デブリ帯を抜け……周辺宙域
に警戒しながら4隻は進んでいた。彼らの行く先に在るのは、オーブの軌道ステーション……アメノミハシラ………
レイナがその名を出した時、
誰もが驚きに眼を剥いた。
特にオーブ側のクサナギのク
ルー達は衝撃が大きかった……アメノミハシラは、開戦前から建造開始し、その後も幾度となく物資運搬の中継基地として使っていたのだ。
だが、キサカやエリカ、そし
てフィリアは難しげな表情を浮かべていた。ここを管理するのはサハク家……しかも、宇宙に出てからはアメノミハシラとは音信不通だったこともあるが、それ
以上にここはアスハ家にとっては受け入れがされにくい場所だけにどうしてもここへ行くという選択肢が出せなかったのだ。
カガリもこのアメノミハシラ
の存在は知っていたが、実際に訪れるのはこれが初めてだった。ヘリオポリスに行く時は民間シャトルを使って直接出向いただけにここを中継しなかったのだ。
《しかし……受け入れてもら
えるのかね》
ネェルアークエンジェルのブ
リッジで、ムウがぼやく。
両軍から追われる身…そし
て、オーブを護り切れなかった負い目か……いくらオーブの宇宙ステーションとはいえ、こちらを友好的に受け入れてくれるかは怪しい。
「まあ、確かに私も面識はな
いしね……でも、交渉してみる価値はある………」
レイナは肩を竦めながら、モ
ニターに向かって呟く。
確かに可能性は低いだろう
が……少なくとも、交渉するだけの価値はある。
オーブの影を担うサハク
家……ヘリオポリス時代にもいくつかの情報ルートからサハク家の内情はある程度、熟知していた。
連合のG計画に手を貸し、ヘ
リオポリスを製造場所として提供したのがサハク家ということは既に聞いている。そのサハク家が管理する以上、相応の防衛体勢が築かれているのはまず間違い
ない。
《しかし、近づいていきなり
撃たれたりはせんかね……こっちも一応、MSは待機させておいた方がいいんじゃないか?》
バルトフェルドが飄々とした
口調ながらも危惧した表情でそう提案する。
レイナやキサカ、そしてエリ
カからの情報では、このステーションにはかなりの数のMSが配備されているらしい。向こうが突然の来訪者を問答無用で攻撃してくる可能性もあるのだ。
「まあ、用心に越したことは
ないかもしれないな……だけど、艦内待機に留めておいた方がいい。向こうが勘違いして攻撃してきたら交渉どころじゃない」
リンが嗜めるように呟く。
余計な刺激を与えて下手に警
戒心を抱かせるのも危険だ。
《解かりました…総員、第2
警戒体勢に移行》
マリューが指示を出し、4隻
内には警戒体勢が発令される……無論、戦闘となればもうここを頼ることはできない。
「さて…こちらの交渉に応じ
てくれるかしらね………」
交渉に応じてくれないことに
は話にもならない……それに、サハク家がここを管理しているとは聞いているが、それを握っているのは実質的にはサハク家の後継者たるロンド姉弟だとフィリ
アやエリカから聞いている。
先のオーブ攻防戦において軍
の一部をアメノミハシラへと引き上げ、その力を温存している。しかもここは今は軍事ステーション……拠点としては打ってつけだ。
その時、オーディーンのブ
リッジに通信が響いた。
《接近中の艦に告げる! た
だちに制止せよ!》
通信から響く制止勧告に一同
は身構え……オーディーンのレイナを見やると、レイナは頷き返す。
そして、ゆっくりと制動をか
け……その場で静止する4隻………
「カガリ…あんたはちょっと
黙っててよ……余計にややこしくなるから」
ここでカガリがアスハの名を
出してしまえば、それこそさらに問題をこじらせ相手に警戒を与えてしまう。
憮然とした表情を浮かべる
が、以前アークエンジェルがオーブ領海に近づいた時にアスハの名を出して我を通そうとしたことを思い出し、それを知る一同は苦笑を浮かべる。
レイナは嗜めると通信を繋
ぎ、冷静に言い放った。
「私は、レイナ=クズハ……
そちらのステーションの責任者、ロンド=サハクと交渉したい……取り次いでいただけるか?」
《……暫し、待て》
その申し出に相手はやや躊躇
いがちに通信を切る。
「さて……向こう側は応じて
くれるかな?」
「さあね……少なくとも、い
きなり攻撃されることはないみたいね……」
ダイテツの言葉に冗談めいた
