呼んだ……双子の赤ん坊のうち、一人を夫の実験に奪われ……しかも、ブルーコスモスの影が見え始めて いたために双子を手放さなければならず、失意の中にあった彼女を………だが、それでもだった。

たとえ罵られようとも…… ヴィアにだけは伝えておきたかったのだ。

そして……ヴィアを呼んだ フィリアは全てを彼女に打ち明けた。自分達が行った実験の数々……犠牲になった命………ヴィアの遺伝子を用いて誕生した最高の被験体……自らの罪を………

「でも……ヴィアは…彼女 は……私を責めなかった」

全てを話し終えたフィリア に……ヴィアは優しく微笑んだ………そして…辛かったと……決して、彼女を責めようとはしなかった……それが、フィリアには辛かった。

さらには、ヴィアはレイとル イのためにと自ら世話を買って出た。ヴィア自身にもやはり、寂しさがあったのであろう。

自分の子供達を手放さなけれ ばならなくなり……そして、夫がブルーコスモスのテロで死亡したと聞き、たとえ夫婦の関係は冷めていたとしても、愛した夫の死は彼女の心に深い陰を落とし ていた。

だが、ウォーダンのやり方が ユーレンと重なり、彼女はウォーダンに批判をぶつけた。

フィリアも、その口論を聞い ていた。

 

 

――――もう、あの子達をこ れ以上苦しませるのはやめてっ

――――なにを言う? ヴィ ア…私はユーレンなどとは違う……私は、この世に神の子を生み出した。

――――そのために、多くの 命を犠牲にして……命は、生まれいずるものですっ…造り出すものではないっ……

――――いや……今はもう、 造り出す時代なのだ………命さえもな……

――――貴方も…ユーレンと 同じです………そうやって、多くの命を弄んで……その代わりに得たものはなんですかっ! 喪われ…造り出されて呪われた命と……それによって得られたもの は決して等価値じゃない………っ

 

 

ユーレンの狂行を止められな かったヴィアには、同じような研究を行うウォーダンを止めなければならなかったのだろう。

ヴィアの言ったように……実 験で犠牲になった命……その果てに造られ…呪われた運命を背負った命……それだけの愚行を繰り返しながら得たものは…いったい何だったのだ……

なにもない……そんなもの が、吊りあうはずがない。

だが、ヴィアの説得も虚しく 響くだけであった……結局、ウォーダンは聞き入れようとはしなかった。だからこそ、ヴィアはフィリアとともにせめて4人を人として接しようと決めたの だ……それが、ウォーダンに対するせめてもの反抗とでもいうように………

「私は、カムイと…アディン の……ヴィアは、レイとルイ……貴方達二人を……彼女は、貴方達二人を本当の娘のように愛してくれた」

フィリアはアディン…そして カムイに優しく接し……ウォーダンの提示する知識などを教えた。人としての心を…自我を持ってほしいために……まだ、誕生してから数年の時しか経っていな かったカムイは誰よりも早く自我の発露があった。

昔を思い出したのか…カムイ は眼を伏せる。彼にとって、フィリアは母親でもある存在だ。

たとえ、それが懺悔の行いだ としても……

そして、ヴィアはレイとルイ を……自分の遺伝子を持つクローンとでも言うべき存在とそのオルタナティブである存在の二人を……本当の娘のように接した。

愛せなかった子供達の分ま で…そういう後ろめたい思いもあったのかもしれない。

レイナとリンの脳裏に…… ヴィアとの記憶が過ぎる。

 

 

―――自分達の微笑み…そし て優しく抱き締めてくれた………

―――泣ける…と……人だか ら、泣けるのだと教えてくれた………

―――全てを受け入れて…… 自分の意思で生きなさいと言ってくれた………

 

 

(運命を受け入れて…そし て、生きていけ……確か、そう言ったのよね…………)

ペンダントを握り締めなが ら、レイナは過去に逡巡する。

自分には…彼女との直接的な 記憶がない……知っているだけだ………彼女の内の…レイという存在が経験したことを……

場が静まり返り……全員、衝 撃に言葉を失い、思考が回らない。眼前に立つ少女達の過酷な運命の呪縛……血塗られた生………どう、言葉を掛けていいかも解からない。

だが、それに対しレイナは苦 笑を浮かべて肩を竦める。

「前にも言ったはずよ……私 は…別に同情はしてほしくない………私がここにいる以上は、もう全ては過去でしかない……今さら、どう言ってもそれが変わるわけじゃない」

自身の出生と運命に戸惑った のは確かだ…だが、既にもう起こったことは決して変えることはできない。否定することもしない……そうやって、戦うことでしか生きれなかった自分に は………

