現在の互いに保有する戦力比 較や協力における戦闘の指揮系統……人員でこそ侮れないものを持つが、戦力的には圧倒的にレイナ達の方が勝っている。

そのバランスを整えるため に、鹵獲したMSの引き渡し……そして、今後も定期的に実行する通商破壊において鹵獲したMSを最優先で引き渡すことを決定した。

そして、重要な課題である両 陣営における政権の問題……仲立ちさせ、和平交渉の場を持たせるためにはどうしても現在の上層部の体制を変えるのが絶対だ。無論、両組織の下層での禍根は 残ろうが、それは停戦が結んでから少しずつ対処していけばいい。

そのための大前提として連合 政府と連合軍上層部からのブルーコスモスの撤廃とプラントのザラ政権の払拭が条件だ。

《こちらとしては、連合内の 和平派の人間を抑えに入っている……また、ブルーコスモス派の政治家の失脚させる手も手に入れている》

同じブルーコスモス……強硬 派のシンパの政治家や将校のスキャンダルになる情報を手に入れるのはさほど難しくないが、それでもそれを使っての失脚にはどうしてもアズラエルの排除が必 要なのだ。

シオンとしても自ら属する組 織の盟主を排除するというのはあまり気のよいものではないが、今はそんな個人的感情は邪魔だろう。そのためにはどうしても軍事力を必要とするからこそ、ア ンダーソンと協力し、OEAFOを指揮しているのだ。

「うまく いくの?」                              

レイナがそう尋ねるとシオン はやや表情を顰める。

「ブルーコスモスシンパの政 治家の失脚をあの老人クラブの爺どもが見過ごすと思う?」

周囲は意図が掴めずに首を傾 げるが、振られたシオンは一際驚愕に眼を見張った。

この少女はやはり甘く見て話 すべきではない……ブルーコスモス内部でも一部の人間しか知らない元老院たる存在を………

《その辺はどうとでもな る……連中は所詮金儲けしか考えていない。自分達の利益になるのなら、文句は言うまい》

利益だけで動く人間ならまだ 手綱は取りやすい……その利益の向く先を変えてやればいいだけなのだから……戦争をやるのはそれによって得る利益があるからだ。それが戦争による損耗を下 回れば、政治家は戦争を止めようとする。その点でいえばまだ扱いやすいとシオンは踏んでいる。

《そちらはどうなのだ? 穏 健派の復権は難しいと聞いているが……》

その言葉にラクスは苦く表情 を顰める。自分達の理想がどうであれ、そのためにテロリストまがいの行動を行ったのは紛れもない事実……それがプラント内部における穏健派の復権を困難に しているが、プラント市民もザラ政権に不満を持つ人間が多い。だからこそ、クライン派としてではなく、和平派として和平を望む議員達に助勢しなければなら ない。

「プラント内部に残った連中 が拘束されている旧クライン派の議員の救出プランを練っている……それに乗じて政権交代のプランも組んではいるが……」

バルトフェルドがラクスの代 わりに答え返す。穏健派とはいえ、ブルーコスモス相手に議論を交わすことに奇妙な感覚を憶えながら、言葉を紡ぐ。

ラクスやバルトフェルドもま だ知りえないが、プラント内部においても度重なるパトリックの強硬政策に不信感を持つ議員も数多く、またユーリ=アマルフィやタッド=エルスマンなども連 合との和平交渉のために密かに政権奪取のために動いている。

