月面襲撃から数日後……アメ ノミハシラでは、連日に渡ってMSの訓練が行われていた。

特に錬度が低いオーブ軍のパ イロット達はみっちりしごかれ……そして、現在周辺のデブリ浮遊地帯を3機のMSが動いている。

一機は真紅のボディを持つス トライクルージュ……もう一機はM1…そして最後の一機は白いボディに巨大な可変ウイングを装備したアストレイの形状デザインを持つ機体……MBF−M2 −03……M2アストレイ3号機だった。

ストライクルージュと並んで クサナギに搭載され、持ち出されたM2シリーズの試作3号機……搭乗しているのは、元地球連合軍のエースパイロット…煌く凶星J:ジャン=キャリーであっ た。

パナマ戦後、彼は連合から厄 介払いされ、追われるように軍を抜けた……その後、ジャンク屋組合に加わり、ロウ達と邂逅後、レイナ達の存在を知り、協力を買って出た。

先日のロウ達のアメノミハシ ラ来訪時に同行し、その存在を僅かながら聞き及んでいたムウやマリューなどは驚いていた。

ジャンには乗り手が未だ決 まっていなかったM23号機が譲渡され、彼のパーソナルカラーである白と彼のエンブレムが刻印されている。

3機のMSはデブリが密集し ている地帯を潜り抜ける……このスピードで万が一デブリに激突すれば、それだけであの世行きだ。

「ラクス、無理だったらやめ てもいいぞっ」

先行するストライクルージュ のコックピットに座るカガリが後方にいるラクスの搭乗しているM1に声を掛ける。

「だ、大丈夫ですっ…まだま だ……っ」

コックピットには、ピンクの ザフト軍パイロットスーツに身を包んだラクスの姿……余談ながら、アイシャが彼女用に仕立てたらしい………

半ば上擦った声ながらもなん とか応じる……シミュレーターすら経験したことのないラクスにはMSのコックピットにおけるGは流石に辛いのであろう。

だが、それでも必死に意識を 保ち、操縦桿を動かす。

IWSPの加速を噴かし、ス トライクルージュがデブリの間隙を縫うように飛行する…その後に続くM1……それを後方から追うM23号機……いつぶつかるかもしれぬ緊張感のなか……そ の飛行演習を見守るエヴォリューションとジャスティス………

アスランは先程からはらはら した面持ちでそれを見守り……リンは冷静にそのテスト風景を記録し、アメノミハシラの管制室に送っている。

だが、こうして見る限りカガ リもラクスも腕はそれなりに上がっている……この短期間を思えば大したものであるが、それではダメなのだ……まだまだ操縦技術を向上してもらわねば、これ から先の戦闘には使えない。

飛行を終え……3機がデブリ 帯を突破してきた………

「キャリー一尉…機体の慣ら しはどう?」

《ああ…なかなかいい反応 だ。身体によく馴染んできている》

静かに答え返す白いオーブ軍 のパイロットスーツに身を包むジャン……開戦初期から鹵獲ジン、そして連合のロングダガーと乗り継いだ彼は操縦技術に関しては少なくとも一流だろう。この 数日の訓練で既にM2を自身の手足のように扱っている。これなら、あとは実戦での問題を洗い出すだけで充分だ。

だが問題は後の二人だ……リ ンはカガリとラクスに通信を開き、言い放つ。

「じゃ二人とも……これから 今日の最終課題をやるわよ…ユニットのレベルはD……」

「あ、ああっ」

「わ、解かりましたっ」

微かに息切れしながらも、な んとか答え返す……弱音を吐いている余裕などないのだ。二人はなんとしても訓練を乗り切り、大切な者達と同じ戦場に立たなければならないのだと自らを奮い 立たせる。

