アズラエルがセラフィム内で 状況にやきもきし、イリューシアの裏切りに癇癪を起こしていた頃……ヤキン・ドゥーエの司令部でもパトリックが同じような状態に陥っていた。

「状況の確認急げ!」

ヤキン内の全機能が麻痺した と思ったら、突如このような電波ジャック……全てのシステムが使用不可になるなか、ただこの映像だけが流されている。

「システムの復旧はまだ か!?」

「ダ、ダメです! 全コード アクセス不能!」

ヤキン・ドゥーエ内のメイン コンピューターは愚か、サブシステムさえもアクセスを受け付けない……あらゆる手段を講じてみたが、全て空振りに終わっている。

「っ……コード・ファイナル はどうか!?」

その言葉に周囲からどよめき が起こる。

「ぎ、議長! それ は……!」

コード・ファイナル……それ は、ヤキン・ドゥーエにおける最終手段………全システムを一時的にカットし、再起動させるというものだが、全システムを手順を踏まずにカットするために、 データの消去は愚か、全システムが初期化される恐れもある。

この今の状況でそれを行なう のはいくらなんでも無謀すぎた。

「敵がすぐそこにいるのだ ぞ! 打てる手段は全て実行する!」

もはや他人の意見に耳を貸す こともなく睨みつけるパトリックに萎縮する……パトリックはその補佐官を一瞥すると、鋭い眼差しのまま下方を睨む。

「急げ!」

突き刺さるような脅迫に…… 担当する何人かのオペレーターが半ば躊躇うようにキーを取り出す…そして……コンソールの下にセットされている作動キーにキーを差し込む。

誰もが息を呑み…緊迫した雰 囲気の漂うなか……オペレーター達は一斉にキーを回した。

静寂に包まれる司令部……だ が、なにも変わらない。

「どうしたっ!?」

一向に変化のない状況に怪訝 そうにパトリックが問い返すも、それに答えられる者はいない。

作動キーを回した者も一様に 困惑している……作動不可に終わったことに全員が実感していない。

コード・ファイナルの不 発……それはもはや、この司令部からでは打つ手がないことを意味していた。

《フフフ……お困りのようで すね…ですが、今しばらくは余計な真似は謹んでもらいますよ》

誰もが呆然となるなか……突 如として響いた声にパトリックは顔を上げる。

「何者だ!? これは貴様の 仕業か!」

《そう睨まないでいただきた いですね……パトリック=ザラ最高議長殿》

怒鳴るパトリックに明らかに 小馬鹿にしたような声で呟かれ、パトリックの心情はより怒りに荒れ狂う。

「貴様ぁぁぁ! このフザケ た真似をすぐ止めんか! さもなければ……!」

《さもなければ…どうしま す? なにかできるのですか…今の貴方に? おや、これは失礼を……》

こちらが言い返す反応を愉し んでいるようにけらけらとした嘲笑が返ってくる。

そう……どんなに喚こうが、 今のパトリックにはもはやできることは皆無に等しいのだ……ヤキンの全機能を乗っ取られている以上は……それが解かっているからこそ、パトリックは拳を振 るわせ、微かに血を滲ませるほど唇を噛み締める。

黙り込んだのに傍観していた 幾人かの兵士達が言い知れぬ恐怖に震え……数人が持ち場を離れ、駆け出す。

恐怖は伝染が速い……一人が 立てば続けて二人、三人と続いていく………誰もがこの場からの脱出を試み、出口へと向かうも…出口に辿り着き……だが、ドアが開かない。

必死に計器を操作するも、非 常電源すらも麻痺させられているらしく、ドアは沈黙を保ったまま………

《言い忘れていましたが…… 今、ヤキン・ドゥーエの全機能は僕の手中にあります……脱出も無駄ですよ……》

その言葉が、死神の声に聞こ え……兵士達はその場に膝をつき、項垂れる。

《ああ、ご安心ください議 長……展開中の貴方の部下には戦闘行動の続行との命令を出しておりますので》

司令部がこの有様でありなが ら、モニターに映る映像の端ではまだ戦闘が僅かに行われている……それは、司令部の異常が伝わっていないということに他ならない……

「……貴様の目的は何だ?」

抵抗は無駄と踏んだのか…… だが、チャンスを待つべくパトリックは鋭い眼光で顔の見えない相手に向かって冷たく問う。

《……目的、ですか………そ うですね………貴方がやろうとしたことでしょうかね》

「なに?」

《貴方が自らを神と驕り、審 判を降そうとした……ただ、それを我々がやるだけですよ………真の神の審判をね………その対象は……全生命ですが》

一瞬、相手がなにを言ったの か、理解できずに戸惑う。

《まあ、理解しろとはいいま せんよ……もっとも、言ったところで理解などできないでしょうが………ただ、虫けらは虫けららしくこれから起こることをただ見ているだけでいいんですよ》