「それよりも……訊きたいこ とはまだある……あいつらは…ルンと名乗った、彼らは何者なの?」

そう……自分の出生の裏付け は取れた。だが、ここまできて未だ解からないのはメンデルで邂逅した4人……

「ルン…そして、ナンバー 05と名乗っていた……それに……あいつも…私と同じ…オルタナティブだな?」

リンもまた、脳裏にあの4人 の姿を…そして、自分やレイナと同じ顔を持つルンの顔を思い浮かべる。

彼女の顔と吐き捨てた言葉か ら…おぼろげながら相手のことは掴めたが……だが、それでも腑に落ちなかった。

「どういうことだ?」

訳が解からないといった様子 で問い掛けるムウに、レイナは自分達がメンデルへと突入してからのいきさつを話した。

ゲイルのパイロット…ウォル フに誘われてメンデルのウォーダン=アマデウスの研究施設跡を発見、誘われ……そこで自分達の出生の一部を垣間見たこと。

そこで自分達と同じナンバー を持つ見知らぬ4人に襲われたことを……

唖然となる一同を横に…レイ ナとリン、そしてカムイは再度フィリアに視線を向ける。

「彼らが言ったとおりで す……でも、私も、彼らのことは詳しくは解からない………」

表情を顰め、やや戸惑いがち に首を振る。

ルン達……MCナンバー05 から08までの存在を知ったのは、あの事件の少し前だった。

レイとルイ…そして、アディ ンとカムイがようやく自我の片鱗を見せ始めた頃………フィリアはウォーダンに呼ばれ…久しぶりに会ったウォーダンは、フィリアを侮蔑するように鼻を鳴らし た後、カプセル内に浮遊する4人を見た。

それを見た瞬間、フィリアは 絶句した……驚きに硬直するフィリアに向かって、ウォーダンは囁いた。

これが、私の新たな傑作だ と……感情などを持たぬ、最高のMCナンバーだと。

「ウォーダン博士は、貴方達 の自我が確立していくのを嫌い……私達を引き離そうとしても、研究を知る私達を追い出すわけにはいかなかった」

それが、フィリアやヴィアに 行動を踏み切らせる要因にもなった。確かに、今さら逃げるわけにはいかなかったが、疎ましく思っていてもウォーダンは二人を追い出すことはできなかった。 重大な研究の一端を担っていた人物をおいそれと外へ出せば、それだけで外に勘付かれる恐れがあった。ただでさえ、ブルーコスモスの眼が厳しかっただけに、 実行できず、また殺すのも根は小心者であったウォーダンには難しかった。

だからこそ……MCナンバー に感情を与えようとはしなかったのかもしれない………だが、そのMCナンバー達が自我を確立させつつあるのは彼にとって好ましくない現状だった。

その独白を聞きながら、ムウ は思った。そのウォーダンという男も、自分の父と同じだと……ただ、自分の思い通りに動く後継者が欲しかったのだと、内心で鼻を鳴らす。

「あくまで可能性だけど…… ウォーダン博士は貴方達に見切りをつけ……新たなMCナンバーの誕生に密かに着手した……そして、恐らく…05は……貴方と同じ存在のはずよ」

リンを見やりながら、フィリ アが呟くと……納得した面持ちでリンは黙り込む。

ウォーダンは密かに数人の研 究員とともに新たなMCナンバーの開発に着手した……今度こそ、決して感情などを持たない最高の被験体とするために。

だが、時間が推していたのも 事実であった……ブルーコスモスが近々、メンデルを襲撃するという情報を掴み、新たな被験体4体とナンバー00のカインの保存カプセル、そして研究資料を 持ってメンデルからプラント内へと逃亡する手はずを同時に整えつつあった。

