混乱する戦況の報はヤキン・ ドゥーエの中央司令本部へと上がったパトリックのもとにも届いていた。

オペレーター達もプラントの ステーションでも突如響いたラクスの言葉に混乱が起こっていたが、パトリックは鼻で笑うだけであった。

「ラクス=クラインだと…フ ン! 小賢しい小娘が……」

NJCのデータを敵国へと売 り渡した裏切り者が今更なにを言うとばかりに吐き捨て、指示を飛ばす。

「構わぬ…放っておけ! こ ちらの準備も完了した」

どういった思惑かは知らない が、少なくとも時間は稼げた……そして自らを自賛するように笑みを浮かべた。

(小娘が…思い知るがい い……貴様に邪魔はさせん………)

内心にそう囁くとステーショ ンのエザリアに通信を送る。

「部隊を下がらせろ、エザリ ア! ジェネシス、最終段階だ!」

モニターの向こう側でエザリ アの息を呑む音が響くが、一瞥さえしない…強張った面持ちのまま頷き、通信を切る。

そしてヤキン・ドゥーエの司 令本部からも展開している全軍に警告が発せられる。

それらを見下ろしながらパト リックは暗い笑みを浮かべる。

「…我らの真の力、とくと味 わうがいい……ナチュラル!」

不適な表情のまま、パトリッ クは口元を歪めた。

 

 

 

核ミサイルが全て迎撃され、 戦況は再び膠着しかけていたが、戸惑う友軍とは逆に、イザークは奮戦を続けていた。シホや部下にも乱入してきた機体は無視して地球軍を迎撃しろと指示を出 している。

だがそんなイザークのもと に、ヤキン・ドゥーエの司令本部からのレーザー通信が入った。

「『全軍、射線上から退 避』……?」

表示された指令に、イザーク は一瞬眉を顰める。

だが、次に表示された文章に 驚愕に眼を見張った。

 

 

―――URGENT WARNING

―――PROIORITY 1

EVACUATE ALL UNITS FROM ZONE OF EMISSION

―――CAUTION

G.E.N.E.S.I.S.  :  ACTIVATED

 

 

「…… GENESIS……!?」

イザークが驚愕したのも束の 間……ヤキン・ドゥーエ後方の空間が揺らいだのは、まさにその時だった。

 

 

展開していたザフト軍の艦艇 やMSが突如として戦闘を放棄し、次々と撤退していく。

「ザフト軍、撤退していきま す!」

ネェルアークエンジェルのブ リッジでサイがそう報告し、皆は一様に訝しげに眉を顰め る。

まだ戦闘は終結していな い……連合軍はまだ大軍を連れてそこにいる。核ミサイルとてまだ保持している可能性が高いのに、何故……陣容を建て直すにしてもなにかおかしい。

不審げにしていたなかで、 ハッと何かに気づいたマリアが叫んだ。

「ヤ、ヤキン・ドゥーエ後方 に巨大な質量を感知!」

上擦った声で飛ぶ報告に弾か れたように皆がモニターに眼を向ける。

ヤキン・ドゥーエ後方の空間 が、奇妙に歪み……ゆらりと霞が晴れるようにして、そこに巨大な建造物が姿を現わす。

これ程の距離であり、しかも ヤキン・ドゥーエと比較してもその巨体が理解できる。

「バカな…アレほどの質量に 何故気づかなかった!?」

「わ、解かりません! セン サーには何も反応がなかったもので…」

キョウが怒鳴るように問う が、マリアは言葉を濁すだけだ。

今まであれ程の質量をセン サーやレーダーでも捉えられなかった……不調ではない。まさに突然現われたのだ。

 

同じくオーディーンのブリッ ジで眼を凝らしていたダイテツがその巨大な建造物に息を呑んだ。

「バカな…何故アレが……い や、いかん!」

逡巡するよりも早く別の指示 を出した。

「全艦に通達! すぐさま退 避だ! MS隊も下がらせろ!」

突然の指示に戸惑うクルー達 だったが、鬼気迫るダイテツの表情に慌てて指示を実行した。

 

 

 

ヤキン・ドゥーエの後方に、 航行不可の宙域があることは知っていた。だが、その詳細は伏せられていた……そして、ここ最近になってようやくイザークのような部隊長にもその存在がおぼ ろげながら伝わっていた。

