爆発が轟き、ビームが飛び交 う戦場に近づくも…これ以上は砲火が激しく迂闊に近づけない。

そして……戦闘を拡大表示さ せ…ブリッツビルガーとフォビドゥンの戦闘を確認する。

突然レーダーからブリッツビ ルガーの反応が消え…一瞬撃墜されたという冷たい悪寒に襲われるも…爆発の熱量は確認できておらず、フォビドゥンもまた捜していることからミラージュコロ イドで姿を消したのだという考えにいたり、ホッとしたのも束の間……執拗な攻撃にブリッツビルガーが弾き飛ばされ……互いにビームを放ち、両機が爆発に包 まれた瞬間、シホは声を荒げた。

「ニコルさん!?」

眼を見開くシホ……爆発に包 まれたブリッツビルガーであったが……その爆発から抜け出すと……なんとか無事な状態に大きく息を吐き出す。

「ニコルさん、無事です か!?」

「シホ…さん? ええ、なん とか……」

苦い口調で応じながら、ニコ ルが相槌を打つ……あの瞬間……フォビドゥンのフレスベルグを喰らった瞬間、対艦刀を前面に投げ飛ばし……トリケロスUを引き上げてなんとか爆発を軽減さ せた……その代償に主兵装をほぼ麻痺させられたが………

それでも、フォビドゥンも無 事ではないはず……あの密着した状態ではリフターを展開する余裕はなかった……流石に無傷ではいられない………煙が晴れ…その下から現われたフォビドゥン は、ボディの左脇腹が半ば誘拐し、リフターも全壊している。左腕と左脚部も欠損し……コックピットでは、爆発の影響でヘルメットのバイザーが割れ、血を流 すシャニ……だが、その顔は未だに笑みを浮かべている………やや露になったコックピットにモニターでその顔を初めて確認したニコルは息を呑んだ……自分と さして変わらぬ年恰好の少年が浮かべる醜悪な笑みに……僅かに気圧される。

血を流しながら……シャニは 操縦桿を引き……オイルを振り撒きながら、フォビドゥンはバーニアを噴かし…ブリッツビルガーに加速する。その凄惨さに一瞬呆気に取られていたニコルは思 わず反応が遅れる。

「危ないっ!」

だが、そこへシュトゥルムが 割り込み…弾き飛ばすようにブリッツビルガーとともに進行航路から離れる。

過ぎるフォビドゥンは、その まま身を翻し……残ったフレスベルグを発射する。縺れ合っていた2機はそれに反応できず……ニコルが咄嗟にシュトゥルムを庇う。

ビームがバックパックを掠 め、爆発が襲う……振動に揺れるコックピット…歯噛みするニコルにシホが悲痛な声を上げる。

「ニコルさん!」

「だ、大丈夫です……バック パックのパワーパックをやられただけですから」

すぐさま被弾したパワーパッ クをパージする…もう残量エネルギーもほとんど無くなっていたので大した損傷ではない。

「どうやら…あちらももう保 たないようですし……でも…遠距離からの攻撃はまだ…」

リフターがもう一基残ってい る以上…やはり接近戦しかない……問題は、手持ちの得物の射程と肝心のパワーがもつかどうかだ……手持ちの近接武器はマイダスメッサーしかない…だが、こ れは射程が短い……かなり接近しなければ…あとは……パワーが押し切られるかどうかという不安……その時…シホは意を決したように顔を上げた。

「ニコルさん…これを!」

突然のことに驚くニコル…ブ リッツビルガーに手に握らされるトライデント……それにはシュトゥルムの手も握られている。

「これなら、あちらよりも リーチがあります…それに、シュトゥルムのパワーも加わります」

その言葉に息を呑むも……逡 巡を赦さぬように…フォビドゥンが再度フルブーストで加速してくる。右手に残ったニーズヘグを振り上げて……迷う時間はない……ニコルも操縦桿を引き、ト ライデントを握り締める。

「いきますよ…シホさん」

「はいっ」

ニコルとシホの視線が前へと 向けられ……ブリッツビルガーとシュトゥルムはトライデントを構える。

フルブーストで突進してくる フォビドゥンに……2機は加速し…互いにぶつかり合う……刹那…エネルギーが周囲にスパークした。

MA形態で周囲を縦横無尽に 飛び回る2機……黒い怪鳥と深淵の盾………MA形態でレイダーに掴み掛かるイージスディープ……4本のクローで装甲を掴み…大きく振り被って投げ飛ばす。

