―――――世界は数多に分岐 する……

―――――本来の歴史とは異 なる道筋…………

 

 

―――――それを齎すのは天 使達…………

―――――だが……

 

 

―――――世界は数多に分岐 する……これもまた………一つの歴史……………

―――――真実であり…真実 ではない記憶…………

 

 

―――――語ろう………神と 人の戦いを………………

―――――破滅へと抗う者達 の運命を…………

 

 

―――――黒衣の堕天使達の 神話を……………

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-55  運命の魂(レイナ=クズハ)

 

 

カウントダウンが進むジェネ シスの第二射………目標は地球連合軍月基地:プトレマイオスクレーター…………

その破滅の閃光を阻止するた めに……堕天使は舞う………破滅の閃光が解き放たれる瞬間………戦場に存在する全てが見詰めるなか…………『創世』の名を冠する破滅の閃光は斬り裂かれ た………

 

―――――漆黒の堕天使が持 つ…無限の真紅の翼に……………

 

一瞬だった………ほんのコン マ遅れ……動きを止めるインフィニティの背中には、砲身を斬り落とされたジェネシスのミラー………

あと少し……ほんのコンマ数 秒遅れていたら………全ては終わっていた…………まさにギリギリのタイミングだったのだ………砲身が破壊され、本体から迸ったγ線は集約する行き場を失 い、周囲へと拡散する。

周辺のデブリや残骸を巻き込 み、破壊しながら…γ線は周囲に拡散し、ジェネシスの発射は阻止された。

その光景に唖然となるパト リック……確信していた勝利が………まさに直前で消え去った………茫然自失となり、もはや現状を理解できていない………

アズラエル達もやや呆然と なっていたが…くだんのジェネシスが不発と解かるや否や、嬉々として進軍を再開する。

レイナ達の決死の行動も、地 球軍にとってはまさに幸運でしかない……皮肉なことだが…またもや戦場は爆発に彩られていく……その両軍と戦いながらも、キラ達はレイナがジェネシスの再 使用を阻止してくれたことに微かに安堵を浮かべていた。

だが、そう安心もしていられ ないのだ……ジェネシスは阻止できても、まだ肝心の戦争は終わっていないのだ……これを止めるためには……まだまだせねばならないことがある。

両軍を先導するムルタ=アズ ラエルとパトリック=ザラの拘束か排除だ……これを成さないことには、根本的な解決にならない。

とにかく今は、地球軍の核攻 撃に注意を配らなければならない……まだアズラエルが健在な以上、核攻撃が止むはずはないのだ……周辺の艦隊の布陣に注意を配りながら、ネェルアークエン ジェルは友軍艦との合流を目指す。

そんななか、クルーゼのプロ ヴィデンスと戦闘を繰り広げていたムウ……一瞬、プロヴィデンスの動きが止まった隙を衝き、オクスタインで狙撃する。

「ちぃぃ!」

舌打ちし、シールドで受け止 めるも…弾き飛ばされる。

「残念だったな、クルーゼ!  ジェネシスは止められた……まだ、お前の思うようにはならないってことだ!!」

ムウが吼え、ストライクテス タメントのドラグーンが展開し、プロヴィデンスを狙い撃つ。

クルーゼは全神経を張り巡ら せ、網目を縫うようにプロヴィデンスを回避させる。

「くっ! 調子に乗るな、ム ウ!」

お返しとばかりにドラグーン を展開し、ビームを応酬する。

撃ち合いが続くなか、急接近 し、互いにビームライフルを構え、銃口を向ける。

交錯した瞬間、ほぼ密着した 状態でトリガーを引き、放たれたビームがお互いの装甲を霞め、焼け焦げる。

「貴様の言うようにこの状況 は最悪だよ! けどな、だからといって貴様の望みのままに進ませるわけにはいかねえんだよ!!」

そう……この今の状況へと世 界を進めてしまったのはまず間違いなく人の業だ。それは否定できない……だが、だからといってクルーゼの言うように世界を滅ぼす道へなど、断じて赦すわけ にはいかない。

