地球軍が必死に部隊を再編成 していると同じく…ザフトも第一波で消耗した防衛戦力の建て直しに必死であった。

ジェネシスとそのコントロー ル中枢であるヤキン・ドゥーエの前方には旗艦であるヘカトンケイルを中心に何十という艦隊とMS隊が布陣し、最後の防衛網をつくり上げている。

誰しもが緊張した面持ちで再 攻撃に備えるなか、ヤキンの司令部ではパトリックがそれらの作業を険しい面持ちで見詰め、ジェネシスの状態を確かめている。

「ミラーブロックの換装 は?」

「……後一時間程掛かりま す」

「急がせろ」

パトリックは答えたオペレー ターに素っ気なく急かせると、やや顰まった表情でシートに身を沈める。

ジェネシス内部のγ線を発射 する一次反射ミラーは発射とともにレーザーによって融解し、一度しか使用に耐えない……言うなれば、消耗品であるこのパーツのためにまさに一撃必殺の兵器 であり、次弾のためのミラーブロック換装の間が使用不可となるこの兵器唯一の弱点だった。

かつては人々に宇宙への夢を 約束した光は今や地球を狙うものへと変わった……だが、パトリックの眼にはそれを後悔したような気配はなく…まるで誇らしげに見詰めるだけだ。

「地球軍に動きは?」

ジェネシスの準備が整うまで はなんとしても護られねばならない……その問いに背後に控えるクルーゼが先程届けられた報告書を持ちながら読み上げる。

「未だありませんな……集結 ポイントにて留まっているようです」

「フン……月基地にも戻ら ず、まだ頑張っているか」

あくまで冷静に答えるクルー ゼにパトリックは嘲笑を浮かべる……地球軍の見苦しさに。

だが、そんなパトリックに対 しどこか媚びるように言葉を紡ぐ。

「奴らも必死でしょうか ら……あの威力を見た後では……恐らく補給・増援を待っているのでしょう……こちらから仕掛けますか?」

「そのようなことをせずと も、二射目で全てが終わる……我らの勝ちでな」

ニヤリと満足げに口端を歪め ながら笑みを浮かべる。

ようやく終わるのだ……劣っ た旧人類が今まで己も弁えず歯向かってきた…だが、それももう終わる……その言葉にクルーゼも微かに笑みを浮かべ…そして囁いた。

「では…地球を………?」

背後から響く誘惑のような囁 きに……パトリックは表情を変えずに憮然と呟いた。

「……月基地を撃たれてもな お、奴らが抗うとなればな」

誘惑にのり……パトリックは そう答えた………ユニウスセブンを…パトリックの最愛の者を奪った者達の生きる惑星に……なんの未練も執着もなく………そして、背後でクルーゼは静かにほ くそ笑んでいた。

 

 

プラントの軍本部では地球軍 の再攻撃に対しての警戒が進む。

本部に戻ったイザークは通路 をシホを伴って歩いていると、奥から側近と話を交わしているエザリアの姿を見詰め、思わず足を止めた。

「隊長?」

「先に行ってろ……すぐ追 う」

不審そうに見上げるシホにそ う答えるとイザークはすぐさま早足でエザリアに近づき、その姿を認めたエザリアも足を止める。

「母上」

「イザーク」

手にしていた書類を側近に預 け、凛としていた怜悧な表情が微かに緩み…母親としての安堵に笑みを浮かべて近づく。

イザークの後ろにいるシホの 存在に気づいたエザリアが視線を一瞬向けると、シホも僅かに恐縮して頭を下げる。

その様子に満足げに微笑み、 その視線を息子へと移す。

「イザーク、先程の戦闘では ご苦労様でした……貴方の活躍は、私にも届いていますよ」

「いえ……」

母親に自身の戦績を褒め称え られるというのはなにか気恥ずかしいものがある……無論、誇らしいことでもあるが……だが、イザークは他に訊かねばならないことがあった。

「母上…あの……」

イザークが言葉を発する前 に、それを遮るように呟かれたエザリアの方からその話題に触れた。

「間もなくジェネシスの二射 目が行なわれます……そうすれば、この長かった戦争もようやく終わるわ……」

肩の荷が降りるとでも言いた げに話すエザリアだったが…イザークは逆に身を強張らせた。

ということは……上層部は間 違いなくもう一度アレを使用するということだ……あの兵器を……ああやって核を用いて圧倒的な火で敵をきつくすことにどこか戸惑いと困惑を感じている。

