彼らの所持する機体の整備と
改修・開発が進むのを見下ろしながら……休憩所の一画ではサイが静かに溜め息を漏らしていた。
「どうしたんだ……溜め息な
んかもらして」
後ろから掛かった声に振り返
ると…そこには同じように休憩に来たキョウがコーヒーの紙コップを手に歩み寄ってきた。
「あ、副長……」
「隣いいかな?」
サイが頷くと、キョウもサイ
の隣に並び、喧騒に近いファクトリーを見渡す。
「皆、気合が入ってます
ね………」
「ああ…大きな戦闘が近いし
な………まあ、戦わずに済むのが一番だが…そうもいかない」
苦笑混じりに息を吐き出し、
溜め息をつく。
近い日に、連合とザフトとの
間で大規模な戦闘が開始されるであろう……それに乗じて自分達は動かねばならない。
自分達が呼び掛けても恐らく
双方には届かないだろう……ならば、裏からの工作しかない。そして両軍を支配しているトップをなんとかしなければ………
だが、サイの表情は曇ったま
まだ……そんなサイの心情を察したようにキョウがやや言葉を濁しながらも問い返す。
「君も……気に掛かることで
もあるのか?」
その言葉に……サイは表情を
一瞬強張らせる。
口にはしなかったが……サイ
が気にしているのはフレイのことだ……地球軍に救助はされたが…その後どうなったのか………フレイの依存心の強さはサイにはよく解かっている。
そんなフレイが知り合いのほ
とんどいない孤立した軍に残るとは考えられないが……それでももうフレイには他に縋るものがない………
「話したい奴がいるんで
す……俺、ちゃんと話聞いてやればよかったのに……そいつと気まずいままで……結局、そのまま離れちゃって………」
ボソボソとした声で呟くが、
キョウはしっかり聞き入る。
あの頃は自分も意地を張って
いた部分があった……キラとフレイがあんな関係になって…自分も荒んでいた……そしてキラが死んだと思った時、あっさりと掌を返したフレイに自分は嫌悪し
た………フレイにも…自分自身にも…………
フレイのことを解かっていた
つもりでも全然解かっていなかった自分と理解しようともしなかった自分………それが今になってサイの心を苛める。
はっきりと口にはしなかった
が、キョウはサイが誰のことを言っているか解かっている……彼らの航海も記録を全て見たのだ………無論、そういった艶事の細部までは解からないが、ある程
度は察せられる。
「だが、生きているのだろ
う……君も、そして相手も」
ハッと顔を上げるサイにキョ
ウは笑みを浮かべる。
「互いに生きているのな
ら……必ずまた逢える…逢おうと思えば………そうやって、人は想いを抱えて生きている………」
なにか柄にもないことを言っ
たようでキョウは内心に苦笑を浮かべる。
「僕も一度は力がほしいと
思ったこともあった………不甲斐ない自分が嫌でね」
そう口にしたキョウにサイは
どこか驚きに眼を見張っている…TFのリーダーとして率い、そして今はネェルアークエンジェルの副長まで務めているキョウが不甲斐ないというのが想像でき
なかった。
だが、事実そうだった……傭
兵団の頃もキョウはさほど銃器の扱いがうまいわけでもなく、どちらかと言えば足を引っ張るような存在だった。
そんな情けない自分を変えよ
うと必死に力をつけた。
「だが、自己満足で得た力で
は何にも役に立たない………その力の意味を知らなければ」
そう……ただ自己満足に力を
求めていてもいずれは消えてしまう………そんな時だった…キョウがレイナと逢ったのは………父が連れてきた少女…突然の妹………だが、その瞬間…キョウに
は護るべきものができた時だった。
この少女の心を護りたい
と……闇を抱える妹を………
「護るものがあるなら……人
はどこまでも強くなれる………君が望めば、なににも負けない強さが得られる………君だけの力だ」
キョウの言葉を反芻しなが
ら、サイは以前のキラとの会話を思い出した……キラと自分は違うと……キラは確かにサイにはできないことができる…だが、サイにはサイにしかできないこと
がある………それは…………
「………ありがとうございま
す、少し気が楽になりました」
「構わない…それより、休め
るうちに休んでおいた方がいい……いつ休めるか解からないからな」
「はいっ」
なにかを吹っ切ったように清
々しい笑顔を浮かべ……サイはその場を後にした。
