「うっ……ててて」

その頃……デブリに刀を突き 刺し、なんとか動きを止めたレッドフレームのコックピットで、打ち付けた頭を振りながらロウが眼を覚ました。

【起キタカ、ロウ……急ゲ、 ピンチダ】

「解かってるよ……8、レッ ドフレームの状況は!?」

嗜めにややしかめっ面で答え ると、素早く自機の状況を尋ねると、間髪入れずデータが表示される。

8の画面には、レッドフレー ムの四肢データが表示され…両脚部の部分のライトが落ちている。

【両脚損失……駆動路稼働率 59%マデ低下…バッテリー残量40%……戦闘続行ハ危険】

どうやら、先程の攻撃で両脚 だけでなく駆動路の方にも影響が出たらしい…しかも、最初のビームライフルの使用でバッテリー残量も残り少ない。

ロウは思考を巡らせる…… レッドフレームはもう戦闘に耐えない。フリーダムとドレッドノートの2機はなんとか動けているが、武装に差があり過ぎる。

「待てよ……8、あいつの装 甲……掌とボディに差はあるか!?」

ロウの問い掛けに……8はす ぐさまデータを表示させ、比較させていく。

【掌トボディ装甲ニ耐久性デ 若干ノ差アリ……PS装甲ハ確認デキズ】

どうやら、先程ガーベラとタ イガーを受け止めた掌の部分はかなり装甲素材が違っていたようだ…だが、ボディ装甲表面なら……ある一定以上の加速をつけた斬撃なら……そう考えたロウの 行動は早かった。

デブリに突き刺していたガー ベラを引き抜き……残ったバックバーニアと腕を振ってのAMBACで態勢を強引に整え……両手のガーベラとタイガーを逆手に構えて投擲態勢を取る。

「8、バッチリ狙いつけろ よ……」

ロウの指示に従い……投擲進 行目標と距離を計算し、表示させる。

「あんちゃん達……こいつ を…使え――――――!!!」

咆哮とともに……レッドフ レームの両手からガーベラとタイガーが飛ぶ。

その飛ばされた先にはフリー ダムとドレッドノート……突然の通信にやや驚いたが…次の瞬間には、自機に迫る二振りの刀に気づく。

飛んできた刀を受け止めるフ リーダムとドレッドノート……フリーダムの手にはガーベラ・ストレートが…ドレッドノートの手には、タイガー・ピアスが握られていた。

2機は反射的に放たれたビー ムを刀の刀身で受け止め……ビームが弾かれる。

キラとカナードは眼を見開 く……そこへロウの叫びが響く。

「あいつのボディを狙え!  そこが一番、装甲が薄い!!」

一拍……息を呑み、動きが止 まったものの……次の瞬間、弾かれたようにフリーダムとドレッドノートは加速した。

近づけさせまいと天使はドラ グーンを放つ。

網目のようなビームの膜を掻 い潜り……ビームが装甲表面を掠め、融解させる。

だが……二人は止まらな い……護るものがあるからこそ負けられず……相手が命を賭けてまで伝えようとした意志が正しいかどうかを確かめるために………

呼吸が荒くなる……感覚が麻 痺していく……身体が重くなったような錯覚………刹那……キラとカナードの内でなにかが弾け飛んだ。

クリアになる視界……水のな かを動くような感覚………それらが敵の攻撃の軌跡を見せる。

より鋭敏になった感覚が、ド ラグーンの放つビームを紙一重でかわさせる。

その動きに天使は戸惑ったよ うに額のモノアイを左右に動かす。

その隙を衝き、肉縛するフ リーダムとドレッドノートは左右から刀を振り下ろす。

天使は反射的に両手を出し… 先程のレッドフレームと同じように受け止めようとするが………振り下ろされた刃は…天使の掌に喰い込み……やがて、深く沈没していく。

次の瞬間、天使は両腕を斬り 裂かれ……ボディに向かって鋭い斬撃が迫る。

白いボディに刻まれるXの斬 撃………確かに天使の装甲強度は高かった。だが……高速で迫る斬撃までは全ての衝撃を受け止められず、腕が半壊……ボディへと伸びるまでに至った。