ストライクテスタメントの ビームをかわしながら、クルーゼは鼻を鳴らす。

「はっ! 笑止!! まだ終 わっていない! ムウ! この場の勝負は預けるぞ!!」

まだ終わっていない……次な る策を講じねばとばかりにプロヴィデンスが身を翻す。

「逃がすかっ!」

欲をいえば、この場でしとめ たい……ムウは背を向けるプロヴィデンスに向けてオクスタインを構えるも、別方向からの攻撃に晒され、シールドを掲げて防御する。

戦況が再び両陣営において遜 色ないものに変わってしまったために、地球軍も深く進軍を開始し、ストライクダガーやメビウスが襲い掛かってきた。

「くそっ!」

追いたいのは山々だが、ここ で背を見せるわけにもいかない……降り掛かる火の粉を払おうとドラグーンを展開し、一斉射する。

幾条も飛び交うビームに頭部 やスラスターを破壊され、行動不能となる。

周囲を沈黙させると、再度見 やるも…既にプロヴィデンスは遥か奥の方へと飛び去っていた……ムウは悔しげに歯噛みし、思わず拳を叩きつけた。

腐っていたが、ムウは気を取 り直してなんとか母艦との合流を目指す…いくらなんでも戦場のど真ん中で孤立したままなのはまずい。

 

身を翻し、去っていくストラ イクテスタメント……その背中を見送るネオ………胸中には、なにが漂っているのか………

《大佐、派手にやられました ね》

その通信にハッとすると…… カミュのストライククラッシャーがストライクファントムの傍につき、ライフルで周囲の敵機を撃破する。

スレイヤーのストライクク ラッシャーも周辺宙域でザフトのMSを蹂躙している。

「……ああ」

苦い声で応じ、軽く息を吐 く。

「悪いが、ここは任せる ぞ……俺の機体は戦闘にたえんからな」

《……解かりました》

ネオはその場をスレイヤーに 任せ、身を翻して後退していく。

既に機体ダメージも大きい が、なによりもネオの自尊心は大きく傷つけられていたのだ……悔しさにも似た嫉妬を抱き、ストライクファントムはパワーへと帰還していった。

 

 

 

その頃……ザフト陣営の内側 で激突を繰り広げるエヴォリューションとミカエル………ビームが飛び交い、またエネルギーがスパークし、熾烈を極める激しい攻防に迂闊に近寄れないザフト のMS達はその戦闘を遠巻きに見詰めるしかできない。

エヴォリューションの振り 被ったビーム刃が迫り、ミカエルはビームサーバー:アシュタロスで受け止め、同時に右手の錫杖を振り薙ぎ、ミーティアZEROの装甲を抉る。

「くっ!」

リンは舌打ちする……やは り、この今の状態のエヴォリューションではこの高速戦闘を得意とするミカエル相手は辛い。

どうやら、このミカエルもエ ヴォリューションと同じく高速近接戦闘型の機体のようだ……たとえ、違う道を選んだとしても……同じ存在である以上、戦闘スタイルまで似るのかと内心、自 嘲を浮かべる。

距離を取るエヴォリューショ ン……本来なら、彼女はこういった距離を空けての戦闘はしない……接近戦こそが彼女の得意とする間合いで戦闘スタイルだが、彼女はあくまで万能型に拘 る……戦闘方法は長所を伸ばすという概念を根本的に否定しているが、時と場合によって戦闘スタイルを変えることも重要だ…特に、能力が同質で遜色がない場 合は……