互いに政権の交代を視野に入 れて活動内容を改めて検討する。だが、それでもそれを行うにはまだ時間を要する。

「政治的な仲立ちを頼めると したら、赤道連合とスカンジナビアね……そっちに根回しはできる?」

いくら理想を述べようとも所 詮自分達はテロリスト……両国の仲立ちのためにはやはりれっきとした第3者的な国などがどうしても必要になる。

オーブがその役割を果たせな い以上、残っている外交筋で第3者として動いてくれそうなのは中立国であった赤道連合とスカンジナビア王国の2国しかない。

無論、今は連合の傘下に入っ ている以上容易ではないが……

《その辺りは私の方で進めて おこう……まあ、向こうもすぐには首を縦には触れんと思うがな》

肩を竦めながらシオンが鼻を 鳴らす。

ある程度の詰めを終え、次は MSの譲渡について議論を交わす。

「こっちから送るMSはまず ストライクダガーが30機にデュエルダガー5機…それに、ストライクを1機とデュエルを4機ね」

一度に全てを渡すのは無理だ ろう……それにあまり大量に運べば変に眼をつけられる。

取引はジャンク屋組合を仲介 にして引き渡すことにした。

「あとそこに、M1を数機加 える」

カガリが徐に意見を発し た……唐突な言い出しに皆が眼を剥く。

M1はいうなれば、オーブの 国家機密に属する物だ……そんなものをおいそれと渡していいものかと思う。

「ロンドがクサナギにM1A を回してくれたから、M1にも空きが大分できた。流石に予備パーツにしておくには多すぎるし、それに、どうせM1もジャンク屋に出回ってるだろうしな」

苦い口調で告げるカガリ…… ミナと会見し、彼女も必死に自分のやり方でこの戦争を終わらせ、そしてオーブの再建に力を貸したいと思うようになった。無論、未だにウズミを追いかけてい る節が見えるが、それでもやはり国を治めるのに必要な柔軟な思考を持とうと努力はしているようだ。

そのために、まず彼女はミナ と交渉し、アメノミハシラで開発されたM1Aを数機譲り受け、それをクサナギへと搬入させた。それによってパイロットも機種交換し、空きのできたM1が数 機ある。予備パーツとして置いておいてもいいのだが、生憎とクサナギにはそこまでの余剰スペースが無い。

それに、先のオーブ解放戦で オーブ本土に残った大量のM1の残骸がジャンクとして回収され、ジャンク屋に出回っているだろう。だからこそ、カガリはせめてそれを有効に使おうと申し出 た。

「ということだけど…そちら は?」

先方の意見を聞こうとレイナ が尋ねる…シオンも間髪入れず答えた。

《こちらは別に構わん…戦力 が増えるのはありがたいことだからな》

聞くまでもなかったかもしれ ないが……一応の意思疎通ぐらいはしておいた方がいいだろう。

MSを保持したことでこれでOEAFOも 一概に侮れない戦力となり、少なくともミリタリーバランスを崩すことができよう。無論、危険もある……彼らが後にどう動くかは解からないが、少なくとも今 はそこまで余計に勘ぐる必要もないだろう。互いに利用できると思える間は………

改めて先方に送るMSの数を 決める……シルバラードでジャンク屋の艦へと移送し、その後ジャンク屋がOEAFOの本拠がある南米大陸へと輸送する手筈になる。

「ジャンク屋組合のフォルテ さんには既に話を取り付けてありますから、スムーズに行くはずです」

協力を既に取り付けている ジャンク屋組合がバックアップしてくれ、アンダーソンはジャンク屋組合がサルベージした戦艦の買入も視野に入れて交渉に繋げようと思考を巡らす。

「とまあこんなとこだけ ど……そちらに問題は?」

《いや……こちらも不満はな い》

本来なら、それぞれが対面し てこういった協力体制の条項を交わさねばならないのだが、まあこの際仕方ないだろう。

「あとそれと……貴方は、連 合のエクステンデッドについてはどの程度知っている?」

唐突に問い掛けられたシオ ン……何人かがレイナの言葉の意味を掴めず首を傾げるが、シオンはやや嫌悪感を漂わせたように表情を顰める。

《盟主がコーディネイターに 対抗できる計画として進めているのは知っている…私は反対したがな》

苦い口調で自身に向かって吐 き捨てる。

いくらコーディネイターに勝 つためとはいえ、侵してはならない領域を侵しているとシオンはアズラエルに向かって抗議したが、アズラエルは鼻で笑うだけであった。

「そのエクステンデッド計画 に際して、アズラエルが懇意にしているのは?」

《恐らく、ロドニアにあるラ ボだろう……あそこは、盟主だけでなく多くの強硬派の幹部連中が懇意にしている場所だからな…だが、それが何なのだ?》

あまりに突然の問い掛けに意 図が掴めないシオンが尋ねると、レイナはやや憮然とした表情を浮かべて呟く。

「そのロドニアから、研究 データを持ち出すことは可能かしら?」

《なにをバカな……あそこは 一番セキュリティが固い場所でもある。研究データを持ち出すなど……》

間髪入れずに呆れたような口 調で被りを振る。

「なら、研究データの一部を 持ち出すことは……?」

《内部にいる研究員とコンタ クトが取れれば、できなくはないが……》

「こちらに、その被験体と なった者がいる。その治療のために実験データを手に入れて欲しい……被験体の名はステラ=ルーシェ」

そこに来て、ようやく合点が いったように全員が眼を瞬いた。アメノミハシラ到着後、内部の医療施設へと搬送された連合の兵士……それが連合内の人体実験によるブーステッドヒューマン であることは既にここにいる中心メンバーの知るところになっている。

