地球軍が最終作戦のための準 備に追われている頃……プラントでも最終決戦に向けた準備を着実に進めていた。

執務室に居座るパトリッ ク……議長であり国防委員長も兼ねている彼の許には次々と仕事が舞い込み、パトリックはもうかれこれ一ヶ月以上自宅に戻っていない。

もっとも…自宅に戻っても出 迎えてくれる家族などもはやいない……妻を失い、息子は自ら突き放した……それをどう思っているのか、今のパトリックの表情からは読み取れない。

そして、パトリックは疲労さ え感じさせないほどの鋭利な視線で補佐官らを睨むように各方面の報告を促す。

「ボアズ、及びヤキン・ ドゥーエ宙域における防衛網はなんとか構築しつつあります……MSもゲイツ、バルファスとうを優先的に配備させ、現在機種交換を急がせております」

「ですが、地上からの輸入資 源枯渇のために、これ以上の増産は難しいかと………」

MS配備の担当を行っている 補佐官らが口調を濁しながら報告する。

カーペンタリアが陥落したこ とで事実上、地上での拠点は壊滅し…親プラント国家であった大洋州連合、アフリカ共同体は相次いで連合への無条件降伏を余儀なくされ、結果…地上での資源 の確保は不可能となった。

そのために、MSや戦艦の増 産に関しても資材が足りなくなり、これ以上の戦力増強は半ば不可能に近い。

おまけに人員の枯渇がそれに 拍車をかけ、さらに作業効率を低下させている。

「……生産可能な分だけ製造 を続行しろ。戦艦の資材も一部回す…よいか、できるだけ数を稼げ」

そんな切実な補佐官の苦労を 鑑みず、パトリックは尚も増産を指示する。

戦艦ももはや完成が近い艦以 外は製造を取り止め、その余った資材を他の艦艇やMS増産に回していた。もはや開戦初期の質を重視するやり方ではなく、質を維持しつつ量を増加させるとい う明らかに非生産的な方策を取っている。

「地球軍の動きは!?」

話は終わりとばかりに次の補 佐官に向き直ると、地球軍の動きを探っている情報部の報告が始まる。

「はっ……現在、地上からか なりの戦力が月基地へと上げられているようです。近々、なんらかの大規模な作戦行動に入るものと思われます」

連合軍はビクトリアを拠点に 地上の各方面の戦力を集結させ、宇宙へと上げている。もはやこれを妨害する余力は今のザフトにはない。連合の総攻撃に備えて資源確保のための護衛部隊や制 空権維持のためのハンター部隊ですらその活動を停止させ、本国の防衛に戻さなければならない始末だ。

そして、補佐官の提出した報 告書に寄れば、連合の3個艦隊に匹敵するだけの艦隊が集結を開始したという情報も入っている。

早ければ数日後には……第一 次防衛ラインのボアズへと進攻を開始するかもしれない。

「ボアズに監視強化と防衛網 の構築を急がせろ……ナチュラルを一歩たりともプラントへと近づけるなとな!」

怒鳴るように命令すると、補 佐官は慌てて応じ、その場を離れていく。

「市民の様子は?」

「こ、ここ最近の情報規制に よる民衆の不安が見られ、さらには食糧・水に関しましても陰りがあり、社会不安への兆候が……」

おずおずと語り出す……だ が、その報告にパトリックはなおも歯噛みする。

プラントの市民を案じてでは ない……自らの地位を追われることへの不安と恐れだ。地上からの食糧・水の輸入が途絶えたことでプラントは本当の意味で自給自足を余儀なくされた。だが、 食糧生産プラントであるユニウス市もプラント市民全員を賄えるほどまだ発展しきれていない。おまけに水を無から作り出すのは難しく……さらに間が悪いこと に今は戦時中……当然、軍部がプラントの中心に据えられている今、なによりも優先されるのは軍部……ゆえに、食糧や水も軍部を中心に展開させているので一 般市民にまで手が回らず、プラント内は窮乏に陥り、民衆も不安に神経を尖らせている。

