ヤキン・ドゥーエでの戦闘が 終結に向かっていた頃……衛星軌道上のアメノミハシラでは一つの混乱が起こっていた。

管制室に詰めるミナのもとに にわかに信じがたい情報が飛び込んできたのだ。

「間違いないのか?」

「は、はい…何度も確認しま したが……ほんの僅かですが…安定軌道を外れ、少しずつ地球に向かっております」

やや低い声で問うミナにオペ レーターも戸惑いながら答え、ミナは難しげな表情で眼前のメインモニターに表示されているデータを睨んでいる。

そこへ、管制室のドアが開 き…アメノミハシラで極秘の作業を行っているエリカが飛び込んできた。

「ロンド様! ユニウスセブ ンが動いているというのは本当ですか!?」

切羽詰った…それでも半ば信 じられないという表情で問うエリカにミナは頷く。

「ああ……あまりに小さな変 化だったのでな…我々も気づくのが遅れたが……間違いない」

アメノミハシラの監視衛星か らの情報で、戦争の火種となったプラントコロニー:ユニウスセブンの片割れが軌道を僅かにずらし、なんと地球に向かっているのが確認できたのだ。

ジャンク屋組合がプラントか らの依頼で安定軌道にのせたユニウスセブンのもう一つの片割れ……デブリベルトの奥深くから突如流れに反するように動き出し、ミナ達も困惑している。

さらに詳細なデータを求め、 ミナは監視衛星をユニウスセブン付近に回していた。

十数分後……オペレーターの 一人が声を上げた。

「ロンド様、監視衛星αが目 標1000の距離に到達…映像、きます!」

緊張した面持ちでモニターを 見詰める一同……モニターの画面が乱れ…ややノイズ混じりの荒い画像に切り換わってくる。

不鮮明ながらも見えたその光 景に…ミナ達は息を呑んだ。

「なんだ、これは……」

冷静沈着なミナも言葉を失 う……モニターには、ユニウスセブン付近に布陣する無数の艦艇の姿……連合やザフト…それだけでなく、ジャンク屋や海賊船と思しき艦艇も多数ある。

まるで、ユニウスセブンを随 行するように移動している……誰もが驚愕に息を呑むなか…監視衛星からの映像が突然揺れた。

眼を見開く…監視衛星のカメ ラに映る純白のMS………手が監視衛星のカメラに迫り…それが最期の光景になった。

刹那、映像が途切れ……モニ ターには乱れる画像のみ………

「か、監視衛星α…反応、途 絶えました………」

上擦った声で報告する……い や、確認する必要などなかったのかもしれない。

「ロンド様、アレは……」

「解からぬ…だが、数時間前 のあの映像と照らし合わせれば……なにかとしっくりくるのも事実」

その言葉にエリカはハッとす る。

遂数時間前にアメノミハシラ 全てのモニターに配信された映像……純白の天使達………審判者と名乗る者達とレイナ達の戦いの映像………

「どうやら、奴らにはまだ訊 かねばならないことがあるようだ……連合とザフトももはや争っている余裕はあるまい」

アレがなんなのか……動き出 したユニウスセブンと謎の一群………そして、月基地とザフトの新兵器の損失……世界は今、激しいうねりのなかにある。

そして…それにレイナ達が関 わっていることも………

「彼らは再びここに来よ う……シモンズ、貴様は例の機体の完成を急げ」

「は…はいっ」

微かに笑みを浮かべるミナに エリカは頷き、管制室を後にする。

「オーブにいる連絡員に通 達……国内残留のソガ一佐に連絡を取れとな」

その指示にやや怪訝そうにな るも……オペレーター達は指示を実行していく。

それらを眺めながら…ミナは 今一度、モニターに映るユニウスセブンの移動軌道を見やる。

(どうやら…一筋縄ではいか んことが起きそうだな………)

内心、やや警戒心を浮かべな がら…ミナは静かに独りごちた。

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF  DARKNESS

PHASE-56  想い

 

 

嵐のような一日が過ぎ去 り……残された者達は今、途方もない虚脱感のなかにあった。

ヤキン・ドゥーエ宙域の一画 に集結する連合艦隊…だが、その数はもはや宇宙に駐留していた全体の約3割程……突然の乱入者による宣戦布告とジェネシスによる月基地崩壊、そして中枢艦 隊の消失…彼らはもはや、帰る場所がない状態であった。その連合艦隊を取り仕切るのは、ドミニオンであった。