「先のメンデル戦で救出し た……だけど、私達では手の打ちようがない。だから、その人物に施された実験データをお願いしたい」

あのステラという少女を救う にはこの方法しかない……自分達が今動けない以上、そこにパイプを持つ人間にデータを手に入れてもらうほかない。それに、これに相手がのるかは賭けだ。穏 健派とはいえ、ブルーコスモスが戦災孤児を人体実験の被験体に利用しているなどと世間に公表されれば、少なからず世論による抗議を受け、体裁が崩れる。そ れはシオンにとってもマイナスになるだろう。

「勿論、タダとは言わない わ……そうね…1000Earth Dollarでどうかしら?」

その破格的な金額に、周囲は 一際大きく眼を見開き、驚愕した。

金額を表示されたシオンも眼 を剥いている……一個人で出せる金額ではない。

だが、少なくとも単なる出任 せではなさそうなのはレイナの微動だにしない態度であろう。

レ、レイナ……そんな金どこから……

カガリが上擦った小声で尋ね ると、レイナはしれっと答え返した。

スイスの銀行口座……別に、それぐらいの額なら 残ってるはずだし

当然のように答えたレイナ に、一同は息を呑み…眼を見開いた。

レイナはスイス銀行に隠し講 座を持っており……BAであった傭兵時代に稼いだ金やそれ以降にプログラムの仕事を匿名で請け負い、譲渡していた。そのために口座に放っておいても溜まっ てくる。元々、レイナは金の掛かるような装備や道具を使っているわけでもなかったので、振り込まれた礼金を使う必要がなかった。そのために次々と溜まり、 今ではかなりの額がプールされている。今回提示した金額も全体の約3割程だ。それに、レイナは別に金が無くなろうが別に構わない……元々そういったものに 興味などないからだ。

半ば脅迫じみているが、この 問題に関してはこれぐらい言わなければ向こうも折れない。

それに、少なくともこれだけ の金額を示せば、向こう側ものらざるをえないのは容易に想像できる。組織を運営するうえで、資金はいくらあっても足りないはずだ。

シオンもレイナの意図を察し ている……無論、プラフということもあるが、この少女の底知れぬ情報力に一概に否定できないのも事実であった。

そして、頭の中でそれらを天 秤にかけ……ベターな答を巡らせる。

《……解かった。なんとかし よう…幸いに、ロドニアのラボにはパイプがないこともない…》

折れたのはシオンだった…… まあ、これも自分達の目的を達成するための高い買い物と腹を括ることにしたのだろう。どの道、アズラエルの排除後は強硬派を抑え込み、ブルーコスモスの体 制そのものを変えなければならないのだ。そのためにはあのエクステンデッドのラボは汚点でしかない。

「お願いね…それじゃ、引渡 しだけど……」

MSの引渡しは3日後……デ ブリ帯の指定ポイントにジャンク屋の輸送船と合流し、そこでMSと研究データの交換を行い…その後MSは地球に降下し、カモフラージュをして南米へとルー トを隠蔽しながら輸送するということで落ち着いた。

「あ、あの…アンダーソン中 将……現在の連合の方はどうなっています?」

議論も終盤に差し掛かると、 マリューがやや躊躇いがちに尋ねると、アンダーソンは渋い表情を浮かべる。

《どうもこうもない……ユー ラシア上層部は、大西洋連邦との同盟強化に一致したようだしな。アラスカ戦でのあちらの不審感も拭えていないというのに…》

「なにか、別の要因 が……?」

なにか、そういった不審感を 抑えてでも大西洋連邦との同盟強化しなければならない要因が別にあるのかと……アルフがそう問い掛けると、アンダーソンは首を振る。

《冷遇されている私にはそこ までは解からん……だが、私のような者が冷遇されているのと同じように大西洋連邦内でも一部の派閥が動きを拘束されていると聞いている……確か、デュエイ ン=ハルバートンだったな》