その言葉に、パトリックだけ でなく多くの者に憤怒を憶えさせる……だが、この男達は忘れていないだろうか……ナチュラルを軽視していたという事実を………所詮、人は他人にするのは良 くても自分にされるのは嫌なものなのだ……その反応に怯むどころか満足げに笑みを浮かべる。

《ジェネシス…でしたか…… なかなか素晴らしいものですね》

「貴様! まさかジェネシス を……!」

ハッとその可能性に気づいた パトリックは身を乗り出すように叫ぶ……ヤキン・ドゥーエの司令部を制圧するほどの相手が、ジェネシスに眼をつけないはずがない。

そして……それが最悪、自分 達に向けて放たれるという可能性に…今更ながら気づいたのだ。絶対にあり得ないと思っていた可能性に………

《ご心配なく……アレを貴方 方に向けて使うつもりはありませんよ……ただ、我々のシナリオを進めるために使わせてもらうだけです》

最初に発せられた言葉に幾人 はホッと僅かに安堵したが…次に発せられた言葉に身を強張らせる。

《……貴方方の造ってくれた ジェネシス………せいぜい活用させていただきますよ……真のNeo Genesis Eraのため にね》

誰もが相手の真意を掴みかね ていると……オペレーターの一人がモニターに表示されたデータに息を呑み…上擦った声を上げた。

「ぎ、議長!」

「何事だ!?」

今はあまりに想定外のことば かり起こっており、下手に動けない……だが、続けて発せられた言葉はパトリックを驚愕させるのには充分だった………

「だ…第666区画より…… ガ、ガスが…………」

「666だと!? 本当 か!?」

「ま、間違いありません…… 微量ですが、確かにガスが……ヤキン・ドゥーエ内に……」

ヤキン・ドゥーエの司令部に 入る者ならば、真相を知らなくても噂程度なら知っている……前線基地たるヤキン・ドゥーエ内には製造工場だけでなく、様々な軍研究施設が存在している。そ の一画……第666区画と名づけられた今は閉鎖されている区画………そこでは、ある薬物実験が行なわれていた………

かつて、地球上で猛威を振る い……コーディネイターにナチュラルとの決別をより強めたS2型インフルエンザウイルス……そのウイルスを基にしたBC兵器が進められていた。

コーディネイターの叡智 か……そのウイルスを基にして誕生したのは…危険極まりないウイルスであった。

即効性の毒ガス……ナチュラ ルは愚か、コーディネイターでさえもそのガスを一吸いすれば、たちまちに絶命しかねない凶悪のウイルスは、『S3型インフルエンザウイルス』と名づけら れ、戦線に投入しようとしたものの……その一部を地球へと実験のために移送中、漏れたガスにより乗組員が全員死亡となり、結果…その施設は閉鎖された。内 に大量のS3型インフルエンザウイルスを残して……それを処分しなかったのは、いずれ研究を再開するためであったのだが……それがここにきて漏れ始めてい る……このヤキン・ドゥーエ内に………その状況に至った瞬間、悲鳴が上がる。

ドアはロックされていて脱出 は不可能……助けを呼びたくても内と外との通信は遮断され、しかも異常に誰も気づいていない……絶望感が司令部に浸透する。

そんななか……パトリックは 力が抜け落ちたようにシートに身を沈める。

《おやおや……見苦しいです ね…では議長殿………これから起こる刻を、せいぜい地獄への手土産としてください》

その暴動と絶望感に満足した ように通信が途切れそうになる……思わずパトリックは呟いた。

「貴様は、いったい………」

《………ディカスティス…と でも名乗っておきましょう》

その言葉を最後に……通信が 途切れ………パトリックはもはや棺桶と化した司令部内で項垂れるしかなかった………

 

 

 

 

地球軍・ザフト両軍の上層部 の混乱を他所に……数ヶ所では未だ小競り合いが続く戦場であったが……それでも大半の者達は突如として自身の前に映し出されている映像に見入っている。

