地球の某所……高層ビル群が並ぶ都市部の一画………とある高層ビルの一室………

ガラス張りの部屋に置かれた 執務デスク…そして、それに向かい合うように座る壮年の男……デスクに置かれた書類に眼を通しながら、手元のコンピューターに入力し、書類を作成してい る。

その時、部屋の扉をノックす る音が響いた。

「入りたまえ」

男が書類に視線を向けたまま 呟くと、ドアが開き……一人のスーツ姿の女性が入室してきた。

「失礼します」

一礼し、手に書類を持って近 づくのは、どうやらこの男の秘書らしい。

秘書に眼もくれず、書類を睨 むように見る男の前に立ち、秘書の女性が持っていた書類を手渡す。

「仰られていた、各エリアで の現在の状況です」

「うむ」

頷き……書類を受け取ると、 素早く眼を通す。

「現在、各戦線は連合の優位 に動いています……ジブラルタル攻略の陸上侵攻はユーラシア、東アジアを中心に部隊を編成しています」

「大西洋連邦は宇宙に人員を 集結させつつあるか……」

書類には、現在の連合内での 各勢力の動きが記載されていた。連合内の主導権を握った大西洋連邦にユーラシア、東アジアは逆らえない。ここで叛旗を翻そうものなら、自分達が滅ぼされる のは眼に見えている。故に、ここはたとえどのような困難な任務であれ従うしかない。ビクトリア戦に続き、優位とはいえ未だ続くアフリカ、ヨーロッパ戦線に 膨大な兵力を投入している両国にしてみれば、苦しいの一言では済まされない損耗率になる。

両国をコントロールする一方 で、大西洋連邦は支配下においた赤道連合やオーブの労力を使い、カーペンタリア攻略戦の準備を進めつつ、後の決戦場である宇宙において主力を担うために人 員を次々と上げている。

「はい…ですが、この大西洋 連邦の指示に不満を持つ兵士や各地の反政府ゲリラが増加しつつあります」

暴挙ともいえる大西洋連邦の 政策に潤っているのは彼らの本拠である北米大陸のみ。あとは皆、苦しい生活をしいられており、特にユーラシア西部やヨーロッパ、そして強制併合された赤道 連合や南アメリカなどの民衆の間には反連合の勢力が水面下で動きつつあるという情報もある。

「盟主がそれに気づいている はずもない……か」

「恐らく……」

苦い口調で告げる男に女性は 冷静に答える。

そのような反政府組織など、 圧倒的な力をもってすればどうとでもなるとアズラエルは考えているのだろうが、それらを力づくで弾圧すれば、禍根は大きく残り、連合への不審感をさらに募 らせる結果となる。

「ですが、それは逆にこちら にとっても好都合でしょう。現在、それらの勢力に極秘裏に連絡員を派遣しております。また、強硬派の地上での動きも緩んだことでこちらには僥倖です」

「そうか……ところで、連合 政府の方は?」

「はっ……強硬派の議員の勢 力が中立派の間でも拡大しつつあります。また、穏健派の議員も動きを見張られ、なかなか動けない状態のようです」

現在の連合政府内はブルーコ スモスシンパの議員や圧力に屈して強硬派路線に移る議員の数も増加しつつある。流石に事務総長は中立を保ってはいるが、それとていつまで続くかは解からな い。

「連合上層部においては既に アズラエル氏の意向で殲滅戦にほぼ決定しつつあります……また、連合政府内でも一部にその動きが見られます」

「誰も……戦後のことなどな にも考えていない、か」

プラントを…コーディネイ ターを殲滅すれば、それは戦後の経済の建て直しに大きな陰を数年…いや、下手をすれば数十年の年月に渡ってかける可能性もある。

プラントからの質の高い工業 製品を使い利益を挙げていた理事国はプラントが無くなった後の政策をまったく打ち出していない。皆、今の立場を堅持するか先送りにしているだけであった。

「もはや、連合軍の動きを止 めることは不可能に近いでしょう……やはり、我らが動くほかないと……」

その言葉に、男はシートに身 を深く沈め……頭を凭れさせて天井を見上げる。

「できれば動きたくはなかっ たが……仕方があるまい。今の盟主は狂気に走っておられる……そんな狂気に染まった連合軍の…いや、ブルーコスモスの暴挙をこのまま見過ごすわけにもいく まい」

