ネェルアークエンジェルの医 務室……シルフィがやや表情を歪ませながら、ベッドに眠る人物を見詰めている。

そこへ、ドアが開き…入室し てきた人物に振り返ると、そこにはフィリアが立っていた。

「あ、フィリアさん……」

「どう、彼女は……?」

フィリアは視線をベッドに眠 る人物、シンが助け…そしてメイアが収容したイージスコマンドのパイロットであったステラが眠っている。

「取り敢えず、怪我の手当て はしたんですけど……」

言い淀みながら、視線を俯か せる……収容時に負っていた外傷は手当てしたのだが、問題はそれ以外であった。

意図を察したフィリアも表情 を顰めて手元のレポートに眼を通す。シルフィが簡単な検査をしたのだが……そこに表示されているデータはとにかく異常だった。

(やっぱり、この子は……そ れに、ブルーコスモスの例のエクステンデッド計画の被験体………)

ヴィアに以前聞いたことがあ る……例の計画の被験体のうち、数人が未だ行方不明。それに、この少女の身体に施されている処置は以前にも一度眼を通したことがある。

逡巡していると、ドアが再び 開き……慌しく入室してくるシン。

「お、お兄ちゃん…まだ動い ちゃ……」

マユの制止を振り切って先の 戦闘で負傷した頭に包帯を巻いたシンが駆け込み、ベッドに駆け寄る。

「ステラ!」

シンが眠るステラに向かって 叫ぶ。

「ちょっと…彼女はま だ……」

シルフィが押し止めようとし た瞬間……シンの叫びに反応し、眠るステラの眉が小さく動き……微かな呻き声を上げて眼元が緩む。

「ん………」

ゆっくりと意識を覚醒さ せ……眼を開くステラはおぼろげな意識のなかで顔を動かすと…それに気づいたシンが顔を覗き込む。

「大丈夫……君………」

不安そうに呼び掛けるシンの 顔を視界に入れた瞬間……夢見心地であったステラの眼がキッと細まる。

刹那、ステラは飛び掛からん ばかりの勢いで起き上がり……そのままシンに突進した。

「うわっ!」

「きゃぁぁっ!」

弾かれたシンとシルフィ…… シルフィは隣に置いてあった用具台にぶつかり、シンは後ろに弾かれ、背中にいたマユを巻き込んで尻餅をつく。

「ううっっ…ぐぅぅぅ!」

ステラはそのままシンの首を 両手で掴み、絞め上げる。

(いけないっ! 錯乱してい る!)

精神が非常に不安定な状態で あり、しかも本能的に攻撃するように仕組まれている。迂闊に手を出せない。

フィリアは急ぎ周囲を見渡し て鎮静剤の入った注射器を探し、それを視界に入れるとすぐさま持ち上げる。

絞め上げるステラに注射しよ うとした瞬間、背後に迫った気配に反応し、ステラは顔を振り向かせると同時にシンを突き飛ばし、フィリアに襲い掛かった。

腕を捕まれ、そのまま壁に強 か打ちつけられる。

「うっ…あっ………」

痛みに呻くフィリアに向かっ て獣のような眼で睨む……だが、次の瞬間…ステラは首筋から衝撃を受け…意識を昏倒させた。

首がカクンとなり、掴んでい たフィリアの腕を離し……そのまま崩れる。

「騒がしいと思って来てみれ ば……何事?」

呆れたような口調で呟きなが ら、レイナはステラを昏倒させた手刀を下ろす。

「大丈夫?」

その後ろでは、リンが咳き込 むシンに手を貸し…シルフィを掴み起こしていた。

その姿に、安堵したのか… フィリアはその場に腰が抜けたように座り込んだ。

 