レイダーは勢いよく飛び…デ ブリに激突する………その煙を見詰めながら、MS形態へと戻る。

「はぁはぁ…今度こそ…やっ た……」

コックピットで激しく息を乱 しながら、ラスティは爆煙を見詰める。先程からこのような交錯を幾度となく繰り広げている。

互いにMA形態での激突と格 闘…よく見れば、イージスディープの装甲にも微かな焦げや歪みが見て取れる。

警戒した面持ちで爆煙を見詰 めていたが……前触れもなく唐突に煙を裂いて放たれる閃光……瞬時に身を捻るも…掠められた装甲の一部が融解する。

身構えるラスティの前で…霧 散する煙の下から姿を見せるMS形態のレイダー……口部からは微かな硝煙が立ち昇っている。

「いひひ…よくも…よくも やってくれたな……弱いくせに…弱いくせにっ」

眼元が緩み…狂笑を浮かべ、 レイダーがデブリから飛び立ち、頭部を振り被ってアフラマズダを発射する。

射程は短いが、その威力はス キュラにも劣らない……ラスティは操縦桿を引き、イージスディープを後退させてその攻撃をかわす。

ビームライフルを構え、応戦 するも…レイダーはMA形態に変形し、攻撃を飛行してかわす……機関砲を展開し、こちらを砲撃してくる。

「ぐっ!」

翻弄されるイージスディープ に向かって加速し、クローを展開する。

交錯した瞬間、クローがイー ジスディープを大きく弾き飛ばす。

「がぁぁぁっ!!」

激しい振動に苦悶を浮かべる ラスティ……態勢を崩すイージスディープに追い討ちをかけるようにレイダーはMSへと戻り、右腕の2連装レールガンを発射する。

吹き飛ばされるイージス ディープのボディに数発…そして周囲に着弾したエネルギーが炸裂し、爆発に包まれる。

いくらPS装甲でもこれだけ の弾頭を喰らっては、装甲はともかく内部機器は保たない。

コンソールからも異常を告げ るレッドシグナルが表示される。

「っ…右腕に異常!? く そ、バーニアにも異常がっ!?」

悪態をつきながらいくつかの ラインをカットし、バーニアにラインを集中させ、態勢を立て戻す。

「このままじゃマズイっ しょ……」

歯噛みしながら…ラスティは 逡巡する……火力・機動力…やはりどれを取っても直系の次世代機であるレイダー相手では初期機とさして能力に差がないイージスディープでは分が悪すぎる。

イージスディープに残された 武器は両腕と両足のビームサーバーとMA形態のスキュラのみ……半ば、決死の覚悟を決め…ラスティは表情を引き締める。

「やるしかない」

言い聞かせるように呟く と……イージスディープは両手、両足にビームサーバーを展開する。4本のビーム刃を構え……ラスティはレイダーを見据える。

「いくぜっ」

刹那、イージスディープは加 速し……レイダーに斬り掛かる。

ビームサーバーを振り下ろす も、レイダーは悠々と回避する……だが、間髪入れずに脚を振り上げ、爪先のビームサーバーがレイダーを掠める。

レイダーは距離を取り、レー ルガンで狙撃する…装甲を掠めるも、イージスディープは怯むことなく突撃する。PS装甲なら多少のことはどうでもない……砲撃を掻い潜りながら距離を詰 め、ビームサーバーを振り薙ぐ。

続けて脚部…絶え間なくビー ムの軌跡が煌き、レイダーは防戦一方になる。

「おおおおっっ!!」

雄叫びとともに休むことなく 何十回も刃を叩き込み…やがて、レールガンのシールドに亀裂が走る。

クロトがギョッと目玉を飛び 出させ……僅かに緩んだ瞬間、振り払われた一撃にレイダーの右腕が斬り飛ばされた。

両機の頭上に舞う右腕……そ れがスローモーションのように両機の間に割り込んだ瞬間、レイダーの口部にエネルギーが集束し…ビームが放たれる。

自らの腕を灼き、イージス ディープに襲い掛かる。

「くっ!」

咄嗟に上半身を捻るも…僅か に遅く、右腕を灼かれ……間接部からフレームをパージする。刹那、両機の間を爆発が起こり…機体を照りつけるなか、レイダーはMA形態に変形し、イージス ディープに突貫した。

