アメノミハシラの医務室で は、ステラの定期健診をフィリアが行なっている。

カーテンで仕切った向こうの 控えにはシンが相変わらずそわそわと待っている。フィリアはステラの裾を捲り、いつもの薬を投与する。

刺すような痛みが感じ…それ が終わる。

「はい…お終い……後遺症も 目立たなくなっているし…あとは自然に治るのを待つだけね」

もう体内に投与された薬物は あらかた中和され、体細胞も既に正常値を維持しつつある……この分なら、あとはもう薬よりも自然に身体の組織が修復されていくだろう。これ以上薬を投与し ても過ぎたるは及ばざるがごとし……薬も過剰投与し続ければ毒と変わらないのだから……

あとは、無意識下に刷り込ま れた心理コントロールだが……こればかりは、自我が強くなって抑え込んでくれるの祈る以外ない。

カルテに経過を書き込みなが ら軽くぼやくも、その心配は要らないと思う。

「それじゃ……私はちょっと 席を外すから……明日に備えて、ゆっくりしなさい」

そう……明日はもう運命の 日……パイロットとして出られる者は全員出撃が下っている。

フィリアはカーテンを捲り、 外で待っていたシンに声を掛けると、医務室を静かに退室していった。

残されたシンはステラと…… 傍でいるマユに歩み寄る。

「シン………眠い…」

閉じようとする瞼で言うステ ラにシンは思わずこけかける。

「眠った方がいいよ……ステ ラさん、無理してたし」

ヤキン・ドゥーエ戦は予想以 上に疲労をステラに負わせたらしい……元々エクステンデッド強化でMSの操縦を行なっていたのだ。それらの強化措置が薄れた今、MSの操縦はかなりの疲労 をステラに負わせていた。

なにより明日を思えば……シ ンも静かに呟いた。

「……眠っていいよ………今 は……」

その言葉に安堵したのか…… 穏やかな寝顔を浮かべ、そして寝息を立てて深い眠りのなかに意識を沈めていく。

「寝ちゃったね」

寝つきのよさはもう慣れてし まった……彼らは知らないが、エクステンデッドとしての調整時には眠ることの多かったステラ……その時の感じが残っているのかもしれない。

眠ることは……安らぐ唯一の 方法だと………ステラの髪をマユが撫でる。

歳的には年上の立場のはず が……なにか、こうしているとステラの方が妹のように思えてしまう。

シンもなにやら穏やかに見 守っている……そして、マユが唐突に呟いた。

「いろいろ…あったよ ね………」

いろいろあった……シンに とってもマユにとっても………あのオーブ侵攻以前は普通の生活をして…普通に生きていくと思っていた……信じて疑わなかった日常は唐突に崩れた……母国へ の侵攻と両親の死………そして…流転の運命を得てここまで来た……

もしあの時…シンがM1に 乗っていなかったら………今頃どうしていたか解からない。

両親の死と理不尽な現実にた だただ怒り狂っていたかもしれない……ここに来て辛いこともあった…だが、それでも得たものもあった………

仲間達に大切な者……そし て…それを護るための力………

「ねえお兄ちゃん……これが 終わったら…どうするの?」

そう……ここは心地い い………気のおける仲間達がいる…だが、それでも戦いが終われば皆離れていくだろう……自分達はその時どうするのか………

「そうだな……プラントに いってみるか」

オーブに戻ることも悪くはな い…だが……まだ両親の死んだあの地に降り立つのはできそうにない……少し、外から考える時間がほしい……

「お兄ちゃんがそうしたいな ら、別にいいよ」

マユがそう笑顔で応じる と……ステラの寝言が聞こえてきた。

「シン……マユ………一 緒…………ずっと………」

その言葉に、二人は笑みを浮 かべる。

「お兄ちゃん……絶対に帰っ てきてね。ステラさんと一緒に」

マユの言葉に……シンは強く 頷いた。

明日…全ては明日で終わ る………終わらせる……死なない…必ず生きて帰ってくる………そう心に誓いながら…………

 

 