そのために、エヴィデンスの 遺伝子を用いた被験体の誕生は一旦諦め、03であるルイと同じく試作クローン・セカンド体の開発に着手した。

03で得たデータとノウハウ を基に、より安定したクローニングが可能となり……ほぼオリジナルと同じ構成遺伝子を再現することに成功した。

そして、個体名にルイに名づ けた『RUIN』の意味をもじり、ルンと呼称した。

同時に残りの3体にも手に入 れた遺伝子から卵子と精子を試験官のなかで受精させ、胎児とすることで遺伝子操作を施した。

その結果誕生したのが、MC ナンバー05から08までのナンバーを持つ子供達であった。

ウォーダンはさらに、その子 供達の遺伝子に成長促進のプラグラム因子を組み込んだナノマシンを注入し…カプセルのなかで睡眠学習を取らせると同時に成長を早めていった。

それを聞きながら、レイナは 忌々しそうに舌打ちする。

フィリアがカムイにこの事を 伝えていなかったのも、フィリア自身にもはっきりとしない出来事であったこともあるが、それ以上にフィリアは彼らについて知りえていることは少ないのだ。

「そして……6年前………ア レが起こった…………」

眼を伏せ……悔しそうに…そ して苦い表情で呟くフィリアは苦悶を浮かべ……眼を逸らした。

6年前……レイやルイ達がよ うやく自分の意思というものを持ち始めていた頃……研究所がブルーコスモスの襲撃を受けた。

「メンデル内部でも極一部の 人間とGARM R&Dの上層部しか知らなかったはずのウォーダン博士の研究所がブルーコスモスと名乗った武装集団に襲撃された」

「それを率いていたのは…… ウォルフ=アスカロト…」

フィリアの言葉をこれまで ずっと黙認していたダイテツが紡ぎ……その名にレイナが驚愕する。

「ウォルフ…あいつは、何な の? 何故、あいつは私達のことを知っていた…しかも、あの4人と一緒にいた……どういうことっ?」

内に抱える疑問……ウォルフ は何故、あそこまで自分達の出生に詳しいのだ……いや、それ以上にいったい、何者なのか………

レイナの問い掛けに…ダイテ ツは一瞬、言葉を呑み込み……キラとカガリを見やる。

視線を向けられた二人は怪訝 そうに首を傾げる。

その顔を見ながら……ダイテ ツは告げていいべきか迷う………その意図をキラは察した。

「僕は大丈夫です……もう、 なにを聞いても……」

キラが自身を振り絞るように 声を出す……恐らく、これからダイテツが話そうとしている内容は、自分達に関わりがあるのであろう。だからこそ、言い淀んでいるのだ。無論、ショックを受 けることかもしれない…だが、ここまで聞いた以上、知れることは全て知りたいというのがキラの心持ちであった。

「わ、私も大丈夫だっ」

やや強がるように言い放つカ ガリ……流石のカガリもダイテツの気遣いを察したが、それでも直情からか、やはりはっきりさせておきたいことははっきりさせておきたいのだ。

キラとカガリの決意を垣間見 たダイテツは重く頷き……そして言葉を発した。

「詳しくは私も、フィリア君 も知らないが……あの男……ウォルフ=アスカロトと名乗る男は……ウォーダン=アマデウスが、ユーレン=ヒビキの遺伝子から造り出した、戦闘強化人間なの だ」

ダイテツが語った内容に…… 一同が眼を驚愕させる。レイナやリンでさえも眉を顰めている。

「フィリア君から聞いた話だ が……どうやら、アマデウスはブルーコスモス傘下の強化施設に過去に幾度かデータを盗用し、対コーディネイター用の強化人間のプロジェクトにも少し関わり があったらしい」

カレッジ時代……ウォーダン はブルーコスモス傘下の強化兵実験施設からデータを盗用し、ナチュラルの薬物・肉体強化の実験データを研究に用いていた。

その研究過程で、ウォーダン はMCナンバーを造り出す素体として、最初にデータ収集用にナチュラルの強化クローン作成に着手した。

その事実を、フィリアはMC ナンバー着手前にデータとして眼を通していたのだ。

それがウォルフであると結び つくのには、かなりの時間が掛かった。

当時のブルーコスモス内部で もコーディネイター暗殺や被験体となる子供の誘拐などを行っていたウォルフのデータとウォーダンから渡されたクローンの容姿がほぼ一致したのだ。

恐らく…強化試験体にユーレ ンの遺伝子を用いたのは、個人的理由もあったのだろう……クローン製造したユーレンのクローン体に対し、ウォーダンは過剰ともいえる肉体強化と薬物投与に よって耐性や効果、影響などのデータを収集した。そして……データを取り終えると、ウォーダンはもう用済みとばかりにクローンを捨てた。

