プラントを発って数時間 後……オーディーン、ネェルアークエンジェル、スサノオ、エターナルの4隻は衛星軌道に辿り着き、アメノミハシラに寄港のビーコンを送った。

アメノミハシラの管制室でも それはキャッチされた。

「確認しました……オー ディーン以下4隻に間違いありません」

「よし…接舷を許可すると発 信しろ。その後、整備班はすぐさま補給作業に掛かれ」

「はっ!」

ミナの指示に応じ、管制官が 指示を送る。

4隻は誘導に従い、アメノミ ハシラに入港してくる……ドックに入り、固定作業に入る。

艦がアームに固定されると、 ハッチが開き……待機していた整備班が補給物資を搬入し、傷ついた船体の修理や弾薬とうの補給に入る。

各艦の格納庫では、艦載機の 整備と修理が急ピッチで開始された。

そして、レイナら主要メン バーが管制室を訪れる。

「ロンド=ミナ=サハク…… こうして受け入れてくれたこと、感謝するわ」

無重力のなかを移動し、降り 立ったレイナがそう告げると、ミナは薄い笑みを浮かべる。

「貴様達にはいろいろと訊き たいが……どうやらそうもいっていられるような状況ではないらしい」

「……事情は既に知っている と思うけど」

あの映像は量子通信を利用し て世界各地のメディアに放送されたはずだ……当然、このアメノミハシラでもキャッチできただろう。

それに、ミナがその後の情勢 や異常に気づかないほど愚かではないことも………

「ユニウスセブンのことだろ う? 詳細は生憎解かっていない」

ミナ達もユニウスセブンの突 然の軌道変更に対し、状況把握のために監視衛星や無人偵察のMAを向かわせもしたが、全てロストしている。

「だが、最初に派遣した監視 衛星の反応が途切れる前、観測データの一部を送ってきた……モニターに出せ」

全員の視線が中央のメインモ ニターに移り……そして、モニターに荒い映像が映し出される。

やや風貌を変えたユニウスセ ブン……そして、その周囲に布陣する無数の艦艇………

「どうやら、連中はあの辺を 隠れ蓑にしていたみたいね……」

メンデルでの戦いの後…い や、もしかしたらもう少し以前……少なくとも、自分達がデブリベルトを訪れた後には連中の手が入っていたのかもしれない。

「御覧の通りだ……落下突入 の予想は、6日目の時刻変更と同時だ」

つまり、連中の指定した猶予 の5日間以内に止められなければ……地球は壊滅的被害を受ける。

ましてや、戦争で疲弊した地 球には、これ以上の災害が引き起これば、連鎖的に崩壊していくだろう。

「地上の様子は?」

「混乱が各地で起きている な……連合政府も動いているが、なかなか…」

シオンの演説があったとはい え、やはり混乱全てを抑えることはできない……暴徒と化す者や悲観し、自殺する者など…プラント内と似たような事態に陥っている。

連合政府も抑制のために軍警 察などを出動させてはいるが、ただでさえ今兵力が枯渇しているため、所詮は焼け石に水だろう。

人々の非難はこういった事態 を招いてしまったとシオンに錯覚させられたブルーコスモスの強硬派に向き、ブルーコスモスと名乗った者の駆逐まで行っている。元々、穏健派はともかく強硬 派は犯罪者めいた者も構成員には多い……それは自業自得だろう。

「オーブの方はどうなってい るんだ?」

カガリが問い返すと、ミナは やや表情を顰める。

「フン! あの狸どもめ… 腐っても少しぐらいはオーブのために役立てるかと思ったが……とんだ俗物だ」

鼻を鳴らし吐き捨てるミ ナ……その表情には心底の嫌悪が漂っている。

本国にいるサハク家の連絡員 によると、暫定政府を取り仕切っていたセイラン家は宣戦布告と同時に混乱する国内統治を行なうかと思いきや、ユニウスセブンの落下がどこからか観測された のを知ったのか、行政府より尻尾を巻いて逃げようとしたのだ。政府地下シェルターに……それを知った時、ミナは沸き上がる怒りを抑えることはできなかっ た。

