宇宙を静かに航行するリ・ホーム……この先に向かうL4宙域の廃棄コロ ニー群に例の相手がいると劾からの情報だった。

「周辺には連合、ザフトとも 反応はありません……まあ、今はオペレーション八・八の最中ですからね…」

レーダーを見詰めていたリー アムがそう告げると、樹里は大きく肩を落とす。

「よかったね〜〜ここ最近、 ずっと大変だったから……」

例のユーラシアの特務隊Xの 襲撃に始まり、ジャンの拘束事件など……気の休まることが少なかっただけに無理もない。

まあ、現在連合はザフトを地 上からの駆逐を第一にしているために宇宙は静かなものだ。

「しっかし、まさかあのあん ちゃんがあの機体のパイロットだったとは……」

今現在、リ・ホームにはド レッドノート以外にもう一機……フリーダムが艦載されている。

フリーダムのパイロットの顔 を見た時、ロウは驚きに眼を見張った。地上のオーブ沖で大破したストライクから助け出した少年……彼がフリーダムのパイロットとは流石に驚き、奇妙な巡り あわせだと思ったものだ。

「でもさ、なんであの子まで 同行させてくれって言ったのかな…?」

「さあな? プレアはなんか 知ってるみたいだけど……」

キラの同行を依頼したのはプ レアとフィリア……だが、何故同行を頼んだのかがよく解からなかった。ロウは、これから向かう先にいる相手のことは知っている……幾度か、襲ってきたMS のパイロット……キラ=ヤマトを探していた………それとなにか関係があるのか…と思考を巡らせる。

「風花、お前なんか知らねえ か?」

先程から黙り込んでいる、同 行した風花にロウが問うが、風花は無言のまま……ずっと計器類を睨むように見詰めている。

「? 風花…どうしたん だ?」

返事がないことを不審に思っ てもう一度声を掛けると、ようやく気づいたのか、ハッと慌てて振り向く。

「あ……え、と…何です か?」

どうやら、まったく話を聞い ていなかったらしい……樹里が気を取り直し、今一度反芻する。

「だから、あのキラって子を 同行させてくれってプレアが言ってたでしょ? それについてなにか知らないって訊いたんだけど……?」

プレアの名を出された瞬間、 風花は身を強張らせるように息を呑む。

「ど、どうしたの!?」

「……いえ、なんでもありま せん」

尋常ではないその様子に樹里 が上擦った声で心配そうに声を掛けるが、風花は難しい表情を浮かべたまま、首を振り…黙り込む。

その様子にロウ達は眉を顰め る。

風花は何かを知っている…… だが、それを訊いたところで答えるつもりがないのは態度から明白だった。

ロウは溜め息を一つこぼす と、その視線を宇宙に移した。

 

 

 