その後…散乱した医務室を片 づけつつ、ステラを再びベッドに寝かして注意して見詰めながらレイナが尋ねる。

「……で? 聞きそびれてい たけど、なんで連合の兵士を助けたの?」

メンデルでの戦闘後の衝撃と ゴタゴタでレイナ自身も知るのが遅れたが……メンデルでの攻防において、メタトロンとの戦闘で破壊されたイージスコマンドを助け…その後、気を失ったシ ン……メイアのヴァリアブルに救助され、なんとか助かったものの…何故、そうまでして助けようとしたのかが解からなかった。

その問いに対し、シンは気ま ずそうに黙り込む。

「なんていうか……助けなく ちゃって思って………」

ぶっきらぼうに言い放つシ ン……不思議な感覚を共に感じた相手………自分でもよく解からない既視感……だからこそ、あのまま見捨てることができなかった。

シンの返答を聞きながら、レ イナとリンは交互に二人を見やり……

姉さん……この二人、もしかしたらキラ達と同 じ………

リンが小声で囁くと…同じ意 見だったのか、レイナは無言のまま肯定し……確かめるようにフィリアに向き直ると、フィリアは表情を顰めて黙り込む。

だが、それが肯定を意味して いることは察せられた。

「この子……もしかして、連 合…ブルーコスモスの………」

レイナは、もう一つ気になっ ていた疑問を口に出し、フィリアに問い掛けると、フィリアも気まずげながら語り出す。

「ええ……恐らく、エクステ ンデッドと呼称されるブルーコスモスのブーステッド・ヒューマン計画の被験体だと思うわ………」

忌々しげに呟く。

以前、キョウ達を救出した際 に研究所の実験データを治療のために持ち出したことがあった。そのデータに眼を通し、治療を行ったフィリア……その時に確認した被験体に施された肉体改造 や薬物投与による様々な実験の記録………

「さっき、簡単な検査をした んだけど……とにかく、体内にかなりの人工物質が確認できたし、その他の体内物質の数値がかなりの異常値を示しているわ」

差し出された検査ボードを受 け取り…データに眼を通すと、身体から検出された物質のデータや通常の物質の数値データを大きく上回る数字を表示している。

また、本来ではあり得ない物 質が身体のなかに多数確認されている。

遺伝子操作を認めない連合… ブルーコスモスの強化兵計画……エクステンデッド………

(遺伝子操作さえしなければ なにをやっても構わない、か……この計画を、世論に公開したらそれこそ致命的ね……)

コーディネイト技術が発覚し てから、恐らく以前…いや、過去から繰り返されていた人体改造にも拍車が掛かったのだろう。だが、それが明らかに嫌悪するものであるのは火を見るより明ら か……これを公表すれば、それこそ世論は連合を非難するだろう。

(それが一つの手段にはなる か……)