だが、それでも反論できると 言われてもできるものではない……アレがなければ地球軍を引かせるのは正直難しかったといわざるをえないのだから………

そう……多くのザフト兵が命 を失い、また迫害されてきたこの戦争がようやく終わりが見えてきたのだ……イザーク自身もそのために戦ってきたはずだ……プラントの勝利に終わらせるため には手段を選んでなどいられない……そう自身に言い聞かせて、葛藤する心の内を押し込める。

そんな黙り込むイザークに、 疲れが出たのかと思い…労わるようにエザリアは微笑み、愛息子の身体を抱き寄せる。

「母上?」

突然のことに戸惑うイザーク に優しく微笑む。

「なにも不安はありません よ……貴方も連戦で疲れているでしょうけど、あと少し頑張りなさい」

「……はい」

「未来は私達のものよ」

愛息子の将来が約束されたよ うに語るエザリア……だが、その言葉がイザークの脳裏にアスランやリン…ディアッカにニコル……去っていった戦友や未だ顔も知らぬフリーダムやインフィニ ティのパイロット達……そして…リーラの顔が過ぎる。

逡巡していたイザークは、や がて意を決したように最後に訊きたかったことを口に出そうとする。

「あの……母上、二射目の照 準は………」

「エザリア様」

だが、イザークの問い掛けは 最後まで続けなかった……遮るように控えていた側近が促し、エザリアは慌てて身を翻そうとするも……今一度イザークに振り返る。

「ごめんなさいね…あまり ゆっくり話してはいられないわ……この局面ですからね……」

「……いえ」

「貴方の隊は後方に回しま す……無茶はしないで」

小さく囁かれた言葉に虚を衝 かれたように眼を見開く。

この状況で後方部隊に回れと いうのは些かイザークの自尊心が害されたような気がした……だが、そんな非難めいた視線を浮かべるイザークを嗜めるようにエザリアは静かに告げる。

「もう貴方は充分やってくれ ました……それに…貴方の仕事は戦後の方が多くなるのよ……それと…なんだかんだでうまくやってるのね……この戦争が終わったら、ちゃんと報告するのです よ」

一瞬、後方のシホを見やりな がら微笑を浮かべ……エザリアは呆然となるイザークの前から立ち去っていった。

「あ、あの……」

困った様子で声を掛けるシホ だが……イザークは難しげな表情を浮かべたまま……彼からしてみれば、出世は確かに一時期憧れたこともあったが…今ではそんなことを喜ぶゆとりもない…… なによりまだ戦争も終結していないのにもう戦後の話にまでいくとは……いくらなんでも気を抜きすぎではないかと思う。

釈然としない面持ちのま ま……イザークはその場を離れ…シホも慌てて後を追った。

 

 

 

 

地球軍・ザフトともに臨戦体 勢に身構えるなか……デブリの陰に身を潜める5艦もまた艦載機の最終調整を行なっている。

いつ両軍が火蓋を切るか解か らない今……迂闊に動くこともできず…また戦力的には微々たるものでしかない彼らには作戦を練りに練る必要があった。

オーディーンのブリッジ後部 の戦略パネル前では主要メンバーが既に長く議論を交わしている。

《ジェネシスは、恐らく連射 は不可能でしょう…それがこの兵器の唯一の弱点であり…救いでもあります》

モニター上では、フィリアの 小ウィンドウが表示され…そこにCGで描かれたジェネシスの本体と先端に対面する小型形の円錐形ミラーブロックが点滅し、ジェネシスが発射された後…それ が下がり……新たなミラーがセットされる。

