昼間は人で賑わう談話室も深 夜の時間帯は流石に人の気配はない……その談話室の開けた場所で……人影があった。

微かな灯りの下……壁に映る 影はまるで流れるように…ゆっくりと動く……それは、まるで洗練されたものに見える。

微かに呼吸を行い…そし て……ゆっくりと上げていた腕を下ろし、一息つくと…そこに拍手が上がり…それに驚いて先程まで踊っていたディアッカは振り返った。

「へぇ…あんた、結構様に なってるじゃない」

拍手をした相手はミリアリア だった。

「それよりあんた…こんな時 間にこんな場所に何をやってるのよ?」

こんな深夜……しかも人気の ない談話室の端でよく解からない踊りを行なうディアッカにミリアリアも疑問に思ったのだろう。

「アレは俺なりの精神統一っ てやつだよ…それよりさ、お前こそこんな時間になにしてんだよ?」

やや気恥ずかしげにそっぽを 向くディアッカ…それに対し、ミリアリアは眼を細める。

「フーン…なによ……せっか く差し入れ持ってきてあげたのに」

憮然とした表情で右手に持っ ていたものを持ち上げる。

それは、白い握り飯……それ にディアッカは一瞬固まる……以前の料理を思い出したのだろう。そんなディアッカの考えを見透かしたようにミリアリアは鼻を鳴らす。

「あんたね…私だって握るぐ らいならできるわよ! なにかしてるから差し入れでもあげようと思ったけど…要らないんだったら帰る」

そっぽを向き、踵を返すミリ アリアにディアッカが慌てる。

「いぃやいや! そんなこと ないって! すげえ嬉しいって!」

慌てて言い繕うディアッカに 歩みを止め…ミリアリアは不遜な態度でそれを差し出し、受け取ったディアッカは握り飯にがぶついた。

本当にただ握っただけだった が……それでも飯の味は美味く、ディアッカは食べていく。

「サンキュ…腹減ってたん だ」

「っていうか、あんたこんな 時間に何してたのよ?」

根本的な疑問に答えてもらっ ていない……ミリアリアは少し眠れなく、栄養剤でも貰おうと食堂に顔を出そうとしたのだが、その途中で談話室で踊るディアッカを見かけたのだ。

声を掛けようとしたものの、 あまりに普段とは打って変わった真剣な表情で踊るディアッカに声をかけそこね…その場を去り、食堂で栄養剤を貰う傍ら、握り飯を作ってきた。

「何だったの、あの変な踊 り?」

そう口にした瞬間、ディアッ カは詰まったのか…咳き込んだ。

「きったないわね〜〜」

「わりい…じゃなくてだな!  お前…いやいや、貴方様が変な踊りっていうからだろ!」

「だって変な踊りじゃない」

ミリアリアは悪びれもなく言 いのける…少なくとも、知らないミリアリアからしてみればディアッカの動きは奇妙なものにしか映らないだろう。ディアッカは軽く溜め息をすると、説明を始 める。

「アレは日舞っていう極東の 舞の一つだよ…俺の趣味……気分がのらねえときによくやってんだ」

ディアッカの趣味は日舞…… 能ともいう極東方面に伝わる伝統の演舞…自宅には専用の舞台まで造っているほどの入れ込みだった。静かな気持ちのなかで指先まで精神を統一して踊るのは気 分を落ち着かせてくれる。ここ半年近くは戦場だったということもあり、踊っていなかったのだが……明日の決戦を控えて踊っておこうと思い、広い場所を探し てここに来たのだ。

「フーン……」

「それよりさ…お前、これが 終わったらどうするんだよ?」

「え?」

「だから、この戦いが終わっ たらどうするのかっての?」

それだディアッカには気に掛 かっていた……自分はこの戦争が終わったら、取り敢えず一度プラントには戻るつもりだった。脱走兵とはいえ、評議会からの方針で今回の成否でお咎めはなし になるかもしれないからだ。だが、ミリアリアはどうするのか……肝心のミリアリア本人は考え込む。

「そうね……やっぱ、一度 オーブに戻ろうかな…両親にも逢っておきたいし……それに…トールのお墓……やっぱりオーブにつくってあげたいし」

俯きながら呟く……トールの 死はやはりまだミリアリアのなかで影を落としている。死んでからそのままで…墓すらつくっていない。無事終わったら…故郷に戻ってトールの墓をやはり故郷 につくってあげたい。