開戦中期の頃から膠着する戦 況の打開策の一環として極秘裏に進められていた最終兵器……話によると、地球から輸入した資源などを優先的に回して建造を推し進めていたらしい。

そして、その秘める能力のほ ども伝わっていたが、まさか本当に使用する日がくるとは……さらに、全軍に退避させるほどの威力なのかとやや逡巡していたイザークはハッとなにかに気づき 前方を見やった。

撤退するザフト軍のなか、個 別に連合艦艇を迎撃していたMSに向かい、半ば無意識に回線をオープンにして叫んだ。

《下がれ、ジャスティス!  エヴォリューション! フリーダム! インフィニティ!》

もはや彼らが敵か味方かなど イザークには頭にはなかった……ただ口と身体が勝手に反応したのだ。

その通信にレイナやリン、キ ラ達は眼を瞬く。

《ジェネシスが撃たれる!》

必死な物言いにレイナが眉を 顰める。

(ジェネシス……?)

何のことか解からない……だ が、その疑問もセンサーがヤキン・ドゥーエ後方に現われた反応に消えた。

メインモニターには、ヤキ ン・ドゥーエの後方に巨大な建造物が徐々に姿を現わしつつあるのが映されている。今まで、センサーでも感知できなかったあの巨大な建造物が先程の『ジェネ シス』ということに気づいて、今まで何故捉えられなかったのかも気づいた。

(ミラージュコロイド か……!)

姿を晒す直前まで感知できな かったのはミラージュコロイドを周囲に展開させていたからだ。完璧に近いステルス性能をもつシステム。アレなら、よほど注視して探らねばほぼ隠蔽でき る……だが、そのジェネシスは鉄褐色の灰色だったのがまるで磨かれたように突如銀色に輝き出した。

(PS装甲!? それに、ア レはまさか……)

この巨大な建造物にはミラー ジュコロイドだけでなくPS装甲システムまで採用されているらしい……そして、そうまでして隠蔽し、さらには最新技術を余すことなく導入している……そこ から導き出される結論…………

「ダメ! それは……っ!」

思わずコックピット内で叫 ぶ……レイナの予想が正しければ……アレは………破滅への最後の鍵………手を伸ばすインフィニティの彼方で……ジェネシスは光に包まれる。

 

 

 

 

「フェイズシフト…展開」

ヤキン・ドゥーエの司令部で は着々とジェネシスの起動シーケンスが進められていた。

モニターに表示されるジェネ シスのグラフィックにカラーリングが走る。

「Nジャマーキャンセラー起 動…ニュークリアカートリッジを単発発射に設定」

「全システム…オールグリー ン………」

オペレーター達が全ての工程 を終え……あとは最後の命令が下されるのを待つ。

見上げる司令部の最上部に座 するパトリックに視線が集中するなか、パトリックは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「思い知るがいい、ナチュラ ルども…この一撃が、我らコーディネイターの創世の光とならんことを……」

まるで神を気取ったような台 詞を吐き……パトリックは前方を睨みつける。

 

 

 

――――――ニヤリ………

 

 

 

闇のなか……誰かが口端を吊 り上げる……………

だが、そんなことは誰にも伝 わらない……パトリックは最後の引き金を引いた。

「発射!!」

呼応するようにミラーの基部 の奥……カートリッジ内部で爆発・燃焼した核の膨大なエネルギーが強烈な閃光を発する。放たれた光は正面の円錐形状の反射ミラーに幾条も収束していく。そ の光はやがて二段階目の巨大なミラーへと跳ね返り、迸る。

次の瞬間、地獄からの業火が 駆け抜けた。

戦場に膨大な熱量を誇る強烈 な光が迸り、その光景に誰もが息を呑み眼を見開いた。

イザークの叫びで咄嗟に後退 したレイナ達もまたその閃光に先程まで自分達がいた宙域を駆け抜ける巨大なエネルギーの奔流に愕然と眼を見開く。

凄まじい濁流のごとき勢いで 迫る閃光が射線上にいた地球軍艦艇に襲い掛かる。

主力部隊が集中していた旗艦 艦隊の宙域を貫き、展開していたMSは次々と融解し、跡形も無く蒸発していく。

艦艇もまた装甲が紙のように 脆く砕け散り、機関部が爆発する。回避しようにも遅く…艦同士の激突で吹き飛び、内部が崩壊して何百・何千というクルー達がほとんどなにが起こったかも解 からずにその身を灼かれていく。

