プラントの前線から離れ…敵 の追撃をやっとのことで振り切った地球軍艦艇はヤキン防衛網からやや離れた宙域に集結していた。

だが、そこはまさに地獄であ る……無事な艦艇はほとんどなく…また機動兵器も数多くが損傷し、必死に着艦と繋留作業が進む。そして、あのジェネシスの光芒とその後の掃討戦の恐怖がパ イロットの神経を侵食し、また傷も深い者が多くそれらの救護にも動き回り、艦内は野戦病院と化していた。

ドミニオンもその例外ではな く……収容した6機のGとその周囲に浮遊する頭部や身体の一部、半壊したストライクダガー……それらのコックピットから必死にパイロットを救出する作業の ために整備班や医療班だけでなく動けるクルーは忙しなく動き回る。

そして、ドミニオンのブリッ ジではようやく逃げ切ったことに息をついたナタルが後ろから響いた怒号に表情を歪める。

「ああそう! そうだよ!  ったく冗談じゃない!」

アズラエルはフレイの通信 シートを覗き込み、インカムを引っ手繰って先程から怒鳴るように月基地へと通信を繋いでいる。

傍目からはまるで子供の癇癪 のように見え、ますますウンザリしてくる。

思わず溜め息をこぼし…それ を無視するように今一度モニターに映る周辺の友軍を見やりながら、ナタルは眼を細める。

(酷い有様だな………)

そう……あれだけの規模の艦 隊が今は見る影もない……だが、そう感じながらもナタルは妙に冷めた思いだった。

戦争が終わる…コーディネイ ターという化け物を滅ぼすための正義の火……そう先導するブルーコスモスの甘い誘惑にのってしまったのが地球軍の過失であった。そもそものNJCを開発し たのはプラント…ならば、当然向こうにも核があると予想できて然るべきだったのに、それらを考えもせず核など安易に用いた結果がこれだ………勝つためには 手段を選んでなどいられない………かつて、自分もそう考え、それを当然のように考えていた。そのためにマリューと幾度も対立したが……その考えの答がこれ だった。

力には力……それは一方が大 きくなれば相手も大きくしようとする……それが道理だ。こちらが手段を選ばなければ、向こうも当然形振り構わず反撃してくる……ましてや、核の先端を切っ たのはこちらが先だ……あちらもNJによって封じていた核を使うのに躊躇いもしない…そのための大義名分が皮肉にもできてしまったのだ。

地球軍が核を使用したことで ザフトももうNJによって封じられていたものを使うのを躊躇わない……頭を沈痛に抑える後ろではなおもアズラエルがヒステリックに喚いている。

「これは今までのたくたやっ てたアンタ達トップの怠慢だよ!」

責任を丸投げにし、血走った 眼で怒鳴りつけるアズラエルに隣にいるフレイはずっと怯えきっている。

だが、この総攻撃を具申した のはアズラエル…ならば、NJCがどこから齎されたかぐらいは考えに入っていなかったのだろうか……それさえ頭におけば、もう少し結果が違ったのではない かと思う。ボアズでの勝利に浮かれて相手に対しての警戒を怠った指揮官であるアズラエルにも責任はあるが、この男は自分の非を認めないだろう。

