既に最初の一日も終わりに近 づき……ディカスティスの示した期日までのリミットが縮まるなか、寄港するオーディーン、ネェルアークエンジェル、エターナル、ケルビム、スサノオの5隻 は船体の修理と大破した機体の整備と補給を急いでいた。

幸いにプラントからも修理の ための資源を優先的に回してもらい、またドックの使用も許可されているために修理は滞りなく進んでいるが、問題は別のところにあった。

オーディーンの医務室に入室 するリン、ダイテツ…そして、それに反応して振り返るフィリア。

「どうだ…レイナの様子 は?」

「はい…相当身体に負担が掛 かったみたいで……まだ眠りから眼醒めてはいません………眠っているだけですから、大丈夫とは思いますが………」

彼らが視線を向ける先には、 ベッドに眠るレイナの姿……あの後………ジェネシス付近でのメタトロンとの戦いが終わった直後に深い眠りに落ちた。幸いに傍でエヴォリューションがすぐに 支え、随行してオーディーンに戻ったために問題はなかったが、その後もこうして丸一日近くレイナは眠り続けている。

今まで大きな怪我を負って自 己治癒のために眠りに就いたことはあったが、今回は外傷はない……にも関わらず、今までよりも深い眠りに就いている。

原因は……おおよそだが予想 できる。

「やはり、例のシステムが原 因か?」

ダイテツが問うと、フィリア は躊躇いがちであったが……静かに頷く。

「インフィニティのシステム ログを確認しました……先の戦いで、2回…連続してシステムを起動させていました……システム:IRPAを」

帰還したインフィニティの整 備時にルフォンに頼んでシステムのログを検索した結果、インフィニティの頭部に搭載されていた例のシステムの起動が確認できた。

ダイテツが渡した起動ディス クとコンソールに嵌め込まれたクリスタルも確認した。間違いなく……レイナはあのシステムを使ったのだ。

 

――――――Infinitely and Ruining Possibility Arithmetic feedback unit System

 

通称:IRPAシステムと呼 ばれるインフィニティに搭載された特殊装置。ウォーダンが基礎理論を組み、それをマルスが応用したもの……パイロットの感覚と機械間の連動を促し、二つを ダイレクトに接続し、機体自体を自らの肉体のように扱い、尚且つ反応速度と動体視力を通常よりも倍化させる。また、システムには高度な演算装置が施され、 様々な知識や技能から最適な対処方法を瞬時に弾き出し、パイロットに行動を示す。

だが……それはあまりに膨大 な知識の波……それ故に、並みの者ではそれに耐え切れない。データを規定容量以上に瞬時に入力するようなものだ…結果、処理し切れずにハードは損壊…通常 なら廃人になりかねない………このシステムはウォーダンがほぼ独力で理論を組み、また実験していたためにその詳細はフィリアには解からない。唯一知ってい たと思しきマルスも結局口を閉ざしたままだった……解かっているのは……このシステムを扱えるのはレイナと…リンだけであるということ………

「でも、レイナでさえシステ ム連続使用は危険すぎる……」

そう……たとえシステムが扱 えようとも、別の問題がある…それは、使用者の制限頻度だ。

いくらシステムの使用に耐え ても、それが何度も続けば……使用者の危険に繋がる。

「もし、同じようにシステム を行使すれば……貴方も無事じゃすまない」

リンに向き直りながら、フィ リアが低い声で呟く。

やや表情を強張らせる……リ ンはまだそのシステムを使用してはいない…だが、使用すればまず間違いなくレイナと同じ状態に陥るだろう。

「……でも」

「でも…私達にしか使えな い……そして…それが使いこなせなければ、私達はあいつらと戦うこともできない………」

反論しようとしたリンの言葉 に被せるように発せられた言葉に一同は驚いて振り向くと、ベッドで眠っていたはずのレイナが眼を覚ましていた。

「姉さん……」

「レイナ、気がついたの?」

「ええ………」

レイナは気だるげに呟き、身 を起こす……疲労と…あの刻に感じた虚脱感はある程度だが消えている…それでも、まだ多少眩暈はするが………

「聞いていたのか?」

「といっても、途中からだっ たけど………」

身体を起こしながら、右手を 動かし、感覚を確かめる……大丈夫…まだ…………鈍っていない………無意識に独りごちると、顔を上げる。

「なら、貴方も解かっている でしょう…あのシステムの危険性を……もし、この先連続で…いえ……システムをオーバードライブさせ続ければ、貴方の方が……」

フィリアがやや睨むように言 い募る。

システムの連続使用もだが、 問題は2度目の起動……10分近くシステムを起動させ続けた。あのメタトロンとの戦闘ではほぼこの状態を維持していたのだろう……だが、当然それだけ長時 間使用すれば、レイナへの負担はさらに増す。