大西洋連邦との関係強化に乗 り出そうとする今、ユーラシア内部での大西洋連邦に対する不審感に触れるのはタブーだ。故に、アンダーソンをはじめとした反大西洋連邦派の兵士達は現在 ユーラシア内部では厄介者扱いになり、立場を冷遇されている。

サイクロプスによって切り捨 てられたアラスカ守備軍の親類や友人達には大西洋連邦の増長が許せないのであろう。

加えて、大西洋連邦内におい ても反ブルーコスモス派の将校は立場を冷遇されている。その最もたる者がマリュー達の上官であったハルバートンである。

アンダーソンもハルバートン と連絡を取り、OEAFOへの協力を取り付けたかったが、肝心のハルバートンは宇宙でアンダーソンは地球…… なかなか接触する機会が得られずじまいであった。

「ハルバートン提督 が……っ」

《そうだ……そういえば、確 か君らは彼の部下だったな》

マリュー達の表情が沈痛に歪 む……彼らが脱走したことにより、ハルバートンもまたその責任を問われ、現在連合内での立場を冷遇されつつある。先の衛星軌道上の戦いにおいて指揮下の艦 隊をほぼ壊滅させられ、その再編成も進まぬなかで今のハルバートンは左遷されてもおかしくない立場ではあるが、それでもなお月艦隊の提督を任せられている のはひとえに彼がG計画の推進者という功績があるゆえんだろう。

沈むマリューの肩をムウがせ めて和らぐように肩を叩く。

その後、いくつかの議論を交 わし……大体の詰めを終え、一応の会談は終了させようとした時、リンが思い出したように尋ねた。

「そう言えば……アンダーソ ン中将…貴方に訊きたいことがある」

唐突に切り出したリンに、眉 を寄せる。

「以前、メンデルに着く 前……一体のMSに襲撃された。その時に襲ってきたMSの機影が、これよ」

コンソールを操作し、エヴォ リューションの記録映像ライブラリから引き出した戦闘時に撮影したハイペリオンの機影をモニターに映し出す。

そして、それがアルミューレ・リュミエールを展開した状態が映し出され……アンダーソンはやや苦虫 を踏み潰したように表情を顰めた。

「やはり……アレは、ユーラ シアが絡んでいるのに間違いないわね?」

その表情から、自分の考えが 間違っていなかった確信を得る……そして、アンダーソンはやや険しい表情で頷く。

《ああ……アレは、ユーラシ アで開発を進めていたCAT1−Xと呼ばれる機体だ》

大西洋連邦が逸早くMSの有 用性に着目し、G計画をスタートさせたようにユーラシアでもまたMSの開発をスタートさせた。遅れを取ったユーラシアは民間企業のアクタイオン・インダス トリーと共同でCAT1−Xという開発コードで、ユーラシアが持つリフレクター技術を応用したMSの開発を進めさせたが、量産化に至る前にユーラシア連邦 上層部が大西洋連邦との同盟強化路線に変更し、ダガーを譲渡されたために開発は中止された。

《特務部隊X……そう極秘裏 に組織された部隊が運用を任され、アルテミスを拠点に活動しているはずだ》

その名を出された時、レイナ やキラ…マリューらは一瞬、呆気に取られた。

「無事だったの? あの衛 星……」

思わず口に出してしまっ た……だが、少なくともレイナの言葉がこの場にいるあの戦闘に関わった者全ての感想だろう。

なにせ、その問題のアルテミ スがザフトによって崩壊させられる一端を担ったのは他でもない彼らなのだから……まあ、あの時は脱出するのに必死だったから、アルテミスがあの後どうなっ たかなど気にしてる余裕がなかったのも事実だが………アルテミスは陥落させても戦略上まったく意味を成さないからこそザフトも捨て置いたのかもしれない が………

そして、アンダーソンの口か ら語られ、あの機体はハイペリオンというコードネームで3機の同型機が存在し、現在全機がアルテミスに保管され、そのまま封印される手筈になっていること を伝えた。

「フーン……ん…まて よ………」

レイナが何かを思いついたよ うに思案する……暫し、考え込み…やがて、なにかを思い至ったようにリンに向き直った。

「リン、ちょっと頼みがある んだけど………」

その言葉に、リンはやや首を 傾げながら向き直り……その後、レイナからの依頼をリンは実行するために、アメノミハシラを一度離れることになった。

 