「艦長、チャーチルより救援 要請です」

その時、CICからナタルを 呼ぶ声が聞こえる。撤退した残存兵力の確認を行なっていたが、やはり何隻かはもう航行するのもやっとの状態でここまで逃げ延びたのだろう。

「解かった。すぐ向かうと返 信しろ…位置は……?」

間髪入れず振り向き、救援に 向かおうと指示を出そうとした瞬間…頭上から喚き声が割り込んできた。

「おい! なにふざけたこと を言ってるんだ!」

今しがたまで通信機に怒鳴っ ていたアズラエルがナタルのその言葉を聞いてインカムを放り、睨むようにナタルに不躾な言葉をぶつけていた。

だが、そんな態度にナタルは 唖然となる…そんなナタルにアズラエルはなおも喚き散らす。

「救援だぁ? そんなものは 放っておけ! 役立たずに用はないんだよ!」

その言葉にナタルだけでなく クルー達は絶句する……この男は、あろうことか自分達の同僚を役立たずと罵り、尚且つ見捨てろと叫んだのだ。

助けを求めている友軍がすぐ 眼の前にいるというのに…ナタルは怒りに歯噛みし、反論しようとしたが遮るように発せられたアズラエルの言葉にさらに唖然となる。

「無事な艦はすぐにでも再度 の総攻撃に出るんだ! そんなことより…補給と整備を急げよ!」

憤怒に染まった眼と口調で怒 鳴るアズラエルにナタル達は愕然となる。

アズラエルの言葉が一瞬理解 できなかった……だが、冗談ではないのはこの男の眼が証明している。

「そんな……無茶です!」

今度こそ、その命令には理不 尽なものを憶え、思わず席を立ってアズラエルに向き合いながら詰め寄る。

「現状、我が軍がどれだけの ダメージを受けているか、理事にだってお解かりでしょう!?」

さも当然とばかりに反論す る。

投入した第6、第7艦隊の戦 力のうち、実に6割近い損耗を受けたのだ。

しかも第7艦隊と第6艦隊の 旗艦は消滅……6機のGや一部の特機は無事に帰還したようだが、それでもあの一射とその後の掃討戦によりMSやMAも実に全戦力のうち約5割を損失し、2 割近くがもう使いものにならない機体が多い。おまけにそれらのパイロットが負傷、また精神的ダメージを受けており、とてもではないが戦線に戻れそうにな い。

こんな半壊滅状態で再攻撃に 出るなど、正気の沙汰ではない……だが、アズラエルは語気を荒げて封じる。

「直に第4と第9艦隊が合流 する! 月本部からすぐに増援と補給も来させる!」

そう……ボアズ戦で戦力を損 失した第4艦隊はようやく再編成を終え、そして道中合流した第9艦隊とともにまもなく合流してくる。

「合流したらすぐに出るん だ…こっちもすぐに準備を進めろ!」

すぐにでも侵攻を再開しろと 言わんばかりの態度にナタルは絶句する。

あのジェネシスに向かって攻 撃をかけるなど……自殺行為以外のなにものでもない……だが、そんなナタルにアズラエルはなおも畳み掛けるように怒鳴り散らす。

「君こそなにを言ってるん だ!? 状況が解かっていないのは、君の方だろうが!」

喚き、そして血走った眼でモ ニターに映るジェネシスを指差す。

「あそこに! あんなもの残 しとくわけにはいかないんだよ!!」

モニターには、ヤキン・ ドゥーエとその後方に鎮座する巨大なミラーが映り、その先端には反射ミラーがセットされる様が映り、その前方の宙域には埋め尽くさんばかりの堅固な防衛網 が築かれている。

一瞥し、そのまま自分のシー トに飛んで腰掛けるとすぐさまパネルを操作し、ジェネシスのシミュレーションを行なう。

「なにがナチュラルどもの野 蛮な核だ! あそこからでも…アレはゆうに地球を撃てる……奴らのこのとんでもない兵器の方が、遥かに野蛮じゃないか!」

シミュレーション画面には、 照射の角度ミラーが幾通りにも表示され…その射程は地球にまでゆうに届く。

その映像にナタル達は背筋が 凍る……地球が撃たれる……そうなれば、地球はほぼ壊滅するだろう……だが、そんな恐ろしいことは考えられなかった…いや、考えるのを無意識に拒否してい た。