起動させるだけでもリスクが 大きい……にも関わらず長時間使用を続ければ………まず間違いなくその負担がレイナの脳神経や身体の全神経にまで及び、最悪レイナ自身の死という最期に陥 る可能性も否定できない。

マルスやヴィアがその危険性 を危惧し、システムにリミッターをかけた理由がそれだった。

「死なんか、最初から覚悟し てるわよ……それに…アレを使わなければ、連中は倒せない……」

違う?とばかりに視線を向 け、素っ気なく言い放つと、フィリアは押し黙る。

一対一ならルン達はともか く……あのカインを倒すには…最悪互角以上に戦うには、それぐらいのリスクなどどうということはない。

リンに視線を向けると、リン もそれは承知とばかりに頷く。

「それより、今の状況 は……?」

オーディーンの艦内だという ことは解かるが、自分が意識を失ってから周囲がどうなっているのか、まったく解からない。

その問いに、リンが答える。

「今、私達はプラントに厄介 になっている……それと、今プラント評議会と連合政府の方でいろいろと議論が交わされているはずだ」

既にあれから一日が経過し、 プラント内の混乱と収拾のために評議会が動いているが、芳しくない現状に、評議会は自分達に事態収拾を依頼してきた。そのために地球側との停戦と共同戦線 の交渉のために、今も議場では議論が交わされていることだろう。

プラント側は以前から根回し をしていたパーネル=ジュセックらによって政権交代はされたが、問題は地球側だ。地球側の方は、強行に殲滅を支持していた大西洋連邦の軍上層部とブルーコ スモス盟主のムルタ=アズラエルがあの混乱で消えたはずだ。それに、あの衝撃的な宣戦布告を受ければ、政府機能もガタガタになっているだろう。今までブ ルーコスモス主導で動いていた政治家連中はどうしていいか解からずに互いに責任の擦り付け合いしかしていないだろう。なら……この混乱に乗じれるはずだ。

「交渉結果は遅くとも明朝ま でには出すと言っていた……すんなりいけばだけど」

あまり期待していないといっ た表情で肩を竦める。

確かに……これまで敵対し、 互いに相手の存在を滅ぼすところまできかけたのだ。そんな両者が手を取り合うのは、いくらこの現状が異常とはいえ、そううまくいくとも思えなかった。

「まあ、明朝の状況でこちら も判断しましょう……連中も、5日間っていう猶予をわざわざ御丁寧にくれたのよ……少なくとも、6日目までは連中も動かないと思うから……」

あれだけ大々的に表舞台に姿 を晒し、尚且つ宣戦布告したのだ……しかも、死刑執行までの猶予という慈悲という名の苦しみを与えて………

「しかし、何故わざわざ猶予 など………」

意図がよく掴めずに、ダイテ ツが漏らすと……レイナは鼻を鳴らす。

「恐らく……見下ろしている んでしょう…人が苦しみ……絶望し…そして……足掻く様を………」

わざわざ5日間という猶予を 与えたのは、その間に絶望に苦しむのを愉しむためだろう……そして……抗う愚か者達を待っている………

「ひょっとして…連中は、 待っているのか……反抗するのを?」

レイナの考えに同調したよう にリンが問い掛ける。

それに対し、レイナも頷き返 す……与えられた5日間の間に、どれだけの反逆者が出るか……それは、連合とザフト…そして自分達が残った力を結集して反抗してくるための準備期間だと考 えれば、辻褄は合う。