リ・ホームの部屋を割り当て られたキラは、ベッドの上に座り込みながら……出発前の出来事を思い出していた。

アメノミハシラを出発前…… キラは、フィリアを訪ねていた。

何故、フィリアが今回の件に 自分を同行させたのか……プレアが語った自分にとって関わりの深い人物が関係しているという言葉……その真意を確かめるためだった。

「………私は、直接会ったこ とはないから顔は知らないけど…キラ君…貴方がこれから先に向かう場所で待つのは、貴方ときょうだいに近い存在なの」

その言葉にキラは衝撃を受け る。

「どういうことですか?」

咳き込むように問い返す と……フィリアは、デスクの前に飾ってある写真を見やり…逡巡した後、静かに語り出した。

「貴方が……ユーレンの研究 に基づいて生まれた存在…というのはもう大丈夫よね?」

キラの心情を汲んでか、なる べく言葉を選びながら、躊躇いがちに問う。

キラも身を一瞬強張らせ る……まだ、自身の内で燻り続ける黒い感情……完全に消すことはできない…だが、それを受け入れていかねばならない。

静かに頷き返すと……フィリ アは言葉を続ける。

「貴方の他にも、その計画の ために何人かの子供達が試作体として生み出された………」

そう……ユーレンはまず個々 の能力を高めるために、幾人かの受精卵を使い、スーパーコーディネイターの試作体を生み出していた。

無論、失敗して死亡した被験 体は数知れない……その過程で生き残ったのはたった4人………

「そして……ジャンク屋の彼 らが遭遇した相手は、執拗に貴方を探していた……この意味、解かる?」

そう問い掛けられ……キラは 思考を巡らし…一つの答えに行き着いたのか、顔を上げた。

「…僕と…同じ………」

「……そう。ヴィアの話 じゃ、未だに行方の掴めていない唯一の被験体………貴方のきょうだいといえる人物だと…私は思うわ」

フィリアの言葉にキラはその 場に息苦しく佇む。

父親が生み出した自分と同じ 存在……そして……自分を狙う存在…………

「ヴィアは、貴方達のことも そうだけど……生き残った子達のこともずっと心配していた………彼女にとっては、血が繋がらなくても子供同然だったのでしょうね」

親友の慈しむ心を誰よりも 知っていた……そして…それに甘えてしまったことも………

被虐的に笑うフィリアに向 かって…キラはやや躊躇いながらも尋ねた。

「あの……僕の…母は……ど んな人…だったのですか?」

どうしても口に出すのはまだ 戸惑う……キラにとっての母親は幼い頃から何度も叱り、そして優しく見守ってくれたカリダだった。

そこに本当の母親と呼ばれる ヴィアが現われ……今までの信じて疑わなかった価値感に大きな衝撃を受けた。だが、それでも知りたいと思った。

問われたフィリアは一瞬眼を 瞬いたが……やがて、置いてあった写真立てを掴み、それを引き寄せる。

「そうね……一言で言うな ら、厳しい人だったな……他人にも…自分にも」

苦笑めいた表情を浮かべ、そ う評する。

「すごく勝気な子でね……初 対面の時は、結構それが顕著だったかな………」

懐かしむように、フィリアは 過去に思いを馳せる。

カレッジ時代……フィリアは 遺伝子工学の論争でヴィアと衝突したのだ。互いに一歩も譲らず、そして自身の論理をぶつけ合い……傍が呆れるほど二人で衝突した。

それが……フィリアとヴィア の出会いだった………

「お世辞にも、良い出会いっ てわけじゃなかったけど……その後、いろいろと意気投合しちゃってね」

互いに意見をぶつけ合う…… それは今までフィリアには無い経験だった。向こうもそうだったのか、論争の終了後……フィリアとヴィアは仲を深めていった。

「でも……優しい…慈しみの 心を持っていた………だから、一番利用されて…一番傷ついたんだと思う………」

我が子を夫に奪われ……そし て自身のクローンと言える少女の誕生………一番、辛い目にあったのはヴィアだけであった………

「だけど、彼女はそれを受け 入れた……本当に強かった……その面影と想いは、レイナにも伝わっている……」

出されたレイナの名にキラは 身をビクっと振るわせる。

「やっぱり……気にするなっ て言う方が無理よね」

その様子に、仕方がないとば かりに肩を落とす。

最初の出逢いからずっとキラ の内に燻り続けていた疑問……レイナから感じる懐かしさと温かさ……それは、無意識に母親としての思いを感じていたからだと………