ナタルはなんとか不屈の精神 力で動揺を抑え込み、残存の艦艇に集結と救助を行なわせていた。その一方でザフトとの戦闘の中断を徹底していた。この状態では戦えないこともあるが、なに より問題は他にもあるからだ。

アレから既に一日経ち…ある 程度落ち着きが得られると、ナタルは数名の部下を伴い、アプリリウスへとランチを向かわせた。

この事態解決と…なにより、 ナタル自身の気持ちに突き動かされて…………

 

 

 

アプリリウス周辺の軍事衛星 では、残存のザフト艦艇が着艦し、整備を行ないつつ、いくつかの部隊が警護に就いている。そして、アプリリウスの軍港では、オーディーンをはじめとした ネェルアークエンジェル、エターナル、スサノオ、ケルビムが寄港していた。

各艦とも、先のヤキン・ ドゥーエ戦での応急処置を施すかたわら……主要メンバーはアプリリウスの評議会議場へと招集されていた。

ダイテツやラクス、リン、ア スランにとっては初めて訪れる場所ではないが……ハルバートンにマリュー、そして負傷したカガリに代わって同行したキサカらはやや緊張した面持ちで議場を 訪れていた。

本来はプラント内から選出さ れた十二人の代表議員しか滅多に入れない場所へ招集されるのだから無理はないが………

彼らが入室すると、中央の円 卓には、臨時評議会議長となったジュセックにユーリ、タッド…そしてアイリーンら穏健派の面々が座っていた。それに向かい、ダイテツが代表で敬礼する。

「オーディーン艦長、ダイテ ツ=ライガ……招集により、馳せ参じました」

無論、彼らはプラントにとっ ては反逆者だ……こうして議場に呼ばれること事態が異様なことではあるが、今はそんな事に拘っている場合ではない。

「うむ……諸君らを呼んだの は、他でもない…君らの話どおり……我らは我らなりに地球との停戦を求め、準備を進めてきた……」

ジュセック達に地球との和平 のためにプラント政権の変革を望んだのはラクス達……そして、その意を受けてジュセック達は裏で少しずつ現政権に不満を持つ議員達を抱き込み、尚且つ地球 側の一部と交渉を行ってきた。

そして、その算段がようやく 組み終わり、実際に行動に起こす前にあのアクシデント……だが、それはジュセック達にとってまったくの予想外の事態であった。

「君らは、アレについてどう 思う……?」

どこか、確信げに衝いてく る……その言葉に幾人かは表情を顰める。事情を知ってはいるが…それを口にしていいか迷う。

その時、リンが一歩前に出て 言葉を発する。

「僭越ながら……我々も、あ の敵について解かっていることはほとんどありません」

動揺も戸惑いもせず…そう言 い切ったリンにマリューらは息を呑む。

リン自身がはっきりとあれを 『敵』と言い切ったのだ……彼らの詳細を話すとなれば、自分達の出生も話さねばならない……アレを話すのはあまり気分のよいものではない。

なら、事実を隠し…それをう まく利用して『敵』と認識させた方がいい………どの道、あれが『敵』だということに変わりはないのだから。

どこか打算的な物言いだった が……その有無を言わせぬ視線にジュセック達も押し黙る。

彼らとて、事情に通じている と踏んだからこそ…こうして呼び寄せたわけではあるが……どうもリンの態度から話すつもりはないと窺える。読み込めば…それだけ深刻な理由があると……