それを聞きながら、ディアッ カは内心深く溜め息をつく。

やはり相手は強敵だ…なに せ……思い出のなかの人物なのだ………特に死人……余程のことが無い限りは勝つのは難しい相手だ。

「でも、そのためには明日… なにがなんでも勝たないとね!」

落ち込んでいたと思ったミリ アリアだったが…奮い立たせるように立ち上がった。呆気に取られるディアッカに向かい、指差す。

「あんたもいい加減休みなさ いよね……それと…死ぬんじゃないわよ……自分の知っている人が死ぬのをこれ以上見るのは辛いから」

そう言い放つと、ミリアリア は談話室を退室していく…その背中を呆然と見送ると…ディアッカは微かに苦笑を浮かべ…残っていた握り飯を食べ終えた。

「…美味かったぜ。サン キュ」

そう……もう姿の見えなく なった相手に向かって呟いた。

 

 

アメノミハシラの展望室 で……窓側に佇み、宇宙を見詰めるイザークとリーラ……明日への決戦を控えて、二人の心持ちは静かだった。

「明日だね」

「ああ」

来てほしくない…そう思う心 も少なからずある……明日の戦いは今までとは予想もできない激しいものが予想されるだろう。もしかしたら…生きて帰ってこれる保証もない。戦場で絶対とい う言葉はないのだ。

そう思うと…この時間がずっ と続けばいいのにと思うのも否定できない。

「いろいろ…あったね……」

「ああ」

本当にいろいろあった…… カーペンタリアで別れたのがもう遠い過去のように思える。あれからあったことを……リーラはできるだけ話した。

本当の父親と自分の決意…… そして…イザークと敵対してしまった苦しさと切なさ……ぎゅっと服を握り締め、震える口調で答えた。

そして……イザークは無言の ままだった…言葉足らずだったが、気にするなと言っているのだと気づいて嬉しくなった。

「なんか変な感じだね……私 達」

言葉をほとんど交わさず…た だ受け答えをする今の自分達は傍から見ればかなりおかしいだろう。

なにか…改めて意識してしま うと言葉が出ない。

「リーラ……明日、戦場で奴 と…ガルドとあったら…必ず俺が倒す!」

突然、イザークはリーラに振 り向くと、そう呟いた。

リーラも微かに眼を剥く…… ガルド…いや……テルス………そう名乗った少年……イザークにとってもリーラにとっても因縁深い相手だ。

ヤキン・ドゥーエにおける大 量虐殺…それはイザークにとって…いや……人として赦せる行為ではない。そして…リーラにとってもあの男と錯覚するほどの恐怖を掻き立てさせる相手……… だが、イザークは独りで決着をつけようとしている。

無論、一筋縄でいく相手では ないと解かっているが…それでも、リーラがあの男を恐れる以上、離しておきたかった。

「……ごめん、イザーク…イ ザークの気持ちは嬉しいよ…でも……でも! 私も…私も一緒にいさせてっ! 私だって恐い! けど…もう嫌なの! 離れたくない!」

テルスの存在は確かに恐い… はっきりと掴めない恐怖が内に浸透し、恐怖を掻き立てる。でも…それに負けてばかりではなにも変わらない。弱い自分に負けないためにも…リーラもまた逃げ るわけにはいかない。そしてなにより……共にいたかった…愛する人と……たとえどんな場所や時であろうとも……

リーラはイザークに抱き付 く…そして、その胸に顔を埋める。

「一緒にいて……私を…もう 離さないで………」

一度離れた感じた胸の空虚 感……満たされない想い…それは、二人の想いをより強く募らせ、絆を強固なものとしてしまった。

今の二人にとって……再び離 れ離れになるのは死よりも恐ろしいものだった……震えるリーラを安心させるように、イザークはリーラの身体を抱き締める。

そして……リーラもまた強く 握り返す…不思議だった……こうしているだけで今まで感じていた不安や恐怖が消えていく………

やがて…二人は顔を向け、互 いに見詰め合う。

「リーラ……俺は、こう気の きいたことは言えないが………お前は俺が必ず護る…そして…二人で生き残る……だが…もし…もしもの刻は……一緒に……死んでくれるか?」

微かに息を呑む……死ぬつも りはない………そう決意しても、もしと思うことは仕方ない。

安易に約束などできない…だ がそれでも……リーラは微笑んだ。

「うん……貴方となら…どこ までも」

死ぬつもりはない…だがも し……もしもの場合………愛した人と一緒に死ねるなら…それもまた構わない………たとえ地獄に堕ちようとも……この人といられるなら………そこがどこだろ うと関係ない。