閃光が宙域を駆け抜けた後… そこはまるで抜け落ちたようにぽっかりと黒い穴を開けていた。

その後に残されたのは無惨に 焼き尽くされた戦艦やMSの融解して僅かに残った破片のみ……そして直撃を避けたものの、艦の一部を破壊され、その閃光に戦意を喪失したパイロット 達………射線上にあった全ての地球軍の艦艇やMS…デブリ に至るまで、全てのものがあの炎にき尽くされたのだ。

まさに一瞬だった……一瞬に してき尽くされたのだ………完全なる破壊の爪痕……先程の影響か、電波障害が激しい宙域には暫し、静寂が訪れ る……敵も味方も……ただその破壊の爪痕に怯え、また呆然と見入るしかなかった。

その惨禍を見詰めるレイナは コックピット内で歯噛みし、操縦桿を握り締める…もしあと少しでも退避が遅れたら間違いなく自分達もあの炎に灼かれていただろう……

そして……これが、本当の奴 らの狙いだということも…………

「くそっ!」

思わずコンソールを叩きつけ た……結局、自分は踊らされていただけという事実に………

リンもまた動揺を憶えてい た……その破壊力の凄まじさと一気に感じた人の恐怖………

「……こ…こん な…………っ」

「…なんてことを……」

その惨状にキラは声を震わ せ、歯を喰い縛り……ラクスは震えそうになる身体を必死に腕で抱き抱える。

「……父上……っ!」

「……ああ…あ…………」

この惨禍を造り出した己の父 の所業にアスランはただただ憤りと恐れを憶え…カガリはまるで眼前の惨状を受け入れられないように声を絞り出すだけ………

あの業火に、ボアズ以上の命 が焼き尽くされた……その悲鳴と苦痛がこの宙域に拡がり、全身を刺すようであった。

激しい嘔吐感と嫌悪感…そし て哀しみ………それらを感じながら、何故と…心に囁く。

何故人は欲するのか……業と いう火を…………火は人類に恵みを齎すもの……だが、その火もより大きな火を求め……それは、やがて人自身に破滅を齎す業火へと昇華してしまった……より 先へと目指す人類の夢と叡智という業が…………

 

 

 

 

ヤキン・ドゥーエの司令部も 暫し静寂に包まれ、皆モニターに映る現状に見入っていた。

パトリックに付き添って指揮 官として司令部に入っていたレイ=ユウキもその例外ではなかった。

2個艦隊という圧倒的兵力で 宇宙を埋め尽くさんばかりの敵影が犇いていた宙域に向かって放たれたジェネシスの閃光……それによって中央艦隊がほぼ壊滅し、そこだけがポッカリと大きく 穴を空けており、他の部隊もそれに大きな衝撃と混乱を漂わせている。

 

―――――Gamma Emission by Nuclear Explosion Stimulate Inducing System

 

通称:ジェネシスと呼称され る自軍の擁する最終兵器の威力をまさにマジマジと見せ付けられたのだ……そのあまりの威力に自軍の兵器であるというのに何故かうすら寒さを憶える。