「そして……それを完全に叩 き潰し、破滅と絶望を完全なものとすることね」

総力を結集して抗う反逆者を 完膚なきまでに叩き潰し、それを世界に示すことで完全に世界を絶望に染め、滅びを確実なものとする……随分と凝った演出だと内心毒づく。

「だが、連中の言うセイン ト・メテオとは何のことだ?」

それだけが唯一解からない点 だ……5日間の猶予の後…N・G・Eの一つとして行なわれると思われる奴らの所業………

「メテオは流星……そして、 神を気取った連中のことだからね……必ず、それに相応しいものを出してくる………」

そう……これも奴らの演出の 一つだ………なら、世界に対する最高の皮肉で使うはずだ。

この戦争から始まる業の 闇……なら、最期を締め括るのは………

「まさか……」

何かに思い至ったリンが顔を 強張らせ、ダイテツとフィリアもおぼろげではあるが、ハッと眼を見開く。だが、その表情は半信半疑であった……レイナは頷くようにあさっての方角を見や る。

「……奴らは…ユニウスセブ ンを地球へと堕とすつもりよ………」

発せられた…可能性を示唆し ながらも…どこか信じられない言葉を………

ナチュラルとコーディネイ ター……二つに分かれてしまった世界に起こった今回の戦争…その発端……ユニウスセブンを使ってこの世界の最期とする………随分と劇的で…皮肉を込めた所 業といえる。

医務室が静まり返る……レイ ナはシーツを取り、ベッドから立ち上がる。

「レイナ、まだ起き上がっ ちゃ……」

まだ意識が戻ったばかりで起 き上がるのは無理と留まらせようとするも、レイナは眼でそれを制す。

そして、視線をダイテツへと 向ける。

「……止めないの?」

ダイテツが無言であることに 思わず問い返す。

「聞くのか?」

そう返され、レイナも苦笑を 浮かべて肩を竦める……なにを言われても今更だ。ダイテツも言って聞くようなものなら、とうにしているだろう。

「明朝の会議にはお前も同行 しろ……出発は、その後だ。他の艦にもそう伝えておく」

それだけ言うと、ダイテツは 背を向ける。

「だが、今は休んでおけ…… 次はいつ休めるか解からんからな」

それだけ念を押すと、ダイテ ツは医務室を後にした。残されたレイナはフッと肩を竦めると、ジャケットを取り、羽織る。

不意に、ジャケットから零れ 落ちたものに気づき……眼を向けると、システム起動時に外したペンダントだ……これまで、一度たりとも身から外したことのなかったもの………レイナはそれ を拾い上げる。

レイナを医務室に搬送する 際、リンが基盤から外し、持って来たのだ。

それを強く握り締めると…リ ンを見やり……互いに意志を確認し合うと、頷き合う。

「待って……無駄かもしれな いけど…これは私個人じゃなく医者として……貴方達の身を案じる立場として……これだけは言っておくわ」

退出しようとしたレイナとリ ンを引き止め、二人が振り向くと…フィリアは意を決して呟いた。

「そのシステムの使用に貴方 達が耐えられるのはもって数分が限度よ……もしそれ以上続ければ、システムによる過負荷が貴方達に逆流し、貴方達を…………壊すわ」

低い声で最後に発せられた言 葉……脅しとは思えない………それだけの危険性が孕んでいるのは既に承知の上だ。

それも覚悟の上とばかりに二 人は頷く。

その様子にもう何を言っても 無駄と悟ったのか……フィリアはデスクから一つのケースを取り出し、その中身のカプセルを取り出すと、レイナに向けて放り投げる。

手で掴んだカプセルにレイナ が訝しげにしていると、フィリアがやや苦い声で呟いた。

「気休めにしかならないと思 うけど……一応、リラックス用に私が調合した薬よ。それだけ飲んでおきなさい」

そう呟くと、レイナは軽く笑 みを浮かべて頷き、医務室をリンとともに退室していった。

残されたフィリアは今一度、 大きく溜め息をついた。

「やっぱり…似るものなの ね……頑固なところは貴方そっくりよ、ヴィア」

呆れと己への不甲斐なさ に……フィリアはシートに身を預け、天井をぼんやりと見詰めるのであった。

 

 

 

 

一日目が終わる……まるで、 死刑台への階段を一歩上がるような感覚のなか…誰もが眠れぬ夜を過ごしたプラント……自動制御の天候により、仮初の朝陽が昇り、それだ朝が来たということ を知覚させる。

そんな陽の出を降下エレベー ターから見詰める一同……アプリリウスの首座に置かれた評議会議場に昨日の地球側との交渉状況について確認するためであった。

昨日のメンバーにレイナを加 え、一行は静かに待つのみ……正直、どこまで交渉が進んでいるのか見当もつかない。肝心の地球の情勢がどうなっているのか…それさえも今は解からないの だ。まあ、プラントの近隣宙域に集結した残存の地球軍艦艇が動かないところをみると、それ程悲観的ではないかもしれないが……