 

 

―――――闇から産み落とさ れし純白のサナギを………

 

 

その純白の物体のほぼ眼前に 対峙するインフィニティ……コックピットには例外なく眼前の映像が映し出されている。

調べてみると、どうやら量子 コンピューターを利用した半強制送信のようだ……この世界に広く普及している量子コンピューター……現在の戦艦やMSは愚か、あらゆる電子機器に使用され ている……裏を返せば、量子コンピューターを意のままにできるのなら、それを通して映像を送ることも可能ということ……

だが、レイナの視線が先程か ら沈黙を保ったままの眼前の物体に向けられている。

沈黙を保ちながらも……その 圧倒的な存在感と気配…それがひしひしと伝わってくる…それに比例して、頭の傷みも強くなっている。

そして……宙域に響くかのよ うな声がレイナの耳に聞こえてきた。

 

―――――人 よ……この世界に生きる全ての生命 よ………

 

突如として響く重々しい声に 宙域にいた者……そして、この映像を見ている全ての者は息を呑む。

 

―――――見 えて…いるか………この醜く歪んだ 世界が…………

 

自らが発する言葉に連動 し……声を発していると思しき白き繭に動きが起こった。

包み込んでいた白い繭が崩れ るように周囲に落ちていく……細かな白き破片が宇宙の闇に煌く………

 

―――――聞 こえている…か………この醜く争う 者達の…声が…………

 

舞い散る破片は、まるで白い 羽のごとく周囲に舞い、幻想的な…現実味のない光景を醸し出す………

 

―――――争い…自らこの世界を滅ぼそうとする者達よ…………自らを 地球の守護者と名乗る者よ………歪 んだ能力に溺れ自らを神と驕る者どもよ………そして……それらを生み出す世界よ…………

 

一言一言語られる言葉が指す もの……まるで、名指さんばかりの言葉………だが、その冷たい声は見る者全てに向けられている………その証拠に…見る者達に冷たい悪寒が走る………

 

―――――神は…嘆き…哀しんでいる………自らの犯したあやまち に…………慈しみを忘れ…ただ己が欲の ままに貪り合う生命に………

 

響くは悪魔の旋律か…それと も神の神託か…………

白い繭から姿を見せる四 肢……拡がる8枚の翼…………舞い散る純白の羽………漆黒の宇宙に姿を現わしたのは……神の使徒と見紛う純白の天使…………だが………

 

―――――零れ落ちる血の涙……… その真紅の闇から……我はきた…………審判を降すために………

 

完全に拡げられた8枚の翼と 四肢……汚れなき純白の姿に身を包んだ天使………気高さと雄々しさを感じさせるボディのなかで唯一……真紅に輝く眼光…………

真紅の瞳が一際強く輝き…… 天使は獣のような咆哮を上げる。

 

―――――憤怒・悲哀・憐 憫・憎悪・歓喜……

 

それは……いったいなにを込 めているのだろう………だが、それは全てを否定し、敵対する冷たさに満ちている……まるで、神に跪くように誰もが恐れ戦く………

 

 

―――――我 らは…ディカスティス………破滅の 代行者―――――

 

 

遂に発せられた神の使徒達の 名……人が畏れるために必要な名………そして…天使達が現われる…………

静止する天使の周囲に姿を見 せる純白の使徒……両眼を真紅のバイザーで覆い、額のモノアイが不気味に動く頭部を持つ天使が何十と現われる。

まるで護るように取り囲む様 は、天使達を統率する大天使に見える……それもそのはずだろう……知っている者は極一部だが……中央に佇む天使こそ……『メタトロン』…天使の王の名を与 えられた機体なのだから………

そして………メタトロンの周 囲に4つの影が現われる。

見る者に感じさせる巨大な威 容と四肢……大地の奥深くから現われた巨人:タイタンのような雰囲気を醸し出す通常のMSよりもより巨大な機体………

天を駆けるかのごとく俊敏さ を誇り……風のごとく颯爽と姿を現わす翼を拡げる鳥を模倣した機体………

水のごとき冷たさと静寂感に 包まれたかのごとく闇から浮き出る影……脚部に巨大なバーニアとブースターを装着し、全身を多彩な火器で固めた機体………

メタトロンの……主を補佐す るかのごとく隣に現われる4体目の機体………炎のような猛々しさと気配を漂わせた機体…手に持つ錫杖の鈴が揺れる…………

 