「アスラン……ユニットを準 備して」

ジャスティスに通信を繋ぐ と、アスランはやや戸惑いながらも……用意していた演習用の標的ユニットを周囲に展開させる。

それにリンが起動コードを送 信し……刹那、ストライクルージュとM1に向かって標的ユニットのセンサーが動き、不規則に機動して襲い掛かる。

2機の周囲を不規則に取り囲 むように動く……背中合わせに出方を窺っていると、数基が2機に向かって急加速で突進してきた。

反射的に2機は離れ……一機 ずつ引き離してユニットもまた分散し、取り囲む。

カガリは取り囲まれながら も、ユニット目掛けてレールガンを放つ……光弾がユニットを掠め、動きを鈍らせる。

その隙を衝き、対艦刀を抜い て一気に懐に飛び込む……振り上げた対艦刀がユニットを斬り裂く。爆発が赤々と照らすなか、残存のユニットが弧を描くように襲い掛かる。

「このおぉぉっ!」

吼えながら、対艦刀を振り被 るも、それは虚空を裂く……そのまま左右に分散したユニットは体当たりでストライクルージュのバランスを崩させ、カガリは振動に呻く。

一方のラクスはM1の支援 AIの補助を受け……突進してくるユニット目掛けてビームライフルを放つ。

だが、ビームの軌道を読み、 ユニットは回避行動を取る……ラクスは全神経を集中させて…ユニットの動きを読む。そして、AIの照準修正を受けてビームを別の方向へと放つ……次の瞬 間、そこに飛び込んだユニットがビームに貫通され、爆発する。

ラクスは眼だけを縦横無尽に 動かし、ユニットの動きを読む……歌姫として…ステージに立ちながら大勢の観客の表情を読み取れるという経験が、彼女の視野をより拡げたのだ。

そのために彼女の視界は通常 よりも拡い……そのために遠くにいる機影を捉え、支援AIの自動照準の修正も加わって予想以上の射撃能力を発している。

しかし、ユニットが懐に入り 込まれると、ラクスは対処に戸惑う……遠くを見れても近くのものにはなかなか対応できないのだ。

 

その模擬戦の様子をエヴォ リューションのカメラからアメノミハシラへと送信し……その映像を見詰めるレイナ、キラ、リーラ、アルフやムウ、メイア、アサギ達やトウベエとエリカの姿 もある。

「どうかしら……少佐達の眼 から見て?」

レイナが振り向き尋ねると、 ムウやアルフは首を捻り…そして意見を発する。

「お嬢ちゃんはやっぱ接近戦 重視だな……どっちかっていうと一撃離脱の高機動戦法の方がいい……お姫様の方は砲撃戦だな」

「ルージュは獲物をもう少し 大きくした方がいいかもしれないな……あの長さじゃ少しばかり間合いが短い。片方をそのままでもう片方を大きくした方が戦闘の幅が拡がる。ラクス嬢は火力 を重視させた砲撃支援型の方がいいな…なるべく、火力は大きい方がいい」

「カガリさんは機体の方の高 機動を…ラクスは機動性を落としてもう少し装甲を固めて重装備型に換装した方がいいと思うよ……」

「厳密に言えば、IWSPの 装備そのままで、もう少しスラスターを追加して機動性を上げておいた方がいいな。あと、彼女の方は重装備型でもすぐに着脱できるアーマータイプにした方が いい」

ムウ、メイア、リーラ、アル フとうのパイロット達の意見が飛ぶが、大まかにはカガリは近接戦闘型、ラクスは砲撃支援型の機体に乗せた方が能力をうまく活用できるという結論であった。

「それじゃあ、今の意見を参 考に機体を調整するわ」

エリカがパイロット達の意見 を頭に留め、強化プランを思い描く。

「……リン、戻っていいわ よ。ラクス達にも終了を告げて」

《了解》

短く返答が返ってくると…… 演習が終了し、MSが帰還してくる。

その風景を見詰めながら、キ ラがどこか表情を険しくして呟いた。

「やっぱり、僕は反対だ…… ラクスやカガリを戦闘に出すなんてっ」

どこかやるせなさを含んだ口 調……

「坊主……」

ムウがどこか苦い声で話し掛 ける……キラはなおも言い募る。

「二人とも女の子じゃないで すかっ…それに、カガリやラクスは………」

カガリもラクスもこれから先 に必要になる人物……それが戦闘に出るということは確かに戦意向上には繋がるが、それは死の確立がぐっと増すことに他ならない。

二人の身が危険に晒されるこ とを危惧しているのだろう……他の面々も口を噤むが、レイナは冷静な口調で話し掛ける。

「あの二人は、自分の意志で 戦場に出ると決めたのよ……私達がどう言おうとも、彼女達は自分の意志でそう決めた……私達がとやかく言うことじゃないわ」

嗜めるような口調……誰かに 感化されたというならいざ知らず……自分の意志で………今の自分の状態を歯痒く感じているからこそ、こうして戦場に出ることを自ら言い出したのだ。半端な 覚悟ではないだろう……ならば、なにを言っても無駄だろう。