護るべき国民を見捨てて自ら 助かろうとするなど……政治家としてはクズだと…事実を知るや否やミナはすぐさまオーブに向かって指示を出した。

これ以上、愛する国を汚させ ないために……国内残留のソガ一佐らサハク家とも関係ある軍人らが一斉蜂起し、行政府内にて逃げようとしていたセイラン派の暫定政府首脳陣を拘束したの だ。

モニター越しに対面したミナ にウナトはなにを思ったか言い訳を始め、オーブを護るために力を貸してもらいたいという始末……ミナはもはや怒りを通り越して失望しかなかった。

ウズミらが本土防衛戦の折、 分家を引き留めなかった理由が解かった気がした……ミナはにべもなく一瞥し、ソガらに拘束を指示し、そして混乱が起こっているオーブ本国に向けてソガら残 留兵士に鎮静を委ねた。

「そんなことが……」

話を聞き終えたカガリは呆然 となり……レイナらも呆れるのを通り越していた。

「これが現実だカガリ…… オーブという国を腐敗させるような毒は排除すべきだ………」

冷静に言い放つミナにカガリ も表情を強張らせる。

「解かっている……だからこ そ、これからのオーブは変わらなくちゃいけない………父上らの考えも大切だ。だが、そればかりに拘っていても国は立ち行かない……過去を踏まえ、新しい オーブをつくるために……私達は頑張らなくちゃいけないんだろ」

理念を最期まで貫いて逝った ウズミ……その生き方は確かに尊敬するものがあるが、それだけに妄信してはいけない。だからこそ、オーブという国を新しく建て直すためには、過去の理念を 継ぎつつ、また変えていかなくてはならないのだ。

ここに来て……世界を見て… カガリはそう思っていた。

その考えにミナは微かに笑み を浮かべると……キサカに視線を送る。

「カガリ……貴様に見せたい ものがある。キサカ一佐、第38区画へと案内してやれ」

一瞬、意図が掴めずに眉を寄 せるカガリ…対し、キサカは間髪入れず応じる。

「はっ…カガリ、ついてこ い」

踵を返すキサカにカガリは慌 ててついていく。

「お、おい! 何なんだ よ!?」

「カガリ」

訳が解からずに後を追うカガ リにどこか心配げに後を追うアスラン……残された面々は退室していく背中を見送ると、ミナを見やった。

「……連合とプラントが手を 組み、統合艦隊を組織しているそうだが…それについての概要を聞きたい」

見渡し、そう尋ねたミナにレ イナ達はプラントを発つ前に教えられた作戦の概要を説明し始めた。

統合艦隊が前面から攻撃を仕 掛け、その隙に乗じてレイナ達が側面よりユニウスセブンに取り付き、預かったメテオブレイカー数基を使い、ユニウスセブンの地表を砕き、軌道をずらす。

「ふむ……だが、連中によっ て奪われた戦力を見れば、些か不安はあるな」

カイン達に奪われたのは両軍 の5割……連合軍は最新鋭の第9機動艦隊に残存の第7機動艦隊の一部…ザフトは旗艦空母ヘカトンケイルにMMシリーズもほぼ掌握されたらしい。

これだけ見ても、敵の規模は 相当なものになるだろう。

いくら統合艦隊でも量的にも 質的にも不利は否めない……それに、こちらも奇襲とはいえ、まったく迎撃が無い筈はない。

こちらにも相当数の迎撃機が 向かってくるのは間違いないだろう。

こちらはオーディーン以下4 隻……戦力的にはやや劣っているというとこだろう。

「ふむ……ならば、イズモと クサナギ…そして、余が貴様達の艦隊に加わろう」

その申し出にやや眼を瞬く。

「イズモ級巡洋艦は間に合わ ぬだろうが……2隻は少なくとも出せよう」

宇宙軍を擁さないオーブであ るが、やはりこのアメノミハシラのステーション防衛のために宇宙艦は必要であり、そのためにイズモ級の制式量産化を進めていた。巡洋艦クラスに再設計し、 運用されるのはイズモ級の特徴である各ブロックの分割機能をオミットし、ローエングリンに代わり、対空用火器の徹底が行なわれている。