 

 

 

会談から数日後……L3宙域 を一隻の輸送船が航行していた。

一人乗り用のその小型船の操 縦席には、リンの姿があった……彼女は今、L3にあるユーラシアの軍事衛星アルテミスに向かっていた。

「さて、と……もう少しでア ルテミスの索敵範囲……ここから先は、エヴォリューションの方がいいか」

輸送船を自動操縦に切り換 え……近くを浮遊する岩塊に機体を固定し、エネルギーラインを切る。連動して次々と電源が落ち、コンソールパネルの光が消え、コックピット内が暗闇に包ま れていく。

リンはパイロットスーツの胸 元を締め、ヘルメットを被ってバイザーを下ろす。それと同時にコックピット内は完全に闇に包まれ、ライフシステムも切れて酸素の供給がストップする。

そのまま身を翻し、後部貨物 室へと移動する……ハッチを開き、貨物室に入ると、そこにはコックピットを開いたエヴォリューションが固定されており、リンはコックピットに飛び込む。

すぐさま機体を起動させ、エ ヴォリューションが立ち上がり、そのまま非常電源の通っている貨物ハッチを開き、宇宙へと身を踊り出し、エヴォリューションはスラスターとバーニアを噴か してアルテミス向かって加速した。

リンの目的はアルテミス内に 保管されているはずのハイペリオンと呼ばれるユーラシアのMSの同型機2機の奪取……先の戦闘で判明したハイペリオンの戦闘データから、この機体をこのま ま封印しておくのは勿体無く、またこちらの戦力増強にもなるということでアンダーソンにも確認を取り、一度そのハイペリオン1号機と戦ったリンにその仕事 が任された。

「まったく、人使いの荒 い………」

やや苦い口調でレイナに毒づ く……レイナは今、シルバラードと共にジャンク屋組合の輸送船とランデブーし、物資の受け渡しと護衛に出ている。そのために、リンは単独で輸送船を借り、 このL3まで訪れた。

リンはエヴォリューションを AMBACで操作し…そのまま手頃な岩塊を発見すると、その影に取り付き……ブースターを噴かし、岩塊はその加速力に弾かれ、真っ直ぐにアルテミスへと向 かった。

アルテミスは先のザフトの襲 撃後、海賊の襲撃を受けたりいろいろあったみたいだが、今では修復し、元の軍事衛星に戻っている。アルテミスの傘と呼ばれるリフレクターはやはり厄介な代 物……アレが修復されているとなれば、余計なリスクを背負うことになる。

そのために、リンはデブリに 扮してアルテミスへと接近することに決めた。レーダーや熱探知機にキャッチされないためにエヴォリューションの全てのシステムをダウンさせ、そのままアル テミスの周辺宙域まで接近しなければならない。

「傘が展開されるまで約3 分……なんとかなるか」

デブリだけの接近なら少なく とも対空砲で撃ち落とそうとするだろう。その隙を衝いて傘の展開前に一気にアルテミスの内部へと飛び込む。

時間との勝負だ……そう作戦 を練っていたリンだったが、アルテミス付近にまで接近した時、不審感に捉われた。

もう、アルテミスの索敵範囲 に侵入し、既に肉眼でもアルテミスの姿が視認できたが、対空砲どころか傘の展開する様子さえ見えない。

怪訝そうに眉を顰めるリ ン……その時、エヴォリューションのセンサーがなにかを捉えた。

「ん?」

モニターを見やると、アルテ ミスから一隻のアガメムノン級が発進してきた。

しかし、なにか様子がおかし い……急加速してアルテミスから離脱するのはどう考えてもおかしい。

「なんだ…脱走か? まあ、 こっちには都合がいい」

一瞬、思考を巡らしたが、自 分には関係ない……トラブルが起こってくれたならこちらとしてもありがたい。

おかげでほぼアルテミスの懐 にまで接近した……これなら、もう隠れてる必要もない。

瞬時にエヴォリューションの APUを起ち上げ、エヴォリューションが取り付いていた岩塊から立ち上がり、離脱する。

リンはそのまま岩塊を蹴るよ うに飛ばす……反動で岩塊はさらに加速してアルテミスへと真っ直ぐに伸びる。

そしてそのまま、アルテミス の地表に設置されていたリフレクターの一基に激突し、リフレクターが破壊された。

 