言動で返す……少なくとも、問答無用という事態には陥らないようだ。もしそうなれば、向こうは制止勧告などせず発砲してくるだろう。
《ウズミ様の遺志も……でき
るのなら伝えなければならないな》
ネェルアークエンジェルの
CICで、キョウがオーブを発つ前にウズミから託された遺志を思い出し、思わず口にする。
《お父様の遺志?》
それに反応したカガリがキョ
ウに話し掛ける。
《ああ……あちらが交渉に応
じてくれたら、君も聞いた方がいいだろう》
カガリはその言葉にやや落ち
着きがなくなったようにそわそわする……まあ、気持ちは解からないでもないが………数分後、再び通信が入ってきた。
《そちらの要望を受け入れ
る……そのまま進め》
その返答に、何人かが思わず
大きく息を吐き出し…肩を落とす。どうも、このただ待っているという時間というものは圧迫されるものがある。
「取り敢えず……話は聞いて
もらえるみたいね」
口元をフッと緩める……そし
て、4隻は再び微速で前進していく………やがて、モニターの奥に小さな黒い影が捉え始めた。
まだ大分距離が開いているは
ずだが、その輪郭がはっきりと見て取れる巨大な建造物……その影から光が向かってくる。
《目標より、MSの熱源反
応!》
熱源探知したミリアリアが叫
ぶ……反射的に身構えるが、リンが冷静に呟く。
「心配ない……ただの道案内
役よ」
リンの言葉通り……発進して
きたMSは攻撃をせずにそのまま艦へと近づいてくる。
その機影がモニターで確認で
き、その形状に息を呑む。
クサナギに艦載されるオーブ
のMS、M1……だが、形状は若干違っている。
《アレは……M1A》
その形状を確認したエリカが
思わず口にする。
接近してきたM1は通常の
M1とは異なり、駆動部分をブルーで塗装し、しかも脚部がかなりスマートになっている。
「成る程……宇宙用に特化し
た局地戦型M1か」
モニターに映る機影の簡易解
析データが表示され、それに眼を通したレイナが呟く。
宇宙戦闘用に開発された
M1Aアストレイ……脚部が簡略化されているのは、重力下での運用をまったく考慮していなからこその機動性向上のためだろう。宇宙空間では脚など飾りだと
いう言葉をまさに実行した機体だ。加えてバックパックのスラスターには大型の推進剤であるプロペラントタンクが搭載されている。恐らく増加した各種スラス
ターのエネルギーを補うためであろう。そしてNジャマー影響下での通信手段の強化のためのアンテナの大型化……オーブは用途に応じてMSの駆動部分のカ
ラーリングを変えていた。
スペシャル機をゴールド……
リーダー機、砲撃機はグリーン…ナチュラル用の機体をレッド……局地戦機をブルーだった。
2機のM1Aが手に構える
71−44式ロングビームライフルで牽制するように艦を誘導する。
まあ、当然だろう……招かね
ざる客である自分達だ………多少の警戒は仕方がない。
「さてと……問題はここから
ね」
交渉の第一段階は成功……だ
が、問題は相手がこちらの要求に応じてくれるかどうかだ。
ややぼやくように、レイナは
肩を落とした。
誘導に従い、アメノミハシラ
に接近すると、その巨大さがよく理解できた。
正八角形の形状に周囲に浮か
ぶソーラーパネルが太陽光を電力に変えてマイクロウェーブを使用してステーション本体に供給され、しかも太陽の光をほぼ半永久的に受けられるためにエネル
ギー不足は起こらない。
だが、やはり未だ未完成とい
うのがステーション周囲に浮かぶ資材が知らしめる。
《ドックに繋留後、代表者数
名のみ上陸を許可する》
管制の指示に従い、4隻はそ
のまま側面に備わったドックへと進入し……艦を固定させる。
《さてと……誰が行く?》
代表者数名……相手側はそう
指示した。
バルトフェルドが全員の顔を
見渡すように提案すると、レイナが徐に答えた。
「私は行く……ロンドという
人物に、少し興味もあるしね」
なにより、この交渉を持ちか
けたのは自分だ……それに、ロンド=サハクと呼ばれる人物達がどのような相手か、この眼で確認したいというのもあった。
《では、私が同行しよう……
このアメノミハシラは何度か足を運んだことがあるのでね》
キサカが静かに名乗り上げ
る……無論、オーブ側の人間がいてくれれば、なにかとやり易いというのもある。