長距離通信を用いたリアルタ イムでの交渉は連中に察知されるかもしれないが、連中なら情報を手に入れようとすればそれこそそんな手段を用いずとも楽に手に入れるだろう。それに、どん な手で挑まれようとも覆すことなどできないと自信があるかもしれないが……

思考を巡らせながら一同はエ レベーターが到着し、議場へと案内役の兵士に先導されて議会場へと向かう。

そして、その傍にあるエヴィ デンス01のモニュメント広場まで来た時、伝令官が確認のために暫くの待ちを伝え、議場へと連絡を取っている。

その傍ら……レイナはゆっく りと視線をエヴィデンス01の化石を見上げる。

レイナ自身、実物でエヴィデ ンス01を見るのはこれが初だ……化石となり、その身を遺すこの生命体は、いったいどんな想いでこの宇宙に生まれたのだろう…と、まるで内に問い掛けるよ うに呟く。

自身の内に宿るこの生命体の 遺伝子……ウォーダンは、この生命体を神の遣いとでも錯覚したのだろうか……そもそもこれが鯨だという確証もない。ただ骨格が似ているだけで……まるで、 自分のようだなと内心苦笑する。

人間の遺伝子を持ちながら も、半分は人間外のまったくの未知の生命体の遺伝子……人の身を持ちながら人にあらざる存在……呪われた闇の忌み子………

「姉さん……?」

リンが声を掛けると、レイナ は振り向く。

「私とカイン……どっちが、 人で…エヴィデンスなのかしらね……」

自嘲めいた笑みで何気に発す る……同じ出生と同じ人とエヴィデンスの遺伝子を持ちながらも、相反する道を選んだ二人………いったい、どちらが人の性で…どちらがエヴィデンスの性なの か……問われたリンは言葉を濁す。

そこへ、伝令官が議場への入 室を促し、一行は入っていく……それに続くようにレイナとリンも歩み出した。

……滅びるべきは…私達両方なのかもね

小さな声で発せられた言葉 に…リンが思わず足を止めるも……レイナはそのまま歩んでいく。その背中を、どこか複雑げに見詰めながら、リンも一歩遅れて議場へ入室した。

 

 

議場へと入室すると、そこに は昨日と同じ面々が揃っていた。

反対側の席には、ナタルら地 球軍の代表の姿もある。

議席の前に立つと、ダイテツ が一歩前に歩み出て、言葉を発する。

「指定のあった通り、出頭い たしました…まずは、交渉の進行のほどをお聞かせ願います」

丁寧な口調で昨日からの地球 側との交渉の程はどれ程進んだのか……ジュセックは一度議員を見渡し、視線を戻すと、手元のスイッチを押す。

議場の頭上に巨大なモニター 画面が降りてくる……一同がそれを見上げる。

「まずは、これを見てもらい たい……昨日のニューヨークの連合議会での映像だ」

ジュセックが発した言葉に驚 愕する……モニターがノイズに乱れ…やがて、クリアになると……そこには巨大な会議場が映し出された。

階層式の議場に中心に添えら れた代表席……資料でしか知らないが、地球連合構成国の中枢である大西洋連邦の在る北米大陸のニューヨークに存在する連合議会の会場だ。

幾人もの政治家が集まり、議 論…というよりも、ただの言い合いにしか見えないものを交わしている。

内容は解からないが、恐らく カイン達のあの宣戦布告に対しての対策と名ばかりの責任の擦り付け合いだろう……ただでさえ、議会を占める大西洋連邦の政治家達は殲滅戦を指示した者も多 く、また自国の兵力をほぼ宇宙に上げたはよかったが、それがほぼ失われてしまったのだ。

そんなくだらない光景にいっ たいどうしたのか…と思わず問い返そうとした瞬間、突然画面内で変化が起こった。

議会場の入口が開き、突如武 装した兵士達が乱入してきたのだ……それに口論を止める一同…やがて、兵士達の奥から一人の男が姿を見せる。

「シオン……」

その男をレイナは知って…い や、見覚えがあって当然だろう……なにせ、そのシオンに協力を取り付けたのは紛れもない自分なのだから。

兵士達に先導され、シオンは そのまま中心に発言台に立ち、静かに周囲の政治家を見渡す。シオンの登場にやや気圧されたが、一部からはヤジが飛んでいる。だが、それもシオンの一睨みで 言葉を紡ぐ。