――――――AEM− 001:ミカエル

――――――AEM− 002:ガブリエル

――――――AEM− 003:ラファエル

――――――AEM− 004:ウリエル

 

王を守護する4体の天使…… メタトロンを護るかのごとく現われる。

「人よ………貴様達にもはや この世界に生きる資格などない………貴様らは害虫だ…この世界を汚す………だから……滅びるがいいっ!」

先程の声とは打って変わった 少女の声……だが、侮蔑と憎悪を含んだ声……それに連動し……周辺各所で異常が起き始めた。

戦闘宙域に展開していた連 合・ザフトの一部の艦艇やMSで異常が起こり始めたのは……MSが突如として硬直したように動かなくなる……僚機が突如として動きを止めたことに不審そう に近づく……

「おい! どうした!?」

声を掛けるも……返事は返っ てこない……不安そうに接触し、機体を揺する。

刹那…機体が再び動き出 す……何があったのか問いただそうとした瞬間………コックピットに閃光が迫った………

コックピットを撃ち抜かれ… 爆発するストライクダガー……だが、その光景を見た者は眼を疑うだろう……ストライクダガーを撃ち抜いたのは、友軍機であるはずのストライクダガーなのだ から………友軍機を撃ち墜としたストライクダガーのコックピットでは…異様な光景が展開されていた……パイロットの眼がおかしなものに歪み、吊り上げた口 元からは唾液が溢れ、奇声を上げている。まるで、ブーステッドマンの禁断症状のごとく……そして、先程まで正常であったはずのパイロットが突如として狂っ たのは……パイロットの後頭部……シートの奥から飛び出したコードのようなものがパイロットのヘルメットを破り、それが後頭部の頭蓋骨を抉り、脳に繋がっ ている。

その現象は……両軍の間で起 こっていた………突如としてヘルメットの後頭部が破られ、脳に伸びるコードが繋がれ、頭蓋骨を抉って脳を侵食していく……まるで、獲物を喰らう寄生生物か のごとく………次の瞬間には、狂ったパイロットが生まれ…周囲に展開している機体に向けて敵味方関係なく発砲し、破壊していく。

だが、それはMSだけではな かった……戦艦でもそれは起こっていた。突如としてコンソールから飛び出してきた物体がクルー達に襲い掛かり、体内に侵入し、内側から侵食していく。

「ア、アズラエルさ……!」

その謎の物体がサザーランド に襲い掛かり……次の瞬間、サザーランドの身体が激しく痙攣する。

「な、何なんだよ! これ は!?」

それは、アズラエルの乗艦す るセラフィムも例外ではなく……あまりに突拍子もなく、非現実的な光景にアズラエルは喚くしかできなかった。

「くそっ!」

こんな訳の解からないものに 喰われたくはない……そんな思いでアズラエルは脱兎のごとくブリッジから飛び出そうとするも、突然ブリッジのエレベーターがロックされる。

「なっ!?」

《逃げるのですか? 御自分 だけ……》

ブリッジに響くイリューシア の声……だが、アズラエルは気にも留めず必死に逃げ出そうと策を巡らす。

《見苦しいですよ……今まで いい夢は御覧になれたでしょう………続きは地獄でお愉しみください……アズラエル様》

「うるさいっ! 僕は…僕 はぁぁぁぁ! こんなとこで死ぬ人間じゃない!!」

そう……自分は選ばれた人間 なのだ……これから先の自分の進む道は栄光に満ちているはずだ…こんなところで得体のしれないものに喰われることではない。

必死に抵抗していたが……遂 にそれがアズラエルに狙いをつける……振り返ったアズラエルの視界に向かって………

「うっ……う わぁぁぁぁぁっ!」

その悲鳴が……この世でのア ズラエルの最期の言葉になった……小型の物体はアズラエルの眼球を抉り、そのまま内に侵食していく……脳を喰われ………完全に操り人形と化したアズラエル は……狂ったように笑い上げた。

《………お気に召しました か……インヴェード・ナノマシンのほどは》

答えられないのを承知で…… イリューシアの…いや……アクイラの冷たい無機質な声がブリッジに響いた。

 

地球軍・ザフトの一部で起こ る異変……その光景に一瞬我を忘れていたクルーゼ…己を脚本家と思い込み、尚且つ神だと自称した哀れなピエロ……だが、クルーゼは悲観するどころか逆に 笑っていた………