名すら与えず…ただ、実験の ために造り出された存在……その後、どういう経緯でレイナ達のことを知ったかは解からないが、傭兵となり…ウォルフと名乗り、ただ殺戮のためだけに生きる ことを選択した。

「奴と同じ…か」

ムウが沈痛な面持ちで呟 く……クルーゼと同じだ。ただの道具として身勝手に造り出され…そして捨てられた。狂気や殺戮に身を委ねるしか、生きる目的を……捌け口を得られなかった のだ。

レイナは黙り込んだまま、表 情を顰めている……ウォルフの出生がどうであれ…敵となっている以上は、倒すだけだ。恐らく、ウォルフもそう考えている……殺すか殺されるか…そんな命の やり取りこそが、ウォルフにとっての快楽であり、生き甲斐である以上は、決して野放しにはできない。

「成る程……手引きをしたの は、そのウォルフとかいう男で……裏で糸を引いていたのが……その4人か」

フィリアとダイテツの内容を 纏め、リンが呟く。

ウォーダンによって造り出さ れた4人の被験体……どんな経緯があったかは知らないが、創造主に叛旗を翻し…そして、全てを抹消しようとしたのだ。

「ええ……襲撃は、あまりに 突然だった。いえ…そもそも、安全と慢心していたせいもあるかもしれない」

唇を噛む……突然の襲撃…… 研究所に乱入してきたブルーコスモス達が銃を乱射し、その場にいた研究員や被験体の子供達を次々と射殺していった。

炎が舞い、研究所は阿鼻叫喚 の地獄絵図に変わるのに時間はさして掛からなかった。

「私は、その襲撃に乗じて… ヴィアと一緒に貴方達4人を連れて研究所から脱出しようとした……でも、包囲網から抜け出せたのは、私と……助け出せたのは、カムイ君と…シルフィだけ だった」

「あいつが……っ?」

カガリが驚きに声を上げる。 アスハ家の人間として、カガリもストラウス家に養女として入ったシルフィのことをよく知っている。だが、まさか彼女がそんなメンデルにいた被験体だとは知 らなかった。

フィリアはコクリと頷き、辛 そうに表情を歪める。

爆発のなかに、アディンを見 失い……そして、ヴィアは結局見つからなかった。

「ヴィアは結局、混乱で見つ けられず……貴方達二人も、行方不明だった………」

ヴィアと、一緒にいたはずの レイとルイの所在は結局掴めず…フィリアは失意のまま、なんとかメンデルを脱出し、ヴィアのツテでオーブへと逃れた。

その後、なんとかメンデルの ことを探ろうとしたが……それから暫くの後、メンデルはバイオハザードという事故を理由にX線洗浄…無人となり閉鎖された。

アディンのことは愚か、ヴィ アやレイ、ルイの生存すら確かめられないまま……フィリアは、ただ自分だけがおめおめと生き残ってしまったことを悔やんだ。

「死ぬのなら…私の方がよ かったのに………ヴィアは…彼女は、私が巻き込んでしまったのに……」

やるせない表情で、涙を眼に 浮かべる……死を…罰を受けるのなら、自分のはずだ。なのに……ヴィアが犠牲になり…被虐めいた考えを浮かべるフィリアにカムイが声を掛ける。

「そんなに…自分を責めない でください、フィリアさん。少なくとも…貴方がいてくれたから、僕と…シルフィは助かったんです」

「カムイ君の言うとおりだ… それに、君がオーブに逃げ延びてくれたからこそ、わしやキョウはこうして、ここに居られる」

カムイとダイテツの励まし に……少しは落ち着いたのか、フィリアは眼元に浮かぶ涙を拭う。

オーブに逃れて後…フィリア はその後、半ば喪失状態であった。だが、自分が生き延びてしまったことをせめての罪滅ぼしとカムイを引き取り…シルフィをストラウス家へと頼んだ。