やがて、シオンは一息呑み込 むと……低い声で言葉を発した。

《連合議会の諸君、そして、 この会議を御覧になっている連合国民の方々…地球にいる者達に対し、まずは突然の非礼を詫びたい。ですが、その非礼を承知で聞いていただきたい……私は大 西洋連邦のシオン=ルーズベルト=シュタインであります》

堂々とした物言いに議会内は 水を打ったように静まり返る。

《先の謎の一団による宣戦布 告……既にご存知であると思われる…アレは、この世界に…我々に対し宣戦布告してきた! そう…ナチュラルやコーディネイターではない…この世界に! な ればこそ、私は皆さんに訴えたい! 我々が今! 成すべきことを……!》

大仰に手を振り上げ、そして 訴えるシオン……民衆の反応を引き付けるにはなかなか効果的なやり方だ。この連合議会の程はまず間違いなく混乱鎮静のために連合の諸国家に中継されている はずだ。

《今、この世界は混迷のなか にある……地球とプラント…双方の戦争である! だが、その戦争ももはや続ける意味がないのは承知のはず! 世界情勢の不安定さを理解していながらもなお 戦争を…コーディネイターを殲滅することを掲げるブルーコスモスに侵された今の連合により、地球は衰退の一途を辿っている!》

その言葉にどよめきが起こ る。議会場内には同じ大西洋連邦の議員もいるのだ。

だが、それはあくまで政治家 としての観点だ……事実、連合諸国家においても貧困の差は歴然としている。

特に酷いのが強制併合された 南アメリカ合衆国やヨーロッパ方面である。南アメリカ合衆国内は貧困に苦しみ、結果、大西洋連邦の国内への移住を余儀なくされ、国としてはまさに衰退し、 ヨーロッパ方面は両軍の激戦が幾度となく繰り広げられ、未だに不安定な状勢を拡げている。

それらの地域の民衆に至って はザフトよりも支配国である連合の横暴が眼にあまり、連合への不満も大きい。

《ブルーコスモスという毒に より、彼らは護るべき地球そのものをなんの躊躇いもなく傷つける狂信者に成り下がっている! 先のアラスカでの戦い……連合政府による発表では、ザフトの 新兵器による自爆と報じられました…ですが、事実は違うのです! 大西洋連邦の上層部に入り込んだブルーコスモスによる自作自演だったのです!》

その報道を見ていた民衆から 混乱が起こる…そして、シオンの背後のモニターにアラスカのJOSH−A基地と地下に設置されたサイクロプス……そして、発動キーの受け渡しに関してサイ ンした当時の大西洋連邦の高官の書類などが表示され、それについて関わった者達の名も表示され、議員のなかには驚愕に眼を見張り、唖然となっている者もい る。

《これらの証拠からも、彼ら は護るべき者を見捨て…また地球を護ると謳いながらもなんの躊躇いもなく汚す! あまつさえ国民の方々に対し偽装の発表を行い、真相を隠そうとするので す!》

大西洋連邦がひた隠しにして いた事実……当時は連合内部においても真偽を問う動きはあったものの、結果的には忙殺されたものだ。この事実に利用されたユーラシア連邦内の民衆ではこの 事実を追求せずに黙殺した政府に非難が集中し、尚且つ大西洋連邦の民衆は今まで信じていた自国の政府に対して不審感を抱くだろう。

最早、大西洋連邦にとっては 消しようのない汚点になるだろう……実際に関わった将校達はほぼ戦死しているとはいえ、身内の犯した罪である以上、非難は当然向かうのだ。

《ですが、私はここで敢えて 皆さんに伝えたい! ブルーコスモスは大西洋連邦を…地球連合を侵した毒ではありますが、ブルーコスモス本来の理想は断じて違います! ブルーコスモスは 本来、地球の自然を愛し、そして失われゆくものを護るために組織されたものでした…ですが、この崇高な理想は一部の狂信者によって歪められ、このような毒 と化したことを誠に遺憾に思います》