通路に出たフィリアは窓に寄 り掛かり、懐から煙草を取り出し、咥えて火をつける。

軽く一服すると……白い靄が 周囲に散る。

「いいわね……若いって」

自分も歳をとったものだ と……時折…思うことがある……もし自分が………普通の少女として生きていたなら……秀でた能力もない…普通の……ただの少女であれたなら……自分は…ど う生きていたのだろう………普通に恋をして…普通に家庭をもてただろうか………

フィリアには両親との思い出 がない……生まれたときから両親は自分のことをなにか毛嫌いしていた……コーディネイターでもないというのに………親はフィリアの能力に恐怖したのだ。な んとも滑稽だろう……そして、フィリアもまたそんな親の心持ちを子供心ながら感じていた。思い出しても、可愛げのない子供だっただろう。見透かされている みたいで親もフィリアに構おうとはしなかった。親子間の関係は冷め、フィリア自身も両親に愛想をつかし、家を出てオーブの叔父の世話になっていた。思え ば…荒んでいたから……自分はああもウォーダンの凶行に手を貸してしまったのかもしれない。

その両親も……今何をやって いるかは知らない…生きているのか死んでいるのかさえ…それでも気にならないのは思慕の念が薄いからだろう。

「独りかね?」

ふと声を掛けられ…顔を上げ ると……そこにはダイテツが佇んでいた。

「疲れているようだな?」

「……そうかもしれません ね」

自嘲めいた笑みを浮かべ、煙 草を口に含む。

「なら、これから一杯付き合 わんかね? ラウンジでわしの取って置きをご馳走しよう」

穏やかな笑み……それにどこ か安堵する面持ちで、フィリアは頷いた。

「そうですね…是非ご一緒さ せてください」

苦い笑みを浮かべつつ…フィ リアは応じた。

ダイテツととも連れ立ち、二 人はアメノミハシラのラウンジに向かった。

ステーション天井部の上部展 望ガラス張りのバーを意識したような展望ラウンジ……このアメノミハシラでもスタッフの憩いの場たる娯楽施設だ。

時間帯は既に深夜……そのラ ウンジには、先客のバルトフェルドにアイシャ、そしてキサカにグラン、ジャン、モラシムらがいた。

「お、ダイテツ艦長…先に飲 んでますよ」

彼にしては珍しいグラスを掲 げてバルトフェルドが声を掛ける。

「君は酒もいける口かね?」

「まあ、飲めなくはないんで すが……やはり、自分はコーヒーですね」

その返答にアイシャが苦笑を 浮かべる……彼女だって女性…たまにはお酒を飲むような雰囲気がほしい。この恋人はどうもコーヒー以外ではムードが出ないらしい………

その様子に苦笑を浮かべなが ら、ダイテツは席を同席し、フィリアも腰掛ける。

「ダイテツ艦長は和酒が好み と聞きましたが……」

「うむ……今日は、秘蔵のも のを持ってきた」

グランに応じながら、ダイテ ツはオーディーンの自室から持ってきた秘蔵の酒瓶を取り出し、テーブルに置く。

酒豪であるダイテツは自室に 秘蔵の酒瓶をいくつも保管してある。

特に、洋酒よりも和酒の 方……極東方面にある酒には眼がない。

酒瓶を手に、グラスに注 ぎ……それを配る。

全員に行き渡ると…皆、静か にグラスを口に含む……ほろ苦いものが喉を通る。

その余韻か……暫し、一同は 口を噤む。

「ふむ…なかなかだ……最近 はこうして酒を飲むこともなかったからな」

モラシムが笑みを浮かべなが ら肩を落とす。

こう…歳をとると過去ばかり に振り返ってしまう………失ったものが多い過去に………

ダイテツは妻を失い…そし て……多くの仲間や部下を死なせてしまった………グランもまた妻と娘を亡くし……キサカは故郷を失い………

ジャンやバルトフェルド、モ ラシムらにしても失ったものが少なからずある……そう過去を振り返るのも、自分達が歳をとったという証拠に他ならないが………そう考えると苦笑を浮かべ る。