《恐らく…一射ごとにこのミ ラーを交換しなければならないのでしょう》

「ミラー換装に掛かる時間 は?」

《おおよそで、約2時間…… もっと早く見積もれば、一時間でも充分可能かもしれない》

既に一射目が行なわれて一時 間以上経過している……ならば、もう既にいつ二射目が行なわれてもおかしくない状況だ。

ならば…あまりのんびりもし ていられない……戦略パネル上に表示される両軍の戦力分布を見やりながら、戦略に思考を巡らせる。

「可能なのでしょうか…あの ジェネシスの破壊は?」

「難しいですね……観測デー タでも、アレは本体にPS装甲を採用してますし…もしかしたらビーム対策も講じているかもしれません」

ラクスの問い掛けにバルト フェルドが苦々しく唸る。

確かに……アレが最初に姿を 見せたときはPS装甲独特の変化が観測された。それに、アレだけの巨体ならそれ以外にも防御策を張り巡らせているはず。

「しかし、本体に取り付くの も容易ではないな……この幾重にも張り巡らされた防衛網を突破するのは容易ではない」

ハルバートンがジェネシスの 前に表示されるザフト艦隊の布陣を見やりながら顎に手をおき、唸る。

完全にジェネシスを中心とし た防衛体勢に移行している……これを突破するのは余程の大艦隊を率いていかねばならないが…固まって行動すれば、それこそあの兵器にとって格好の的だ。

「地球軍は?」

リンが反対の陣営を見やりな がら問う。地球軍側も決して低い損耗ではない……最初の一射で少なくとも投入戦力の約半数近くを喪ったはずだ。

「観測の結果、後続部隊と合 流したようだ……今現在再編成中のようだ」

「……また仕掛ける気か?」

やや呆れた面持ちで肩を落と す。

冷静な指揮官ならここで一度 は退くべきだろう……確かにあの兵器は脅威ではあるが、なによりも艦隊の統率は愚か、士気すら低下している今、再攻撃など自殺行為でしかない。

「恐怖が走らせているの ね……恐怖はまともな思考すら取り払う………実際、かなりの危機感を抱くのも無理はないかもしれないけど……」

辛辣な物言いで鼻を鳴らす と、レイナはジェネシスを睨む。

「だけど、ザフトも既に二射 目が放てると考えておかなければならない……だけど問題は……」

「何処を狙うか……だな?」

レイナの言葉を紡ぐダイテツ に頷き返す。

ジェネシスを今一度使うと考 えて……自分が指揮官なら何処を狙うか………幾回にも渡って頭の内でシミュレーションを行なう。

「可能性として高いのは…… やはり、月基地だな」

同じようにシミュレーション を行なっていたバルトフェルドが答える。

「ええ……今のところ、それ が一番可能性が高い……ちょうど、射線上に援軍もいることだしね」

睨むように戦略パネルを見や ると月基地から発進した増援艦隊が映し出されている。

どうやら月基地に在駐してい た艦隊をほぼ投入してきたらしい。

思い切りがいいといえばいい が……その艦隊の進行進路がちょうど月基地と重なっている…これ以上の抵抗を削ぐ意味では現状で一番可能性が高い。

「どの道…アレがもう一度放 たれたら…少なくとも、地球側の敗北は必至になる」

そう……照準が何処であれ… アレが今一度放たれれば、もう全てが終わる………なんとしても二射目は阻止しなければならない。

それらの議論を聞きながら皆 は背筋が凍るような感覚を憶える……今のもあくまで現状での可能性でしかない……もし下手をしたら一気に決着をつけようと地球を狙うという可能性も捨て切 れない……こうしている間にも地球滅亡へのカウントダウンが刻一刻と進んでいるかもしれないのだ。

「………地球軍は、また核を 撃ってきますよね」

キラが呟くと……確信ありげ にマリューが頷く。

あの威力を見せ付けられた以 上……地球軍ももう出し惜しみはすまい……あらゆる方法で核をプラントへと撃ち込むかもしれない。

「ミラーブロックにはPS装 甲は?」

《ミラージュコロイドは確認 されたけど…少なくともPS装甲といった類は確認できていないわ》

モニター内のフィリアが答え 返す……どうやら、隠蔽用にミラージュコロイドの発生装置を周囲にはセットしていたみたいだが、消耗品であるミラーブロックにまで充分な防御策は回らな かったと見える。