「敵…か………それは、なに にとってかな?」

敵という言葉には正直戸惑わ ずにはいられない……パトリックも地球軍をそう定義したのだ。コーディネイターの倒すべき敵と……なら、アレも同じ定義で括るのかと………

「……この世界にとっての… ナチュラルやコーディネイターというくだらない枠組みなんかよりも……純粋に…この世界に生きる者達にとっての…敵」

冷静に…尚且つ不敵に言い放 つリン……評議会の前でそこまで大胆に言えることにマリューらはハラハラした面持ちだった。

アスランなどは何度かクルー ゼに連れられて議場を訪れたが、全て用意された当たり障りのない返答しかしなかったので、ここまではっきりと言い切るリンに驚嘆していた。

だが……ジュセック達はその リンの物言いに別段気分を害した様子も見せず…なにかを考え込むように腕を組み、思考に耽る。

どれ程そうしていたか……や がて、ジュセックは静かに眼を開け…他の面々に目配せをすると、一同が頷き…ジュセックも頷き返す。

そして…徐にリン達を見や る。

「先のあの映像により、プラ ント内部では混乱が起こっている……」

苦い口調で語るジュセッ ク……あの宣戦布告とその後の戦闘はプラントの全メディアに流されていた……当然、戦闘の実態を知らなかった市民達は初めて恐怖を感じただろう。

明らかに全てを超越したと思 わせる威容と存在感……そして、ザフトと連合を手玉に取る力………市民達に精神的被害を齎すには充分だろう。

もっとも、あの映像はプラン トだけでなく地球のあらゆるメディアに流されていた…今、プラントと地球のいたるところでは、シンドロームを引き起こしていることだろう。

この場合、相手が天使…神の 使徒であることから、エンジェルシンドロームと呼ぶ方が適当かもしれないが………

「一部では暴動…また自殺未 遂者も僅かながらに出始めている」

「アレだけ派手に出たん だ……当然かもしれないな」

億尾もなく言い切るリンにア スランなどは余計なことをと胃を痛めてるかもしれない。

あの全てを破滅させると宣戦 布告し、それによる精神的ショックは戦争で追い詰められていたプラント市民にとっては半ばトドメに近かったかもしれない。

今まで抑え込まれていた不安 や怒りなどが爆発し、暴徒と化す者やもはや何をしても無駄と自暴自棄になる者が出てもおかしくはない。

このままでは、最期の審判と やらを迎える前に内部崩壊しかねないだろう。事態収拾に手を取られ、彼らには人手が足りないのだ。

「この事態を収拾させるため に……プラント臨時評議会は、諸君らに依頼する」

「連中の言った5日後の刻 を、防いでもらいたい」

予想していた言葉に、一同は 表情を引き締める。無論、改めて言われるまでもない…彼らを放っておくことはできない。なにより、因縁深い者もここには多い………

「それは、プラントからの正 式な依頼ととってよろしいのか?」

ダイテツが問い返すと、ジュ セックは頷く。

「勿論だ……見返りというの はなんだが、事態が収拾すれば、これまでの貴君らの行動の是非は問わない」

その言葉に、ラクス達は息を 呑む。

要は、この件の収拾を条件 に、今までのクライン派の犯した利敵行為を帳消し…あるいは軽減すると言っているのだ。いわば、司法取引だろう……どんなに言い繕っても利敵行為をした以 上、それに見合うだけの見返りがなければ……

ジュセック達にしても、既に ザフト軍がガタガタである…動かせる部隊が少ない以上、やむをえない処置だろう。それに、ラクスらには地球側との和平交渉のためのルート確保をしてもらっ たという借りもある。

「……解かりました」

やや硬い声でラクスが応じ る。ラクスにしても反逆者としての汚名を甘んじるつもりであった……たとえ傍目からは浅ましいと思われても、ラクスは戦わねばならない。それが、自分で選 んだ道なのだから………

その頑固じみた様子にジュ セックは父親である故シーゲルを重ね、どこかしみじみとなる。

「無論、諸君らだけに任せる つもりはない……我が軍も、残存の部隊を期日までに再編成し、援護に向かわせる」

いくら突出した戦力を有して いようとも、所詮は戦艦数隻にMSが数十機……向こうには両軍から操られ、離反した者達もいるのだ。その戦力は相当なものだろう。

前もって譲渡したエンジェル の解析データと回収したMSのパイロットの状態データに眼を通した評議会議員達は戦慄し、アレはなんとしても止めなければならない相手と映ったのだ。

だが、旗艦であるヘカトンケ イル以下、艦艇やMS類も全軍の半数近くを奪われた以上、主力になりうるのは難しい……そのために、彼らにはまだやるべき事があった。

「地球側からも今回の件につ いての交渉がきている……その結果が出るまでは、プラントにて休まれるがよい」

そう……地球側でもプラント と同様の状況に陥り、強硬派であった大西洋連邦も主戦力のほとんどと軍部内の主導権を握っていたサザーランド以下のブルーコスモスメンバーの消失のために 混乱し、そこに乗じて乗り出してきた勢力がプラント側と交渉を求めてきている。彼らはそれと言葉を交わし、地球軍側の残存勢力もまた協力に取り付けなけれ ばならない。