「それから……私はずっと オーブに留まりながら、貴方達…他のMCナンバーの子供達の行方を追った」

メンデルに立ち入ることはも はや叶わず……フィリアは様々な情報網から探りを入れ、なんとか01であったアディンの行方は掴めた。

MCナンバー01であったア ディンは、ブルーコスモスの管理下の研究所へと搬送されたという情報だったが、肝心のその研究所の場所が解からなかった。

そして、フィリアはメンデル での襲撃に疑問を感じ始めたのもこの頃だった。あまりに手際がよすぎるのが気に掛かった。いくら手引きがあったとはいえ、ウォルフはウォーダンの研究所の 詳しい場所を知らないはずであった。それに、ブルーコスモスが何故アディンを連れ去ったのか…それが気に掛かった。

その時に考えついたのが…… 襲撃の少し前に見た4人の見知らぬMCナンバー……カプセルの向こう側で、フィリアは見たのだ……歪んだ笑みを浮かべる05の少女を………

「私は、おぼろげながら感じ ていた……あの襲撃は、彼らが仕組んだのではないかと………もし、それが事実だとしたら……それは、大きな脅威になる」

自分達が生み出してしまった 闇の忌み子達……ただ、人のあくなきエゴの果てに生み出された自らの生………それらを内に秘め、全てに破滅を齎す………

フィリアは、それを薄々感じ 取っていた……だからこそ、せめてもの対抗策としてオーブにて防衛用MSの開発に協力した。

「そして……レイナ…リ ン………MCナンバー02、03である貴方達二人の行方は、ずっと謎だった………」

レイナとリンは、表情を顰め る。

レイナは、メンデルでの記憶 をはっきりと覚えているわけではない……ただ、気づいた時には、もう自分はBAと呼ばれ、血みどろの戦場を戦い、殺して生きていた。

リンもまた、メンデルから脱 出後……身体に染み込んだ闇を抱えながら…自身の生に苦悩しながら戦い、そしてプラントへと渡った。

「貴方達が、生き延び…そし て、ずっと戦い続けていたという経緯も……貴方達が、宇宙の戦場で出逢ってから、解かったの」

報告を受けた時、フィリアは 驚いた。

名を変え…互いに地球軍とザ フトのパイロットとして……そして、敵として戦っていたという事実に………戦場での最初の邂逅を思い出し、二人は苦笑を浮かべた。

「そうね……だけど…私は、 生き延びる代償として……記憶を…レイとしての記憶を失った……だけど、今思えば……それも運命だったのかもしれない……」

どうやって生き延びられたの かは自分でも解からない…だが、そのために記憶を失い……その結果、BAという狂気の自分と…レイナ=クズハという自分が生まれたのかもしれないと考える と、皮肉なものだと思う。

「まさに、運命めいたものを 感じたわ……この世にたった9人……いえ…貴方達二人の絆が……貴方達を巡りあわせたのかもしれないわね……」

MCナンバーという絆以上 に、互いが互いを感じ取れる相手……決して断ち切れぬ運命をともに背負った二人の少女……運命が、彼女達を呼び寄せ……引き合わせたのだろう。

「私の話は……これで、終わ りです」

肩の荷が下りた……とでも形 容するようにフィリアは息を吐き出し、その場に深く腰掛けた。

話し始めてから、もう既に数 時間以上経っている……あまりの話の内容に、皆は一斉に溜め息をつき、その場で肩を落とす。

それぞれが、今聞かされた内 容を整理し、戸惑い、または逡巡を見せているのだろう。

キラやカガリには、衝撃的な 内容であっただろう……両親のこと…そして、それに関係する全て……戸惑うように視線を上げて、レイナやリンを見やる。

母親の遺伝子を持つ少女と、 そのクローンである少女……言い換えれば、姉といえる立場なのかもしれないが……そう呼ぶには複雑すぎる。それに、その事実を知った以上、どう接すればい いのか解からない。

言葉を掛けあぐねていると、 それに気づいたレイナは顔を二人の方へと向ける。

二人はビクっと身を硬直させ るが……レイナは苦笑を浮かべるように肩を竦めた。

「私のことなど、忘れてくれ て構わない……私は所詮、人にあらざる存在だから……貴方達とは、なんの関係もない………」

言葉には、自分の出生も血の 繋がりも気に留めるな……という意味が込められていた。彼らには、辛すぎる事実である。それに、自分もだからといって、今さら二人に血縁者ぶれということ などできない。

自分は、そもそも人ですらな いのだ……内に流れる血の半分は………闇に生きる忌み子である自分と、二人には背負うべきことでもない。


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