レイナが頷くと、キサカの傍
に控えていたカガリが意気込んで叫ぶ。
《私も行くぞ! オーブのこ
とだ…私も行かなければならない》
自身への責任か……オーブに
関係するものにはやはりジッとしていられない性分なのであろう。レイナは顔を顰める…正直、カガリが来たら話がややこしくなりそうな気がしないでもない
が……下手に押し止めれば、それこそどんな派手な真似をしでかすか解からない。
ならば、連れていってこちら
でうまく抑制した方がまだマシと思い、溜め息をつきながら了承する。
《あと、僕も同行しましょ
う……》
最後にキョウが名乗り上げ、
この4名で上陸することになった。
「ラクス、バルトフェルド艦
長、ダイテツ艦長、ラミアス艦長……もし、様子がおかしいと少しでも感じたらその時はすぐさまここを脱出して」
その言葉に、一同は虚を衝か
れたように息を呑む。
無論、最悪の事態も想定して
おかねばならない……向こうが交渉に応じず、素直に返してくれるという保証もないのだ。
《ですが、その場合…レイナ
達は………》
レイナ達の身を案じ、ラクス
が不安げに表情を顰める。もしそんな事態になれば、レイナ達を見捨てていくということになる。
だが、その危惧に対してレイ
ナは不適な笑みを微かに浮かべて肩を竦める。
「イザとなったら私達はどう
とでもする……頼んだわよ」
そう念を押すと、レイナは身
を翻し……ブリッジを退出する前に、リンを見やり…互いに意図を確認しあうと、頷く。
レイナはそのままブリッジの
エレベーターへと消えた。
数分後……艦から降りたレイ
ナ、キョウ、カガリ、キサカの4人はタラップを通ってターミナルへと降り立ち……そこで待機していたオーブ兵に連れられて目的の人物がいる場所へと案内さ
れる。
流石に、オーブ軍指揮官であ
るキサカやカガリに対しては一応の敬礼をかわし、武器も携帯していないことから僅かに緊張感と警戒心が緩まる。
だが、油断は禁物だ……4人
はそのままアメノミハシラ中央部のファクトリーへと案内される。ファクトリー内に入った瞬間、そこに拡がる光景に驚愕した。
ファクトリー天井部に渡され
たキャットウォークの下には、無数のM1Aがメンテナンスベッドに固定され、多くの作業員が作業を行っていた。
「これだけ多くの者がここへ
来ていたとはな……」
「あ、ああ……」
感嘆したようなキサカの言葉
にカガリも圧倒されたように上擦った口調で相槌を打つ。まさかこれ程のオーブ本土から国を脱出した者達がこのアメノミハシラに集っているとは流石に予想外
であった。
(成る程……少なくとも、ロ
ンドという人物はそこまでの信頼があるということか……)
眼下の光景を眺めながらレイ
ナはここを管理する人物について思考を巡らせる。
上に立つ者のことを一番よく
知るのはその下で働く者達だ……不満があれば、それは上に立つ者に対し敬意を持っていないと証拠に他ならない。
だが、少なくともここで働く
者達からはそういったものが感じられない。
整備士の一人が顔を上げ……
キャットウォークを進むキサカとカガリに気づいた瞬間、慌てて敬礼し……それに続くように他の整備士達も一斉に敬礼する。
キサカは冷静に敬礼で返す
が……カガリはどこかぎこちない動きで敬礼を返す。
どうも、こういった事態には
慣れていないようだ……そのまま、キャットウォークを抜け…4人はさらに奥へと案内されていった。
そして、ある部屋にまで案内
される。部屋のドアは、まるでそこだけが切り取られたように周囲とは打って変わった西洋風のデザインのドア……案内をしてきた兵士が端末で内部と連絡を取
り…確認を得ると、ドアを開け……内へと促した。
レイナが先頭で入り…それに
続いてキサカ、カガリ、キョウが入室する。
入室し、ドアが閉じられる
と……眼前に拡がる西洋風の装飾が施された部屋にやや驚く。
「ようこそ……アメノミハシ
ラへ」
唐突に前から掛かった高い
声……一同が振り返ると、そこにはテーブルが置かれ、それを挟んだ向こう側の椅子に腰掛けるミナが座っていた。
「お前…ロン……っ」
カガリが口にする前に、それ
を遮ってレイナが腕をカガリの前に出して止める。不意を衝かれたようで眼を剥くカガリの前で、レイナはやや低い声で呟いた。
「ロンド…ミナ……サハ
ク……ね?」
サハク家の後継者は双子の姉