「…ジェネシス、最大出力の 60%で照射」

唖然となっていた司令部のオ ペレーター達がようやく我に返り、報告を再開する。

ジェネシスの前方の発射口と 思しきミラーは先程の熱量によって微かに融け、熱を帯びてひしゃげている。

やはりろくに照射実験もしな かったために最大出力を発揮するには至らなかったようだ。

だがそれでも、その威力は強 大であった。

「地球軍艦隊はその5割の戦 力を喪失と推定!」

はっきりした数字は解からな いが、それでも中央に位置していた艦隊はほぼジェネシスの餌食になり、既に機能も麻痺している。

もはや地球軍艦艇は烏合の衆 であった。

「冷却開始! 照準ミラーブ ロック換装、始め!」

膨大な熱量を本体に残留させ るジェネシスから熱量が拡散するように煙が微かに立ち昇る……それに伴って半壊した先端の照準用ミラーが移動していく。

それらの作業を無言で見据え るパトリックに向かい、賛辞の声が掛かった。

「……流石ですな、ザラ議長 閣下」

背後にユウキとともに控える クルーゼの媚びるような言葉にパトリックは振り返る。

「ジェネシスの威力、これ程 のものとは……」

まるで愉悦を感じさせるよう なその声に隣に控えるユウキはどこか軽蔑の視線を向ける。何故そんな口調と表情ができるのか……あの威力に恐怖のようなものを感じないのか…強大な力に魅 せられているような……それでいて失われた敵への一片の敬意も情もない態度に嫌悪感を憶える。

ユウキは以前からこのクルー ゼという男をどこか敬遠していた…無論、優秀なパイロットであり指揮官でもあるということは私情を抜きにしては理解しているが、それでもこの男はなにか得 体の知れないところがあって信用できないのだ。

だが、クルーゼのそんな賛辞 にもパトリックは冷たく一瞥すると、向き直り、軍事衛星に向かって通信を開いた。

「何をしている、エザリア!  この機に奴らを徹底的に叩きのめすのだ!!」

ジェネシスの威力に呆然と なっていたエザリアだったが、その怒号混じりの一喝にハッと我に返り、慌てて全軍に掃討を開始させる指示を出した。

それによって、今まで動きを 止めていたザフト軍が再び動き出し……混乱する地球軍艦艇に向かっていく。

それを見るユウキの表情は僅 かに顰まっている。

掃討戦というのは何度経験し てもやはり気分が優れない…既に勝敗の決している相手に対しなおも攻撃を仕掛けるのは卑怯のように感じ、まるで戦闘狂のような残虐性を感じさせる。あの ジェネシスの威力を自ら味わい、そして自軍の戦力半数近くを一瞬にして喪失した現実に戦意を喪失している相手にはもはや戦う意思など残っていないだろう。 事実、アレを実際に向けられた恐怖がどれ程のものか、想像すらできないのだ。

だが、そんな感傷も発せられ たパトリックの言葉に掻き消えた。

「戦争は、勝って終わらねば 意味がなかろう………」

誰に問うまでもなく発せられ たその言葉にクルーゼは微かに笑みを浮かべ、頷いた。

「……確かに」

遺憾ながら、ユウキもその意 見には賛同せざるをえない。

これはあくまで自身の個人的 感傷だ…大局の前には何の意味もなさない……戦争に卑怯だなどと言っている道理はない。事実、地球軍は核を再使用してきた。しかもプラントに向けて……幸 いに、それは事なきを得たが、もし一基でも核によって崩壊していればそれは取り返しのつかない残酷な結果になっていただろう。

地球軍に完全に戦意を喪失さ せるためには徹底的に叩くしかない……月基地にはまだウンザリするほどの戦力があるはずなのだ。

そう……プラントを護るため には手段を選んでなどいられないのだ……ユウキだけでなく多くの者がそう誤魔化した。

 

 

 

 