間合いを空けたエヴォリュー ションはミーティアZEROの火力を前面に出し、レイナと同じように砲撃戦に切り替える。

ビーム砲が火を噴き、ミカエ ルに襲い掛かるも、そんな攻撃はルンにはなんの脅威にもならない……身を翻し、攻撃を回避すると同時にビーム砲:キャリバーで狙撃する。

だが、距離を空けている分、 その発射のタイミングもリンには当然読める……ビームをかわし、そのままドラグーンを展開し、攻撃を浴びせる。

網目のように降り注ぐ幾条も のビームを翼を拡げて回避に徹するも、リンはドラグーンだけでなく、ミーティアZEROのCIWSとミサイルを発射し、ミカエルを狙う。

流石にそこまで集中させた砲 火を全てかわすことは難しく、ミカエルに僅かに着弾し、コックピットが振動に襲われる。

「姑息な……っ!」

圧倒的火力を有するミーティ アZEROの能力をいかした戦闘方法だが……ルンには癪に障る戦法でしかない。

「ならみせてやるわ……この ミカエル………天を統べる最上級天使の力をっ!」

ルンの咆哮に呼応し……刹 那、ミカエルのバックパック、脚部からなにかが飛び出してきた。

ミカエルの周囲に布陣する8 つのリング型の浮遊ユニット……警戒した面持ちで構えるリン…対し、ルンは歪んだ笑みを浮かべる。

「この私にコレを使わせただ けでも、その能力だけは認めてあげるわ……けどね、これでもう終わりよ……ルイ!」

弾かれたようにリング型のユ ニットが四方八方に飛び……回転しながらエヴォリューションに襲い掛かってくる。

回転するリングから放たれる ビーム……それを回避しながらリンは眼を見開く。

「これは…まさかっ!」

逡巡し、その答に行き着いた 瞬間……衝撃がエヴォリューションを襲う。

背後に回り込んだリングの ビームがミーティアZEROに着弾していた……瞬時に回避行動に入る。

だが、幾条も掠めるビームが 追い込んでいく。

回避しながらリンは確信し た……ドラグーンシステムだと………その考えを見透かしたように、ルンの嘲笑が響いてきた。

「忘れたの? 私が貴様と同 質なら……私にも同じことができる………けど、同じことができても同等とは違う!」

ルンの意識に反応し、リング がビームを放ちながら周囲をビームでコーティングし、回転しながら襲い掛かる。

ビームを纏った小型の攻撃 ポッドはもはや落とすのは不可能……舌打ちし、リンはドッキングを解除する。

分かれたエヴォリューション はミーティアZEROのもう一つのシステムを起動させた。

「モードV起動!」

コンソールを叩きながら、 コードを送信する……それに連動し、ミーティアZEROは変形し、ドッキングスペースが消え、高速飛行体に変形し、その上部に飛び乗るエヴォリューショ ン……そのまま、ZEROの操縦システムをエヴォリューションに直結させる。

量子通信を利用した遠隔操作 システム……このミーティアZEROを運用するにあたっての問題点を既にリンは予期し、その解決策として変形機構と量子通信を使用した遠隔操作システムを 組み込んだ……そのせいでこんな土壇場まで調整が難航したのだが………

完全にリンクが繋がり、シス テムがグリーンを表示すると同時にリンはペダルを踏み込む……それに呼応し、ミーティアZEROのバーニアが火を噴き、エヴォリューションを乗せた ZEROは加速する。

エヴォシューションを乗せて 飛翔するその姿は、騎士に追従する鳳凰のようであった……漆黒の鳳凰を駆り、漆黒の騎士は刃を抜く。

超加速に入り、ミカエルに向 かってビーム刃を構える……だが、ルンも小癪なとばかりにアシュタロスを構え、その場で待ち構える。

交錯した瞬間、互いの視線が 相手を捉える……そのまま離れ……次の瞬間、エヴォリューションの右アンテナが砕け……ミカエルの胸部に一閃が刻まれた。

一拍後……ミカエルの胸部で 小規模な爆発が起こる。

「ぐっ!」

コックピット内でルンは歯噛 みする……致命傷ではないといえ、自機に傷をつけられるなど……彼女の自尊心を傷つけるには充分だった。

だが、リンも無傷で済んだわ けではない……アンテナの消失でセンサー類に不調を生じている。

機体性能は五分……パイロッ トの能力的にも五分であったが……そこを分けたのはルンの相手への侮りと実戦経験の差であろう………一瞬の駆け引きは実際に幾多の戦闘を経験したリンの方 が上だった。

一触触発のまま対峙する彼女 らの彼方では、ジェネシスの異常がありありと目の当たりにされ、それがどちらに優位かはいうまでもない。

その光景に舌打ちするル ン……リンは微かに笑みを浮かべる。

「残念だったな……姉さんは 間に合った………お前達がどんな企みをしていたかは知らないけど……これでお前達のシナリオも変更せざるをえない!」

インフェルノを突きつけ、問 いただす……この挑発に相手がのるかどうか………ジェネシスの使用が阻止された程度で躓くような薄いシナリオを組み立てているはずがない。

必ずまだ別の手段を複数用意 してあるはず……なら、それがどんな手段なのか………ルンは自分達の…カインのシナリオに絶対に自信と信頼を抱いている……なら、己達の優位性を誇示する ために、この挑発にのる可能性は高い………