「ですが、アレに対し猶予は ないと思いますが……」

ハルバートンが口を挟む…… 彼らの示した猶予はたった5日間……6日目の迎えと同時になにかの行動を起こすのはもはや確定している。だが、それがなんなのかまだはっきりとは解からな い。

「それも承知だ……だが、再 編成にしても一朝一夕ではできぬ。無論、時間を掛けてもいられぬのも理解している。我らも早々に地球側との協力を取り付けるゆえ…それまで」

ジュセック達の言い分も理解 できる……この一年以上にも及ぶ戦争状態からいきなりの協力体勢は難しい……それでもやらねばならない今、迂闊な要素は避けたいのだろう。

「……解かりました。では、 そのお言葉に甘えましょう」

ダイテツが恭しく頷く。

どの道、クルーやパイロット 達もあの激戦で疲労を負っている…ここで少しでも休ませておかねばならないであろう。

「うむ…その間の補給につい ては任せてもらおう。遅くとも、明朝までには話をつける…では、御苦労だった」

労うように言葉を掛けると、 ダイテツ達は敬礼し、その場を去る。

評議場から退出していくダイ テツ達を見送るなか、ジュセックが立ち上がり、アスランに向かって声を掛けた。

「アスラン=ザラ」

声を掛けられたアスランは、 眼を僅かに見開き、怪訝そうに振り返る。

静かに歩み寄る……そして、 アスランの前に立つと、ジュセックが静かに告げる。

「ザラのことだが……ヤキ ン・ドゥーエ内で遺体が発見された」

苦く…そして、躊躇いがちに 話すジュセックに、アスランも息を呑み…表情を悲壮に染める。

「ザラだけではない……ヤキ ン・ドゥーエ内にいた者達は、ほぼ全て手遅れだった。原因は、666区画による空気汚染………」

語るジュセックの言葉も硬 い……アスラン自身、先の戦いでテルスの口から語られただけに、驚きは確かに少ないが、それでもやはり激しい怒りが込み上げてくるのを抑えることができな い。

戦闘終結後、調査員がヤキ ン・ドゥーエ内に入った時、そこに拡がっていたのは地獄だった。空気は全て666区画から流れてくるBC兵器に汚染された空気……そのために、ヤキン・ ドゥーエの格納庫に通路…それらにはいたるところに死体が浮遊していた。誰もが…絶望に苦しんだ表情を浮かべて……そのガスは全ての区画に及び、独立して いた避難ブロックにまで空気のルートが変更されており、生存者は0という悲惨なものだった。

生き残っていたのは船外作業 服を着込んでいた僅かな作業員のみ…ヤキン・ドゥーエにいた全兵士の一割にも満たない。

そして、調査員達が中央司令 室を訪れた時、互いに銃を向けて撃ちあった者達や舌を噛んだ者…嘆いた者……まさに地獄の中央………司令席に座るパトリックを発見したのだ。

右手に銃を持ち、こめかみに 当てて自殺した姿で………BC兵器で苦しむよりも、自害を選んだ心境はいかほどのものであったのか………

「ザラは、銃で自殺してい た……そして…これを握っていたそうだ」

懐から差し出すものに、アス ランが眼を驚愕に見開いた。

端が真っ赤に汚れていたが… それは、パトリックが執務室に置いていた自分と母の写真……汚れている真っ赤なものは、間違いなくパトリックの血であろう………

震える手でそれを受け取る と、アスランは眼元に涙を浮かべそうになる。

「父上………」

父は最期の最期に父に戻って くれたのだろうか……それは今となってはもう解からない。だが、そう思うことで、父に撃たれたアスランの心が僅かに救われるような気がした……そして…… 新たに決意をその胸に固める。

「……ありがとうございまし た」

意志を固めた表情でジュセッ クにそう告げると、静かに頭を下げ……いたわるような面持ちでいるラクスらのもとへと向かっていく。

その瞳に…もう迷いはなかっ た。

退出していく一同を見送る と、ジュセックは重く息を吐いた……パトリックとも親交のあった身…そして、ともに歩んできた者達がまた去っていく苦い思い……あんな子供達に託さねばな らない不甲斐なさに………