現在、このアメノミハシラ ドックで建造中ではあるが、それは間に合うまい。だが、イズモ級2隻も加わればそれはかなりの援護になるだろう。

実際、ケルビムの抜けは埋め られる……それらを瞬時に踏まえると、レイナはダイテツらを見やる。

「解かった……その申し出、 ありがたく受け取ろう。貴君の協力を感謝する」

深い声と表情で呟き、ダイテ ツが深々と頭を下げる。

「よい……余は余の思うまま に動くだけなのだからな。奴らが指示した猶予は残り既に3日……あまり余裕もない。急ぎ、準備に当たらせよう」

ミナは身を翻し、アメノミハ シラの全要員にイズモ級2隻のスタンバイと稼動できるMSの艦載を開始させる。

オーブ攻防戦時に宇宙へと上 げたサハク家の戦力がここにきて役に立つとは思ってもいなかっただろう。

そして、レイナ達もまた自分 達の機体の整備のために…管制室を後にした。

 

 

 

慌しくなる工場区を抜け…… キサカに案内されたカガリと付いて来たアスランは、ある区画へと案内された。

「おいキサカ、いい加減教え てくれ。私にいったいなんなんだ?」

何の説明もなしにここまで連 れてこられ、正直困惑していた。ただでさえ、大破したストライクルージュの修理と再調整で忙しいのに……と内心に毒づく。

そして、彼らが案内されたの は38と打たれたドアブロック……そこで一旦立ち止まる。

「カガリ……このなかには、 ウズミ様からのお前への最期の遺産がある」

「お父様の…!?」

振り向いたキサカの強い意志 の込められた声と内容にカガリは思わず声を上げる。アスランもやや驚きに眼を見張っている。

ウズミの遺産……カガリは身 を強張らせ、緊張した面持ちでドアブロックを見上げる。

このなかに…いったい何があ るというのか……そして、身構えるカガリの前でキサカが端末を操作し…ドアが開かれ………中から放たれる光にも似た眩しさに思わず眼を覆う。

「な、何だ……?」

眼を覆いながら…やがて、光 が収まってきたのか……眼を向け…区画内のデッキを見やり………眼を大きく見開いた。

デッキ内の中央に設置された メンテナンスベッドには、一体のMSが固定されていた……ケーブルに繋がれ、佇むそのMSの形状はGタイプと通じるデザインを持つ。だが、異質なのはその 装甲………

「黄金に輝く…MS……?」

そう……そのMSは、全身を 黄金に近い金色に染めていた…………

アスランが呆然と呟き……カ ガリはその容貌に思わず呟いた。

「これが……お父様の遺 産………?」

「そうよ」

そのMSの姿に眼を奪われて いた二人に声が掛かり、振り向くと、作業を行っている整備士達のなかからエリカが歩み寄ってきた。

「シモンズ主任、作業の方は どうなっている?」

「ええ、なんとか装甲のコー ティング作業は終わりました……あとは、最終調整を残すのみです」

キサカの問い掛けに応じ、エ リカは手に持っていた書類でチェック項目を見せる。

「エリカ、これは…このMS は……!?」

ようやく我に返ったカガリが 問い掛けると、エリカは微笑を浮かべる。

「ORB−01:アカツ キ……それがこのMSの名前よ」

答えながら、視線をMSに向 け…カガリらも視線を向ける。

 

――――ORB−01:アカ ツキ………

 

アストレイ系統と呼ばれる オーブのMS系統とは別系統で開発された機体……モルゲンレーテのMS開発部門がMSの運用構想において常に先を見据えた機体開発を心掛けていた。

ビーム兵器が主流になる今日 において、PS装甲はもはやさして意味を成さないものに変わりつつある。だが、アストレイに使用されている発砲金属は軽量による機動性はあってもMSの装 甲と呼ぶにはあまりに脆弱であった。