「そして、もういつその照準 が地球に向けられるか解からないんだぞ!? 撃たれてからじゃ遅いんだ!」

そこでようやくナタルはアズ ラエルのこの取り乱しが解かった。アズラエルは恐れている…あの力に……巨大な力に……そして、コーディネイターが地球を撃つのに躊躇わないという確 信……だが、地球はプラントにとって貴重な市場であり、資源・食糧・水といった宝庫なのだ。未だに地球からの輸入なしには満足な生活すらできないが……だ が、地球軍が既に核を用いた以上、ザフトがアレを地球に撃たないという保証はない。

そうなれば、あの兵器は深刻 な脅威となる……呆然と立ち竦むなか…ドミニオンから僅かに離れた宙域にいた戦艦が突如火を上げ、爆発する。それは先程救援を要請したチャーチルであっ た……だが、そんな友軍の損害すら一瞥せず…アズラエルは仇敵を睨むようにナタルに吐き捨てる。

「奴らにあんなもの造る時間 与えたのは、お前達軍がのろのろやってたせいだ!」

なんとも子供じみた責任転 嫁…いや、言い掛かりに近いが……それでも、その糾弾に反論する術はない……理不尽な怒りだが、口を噤む。

「無茶でもなんでも、君達は ボクの命令に従ってアレを破壊すればいいんだよ! なにがなんでもね! アレとプラントを……地球が撃たれる前に!」

尊大に言い放つアズラエ ル……理不尽だが、彼は地球軍の総指揮官……反論などしても無駄だ。そして自分達はそれに付き従う軍人……軍人である以上、命令は絶対なのだ…そして、地 球を撃たせるわけにはいかない……決意と葛藤の間で揺れながら、ナタルは拳を握り締めた。

 

 

 

 

その頃……地球軍と同じく戦 闘宙域を離脱したオーディーン、ネェルアークエンジェル、エターナル、スサノオ、ケルビムの5隻はプラントからほど離れたデブリの多い宙域に身を隠してい た。いつ再開されるか解からない戦闘に向けて、各艦とも補給と整備を騒然と行っていた。

オーディーンの格納庫にてメ ンテナンスベッドに固定されたインフィニティから降り、整備を託けるとそのままパイロット控え室に入り……ヘルメットを脱ぎ捨てると、拳を握り締めてロッ カーに叩きつけた。

「……っ」

歯噛みし、叩きつけた拳を強 く握り締める。

その様子に、後に入ってきた リンやリーラは思わず息を呑む。

レイナの怒りは己へと向けら れていた……奴の…カインの意図を読んだと驕った浅はかな自身に……軽率すぎた。

地球軍が核を持ち出し…それ によってザフトも核を持ち出すとは予想していた。だが、ザフトはその予想を超えるものを持ち出してきた……プラントへの核攻撃もこちらが防ぐと見立てたう えで、ザフトのジェネシスの使用を促した………

不甲斐なさに苦悩していたレ イナにリーラが気遣うように声を掛ける。

「レイナさんの責任じゃあり ません……それに、プラントは無事だったんです。それだけでも……」

なんとも苦しい言い分だと 思った……だが、そんな言葉しか掛けられない自分がもっと情けない。

「………ごめん…けど、これ でこっちが随分不利になった」

自身らしくない取り乱しにレ イナも表情を俯かせる……カインに関してはどうしても感情的になってしまう。

だが、そんな荒れる心に落ち 着けと必死に言い聞かせる……ここで冷静さを失えば、それこそカインの思う壺だ。

「ジェネシス………連中の ジョーカーか……」

リンがポツリと呟く。

ザフトの切り札…だが、それ がカイン達の切り札でもあるのかという疑問……それに対し、レイナは言葉を濁す。

「解からない……けど、連中 のカードの一つなのは間違いない…」

確証はない…だが、切り札と いうものは最後まで取っておくもの………カイン達のシナリオがどうであれ、まだ切り札を切るような刻ではないはずだ。

だが、あのジェネシスも核と 同様…カイン達にとっての手持ちのカードの一つなのは間違いない………

「問題は……これからね」

神妙な面持ちで呟くリン…… 地球軍もあのジェネシスがある以上、のんびり構えるような真似はしないだろう……そして…ザフトがアレをもう一度使わないという保証もない。

「プラントが核に晒され、私 達が介入することも奴らのシナリオ通りなら………あのジェネシスの次を撃たれれば、もう私達の敗けね」

核とジェネシス…互いに使 い、今は傷み分けだが……この先、ジェネシスと核…どちらか一方でも使われれば、もう止めることはできない………それはすなわち、自分達の敗北を意味す る。