「……若い衆はどうしてい る?」

「ほとんどが今休憩に入って います……ですが、やはり緊張を隠せぬようです」

「だろうな…こんな大きな戦 いに挑むなんて、若い連中にとっちゃ未経験だろう」

キサカの言葉を付け足すよう にグランがグラスのなかの氷を傾ける。

各艦の各々のパイロット達 は、一部を除いて明日に控える決戦に向けて今緊張した心持ちであろう……この部隊には特に若い者が多い。ダイテツらのように年輩者のような余裕がまだない のだ。

「しかし、嫌なものだ……彼 らを…わしらの子供達を過酷な戦場に送り出さねばならないというのは………」

苦い口調で呟くダイテツに一 同が口を噤む。

明日の戦いは今まで以上に激 しい……熾烈を極めるものになるだろう。全員が生きて帰ってこれるというのは正直あり得ないだろう。酷なようだが……何人かは犠牲になるかもしれな い………そう考えると心持ちが重くなる。

そして……自分達も…………

「今回の戦争で多くの若者が 逝った……そして…わしらのような年寄りばかりが残った………だが、わしらは無事に迎えねばならん……明日をな………そして……わしらの子供達に……未来 を与えたい………」

静かに語るダイテツに、全員 が頷く。

「最期の晩餐…というわけで はないが……今日は呑もう」

苦い想いを抱きつつ……全員 のグラスに再度注ぎ……乾杯を交わし……一同は酒を飲んだ………それぞれの内に覚悟と……最期になるかもしれない別れに……………

 

 

時間帯は既に深夜だというの に、アメノミハシラの格納庫では未だ灯りが落ちず、怒号が響いている。

「おらっ! そっちはオー ディーンに搬入しておけ! 外装のチェックは終わったのか!?」

トウベエの怒号が鳴り止まぬ なか……整備士達は駆け回り、作業を続行していく。

MSデッキには、それぞれの 機体が明日の決戦に向けての最終調整に入っている。

それを遠巻きに見詰める区 画……ヴァリアブル、ジャスティス、フリーダム、スペリオル、マーズと並んだXナンバーの端に固定されているゲイツ改の足元では、ミゲルとルフォンが談笑 を交わしていた。

「おやっさん、気合入ってる な〜」

「そりゃそうやろ……それ に、今がうちら整備班の戦場やからな」

遠巻きに見やりながら呟くミ ゲルにルフォンが苦笑を浮かべる。

そう……今は整備班にとって の戦場なのだ………明日の決戦に出撃するパイロット達のために……半端はできない。最高の機体コンディションを維持しなければならないのだ。

自分達の戦場が終われば、今 度は彼らの地獄が始まる……その地獄から帰ってきてもらうために…自分達にできる範囲でできることをするのだ。

そう考えていると、別の場所 から声が上がった。

「ん……お…ラスティの奴も ててんな〜〜」

したり顔で見やった先には、 ラスティがアサギ、ジュリ、マユラのM13人娘(命名グラン)に玩具に…ではなく、からまれていた。

どうやら、MSの操縦に関し ていろいろと質問をされているようだ…だが、当のラスティは完全に振り回されている。

「助けんでいいん?」

流石に哀れに思ったルフォン が声を掛けるも、ミゲルは涼しい顔で応じる。

「いいんじゃねえか…あいつ も楽しんでるみたいだし」

楽しんでないんじゃ…と思う ルフォンだったが、敢えて口には出さなかった。明日はいよいよ決戦なのだ。そうした方が少しは気が紛れると思った。

「それよりも……お前もいい 加減休めよな。眼の下にクマできてんぞ」

やや睨むように見やると、ル フォンは一瞬キョトンとしたものの、すぐ表情を緩める。

「ええよええよ……連続徹夜 なんて珍しいことちゃうし」

手を振るルフォン……ここ2 日は、ルフォンはほぼ一睡もせずにフリーダムらZGMF−Xナンバーの整備を手掛けていた。

フリーダムとジャスティスに いたってはかなりのダメージを負っていたし、なによりこれの基本設計をしたのはルフォンだ。修理に設計者がいなければ問題だろう。

「うちよりもミゲルらの方こ そちゃんと休んどかな……明日は大変なんやから」

「俺は、お前の身体の方が心 配だっつうの」

こう心底のお人好しだなと思 わず悪態をつき、ミゲルはルフォンの鼻先を小突く。

「……あのさ…ヘリオポリス に発つ前にお前に言ったこと覚えてるか?」

唐突に切り出したミゲルに、 ルフォンが眼を瞬く。

「……さあ? 誰かさんがう ちをほったらかしにしたままやったから」

表情を逸らし、軽くそっぽを 向き呟いた言葉にミゲルが喉を詰まらせる。

(案外根に持つ奴だな……)