それを見送ると……キョウは
視線をファクトリー内へと移し………作業を行っている一区画を見やった。
「護るつもりが……逆に護ら
れてばかりとは…情けないな」
呆れにも似た溜め息をつき、
肩を竦めた。
ファクトリーの一画……戦艦
のドッククラスの作業場には、5つの巨大な小型シャトルにも匹敵する建造物が開発されていた。
3つは共通の規格だが、もう
2つはまったく別物だ……一機は漆黒…もう一機は蒼をイメージした戦闘機のようなパーツを成している。
「よーし! エンジンブロッ
クの接続とドッキングシーケンスのテストモーションを組んでおけー!」
怒号を張り上げて指揮を執る
トウベエ……それらの作業を見やりながら、下のパイプやコードが繋がった端末機器に座るリンやリーラ、そしてレイナがモニター画面に表示される眼前の建造
物の3DCG図を表示させ、それを様々な角度から投影する。
「どうなの……進み具合
は?」
「ヴェルヌ35は3機ともあ
とは最終チェックを残すのみよ……けど、ZEROとAFはまだ時間が掛かるわね」
淡々と呟きながら、コンソー
ルを叩き、対象のOSを組み上げていく。
「まあ、仕方ないか……元々
規格が違うし…それに、ZEROとAFは半ば組み立て途中で持ち出してきたみたいだから……」
「でも、急がないといけませ
んよね……」
頭を掻きながら溜め息をつく
レイナにリーラもどこか表情を顰めながらそれらを見上げる。
ヴェルヌ35A/MPFM、
ミーティアZERO、AF………ともにMSの火力・機動力向上を目的とした強化パーツユニット。
ヴェルヌ35A…通称ミー
ティア改………エターナルに搭載されたフリーダム・ジャスティスの2機専用のプラットホームであるミーティアのプロダクションモデル。元々は旧式化してい
たジンやシグーとうのザフト第一世代MSの延命維持の目的で造られたものらしいが、NJCの実用化による核動力を内蔵することで通常のバッテリー駆動の
MSの能力を飛躍的に伸ばす。プラントからの補給物資に積み込まれていたこれらのパーツを連合から奪った物資などで補強しながらようやく完成したのだ。
「一応、規格はどれでも扱え
るようにドッキングジョイントを簡易化しておいたけど……」
ヴェルヌ35はどちらかとい
えば多種なMSに対応させた方がベストだ……あらゆる局面でどの機体でも扱える方が使いやすい。
「構わない……まあ、誰が使
うかはその時の判断にしましょう…これはケルビムにでも回しておこうかしらね」
ただでさえ大型のプラット
ホームはかなりのスペースを占める……とてもではないがネェルアークエンジェルや他の艦艇に積む余裕はない。そのために、現在艦載機を持たないケルビムに
白羽の矢が立つのも当然だった。
「そっちはどうなの……?」
「なんとか数日中にはロール
アウトさせる……こいつらは、エヴォリューション達の大事なパーツだからね」
不適に笑みを浮かべると、作
業を続行する。
ミーティアZEROと
AF……ミーティアらと同じくこれらはエヴォリューション、そしてスペリオル専用のプラットホーム型強化モジュール。
前者はミーティアの先行試作
型で後者は発展型に当たる。
この2機は未完成の骨組み状
態でオーディーンに艦載され、持ち出してきた。そのために完成が随分と遅れたのだ。
「だけどいいの? エヴォ
リューションにこれをつけて?」
やや疑念を浮かばせながらリ
ンがレイナに問う……このミーティアZEROはインフィニティとエヴォリューション、EXナンバー用に開発されたものの、試作型はテスト終了後に分解され
た。そのために持ち出せたのだが……EXナンバー共通のはずだが…レイナはそれをリンに譲った。
「インフィニティは火力は充
分あるし、逆に今の状態では枷になる」
そう……ミーティアは元々
MSの火力と機動性向上を主眼としているが、ブラスターカスタム化されたインフィニティは同じ特性を突き詰めている。そこに上乗せしても無駄だろう……な
らば、エヴォリューションに搭載した方が2機の戦術の幅が拡がる。
「……解かった。あと…リー
ラ、こいつとスペリオルがドッキングした時の機動力は今までの倍以上に上がる。そのGに慣れておかないとキツイわよ」
その言葉にリーラは表情を顰
める。
ミーティアよりもより小型化