「でも……」

「だから私達にできるのは… 戦場で死なないだけの技量を身に付けさせることだけ……あとは……自分の手で身を護るか………貴方の手で護ってあげればいいだけ」

まだ納得できないキラに向か い、レイナはそう言い放つ。

戦場で自身の身を護れるのは 自分だけ……ならば、せめて死なないためにも技量を身に付けさせるしかできることはない。

あとは、キラ達の手で護って やれればいいだろう……それに、それぐらいはあの二人も覚悟していることだろう。足手纏い覚悟でパイロットに買って出たことも………

「……うん」

キラもやや小さい声で頷く。

確かに、ラクスがMSに乗る と言い出してからなんとか思い留めようとしたが、ラクスはがんと聞き入れなかった。

今更言ったところで止めるよ うな半端な覚悟ではないことはキラ自身が重々承知している。

止められないなら…せめて、 自分の護れる範囲でラクスを助けようと心に改めて誓う。

「でもぉ、キラ君……女の子 を戦わせたくないって…じゃあ、私達はどうなのかなぁ?」

含みのある笑みでキラの肩を 叩くアサギ……その声にどこか身をビクっと硬直させる。

「あ、いえ……」

「そうだよね…私達もレイナ さん達も一応女の子なのに……私達は論外なのかなぁ?」

口ごもるキラを畳み掛けるよ うに詰め寄るマユラとジュリ……キラは今更ながら、自分の言葉の迂闊さに後悔した。

ラクスやカガリがダメなら… 当然、同じ女の子であるレイナやリン、リーラやアサギ達もその部類に入るのだが……最初からパイロットとして戦ってきたためにあまりにその観点が薄かった のだろう。

「どうなのどうなの、キラ 君?」

無論、アサギ達も本気でキラ を責めているわけではなく……ただ単に元気付けようとからかっているだけなのだが……当のキラは完全におろおろしてしまっている。

そんな様子に先程までの重い 空気が緩和され、一同は微かに笑みを浮かべた。

「んじゃ、俺らはまだ機体の 整備が残ってるから、お前らはあいつらが戻ったら飯にでもしろよ」

いつもの飄々とした口調で告 げるムウ……レイナは何気に呟き返した。

「もう胃は大丈夫なんです か?」

その言葉に……数日前の悪夢 を思い出したのか、ムウの顔が蒼くなる。

「お、思い出させるな よ……」

あの出来事はかなりトラウマ になってムウの身体に刻まれた……あれから数日は胃がやられて飯もろくに食えず…おまけにあれ以来、カレーが食えなくなったのだ。

食おうとしたら、あの悪夢が 甦ってきそうで……ムウは微かに身震いした。

「まあまあ少佐……それより も、行きましょう」

苦笑を浮かべて宥めるアルフ にムウが口を尖らせ……メイアと3人は揃ってファクトリーの方へと向かう。

「さて、それじゃわしらも機 体のセッティングをせんとな……」

「そうですね…アサギ、それ ぐらいにしておきなさい……」

「はーい」

エリカに論され、軽薄に手を 挙げて答え返す……解放されたキラは大きな溜め息を漏らす。

その姿に笑みを浮かべなが ら、エリカは声を掛ける。

「それじゃキラ君…すぐに機 体のOSの変更とAIの更新を行うから手伝ってくれる?」

「は、はい……」

疲れを滲ませた声で応じなが ら、キラ、トウベエらは管制室を後にする。

「私も、スペリオルの調整が 残っていますから……失礼しますね」

「ええ……ラクス達の方には 私が行っておくわ」

リーラが会釈し、去ると…… 一人残ったレイナは今の演習データをまとめ、保存させると身を翻す。

「そう言えば……ロウ達の方 はどうなってるんだろ……後で行ってみるか」

現在、アメノミハシラにいる ロウ達……先日の来訪時に渡されたデータから、例の装備を造っているとは思うが……ラクス達との件が終わったら、一度様子を見てみようと決めると、レイナ は格納庫へと向かった。

 

 

格納庫では、連日に渡って続 ける訓練で使用されるMSが並び……整備士が忙しく駆け回っている。

そんななか……モップを手に ブラシをかけているシン…ご丁寧に割烹着と三角巾までつけて…………実は、メンデル脱出の際にメビウス・ゼロを無断使用…おまけに大破させた罰として、格 納庫の掃除一週間を言い渡されていた。