「アレは……成る程…素晴ら しい……素晴らしい!」

歓喜に震えていた……あの機 体は間違いなくメンデルで見た機体…あの神々しいながらも禍々しい気配を感じさせ…尚且つ先程の言葉……審判は降された……既に自身の望んでいた結末は決 まっていたのだ。

「クックク……そうか……… 私も…所詮は役者でしかなかったか………クハハハ!」

その笑い声はいったいなにを 意味しているのか……自身の考えの正しさが証明されたからか……それとも…この混沌を極める世界に対してか………クルーゼはメタトロンを見据えながら手を 拡げる。

「さあ! 神よ! この世界 の全てを呪い、滅ぼしたまえ! アハハハハハハハ!!!」

刹那……クルーゼの意識は闇 に呑み込まれた…………最後の最後まで……道化という役割を演じるために……自らピエロとなって………

最期まで……この世界と…独 りの存在への憎悪を胸に焦がして………

 

 

 

 

唐突に起こった不可解な戦 闘……連合とザフトだけならまだしも、味方同士による戦いが起これば困惑する。

連合の艦艇が突如として横に いた友軍艦を砲撃し、轟沈させる。

ザフトのゲイツがビームライ フルでジンを撃墜する……そんな光景が所々で見受けられ、キラ達も困惑していた。

「アスラン!」

「ああ…いったいこれ は……」

「どういうことでしょう?」

アスランやラクスも唸るしか できない……突如として自分達の周囲で相手が味方同士で同士討ちを開始し、自分達には見向きもしない……

《皆、聞こえる!?》

「マリューさん! これ は…?」

《私にも解からないわ! と にかく、ダイテツ艦長達と合流します! 貴方達も警戒を怠らないで!!》

この異常事態に困惑している のはキラ達だけでない……マリュー達もどう判断していいか解からないのだ。

全員に解かっているのは一 つ……あの宣戦布告に近い声明が、関係しているということだけ………

 

そして、ネェルアークエン ジェルとの合流に向かうオーディーン、エターナル、スサノオ、ケルビムの4隻。

周辺を友軍機が護衛しなが ら、4隻はネェルアークエンジェルとのランデブーポイントを目指しつつ、その針路をジェネシス周辺へと向けていた。

ザフト軍も友軍内の混乱にこ ちらまで手が回らず、迎撃してくる敵機は少ないが、その不可解さに逆に不気味さは増す。

《ダイテツ艦長、どう思いま す?》

バルトフェルドの問い掛けに もダイテツは無言で通す……このあまりに不可解な展開にクルーの誰もが混乱を抱いている。

だが、ここで取り乱してはな らない……自分達の成すべきこと………今のこの混乱に乗じて最優先目標であるジェネシスの無力化だ。

「ネェルアークエンジェルと の合流を目指す…その後はジェネシスへと向かう!」

そう……そこにはあの天使達 と…レイナがいるのだ………だからこそ、向かわねばならない。

4隻はエンジンを噴かし、混 迷を極める戦場を駆け抜ける。

 

 

 

 

カインの宣戦布告を聞いたレ イナも表情を顰める。

流石に、筋の通ったやり方を 知っている……圧倒的な存在感と畏怖感を見せつけることで、相手に恐怖心を与える。抵抗を削ぐ意味では効果的だが……無論、そう簡単にいくものではない が……先制としては充分だ。

なら次に……それをより助長 するためになにかを起こす……そう考えていたが、突如として起こった周囲の混乱にレイナは眉を顰める。

いったい…なにがどうなって いる……先程から地球軍とザフトの両軍で同士討ちが起こっている。

混乱するレイナの脳裏に感応 波が走る。

ハッと顔を上げ…メタトロン を凝視する………まるで呼ぶかのように………

「………カイン…お前達… いったい何を………」

『……浄化…さ』

同じだった……メンデルの刻 と同じ………直接言葉が頭に響く………同じ…エヴィデンスの遺伝子を持つ者同士の特殊な感応波………

「浄化……滅びと再生……… お前達は何を…!」

カインの言葉の意図が掴め ず…なおも問い詰めようとした瞬間……メタトロンの周囲にいた天使が弾かれたように襲い掛かってきた。

手に保持するランチャーを向 け、攻撃してくる……そのビームの嵐をかわしながら、レイナは歯噛みし…インフィニティのダークネスを向ける。

放たれるビームの閃光……だ が、天使達はその軌道を見切り、分散して回避する。

眼を僅かに見張るレイナ…刹 那、背後に回り込む天使……舌打ちし、身を捻って攻撃をかわす。

(こいつら……前よりも能力 が上がってる!?)