沈痛な表情で……重々しく項 垂れるシオン……その仕草に、さぞブルーコスモスの強硬派達は苦虫を踏み潰していることだろう。

だが、ブルーコスモスも元々 はテロと遜色ないような組織ではない……元々は地球の自然愛護を目的とした組織だったのが、コーディネイターという存在の出現で一部の者がその主張を無理 矢理変えていったのだ。

《私もまた、ブルーコスモス のそんな理想に殉じる者です……今は歪められているこの理想を私は本来の形へと戻したい! 現在、連合を我が物とするブルーコスモスの一部に扇動された大 西洋連邦の暴挙は決して赦されるものではない……ですが、コーディネイターの犯した罪もまた我々は裁かねばならない……かつて、ファーストコーディネイ ターたるジョージ=グレンはコーディネイターを調停者…未来において宇宙に旅立つ人類と異文化とのコンタクトにおいて橋渡しとなる者と提唱しました…我々 もそれを信じ、第一世代のコーディネイター誕生を黙認しました……ですが、その結果生み出されたのはさらなる対立であり、双方の殲滅です! これは、 ジョージ=グレンの遺志さえも都合のいいように解釈しているコーディネイターの責任でもあります!》

なかなか真実の使い方が巧 い……流石に裏世界に通じていない……アズラエルとは違い、経験も豊富なだけあり、なかなか狡猾だとレイナは内心称賛した。

《人類が外宇宙へと旅立つ夢 を誤らせた道へと進め、コーディネイター達はナチュラルを軽視するという過ちを起こした。それは不幸だ…ですが、もうその歴史を繰り返してはならない!  過去の歴史の示す通り、人類は争いの歴史を繰り返してきました…ですが、その都度我々は尊い犠牲とともに乗り越えてきました……此度においても、乗り越え ると…私は信じております。そして、それを成すのは今を生きる我々の務めなのです! ナチュラルとコーディネイターの相互理解を促し、そして人類のさらな る革新を促すために、我々は今! あのような得体の知れぬ神の啓示に屈するわけにはいかない!》

ようやく本題に入った……だ が、前振りが随分効果的になったのは間違いない。大西洋連邦内の暴挙を暴露しつつ、コーディネイターを諌めることで決して弱腰は見せない。

まあ、プラント側からしてみ ればやや苦いものかもしれないが………

だが、あのような恐怖を伝染 させるような宣戦布告に混乱している地球の各地にはこうした方がいいかもしれない。

《そのためにも、今は過去の 諍いを忘れ、我らはプラントとともに一致団結し、戦わねばならない……連合国民の方々の中にはこの戦争で家族を失った者もいるでしょう…愛する者を失った 者もいるでしょう………ですが、今はどうか耐えてもらいたい…この戦争で散った犠牲者の方々の崇高な想いを継ぎ、そして未来へと繋げるために……どうか、 今は力を貸していただきたい!》

必死の思いで頭を深く下げ、 沈痛な面持ちで訴えるシオン……それにより、国民達のなかで微かな葛藤が生じる。

《地球連合もまた、地球を護 ろうという崇高な目的を持つ者達だ……だが、一部の欲にまみれた者達により、それらが汚される…逆らうもの全てを悪と称しているが、悪は彼らであり、地球 を汚し、喰い潰そうとする癌である! この映像を御覧になっておられる方々に今一度聞いていただきたい! こうして議会を占拠し、御覧になっている方々に 混乱を招いたことを深くお詫びします……ですが、私は敢えてその汚名を浴び、これら癌たる者達の排除と……この地球を護るために、全力をもって戦うことを ここに宣言します!!》

高らかに腕を振り上げ、そう 宣言したシオン……議会内では一部で拍手を上げる者もいる。

民衆の間では歓声が起こって いる地域もある……これにより、連合議会はまず間違いなくシオンを含めたその一派に委ねざるをえないだろう………そして、その瞬間、映像が途切れる。

やや沈黙が続く議場内で、 ジュセックが肩の力を抜くように軽く息継ぎをした後、こちらへと視線を向けた。

「以上が……十時間前に大西 洋連邦内で行なわれた連合議会の様子だ」

地球だけでなく通信衛星によ り、各コロニーまでこの演説は飛んだようだ……恐らく、大西洋連邦がザフトを殲滅した後、自らの戦火を華々しく報道するためにNJCを搭載した通信衛星を 上げていたのを利用したのだろうが………