「あの子は……レイナはずっ と闇のなかで生きていた………でも、あの子は全ての破滅を否定した………」

この世に生を受けた時には既 に呪われていた運命……闇のなかで生き、そして戦い抜くことだけしか知らない少女………だが、彼女は架せられた全ての破滅を否定した………

カインと同じ……全てを破滅 へと誘う運命を…………

「だけど……」

唐突に言い募ったキラに、振 り向くと……キラはどこか辛そうに表情を歪めて言い放つ。

「だけど、レイナは……彼女 はずっと自身を危険に晒している……どうして…そんなに自分の命を簡単に………」

レイナの戦い方はいつもそう だった……命のやり取り以上に自身の命をまるで無いように危険に身を晒している。

何故それほどまでして命を危 険に晒せるのか……まるで…死にたがっているように感じる………

その問い掛けに……フィリア は椅子に身を一瞬預け…ギイという音が軋む。

「……人の遺伝子に潜む…崩 壊因子………それが…あの子達の呪われた証……」

やや逡巡していたフィリアが ポツリと語り出す。

「キラ君……こんな話知って る? 人の遺伝子には…崩壊の因子が組み込まれているって……」

唐突に投げ掛けられる話にキ ラは当惑し、口を噤む。

「これはあくまで私の仮説な んだけど……人の遺伝子が何故、老い…消えていくか………遺伝子のなかに…遺伝子そのものの崩壊を促す因子が予め、組み込まれているんじゃないか……って ね」

人間の…いや……生命の遺伝 子が衰え…そして崩壊していくか………それは、遺伝子の内に崩壊される因子が最初から備わっているためではないか………この因子が、ゆっくりと遺伝子を崩 壊させ、生命に命を全うさせる………そして…最後の『死』というスイッチを起動させる……遺伝子のメカニズム…………

「その崩壊を…破滅を促す因 子が……あの子達は特に強いんじゃないのか………」

そう……遺伝子崩壊の因 子……いわば、身を破滅させる因子がMC達に呪われた鎖を架しているのではないか……それがフィリアがオーブに渡った後、考えた末の結論だった。

全ての破滅を求めるカイ ン……それは、内に秘められたエヴィデンスとの遺伝子が交じり合い、その因子を強く肥大化させる要因となったのではないか……そして…対の存在たるレイナ はその因子を外部ではなく自らに架した………

「……これが私の仮説…で も、あの子達はそれが要因だとしても………結局は私達のせいなのかもしれない……」

そう……たとえその因子が要 因だとしても…それを促してしまったのは他でもない自分達だ………そして…それは生命という種そのものを滅ぼすまでに肥大化してしまった………

「でも、レイナ達は………」

「ええ……あの子達はそれを 望んでいない…でも……あの子達の身体がどうなっているのか、今の私にははっきりと解からないの」

「え……?」

一瞬、なにを言われたかよく 理解できなかった。

「今のレイナ達の身体機能は どうなっているのか……そして、これから先どうなるのかも……」

実際問題……レイナ達の身体 には未だに把握できていない要素が多すぎる。それもそうだろう……今まで、人の遺伝子以外を組み合わせて誕生させた者など皆無なのだ。

融合させた遺伝子は誕生前後 では互いに負荷が掛からないという目安はあった……だが、それがいつまでも続くという保証は無い。ある刻、なにをきっかけにして遺伝子による崩壊が起こる とも限らない………

下手をすれば、今この瞬間に もレイナ達の身体細胞は異常な速度で崩壊に向かっている可能性もある……あまりに急激な遺伝子変革を施したために遺伝子そのものが耐えられなくなり、結 果…遺伝子の劣化という危惧が捨てきれない。

「そんな……っ! それ じゃ、とても今…!」

今は戦うなんてできない…で きるはずがない……そんな身体に異常を抱えたままで………

キラはレイナやリンにすぐに 問い詰めようと思わず行動しそうになったが、フィリアに止められる。

困惑するキラに向かってフィ リアは首を振る。

「言っても無駄よ……なんの 根拠もないし…なにより、言って聞くような子達じゃないでしょう……」

どこか、辛そうに表情を歪め る……そう…今のはあくまで自分の想像でしかない……実際にレイナ達の身体に異常が起きているのかどうか…それが解かるのは本人のみであろう。