当初…シンは不満をぶつけそ うになったが……次の瞬間、問答無用にトウベエに拳骨をもらった。心配をかけた罰だと……一時間も正座でお説教を受ければ素直に従うだろう。

「ほらお兄ちゃん…手を休め ない! 」

逡巡していたシンに激を飛ば すのはマユ……シンがサボらないように見張り役をトウベエから仰せつかっていた。

「なんで俺だけ……」

「くぅおらっ!!」

思わず愚痴が出そうになった 瞬間、耳鳴りがするほどの声が響く。

「文句言う暇があるなら手を きびきび動かす! まだ半分以上残ってるんだからね!」

メガホンを片手に怒鳴るマ ユ……流石のシンもこれには逆らえない……今一度溜め息を漏らすと、その時声が掛けられた。

「シン………」

弱々しい…それでも誰かをす ぐに判別できる声……シンが振り返ると、そこには予想通り…ステラが佇んでいた。

「ステラ! ダメじゃない か…まだ無理しちゃっ」

慌ててブラシを捨て、駆け寄 る……フィリアの治療でなんとか回復の兆しをみせ、今では自分で動けるほどに回復していた。

「シン……逢いたかっ た………」

シンの心配を他所に、弱々し いながらも笑みを浮かべるステラに文句も言えない。

「少しは身体を動かさない と……いざって時に自分で動けなくなるわよ」

そこには、データを片手にレ イナが佇んでいた……格納庫へ向かう道すがら、ステラが歩いているのを見つけ、シンの所在を尋ねられたのでここへと連れてきた。

「あ、レイナさん…お兄ちゃ んはちゃんと見張ってますから、安心してください」

「そう? ありかと」

胸を張るマユの頭を撫で る……そうこうしている間に、格納庫に演習に出ていたMSが帰還し、機体をメンテナンスベッドに固定する。

ラダーを使って降りてくるラ クスやカガリは、床に足をつけると疲れを滲ませてその場に膝をつきながらヘルメットを取る……汗が飛び、息を乱している。

やはり、この短期間での訓練 は質を増しているので二人には辛いものがあるだろう……なにせ、一般のパイロットが行う訓練期間をかなり短縮して行うのだ。

「ほら、お疲れ……明日に備 えて今日はもう休め」

二人分のドリンクを手に歩み 寄ったリンが差し出すと、二人は気だるげに顔を上げ、受け取る。

「サ、サンキュ……」

「あ、ありがとうございま す……」

もう喋る気力もあまりないよ うだ……リンは軽く溜め息を漏らすと、ジャンに振り向く。

「キャリー一尉……貴方はも う演習は必要ないだろう…あとは、実戦で慣れてくれ」

「ああ……私も、そのつもり だ。それに、ロウのためのパーツの作成もあるしな…」

ジャンは初めて搭乗した機体 に慣れるのに数日で基本の動作チェックを終えた……あとは、元々のM2シリーズも既に1号機と2号機の稼動結果によってほぼ満足いくデータが蓄積され、あ とは3号機の特徴である機動性の実戦での稼動データだけであろう。

これが揃えば、M2シリーズ の量産化への再設計が行われる予定らしい……もっとも、今からではそんな暇も量産する余裕もないが……

そして、ジャンはアメノミハ シラの設備の一つを借り、ロウのレッドフレームのための強化パーツの製作に着手している。本人曰く、ロウへの礼だそうだ。

別れると、レイナの姿を見つ け、歩み寄る。

「お疲れ」

「ええ……で、どうなの?  あの二人の方は?」

未だその場に座り込み……ア スランが二人に声を掛けている様子を見やりながら尋ねる。

「大方プランは決まった…… あとは、それに合わせてAIの設定変更と武装の交換ね」

その答はリンにも予想通り だったので、さして驚きも見せていない。

「だけど、時間がないのも確 かだからね……あと数日で演習は全て終えてもらわないと……その後は実戦での訓練を積むしかないけど……」

世界の動きは予想以上に速 い……ジブラルタル陥落……地球軍はじきにザフトを地上から追い出し、宇宙での早期決着を臨むだろう。

そしてもう一つ……彼らもま たそれを待っている………用心に越したことはない。

互いに頷くと……そこへよう やく立ち上がったラクスとカガリがフラフラと歩み寄ってきた。

「ふぅ……流石に疲れたな… 早く飯にしよう」

「カガリ……そんなに疲れた 後でよく食えるな?」

アスランが半ば呆れた声を上 げる……あれだけ激しい演習を終えた後でご飯を食べようなど、考えただけで胃がもたれそうだった。

「けど、腹が減っちゃ戦はで きないだろ……明日のために英気を養わないと」

悪びれもなく言いのけるカガ リ……まあ、言ってることは正論ではあるが………

「そうね……じゃ、取り敢え ず夕食にしましょうか…」

苦笑を浮かべてレイナが促 す。

「ねぇレイナさん…私達も一 緒にしていいですか?」

傍で聞き耳を立てていたマユ が尋ねると、レイナは首を傾げながら頷いた。

「……別に構わないけど?」

「やった……お兄ちゃん、ス テラさぁん……一緒に食事行くよ〜〜」

マユが声を掛けると、ステラ の相手をしていたシンも気づいて頷き返した。

「あ、ああ……ステラも食 事、行くだろ?」

「食事……ご飯………?」

「そう」

シンが答えると、ステラはコ クリと頷く。

その様子を見詰めながら、リ ンがレイナに小声で囁く。

「正直、驚いたわ……最初見 たときは助かる見込みはないって思ってたけど……」

最初にネェルアークエンジェ ル内で見たステラの様子から、かなり過度の肉体改造を受けていると考えていただけに、回復しても最悪混乱で自我崩壊という可能性もあっただけに驚きを隠せ ない。