そのため、モルゲンレーテの 開発部門は連合より提供されたフレーム構造から見直し、またビーム兵器に対する対策の一環として、ビーム兵器を無効化させる防御方法の確立に着手し、新型 MSの開発を行っていた。

「この機体には、ビーム兵器 を無効化させるアンチビーム粒子を装甲表面にコーティングしてあるの……もっとも、そのための電力確保のために新型バッテリー開発が急務で完成が遅れたん だけど……」

アカツキに内臓されているフ レームは従来のフレームにさらに強化を加えたもの…そして、装甲表面にはアンチビーム粒子をコーティングし、装甲外部に熱量が感知された場合にのみビーム を無効化させる外部センサーを内蔵している。その関係で機体表面が黄金に近い金色のカラーリングになってしまった。

バックパックはストライクと 通じる装備換装型のコネクターとハードポイントに新型駆動バッテリー:パワーエクステンダーNを内蔵している。

アストレイ系統よりも連合や ザフトのG系統に似通っているのはそのためだろう。そして、次期オーブ軍の主力量産機開発のための試作型だ。

「それに、これはオーブ軍の 象徴……旗頭になるために造られたのよ」

オーブという国を護る剣…… 元々オーブ軍では特殊機にゴールドを施す傾向がある。

「このMSは元々ミナ様のた めに造られていたのだけど……先のオーブ攻防戦の折、この機体はウズミ様の手によってこのアメノミハシラへ移送されたわ」

MS開発は元々サハク家の分 野……アカツキも当初はサハク家の次期当主:ロンド=ミナ=サハクがパイロットになるはずであった。

ウズミはそれを肯定も否定も しなかった……護るために必要な剣………オーブという国と民を護る者に…このMSを与えたい……そうウズミは最期に遺した………

それが自身の娘かどうかは解 からなかった……だが………カガリがこの剣をとることを望みはしなかったかもしれない………

「カガリ、これに乗るのも乗 らないのもお前の意志次第だ」

ウズミの想いをおぼろげなが ら察したアスランがカガリに呟く。

カガリは複雑な面持ちで機体 を見上げる……ウズミは剣を用意はした…だが、その剣を使って戦うかどうかの選択はカガリ自身に託したのだ。

「……私は、これに乗って戦 う………オーブの…いや………この世界のために」

逡巡の後……カガリはそう告 げた。

「解かったわ……なんとか作 戦開始までには間に合わせます」

「ああ…ところで、ゴ○ゴン はないのか?」

唐突に切り出したカガリに全 員の眼が点になる。

「は?」

「いや…黄金なんだから、当 然ゴル○ンと合体できるんだろ?」

「カガリ……それは違うぞ… しかし……これは百○と言えばいいのでなはいだろうか」

真顔で問うカガリにアスラン の見当違いのツッコミと訳解からん言葉……キサカとエリカだけでなく、周囲にいた整備士も暫しフリーズした。

 

 

 

 

デブリベルト内に静かに突入 してくる補給艦……その中から、白き天使:エンジェルダガーが降ろされてくる。

そして、ユニウスセブン内の 一画へと運ばれ、コックピット…生体コアモジュールを胸部に装着され、真紅のバイザーに鈍い光が灯る。

降下軌道にゆっくり入るユニ ウスセブン……その一画………ミカエルらAEM4機とゲイル、ヴァニシングが鎮座する空間……各機とも、先のヤキン戦で受けた損傷の修復を行い、その中心 にはカインを除いた面々が顔を突き合わせていた。