爆発を裂き…体当たりするレ イダーにコックピット内で身体を強か打ちつけ、ラスティは身体が圧迫される。

「がはっ!」

唾液を飛ばし…眼を見開 く……弾かれるイージスディープ………そのイージスディープに向かって急接近し、レイダーは残った左拳をボディに叩き込む。

「このっ! 生意気なんだ よ! 弱いくせに! 弱いくせに! 弱いくせにぃぃぃぃっ!」

もはや敵を破壊するだけしか 考えられなくなった人形はただただ激情のままに拳を叩きつけた。何度もシェイクされるボディ……響く振動と衝撃にPS装甲の展開も限界にきている……なに より、このままではラスティの身が保たない。

「ぐぐぐっ…こ……こん のぉぉぉぉっ!」

渾身とばかりに残った左腕を 振り上げる……ビームサーバーがレイダーの頭部を斬り裂く。

頭部の上半分を斬り飛ばさ れ……真っ二つにされた頭部……一拍後、頭部が爆発し、混乱するレイダーのボディに蹴りを叩き入れ、弾き飛ばす。

首を失い…立ち往生するレイ ダーに向けて………ラスティは最期の賭けとばかりにイージスディープをMA形態に変形させ…一気に距離を詰める。

一本欠けたクローを拡げ…… レイダーのボディに掴み掛かる。

ボディをクロー3本でガッシ リと抱え込み、拘束する……その戒めにレイダーは逃れようと必死にもがくも…ラスティは不適に笑う。

「そう暴れんなよ……一緒に いこうぜ新型!」

噛みついたイージスディープ の先端……スキュラの発射口にエネルギーが集束する………その先は…コックピット………この距離で攻撃を放てば…相手は愚か、自機さえも吹き飛ぶ…だが、 このチャンスを逃せば後はない……エネルギーが集束した瞬間…ラスティはトリガーを引いた。

閃光が…両機の内側からこも れた…………

 

 

熾烈を極める戦場のなか で……その宙域だけが水をかけられたように静まり返っていた。

ジャスティスとアカツキ…… アスランとカガリの眼前に対峙する純白のジャスティス……いや…その正義とは相反するような禍々しい頭部形状……ジャスティスとは対極に位置する名を冠せ しMS……イヴィル……

だが、アスランやカガリが息 を呑み…敵の眼の前だというのに…呆然と佇んでいるのはその機体形状に驚いてではない……その機体の内……パイロットの顔にアスランが特に表情を驚きに包 んでいた。

「母上……母上なのです ねっ!?」

アスランは驚きからやがて微 かな喜色を含んだものへと変わり、眼前のイヴィルに向かって叫ぶ。

間違いない……コックピット に映るあの顔は………紛れもなく母であるレノアのもの…だが、カガリは表情を顰める。

「アスラン、母上って……お 前の母親は…」

そう……アスランの母親はユ ニウスセブンの崩壊とともに死んだはずではなかったのか……それに……あのコックピットは………だが、アスランはそんなレノアの異常な光景が眼に入らず… ただただ母親が生きているという事実のみに突き動かされていた。

「母上、俺です! アスラン です…っ」

なおも呼び掛けるアスラン に……レノアはゆっくりと顔を上げる………だが、その眼が明らかにおかしいとカガリが気づいた瞬間、反射的にアカツキはジャスティスを突き飛ばした。刹 那、イヴィルのビームが放たれ、2機の側面を掠める。

「は、母上? なにを…っ」

突然の攻撃に混乱し、上擦る 口調……だが、そこへさらに無慈悲な言葉が響く。

『アスラン……死になさ い…………』

「っ!? 母上っ?」

その言葉は……なににも勝る 刃となってアスランの心を抉る……その深さは、父親の時とは比べ物にならない。

なによりも慕い…悲業の死を 遂げた母親からのものなのだから………戦慄するアスランにカガリが叫ぶ。

「アスラン! しっかりし ろ! あの人は、お前の母親じゃ…っ!?」

エンジェルの解析時に見たあ のコックピット……アレに取り込まれた以上は、もう以前の人格も記憶もなにもかも消されている…そして……ただの生体パーツとして機能しているだけに過ぎ ないと…レイナからそう聞かされた。