その事実を用いれば、少なく とも連合の弱体化ははかれる。大西洋連邦にしろユーラシア連邦にしろ、そういった計画に少なからず手を染めている。

ましてや、この戦時中のご時 世……戦災孤児などはいて捨てるほど溢れかえっている。そんな孤児を人体実験しているとなれば、それはかっこうの非難の的だろう。

その証拠さえ掴めば、それは 今後の有利なカードになる。

「それで……この子の容態 は?」

「芳しくない……かしらね。 なにしろ、外傷はともかく……それ以外にはどう手をつけていいかまったく解からないの」

連合の情報をこの少女から聞 き出すのも勿論だが、無為に死なせることもできない。

だが、フィリアは顔を顰めて 首を振る。

その答に、シンは思わず反応 し、フィリアに言いかかる。

「どういうことだよっ! あ んた医者なんだろ!!?」

「お兄ちゃん…」

激昂し、責めるように叫ぶシ ンを宥めるようにマユが弱々しい声で制する。だが、シンの勢いは止まらない。挑むような視線にフィリアは表情を沈痛に染め、俯かせる。

「手の施しようがないの よ……どんな薬が投与されているのか、どんな人為的強化を施しているのか……それらの要因が解からないことには、処置の施しようがないのよ」

下手に身体を処置すれば、そ の結果どんな影響を肉体に及ぼすかまったく見当もつかない。そのため、迂闊に手当てもできないのだ。

せめて、投与された薬か実験 のデータでもあれば手の施しようがあるが………

愕然となるシン……その時、 ステラの呻く声が聞こえ、慌てて振り返ると、唇を噛み…苦悶を浮かべて呻くステラの姿が眼に入る。

「うっ……うぅぅ… うぁぁ………いやぁぁ! 死ぬのは、いやぁぁぁ!!」

泣き叫びながら、暴れ出そう とするステラをシンは抑えつけるように覆い被さる。

「ステラ!」

「いやぁぁ! い やぁぁぁ!!」

無意識下に植え付けられた恐 怖に喚くステラを必死に抑え、シンは宥める。

「大丈夫! 大丈夫だか ら!!」

聞こえてもいないはずの 声……だが、それでも抑えられている感覚が伝わったのか、その場で啜り泣き、再び静かに眠りに落ちていく……苦しむステラの手を取り、握り締める……その 様子に身構えていた一同は肩を落とすように溜め息を吐き、傷ましい思いを抱きながらフィリアはレイナ、リン、シルフィを部屋の奥へと促す。

聞かれてはまずい話かと思 い……そのまま部屋の隅で小声で話す。

「それと……あの子だけど、 禁断症状が確認されたわ。恐らく、定期的に薬の投与かなにかしらの処置を施さないと、身体の細胞が崩壊するように仕組まれている」

その言葉に、レイナとリンの 表情が強張る。

「それだけじゃありませ ん……かなり強力な暗示に似た強迫概念を深層意識に植え付けられている可能性もあります」

その言葉に口を噤み、黙り込 む。

「ここじゃ、手の施しようが ないです……せめて、もう少し専門的な機関か、実験データでもないと……このままじゃ、あの人は………」

シルフィが震える手を握り締 め、眼を逸らして震える口調で呟く。

このまま放っておけば、まず 間違いなく禁断症状によって体組織が崩壊していくだろう。治療しようにも投与された薬の成分が解からなければ薬の生成もできない。

せめて、体組織内にある物質 の分析でもできればいいのだが、この艦の設備ではそこまでは不可能であろう。

治療できるとしたら、同じ研 究所か、プラントの医療機関ぐらいだが、どちらも今の自分達の状況では使えるはずもない。

八方塞の現状に、フィリア達 は黙り込み……この事実をどう伝えていいか思い悩む。

レイナも横眼でシンとステラ の様子を見やりながら……思考を巡らせる。

(手は…ないこともないか。 まあ、望は薄いけど……)

この少女を助ける術がないこ ともない……だが、そのためにはある場所へ赴き、ある人物と連絡を取る必要がある。

(マルキオ導師が連絡を取り 付けてくれていることに期待するしかないか……)

プラントを発つ前にマルキオ に依頼したある人物への連絡……あれが繋がったことに賭けよう。

そして、治療設備が整い、な おかつ自分達が使えるものといえば……思いつくのはあそこしかない。

「ないことも……ないけど」

ポツリと呟いたレイナに、リ ンやフィリア達が振り向く。

「実験データと設備……ま あ、あくまで可能性だけどね」

そう付け足すと、レイナは踵 を返して医務室を出ていく……ブリッジに赴き、ある場所へと向かうように具申しなければならない。

それに、今の自分達の現状を 鑑みれば、あそこは身を隠すための拠点としては最適であろう。

そう思案しながらレイナは勇 み足でブリッジに向かって無重力のなかを進んだ。

突然のレイナの行動に残され た一同はポカンと見詰め……リンは独り、その意図を薄々察したのか、軽く肩を竦めると、フィリアに向き直る。

「姉さんの方は任せておい て……ノクターン博士………あの二人も、やはり例のキラと同じ研究の………」

横眼でシンとステラを見や り……囁くように問い掛けると、フィリアは聞こえないように注意を配りながら、小さく頷いた。

「ええ……私も、それ程詳細 を知っているわけじゃないから詳しくは解からないけど……」

キラの誕生の発端……スー パーコーディネイター誕生の研究に関しては、フィリアは関係者ではなく、ヴィアとセシル…そしてウズミから聞かされたぐらいの情報しか知りえないが、彼女 の知る限りにおいてキラ以外に生き延びた被験体の人数とそれに関しての情報は僅かだが知りえている。