以前衛星軌道で倒した天使と 外観の違いはないというのに……まるで戦闘能力が違う……双斧刀を抜き、斬り掛かってくる天使……デザイアで受け止め、蹴りで弾き飛ばす。そのままデザイ アのビーム砲を放ち、破壊する……爆発時に飛び散る破片……白き天使の散るかのごとく………

《なかなかやりますね…流石 は02です》

通信機から揶揄するような声 が響く……この声は………

「ウェンド……」

確か、06と名乗った少 年……それが向こうにも聞こえたのか、笑みが返ってくる。

《よくお憶えで……ですが、 我々に本来は名など不必要でしょう………今貴方が相手にしているのは私が設計したエンジェル……先に敗れた試作型などと一緒にしてもらっては困りますね》

自賛するかのように誇るが… レイナはそれ以上聞くつもりもない……群がるように襲いくる天使を睨み…動きを読む………操縦桿を切り、レバーを押してペダルを踏み込む。

インフィニティの瞳が煌き、 エンジェルの攻撃を掻い潜る……そして、懐に飛び込んでインフェルノを抜き、ボディを両断する。

左右に両断された天使……そ の中央には………砕け散る生体ユニットコアブロック…人の絶望が具現化された空間………だが、レイナは無言のままその場を離れ、一拍後…エンジェルが爆発 する。

生体コアにされた者はもう死 んでいる……死してなお生体コアに使用される……だが、レイナにはどうしようもない……彼女にできるのは………

(その業は私が背負ってい く……だから………)

自分にできるのは……捉われ た魂を解放するだけ………そして…その業は自分の内に刻む………堕天使として…………

振り向き様にインフェルノを 薙ぎ、回り込んでいたエンジェルを一閃する。

純白の破片が四散する空間に 佇む漆黒の天使……抗う者の姿が映像に映し出され……その映像を見る人々の心に微かな衝撃を与える。

エンジェルが距離をあけ、構 えたまま…対峙するインフィニティに対し……突如エンジェルが離れ、主達の許へと戻る。

怪訝そうになるレイナの前 で……ミカエルが構えるが、メタトロンが制する。

『……やはり、こんなミスク リエーションでは君の相手は務まらないようだな……』

頭に響く声……どうやら、わ ざわざ口にするよりもこちらの方が早いらしい……だが、それに付随して傷みも響く。

微かに表情を顰めたまま、メ タトロンを睨む。

「ディカスティス……審判 者………お前達は何をやろうとしているっ!?」

カイン達が使った詞…… 『ディカスティス』……ラテン語で審判を司る者………その審判は……破滅………

連合とザフトを誘導し…互い に相手を滅ぼし合わせ、自分達の存在を完全に闇に隠したまま審判を行なうのがカイン達の描いていたシナリオのはずだ……それを崩した今……闇から姿を現わ し何をする………