「どうやら、届きましたよ… これで、数は一応揃いましたね」

ウェンドがそう慇懃に言う も、答える者はいない。

突き出した凸に腰掛け、左手 に構える鞘から刀を抜き……鈍く輝く刀身に己の顔を映す。

その顔が……己が憎悪する者 の顔と錯覚し、微かにギリっと奥歯を噛み締める。

「おいおい……怒ってちゃ せっかく美人が台無しだぜ」

離れた場所で酒を喰らうウォ ルフがルンのその様子に気づき、からかうように笑うとルンはギロリと睨む。

だが、それに怯みもせず… ウォルフは肩を竦めて鼻を鳴らす。そして、また酒を含む。

「……あんな役立たず、さっ さと処分すればいいものを」

ゲイルの後方に佇むヴァニシ ング……それを睨みながら吐き捨てる。

(奴の内に残る記憶が……く だらない友情に応えるなんて………所詮は失敗作)

ヤキン・ドゥーエ戦の折、ル シファーにトドメを刺そうとした瞬間、邪魔をされた……その場で潰してやろうと思いきや、ウォルフが邪魔をした。

「弾除けは多い方がいいだろ う」

悪びれもなく言い捨て、笑み を浮かべるウォルフにルンは一瞥し、黙り込む。

「まあ、我々が言い争っても 仕方ないでしょう……こちらの駒は揃いました。あとは、あちらの駒が目論み通り動いてくれることですね」

仲裁しているのか解からない 軽薄な態度で呟き、ウェンドは手元のチェスの駒を動かす。

「駒はあくまで駒……プレイ ヤーの思うままに動いてくれればいいだけ…そこに意志など必要ないでしょう」

駒が勝手に動いてはゲームな ど成り立たない。

そう…これはゲームだ……… 人類の生存をかけた………もっとも、その結果などとうに解かっているが………

「結果だけ見えてもスリルは ありません……そこに過程があるから、ゲームは面白いのですよ」

決まりきったエンディングで あろうと……そこへ到達するまでの過程はそれだけで愉しみがある。

「連合、ザフト…及びL3宙 域より別艦隊がポイントW−4βに集結しています………攻勢に出るのは、5日の正午………」

アクイラが現在の自分達の周 囲の状況を伝える。

自分達の起点……このユニウ スセブン……いや………神の樹:ユグドラシル……宇宙の樹とも呼ばれ、世界の中心に位置するもの………その外側……外円部の正面に集結している艦隊の映 像………

「いくら虫けらとはいえ、少 しは利口な考えができるらしい」

侮蔑するように慇懃な物言い で呟くテルス……宙域には、ヤキン・ドゥーエ宙域より移動した連合及びザフトの統合艦隊……そして、そこに加わるOEAFO艦 隊。

「シオン=ルーズベルト= シュタイン……それにパーネル=ジュセック………なかなか、曲者だったようですね。こちらもノーマークでしたよ」

完全に敵対していた両陣営を 事態が事態とはいえ、足並みを揃えさせられたのは両者の力が大きい……両者とも、政界においては目立たぬ存在……また、テルスにアクイラはパトリックとア ズラエルといった誘導する陣営のトップに手を回していたために、ノーマークが出てしまったのは仕方がないだろう。