「リーラ…あの指輪、持って るか?」

「うん」

唐突に問い掛けたイザークに 頷き返す……これだけは、たとえ死んでも離さない………リーラは首からかけていたペンダントを外し、そしてそこに通していた指輪を外し、イザークに差し出 す。

それを受け取ると、イザーク は反対の手でリーラの手を取り…微かに眼を瞬くリーラの左手の薬指に……指輪を嵌めた。

「イザーク……」

眼元に涙が浮かぶ。

「ちゃんと言ってなかった な……俺は、お前が好きだ…お前がほしい………」

キザなセリフではあった が……その言葉が、リーラにはなによりも欲しかったもの………

「はい……私も…愛していま す」

そっと眼を閉じ…顔を上げ る………そして…月光が差し込むなか、静かにキスを交わす……最初の口付けを…………

 

 

エターナルのラクスの私室に 招かれたキラ…明日への決戦を控え、彼ら二人もまた緊張した面持ちであり、それを和らげようとラクスはキラを私室に招き、プラントにいた時に御馳走した紅 茶を淹れていた。

「いかがですか、キラ?」

「うん…美味しいよ」

ほどよい温かさが緊張を解 す……こうしたゆったりとするものが、殺伐としている今の状況では唯一の安らぎかもしれない。

ほのかに湯気の立つカップを 口に含み、ラクスもまた肩の力を抜く。手元のカップを覗き込むように眼を落とし、どこか沈痛な面持ちを浮かべるラクスにキラが不審そうに問い掛ける。

「ラクス?」

「………キラ…私、今凄く震 えています………」

微かに震える手……ラクスは やや蒼褪めた表情で己の手を見やる……初めて…直に命を奪った手を………

キラもハッとする……ラクス はヤキン・ドゥーエ戦で初めてMSに搭乗し…素人とは思えぬ働きを見せた。だが……あの時は無我夢中であったものの…やがて時間が経ち…冷静になってくる と、それはいい知れぬ恐怖となって身に巣食っていた。なるべくコックピットは外して攻撃したものの、全てがうまくいくわけではない。コックピットを撃ち抜 き、破壊してしまった機体も…運悪く誘爆で吹き飛んだ機体もあった……そして…その命を絶ったのは己の手なのだと…………

「これが…貴方や、レイ ナ……皆さんの抱える業なのですね………」

改めて、己の無知を思い知 る……ラクス自身、戦場に出たとはいえ、直接下した訳ではなかった。だが、それを初めて己の手で行い…いかに自分の考えが浅はかであったかを思い知った。 パイロットと一口にいってもそれは簡単なものではない……己の手で命を絶つのだ…それは、業の証であると同時に己の覚悟への試練………

望んだのは自分自身…仲間達 と共に同じ場所に立つ……だが、それがこんなにも辛く重いものだと…ラクスは痛感した。

皆の前では体面と士気のた め…気丈に外面は普段の様相を出していたものの……やはり、彼女の内面には大きな衝撃となって駆け巡っている。

そんなラクスにキラはどう声 を掛けていいか解からない…慰めるのは簡単だが……それは逃げにしかならないような気がする…少なくとも、レイナならそうするだろう。

なら…自分にできること は……キラはそっと………ラクスの手を取り、強く握る。

「あ………」

どこか呆然と見やるラク ス……握られた手から感じるキラの温もりに、蒼褪めていた表情が微かに生気を取り戻す。

「僕はここにいるよ……ラク ス独りじゃない」

そう……業にまみれているの はラクスだけじゃない………自分も…罪人だと………独りではないと…独りで苦しまないでもらいたいと………それを感じ取ったのか…ラクスもまた強く握り返 す。