やや諦め切った表情でそう言 い聞かせるように呟く。

それに、男はザフトも侮って はいない……連合がなりふり構わず殲滅戦を仕掛ければ、向こうもそれこそなりふり構わず反撃してくるだろう。

ザフトの技術力は決して侮れ ないものがあるのだ。

「穏健派の議員の現状維持と 中立派での強硬派拡大の抑制をなんとか維持させろ…連中とて、どうせ勝ち馬に乗ろうとするだろうからな」

最終的に勝った方へと流れる のは政治家にとっての道理だ……自分の保身を考えずに信念を貫ける政治家など、このご時世では望むのも酷というものだ。

「それで……人員と武器の手 配は?」

「人員は、ユーラシア内部か ら不満を持つ兵員をアンダーソン中将に引き抜いてもらい、後日合流するそうです。それから、各方面の連絡員から接触に成功した反政府勢力とも協力を取り付 け、順次南米に移動するそうです。ですが、やはりMSは数が不足しています……」

書類を確認しながら報告する 女性に男も表情を顰める。

彼らは、連合組織内から生産 されたストライクダガーとうのMSを密かに彼らの組織が本拠としている南米大陸に移送しているが、それでもなかなか数が揃わないのが現状であった。

「あと、コロニー:アルカー ドで建造中の艦ですが……まだ、就航には時間が掛かると……」

「むぅ……」

(やはり、マルキオ導師の 言っていたように、例の少女とやらに接触をしてみるべきか……)

逡巡する男に秘書が付け加え るように報告した。

「あとそれと……これは、連 合のデータベースから入手したのですが……ここ最近、ビクトリアから打ち上げられた補給船団のいくつかが相次いで襲撃されています」

その報告に、男は眉を寄せ る。

「襲撃者は不明……いずれ も、短時間で護衛船団が壊滅させられ、物資を強奪されています。生存者の目撃情報では、未確認のMS数機による小隊単位で襲撃されたようです。連合上層部 ではザフトによる通商破壊のハンター部隊と見方を強めており、現在調査中です」

ビクトリアから打ち上げられ たプトレマイオスクレーターへの補給船団が立て続けに襲撃され、軍上層部も哨戒部隊の増加や護衛船団をさらに強化するなどの対策を講じてはいるが、ザフト との戦争も正念場の今、なかなかそういった状況に人員を捌けないという辛い現状であった。

「ふむ……解かった。下がっ ていい…それと、各方面にも連絡…プランCへと移行すると」

「はっ」

一礼すると、秘書は踵を返し て部屋を後にする。

残った男は考え込み……そし て、なにかを決意したように手元の通信装置を起動させ、連絡を取る。

「私だ……すぐに、アンダー ソン中将と連絡を取ってくれ。シオン=ルーズベルト=シュタインからと言えば解かる」

用件だけ伝え終わると、男は 通信をOFFにし……キィと背凭れに身を預ける。

「暴力を止めるためには所詮 暴力か……」

やや自身を嘲笑うように囁く と、徐に席を立つ。

そのまま背中にあったガラス へと歩み寄り……蒼く澄み渡る空を見上げる。

「我々ブルーコスモスの主張 も、本来はこの空のように蒼いものであったはずなのに……どこで間違えてしまったのであろうな………」

苦い思いを抱きながら、シオ ンと名乗る男は黙り込んだまま空を見詰めるのであった………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-47  アストレイ(王道でないもの達)

 

 

衛星軌道上に浮かぶアメノミ ハシラ……その中央ブロックの医務室………

様々な医療機器が揃った部屋 で、フィリアとシルフィはステラの容態に対応していた。

幸いに、このアメノミハシラ の医療設備は戦艦よりも充実しており、多くの検査機器が置かれ、収容した時は調べられなかった体内物質の調査なども行うことができ、なんとか一部の解析に 成功し、先程抗生物質を生成し、投与した。

その効果か…衰弱していたス テラの表情に微々たるものだが、穏やかなものが混じり、それを見たシンは喜びに肩を落とした。

だが、フィリアとシルフィの 顔色は未だ優れない。

「なんとか、抗生物質でこれ 以上の身体の侵食を防いではいますが……」

そう……抗生物質はあくまで その場凌ぎでしかない。本格的な治療のためにはやはり、施された実験データか投与されていた薬そのものが必要なのだ。

「ええ……あまり抗生物質で も長くは保たない……なんとかしないと………」

だが、今の自分達には打つ手 がない。

数日前、レイナが言ったアテ とやらに今は期待するしかなかった………

 

 