【ピッ……ガガガ…………】

壊れた機械のごとく……微か な電子音を発した後………天使は爆発した。

その爆発を呼吸を乱しながら 見据えるキラとカナード………その時、二人の脳裏に殺気が走った。

振り向くと………凄まじいス ピードで急接近する物体が視界に入った。

白い衣を全身に纏い、靡かせ る物体………それがMSだと視認した瞬間、相手は右腕にビームサーベルのようなものを構える。

だが、キラとカナードもガー ベラとタイガーを構え……相手に向かって加速する。

3機が交錯する……離 れ………互いに距離を取った瞬間…………フリーダムとドレッドノートの片腕が斬り裂かれ、爆発した。

呻き声を上げるキラとカナー ド……それにルンがニヤっと笑みを浮かべた瞬間……衣の一部に線が走り……衣が微かに剥がれる。

その姿をモニターで確認した キラとカナードは息を呑んだ………衣の下に見える純白の頭部………その形状は、どこかフリーダムと似通っている。

4本のマルチプレートアンテ ナに2つのカメラアイ……だが、その瞳だけは真紅に染まっている。

素顔を晒してしまったMSは 振り向き……コックピット内でルンは怒りに歯噛みする。

「よくも……っ」

素顔を晒させたなと……激し い屈辱にルンがトドメを刺そうとばかりに身構える。

だがそこへ……通信が届く。

《05………そこまでです よ》

喰ったような口調で響く声 は……ウェンド……だが、小馬鹿にされたようでルンは舌打ちする。

「貴様の話は聞かん……どの 道、奴らも生かしてはおかない…早いか遅いかだけ」

聞く耳持たずといった調子で 答え、構えるが……それに対し呆れたような声が聞こえてくる。

《やれやれ……今回の貴方の 役目をお忘れですか…再調整したエンジェルの稼動テスト…それが敗れた以上、長居は無用…僕にはむしろ、貴方のその行動の方が合理的ではないと思いますが ね》

その言葉にグッと押し黙 る……元々、ここを訪れたのはエンジェルの稼動テストのため…思い掛けない邂逅に実戦データも収集できると思ったが、敵はこちらの予想外にしぶとく抵抗し た。

エンジェルそのものを破壊さ れ……さらには自機の素顔を晒され…ルンの自尊心を大きく傷つけていた。

それが今のような失態を招い たともいえなくはないが……なおも逡巡するルンにウェンドがさらに効果的な言葉を紡ぐ。

《どの道、撤退はしてもらい ますよ……カイン殿の指示ですしね。今はまだ……と》

カインの名はルンには効果的 であった……カインの命令である以上、背くわけにはいかない。

やや悔しげに歯軋りする と……操縦桿を引き…それに連動して機体は身を翻す。

「命拾いしたわね……けど、 お前達もいずれは滅びる運命………あの女どもとともにね」

聞こえてもいない侮蔑を吐き 捨てると……機体のスラスターが火を噴き………衣を纏ったMSはその場から離脱していく。

桁外れなその加速力……瞬く 間に距離を開け………彼方へと飛び去っていった。

それを見送ったキラとカナー ドは暫しそれを見詰めていた……

「退いて……くれた?」

思わず呟く……状況的にはこ ちらが圧倒的に不利であった。既に満身創痍のフリーダム、ドレッドノートの両機……対し、あちらはほぼ無傷………どちらが有利であったかは一目瞭然であっ たにも関わらずだ。

カナードもやや悔しげに舌打 ちする……認めたくはないが、自分が慣れていない機体であったことを差し引いても、実力の差は歴然であった。

なのに何故……困惑するキラ とカナードだったが……そこへロウからの通信が入った。

「おーい……生きてる かー?」

緊張感の抜けた声……振り向 くと……リ・ホームが接近していた。両脚を損失し、浮遊するレッドフレームをリーアムのワークスジンが抱えている。

「な、なんとか無事で す……」

それだけ答えると、キラも シートに身を沈めさせた……流石に疲労を隠せない。加えて、フリーダムも大破状態……もう自分で動くのも困難だ。

「待ってろよ、今回収して やっから……しっかし派手に壊したな………」

レッドフレームをリ・ホーム の船外アームで固定しながら、ワークスジンがフリーダムの機体を抱え、艦内へと回収していく。

そして、ロウは滞空するド レッドノートを見やる。

「おーい、おめえも来い よ……まずは機体を直すのとおめえも休む必要があるだろ?」

そう問い掛けるロウにカナー ドはやや戸惑う。

以前、このジャンク屋の艦を 掌握し、ドレッドノートを奪おうとしたことがある……少なくとも、恨まれこそすれ、気に掛けてもらう理由はない。

「まあ、あんちゃんがなに言 いたいかは解かるけどよ………プレアのMSがおめえを護ったんだろ……なら、それだけでいいさ」

逡巡するカナードに向かい、 単純明快な答えを言い……そしてカナードも口を噤む。

「ま、リ・ホームじゃ本格的 な修理は無理だしな……いいファクトリー知ってんだ。おめえの仲間も連れて俺達に付いて来いよ」

その物言いにカナードは眼を 剥く……どうやら、オルテュギアのことまで含めての話らしい……お人好しなのか、心底のバカなのか……カナードはやや溜め息をつく。

(もう少し……付き合ってや るか…プレア、キラ=ヤマト……お前達の言うように、俺自身の道を見つけるためにな)