「まあ…ね」

レイナも曖昧ながら答え返 す…レイナ自身も短期間でここまで回復しするとは思わなかった。あのシンのおかげかもしれないが………半身同士であった彼らの………

「でも、肝心の情報は聞き出 せずじまいか……」

やや落胆するように肩を竦め る……回復したはいいが、肝心の情報を得るというのは記憶の欠如などや、混乱から不可能であった。

無理に思い出させようとして もそれだけで脳に負担が掛かる……

「だけど……危険じゃない?  地球軍と逢えば……」

無意識下に刷り込まれた心理 コンロールはなかなか克服できるものではない……それがエクステンデッドなら尚更だ。

このまま回復しても、地球軍 と邂逅すればまたそれが禁断症状を引き起こす可能性もないとは言い切れない。

「解かっている………だけ ど、それはあの子達自身で克服しなきゃいけないことでしょ…私達がとやかくいうことじゃない」

自分がしたのはあくまでOEAFOと の協力のためにあの子をカードとして交渉しただけ…あとの問題は彼ら自身の問題…それに口を挟むつもりはない。

その言葉に、呆れたのか肩を 竦め返す。

「おーい…早く行こうぜ!」

出口付近でカガリが促し…… レイナとリン達も後を追って遅めの夕食を取ろうと食堂に向かった。

 

 