「状況は…やっぱり悪いんで すか?」

おずおずと不安な面持ちで尋 ねるリーラ……だが、レイナは静かに…事実を述べた。

「……最悪に近いわね……… でも、まだ状況が複雑なだけなのが救いといえば救いだけど」

やや悪態をつくように舌打ち する。

状況は確かに自分達にとって は最悪だが……状況がさらに複雑化した………複雑化した戦況なら、ある程度だが多数の手は取れる………問題は、その手段を思いつくことだが……その時、控 え室に呼び出し音が鳴り…リーラが取ると、送られてきたメッセージを伝える。

「ラミアス艦長達とラクス、 キラさん達が来たそうです……私達もブリッジに上がるようにと」

これからの自分達の方針を決 めるために…各艦の責任者がオーディーンに集っている。

それに頷くと、控え室を後に 3人はブリッジに一路向かう。

もう…これ以上読み間違える ことはできない……連中のシナリオ通りだとしても、このままみすみす奴らの思い通りに進ませるわけにはいかない………

なんとしても、奴らを闇から 引きずり出す………そして……この手で決着を着ける……その決意を胸にレイナはブリッジへと入室した。

 

 

 

オーディーンのブリッジに は、ダイテツの周囲に既にバルトフェルド、マリュー、ハルバートンらが揃い、そこにパイロットスーツ姿のキラ、アスラン、ラクスとカガリの姿があった。

そして、全員が戦略パネルを 覗き込み、モニターに映るジェネシスの解析図が表示され、そこにスサノオに乗艦しているフィリアが小さなウィンドウを開き、説明に入る。

《発射されたのはγ線で す……》

苦い口調でジェネシスの外観 と威力から知りえたデータのみを告げる。

《線源には核爆発を用い、発 生したエネルギーを直接コヒーレント化したもので…つまりあれは、巨大なγ線レーザー砲なんです》

「成る程……γ線は物理透過 率が高い………まさに大量破壊兵器に用いるには最適ね」

皮肉めいた言動でレイナが吐 き捨てる。

γ線は物理透過率が極端に高 い……すなわち、貫通性が高いエネルギー……しかもアレだけの熱量ならば、コロニー外壁さえも無意味であろう…MSや戦艦の装甲など紙屑となんら変わらな い。