「なかなか、彼女達の勘も高 性能のようだ」

やや称賛するような物言いで 肩を竦めるウェンドにテルスはつまらなさげに鼻を鳴らす。

「はっ…所詮は虫けら……い くら群がろうが虫けらは虫けらさ…そっちは例の奴らに任せておけばいいだろうよ」

先のヤキン・ドゥーエ攻防 戦、そしてここデブリベルト周辺で手に入れた兵力はその統合艦隊とやらにぶつければいい。虫けらは虫けら同士、互いに殺し合えばいい。

「それよりも、奴らの方が愉 しみで仕方ない……奴らを叩き潰し、恐怖を骨の髄まで味あわせてやりたいしな……」

舌を舐め回すように含んだ笑 みを浮かべるテルス……彼らのもっとも注意すべき相手は寄せ集めの人間どもの艦隊ではない。

完全に敵対したきょうだいと その仲間達……奴らのなかには個人的な私怨のある者も多い。

「連中はアメノミハシラに 入った……奴らは艦隊を囮に側面から仕掛けてくるさ」

酒瓶を置き、一服とばかりに 葉巻を噴かすウォルフが眼を閉じながら呟く。

オーディーン以下4隻はプラ ントを発ち、既に衛星軌道に到達し、アメノミハシラを前線基地としてこちらを窺っている。

それはちょうどユグドラシル の側面……そして、奴らは統合艦隊の正面攻勢を囮に側面からの奇襲を行なうはずだ。いや…それ以外に取れる手はないはずだ。

互いに相手の手を確信してい る以上、あちらも全力で向かってくるだろう。

「艦隊の方には、例の3号機 と4号機を回しました……それと、こちらには連合とザフトの旗艦隊を配置しています」

戦場を現わすMAPには、光 点が点滅し…アメノミハシラ側の防衛には連合のセラフィム、パワー以下数隻……そして、ザフトのヘカトンケイルが配備され、そこに自分達も加わる。

「はっ、俺は奴らを潰せれば いいんだよ!」

待ちきれないといわんばかり に指を鳴らす。

「まあ、果報は寝て待てとあ ります……残り二日半………待つのも悪くはないでしょう。我らにもゆとりは必要ですよ」

いきり立つテルスをいなすよ うにウェンドが笑みを浮かべ、インターフェイスを持ち上げる。

残り期日は後3日……それま ではせいぜい足掻く様を見下ろしながら休息に浸るのも悪くはない。

「つまらん……ウリエルのテ ストもしておきたい……駒をいくつか借りるぞ」

そう言い、踵を返すテルスに ウェンドが囁いた。

「テルス……遊ぶのは勝手で すが………駒でも我々の道具なんですよ…そこのところお忘れなく」

自らの暇の解消のために手に 入れた駒を使う……だが、それを止めるつもりもない。駒をいくら失おうが別に構わないのだ。

それを理解しているからこ そ……テルスも手を振って答え、乗機であるウリエルに乗り込み……真紅の瞳を煌かせた後、その巨体を起こす。その全長は、通常のMSの倍以上はある。

そのまま、巨大な脚を振り上 げ…地響きに近い足音を響かせながら、その場を去っていった。

「やれやれ……俺は、女でも 可愛がってやるか」

吸っていた葉巻を捨て、踏み 潰すと、ウォルフは駒として手に入れた女性士官を可愛がって暇を潰そうといわんばかりにその場を離れていく。

「では…僕もエンジェルの調 整で忙しいので」

ウェンドも…軽薄な笑みを浮 かべたまま、姿を消し……アクイラもルンを一瞥した後、無言でその場から消えた。

独り…残されたルンはずっと 片肘を三角に折った膝にのせ、右手に持つ刀身を見詰めている。

この刀……この技能こそが、 自分とあの女達を違える唯一のもの………この顔も…能力も…遺伝子に至る全てが……コピー…模造品でしかない………

だが……いつまでもそれに溺 れているつもりもない。

「……次こそ……必ず……… 殺してやるわ…………」

思わず右手で刀身を握り締 め……握る刃に切った掌から鮮血が流れ落ちる。刀身をつたり、真っ赤に染めながら流れていく………

まるで…己の内の呪われた全 てを吐き出すために……右手に染まる鮮血が付着した指を凝視し……その指で唇をなぞる。

真っ赤に彩られる唇……それ は彼女の決意のほどを表しているようであった。

そんな主を…ミカエルは静か に見下ろすのであった。

 

 

 

 