あの戦いがカナードの心に変 化を齎していた……それまで自暴自棄であった死を求める道ではなく…別の……カナード=パルスとしての道を探すために………

そして……やや逡巡した結 果、オルテュギアへと通信を入れ……ドレッドノートをリ・ホームへと収容し、2隻はリ・ホームの誘導に従い…戦場を後にするのであった………

 

 

 

 

数日後………C.E.71  8.15……オセアニア地域、カーペンタリア湾に面したザフト軍最大の地上の軍事拠点:カーペンタリア基地。

一週間前に発動した地球軍の オペレーション八・八によるカーペンタリア攻略戦は、当初の予定を多く狂わせて長期戦に陥っていた。

そもそもの狂いは、第一波で あったエアーズロック降下作戦の見通しがずれたからだ。

制式レイダー6小隊からなる 降下部隊からの上空強襲後、混乱に乗じて揚陸部隊が内陸部に突入するはずが、衛星軌道での奇襲にあい、小隊は3つにまで低下……切り裂きエドことエドワー ド=ハレルソンの率いる第一小隊は無事であり、奮戦はしたものの……空中支援が低下したことで、上陸部隊にも大きな影響が出た。

海岸線に設置された対空砲台 などで揚陸艦が撃沈され、また上陸した部隊も駐留部隊と激突することになった。

数少ない最新鋭のゲイツを筆 頭に、ジンやディンとうで対抗するザフトに地球軍もデュエルダガーやストライクキャノンダガーを用いてぶつかり合う。

だが、流石にMSの扱いに関 しては一長があるのか、カーペンタリアの駐留軍は粘り、膠着状態へと陥ってしまった。

地球軍は一旦部隊を下げ…… カーペンタリア湾沖合に停泊し、赤道連合とオーブの仮設基地からの援軍と補給を待っていた。

洋上艦隊を2個近く投入して 陥とせない以上、準備が整うまでは散発的な戦いが繰り広げられていたが………

洋上艦隊では、連合の増援部 隊と合流し、各艦の補給とMS、F−7D型制式戦闘機に加えて新たに配備されている次期主力戦闘機であるスカイグラスパーの準備が進められている。

アークエンジェルの離反によ り一度は制式採用を見送ったものの、その能力性と増産を開始した105ダガーや、新開発されているストライクダガーに代わる次期主力MSがストライカー パック対応型であることから、それに乗じて制式量産計画が浮上し、カラーリングをブラックとグレーに塗装し直したスカイグラスパーが数十機、準備が進めら れている。

そんな各部署での報告書を副 官が提出し、第4洋上艦隊の旗艦であるパウエルのブリッジでは、オーブ戦にも参戦したダーレスが眼を通していた。

「それで……各部隊の準備 は?」

「明日の夜明けまでには…… 既に赤道連合からの人員補充も行い、現在配属中です」

先の第一次攻撃と散発的な攻 撃でかなりの人員とMS、艦艇を失い、パイロットと艦艇、MS補充を行っている。

人員は赤道連合と東アジアか ら引き抜き、合流している。

だが、その人員補充にダーレ スは上層部の無能さに毒づく。

(いったい、上の連中はなに を考えている……っ)

現在は同じ連合組織内に収 まっているとはいえ、赤道連合と東アジア共和国は犬猿の仲……かつての中国を中心とした東アジア共和国と民族問題で対立する東南アジア地帯から構成される 赤道連合の不仲など、一般常識的な問題だ。

その二つを同じ場所に配置す るなど……これでは兵士間の連携どころか下手をしたら互いに足を引っ張り合う結果にしかならないのではないかという危惧がある。

だが、そんなダーレスが腐っ ても状況が変わるはずはない……大西洋連邦上層部は後の戦後の覇権を握るために、今は連合各勢力の力を削ぎ落としている。

ユーラシアはゆうに及ば ず……度重なる地上の激戦で東アジア共和国も国力を低下させている。さらにはオーブや赤道連合といった傘下に与み入れた国々の国力も削ぐことで、完全に隷 従させようとしていた。

そして全世界に自分達の力を 見せ付けるために宇宙でのザフトとの最終決戦において中枢を担うために宇宙へと人員を集結させつつあり、地上での攻勢の7割近い人員を他国の兵士で補って いる。

ユーラシアも東アジアも指揮 下であった宇宙艦隊を世界樹攻防戦、グリマルディ戦線、新星攻防戦で損失しており、実質的には宇宙に戦力を保有していないのだ。

(この異常なまでの人事…… あの男か)