重い足取りで席に戻ると、手 元の通信機が着信を告げる。

「私だ」

徐に通信機を取り上げ、応じ ると補佐官からの返答が返ってくる。

《地球軍側の代表が見えられ ました》

「解かった、議場に通してく れ」

《はっ》

短く応じると、ジュセックは ユーリとアイリーンを見やる。

「アマルフィ議員、例の回線 を繋げてくれたまえ……カナーバ議員、交渉の進行を君に任せる」

その言葉にユーリとアイリー ンは頷く。

以前、ラクスらから齎された 地球側との交渉ルート…停戦の条項などは後回しにするにしても、まずは協力体制を構築する必要がある。外交議員であるアイリーンが復職してくれたおかげ で、なんとか交渉人は立つ。

改めて一同を見回すと、ジュ セックは静かな…力強い口調で呟いた。

「諸君……過去の経緯すべて を無にすることはできない…だが、今はそれを敢えて抑えてほしい……我々の是非によって、コーディネイターの……いや…人類の未来は決まるということ を………」

ナチュラルとの亀裂を完全に 修復するのは不可能であろう……過去の経緯についても同じことだ。だが、その個人的感情は今は抑え込まねばならない……地球軍の残存部隊と協力体制を構築 するための成否は彼らの手腕にかかっているのだ。

その言葉に、一同は重く頷き 返し…そして、彼らは決意を胸に交渉に臨む。

 

 

議場より退出した一同は、プ ラントの象徴であるエヴィデンス01のモニュメントが飾られた広場を訪れていた。

マリューやハルバートンに とっては直に見るのは初であろう……そして、リンもやや複雑な眼でそれを見上げている。

以前はさほど気にはしなかっ た……そう気に掛けるだけの理由もなかった…だが、今は少し違う……レイナの遺伝子の半身を成す生命体……その遺伝子は自身の内にも流れている。

そして……あのカインに も…………思考の渦に耽っていたリンはラクスの呼ぶ声に振り返った。

「あの…レイナはどうです か?」

「……まだ眠っている…相当 疲労を負ったみたいだからね…外傷はないから、心配はないと思うけど……」

不安げに問うラクスにリンも 言葉を濁す。

先の戦闘終了後に意識を失っ たレイナ……外傷は確認できなかったが、それでも極度の疲労を負ったらしく、今も深い眠りに就いている。

(カインとの衝突で…やは り、なにかあったようね……)

その場に実際にはいなかった ので解からないが……カインとの戦いでレイナにも変化があったのだろう。

やはり、カインと戦えるのは レイナだけであると……対の存在として生を受けた………そして、自分もまた…あの女との決着をつけねばならない………

ともあれ、今は短い休息の 時……少なくとも、明日までは身を休められるのだ……さしものマリューらもあれ程の激戦に疲労を隠せない。

その場を去ろうとするも…そ の時、マリューは奥から歩いてくる人物達を見つけ、声を上げた。

「ナタル……!?」

思わず上擦った声を上げ、そ れにつられて一同が視線を動かすと…そこには、ザフト兵によって連れられてくる地球軍士官達がおり、その先頭に立っているのはナタルであった。

当のナタルもマリュー達の姿 に驚きを隠せない。

「ラミアス艦長…それ に……」

驚きの眼でマリューを見や り、そして周囲にいたハルバートンやラクスら見覚えのある顔に見慣れぬ人物…そして、一番驚きに眼を見張ったのはリンを見てだ。いや、正確にはリンの容姿 に驚いたのかもしれないが……

「ク、クズハ…!? 貴様、 生きていたのか……!?」

上擦った声で問い掛けるも、 問われた当のリンは眼を顰める。そういえば…とマリューは思う。ナタルはレイナとリンの関係を知らないし、レイナが生きていることも知らないはずだと今更 ながら思い出した。