「私が知る限り……キラ君以 外に生き延びたと思われる被験体は全部で4人……一人はシルフィ……そして…恐らく、あの二人はシンパシーの被験体だと思うわ」

ヴィアに一度聞かされた話で は、キラを誕生させるまでにいくつかの能力を特化させた遺伝子調整を施した被験体が存在し、その内の数人が施設襲撃から行方不明か逃れたという話であっ た。

そして、その生き残った被験 体は全部で4人……それぞれが、情報処理、戦闘、精神感応の被験体であった。その内の一人が、シルフィであった。

「私は、ヴィアさんに連れら れて、フィリアさんの研究所へと行ったんです」

シルフィが、過去に馳せるよ うに語る。

ブルーコスモスの影が見え始 め、子供達の身を案じたヴィアはキラとカガリ、そして当時の被験体の一人を連れてオーブへと渡り、ウズミに託した。

その後、メンデルへと戻ろう とし、フィリアに呼ばれ、フィリアとヴィアの要請を受けて、残りの被験体の処遇のためにセシルが代わりにユーレンの研究所に赴き、ヴィアがフィリア達のも とを訪れた時にブルーコスモスの襲撃か起きた。

ユーレンと、そして研究所に 赴いていたセシルがそれにより死亡……その事実が、ヴィアを打ちのめしたが、フィリアに話されたレイナ達のことを思い、それを決して表には出すまいと気丈 に振る舞っていた。シルフィはセシルがヴィアに同行させていたために難を逃れた。

その後、フィリアに連れられ てオーブに渡り、ストラウス家に養女として入った。情報処理能力に特化した能力を活かし、量子通信の開発に携わり、またGBMのAI開発にも才能を発揮で きた。そしてなにより、人として生きられたことがシルフィにとっての幸せだった。

「私は、他の人との面識はな かったのですが……ヴィアさんから聞かされた感応能力を活かしたツイン・シンパシーの御二人が、あの人達じゃないかと……」

シンとステラを見やりながら シルフィが確信したように呟く。

精神感応をいかした、二人同 時の動きを行う…互いを補完しあうような二対の能力……それが感応能力の被験体に求められた。

「成る程……それでか」

リンは納得がいったように二 人を見やる……互いに互いを感じあい、そして助け合う…自分とレイナの姿を重ね、苦笑する。

離れ離れになり、互いの存在 を忘却の彼方へと追いやっていた二人……それが戦場で邂逅し、そして戦いを通じて互いに気づくとは……皮肉なものだと思う。

詳しくは知りえないが、恐ら くヴィアがキラとカガリと共にオーブへと連れていったのがシンであったのだろう。その後、ウズミがどういう経緯でかは解からないが、シンを民間の家庭へと 養子に出したのであろう。そして片割れであったステラは襲撃時にブルーコスモスに拉致され、そのまま研究所へと運ばれたのであろう。スーパーコーディネイ ターの理論をいかし、さらなる強化プロジェクトを促進するために。

「とにかく、あの子に関して はレイナの考えに任せるしかないようね……」

無力さを噛み締めるように、 フィリアは沈痛な面持ちで俯いた。

 

 

 

 

《さぁて……これからどうす る?》

開口一番、バルトフェルドが リンクの繋がっている一同を見渡しながらそう問い掛ける。

だが、すぐに答えられる者は なく、沈黙が暫し場を支配する。

補給によって、当面の物資の 不安と破損個所の修理と整備は取り敢えず取り除かれたとはいえ、それでもこれからの行動方針となると流石に慎重さを隠せない。

《ふむ……まずはこれからの 方針を固めんとな》

パイプを噴かしながら、ダイ テツがそう提案する。

「そうですね…地球軍とザフ トがこのまま私達を放っておくとは思えませんし……」

マリューがやや躊躇いがちに 進言する。両陣営から追われる身の自分達……しかも、先のメンデルでは挟み撃ちという最悪の事態に陥っただけにこれから先も両陣営の部隊が追撃してこない という可能性もないとは言えない。