だが、そんなカガリの言葉に アスランは耳を貸さない。

「違うっ! 母上だ! 俺を アスランだと呼んだんだ! 俺の母上なんだっ!?」

「アスラン……」

頑なに拒む……だが、そんな アスランにカガリは口を噤む。もし…アレが父であるウズミだったら……そう考えると…カガリもアスランを強く止めることができない。

死んだはずの肉親がどのよう な姿であれ……生きていると知ったなら…冷静でいられる人間の方が稀であろう。

「けど、あの人はも う…っ!」

だからこそ……今はカガリが 冷静にならなければならない。そこへビームが轟き、カガリは咄嗟にアカツキのボディを拡げ、ビームを拡散させる。

「くそっ!」

ビームライフルをイヴィルに 向けるも、それをジャスティスが制する。

「アスラン!?」

「やめてくれっ! 母上を撃 つ気か!?」

当惑するカガリにアスランが 必死の形相で制する。唇を噛みながら、カガリは苦悩を抱えて言い放つ。

「いい加減にしろよ! あの 人はもうお前の母親じゃないんだぞっ! お前の母親はもういないんだろっ!」

「母上だ! あそこにいるん だ………あそこで俺を呼んでいるんだっ!」

聞く耳を貸さず…必死に言い 聞かせようとするも、アスランはイヴィルに回線を繋ごうとする。

「母上っ!?」

唇を噛むカガリを横に、アス ランはなおも呼び掛ける。

「やめてくださいっ! 俺が 解からないんですか!? 貴方の息子ですっ!」

『……アスラン………私 の……私の仇を放棄した息子………』

冷たく発せられた言葉にアス ランが愕然となる。

『私の仇を討ってくれるので はなかったの………貴方は…私のことを忘れ………私の息子であることを放棄した……』

「ち、違いますっ! 俺 は……俺は…っ」

震える口調でアスランが言い 淀む。

母親の仇を討つためにザフト に入り……そして、今まで戦ってきた………だが、それを完全に違えたのだ。

仇を討つのではなく……悲劇 を繰り返さないために………ただの道具であることを放棄しただけ…だが、そんなアスランの決意も今は混乱し、アスランを苛める。どんな理由にせよ、自分は 当初の母親の仇を放棄した………

『死になさい……私を想うの なら………役立たずの息子……』

その言葉がトドメであっ た………完全にアスランの心を崩したレノアの言葉に…アスランは操縦桿を握っていた手を離し、茫然自失となる……その隙を衝き、立ち往生するジャスティス にイヴィルのビーム砲が轟く。

だが、呆然となっているアス ランは回避も防御も取れない……取ることさえできない。

そこへ割り込むアカツキが ビームをシールドと装甲でなんとか防ぎきる……ビームの熱量にシールドが半ば融解する。

それに耐え……カガリは歯噛 みしながら、イヴィルに向けてレールガンを放つ。

イヴィルはレールガンをかわ し、距離を取る……それを見詰めながら、カガリはジャスティスを微かに見やる。

アスランは戦えない……なに より…彼に母親殺しをさせたくない…そして……父親に一度は撃たれ…その上母親に殺されるなど、決して………

その決意を胸に、カガリはア カツキをイヴィルに向けて加速させる。機体性能では遜色ないかもしれないが、パイロットとしての能力はやはりシステム的なものもあり、カガリの不利は変わ らない。だがそれでも……やるしかない。

アカツキは単装砲でイヴィル を牽制するも、イヴィルは軽やかにかわし、腰部のレールガンを起動して放ってくる。

アカツキもレールガンで応戦 し、両機の中央で激突したエネルギーが火花を散らす。その爆発に怯むことなくアカツキは両手に対艦刀を構え、イヴィルに突撃する。イヴィルもまた両腰部の ビームサーベルを抜き、連結させて構え、突撃してくる。

「はぁぁぁっ!」

獅子のごとくカガリが吼え… イヴィルは不気味な静けさをもって激突する。

振り被った長刀をシールドで 受け止め、振り上げるビームサーベルを左手の小太刀で受け止める。

両機の間にエネルギーがス パークするも、イヴィルは鋭い動きで蹴りを叩き上げる。

「うああぁっっ!」

格闘戦に精通したジャスティ スの基本設計を継ぐイヴィルの方が近接戦闘は上……弾き飛ばされるアカツキにイヴィルはシールドを突きつける。

突き飛ばされたアカツキ…振 動に呻きながらも、カガリはアカツキのバルカンと単装砲で狙撃する。

装甲を掠める銃弾をものとも せず……イヴィルはバックパックのリフターを立ち上げ、4門のフォルティスが火を噴き、4条のビームが襲い掛かる。

よけ切れない…そう瞬時に認 識したカガリはアカツキの装甲に頼るしかない。半分はかわせず、ボディに着弾し…装甲がビームを周囲に拡散させるも、コックピットにアラートが響く。