「ようっ、君達」

「あら、今から夕食?」

食堂を訪れると、そこには先 客のバルトフェルドとアイシャが座っていた……バルトフェルドの回りには予想通り、コーヒーの調合器具が揃っている。

「ええ……」

その異様な光景に一瞬眼を剥 く一同だが、既にバナディーヤで慣れていたレイナは冷静に応じた。

「あらでも……もう時間が時 間だし、厨房には誰もいないわよ」

やや困ったように表情を顰 め、厨房にアイシャが視線を向ける……それに続くように視線を向けると、厨房は確かに静まり返っていた。

まあ、時間が時間だし…もう 夕食のピークを過ぎたからこそ、バルトフェルドもここでコーヒーメーカーを弄っていたのだろうが………

「でしたら、私が……」

ラクスがそう乗り上げた瞬 間、アスランはビキっと身を強張らせ……レイナとリンは表情を顰めた。

アスランは悪夢を思い出 し……レイナとリンは盛大に溜め息を漏らした。

「あんた達は止めて……また 食堂使いものにならなくされちゃね………」

やや呆れた声でそう嗜めるレ イナ……辛辣だが、事実だけにラクスもカガリも押し黙る。

「私がやるわ……」

レイナがそう発した瞬間、一 同は一際大きく眼を見開いた。

「レ、レイナ…お前、料理で きたのか!?」

カガリが眼を見張りながらそ う問い返す……レイナが料理するなど、なにか想像ができない光景だ……随分と失礼だが、レイナは肩を竦めながら息を吐く。

「まあ、得意ってわけじゃな いけど……少なくともアレよりはマシなものができると思うわよ……これでもずっと一人で生きてきたわけだし」

傭兵時代…そしてそれからヘ リオポリスでの事件が起こるまではずっと一人で生きてきた……当然、自分のことは自分でせねばならない。

料理もその過程で覚えただけ だ……まあ、傭兵時代はずっとサバイバル生活だったから、蛇や蛙、魚などを捕まえては調理していたが、それは口にすまいと思った。

そう言うやいなや、身を翻し て厨房に向かう。

だが、アスランは思った…… アレ以上に悪いものがそうそうあってはたまらないと。

「あ、リン…あんた料理はで きる?」

「ん? まあ、できなくはな いが……」

何かを思い出したように振り 返り、唐突に話を振られたリンはやや戸惑いながら答える。

リン自身も少なからず自活し ていたのである程度ならできるが………

「そう? じゃ、手伝っ て……この人数じゃ、一人手伝いがほしい」

返事を待たずして厨房に入 る……リンはやれやれとばかりに肩を竦めて厨房に入る。

レイナはそのまま備え付けの 冷蔵庫を開ける……並ぶ食材を見詰めていると、ふと下の方に置かれた魚を見つける。

「鮭……これでいいか」

数人分はある大きな鮭を掴み 上げると、そのまま調理台に運んでいく。

「リン、あんたはそこにある もので味噌汁でも作って」

置かれた釜を見やり、なかに ご飯が残っているのを確認すると、リンに指示を飛ばし、今度は棚を開けて包丁、そして奥から七輪を発見し、それを取り出す。

やや呆けていたリンだった が、我に返ると棚に置かれていた味噌を取り出し、それと適当に残っている野菜を集めて鍋に水を張り、火をかける。

てきぱきとした動きでレイナ とリンは調理に勤しんだ。

 

 

「皆…って、どうしたの?」

遅れて食堂にやって来たキ ラ……AIのセッティングを早めに終わらせ、エリカに早くラクス達に会いに行ってあげなさいと言われ、こうして食堂にやって来た。

食堂に入るや皆がどこか一点 を見詰めており…その視線を追うと……キラもまた同じように当惑の視線を浮かべる。

カウンターの向こうに見える 厨房には、レイナとリンが料理をしている……あまりに異様な光景に言葉を失くす。

だが、首を振って我に返る と…キラはテーブルに近づき、アスランの前の席に座る。

「ア、アスラン…な、なにが あったの……?」

声を掛けられたアスランも反 応が遅れたが、なんとか絞り出すように声を出した。

夕食に来たが、既に調理係は いなくなっており……ラクスが作ると言い出し…それを聞いてキラもアスランと同じように蒼褪めた表情を一瞬浮かべたが、実際には起こっていないのでなんと か自身を保つと再び耳を傾ける。

そこでレイナがまた食堂を使 いものにならなくされてはたまらないと調理を買って出たといういきさつらしい……

あの悪夢を再び味あわずに済 んでホッと一息といったところだが……肝心のレイナとリンは料理ができるのだろうかという根本的問題にぶつかった。女性が料理はできるという固定概念を前 回粉々に打ち砕かれただけに不安も取り除けない。