それに、言ったところで聞く ような性格でもない。

「でも………」

「………きっと、あの子達は もしそうだったとしても決して止まらない…止まることができないから………」

レイナ達自身が今は必要なの だ……破滅を回避するために………そしてなにより…レイナ達自身が望んでいるのだ……決着を着けることを………きょうだい達との………

そこには決して理想も正義感 も義務感もない……ただ、それだけが自分達の存在意義なのだから……

「ウォーダンがヴィアを…… ナチュラル以上に女性としての遺伝子を求めたのも…元はといえば、新たな種としての可能性を見出していたから……」

カインの暴走…ウォーダンは ナチュラルでありながら女性の遺伝子を欲した……それは、次世代へと命を紡ぐ女性の力に可能性を感じていたからなのかもしれない。

「でも……あの子達はそれを 望まない………」

辛そうに語るフィリアにキラ は押し黙る。

「………不器用なのよ…あの 子達は」

だから……レイナ達は決して 誰かを愛そうともしない………自身に架せられた運命を決して逃さないために………愛するという感情自体を捨てた………人としての幸せを…彼女らは捨てたの だ………それはあまりに哀しい……

そして……そう生きるように 仕向けてしまった自分も………決して赦されない愚かな存在なのだ。

項垂れるフィリア………キラ もその場に暫し沈黙するのであった…………

そして…それらの様々な思い を胸に……キラは旅立った………流星という名を冠する機体を駆るきょうだいのもとへ………自身の内の迷いに向かって進むためにも………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-50  導かれし星々

 

 

アメノミハシラでは、オーブ とザフトの激突が始まろうとしていた。

ナスカ級2隻、ローラシア級 1隻の編成で現われたザフト軍に対し、イズモとサーペントテールのナスカ級:フレガートが迎撃に出撃する。

イズモからは、M1部隊が発 進し、アサギ達のM1Aも出撃する。

「ジャン=キャリー…出 る!」

新たにオーブ軍に加わった ジャンの駆るM23号機が発進する。

現存のMシリーズと異なり、 機動性を重視したルシファーを彷彿させるウイングスラスターと純白のボディ…左肩には彼の二つ名である『煌く凶星J』をあしらったエンブレムが刻印されて いる。

「こちらグラン…敵戦力 は?」

最後に発進となるグランは M2をカタパルトに乗せるとともにブリッジに敵戦力を把握するために通信を繋ぐ。

《二佐…どうやら、配置して いた機雷に一隻喰われたようだ……敵はナスカ級2隻編成だ…だが、MSは確認できただけで約30!》

その言葉にやや表情を顰め る。

30近いMSとは……かなり の部隊だ。

「了解した……アメノミハシ ラの護衛は!?」

《それはアメノミハシラか出 る部隊で対応するそうだ…二佐達は迎撃を頼む!》

アメノミハシラの護衛には、 ミナの部下であるソキウス達がソードカラミティ、M1Aを使って就く。ならば、自分達は遊撃隊として迎撃しろということだ。

まあ、確かにこちらには厄介 な事態だが、これも契約の範疇ではあるし、なにより後方への憂いは断っておかねばならない。

そう気を取り直すと、グラン は自身のM2を発進させた。

布陣するアストレイ部隊…… まさにオーブの全MSがこの場に集結しているといっていい状況だった。

「各機へ! これより迎撃 フォーメーション13に入る! いいな!」

グランの怒号に応えるように 通信機から応の声が響く。

アーマードM1隊はイズモの デッキ、または周囲に布陣し、母艦の援護に就く。

そして、ガンナーM1と M12機の3機編成でフォーメーションを組み、敵機に対応する。いくらM1のパイロット達の腕が上がっているとはいっても、ザフトはMSの運用に関しては 侮れないうえに個々の能力も高く、単独で当たるのは危険だからだ。

グランのM2もM12機を引 き連れ、先行してくるMS隊に向かい合う。

刹那、後方のイズモ級より先 制射撃が放たれた。

 

 

 