《それも気掛かりですが、私 はもう一つ気になることが……》

ラクスが表情を曇らせて呟 く。

《クルーゼの言っていた…例 の鍵、というやつだな》

ダイテツがラクスのなかで不 審に思っていることを紡ぐと、ラクスは頷き返す。

《あの言葉がどうも気になる のです……》

アークエンジェルで出逢った あの少女……眼の前で父親を失ったフレイの姿が過ぎる。

あの少女が言った『戦争を終 わらせるための鍵』……あの言葉がラクスのなかでどうにも離れない薄ら寒さを感じさせる。

《私の取り越し苦労ならいい のですが……》

不安を拭えないような表情で 言葉を濁す……無論、誰もがあの謎めいた言葉に不審と疑問を抱かずにはいられなかったが、今はいくら詮索してもその答は出ない。

その問題を後に回し、今は眼 の前に迫っている事態に対応することが先決であった。

「やはり、どこか拠点を得る こと……でしょうか?」

マリューが逡巡しながら意見 を出す。そう……拠点に構えようとしていたメンデルは矢先に襲撃され、L4宙域へと拠点を構えるのはもはや無理であろう。

このままデブリベルトを無為 に彷徨うというのは現実的ではない。

だが、この宇宙において拠点 になりそうな場所というのは多くはない。

先のL4宙域やこのデブリベ ルトを除けば、あと彼らが身を潜められるのはL3ぐらいしかないが、あの辺りはコロニーの数も少なく、また拠点にできるような廃棄衛星やコロニーは確認で きていない。

《そうですわね……それと、 私達はもっと多くの方に協力を取り付けなければなりません……》

拠点を探すこと以上に、協力 者を得ることが切実な問題であった。地球軍にザフト……その両者の戦いに介入するためには、やはりもっと多くの協力者が必要であった。戦争を終わらせ、そ の後の両者の和平を取り付けるために会談を仲立ちさせるためにはそれだけ多くの協力がなければ難しい。

《マルキオ様を通じて連合の 和平派の方々に連絡を取るように頼んではいますが……》

ラクスはマルキオに度々連絡 を取り、連合の和平派の人間達とコンタクトし、なんとか和平への道を模索しようとしていたが、マルキオの人脈を持ってしてもそれは容易ではなかった。連合 内の中核を成す大西洋連邦はブルーコスモスの強硬派の人間でほぼ固められ、それに反する、または与さない者達は次々と更送され、左遷か最前線へと送られて いる。連合政府内の閣僚もほぼブルーコスモスの息が掛かっている政治家が占め、取り入る隙がない。

政治家がせめて有能ならまだ 救いがあるが、政治家を買収しているアズラエルは自分の意見に反対することができないように莫大な資金を背景に政治家を裏で操り、意のままの操り人形でし かなく、能力以前の問題だ。

だが、双方に和平を持ちかけ るためにはどうしても連合政府の大統領とプラントの議長が会談を行わなければ停戦や終戦の条約締結などは行えない。

各条約項目などを詰め、それ に同意するのはその国の国家元首なのだから……そのために政界にもなんとかして交渉を持ちかけなければならない。

「今の連合政府に持ちかける のも確かに難しいが……プラントは?」

キョウが口を挟むと、バルト フェルドが軽快に答え返す。

《そっちの方は、なんとかプ ランを練っている……まあ、クーデターでも起こして政権を変えないことには始まらんがね》

やや苦い口調でぼやくように 肩を竦める。

連合政府にも問題はあるが、 プラント側も現在の最高評議会議長がパトリック=ザラである以上、和平交渉という道は望が薄いと言わざるをえない。

プラント市民は現在の政治形 態に不安と不満を抱いているとはいえ、パトリックの恐怖じみた政治になかなか動けない。

そのために、現政権にクーデ ターを起こすためにプラントに残ったクライン派が拘束されている旧クライン派の議員達の救出プランを練っている状況だが、それでもやはりなにかきっかけが 欲しいというのが正直な話であった。それに、いくら奇麗事を並べようともラクスが国家反逆者であることは変わりない……今の自分がプラントにとっては厄介 者でしかないことは重々承知している。