「信じるしかないだろう…… 少なくとも、今のところ不安な材料は出ていない」

キラの心情を察したアスラン が宥めるように言葉を掛ける。先程からずっと調理風景を見ているが、別段おかしいところはない。

漂ってくる匂いもまだマシな 部類だろう…ならば、まだ希望は持てるかと二人は内心に思った……そこへ、バルトフェルドが声を掛けた。

「君達君達…まだ時間は掛か るみたいだから、よければコーヒーでもどうかね?」

料理ができるまでまだ時間が あると踏んだのか……バルトフェルドが飄々と声を掛け、有無を言わせず皆の前にコーヒーを置いていく。

「え、バ、バルトフェルドさ ん……?」

バナディーヤで飲んだ苦い コーヒーを思い出し、キラは顔が引き攣りそうになる。

「今回は新しいブレンドに挑 戦してみたんだ……是非感想を聞かせてもらいたいね」

笑顔でそう促すバルトフェル ドに……皆が置かれたカップを手に取り………一口飲み干す。

喉を通る音が響く………

「どうかな、君達?」

「はぁ…まあ、美味しいです が……」

「なかなかいい風味ですわ」

「相変わらずだな……」

アスラン、ラクス、カガリは さして不満はないようだ……だが………

「「うっ……」」

キラとシンは揃って表情を顰 め……ステラは泣きそうな表情を浮かべる。

「……苦いの」

どうやら、こちらには不評ら しい……だが、その反応にバルトフェルドは顔を顰めるどころか笑い上げる。

「はははっ、まあ、いずれ解 かるようになる……これが大人の味ってね」

不適に笑うバルトフェルド に…アイシャがやや呆れたように肩を竦める。

「アンディ、あまりからかっ ちゃダメよ……貴方達にはやっぱりこれより紅茶の方がいいかしらね」

邪気のない笑顔を浮かべてバ ルトフェルドのコーヒーをコレ呼ばわりし……バルトフェルドは表情を引き攣らせている。

涙眼を浮かべるステラをアイ シャは可愛いとばかりに頭を撫でる。

「ちょっと……なに、バカな ことやってるの」

厨房から呆れたような声が掛 けられ……全員が振り向くと、そこにはトレーを手にレイナが歩み寄っていた。

「はい……まあ、残り物で 作ったから量は少ないかもしれないけど………」

そう言いながら、キラ達の前 にトレーを置いていく。

続けてリンも厨房からトレー を手に入り、席に並べていく。

眼前に出された料理……ご飯 に味噌汁、焼き鮭に卵焼きといった和風のメニューであった。

「ほう、これはなかなか見事 なものだな」

覗きながら、バルトフェルド が感嘆の声を上げる……だが、和食料理にあまり機会がないキラ達は戸惑う。

「あんた達…食べないの?  まあ、味は保証しないけど……」

特に興味なさ気に自分のト レーを置き、椅子に腰掛けてレイナは食事を始める。

その隣でリンも同じように食 事を始め……キラ達もやや戸惑いながら、箸…ではなくフォークを手に料理を取り…口に含む。

「美味しいですわ」

「ホントだ、凄く美味い ぞ……」

ラクスとカガリは表情を輝か せ……その隣では、キラとアスランがどこか涙眼で感動していた。

「よかったね、アスラン…… 今度はちゃんと食べられて………」

「ああ…アレはもう流石に御 免だからな……この世には神も仏もないのかと思ったが………」

数日前の悪夢は予想以上にト ラウマになったようだ……今回の料理で感動している……だが、それはせめて当人のいないところでやるべきだろう………

「悪かったなっ」

「………やはり、私の料理は 美味しくなかったのですね」

口を尖らせて怒鳴るカガリと ズーンと落胆するラクス……その態度に、キラとアスランは己の失態を悟ったが既に遅し………

「あ、いや……」

「うるさいっ、こうなったら 自棄食いだっ」

アスランの言葉に耳を貸さ ず、茶碗を手に口へと掻き込む……その横では、落ち込むラクスを必死に宥めるキラ………

「ラ、ラクス………」

「いいんですよ……正直に 言ってくれた方が…私は、今まで自分でお料理などしたことありませんし………」

愚痴っぽく呟きながら眼を逸 らすラクス……オロオロする二人…元来、女の子の扱いが妙なところで下手な二人はどう対処していいのか解からないのだろう………

そんな修羅場とは裏腹に…… もう一方では………

「あ、ステラ、ダメじゃない かこぼしちゃ……」

味噌汁を啜っていたステラだ が、持ち方が危なげで中身が零れて、服にかかっている。

ステラはキョトンとした表情 を浮かべていたが、シンは慌てて布巾を探す。

「はい、お兄ちゃん」

間髪入れず横から差し出され る布巾……マユの手から受け取ると、そのままステラの口元を拭き、そして服についたシミを擦る。

三者三様の様相を呈す一同を 横に……さっさと食事を終えたレイナはトレーを片づけると、そのままバルトフェルドの近くに座る。

「いやいや…いいねぇ、若 いって」

したり顔で笑みを浮かべるバ ルトフェルドに、レイナは気だるげに手を振る。

「どうでもいいわよ……」

「でも…あの子達も、ああ やって笑ってると……年相応なんだけどね」

アイシャが苦い口調で呟 く……その言葉にバルトフェルドも笑みを消してカップを手に取る。

「まあ確かに……子供が戦場 に出るというのはあまりいいことじゃないな……」

代弁するように呟き、コー ヒーを一口飲む……大人の都合で始めた戦争に駆り出される子供達……連合でもザフトでもそういう傾向が今や当たり前になっている。

そして、その結果生み出され るのは、子供達の死……次の世代を担うために生まれてきた者達は結局無駄死にではないかと今更ながら思う。

「だけど……あの子達はあの 子達自身で決めたことよ。これから先の世界をどうするかはあの子達次第………」

自嘲めいた笑みを浮かべ、レ イナは用意していた急須からお茶を注ぐ。

「おっと…その未来をつくる なかには君らも含まれているはずだろ?」

被虐めいた考えを見透かして か…バルトフェルドが陽気に声を掛けるが、レイナもリンも自嘲気味な笑みを浮かべるだけ………

自分達にはそんな価値はない と………無言のまま、食堂の側面に備えられたモニターに映る宇宙を見やる。ただ遠くを………憂いを漂わせる瞳に、アイシャが微笑を浮かべて尋ねる。