猶予であった5日間………誰 もがその与えられた日々をある者は嘆き…また悲観し……そして狂う者………訪れる大きな戦いを前に世界は今不気味なほど静けさを保っている。

そして……神に抗うため に………静かに戦いを待つ者達…………彼らもまた、それぞれの想いを胸に迫る決戦への夜を迎えていた。

アメノミハシラ……そこが、 もっとも天使に近く…そして……関係が深い者達が待つ場所であった。

ドック内ではオーディーン、 エターナル、ネェルアークエンジェル、スサノオ、イズモ、クサナギの準備が着々と進められている。

指定された期限は既に4日目 を迎え、残すは後一日………そして、明日の正午と同時に作戦は開始される。

最後の決戦に向けて最終 チェックに余念がない。

それぞれの格納庫や工場区で は機体の最終点検が行なわれていた。

ネェルアークエンジェルの格 納庫で愛機であるストライクテスタメントの整備を行なうムウ……だが、その指が不意に止まり……ムウは考え込む。

脳裏に……クルーゼのプロ ヴィデンスが過ぎる。

クルーゼは……奴は間違いな く奴らに取り込まれた………世界の終焉を望み…そして最期はその意志に呑み込まれていった………果てない憎悪を内に渦巻かせて………

だが……だからといって同情 するつもりもない。

確かにクルーゼの生は悲惨と いう言葉では表せないほどだ……だが、奴はその生に立ち向かうこともせず、ただただ憎しみのみにその身を委ねた。

世界を恨むのは解かる……だ が、世界を道連れにしようとする奴の意志はこの世界に生きる者にとっては敵でしかない。

(てめえだけは……必ず俺の 手で葬ってやるよ………)

使命感以上に義務感に突き動 かされ、ムウは拳を握り締める……その時、コックピットに影が掛かったのを見て、ハッと顔を上げると…そこにはマリューがコックピットを覗き込んでいた。

「お……どうした? 明日は もう作戦なんだぜ…あんたはもう休んでなきゃ」

軽く嗜めるように呟き、ムウ はコックピットから滑り出る。

無重力のなかを浮遊しなが ら……マリューはムウの頬に手を伸ばす。

「それは貴方もでしょう…… あまり根を詰めすぎてると明日に響きますわよ」

なにか、ぎこちない会話 だ……本当にいいたいことはそんな事ではないのに………

ただ不安だった……明日とい う日を迎えるのが……これまで明日というのが自分を奮い立たせてきた。だが…明日はもっとも過酷で長い一日になる……そんな確信を抱き……眼前の相手のど こか思い詰めたような表情に不安が募る。

この人の力を信じないわけで はない……きっといつもと同じように帰ってくる………そう思っても、沸き上がる不安が消えない………この人がいなくなってしまったら…そう考えると、もう マリューには明日を生きることはできないかもしれない………

彼の時と同じように……い や…今度は二度と…………悲壮な表情を浮かべるマリューにその考えを読み取ったのか…ムウは軽く笑みを浮かべ……そして、やや肌蹴た胸元から飛び出るペン ダントに手を伸ばした。

花の模様が施されたもの…… マリューがいつも身につけているお守り………これまで他人に触らせたことはなかったもの………

「MA乗りだった………」

ポツリと呟いたムウにマ リューは無言で通す……ムウにもまだ話したことはなかった……マリューには、開戦前から付き合っている男がいた。その男は、連合のMA乗りだった。腕は… お世辞にもいいとはいえない……だが、それでもマリューはその男を好いていた。そして…開戦して間もなく……ザフトとの戦闘で戦死した………覚悟はしてい た。互いに軍に属しているのだから……だが、マリューは泣いた………そして…もう二度とMA乗りは好きにならないと心に決めた。

だが……やはり自分はMA乗 り…いや……パイロットに惚れてしまう難儀な性格のようだ。

ムウも敢えてそれを追求はし ない…そして……宥めるようにマリューの髪を梳き、微笑んだ。

「大丈夫……必ず戻ってくる さ、勝利とともにね……俺は、不可能を可能にする男だからな」

キザっぽいセリフを言い、マ リューの身体を抱き寄せる。マリューも拒まず…身を委ね……そっと……キスを交わし……何度も胸のなかで囁いた。

自分のもとへ帰ってくること を………

 

 

アメノミハシラのシミュレー ションルームでは、アルフとメイアが言葉を交わしていた。

「それで……私が敵を撹乱し て、あんたが………」

「いや…そこは俺の牽制が先 だろう」

二人してシミュレーションを 行い、互いにフォーメーションの確認を行なっている。互いに戦法は違っている。

アルフは火器を利用した支援 と機動性を重視した戦闘…メイアは近接戦をメインに特殊能力を応用した撹乱戦闘………だが、そうやって反対の戦法故にこうして戦術の幅が拡がる。