『……Neo Genesis Era

「なに?」

眉を寄せる……かつて……神 々が7日間かけて天地を創造したと言われる『Neo Genesis Era』。

不毛な大地に水が流れ…草木 が満ち……そして…生命が生み出されたといわれる神話の一節……滅びと再生……そこでハッとする。

「まさか……」

『そう……神話において、神 々が行なった所業………それを…今度は逆に行なう』

今度は……滅ぼし……そし て…新たに世界を再生させる………歯軋りする。

「本気で神を気取るつもり?  笑わせてくれるわね……あんたは神なんかじゃない……ただの独善よ!」

吐き捨てるレイナにカインは 無言だが……傍に控えるルンは憤怒に狂う。

「無礼な……っ! こんな世 界…滅ぼす以外になにが……っ!」

言い募ろうとしたルンだった が、メタトロンに制され……ルンは戸惑う…だが、物言わせぬ視線に押し黙り……殺気を込めた気配を向けるのみだ………

『どう捉えようとも構わな い……だが、邪魔はさせない……そのために、わざわざ両軍にインヴェード・ナノマシンという細工までした……』

「インヴェード……ナノマシ ン……? 侵食……まさか!?」

この異常事態を引き起こして いるのは…それか……侵食するナノマシン………両軍には既にカインの手が及んでいる…細工するのは容易いだろう。

だが、これはまだ前座にしか 過ぎないはず……これで終わらせるのなら、わざわざ表に出る必要はない………

その考えを肯定するようにカ インの言葉は続く。

『これが第二段階………第一 段階は君に邪魔されたが…………今一度問おう……君はどうする……MC−02…REI………我が半身………』

刹那……脳裏に響く傷みが強 くなる。

「うっ……あっ…がっ」

頭が割れそうな感覚……呼吸 が乱れ、苦悶を浮かべる。

銀髪が黒髪に変色する……頭 を抑えながら、レイナはなんとか意識を保とうとするが……それに対する逆流も大きい………

以前とはまるで違う……魂が 斬り裂かれるような傷みが駆け抜ける………

 

 

 

「っ!? 姉さん……っ」

ジェネシスへと向かうエヴォ リューションのコックピットで、突如として走った感応にリンが表情を強張らせる。

この感覚は間違うはずもな い……そして、なにより先程の感応波に混じっていた凄まじいほどの苦痛……並みの人間なら、ほんの数分受けただけで発狂しそうなほどの鋭さだ。

そして確信した…今、レイナ の……姉の身に何かが起きていると………それは、出撃前に彼女が示唆した可能性………

 

――――レイナ=クズハの消 滅とレイ=ヒビキの覚醒………

 

リンは気づいていた……今の 彼女が…自分の知る彼女ではないと………自分がかつてともにいた姉と呼んだ相手ではないことを………

本来は存在しない魂……闇か ら生まれ、そして闇へと還る運命を持った魂………それが意味するのは、本来の……自分がよく知る者の魂の回帰…………

だが……とリンは内心に自問 する。

それでいいのかと……レイナ の魂が消えるのは当然のことなのだ………だが、それをどこかで拒む自分がいる………

そして……もし…レイナの魂 が消え……レイの魂が全ての破滅を望むのなら……自分はそれを今度こそ討たねばならない………心が傷む…………

レイナは今、闇へと堕ちよう としている……自らが生まれた闇へ……闇のなかにいるもう一人の自分と対峙するために……感応しただけで感じた苦痛は凄まじい…だが、それはあくまで一部 でしかない……レイナにはより大きな傷みとなって襲い掛かっている………

下手をすれば……相手の魂に 行き着く前にレイナ自身の魂がズタズタにされるだろう……そう確信したリンは眼を閉じ…意識を集中させる………

(私には…彼女を止めること はできない……でもせめて……もし…本当に最期になるなら………)

レイナは必ずレイに接触す る……彼女は絶対に止まらない…たとえそれがどのような道であれ……なら、自分にできるのはせめてその手助けのみ………

闇の入り口に彷徨うレイナの 魂に意識を同調させる………刹那、リンの脳裏に衝撃が走った………

『っ!?』

眼を開いた瞬間……リンの意 識は闇の回廊のなかを堕ちていた………魂さえ喰らうような闇のなかを堕ちていく感覚に身を委ねていると……その闇のなかにいくつもの映像が走る。

『これは……』

息を呑む彼女の前を過ぎるの は、記憶………『レイナ=クズハ』の…………

『姉さん……レイナ=クズハ の記憶………』

 

――――BAとしての過 去………

――――ダイテツ達との出逢 い………

――――ルシファーとの…そ して…インフィニティとの邂逅………

――――繰り返される幾多の 戦い………

 

呆然と見入る彼女の前には、 出逢い・別れ・戦い……レイナのこれまで辿ってきた軌跡が全て映し出される……血塗られた…戦いの記憶…………

そして…その次に浮かんでく るのは、レイナが出逢い…共に…または敵対してきた者達………キラやアスランにラクス、カガリ………ダイテツ達……

『それに………』

レイナの仲間達の次に浮かび 上がったのは、リンもよく知る人物…………知らず…それでも記憶をその内に燻らせ…苦悩し、反発しながらも微かな思慕を抱く相手……ヴィアの顔が浮か ぶ…………

ヴィアの顔が過ぎった瞬 間……最後に浮かび上がった人物にリンは息を呑む。

『アレは……っ!?』

リンの前に現われたのは、リ ン自身……レイナの運命を変えた存在…………そして…レイナが最も大切に思っている存在………

刹那……リンの意識は闇のな かを漂う魂に同調した……………

 

 


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