考えれば考えるほど八方塞な 事態に一同は考え込む。彼らとて、双方とこのまま無為に戦い続けるのは意味がなく…また、自分達が双方を力で抑え込むといった自惚れがあるほど愚かでもな い。

《まあ、その辺はもう少し考 えよう……まずは眼の前に差し迫った問題…我々の活動拠点確保を考えましょうか》

逡巡してもすぐに選択は出な い……ならば、まずは問題を一つ一つ解決できるように心掛けていくしかないが、それが一番堅実といえばそうだった。

バルトフェルドが場を明るく するようにそう問うと、一同は苦笑を浮かべて頷く。

だが、これもまたすぐに答が 出ない問題でもある。

デブリベルト付近を漂うコロ ニーの残骸か小惑星でも捜すという方針を固めようとしていたところへ、ネェルアークエンジェルのブリッジへと続くドアが開き、レイナが姿を見せた。

「レイナさん……」

マリューが驚いて声を掛け る……先日の衝撃的な事実を聞かされ、マリュー自身にもかなりの衝撃だったのに、本人はどれだけショックを受けているか予想もできなかった。だが、現われ たレイナはさしていつもと変わらない様子であった。

気遣うような視線に気づいた のか、レイナは首を振って肩を竦める。

そのままリンクで繋がったモ ニターに眼を向けると、同じようにラクスが心配そうに見やる。

《レイナ…傷はもう大丈夫で すか?》

心と身体に決して消えぬ傷を 負った……その深さはラクスには計り知れぬものであろう。自分の大切な親友ともいうべき少女の身を案じたが、レイナは首を振る。

「大丈夫だから……それよ り、これからの方針を話してたんでしょ…どこまで決まったか話してくれない?」

そう言い、レイナはいつもと 変わらぬ様子でバルトフェルド、ダイテツと話を進めていく。

その様子に、彼女の強さを感 じえずにはいられなかった。

もう事実として変わらぬ以 上、いつまでも悩み、迷っても仕方ない……全てを受け入れ、そして自分がすべき事をする………それがレイナの意志だった。

「取り敢えずは、拠点確保… そして、協力者………」

先程の話し合いで決まった取 り敢えずの方針を聞き終えると、レイナは思考を巡らせる。

(やっぱり、あそこしかない か……)

内心、既に答は一つしかな かった。

拠点になり…なおかつ、協力 者を得られるところといえば、残っている候補はあそこしかない……

「まあ、ないこともないけ ど……」

やや溜め息をつき、そう呟い たレイナに全員の視線が集中する。

《なにか、あてがあるのか な?》

バルトフェルドの問い掛け に、レイナは不適な笑みを微かに浮かべる。

「まあね……拠点と協力 者………その両方を得られる場所がね……」

その言葉に一同は驚愕に眼を 見開き、または眉を寄せる。

《おい、そんなとこあるのか よ?》

半信半疑のカガリが問い返 す……他の面々も似たような表情だ……拠点と協力者…どちらも今の自分達には切実なものだが、それが両方ともどうにかなるかもしれないと聞けば当然であろ う。

だが、その意図を薄々察した のか……ダイテツとキョウは口を噤み、ジッと見据える。

疑問の視線に晒されたレイナ はやや間を置き……視線をチラリとカガリとキサカに向け…フッと肩を竦めると、眼を閉じ…静かに語り出す。

「旧時代の極東地区に伝わる 伝承……神代七代の最後の神であり、国を産む女神……イザナミの産みし風の神の名を冠する場所………」

謎めいた物言いに一同は首を 傾げるが、その意味を理解したキサカはハッと眼を瞬かせた。

そして、それを肯定するよう にレイナは顔を上げてその名を口にした。

「…アメノミハシラ……… オーブの造りし国を護り、育む軌道ステーション………」

その名に……一同は一際大き く驚愕に眼を見開き…呟いたレイナは、不適な笑みを浮かべていた………

 