「うわっと!」

「……っ!」

先行していたシュトゥルムと ハイネのゲイツ、そして指揮下のゲイツ部隊はオーブ艦から放たれたビームに回避行動を取る。

「さっすが、防衛網は結構な ことで……!」

軽くぼやきながら態勢を戻す と、気を取り直す。

「戦艦が2隻……うち一隻は ナスカ級です」

「ああ……ま、大破した艦を 修理したってとこだな………MSもかなりの数だぜ」

展開するのはオーブ艦と思し きイズモとあとは自分達が使用するナスカ級と同型艦…恐らく、戦闘で大破した艦をジャンク屋組合から買い取ったか回収したのであろう。

その周囲にはオーブの量産型 MSとしてデータを得ていたM1と呼ばれる機体だが、いくつかのバリエーションがある。

しかも、数がかなりいる…… ざっと確認できただけでも数十……流石にオーブの軍事衛星だけはある。

「どうする!?」

「フォーメーションに変更は ありません! このままいきます…バルファスを前面にして、なんとか取り付けば、こちらの勝ちです!」

「よっし! ひよっこどもは 艦の護衛に就け! バルファス4号機から9号機は前面に出す! あとは俺達に続け!!」

素早くハイネが指示を飛ば す……訓練兵の操るジンなど、下手をすれば的になるだけだ。ここは比較的安全な後方に置いておいた方がいいだろう。今回の訓練兵の役目はあくまで戦場の空 気に慣れてもらうということだった。

その分、こちらには苦しい戦 いになるが仕方ない……無人機のバルファスがビームフィールドを展開し、突撃隊の盾になるべく前に出る。

無人機というのはこういう場 面ではありがたい……僚機を盾にするという良心が苛まれないからだ。

「私が狙撃します……その隙 に!」

シホは操縦桿を握り、シュ トゥルムの両肩のブラストビームキャノンを構え、両手に大型のロングビームライフルを構える。

「凄い……」

シホは思わず感嘆する。

起動したビームキャノンの ジェネレーターが閃光を発する……そのエネルギーバイパスと量は地上で以前使用していたシグー・ディープアームズとは比べものにならない安定率がある。ひ とえに核動力という動力源とXナンバーとしての電子精度の違いだろう。

照準が合わさった瞬間、トリ ガーを引いた。

加速しながら放たれるビーム の奔流……それは見事に相手への応酬となり、長距離射撃のために敵機を撃破することはできなかったが、数機を行動不能にできた。

それだけで充分だ。

そして、その隙を衝き、バル ファス6機が先行し、その後方にシュトゥルムとハイネのゲイツ、さらにはホーキンス隊に配備されているゲイツ8機が加速する。

相手のM1隊との交戦エリア に突入し、ビームの応酬が始まる。

3機の小隊編成で向かってく るM1隊はビームを放ってくるが、散発的なビームの熱量ではバルファスのシールドは破れない。仮にもユーラシアが誇るリフレクターシステムを応用しただけ はあるのだ。

シールドを前面に展開したま ま、盾として布陣するバルファスの影から、ゲイツが飛び出し、ビームで狙撃してくる。

M1が撃ち抜かれ、爆発す る。

「ヴェステンフルス隊長!  ここは引き受けます! 今のうちに……!」

「おう! 3号機、5号機か ら7号機は俺に続け! このまま取り付くぞ!」

ハイネの駆るホワイトカラー のゲイツが迂回するように航路を外れ…それに続くように僚機であるゲイツも軌道を変え、戦場を回り込むようにアメノミハシラへと向かう。

 

 

「二佐! 敵の一部が迂回し ています!」

ザフトの動きに気づいたアサ ギが叫ぶと…グランはハッとし、モニターに表示されるゲイツに歯噛みする。

敵の目的はこのアメノミハシ ラへの突入…そして制圧だ。取り付かれては対処が難しい……だが、グラン達の部隊は前線にいるバルファスとアンノウン機、そしてゲイツに抑えられており、 しかもこのバルファスの展開しているビームシールドが生半可には破れない厄介な代物だ。