あまりにあからさまな人員配 置にダーレスは一人の男の姿を思い浮かべた。

先のオーブ解放戦線において 自ら乗り込み、傍若無人に振る舞ったオブザーバーであるアズラエルの顔が浮かぶ。

もはや連合上層部があの男の 傀儡と化しているのは明白だ……オーブを攻略するぐらいなら、ビクトリアを攻略した方が被害も最小で済んだのではと思うこともある。

アズラエルが独断で進め…… 大西洋連邦の洋上艦隊2個分に匹敵する人員と艦艇…さらにはMSも百近い単位で損失した。

それだけの損害を被っておき ながら、目的のものは手に入れられずじまい……さしものダーレスもあのカグヤが崩壊した時に見たアズラエルのあの悔しげな顔は見てて胸がすくような思い だった。

表情が微かに緩みそうになる のを咳払いで抑え……レポートを置きながら、副官に向き直る。

「明日……08:00…作戦 を再開する……今度こそ、奴らを地球から追い出すぞ」

「はっ!」

副官は敬礼し、各部署へその 旨を伝えるべく、その場を離れていく。

ダーレスはブリッジのシート に腰掛けると……やや難しい表情を浮かべて前を見据える。

そう……コーディネイターを 地上から追い出すことに異議はない…だが……こうまで露骨に各国に対し難題を吹っかけ、自国は戦後そのまま覇権を握れると考えているのかと考える。

各国の下層での禍根は大きく 残り…下手をすれば、大西洋連邦以外の国々が結託して集中に狙われれば、いくらなんでも持つはずがない。

ただでさえ、現在のザフトと の戦争で大きく国力を低下させているのに……だが、ダーレスの憂いは上層部には届かないだろう。

彼らの手には、既に圧倒的な 力が戻っているのだから………

 

 

 

パウエルとは別の揚陸艦 艇……上陸部隊用のデュエルダガーが多数艦載され、フォルテストラ装備へと作業が行われている。

そんな作業が行われる格納庫 の隅では、4台並んだMS用のシミュレーターが設置され、そこに多くのパイロット士官が集まり、シミュレーターに精を出していた。

歳若いパイロット達は必死に シミュレーター内でMSを操作し、シミュレーション内で再現されているザフトのジンと戦闘を繰り拡げている。

ジンの放った弾丸が着弾し、 シミュレーション画面が赤く点灯し、パイロットはやや恐怖に身を強張らせる。

「ほら、当たったからといっ て気持ちを乱してはダメ……戦場で自分を見失うと、すぐに死んでしまうわよ」

そこへ叱るような女性の声が 響く。

「も、申し訳ありません…イ メリア教官」

ややバツが悪そうに謝罪する パイロットに対し微笑を浮かべるのは、レナ=イメリア……カーペンタリア攻略戦に参戦している数少ない大西洋連邦兵士であり、別名:乱れ桜。

以前はカリフォルニアの士官 養成学校の教官を務めていた女傑であり、自身も優秀なパイロットでもある。

彼女は今、この作戦に参加す ることになったパイロット達のシミュレーション訓練の講義を行っていた。

「いい……戦場ではまず相手 に間合いを取らせないこと。それに、常に自分の位置を把握すること…敵、味方……両方の位置を把握しておかないと、孤立しかねないし、また密集し過ぎると かえって敵の的になるわ」

論するような口調で講義する レナの言葉に歳若いパイロット達は真剣に聞き入る。

「それと……常に自分を冷静 に保つこと。戦場での焦りや気の迷いは自分だけでなく周囲にいる友軍にまで影響を及ぼしかねない。これを踏まえて、今後の作戦に臨んでもらいたい」