ドックには、ネェルアークエ ンジェル、クサナギ、エターナルが並ぶ。

そこへ、通商破壊を終えた オーディーンとシルバラードが帰還してきた。連合の眼を欺くためにデブリ帯で完全に身を隠してから戻るので、時間は掛かってしまうが、それも仕方ないだろ う。

ドックに繋留されたオー ディーンとシルバラード……シルバラードのハッチが開き、そこから通商破壊で手に入れた連合のMSや弾薬、資材などが次々と下ろされていく。

それらの作業を見詰めなが ら、キラやラクス、カガリは複雑そうな表情だった。ただこの場でいるアスランやリーラは表情はやや顰めているが、彼らはまがりなりにも軍人だったのだ。当 然、こういった通商破壊や物資の調達の方法なども知っている。

今の自分達には、こういった 事をやる必要もあるのだと……

「レイナさんやリンさん達ば かりに、汚いこと任せちゃってますね」

リーラがやや自身を揶揄する ように呟く。だが、それはこの場にいる者達の気持ちを代弁していた。

この通商破壊において実行す るメンバーを選抜したのはレイナとリン……当然、彼女らも自ら参加することを前提にメンバーを選んだ。その中に加わっていない自分達……レイナからは少数 の方がやり易いと言われていたが、実際は自分達がこういった事には抵抗があるという配慮からだろう……言い換えれば、自分達はこの手の仕事では足手纏いに しかならないのだ。

その汚い部分を自分達で買っ て出た……それが後ろめたさを憶えさせる。ほんの一歳しか変わらないはずのレイナやリンに汚れ役を任せている自分達に対する………

奇麗事だけで戦争はできな い……理想を求めるためには当然汚いことも必要になるとレイナは以前言った………この場にいる者達が、自身の覚悟が未だ甘いことを痛感すると同時に、自分 達もまた決して安易にこの道を放棄できないと自身を奮い立たせるのであった。

 

 

オーディーンから降りたレイ ナは、作業班に向かってディスクを放り投げる。

「おっと」

無重力のなかを飛ぶディスク を受け取るトウベエ……ミナに、M1Aのさらなる改良を依頼され、今はアメノミハシラ内で整備主任を務めている。

「それが今回の戦闘デー タ……確かに脚部の簡略化で機動性は向上してるけど、逆にAMBACが難しい……それに、OSの反応値をもう少し上げないと、多分パイロットの動きと機体 の反応にコンマ単位でずれが生じるわ………」

M1Aを実際に使用して解 かった問題点を挙げ、それを伝えていく。技術陣とパイロットではまた機体に対する勝手が違うし、なにより現場での意見は貴重だった。

まあ、M1Aもレイナの能力 を全てカバーできるほど高性能ではないが、この際文句は言えまい。

「解かった、参考にしよ う……それと、例の君の強化案だが……なんとかできそうだ」

トウベエのその言葉に、レイ ナはやや眼を瞬かせる。

「まあ、もう少し時間が掛か る…なにせ、パーツそのものを新しく造らなきゃならんからのう」

「別に構わない……お願い」

「おうよ、任せておけ!」

豪快に笑い、親指を立てると トウベエはその場を離れていく……残ったレイナは無重力のなかを浮遊しながら、アメノミハシラ一画に設けられた格納庫を見やる。

そこには、通商破壊で鹵獲し た連合のMSがずらりと並んでいた。

奪取した武器弾薬やMS用資 材はそのまま戦艦やアメノミハシラでの開発に回され、MSはここへ保管することになった。

「しかし…まあ、ここまでよ く集めたものね」

背中から掛かったやや苦笑じ みた声に反応し振り向くと、そこには同じくオーディーンから降りてきたリンがドリンクを手に近づいてきた。

リンはそのまま片手に持って いたドリンクを放り投げると、レイナは徐に受け取る。

そして、二人は並んでMSを 見やる。

現在、ストライクダガーが 53機、デュエルダガー8機…そして、新開発されたと思しき機体、GAT/A−01E2:バスターダガー……バスターの量産型を思わせるそのデザインに似 通った武装……恐らく、連合が開発した砲撃用の量産型MSが3機。そしてストライクダガーの簡易改修型と思しき機体…GAT−01C:ストライクキャノン ダガーが12機ほど…この機体は、砲撃機の配備数が未だに少ない前線の要望で開発された機体で、ストライクダガーの右肩に大型キャノン砲を装備させてい る。機体パーツの一部を変更するだけで済むので、短期間での量産に非常に向いており、未だ配備数の少ないバスターダガー等の支援機として使用されている。 さらには、Gシリーズのストライクが3機にデュエル4機、バスターが2機であった。