「艦長! 敵の一部が軌道を 変え、アメノミハシラへと向かっている!」

通信に叫ぶと、向こうからや や上擦ったキサカの声が返ってきた。

《…解かっている! だが、 こちらも迂闊に戦力は割けん…防衛にはアメノミハシラの守備隊が就く。迎撃にはサーペントテールとラクス様達に任せる!》

イズモ隊はこのMS達を抑え るので手一杯だ……先程からこちらのM1隊が被弾し、撤退するか撃墜されている。

フォーメーションを建て直さ なければならない。

やや苦虫を踏み潰すように舌 打ちすると、答え返した。

「了解した……フォーメー ションを変更する……各機、フォーメーション27!」

グランの指示に従い、各小隊 が一ヶ所に密集し……そのままバルファスに向かって加速する。

その行動にシホは怪訝そうに 眉を寄せた。

「特攻……!? いえ…!  バルファス、フォーメーションを……!」

相手の意図に気づいたシホが 慌ててバルファスのフォーメーションプログラムを変更しようとするが、入力を終えるまでは所詮機械……躊躇もなく忠実に目的を実行するが、臨機応変という のは所詮入力された動きしかできないプログラムでは対応できるはずもない。

「撃てぇぇぇぇ!」

グランとジャンのM2、そし てM1、ガンナーM1…密集したM1隊が数機掛かりで一斉にビームを放つ。

一点に向かって収束するビー ムの熱量は通常の数倍にも及び、バルファス一機のエネルギーフィールドに突き刺さり、その熱量に許容範囲を超え、ビームが拡散しきれずフィールドを展開し ていたユニットが破損し、シールドが消える。

ビームシールドさえなくなれ ば、あとは簡単だ……その隙を逃さず、後方に控えていたアサギ達が一斉に狙撃し、バルファスの頭部やボディを撃ち抜き、爆散させる。

バルファス一機の損失にシホ は歯噛みするも、混乱せずすぐさま対応する。

「バルファスのプログラム変 更…パターンD!」

変更されたプログラムに従 い、バルファス達は固まり……ユニットが重なり、フィールドが幾重にも重なり、濃度を増す。

元々は3機編成で全方位に張 り巡らせることで死角をなくすバルファス…フィールドの層が厚くなり、これで先程の戦法は通じない。

だが、それに対しグランは フッと笑みを浮かべた。

「……かかったな! 全機、 散開!!」

刹那……固まっていたMS隊 が一斉に分散する………その行動を疑問に思うより速く……次の瞬間、散ったMS隊の空けた空間の奥からビームの奔流が迫る。

それは密集していたバルファ スへと突き刺さり……その桁違いな熱量にシールドは紙屑のごとく砕かれ、バルファスは奔流の中へと消えていく。

光が過ぎった瞬間……ボディ が欠けたバルファスが現われ、一拍置いた後…一斉に爆発した。

その爆発に怯むシュトゥルム やゲイツ達……シホが眼を向けると、MS隊の奥に布陣していたイズモの後部ユニットから砲口が開いていた。

今の光は、イズモの最大兵 装:ローエングリンであった。

強固なバルファスのビーム シールドを破るためにグランが考えたのは2段構えの作戦だった。まずは部隊を密集し、一点目掛けて攻撃を集中させ、一機の破壊を狙う。敵はその後、どうい う対策を取るか……防御に特化した機体なら、まず固めて防御を上げる。マニュアル通りなら……そして、グランの狙い通り…赤服とはいえ、まだまだ臨機応変 に立ち回れないシホはマニュアル通りに行動してしまい、バルファスを一ヶ所に固めてしまった。

固まれば、それは絶好のチャ ンス……MSで塞いだ後方から戦艦の砲撃による破壊……ローエングリンを防ぐなど、MSには不可能であるのと注意をこちらへと引き付けていたために成功し た作戦だった。