《もし地球に向けてアレが照 射させられれば、その強烈なエネルギー輻射は、地表全土を焼き払い、あらゆる生物を一掃してしまうでしょう……》

一瞬躊躇ったが、あらゆる可 能性を考えなければならない……それが最悪の可能性だとしても………そして、全員が予想通りその言葉に驚愕し、息を呑む。

一度放たれてはもう防ぐこと はできない……進路上の全てを焼き尽くす破滅の兵器。

そんななか、マリューが救い を求めるように誰にともなく言葉を発した。

「……撃ってくると思います か………地球を?」

誰もがその可能性に半信半疑 なのだ……だが、ダイテツが眼元を伏せる。

「解からん……だが、無いと は言い切れん」

苦く低い声……そう…現実と してジェネシスは存在し、その威力の程は既に自分達に目の当たりにされた。

そしてザフトがそれを必ずし も撃たないという保証はないのだ。

「アレも元々は……あんな殺 戮兵器ではなかったというのに」

苦々しい口調で吐き捨てるダ イテツに全員の視線が集中する。

「あの兵器についてなにか 知っているのか、ダイテツ?」

「……実物を見るのは初めて だが…アレの設計図は見たことがある」

逡巡していたダイテツの口か ら語られたその言葉に皆が驚愕する。

「もっとも……最初はあんな 兵器などではなかったがな……あの兵器…ジェネシスは、本来恒星間探査計画のために設計されたソーラーセールシステムの発生装置だった」

苦い…それでいてどこか懐か しげに答えるダイテツ。

だが、聞き慣れぬ単語に首を 傾げる者も多い。

「ソーラーセールシステ ム?」

思わずキラが問い返す……そ の疑問にレイナが口を挟む。

「光の圧力を推進剤の代わり に用いるシステムのことだ…簡単に言うヨットの帆を思い浮かべればいい……アレは帆に風を受けて速度を上げる…これは、風の変わりに光の圧力を利用し て……恐らく、外宇宙へと旅立つための人々の夢になるはずだった………」

敢えて過去形で締め括ったの は今の状況を汲んでか……宇宙生まれ宇宙育ちのキラやアスラン達には馴染みがなくて当然だろう。

恒星間を航行する探査船は膨 大な量の推進剤と燃料…そして加速を得るための複雑なシステムが必要になるが、これを用いればそんな膨大な燃料も複雑な推進システムも必要なく、軽量の探 査船で爆発的な加速力を得ることができる。

奇しくも外宇宙における異文 化との調停役としてコーディネイターを提唱したジョージ=グレンの思想を反映させたシステムだろう。

「確か、開戦前…そういった 航行システムが建造を開始したはず…だが、開戦後の影響で建造は凍結されたと聞いていたが……まさか、あんなものに転用されていたとはな」

リンがぼやくように呟き、肩 を竦める…アスランやラクスも思い至ったように納得したような表情を浮かべる。

開戦の数年前……外宇宙への 進出事業の一環としてそんな装置が建造を開始するという情報が出回ったことがあったが、その後経過などは一切報道されず、人々の記憶からも消えていたもの だ。

だが、開戦すると同時にパト リックはジェネシスの軍事兵器への転用を指示し、これまで極秘裏に建造を進めていたのだ。

「『創世』………でも、意味 がまったく変わってしまったわね」

人類のさらなる未来への希望 をつくりだすはずのものが今や破滅と絶望を齎すものへと変貌してしまうとは……だが、コーディネイターはアレが希望だと錯覚しているようだが………

「そうだな……あんな殺戮兵 器として変わってしまったとは……セシルはそんなことのためにアレを造ったというのではないというのに」

苦々しく相槌を打つダイテツ の発した言葉に皆の頭が引っ掛かる。

「……ダイテツ…まさか、ア レを設計したのは……」

ダイテツが以前見た設計図… そして発せられた妻の名……彼女の過去を知る者はその可能性に思い至った。

「……アレは、セシルが設計 したものだ…ウォーダンと共にな」

肯定するように眼元を伏せ、 静かに発した。

エネルギー工学も専攻してい たセシル=クズハはジョージ=グレンの木星探査船に使用された膨大な燃料問題解決を進め、いつか人類が宇宙へと旅立つためにγ線エネルギーを用いた新推進 剤システムをウォーダンとともに設計した。だが、その試作型として設計されたシステムはセシルの死後行方不明となった……まさか、プラントで発表されたシ ステムにそれが用いられていたとは予想外だった。

こんな使用目的のためにセシ ルはアレを設計したわけではない……微かな怒りに震えるように拳を握り締め、歯噛みするダイテツ……

「強力な遠距離大量破壊兵器 保持の本来の目的は、抑止だろ……」

静まり返るなか、バルトフェ ルドがむっつりと答える……そう、少なくともアレは抑止兵器だ……あんなものを常時使用するのは明らかに狂っているとしかいえない。

「けど、もうそんな状況じゃ なくなったわね……もう、躊躇いもしないわ…どっちもね」

冷静な口調で告げるレイナに 皆は背筋が凍るような寒さを憶える。

「もう核もアレも一度使われ たんだ……そして、その引き金を引いたのは他でもない……人よ」

もはや状況は変わった……最 後の理性が外れ、あの兵器の使用に踏み切ったのだ。

そして……その引き金を引い たのは同じ人間同士であること………

皆、信じがたい思いで黙り込 む……まさか、ザフトがあの炎で地球を滅ぼそうなどという暴挙に出るとは考えたくなかった。少なくとも、それは常日頃自分達が理知的と謳っているコーディ ネイターの行為とはとてもではないが思えない。