「ダメだっ! 排熱が追いつ かない!」

接近戦を仕掛けるカガリは先 程のエンジェルとの攻防でも何度も装甲でビームを拡散吸収したが、やはり装甲内の排熱が徐々に追いつかなくなっている。表面は微かに融解し、あと何発も保 たない。防御性能向上はされていても、カガリの腕では完全に頼り切っているために装甲が今、破壊されれば間違いなくやられる。

自身に毒づきながら、カガリ は距離を取ってレールガンで狙撃する……とにかく少しでも装甲内の熱を逃がさなければ、これでは迂闊に仕掛けることもできない。

だが、イヴィルはレールガン の弾道をかわし、鋭い機動でアカツキに回り込んでくる。ビームサーベルを振り上げ、カガリは小太刀で受け止める。

エネルギーがスパークし、カ ガリは歯噛みする。このままではいずれ……やられる…アカツキのシールドを外し、イヴィルに向かって投げ飛ばす。

だが、イヴィルは身をアクロ バットのように回転させ、蹴りでシールドを弾き、ビーム砲を放つ。アカツキも機体を上昇させ、射線をかわす。

徐々に追い詰められていくア カツキ……その戦闘を未だ呆然と見詰めるアスラン……

「母上…カガリ………」

眼の前で戦っているのは、ア スランにとってどちらも大切な存在……その二人が戦い合う……なんと残酷な光景だろう………そしてなにより…今の自分はこれを見ているだけ…いや……身体 が動くことを拒否しているようだ………

「母上…」

今一度……夢現のような眼で イヴィルを見やり、その動きを追う……あのなかにいる母親……どうしてこんなことになってしまったのだろう……そして何故…自分はここにいるのだろうと思 う………

アスランの脳裏に数年前の記 憶が過ぎる……既に家にはほとんどいなかった父よりも長く接した母親……その顔は今でも鮮明に思い出される……いつも優しげな表情を浮かべて……その笑顔 が……絶望を含んだものへと変わる…………

無機質な冷たい眼で撃った母 親……それがアスランのなかに迷いを生み出す。頭では理解している……だが、感情は納得しない………

その時…視界のなかでアカツ キがイヴィルに弾き飛ばされ、被弾した……

「カガリ!」

損傷の程度は解からない が……それでもこのままではいずれカガリはやられる……このまま……自分の母親に…………

大切な者か…大切な母 か………心を苛める葛藤にアスランは血を吐くような思いで決断する。

「くっそぉぉぉぉっっ!!」

やるせない怒りを叫び上 げ……アスランはジャスティスを加速させた。

アカツキは今の攻撃で遂に ビームの排熱限界を超え、装甲の一部が崩れ落ちた……金色の装甲面につけられた黒ずんだ歪み………コックピットでカガリは呼吸を乱す。

「はぁはぁ…くそっ」

歯噛みしながらも、事態が変 わるわけがない……むしろ、後どれぐらい自分が耐えられえるかを考えた方が早い。

そんなアカツキに向けてビー ム砲を構える………イヴィルが加速し、そのスピードに反応できず、アカツキは蹴り飛ばされる。

弾き飛ばされたアカツキに向 けて放たれるビーム……今度こそ、やられる…と覚悟を決め、迫る閃光に眼を閉じる。

だが、アカツキの前に割り込 む機影……ジャスティスがシールドを突き出してビームを防ぐ。その熱量に表面が融解するも…アスランはなんとか耐え…いつまでも衝撃がこないことにカガリ が顔を上げ……佇むジャスティスに表情が緩む。