「……なんか今、うちの悪口 考えたんちゃう?」

正しくその通り……ミゲルは 慌てて睨むルフォンに首を振る。

「いやっ全然……っ」

次の瞬間、ミゲルはルフォン に抱きつかれ、そのまま無重力に身を委ねる。

「忘れてへんよ……あんたが MIAって聞かされても……ずっと忘れへんかった……」

胸に顔を埋めながら静かに呟 く……ミゲルがMIAと聞いてもルフォンは心のどこかで生きていると信じていたのかもしれない………死ぬはずがないと……だからこそ、今日まで指輪を決し て離さなかった…あの言葉を忘れはしなかった………

「……わりい」

震えるルフォンに対してミゲ ルは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。状況的に生存を知らせるのが困難だったとはいえ……それでも自分と約束を忘れずにいてくれた一途さに………だから こそ、今度は必ず………

「今度は絶対に帰ってく る……約束するぜ………新曲考えてんだ。プラントに戻ったら、聞かせてやるからよ」

顔を上げたルフォンにミゲル は微笑み……それに応じてルフォンも笑みを浮かべる。

「楽しみにしてるわ……うち が、あんたの一番のファンなんやからな」

はにかんだ笑みを浮かべ、ル フォンがミゲルの頬にキスを交わした……唇は…次の約束として…………

 

 

アメノミハシラの工場区で、 急ピッチで開発が進められるアカツキ……本体は完成し、現在はロールアウトしたIWSPストライカーUとのドッキング作業と各種電子系統の最終チェックを 行っていた。

コックピットに座るカガリ は、下で作業を行なうエリカやアスランの指示のもと、操縦桿を動かしてアカツキの手や関節を動かし、駆動系統を確認する。

「全体的な操作はストライク ルージュと変わりませんが、反応値や機動性は倍近くなっています。それをお気をつけください」

「ああ」

エリカの言葉に応じながら、 スコープを引き出し、それに連動して照準が動き、バックパックのレールガンの砲身が動く。

PS装甲こそないが、ビーム コーティングを施された装甲により、ある一定までの熱量なら拡散することが可能。それに加えて新型のIWSPストライカーUはレールガンと単装砲、そして 両脇には長剣と短剣型のビーム対艦刀が装備されている。