流石のレイナ達も補給船団の 中にストライクなどのGシリーズを発見した時は驚いた。

さらに、持ち帰った時に見た ムウやマリュー…そしてキラやアスラン、ディアッカ、ニコル達の驚きも大きかった。

マードック達が調べた結果、 この鹵獲したストライク達はタイプU、タイプVと呼ばれる初期Gシリーズの改修型で量産化用に再設計された機体らしいとのこと。駆動部品や電子部品も新し く使用され、またナチュラルでも使用が可能なようにセッティングされている。

この事から、恐らく部隊の指 揮官機などに使用する目的で、Gシリーズの少数生産を行っていると推察した。

だが、彼らにとってはありが たかった……なにせ、初期Gが一気にネェルアークエンジェルへと戻ったものだから、部品が足りなかったのだ。そのために、ストライクやバスターのタイプU をムウやディアッカの機体の交換パーツとして使用することにし、そのままネェルアークエンジェルへと移送し、現在修理中のストライクの全面的なオーバー ホールを行っていた。

また、ネェルアークエンジェ ル内に同行するザフトのパイロット達数名用にバスターダガーを移送し、現在機種交換の試験を行っている。

これから先、ジンやシグーで は辛いのも事実だが……ジンやシグーのパーツは分解し、運用中の機体の予備パーツとすることになった。

「だけど……これをいった い、どうしようというの?」

これだけMSを鹵獲した意図 が未だ見えてこない……少なくとも、戦力補充ならこれ程機体を鹵獲する必要もないだろうし、通商破壊だけが目的なら破壊すればいいだけだ。

それに対し、レイナはフッと 不適な笑みを浮かべた。

「まあ、これは交渉材料 よ……連中との交渉上、多分必要になるはずだし………」

並び立つMSを見やりなが ら……笑みを浮かべるレイナに、リンは逡巡する。相変わらず、この姉のネットワークの広さには舌を巻く。

無論、リンとてアンダーグラ ンド世界の情報に乏しいわけではないが、生憎とそういうものに頼る必要がなかったというのもある。

開戦の前にプラントに渡り、 開戦の兆しが見え始めたところでザフトに入隊したのだから。

外部と連絡を取る必要もな かった……そんな考えを抱いていると、レイナの手首の通信機に受信音が響き、レイナは徐にスイッチを入れる。

《私だ……君の登録したコー ドに通信が入っている》

ミナからの言葉に、レイナは やや眼を見張る。

「解かった……すぐそっちに 行く。あ、それと通信はブリーフィングルームに回して…それと、ラクスやラミアス艦長達もそこへと集めてくれる?」

《解かった》

通信を切ると、レイナは床を 蹴って無重力の中を跳ぶ……その後を追うリン。

「例の情報屋?」

レイナのコードに直接通信し てくる相手といえば、先日見たケナフ=ルキーニと名乗る男しか思い浮かばないが、レイナは首を振る。

「違う……まあ、私達に協力 してくれるかもしれない相手………」

そう口にするレイナ……リン は思考を巡らし……自分達と協力できるものと言えば、自然限られてくる。

「反政府組織……レジスタン スか?」

地球連合、ザフトと敵対する 反政府組織……その答に、レイナは肩を竦める。

「似たようなものだけど…… まあ、会ってみれば解かる」

含んだ笑みを浮かべ……二人 はそのまま目的のブリーフィングルームへと向かった。

 

 

 

ブリーフィングルームに集め られた一同……現在、マリューやバルトフェルドといった艦長らにはさして主だった仕事がない。主に現在忙しいのは整備班だ。

そんな中で突然の招集に、皆 疑念を浮かばせていた。

「それで……私達に話とは、 レイナ?」

代表してラクスが問う。

「以前話したと思うけど…… 私達の協力者になってくれるかもしれない組織とコンタクトできた」

その言葉に、一同は驚愕に眼 を瞬く。

「ほ、ホントなの!?」

「ホントなのですか、レイ ナ!?」

咳き込むように尋ねるマ リューとラクス……あれからまだ数日と経っていない。その間に協力者を見つけ、さらにはコンタクトが取れるようになったと聞けば驚くなと言う方が無理だろ う。