こんな状態では不安がいつ爆 発するか解からない……市民はこぞってこの事態を招いている軍部に…ひいてはパトリックに非難を集中させるだろう。そうなれば最悪自らの地位を引き摺り下 ろされ、ナチュラルに対して屈辱的な降伏を望むだろう。

それだけは絶対にパトリック には容認できない……ナチュラルを完全に叩き潰すことこそこの男の存在意義なのだ……自らが正しいと証明するためには………

「数時間後、市民に向けた演 説を行う……広報課にそう伝えろ。それと、戦況を一部公開させる……市民が活気付くように調整しろ」

その指示に一瞬眉を寄せる も……その意図を察した瞬間、補佐官の顔が眼に見えて表情を顰める。

要は……偽装の戦果を発表し ろと……パナマ戦以後、もう負けに続く負け戦……とてもではないが市民に公表できるものではない。そのために戦果を偽装し、市民の心情をまだ戦争継続に張 り付けておけと……だが、そうやって市民を偽ることに補佐官は自己嫌悪せざるをえない。

「何をしている……早くい け!」

次の瞬間、蛇に睨まれた蛙の ごとく……補佐官に有無を言わせず煽り立てた。

ダッと駆け出す補佐官を一瞥 すると、最後とばかりに振り向く。

「Genesisは?」

「現在、全作業の88%まで 完了していますが……試射を行うまではまだ時間…!」

報告を行っていた補佐官は声 に詰まる……パトリックが侮蔑の眼を浮かべていたからだ。

「試射だと? 馬鹿を言う な! そんな事をしてアレの存在がナチュラルどもに勘付かれでもしたらどうする!?」

こんな事も解からないのかと 言わんばかりの軽蔑の罵倒……補佐官は不満を感じずにはいられない…それを億尾には出さないが………

「し、しかし……」

「テストなら既にαの方で 行ったデータがある! 試射などせずとも問題はない! それよりも早く完成を急がせろ! その刻が来て完成していなくては意味がないのだぞ!!」

その言葉にその場にいた誰も が表情を驚きに包む……アレを本気で使うつもりなのか、と………だが、パトリックの態度がそれを雄弁に語っている。

「それよりもαはどうなって いる!? グレイ特務兵はどうした!?」

「そ、それが……数週間前か らαとの連絡が途絶えております………」

言いづらそうではあったが、 言葉を濁しながら報告する……ジェネシスαとの連絡が遂数週間前に途絶えた。調査隊を派遣しようにも連合の総攻撃がいつ始まるか解からない今、迂闊に戦力 を割くこともできない。

パトリックは忌々しげに舌打 ちして拳を握り締める……補佐官達は、パトリックの怒りが収まるのを待つしかなかった。

「急げ……ぐずぐずするな!  我らはなんとしてもコーディネイターの未来を勝ち取らねばならん! そのためにもナチュラルを徹底的に叩く! よいな!?」

一斉に敬礼し、全員が慌てて 退出していく……だが、パトリックのその鼓舞も彼らには疑わしく聞こえるのであった………そして、独り残ったパトリックはやや疲れを滲ませてシートに身を 下ろすと…項垂れながら視線をデスクに置いた妻と息子の映る写真へと向ける。

だが、それは以前アスランと 対峙した時のまま……写真を収めるガラスが割れた状態だ……もう、手の届かないものにパトリックは一瞥すると、写真立てを抽斗にしまい、執務室を後にし た。

 

 

数時間後……プラント内の街 頭モニターやメディアにパトリックの演説が流されていた。

だが、市民の反応は冷ややか だ……もはや一般経済市場は下落し、恐慌状態に陥り始め、生活不便……さらには若者の減少などで活気づくなど無理な話であった。

だが、そんな市民に向かって パトリックは演説中…遂最近起きた宇宙での資源確保時の地球軍との戦闘映像を公開する。

《皆さん、これを見ていただ きたい! 確かに我々は今、苦しい立場に立たされている! しかし、我々ザフトは連合に対して一歩も劣ってはいません! たとえナチュラルがMSを得よう とも所詮は旧人類! 我ら進化した人類であるコーディネイターの敵ではありません!!》