どれだけそうしていたか…… やがて、ラクスの表情が幾分か和らぎ、落ち着きを取り戻す。

「キラ…ありがとうございま す」

大きな決戦を控え…少し弱気 になっていた……だが、それも不思議と消えた。

キラもそれには微笑んで返 す。

そして……今度はラクスがキ ラを真剣な眼差しで見やる。

「キラ……お話をされなくて よろしいのですか………彼女と」

唐突な問い掛けに、キラは息 を詰まらせる。

ラクスは見抜いていた……キ ラの今の状態を………そして…その想いが今、行き場を失いかけ、戸惑っていることを………

キラの心持ちを占める葛 藤……マリューから伝言で聞かされたフレイのこと…彼女は今、ドミニオンにて通信士としてクルーに加わっているらしい。そして、この戦いが終わったら、話 をしてやってほしいというナタルからの託け。ドミニオンは統合艦隊の一員として正面からの陽動に加わるため、今は通信を繋ぐことはできない。そして…戦い が無事終わるまで…話すことも………だが、それ以上に占めるのは別のこと。

それは……レイナのこ と………彼女に対するキラの感情は今、複雑なものになっていた。

なにより…今は遠いフレイよ りも近くにいる……すぐ傍にいるというのに、キラはこの数日、レイナとなるべく顔を合わせようとしなかった。

キラ自身も戸惑っているの だ……彼女への感情に………そして…それを伝えることに対する臆病さ……俯くキラにラクスがそっと話し掛ける。

「キラ……この紅茶のハー ブ…何かお解りですか?」

カップを持ち上げ、そう問う も、ラクスの意図が掴めず困惑する。

「ハーブも葉によって意味が それぞれあります……だから、ハーブを使用するときは、その意味を込めて淹れます………」

花のように微笑み…そし て……静かに呟く。

「このハーブの花は…タイ ム……意味は……勇気」

その言葉に……キラは眼を見 開き、そして反射的にカップを見やる。

「本当に想っているなら… 今、伝えておかないと……きっと後悔することになります」

たとえそれが…どのような結 果で終わろうとも………最後の言葉は言葉には出せず、口のなかで呑み込む。

キラはマジマジとカップを見 詰め…そして、逡巡している。そんなキラの背中を後押しするように…ラクスは告げた。

「彼女は先程、お一人でオー ディーンのデッキにいました……行ってください」

そう告げると、キラは意志の こもった視線を上げ…そして、カップを置くとその場から立ち上がる。

「ラクス…ありがとう」

微笑むと、キラはラクスの私 室を退出していく……その背中を見送ると、ラクスは小さく溜め息をこぼした。

「はぁ………本当に勇気が足 りないのは…私の方ですわね」

自身を嗜めるように自虐的に 微笑む……できることなら、言いたかった…自分だけを見てほしいと………でも、キラの内にいる人物のことを思えば………そして、心の何処かで黒い期待を抱 く自分がいる……彼女が…想いを受け止めなければいいのに…という……そんな醜い自分を隠すように…ラクスは紅茶を口に含んだ。

「……苦い…ですわね」

その呟きは…誰にも聞こえ ず……消えていった…………

 

 

人気のないオーディーンの デッキにて佇むレイナ……既にもうあらかたの整備を終え、今は他の部署に回っているか、仮眠を取っているのだろう。

だからこそ、こうして独り静 かにいられる……レイナはやや切なげに愛機を見上げている。

既に修理と整備を終え……そ して、明日の決戦を静かに待つインフィニティ………不思議なものだと思う。

少なくとも…一年前の自分か ら考えれば………こうしてここにいることも…この機体と出逢うことも……だがそれも…全ては運命……自分達は、遅かれ早かれこうなる運命だったのだ……… 避けえぬ………

だがそれも…明日で決着がつ く……どのような結果であれ…………

胸元のクリスタルが揺れ、薄 暗いデッキ内に鈍い光を放つ。

「…もしその刻がきたら…… 私と一緒に…闇へと堕ちてくれる………」

クリスタルを握り締め…微か に笑みを浮かべ、そう問い掛ける……もし、最悪の結末に終わるのなら………まるで、恋人に向けるような言葉だが……インフィニティは無言のまま……だが、 それはまるで何も言うなと言っているように錯覚する。

肩を竦めると…レイナは気配 を感じて振り向く。

「誰?」

僅かに声が低くなる…だが、 奥から姿を見せた人物に眼を細める。

「キラ……?」

姿を現わしたのはキラ…こん な場所に一体何の用だというのか。

不審そうに見やるレイナにキ ラはやや表情を逸らす。

「あ、レイナ……その…今、 いいかな……?」

たどたどしい言葉で呟くと、 レイナはさらに首を傾げる。

「私に何の用?」

そう問い掛けてもキラは言葉 を濁すだけ……話したいことはあったはずなのに…いざ前にするとどうしても言葉を呑み込んでしまう。

ずっとそうだった……ヘリオ ポリスで最初に逢った時から………その頃から燻っていた想い……キラは一度呼吸し、気分を落ち着かせると…不審そうに見ているレイナに視線を向ける。