無論、ストライカーパック対 応型だから状況に応じて換装も可能だ。

唯一の心残りは試運転ができ るほどの余裕がないということ……ぶっつけ本番でやらねばならないのだ。そのために、できる限りの調整はしておきたい。

「カガリ、もう遅い…そろそ ろ休まないと明日に響くぞ」

時間を確認したアスランが コックピットを見上げながら声を掛ける。

「けど」

「そうです…休むのもカガリ 様の大切な役目ですよ。あとは私達がやります…完璧…とまではいいませんが、それでも最高の仕上がりにします」

思わず言い募ろうとしたカガ リだったが…そこまで言われては反論できない。それに、もし体調が不全であったなら明日の作戦に影響が出る。

それを流石に察したカガリは 渋々とOSのキーボードを戻し、コックピットから出て降りてきた。

「それじゃアスラン君…カガ リ様をお願いね」

「あ、はい…カガリ、部屋ま で送る」

子供じゃないんだからと思わ ず言いそうになるも、アスランに促されてしまい、二人はそのまま工場区を後にした。

通路を進みながら、居住区に 向かう。

そして、分かれ道にきたとこ ろでカガリが立ち止まり、アスランに向き直る。

「ここでいい」

「いいのか?」

「ああ…お前も休んでおかな いと明日響くぞ」

互いに失笑を漏らすも……二 人ともその場を去らず…揃って窓の外を見詰めている。

「なにか、こうやってるとあ の時を思い出すな……」

「ああ、お前が泣いた時か」

「う、うるさい! 思い出さ せるな!!」

あの時のことを思い出し、カ ガリは顔を真っ赤にする……いきなり胸を掴まれて殺されそうになって……あの瞬間を思い出すと、あまりに情けなくて嫌になる。

そしてまた…無言が続く…… どれ程そうしていたか…カガリが振り向き、呟いた。

「心配するな……私はまだ死 ぬつもりなんてさらさらないぞ……それに………」

元気付けるように笑みを浮か べ…微かに言い淀む。

「死なせないから…お前 も……ラクスも……弟かもしれない…アイツも………」

「……弟?」

カガリが漏らした言葉にアス ランは一瞬眼を瞬くも…やがて口元を抑える。

「兄さんじゃなくて?」

「レイナはともかく…それは 絶対にあり得ん! アイツが弟だ!」

思わず訊き返したアスランに ムキになって反論する……レイナはなんとなく頭が上がらない…不本意だが姉と認められるが……キラだけは兄だとは到底思えない。

アスランも同意見なのか、笑 みを噛み殺したまま頷く。そして……今更ながらだが、キラとカガリ……二人とは奇妙な縁で繋がっていると改めて思う。父に撃たれた時も…絶望に染まりかけ ていたアスランに決意を促してくれたのも二人のおかげだ。

不意に…アスランは腕を伸ば し……カガリの身体を抱き寄せた。唐突な展開に戸惑うカガリを強く抱き締め、耳元で囁く。

「……カガリに逢えてよかっ た」

「アスラン……」

いつもの男勝りの姿とは打っ て変わった頬を染める顔で見上げる……そして…顔を近づけると……カガリは微かに眼を見張るも…すぐに眼を閉じる……袖を掴む力が強くなる。

繋ぎ止めようとする感触が愛 おしかった。

「…君は俺が護る………」

そっと囁き……二人はぎこち なく唇を重ねる……僅かに差し込む月明かりが…二人の姿を照らしていた。

 

 

喧騒が飛ぶデッキとは裏腹 に……オーディーンの格納庫の一画………人気のほとんどない区画にて飛ぶ微かなキーを叩く音………

「カムイさん…どうです か?」

コンソールを叩くカムイに向 かい隣で同じようにキーを叩いて解析を行なっているシルフィが問うと、カムイは手を止め…表情を顰める。

「やはり……内部に量子通信 システムが採用されている……ドラグーンとは少し違っているけど……」

「もしかしたら、これがなに かの鍵になるかもしれません……」

互いにモニターを睨みながら 思考を巡らせていると…唐突に後ろから声を掛けられ、振り向いた。

「貴方達……少し休憩にした らどうかしら?」

優しげな声に反応し…振り向 くと、そこにはマリアとキョウが佇んでいた。

「はい、コーヒー……インス タントだけど」

先程、休憩所で買ったコー ヒーの入ったカップを差し出すと、カムイとシルフィはおずおずと受け取る。

「どうも」

「ありがとうございます」

受け取った湯気の立つコー ヒーを口に含む……どちらも砂糖とミルク入りだったが、二人にはちょうど良かった。

一息ついたのを見計ると… キョウはやや表情を険しくし、上を見上げながら尋ねた。

「それで……こいつの解析は どうなんだい?」

その言葉につられて全員の視 線が向けられる……その先には、衛星軌道で捕獲した彼らの所有する兵器、エンジェルがバラバラのパーツで吊られていた。

ヤキン・ドゥーエ宙域では数 十以上の機影が確認できた……しかも、交戦データから以前のものよりも更に強力になって……明日の決戦では、恐らくそれを上回る数が投入されるだろう…… 正直、まともに当たるのは危険すぎる。

そのために、捕獲したエン ジェルの機体解析が急務となっていた……その内蔵されているシステム故か…未だパイロットのシステムに関しては秘匿性が徹底されており、アメノミハシラで 行なうわけにもいかない。