それならば……まだ手はあ る。

「二射目が発射されるまで残 り30分として……私とリンでジェネシスに先行し、ミラーブロックを破壊する」

その言葉に一同は驚愕する。

「無茶だ! たった2機でザ フトの防衛網を突破するなんて……!」

アスランが思わず声を荒げ る。

だが、それはこの場にいる皆 が思うことだろう……いくらなんでもインフィニティとエヴォリューションの2機で堅固なザフトの防衛網を突破し、ジェネシスに取り付くなど……いや、時間 が掛ければ可能かもしれないが……たった30分で取り付くのは不可能だ。

「だけど…それしかない…… それに、奇襲なら少数の方がいい……幸いにミラーブロックは破壊が可能……なら、無理して本体を叩くよりもミラーブロックを破壊すればあの兵器は封じられ る」

億尾もなく言い切るレイ ナ……確かに無茶だが、2機で行動すれば少なくとも敵の隙は衝ける……なによりPS装甲や防御策をとられているジェネシス本体を破壊するとなると容易では ない。ならば、発射口であるミラーブロックを破壊すれば、一時的にせよジェネシスは封じられる。その間に本体内部に突入でもすれば、内部から破壊も可能 だ。

「……勝算はあるのか?」

「さあね……でも、現状では この手しかないわ……アレの二射目だけはなんとしても防がないと」

リンも臆するどころか、有無 を言わせぬ口調に押し黙る……考えてみれば、現状では最善の方法かもしれない。

暫し無言が続き……周囲を見 渡すと、反対意見は出ない……それを確認すると、レイナはパネル上に自分達の陣営を表わすマーキングを表示させ、作戦の概要を説明する。

「恐らく、もう間もなく地球 軍は再攻撃を仕掛ける……なら、ザフトは当然それに気を取られる……その隙を衝いて、私とリンで一気にジェネシスへと突入する」

地球軍も流石にこれ以上編成 に時間は掛けられないだろう……それに、地球軍が再攻勢に出れば、ザフトは防衛に入るだろう。なら、戦況にもかなりの混戦が見込める……それに乗じて突入 すれば、可能かもしれない。

もっとも…インフィニティ・ エヴォリューションの能力がなければ難しいが……2機を示すマーキングが混戦する戦場を突っ切り、一気にジェネシスへと向かう。

「その間……皆は両軍の眼を 引きつけておいてほしい……無論、地球軍の核には注意は怠らないで」

いわば、5隻とその他の機体 で囮役を務めてもらわねばならない……戦力的にはかなりキツイが……ここは彼らの力を信じるしかない。

無論のこと…地球軍もまた核 を撃ってくるだろう……それに対しての警戒には自分達は回れないのだ……言葉には出ない信頼感に一同は表情を引き締める。

レイナはダイテツを見や る……最終的な決定権は艦隊指揮官のダイテツにある。

一同の視線が集中するな か……オペレーターが声を張り上げた。

「艦長! 地球軍艦隊進軍を 開始します!」

遂に沈黙していた地球軍艦隊 が動き出した……もはや迷っている暇も新たな作戦を考える余裕もない………ダイテツはパイプを一噴きし……帽子を被り直すと、決然とした面持ちを上げる。

「よし……その作戦を承認す る。今より、本作戦をオペレーション・レイジングアローと呼称する! 総員、ただちに配置に就け!」

威厳を携えた低い声に一同は 揃って敬礼し、弾かれたように素早くエレベーターに乗り、それぞれの艦と機体に向かう。

最後に残ったレイナとリンに ダイテツが激励する。

「この作戦はお前達にかかっ ている……頼むぞ」

「……解かっている。レイジ ングアロー……神へと放たれる光の矢か」

苦笑めいた笑みを浮かべ、レ イナとリンはエレベーターへと消えた。

残ったダイテツはシートに就 き、静かに前を見据える。

「全艦に通達! これよりオ ペレーション・レイジングアローを敢行する! 全艦発進準備! MS発進スタンバイ!!」

その指示を反芻し、オペレー ター達は素早く実行していく。

オーディーン、ネェルアーク エンジェル、エターナル、ケルビム、スサノオの5隻はエンジンを噴かし、火線が飛び交う戦場へと発進していった。

 