弟……確か、そう聞いている。そして、この前に座るのは女性………それに……
(あの時のパイロットじゃな
い、か……)
脳裏に、以前オノゴノ島を訪
れた時にM1で模擬戦を行った記憶が過ぎる。
あの時の相手のM1のパイ
ロットも確か、ロンドと後で聞いた……だが、あの時に感じた気配とはまた微かに違う。
「そうだ……まずは、座りた
まえ…話はそれからだ」
余裕を見据えさせた表情と様
子にレイナ達はそのまま用意されていたテーブルの前の椅子に腰掛ける。
正面にはミナ唯一人……その
後方には、同じ顔の少年が3人、無表情で佇んでいた。そんな彼らを見て不審そうに表情を顰めるカガリ…対し、キョウはどこかハッと気づいたように驚いた表
情を浮かべていた。
「さて……では、用件を聞こ
うか?」
落ち着いたと同時にミナが話
を切り出す……無論、物見遊山でここを訪れたわけではないのは向こうも承知の上だろう。ならば、余計な言い回しは必要ない。
「単刀直入に言うわ……この
アメノミハシラの設備を…私達に貸してもらいたい」
ストレートに用件を述べる
と……ミナもそれは予想の範疇であったのか、表情を崩さず…そしてやや侮るような視線を浮かべる。
「ほう? だが…それに協力
して私になんのメリットがある?」
「なっ! メリットっ
て…!」
「カガリ!!」
ミナの物言いにカッときたカ
ガリが思わず声を上げそうになったが、それをキサカが制する。物事にはリスク、リターンがつきものだ……いきなり交渉の出鼻を挫かれては話にもならない。
レイナはやや呆れたように溜め息をつきながら、ミナを見やる。
「そうね……こちらが提供で
きるのは、設備を借りる間のステーションの護衛と…私達が所有する兵器のデータ……そして…後のオーブ再建のための協力……こんなとこでどうかしら?」
レイナが持ち出した条件に、
カガリとキサカは予想外とも言うべき驚愕の表情を浮かべ……キョウも半ば唖然とした面持ちであった。
これぐらいの条件を出さなけ
れば、向こうも交渉に対して応じないと思ったからこそ…レイナはこの条件を出した。条件を持ち出されたミナもその内容には流石に面を喰らったようだった。
最初の条件はまあ、予想の範
疇であった……戦力的にはこのアメノミハシラも防衛のために少しでも戦力が欲しい。そして、二つ目の条件である彼らが所有しているMSや兵器の戦闘データ
はこれから先の開発に関しても是非とも欲しいものだ。
だが……三つ目の条件は完全
に予想外であった。
「確かにいい条件だ……だ
が、どうやって再建に力を貸すというのだ?」
真意を探るような視線を向け
る……単なる口からの出任せではないのは感じ取れる。だが、少なくとも具体的な意見を聞かねばならない。
「そうね……戦争は、いつか
終わる…どのような形でもね。だけど、その時連合もザフトもその力を落とすことには他ならない。そして、連合政府やザフト内部の和平派が裏で動いてい
る……彼らと連絡を取り付け、戦後のオーブの独立権を持ちかけるための根回しとそのための協力の申請……」
要は、反政府派や和平派に根
回しをし、こちらの独立権を条件に力を貸すというものであった。戦争がどのような形であれ、終わるとしてもそれは決して楽観視できる損失では済まないだろ
う……そして、両者が疲弊した状態では和平という動きが出てくる。
だが、そのためには双方を生
き残らせるということが大前提になる。
戦後のために殲滅戦を懸念す
る者も多い……それらの勢力と手を結べば、可能性はあるだろう。
「幸いに、ここにはプラント
内部の和平派や反政府組織とも連絡が取れる者がいる……」
「ほう……なかなかだな。だ
が……」
連中がそれを認めるか……仮
に力を貸したとて、それが敗れれば独立などもまさに夢と消える。
「解かっている……ならば、
戦力として提供するのは私達だけにすればいい。私達がここに居たという記録も消して構わない。それならば、そちらには損はないと思うけど……」
協力として送る戦力をレイナ
達だけにすれば、少なくともミナ達アメノミハシラ側には損はないであろう。
「それに……オーブ再建のた
めには、貴方は必要な人間でしょう?」
不意打ちに近いその言葉にミ
ナがやや言葉に詰まる。
「ここに来るまでこのステー
ション内にいた者達の顔を見た……皆、ここを頼って…そして、信じてここに居る……そう感じた」