「ええ……だけど、まだ協力 してくれるかどうかは解からないわよ…あくまであちらの出方次第」

ぬか喜びはしないように、レ イナは釘を刺す。あくまでコンタクトに成功しただけで向こうが交渉に応じてくれるかどうかは解からないのだ。

やや落ち着きを取り戻したの か、一同は改めて気を引き締める。

「それじゃ、通信をこっちに 回してもらうから……」

レイナは端末を操作し……メ インモニターにノイズ混じりの映像が入り…それがやがてクリアに映ってくる。

一拍置いた後に映ったのは、 二人の壮年の男……片や、スーツ姿の男ともう一人は連合軍の軍服に身を包んでいる。

息を呑む音が響くなか……モ ニターに映るスーツ姿の男がレイナを見据え…そして呟いた。

《君が……レイナ=クズハ君 か? マルキオ導師から話を聞いている》

「ええ」

どうやら、マルキオ導師は無 事連絡を取り付けてくれたようだ。

「あの、レイナ……こちらの 方々は…?」

眼前に映る人物達に見覚えが ないラクス達は戸惑うように問い掛けると、レイナが答える前に唯一顔と名を知っていたリンが答えた。

「シオン=ルーズベルト= シュタイン………それに、ラウル=アンダーソン………ブルーコスモス穏健派のリーダーに、ユーラシア連邦の中将のお出ましとは……」

半ば、呆れたように肩を竦め るリン……だが、その名を聞いた瞬間、皆それぞれに反応を示した。

「アンダーソン中将でありま すか……っ」

軍時代の習慣か……その名に 聞き覚えのあったマリューやムウ、そしてアルフが思わず敬礼する。

ラウル=アンダーソンと言え ば、ユーラシア上層部においてもかなりの高位にいる士官だ。

先の戦争初期の世界樹攻防戦 においてユーラシアの宇宙艦隊を率いて交戦し、敗北を喫したものの、残存部隊の撤退の最後までしんがりを務め、そして生き残った。

《君らは、連合の兵士だった 者か?》

アンダーソンの問い掛けに、 マリューらは一瞬やや躊躇うものの……やや、俯きながら答え返した。

「はっ……自分達は、以前大 西洋連邦に属しておりました」

《大西洋連邦の…そうか、ア ラスカで切り捨てられ、そして生き延びた者達がおると聞いてはいたが……君らがそうか?》

「はい……」

言葉を濁しながら、頷く。

《すまぬな……つまらぬこと を思い出させてしまった》

アンダーソンもアラスカでの 事変は聞き及んでいる……その心情を察したマリューが首を振る。

「いえ……中将の噂は、聞き 及んでいます」

《フッ…そんな大層な存在で はない……今や、私もユーラシア内部では邪魔者扱いだ………》

苦笑を滲ませながら、自らに 悪態をつく。

「ですが、何故中将がこの通 信へ………」

一番の疑問点であることを尋 ねるアルフ……何故、ユーラシアのアンダーソンがここへ通信を送ってきたのか……その答は、別のところから返ってきた。

「私が呼んだからよ……反地 球連合組織:OEAFOの中心人物である、お二方にね」

レイナが発した言葉に……誰 もが思考を混乱させるように驚愕した。

「反地球連合組織……レジス タンスのようなものか?」

逸早く我に戻ったバルトフェ ルドが問い掛けると、その隣に立つダイテツが被りを振った。

「いや……似てはいるが違 う。レジスタンスのような単発のものではなく、もっと大規模な組織だ……地球圏の連合軍に不満を持つ者達が中心になって動いていると聞いている」

「ダイテツ様は、ご存知だっ たので?」

意外なダイテツの言葉にラク スが問うと、やや表情を顰める。

「さほど詳しいわけではな い……だが、そういった組織が存在しているという話を聞いたことがあるだけだ」

ダイテツ自身もその詳細は知 らない……ザフト以外にも連合軍を快く思っていない者達がいるということは知っていたが、主に地上で動いていたため、ずっと宇宙にいたダイテツにはそこま で知りえなかったのだ。

《私から説明しよう……》

そこへ口を挟むシオン……ブ ルーコスモスに属するという人物に緊張が入り混じった視線を向けられるが、シオンはさして気にも留めず言葉を紡ぐ。

《我らは主に、ブルーコスモ ス内部の穏健派、ユーラシアの和平派や反ブルーコスモス、それに南アメリカ合衆国や赤道連合…他にも様々な連合軍に対して不満を持つ者達が集まってできた 組織だ》