動悸が激しく鼓動を打つ…… 緊張した面持ちのなか…キラは口を動かす………

「レイナ……僕…僕……君が 好きだ」

ようやく出た言葉……キラに とっては今までの人生のどの言葉よりも勇気がいったもの……ヘリオポリスで出逢い…そして、今日まで共に戦ってきた………迷いそうになった時や辛かった 時……道を選ぶ手助けをしてくれたことや突き放したこと……なにより…その真っ直ぐな瞳に………そして…今日まで来た。

だからこそ…伝えたかっ た………凝視するキラに…レイナはやや表情を顰めたままだ。

なんとなく、キラの態度から キラが発する言葉が予想できた……ヘリオポリスにいた頃は、告白してくる男が多かった…時折女性もいたが……これはその際置いておこう。

いつからだったか……確かに 感じていたキラの想い………だが、レイナの答える言葉は一つしかない。

軽く息を吐き、眼を閉じる と……静かに答えた。

「………ごめん。キラ…私 は、あんたに応えることはできない……」

半ば予想していた答え…だが それでも、キラは衝撃を隠すことができない。

「キラ……多分、あんたの私 への想いは勘違いよ……特別な状況にいたから、そう思い込んだだけ」

そう……特別な状況だっ た……ありていに言えば、フィクションの中にある恋愛……ただそう錯覚しただけ………

「っ、違うよ…僕は………」

「仮にそうだとしても…私の 応えは変わらない……私は………誰も愛さない………」

無機質な…冷たい眼でなお拒 絶する。

それ以上言葉を掛けることが できず…二人の間には沈黙が訪れる。

「どの道…私とあんたは結ば れることはできない……私は…化物だから…………」

どこか自虐的に発せられた言 葉…背中を向けるレイナにキラは眼を見開く。

「レイナは化物なんか じゃ…!」

「化物よ……きょうだいの血 肉を喰らい、人にあらざる血を持つ……呪われた……化物……それが私達……」

軽く振り向き、制するように 呟くと……唖然となっているキラに微笑を浮かべる。

「あんたのその気持ち…私 じゃなく、誰かに向けてあげればいい……本当に…ありのままのあんたを受け入れてくれる相手に………あんたには、私なんかよりいい相手がいる」

そう呟くと……レイナは再度 背を向け、ゆっくりと離れていく。

キラは思わず手を伸ばしかけ るも…足が固定されたように動けない………レイナは微かに振り向き、最後に呟いた。

「明日は長い一日になる…… さっさと休みなさい………さ よなら

素っ気ない口調ではあった が……いつもと変わらぬ気遣い…そして…レイナの姿は奥の闇に消えていく………

残されたキラは、その場に佇 み…拳を震わせる。

追うことも…声を掛けること さえできなかった………レイナが背負う闇を…受け止めることができなかった………キラは、声にならない叫びを上げ…その場で哭いた………

 

 

 

闇のなかに浮かぶ白い四 肢……俯くように鎮座する破滅の天使:メタトロン………レイナのインフィニティとの死闘で損傷した右腕の修復は既に完了していた。

だが…メタトロンの右眼だけ は傷跡を残したまま……砕け散ったカメラアイの奥に見える機械的なカメラの眼光………その眼下では、カインが咳き込んでいた。

「げほっ…がっ……… はぁ…ぁ………」

滴り落ち、床に沈殿する鮮 血……右手で口元の血を拭い、振り捨てる。

そして…己の手を見やる…… 真っ赤に染まる手………

「……どこまで保つかな…こ の身体」

自嘲気味に低く笑うと、手を 握り締める……徐に懐から取り出した煙草を咥え、火をつける。

白煙が周囲に霧散し、一息つ く。

永い……永い刻だったような 気がする………永劫ともとれる闇のなかを彷徨い…ここまで来た………明日が終わると同時に………明日という言葉は存在しなくなる………

全てを破滅へと導く大罪 人……自分にとってこれ程相応しい肩書きがあろうかと内心思う。

「これが……貴様の望んだこ とだろう………ウォーダン……いや………父さん………」

微かに漏らした言葉……煙草 を持ちながら、メタトロンを見上げる。

「あいつと俺……この世界に 生を受けた時には既にどちらかが淘汰されると運命られていたのさ………」

持っていた煙草を捨て、踏み 潰す。

そして……カインの視線がメ タトロンの足元に向けられる………僅かに台座のように盛り上がった場所の天井部に固定されるカプセル………

そのカプセルに視線を向けな がら、カインは口元に微かに笑みを浮かべる。

「運命に導かれ……俺達は巡 り合う………」

そう……全ては運命られたこ と………自分達の道は決して重ならない………そう因縁づけられた運命………

 