このアメノミハシラ内部で働
く者達は皆、自分達が信じるもののために居る。指導者が無能なら、絶対にあり得ない光景だろう。
「ここに居るのは、焼け出さ
れたオーブから脱出した者達だ……地上は今、ほぼ連合の管轄にある。彼らを護ることが私の役目だ」
その言葉にカガリは苦い思い
でいた。自分は結局、国を護るためにほとんど役にも立たず……そうやって流浪と化した民を護る力もない。
「それよ……」
自分にとって当然のことを口
にしたミナにレイナは笑みを浮かべる。
「国を成すのは指導者でも富
でもない……そこに生きる者達よ」
指導者一人でも……富があろ
うともそれは国ではない……いや……国というのはそこに生きる者達全てを指すのだ。
民が一人もいなければ、国な
どと言えはしない……
「ウズミ=ナラ=アスハがこ
う言っていたわ……オーブという国は滅びても…その生き方を忘れぬ限り、オーブは滅びないと………」
その言葉に、ミナは表情をや
や強張らせる。
「ウズミ=ナラ=アスハの理
想は確かに立派だった……でも、そのやり方を間違えていただけ………」
そう……途中からウズミも気
づいていたのだろう。自分自身のやり方の矛盾さに………
だからこそ、自ら一度全てを
変えるために……自らの命を絶ったのだろう……
「無論、死者は何も語らな
い……何も望めない………ウズミ=ナラ=アスハの意志がどこにあったか、今となっては解からない……だけど、残った民を貴方や娘に託した」
黙り込むミナとカガリ……正
当な後継者たる五大氏族の最後の生き残り………
「そして……民を護り続け、
民が存在し続ける限り……オーブは決して滅びない……」
レイナの言葉に聞き入りなが
ら、ミナは逝った弟、ギナを思った。
オーブ再建を夢に見ながらも
支配者として君臨しようとしたギナ……民を護るのではなく隷従させようとした……だからこそ、ギナは死んだのかもしれない。
間違ったからこそ……それは
ずっとミナの内で燻り続けていた疑問だった。
「あと一つ……ウズミ様から
の貴方へのメッセージがあります」
唐突に切り出したキョウに、
ミナは意表を衝かれる。
「お、お父様の……?」
カガリが震えるような口調で
見やる……キョウは懐から一通の手紙を取り出し……それをミナへと差し出す。
それを受け取ったミナはそれ
を拡げ……眼を通していく。
見守る一同は、緊張した面持
ちでそれを見詰めている……暫し、静寂が続いた。
だが、読み進めていくうち
に……ミナは口元に微かに笑みを浮かべた。
「成る程……流石だな、ウズ
ミ………」
やや敬意を表するように呟
く。
そこには、宇宙へと出た者達
への協力の申し出と……後のオーブを託すという内容であった。ウズミも気づいていたのだろう……首長制という時代錯誤的な政治形態での限界を。民がいてこ
その国を成すことを……そのために、戦後のオーブ再建時には首長制を廃止し、共和制への移行と、それまでの臨時代表席のミナへの委任などが書かれていた。
そして最後に……カガリへの
助けを懇願していた。
政治形態を知らないカガリに
は、まだまだ国を任せるには不確定要素が大きい……故に、ウズミは後のオーブのために今はミナへと託し、また自分の理想のために国を巻き込んでしまったこ
とへのけじめをつけるために古い体制を自身の死を以って終わらせたのだ。
だが、いかなる時でも決して
他国を侵略せず、また他国の争いに介入しない、他国の侵略を赦さない……オーブに生きる者達がその理念だけは決して棄てずにいることを願うと最後に書かれ
ていた。
静かに手紙を畳むと……ミナ
は笑みを浮かべ…そして見据えながら呟いた。
「よかろう……お前達の申し
出、受けよう……このアメノミハシラを使うがいい………」
その答に、カガリやキサカが
驚き…レイナもやや眼を瞬かせた。
「ウズミの遺志……しかと受
け取った」
徐に席を立ち……ゆっくりと
部屋の壁面に備わった映像モニターから見える宇宙を見据えながら呟く。
「私もまた……オーブの民を
護り…そして生きるこの世界を護らねばならない」
言い放つミナの背中には……
指導者としての大きな器量が感じ取れた。
それを見詰めながら…カガリ
は自分がまだ、ウズミの遺志を継ぐには力が足りないと痛感せずにはいられなかった。
その様子を見詰めながら、レ