「ア、アスラン……」

安堵した面持ちを浮かべるカ ガリ……だが、アスランは答えず…済まなさそうに一瞥すると、イヴィルに視線を移す。

『………アスラン…邪魔をし ないで………私の息子なら……私を想うなら…』

誘惑のような言葉……アスラ ンは表情を歪め、眼をキツク閉じるも…やがてキッと顔を上げる。

「俺の母は……あの日…死ん だ………ユニウスセブンで………死んだんだっ!」

半ば自身に言い聞かせるよう に叫び上げる……そんなアスランに悲痛な思いを浮かべる。

「母上……俺は、確かに不肖 の息子です。これが、俺の罪だというのなら……一生背負っていきましょう。ですが……大切な者をこれ以上奪われるのは…絶対にさせない!」

人としての最大の罪……肉親 殺し………かつて…パトリックを最悪の場合は自分の手でと決意した時の…いや…それ以上の決意………たとえ、どんなに罵られようとも…今、傍にいる大切な ものを失うわけにはいかない……それこそ…最低だ………

だからこそ……敢えて汚名を きよう…………

「だから……貴方は俺が撃 つ! 母上っ! そして貴方を解放するっ! その忌まわしい闇からっ!」

己の意志……せめて…この自 分の手で………母親の魂を解放する……そして…イヴィルは無言のまま……フェイスマスクを開き、その内からこもれる気圧……刹那、イヴィルはジャスティス に向けてビームライフルを構え、ジャスティスもまたビームライフルを構えて互いに放った。

両機の中央で伸びたビームが 激突し、閃光が周囲を包み込む………

エンジェルのドラグーンが舞 うなかで唯一違った動きをみせるドラグーン………互いに砲火を交わしながらぶつかる白と黒銀の機体……ストライクテスタメントとプロヴィデンス……ムウと クルーゼ………深い因縁の二人…………

「クルーゼ! てめえ、なん で……っ!?」

プロヴィデンスに攻撃しなが ら、ムウは当惑のなかにいた。プロヴィデンスのなかから聞こえてきた声と気配……それは間違いなくクルーゼのもの……だが、エンジェル同様…ナノマシンに よって脳を喰われ、機械に取り込まれた人間は自分の意志は残っていないはずである。

そこに求められるのはあくま で生体パーツとしてのコア……人格など必要ない…肉体的な反応さえ得られれば、人格を消去してもマイナス要素はない。むしろ、そういった人としての思考能 力が無くなり、ただの機械になるのだから兵器としてはまさに最高のものになる。

そして…クルーゼもそれに取 り込まれたはずが……何故奴は自分の意志を保っているという疑念……その疑念に対して嘲笑が返ってくる。

「アハハハ! 不思議に思う かね、ムウ? 私自身も不思議な心持ちだよ……だが、神は私に祝福をくださったのだ……この哀れな私にねっ!」

ビームライフルとシールドの ビーム砲を斉射し、ストライクテスタメントを翻弄する。

「くそっ! 祝福だと…なに 寝惚けたことをっ!」

毒づき、オクスタインで応戦 する……プロヴィデンスは異常な回避能力を見せ、ムウは驚愕に眼を見開く。

「なっ……ぐぉぉっ!」

驚愕に一瞬気を取られた隙を 衝かれ、一気に肉縛したプロヴィデンスがストライクテスタメントを蹴りで弾き飛ばす。

「見たかね…これが神の祝福 を受けた私の力だよ……闇に堕ちるなかで受けたね!」

自ら誇示するように叫ぶ。あ の瞬間……ヤキン・ドゥーエでクルーゼのプロヴィデンスもまたディカスティスのターゲットのなかに入っていた。そして、クルーゼ自身も脳をナノマシンに侵 食されたはずだった。

だが……あの闇に意識を呑み 込まれようとした瞬間、声が聞こえた……内容はよく聞き取れなかった……だが、次に眼を覚ました瞬間……彼の前にはこの素晴らしいステージが用意されてい た。

そして彼は思った……自分は 神に祝福されたのだと…この醜い世界を滅ぼす使徒として……それがクルーゼには無上の悦びであった。

「はっ! おめでたい奴だ ぜ…けどよ、それはてめえの妄想だよ! クルーゼ!!」

クルーゼの言葉を聞き終えた ムウはそう毒づき、態勢を戻して胸部ミサイルを発射する。

滑稽だ…あまりに滑稽だ…… そんな状態になってまでまだ自分が選ばれた存在であるかのように振る舞っている。

破滅を齎すことを天命とでも いうように……それがムウに激しい怒りを掻き立てさせる。

「この状況を見てそう言うか ね? 哀れだなムウ……全ては人が望んだ結果ではないか!?」

バルカンでミサイルを撃ち落 とし、ビームサーバーを展開して襲い掛かる。

ムウもオクスタインのビーム サーベルを展開し、ビームサーバーと交錯し合い、激突音が響く。

振り上げたオクスタインを ビームサーバーで受け止め、ムウはバルカンでプロヴィデンスの頭部を狙う。装甲を掠めるのにクルーゼが小賢しいとばかりに頭部を大きく振り、ストライクテ スタメントの頭部に叩き込む。