「なんか変ね……こうしてあ んたと相談するなんて」

唐突にそう呟いたメイアにア ルフも一瞬眼を瞬くも、すぐに苦笑を浮かべる。

以前は敵同士であり……そし て、合流後はなにかとお互いに行動を共にすることが多かった。

「あはは…なんか色気無いよ ね」

軽く笑いながらメイアはシー トに身を沈め、ぼやく。

仮にも男女が一緒にいるとい うのに……出るのは戦闘の方法と明日の決戦に関してのことばかり。まあ、状況が状況だけに仕方ないが………

「色気って…あのな……」

「いや…こうさ……二人っき りなんだからムラムラってしてこない? それとも、私って魅力ないかな?」

呆れるようなアルフにメイア は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

意外かもしれないが……メイ アは今まで男と付き合った経験がなかった。元々難民としてプラントに移住したようなものだし、今まで生きていくのに必死だったせいもあるが……

「そんな事はないが……」

「あ……ひょっとして、彼女 が待ってるとか?」

半ばアルフをからかうような 気持ちだった…少しばかりリラックスしたいという軽い……だが、それにアルフは表情を微かに曇らせる。

その表情にメイアは口を噤 み……表情を強張らせる。

「……彼女…というほどのも のではなかったが………君と同じように以前一緒にいた奴がいた。士官学校時代からの同期で……恋人ってほど深い関係でもなかったが……」

懐かしむように遠くを見や る……開戦前に連合軍に入隊したアルフはカリフォルニアの士官学校でレナ=イメリアと出逢った。模擬戦で知り合い……互いに似た戦法で対戦し、結果は…… 紙一重の差でアルフの勝利だった。

模擬戦終了後、アルフとレナ は対面し……互いに気が合ったのか……恋人いうほど甘い関係ではなかったが、それでも親しい友人としてやってきた。

「…俺は、臆病なのさ。好き になって…そして……相手を傷つけるかもしれない………」

深い関係になるのが怖いのか もしれない……今の関係を…心地良い関係を壊せば……深く付き合ううちに互いを傷つけるようになるのではないか……アルフは恋愛に関しては臆病だった。

「……でも、傷つくほど互い を解かるってのも大切じゃない」

逡巡するアルフに向かってメ イアが呟く。

「私も……あまり人付き合い がいいってほどじゃなかった………自分を見透かされるのが怖くて……」

両親を失い……傷を負った経 験を持つ…その刻に誓った。強くなると……誰にも弱さをみせない……そして……自分の弱さを知られるのが嫌で誰かと深く愛するということに臆病になってい た。

でも……ルフォンらと出逢 い…そして、愛する者と幸せそうになる親友に気持ちが変わっていった……互いに傷を知っても…それを解かり合えることもまた傷を癒すために必要であること を………

「私とあんたって……やっぱ 似てるね」

互いに同じカラーリングを好 み…そして、考え方まで似ている………もし…最初に知り合えていたら、きっといい友人にはなれただろう……

「あんた…これが終わった ら……どうするの?」

何気に発せられた言葉……だ が、アルフは苦笑を浮かべる。

「考えていないな……まあ、 少しはゆっくり考えようと思う………今までとは違う生き方ってやつを」

戦いが終わったら……また別 の生き方を考えてみるのも悪くはない。

それにメイアは笑みを浮かべ る。

「じゃ……これが終わった ら、一杯付き合ってくれる…プラントにいい店知ってるんだけど……」

「そうだな……プラントはま だ行ったことがない。楽しみにしてる」

互いに笑みを浮かべ…拳を突 き出して軽く叩き合った。

話したいこと……やってみた いことは多々ある………友人として付き合うのに終わるのか…それとも別の関係が築けるのは解からない………

だが……今だけは……想いを 通わせていよう………どちらともなく…顔を近づけ…まるで子供のような軽く触れ合うだけのキスを交わした…………

 

 


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