イナは結果的にはカガリにとってプラスになったことに苦笑を浮かべた。
数時間後……レイナ達から無
事、交渉が終わったと連絡を受け、一同は肩の力を抜くように安堵した。
だが、とにかくこれで拠点の
確保と協力者を得られたのだ。さらにここは軍事ステーション……資材も豊富で機体の整備や補給が十分行える。
ネェルアークエンジェルから
ステラが降ろされ、すぐさまアメノミハシラ内部の医療施設へと搬送されていく。シンがそれに付き添い……その後姿を見詰めながら、トウベエとエリカは大破
した105ダガーを見上げていた。
「あの小僧のことだ……機体
がなければ、無理してでも出ようとする…なんとかせねばな……」
「そうですね……」
正直、この機体をこのまま修
理することもできるが、すぐにパーツのストックが底をつく。
それに、これから先激化する
ことを考えると、このままでは心もとないのも否めない。
「いっそ、本体をベースに改
修した方が早いな」
「そうですわね……本体だけ
をそのままで、後はアストレイ系統のパーツで………」
ダガーを図面に映しながら、
改修プランを練る。
本体ブロックをそのまま
に……ストライカーパック用のコネクターを外し、バーニアの追加とスラスターの強化。これはM1のフライトユニットを改修すれば問題ないだろう。
その他には、両腕をそっくり
交換し、脚部もブースターなどを追加して機動性を向上させる。無論、本体バッテリーは新型バッテリーに交換しておいた方がいいだろう。
頭部はM1Aのものを変更し
て使用すれば、以前以上に通信能力と索敵能力向上に繋がるだろう。
問題は武装の方だ。
「ストライカーパックが使え
ないとすると……なにか、携帯できる装備を持たせた方がいいな」
顎に手をやりながらトウベエ
は考え込む。ストライカーパック換装による汎用性がこの機体の長所でもあったが、それが無くなった以上、別の携帯装備を持たせねばならない。
「持たせるとしたら、複合兵
装の方がいいですね」
ビームライフルやビームサー
ベルといった単一装備を持たせても、エネルギー効率が悪すぎる。ならば、それらの武器を一つに纏めた方がいい。
「ん…待てよ……確か、以前
ジャンク屋の若いのがなにかそういった類のものを設計していなかったか?」
なにかを思い出したようにト
ウベエが声を上げ……エリカもハッとしたように思い出した。
確か……以前、地上のモルゲ
ンレーテで訪れていたジャンク屋のロウが自身の搭乗するレッドフレームの強化パーツを作成したのだ。
多種な能力を組み合わせた複
合兵装:タクティカルアームズ……だが、それはレッドフレームに装備されることなく大破したブルーフレームに組み込まれることになったのだが、その設計
データはまだエリカの手元にある。
「ありますっ……アレなら、
十分携帯装備になります」
「よしっ、んじゃ早速作業の
連中を集めるか!」
眼を輝かせながらそう提言す
るエリカに、トウベエもニッと笑みを浮かべて改修作業に加わる者を探しに離れていく。
残されたエリカは少しでも作
業を始めようと、データを纏めていく。
そんなエリカに向かって声か
掛かった。
「エリカ=シモンズ」
その声色に……エリカはビ
クッと身を一瞬震わせた。
だが、それでもなんとかそれ
を抑え込んで振り向く……そこには、ミナが佇んでいた。
「ミナ様……」
「久しいな……地上で別れて
以来だな」
「はい……」
エリカとミナの関係は深
い……そもそも、エリカはサハク家と繋がりが深いのだ。アストレイシリーズを手掛けるにあたって、Gの基礎理論を彼女へと手渡したのは他ならぬミナだ。
そのミナや弟であるギナの意
向にこれまで従い、アストレイシリーズを手掛けてきた。
だが、その彼女も徐々に彼ら
の思想に不安を抱くようになり……オーブ攻防戦の前にビクトリアへと発ったギナとアメノミハシラへと上がったミナとはそれ以降、連絡が途絶えていた。
「あの……ギナ様は?」
常に共に行動していた弟であ
るギナの姿が見えないことに、不審そうに問い返すと、ミナは冷静に答えた。
「……死んだ」
一瞬、なにを言われたか思考
が理解できなかった……死んだ……ギナが………
「傭兵に敗れてな………無
論、哀しみはした。だが、いつまでも死者に拘るわけにもいくまい。それに……」
そこで一旦言葉を区切り……