――――――闇に導かれし闘 う運命……………

 

「……実に滑稽なことだ な………あんたも…そう思うだろう…………」

カプセル内に映る人影……だ が、その人影は無言のまま…いや……生きているのかさえ解からない…………

「奴が……ウォーダンが望 み……そして……運命が俺達を誘う…………こい……運命より生まれし魂…………」

カインは振り向き…そし て……闇の奥に向かって叫んだ…………

 

 

――――――レイナ=クズ ハ…………

 

 

 

 

「っ!」

オーディーンの通路を自室に 向かって歩いていたレイナは息を呑み、強張った面持ちで振り返った。

戦闘態勢に近い程研ぎ澄まさ れた感覚を一瞬張り巡らせる…だが、振り返った先には自分が歩いてきた薄暗い通路のみ……人の気配は愚か…不気味なほどの静けさに包まれている。

気のせいか…と僅かに緊張を 緩める。

だが、と首を振る…確かに感 じた……自分を呼ぶ………闇から響くような声………釈然としない面持ちのまま、レイナは未だ解けぬ緊張感を張り巡らせたまま、再び歩き出した。

少しして、自室近くに到着す ると、レイナは無造作にドアを開け、中に入室する。

レイナの入室に気づいたもう 一人の部屋の主がこちらに顔を向ける。

「どうしたの…恐い顔し て?」

オーディーンにおけるレイナ のルームメイトであるリンだ。元々専用運用艦ということで艦載機の数が限られるこの艦には現在パイロットは3名しかいない。

リーラは一人で二人部屋を 使っているが、レイナとリンは同じ部屋だ…ダイテツあたりの配慮だろうが………

デスクに備え付けの端末で何 かを入力していたリンが尋ねるも、レイナは苦笑を浮かべる。

「なんでもない」

そう言い、レイナはそのまま ベッドまで歩み寄り…腰掛ける。

その様子に不審がる……リン は端末を消し、立ち上がって歩み寄ると、顔を覗き込む。

「隣、いい?」

レイナが拒否しなかったの で、リンはレイナの横に腰掛ける。

だが、暫し二人は無言のま ま……部屋には静寂が満ちる。

二人とも……明日の闘いに対 し、いろいろと思うことがある。

「………あいつらは…いった い、なにを望んでいるのかしらね…」

何気にリンがポツリと呟く。

人類を……今の世界を破滅へ と導く……この世界はもはや存続することが禁忌だと……連中は言った……なら……仮に全てを終わらせ……その先にいったい何をしようというのだろう………

まさか、全てを滅ぼした後に 新たな人類になるとかいうものでもあるまい。

「滅びたがってるのは……あ いつら自身なのかもしれないな………」

レイナは無言のまま……そ う……連中は愉しんでいる……滅びる様を…自らとともに…歪んだ破滅への願望………

「いや…消えるべきは…私達 もなのかもしれない………」

闇に消えるべきは…彼らだけ ではない……自分達もそのなかに含まれているのだろう……

闇から生まれ、そしてきょう だい達に……同じMC達に銃を向ける業の存在………

リンもなにも語らない……言 葉にしなくても、その考えは同じ………

人にあるざる血をもって生ま れた者とその血肉より生まれた者……生まれた刻には既に呪われた運命を背負っていた………

「私達は……この刻のため に…生を受けたのかもしれない………」

彼らをともに闇へ還すため の………ともに…闇に消えるために………

「…死神…か……」

自嘲気味にリンが答え返す と、レイナは苦笑を浮かべる。

そう…死神で……地獄からの 天使…………闇へと誘う…………そんな存在に、救いなどありはしない………だが、レイナやリンもだからといって世界を道連れにするような感傷は持っていな い……親が子を選べないのと同じで子も親を選べない………自分達の境遇がどうであれ…この存在として生まれでた以上……それに悲観しても仕方あるま い………