そこで一区切り入れると…… レナは表情を和らげ…静かに呟く。

「最後に……生き延びるこ と。これがパイロットには一番大事よ……いいわね?」

その言葉に一斉に敬礼するパ イロット達……それに応じてレナも敬礼する。

教官であるレナにとって、教 え子であるパイロット達は子供のような感覚だ……だからこそ、一人でも多く生き延びてもらうために技術を教えるのがレナの生き甲斐であった。

そんなレナに、母親のような 思慕を抱く者も多く、レナは新兵の憧れの対象となっていた。

「イメリア中尉」

その時……尉官の一人がレナ に近づき、そっと耳打ちする。

「そう……解かったわ、あり がとう」

短く礼を述べると、相手は敬 礼して離れていき…レナは今一度パイロット達を見やった。

「先程、艦隊司令からの通達 があったわ……明朝、08:00より再攻撃に出る」

その内容に一同はざわめく。

意気込む者、武者震いをする 者など反応は様々だ……それらを確認しながらレナは最後に言葉を送る。

「よって、各パイロットは機 体チェック後すみやかに就寝すること……明日は長い一日になる。皆…気を引き締めて英気を養いなさい」

苦言めいた物言いだが、パイ ロット達は表情を微かに和らげ…元気のいい返事を返すと、ハンガーに固定されているそれぞれの機体に向かっていく。

それを見送ると……レナも顔 を上げてハンガーに固定されている愛機を見上げる。

GAT/A−01E2:バス ターダガー……105ダガーをベースにした砲撃専用機。

左肩には、レナの身体に刻ま れた傷跡を示すように桜を模したエンブレムが刻印されている。

その機体を暫し見上げていた が、レナはやがて踵を返して格納庫を後にする。

 

 

もう深夜近い夜のなか…… カーペンタリア湾沖に展開する数十隻からなる連合艦艇……その内の一隻の甲板へと出たレナ……だが、角を曲がったところでやや眼を剥いた。

「あ、教官……」

レナの姿に驚いて振り向いた のは、同僚のジェーン=ヒューストン……そして、その横にはもう一人……

「お、はは! Good Evening」

軽薄に手を挙げて挨拶するの はエド……先のエアーズロック降下作戦でレイダーの部隊を率いていたパイロットで、レナもこれが初顔合わせになった。

といっても、こうして直に話 すのは初めてだが……

「……お邪魔だったかしら ね」

顔を赤くし、バツが悪そうに するジェーンの様子を見て、レナはクスリと笑うと、ジェーンは黙り込み…エドは笑い上げる。

「はははっ、いえいえ……抱 擁はタップリ済ませましたので……ジェーン、続きはまた今度にでもするか」

「ばっ! 何言ってんのよ、 教官の前で!」

さらに顔を赤くし、怒鳴る ジェーンにまったく悪びれもせず、エドは笑い飛ばす。

「はは、ジョークだよ、 ジョーク…それじゃ、教官殿」

ビシっと敬礼し、その場を 去っていくエドにレナは笑みを浮かべたまま、ジェーンに向き直る。

「なかなか面白い人ね、ハレ ルソン中尉は」

「バカなだけです」

笑みを噛み殺してそう評する レナにジェーンは疲れた表情を浮かべ、甲板の手すりに腕を置き、海を見据える。

「あら……結構なことよ。あ あやって振る舞えるのは……貴方の照れた姿、初めて見たわ。なかなか可愛いじゃない」

「教官!」

なにか、晒し者にされたみた いでジェーンは怒鳴るが、レナはまったくこたえていない。

口を尖らせるジェーンだった が、やがてなにかを思いついたように話を振る。

「教官は、誰か好きな人って いなかったんですか?」

意地の悪い表情でお返しとば かりにそう尋ねると……レナは若干表情を顰める。

予想していた反応と違うこと にジェーンは内心、困惑する。

「……好きとかそんなじゃな いけど…気になる相手ならいたわ」

「え……? いた……?」

「もう、今はいないか ら………」

「えっ…あ……そ、その… も、申し訳ありません!」

その意図を察したジェーンが 慌てて頭を下げるが、レナは被りを振る。

「別にいいわ……」

そう……死んだわけではな い………ただ…もう二度と一緒にいられないだけだ………

遠くを見るレナに……ジェー ンはおずおずと問う。

「あの……その人って、どん な人だったのですか?」

訊くのは躊躇われたが……そ れでもこの教官が気にした相手という存在に興味が引かれるのを抑えられなかった。

それに対し、レナは一瞬苦笑 めいたものを浮かべ……やがて視線を戻し、遠くを見る。

「そうね……一言でいえば、 ライバルで…戦友だったかな」

ポツリと漏らす言葉……そ う………士官学校時代……ともに同期で何度か一緒に模擬戦闘や講義を受けた相手……アルフの姿が脳裏を過ぎる。

互いによく似た戦術や機体を 好み……なにより、お互いを競い合い、高めあった。

二人で戦闘機に乗り、戦闘に 出たこともあった……アルフが第8艦隊に配属され、レナは士官学校の教官となった。

アルフはその才能を示し、蒼 き疾風とまで称されるほどのパイロットとなり…そんなアルフと同期であることを誇り、彼に続くようなパイロット達を育て上げようと意気込んでいた。

だが……全ては……変わって しまった………今はもう敵同士…………

「男って、勝手なもの ね………」

「え、なにか言いました?」

ボソッと呟いたレナに訊き返 すも……レナは苦笑を浮かべて首を振る。

「なんでもないわ……それよ り、明朝の08:00から作戦は再開されるそうよ…貴方もすぐに休みなさい」

「はい……では、教官…また 明日」

軽く敬礼すると、ジェーンも 甲板を降りていく……それを見送ると…レナは今一度空を見上げる……この向こう側にいったかつての戦友を思いながら…………

 