「あ、ナタル…彼女は……」

「私は、リン=システィ…… レイナ=クズハは、私の姉だ」

マリューが弁解する前にリン が冷静に答え返す……だが、その返答にナタルはより驚きに眼を見張った。

リンの名は、当然ナタルも 知っている…『漆黒の戦乙女』……だが、その彼女がレイナと瓜二つの容姿に姉妹だということにより驚きを露にしていた。

「ナタル、その…驚いている ところ悪いんだけど、貴方達も呼ばれたの?」

驚きに呆気に取られているナ タルの姿にマリューはどこか表情が緩みそうになるも、このままでは話が進まないと踏んだのか、言葉を切り出した。

「はぁ……その、今は私が総 指揮を執っているもので」

やや言葉を濁しながら、ナタ ルは答え返す……残存部隊のなかでまともに指示が出せたのはナタルだけなのだ。無論、ナタル以外にも階級が上の人物はいたのだが、それらも使いものになら なくなっており、また総司令官であったサザーランドに実質指導者であったアズラエルの乗艦していたセラフィムの消失に月基地の壊滅でもう指揮系統が半ば混 乱していた。だが、ナタルがなんとか理性を振り絞って冷静に対処し、ドミニオンが臨時中枢として残存部隊の把握に従事した。幸いに、プラントからの停戦の 呼び掛けもあり、矛を収めることができたのだが、月基地壊滅の今、地球側との通信も不可能であり、仕方なくこうして残存部隊を宙域に集結させ、プラントか らの招集に応じたのだ。

「ここなら、地球との連絡も 可能でしょうし……」

そう、臨時に指揮系統を立て ようとも彼女らが従うのはあくまで連合政府か連合軍上層部…そこと連絡を取り、最終的な方針を決めるためにも、地球側との交渉の場に同席という条件でプラ ント入りをしたのだ。

「お話中、申し訳ありません が……議長がお待ちですので…」

そこへ案内してきたザフト兵 がやや小さく声を掛け、マリューとナタルは話を中断する。

「では、我々はこれで」

「ええ」

敬礼するナタルに相変わらず と苦笑を浮かべる。背を向けるなか、ナタルは今一度マリューに振り返った。

「ラミアス艦長……私には、 まだ貴方方の選んだ道が最良だったのか、解かりません……ですが、あの敵だけは倒すものと…私自身も思っています」

静かにそれだけ告げると、ナ タルは他の士官達とともに議場へ入室していく。

それを見送るマリューはどこ か胸が熱くなる。

袂を分かったと思っていたか つての仲間……もはや敵としてしか遭えないと思っていたが、こうしてまた二人は戦場以外で出逢うことができた。

そんなマリューの肩をハル バートンが叩き、マリューは心なしか微笑を浮かべて頷いた。

願わくば……また…共に戦え ることを……静かに願いながら…………

 

 

 

その頃……あるプラントの内 部を走行するエレカが一台あった。

エレカには、二人の人影…… 運転席にはイザーク…そして、助手席にはリーラの姿があった。

何故彼ら二人がいるのか…… プラントへと寄港した時、リーラはダイテツからプラント内のある場所が記された地図を渡された。怪訝そうになるリーラにダイテツはそこに自分に関係ある者 がいると話を聞かされ、半ば釈然としない面持ちで上陸をプラントへと具申した。

だが、立場的にはザフトから 離反した以上、迂闊にプラント内に招くわけにもいかないが、今の情勢上、無碍にはできないので、監視のための随行員が同行するということで上陸を許可され た。その監視役としてきたのがイザークであり、当初はリーラも面を喰らっていたが、そのまま流されるようにイザークの同行のもとあるプラントに上陸し、彼 の運転するエレカに乗って地図の場所へと向かっていた。

進むエレカ内で、イザークと リーラは無言であった……話したいことはいろいろとある。カーペンタリアで別れた後のこと…それに、今までのこと……だが、いざ眼の前にすると言葉が出 ず、何を話していいか解からずに沈黙している。それは、やはり一度は敵対してしまったという後ろめたさゆえんだろうか……そして、イザークもまたそんな リーラの気持ちを察して変に話し掛けることはできなかった。元々口下手で人付き合いが苦手なイザークには仕方がないかもしれないが………そのために、上陸 してからの彼らの会話は主に簡単な問いと返事のみである。

二人が上陸したプラントはプ ラント群でも郊外にあたり、政治の中枢たるアプリリウスのように街が発展しているわけでもなく、どちらかといえば緑の多い地である。

静かな観光スポットでもある のだろうが、プラント内は消沈し、先程からほとんど人を見掛けない……中心街と違い、暴徒などの混乱は起こっていないようだが、ほとんどの者が家に閉じこ もり、もはや息を潜めているのだろう。