され、尚且つスラスターとバーニア機構の増加は途方もない機動性を機体に齎すも、それはコックピットに掛かる負担が倍加することに他ならない。
今でも機動時に掛かるGに圧
され、リーラはまだスペリオルの真価を発揮しきれていない……あれ以上にGが掛かるとなれば、自分では扱えないのでは…と危惧を浮かべる。
「甘えるな……」
「え……?」
「自分の力を信じてみろ……
自分が信じられなければ、いつまでも貴方は進まない………貴方は、可能性なのよ…私達よりもね」
リーラの心情を見透かしたよ
うに……そして、弱い心を嗜めるように呟く。
そう……可能性だ………自分
達と似て非なる存在…………レイナもリンも所詮は禍がいもので闇に生きる者……だが、リーラなら…………そう考える自分にレイナは内心苦笑を浮かべた。
「貴方が本当の意味で覚悟を
決めたとき……必ず今以上に強くなる」
それだけ言い終わると、レイ
ナは身を翻す。
その後姿を……リーラはどこ
か呆然と見送るのであった……………そして、そのまま視線をAFへと向ける………無意識に…胸元のペンダントと指輪を握り締めた……強く…強く………己の
決意を促すように…………
それを遠くから見届ける
と……レイナはリンを見やり、静かに呟いた。
「……後で、付き合ってくれ
ない?」
その言葉に不審そうに見上げ
ると……レイナは視線を動かし、その意図を察したリンは…やや困惑しながらも頷いた。
地球・某所………執務室では
シオンがコンソールを叩きながら、ディスプレイを見やり画面に『SOUND ONLY』と表示された通信を行っていた。
《ある程度の戦力は上がっ
た……私も、全体の指揮のために宇宙へ上がる》
「ああ……頼む、中将」
画面の向こう側から頷く声が
返ると同時に通信が切れる。
そして、画面の端に表示され
ている報告に眼を通す。
「これである程度は抑えた
が……盟主が宇宙に上がってくれたのが幸いしたな」
軽くぼやくように肩を竦める
と、シオンはシートに身を預け、軋む音が微かに響く。
連合政府内の政治家達……特
に強硬派の一部と中立派の根回しを行い、コネと人脈、そして連合政府内の監査部を動員してスキャンダルを掴み、それをネタに脅しをかけていた。
政治家であれば誰もが裏で自
らの首を絞めかねない行為に程度の差があれど染めている…もっとも、そんな行為なしに政治家は務まらないが………問題はそれを隠しとおせるかどうか
だ………
政治と暴力は表裏一体……ゆ
えにこれ以上連合政府内に軍部が幅をきかすのは好ましくない。バランスは常に保たねばならない……そのために邪魔な政治家は潰しておくに限る。
スキャンダルを餌に中立派の
政治家達には適当に理由をつけて中立を維持させている…下手に穏健派に鞍替えしてもアズラエルに叩かれるだけだ。そして、強硬派路線に走る政治家も一部に
極秘裏に接触し、スキャンダルをちらつかせてこちらの陣営に回させている。
もっとも、政治家がアズラエ
ルに泣きつけばそんな戦略など瓦解するだろうが、その時はこのスキャンダルをマスコミに流すとさらに脅しをかけた。こちらが倒れる時は共倒れだ……それ
に、政治家のスキャンダルというのはマスコミが特に欲しがるネタだ。それこそ誇張されて真偽を問わず世間に公表されるだろう。そうなればたとえ身に憶えの
ないことでもたたかれ、政治家としてはもはや最悪の状況に陥る。そうなるぐらいなら今は敢えて辛辣を舐めようとする政治家が多い……人間、せっかく得た地
位や名誉をなかなか手放したくないものだ。
シオンは別の書類を持ち上げ
ながら、内容に眼を通す。
「……ジャンク屋のおかげで
なんとか人員とMSが宇宙に上げられたか………」
先日のカーペンタリア陥落に
伴い、地上でのザフトの動きはもはや散発的なゲリラのみとなった。
それらの対処は既にユーラシ
アの管轄になっており、大西洋連邦はその戦力のほとんどを宇宙へと上げている。
「まあ、彼女達の協力とザフ
トも意外に踏ん張ってくれたおかげだな」
地上での動きを察せられない
ために戦力を削ぐ意味で依頼した降下部隊の奇襲……それをレイナ達は見事に果たしてくれた。そのおかげか連合も当初予定していた予想よりも大きな損耗をし
いられ、結果地上での眼を緩めることになり、しかもこのカーペンタリア攻略に伴う兵員補充の件でまた同盟国内に不満を強める結果となり、OEAFOへ