 

 

 

夜が明け……地平線の奥から 太陽が顔を出す。

光に彩られるなか……カーペ ンタリア基地をスコープで見詰めていたダーレスは作戦開始時刻になったのを確認し、命令を下した。

「全艦、発進! ミサイルを 基地の沿岸線に向けて発射! 水中部隊は敵潜水母艦を排除せよ!」

ダーレスの指示に連動し…… 地球軍艦艇が沖から湾内へと向けて加速する。

海上を疾走し……刹那、艦艇 から無数の巡航ミサイルが放たれた。

一度は上陸した沿岸部には、 まだ多数の砲台などが設置されている……それを無効化しなければ、揚陸艦が接近できない。

加えて数が少なくなったとは いえ、ザフトの潜水母艦群もまだ数隻存在し、水中MSを保有しているのだ。

巡航ミサイルの接近はすぐさ まカーペンタリアの指令部にも届いた。

膠着状態とはいえ、今のカー ペンタリアにはもう余分な戦力もなければ人員も資材もない……まさに水際の防衛だ。

多くの熟練パイロットと人員 が宇宙へと戻り……半ばここで死ねと命令されたような状態であるカーペンタリアではあるが、そこはコーディネイターとしてプライドか…降伏という選択肢は 出なかった。

最後まで戦おうと決意した カーペンタリア司令の姿がどう映るかは、後世の世界が証明する。

先制を取られたために、迎撃 砲台の展開が間に合わず、海岸線に設置されていた数少ない砲台が起動さえできずに蹂躙されていく。

大地が抉れ、爆発が咲き乱れ るなか……なんとか稼動した砲台が巡航ミサイルを撃ち落とす。

元々地上での海上艦の保有数 が極端に低いザフトでは、これらの大量の巡航ミサイルに抗う術がない。出し惜しみせずミサイルを次々と放ち、沿岸部の防衛戦は完全に破壊された。

それに伴い……揚陸艦隊が前 進する。

これで完全にカーペンタリア を陥落させるために、数多くの部隊と機動兵器を掻き集めた。

イージス艦、揚陸艦の甲板か らスカイグラスパーを隊長機とする戦闘機:スピアヘッド部隊が何十機と飛び立つ。

戦闘機部隊の先陣を切るのは 制式レイダーに搭乗するエド……後方には残存のレイダー部隊を率いている。

カーペンタリア基地上空へと 差し掛かると……ディンやインフェストゥス部隊が立ち塞がった。

「撃ってきたぞ! 全機散 開! スカイグラスパー第4から第7小隊は司令部制圧に向かえ!」

エドの指示に、スカイグラス パー3機・スピアヘッド10機で編成された戦闘機部隊が迂回し、内陸方面から司令部制圧に向かう。

その動きに気づいたディン部 隊がそれを阻もうと向かおうとするも……

「おっと! お前の相手は俺 だぜ、ベイビー!」

陽気に叫び、主翼の上で変形 したレイダーが機関砲を放ち、ディンを撃ち抜く。

先にレイダーを仕留めようと ディン3機が密集して襲い掛かってくる。

重突撃銃の応酬が轟くも、エ ドは素早く変形させて回避する……だが、他のレイダーはそうはいかず、集中攻撃を受け、爆散する。

試作機レイダーでは施されて いたTP装甲ではあるが、今回の制式量産機にはコストダウンのためにTP装甲は外されており、ディンの突撃銃でも集中砲火に晒されれば、流石に装甲が保た ない。