 

 

 

再開された戦闘をモニターし ながら、パトリックは憮然とした表情を浮かべる。

モニターでは艦隊の砲撃戦や MS戦が随所で行なわれている。

「照準ミラーブロック換装、 フェイズ3に移行します!」

それらの戦闘を横にヤキン・ ドゥーエ内では着々とジェネシスの発射シーケンスが進められ、パトリックはその時を今か今かと待ち侘びる。

「あとどのくらいだ?」

その待ち時間が焦れったく感 じ、指でアームレストを叩きながら問い返すも、オペレーターは表情を顰めながら報告する。

「最短であと30分ほどで す……急がせてはおりますが…」

なにぶん試射もなしに本番に 使用したものだから、ジェネシスの内部機器にもかなりエラーが起こっている。元々急遽仕様を変更し、建造を急いだために完全とはいいがたいのだ。

その上、ミラーブロック換装 までくるとなるとこの人員が不足した状況では時間が掛かって然るべきなのだ。

パトリックもそれを解かって いる…なにより、全て自分で指示した結果なのだ。だがそれでも……苛立ちを抑えることはできない。

「急がせろ……目標点を入 力! 目標…月面、プトレマイオスクレーター!」

少しでも照射のタイムラグを 減らそうと先に目標点の照準合わせを開始させる。ミラーブロック換装と同時に放てば、問題はない。

「奴らの増援艦隊の位置 は?」

「グリーンα5マーク2…… 到達予想時刻は約3時間後であります!」

それらの報告を聞きながらパ トリックはニヤッと笑みを微かに浮かべ敵を嘲った。

(……我らの勝ちだな。ナ チュラルども………)

だがその時、その気分に害す る報告が飛び込んできた。

「第7宙域、突破されま す!」

危惧を知らせる声に、パト リックは忌々しげに眉を顰める……敵の意外な奮戦ではなく、自軍の不甲斐なさにだ…あと少し……あと少しで全てが終わるというのに……微かに歯噛みし、激 を飛ばす。

「あと僅かだ! 持ちこたえ させろ!」

怒鳴りつけると、それに応じ て背後に控えていたクルーゼが静かに進言してきた。

「では、私も出ましょう」

「よかろう……第9デッキに 貴様の機体がある」

クルーゼもやんわりとした表 情で頷いた後、踵を返そうとするもその背中にパトリックは冷ややかな視線と口調をぶつけた。

「クルーゼ……これ以上の失 態は許さんぞ」

その言葉にクルーゼは歩みを 止め…肩越しに振り返った。だが、マスク越しのためにどんな表情を浮かべているかは窺えない。無論、パトリックも気にも掛けず、なお言葉を続ける。

「エターナルとオーディーン を討てなかった貴様の責任においても、なんとしても奴らにプラントを撃たせるな!」

これまでエリートとして名を 馳せ、己の腹心であったクルーゼの失態……ヘリオポリス襲撃から始まる一連のクルーゼ隊の戦績は芳しくない。それがパトリックには失望感を憶えさせるも、 当のクルーゼは堪えたようにも見えず…振り返り、薄っすらと笑みを浮かべて口を開いた。

「……アスランを討つことに なってもよろしいので?」

ハッとしたように、パトリッ クが僅かに眼を見張り、表情を強張らせた。

最愛の妻の面影を遺した我が 子……だが、その眼差しが向けるのは失望と怒りの眼…それがパトリックの動揺を断ち切った。

「……構わん!」

「了解しました……では」

そう吐き捨てたパトリックの 拳は震えていた。だが、その返答にクルーゼはフッと口端を微かに歪め、そのまま司令部を出て行く。

残されたパトリックはただ静 かにモニターを睨むのみであった。

 