「っ! どうやら、敵の指揮 官はかなり優秀なようですね」

まさか、これ程巧みな戦術を 用いてくるとは……MSの陰で戦艦を隠し、発射を気取らせない素振りといい……今の一射で前面に展開していたバルファスはほとんど墜とされ、もうまともに 稼動できるのは一機だけだ。

いくらなんでもこの戦力で前 線を維持するのは困難だ…だが、ハイネ達がアメノミハシラへと突入する援護のためにもまだ退くわけにはいかない。

「シュトゥルムからアレクサ ンドロス! 敵は予想以上に錬度が高い……後方部隊を回してください!」

待機戦力のゲイツ数機と残り のバルファスを全て前線へと回すしかない。それに、どうやら向こうも防衛を主眼としているためにさほど積極的には前に出ない。

ならば、後方に待機している 戦艦はそれ程危険に晒されることがなく、訓練兵だけでも充分と考えた末の結論だった。

通信を送ると同時にコック ピットにアラートが響く。

ハッと顔を上げると……白い M2がこちらに急接近し、ビームライフルを放ってくる。

シュトゥルムの機動性を駆使 し、不意を衝いたその一撃をかわす。

「よけた……なかなか腕がい いパイロットだ…難しいな」

その動きにM2のコックピッ ト内でジャンは感嘆と同時にやや苦いものを浮かべた。

ジャンは不殺主義……決して 相手を殺さないという戦法を用いる。連合に与していた頃もそれを貫いていた。だが、それが原因で連合内からも敵視され……自分のやり方に半ば疑問を抱いて いた。だが、ロウとの出逢いが彼に再び信念の灯を燃やさせた。

無論、戦闘である以上絶対に 相手を殺さないということは難しい……だが、できる範囲で行う……そして…その眼前のシュトゥルムは殺さずに倒すというのは難しいとジャンは即座に理解し た。

シュトゥルムは両手で構える ロングライフルで狙撃してくる。

だが、機動性ならこのM23 号機も決して低くはない……機体をずらし、ビームが機体を掠める。

刹那、その後方からM1Aが 加速してきた。

「おおおおぉぉっ!」

乗り換えたバリーだ……咆哮 を上げながら、拳を振り上げる。

「も、MSが格闘……!?」

あまりに異常な攻撃にシホは 軽くパニックを起こしかけるが、なんとか肩のリフレクトシールドで拳を受け止める。

アンチビーム粒子でコーティ ングされたこのシールドは生半可には破れない。

だが、バリーは拳を受け止め られると同時に脚を振り上げた。

シホは半ば反射的にバーニア の逆噴射で機体を逸らし、その蹴りをかわす。

「な、なんて戦い方な の……!?」

マニュアルにもなかったその 非常識な戦法にシホがどこか呆れを抱くのであった。

 

 

「ちょっとちょっと! なに よ…この状況……」

アレクサンドロス、シェルド レイクの周囲に展開する訓練兵のジン8機とルナマリアのゲイツ……そして、同じように護衛に就いていた待機戦力のバルファスとゲイツが全て前線へと向かっ ていった。

どうも、前線の旗色が悪いら しい……その事実に、訓練兵達は悪寒にも似た震えを身体に感じる。

《だ、大丈夫だよな……》

《あ、当たり前だろ…俺達の 出る幕はないって………》

ガチガチと歯を震わせながら 上擦った口調で互いを宥めあう訓練兵達……これが、戦場…死と隣り合わせの空気であると初めて感じているのだ。

いくら訓練兵の中では優秀で も、所詮は14、5の少年少女……いきなり死と隣り合わせの戦場に覚悟を以って臨めというのは酷であった。

そして……前線からまたもや 爆発が休む間もなく咲き乱れ…展開しているオーブの艦からまたもやゴッドフリートが轟き…それが後方に静止するアレクサンドロスの側面を掠める。