緊迫感の漂う両者……ほんの 数秒であるはずが、永く感じる……だが、その静寂を破るようにルンの嘲笑が高らかに響いた。

「フフフ……アハハハ! 確 かに……ジェネシスは阻止されたけど…まだ私達のシナリオは終わっていない……」

その言葉に、リンはかかった とばかりに内心、微かに安堵する。

そんなリンの心の内を知ら ず……ルンは言葉を続ける。

「貴様達が私達を阻むな ら……私達自らの手で審判を降す!」

そう宣言したルンにリンは確 信を得た……そして、ミカエルは身を翻す。

「勝負は預ける……けど、こ の私をここまで侮辱した罪………必ず、貴様の命で償ってもらう!」

殺気を込めた視線で一瞥する と、ミカエルはバーニアを噴かしてその場を去っていく……それを見詰めながら、リンは小さく溜め息を零した。

厄介な相手だ……まるで、鏡 に映る己自身を相手にしているような錯覚………一つ運命が違っていれば………あの立場にいたのは自分かもしれない…………だが、今はそんな感傷をしている 暇はない。

ミカエルが向かった先はジェ ネシスの周辺宙域……あの辺りにはまだレイナがいるはず…それに………

(この気配……あの男かっ)

先程から肌がピリピリするよ うな感覚……この気配は、間違えるはずもない………間違いなく、あの男が……自分達…神の下を裏切った堕天使達にとって倒すべき敵……

ルンが言った……自ら降す、 と………ならば……………

「急ごう、エヴォリューショ ン」

呟きに呼応するように……エ ヴォリューションが微かな唸りを上げ、駆動音を響かせ、瞳を輝かせる。

そして、ミーティアZERO のエンジンが火を噴き……加速し、エヴォリューションは半身たる存在がいるであろう場所に向けて飛び立った。

 

 

 

 

混乱を極めていたヤキン・ ドゥーエの司令部では、ようやく我に返ったパトリックが状況の確認を急がせていた。

「ジェネシスは!?」

その怒声にハッとするオペ レーター達……MSが…いや、漆黒の天使が翼でジェネシスのミラーを斬り裂き、破壊するという明らかに異常な光景に茫然自失となっていた。

慌ててジェネシスの状態を確 認に急ぐ。

「ミ、ミラーブロック破 損!」

「周辺宙域にγ線が放出!」

「ジェネシス本体への損傷は 軽微! ですが、回線が一部破損した模様! すぐの再使用は……」

口々に飛ぶ報告にパトリック は歯噛みする。

起動と同時に放出されたγ線 が集束するべき一次ミラーが破壊されたためにγ線は周囲に拡散……その余波で周辺宙域の電波傷害が起こっている。さらにはγ線はそのままジェネシス本体に も飛び火し、内部に損傷を与えた。

元々、仕様変更と完成をスケ ジュールを前倒しで進めさせたために、ジェネシス本体も完全な状態とはいい難いものだった。そのために発生したエラーは然るべきなのだが……

この男はそんな事を脳裏に留 めもせず、自らが降す鉄槌を邪魔した機体を睨む。

元は己の手足となって働くは ずであった機体が、今は自分の前に立ち塞がっている……モニターに映るインフィニティを睨みながら、拳を握り締め…憤怒の感情を内に荒れ狂わせながら、パ トリックは矢継ぎのごとく指示を飛ばした。

「守備隊に通達! あの忌々 しいMSを墜とせ! ジェネシスの再使用を急がせろ! 3rdミラーブロック交換急げ!」

怒号に近いその命令にオペ レーター達は萎縮する。

不発に終わったとはいえ、そ の威力は畏怖するものがあるジェネシス……今の不発にしても、本体に少なからず損傷を与え…なにより、アレをもう一度使おうとすることに躊躇う者もいる。