映像に映る戦闘にはゲイツや ジンがストライクダガー、地球軍艦艇を撃破していく様が映っている。だが、流される映像はどれもがこちらの優勢な映像ばかり……この戦闘は、カーペンタリ ア陥落前に最後に打ち上げられた資源と人員の受け取りに衛星軌道に派遣した部隊と連合のハンター部隊との戦闘記録であった。

結果的には打ち上げられた シャトルの内、一機と護衛に派遣した部隊も20%近い損耗をしいられたが、なんとか少ない資源と人員を確保できた。この時の映像を使ってパトリックはまだ ザフトが連合に負けてはいないとアピールしようとしたのだ。

そのために自軍の損耗が解か るような映像は極力外した……不安要素は排除するに限る。無論、少し考えればコーディネイターなら解かることだが……今のプラント市民にはそれさえも読み 取れる者は少ない………

《私は約束する! 必ず戦争 に勝ち、コーディネイターに輝かしい未来を齎すと!! そのために、我らは今! 一致団結せねばならないのです!》

戦いを鼓舞し…自らの地位を 護るために……民衆の支持を維持しなければならない。

そんなパトリックの演説をモ ニターで鑑賞していたクルーゼはその映像を切り、シートに腰掛ける。

「ククク……カーペンタリア が陥ち、ザフトは宇宙に追い詰められた………パトリックもアレを使わざるをえんだろうが…まだ後一押しは欲しいところだな」

頭のなかでシナリオを組み立 てながら、クルーゼはほくそ笑む。

「アズラエル……わざわざお 膳立てをしてやったんだ…うまく動いてくれたまえよ……私のためにね………」

そう……シナリオを進めるた めに随分といろいろ骨を折った。だが、もう間もなく最終章の幕開けとなる……その時こそ、自分の望が叶うとき。

「ぐっぅ……くぅぅ!」

くぐもった笑みを浮かべてい たクルーゼだが、突如呻き声を上げて苦しみ出す。

「ぐっ…はぁはぁ………っ」

おぼつかない手取りで抽斗を 開け、そこに収まっていたケースを取り出し、収まっているカプセル錠を無造作に手に拡げ、それを飲み込む。

「うっ……ぐっ…はぁ、 はぁ………」

水もなしに錠剤を口の中で噛 み砕き、飲み干す……やがて、発作が収まり…表情が落ち着いてくる。

もうあまり長くは保たな い……ここ最近は薬を使用する頻度が確実に上がっている。既に薬で抑えるには限界に近い………だが、この身体にはまだ後少し保ってもらわねば……

「フッフフ……ムルタ=アズ ラエル、パトリック=ザラ…ナチュラルとコーディネイター……せいぜい私の手の内で踊るがいい………二匹の蛇が互いの尾を喰い合うようにな……全て滅ぶが いい………ぐっ」

口元を歪めながら、クルーゼ は近い将来起こりうるであろう未来に向けて夢想する。

だが……クルーゼは気づいて いない………自ら構築したと考えているシナリオも…誰かによって仕組まれていることを………

自らが道化という名のピエロ を演じる役者であることを…………

そんなクルーゼの様子をジッ と監視する監視カメラ……その映像は、別の場所へと届けられていた。

 

 

プラント内……軍宿舎の一室 で、ガルド…いや……真紅を微かに見せる黒髪に真紅の瞳を輝かせるテルスは手元のモニターに映るクルーゼの醜態を見詰めながら笑みをこぼしていた。

通常……クルーゼのような指 揮官クラスの部屋の監視カメラは極力外されているが、テルスは巧妙に仕掛け、クルーゼの動きを探っていた。

「なかなかいい道化を演じて くれるな……せいぜい、己の自己満足のシナリオに酔っておくがいいさ…クルーゼ隊長殿」

嘲笑を浮かべながら、コン ソールを操作し……どこかへのアクセスを試みる。

素早い指の動きでキーを叩 き…構築されていたプログラムの隙間を掻い潜るように進み…やがて画面に複雑なプログラム配列が表示される。

テルスはニヤリと笑うと、 キーを叩いてプログラムの一部を変更していく。

「これでいい……あとは、 ジェネシスとヤキンの回線を…………」

最後の仕上げとばかりにプロ グラムの変更を終えると、その場でほくそ笑む。

「これで準備はほぼ整っ た……ヤキンはこの命令コード一つで崩壊………地球軍も核を使用する………ならば、あの議長のことだ。躊躇うことなくアレを使ってくれる……」

くぐもった笑みを噛み殺しな がらテルスは待ち侘びる……審判の刻を…………

狂った演者が踊る奇劇 を…………

 