「ねぇ二人とも……戦争が終 わったら、私達と一緒に暮らさない?」

突拍子もない言葉に一瞬、呆 気に取られて言葉を失う。

「おおっ、それはいいね…… 僕としても君らみたいなのが娘となってくれたら嬉しいんだがね」

それに続くようにバルトフェ ルドも笑いながら提案する。

「そうね……それもいいわ ね」

なにか、自分達を他所に進む 話に付いていけず……呆れたように肩を落としながら、お茶を一杯啜る。

「ふぅ………」

やはり熱いお茶は心が落ち着 くと……レイナは内心に思った。

「ああっ、食後に飲むなら コーヒーで決まりだろうっ」

相変わらずよく解からない持 論を持っているなと……レイナは心の片隅で思いながら、はっきりと言い放った。

「生憎だけど…私は食後に コーヒーは飲まないタチなの」

ジロリと横眼を向けられ、バ ルトフェルドはグサリときたのか、打ちひしがれている。

バナディーヤでのケバブの ソースの一件といい……どうも感性が理解しにくい。

「なにか、随分拘りがあるよ うだけど……」

「いいのよ…偶には。地上で もダコスタ君が参ってたし……」

リンの言葉にアイシャは身も 蓋もなく言い放った……アイシャもコーヒーが嫌いというわけではないが、流石にバルトフェルドのブレンド好きにはどこか参っていた。それはダコスタも同様 だろう……なにせ、ブレンドするたびに飲ませるのだからコーヒーが苦手になっても不思議ではあるまい………

「フッ…いいだろう……なら ば、君にも納得してもらえるブレンドを作り上げてみせよう」

どこか、拗ねるような態度 で…逃避ともいうかもしれないが……再びコーヒーメーカーに向かうバルトフェルド……やや呆れた態度でレイナは茶を啜る。

「それより……プラントの方 へちゃんと通してくれた」

キラ達に憚るように小声で囁 くように問い掛けると、バルトフェルドも表情を渋くして答える。

「ああ、いくつかのルートを 通してプラント内の同志にメールは送っておいた。すぐに誰かが伝えるはずだ……」

コーヒーを啜りながら、バル トフェルドはやや眼を細くする。

「しかし、少し危険かもしれ んぞ……この段階ではまだ議会内はザラ議長の傀儡となっている可能性が高い……多少の不信はあるだろうがな」

「仕方ない……ジブラルタル が陥落した以上、あまり悠長に構えているわけにはいかなくなった……それに、可能性はゼロじゃない」

そう評するリンに、バルト フェルドは軽く笑みを浮かべる。

「随分、分の悪い方に賭ける な……案外、そっちの方が好みかい?」

「そうね……分の悪い分、見 返りも大きいからね………嫌いじゃない」

冗談めかした言葉にリンは肩 を竦め、笑みを浮かべる。

「まあ、リンの言葉じゃない けど…その辺は賭けね。ここいらで両者の足並みを揃えておかないと……いざって時に困るし」

軽くぼやくように肩を落とす と、レイナは茶を飲み干す。

その時、リンの手元の通信機 が鳴り……そこに文章が表示される。

「姉さん…サーペントテール の艦が来たって」

その言葉に、レイナはやや表 情を引き締めて振り向く。

「ロウが造ってるアレの機 体……確か、ドレッドノート……と言ったわね」

顔を出そうと思い、席を立ち 上がったところでリンの通信機に再び文章が届いた。

「姉さん、どうやら先にやら なきゃいけないことがあるみたいよ……」

内容を確認したリンが視線を 飛ばす……OEAFOから、通信が届いたらしい。

そのために、ミナがレイナ達 に管制室へと来てもらいたいという内容だった。

だが、OEAFOの 名に眉を寄せる。

よほどのことがない限りは連 絡は極力断っている……通信の多用はそれだけ周囲にも気取られる要因になるからだ。それに、連絡を寄越すということは、なにか向こう側にアクシデントが あったということに他ないだろう。

「解かった……ロウ達の方に はフラガ少佐達がいくらしいから、私達は管制室へ」

促し、リンとバルトフェルド が立ち上がり……

「……放っておいていいの、 あれは?」

未だ修羅場を見せているキラ 達を見やり、リンが問い返すと……バルトフェルドがしたり顔で呟く。

「野暮はなしってこと…あの ままにしておいてあげたまえ」

そう……せめてほんの僅かで も心を休ませることは必要であろう………その意図を察したレイナ……以前なら、自分は必要ないと切り捨てたが………苦笑を浮かべながら、食堂を後にした。

去っていくレイナの後姿を何 気に眼に留めたキラとカガリは、レイナの作った料理に…なにか、懐かしさにも似た温かさを感じた………無意識に感じているかもしれない……レイナに母親の 面影を……だが、それを口に出すことは決してありえまい………

自分達は母親と過ごした記憶 がない……それに、レイナにそれを言うのはなにか罪悪感を憶えるからだった………

そんな二人の思いを他所 に……レイナは一週間前に訪れたロウ達との邂逅を思い出しながら管制室へと向かった。


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