反地球連合組織:OEAFO…… 文字通り、地球連合に対して敵対するザフトとは一線を画する組織。

連合を構成する国々は主に先 のプラントの利権を独占していた理事国……ゆえに、その独占に不満を持っていた国や組織などが集まり、反政府活動を水面下で極秘裏に進めていた。

構成は大西洋連邦を裏から支 配し、コーディネイター殲滅を掲げるブルーコスモス強硬派の路線に反対するブルーコスモス内の穏健派や大西洋連邦の暴挙に不満を持つユーラシアの軍人…そ して、大西洋連邦に支配された南アメリカ合衆国や赤道連合の軍人達……他にもブルーコスモスに対しての怒りを持つ者達が集まっている。

そのような組織が存在してい ることに皆は驚きを隠せない。

《君らが知らないのも無理は なかろう……我らとて、表立って行動はしておらんしな》

そう……あくまで彼らは裏で 慎重に慎重を重ねて行動している。どこから情報が漏れるか解かったものではない。

シオンやアンダーソンも表で はそれぞれ名の知れた存在……迂闊な動きは禁物なのだ。

「しかし……どうして、ブ ルーコスモスの貴方が…盟主のムルタ=アズラエルはコーディネイターの排斥を掲げているはずですが……」

ラクスがシオンに向かって戸 惑いながら問い掛ける。

ブルーコスモスと名乗る以上 は、コーディネイターの存在を認めないということだ。だが、そんなラクスの心情を察したようにシオンは肩を竦める。

《勘違いはしないでいただこ う……ラクス=クライン…私は、ただ盟主のやり方に反対しているのであって、別に君らの存在を全面的に認めているわけでもない。我ら穏健派が訴えるのは、 あくまでコーディネイター第一世代の誕生の抑制とコーディネイターのナチュラルへの回帰だ》

侮るような視線と口調で言い 放つ……仮にもシオンもブルーコスモスの一員だ。コーディネイターを暴力で排除する方法を取らないだけであって、コーディネイターの消滅をはかっている。

彼らはあくまで遺伝子欠陥の 治療以外のコーディネイトの禁止と現在のコーディネイターのナチュラルとの交わりによるナチュラルへの回帰を念頭にして行動している。

どれだけ時間をかけようとも コーディネイターをナチュラルへと戻そうというのが彼ら穏健派の主張であった。

無論、そんな考えを持つブ ルーコスモスは今ではほんの極僅かだろうが………

ここまでブルーコスモスも強 硬派が力を強め、構成員が増えたのもコーディネイターに非があると言えばそうだ。

《確かに……ユニウスセブン のことを思えば、君らに対して申し訳ない思いもある。だが、その後君らが行ったNジャマーの地上への大量の投下……無関係の国々にまでその影響が及び、そ れこそユニウスセブンでの犠牲者を上回る数十、数百万単位での犠牲者が出た》

苦々しい表情でシオンが吐き 捨てるように呟く。

ブルーコスモスのアズラエル の独断と強硬派の一部の暴走により、ユニウスセブンを崩壊させた核ミサイル……確かにそれは地球側の非であろう。だが、その後にプラントが取ったのは核に よる報復ではなくNジャマーの投下……核汚染による被害はないとはいえ、原子力を封じられたために世界各地でエネルギー不足が駆け巡った。しかも、あろう ことかザフトはそれを世界各地にばら撒いたのだ。理事国とは関係ない国々までその被害が及び、エイプリルフールクライシスと呼ばれる事態に陥った。

そのために犠牲になった者達 の親しい者達が復讐に走り、過剰なまでのブルーコスモスの増加に拍車をかけた。

これは、穏健派には致命的と もいえる状況だった。

そう聞かされたアスランやラ クスはやや表情を顰める。

《君達コーディネイターは確 かに能力は優秀だ…君らから見れば、言葉を長々交わして議論を交わさねばならない我々はサルにしか見えんかもしれんがな……だが、そうやって見下される方 には苦渋なのだ》

シオンの視線にやや非難めい たものが混じる。

コーディネイターはナチュラ ルよりも理解力が高い……一を聞いて十を知るということだろうが、それをナチュラルに実践することはできない。理解を深めるためには互いに意見を交わす必 要がある。だが、コーディネイターにはそれが必要ない。ゆえに、長々と議論を交わすナチュラルを低脳なサルと見下す。