 

 

 

アメノミハシラ・シミュレー ションルーム………今このシミュレーション管制室には多くの者が集まっていた。

キラ、アスランはゆうに及ば ず……カガリやラクス、リーラさらにはムウ、アルフ、メイア……ディアッカ、ニコル、ラスティ、ミゲルなどのパイロットが数多く集まっていた。

「しっかし、シミュレーショ ンとはいえ、あの二人がまた戦うとはな……」

ムウはやや驚きと戸惑いを浮 かべて呟く。だが、その言葉はこの場にいた全員の心情を代弁しているだろう。

今、シミュレーションのコッ クピットに入っているのはレイナとリン……間違いなく、今この場にいる者達のなかでもトップクラスのパイロットの腕を持つ二人がシミュレーターに入り、仮 想空間内で対峙している。

ともに愛機のインフィニ ティ、エヴォリューションとともに………

「あの二人、地上で随分派手 にやったと聞いたけど……」

「ええ、よく見てはいなかっ たんですが……本当に凄い戦いでした」

二人が戦っている瞬間を映像 でしか知らないメイアに、キラはどこか歯切れの悪い返答を返す。

オーブ沖での攻防……自分も あの時はアスランと死闘を繰り広げ…その横で繰り広げられていた死闘にも眼がさほどいかなかったが、それでも凄まじい戦いだったのは解かる。

「でもなんであの二人、いき なりシミュレーションで対戦なんかやるって言い出したんだ?」

解からないのはそこだっ た……レイナとリンは傍目から見ていた者には、互いに良きパートナーに映っていた。姉妹としても…相棒としても………以前までの関係は置いておくとしても なかなか衝突するというイメージが保てなかった。

「単にシミュレーション相手 が欲しかったんじゃないんですか? 彼女達を相手にしてちゃ俺達じゃなかなか……」

やや苦い声でアスランが呟 く。

単に彼女達はシミュレーショ ン相手に選んだだけではないのか……複数でかかればどうにかなるかもしれないが、流石に一対一ではあの二人に勝てるかどうか怪しい。それ程実力が高い彼女 達が対等に戦えるのはお互いに相手だけなのであろう………

「さあな……始まるぞ」

どっちにしろ、同じパイロッ トとして気になるのは当然だった……皆の視線が仮想空間内の戦場に釘付けになる。

そして……戦闘が開始され た。

 

 

 

仮想の宇宙空間でコンピュー ター入力したインフィニティとエヴォリューションのデータが対峙し……レイナとリンは互いに相手を見据えていた。

こうして対峙するのはオーブ 沖の戦闘以来だ……あれからいろいろあり過ぎたが……今こうして再び対峙することに奇妙な感覚だった……だが、レイナもリンもお互い同じ思いだった。

キラが帰還と同時に報告した 謎のMS……その映像を見た瞬間、レイナとリンは直感した。

 

 

―――――強くならなけれ ば……敵を……滅すために…………己の命を捨ててでも………

 

 