の協力者をさらに増加させることになった。まさに僥倖……そしてジャンク屋組合とも連絡を取り付け、フォルテの手引きで南米に集中していた戦力をギガフ
ロートから民間艦に偽装して宇宙の拠点へと上げている。
アズラエルが宇宙に上がって
くれたおかげでそれに紐のようについていった幹部連中も多いのでおおいに助かっている。
問題はロゴスの関連の年寄り
の説得だ……なにかと利益に煩いが、まだそういった思考ならやりやすい…下手に殲滅戦を支持しては自分達の懐を痛めたままになるだろう。
もっとも、難題なのは戦後の
方だが……そう逡巡していた時、呼び出し音が鳴り……シオンは思考を中断し、受信すると、モニターには秘書の女性の顔が浮かび上がる。
「君か……どうだ、例の男
は?」
《はっ……裏付けは取りまし
た。アラスカ事変での真相……その証言のテープです。それと、その時の取引の書類を手に入れました》
秘書がちらつかせるのは一個
のテープ……内容は、アラスカでのサイクロプス発動に関して黙認した連合の監査部の人間の証言が入っている。
サイクロプスは連合軍部内で
も最高ランククラスの機密……当然、それを知る部署や起動キーを管理する部署があって然りなのだ。そして、今回の発動に際してその起動するためのキーケー
スを管理していた管理部の人間を逮捕し、どんな手段を用いてでもその時のことを吐かせた。
シオンの指示通り、秘書官や
担当した者はそれこそ自白剤を用いてまで吐かせた。
その結果……起動キーケース
の譲渡に関してのブルーコスモスの癒着と管理部に関しての裏取引の書類などが押収できた。
この証拠があれば、連合軍部
内の大西洋連邦の権威を崩すこともできよう……地球の世論に発表されたザフトの大量破壊兵器が実は大西洋連邦の仕掛けたサイクロプスなどと公表されれば、
大西洋連邦はこぞって非難の的となり、世界から孤立させることもできる。
「もっとも、そのためには盟
主の排除が必要か………」
何気に発したシオンに秘書官
が言葉を挟む。
《そのムルタ=アズラエルで
すが……どうやら、シオン様の仰っていたとおりです。大量の核兵器がアズラエル関連の施設から月基地へと運び込まれています》
その言葉に……シオンは苦々
しく舌打ちする。
「やはりそうだったか……い
かんな、それでは交渉が怪しくなる」
北米大陸での原子炉の復
活……そして核兵器の移動など…もはや疑う必要はない。アズラエルはNJCをその手にしている。それだけでシオン達の策を崩すには充分だ。
プラントの一部の議員と連絡
を取り、密かに政権交代プランとその後の和平交渉に関しての交渉を行っているときに連合が核を用いれば、それはパワーバランスを崩しかねない。
《いかがいたします……もう
既に月基地では3個艦隊ほどの部隊がプラント攻略戦の準備に入ったという情報も入っています》
「………状況的にはこちらが
不利だな。なんとかせねば……」
そう……このままでは動くよ
り早くプラントが砲火に晒される…それはシオン達の考えを瓦解しかねない。
だが、自分達の手持ちの軍備
であるOEAFOはまだ錬度が低い。特に宇宙に上げてからの部隊編成にはまだしばらくの時間が掛か
る。
「………遺憾だが、彼女らに
期待するしかないな…」
苦笑いを浮かべるように呟い
たシオンに秘書官は表情を顰める。
《………賛同しかねます
が…》
「仕方あるまい……まあ、現
実的ではないがな。一応、地球軍の動きの旨を伝えてやれ……あとはあちらが判断するだろう」
《……はっ》
通信が途切れると……今一度
シオンは深々と溜め息をつく。
正直、当てにはできない……
いくら戦力的には侮れないといっても所詮はゲリラ部隊…いくらなんでも戦局を変える力にはならない………だが、仮に彼らが行動を起こせばそれだけでアズラ
エルには予想外のアクシデントになろう。その混乱に乗じれば……シオンは連合軍内部に潜らせている草にも連絡を取り、自らが考えうる最善の方策を執ろうと
していた。
月基地……プトレマイオスク
レーターには連日に渡って補給艦が出入りしていた。
途中、何部隊かは海賊やザフ
トのハンター部隊に奇襲されているが、それでも量的には充分すぎる物資が月基地内に蓄えられている。
アズラエルが宇宙での盛大な