脳裏に、先程のレイナの言葉を思い浮かべて肩を竦める。
「奴は……ギナは恐らく間
違ったのだ。だから死んだ……それだけのことだ」
自嘲めいた笑みを浮かべるミ
ナに、エリカも表情を顰める。
「あの少女……レイナといっ
たか………お前やフィリアの言ったように、なかなか面白い娘だ。できるのなら、是非オーブに力を貸してほしいものだがな……」
苦笑混じりに呟き…身を翻す
と、ミナはその場を後にした。
エリカは、その背中に以前ま
で感じなかったものを感じていた……なにがミナの心を変えさせたのか解からない。
だが、それがミナにとってな
にかのきっかけになったのは確かだ。それがどういった結果を齎すのか……それはまだ解からない。
だが、それがどのような道で
あれ……彼女自身が望むのならば……たとえ、王道でないとしても……それが彼女にとっての道になるであろう………
エリカはそんな予言めいた確
信を抱くようにミナを見送った。
慌しく動く4隻のクルー内
で、ニコル、ディアッカ、ラスティの3人は作業を抜け……割り当てられたネェルアークエンジェルの自室に集まっていた。
「なんだよニコル……俺らに
話って?」
ディアッカが要領を得ないよ
うに頭を掻きながら問う。
「そうっしょ……いきなり、
作業を中断してこいなんて………」
ラスティも意図が掴めず、首
を傾げる……そんな二人に向かってニコルは少し済まなさそうに頭を下げると、懐からディスクを取り出した。
「何だ、それ?」
ニコルが取り出したのは、ロ
ウから手渡されたあのディスク…ディアッカが指差しながら尋ねると、ニコルは真剣な面持ちで告げた。
「これは、さっき補給に来た
ジャンク屋の方が届けてくれたものです……送り主は、僕の父でした」
その言葉に、ディアッカとラ
スティの表情が変わる。
「ユーリ=アマルフィの名を
出せば解かる……そう言って届けてくれたということは、父が僕の今の状況を知ってくれたと思います」
そう……ニコルは、自分の道
を決めたことをせめて親に伝えるため……手紙に当ててアスランに託した。それが無事に両親の許に届いたということだろう。
それで、補給物資が妙に豊富
だったのも頷けた。ザフト内部の兵器プラントであるマイウス市の代表は他でもないニコルの父であるユーリだ。だからこそ、あれだけの物資を用意できたのだ
ろう。あれだけをプラントから持ち出させるのは大変であっただろうに……
「でも、そのジャンク屋が俺
らと繋がってるってザフトに伝わったんじゃ……」
「いえ……もしそうなら、恐
らくこのディスクを渡すはずがありません」
ラスティの危惧にニコルが首
を振る。
もし、ロウ達が自分達に通じ
ていると知られていれば、プラントから無事補給物資を届けられるはずがないし、なによりユーリもディスクを渡しはしないだろう。
そのことから、まだ自分達と
ジャンク屋の関係は軍部には伝わっていないだろう。
「手紙には、ディアッカのこ
とも少し触れました……だから、これは恐らく僕らに宛てたものだと思ったからこそ、二人を呼んだんです」
互いに評議会議員を両親に持
つ者達……だからこそ、これは自分達で見るべきだと思ったからこそ、ニコルは二人を呼んだのだ。
ディアッカとラスティは互い
に見合い……頷くと、ニコルを見やる。
ニコルも頷き……そしてディ
スクを端末にセットし…記録映像を再生し始めた。
暫し、雑な映像が流れ……や
がて、それが鮮明さを帯びてきた。
そして……映像には、一人の
壮年の男の顔が映し出された。
「父さん……」
映し出されたのは、ニコルの
父のユーリ=アマルフィ……オペレーション・スピットブレイク前に別れたのを最後に、もう随分と長く顔を合わせていない。
どこか懐かしさにも似た寂し
さを感じながら、ニコルは語り出したユーリの言葉に耳を傾けた。
《ニコル……正直、お前が生
きていると手紙を受け取った時、信じられない思いだったよ。ロミナも同じだ。だが、戸惑い以上に私達はお前が生きてくれているのが嬉しかった》
穏やかな笑顔で呟くユーリ
に、ニコルはなにかやるせない罪悪感を憶える。自分で選んだ道とはいえ、両親にも伝えず……そして心配をかけたことを苦く思った。
そしてそれがきっかけで父親
が強硬派に加わったこともニコルには負い目になっていた。
《あれ程争うのを嫌っていた