 

司令室を後にしたクルーゼが 向かうのは格納庫……自らの望み…世界の終焉に相応しき、この醜悪な饗宴を見届けるために必要な…己の新しい機体の待つ場所だった。

パイロットロッカーに入った クルーゼはこれまで滅多に着ることのなかったパイロットスーツを着込む。白とライトパープルのカラーリングを誇るクルーゼの現在の深淵を表わすような 色……最後にいつもの薬を飲み、水の入った容器を放り投げると…浮遊していたヘルメットを取り、そのままデッキへと向かう。

クルーゼは内心、歓喜と興奮 に震えていた……もう間もなく全てが終わる……今日こそ人類終焉の日……この刻をどれ程待ち望んでいただろう………

この日のために彼は今まで全 てを演出してきた……そう、自らの自負する。この老いた手で……アル=ダ=フラガという憎むべきオリジナルの肉体……この醜い身体にどれだけ絶望した か……奴を…アルを殺した日の記憶が脳裏を掠める………

あの日……フラガ家の屋敷が 全焼した日……クルーゼは己の手でアルを……オリジナルを殺した……今でもあのクルーゼへの恐怖に歪む表情は忘れようがない……命乞いまでしたあの男はな んと滑稽で小さな男に見えただろう……その姿に失望したクルーゼは己の身すら焼き捨てようとした決意を覆した。

まだ終わらない……この自身 の憎しみをぶつける先を………次は人類…世界へと向けた……たとえどんなに見苦しくても生き延びてこなければならなかった。

だが、それももう終わる…… この日を最期に全てが……そうなれば、もう未練は何もない……そのまま心酔したようにデッキへと入ったクルーゼの前に佇む機体……

 

――――――ZGMF− X13A:プロヴィデンス………

 

ZGMF−Xナンバー最新機 にして計画されていた最後の機体……フリーダムとジャスティスの火力とスペリオルの機動力、そしてエヴォリューションのドラグーンシステムを搭載したこの 機体……クルーゼにはまさに神から与えられたものに見えた。

コックピットハッチの前に は、最終チェックを行っていた整備士がクルーゼに敬礼する。

だが、遂最近ロールアウトし たばかりで満足なテストは愚か、慣らしさえも終わっていない機体に乗るクルーゼに不安を憶えずにはいられない。

「…理論はお解かりと思いま すが………」

「ああ」

煩げに頷くと、クルーゼは コックピットに入り、システムを起ち上げていく。

もうこれ以上鬱陶しい言葉を 聞きたくなかったのか、なおも言い募ろうとした整備士を無視し、ハッチを閉じる。

「フッ……使ってみせるさ… あの男にできて私にできぬはずがない」

ドラグーンシステムを使用す るには常人よりも優れた空間認識能力を要する……これは、連合のガンバレルも同じだが、ムウはこれを使い、幾度となくクルーゼの前に立ち塞がった。そんな ムウに対し、奇妙な対抗心を持つことに自嘲する……アルが敵視し、見下すために育てられたクルーゼにとってムウは憎きあの男の血縁者……だが、自分がその 父親だということは可笑しなものだなと内心、独りごちる。

その間にも、発進ゲートは開 き…機体に繋がれていたケーブルがパージされる。

起動と同時にPS装甲をON にすると……機体に鈍い鉄褐色のグレーが施される。

「ラウ=ル=クルーゼだ…プ ロヴィデンス、出るぞ!」

ペダルを踏み込むと同時にス ラスターバーニアが火を噴き、プロヴィデンスの機体を飛び立たせる……ゲートから飛び出したクルーゼの視界に飛び込んでくるのは自らが望んだ憎み合い、殺 し合い、喰らい合う愚かな種の饗宴……抑えきれない歓喜が内を駆け巡る。

「さあ! 殺し合うがいい… そして滅びるがいい……それが望なら…神の望みのままにな!!」

コックピット内で吼える…… 全てを呑み込み…自らの道連れにするために……だが、クルーゼは自ら最後に口走ったことに気づいていない……全ては仕組まれたことを……自らもまたシナリ オを演じるための役者でしかないことを…所詮は神を騙ったピエロでしかない……何故なら……自身もまたその愚かな人なのだから………