その決意と覚悟を胸に……レ イナはリンに呟く。

「リン……いくわよ?」

「ええ……遠慮はいらない わ、姉さん………!」

刹那……インフィニティとエ ヴォリューションが互いにダークネスとヴィサリオンを構え、トリガーを引いた。

ビームの奔流と弾丸が中央で ぶつかり合い、エネルギーがスパークする。その瞬間には既に2機は位置を変えていた。

インフィニティはウェンディ スを拡げ、ダークネスを連射する。エヴォリューションはそのビームをデザイアで受け流しながら、腰部のレールガンを連射する。

弾丸の嵐が襲い掛かり、イン フィニティは掻い潜るように回避する……だが、それがリンの狙いだった。

わざと回避するように仕向け た……そのために、エヴォリューションは急接近し、至近距離からインフェルノを引き抜く。

だが、レイナもそれを読んで いたらしく…咄嗟に機体に制動をかけ、機体重心をずらす。振るわれた刃はインフィニティの胸部を僅かに掠めるが、ダメージには加算されない。

「ちっ、踏み込みが甘かった か……」

微かに舌打ちし、そのまま間 髪入れずレールガンを放つ。レイナは咄嗟にデザイアで受け止めるも、その衝撃で弾かれる。

レイナは振動するシミュレー ター内で微かに歯噛みする。

「流石……やるわね」

改めてリンの戦闘能力と操縦 技術…そして即座に対応する柔軟性に感嘆する。味方ならこれ程頼もしいものはなく…敵に回せばこれ程厄介な相手はいない……そう考える。

流されていたが、操縦桿を引 いて制動をかけ……態勢を立て戻すと同時にオメガを放つ。

ビームの奔流をエヴォリュー ションはかわすも…続けてデザイアが放たれる。僅かに不意を衝かれたために動きが鈍る。

そこへダークネスが撃ち込ま れる……インフィニティの特性とレイナの戦闘スタイルを活かした戦闘………どちからかといえば接近戦をスタイルとするエヴォリューションとリンに間合いを 取らせまいと距離を取り、己の間合いを保ちながら狙撃に徹する。

以前のヴァルキリーであった なら、確かに不利であっただろうが……エヴォリューションは違う。エヴォリューションのバックパックから解き放たれるドラグーンブレイカーが縦横無尽に動 き回り、ビームを放ちながらインフィニティに襲い掛かる。

あらゆる全方位から放たれる ビームをレイナは眼を動かし、その軌跡を読みながら操縦桿を小刻みに動かす。それに連動してバーニアとスラスターが細かな機動を繰り返し、網目のような ビームの膜を掻い潜っていく。

だが、ドラグーンブレイカー だけが敵ではない……エヴォリューションは相手を封じ込めると同時に一気に間合いを詰める。

そのままインフェルノを振り 被り、インフィニティに斬り掛かる……レイナもまたその気配を感じ取り、インフェルノを抜いて振り上げる。

2機のサーベルが交錯し…… エネルギーがスパークするなか………互いのカメラアイには相似の機体頭部が映る。

 

 

そのシミュレーションの様を モニターで見詰める一同は呆然とその戦闘に見入っていた。シミュレーションのはずが……まるで実戦を見ているかのような緊張感と激しさ………

そしてレイナとリンの操縦技 術の高さを改めて思い知る……レイナとリンの二人が物心つく前に身体に染み込まされた戦士としての感覚……それを垣間見る。

互いに銃を向けあい、自身の 位置が危険と悟るや否や構えたまま牽制するように互いに取ってポジションを取り合う。

そして決して後ろを見せな い……背中を取られた瞬間、それは死を意味する。無論、それはお互いに実力が同等という条件がつくが………

接近戦を仕掛けてもすぐさま 次の行動を起こし、まるで相手の手を一歩も二歩も先を読んでいるかのように相手に間合いを取らせない………

この眼前で繰り広げられてい る映像はそれ程現役パイロットは勿論、パイロットに成り立てのカガリやラクスにも衝撃が強い。

「凄い………」

リーラが思わずポツリと漏ら す。

インフィニティとエヴォ リューション……まるで、鏡合わせのように戦い合う2機……お互いの全てをかけ……本当の命のやり取りをしているかのように見えるのに………戦っているは ずの2機は、まるで踊っているようにも感じ取れた…………

誰にも入れない……レイナと リンだけの世界…………これが、本当のエースの戦いだと…………

「あれが、レイナとリンの… お二人の実力なんですね………」

ラクスなどはもう魅入ってい るといっていいに等しい……ムウやアルフ、メイアといった開戦初期の頃から戦場を渡り歩いた者でもこの戦いはそれ程引き込まれるものがあった。

「キラ、お前ら……よく見て おけ…これが戦いだ。常に自分の位置と間合い…そして常に相手の動きの先を一歩も二歩も読んで戦術を組み立てて戦う……それがエースパイロットとしての条 件だ」