そして……地球軍のスピア ヘッドとザフトのインフェストゥスが激しく飛び回りながら銃火を轟かせる。

後方に付いたインフェストゥ スが機銃を放ち、スピアヘッドを被弾させる。

一拍の後、スピアヘッドが爆 発する……だが…そのまま旋廻しようとしたインフェストゥスは回り込んできたスカイグラスパーのビーム砲に機体を撃ち抜かれ、爆発する。

性能的にはスカイグラスパー の方が圧倒的に高いであろう……なにせ、先の試験機では戦闘機でザフトのMSとやりあったパイロットがいるのだから………

コーディネイターに技量の劣 るナチュラルのパイロットでも戦闘機相手なら機体能力が上乗せされ、そこそこの活躍ができる。

空中戦はミサイルや機銃の砲 火…そして戦闘機の爆発が絶え間なく咲き乱れる。

そんななか、地上の方でも激 しい砲火が始まろうとしていた。

進軍する揚陸艦艇の一隻が、 突如爆発炎上…轟沈した。

海上艦が疾走するカーペンタ リア湾の海中には、3隻の潜水艦が航行し、魚雷発射管を海上の連合艦艇にセットしていた。

「よしっ、第二波……目標、 敵揚陸………おおっ!」

続けて放とうとするも……そ こへ爆発が響き、船体が揺さぶられる。

「エ、エリア内にMS!」

「ええい、地球軍め……ゾ ノ、グーンをありったけ出せ! なんとしても連中を葬れ!」

オペレーターの報告に歯噛み し、指揮官は指示を飛ばす。

海中で傾いたままの潜水母艦 の発進口が開き……そこからゾノやグーンが発進する。

宇宙では使い物にならず、多 く捨て置いていかれたゾノやグーンの存在はありがたかった。

この水中MSのおかげで第一 波を防げたといっても過言ではない。

だが、既にその残存数ももは や第一波時の半数にも満たない。

決死の覚悟で出撃するゾノ・ グーン隊に向かっていくのは地球軍の水中MS部隊…フォビドゥンブルーを隊長機とするディープフォビドゥン部隊………

トライデントを振り被り、リ フターを被って臨戦体勢に入る。魚雷が一斉射され、襲い掛かる。

ゾノやグーン隊は散開して回 避するも、魚雷が岩盤を吹き飛ばし…周囲は粉塵が舞い、視界が覆われる。

土煙が朦々と立ち昇る水中 で、激突する両者……煙にまみれて急接近し、グーンに向かってトライデントを突き刺すディープフォビドゥン……コックピットを貫かれ、槍を引き抜くと同時 に爆発する。

だが、その爆発に紛れて急接 近してきたグーンがディープフォビドゥンに体当たりし、至近距離からメーザー砲を放ち、機体を撃ち抜き、そのまま岩盤へと叩き付ける。

刹那……閃光を発し、ディー プフォビドゥンが爆発する。

水中格闘戦の高いゾノがク ローを振り被り、ディープフォビドゥンを弾くと同時にクローのメーザー砲を発射し、コックピットを撃ち抜く。

グーンが3機でディープフォ ビドゥンを撹乱し、そのまま集中砲火を浴びせる。

ゾノ数機が敵機を掻い潜り、 連合艦艇の艦底部に向かい急上昇していく……そのまま海上から飛び出したゾノは甲板に降り立つと、揚陸艦のブリッジ目掛けてクローを振り下ろし、叩き落 す。

それに連動して船体が誘爆 し、艦艇が炎に包まれる。

甲板から甲板へと飛び移り、 次々と艦艇を沈黙させていくゾノ部隊……その時、水中から飛び出すフォビドゥンブルー………

「これ以上やらせない よっ!」

コックピット内でジェーンが 吼え、直上からトライデントを突き下ろし、ゾノを頂点から貫く。

貫かれたゾノを水中に向かっ て放り投げる。一拍後、水中爆発が起こり、水柱が立ち昇る。

それに見向きもせず、ジェー ンのフォビドゥンブルーはまたもや水中に潜水し、向かっていく。

制海、制空争いが激化するな か……数十近い揚陸艦艇はカーペンタリア基地からの弾幕を掻い潜り、沿岸部に向かって突撃してきた。

そのまま乗り上げるように沿 岸部に到達した揚陸艦のハッチが開き……そこから多数のストライクダガー、ストライクキャノンダガーが姿を見せる。

上陸したストライクダガーは ビームライフルを放ちながら飛び、沿岸部に設置されている砲台やリニアガンタンクを撃破していく。

ストライクキャノンダガーが 放つリニアガンがビルを破壊していく。

そのまま内陸部の司令部へと 進軍しようとする連合のMS部隊に、ザフトのMS隊が立ち塞がる。

既に旧式となっているジンや シグー……そしてザウートが動き、突撃銃でストライクダガーを撃ち抜く。

ザウートの砲台が火を噴き、 空中に飛び上がっていたストライクダガーを吹き飛ばすも、その空いた穴を埋めるように現われるストライクダガーがビームライフルを放ち、ザウートを撃ち抜 いていく。

ジン隊も懸命に応戦するも、 数の不利は覆せず、またもやジンが一機撃ち抜かれ、爆発する。

ストライクダガーとジンは、 機体性能ではさして差はないが、武装の差がここで出ていた。

ダガー系統はみな、ビームラ イフルを標準装備しているために、攻撃面では圧倒的に有利であり、一撃必殺の武器であるために、ジンやシグー程度の機体装甲やシールドでは防げない。

加えて、ジンやシグーの稼働 率も極端に低かった。補給も断たれ…もはや満足いく整備さえできていないジンやシグーのなかには、突撃銃のジャムで弾詰まりし、立ち往生する機体もある。