生命は…いつか滅ぶ………そ れが早いか遅いかの違いだけ………それがたまたま、次は自分達だけだったということだけ…………

レイナは懐からフィリアに 貰ったカプセルを取り出す。

「あんたも飲む? 明日は… 多分……忙しくなるから……」

僅かに言葉を濁すレイナにリ ンは自嘲気味に笑い…手渡したカプセルを受け取る。

ベッドの傍に置いてある水差 を取り、カプセルを口に放り込むとストローから水を飲み、カプセルを呑み込む。

「はい」

水差を手渡すと、リンもカプ セルを放り込み…水で呑み込む。

やがて……高揚としていた気 分が僅かに鎮静され…そして……微かな睡魔が身体を襲う。

レイナはリンの手に己の手を 添える…顔を向けるリンに笑みを浮かべる。

「もし……私が闇に呑み込ま れたら………あと、お願いね」

ヤキン・ドゥーエ戦の前にも 言った言葉……だが、あの刻とはまた意味も重みも違う。

それを察しているからこそ、 リンも笑みを浮かべ、肩を竦める。

「お生憎…まだ、決着はつけ てないからね……その刻は…何処だろうと付き合ってあげるわよ」

冗談めいた言葉……地獄へ… 闇へ堕ちる刻は一緒だと…………レイナは手を添えたまま、ベッドに倒れ込む。

「………これが…最初で最期 の眠りになるかな…」

やや自嘲気味にそう呟く と……レイナは静かに眼を閉じ……意識を沈めていく………その寝顔を見詰めながらリンは思う。

少なくとも、今のレイナは普 段からは考えられないほど無防備を晒している。いつもは、常に気を張り巡らせて…眠っていても、すぐに臨戦できるように身体に既に染み込んでいる戦士とし ての感覚……リンと眠っている時でさえ、それは解かない………

いつも浅い眠りのなか……傷 を負った時ぐらいしか深く眠ることのなかったレイナ……それがこうして今……まったくの無防備を晒して眠る姿…………レイナ自身が完全に信頼している相手 の前でしか、晒さないとでもいうように………

やや自意識過剰かもしれない が……そう考えると、何故か嬉しさにも似た感情が沸き上がってくる。

リンは、音を立てないように レイナの寝顔を覗き込む……クローンなのだから…同じ顔であるはずだ…自分の寝顔を見るというのはなにか不思議な……そこまで考えてリンは首を振った。こ の人と私は違うと……そして…再度眼を開け、レイナの顔を見やる。

先程呑んだ薬の影響か…なに か、随分と心持ちが軽い……まるで、抑え付けていたものが溢れるように……

手を添えたまま、寄り掛かる ようにレイナの横に身を倒し、ほぼ間近に顔を寄せる。

添えられている右手をそのま まに…左手でその頬をなぞる。

自分は…この人から生まれ た………そう思うと、思慕にも似た感情が沸き上がってくる。

ただ愛しかった……それは、 原始に還りたいと願う生命の本質か…それとも…リン=システィ個人としての感情なのか………

リンは、無意識に眠るレイナ の顔を覗き込むように近づける………

微かな寝息を立てながら…普 段の冷徹な表情とは違う…どこか歳相応の少女が持つあどけなさを感じさせる寝顔……微かに薄く色付く唇………

まるで、魔性の誘惑にかかっ たように……リンは顔を近づけ…静かに………唇を…レイナの唇へと口付けた………

キスを交わすなか…リンは静 かに囁いた…………

 

 

――――――愛してるわ…… 姉さん………………

 

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの想いを胸に……夜 は終わり…そして……決戦の朝陽が昇る……………

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

神の与えた無慈悲な猶予は終 わりを告げる………

発動する黙示録………神によ る啓示…………

神とは悪魔か…悪魔が神なの か…………

神の降す審判に抗うために… 今、全ての力が集い…そしてぶつかる………

 

傀儡と化せし者達と人であり 続ける者達……

砲火と命の輝きが戦場に煌 く…………

 

そのなか…堕天使達は天使達 のなかへと飛び込んでいく………

その闇を…断ち切るため に…………

 

 

今……最期の終局の幕が上が る……………

 

次回、「破滅の黙示 録(アーマ・ゲドン)

 

黙示録の闇…撃ち砕け、OEAFO

 


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