静かに……やや低い声で呟く ムウ………いつもの飄々とした態度ではなく、気迫を込めた声に説得力を感じさせる。ムウ達もこの感覚を身につけるまで多くの死線を潜ってきたのだ。

「そして決して相手の間合い には入るな……それは最後の手段だ。常に自分の優位な位置で戦うことが大事だ」

そう……戦い方はパイロット によって実に千差万別だ。そして、いかにして自身の得意な間合いと戦法で相手を破るかだ。相手の土俵にわざわざ上がって戦う馬鹿正直は戦場では長生きでき ない。相手の土俵に上がるのはもうそれしか手段が無いときだけだ。

キラ達の視線が再び映像のシ ミュレーションに向けられた……その後ろで、メイアが微かに表情を顰めた。

「どうした?」

「いや……確かにあの二人の 操縦技術は凄いんだが………肝心の機械がもつのかどうかが……」

そこでようやくムウやアルフ も気づいた……今レイナやリンが使用しているのはあくまでシミュレーションマシン……当然、電子部品精度が実際の機体とは違う……そんななかで同じように 酷使すれば…………

そんな彼らの危惧は、数分後 現実になる。

 

 

 

レイナとリンが互いにシミュ レーションの相手として選んだのは、単に実力が同等というだけではない……彼女達が肌で感じたメタトロンの力……底知れぬ力に二人は気圧された……それ は、同じDEMという機体を扱っていながらも、自分達はまだその能力を完全に使いこなせていないということに他ならない。

だが、その能力を完全に引き 出し、そして使いこなすには単に機体のリミッターを解除する例のキーだけでは不足なのだ……肝心の機体を駆るパイロットが未熟では………だからこそ、強く ならなければならない………レイナもリンも、戦いのなかでその強さを得て…そして磨いてきた……限られた時間のなかで己を高めるには、今一度己を追い込む 必要がある……そのために……二人は互いに相手を選んだ…………

仮想空間内での戦闘は熾烈を 極めていた……エヴォリューションはドラグーンブレイカーを使用したオールレンジをいかし、相手を追い詰めるように攻撃してくる。対し、インフィニティは 機動性と火力を駆使してそれを相殺させ、一撃必殺を狙う。

レイナもリンも互いに気分が 高揚していた……だが、レイナは自身の奥底から上がってくる黒い感情に微かに呼吸を乱す。

モニターに映るエヴォリュー ションの機影が……白く錯覚する…………

「ぐっ…!」

思わず首を振ってその錯覚を 打ち消す……そしてオメガを放ち、エヴォリューションを引き離すと同時に左腕のケルベリオスを掴み、それを投げ飛ばす。

高速回転を描きながら迫るケ ルベリオスはそのまま楕円軌道を描き、展開していたドラグーンブレイカー2基を切り裂き、破壊する。

モニターに表示されていたド ラグーンの反応が消え、リンも微かに歯噛みする。

やはり互いに相手の手を知り 尽くしている……それだけに一番やり合いたくない相手だ。

だが、リンは楽しんでい た……レイナとの戦いを………ただ純粋に力をぶつける相手として………インフィニティはそのまま飛翔し、エヴォリューションも後を追う。

高速に入れば、互いに大型火 器は使えない……そのまま蛇行するように飛行するインフィニティは身を翻し、バルカン砲を放ち牽制する。

それらが雨霰のごとく降り注 ぎ、エヴォリューションはそのなかを掻い潜る。

弧を描くように回避し…その ままインフィニティに向かって突進する。

その加速に回避が間に合わ ず……そのまま激突し、2機は縺れるように蛇行し、互いのシミュレーターが激しい振動に包まれる。

衝撃に微かに呻きながらもイ ンフィニティは蹴り上げ、エヴォリューションを弾き飛ばす。

だが、弾き飛ばされたエヴォ リューションは間髪入れずレールガンを起動し、ほぼ至近距離で放ち、インフィニティを吹き飛ばす。

爆発の衝撃に揺れるシミュ レーター内でレイナはバーニアを噴かし、制動をかけると同時にウェンディスを起動させ……真紅の翼を拡げ、インフィニティは舞い上がる。

加速したままインフェルノを 抜き……エヴォリューションもそのままインフェルノを抜き、加速する。

飛翔する2機……インフィニ ティが高速のままバルカン砲を放つ。

砲撃のなかを掻い潜りながら 曲芸飛行するエヴォリューションの軌跡を追うように砲撃を繰り返す……だが、エヴォリューションはそのまま旋廻し、急上昇でインフィニティの上を取る。