 

 

 

地球の衛星軌道上に小さく… まるで忘れられたように存在する軌道ステーションが在った。

 

――――アメノミハシラ……

 

それが、その軌道ステーショ ンの名であった。

だが、それはただのステー ションではない……ステーション下部ブロックには、未だ建造途中を示すように、作業のまま露出したブロックが存在する。

地球へと向かって伸びるよう なブロックは、地上と宇宙を結ぶ軌道エレベーターのブロックであった。アメノミハシラは、本来はC.E.58にオーブ連合首長国代表に就任したウズミ=ナ ラ=アスハが提唱した国家プロジェクトの一つであった。

L3に浮かぶ工業コロニー: ヘリオポリスとの中継基地にもでき、しかも赤道直下にしか建造できないという点もオーブにとっては都合がよかったのだ。

軌道エレベーターの起点を赤 道直下の領海に人工島を建造し、そこに設置する。

宇宙と地上を軌道エレベー ターで結ぶことによって、これまでマスドライバー射出やシャトル輸送などによる運輸手段よりもより安全でしかも低コストに物資の行き来を可能とすることが できる。

その利益はまさに莫大なもの になり、オーブという国の経済効果をより発展させる夢の架け橋であったはずだった……だが、時代の流れがこの夢を赦さなかった。

最頂部である宇宙ステーショ ンの建造から始まり、エレベーターの支柱の建造段階に入ろうとしたところで、プラントと地球間の関係が悪化し、遂には開戦となってしまった。

いくら国際紛争に対し、中立 を宣言しているとはいえ、その中立を護り、維持するためには否応なしに軍備の増強と拡張を迫られる結果となった。

宇宙ステーション内に設けら れた大規模なファクトリー……太陽熱を利用したソーラーバッテリーを動力源とする工場を兵器開発・生産用の軍事ファクトリーへと移行されたのも当然の結果 であったのだろう。

軍事ステーションと変わった アメノミハシラでは、連合から盗用したMS技術を筆頭にPS装甲やアストレイシリーズに使用されている発砲金属、そして新型MSや兵器開発を連日に渡って 続け、その完成したパーツや資材はオーブの運搬用の戦艦、イズモ級を用いて地上のオーブ本国のオノゴノ島へと届けられ、そこで組み立てられるという作業を 繰り返していた。

だが、資源コロニーであった ヘリオポリスの崩壊…大西洋連邦のオーブ解放作戦によるオノゴノ島の陥落となり、アメノミハシラは孤立してしまった。しかし、アメノミハシラはなお存在し 続けた……オーブの影として…………

そこを管理する五大氏族の一 つ……サハク家によって………

 

 

アメノミハシラの一室……中 世のヨーロッパをイメージしたような造りの部屋にて、貴婦人のような出で立ちの女性が椅子に腰掛け、流れる曲がそれを際立たせる。

このアメノミハシラを管理す るサハク家の後継者:ロンド=ミナ=サハクが静かに椅子に腰掛け…静かに流れる曲に耳を傾け……その身体を預けていた。

五大氏族……オーブの政治形 態において軍備を取り仕切っていたサハク家により、管理されたこのアメノミハシラ……そこを今はミナ一人で管理していた。

オーブ陥落時に彼女の養父で あったコトー=サハクはウズミとともにカグヤ崩壊と運命をともにし、そしてもう一人……ミナの双子の弟であり、半身でもあった存在……ロンド=ギナ=サハ クももう、この世にはいない……