『天帝』と名づけられた機体 を駆る哀れなピエロは今、戦場へと舞った……

 

 

 

 

 

戦闘宙域に向かって突き進む 5隻……既に各艦では艦載機のMSが全機、発進スタンバイを完了している。

そして……今から敢行される オペレーション・レイジングアローの要たるインフィニティとエヴォリューションも発進体勢に入る。

「勝算は?」

唐突にリンが問うと…レイナ は肩を竦める。

「最高で五分……けど、分の 悪い賭けじゃない………」

そう……なにも勝算がないわ けではない……もっとも、何もなければ…だが…………

レイナとリンはヘルメットを 被り…各々の機体へと向かう。

無重力のなかを飛びなが ら……互いに向き合い……レイナが言葉を切る。

「……もし…私が奴と同じに なってしまったら……その刻は…迷わず私を……殺して」

整備士の声で騒然とする格納 庫内において…低い声で冷静に発せられた言葉はリンに届き、微かに表情を強張らせたように口を噤む。

以前にも一度聞いた言葉…… レイナがレイナでなくなった刻………内に宿る本来の…カインと同質の魂が表に現われた刻…もし……カインと同じ道を取るのだとしたら……その刻は………

その決意と覚悟を感じ取 り……尚且つ誰よりも知っているリン………無言のまま、意志を通い合わせたかのように頷きあう。

そのままコックピットハッチ 付近に待機していた整備士に手を貸してもらい、滑るようにコックピットへと入り込む。

シートが降り、ハッチが閉じ られる。

APUを起動させながら、操 縦桿を握る……この作戦はスピード勝負……一秒でも早くジェネシスに取り付かなければならない……だがそのためには、ザフトの防衛網のなかを突っ切らねば ならない……まともな神経じゃできないな…と内心苦笑を浮かべた。

そして……これが、もしかし たら自分の最期の仕事になるかもしれない………レイナ=クズハという魂の最期に………

微かに自嘲めいた苦笑を内心 に浮かべながら起動シーケンスを開始する。

インフィニティの瞳に光が灯 り、固定具を解除してカタパルトに乗る。

それと同時に5隻のカタパル トハッチが開く……カタパルトには既にMSがスタンバイする。

「キラ=ヤマト、フリーダ ム! いきますっ!」

「アスラン=ザラ、ジャス ティス! 出るっ!」

「カガリ=ユラ=アスハ、ス トライクルージュ! いくぞっ!」

「ラクス=クライン、マー ズ! 参りますっ!」

エターナルから飛び立つフ リーダム、ジャスティス、マーズ…そしてスサノオから発進したストライクルージュ……

「ムウ=ラ=フラガ、ストラ イク! いくぞ!」

「アルフォンス=クオルド、 インフィニート! いくぜ!」

「メイア=ファーエデン、 ヴァリアブル! いくよ!」

「ミゲル=アイマン、ゲイ ツ! 派手にいくぜ!!」

次いでストライクテスタメン ト、インフィニート、ヴァリアブル、ゲイツ改がネェルアークエンジェルとエターナルから発進し、それぞれの意志を表わすようにPS装甲にカラーリングが施 される。

「ディアッカ=エルスマン、 バスター! 発進する!」

「ニコル=アマルフィ、ブ リッツ! いきます!」

「ラスティ=マックスウェ ル、イージス! いくぜ!」

「シン=アスカ、フリッケラ イ! いきます!」

「ステラ=ルーシェ、ハイペ リオン! 出るの!」

「カムイ=クロフォード、ル シファー! 出ます!」

メガバスター、ブリッツビル ガー、イージスディープの3機が小隊を組み、フリッケライとハイペリオンの援護にルシファーが就く。

スサノオからはグランのM2 を筆頭にジャンのM2、バリーやアサギらのM1A、そしてM1、アーマードM1、ガンナーM1を中心とした部隊にネェルアークエンジェルからはゲイツアサ ルト、バスターダガーにジンやシグーが飛び立つ。