決戦と早期決着のために地球圏のあらゆる戦力を宇宙へと集結を指示したからだ。
何十隻という艦艇と何百・何
千という数のMSが配備されていく様…そして目当てのものが次々とアガメムノン級戦艦に積載されていくのを満足げにモニター鑑賞するアズラエル。
「アズラエル様…先程、第
518補給船団が到着しました。これで予定されていたエルピスへの作戦行動は可能かと」
司令官のようにシートに腰掛
けるアズラエルにサザーランドが恭しく報告すると、満足げにアズラエルは頷く。
「ああ、そう……いやはや、
流石迅速な対応ですよ、サザーランド大佐…いえ、准将ですな……例の5番艦の艦長に任命した僕の考えも間違っていなかったようだ」
「もったいないお言葉です」
誇らしげに一礼するサザーラ
ンドにアズラエルは報告書に眼を通す。
「それで……部隊の編成はど
うなっている?」
「はっ……エルピスには第
6、第7と第4艦隊を出します。旗艦は第7艦隊のワシントンとし、ボアズへの先行は第4艦隊に……その後、ピースメイカー隊によるボアズ攻略を予定してお
ります」
オペレーション・エルピ
ス……旧世紀の大西洋連邦の前身たるアメリカ合衆国の英雄の名を冠した作戦名……今回の作戦には打ってつけの命名だろう。
第4、第6第7の3個艦隊を
投入し、プラント本土攻略船を目指す最終作戦……その最初の障害がかつての東アジア共和国の資源衛星:新星を改装した宇宙要塞ボアズ……難攻不落と謳われ
るほどの強固な防衛網が施されているだけに一筋縄ではいかないだろうが、こちらには切り札がある。
「第4艦隊にはせいぜい頑
張ってもらいましょう……かつての自分達の失態なんですからね」
ニヤついた笑みを浮かべつ
つ、アズラエルはその瞬間を脳裏に夢想する。
「第9艦隊はどうなってい
る……まあ、アレまで投入する必要はないかもしれないけど、念には念を入れておかないとね」
自らを持ち上げるように問い
返す。
「現在、80%まで進んでお
りますが……5番艦の就航と部隊編成にはもう暫し時間が掛かるかと………遅くとも、エルピスの最終フェイズまでには」
アズラエルとサザーランドが
指導し、編成している第9艦隊は旗艦をAA級5番艦とし、その他の艦艇やMSも改装されたものが優先的に配備されている。
だが、かなりごり押しとスケ
ジュールの前倒しでなかなか編成が進んでいないのが現状であった。
ロールアウトしたばかりの新
型車を明日までに数十台納品しろというのは無理であろう……もっとも、この男にはそんな理屈通じないかもしれないが………
「ダガーのLカスタムに
105ダガーの優先的配備……勿論、例のものも積んであるよね?」
渡された資料に眼を通しなが
ら、軽く視線を移すとサザーランドは自信満々に頷く。
「勿論です…セラフィム他僚
艦に艦載済みです」
「結構」
満足げに頷くと、アズラエル
はああと思い出したように尋ねる。
「そう言えば、第8艦隊はど
うなったかな?」
「はっ……第8艦隊は事実上
壊滅………デュエイン=ハルバートン以下クルーはケルビムとともに脱走…メネラオスは轟沈、他損耗率は70%です」
衛星軌道に派遣した第8艦隊
は反乱軍との戦闘で事実上壊滅……艦隊提督のハルバートンは脱走兵となり、アズラエルにとっては口煩い老人が消えてくれて僥倖であろう。
「それと、帰還した兵士の話
では、妙なMSに襲われたとの報告もありますが………」
「妙なMS……?」
興味なさ気であったアズラエ
ルが幾分か好奇心を刺激され、振り向くとサザーランドは曖昧な返事を返す。
「はっ……ですが、恐らく敵
前逃亡の際に混乱しただけでありましょう………それらしい機影の映像などはありませんし………」
あの衛星軌道での戦いから命
からがら逃げ延びてきた第8艦隊の残存部隊が証言した話では、降下部隊を奇襲したのは間違いなくアークエンジェルだったそうだが……アズラエルはそれを無
駄な足掻きと取っていた。
連中がなにを企んでいようが
もはや何の意味も成さないと……そして、もう一つ……最後に乱入した謎の白い機体についてだが…こればかりは証言のみなのでとても現実的ではなく、サザー
ランドは逃亡の際の勘違いと完結し、取り合おうとはしなかった。
残存部隊も半ば使いものにな
らなくなり、結果的に第8艦隊は欠番となった。
「まあいいでしょう……とに