ジェネシスの光芒を受けた地 球軍艦艇は戦闘を中断し、残存部隊は一度後退を始めた。

誰が指示するまでもなく、皆 とてもではないが戦闘を続行できるような心理状態ではなかったのだ。

集結するなか、大破したMS やMAが着艦を求めて艦に向かうが、それが叶わない機体も多く、また艦も自力航行ができるものも少ない。

ドミニオン以下、ピースメイ カー隊のアガメムノン4隻はなんとか事なきを得たが、それでもクルー達は未だ眼にしたザフトの新兵器の威力に唖然としている。

ほんの少し…位置が違ってい たら、まず間違いなく自分達もあの光に呑まれて灼かれていたのだ……そう考えると背筋が凍るような冷たさが這い上がってくる。

唐突に多くの戦力を損失し、 指揮系統もかなり混乱している。通信から聞こえるのはずっと状況の混乱と指示を求める声ばかりだ。

常に命令されることに慣れて いる軍隊にとって上層指揮系統の混乱はそのまま下層にまで伝わり、さらに悪循環を引き起こしている。

「バジルール少佐……」

クルー達も不安げにナタルを 見やる。ナタルは自制心を総動員してなんとか動揺を抑え込み、強い口調で命じる。

「浮き足立つな! 残存艦の 把握急げ…旗艦ワシントンはどうなっている!?」

無論、ナタルとて動揺はして いる…だが、今はそれを抑え込まなければ間違いなく艦は最悪の結末を迎える。それだけは艦長として、してはいけないことだ。

鋭いナタルの口調にようやく クルー達も落ち着きを取り戻したように我に返り、計器類に向かって素早く状況の確認を急ぐ。

そして僅かながら状況を把握 したオペレーター達は皆一様に表情を蒼褪めさせて息を呑む。

「ワシントンの識別コード、 消失しています!」

「クルック、及びグラントも 応答ありません!」

その報告にナタルは足元が抜 けるように愕然となる。

「だ、第7艦隊の残存艦…全 体の4割程度です………」

沈んだ声で呟かれたその報告 がトドメに近い……あのジェネシスによって艦隊の主力で中枢でもあった第7機動艦隊はその戦力の半数を損失し、さらにはそれに旗艦であるワシントンもそれ に準ずるアガメムノン級もあの光芒によって消滅したのだ。

そして、中枢を失い…尚且つ 投入した戦力の半分にも匹敵する戦力を損失し、司令官までも失い、皆混乱している。

このままでは各個撃破の恐れ もある…すぐさま臨時の指揮系統を立て、統括しなければ…そう瞬時に考えたナタルはチラリと隣のシートに座るアズラエルを見やる。

鬱陶しいぐらいに口喧しいオ ブザーバーが先程からずっと無言なのに怪訝そうになるが、さしものアズラエルもあのジェネシスの威力を見せ付けられ、それに対しての怒りに打ち震えてい る。

憤怒に赤く染まった眼と表情 で拳を振るわせてモニターを睨んでいるが、口を挟もうとする気配はない…だが、それは今のナタルにはありがたい。この男がこの艦に乗っている以上、ドミニ オンが指揮系統に喰い込んでも文句は言われまいと彼女らしからぬ屁理屈を通し、素早く命令を下した。

「信号弾撃て! 残存部隊を 回収後、残存艦は現宙域を緊急離脱する! 本艦を目標に集結しろ!」

既にザフト軍は掃討戦を仕掛 けてきている…早くこの宙域を離脱しなければならない。

カタパルトにゲイルインサニ ティら6機と数機のストライクダガーを回収後、ドミニオンのローエングリンが火を噴き、前方に迫っていたMSや艦艇を吹き飛ばす。

それと同時に撤退の信号弾を 打ち上げ、取り舵をとり、ドミニオンは身を翻して転進していく。

残存艦隊もその信号弾に従 い、転進をしていく。牽制のためのミサイルを放ちながら、どの艦も我も我も逃げていくのであった………

 

 

 

 

地球軍が必死に撤退し、戦場 が混迷していたが、そこへパトリックの甲高い声が響き渡ってきた。

《我らが勇敢なるザフト軍兵 士の諸君!》

全周波で流れてきたその通信 にレイナ達も息を呑む。

《傲慢なるナチュラルどもの 暴挙を、これ以上赦してはならない! プラントに向かって放たれた核……これは、もはや戦争ではない! 虐殺だ!!》

罵るような口調と激しい怒 り……そして自らを高め、鼓舞するかのような口調にキラやアスランは愕然となり、眩暈を感じる。

………ならば、自分達が今し たが行なった事は、一体何なのだというのだろうか…そんな疑念が渦巻く。

レイナ達もその言葉を聞き入 りながら内心舌打ちする……マズイと即座に思った。

結果がどうであれ、この状況 はザフトにとって格好の優位な状況になってしまった……結果的には同じことを仕返しただけだが、最初に手を出したのは地球軍…それに対し反撃をすればそれ は正当防衛……つまり、この状況では明らかにザフトの方が分が強い。