だが、命令には絶対だ……す ぐさま3番目のミラーブロック換装を開始しようとするが……突如、全てのモニターウィンドウに『ERROR』が表示された。

唐突にヤキン・ドゥーエ内部 の全てのモニターに『ERROR』の文字が表示され、パトリックも眉を顰める。

「何事だ!?」

「わ、解かりません! 全て のアクセスが拒否されています!」

悲鳴に近いその報告にパト リックは表情を顰め、側近達は強張る。

全てのアクセスコマンドがエ ラーになっている……それは、このヤキン・ドゥーエの機能がほぼ停止したに等しい状況なのだ。

「復旧を急げ!」

だが、パトリックは動揺を押 し隠しながら活を入れるように叫ぶ。

こんな状態では外の様子も解 からない……オペレーター達は必死にメインコンピューターの復旧作業に奔走するも、全てがエラーを返す。

「いったい…何が起こったと いうのだ………」

さしものパトリックもやや呆 然とした面持ちでその事態を見詰めるしかなかった………そんな混乱に満ちるヤキンの司令室を監視するようにレンズを鈍らせる監視カメラ………

そのレンズの奥で……片眼に インターフェイスを取り付けた少年が歪んだ笑みを浮かべていた………

そして……パトリックも…こ の戦場にいる者達が気づいていない……このヤキン・ドゥーエの司令部と同じ現象が、月のプトレマイオスクレーターでも起きていることを………

突如として基地の全機能がス トップし、増援に発とうとしていた艦は突然ハッチが止まり、立ち往生する。

混乱する司令部に周辺宙域に 飛び立った艦艇も混乱し、増援に向かえないでいる。

それは……破滅への序 曲…………神の使徒が現われる予兆……………

 

 

 

 

ジェネシスのミラーブロック を破壊し、発射を喰い止めたインフィニティ……浮遊するインフィニティのコックピットでレイナは呼吸を乱していた。

「はぁ、はぁ……っ…システ ム………カット」

その言葉に反応するよう に……計器の一部が点灯を止める………インフィニティに搭載されていたIRPAシステムが停止した。

刹那……頭に圧し掛かるよう な重みが消え……微かに呼吸も正常に戻ってくる。

(はぁ……流石に、いきなり はキツかったな…ここまで負担があるなんて………)

このシステムを正常に起動さ せたのは今回が初めてだ……当然、それによって降り掛かる負担がどの程度なのか、ある程度予想していたとはいえ……ここまで負担が大きいとは………まる で、自身の生命力を搾り取られたような虚脱感が一気に襲ってきた。

これが……インフィニティに 秘められた能力………メタトロンと同質のシステム……感応波を用い、瞬時に周囲の状況から最適な未来を構築させ……それに伴って使用する者の全感覚を異常 にまで高める……だが、そこには当然限界がある……確かに、これを長く使用すれば、使用者の全感覚を麻痺…いや、そんな生易しいものではなく……まさしく 破壊する…………まさに背水の陣に己を追い込む……このシステムにリミッターをかけたマルスの危惧が解かるような気がした………

ようやく高まっていた感覚が 戻ってきた……だが、先程までの影響か…未だに周囲に張り巡らせている気配には敏感になっている…………

そして……ミラーを破壊した 瞬間から脳裏に掠めるこの気配………頭に響く鈍い傷み……まず間違いなく……あの男がいる………

眼を閉じ……呼吸を止め…… 全感覚を周囲に張り巡らせる………闇に溶け込んだように静寂に包まれるレイナ………闇に浮遊する感覚のなか………気配を辿る…………

(感じろ………奴が私と同じ なら……たとえ、どんなに闇深く姿を隠そうとも………その気配は隠せない………)

対としてこの世界に生を受け た存在……だからこそ………相手を闇から引きずり出す。

その刻こそ……レイナ=クズ ハの魂も生も………終わる……あとは………

(私の意識が、保ってくれる かどうか………)

それだけが唯一の危惧……メ ンデルでのあの邂逅と同じようになれば………少なくとも、カインの感応波に誘導されなければ………まだ、望みはある…………

ほんの瞬きか……永遠の刻 か………闇に張り巡らせていたレイナの感覚が、それを捉えた………流れるような仕草で操縦桿を握り………水中を動くかのような鈍い感覚のなか……眼を見開 いた。

「カァァイィィィンンンンン!!!」

相手の名を叫び……身を翻し たインフィニティはジェネシスの前方……破壊したミラーブロックの上方に位置する虚空に向けて……レイナはトリガーを引いた。

刹那……フェイタルセイ ヴァーとオメガが火を噴き……ビームの光条が虚空に飛ぶ。

そのまま虚空を過ぎるとその 光景を見た者全てが思うなか……伸びていたビームがなにかにぶつかり…ビームが周囲に拡散する…………

完全に虚空に飛び散ったビー ムの粒子……その弾いた虚空から……何かがユラリと姿を見せる………

虚空か姿を見せたそれは…… 白き繭…………白き繭に身を包み込んだような蛹…………

その姿を見せた純白の物体の 出現は……この戦闘宙域全てに………いや……全世界に向けて映し出されていた。

宙域に展開する戦艦や全ての 機動兵器……それらのモニターに半ば強制的に送られている映像………

ヤキン・ドゥーエの全モニ ター……軍事ステーション…そして、プラント内の街頭モニターや家内の映像媒体……

プトレマイオスクレーターの 全モニターに、月面都市群の全ての映像媒体……それは地球圏全域にまで及んでいた………

 