 

突然の防御エリア内に未確認 のMSが現われたことにアルテミスの管制室は混乱に陥った。

「ぼ、防御エリア内に MS!?」

上擦った管制官の悲鳴に近い 報告に司令官であるガルシアは怒号を張り上げた。

「なんだとっ!? レーダー は何をボサっとしていたっ!」

「も、申し訳ありませ ん……」

遂今しがたまでアルテミス内 部で起こったトラブルの対処に負われ、外の警戒が疎かになっていた隙を衝かれたのだ。

というよりも、以前ブリッツ に攻撃された時の教訓がまったくいかされていなかったということに職務怠慢もいいところだろう。

「オ、オルテュギア! なお も加速……っ!」

先程、アルテミスから発進し たアガメムノン級戦艦:オルテュギアは既に傘の展開範囲外に離脱し、急速に離脱していく。

「くっ……どいつもこいつ も…役立たずがっ!」

萎縮する管制官に毒づき、ガ ルシアは子供のように癇癪を上げて拳を叩きつけた。

ガルシアの怒りを助長するよ うな事態にばかり陥り、ガルシアは周囲に当り散らす……先程伝えられたユーラシア上層部の決定……ガルシアに運用を任された特務部隊Xの解散……Nジャ マーキャンセラーを装備したMSを捕獲したと息巻いていたガルシアにとってはまさに理解できない事態であろう。

大西洋連邦との同盟強化のた めにもはや特務部隊Xはユーラシア上層部にとって厄介者でしかない。しかも、上層部はガルシアに対して無能と言い放つ始末……見下され、自分の思い通りに いかないことをなによりも我慢できないこの小心者の男には到底耐えられるものではない。その鬱憤を晴らそうと特務部隊Xの専属MSパイロットであるカナー ド=パルスを拘束し、研究所へと戻す前にせめて自分に余計な失態を負わせた鬱憤を晴らしておこうと思ったのが、カナードの乗ったオルテュギアはなにを思っ たか強制発進し、既に自分の手の外……おまけに防御エリア内にMS……もしこのまままたアルテミスが陥落させられるような状況に陥れば、もはや自分の上層 部への復帰は水泡と消える。

自身の保身のために必死に策 を巡らせる。

そして、なにか名案を思いつ いたように顔を上げた。

「バルサムを出せ! 奴に迎 撃させろっ!」

脱走したオルテュギアは別に 構わない……どうせ脱走した以上、もう奴らには帰る場所もなく、追われる身になるのだから……ガルシアはまず自分の要塞に攻撃を仕掛けているMSを迎撃さ せることにした。

そして、モニターで確認され た機影が未確認のMSであることから、あわよくばアレを捕獲してせめてもの上層部への手土産にすれば自分の首も繋がるという浅はかな期待を抱いていた。

「ハイペリオン2号機、出撃 させろ! 奴はわしの秘蔵っ子だ……このアルテミスを襲ったことを後悔させてやる……」

半ば、嘲笑を含んだような笑 みを浮かべる……だが、ガルシアは自分がピエロであることを知る由もない……

 

 

 

アルテミスの懐へと飛び込ん だエヴォリューションはヴィサリオンで周辺のリフレクターを破壊し、立ち塞がるメビウスを撃ち落としながら内部へと続く港のハッチに向かっていた。

どうやら、このアルテミスに はまだMSが配備されていないようだ。

その時、センサーがアルテミ ス内から発進してきた機影を捉えた。

「ん?」

リンがコンソールを叩き、モ ニターを拡大すると……そこにはグレーのカラーリングのMSが映し出された。

「例の奴…いや、違う な……」

以前対峙した機体かと思った が、機体のカラーリングが違う……そして、リンの眼がMSの肩に描かれたマークが眼に入った。

「2/3……成る程、例の ターゲットの2号機か………それに…」

左肩にマーキングされた型式 番号から、ターゲットであるハイペリオンと呼ばれるMSの2号機に間違いない。だが、リンが眼を引かれたのはその番号の下にある星マークと胸部にマーキン グされたエンブレムだ。

「撃墜マークにエンブレ ム……こんな辺境にエースパイロットを自負する者がいるとは………」

少しは楽しめるか、とリンは 微かに口元に笑みを浮かべて突進してくるハイペリオン2号機を見やった。

だが、リンはこの時勘違いし ていた……眼前のハイペリオン2号機のパイロットは、まったくの素人だということを………

 