「うぉぉっ!」

予想外の攻撃にムウが苦悶を 漏らす。

「全ては人が望み、自ら招い た結果だ……そして! 私はそれを成さねばならない! 神が見切りをつけたこの世界を滅ぼすという大役をな! アハハハハハハっ!!」

高らかに笑い上げ、ドラグー ンが一斉射される。

「ちぃぃぃっ!」

幾条も走る閃光のなかを掻い 潜るも、ビームが装甲を掠め、僅かに融解する。

持ち前の反射神経でドラグー ンの軌跡を追い、オクスタインで狙いをつけるのではなく、勘だけを頼りに振り向きざまにトリガーを引き、一射がドラグーンを捉え、撃ち抜く。今度は上に向 けて数発…それが一基を掠め、微かに軌道を失う。

「往生際が悪いぞムウ……貴 様もこの世界とともに滅びるがいい! 私がそれを与えてやろう…忌まわしきあの男の血を持つ者としてな!」

無駄な抵抗とばかりに一笑 し、見下すように吐き捨てるクルーゼ……だが、ムウは鼻を鳴らす。

「御託はそれだけかよ、ク ルーゼ! だったらてめえは大した夢想家だよ!」

盛大に毒づき、ムウはドラ グーンの一基を蹴り飛ばす。

「なにっ……?」

訝しむクルーゼに向かってム ウは言い放つ。

「てめえはやっぱり親父だ よ……てめえが憎み…そして俺も憎む………アル=ダ=フラガそのものだよっ! その傲慢なところがなっ!」

ドラグーンを展開し、ストラ イクテスタメントのドラグーンは側面にビーム刃を展開し、高速でプロヴィデンスに突撃する。

クルーゼは舌打ちし、その攻 撃を回避するも縦横無尽に動くビーム刃がボディを掠め、斬り刻む。

「てめえの境遇には同情する さ……あのクソ親父の欲望のために生かされたてめえを思えばな…けどな! そうやって自身が神だって気取るのは、奴と同じ傲慢だぜっ! てめえが不幸だか らって、自分を自賛するようじゃ結局は同じだっ!」

自分以上の存在を認めず…ま た自分以外に信用しなかった父親……アル=ダ=フラガ…自らの欲望に忠実であり、そしてなによりも全てを見下す傲慢さ……そのアルの遺伝子を基に生み出さ れたクルーゼ……アル=ダ=フラガになるために教育され…叛旗を翻した……だが、その選んだ道は自らを神と…神に祝福されたと自賛し、錯覚した…己が憎む 人の哀れな自賛意識……傲慢さ……反発しながらも、選んだ道は結局同じ………それがクルーゼに怒りを掻き立てさせる。

「ほざくなっ! ムウ!!」

語気を荒げ、ビームライフル を放ち、ドラグーンを狙い、一基が撃ち落とされる。

「へっ、そんなに怒るってこ とは図星かよ! てめえは結局信じられなかった…自分以外を……どんなに否定しようとも、てめえはアル=ダ=フラガの呪縛から逃れられないってことだろう がっ!」

ドラグーンを落とされたとい うのに、ムウの表情は不適に変わる。

これまで精神的に絶対優位に 立っていたクルーゼ……その因縁を知らなかったムウにとっては言い知れぬプレッシャーを与える相手だった。だが…その因縁を知り……そして奴との差がなく なった今……勝敗を分けるのは……互いの意志の強さ。

「黙れ黙れ黙 れぇぇぇぇぇっ! 貴様もその呪縛から逃れられぬ男がっ!」

恥辱に染まったクルーゼは今 までの余裕に満ち、冷静を売り物にしていた隊長の面影はどこにもない……あるのは狂気と眼の前に立ちはだかるムウへの憎しみのみ………

吐き捨て、ビームライフルで 狙い撃つも、ムウはそれをかわしながら毒づく。

「ああ、そうだよ…俺も奴の 血を引く者だ……けどなっ、その呪縛は断ち切ってやるぜ! 自分自身でなっ!」

父親の罪の呪縛……それを断 ち切るのは自分自身………だからこそ、ムウはこの眼前の男を…父親の亡霊を倒さねばならない………

ビームをかわしながら、ビー ムサーベルを展開し、プロヴィデンスに振り下ろす。プロヴィデンスもビームサーバーを展開して振り上げる。幾度となく交錯し、弾き合い…激突する刃の醸し 出す閃光が両機を照りつける。