かく、エルピスの準備を急いでください…それと、ファントムペインとやらにも出動の要請を総司令部から発令させておいてください」
「はっ、失礼します!」
最後に敬礼すると、サザーラ
ンドはその場を後にした。
独り残ったアズラエルは、こ
れから訪れる輝かしい栄光を思い浮かべ、くぐもった笑みを浮かべた。
プトレマイオスクレーターの
ドックの一画……そこには、ジブリール子飼いのファントムペインの旗艦:パワーが停泊している。
先のメンデルでの戦闘による
被弾の補修作業も終わり、今は静かに待機の身……そのブリッジでは指揮官のネオと艦長であるイアンの前に一人の少女が佇む。
「………以上をもちまして、
第88独立機動軍:ファントムペインへ配属されたユウリョング=デル=ヘンケル少尉です。以後、貴官の指揮下に入ります」
辞令書を提出し、教本通り
の…半ば機械的な事務口調と敬礼……そして無表情を貼り付けたツインテールの少女が敬礼すると、それを受けたネオは静かに応じた。
「ああ、着任を認める……こ
れから頼むよ」
ややフレンドリーに挨拶を交
わそうとしたネオであったが、ユウはまったく表情を変えず……事務内容を告げた。
「なお、後日発令されるオペ
レーション・エルピスにおいてファントムペインは第4艦隊とともに先鋒を務めるようにと総司令部からの発令です。それに伴い、補給作業が本日15:00よ
り開始されます。よって、ロアノーク大佐は命令受理のために総司令部に出頭するようにとのことです」
録音されたかのように内容を
告げると、ネオは表情を顰める。
「では、私はこれで……失礼
します」
敬礼すると、そのまま身を翻
し…ブリッジを出て行った。
その背中を見送りながら、ネ
オは呆気に取られたように肩を落とした。
「いやはや……恐れ入った
な」
「アレが、例のプロジェクト
のプロトナンバーですか……あれの方が、彼の者達より扱いやすいかもしれませんな……感情的になるのはどうにも非効率的です」
イアンの評通り…ネオもユウ
のプロフィールには眼を通している。
ロドニアのラボのエクステン
デッドの試作体の一体……調整のために、過度に感情が薄れてしまい、半ば機械になってしまったが、そういった状態をアズラエルが気に入り、ユウを自らの駒
としている。
確かに、ネオが今預かってい
るエクステンデッドやブーステッドマンよりも感情の起伏がないだけ兵士としては優秀な部類に入るだろう。
「しかし、面白みがないと
な………お兄さん的にはちょっとやりづらいかな」
「面白みもなにも……役割を
果たせるのならそれでよいかと思いますが………」
なかなかに鋭いツッコミ…と
いうよりも、半ばネオの言動は無視されたと言っていいかもしれないが……ややネオは溜め息を零すと軽薄な口元を引き締める。
「だが、あのアズラエル坊
ちゃんが送り込んできたんだ……純粋に俺らのためにって訳じゃないだろうよ」
「……監視、ですかな?」
「多分な」
あのアズラエルが善意で人員
を補充してくるとは考えにくい……回されても、錬度の低いパイロットかクルーが関の山と思っていたのだが、それを覆して最新鋭機と手駒の一つを送り込んで
きた。これはなにかあると考えるのが当然だろう………
そして…考えられるのは、ま
ず自分達の監視と掌握だろう。
今はアズラエルの下に組み込
まれているとはいえ、自分達の指揮者はジブリールだ。大方、妙な動向を起こさせまいとするのとあわよくば内部崩しだろう。
「おまけに先鋒を務めろと
は……結構難題吹っかけてくれるね………」
軽く舌打ちする。第4艦隊と
ともに先鋒を務め、攻め込むのはボアズ……ザフトの防衛ラインでもかなりの難所だ。
「しかし、ジブリール氏が納
得しますかな……」
「せざるをえんだろ……命令
は正式なもんだ、いくら独立部隊とはいえ、それに逆らおうもんなら軍法会議もんだ」
かなりの激戦が予想され
る……だが、いくら独立部隊とはいえ連合の一部隊である以上、総司令部から正式に発令された命令に背くわけにはいかない。
それこそ格好の処分の的だろ
う。
「それに、ジブリールも今は
自分の力を蓄えるので忙しいさ……俺らのことまでは気が回らんさ」
「確か、独自の私設部隊をつ
くっているという話でしたな……」
「ああ……何処につくってる
かは知らんが、かなり強引にやってるらしい」