なにより地球は彼らにとって も大事な惑星のはずだ……未だにプラントの生活維持のためには地球は必要不可欠であるが、それ以上に母なる生を齎した大地を滅ぼすなどという暴挙に出るな ど、もう人としてあるまじき行為であろう。

そんな暴挙にザフトが出るの だろうか……疑念と恐怖を渦巻かせる一同のなかで、唐突にバルトフェルドが冷静に言葉を発した。

「戦場で……初めて人を撃っ た時……俺は震えたよ………」

意図が掴めない言葉に首を傾 げるキラ達……だが、レイナとリンは眼を細める。

バルトフェルドが初参加した 戦闘は宇宙でのジンを使った戦闘……その時のことは今でも鮮明に憶えている。

「…だが、すぐ慣れると言わ れて………確かにすぐ慣れたさ………」

その言葉にハッとする……キ ラも…いや、誰でも最初に人を殺した時は自分自身と殺した相手への恐怖と葛藤に押し潰されそうになった………だが、それは徐々に薄れていき…やがてはそれ さえも忘れて敵機を墜とすことになんの躊躇いも持たなくなった時期が確かにあったのだ。

苦くなる一同のなかで、マ リューが静かに硬い口調で話し掛ける。

「アレのボタンも……核のボ タンも……同じ…と?」

否定してほしい問い掛けかも しれないが……答は既に解かっている。

バルトフェルドもやや躊躇い がちではあったが……肩を竦め、低い声で答え返した。

「……違うのか?」

そう切り返されると、誰もが 蒼褪めた表情で口を噤む。

「………そう……人は慣れて いく……死に…殺していき続け……感覚が麻痺する……」

静まり返ったなかでレイナの 冷徹な言葉が飛ぶ。

「……MSを墜としても…相 手の顔は見えない………核やアレの炎で灼かれても、その死んでいく者の顔は見えない………だからなのよ………なにも感じないのは」

吐き捨てるように呟くレイナ に一同は気圧される……確かに……MSや戦艦を墜とす時は乗っている者の顔は見えない……眼の前にあるのはただの鉄の塊だ………それに人が乗っていると思 わなければ……簡単に慣れていく………

「人は……己の手を血で汚し て……初めて傷みを知るわ………真っ赤に染まった手が…己自身を追い立てる……だけど、それがなければなにも感じない………傷みを解からないから……簡単 にボタンを押せる」

人を自身の手で殺した者は雰 囲気が一変する……レイナはこれまで何人も自身の手で殺してきた………紅く濡れるこの罪の手……今でも鮮明にきつく己が殺した者の顔……だが、顔が見えなければなにも感じない……手が血で汚れ なければ相手の傷みも己の罪も解からない………

押し黙る一同のなか……レイ ナはモニターに映るジェネシスを見やりながら眼を細める。

「核を撃った奴も…アレを 撃った奴も……恐らく人を殺したという意識なんてない…蟲を殺した程度にしか思っていないかもしれない……だから…ボタンが押せる」

事実を突き立てられた一同は もはや表情を沈痛にしか俯かせられない……否定したくてもできない歴然とした事実……撃てるのだ……迷いも躊躇いもなく………そして…それが人である と………