「これにより、連合政府にお いても多少の混乱が起こっている……」

このシオンの演説により、連 合政府は混乱が起こっている……今まで散々地球の守護者と謳っていた地球連合の化けの皮を剥がしたのだ。しかも、それを行なったのは同じ大西洋連邦に属す る者という内部告発によってだ。こう直に証拠を突き出された以上、アズラエルに扇動されてのった政治家は失脚を余儀なくされるだろう。そして、シオンらに ついていた者達が台頭するのは間違いない。連合内の民衆においても現大西洋連邦の政権は支持を急落させるだろう。特定の悪を示してやれば、民衆はそれに流 れる……さらには軍部内においても査察が入ることは間違いなく、ブルーコスモスに毒された軍人は駆逐されることだろう。強硬派路線に移った他国の議員にお いてももはや公に支持するわけにはいかなくなる…政治面でもブルーコスモス強硬派の払拭がこれでできる。

「そして、スカンジナビア王 国からのルートにより、連合政府との協議についての結果を述べる………」

連合議会の混乱後、大西洋連 邦を含めた連合政府はシオンらを中心とした臨時議会を組み、スカンジナビア王国のルート仲介を行い、プラント臨時評議会にコンタクトを取ってきた。

「地球連合軍残存部隊は、有 志による一団のみ、現プラント政権の抱える部隊と合流し、今回の件の収拾に当たる…と」

その言葉に、マリューや幾人 かの眼が見開かれ、なかには安堵の息を漏らす者もいる。

「無論、事態収拾後には停戦 に向けた様々な協議がある……それらの詰めも今回の件が収拾してからになるが……」

今回の協議で取り付けたのは 件の収拾についての両軍の残存兵力の統合化だ。シオンの演説以上に地球圏内で報道されたあれらの映像と宣戦布告による混乱の収拾のためには、連合政府も国 民に対しアプローチするためにどうしてもプラントの進めた残存兵力の統合化が必要なのだ。

無論、残存兵力といってもも はや中枢を失っている以上、全てが機能するわけではなく、有志による部隊編成のみで今回の作戦にのるということだ。そして、肝心の停戦に関しての要項詰め はこの件が収拾してからだろう。

「なお、連合政府及び連合軍 上層部より命令を預かっている……」

アイリーンの視線がダイテツ らに向けられ、その視線がハルバートンを捉える。

「第8機動艦隊旗艦:ケルビ ム艦長、デュエイン=ハルバートン提督に、残存地球軍の有志艦隊の総指揮を命じる……」

ハルバートンの眼が驚愕に見 開かれる……他の面々も驚いたようだ。

ハルバートンは既に脱走兵の 身分……そんな人物に有志とはいえ、残存の地球軍艦隊の指揮を任すなど…だが、レイナだけは眼を細めていた。

恐らくこれはシオンが手を回 したのだろう……連合の内情もあちらには既に知れ渡っていることだろうから、ハルバートンらが脱走したことも伝わっているはずだ。

「お言葉ですが、私は……」

だが、腑に落ちずハルバート ンは思わず疑問を挟む。

それに対し、動じた様子も見 せずにアイリーンは続ける。

「まだ続きがある……なお、 プトレマイオスクレーター消滅に伴い、多くのデータ消失のために、貴官の脱走記録は存在しない。よって、貴官はMIA登録より復帰とみなす。以後の質問及 び異議は受け付けない……以上だ」

読み終えたアイリーンが恭し く見やる。なかなか姑息なことをする……月基地壊滅とともにデータが消失したというのは事実だろうが、少なくともハルバートンの脱走は伝わっているはず だ。にも関わらず、ハルバートンはMIA登録に変更されていて、復帰を望むとは……まあ、裏を返せばそれだけ指揮官に欠乏しているのだ。カインらに中枢の ほとんどを奪われた今、指揮官経験のある士官がいるのならたとえ脱走兵だろうが使うというのが本音だろう。

「ハルバートン提督、お聞き になった通りです……我らは今より、貴官の指揮下に入ります」

今まで静観していたナタルら がアイリーンの通達が終わるとともにハルバートンに向かって敬礼する。既に佐官クラスとはいえ、直接的な指揮系統から外れていた士官ばかりの今、連合上層 部と連合政府から正式に辞令が下った以上、反することはできない。

やや難しげな表情を浮かべて いたハルバートンだったが、やがて表情を引き締めて敬礼を返した。

 

 


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