 

 

「おい! 何だこれは!?」

旗艦であるセラフィムのブ リッジでアズラエルが金きり声を上げる。

正面モニターに映されている 映像……純白の物体に…コーディネイターの兵器かなにかと思い、叫ぶも答えられる者などいない。

「わ、解かりません」

隣に座るサザーランドも言葉 を濁す。

「艦の操舵は!?」

「それが……全機能麻痺!  操舵不能です!」

「何だと!?」

先程から艦を操舵しようと操 舵士やCICの方で必死にコントロールを戻そうと奮闘しているが、まったくどんな操作も受け付けない。

周辺の友軍艦に連絡を取りた くとも通信システムでさえ不通となっている……いくらなんでも艦の機能を全て麻痺させるなど、理論的に考えてほぼあり得ないはずだ。

ただ解かっているのは……全 てのモニターにこの映像が映し出されているということ………

「くそっ!」

だが、アズラエルは周囲の状 況が掴めずに癇癪を起こすように悪態をつき、歯噛みする。

《………ご機嫌いかがでしょ う、アズラエル様》

その時……ブリッジに唐突に 通信が響いた。

「イリューシア? イリュー シアか!?」

その声にアズラエルが表情を やや緩ませながら問うも、返事は返ってこない……だが、今現在全ての通信手段が遮断されている状況で何故通信が繋がったのか……CICのクルー達も困惑し ている。だが、アズラエルはそんな疑問などお構いなしに叫ぶ。

「おいイリューシア! 返事 をしろ! 状況を説明しろ! 早くしろ! お前は僕の命令どおりに動けばいい人形だろうがっ!」

血走った眼で罵倒するように 叫ぶアズラエル……だが、返事は返ってこず……返ってきたのは背筋が凍るような冷笑………

《………相変わらず、御自身 の思い描いたとおりに進まないとなにもかも他人の責任にするのですね………》

「何を言っている!? お前 らは人形だろうがっ! 僕の命令を聞いてりゃいいんだよ! この僕に生意気な口を叩いて、どうなるか解かっているのか!?」

ただでさえ怒り心頭の今のア ズラエルにはイリューシアの不遜な態度がなお怒りを掻き立てた……人形が……自分が拾い上げてやらなければ、ただの廃棄人形が、意見したのがアズラエルに は赦せなかった。

《ええ……少なくとも、貴方 様よりは》

明らかに侮蔑を含んだ声…… これまで、他人を見下したことは多々あっても、見下されたことは決してなかったこの小心者の男には到底耐えられるはずもなかった。

脳裏に……幼少の頃に受けた 屈辱が甦る。

コーディネイターの同年代の 少年に無様に巻け……それまで勝者であったアズラエルに初めて恥辱を憶えさせたあの忌まわしき過去が………

「貴様ぁぁぁ」

拳を振るわせ…地を這うよう な憤怒で見えない相手に向かって叫ぶ。

「やはりコーディネイターな ど僕の邪魔をする化物でしかないようだな! イリューシア! 貴様もさっさと始末しておくべきだったよ! おい! 今すぐディスピィアを破壊しろ! 命令 を出せ!」

喚くも、CIC達は困惑する だけだ……命令を実行したくとも、今現在全てのシステムが使用不可になっており、友軍機に命令を出すどころか自艦さえ満足に動かせないのだ。

《相変わらず、周りが見えて いませんね……それに…もう貴方様に従う必要がないだけです………ただ己の欲望のままに喚いているだけでは、なにも変わりませんよ》

心底呆れたような声にアズラ エルがまたもや声にならない癇癪を爆発させそうになる。

《…それに……私はコーディ ネイターではありません………元より、貴方様に近づいたのは、全てこの刻のため………せめて、今はこれから起こることをゆっくりとご堪能ください………》

「何だと!?」

《そう……貴方様が常日頃仰 られている神の審判…それが降されるのですよ……もっとも…それは貴方様もですが……では…御機嫌よう……ムルタ=アズラエル》

恭しく…そして謎めいた言動 を最後に……通信が途切れる。

イリューシアの言葉の意味を 理解しようともせず……アズラエルは利用されていたという現実に喚き散らすだけだ。

だが……クルー達はこれから 何が起こるのか、不安が胸中を襲うのであった………

 


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