ましてや今は整備班は総出で 作業に当たっており、カムイとシルフィがこの解析に回されていた。

「そうですね……悔しいです が…今のところ、これといって有効手段は…」

表情を顰めて…ややいいづら そうに呟く。

分解し、解析を進めてはいる が……ウィークポイントらしきものが発見できずにいた。機体装甲は高く、また機動性も高い。火力も申し分なく…ある意味最強で…最悪の量産機だ。

分解して危険はないとはい え……こうして吊られる姿はいいしれぬ不気味さを漂わせている。

「そうか……済まないが、解 析は頼む。イザとなったら…なんとかするしかないが……」

解析結果が出るに越したこと はない……この機体に搭載されているFRSはキョウの右腕に使用されている技術の発展型……亡き母の技術が、このような形で使用されていることに嫌悪感を 憶えずにはいられない。

そして…ウィークポイントが 発見できれば……それは、パイロット達に対しての負担軽減になる。

「ええ…なんとか作業は続行 します」

それを理解しているからこ そ、カムイも頷く。

もし間に合わない場合は…… 自分達の持てる限りの力で………そう決意する二人を横に見やるシルフィとマリア。

シルフィはやや複雑そうな面 持ちでカムイを見ていた…それに気づいたマリアが声を掛ける。

「気になる? 彼のこと」

「え…?」

「解かるわよ……私と同じだ から」

微笑むマリアにシルフィは眼 線を手元のカップにまで落とす。

「……いいんです。カムイさ んは、あの人のために頑張ってるんですから」

そう……カムイが解析を担当 し、わざわざ不慣れな戦闘にまで出るのは彼女の存在があるから……たとえそれが…報われないものだとしても……そして…自分のこの想いも………

「私と同じね……彼も、妹さ んのためだから………」

マリアもやや表情を苦く顰め る。

キョウと確かに想いは繋がっ ていても…はっきりと言葉にしたことはない。それに…今のキョウは妹のために必死なのだ……今、余計なことを言ってこれ以上負担を掛けたくはなかった。

「でも……好きなんでしょ う?」

唐突にそう語り掛けたマリア にシルフィは当惑した面持ちを上げる。

「お互い……大変な相手に惚 れちゃったけど…好きなら……ちゃんと…想いは伝えておかなくちゃ……後で…後悔したくないから」

それは自分自身に向かって 言っているのだろう。

想いを伝えずに後悔するのは 途方もない……ならせめて………たとえ、その想いがどう伝わろうとも……言葉にして伝えておきたい。

その想いを理解したシルフィ はそっと胸元を抑える。

このままずっと黙っているつ もりだった……でも……もし…この戦いを無事に終えたら……伝えたい……この想いを……たとえ…どんな結果に終わろうとも………

「頑張ろうね」

「はいっ」

互いに顔を見合わせ、二人は 強く頷き合った……明日と想いに決意を込めて…………

 

 

アメノミハシラのドックを見 渡す展望ルームにて……一人の少女が手すりに凭れ、溜め息をついていた。

そしてまた、やや複雑そうな 眼でドックを見やる……先程からこれの繰り返しであった。もうこれで何度目になるか解からない溜め息をつきそうになった時、後ろから掛かった声に振り返っ た。