レイナが舌打ちした瞬間、エ ヴォリューションはデザイアを突き出して体当たりし、そのまま2機は縺れあうように蛇行し、インフィニティが蹴りで弾き飛ばした瞬間、エヴォリューション も至近距離でバルカン砲を放つ。

装甲を掠めながら2機は飛行 を続け、周囲に爆発が咲き乱れる……エヴォリューションが左手にスクリューウィップを抜き、それを振り被る。

鋭い勢いで叩き付けられる ウィップにデザイアで受け止めた腕に衝撃が走り、左腕の反応が微かに鈍る。

だが、インフィニティも間髪 入れず右手でケルベリオスを抜き、投げ飛ばす。

ビームの刃が回転し、エヴォ リューションの装甲を抉る……そのまま加速し、互いにビーム刃を構え交錯した瞬間……機体ダメージを告げる表示がモニターに表示される。

だが、レイナとリンは構わず 身を翻し…高速状態のまま交錯し合う。

機動の軌跡を描きながら仮想 空間内を幾度となくぶつかり合う……ビームの刃が交錯する度にダメージが表示され、エネルギーがスパークする。

レイナとリンには相手しか眼 に入っていない……そのために、シミュレーターに過負荷が掛かりすぎ、二人の使用するシミュレーターから煙が立ち昇る。

「お、おい! なんかやばく ねえか!」

その様子に気づいた一同は慌 てる。

「やっぱり……あの二人の動 きに、シミュレーターがついていけないんだ………」

レイナとリンの反応速度と動 体視力……そして操縦技術をカバーするためには能力不足なのだ。

だが、二人はまったく気にも 留めず……最後の一撃とばかりに相手に向かって加速する。

互いに吼え……ビーム刃が振 り下ろされ…交錯した瞬間、周囲にエネルギーがスパークする……刹那、シミュレーターから小規模な爆発が起こった。

次の瞬間、シミュレーター内 のモニター映像がぶれ…映像がシャットアウトする。

それに一瞬息を呑み、呆気に 取られるレイナとリン……そこではじめてシミュレーターが限界を超えていることに気づいた。

そのままシミュレーターから 出た二人は、やや複雑そうに互いを見やる。

それは、決着がつかなかった ことへの残念さか……それとも…………そんな二人にモニター室からキラ達が駆け寄ってくる。

だが、レイナはそれに応える ことなく……その場を無言で去った…………その背中を、リンもやや表情を顰めて見送った………

(白のキングを討つのは黒の クイーン……そして……白のナイトを倒すのは…黒のナイトか………)

そう内心に呟き……リンは肩 を落とした。

 

 

 

 