 

エヴォリューションの迎撃の ためにアルテミスから出撃したハイペリオン2号機……パイロットはバルサム=アーレンド少尉。

自ら『アルテミスの荒鷲』と 自称するパイロットであるが………

「へっ…この撃墜マークにシ ミュレーション以外の機体を書き込めるチャンスが来たぜ!」

そう意気込むバルサムではあ るが……この男、なにを思ったかシミュレーションで墜とした敵機数を肩に刻んでいたのである。しかも、そのシミュレーションの難度レベルは一番低い……そ こまでいくと自惚れを通り越して滑稽である。

当然のことながら、バルサム には実戦経験などないどころか……エースパイロットの証であるエンブレムを持つのすら驕りだ。

おまけに……今、バルサムの 前に立ち塞がるエヴォリューションのパイロットはリン……しかも、左肩にリンのパーソナルマークである漆黒の兜と剣をあしらったエンブレムが刻印されてい る。

だが、バルサムはリンの二つ 名である『漆黒の戦乙女』の名も、彼女の戦績も知りはしない……彼は今までそういったものに興味がなかった。最強のMSを駆る自分が最強と自負し、錯覚し ていたのだ。

無知とは時に幸福で…残酷で あった………

「いくぜっ…アルミューレ・ リュミエール、てん……っ!!?」

意気込んでアルミューレ・ リュミエールを展開させようとしたバルサムであったが、それは最後まで続かなかった。

瞬く間に懐に飛び込んだエ ヴォリューションがインフェルノを振り、コックピットに向かって突き刺した。

バルサムは、その迫りくる ビームの光状が最後の光景になり……半ば自分が死んだという自覚すらできないまま、ビームに焼かれてこの世から消滅した。

インフェルノのビーム刃がハ イペリオン2号機のコックピットを貫き……リンは拍子抜けしたように眉を顰めた。

「なんだ……呆気ない…単な るこけおどしか?」

エンブレムと撃墜マークを機 体に入れるぐらいだから、もう少し腕が立つと思ったが……動きが素人どころか隙だらけであった。

買い被りすぎたとやや肩を竦 め、息を吐き出すと…インフェルノを抜く。

綺麗にコックピットだけを貫 かれたハイペリオン2号機はそのまま漂う。

「さて、と…ターゲットはあ と一機………」

どの道、この機体も確保する 予定だった……爆発させないようにコックピットだけを狙ったので、損傷は少ない。

ハイペリオン2号機の腕を掴 もうとした瞬間、リンは殺気を感じて機体を翻す。

エヴォリューションが身を 捻った瞬間、空いた空間をビームの弾丸が過ぎる。

リンが視線を向けると、そこ には半ば半壊したMSがビームマシンガンを構えていた。

「アレは……あの時の奴か」

右腕と右脚部を欠損している が、そのカラーリングに憶えのあったリンは即座に迎撃に出る。

ヴィサリオンを構え、エヴォ リューションがトリガーを引く。だが、ハイペリオンの1号機を駆るカナードは舌打ちしてその攻撃をかわす。

だが、万全でない今のハイペ リオンでは完全にかわせず、ビーム弾が機体を掠める。

ハイペリオンはバックパック に残ったフォルファントリーで砲撃してくる。

リンはその軌道を見切り、機 体を後退させてビームをかわす。だが、カナードの目的はエヴォリューションの牽制であった。

離れた隙を衝き、漂っていた ハイペリオン2号機の残骸を掴むと、そのまま身を翻す。

「っ!」

僅かに舌打ちする……相手の 目的は最初からあの残骸だったのだ。

《次に遭った時は、今度こそ 貴様を倒すぞっ! 黒いガンダム!》

言い捨てるような叫びととも にハイペリオンは急速に離脱していった……カナードとて自分の不利ぐらいは解かる。本人は認めたくないかもしれないが……万全ではない今の状態のハイペリ オンでは一度敗れたリンのエヴォリューションと戦うのは難しい。