自らの野望に忠実に従い…そ して敗れた……サーペントテールの叢雲劾に………

ギナの死を確認した時……ミ ナは泣いた…己の半身を永遠に引き裂かれたという傷みに………だが、時間がそれを癒したのかは解からない。

今のミナには、ギナの死も当 然のことのように思えてきたのだ……理想に殉じ、国民に苦渋の選択を選ばせてしまったウズミ…支配し、全てを跪かせようとしたギナ……彼らは誤ったからこ そ、死んだのではないのか……そう考える自分がいるのも否定できなかった。

逡巡する間にも曲は静かに流 れる……迷うミナの心を安らげるように………

その時、唐突に部屋へのドア が開き……一人の少年が入室してきた。

「どうした……ソキウス?」

閉じていた眼を開き……顔を そちらへと向け、入室してきた少年:フォー=ソキウスを見やった。

連合で開戦前から研究されて いた戦闘用コーディネイター:ソキウス……ナチュラルに対し反抗しないよう…また、敵へと寝返ることがないよう薬物で精神を破壊されたパーツ扱いのコー ディネイター……そして、ミナの前に立つのはその4番目……ソードカラミティ3号機で第3次ビクトリア攻防戦に参戦したフォー=ソキウスであった。

ギナが手を貸したビクトリア 戦において、ギナはアズラエルから既に不要とされていたソキウス3人と連合の新型MS数機を報酬代わりに譲渡されていた。

自我を壊されているソキウス には自身の境遇を嘆くという感情自体がない……ただ、事実だけを受け入れて実行し、決して命令に迷いも躊躇いも見せない…兵士としては確かに優秀な存在 だった。

そして、そんなソキウス達を ミナはどこか好いていた……ミナの問い掛けにも、フォー=ソキウスは無表情で機械的な口調で告げた。

「ロンド様……戦艦と思しき 熱源反応が4つ、このアメノミハシラへと向かっております」

その言葉に、ミナは先程まで 気だるげであった表情を微かに引き締め…身体を起こす。

「連合か? それともザフト か……?」

今のミナの立場は既にどちら にも属していないといっていいに等しい状況であった。ザフトとは既に最初から敵対し、連合軍に関しても協力の素振りは見せていたが、ギナの死後、連合軍と 連絡も絶えている。

故に、このアメノミハシラは 両軍から狙われていても不思議ではないのだ……それだけ、欲するものがここに在るからだ。

だが、フォー=ソキウスの発 した答はミナの予想を裏切るものであった。

「いえ……識別信号は確認で きておりません。ですが、うち2隻に関してはデータの照合ができました。連合軍のAA級一番艦:アークエンジェル…そして、イズモ級弐番艦:クサナギで す」

その答に…ミナの表情が微か に強張る。

「間違い…ないのだな?」

「はい」

あくまで機械的に答える フォーにミナは黙り込み……そして、徐に部屋の壁にかけられた大きな鏡面を見やると、シートのアームレストに備わったスイッチを押した。刹那、鏡面に光が 走り……鏡面はマジックミラーのごとく透け…その向こう側に宇宙が映し出された。アメノミハシラの外部モニターが捉えている映像を繋げている……ミナはス イッチを操作し……映像を最大望遠に切り換えて遠くを拡大する。

モニターに捉えられたのは、 ネェルアークエンジェル、エターナル、オーディーン…そして、自身がよく知る艦であった。

《ロンド様……接近中の艦よ り、通信がきておりますが………》

管制室のオペレーターがやや 戸惑いがちに尋ねると、ミナはフッと口元に笑みを浮かべ、静かに答えた。

「ドックに寄港を許可すると 具申しろ……その後、代表者数名を連れてこい」

《よろしいのですか?》

「構わん」

《了解しました》

冷静に…困惑もなく言い切っ たミナにオペレーターは頷き、通信が途切れ……ミナは笑みを浮かべたまま、モニターを見やる。

「アスハの娘よ……お前から 我がアメノミハシラに来るとはな………」

揶揄するような口調で、ミナ はモニターに映るクサナギを見やるのであった………

 


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