呆れたように肩を竦める……
軍部内での手駒の少なさにジブリールは自らの私財を投げ打ってまで自らの私設軍ともいうべき部隊をどこかでつくっているという話だが、ネオ自身も詳細を聞
かされていないので詳しくは知らない。
「まあ、なんにせよ厄介事を
回されたもんだ……パイロット達にも作戦を伝えておいてくれ」
イアンが頷くと、ネオは逡巡
するように顎に手をやる。
(こうなった以上……ステラ
があいつらに拾われたのはある意味助かったのかもしれんな……)
内心、そんな考えを抱いてい
ると……ネオは自嘲した。
(フッ……なにを考えてい
る、俺は………そんな感傷など、俺には不要だな)
「俺は司令部に出頭する……
作業の方頼むぞ」
「はっ」
敬礼するイアンを横に、ネオ
は総司令部に出頭するためにブリッジを後にした。
オペレーション・エルピスの
詳細は未だ伏せられているも、ザフトとの決戦が近いことは既に周知の噂となって基地内を駆け巡っている。
そのために各艦艇やMSの
チェックに予断がない……アガメムノン級空母、ネルソン級護衛艦、ドレイク級駆逐艦などの標準艦は勿論のこと、ストライクダガーを主軸にし、数多くのMS
が次々とロールアウトし、順次艦艇への艦載作業が進む。
そんな慌しさに包まれる生産
ラインより外れた区画では……カラミティ、フォビドゥン、レイダー、ヴァニシング、ディスピィアの整備が行われている。
メンテナンスベッドに固定さ
れている5機に整備士が取り付き、最終チェックを進め、作戦の要たるピースメイカー隊の旗艦であるドミニオンに艦載せねばならないのだ。
そこより奥の研究区画……白
い医療ルームには研究員達が論議を交わし、彼らの下の階層の部屋には、ベッドで苦しむオルガ、シャニ、クロト……メンデルでの失敗から、またもや薬の量を
減らされ、禁断症状で苦しんでいる。
もっとも、そんな彼らの境遇
に哀れむ者はいない……無論、彼ら自身も………そんな滑稽な光景を無機質に見下ろしているイシューシア………
一瞥するのでもなく……その
場を去る………そして…もう一つの生体コアである者がいるであろう場所へと向かう。
訪れたそこは、独房に近い個
室……ドアを開くと、決して広くない部屋内は闇に包まれている。その中央にはシートに固定されるように拘束されているアディン……瞳を閉じていたが、差し
込んだ光に眼を開く。
「……誰だ………貴様は…俺
を知っているのか!?」
噛みつかんばかりに殺気を剥
き出しにイリューシアに喰い掛かる。
メンデルから帰還してから情
緒の不安定さがより増し、そのためにより攻撃的になり、研究員に襲い掛かったほどだ。
「俺は誰だ!? 奴らは…あ
の黒い奴らは何処だ!?」
拘束されている鎖をギシギシ
と鳴らし、吼えるアディンにイリューシアは無表情のまま見据える。
(記憶が戻りかけている……
いえ……何重にも暗示のプロテクトをかけた………)
無言のまま歩み寄り、イ
リューシアはアディンを凝視する……刹那、アディンが苦しみ出した。
「ぐぅっ、がぁぁっ!」
一際大きく身体を痙攣させた
後……ガクっと意識を失い、項垂れる。
「……まだまだ貴方には働い
てもらわねばなりません……あの方のために………01…貴方のきょうだいは倒すべき敵……ただ…戦いのみに……」
静かにアディンの額にキスを
交わす……それは鎖の刻印…………なんの感慨もない表情で見下ろすと、イリューシアは踵を返して部屋を後にする。
鎖に囚われし星……次に眼醒
めるときは………戦いの刻…………
同じ頃……プトレマイオスク
レーターより離れた宙域の演習場では、爆発の華が咲き誇っていた。
演習場を舞うザフトのジ
ン……それが5機、どれもが手足を欠き、ボロボロになっている。
そんなジンの一体に向かって
前方の爆発の炎からなにかが飛び出し、襲い掛かる。それは真紅の竜……牙を立て、そのままジンのボディに噛み付くと、ボディを噛み千切ろうと絞めつける。
軋む音が響き……次の瞬間、噛み裂かれたボディが上下に分かれ…ジンが爆発する。
獲物を葬った竜が戻る……そ
れを右腕に宿す主が…ゆらりと炎のなかから現われる。
炎と葬った敵の血が全身にか
かったような真紅のMS……その眼が不気味に輝く。
「クックク……なかなかいい
調子だ。しかし…反撃がないとつまらんな………」
コックピット内で卑下た笑み