プロヴィデンスがバルカンを 放ち、ストライクテスタメントの頭部を掠める。

カメラが一瞬ブレ…舌打ちす るも、その隙を衝き、プロヴィデンスのビームライフルが至近距離で放たれる。ムウは反射的に左手のシールドを引き上げるも、その威力にストライクテスタメ ントは弾き飛ばされる。

追い討ちをかけるようにドラ グーンが集中して放たれ、シールドに何十発と着弾し、シールドの表面に亀裂が走る。

「ぐっ!」

歯噛みした瞬間……プロヴィ デンスが一気に距離を詰め、今一度ビームサーバーを斬りつける。脆くなっていた亀裂にぶつかるエネルギーにより、シールドが砕け散る。それだけに留まら ず、ビーム刃がストライクテスタメントの腕を斬り裂いた。

「くそっ!」

左腕をパージし、誘爆を防ぐ も…片腕を欠損させられた。バルカンで牽制しながら距離を取る。

「フフフフ…いくら吼えよう とも、所詮貴様は私には勝てないのだよ…ムウ!!」

再び己の優越性を取り戻 し……口元に笑みを浮かべながら、ドラグーンを放ってくる。

レールガンを連射しながら弾 幕を張るも、ドラグーンはそれを掻い潜ってくる。放たれる幾条ものビームを必死に操作してかわす。

だが、やはり左腕を欠損して いるためにバランスが悪い……そして、それを逃すほどクルーゼは甘くはない。

照準の精度が増し、次第に追 い詰められていく……歯噛みするムウにクルーゼは高らかに笑う。

「ここまでだな…ムウ! 私 からのせめてもの手向けだ…一撃で終わらせてやるっ!」

ドラグーンがストライクテス タメントを包囲するように放たれ、その場に立ち止まらされる……制動をかけ、立ち往生するストライクテスタメントの真正面に現われるドラグーン……その砲 口が真っ直ぐコックピットを狙う。

息を呑むムウ……クルーゼは ニヤリと口元を歪める。

「サヨナラだ、ムウ! 先の あの男と地獄で再会したまえっ!」

刹那……ドラグーンからビー ムが放たれる………向かってくるビームの閃光がスローモーションのようにムウの眼に映る。もう今からでは回避は間に合わない………

ここまでか…とムウは内心に 思った……脳裏を過ぎるマリューの顔………

(わりい……約束、果たせそ うにないわ………)

約束を破り…自身の大切な者 を泣かしてしまう己への不甲斐なさにムウが訪れる閃光を見詰める……だが、別方向よりもう一条の閃光が放たれた………

ストライクテスタメントに迫 る閃光へ割り込む形で放たれた閃光は……プロヴィデンスの閃光にぶつかり、その干渉でビームが相殺され、周囲に拡散した。

眼前を激しい閃光が覆い、ム ウは一瞬眼を覆う。クルーゼも予想外の事態に混乱した。

「なにっ!?」

驚きに眼を見張るクルーゼ… 閃光が収まると、そこにはストライクテスタメントが佇んでいる。

「な、なんだ…今の は……?」

さしものムウも自身がまだ生 きているという自覚が半ばできていないまま…突然の事態に状況把握するために思考を回転させる。

誰かが放ったビームがプロ ヴィデンスの放ったビームへと着弾し、相殺して打ち消した。だが、あの一撃に当て…尚且つ相殺させた精密射撃……並みの腕ではない……一瞬、誰の援護だと 周囲を見渡すと……ストライクテスタメントとプロヴィデンスがいる同じ宙域に一体の反応が捉えられた。

その機影を確認した瞬間、ム ウだけでなく…クルーゼも驚愕に眼を見張った。

「な、に……?」

掠れた声で呆然と呟く……二 人が見やった方角に佇む赤紫の機影………ムウ…そしてクルーゼとも浅からぬ因縁を持つ男の機体………ネオ=ロアノークの駆るストライクファントムが佇んで いた。

 


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