自分達の尺度で物事全てをは かられては、話し合いなどできるはずもない。

それが、コーディネイターと 言葉を交わしたシオンの印象であった。

《確かに我らは君らほど理解 力は高くない……無論、我らも君らと話ができるようには努力するが、そちらにもこちらへと合わせて話ができるように心掛けてもらいたい》

ナチュラルはコーディネイ ターと話し合えるように理解しようと努力する…コーディネイターもまた忍耐力を持って話を交わすように努力する……互いに歩み寄りたいと考えているなら、 もっとお互いに理解し合えるように努力する必要がある。ラクスはシオンの言葉に呑まれる……いくら聡明とはいえ、ラクスはそこまで汚い世界を知らずに今日 まで来たのだ。

《……いや、失礼。私もつい 興奮してしまったな》

そこまで半ば叫ぶような口調 で話していたことに気づいたシオンはやや乱れていた呼吸を整え、息継ぎをする。

「別に構わない……それよ り、本題に入らせてもらっていいかしら?」

ラクスにも思うところがある だろう……正直、レイナはラクスの理想が解からないでもないが、やや現実を知らなさすぎると思っていた。カガリほどではないにしろ、やはりもっと現実を知 る必要がある。その上で自分の理想を追い求めればいい……レイナはそう考えていた。

それに、ただそれだけのため にわざわざ危険を冒してまでこの二人に連絡を取ったわけではない。

《そうだな……さて、では単 刀直入に聞こう。君が我らにコンタクトしてきた理由を?》

そう切り出したシオンに、周 囲の空気が張り詰めたような錯覚に陥る。

皆が気を引き締め、見守るな か……レイナはシオンの眼光に怯みもせず、不適な笑みを浮かべて言った。

「私達と…手を組んでもらい たい」

その言葉に、ラクス達が驚き に眼を見張り…その言葉を半ば予期していたシオンとアンダーソンはやや眼を細め、探るような視線を向ける。

《ほう……我らと、君らが か?》

「そう……少なくとも、双方 の利害は一致してるわ………こちらは戦争を止めるため…そして後の和平へと取り付けるために協力者が欲しい…軍備面でも政治面でもね。そして、そちらは連 合の暴挙を止め……戦争を終わらせたい……まあ、そちらがどこまで考えてるかは知らないけど、少なくともプラント側との交渉の場を持つところにまではこじ つけたい……そんなとこじゃないの?」

微笑を浮かべ……そう問い掛 けるレイナ。

だが、核心を衝かれたように シオンもアンダーソンも黙り込む。

レイナ達とシオンやアンダー ソンのOEAFOが目指すところは両軍の暴走を止め、そして交渉の場を持たせるということだ。

無論、互いに利害問題が絡 む……連合もザフトも引かない部分があろうが、まずは交渉の場を持ちかけなければ話にもならない。

そして、それが双方の目指す ところである以上、今は協力した方がなにかと双方には都合がいい……敵の敵は味方………だが、シオンとアンダーソンは逡巡する……組織を纏める立場である 以上、軽率に答える真似などできない。それに、互いに目指すものは一緒でも、シオンやアンダーソンは別の思惑がある。

シオンとしてはブルーコスモ スの暴挙を食い止め、その後はプラントによるNジャマー問題の解決と工業製品の輸出による地上のコーディネイター排斥運動の抑制。アンダーソンはユーラシ アにおける各紛争地帯の鎮静と祖国の建て直しだ。

そのためにはどうしても現在 コーディネイターの排除を目的としている大西洋連邦はなんとかしたい眼の上の瘤なのだ。

だが、そのためには多くの必 要とするものがある。

「無論、こちらもタダでとは 言わない……そちらは少なくとも構成人数は足りているはず…だけど、今の連合と渡り合うための軍事力が極端に低い」

そう評したレイナに二人は苦 々しい表情を浮かべる。

戦争における重要なファク ターである人・物・金・時間……OEAFOには人員は少なくとも一軍に匹敵するだけの人員が揃いつつある。

ブルーコスモス穏健派の構成 員やユーラシア内部の兵士……無論、それだけでなく武力併合され、なお隷従される状況に不満を持つ南アメリカ合衆国の兵士や、赤道連合…各地の反連合ゲリ ラ…そしてブルーコスモスに敵対する組織だ。

ブルーコスモスは確かに加わ るメンバーも多いが、末端の自称と名乗るメンバーの約半数近くは犯罪などを犯している者が多い。また、コーディネイターを狙ったテロを幾度となく繰り返 し、その度に周囲のナチュラルを巻き込んで多くの犠牲者を出すために、ナチュラルの中にもブルーコスモスを憎む者も多い。そのような人物達が多く集まり、OEAFOを 構成している。