を浮かべるのは……ウォルフ…そして、つまらなさげに鼻を鳴らす。
「ソキウス……ナチュラルを
攻撃できない人形か…こいつのテストにもならんな」
眼前のジンは連合が鹵獲した
機体……GATシリーズ開発の基盤ともなった機体…コックピットに就くのは連合によって調整されたコーディネイター:ソキウス……ナチュラルに対する服従
遺伝子のために彼らにはナチュラルを攻撃することも…ましてや、自身の境遇を嘆く感情すらない………
そして、回避行動は取れるが
反撃はまったくない……ナチュラルにとってはいい演習相手だろう………そんな哀れな獲物を駆るのはウォルフの新たな機体………
――――――RGX−
174I:ゲイルインサニティ………
メンデル戦で大破したゲイル
に核エンジンを搭載した改修型……暴竜に狂気を表わす『insanity』というコードネームが与えられたまさに『狂竜』。
ウォルフは改修の終えたゲイ
ルインサニティのテストのためにソキウスのジンを相手にしていた。
「そーらそら! 逃げろ逃げ
ろ!!」
心底愉しげに笑い……ゲイル
インサニティの悪魔のような翼が拡がり、その内部に内蔵されていたビーム砲が起動する。これもフレイの齎したフリーダムの設計データを基に新たに装備され
たビーム兵器だ。
プラズマビーム砲が火を噴
き、それが真っ直ぐに襲い掛かる……ジンは必死によけようとするもジンでは所詮性能が旧式でおまけに整備もろくにされていない機体ではかわせるはずもな
い。
そのままボディを撃ち抜か
れ、爆散する。
残存のジンは分散して逃げよ
うとするが……その動きに眼を走らせながら…ゲイルインサニティが両拳を握り締め…身構える……刹那、2匹の竜が解き放たれ………牙を突き立ててジン2機
のボディに噛み付きかかり、ボディを破壊する。
爆発が照りつけるなか……ゆ
らりと身を起こすゲイルインサニティの瞳が不気味に煌く………悪魔を思わせる形相を上げた瞬間………胸部のハッチが開放され…その下に見える3つの砲口に
エネルギーが収束する。
改良された複列位相エネル
ギー砲:クオス……膨張するエネルギーがスパークし…巨大な炎の玉を生み出す。
そして……それが解き放たれ
た瞬間………業火の玉がジンに真っ直ぐ襲い掛かる。
機体装甲が蒸発し……やがて
は融解していく………直撃を受けたジンは上半身をこの世から消滅させた………
発射後の煙が微かに立ち昇
り、気圧の音が各所から漏れるなか……ファーブニルを戻し、胸部のハッチを閉じる。
無残な姿となったジンの残骸
に佇む真紅の機体……コックピットで肩を鳴らす。
退屈だと……反撃がないので
パイロットスーツを身に付ける必要もない………もっとも、反撃されても喰らわないが………
そこへ、MSの接近を告げる
アラートが響く……識別を確認すると、ディスピィアだった。
ゲイルインサニティの傍で静
止するディスピィア……モニターに、イリューシアの顔が浮かぶ。
「何だ……今度はお前が付き
合ってくれるのか?」
ニヤついた笑みを浮かべる
も、イリューシアは無表情のまま……ただ、その瞳が蒼から真紅に変わり、アクイラとしての姿を浮かべている。
《……アズラエル様は3個艦
隊を率いて数日後、プラント攻略戦に入ります。そして…私達はボアズ及びヤキン・ドゥーエを陥落せよと………》
「その刻が……審判の刻って
か」
飄々とした態度でアクイラの
話を汲む。
「ああ、解かった解かっ
た……」
投げやりな態度で手を振る
と……通信が途切れ……ディスピィアは身を翻してプトレマイオスクレーターへと帰還する。
彼女はまだこれからいろいろ
と仕込みがあるようだ………それを見届けながらウォルフは肩を竦める。
「いかんいかんな……面白み
がない女はこれだから…………」
口元を微かに緩めながらウォ
ルフは思い浮かべる……自らを燃えさせる女の姿を………そう思うのは、自らのオリジナルが伴侶とした女の写し身だからだろうか………それはどうでもいい…
要は自分が愉しめるかどうかだ………
地球軍が最終作戦に入れば、
当然連中も無視はしないだろう……その刻こそ、決着の機会だろう……その瞬間を夢想し、舌を舐め回した………
「ククク……愉しみだなぁ、
BA」
自らの腕を見やると……そこ
には手袋の隙間から見える腕は機械的な信号を発していた…………