《全艦に通達! この状況は 明らかにこちらが不利だ…こちらも一度退くしかない! MS全機帰投せよ!》

呆然となっていた各艦のク ルーやパイロット達にダイテツの一喝が飛び、我に返り…慌てて撤退準備を始める。

このままではザフト全軍から 集中攻撃を受けることになる…展開していたMSが次々と着艦していく。

《撤退するしかないわね…… この状況じゃ》

苦々しいリンの口調…確か に、一度こちらも体勢を建て直す必要がある。

だが………

「自身は神か……」

歪んだ能力が道を誤らせたの か…それとも元々歪んでいたものがより歪んでしまったのか……自分達を神と驕るか………命を奪うのを当然の権利とみるか………

なら……それ相応の代価は要 求される覚悟もしておけ………ジェネシスを睨みながらそう内心に吐き捨て、なおも続くパトリックの激白に聞き入る。

《そのような行為を平然と行 なうナチュラルどもを、もはや、我らは決して赦すことはできない!!》

その言葉に煽られるように、 ザフトのMS部隊が一気に加速し、眼前の状況に完全に戦意を喪失した地球軍に襲い掛かっていく。

その状況を視界に入れ…キラ は身を強張らせ、ほぼ無意識に身を翻し…ミーティアをパージし、加速する。

そして、その光景にアスラン も思わず歯噛みし…ジャスティスもまた後を追う。

「キラ、アスラン…!」

《あのバカが……っ!》

今の状況が解かっていないの か……このままでは、こちらも危ない。酷だが、ここは地球軍に情をかけるようなことはできない。

だが、そんな懸念も虚し く……フリーダムとジャスティスは連合のMSやMAに攻撃を行なうザフトのMS部隊に向かっていく。

撤退しようとしていた連合の MSやMAだったが、後ろを向けた瞬間…激しい砲火に晒され、次々と撃ち落とされていく。ジンの重斬刀が薙がれ、ストライクダガーのボディを斬り裂き、シ グーの放った弾丸がコスモグラスパーを粉々に砕き、ゲイツの放ったビームがデュエルダガーを撃ち抜く。

完全に狩る者と狩られる者の 立場が逆転し…枷の外れた憎悪と憤怒はさらに増長し、戦場に充満する。

母艦を失い、立ち往生する機 体も多く、また破損のために満足に動けない機体も少なくはない……そのために撃破される機体は増える一方であった。

そんななか、殿を務めるソー ドカラミティとカラミティ2号機、デュエルダガー……エド、レナ、ジェーンの3人は撤退する友軍機を一機でも逃すために必死に殿に徹し、応戦する。

ソードカラミティがシュベル トゲーベルを振り被り、ストライクダガーに襲い掛かろうとしていたジンの重斬刀をクロスさせて受け止める。

「ぐっ…!」

相手は旧式のジンであるはず が…何故か気圧されるような感覚を味わい、歯噛みしながらエドはジンのボディに蹴りを入れ弾き飛ばす。

そのままシュベルトゲーベル 一本を引き…投げ飛ばした。

槍投げのように飛ぶシュベル トゲーベルがジンのボディに突き刺さり、爆発する。

「このっこのっ!」

悪態をつきながらジェーンは ビームライフルを連射するも、先程から命中率は下がり、外れるばかりだ……焦燥感がさらに冷静さを奪い、悪循環を引き起こす。

そして、そんなデュエルダ ガーは格好の獲物だった……ゲイツがビームライフルを一斉射し、デュエルダガーのリニアガン、フォルテストラが破壊される。

「きゃぁぁっ!」

振動に呻くジェーン。

「ジェーン!」

その光景にエドは慌てて援護 に回ろうとするも、他のMSが立ち塞がって向かえない…被弾し、態勢を崩すデュエルダガー……ボディに描かれた白鯨のエンブレムにエースと判断したのか、 ここで墜とそうと執拗に狙うも…デュエルダガーの前にカラミティが立ち塞がり、シュラークを連射してゲイツの動きを牽制し、引き離す。