だが、少なくともマシなのは この点だけだ……あとの金銭面、物資面、そして時間においてはまさに厳しい立場と言わざるをえない。

特に厳しいのが物資の軍備面 だ……MSを大量生産し、そして投入している大西洋連邦に対抗するためにはどうしてもMSがいる。それも生半可な数では足りない。だが、それを調達するの が困難であった。

OEAFOを構成するメンバーはほとんどがナチュラルであるため、必然的に連合の開発したMS を使うしかないのだが、なかなか数が揃わないのが現状であった。

「だから、こちらが求めるの は協力とそちらのパイプを使っての情報の譲渡……代わりに、こちらはMSを提供するのでどうかしら?」

その言葉に、一同は驚愕す る。

そして……ようやく皆はレイ ナが通商破壊でMSをあれだけ多く鹵獲していた訳も解かり、畏怖の念を抱く。

《やはり…最近の補給部隊の 襲撃は君らか?》

薄々感じていた疑問に答が 出……シオンは内心感嘆の念を抱く。

「そういうこと……悪い取引 じゃないと思うけど?」

シオンもアンダーソンも眼前 で自分達に対して臆しもせず、逆に呑まれそうな気配を発するレイナに畏怖感を抱かずにはいられない。まだ10代の少女にここまで気圧されたのは経験がない だろう。

それにこの眼は、かなりアン ダーグランドにおいてもそう見ないほど鋭敏なものを漂わせている。

暫し、静寂が場を支配す る……少なくとも、レイナの申し出はシオンやアンダーソンにとって不利益な話ではない。MSをどうにかして数を揃えなければならない。それとてただでは済 まない。だからこそ、MSの大量の譲渡は僥倖ではあるが、物事にはリスク・リターンがつきもの。彼らに求められているのは協力体制の申し出と自分達の立場 を利用しての情報の譲渡……確かに悪くない取引ではある。

だが、それに踏み止まるのは やはりそこまで信頼できるかということだろう。無論、彼らとて交渉の場を設けさせたいとは考えているが、問題はプラント側であろう。地球連合の政治家なら 隙を衝ける部分も多いが、プラントはそうもいかない。特にザラ政権が成り立っている今のプラントに交渉を持ちかけられるかどうかも怪しい。加えて、穏健派 の復権も難しいと考えざるをえない。

すぐに答えるわけにもいか ず、ただただ無言の沈黙が続く……その時、徐にラクスが口を開いた。

「私からもお願いします…… お二方の力を…私達にお貸しください………」

ややか細い声でそう呟くラク ス……キラが気遣うような視線を向ける。

「この戦争で亡くなっていっ た方々の死を無駄にしないために……これから先に生まれる子供達のために………どうか」

ラクスはそのまま、深々と頭 を下げた。

相手の心に語り掛けるには、 こちらが心を開くしかない……ラクスは今まで、こういった組織だっての対話をした経験がなかった。故に、ラクスは自身のやり方だけに固執してしまった。全 てがそれでうまくいくはずもない……そして、まったく価値観の違う相手と話し合うにはまずこちらが誠意を見せなければならない。恥ずかしいことだが、ラク スは今それを初めて知ったのだ……

頭を下げるというのは、なか なかできそうでできるものではない……それこそ、組織だって動こうとする者達の上に立とうとするなら……だが、それをしなければなにも始まらない。

ラクスのその誠意にシオンも アンダーソンも口元を緩め、肩を落とした。

《……よかろう》

《貴君らの申し出……受けよ う》

その言葉に、一同は一瞬眼を 見張るも……やがて、表情が和らぐ。

「ありがとうございま す………」

ラクスもどこか安堵したよう な笑みを浮かべる……だが、とシオンは釘を刺す。

《だが、我らはあくまで協力 関係ということだ。無論、我らとしても譲れぬ一線がある……そして、ラクス=クライン。君が戦後のプラントにおいて地球との関係修復に対しても尽力するこ と…それを忘れないでいただきたい》

あくまで自分達の目指すもの は一緒でもやり方は違う……そして、戦後に対してのビジョンも………ラクスもまた、それに関わる者として戦後の世界にも責任があるのだ。

その覚悟だけは忘れるな… と、悟らせるような視線を向けるシオンにラクスは頷き返した。

「それじゃ、早速詰めていき ましょうか」

レイナがそう切り出し、詳し い協力関係の条項の打ち合わせと詰めに入る。


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