だからこそ、今回は予備パー ツ回収に留めた………2号機を担いでハイペリオンはさらに加速し、先行するオルテュギアに向かって去っていった。

その後を追おうともせず、エ ヴォリューションはその場に暫し佇み……コックピット内でリンは表情を顰めて肩を落とした。

油断した…と自身に向かって 毒づく。

だがまあ、この際仕方な い……それに、まだターゲットは残っているのだと気持ちを改め、アルテミスを見やる。

ターゲットはあと一機あるは ずだ……もはやただの岩の塊となったアルテミスには護るものがない……頼みの傘は既に半壊…虎の子であったハイペリオンの損失………そしてもはや迎撃でき るMAすらなく………リンはそのままエヴォリューションをアルテミス内へと突入させた。

開けたハッチから内部に飛び 込み……待機していた艦艇がビームを放ってきた。

「こんな内部でビームと は……」

基地内部でビームを放つな ど、正気とは思えない……ビームがそのままアルテミスの内部へと着弾し、内部に震動が伝わる。

リンは気にも留めず……ドッ ク内を突っ切り…格納庫へと続くハッチに向かってインフェルノを振り被り、ハッチを斬り裂く。

開かれたハッチから漏れる空 気……格納庫内にいた整備士達が慌てて退避していく。

格納庫内を見渡し……モニ ターにターゲットの機体が映った。

「アレか……」

メンテナンスベッドに固定さ れた先程のハイペリオンと同型の3番目の機体……CAT1−X3/3:ハイペリオン3号機。

まだパイロットは搭乗してい ないらしく、コックピットハッチが開かれたまま……エヴォリューションはそれに近づくと、ハイペリオン3号機を担ぎ上げた。

「さて、と……長居は無用 ね」

ターゲットは一機しか確保で きなかったが、それでももうここに用はない。

エヴォリューションはハイペ リオン3号機を担ぎ、格納庫を飛び出すと、そのままドックを突っ切る。

それを管制室でもはや茫然自 失と眺めるガルシア……あまりの現実に、もはや思考が働かないのであろう。

障害もなく、アルテミスを脱 出したエヴォリューションはそのまま先程の輸送船を隠した小惑星に向かって飛び立っていった。

 

その光景をモニターで、まる で悪夢でも見ているようなガルシアが見送った……現実逃避を続けるガルシア……その時、管制室に警報が鳴り響いた。

「ド、ドック内に熱源!」

悲鳴に近いオペレーターの 声……だが、ガルシアは呆然としていてそれさえも聞こえない。

混乱する管制室の強化ガラス の前に……ゆらりとした白い影が現われる。

白いマントのようなものを靡 かせるMSらしき機影……だが、頭部から被ったマントとマントに掛かる文字が書かれた札のような帯を纏っている。マントの隙間からも見える白銀に近いボ ディにもそれら札の帯が呪符のごとく巻き付き、まるで古代の墓を護る墓守のような様相を醸し出している。

その異様な出で立ちのMSの 出現にアルテミス内は大混乱に陥る。

恐怖・絶望……それらの感情 が渦巻く管制室を顔を隠したマントの隙間から僅かに見える二対の真紅の瞳が不気味に輝き、射抜く。

「さて……目的の物は手に入 らなかったけど……まあ、これだけでもよしとしようかしら」

コックピットに座る人影…… だが、闇に包まれたコックピットで唯一差し込む正面モニターの光も人物の顔を映えるには及ばない。

だが、微かに差し込む光に映 る口元を緩め……手元に一枚のディスクを持ち上げる。

「さて、と……それじゃ、あ とは………」

人影が呟いた瞬間……白い影 は呪符で巻かれた右腕に禍々しい柄を構え……刹那、柄から真紅の刃が形成される。

「必要ないのよ……この世界 に……蟲けらどもはね………滅びろ」

小さく言い捨てた瞬間、その 真紅の刃が管制室に向かって振り下ろされた……迫りくる光の光状が、ガルシアのこの世での最後の光景になった。

管制室を斬り下ろし……刃が ガルシアの身体を縦に両断し、熱に焼かれて肉片を一つ残すことなくこの世から消滅した。

完全に振り下ろされた瞬間、 管制室が爆発に包まれていく。

ドック内にも炎が飛び散 り……アルテミス内部が炎に包まれていく。

「ッククク……アハハハハハハッ

笑い声が木霊し、紅蓮の炎が 舞い上がるなかで佇む白い影……マントに覆われた下に見える真紅の瞳に不気味に炎を映しながらコックピット内で人影が歪んだ嘲笑を浮かべ続けた……


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