お前が軍に志願すると言った時も驚いたものだが……お前がまさかそういった道を選ぶとは流石に予想外だったよ。だが、お前が選んだ道だ……黙って送ってや
るのが親の務めなのかもしれんな》
どこか、苦笑混じりに呟く
ユーリ……両親としては複雑な心境なのだろう。死んだと思っていた愛息が生きていた…だが、その息子は自身の信じる道を選び、そのためにザフトを離れたこ
とを……
《お前はお前の信じる道を行
くといい……身体に気をつけてな。もし、プラントに戻れたら……また、ロミナのためにピアノを弾いてやってくれ》
「……はい、必ず」
プラントに居る両親に届けと
ばかりに強く言い聞かせる……もし、戦争が無事終わり…生きてプラントに戻れたら、必ず両親とまた逢うと…それまでは決して弱音をはかないと。
固く自身に言い聞かせた。
《私からの話は以上だ。補給
物資は私が軍部から持ち出したものだ。少しでも足しにしてくれ……あと、お前の手紙にあったエルスマン議員の子も一緒にいると……》
その言葉に、ディアッカは意
表を衝かれたように眼を瞬かせた。
ニコルは両親に宛てた手紙に
ディアッカのことも書き記しておいたのだ。
ユーリが席を立ち……映像の
前から消えると、次に無骨そうな男が映った。
「親父……」
映ったのは、ディアッカの父
であるタッド=エルスマン……ボサボサに見える髪に気難しそうな無骨な……相変わらずの表情だが、もう半年近く会っていない。
ヘリオポリス作戦から、ディ
アッカは一度もプラントに帰国していないのだ。普段は口やかましい父親もそれだけ会っていないと奇妙な寂しさを感じる。
《ディアッカ……このバカ息
子が》
開口一番に悪態をつくタッド
にディアッカが表情をやや顰めるが、そうやって毒づかれるのも久方ぶりだ。
《死んだと思っていたが……
まったく、妙なところでしぶといな………》
「余計なお世話だっつーの」
しみじみと語るタッドに思わ
ず言い返す。
《だが……お前が今はまだ生
きているというのは、やはり嬉しいものだ。だが、お前がまさかそんな反逆まがいの行動に出るとはな………》
その口調は、咎めるようなも
のではなく……どこか、嬉しさを滲ませていた。
《お前は昔から自分でなにか
をしようとはしなかったな……いつも無気力にしていて…そのお前が軍に入ると言った時は流石に驚いたがな……だが、軍に入ってもお前はどこか戦いを甘く見
ているものがあった……戦場とは命のやり取りをする場所だ……お前がそういった行動に出たのも、その意味を知ったからだと思う》
「親父………」
静かに語るタッドに、ディ
アッカは複雑な表情を浮かべる。タッドの言うとおり、ディアッカは今まで戦闘を甘く見ていた。単なるゲームだと……その考えが変わったのも、思えばあの少
女がきっかけだが……
《お前が決めた道なら…私は
なにも言わん。その道を進むがいい…だが、途中で投げ出すな……もし、そうすればお前は本当に勘当だ、このバカ息子がっ》
最後の最後で悪態をつく父に
ディアッカは表情を苦くする。
《最後に今のザフトについて
少し話しておこう》
その言葉に、3人は視線をガ
バッと画面へと向けた。
《ザフトはほぼザラに掌握さ
れた……対地球軍用の兵器を建造中だ。気をつけてくれ…それと、マックスウェル議員が拘束されたと、最後に伝えておく》
ラスティが息を呑む……やは
り、自分の行動で父にも疑いが拡がったのだろう。
解かっていたが……それでも
やはりやり切れぬものがある。
「ラスティ……」
「大丈夫…大丈夫っしょ」
気遣うようなニコルにもなん
とか笑みを見せるが……それでも口調が弱々しい。
《最後に……これだけは言っ
ておく…それが自分の決めた道なら…決して迷うな》
《そして……生きてくれ……
我が息子達よ………》
愛息を思う最後の言葉ととも
に……映像は途切れていった…………暫し、雑音だけの映像が流れるが、3人は黙り込んだまま、その場に硬直したように静止していた。
「俺達……絶対に、投げ出せ
ねえな」
「ええ……」
「ああ」
そう……途中で投げ出すこと
も…そして、簡単に死ぬことも決してできない。
なにがなんでも生き延びて…
必ず、自分達の向かうべき道を信じ、突き進まねばならない。
3人は向かい合い、中央で手
を合わせ……互いに頷き合い、決意を新たに固めるのであった………