そして……要たるオーディー ンのカタパルトから発進する運命の3つの翼………

「リフェーラ=シリウス、ス ペリオル! いきますっ!」

リーラの決意とともに……打 ち出されたスペリオルに白き衣と彼女の色を表わす紫が施され、宇宙に轟く。

「リン=システィ、エヴォ リューション! 出撃するっ!」

迷い…そして自身の道…大切 な者のために剣を携え、リンの意志を携えて漆黒の騎士が舞い踊る。

「レイナ=クズハ…インフィ ニティ! 出撃する!!」

運命という名の糸に引か れ……決着をつけるために……堕天使は舞う……真紅の翼を拡げ……宇宙に煌く。

ミーティアZEROを装着し たエヴォリューションとインフィニティは身構え……一瞬瞑目した後、レイナとリンは眼を見開き…その眼光がジェネシスを捉えた瞬間、2機のスラスターと バーニアが火を噴き、ジェネシスに向かい2機は加速していった……その背中を…一同は祈るような思いで見守った。

だが、それも介入に気づいた 両軍の接近に掻き消えた。

自分達はここで護らねばなら ない……意識を切り替え、各機は艦を中心に防衛体勢に移行した。

ミーティア、ヴェルヌを装備 したフリーダム、ジャスティス、ストライクルージュ、マーズが先陣を切る。

4機の装備するミーティアと ヴェルヌから放たれるビームとミサイルが周辺に群がるように迫る連合とザフトのMSを撃破・行動不能へと追い込む。

戦艦に匹敵する程の火力を有 する4機はその機動性を駆使し、戦場を飛ぶ。

ラクスのマーズがヴェルヌを 駆り、連合艦艇へと向かう。

立ち塞がるようにストライク ダガーとストライクキャノンダガーが狙撃してくる。

回避できるだけ回避するよう に支援AIが機体を操作し、攻撃をかわす……ラクスは表情を微かに歪める。

自分の無力さに……こうして 銃を取らねばならないことに………だが、今は己の信じるもののために………信じる未来のために……今は鬼にならねばならないのだ。

「私はラクス=クライン…… 未来のために、敢えて鬼となりましょう! 私の命……簡単には散らせはしません!」

ラクスの咆哮に呼応するよう にマーズの火器が立ち上がる……全身に備わった多種な火器…それに併用してヴェルヌのビーム砲とミサイルがセットされる。

コックピット内の正面モニ ターが立ち上がり、何十という照準がロックされる。それらを素早く眼で追いながらラクスは全照準が合わさった瞬間、トリガーを引いた。

一斉に放たれるビームとミサ イルの嵐……まるで周囲を埋め尽くさんばかりに放たれた攻撃は宙域に展開していたMSや艦艇を吹き飛ばし、一気に数十近いMSと数隻の艦艇が行動不能か撃 破された。

軍神の意味を冠する機体のご とく…そして、ほのかな赤に染まる機体はその意味を基とする惑星のように映え、駆け抜ける。

カガリはストライクルージュ でヴェルヌの巨大なビームサーベルを振り被り、駆逐艦に突撃する。

「でぇぇぇいい!」

気迫とともに薙いだ一撃に船 体を上下に真っ二つにされ、駆逐艦が轟沈する。

その巨体故に狙い撃とうとす るストライクダガーに向かい、カガリは睨むように視線を送った後、再度ビームサーベルを振り上げる。

巨大な大剣が起こす閃きが MSを斬り裂く。

「私は獅子の娘……カガリ= ユラ=アスハ! 私は今、獅子として戦う! この牙と爪で!」

猛々しい意志……不甲斐ない 自分についてきてくれているオーブの者達の想いに応えるために……なにより自身の信じるもののために……己が身を獅子に変えて少女は戦場を疾走する。

実戦経験の浅いラクスやカガ リではあるが、搭乗する機体と荒療治で身体に叩き込まれた技能のおかげか、なかなかの奮戦をみせている。

 


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