「きょ、教官……」

「ジェーン、エド! これ以 上は限界だわ…退くわよ」

答えるレナの口調もいつもの ではなく微かに苦い……さしものレナもあの光景に微かな恐怖感を植え付けられていた。

それ程衝撃的であったあの光 景に彼らも動揺を隠せず、本来の力が発揮しきれない。

ましてや、友軍機は一斉に後 退しており、こうやって殿を務めるのも限界がある。

全てを逃すのは不可能なの だ……それを痛感したエドとジェーンも無言で頷くと、ソードカラミティとデュエルダガーは身を翻す。

そして、カラミティは保持し ていたトーテスブロックとケファー・ツヴァイを振り被り、それを前方のザフト軍の前に放り投げ…それに向かってスキュラを放つ。

ビームが武装に直撃し、残弾 の火薬に引火し…小規模な爆発が起こり、それにザフト軍は戸惑う。

「今のうちに早くっ!」

敵が怯んだ好きに、被弾した デュエルダガーを抱えたソードカラミティとカラミティはブースターを最大に噴かし、その場を離脱していく。

この3機が殿を務めた宙域は なんとか大部分が帰還できたものの、他の宙域はそうはいかなかった……ただでさえ大軍を推しての広域攻撃を仕掛けていたために部隊が拡がりすぎて混乱が起 こっているのだ。

核を用いての早期決着のため に広域攻撃を仕掛けたのが仇となった。

突撃銃やビームによって背中 から撃ち抜かれ、次々と爆散するMS…だが、地球軍にはそんな友軍に構っていることはできない。今は少しでも早くこの場から離脱することに頭が必死なの だ。

そして、そんな地球軍に追い 討ちをかけるザフトのMS部隊の前にフリーダムが割り込んだ。

「やめろ! 戦闘する意思の ない者を……っ!!」

フリーダムはビームライフル を放ち、掃討するジンやゲイツの武装や頭部カメラを砕き、戦闘能力を奪う。

アスランも歯噛みし、ミー ティアを一斉射し、戦闘能力を奪うも宙域全体から見ればなんの意味もない行為だ……この間にも航行が不可能となった艦艇はザフト艦の砲撃を受け撃沈し、帰 還するべき母艦を失ったMSやMAは推進剤が切れ、または損傷のために動けなくなり立ち往生し、次々と討たれていく。

どれだけ助けたいと願ってい ても、その全てを彼らだけで救うことは不可能だ。

キラは途方もない虚しさに押 し潰されそうだった……自分達は無力だと………戦争を止めようとしても結局何もできない……撃たれてすぐ撃ち返す…争いを望む種にはやはり不可能ではない のか……一瞬、クルーゼの冷たい笑みが脳裏を過ぎる。

人類はやはり争いだけを望む のか……そう冷たい絶望感が拡がるなか、ザフト軍はフリーダムとジャスティスにも狙いをつけてきた。

キラとアスランがハッとする なか……一斉に構えるザフト軍に向かって砲火が轟いた。

瞬く間に数十のMSと艦艇が 撃破され…その上方からインフィニティとエヴォリューションが現われる。

「何をやっているの!? 早 く戻れ! 今ここであんた達が戦っても無意味よ!」

レイナのその一蹴にキラは苦 くなりながらも唇を噛む。

キラ達が帰還しなければ、母 艦も退却できない……既に展開していた友軍機は回収し、残るはインフィニティら4機のみなのだ。

自分達のために味方を危険に 晒すわけにはいかない……インフィニティとエヴォリューションは火器を放ち、進路上に立ち塞がるMSを撃破しながら道をつくり、帰還していく。キラとアス ランも後ろ髪を引かれる思いで宙域を後にする。

それぞれエターナルとオー ディーンに帰還した4機……だが、通信機からは未だ不愉快なパトリックの自賛の謳が続いていた。

《新たなる未来…創生の光は 我らとともにある! この光とともに今日という日を、我ら新たなる人類、コーディネイターの輝かしき歴史の、始まりの日とするのだ!!》

刹那……ヤキン・ドゥーエ、 そして宙域の全ザフト軍から大歓声と喝采が上がる。

彼らはパトリックの先導に酔 い、そしてパトリックは自身を自賛し、自らを神と誤認するかのように満足げに笑みを浮かべる。そんなパトリックをクルーゼは口元に微かな歪んだ笑みを浮か べて見詰めていた。

撤退するオーディーンの格納 庫…コックピット内でモニターに映るジェネシスを見詰めながら、レイナは鼻を鳴らす。

「創世……ね」

滅ぼすための業火がなにを齎 す……それはやがて自分達にも襲い掛かり、火は人の歴史を創り上げたと同時に人の歴史を滅ぼす………

アレは……破滅と終焉を齎す ためのものでしかない………内心に悪態をつき、そして5隻は戦闘宙域を一端離脱するのであった……

 


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