まるでゴーストタウンのよう な雰囲気の醸し出す港街を抜け、エレカはプラントの中心にある自然公園へと向かっていた。

風も吹かない人工の森や池が 密集した静かな場所へと辿り着く。

「渡された地図では、この辺 だが……」

地図を頼りに案内してきたイ ザークが言葉を濁すと、リーラも静かに頷きながら助手席から周囲を見渡す。

静かな木々のなか……奥に ひっそりと建つ建物に気づいた。

「アレ…かな……?」

付近に他に建物らしい建物は ない……ならば、ダイテツが示したのはあの建物であろうか。

首を傾げながら二人はエレカ を降り、ゆっくりとその建物に近づいていく。

白亜のコテージをイメージし たような建物……そこは、小さな療養施設だった。コーディネイターといえど、心身喪失に陥ることがないとも言い切れない。そういった心身喪失者のための保 養施設であった。だが、何故ここへ行けとダイテツは言ったのか……疑念を募らせながら、呼び出し音を鳴らす。

《どちら様かな?》

返ってきたのは、やや低い 声……それに対し、イザークが答える。

「ザフト軍の者だ……少々、 訊きたいことがあるのだが………」

《軍人がこんなとこに何用 じゃ?》

やや声が警戒したものに変わ り、イザークも表情を厳しげにしながら毅然と答える。

「ダイテツ=ライガより託を 受けた者を同行してきた……その辺の事情について、なにか知っているか?」

《ダイテツのか? 託ってき た者というのは…まさか、リフェーラ=シリウスかのう?》

「あ、はい…私です。リ フェーラ=シリウスです…あの、私に関係があると聞いてきたのですが……」

イザークの後ろから顔を出 し、答えると、向こうも警戒心を和らげたように答えた。

《おお…待ちなさい、今出よ う》

通信が途切れると、一分もし ないうちにドアが開き、そこから年輩の白衣を着込んだ老医師が姿を見せる。

「お主か…よう来たの……さ あ、上がりなさい」

「あ、はい……」

促され、そのまま施設内に入 るリーラとイザーク……施設内は静けさに包まれており、人の気配がしない。

この施設を、この老医師が一 人で管理しているのだろうか……しかし、何故自分達がここに呼ばれたのか…その疑問を浮かべながら二人は施設の2階へと上げられ、一つの病室の前まで案内 された。

「さあ、ここじゃ……驚くか もしれないが、あまり騒がないようにな」

そう言葉を掛けられ、戸惑 う……そして、病室のドアがゆっくりと開かれ…リーラは室内へと入室した。

白亜の部屋に窓には白いカー テンが微かに吹く風に揺られている……そして…部屋に設置されたベッド……呼吸器の音と心音を表示する心電図が微かに音を立てる中心に眠る人物を見た瞬 間、リーラの眼が驚愕に見開かれた。

「そ、そんな………」

半ば、眼の前の光景が信じら れないように呟く……ベッドの上に眠る人物は、リーラがもっともよく知る人物だったからだ。

「お母……さん…………?」

片言で発した言葉にイザーク が驚きを露にする……ベッドに眠るのは、リーラの母親であるアリシア……あの運命の日………自分を逃がすために犠牲になったリーラにとって最愛の母……そ れが眼の前で眠っている。

「外傷は塞がったが…まだ意 識は戻っとらん……本来なら、面会は避けたいところじゃが…今回は特別じゃ」

驚いているリーラに向かって 老医師が説明する……あの日……リーラを逃すために独り屋敷に残り、ジークマルによって負傷したアリシアは、救出に向かったラスティとルフォンらが用意し ていた医療カプセルに入れられ、その後プラント内を巧妙に隠してこの施設へと搬送した。重症ではあったが、医療カプセルによってなんとか一命は取り留めた ものの、彼らは地下活動を行っていたために連れて動くこともできず、プラント内の医療施設に入れるわけにもいかない。

そんななか、ダイテツがアリ シアを託す相手として選んだのが、この湖畔の保養施設であった。この施設の主たる老医師はナチュラルであるが、半ば世間から忘れ去られた生活をしているた めに、特務隊の手も及ばず、またダイテツとも旧知の仲であることから、この件を引き受けたのだ。

だが、今のリーラにはそんな いきさつはどうでもよかった……おぼつかない足取りでベッドに歩み寄り……眠る母の手を震える手で取る。

「お母さん……生きて…生き ていてくれた………うぅぅっ」

もう二度と叶わないと思って いた……こうして母の手を取ることなど………たとえどんな姿でもいい……こうして母が生きていてくれただけでリーラには充分だった。

手を自らの頬にあわせ…… リーラは静かにその場で啜り泣き…イザークと老医師は揃って病室を後にした。

 

 


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