妬み…憎み……恐怖がさらな る哀しみと憎しみを呼び………その行為を繰り返し続けているということすら忘れて……嫌悪感を抱いていても、武器をとった者は誰しも一度はそういった連鎖 を繋げてしまうのだ……そして…他人が同じことをやって初めて自身に姿に気づく………

「兵器が争いを呼ぶのではな い……人だから…争いは消えない………それは、やはり決して消えぬ事実なのですね」

苦い…そして悲痛な表情で呟 くラクス……兵器には罪がない……それらを争いへと駆り立て、拡げていく人の性………それは決して否定できない生命の本能………

「闘争本能は決して人の心か ら消えはせぬ……それは、歴史が証明していよう」

唐突に語り出すダイテツに一 同は視線を集中させ…そして、次に放たれた言葉にハッとする。

「だが、その闘争本能が今の 人の歴史をつくり……また人を育んできた………そして、たとえ争いが永遠になくならいとしても…今ここで人の歴史を終わらせるわけにはいかぬ……」

そう……争い全てを否定する ことはできない…争いがあったからこそ人は進化し、成長してきた一面も現実にある。

人がいる限り……争いは永遠 になくならないだろう…だが、人は成長していける……そのためにも…今、人の歴史を終わらせるわけにはいかないのだ……

その事実に再び決意を抱く一 同……自分達は確かに無力で無知なのかもしれない…だが、今は自分達の信じる道のために戦うしかない……人の本質がどうであれ……

それは後世において人が判断 する……そして…その後世をつくるために……今は…自分達が信じるもののために……その決意を胸に、一同は強く頷いた。

 

 

 

 

デブリベルトの一画では、地 球軍艦隊が再編成を着々と進めていた。

残存であった第6艦隊を中心 に再編成が進められ…そこへようやく合流した第4、第9艦隊とともに艦隊を編成する。

艦隊の中心になるのは第9機 動艦隊の旗艦であるAA級5番艦:セラフィム……熾天使と いう最高階層の天使の名を与えられた艦は全身を真っ白に染め、そして細部をゴールドに染めている。まさに神と…自分達が選ばれた者であるかのような誇示を 表わすその艦のブリッジには、セラフィム艦長であり艦隊臨時総司令官の座に就いたサザーランド准将とオブザーバーのアズラエルの姿がある。

「まだなのか、サザーランド 准将!」

「急がせております…あと数 十分程で全作業は終わりますゆえ……今しばらくの御辛抱を」

語気を荒げて鬼気迫る表情で 怒鳴るアズラエルを宥めるようにサザーランドは必死に頭を下げる。

流石にアズラエルの腹心だけ あってナタルのように意見することはないが、いくらなんでも半壊滅状態に陥っている先行艦隊を再編成し、再攻撃に出るのには時間が掛かる。

それはいくらアズラエルでも 理解できなくはないが……この男はあのジェネシスがいつ発射されるか解からないので気が気でないのだ。

「急げよ…のろのろしてて、 撃たれてからじゃ遅いんだ!」

「はっ!」

なおも無茶を叫ぶもサザーラ ンドは敬礼で答えた。

「部屋に戻る! ドミニオン は先行させろ…あの少佐は、今回の作戦が終わったら左遷しろ! いちいち僕に意見しやがって!」

「はっ、解かりました!」

愚痴るように…八つ当たりに 近い感情でナタルへの悪態をつくと、アズラエルはブリッジを後にする。彼ももはやナタルを心底見限ったようだ……いくら有能でも自分に意見するような士官 は必要ないのだ。

もっとも……この作戦が無事 に終わらなければ、そんな指示も無意味でしかないのだが…今のアズラエルにはそれさえも理解できないようだった。

残されたサザーランドは我侭 ともいうべきアズラエルの指示を天啓とでもいうように実行していく。

第9機動艦隊はセラフィムを 旗艦にピースメイカー隊を擁するアガメムノン級7隻に護衛艦47隻、駆逐艦76隻というまさに最大規模を誇る艦隊であり、月基地に常駐していた艦隊の約3 割強にも匹敵する。