《ひっ…!》

《うわわわっ!》

アレクサンドロスはダメージ が無いようだが、すぐ傍を過ぎられた訓練兵は呻き声を上げ、混乱する者までいる始末……

「……じょ…冗談じゃないわ よ! 私だって…伊達に訓練を積んでるわけじゃないんだから!!」

恐怖を振り払うようにルナマ リアは操縦桿を切り、スラスターを噴かす。

《お、おいルナマリア! お 前何を……!?》

その行動に驚いた仲間から声 が上がるも、ルナマリアは怒鳴り返す。

「決まってるでしょ! 前線 に行くのよ! ここで居てもなんにもならないし!」

ただここで後方待機というの はストレスが溜まる…ただ待機というのも初実戦の訓練兵には辛いものだ。ならば、多少無茶でも身体を動かしていた方がいい。

恐怖が紛れると……無意識に そう考えたルナマリアは脇に特火重粒子砲を構え、ゲイツを加速させた。

それに続くように、何人かの ジンが弾かれたように加速し……戦場へと飛び込んでいった。

 

 

 

火花咲き乱れる戦場を離れた 場所から見詰める影……小型の移動ステーション…そこには、一機の戦闘機ともMAとも取れる機影が固定され…その横のブリッジには、一人の男がモニターに 映る戦闘を見詰めていた。

「まったく……だらしないも のだな…それでも君達は、ザフト軍なのかね………」

必死で戦う同胞に対し、侮蔑 の言葉を吐く男は、顔にタトゥーを施し、奇妙なアクセサリーを身に付けている。

瞼の上には蛇のような眼を描 き…手に小さなピエロの人形を持ち、それを振り子のように振っている。

「ザラ議長は制圧部隊の援護 と言っていたが……役立たずを助ける義務はないな………」

嘲笑を浮かべ、鼻を鳴らすの は……ザフト軍特殊防衛部隊に属するパイロット:アッシュ=グレイであった。

アッシュは単独でのハンター 任務を負い、衛星軌道上での地球軍の補給部隊などを狩っていたが、今回のアメノミハシラ制圧戦において、ホーキンス隊の援護をパトリックから命令されてい たが、アッシュにはそれを護る気などさらさらない。

「さて、と……救援に向かっ たが、部隊は敗走……やむなく目標は破壊………そう報告するか……」

すっと立ち上がると、ヘル メットを手にステーションと同等の大きさを誇るドッキングされている愛機へと向かう。

アッシュの目的はあくまで殺 し……どれだけの人間を殺せるかが彼にとっての至高の悦びなのだ。しかも、今は戦時中……どれだけ人を殺しても構わない……殺人・戦闘狂のアッシュにとっ てはこの上なく恵まれた環境であり、なにより彼はパイロットとしての腕も高く、最新鋭機を与えられ、それがさらに拍車をかける。

そんなアッシュに危機に晒さ れている友軍を助ける気など毛頭ない……これまでにもそうだった。時には敵もろとも友軍機まで巻き込んで墜としたこともあった。

そのために、一部では『味方 殺し』とも陰口を叩かれているが、それさえも称賛に聞こえた。

「……頼むぜぇ…俺のリジェ ネレイド………」

ニヤついた笑みを浮かべ…… アッシュはステーションにドッキングされている機体を見やる。全身グレイのその機体に乗り込むと、ハッチを閉じ……計器を起ち上げていく。

「ッククク……さぁて…どん な足掻きを見せてくれる………」

愉悦感を憶えながら…アッ シュは握っていたピエロの人形を握り締めて砕いた。

パラパラと散っていく人形に 感慨も憶えず…ただ……これから自分と戦う相手はこうなることを示唆させているようだった………

刹那、ステーションとのドッ キングが解除され……宙に舞う機体は後部バーニアを噴かし、一気に加速する。

今……狂気のピエロが戦場へ と解き放たれた。

 


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