「どうしました?」

「え…あ、その」

「貴方は確か…イザークと一 緒にきた監査官の………シホ=ハーネンフースさん?」

口ごもる赤服を着た黒髪の少 女…シホにニコルが問い返す。

「貴方は…え、と……ニコル =アマルフィさんですよね? 確か、ジュール先輩と同期の……」

シホも記憶を手繰り寄せ…そ して、その顔を思い出す。

イザークと同時期にアカデ ミーを卒業した赤服の一期生だ…そして、オーブ沖でMIAとなったと資料で読んだ。

「ええ、そうです。まあ、も うザフトとは関係ないんですが……隣、いいですか?」

「あ、はい……」

苦笑を浮かべて呟くニコルに 特に断る理由もなかったので、頷く。

シホの隣に移動し、手すりに 凭れてドックで静かに明日の決戦への旅立ちを待つ艦……それを見詰めながら、ニコルは問い掛けた。

「やっぱり、気になります か……」

「え…何がですか?」

「いろいろです」

そう……明日の決戦や今の自 分の立場に、敬愛する上司の元同僚………悩むことは多々ある。

「なにか…不思議な気分なん です………こうしてここにいるのが」

無意識に…口が動く。

なにか、現実感のない状況 だった……このアメノミハシラを訪れるのは二度目…いや、正確には立ち入ったのは最初だ。最初の来訪は敵として……あの時は新兵を率いて慣れない臨時指揮 官として指揮し、多くの死者が出た。その場所へこうして訪れるというのはなにか複雑なものがあったし、監査官という立場を除いても自分がここにいる敵同士 であった者達と共に明日の決戦へ臨むというのも奇妙な状況だった。

「僕も最初はそうでした よ……でも…ここはそういうところなんです。いろいろな人が集まってきますし…いろいろな考えを持つ人がいます」

ニコル自身もここ数ヶ月の自 分の軌跡を振り返ると随分波乱万丈なものだと思う。ザフト兵として戦っていたはずが、TFによって助けられ…その後は自分の意志でザフトを離れ、因縁の相 手であったアークエンジェルの面々との共闘…さらにはそこにかつての仲間達が集ってきた。まるで……この部隊に引き寄せられるように………

シホは口を噤み…また無言が 続くが……やがて、意を決したように顔を上げた。

「あの! どうして…貴方方 はザフトを…その……離れたのです…か?」

たどたどしい言葉で問うシホ にニコルは表情を微かに顰める。

だが、シホにはどうしても確 かめたいことだった……その問いに、ニコルはやや逡巡し…前を見据えて呟き始めた。

「……自分の信じるもののた めに離れた…でしょうか」

なにか…もう遠い過去のよう に思える………TFに救助されるまでは…ニコル自身もそれなりに偏見と先入観があった。ナチュラルが悪と……だが、実際に外の世界に足を踏み出し……視界 の狭さを知った。

「そして……ザフトのやり方 に疑問を持った…勿論、悩みました」

世論で流されるザフトの実 情……連合を躊躇いもなく虐殺したパナマ…同砲が一瞬のうちに消えたアラスカ……繰り返し行なわれる連鎖………ザフトに戻れば、間違いなく自分もまたその 歯車に組み込まれるだろう。自身の意思など関係ない…ただの兵器として………

「……だから、この道を選び ました。大変だとは…簡単にはいかない道だということも解かっています…でも、後悔は少ない方がいいと……」

苦難の道を選んだのは自覚し てるし、なによりこの道が正しいとは思っていない……だが、自分自身で決めた道だ……たとえ後悔しようとも、それは納得できる後悔であろう。

一息つくと、シホは呆然とニ コルを見詰めている。

そして……自分の今までの軌 跡を振り返る………赤服を与えられ…ザフトのトップエースとしての日々……戦おうとする決意を持って戦場にきたが…結局はただ力を求めていたのかもしれな い……

そう思うと、なにか後ろめた いものが過ぎる。そして…理解した…………

(隊長は…そんな想いを持っ た人に惹かれたんですね………)

ネェルアークエンジェルに 乗ってから見たイザークと赤い髪の少女……二人の深い関係を…自分では到底入り込めない絆の強さを………

最初は嫉妬していた…何故裏 切った人物にそこまで想うのか……だが、違った…彼女はプラントを裏切ったわけではなかった……ただ道を違えただけ…そして……純粋な想いを胸に苦難の道 を選んだこと……その強さに…自分の隊長は惹かれたのだろう………

そして……敵わない………そ う思える自分もいた。でも、これで吹っ切れたような気がする……シホは穏やかな笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます…… あの…明日は頑張りましょうね」

「ええ…貴方もいい顔をする ようになれたようですし」

ニコルの指摘にシホは驚 く……どうやら、自分の葛藤を察していて声を掛けたらしい…仲間を気遣えるニコルならではだろう。

「明日……お互いに頑張っ て…生き残りましょう……もしよろしければ、プラントに戻ったら僕のピアノを聴いてください」

そう微笑み、ニコルは静かに その場を去った。

その背中を…シホは微かに頬 を染めて見送るのであった…………

 

 


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