闇のなか……閉じていた瞳を 開き、視線を彷徨わせる………

「夢……俺が、夢など見るの か………?」

なんの感慨もなく…立ち上が り、歩き出す………静寂が支配するなかを足音だけが響く。

その主である青年はそのまま 歩みを進め……微かな光が差し込むなかを見上げる…そこには、自らの半身でもあり…自身の機体でもある天使の王の名を冠せしMSが佇む………

それを静かに見上げるカイ ン………その胸中になにが渦巻いているのか………

徐に懐から取り出した煙草を 咥え……今時珍しいオイルジッポを使い、火をつける。

そのままジッポをしまう と……煙草の先端が燃え…そして煙を噴出す。

周囲に充満する白煙と微かな ヤニの臭い……無言のままメタトロンを見上げていたカインの視線が周囲に動くと、メタトロンの周囲には4つの機影がある………

「ミカエル……ガブリエ ル………ウリエル…ラファエル………4体の守護天使…か」

一体一体見やりながら呟き、 苦笑にも似た笑みを浮かべ……肩を竦める。

煙草を手に持つと…そのまま 息を吐き出し、再び視線をメタトロンに移す。

「……お前はやはり、俺の前 に立ち塞がるか………レイナ=クズハ…………」

カインの脳裏に走る光 景………メンデルでの邂逅…………彼らにとっては二度目の………

あの刻に見せた拒絶………そ して………互いの持つ感覚…………

同じ遺伝子を持ち……同じ出 生を持つ………相反する運命を背負いながらも表裏一体の宿命………自分にとってこの世界でのただ独り…………同じ存在……………

だからこそあの場は見逃し た……ここでレイナを奪うのも殺すのも気がのらなかった…………そして……レイナが全てを知るまで………その刻を待つことにした…………

次に邂逅する刻が………自分 達にとって運命の刻……………その刻こそ…全ての破滅と始まりの刻………審判の降される刻…………

そして………

「っ……がっごほっ」

逡巡していた思考が中断し、 カインは突如手に持っていた煙草を落とし…右手で咳き込む口を抑えながらその場に蹲る。

滴り落ちる鮮血……やがて咳 き込みが収まったのか…ゆっくりと手を離し…その掌を拡げると……真っ赤に染まっている。

だが、カインはそれに対し自 嘲気味に一瞥すると……何事もなかったように新しい煙草を取り出し、咥える。

火をつけ……再び吸い上げる と、今一度メタトロンを見上げる…………

「全ては滅びたがってい る………だからこそ…俺が滅ぼす……………そして…俺を失望させるな…………我が半身………」

誰に聞こえることもなく放た れた言葉は……虚空に消えていく………

ただ、炎の燃え落ちる音だけ が静かにその場に木霊していた…………

 

 

 

 

同時刻……アメノミハシラの 展望室…………独り…強化ガラスの向こう側に映る宇宙を静かに見詰めるレイナ……

その瞳に映る地球……その真 紅の瞳には、どう映っているのであろうか…………

不意に……ガラスに映る自分 の顔が映り……その容姿が黒髪に変わり…レイナは僅かに息を呑む。

だが、眼を瞬いた後…そこに 映っているのは紛れもなく自分………だが、レイナは自嘲気味な笑みを浮かべる。

(もうすぐ……私は消え る………)

そう…ここ最近はずっと見る 夢………己の内に燻る別の魂が………今までさほど感じなかったその波動を感じる………

 

 

――――レイ=ヒビキの覚 醒………

――――レイナ=クズハの消 滅………

 

 

今まで一番奥に眠っていた魂 が覚醒し……それが表に出ようとしている………あのカインの覚醒に呼応するように………

だが、それも構わないと思 う……自分は元々禍がいものの魂………偶然によって生まれた魂………どんなに望もうとも…禍がいものが真になれるはずがない………

結果……自分という魂が消え ても………そして…万が一の場合は…既に意志を託した………

無意識に……胸元のクリスタ ルを握る…………

刻は近い……カインの言葉の 意味もまだはっきりとは解からない……だがそれでも感じる………カインのいう滅びと再生の刻………全てに審判を降す日は…………

それまでは………自分は禍が いもの…神殺しの天使として…………

そのまま背を向けるレイ ナ……だが、ガラスに映る影だけは動かない………

ガラスに映るのは……漆黒の 髪を靡かせるレイナが……同じ真紅の瞳で背中を向けるレイナを見据えていた………

 

 

 

―――――白きキングと黒の クイーン………

―――――白き闇と黒き 光………

―――――白銀の天使と漆黒 の堕天使…………

 

 

 

 

揺れ動く魂の狭間で………彼 らは再び巡り合う……………

血塗られた運命を背負い て………

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

再び宇宙に咲く地獄の業 火……

あくなき憎しみの炎が燃え… さらなる憎しみを呼ぶ………

 

それは破滅への道………進む のも決めるのも………また人…………

だがそれは…全て仕組まれた こと………神と驕る者達によって………

 

 

神に…運命に抗うように漆黒 の天使達は舞う………白き破滅を防ぐために………

そして……扉は開かれ る…………

絶望への扉が…………

破滅という名の煉獄の業火に よって………

 

 

次回、「絶望への業火」

 

地獄の業火、薙ぎ払え、エ ヴォリューション。


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