またセラフィムにはアズラエ ル子飼いのゲイルインサニティら新型特機6機に最新鋭型MSであるGAT−02L2:ダガーLが十数機に指揮下のアガメムノン級には核ミサイル運用用にダ ガーLを数十ずつ配備している。

元々はストライクダガーに代 わる制式量産機として105ダガーの改良機として開発が進められ、カーペンタリア陥落後にロールアウトし、急遽増産された機体で数はまだ少ないが、アズラ エルはそれを惜しげもなく投入し、さらに第9機動艦隊は105ダガーを正式配備させ、指揮官機にはGシリーズのストライクやデュエルを配置している。

これだけの最新鋭機を与えら れた第9機動艦隊が中枢を取り持つのは当然であり、第4と残存の第6、第7艦隊は再編成され、先鋒を再度持つことになった。

だが、クルー達の精神にかな りの負荷が掛かっている今…先鋒を務めるのは酷としかいいようがないが…命令である以上は従うのが軍人の務めだ。

第6と第7の残存艦隊は第4 艦隊とともに再編成され、先鋒を務める……その内にはパワーの艦影もある。

パワーのブリッジでは、ジェ ネシスの閃光から無事逃れられたネオがイアンと言葉を交わしている。

「状況は?」

「スレイヤー及びエクステン デッドは無事戻りましたが……他の機体はシグナルがロストしました」

苦々しい口調で語るイア ン……先行し、かなり敵陣深くまで潜り込んでいたパワーは中央から離れていたので事なきをえたものの、帰還できた艦載機はネオ、及びスティング、アウル、 ユウとスレイヤーの機体のみ。

他のMSは全てジェネシスに灼かれたか掃討戦で撃破されたかだ。

「艦隊もかなりの損害を被っ ています……」

「けど、再攻撃だもんな…… 正直、勝てるかどうか解からん」

指揮官として口に出してはい けないことかもしれないが……客観的にどう考えても勝てる要素が見えない。

あのジェネシスが向こうに据 えられ、しかもいつでも撃たれるという状況……しかもあの威力だ。地球を狙い、それで恫喝されるのは見えているが、正面から向かってはまた二の舞にしかな らない。

「ですが、せねばなりませ ん……それが命令です」

あくまで軍人として冷静に答 えるイアンにネオはそう割り切れる性格が羨ましく思えた。

「ま、どの道やらにゃならん か……で、上はなんと言ってるんだ?」

選択肢など最初からない…… やらねばこちらがやられるのだ………覗き込みながら尋ねるネオにイアンが先程届いた現状を伝える。

「はっ……残存部隊は第4艦 隊に編入後、再攻撃を開始………その後、第9艦隊のピースメイカー隊のアガメムノン級が先行し、プラントを陥とすとあります」

その命令内容にネオは表情を 戸惑ったように顰める。

「はぁ? プラントを直接攻 撃? あの兵器じゃないのか?」

「命令にはそうありま す……」

「なに考えてんだ、あの坊 ちゃんは……」

呆れたように肩を落とす。

あのジェネシスを破壊しなけ れば脅威の排除にはならないというのに何故プラントをこの状況で狙わねばならないのか……そんな事をすれば、下手をしたらジェネシスを有無を言わせず地球 に放たれるかもしれないというのに……

だが、愚痴ったところで命令 が変わるわけでもない……諦めたようにネオはシートにドカっと腰を下ろすのであった。

そんな不貞腐れるネオを他所 に着々と進む部隊編成……なんとか第一波攻撃に匹敵するだけの部隊を編成し、月のプトレマイオスクレーターから増援艦隊が発ったという報告が入ったもの の、それを待つつもりはアズラエルには毛頭ない。

部隊編成が済み次第、先行す るつもりであった……そして、地球軍艦隊は再び進軍を開始する。

 


BACK  BACK  BACK



inserted by FC2 system