それらの機体が纏めて吹き飛 ばされる。

砲撃を加えた先には、悠然と 佇むバスターダガーの姿………コックピット内でレナは正面を睨む。

「コーディネイターさえいな ければ……弟も…アルフも………宇宙人は宇宙へと還りなさい!」

そう……弟が死んでしまった のもアルフが狂ってしまったのも全てコーディネイターが地上へとやってきたため……そう思い込むことでレナは己を奮い立たせる。

バスターダガーが両脇に構え るガンランチャーと収束ライフルを連射し、防衛戦を護るジンを遮蔽物ごと吹き飛ばし、道をつくる。

「第2、第5、第6小隊は私 に続け! 第3第4、第7から8はエネルギー施設の破壊だ!」

雄々しく立つバスターダガー とその肩に刻まれた桜吹雪のエンブレムが味方の士気を高める。

レナのバスターダガーに続く デュエルダガー隊……また、部隊は分断し、それぞれの制圧地区へと向かう。

 

 

 

「第2防衛線、突破されまし た!」

「MS隊、約7割にまで損 失!」

「クリューガー隊! ク リューガー隊、応答せよ!?」

カーペンタリア基地の司令部 には先程から味方の損害ばかりを告げる報告しか飛ばない。

司令官である将校は忌々しげ に歯噛みする。

たかがナチュラル相手にこれ 程辛辣を舐めなければならないとは、コーディネイターとしてのプライドが赦さないのであろう。

「ラゴゥ、及びバクゥを全機 投入しろ! ゲイツ及びダガー部隊は中央に配置!」

司令官の指示に従い、カーペ ンタリア基地内でロールアウトしたTMF/A−803:ラゴゥの制式モデルを出撃させる。

バルトフェルドの搭乗したラ ゴゥとは違い、こちらはバクゥと共通するダークブルーのカラーリングに操縦席も単座に変えられている。

ダークブルーの並ぶラゴゥの 姿は、さながら黒豹の群といったところか……本来なら、オペレーション・スピットブレイクに投入される予定であったはずの機体だが、スピットブレイクのた めのMSの大量の整備と準備のため、プラントから運び込まれたパーツを組み立てる時間がなく、投入はできなかった。

もっとも、それが今は功をそ うしているが……もはや数少ない地上での特化機であるラゴゥ5機とバクゥ10機が駆け出していく。

その後に続くのは、本国から 人員の帰還と引き換えに補充された数少ない連合のダガーに対抗できるビーム兵器装備のゲイツ……そして、鹵獲されたストライクダガーだ。

アフリカ、ヨーロッパ戦線と うの戦闘で撃破されたストライクダガーを数多く回収し、複数の機体パーツを組み合わせることで稼動できるように修復したものだ。

大量に投入されていること と、戦時量産型というのが瀬戸際に立つザフト兵士にはありがたかった。カーペンタリア基地で修復された10近い機体が迎撃に出る。

ナチュラルの兵器を使用しな ければならないというのは屈辱ではあろうが、実際に危機に瀕している今、そんなくだらないものに拘ることはできないだろう。

出撃するパイロットに向けて 司令官は言葉を発する。

「勇敢なる諸君……知っての とおり、もはやここが我々の最後の砦である。そして、我らには退路はない………」

やや沈痛なものを滲ませて呟 く司令官に押し黙るパイロット達。

「だが! 我らの思いは必ず や宇宙の同志達に伝わり、引き継がれるであろう……我らが命、ここで散らそうぞ…ザフトのために!!」

鼓舞する司令官に、パイロッ ト達は半ば英雄願望に酔いしれるように奮い立つ。

そう……無駄死にではな い……自分達の無念は必ずや宇宙に上がった同胞達が晴らしてくれる…自分達はそんな彼らのためにここで華々しく散ろうという自賛じみた自殺願望であった。

だが、この極限下でそれは最 高の士気向上に繋がった。

オペレーター達は必死に作業 を続行し、整備班も粉骨砕身の思いで機体を送り出し、パイロット達は決死の覚悟で戦場に臨む。

その様を見詰めながら、司令 官は副官に向かって小声で囁く。

「例のものを弾頭に詰めて、 敵艦隊の座標に発射するように準備しろ」

「……よろしいので?」

副官も司令官の指す物の見当 がつき、やや怪訝そうに問うが、司令官は一瞥するだけだ。

「ただ置いてあるだけでは何 の役にも立つまい……我らが滅ぶ時は、連中も道連れだ」

「解かりました……すぐさま 弾道計算とタイマーセットを行います」

一礼すると、副官は足早に司 令所を後にする……それを見送ることなく、司令官はモニターに映る進軍してくる連合のMSを睨むのであった………

 


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